minakoさま。 ゲストブックへの書き込みありがとうございました。 このような評価をして頂き嬉しく思います。 4年も制作をしているのでしたらご自分のスタイルや好みが少しづつ確立し始めているのかもしれませんよ。(ご自分では気がつかないかもしれませんが)。 私が米国から帰国してからの事を、すこし書いてみたいと思います。 1978年のことですから、まず、色ガラスを入手できる業者を探しました。つぎに都内周辺の工房に行き、色々と話をお聞きしようと考えたのですが、ほとんど断られました。しばらくして、トヨダステンドグラスの色使いや工法が一番自分にあっていると考えました。(鉛線全面半田のかけ方も、)その後、靜岡の自工房を開きながら、東京の工房を手伝う日々を過ごしました。(豊田氏の残した資料的なものは数が少なく、ご紹介できませんが、少しずつ私の作るものに反映されております。資料の中には日本の文様、染色、刺繍、掛軸などの美術書など、あったはずです。この頃はまだ小川さんの名前は知られていましたが、勿論作品集などありませんでした。) しかし、大事な事は、あまりに基本ですが、「どんなデザインでも制作できる技術を持つ」という事が技術者の第一条件ですから、(洋風でも和風でも)色々な条件の下で、枚数を作る事で技術も上達するし、勘所もわかってくるでしょう。 そういう意味で、豊田氏の工房での作業は私にとって勉強になったと思います。 少しとりとめがなくなりましたが、 「作りたいと思う図案」を「硝子に置き換えて作ってみる」、というのが、 「感性」と「技術」の勉強の「始」だと思います。何回もやってみないと分からない事もあります。 また、思い付いたら書きます。 ありがとうございました。
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