1898−1977

   


呉斌楼大師について:


現在、北京で伝えられている戳脚翻子拳は1920年代初め(中華民国時代)、河北蠡県斉家庄から北京へ来た呉斌楼大師(本名:呉学海)によって伝えられたものである。 当時、厳しい時代において武道家として認められることは、非常に難しい状況であったそうだ。
1935年、北京武術界は中山公園で行われた武術大会で中国国内の「十老武術家」を選出した。その中に呉斌楼大師も含まれていた。 選ばれた当時、大師はたった36歳だった。「十老武術家」に選ばれるには若すぎる年齢だ。
大師は1920年から北京で活躍し、亡くなる1977年までの50年余りの間に教えた生徒は何百人といた。だが、その中でも中国の伝統的な習慣に従い、''叩頭''(弟子入り)を許された人間は10人しかいなかった。また、その弟子の中で「関門弟子」として戳脚翻子拳の全方面にわたり、呉斌楼大師の知識を受け継ぐことができたのは、“洪志田”ただ一人だと言われている。

 


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