MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


14/01/08
倉阪鬼一郎「八王子七色妖面館密室不可能殺人」(講談社ノベルス'13)

 年に一度のお楽しみ。倉阪氏のバカミスシリーズ、第9弾。書き下ろし長編。

 八王子にある知る人ぞ知る奇妙な館、七色面妖館。壁面は七色に塗られ、館主とその妻である女王が君臨している。内部には「魔術の部屋」「拷問の部屋」「占星術の部屋」「邪教の部屋」「異端の部屋」「死の部屋」「名づけえぬ部屋」と名付けられた部屋があり、各部屋にはそれぞれ世にも珍しい「お宝」が用意され、その売買が館主たちのビジネスであった。ある時から館主はそれぞれの部屋に取り憑かれた、世の中の役に立たない、害をなす客に対し不可能犯罪を仕掛けて殺害を繰り返すようになった。「魔術の部屋」では、館の外にあった筈のナイフで密室内部の客が刺殺され、「拷問の部屋」では、病的に虫を恐れる拷問マニアが密室内部で突如現れた虫に恐怖して死亡。無数の鼠と邂逅しての死、さらに鍵のかけられていない浴室に閉じ込められての餓死……。面妖な館で行われた七つの殺人事件に対し、名探偵・宵内初二が挑む。

いやもういつも感心するばかり。本格バカミス、ハードバカミスの最先端に挑み続ける作者に脱帽。
 本書を半分に分けると前半と後半で物語のテイストが異なっている。前半はなにやら伏線がありそうな不思議な館で発生する連続殺人事件。しかも殺人事件を殺人者の側から描写しているにも関わらず、そこで何が行われているのかがよく分からないという不可思議状態。トリックの根幹に関わる名詞をぼかしたり、トリックそのものを描写しなかったりと、いろいろ制約があるので仕方ないながら、ばたばたと人が殺されていく。この段階でも一種奇妙なミステリの体裁となっている。
 後半早々で前半の連続殺人の謎が解かれる。その謎自体は(たとえば自分のようにある種のクラスタにある人にとっては「女王」というのはある意味当然のように固有名詞であるとか)連想されたため、個人的には大きなディティールにはオドロキは少なかったものの、事件それぞれ個々のやってることの「バカミス」っぷりは素晴らしく、前半だけでも内容的に満足のゆくものであった。
 倉阪氏のバカミスの場合、更に普通の意味でのミステリ、バカミスに加えて過剰ではないかと思えるようなとんでもない仕掛けがテキストに込められている。凝った仕掛け、いや凝りすぎた仕掛け。後半はその「仕掛け」が丁寧に解き明かされてゆく。世界観そのものが揺さぶられるのではなく、作者の努力と成果に気が遠くなるという、一般エンターテインメントでは味わいにくい感覚が得られる。これがなんというか、癖になるのですよ。

ある種のバカミスを読むと妙に元気が出てきますからね。この何の意味もないかもしれない世界を強引に編み直し、デモーニッシュに肯定する芸術の一形態ですから。ことによると、それはただの狂気かもしれませんが

 作中にてある登場人物が語るこの一文に、本書の本質とバカミスの本質が二重に込められている(ように思う)。そもそも文庫化や電子化が絶対無理(文庫化の方は出来ないことはないだろうけれど、誰がその労力を注ぐのかという点、そして恐らく電子化も不可能ではないものの、物理的に「捲る」ことが出来ないことが致命的)。小生がいうのもなんですが、講談社ノベルスの一連のバカミスシリーズ、テキストで購入してそのまま保管するのが将来的に吉。かと。

 
14/01/07
小路幸也「娘の結婚」(祥伝社'13)

 祥伝社の発行する読み切り小説雑誌『FeelLove』vol.13 2011Summerから、vol.18 2013Springにかけて連載された長編作品が単行本化されたもの。ノンシリーズ。

 百貨店の人事部に勤める國枝孝彦には、今年二十六歳になる一人娘・実希と二人暮らし。彼女が九歳の時に最愛の妻・佳実を突然交通事故で失ってから、男手一つで育て上げてきた宝物のような娘だ。現在は、出版社に勤務しており、どうやら交際している相手がいることも薄薄は感じていた。その実季が「会って欲しい人がいる」と言ってきた。なんと相手は、かつて家族三人で暮らしていたマンションに今なお住んでいるという旧知の一家の一人息子で、実希とも幼馴染みの関係にある古市真という青年だった。相手として何の不足もない筈なのに、古市家の母親が、生前の妻・佳実と折り合いが悪かったという噂を思い出す。孝彦自身にはわだかまりはないつもりだったが、なかなか真と直接会うふんぎりがつかない。孝彦がかつて交際していた女性と偶然出逢い、彼女が古市家の母親と知り合いだと聞き、少しずつ情報を集め始めるが……。

長編を維持する程のボリュームはない物語であるのに、ツボに入って涙ぼろぼろ
 小路さんの描く「ちゃんと育てられた好ましい男子」が、「ちゃんと育てられた、好ましい女子」と正しく恋愛関係になって、正しく結婚に踏み切る話。『東京バンドワゴン』なんかでもそうなのだが、別に紆余曲折や妙な波乱がなくとも、運命を同じくする二人が「収まるべきトコロに収まる」というだけで、結構物語としては普通に安心して読める内容になってしまうものなのだ。
 ただ、この場合、単に結婚する二人だけの物語ではないところがミソ。特に(厳密には違うけど)男手一つで育て上げた娘の結婚というテーマが、いろいろと嵌まっている感じだ。そしてこの父親も常識人。悪友や元彼女はいても、それぞれが常識人。だから結婚相手の母親の悪い噂が相対的に目立ってゆく――。この静かな流れのなかでつける起伏の具合が巧い。
 とかなんとか言っても個人的には。大切な娘のいる父親――というところで琴線に触れちゃって、ダメでした。 もう作者が考えているとか関係なくスイッチが入ってしまって。泣く泣く。

 とはいえ、物語も良い。ゆっくりしたテンポで進む分、関係者の心情が細かく丁寧に描写されている。なので、一人一人のコメントもまた重い。
孝彦がいう「逃げるな」。ラスト付近で登場するこの言葉が重く、そして心に強く響く。ちゃんと育てられ、真面目に真剣に物事を考えての二人が出しそうな結論に対して、更に「二人の」父親として述べるひと言。人生の最も緊張する局面にて、ちゃんと育てた「親」だからこそいえる言葉であり、若い二人では出し得ない考え方を年長者が提示するというあたり、小説としてめちゃ渋い。

 これまでの作品は(といっても数十冊あるわけですが)どこか年長の友人・兄貴としての小路さんが透けてみえていたような気がするのだけれど、本書は完全にオヤジとしての小路さんがみえる印象。小説技法としても、娘の実希視点こそあるものの、基本的には父親の孝彦の視線を読者に重ねている印象だ。
 語弊を恐れず厳しい言い方をするならば、小説としての起伏の少ない平穏な家族小説。緩やかで温かい親子の愛情をゆるりと感じたり、それこそ娘の父親という立場で読んだりすることで、とても味わいが濃くなる一冊かと。良い作品である一方、良すぎるがゆえに読者を選びそうだ。(読者が自分の体験や思想を無条件に重ねて、その価値観や感覚の、一致や差異をそのまま物語価値と勘違いしてしまうかもしれない――という意味で)

 
14/01/06
小林泰三「惨劇アルバム」(光文社文庫'12)

 SF小説作家でありホラー小説作家でもある小林泰三氏による、光文社文庫書き下ろしの連作ホラー。

 一点の曇りも無くシアワセ一杯のわたし。進学に成功し、大好きな人との結婚を控えている。わたしはアルバムを捲る。  辺野古美咲は幸福である。なぜ私の人生には幸せなことしか起こらないのか――。 『序章』
 いやしかし、自分は幼稚園に入ったばかりの記憶では、子供だけで小さな山の上にある沼に探検にゆき、その沼に落ちて死んだという記憶が……。母親にそのことを糺すと彼女はそれは偽の記憶なのだという。婚約者の三浦智一に電話すると婚約者であった事実はないといわれ、美咲は自分の記憶が分からなくなってしまう。 『幸福の眺望』
 美咲の母親の七奈がまだ結婚してしばらくの頃。彼女は「完璧な子供」を作るため、夫の迩の苦労を顧みずど田舎に引っ越し、汚染物質を口にしたといって堕胎を繰り返す。 『清浄な心象』
 美咲の弟・福。学校で福に対してだけ厳しい教師から、理不尽な悪平等を押しつけられ、友人たちから私刑まがいの暴力を振るわれ続ける。 『公平な情景』
 美咲の祖父は風呂で発作を起こして霊になった。誰も彼に話しかけず、誰も相手にしてくれない。なので彼は、霊であることをいいことに福を虐める同級生をシャベルで殴り、社会の悪に直接的に手を下す。 『正義の場面』
 迩が息子の福の日記を発見し、盗み読みしてしまう。その日記には「怪物」と呼ばれる誰かを騙して裏山にある「お化け病院」に閉じ込めるという顛末が書かれていた。迩はその病院に行ってみると……。 『救出の幻影』
 七奈の語る「家族の物語」。聞き終えた美咲の取った行動は……。 『終章』
 以上、序章終章を別にすると五編の連作短編集。

物語の全体構成はやや平凡。ただその「やや平凡」を構成するディティールが非凡を越えて異常
 それぞれ短編として独立した物語として読むことが出来て、それぞれが狂気を孕んだ嫌な話。特に『清浄な心象』『公平な情景』といった、こちら側が常識に則って多少の譲歩をしてでもうまく状況を乗り切ろうとしているのに対し、相手側が理不尽な要求を「さもそれが正統で当たり前で正しい常識である」といった態度で求めてくる話がきつい。自分の立ち位置が正しい筈なのに徐々に「あれ?自分が間違ってる?」という感じで脳みそがついてゆかないというか、自分の常識が非常識で狂気が常識となった世界にどっぷり浸らされ、神経がささくれ立つような気分で読み進めることになる。

あー不快不快(褒め言葉)。

 また、ある意味その真相というか結末が予見されるにもかかわらず登場人物を突っ走らせてしまう『正義の場面』『救出の幻影』。この二作にしたって普通に読んでいてオチがつくならこうしかない――というある意味ではとてもイージーなオチが付けられる。ただ、そのイージーなオチが、考えるにシチュエーション上最悪で一番嫌だと感じられる結末と等価である点、作者の性格が悪いのか、計算された暗い話の行き着く先が同じなのか。しかも、その最悪の話を読みながら、通常とは異なるものの何か爽快感を味わってしまう自分に気付くのもまた嫌な話。

 こういったいくつもの話が最初と最後のエピソードによってひとつに束ねられ、連作短編集として統一的な印象を抱けるようになる。こちらも実は「まとめられる」にしても予想はつく範囲の回答であり、その点に強烈なオリジナリティがある訳ではない。だが、そのオリジナリティの無さがかえって人間が持つ嫌悪感や恐怖感をうまく喚起できているように思うのだ。よくぞここまで嫌な話が書けるもの。 人間として正しくあるかどうかとは別に素直に感心する次第。

 
14/01/05
深水黎一郎「世界で一つだけの殺し方」(南雲堂'13)

 島田荘司/二階堂黎人監修、《奇想》と《不可能》を探求する革新的本格ミステリー・シリーズ、である「本格ミステリー・ワールド・スペシャル」の一冊として刊行された作品。書き下ろし中篇二篇を収録する。単行本ながら解説があり、福井健太氏が執筆している。

 凄まじく読書が大好きで、難読漢字でもすらすら読むことができる小学生・モモちゃんは、両親に連れられて旅行に出た。両親は行き先について秘密だとモモちゃんに教えてくれなかったが、到着したところは不思議なテーマパークだった。人が水に浮き、列車がトンネル内で消失し、噴水が上に上がってゆく。残念なのは一緒に到着したママが熱を出してホテルで寝込んでしまったため、行動はパパと二人になってしまったこと。パークは非常に人気が高く、パパが建設や企画に携わっていなければこんなに簡単には来ることができなかっただろうという。不思議を堪能した二人を迎えたのは、浴室のなかで死んでいたママの遺体だった……。『不可能アイランドの殺人』
 スマトラ沖大地震。東南アジアを巻き込んだ大津波を察知して見世物の象たちが幾人かの人間を上に載せたまま高台へ走り抜けた結果、数万人が亡くなる大災害のなか、奇跡的に生き残る人がいた。そしてとある動物園。この動物園ではピアニストによる演奏会を園内で開催しており、節目となる第十回の今回は、ショパンコンクール入賞の実績を持つ超有名なピアニストが演奏することが決まっていた。多くの観客を集めた演奏会の終盤、動物園内で事件が発生した。『インペリアルと象』 以上二篇。

タイプの異なる、でもいずれも「深水黎一郎」の紛うことなき「ど本格」ミステリ。読ませる
 いずれも探偵役は(実は)『エコール・ド・パリ殺人事件』『トスカの接吻』『花窗玻璃』『ジークフリートの剣』と長編が続いてきた「芸術探偵」シリーズに登場する神泉寺瞬一郎が務めている。
 島田本格ミステリーを彷彿させる前半作品と、みえみえなのに最後の最後まで読ませてしまう後半作品。いずれも何かと多くの引き出しを持つ深水氏らしい魅力の詰まった作品となっている。読んでいるうちの興奮は圧倒的に前者になるのだが、読み終わった後に、改めて作者のすごさに気付くのが後者という印象。 誰もがどこかで聞いたことのあるトリック(下手をするとバカミス系統の、)を用いながら、最後まで引っ張り、押し通し、それでいて面白かったという感想を抱かせるのだ。神業といって良いのではないか。
 まず前半。一部(もしくは全部)はテレビの科学実験番組で取り上げられるような内容を実演、それを目撃した主人公が煙に巻かれるというのが前半作品の前半。島田ミステリーの幻想的な謎を科学的な理屈で説明──という枠組みはそのまま使われているものの、ひねりが少ない印象。不思議な方の演出は劇的でうまいのだけれど、なんとなくそのまま説明されるばかりで着地における満足感が薄いのだ。──だが、それらを全部踏み台にしたうえで仕掛けられた犯罪と、推理とのぶつかり合い(厳密には推理がトリックを蹂躙するのだが)は読みどころと得心が両立する素晴らしいで出来映えだと感じられた。
 一方後半作品。これは動物の不思議感覚をベースにあからさまな手掛かりを読者の前に置いた妙な意味での意欲作品かと感じられる。動物を使った操り殺人──という真実が大枠では読者に対しスケスケで、更に真相も大枠ではその通り。なのだが。
 動物園、音楽、象といった各種の蘊蓄で読ませる読ませる。
 ミステリであるのに謎解きとは別の興味が強大でページを捲る手が止まらない。音楽とひとくちにいっても、その演奏品目、楽器としてのピアノ、過去の作曲家の秘密等々、多岐にわたっている。ミステリとしてのたねはバレバレ過ぎる──はずなのに、物語としての推進力は前半作品をはるかに上回っている。こういった各方面に向けた蘊蓄についての懐の深さ、そしてそらら含蓄の重さは、ミステリという形式のなかではなかなか表現しづらいところのはずを、深水氏は見事にクリアしているのだ。ミステリとして驚く訳ではないながら、ミステリの形式を借りながら、これだけのことを伝えることが出来るのだ、という手腕に驚かされる仕掛けだ。

 神泉寺瞬一郎という探偵を知らずとも、多方面の知識を兼ね備えた風変わりな探偵は、(数いる変人名探偵たちのなかでは、あくまで)ある意味では癖がないので初読の読者であってもそう抵抗は湧かないだろう。深水ミステリは癖が多いながら、本書あたりはその癖を思いきり出しながらも、するすると読める展開となっている。かなりお勧めの一作である。


14/01/04
森 博嗣「キウイγは時計仕掛け」(講談社ノベルス'13)

 森博嗣氏の講談社ノベルス一連のシリーズのうち「Gシリーズ」と呼ばれる、題名にギリシア文字が冠される作品群の九冊目。デビューから数年の恐ろしいペースから考えるとさすがに刊行ペースが落ちてきており、近年はノベルスながら一段組になるなど、一冊のボリュームは落ちてきている。が、まだ継続しているという点はもちろん評価できる。

 現在は三重県庁に勤務している加部谷恵美は、建築学会の大会に出席するため、伊豆箱根にある日本科学大学を訪れた。大学の研究室の先輩である山吹早月と共著した論文を一緒に発表することになっているのだ。大会を取材する、現在はテレビ局に勤務する親友の雨宮純も同行している。建築関係の学術的な一大イベントだということもあり彼らの師匠である国枝桃子や、現在はW大にて教鞭を執る西之園萌絵、萌絵の研究室に所属する海月及介らも参加が決まっており、更に犀川創平もまた現地を訪れていた。大会の前夜、本部に箱入りの物体が宅配便で送付されてきた。プルトップの金具が付けられたキウイ。キウイには薄くγの文字が。関係者は爆発物を連想、上層部の指示のもと警察に届けを出した。キウイは爆発物では無かったが、その晩遅くに日本科学大学学長の部屋を訪れた副学長・蔵本寛子の前で、学長の福川が突然侵入してきた謎の賊に銃で撃たれ死亡する。映像は防犯カメラに記録されており、警察は犯人映像を公開するという異例の公開捜査を開始する。

ミステリィとしてはやる気があるのかないのか。物語はもはや後日譚というか同窓会
 少なくとも本書を一冊のエンターテインメントノベルとみた場合、体裁はとにかく、いわゆるミステリとしての面白みについてはどこにも残っていない。 学会に送られてきたプルトップ付きのキウイフルーツ。差出人とキウイに書かれた「γ」の文字。少し離れた温泉宿の大浴場になぜか浮かぶキウイ。黒づくめの人物による大学理事長銃殺、学内の監視カメラに残された犯人画像。真賀田四季の関与があるのかないのか――。とりあえず、提示される謎としては一応はミステリらしくなっている。
 ただ、やる気があるのかないのか分からない解決が頂けない。登場人物たちの性格との整合は取れているとはいえ、犯人についてはこういった考え方も出来るね、でも証拠はないよ、別に真相なんてどうだっていいじゃない……という感じ。めくるめくような論理の飛躍がある訳でもなく、起きた出来事に対する幾つか解釈があって、じゃ、それでいいんじゃないでしょうか別に正解は不明だしというような「他人事感」(実際そうなのだけれど)がぷんぷん漂ってくる。硝煙反応調べたらいろいろ分かるよ。首を熱心に突っ込まなくなった、が成長なのだとするならば、エンタメ小説として刊行する意味ないでしょう。
 むしろ、作中で国枝桃子が、とある有名学者による引用だらけで変哲のない学術論文を読んで「面白い」と評するくだりが実は本作の本質じゃなかろうか。「そんなくだらないものわざわざ時間をかけてみんなのためになると思って書くほど馬鹿じゃないはず。編集委員から頼まれて嫌々書いた。そういう後ろ向きの気持ちが滲み出ているのが、面白い」――自著のことをいうてはるようにも感じられるのですよね。
 とはいえ、最初期から十数年お付き合いしてきて微妙に作中でも成長、変化を遂げている登場人物を眺めるじいちゃんばあちゃん的楽しみもあり、つまらないと切り捨てられないところが不思議でもある。ゆるゆるだらだら、雨宮純の名古屋弁含め、親しい友人同士による馬鹿話、更に学会行ったら交わされるだろう世間話が延延と。

 ただ、もともと物語中に尖った感覚を持つ人間を配すことの多い作家ではあるのだが、自分が変わったのか以前よりも、森博嗣氏の言説に「うわお」と驚くことが増えた気がする。本書でもそんな場面がいくつかあった。たとえばツィッターやSNSを喜んで利用している人間は「絆」という餌を貰って利用されていることに気付いていない、と看破するところだとか、よく集団討論などで使われる「みんなで考えよう」という一見、良さげな言葉よりも、本質的には「考えるべき人がしっかり考えた方が良い」だとか、、環境技術と聞くと最先端のように聞こえるが、大昔から技術のほとんどが省エネをそもそも目的としたものであっただとか、当たり前と思われていることに別角度から光が当てられてゆく。これまでは、「ふふん、そうかねえ」と読者としてちょっと斜に構えて受け止めていた事柄が、おっさんになったからかいろいろ素直に驚くことができるのだ。森氏のスタンスが変化しているとも思えないので、やはり変化したのはこちらなだろう、きっと。

 もしかするともしかすると、本書では何なのかよく分からないキウイをはじめ、シリーズ全体に関係するとんでもない伏線がいっぱい仕掛けられていて、残り数冊で迎えるラストで明らかにされる可能性がある――のできちんとした評価は保留せざるを得ない。ただ少なくとも、シリーズの他を読んでいない方が本書を読む意味はあまりない。


14/01/03
東川篤哉「放課後はミステリーとともに」(実業之日本社'11)

 『月刊J-novel』誌に2003年から2010年にかけて不定期に連載された「霧ヶ峰涼の〜」シリーズがまとめられた作品集。主人公が所属する「鯉ヶ窪学園探偵部」は『学ばない探偵たちの学園』『殺意は必ず三度ある』とシリーズを形成しているが、本書はそのスピンアウトシリーズでテレビドラマ化されており、既に『探偵部への挑戦状 放課後はミステリーとともに2』も刊行されているなど、本家を食いつつ(?)ある。

 視聴覚室から探偵部副部長・霧ヶ峰涼を突き飛ばして逃げた犯人は「E」の形をした校舎のどこかから逃げた筈。なのだが、目撃者の話を総合すると犯人はどこかへ消え失せてしまった? 『霧ケ峰涼の屈辱』
 若手俳優のスキャンダル写真撮影を狙う芸能カメラマンを見つけた霧ヶ峰涼。狙うはその同級生の女優のアパート。しかしその部屋に担架が運び込まれ、その女性は運び出されてしまう。 『霧ケ峰涼の逆襲』
 霧ヶ峰涼の友人・高原奈緒子が居候する家で、元社長の老人がモカチーノという特殊なコーヒーを飲んだところ中毒死しかかってしまう事件が発生。利害関係のある3人の家族が疑われるが。毒はどうやって入れられたのか。 『霧ケ峰涼と見えない毒』
 天体観測中にUFOを目撃した教諭の池上冬子と霧ヶ峰涼は、その追跡途中で池上の同級生・西原恭子が何者かに首を絞められ瀕死になっているところを発見する。しかし柔らかい畑の土の上には彼女以外の足跡が無かった。 『霧ケ峰涼とエックスの悲劇』
 体育倉庫で煙草を吸っていた不良の荒木田聡史を期せずして庇った霧ヶ峰涼。喫茶店でベーコンを奢ってもらった後、芸能クラスの美女から声を掛けられる。 『霧ケ峰涼の放課後』
 校舎裏を教育実習の野田先生と歩いていた霧ヶ峰涼は、先生の上に隣のクラスの女子・加藤美奈が墜落してくるのを目撃する。屋上から突き落とされたと咄嗟に判断した霧ヶ峰涼は走るが、屋上に人影は無く、目撃者も誰も通っていないという。自殺かと思われたが、記憶が無いが加藤も自殺する理由はないという。 『霧ケ峰涼の屋上密室』
 陸上部の自称スーパースター・足立が走り幅跳びの砂場で何者かに殴り倒される事件が発生。しかしこれも彼自身の足跡しか残されていなかった。 『霧ケ峰涼の絶叫』
 放課後、異音に気付いて美術室に入った霧ヶ峰涼は不良の荒木田がビーナス像の下敷きになっているの発見、学ランを着ているとおぼしき犯人が飛び出していくのを追うが、またしても「E」型校舎から犯人は消え失せてしまう。 『霧ケ峰涼の二度目の屈辱』 以上八編。通常の短編集より一作品多い?

どんなにゆるゆるにみえても、ベースがしっかり本格しているところが東川ミステリ最大の長所
 まず、霧ヶ峰涼という探偵部副部長の造形が生きている。というか生き生きとしている。カープファンで野球が大好きな高校生。元気があってよろしい。というか、こういった元気印で空回りするタイプの主人公が東川作品には多いのだけれど、それにしたって陰々滅々としたタイプより遥かにマシである。
 その霧ヶ峰涼や私鉄沿線刑事らが醸し出す生暖かい雰囲気も悪くはない。が、やはり本格ミステリとしてきちんとそれぞれが成り立っているところがなお重要に思われる。
 他のアンソロジーにも収録されている『霧ヶ峰涼の逆襲』の出来がまず目に付く。一人二役のトリックだと看破した涼と認めた犯人。だけどその裏には、というもので、オチの方はむしろ既視感があるものの、担架を利用した脱出トリックはうまく出来ていると感じられた。
 『霧ヶ峰涼の屋上密室』も無理があるにせよ合理的だし、『霧ヶ峰涼とエックスの悲劇』に用いられているトリックにもかなり感心させられた。ただ、個人的に凄く驚いたのは(恐らく過半の読者傾向とは異なろうが)、最初と最後の作品にある。
 本作の最初の作品と最後の作品は主人公「霧ヶ峰涼」が大きな役割を果たしている。トリックに触れるので伏せるが、まずは「順番に読め」と口を酸っぱくしていわれている通り、霧ヶ峰涼という人物が女子であるということが、第一短編『屈辱』で重要なトリックになっている。叙述とも微妙に異なるように感じるのだが、その名前とともに、野球が好きだったり、東京都民のうちではマニアックなカープファンであったり、実際に野球をプレイしたりといったところ、やはりそのトリックを補強しているためのものだろう。アルファベットの「E」のかたちをした校舎、全ての出口が看視された状態からの脱出劇――。実は最初の短編は既視感のあるトリックの組み合わせで、それほど感心していない。
 わざわざここで取り上げているのは、ここに『二度目の屈辱』という、類似シチュエーションにおける類似事件、やはり同じ「E」型校舎からの、衆人環視下での脱出が繰り返される。探偵役は涼ではないのだが、彼が論理的に犯人像をつきつめてゆく、そのロジックに感心しているなか、実は最初のトリックが別方向に向けて使われていることに気付いて愕然とした。 これもトリックに触れるので伏せるが、最初の作品で読者に向けての性別錯誤を狙った叙述トリックだったのが、『二度目』では、勝手に引っかかるものの、作中登場人物に対する叙述トリックになって成立しているのだ。それぞれのネタ自体は新しくなく、後者にしても先例のあるトリックである。だけど同一ネタでそれらを一冊の作品で2方向から別パターン使うというのは、初めて読んだ気がする。やっぱり侮りがたい。

 驚きやキャラクタの魅力が先に来るのだが、東川作品の魅力はそのトリックと違和感のない背景作りにあるように思う。恋ヶ窪という土地柄と高校という学園とが、トリックと密接に結びついている――というか、トリックのために学校施設や登場人物を作っているところがありながら、それぞれのキャラ立ちがユニーク、と。こちらについては他のシリーズにも間違い無く当てはまる。


14/01/02
福澤徹三「灰色の犬」(光文社'13)

 いくつかの作風を使い分ける福澤さんのハードボイルド系統作品で『小説宝石』二〇一二年三月号から七月号にかけて連載された長編が単行本化されたもの。連載時の題名は『血路 Blood Road』だった。

 条川署の生活安全課に勤める片桐誠一は、かつて捜査四課に所属するばりばりの刑事だったのだが、ある事件の捜査の過程で身に覚えの無い情報漏洩の疑いがかけられ、左遷させられた。妻は離婚し、残された息子の遼平は就職したものの現在は無職でパチンコや飲み会で無為な時を過ごしており、ちょっとした弾みから090金融から借金をしてしまった結果、ずるずると借金地獄の深みに入りこんでゆく。誠一は誠一で、上司の有形無形の圧力から本部長の功績を上げるために、拳銃摘発のお膳立てを強制される。誠一はかつて繋がりのあった暴力団員の刀根に話を持ちかけるが、刀根は刀根でシノギに苦しみ、ヤミ金融を武器に幅をきかす若手に押され、組内部では苦しい立場にあった。それぞれ苦しみと悩みを抱える三人に訪れる運命とは──。

強い人間、弱い人間、とても弱い人間。それぞれが泥臭く人間くさく。生々しさが交錯する人間ドラマ
 特に最近映画化もされた『東京難民』でも鮮やかだったように、ごくごく普通の若者がほんの少しのしくじりやアンラッキー(不幸以前のほんの少しのボタンの掛け違い)によって、凄まじい勢いで転落してゆく様子を描き出すことにかけては、福澤氏は日本でも第一人者(嬉しくないだろうけれど)である。お金のトラブルから、ほんのちょっとした正義感やみえみえの誘惑に負けてしまうことによって抜き差しならないところに陥る遼平の描写は凄まじい。ある程度、福澤作品に耐性があるはずながら、毎度毎度戦慄に近い気持ちを覚えてしまう。結局、普通の読者がいつ同じような境遇に陥ってもおかしくない話だからか。
 一方、遼平の父親の誠一は真面目で苦労し、人間味溢れる暴力団員の刀根もまた時代についてゆけず苦労している。ただ語弊を恐れずいうならば、この二人のような存在だけであれば、他のヤクザ系警察系ミステリの実績ある作家にも似たような登場人物が幾人も登場している。この二人に対し、一般人である(であった)遼平と、転落してから彼が出会う人々の存在を絡めることで、時代性と社会性を強く込めたハードボイルドミステリとしての風格が出ていると感じる。金に困った、金に群がる人々の行動を浅ましいと思うのか、切実に感じるのか。社会的弱者を食い物にする人々と食い物にされる人々。
 とはいっても、お父ちゃんの警察官はとにかく、ヤクザの刀根の造形についてはユニーク。暴力団員だけれども普通に家庭を持ち、大学生と高校生の子供がいて、歯医者にこまめに通っている。自然と読者にも愛されるキャラになっている分、後半の活躍に溜飲が下がるのかも。

 こういった作品の宿命で、登場人物が序盤から次々とひどい境遇に陥ってゆくので実は読み進めのがキツイ。ただ、ある程度進んでしまえば、展開(後は上昇するだけ!)のテンポも良くなり、駄目駄目だった登場人物たちが不思議と格好良く見えてくる。これでバッドエンドであれば救いのない物語なのだが、そうでなくうまくエンディングを迎えているところが本書の評価を高めている、実は最大のポイントだろう。


14/01/01
柳 広司「楽園の蝶」(講談社'13)

 書き下ろし長編。

 太平洋戦争開始の直前、日本を取り巻く環境がいろいろときな臭くなってきている時代。京都で大学生をしていた朝比奈○○は共産主義を信奉したかどで憲兵隊に捕まるも、あっさりと転向する。しかし一旦赤のレッテルが貼られた彼は、実家に軟禁され誰からも相手にされないような状態が続いていた。そんな彼が一念発起し、日本での過去が問われない大陸は満州に渡り、満映と呼ばれる映画会社にシナリオ書きとして就職する。現地到着早々に満映責任者の甘粕という人物と面談するが、常に拳銃を持ち歩く危ない人物のように思われた。早速、朝比奈は学生時代から暖めていたシナリオを提出するも、当時珍しい女性映画監督の桐谷サカエに日本風の内容が現地に合わないと強烈なダメだしを受けてしまう。果たして満州の人々が観る映画を作るにはどうすれば良いのか。朝比奈は中国人の陳雲とその可愛く利発な妹と三人で一つの筆名を用い、探偵映画のシナリオを書くことにする。しかし満映やその周辺には、いろいろときな臭い噂と事件が起きていて……。

国家間の争いのなかで暗躍する天才たちの宴。柳イリュージョン健在。
 『ジョーカー・ゲーム』シリーズと同様に戦時中の日本人が主人公となる物語。大杉栄、甘粕大尉と石井部隊といった実在した人物(ある意味でバケモノじみた存在の日本人)を複数登場させることによって、独特の緊張感ある物語雰囲気を本書でも実現することに成功している。
 ただ、同シリーズほど本格ミステリ的な謎解きのニュアンスは薄く、物語展開の速度が優先されている印象だ。ある意味での異世界を構築しつつ、その展開のなか、さまざまにちりばめられた断章の中に込められた手掛かりやヒントから、人の目に付かないよう仕組まれた、隠れた陰謀が浮き上がってくる展開に魅力を感じる。特に、この混迷した時代だからこそ生まれたであろう狂気というか、日本や各国、そして各方面の「主義者」たちの目論見のようなものが交差、目に見えない陰謀がぶつかりあって、化学反応を起こしてゆく展開は、映画製作が舞台でなくともスリリングである。勿論、なぜ本書が映画を主題にしているのか、という点についてもいやらしいくらい周到な理由があるのだが。

 その一方でこの時代の映画を愛する気持ちが(作者がこの時代の映画を愛する気持ちと、登場人物が映画そのものを愛する気持ちの双方)作品内にぎっちり詰まっていることも事実。生まれ育った背景はどうあれ、本書に登場する映画野郎たちの愛情、さらには当時の作品について、登場人物を借りて作者が語る評なども読み応えがある。
 映画製作所に隠された秘密を探るという物語のつもりが、いつの間にか物語自体のテーマが変貌し、謀略論まで昇華させられたところで、それがまた大物たちのものとはいえ個人的な物語に収斂してゆく。気付くと世界が崩壊するような奇妙な感覚と向き合うことになるという希有な感覚を味わうことになる。

 良くも悪くも登場人物の感覚が現代風でもあるため、読みやすくはあるけれど歴史物語としての重厚さは若干軽めになっている印象。まあ、比重を変えると読みにくくなる可能性もあるので、あくまで好みの問題ではある。