あめのち、はれ 2






聖地の空は快晴。
けれど、私の心はどんよりと曇っていました。



「好きです」

そう告げられたのは、携わっていた女王試験が終盤…いえ、終了となる直前のこと。

くるくると元気によく動く青緑の瞳が、女王候補として試験に臨んだ最初の日よりも強く光り輝いていたあの日。



「……その……私は――――」

その輝きに魅せられて、私はどう言葉を紡いでいいのか分かりませんでした。
ただ、戸惑い…迷って。


私の心は、目の前の少女を強く欲していました。
けれど、少女の存在は……アンジェリークは、新たに生まれた宇宙にこれから育まれていく生命全てのもの。
今はまだ「候補」でも、近い将来必ず「女王」となる存在なのだろうと…ずっと思っていたのです。

だから私は、アンジェリークを求めてしまう自分の心を、いつからか忘れるように努力してきました。
ただ彼女が女王候補として自分の傍にいる間は、自分の持つ最大限の力を彼女に与えようと決めて。

それゆえに、アンジェリークの言葉に自分の耳を疑いました。

『好き』?

誰が、誰を?
アンジェリークが、自分を……?

信じられなくて、けれど込み上げてくる嬉しさがあって。
同時にとてつもない罪悪感に苛まれて。

私が。
『地の守護聖』として女王試験に携わる自分が、試験を受ける女王候補を光り輝く未来から奪うのか?奪ってもいいのか?


………アンジェリークの瞳が真直ぐに私を見つめて、私の言葉を待っている。



「……すみません」



うまく言葉が出てこなくて、ほとんど反射的にそんな言葉が出ていました。


ああ、そうじゃないんです。
伝えたいのは、私のこのどうしようもない気持ちなのに。

…心にかかった厚い雲が、伝えさせてはくれないのか。


そんなもどかしい私の気持ちは――――けれど次の瞬間に壊れました。





「……ふふふっ」
「……アンジェリーク…?」

突然笑いだしたアンジェリーク。
あまりにもこの状況に似つかわしくない、それでいて天使のような微笑みが意味するものは。


「驚きました?」
「……へ?」
「そんな顔しないで下さい。ほんの冗談ですから」
「……ええ!?」

天使のいたずら。
まさにそう呼ぶにふさわしい。

……冗談、だったとは。



「あ、好きなのは本当ですよ?地の守護聖様、私、大好きです。尊敬してます」
「………そういう、意味……ですか……?」
「ハイ。そういう意味です」
「…………」


微笑むアンジェリークの顔を見つめて、私の心はズキリと痛みました。
けれども同時に―――安堵する心もあって。

「そう…ですよねー。ははは、私なんかを…そうですよねー」

良かったと思います。
そう、良かったと。

アンジェリークは女王となるべき人。
自分は守護聖。
だからそれが、世界にとっての正しい在り方。


………否。

そんな言い訳は建前でしかない。


この安堵感は、冗談を本気で捉えてしまった自分を、期待してしまった恥しい自分を、アンジェリークに見せずに済んだからだ。

きっとあと一歩アンジェリークが笑い出すのが遅かったら、自分はもどかしい口の代わりに……彼女を抱きしめてしまっていただろうから。

…本当に、良かった。




「いきなり変なこと言ってごめんなさい、ルヴァ様」
「いいえー、びっくりしましたけど、気にしないでください」

気にしないでください。
冗談を真に受けてしまった愚かな男のことなど。

「こちらこそ」

そう言って微笑む貴女。
気にしないで……はいられません。
きっと二度と忘れられない出来事。

ほんの僅かな間だけでも夢を見させてくれた瞬間。
同時に自分の愚かさを思い知った瞬間。
今日のこの日を、私の心は永遠に覚えていることでしょう。



「それじゃ、私そろそろ行きますね」
「ああ、はいー。それではまた」

くるりと背を向けたアンジェリーク。
その背に向けて、小さく手を上げた私の心には……聖地には降らない雨。


「……さようなら、ルヴァ様」


遠ざかっていくその背中を見つめて、私の心にはしばらく止みそうにない雨が降り続けていました。