来歴



戳脚翻子拳の名称はこの50年の間広く使われているが元々は温家教育術、九枝子、九番鴛鴦脚、九番戳脚あるいは戳脚という略称で違う地域や時代によって知られていた。 戳脚拳は中国北宋代の時、ケ良という道士によって創造されたと言われている。ケ良道士から戳脚の秘訣を受けついだのは周桐(宋代)という伝説を作った人物だった。彼はそれを魯俊義、林衝, 武松, 岳飛など元末明初の書物《水滸伝》でよく知られている弟子たちに伝えた。



呉斌楼大師
(1898―1977)


1920年代初戳脚翻子拳を河北蠡県斉家庄から北京へ伝え広めたのは呉斌楼大師(本名呉学海)である。彼の師匠魏贊魁清朝西太后の四品帯刀護衛だった。魏贊魁を訓練したのが叔父さんの魏昌義で、元清朝光緒皇帝の護衛だった。


洪志田先生


洪志田先生は呉斌楼大師の関門弟子として戳脚翻子拳を全方面において継承することができた唯一の弟子であると言われている。 単なる型だけではなく、実戦に向けての身体や精神を鍛えるために、具体的かつ伝統的な功法(内練,外練)を身に付けている。

シモン・タショロヴ  Simon Tacholov ( 中国名: 西蒙, 西明 )


1989年渡中、1990年入門し洪志田先生の指導を受けるようになった。正式に弟子入りしたのは1992年。 そして、2000年の9月恩師の許可をもらい独立、現在日本の京都で戳脚翻子拳を教えている。


戳脚翻子拳の魅力



昔から今日まで有名な中国武術家の修道歴を見ると、ほとんどの武術家が過去に戳脚翻子拳を習っていたことがあるとわかる。 ブルース・リー(Bruce Lee) 李連杰(Jet Lee) のようなアクションスターも例外ではない。これらの人が戳脚拳に憧れる原因には他の拳法には持っていない蹴りがあるからだ。 優れた足技に溢れているため"北腿之杰"と称されているが、実は戳脚翻子拳は足技だけではなく、拳脚を併せて重んじる内容が豊富で格闘性の強い拳法である。完璧で素早い身法や"剛柔相済"の勁法は型の練習を通して身に付けるが、実力は単練によって磨くしかない。戳脚翻子拳の動きは、型を練習する時も実戦を行う時も手法、腿法、身法、が有機的に配合し、"内外合一"という状態に達するように厳しく要求される。戳脚翻子拳の内功とは、站椿、打座(座禅)、易筋経など格闘家にとって無くてはならない元気、精神バランスや攻力を鍛える伝統的な功法である。


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