大村益次郎、佐久間象山遭難の碑
桂小五郎、幾松寓居跡 
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佐久間象山は、幕末の兵法家で信州松代藩士。江戸で塾を開き、                   西洋兵学を勝海舟、吉田松蔭らに教える。ペリー来航時に松蔭の                    密航企画に連座して処罰。その後、貿易・海外進出論を唱え幕命                    により上洛。公武合体論的開港論を公卿らに遊説し、この地に差し                   掛かったところを、尊壌派の人斬り彦斎に暗殺され、三条大橋でさ                    らし首。妙心寺・大法院に墓がある。                                       大村益次郎も、幕末・維新期の近代的兵制の創設者。                          象山暗殺の5年後、ほぼ同じ地で暗殺される。
桂小五郎が、三本木遊郭の芸妓幾松と住まいした処。                             藩命により木戸と改名した木戸孝允は長州藩の中枢を                             掌握し、維新後の廃藩置県を断行。内政重視を唱え、                             台湾出兵に反対して参議を辞任。大久保利通の薩摩系                             とはことごとく対立。西南の役に天皇に随行して入洛                             するが病をえて、この地の北の自宅にて45歳で没する。