SPECIAL REVIEWS OF e-NOVELS
SPECIAL REVIEWS OF e-NOVELS 作家直送オンライン販売サイトe-NOVELSの作品書評

  e-NOVELSは作家が直接運営・作品を販売する新しい形のWEBサイトでしたが、2007年12月にそのコンテンツをTIMEBOOK TOWNに移して生まれ変わりました。 
  UNCHARTED SPACE運営方法の変更に伴い、e-NOVELS発表作品モニターは終了します。ただ、引き続きTIMEBOOK TOWNで販売を継続している作品もあるため、書評は残しております。書評(販売ページ)のリンクから直接作品が販売されているページに飛ぶことが出来ます(リンク先は変更済)。また個別作品の購入方法等につきましてはTIMEBOOK TOWN e-NOVELSを御参照下さい。


第23回(07/05/06) 小森健太朗 『黄昏色の幻影  黄昏ホテルシリーズ第16回』
第22回(07/02/25) 野崎六助 『鏡の中へ  黄昏ホテルシリーズ第15回』
第21回(06/06/12) 近藤史恵 『夜の誘惑  黄昏ホテルシリーズ第14回』
第20回(05/12/30) 黒田研二 『あなたがほしい  黄昏ホテルシリーズ第13回』
第19回(05/07/12) 久美沙織 『HOME AND AWAY  黄昏ホテルシリーズ第12回』
第18回(05/03/01) 田中哲弥 『タイヤキ 黄昏ホテルシリーズ第11回』
第17回(05/02/08) 牧野 修 『悪い客 黄昏ホテルシリーズ第10回』
第16回(05/01/16) 田中啓文 『ふたつのホテル 黄昏ホテルシリーズ第9回』
第15回(04/12/29) 二階堂黎人 『素人カースケの赤毛連盟 黄昏ホテルシリーズ第8回』
第14回(04/12/13) 雅 孝司 『一つだけのイアリング 黄昏ホテルシリーズ第7回』
第13回(04/11/17) 我孫子武丸 『オールド・ボーイ 黄昏ホテルシリーズ第6回』
第12回(04/10/31) 森奈津子 『カンヅメ 黄昏ホテルシリーズ第5回』
第11回(04/10/11) 早見裕司 『アズ・タイム・ゴーズ・バイ 黄昏ホテルシリーズ第4回』
第10回(04/09/25) 篠田真由美 『暗い日曜日 黄昏ホテルシリーズ第3回』
第9回(04/09/13) 笠井 潔 『御輿と黄金のパイン 黄昏ホテルシリーズ第2回』
第8回(04/08/31) 浅暮三文 『インヴィテイション 黄昏ホテルシリーズ第1回』
第7回(04/08/14) 森奈津子 『フラスコの中の親指姫』
第6回(04/07/28) 牧野 修 『読むな』
第5回(04/07/11) 綾辻行人 『赤いマント』
第4回(04/06/30) 京極夏彦 『百器徒然袋/第5番 雲外鏡〜薔薇十字探偵の然疑〜』
第3回(04/06/11) 貫井徳郎 『病んだ水』
第2回(04/05/29) 黒田研二 『そして誰もいなくなった……のか?』
第1回(04/05/09) 浅暮三文 『ワシントンの桜他/浅暮三文B級掌編集』


07/05/06
小森健太朗「黄昏色の幻影 黄昏ホテルシリーズ第16回」  e-NOVELS 定価105円(税込)6P 143KB 販売ページ

小森健太朗氏といえば必ず『ローウェル城の密室』で史上最年少で第28回江戸川乱歩賞の最終候補作に残るという枕詞がつくのだが、それはもう1982年のこと。今を去ること25年前になる。(小森氏の本格的な作家デビューは'94年の『コミケ殺人事件』)。ただリンクを張った通り、その『ローウェル城の密室』もまたe-NOVELSで購入が可能なのだ。しかもこちらには先に出版芸術社より刊行されたものから改稿されており、さらにおまけとして別稿による異なる結末がつくという。こちらもお勧めしておく。

 「探さないでくれ」。 画家の夫・拓也が失踪して十日が経過した――。妻の亜有子は思いつく限りの知人や親戚と連絡を取ったがその行方は分からない。亜有子の心配は夫の浮気ではなく、最近診療を受けた結果判明した、画家の命ともいえる夫の視力が致命的に低下していたことにあった。自分の将来を悲観して自殺しているのかもしれない、と最終的に亜有子は警察に捜査願いを出す。すると警察は、夫が遺したと思しき青いボストンバッグを見つけてきた。確かに夫の荷物であったが、なかには行く先の手掛かりになりそうなものは何もなかった。が、ただ一枚、亜有子が初めて眼にする写真が、何も書かれていない大学ノートに挟まれていた。その写真には亜有子に面差しの似た女性の上半身裸体が映し出されている。ここに至り、亜有子は夫がこの女性と行動を共にしているのではないかと疑った。よくよく観察すると、その背景となっている風景に亜有子は見覚えがあった。今から十年ほど昔、夫と共に国内旅行を行った際に宿泊した「黄昏ホテル」。亜有子は「行けば何かがみつかるかもしれない」と黄昏ホテルに向かうが、フロントで夫やその女性の写真で確認しても、よくわからないという答が返ってくるばかりだった。

芸術家の夫の行方を追う妻。彼の真実を知ってしまった結果の複雑な感情がポイント
 行方不明の夫を捜す妻――。よくあるパターンでは妻と夫の立場が逆のことが多いかもしれない。ただ大抵のこの場合、その追跡の過程で、夫婦でありながらも実は相手のことを良く知らなかったことを、改めて思い知らされることが多い。毎日一緒に顔を合わせて暮らしていた夫は、一体どうして失踪してしまったのか。本書も短い作品ながら、その妻の焦燥が巧みに描写されている。唯一の手掛かりである黄昏ホテルに辿り着いたものの、夫はおろか相手の女性も見つからないことへの焦り――。普通は結婚生活の追憶と後悔へと至るものだが、ここから物語は、そのハードボイルドの常道から、思わぬ方向へと曲折してゆく。

 当初はむしろ、自らの足で夫の足跡を追いかけてきた亜有子は、そこから方針を転換する。写真にある不自然な点に注目してじっくりと推理を進めてゆく。写真自体に仕掛けられた謎。それを解けばヒントが生まれる。 少なくとも、黄昏ホテル到着前の段階、物語では提示されていなかった手掛かり――、夫と亜有子が宿泊した十年前の出来事、その女性写真に施されていたある細工、そういったところが少しずつ浮かび上がってくる。その結果、視力を悪くしはじめてから画風が変化し、画家として急成長・大成功を収めた彼が抱えていた、妻から十年余り隠し通してきた秘密が少しずつ明らかになってくるのだ。

 最終的に亜有子が辿り着く真実は、多少唐突ながらも、実に意外な夫の姿。夫が画家であり、この黄昏ホテル滞在の頃から、少しずつ視力を落とし、そしてその結果成功したという伏線が効いている。ただ、この作品の読みどころはその意外性そのものにはない。ラストシーンで交錯する、特に妻が気付き、恐らくは抱いているであろう絶望と愛情と後悔が入り交じったとてもとても複雑な気持ち。 それこそが本作が醸す最大の余韻へと繋がっている。

 小森健太朗さんの数ある著作の作風とは少々異なるように見受けられるが、芸術家と作家という創造に携わる人ならではの発想が生きている。ラストシーンのインパクトは、この「黄昏ホテル」シリーズでも屈指のものだと思われた。その意味では、黄昏ホテルという舞台の本質を突いているともいえそうだ。


07/02/25
野崎六助「夜の誘惑 黄昏ホテルシリーズ第15回」  e-NOVELS 定価105円(税込)17P 237KB 販売ページ

この作品はもちろん小説だし、小説の著作も数多くあるのだが野崎六助の場合、第45回日本推理作家協会賞を受賞した『北米探偵小説論』をはじめ、その評論家としての背景を語らない訳にはいかない――と思っていたら、e-NOVELSには田中博氏による野崎六助について《批評篇》なるコラムがあることに気付いた。さらに野崎六助について《小説篇》も合わせて読むとカンペキ。少なくとも、ひとくちで紹介することが難しい作家/評論家である。
とはいえ、本作そのものは幾つもの要素があるとはいえ、基本的にはハードボイルドをベースとしたすっきりとした作品だ。

 ある組織から逃げ出し、追われる身となった”おれ”。たまたま投宿した黄昏ホテルのセミスウィートの部屋のなかで、追っ手となる刺客が近づく気配を感じ取る。これまでおれは、刺客たちを返り討ちにし、それをもって組織に対するメッセージとしてきた。大口径の銃で吹き飛ばされた死体の数々。しかし最近は相手の腕が悪すぎる。今回の相手は三人。返り討ちにすることも恐らく容易だろうが、考えたおれは奴らを出迎えるのをやめ、尻尾を巻いて逃げ出すことにした。何しろ、おれにはとっておきの逃げ道が用意されているのだから――。鏡だ。
 かつて、やはり追っ手と戦う途中で負傷し、意識が朦朧として逃げ込んだ裏道にあった大きな鏡。その鏡と同じものが、なぜかこの黄昏ホテルにある。その鏡の中へ、おれは逃げ込むことができるのだ。奴らにちらりと姿を見せ、そしておれはいなくなる。鏡の中に飛び込んでしまえば、退散する、消える。しかし誤算ができてしまった。鏡のなかにいるおれが、おれの心の中に語りかけてきたのだ。「こっちに逃げてくるつもりなのか」――そいつは言った。

凄腕の殺し屋の心のなかに生じた一抹の疑念。鏡のなかの”おれ”は一体――?
 鏡の中がパラレルワールドになっているという設定の物語は、小説以上に映画などに多いように思う。というのはやはり視覚的に訴えるところがあるからだろうか。他にも一方から見ると鏡、でも反対側からみると素通しのガラスであるマジックミラーであるとか、大掛かりなマジックでも視覚の錯覚を起こすために鏡という小道具はしばしば様々な局面で用いられる。鏡には不思議な力がある――という発想を、微妙にその考え方の常識から外しているのが本作の特徴だ。オチというか結末については、ある程度予測がつくことはつくのだけれど、その鏡を使うことで一人称の主人公の思考や感情を複雑に演出することに成功している。

 作品を通じて描かれるのは、何が理由かは作品内部で明らかにされていないが、複数の殺し屋から命を狙われる状況にある男。どうもこの黄昏ホテルは、絶望を吸い寄せるせいなのか、そういった”果てしなく追われる人物”をもまた寄せ付けてしまうようなのだ。そんな状況に置かれた男の心情が一人称でストレートに描かれるのだが、そこには本能と絶望がせめぎ合う思考が常に渦巻いている。絶望に転ぶ楽な道を、結局男は選ばない。この黄昏ホテルにおいては、その鏡との会話がまた男の絶望をより深いものにしているにも関わらず。鏡の向こうの自分と、現実の自分、その対話のなかで男は自らの苦悩を深めてゆく。ただそうでありながらも、そこにハードボイルドとして男の信念に一本通った筋があり、限界のなかでの男らしさ(それが格好いいか不格好かは別にして)を醸し出していて、それが作品そのものが持つ色になっている。

 この短い作品のなかで、そして背景をほとんど説明しないなかで描かれる”男”。 これは物語というよりも、いきなりクライマックスから導入されるこの状況自体が売り物といった印象の作品。ただ、この男の心情を物語るエッセンスが詰まった描写のみが短編となって凝縮しているため、不思議とこの絶望感すら魅力に思えてくる。SFというかファンタジーというか、鏡のなかの自分というテーマ自体よりも、そこから醸し出される別の叙情が読みどころの作品だといえるだろう。


06/06/12
近藤史恵「夜の誘惑 黄昏ホテルシリーズ第14回」  e-NOVELS 定価105円(税込)16P 134KB 販売ページ

第4回鮎川哲也賞を『凍える島』で受賞してデビュー。その後、歌舞伎を中心テーマに据える今泉文吾シリーズや整体師探偵シリーズで人気を博し、最近では猿若町捕物帳シリーズといった時代物や、警察小説でもある南方署シリーズなど、その創作の幅を拡げつつある。本作は短編で、これまで近藤作品に登場した人物は出てこないノンシリーズ作品。

 「教えてください。愛はすべてを凌駕できるのでしょうか」
 意味深な独白ではじまるこの物語。素敵で優しくてまじめな旦那を持つ”わたし”。事実、わたしは夫のことを愛しており、夫もわたしのことだけを愛してくれている。つきあい始めて二年、そして結婚して一年あまり。しかしちょっとした相性の違いはやはりある。夫の好きな料理はあっさりした和食で、わたしの好きなのは濃い味付けの洋食。だけど、夫を愛しているから、そんな些細な違いは乗り越えていけると思っていた。だけど、そのころ。わたしの体調は最悪だった。結婚前は出なかった吹き出物が出て、些細なことでいらいらして同僚に八つ当たり。このままではおかしくなってしまう。かつて出張のあったわたしの仕事は、実は別の部署に結婚を機に配転されていたのだけれど、そのことを言い訳に使って、夫に黙ってわたしは「黄昏ホテル」の部屋を取る。それだけで舞い上がるような気分になり、その夫に内緒の夜を過ごした翌朝、わたしは若返ったような気分になることができるのだ……。

なぜ、彼女は夫に黙って「黄昏ホテル」に泊まるのか? みえそうでみえない真相に向けて
 愛する夫と、でも時にその彼に黙ってホテルに宿泊する妻。もちろん、その裏側には夫にはいえないある理由が……。夫への不満からではなく、夫に満足しながらも、どうしてもその行為を止められない。自分でもいけないことだと判ってはいるものの、我慢の限界が過ぎるとホテルへ予約の電話を入れてしまう……。なんというか背徳の香り漂う独白調の文章。自分の行動に対する引け目、そして罪の意識を持ちながらもずるずるとその行為を続けてしまう”人間の弱さ”が全体に溢れている

 ただ――、うまいのはやはり終盤に明かされる真相の隠し方。「人妻、放埒な愛情の軌跡」といった単なるお色気小説には終わらせず、その裏側に強烈にブラックな事実が読者に提示される。全くその方向性を匂わさずに、クライマックスで真相をぶちまけて読者を納得させる小説技巧にまず唸らされる。だが、この『夜の誘惑』は、単にそのオチだけで終わる作品ではないのだ。
 このオチそのものは、他の作家が発表した小説作品でも幾つかの思い当たる同様のネタがある。とはいえ、本作もそういった作品と同じか、というとどこか手触りが異なるように感じられるのだ。それは、この真相以上に終盤になってようやく本当に正直な自分自身の気持ちに気付く主人公の独白がもたらすインパクトが、そのオチに輪を掛けて強烈だから。

 夫に黙ってホテルを予約して宿泊する――という行為自体が破綻した時に彼女が何に気付くのか。読み終わって冒頭の一文に戻ってきた時に、この作品の本当の主題がみえてくる。この時になってはじめて、彼女自身が自分を騙し続けていたことを理解する。 ネタバレをしたくないので伏せるが、この彼女が自分に気付くきっかけとなった、ある人物の当たり前にもみえる行為が第三者的には実にもの悲しいのだ。だが、その行動が引き起こす真の意味でのラストは、何か残酷で、それでいて不思議な快感を伴っている。

 近藤史恵さんの書くミステリにはさまざまな種類があるが、本書はその分類に困る短編である。確かにミステリとして、読者をオチの開示までずっと騙し通そうという意図は確実にあるのだが、小説作品として得られる不思議な感慨は、微妙にミステリにて喚起される感情とは異なっているように思う。一見、実に軽いようでいて、このバラエティ、懐の深さが近藤史恵作品における魅力なのである。


05/12/30
黒田研二「あなたがほしい 黄昏ホテルシリーズ第13回」  e-NOVELS 定価105円(税込)18P 156KB 販売ページ

 第16回メフィスト賞を受賞した『ウェディング・ドレス』以降、十数冊もの作品を発表しながら「なかなか作品を文庫にしてもらえない」とお嘆き中の黒田研二さんに愛の手を。本作は、そんな黒田さんらしいミステリ・スピリット(ストレートではないけれど、サプライズを仕掛けてやるぞ!)という意気込みに溢れた短編作品。

 「あなたを愛しています」。私はあなたに愛されることで、心の中に鬱積した澱が浄化されるのです。あなたが生み出す快感に吐息を漏らし、あなたに会うためだけにこのホテルを訪れる。あなたに会ってから、仕事仲間にも「活き活きとしている。綺麗になったみたい」と云われるようになりました。あなたと暮らしたい。あなたがほしい。
 事件を解決するたびに骨休みのために〈黄昏ホテル〉に宿泊にすることにしている俺。俺の職業は刑事。そんな俺の部屋を年輩のホテルマンがノックしてきた。上階から銃声が聞こえてきたというのだ。ホテルの最上階には、閉鎖されたレストランしかなく、ホテルマンはボディガード代わりに俺に付いてきて欲しいという。しかし、大量に埃の舞う現場を訪れた二人の前には、血の海のなかで首と両腕が切り落とされた死体が出現したのだ……。

執念深い恋をしている女性の一人称と、発見される猟奇殺人死体のアンバランス。その喪われた輪の繋がりは?
 さまざまなタイプの作品が寄せられているこの〈黄昏ホテル〉シリーズだが、黒田研二さんは真っ正面から自分の得意分野であるミステリにて勝負してきた。そして、ミステリである以上、その真相(オチ?)をここで述べることはできない。しかし、どうしてもいいたいのでいってしまうと、本作、紛うことなき強烈なバカミス系統に連なる作品である。(もちろん、このバカミスというのは、褒め言葉として用いている)。こんな作品、なかなか他の作家が真似できるものではない。決して真相が理屈に適っていないとか、いきなりSFが飛び出してくるとかいったわけではなく、作品のなかに仕掛けられた伏線によって見通すことのできる真相でありながら、こうも脱力させてくれるところが堪らなくバカミス的であるのだ。

 「あなたがほしい」と呟くちょっとヤバめのサイコが入った女性の独白のパートは、なんとも艶めかしくて狂おしい想いが切々と連ねられている。そのもう一方のパートは現実に発生した事件を追う刑事の視点。首と両腕が切り落とされているというショッキングな死体が印象的で、幾つかの関連情報、そして残された死体から殺人者の手掛かりが幾つか示され、どうもその独白している女性を指し示しているように思われる。そして刑事による推理はそれなりに論理的であるのだが、決定的な手掛かりを欠く。この刑事は物語の推進役であっても、探偵には成り得ない。なにしろこの作品、真相を推理できるのは両方のパートから情報を得ている読者だけなのだから。

 猟奇的な雰囲気を二重に盛り上げておき、真相は確かに理に落ちている。落ちるのだが、こうくるのはもはや反則を超えて脱力の域に達しているとだけはいっておく。ちなみに、私はその真相を見抜くことができなかった。少なくとも、この猟奇的サイコ的な雰囲気と真相の落差が本作品の最大の読みどころになる。だが、その貴方がこの結末についてどう思うかについては小生、一切の保証はしないのでそのつもりで。 作者には申し訳ないが「面白い作品を求める読者」よりも「ある作品を面白がれる読者」に向いているようにどうしても思えるもので……。 

 「やっぱりあなたってサイコーよ!」(本文から抜き出し)  読み終わって考えてみれば、この真相そのものにも、ちょっとサイコがかった要素もあるのですね。 ……黒田研二恐るべし。


05/07/12
久美沙織「HOME AND AWAY 黄昏ホテルシリーズ第12回」  e-NOVELS 定価105円(税込)21P 139KB 販売ページ

 久美沙織さんはジュニア小説でデビュー後、ティーンズ小説やゲームのノベライズ、一般小説など幅広い分野の著作を持つ実力派。代表作は『ドラゴンファーム』シリーズや『丘の上のミッキー』シリーズになるのだろうが、小説家志望者に向けたガイドブック『新人賞の獲り方おしえます』あたりも有名。

 「五時になったら飲もう」……外科医の石橋は滞在しているホテルに備え付けてあるミニボトルに手を伸ばす。また夜明けを見てしまった。うっすらと明るんでゆこうとする空と海。五時といっても朝の五時。そして石橋の手の震えは止まらない。
 二ヶ月前に届いた差出人に心当たりのない手紙。そこには医者である自分の師にあたる人物の、娘から届けられたメッセージがあった。娘の二十二歳になる子供、つまりは師の孫が重い心臓病にかかり、人工弁を体内に埋め込むのではなく、また運動ができるよう手術を希望しているのだという。非常に難易度の高い心臓病手術。成功するかどうかは分からない。その病気は、そもそも師の専門分野であるのだが、高齢過ぎて執刀はできないのだろう。師のもとを飛び出して世界中で医者としての修業を積んできた石橋のもとに話が巡ってきたのだった。しかし、石橋には過去の師の発言に反発して飛び出したという屈託があった。そして手の震え。果たして手術に向かうべきなのかどうか。石橋は何気なく、テレビのスイッチを入れた。そこでは海外でのサッカーの試合中継が放映されていた……。

大きなことを託された男の緊張、そして葛藤。短い時間を濃密に描いて心情の変化を着実に映す……
 まず最初にお断りしておくが、ここまでの「黄昏ホテル」シリーズに多かったミステリ系統の作品ではない。また、もう一つ傾向として使われる傾向の高かったホラー系統の作品でもない。舞台となるのは確かに黄昏ホテルらしい(明記はない)部屋のなか。そこで一人で葛藤する男の心理が絶妙の筆致で描かれている「小説」なのだ。ホテルの部屋で一人の時に感じるあの孤独感をまずきちんと再現している。

 このあたりの物語設定はあまり凝っていない。師の、医師としての低いだが現実的な”志”を受け付けず、反発して飛び出してしまった青年が、その後自らの努力によって名声を勝ち得たという半生。だが、凝っていない設定だからこそ、その悩みであるとか、緊張感、そして目の前に控えた手術に対する葛藤とプレッシャーが生々しく感じられるのだ。その思いは、誰しもなんらかのかたちで共有することのある感情。それを医師というかたちで置き換えてある。

 主人公である彼は、この作品のなかのある経験により、再び自信を取り戻していく。その部分の挿話(ここでは触れないが、朝五時に放映しているという点はリアルだよなー)は題名に沿ったものではありながら、その筋のファンであれば名前がすぐに判る現実の物語。その現実の物語に力づけられた主人公の颯爽とした姿に、不思議な格好良さが漂っている。他の作家が醸し出してきた、黄昏ホテルというネガティブなイメージとはちょっと乖離しているものの、そこは気にすべきではないだろう。別の視点が存在できるということなのだから。

 今のところ読んでいる範囲の”黄昏ホテル”の物語としては、普通の小説である点が逆に異色。 黄昏ホテルの特徴についてはあまり触れておらず、あくまでホテルの一室で一人の男が淡々と変化していく様が中心となっている。だが、この局面を迎えて、たった一人で着々と再生していく人間像が実に清々しい。名物ホテルマンも名物ホテルも無関係に、一人の客に焦点を当てた小説作品なのである。


05/02/08
田中哲弥「タイヤキ 黄昏ホテルシリーズ第11回」  e-NOVELS 定価105円(税込)17P 164KB 販売ページ

 田中哲弥氏は'84年『朝ごはんが食べたい』で星新一ショートショートコンテスト優秀賞を受賞後、『大久保町の決闘』電撃文庫より刊行してデビュー。著書に大久保町シリーズと『やみなべの陰謀』、また訳書として『悪魔の国からこっちに丁稚』がある。著者のことばによれば、当初「老紳士と美少女の悲しいロマンス」になるはずだったらしいのだが。紳士も美少女も、影も形も見あたらない。

 一週間前まではアルマーニにフェラガモに金のネックレスとロレックス。美人をベンツで連れ回していた岩男。日に百万円単位の収入をもたらしてくれたのはコカインに絡む仕事だった。ところが、その数億円分のコカインと代金が何がおきたか同時に消え失せた結果、ヤクザと謎の中国人、更には警察に追われることになり、今は汗くさい作業服に身を包み、弟分の伸吉と逃亡生活を送っていた。彼らが目指すのは、岩男の出身地。しかし銃撃が彼らを襲う。岩男は、かつて大工の修業をしていた時期があり、その時の棟梁の言葉を思い出していた。その棟梁は通称「黄昏ホテル」のパン売り場の片隅で販売されていたタイヤキをこよなく愛しており、時々岩男に買ってこさせ、十二個のうち十一個をぺろりと平らげていた。「タイヤキの味なんて、どれもおんなじようなもんと違うんですか」岩男の疑問に対し、棟梁はタイヤキにかこつけ、高級食材を高級に仕上げるのではなく、ありふれた材料をいかに美しくうまいタイヤキに仕上げかに意味があるのだと応えた。そんな話を思い出すうちに、彼らは追っ手に着々と追い詰められていく……。

悲劇的な状況のなかでの喜劇的なふたり。それでもじんわりと心に拡がる温かみがあって。
 改めて連作のオムニバスって面白いよなあ、と競作とはまた異なった面白みを見出した感。というのは「黄昏ホテル」という共通テーマのなか、既に宿泊客、フロント、それ以外の裏方従業員、地下のバー……といった要素は半分まで至った段階で先に執筆した作家が使ってきている訳で。新味を出そうとするからには、別の切り口を作っていく必要が……というなかで、田中哲弥氏が選んだのがホテルブランドの食品というテーマ。確かに有名ホテルで供される料理ってデパ地下に行けば、缶詰やレトルトにされて売っている。しかもホテルの高級感のせいか、若干製造コストがかかっているからか、高い。

 ただ、そこまで行き着きながら、なぜかタイヤキという選択が面白い。しかも「黄昏ホテル」のタイヤキ。このミスマッチ。しかしナイスマッチ。

 物語は、ちょっと抜けた二人組の逃避行と、主人公による回想のみという構成。これが物語の持つテンポとドンピシャに嵌っている。ろくでもない安い人生を送ってきた主人公、だけど命を狙われ追いかけられていくうちに改悛の情が滲み出す。一方で、次々とつるべ式に思い出される大工の棟梁の思い出が、そして彼の台詞の一つ一つが微妙な含蓄に富んでいる。主人公の、「あのときこうしていれば」という悔悟は先立たないけれども、弟分を文字通り踏み台にして逃げるうちに徐々にその時の「優しさ」を思い出していくという展開となっているのが良い感じ。
 それでいて逃避行の方は、深刻ではありながらもその深刻さがユーモア混じりに描かれるため、仄かな笑いに読者を誘う。特に繰りかえし使われる、ある行動の反復には思わず笑いが。ラスト、故郷近くに帰ってきた主人公が目にした黄昏ホテルは。そしてタイヤキはっ?

 どたばたした展開のなかにほんの少し滲み出る甘さ。黄昏ホテルの黄昏ホテルらしい不条理な結末が(結局タイヤキを彼はどこから買ってきたのだろう?) いずれにせよ、彼らの幸運を祈らずにはいられないような気分にさせてくれるという作品である。


05/02/08
牧野 修「悪い客 黄昏ホテルシリーズ第10回」  e-NOVELS 定価100円(税込)18P 469KB 販売ページ

 ホラー小説作家である牧野修氏は、この「黄昏ホテル」オムニバスに参加するにあたり、こういっている。「競作というものは、やはり戦いであろう。などと思いつつ「黄昏ホテル」参加者一覧を眺める。既に負け戦であった」――といいつつ、しっかり勝ちを拾いにきている作品である。「黄昏ホテル」の指向性と牧野修の指向性。どこか近いものがある。相性が悪いはずなどない。

 祖父が憧れ、母親が感化された「ホテル勤め」は「宮殿で王に仕える姫君」の物語だった。ただ母親自身は学校を卒業後すぐに結婚したこともあってその夢は果たせず、飯田香は決められたレールの上を進むことになった。彼女は高校卒業後すぐにホテルの客室係となるための専門学校に送り込まれ、現在はいわゆる「黄昏ホテル」に勤務している。
 専門学校の講師は「客に良い悪いの区別はない。客であるなら、それはすべて良い客なのである」と香に教え、他の幾多の先輩や上司にも同じことを言われた。だが、そのたびに香は「それでも悪い客はいる」と呟くのである。
 事実、「黄昏ホテル」にはそんな彼女にとっての「悪い客」が数多くいた。彼女は一度誰かと関わりをもってしまうと、とことんまでつけ込まれてしまう性格の持ち主で、「悪い客」は必ずそんな彼女の性格につけ込んでくるのだ。そんなある日。廊下を歩く一人の「悪い客」を何とか無事にやり過ごした彼女は、部屋の掃除をするために二〇四号室に入った。しかし、そこにも巨大な肥満漢である「悪い客」がおり、何とか穏便にやり過ごそうという彼女に対して居丈高に命令をし、奇妙な質問を強い口調で投げかけるのであった。

謎の客との「恐怖」に関するやりとりがスリリング。黄昏ホテルという舞台に相応しい「悪い客」たち……
 これまでも何作品かで登場してきたケースと同じく、本作も従業員側からみた「黄昏ホテル」の物語である。上にも紹介した通り、若い従業員からみると、黄昏ホテルはやはり古くさく、かつ自分が働いているにも関わらず胡散臭い存在のようだ。このキーワードはポイントの一つで、牧野修はこの”胡散臭さ”を表現するのに天下一品の才を持つのは周知の通り。胡散臭い「悪い客」、その意味で本書のメインとなるのは、主人公の香が掃除をしようとやって来た部屋にて我が物顔にて振る舞う威張り散らした肥満男。背広姿ででっぷり太り、口紅を塗ったかのような赤い唇。そんな彼が中心となって紡ぎ出す、歪んだ恐怖空間。

 ね、胡散臭いでしょ? 彼が客の特権を利用してか彼女に尋ねるのが「おまえは恐怖についてどう思う」。男は、渦巻きを怖がる男の話をし、道路に描かれた「とまれ」の「れ」の文字を怖がる男の話をし、自分自身は寝てしまうとそのま ま起きられないのではないかということで、寝るのが怖いという。
 一方、飯田香は平凡な性格をもつ一女性。彼女は「高いところが怖い」というしかない。その怖さについて男はしたり顔で分析をする。それは「やってしまいそうで怖いのではないか」と。彼女は窓際どころか窓枠に立たされ……といった具合に男の要求は徐々にエスカレートしていく。

 第三者としてみている分には「恐怖」について追及される彼女の存在よりも、この訳の分からないことをいう男の存在が何とも怖い。この男が「恐怖」をネタに彼女に何をやらせようとしているのかが分からないのが怖い。胡散臭いだけでなく、理不尽な男の存在が――怖いのだ。

 ただ、付言しておくと本書は「怖い」「怖い」の物語ではなく、ラストに物語の見え方が一変するようなオチがもちろん待ち構えている。そのオチがまたこれまでの胡散臭さの理由がすっと晴れるような錯覚がある。(それでも実際は胡散臭いままではあるのだが)。この理由ばかりは本書の眼目でもあるので実際に読んで頂くしかない。残酷な場面描写ではなく、想像力のなかでで恐怖と幻想に遊べるという意味では、牧野氏の本来の持ち味から微妙に外れたところで勝負しているような作品のようにも感じられる。だが、この胡散臭さは、しっとりと「黄昏ホテル」のオムニバスの内部に溶け込み、しっかりと自己主張をしているのだ。


05/01/16
田中啓文「ふたつのホテル 黄昏ホテルシリーズ第9回」  e-NOVELS 定価105円(税込)18P 252KB 販売ページ

 どちらかといえばホラー小説という印象の強い作家ではあるが、最近は特にミステリ方面でもその頭角を現しつつあるのが田中啓文氏。その氏が「作者の言葉」において、「と我孫子武丸さんが書いているとおりです。」とある通り、「あとのことは知らん」と冒頭で述べるのがこの作品。果たしてどんな飛び道具が用いられているものか――。

 少年の日記。「ホテルにはいろうとしたとき、じゅうせいがきこえました……まいとしさんがつにじゅうよっかにみんなでとまりにくる……とまっているとぼくはうきうきします。このホテルはたそがれホテルとよばれているそうです」
 一方でホテルマンたちのあいだには緊張が走っている。三月二十四日。今日はホテルにとって大切な日、一年に一度、大切なお客様がいらっしゃる日。ホテルは貸し切りとなる。憂いの顔をした従業員たちに対し、フロント長は気持ちは分かるが失礼のないように訓辞を行う。この春入社したばかりの客室係・篠原明美など蒼白な顔をして「どうしてあんなやつらを泊めなくちゃならないの?」とくってかかる始末だ。そして夕刻、そのお客様がやってくる。階下のエントランスに到着する数台の車。支配人以下、手の空いている従業員は全員出迎えに出るのがルールである。先頭は若い女性に手を引かれた少年、そしてあの方々の総勢は百人余。ねとりの濃厚な香の匂いの合間から、鼻を刺すような酸い匂いと海草を煮固めたような磯臭さが漏れてくる。もちろん気が付かぬふりをするのが礼儀だ。たしかに……見かけは異様だが……大事な……大事なお客さまなのだ……。

前半までの不気味な雰囲気作り、中盤でのお約束の展開、しかし終盤明かされる仕掛けに唖然
 冒頭がひらがなとカタカナしかない少年の日記。ここには、年に一回、ホテルに泊まりにくることを非常に楽しみにしている少年の手記としか思えない内容が書かれている。一方、すぐに場面は迎える側に。こちらでは、懼れながらもこの日を避けられない、絶望しながらサービスに務めるホテルマンたちの様子が描かれる。さあ、果たして今晩ホテルに現れるのは誰なのか――?
 泊まりに来る人々の素性が謎にしては、すぐに想像がつくよなぁ……とまず読者に思わせる(たぶん)。しかし作者は彼らの素性を比較的早い段階で明かしてしまう。ただ、古い洋風のホテルという「黄昏ホテル」の存在に対する彼らのギャップというか違和感が凄まじいのだが、そこは圧倒的な存在感でカバーして気付くと異界に連れ去られている不思議な感覚が取って代わっている。というか彼らの振る舞いが悲愴であればあるほど、なぜか笑えてしまうのだ。これを不思議といわずしてなんだろう。

 確かに、この黄昏ホテルのオムニバスという形式のなかでは、こういった存在(書いてしまうと興が削がれるため、ここは想像されたい)が許されるのかどうか微妙ではあるだろう。だが、既にこの「黄昏ホテル」の内部では大なり小なり、人知の及ばない、現在の科学では割り切れないような現象が発生することは、先に発表された作品で明らかにされている。なので田中啓文氏が「後のことは知らん」とまで言うかなぁ? と少々疑問を覚えたことは事実。だが、読み終わると「さすがにこれは……」と唸らされてしまった。その理由は、入江の反対側にこれまでのエピソードではなかった別のホテルを作ってしまったこと、そしてその存在の強烈なまでの(この作品における)必要性にある。少なくとも「ううむ、さすが田中啓文……」と歯ぎしりするだけのことはある。そして読まれた方の大半は思うだろう。「これをここでやるかああ!」(喜んでいる)。この一言がいいたいがために、物語世界自体を歪めてしまうことすら厭わないという大技。これを楽しめる人にとっては最高のプレゼントである。

 田中啓文作品をこのオムニバスで初めて読む人にとっては、ある意味では不幸かもしれない。しかし、田中啓文作品を幾つか読まれた人なら、手を叩いて喜ぶだろう作品。それに、冒頭の少年の文章の一行目からくる違和感の解消の方法など、意外と(と書くと失礼ながら)よく考えられていると思うのだ。啓文武士節全開のストーリーである。


04/12/29
二階堂黎人「素人カースケの赤毛連盟 黄昏ホテルシリーズ第8回」  e-NOVELS 定価105円(税込)18P 508KB 販売ページ

 いわずとしれた本格ミステリ作家・二階堂黎人氏が黄昏ホテルシリーズに登場。題名からもお判りの通り、幾人かいる二階堂氏のシリーズキャラクタのうち、”古本属性”というかそちら方面の趣味を全開にしているのが「素人カースケ」を主人公とする作品で、講談社文庫の『名探偵の肖像』に「素人カースケの世紀の対決」が、そして二階堂氏のウェブサイト黒犬黒猫館にて「素人カースケの華麗な日々」を読むことができる。

 二人して新宿で映画を見てきた帰り道、駅から家に向かう中間地点でカースケ(大地河介)はミユキ(島村美由紀)の理不尽な怒りにさらされる。道を歩いていると嫌でも目に入るステ看板が、みっともないから何とかならないのかというのだ。彼女の怒りはエスカレート。法律違反だ、禁止しろ、さてはピンクチラシを目に留め「お金で身体を売っている女が、どうして完全素人なのよ!」と激昂。カースケは淡々と受け流すことでなんとか場を収めようと必死である。そんなミユキは「デリヘルやホテトル」の意味をカースケに尋ねる。しどろもどろで応えるカースケ。「じゃ、デリフルって何?」 デリフルなんて聞いたことがない……というカースケは一枚のステ看板を目にする。「これが今話題のデリフル《猟奇の果て》! 謎に満ちた若い本、美人の本、スタイルの良い本、熟した本、何でも揃えています。各種オプションあり」 黒っぽい推理小説を専門に扱い、御希望の本を配達――それが《デリバリー古本》、つまりデリフルだったのだ。――当然、カースケは並々ならぬ強い興味を示し、ミユキを怒らせてしまう。それでもやっぱりカースケはデリフルに電話をしてしまうのだが……。

古本系ミステリサイト運営者必見! ミステリ稀書ネタ満載にして思わずニヤリ
 まず素人カースケの説明からした方が良いのかな。中学の時に推理小説に目覚め、本格推理小説の古書蒐集を趣味とし、ミステリ方面の知識は該博。金に物をいわせる愛のない蒐集家や、権威を振りかざす評論家などを、その知識と機転でやりこめる……といった人物である。ただ、古書に対する欲求だけは抑えがたく、古本への愛は恋人のミユキへのそれを凌いでしまうあたりが欠点。そんな彼のもとに《デリバリー古本》なる商売が現れた……。

 本格ミステリ作家を標榜する二階堂氏ということもあって、この短い作品に強烈なトリック、そしてどんでん返しがあるのでは……と、ちょっとした先入観があったのだが、その意味では裏切られる。確かに作品全体に対してある構図が引かれているものの、いわゆるトリックとしては見え見えになることも逆に計算されたものだと考えられるから。それだからこそ、《デリバリー古本》の魔の手につかまり、ドツボに嵌るカースケを眺める……というのが正しい楽しみ方になるだろう。

 そして、その過程で出てくる、各種の本の名前に思わずニヤリとしてしまう貴方は立派な古本者。(その意味では、かなり読者が限定されるような気もするが……)。分からない方は、単に「珍しい本なのだろうなあ」と思っておけばよろしい。その《デリバリー古本》とは一体何だったのか。カースケが巻き込まれてしまうトラブルは何だったのか……というあたりが本書の眼目でもあるのでここでは触れない。ただ、マニアならではの「業の世界」は恐らく読まれた方全てが感じ取られるのではないだろうか。

 ただ、ここまで「黄昏ホテル」の存在を軽視して自分の世界を造り上げるというのも、またオムニバスならではの脱線としてあり……なのか。確かに本作のなかの舞台として「黄昏ホテル」は登場するものの、それが「ホテル夜明け」だろうが「ファッションホテルシェスタ」であろうと、別に何の不都合もないような扱いだし……。監修の存在するアンソロジーと、二十人の作家によるオムニバスの違いについて、ちょっとだけ考えさせれる作品だともいえる。