SPECIAL REVIEWS OF e-NOVELS
SPECIAL REVIEWS OF e-NOVELS 作家直送オンライン販売サイトe-NOVELSの作品書評

  e-NOVELSは作家が直接運営・作品を販売する新しい形のWEBサイトでしたが、2007年12月にそのコンテンツをTIMEBOOK TOWNに移して生まれ変わりました。 
  UNCHARTED SPACE運営方法の変更に伴い、e-NOVELS発表作品モニターは終了します。ただ、引き続きTIMEBOOK TOWNで販売を継続している作品もあるため、書評は残しております。書評(販売ページ)のリンクから直接作品が販売されているページに飛ぶことが出来ます(リンク先は変更済)。また個別作品の購入方法等につきましてはTIMEBOOK TOWN e-NOVELSを御参照下さい。



04/12/13
雅 孝司「一つだけのイアリング 黄昏ホテルシリーズ第7回」  e-NOVELS 定価105円(税込)15P 163KB 販売ページ

 小説をはじめコンピュータゲームやパズルをも生み出すマルチクリエイター、雅孝司氏。フィクションとしても数冊の著書があるが、むしろ活字の世界ではパズル・クイズ系の本の作者としての方が有名かもしれない。e-NOVELSにおいては『呪いの着メロ』をはじめとした作品を寄せており、その才能の片鱗を伺うことができる。

 陽光降り注ぐ、通称「黄昏ホテル」を訪れた高校生・並岡誠吾と香西奈摘。二人は緑の芝が敷き詰められたホテルの庭に幾つか置かれている白い丸テーブルに陣取っていた。私服を着た二人はなかなか特徴的で、誠吾はちょっとずんぐりした体型、一方の奈摘は細身で色白、利発そうな面もちである。ホテルにいる人々が彼らの二倍、三倍の年齢の人たちばかりという話題をしていたところに、背広姿の少し若い二人連れが見えた。彼らはフロントマンに何やら手帳を示したあと、一人が彼らの隣のテーブルにやって来た。誠吾は、青年は彼らとは別に座る中年女性を監視するのだと判断し、男に自分たちのテーブルに来ないかと声を掛ける。竜坂有泉と名乗った彼は、その女性が近辺に住む大金持ちの女性で、その装身具ですら億単位の超高級品であるのだと彼らに教えてくれた。そして彼は女性の移動に伴い席を立ち、竜坂は彼女が落としたイアリングを拾い、彼女に手渡した……。

白昼の「黄昏ホテル」を舞台に泥棒が行く。そいつが堂々と盗んでいった”もの”は果たして?
 これまでの「黄昏ホテル」シリーズにて発表されてきた作品は、どちらかといえばそのホテルにおける時の流れや歴史や由緒正しさ……といったところを物語において強調してきたかのような作品が多かった。(そしてそれは重厚なるホテルの雰囲気を上から塗り込めるような面白みをまた発揮していた)。
 しかし、本作は明らかにその「黄昏ホテル」を舞台にしながら、何か不思議な爽やかさを思わせる、ちょっとした変奏曲といった趣が存在する。 その大きな要因は、自ら「浮いている」という台詞を呟かせている通り、高校生でしかもカップルという、ちょっとこれまで紡がれた「黄昏ホテル」において似わない年齢にある。だが別の要因として、物語の展開が「黄昏ホテル」という内側に向かってではなく、あくまで舞台としてホテルを利用しながらもエピソードがむしろ外に開いていることにあるように思われる。

 筋書きのみをシンプルに示すとするならば一種の泥棒譚、である。一つ目の意外性はミステリとしては常道ともいえる方策のなかにある。上記の梗概を読んだだけで、誰が泥棒であるのかは、恐らくミステリであるというフィルタを通してみれば明らか。その泥棒さんが、恐らくはターゲットであろう女性のイアリングを拾う、だけど何も起きない。何も盗まれていない。このあたりに最初の小さな「?」が生まれる。さあ、果たして泥棒の真の目的は?

 そして、このあとにおいて(泥棒の独白というか手紙による告白という形式になるのだが)、何が盗まれたのかが明らかにされる。ここに二つ目の、そして大きな方の驚きがある。本作におけるこの斬新なアイデアが「黄昏ホテル」という旧い舞台を使用していたことで大きな落差が付けられている点にも注目したい。……とはいえ、この盗みのパターンのみを取り上げるならば、ミステリの歴史に照らしたとして、そう珍しいものではない。幾つもの本格ミステリや、警察小説などで使い古されたといっていい方法でもある。だが――本作での驚きは、その予想を数枚上回るところにあるのだ。寧ろ、その予想が一部だけでもできた人の方が驚かれるのではないか。シンプルな動き、さりげない行動のなかに、これだけ多くの要素が隠されているという点に私は何よりも驚かされた。その一部を当てることができても、解明前にその全てを挙げられる人はまずいるまい。

 さらにラストに向けて、泥棒の正体に関しても遊び心があり、作品全てぎりぎりまで作者のサービス精神が発揮された作品だといえる。先に述べたちょっとした変奏曲めいた構成はトータルとしての「黄昏ホテル」というオムニバスのなかでどうなのか、という部分にはちょっと引っ掛からないでもないが、一つずつ読む分には気にならない。むしろミステリーのテイストが効いた、不思議な爽やかさを持つ短編として楽しみたい。


04/11/17
我孫子武丸「オールド・ボーイ 黄昏ホテルシリーズ第6回」  e-NOVELS 定価105円(税込)16P 276KB 販売ページ

 「第一回の浅暮氏がいきなり飛び道具だったので、何を書いたものか途方に暮れ、結局こちらも飛び道具を持ち出す羽目になった。」とe-NOVELSにおいては作者のことばが寄せられている。果たして、その飛び道具とはどういうことなのか。題名の通り、黄昏ホテルの老ボーイ(年老いてもボーイとはこれいかに)が主人公となる一編。

 どこか上の方から聞こえてきたバアンという破裂音。わたしは三階の長期滞在客の誰かが起こしたトラブルだと看破した。一瞬、自分が新入りのボーイだった頃の日の出ホテルならば、あんないかがわしい連中を宿泊させることはなかったのに……、と回想が過ったが、わたしは無人のフロントに駆け寄って呼び鈴と立て続けに鳴らし「警察を呼べ!」と指示を出してから、階段を一気に駆け上がった。しかし、ホテル以上に老いた身体にその行動は酷だったようで、わたしの心臟は飛びはね、息も絶え絶えの状態になってしまう。そしてその三階。いやに静まりかえっている。わたしの目の前、三〇五号の扉が開き、「遠藤」と名乗るいかがわしい男の一人が問いかけてくる。「さっきの音はなんだ?」 わたしは警察を呼んだので部屋のなかでじっとしているように指示する――そして改めて、気付く。わたしは一体何をしようとしているのだろう? 六十過ぎの丸腰の男が、拳銃をぶっ放すような相手に対して何ができるのだ? そう気付いたわたしは自分のホテルマンとしての習性を、少し苦々しく、そして少し誇らしく感じた――。

黄昏ホテルの年老いたボーイのプライド。そして、その先にある「飛び道具」とは――?
 これまでの五つの作品において、ホテル側の人間が主人公を務めるのは、地下にあるバー「トワイライト」のバーテンを描いた篠田真由美さんの『暗い日曜日』のみであった。この作品では、それに続くホテルサイドを中心とした内容となっている。
 現実にも、それなりの格あるホテルに行けば、車での出迎えをサポートしたり、或いはポーターとしてであったりといったいわゆるボーイという人々に出会う。大抵は若い人が務めているが、格式と伝統のあるホテルであればあるほどに、そのボーイという職を何十年と務めたヴェテランのボーイがいるものだろう。そして、黄昏ホテルにしても同様であったということ。恐らく彼らは「ホテルがお客様を気持ちよく迎えるために何をすべきか」を知り尽くしており、それは本能に近いところにインプットされ、全ての行動に優先する。だからこそ、この「オールド・ボーイ」のようなドラマが生まれるのである。

 物語は、一発の銃声というホテルにおいてはあってはならない突発事が発生した、黄昏ホテルにおける老ボーイの一人称にて語られる。昔を知るがゆえに現状に満足はしていないものの、その職務を全うすることに全精力を傾ける彼の姿に「プロ」の魂が感じられる。だが、そこは我孫子武丸、単純にそのボーイの”いい話”を描くものではない

 そのボーイが次々と三階の部屋を確かめ、そして行き着いた先に居たのはやはり銃を発射した人物。そして――。 実際、これ以上この作品を語るためにはネタを割る必要が出てきてしまうが、短篇の紹介においてはその行為は本意ではない。ただ、一ついえることは、我孫子武丸の持ち出した「飛び道具」を満たすためには、本篇の主人公のような職業意識とホテルに対する忠誠心の固まりのような人物が必要とされていたということだけはいえる。真相が明かされた時に微妙な寂しさを感じるのは、恐らく現実をも超越して維持し続けられるその執念に残酷な虚しさを当て嵌めているから。

 ちなみにその作者のことばの結びの一文は「後のことは知らん。」である。この作品にて初めて”黄昏ホテル”に持ち込まれたある事象。この結果、黄昏ホテルにもう一つ大きな枠組み……というか枷か……が込められるのだ。これがどのように後の作品に影響を与えているのか。後続の作家はどのようにそれを料理するのか。執筆順が後になればなるほど制約の増えてゆく連作アンソロジーは、こういったところにも楽しみが見いだせる。


04/10/31
森奈津子「カンヅメ 黄昏ホテルシリーズ第5回」  e-NOVELS 定価105円(税込)20P 154KB 販売ページ

 「黄昏ホテル」シリーズの第五話は、森奈津子さん。作家+ホテルの絡みといえば華やかな受賞パーティ、そして最近はあまり見聞しない気もするものの、やはりホテルでのカンヅメ。売れっ子作家の原稿を得るために編集者がホテルに作家を閉じ込め、原稿を書き上げるまで外部からの騒音をシャットアウトして執筆に集中して頂くという行為。ただ、本作に登場する作家は売れっ子でもなんでもない。だが、カンヅメ、そして「黄昏ホテル」。そこで起きる出来事とは……。

 デビュー三年目にして著作二冊のマイナー作家・藤崎京子。執筆中の長編『鮮やかな憂鬱』にて、ホテル暮らしの美女を描こうとしていたその実感がなく、筆が進まないと京子は編集者の井田に相談した。井田は京子が「カンヅメ」暮らしを実現できるよう「黄昏ホテル」の部屋を取ってくれた。京子は自分の容姿にコンプレックスを持っていたが、その井田に密かな片思いをしている。――執筆中の『鮮やかな憂鬱』における主人公は、初老の会社社長の愛人として生きることを決意し、OLを退職した美奈子という女性。彼女はその優れた容姿ゆえに生活を獲得することはできたが、作家デビューの夢を切望していたものの実現できていなかった。あてがわれたホテルの部屋で、愛人の訪問を待ちながら小説を執筆する。主人公に設定したのは、既にデビューしている新進の小説家・藤崎京子。彼女は才能があり、既に作家となって編集者からも好意的に扱われている。だが、彼女自身は容貌にコンプレックスがあって恋愛の面ではうまくいかない――。

森奈津子描くメタフィクショナルな”純”幻想小説。対照的な二人の女性の存在理由のせめぎ合いがスリリング
 「黄昏ホテル」に宿泊しているのは、容貌にコンプレックスはあるものの曲がりなりにも作家デビューしている京子。彼女が描くのは「黄昏ホテル」にて生活している、作家デビューを切望している見目麗しい美奈子。作品のなかにいる筈の美奈子が作品内部で書こうとしている小説の主人公が京子。つまり、二人が、互いに互いのことをフィクションとして描く――というメタ・フィクショナルな構造。 その対照的な女性二人は、同じ次元に存在せず、自己の存在を卑下し、相手の存在羨みつつ、自作の小説として互いに描写しあうという不思議な関係。本来は藤崎京子なる作家が主人公のはずなのに、彼女が描く女性があまりにリアルに自分自身を認識するようになってしまい、奇妙な事象が発生する。そんな事態を許すのがまた「黄昏ホテル」という「場」ならではの――。

 改めて本作を読んで認識を新たにしたのが、森奈津子さんによる人間描写の妙。特に本作では全く正反対のコンプレックスを持ち、心の弱い人間二人を鮮やかに描き分けている。才能を活かした職に就きながら、容姿で損をしている女性と、容姿で得をしながらも才に恵まれず望みが叶えられない女性。そのどちらに対して、森さんは等しく愛を注ぎ、平等に描写することに務めているようにみえる。だからこそ、物語の結末がこのような反転を迎えるともいえるだろうけれど。

 これまで発表されてきた作品の印象でいえば、森奈津子さんは自身がバイセクシャルであることを活かした、性別を超えた性愛小説と、さらにその特異なセクシュアリティをおバカな設定に当て嵌めたハチャメチャなギャグ小説を得意としてきたように思われた。だが、本作は登場人物の設定に頼らず、(「黄昏ホテル」が所与ということもあるのだろうか)物語のプロットを軸にどっしりと据えた幻想小説として評価されたい一品となっている。オムニバスの一編として存在する作品ではあるが、本作品をきっかけに森奈津子さんの生真面目な側面を垣間見たような気がさせられた。

 森奈津子作品の多くには耽美系というか、ホモ・ヘテロ・両刀といったジェンダー系のネタが数多く登場することが多い。またそうでなければ奇想中の奇想といったおバカな設定が物語に施されているケースもまた多い。だが、本作に関していえば、そいうった要素を避け、人間の弱さといった部分を前面に押し出すことで不思議な幻想小説に仕上げられているという印象。黄昏ホテル――という強烈な磁場が(それともオムニバスというこの形式が)、森奈津子さんをも飲み込んでしまったのかもしれない。


04/10/11
早見裕司「アズ・タイム・ゴーズ・バイ 黄昏ホテルシリーズ第4回」  e-NOVELS 定価105円(税込)21P 135KB 販売ページ

 「黄昏ホテル」シリーズの第四話は、早見裕司氏。氏のちょっと濃い作風に比べるとあっさりした味わいが特徴の大人の短篇。苦く、切ない、年齢を経た人間たちならではの醸成されたエピソードをさらりと描く。 軽く酔った時に読むのが吉とみた。

 夜更けまで「黄昏ホテル」のバー「トワイライト」で飲んでいた、もう初老に差し掛かろうとする二人の男達。彼、そして私。地下から緩やかな弧を描く階段を経てロビーに出て、少しの休息のためにフロントの前にある椅子にて差し向かう。彼はくしゃくしゃになったハイライトを一本取り出すと、手慣れた手つきでジッポーにて火をつける。そう、彼は一つのもの、スタイルにこだわり、徹底的にそれを極めるまで追求する男。ジッポーにこだわり、その蘊蓄を披瀝する。私が「トワイライト」で味わっていたのはホテルのオリジナル・カクテル「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」。ちょっと甘め。映画『カサブランカ』で有名になったスタンダード・ナンバーから名前の取られたカクテル。だが、彼はカクテルといえばマティーニなのだという。そんな彼に対し、私はシンプルで米国ではスタンダードなあるものをプレゼントしようとしていた。――ピストル。彼に向けた銃口。彼の問いかけに対し、私は私が愛し、そして彼のものになった一人の女性・リサのことを口にする。

「素晴らしいスタンダード」をじっくり時間をかけ、その道を極めることによって愛する男。だからこそ――
 渋い。格好いい。
 「彼」と「私」そして中盤以降「老フロントマン」の三人しか登場しない。皆、初老、もしくは老人といっていい年齢で「黄昏ホテル」のくたびれ方とどこかその年輪がリンクする。「彼」と「私」は若い頃からの友人同士でそしてかつての恋のライバルでもあった。要は、「私」がかねてからの恨みを、「彼」に対してぶつける話なのだ。突然取り出されたピストルと共に。だが、そこに動揺もパニックもない。それでも、あくまで静かな物語なのである。
 例えば、この抑制の利いた台詞がその静かな心情を象徴している。
 ピストルを向けられた「彼」の台詞。「どうせ遠からず死ぬのなら、君に撃たれるのは、悪くない死に方だ」 そして仲裁に入る老フロントマンの台詞「こちらのお連れ様同様、わたくしも、もう命は惜しくはないのでございます」 十二分に充実した人生があり、それを存分に堪能してきたからこそ発することのできる台詞。中途半端な人間にはこういった対応はまず出来まい。

 物語は軽めのミステリともいえる――。なぜ「私」が愛した女性・リサは結婚後、「私」と語り合う機会が得られなかったのか。そして死の床に臥せった彼女が、死に目に際しても「私」を避けたのか。 別に犯罪が絡む謎ではないけれど、その真実には瞠目させられる。(その意味ではちょっとした日常の謎系列に入るかもしれない)。 明かされてから考えてみれば決しておかしなことではないけれども、彼らの人生観という伏線が効いており、その結果じわりじわりと心の中に染みいるものがあるはずだ。逆に、二人の告白によって妻となるべき女性を「彼」に奪われたと思い込む私の方は、静かに何かが壊れていく。そこに凡人の哀しさもまた見え、残念ながら「私」の方に自分を重ねる読者も多いだろう。小生もまたその一人なのであるが……。

 若いのにこだわりを持つというのは、一見凄いようでいて実は普通のこと。こだわりは人の目を引く。若いうちは自分の興味に対してひたむきになることができるし、絶えず人の目を気にしているものである。だが、ある程度の年を経てもこだわりを持ち続けているというのは大変な努力を要すること。人生に擦り切れ、日常に追われするうちに、人は誰でも自分のこだわりをどこかに置いてきてしまう。 格好をつけた台詞を単に並べた物語はどこかにある。物に対する蘊蓄をとうとうと語る物語もあるだろう。だが、そういった要素を使いながらこの作品のように人生の結晶のように昇華させている物語には、なかなかお目に掛かれない。さらりと、そしてじっくりとそれこそ滋味溢れる年代物のウイスキーのように味わいたい作品である。


04/09/25
篠田真由美「暗い日曜日 黄昏ホテルシリーズ第3回」  e-NOVELS 定価105円(税込)23P 180KB 販売ページ

 「黄昏ホテル」シリーズの第三話は篠田真由美さんの現在のところ唯一のe-NOVELS作品でもあり、著者の他シリーズとの繋がりはないオリジナル。作者のことばによれば「異形コレクション」の諸作をもう少しミステリよりに振ったような、というのが一応のイメージという幻想ミステリを試みた作品とのこと。三話目にして初登場ともいえる「黄昏ホテル」地下にあるバー「トワイライト」が舞台となっている。

 「黄昏ホテル」がまだ「日の出ホテル」として開業したばかりの六十年前。見習い小僧としてバーに入った俺も、バー「トワイライト」を一人で切り盛りするうちホテルや、そのホテルの建つ港町同様の古びた爺さんとなってしまった。戦前、船員相手の娼館経営で一山当てた親父が息子に開業を任せたのが「日の出ホテル」の由来。その若旦那も戦争中に居なくなってしまった。全てが古ぼけたバーの中、開業の準備をしていた俺の前に客が現れる。 「――静かだね」 客はトレンチコートを着たハンサムな青年。その風貌からはハーフと見て取れる。「ジョニー?」 俺は思い出す。戦後、駐留軍で賑わっていた時期、歌手としてホテルに滞在していたリリー鈴木の、その頃はまだほんの小さかった息子だ。まだ子どもだった彼は、この「トワイライト」で繰り広げられる大人の行動が羨ましかった――そして、何よりも母親と一緒にいられなくてさびしかったのだ。しかもちょうどその頃、彼の母親は、別の場所に泊まりに出掛けた彼を残してホテルで睡眠薬自殺を遂げたとされていた。その自殺をジョニーは本当にそうなのか疑っていた。そこに当時を知る別の人物が現れる――。

本格ミステリにして極上の幻想ミステリ。その骨格全てを支える歴史の重みを感じさせるバーの雰囲気が超抜群
 本作もまた「黄昏ホテル」を舞台としつつも、舞台以外の設定は他の作品と繋がらないオリジナル。ただ、三話目にしてこれ以上ないというくらいに「黄昏ホテル」の”雰囲気”を重視し、その雰囲気が物語の筋書きに大きく関わっている作品となっている。三番バッターとしての役割をきっちりこなし、かつ作品もクリーンヒットという見事な内容である。
 まずとにかくこのバー「トワイライト」の描写が秀逸。単に時間を経て古びたのではなく、年輪を積み重ねて渋みを増したという内容の差を見事に描く。変わらないバーテン、変わらない場所、だけど変わっていった古き良きあの時代。 カクテル。音楽。静かに時が流れる、あの大人好みのバーならではの雰囲気が文章できっちり再現されているのだ。最初の数ページを読んだだけで、読者もまた照明を少し落とした酒場のスツールに座っているかのような静かな雰囲気に取り囲まれる。ショットバー、ホテルのバーのあのちょっと背伸びしたような気分、そこはかとない緊張感がお好きな方には堪らないはず。

 さて、ここまではあくまで”雰囲気”の話。ひとわたりその気分を味わわせて貰ったあと、読者が次に酔うのは「謎」。バーに訪れた珍客はかつての客の息子の成長した姿。彼の母親は、戦争直後のあの時代に睡眠薬自殺を遂げたことになっている。米国に連れて行ってくれる筈の男に振られ、同僚とやけ酒を飲み、翌朝発見された時には冷たくなっていた母。部屋は内側から施錠されており、しかも鍵はリリー鈴木の口の中から発見されていた――。それから数十年が経過した今、息子はその死に疑問を呈する。

 ここで老バーテンが謎解きをしてしまうならばそれは別のシリーズ。本作では当時、主人公の母親と競り合っていたという別の女性が客としてやって来るのだ。このタイミング、一体なんだよ? と御都合主義を一瞬疑うが、実はそれ自体が作者の深謀遠慮、計算のうちであったことに後で気付いて打ちのめされるわけなのだが。その事件の推理は、当時の「黄昏ホテル」の状況と造作が鍵となり、ある解決が提案される。短編でありながら意外なところが伏線と効く、この推理に関する論理の筋道もなかなか巧い。トリック自体にオリジナリティがあるとはいえないまでも、アレンジの仕方が小粋である。そして犯人と目される人物もまた、バーに居る――。

 だが、そのミステリとしての解決が物語の終わりではないのがこの作品最大の魅力なのである。 唐突な展開に驚いていると、その次の瞬間待ち受ける静寂が一瞬にして場を満たす。この動と静の対比による衝撃が実に痛烈。これこそ文章にて情景を編み出す作家の、職人芸。そして、作者が冒頭で述べている「作品への思い」が、実に鮮やかに体現されていることに素直に驚き、感動させられたまま幕を閉じる。――巧い。

 セールスという意味では、篠田さんの数ある人気キャラクタが登場、という方が売れるのであろうけれど、この作品の場合はそういったミーハーなだけの読者には読んで欲しくないというか、何か独占して心の宝箱に仕舞っておきたいような大人向けの魅力がある。篠田真由美さんが見せるミステリ作品のキレと幻想の美しさに加えて、大人だけに伝わる年輪というような雰囲気がプラスαされた佳品だと思った。


04/09/13
笠井 潔「御輿と黄金のパイン 黄昏ホテルシリーズ第2回」  e-NOVELS 定価126円(税込)16P 153KB 販売ページ

 前回の浅暮三文『インヴィテイション』に引き続き、「黄昏ホテル」シリーズの第二回作品を取り上げる。作品内には明記されていないが、【作者の言葉】によれば登場する”私立探偵”は『三匹の猿』や『道』、最近では『魔』に登場する私立探偵飛鳥井であり、彼のシリーズにおける番外編作品なのだという。「黄昏ホテル」を舞台には据えているものの、あくまで一個の独立した短編として成立している点も改めて強調しておく

 秋。私立探偵は海沿いの道を通りホテル・サンシャイン――通称「黄昏ホテル」に到着した。ウェイターに案内され、ラウンジから芝生に出て、依頼人の米国人・エリザベス・ホワイトとの対面を果たした。国際的金融企業に勤務する彼女は、彼が以前より付き合いのあった同社の日本支社の調査部長を通じて、一ヶ月前に依頼をしてきた。内容は人捜し。二十五年以上前にこのホテルのある市に住んでいた「クロベイ」というファースト・ネームを持つ男を探しだして欲しいというもの。私立探偵は彼女に対する調査報告を提出するためにこのホテルにやって来たのだった。結果は失敗。ただ探偵はもう少し詳しい事情が分かればまだ捜しようはあるという。彼女は探偵に自分の身の上を語り始める。複雑な彼女の身の上のなかで「クロベイ」なる人物は、三歳の頃に預けられた人物の名前だと思われるのだという。彼女は恋人を9月11日に亡くして以来、日本の御輿の上に黄金のパイン(松)が乗ったイメージを持つ悪夢を見るようになり、その悪夢がこの調査のきっかけだった――。

ハードボイルド私立探偵のアームチェア・デティクティブ。依頼人の聞いた「黒兵衛」そして「御輿の松」という言葉の意味とは?
 そもそも、笠井の”私立探偵飛鳥井”のシリーズは普通のハードボイルド・エンターテインメントとしての貌を持つ一方で、深読みしたくなるような要素をいろいろ持っており、実際に作者は幾つもの意図を作品内に埋設していることが多い。そして、本格ハードボイルドとしての枠や構成を利用しつつも、その内実に本格ミステリとしての謎解き要素を込めていたりするのも特徴のひとつ。本書の場合も、短編という形式、そして作品そのものでは”私立探偵飛鳥井”と謳っていない通り、あくまで「謎」が中心に配置されており、その他の要素はひっそりと佇む程度であまり前面に出てこない。さらにいえば、この物語が「黄昏ホテル」で起きる必然性もないのだが、逆にこの物語は「黄昏ホテル」の一部を形作るためのパーツの一つとなってゆくのだろう。

 さて、この作品の中心は「謎解き」である――。黒兵衛。御輿。パイン。こういった彼女の記憶にある言葉が、実はどういったところで聞いたのか、何を指すのか、そしてそもそも真の意味とは何なのか?。そして、彼女の保護役の牧師と「オジイチャン」のあいだにかつて何があったのか――。謎は謎なのだが、どの部分に焦点が当たるのか分からないまま読者は読み進めることになる。そして、それらの要素が一点に集約されていき、全ての要素が反転する瞬間にぶち当たることになるのだ。(少々謎解きに世代による常識差が絡むような気もするが……) あまり類例を思いつかないタイプであるこの謎、そしてその実に綺麗な(これは綺麗なという形容詞が最も相応しい)反転。日本語を操る日本人作家であるからこそ、思いつける(ないしは笠井氏の実体験が反映されているのか?)謎、そして日本人ならではの解決に、日本人読者としては素直に感心させられてしまう。 読み終わった後に”文化というもの”を、奇妙に、そして強く意識させられるのである。

 そして、「謎」が明らかになった後、この作品では、依頼人が「日本文化を知る背景にある知的職業従事の外国人」であるという何気ないような設定が実に重要であったことに気付かされる。また、謎のイメージを構築する手腕も素晴らしい。更に彼女の生い立ちなど、さりげない設定も実に上手い。中心となる「謎」はワン・アイデアともいえるものでありながら、全ての要素がその「謎」に奉仕しているがため、綺麗な反転を見せてくれるという仕組みが作品に凝らされている。
 その一方で、例えば依頼人の恋人が例の国際貿易センタービルが倒壊する事件(9・11)で亡くなっているのであるが、この「死」に定義付けがなされたりといった教条的・社会派的要素は見られない。また、あまり探偵役が前面に個性を持ち出さない。相手のいう言葉を真摯に捉え、考えを静かに巡らし、アクションも警句もない。ただ、この透明な姿勢が作品のポイントを際立たせるのだ。結果、彼によってもたらされる静かな雰囲気のなかで謎が解かれていく過程が実に気持ちよいのである。

 ラストに探偵が例にあげた子どもの頃から不思議だったという「でっけえかな」の例えに「くすっ」とした笑いを誘って幕を閉じる。全体としてどこか後ろ向きのイメージを発している「黄昏ホテル」のなかで、こういったハートウォーミングな物語と出会えたことにほっとさせられた。さて、次なる物語はどのようなものなのだろうか。


04/08/31
浅暮三文「インヴィテイション 黄昏ホテルシリーズ第1回」  e-NOVELS 定価105円(税込)18P 108KB 販売ページ

 e-NOVELSモニターの増加に伴い、小生は当面、e-NOVELSによる二十人競作という大企画「黄昏ホテル」シリーズのレビューに当面特化するつもりでいる。さて、その「黄昏ホテル」だが、ベースとなるのは”海辺の町にひっそりと建つ古いホテル”。そのホテルは人々に《黄昏ホテル》と呼ばれている――このクラシックなホテルを舞台としが、二十人もの精鋭作家によるオムニバス形式の作品集というのがこの企画の内容となる。競作ということで作品同士の関連を気にされて手を出しかねている方にも、お気に入り作家の一作品からでも気軽に手に取って頂けるよう、小生も努力してゆきたいと思う。では、第一回、オープニングを飾る浅暮作品から――。

 気付くとおまえは椅子に座っていた。いる場所はどうやらホテル。窓から見える景色からそこは二階か三階と知れた。だがぼんやりとしていて、それまで何をしていたか思い出せない。ここは確かに現実の世界。だが、突然時間が始まって、その中にぽつりと存在しているような違和感が拭えない。そして何も思い出せない心の中にあったのは、深い悲しみ。だがその悲しみを黒雲のように湧いてくる疑問が覆い隠していく。おまえはその喪われた記憶を思い出すしかない。不意に窓の外に光――それは花火だった。
 そして電話が鳴る。フロントから。そう、わたしは刑事で、銃を携行している。何か異常を心配したフロントからの電話。わたしは異常がないか確かめるために外に出た。
 彼はゆっくりと窓の外を見た。外は闇。闇は彼自身が誰で、どこにいるのか、外がどんな世界なのか曖昧にしてくれた――。

終わりが始まりという黄昏ホテルに相応しい不思議なオープニング。そして読み直し必至の技巧が冴える
 《黄昏ホテル》のオープニング。そしてその露払いを務めるのは巧者・浅暮三文。物語のボリュームとしては小さいながら、 実に独特の雰囲気を醸し出す、そして実験的な内容を秘めている。後で執筆を務めた我孫子武丸が「いきなり飛び道具」と形容したこの作品、考え抜かれ、職人芸によって磨き抜かれた構成と文章によって紡ぎ上げられた小説として、まさに年季の入ったホテルを思わせる風格を持っている。

 紹介の文章にも記されている作品の一節が物語の主題を端的に示している。「おまえはおまえの妻を殺した。憎かったからではない。愛していたからだ」
 一読することで、その物語の意味はつかめるはずだ。病苦の妻を殺して自分もまた後を追う男の悲しい物語。その悲しみはダイレクトに描かれており読者もまた主人公の絶望的な気持ちにするりと共感させられてゆく。もちろん今後、この余韻が、《黄昏ホテル》という存在の底流を形作る礎の一つとなってゆくのだろう。だがこの作品、単純に悲しいエピソードを描いただけという物語ではない。《黄昏ホテル》のインヴィテイションに相応しい、構成上の技巧があることにもすぐに気付かされる。まず改めて確かめてみれば、主人公は物語中では”おまえ”であり”わたし”であり”彼”と別々に描かれている。不注意なまま読めば少々繋がりに違和感があれど、流して読み終えることも可能。だが、短編でありながら、二人称、三人称、一人称の文体が代わる代わる登場することに気付いた段階で、物語は再読を要請する。

 初読と再読で文章が変化する訳もないのだが、実際は再読以降(私は結局何度繰り返しこの物語を読んだのか、実は数えられない)、物語は、その最初に感じた悲しみを同じくしたまま、ぐいぐいとその深みを増していく。 ”おまえ”と”わたし”と”彼”。この文体が、物語においてどのタイミングで変化してゆくか。それぞれの人称はどのような意図を持っているのか。愛する者を、愛するゆえに我が手にかけてしまった男の悲しみ、そして哀しさが読めば読むほど、構成の技巧を知れば知るほどに深くなっていく。 不思議なほどにこの構成が嵌っていて、それは同時に浅暮氏が先陣を切った、この《黄昏ホテル》がどのような展開が許容されるのか――、という点に対する読者及び、後の執筆陣に対するガイドとしての役割をも果たしているといえるのではないか。

 あまり詳しく内容に触れてしまうと未読の方の興を削がれるかもしれないので、この作品についてはこのあたりで筆を置くことにしたい。だが、浅暮三文という作家が、いかに物語に対して真摯に向き合っているかという点は、このたった十八頁の短編小説からも十二分に伝わってくる。ミステリやホラーというより、幻想小説としての味わいが強いが、この幻想が一筋縄ではいかない凝り方になっている点、是非とも注目して頂きたい。


04/08/13
森奈津子「フラスコの中の親指姫」  e-NOVELS 定価116円(税込)41P 262KB 販売ページ

 自らバイセクシャルを広言し、その独特の思想とセンスに加えて、時々破滅的にシュールというのが森奈津子作品の魅力といえば良いのだろうか。この作品は『アスキーネットJ』誌に前後編の二度に分かれて掲載された作品で、単行本化はされていない。序盤は森奈津子さんらしい、実にリアルなレズビアン小説の展開にて進めつつ、その部分が重要な伏線になって物語が変質していくというホラー小説……である。

 大手住宅メーカーの広報課に勤務する未知子は、キャリアウーマンを装う真性のレズビアン。今は十二歳年下の女子大生の恋人・春夜と交際しており周囲を羨ましがらせている。春夜は経済的には十分すぎるほど恵まれた家庭に育ち、現在は私立大学の薬学部に籍を置いて、1LDKの高級マンションにひとり暮らしをしている。彼女の初の性体験の相手が未知子で、二人は時折の逢瀬を楽しんでいた。特に未知子の技巧的な愛撫に春夜はめろめろ。彼女は未知子が大好きだと公言してはばからない。そんな彼女が、未知子の子どもが欲しいと言い出す。しかも自分が生むのではなく、男性は誰でも良いのであくまで未知子が産んだ子ども。春夜のおままごとのような提案に、未知子は「養子を貰うにしてもちゃんと世話ができると分かってから」、と少々冷たい反応を返す。そんなことがあってから暫く、会社の帰りに春夜宅を訪れた未知子は、「あたしの赤ちゃん」と奇妙な物体を見せられる。一本のフラスコの中の透明な液体に浮かんでいるそれは、指の爪くらいの大きさでピンク色の幼虫のように見えた。何かの幼虫を利用した春夜の奇妙な悪戯だと思い込んでいた未知子だったが、次の訪問にて驚愕させられることになる。フラスコの底には親指の半分ほどのサイズの赤ん坊がいたのだ――。

何なのだコレは。恋人の育てる”親指姫”が成長するに従って増幅していく悪意と恐怖――。
 序盤の展開に深謀遠慮がある――。 というのは、物語が開始してしばらくは、表面上は年の離れた同性のカップルの赤裸々な愛情交歓の様子が官能(エロ)小説さながらに描かれている。小生、ヘテロなもんでレズの世界はよく分からないのだが、年の離れたカップルはこちらでも珍しいのだろうか。そのせいということもないだろうが本書では、年下の恋人が年上の主人公の百戦錬磨の超絶技巧とジムで鍛えた肉体によってめろめろになっていく描写に力が入っているように見受けられる。ただ、森奈津子作品において、このような性的描写は内容と常に切り離せない。むしろ、作者自身の物語への過剰な自己投影趣味があるように感じられ、時に辟易とさせられることもあることも事実。だがしかし、本作では、これらの描写が伏線となっており、後でじわりと効いてくるのだ。 「あなたの赤ちゃんが欲しい」という同性同士では滅多に語られないだろう、この台詞が。

 そしてカップルの間に突如出現するのが、表題通りの「フラスコの中の親指姫」である。これが実に不気味。通常の人間よりも早いスピードで成長することにより、赤ん坊になり幼児になっていく。ただ、大きさは親指くらいのまま……。本書には、その”親指姫”存在自体が醸し出す悪意と、その存在そして意志を信じられないまま、人間関係のうえで窮地に陥っていく主人公が描かれる。この親指姫含む三人の関係の変化の描写が実に巧みで、彼女たちそれぞれの愛情の向け先の複雑さが物語を膨らませている。女子大生の無邪気な愛情は、主人公へのものと親指姫へのものへと分割され、親指姫をも主人公が愛してくれると信じて疑わない。一方の主人公は、独占したい彼女からの愛情が別の対象にも注がれることに複雑な気分となる。しかも、ライバルは得体の知れない”化け物”なのだ。無力な赤ん坊だった”それ”が、意志を持つようになり、主人公はその存在に脅かされるようになる――。

 その親指姫、その名前と裏腹に再三、物語では「不細工とまでいかないが、平凡以下」の顔立ちで、決して美しくない存在として描かれている点にも注目したい。この点、ラストに現れる親指姫の姿と繋がり、独特の余韻を響かせることに繋がっていく。そして、またこの親指姫の存在理由が説明されていないところがかえってイメージを膨らませるのに役立っている。果たして、これは一体何なのか。突き詰めてゆくと、その存在は主人公の一つの分身であったとさえも考えられるのだ。

 あくまで短編作品であり、波瀾万丈のプロットのある作品ではない。独特の視点から描かれる小さなホラー小説としても、そして奇妙な三角関係を描いた恋愛小説として読むことも可能だろうが、少なくとも半分だけ読んで、結末を知らずに止められる作品ではない。 主人公の立場に素直に感情移入できる人は少ないかもしれないが、森奈津子にしか描けない世界であることは間違いない。他の作品によくみられる、”笑い”を狙った極端なナンセンスは含まれないものの、ファンの方なら満足されるレベルにあるのではないだろうか。


04/07/28
牧野 修「読むな」  e-NOVELS 無料 23P 149KB 無料ダウンロードページ

 独特のホラー作品を得意とする牧野修が紙媒体ではなくe-NOVELSオリジナルにて発表、そんな付加価値にもかかわらずなんと無料(タダ)でダウンロードできる短編作品。もともと異形コレクションのために書き下ろされたものであるが、諸事情により、予定されていた『帰還』に収録されなかったもの。【「読むな」を読む上での注意】 ←こちらからダウンロードするのも一興かも。

 当時、本を二冊出していたぼくは、なぜだか航空券と招待状を貰い、その指定通りオランダへと渡りニウェ・ゼイデのダム広場で招待主を待っていた。現れたのは将校のコートを着た初老の男。ぼくに着いてこいと示し、コーヒーショップへと向かう。大麻の煙、そして厭な予感と不快感溢れるその店は「人が来てはならない場所」だとぼくは直感するが、男についてカウンターの奥の扉から地下へ降りる店の奥へと入る。螺旋階段を降りていくとそこは地獄だった。精液と血、腐臭、悲鳴。傷付いた全裸の少年や、壁に繋がれた少女。そしてその奥に、長髪の東洋人がいた。流暢に日本語を操るその男は「懐かしいでしょう」とぼくにいう。「伯爵」を名乗る彼は、傍らのモニターにかつてこの国に滞在したぼくが行った罪状を映し出し、ぼくに協力を要請する。彼の編纂するオリジナルの短篇集に作品を寄せて欲しいのだという。ぼくは背後にいる「彼ら」の存在に気付き、その申し出を断れないことに気付いた……。

異○コレクションに隠された秘密。物語で顫えずとも、作品成立背景の奇妙な暗合に顫える……

 「この小説を読んではいけない」
 小説だというのに、何とも逆説的な書き出しで物語が始まる。ま確かに、この一行を読んで「読むのやーめた」という選択肢もあるだろう。もしかすると貴方のその行為は貴方自身の幸せな将来に貢献することになるのかもしれないし、とやかくを私がいうべきところではない。一応、この警告の後も貴方が読み続けるだろうことを前提として評を書く。もちろん、この「読んではいけない」、決して作品がツマラナイとかそういう意味ではない。むしろ逆。生真面目に、恐怖小説を目指したときに独特の腐臭を漂わせる、牧野テイストが溢れており(つまり駄洒落や冗談は、この物語内では期待しないで欲しい)、ホラー短編の正統派作品なのである。
 本作には主人公として”ぼく”が登場する。その”ぼく”は、明記されていないもののこの作品の著者が牧野修とクレジットされている以上、牧野本人であろう。作品の主人公が作者。作者は物語を紡ぎつつ、この短編内部の世界の秘密を描く。内部の秘密? いや、牧野修が実在する以上、この作品は現実との関わり合いを持つわけで、この作品世界はまた現実と繋がっている。ただ個人的にはその部分は恐怖のツボではない。むしろ、作品内で”ぼく”が暗闇の底で出会う狂気と邪悪に満ちた部分の描写の凄まじさに改めて驚かされた。伏線も何もなし。物語との脈絡もなし。それでも、密やかに苦痛に喘ぐ人々が暗闇のなかにいる。恐怖の雰囲気の構築に長けた作者ならではの場面である。

 しかも本書は、明らかに井上雅彦(=伯爵)と思われる人物も登場、彼により○形コレクションの持つ真の狙いが明かされるという仕掛けをも持つ。恐らくこの作品を読み終えた段階では、少々遊び心のある論理の飛躍だなーという程度だと思われるのではないか。ラストの奇妙な幕切れも悪くはないが、そこに至る強引なアナグラムであるとかこじつけ(笑いを狙うものではないが、強引な力業には苦笑する人もいるだろう)のインパクトが過ぎるのである。だが、本書における最大のインパクトは内容と、この作品自体の持つ成立経緯との暗合にあるのだ。正直なことをいうと、作品そのものよりもその謎の経緯に驚きを覚え、それから少しだけ寒くなった。

もし貴方がこの作品を読み終わったのであれば、必ず以下のリンク先の文章を読んで欲しい。 つまり、なぜこの作品がe-NOVELSオリジナルとなったのかに関する、「異形コレクション」監修者である井上雅彦による説明……。この経緯だけ独立した事象ということであれば、どうということはないよくある話。しかしこの作品の内容・ラストを鑑みると世の中にこれほどの偶然が有り得るものなのだろうかと疑問符が頭を過る。そして、その事実を改めて考えた時に、実は作品を読んでいた時よりも、私は顫えたのだった。

……後に異形コレクション読本に収録されました。(08年1月追記)。


04/07/11
綾辻行人「赤いマント」  e-NOVELS 定価157円(税込)49P 450KB 販売ページ

 初出は'93年11月号の「小説すばる」で、かつて推理作家協会(編)のアンソロジーや、大活字本にこそ収録されているものの、綾辻行人名義の短編集には未だ収録されていない短編作品。 綾辻氏のテキストで一般的にもっとも目に触れていない作品だといってもいいだろう。館シリーズ第四作『人形館の殺人』に登場した、社会学研究室の助手・架場久茂と学生・道沢希早子のコンビが登場する。

 女子大生の道沢希早子は、アルバイトで教師をしている学習塾での教え子である水沢由紀から「赤いマント」の話を聞く。トイレの個室に入っているとどこからともなく聞こえてくる「赤いマントをかぶせましょうか」の声。『いいえ』と答えると扉は開かなくなり、再びの問いかけに『はい』と答えると、全身から血を吹き出した死体にされ、まるで赤いマントを被せられたような姿になってしまうのだという――。希早子は、その話を大学の万年助手・架場久茂に話をすると、それは有名な都市伝説だと一笑に付される。架場は幾つかの「赤いマント」に類する話の蘊蓄を語り、希早子は感心した。しかしその週末。希早子は友人と別れ、深夜に家路につくことになった。バスを利用したため遠回りになった彼女は、人気のない裏通りを歩く羽目に陥る。暗闇のなかで自然と「赤マント」の不吉な噂を思い出す希早子は、その道筋にある児童公園こそが由紀の言っていた「赤いマント」が出没するという噂の現場であることに気付いた。そしてその公園に差し掛かった時、希早子は思わぬ人物から声を掛けられ、その児童公園のトイレに向かうことになるのだが……。

夜の闇から生まれる都市伝説の謎を逆手にとって。ホラーテイストの日常系ミステリというレアなテイストが生まれる
 なんというか奇妙な感覚をもった不思議な作品である。『人形館の殺人』後日譚という位置づけに加え、あらすじを読んで頂ければ判る通り、本書の中心にあるのは「赤いマント」という、いわゆる「都市伝説」。ただ短編でもあり、そもそもその「都市伝説」のルーツであるとか、噂の源であるとかを解き明かそうという意図はない。しかし、その「赤いマント」をリアルに蘇らせる、ホラーの手法が如き凝った演出が物語の重要なポイントを占める。その一方で、本作品はあくまでミステリであり、そのミステリにおいては、その「都市伝説」の存在、そしてその受け入れられる土壌そのものが鍵となっている――。恐らくこの奇妙な感覚は、ミステリ作家ながらホラーを描くのに長けた綾辻氏ならではの構成の造り方にあるように思われる。

 前半部は、なんといっても「赤いマント」の恐怖感を脳裏に浮かべながら、深夜の公園に至り、その声を実際に聞いてしまうまでの道沢早希子の心象であるとか、行動であるとかの演出が秀逸。人気のない深夜、一人歩きする際の不安で心細い気持ちを実に見事に体現し、かつ実際の「赤いマント」に接した際の恐怖感は、その手の映画を観ているかのような臨場感覚に裏付けされている。ホラー小説としての伏線から、恐怖のクライマックスへ至るまでに、プロットや文章ともに一切の無駄がない。ここまではホラーを書かせても傑作の多い、才人・綾辻行人の一つの側面である。

 ただ――、この作品は、ここから綾辻行人の別側面に移動する。その夜の経験を冷静に語り合う早希子と架場。明るい大学で語られる事件からは闇の色は失せ、本作がホラーではなくミステリであることが思い出さされる。そしてその限定された環境における事件ゆえに、当然といっていいほどに、そのシチュエーションに対する解釈は限定される。その限定された解釈が”正解”として提示されるのであれば、本作は救いようのない凡作になるところ、思わぬ方向へ物語が展開するのだ。ここで意表を突かれる読者も多いはず。ホワイダニットからフーダニットへ、そして別のホワイダニットへの転換。あまり綾辻ミステリではみられない手法のようにも思えた。

 なぜ、そんな事件が起きたのか――? ホラーめいた導入で始まった物語は、なんと暖かいハッピー・ストーリーへと転換されていく。「赤いマント」の現実性の問題であるとか、冒頭から中盤に引かれたどうでも良いような記述が伏線として蘇るところとか、読み終わって気付けば物語は、都市伝説をスパイスとした日常の奇妙な事件へと見事な反転を遂げている。その詳細はネタに触れるのでここには書けないが、前半部の何気ない会話や情報が、意外なまでの細やかな伏線になっていたことなど、読了後も素直に感心させられた。

 本書が発表された1993年……には、綾辻行人の主要作品群は既にほぼ出揃っていた。'94年以降に小説の単行本として刊行されたのは『鳴風荘事件』『眼球綺譚』『フリークス』、そして『どんどん橋、落ちた』のみ、である。既にホラー・幻想小説めいた方向性も顕現しつつあった時期の作品であり、その恐怖感覚描写の巧みさと本格ミステリの論理性とが合わさった、綾辻行人ならではの特異なバランスを持つ作品。どうぞ、お試しあれ。


04/06/30
京極夏彦「百器徒然袋/第5番 雲外鏡〜薔薇十字探偵の然疑〜」  e-NOVELS 定価360円(税込)217P 1,379KB (販売終了)

 とうとう直木賞作家となった京極夏彦であるが、氏にとって最大の人気シリーズは受賞作含む〈百物語〉シリーズというよりも、〈妖怪シリーズ〉と呼ばれる『姑獲鳥の夏』から連なる作品群の方であろう。そのなかでも人気の高いキャラクタのひとりに、いわずとしれた”探偵”榎木津礼二郎がいる。物語世界をそのままスライドさせ、京極堂メインから、その榎木津の名探偵ぶりを中心に据えたのがこの「百器徒然袋」のシリーズである。既に単行本として三話が収録された『百器徒然袋――雨』が刊行されており、この作品は「第5番」という題名が示す通り、その延長線上にあたる一エピソードとなる。本評を書いた段階では不明なのだが近々刊行される次作に収録される……のかもしれない。

 僕――こと本島はこれまで発生したいくつかの事件に関わったことで、榎木津礼二郎の薔薇十字探偵社に出入りするようになっていた。榎木津の奇天烈な性格と行動に振り回されるようになったことで、僕は今、何の因果か小川町のビルの一室で縛られている――。部屋に入ってきた駿東なる紳士から、僕は事情を聞かされる。彼が専務を務める鏡興業の社長が、榎木津が解決した、ある事件についてもの凄く立腹しているのだという。駿東は僕から榎木津の探偵方法――記憶が視えるということ――を聞き出すと、僕を逃がそうと思うのだと言い出す。だが、入り口には強面たちがいるので、彼の持っていた竹光のナイフを使って彼を刺し、その混乱の最中に窓から逃げるよう奇妙な指示をしてきた。否応もなく受け入れた僕は、その指示通りの三文芝居を演じ、逃げ出すことに成功する。しかし一連のできごとに疑問を覚えた僕は、ことの次第を古本屋・京極堂の主人、中禅寺秋彦に相談に出向くが、予想通り様々な矛盾点を指摘される。そのうえ、そこにやって来た警視庁の刑事・青木より、駿東三郎なる人物が小川町の空きビルで殺害されたという連絡を受ける。自分は決して彼を殺してはいない、一体何が……?

痛快! 榎木津礼二郎。悪党の小細工を吹き飛ばす〈妖怪シリーズ〉の大魔王はしかと健在!
 本作の目玉は、榎木津礼二郎vs霊感探偵(自称)の壮絶なる化かし合いである。確かに冒頭から僕こと本島がナゾの組織によって拉致され、縛られ、そして訊問された挙げ句解放というあたりは、微妙な謎を孕んではいる。殺す芝居をしただけなのに、その相手が実際に死んでいる。これは、すわ冤罪の物語か? (それなら〈妖怪シリーズ〉の某作品と同じだぞ?) と思いきや、警察が僕を拘留して尋問という展開に至らない。逆に事情を訊かれた後、放置。この警察の動きがみえない点が読者にとってはミステリとしての興趣を掻き立てるかもしれないくらい。ただ、物語が進むにつれ、この主題が見え、そして御存知の榎木津礼二郎の能力を当て嵌めれば、その”図式”は自ずと見えてくるというもの。冒頭のエピソードには出てこないものの、中盤にはなんたって(よりによって)、榎木津礼二郎に挑戦状を叩き付けようとする上方の探偵”霊感探偵・神無月鏡太郎”なる人物が相手役として登場するのだ。

 本書の眼目はいわゆる普通の本格パズラーとしての興味を狙うものではない。”なぜ彼らはこんな手間暇かかることを仕掛けたのか”という点、勘の良い方なら序盤で分かるだろうし、中盤以降では物語上でこの点については明らかにされてしまう。あれ? なんで終盤まで引っ張って謎解きのかたちにしないの? という疑問もあるだろう。しかし、この作品(というかシリーズ)の主題は、むかしの大衆小説や一般的アクション小説にも似て、主人公がいかに大暴れするか、という点を描くために存在しているのだから。その「悪党一味の狙い」についてはここでは明かせないが、彼らの狙いはこれまで第三者の誰もが信じてこなかった、榎木津のあの能力の盲点を突くものであり、暴力や権力に屈しない榎木津を陥れるには最良……のように思われるのである。しかも、この事件が発生し、神無月鏡太郎が薔薇十字探偵社に乗り込んで来ている時分、榎木津は所用で実家に戻っており、友人や助手(下僕)らが、彼らの狙いに気付いても伝える術がない。……もっとも、伝えようにもあの性格では伝わりそうにない。

 そして。完璧に仕掛けられた(ようにみえる)神無月一味の陥穽に、榎木津がいかに立ち向かうか。当然それはこの作品を読んでのお楽しみ。ひとことでいえば痛快。そして榎木津の能力さえもを絡め取って綿密に組み立てられた一味の計画が、いかに瓦解していくか。実に楽しく、口元ににやにや笑いが貼り付いて取れなくなる。登場人物のみならず、読者の想像力さえをも超越した榎木津礼二郎の行動、とくと御覧あれ。

 この作品を単独で読んでも、一応完結はしている。とはいえ京極堂をはじめ、〈妖怪シリーズ〉のレギュラー登場人物が多数登場することと、榎木津礼二郎という探偵の破天荒ぶりはシリーズの作品を読んでからの方が良いことはいうまでもない。とはいえ人気シリーズのこと、皆さん大抵の方は読まれているだろうし、榎木津礼二郎ファンであれば是非押さえておきたい作品であるといえるだろう。痛快無比。読んでいるこちらに、奇妙な元気を分けてくれる物語。


04/06/11
貫井徳郎「病んだ水」  e-NOVELS 定価120円(税込)40P 209KB 販売ページ

 2004年現在の話になるが、貫井徳郎の単行本は長編作品が中心で、ほとんどノンシリーズでの短編集を刊行していない。唯一といっていいのが『光と影の誘惑』になり、これも実は中編集である。では、短編が極端に少ない作家なのかというと、著者サイトでも確認できるようにそれなりに発表されている。ただ、どうも強引に単行本にまとめる意図はあまりないようだ。そんななか、e-NOVELSでは貫井短編を読むことができるようになっており、本書もその一つ。初出は「ミステリ・マガジン」の97年4月号。もちろん単行本未収録である。

サンセンという会社の社長秘書であった私が書いた手紙。あの事件から四ヶ月。身辺を落ち着けた私は、当時の社長の愛娘である礼子に対し、事件の状況を回顧する――。礼子さんが誘拐された時、私は社長と共にN市の現地事務所にいた。誘拐犯による犯行声明に接し、確かに彼女と連絡が取れず変事が発生していることがはっきりしたものの、土建屋上がりの社長は毅然とした態度を崩さなかった。しかし犯人の身代金要求は――、なんとたったの五十万円。翌日すぐに現金は用意され、社長自身ではなくその秘書の私が身代金の運び役として犯人に指名を受け、警察のバックアップにより受け渡しのための行動を開始した。犯人による捜査攪乱の狙いは周到で私は一人にされてしまい、さらに蓋を開けてみれば、ある状況の下、その五十万円はまんまと消えて無くなってしまったのだ。しかもその五十万円入りの封筒には誰も近づかなかったという不可思議なおまけをつけて。果たして、身代金はどこへ消えたのか。そして事件の裏側に隠されたある事実とは?

手紙という形式に込められた謎の誘拐事件の二重奏。シンプルなトリックを支える物語の深謀遠慮

「社長の娘が誘拐されたのに身代金の要求はたったの五十万円」
「衆人環視の電車のなかから忽然のように消えた身代金」

 ツカミが抜群。この二つの謎だけで何となく割り切れないものを感じて読みたくなる方も多いだろうし、その反応は普通でしょう(私もそうだったし)。もちろん、この二つの謎には解決があり、その解決を導き出すにはいくつかの物語における補助線が必要となってくる。その補助線をフェアなかたちでいかに読者の目から隠し通し、そしてこの二つの謎をいかに鮮やかに演出するか。トリックそのものを思いつくこと以上に、ミステリ作家としての力量が試される作品であるともいえる。そしてたった40ページの短編でその演出をさらりとやってのけている点が本作品の特徴であり、「トリック」「構成」という二重の面白さが味わえてしまうのだ

 貫井徳郎のミステリと切っても切れないものの一つに叙述トリックがある。全ての作品がそうだということは決してないのだが、少なくとも叙述トリックに印象深い作品が多いという点、そう異論は出ないだろう。そんななかトリックが中心にあるこの作品は、いわゆる貫井徳郎による代表的な叙述トリック作品とは少々趣きが異なっている。それでも、物語構成においてその”叙述トリックの名手”ぶりが遺憾なく発揮されている――という思いを、読了後に強く感じさせられた。物語構成の妙味と言い換えた方が分かりやすいかもしれない。とにかく実に周到にプロットに対する配慮がなされている作品なのだ。

 もちろん、犯人によっていいように掻き回される被害者側と捜査陣の描写など短いながら巧みだし、真相を知ってしまえば実にシンプルであるのに、なかなか思いつけないこの身代金の受け渡しトリックなど実に面白く、この点はまず第一の面白さにあたる。ただ、ミステリ読みとして感銘を受けるのはやはり本作品が手紙という形式で書かれた点にあるように思う。メインの上記二つのトリックに驚いた後、なぜ驚かされたのかという点に思い至ってさらに驚く。ここにプロット型ミステリの深さがある。なぜ手紙が元秘書によって書かれているのか。登場している会社とは何なのか。前半に書かれていない背景や事実も、手紙というかたちによってアンフェアではなくなっている。……等々、三人称視点や、一人称の現在進行形では成立しえないポイントがいくつもこの形式のなかに隠されている点に注意して欲しい。誘拐事件自体の構図(語弊があるが陳腐とも言えるかもしれない)をぎりぎりまで読者の目から隠し通し、トリックを成立させるための前提となる背景、これをいかに効果的に物語内部に封じ込めているか。これこそ叙述トリックの名手ならではの仕事。思わぬかたちでの世界の反転が楽しめることだろう。

 ちなみにこの作品、事件の発生する舞台といい、そのトリックの真相といい、あるクリスティ作品のオマージュをもどこか感じさせられるのだが、そのあたりはどうなのだろう? そういったあたりを想像するのも良し、終わってみれば実は社会派の味わいがある点を噛み締めるのも良し。シンプルなトリックをいかに見せる(魅せる)か、という意味でもお手本のような作品である。


04/05/29
黒田研二「そして誰もいなくなった……のか?」  e-NOVELS 定価126円(税込)40P 186KB 販売ページ

 黒田研二氏が第16回メフィスト賞を受賞して本格デビューするよりも前、'96年に発売された鮎川哲也編『本格推理8〜悪夢の創造者たち』に採用された作品をe-NOVELS向けに大幅改稿したという作品。題名から想像される通り、あのミステリファンならばまず知らぬ者はいないという名作に挑戦した作品である。

 〈過去〉 二時間前まで元気な笑顔を見せてくれていた並木眞悟が死んだ――雪の降りしきる山荘の内部に取り残された野間明美は、大学ノートに向かいながら涙を流す。作家になりたいという彼女の夢をずっと応援してくれていた、そして絶対に生き延びて、殺人鬼の跋扈するこの山荘から一緒に脱出しようと誓った眞悟。明美は、もうすぐ自分も殺人鬼の手に掛かってしまうことを半ば予感しつつも、この山荘にて発生した事件について書き残そうと、ボールペンを握りしめて真っ白なノートに向かった――。
 〈新聞記事〉 行方不明のスキー客九名、変死体で発見される。 今月二十日にH岳スキー場で雪崩に遭遇して行方不明となり、安否が気遣われていたスキー客九名が、本日未明、H岳七合目付近にある白銀荘内で遺体となって発見された……。

短編の分量で「吹雪の山荘」テーマのWho done it? に堂々と挑戦。そして、後の黒田研二作品の原点中の原点
 『そして誰もいなくなった』――絶海の孤島に集められた互いに見知らぬさまざまな人々が、過去の犯罪を告発されたうえで古い童謡の内容通りに一人、また一人と殺されていく……。ミステリファンを自称する方で、この作品を未読という方はまずいないと思うし、例え未読であってもその内容についてはおおよそ御存知の方がほとんどではなかろうか。この作品に黒田研二が挑戦した! と書くと少々大仰かもしれない。絶海の孤島は吹雪の山荘へと場所を変え、そしてこの作品には童謡もなく動機もない。この短編で黒田氏が試みているのはあくまで「連続殺人で関係者全員死亡……なら犯人はいったい誰?」というポイントに絞ったところにある。

 事件後に発見される関係者の手記。しかし、その内容は犯人の存在を示さない……さて、どこに犯人は消えてしまったのか? 山荘に残された最後の数人、彼らのあいだで交わされる会話、なお続く殺人、そして記述者である明美のところまで巡ってきた危機の直前……。描かれた文章におけるサスペンスは抜群。自分以外、誰を信じて良いのか分からない生き残りが互いに強烈な疑心暗鬼に陥る状況は、読者の気持ちを強く引き付ける。そしてやっぱり殺人鬼は存在し、しかし殺人鬼にあたる人物は存在しない……。 果たしてここにどんな仕掛けがあるのか。 当然ネタバレはできないのだが、そこからの処理の仕方、ないしその発想の原点と思われる部分、これが実に黒田研二らしい内容なのである。本格的デビューの前にして、後の作品にて発露するミステリ作家としてのセンスが、既にこの作品に凝縮されているともいえるだろう。

 ただ、読み終わってみれば、このトリックの本質とは無関係にいくつか記述に引っ掛かりというか、全体に不自然な部分(当然、登場人物は気付いているべきだろうに……)がある点が存在することも事実であり、物語としての完全さが保たれているとは少々言い難い。昨今のミステリ作家への揶揄を裏返しにしたような強烈なこのトリックは、読者によっては怒りだす人がいてもおかしくないぎりぎりの線上にある。だが、作品がミステリであり、たった数十枚の文章量でこの壮大な謎を引き受けようという心意気は粋だし、そしてそういった一部のリアリティが犠牲になっていることでサプライズを生み出しているもの、とここは好意的に解釈したい。

 現段階での黒田研二の作品は専ら書き下ろし長編が主流を占めており、ほとんど短編ミステリの発表はない。逆に本作のような本歌取り作品を、”完全なプロフェッショナル作家”として活躍する今の黒田研二が発表することはなかなか望めないような気もする。その意味でも希有な一編としてぜひとも黒田ファンならば押さえて欲しい。


04/05/09
浅暮三文「ワシントンの桜他/浅暮三文B級掌編集」  e-NOVELS 定価158円(税込) 50P 620KB (販売終了)

 さて、記念すべきe-NOVELS書評モニターとして取り上げる最初の作品として、浅暮三文を選んだ。これは作者本人と知り合いだからとか、酒の席で酔っ払った作者に強制されたとかではなく、純粋に「面白そう」だったからである。本作品にはその題名の通り、掌編八編が収められている。

・僕は『暮らしのなかのことわざ辞典』を持って竹島に来ている。「海驢の番」ということわざについて質問をするために。 「海驢の番」
・昔話で出てくる様々な”入れ物”たち。貰ってきたのはいいけれど、それが果たして開かなかったら? 「貰ったけれど」
・花瓶のなかに入っている砂。男が出張で鳥取に行った時に取ってきたという砂には大いなる秘密が! 「砂子」
・米国初代大統領・ワシントンの少年時代「桜の木を切ってしまった」という有名な話。なぜ彼はそんなことを? 「ワシントンの桜」
・良く晴れた夏の朝、ベートーベンは唐突に海に行くことを決める。従者が何かいうが彼は耳が遠く、聞こえない。 「ベートーベンは耳が遠い」
・ロシア王朝末期、極貧にあえぐシベリア農民親子は最後の財産である牛を売った。父親が代わりに持ち帰ったものとは? 「黄金の果実」
・これはあまり知られていない話であるが、かつてギリシャの哲学者プラトンがお忍びで新宿の下落合へ……? 「箴言」
・穴を掘ることが好きな黒い雌犬・ブラッキー。彼女の昼ご飯担当が最近奥さんからご主人に変わった。 「生徒」

にやにや笑わされ、吹き出さされて、最後にドキッ。全ての時空と全世界を自由に操る浅暮マジック炸裂
 自ら”B級”と銘打っているこの作品集、確かに作品が醸し出す雰囲気は”B級”のそれ。とはいっても”A級”(A級作品集なんてそもそもあるのか? 分からん)に比べて劣っているということではない。どこか雑駁として、奇妙に親しみやすい雰囲気が”B級”というキーワードと絶妙なマッチングを見せているということ。
 いやだって、作品集という体裁なのにどこか普通ではないのだ。統一性というものがない。むしろ、その統一性がないところが統一性かもしれない。以下、もう少しだけ内容の紹介を試みてみよう。

 「海驢の番」は、海驢が生息するという竹島にわざわざやって来て、海驢と問答を試みる主人公の話だし(オチが強烈)、「貰ったけれど」は、箱ものの昔話・民話パロディで、登場人物の漫才のような掛け合いが絶妙。 「砂子」では奇妙なエロティシズムを発揮しているかと思えば、「ワシントンの桜」では、ワシントンの話に加えて登場するのが競艇場でスポーツ新聞(たぶん東スポ)を読む男である。正直に自分が切ったことを言ったという点ではなく、なぜ桜の木をわざわざ切ったのか? という点に焦点を当てているところが面白い。 「ベートーベンは耳が遠い」は、妙にハイな思考と、強引な行動が特徴的なベートーベンが、題名通りの彼の持病からアホなトラブルに巻き込まれる話だし、「黄金の果実」は酷寒の地シベリアで、○○○を植えようという、最初から悲劇が約束された奇妙な喜劇風作品。 作品集そのものを象徴しているともいえる「箴言」。これは、ギリシャの高名な哲学者たちが西船橋のアルサロに行ったり、荻窪でラーメンを食べたりと、何ともレベルの低いおバカな行動を取るという、訳の分からない、そしてめちゃくちゃさが楽しい作品である。締めくくりである「生徒」には、あの『似非エルサレム記』にて重要な役割を果たしていたのと同じ名前の犬、ブラッキーが主人公として登場。とはいえ、比較的まともな(?)ブラック・ショート・ショート的な味わいにてミステリ風のツイストがラストにしっとりと効いている。

 ……やっぱり、並べて書いてみるに何というかまとまりがないのだけれど、その分「何が飛び出してくるか全く予想ができない」というびっくり箱のようなエンターテインメントとしての存在感が十分。老若男女どの世代が読んでも、プー太郎から大学教授(挙げた職業に他意はありません) まで、誰が読んでも通用するツボが必ず複数存在していると確信できる。繰り返しや裏切り、意表を突く展開など伝統的・古典的な笑いのポイントを的確に押さえつつ、さらりと人間社会の諷刺や皮肉を入れることも忘れていない。とはいっても、説教臭さなど微塵もなく、そういう意味では”B級”という形容詞が最も相応しい。”B級”万歳!

 とにかく、全てがミステリ・SF・ファンタジーといった、既存のエンタメの枠からはみ出てしまっているのが逆にいい感じ。たったの50ページながら浅暮三文という作家の発想の豊かさを満喫できる作品集だといえる。しかも嬉しいことにe-NOVELSには、既にVol2が発表されている。お値段分の楽しい時間が得られることだけは間違いないところ。