MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE "LITE" 国産ミステリ・レビュー簡易版
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


15/01/13
飯野文彦「ゾンビ・アパート」(河出書房新社'15)
 日下三蔵氏の編纂による飯野文彦初の短編集。飯野さんの短編集、本書が初めてというのは正直意外でもあるが、考えてみればノベライズやライトノベルの分野からキャリアが始まった方なので、いわれてみれば納得するところも。表題作など朝日ソノラマから刊行されていた『獅子王』掲載の短編を核に、異形コレクション発表の短編と書き下ろし等が加わったラインナップ。

 アパートの一室に住む老人は昔からずっと老人だった? その事実に気づいた少年は……。『ゾンビ・アパート』
 落語+クトゥルーの奇跡のコラボ(それ以外の形容はムリや) 『襲名』。  プライドの高い青年が自殺を考えて山奥に向かうが、若い娘と舞踏会場が……。『深夜の舞踏会』
 アル中の男と奇妙な服装をした男の深夜の邂逅。『愛児のために』
 ウイルスによる致死性の風邪により人類は滅亡に瀕する。比較的耐性を持つのは血液型Rhマイナスの若者だけで……。『やがて、空から』
乱歩の『押絵と旅する男』の凄絶にして残酷過ぎるオマージュ。『横恋慕』
普通の高校生が味わわされる自分が特別であるという囁き……。『わたしはミミ』
酒に溺れた男が手に入れた最高の環境、そして男はどうなったか。『痴れ者』
土葬が伝統のその村では亡くなった人にあることをする必要がある……。『戻り人』

斜め上想像力+じわじわ来る厭な感覚。飯野ホラーの精髄が詰まる傑作短編集  一応は書評の端くれのようなこの文章のなかで、安易に傑作なんて使っちゃいけないとは思うのだけれども、本書を読み終わって、考えて、やっぱりこの言葉が最も相応しかろうと思うのだ。執筆された年代が多岐にわたっていること、若者向け(子供向けではなく)、一般向け、ホラー好き向けと対象読者が作品ごとに異なること等々を加味しても、作品ごとにかっちり異なる世界観が確立しており、それぞれが精緻に構築されている点がまず素晴らしい。
 さらに、その世界を短編という限られた情報量のなかできっちり読者に伝えてくる文章力と表現力。また、これだけばらばらの作品でありながら、どこか諦観を伴いつつも恐怖への興味が止まらない――といった人間の本質が全体を通じて伝わってくるのだ。たとえば、飲んだらダメになってしまう、意識を失う、めちゃくちゃになってしまうことが分かっているのに酒をはじめとした誘惑に負けてしまう、半ば諦め混じりの背徳感。分かっちゃいるけどやめられない――。 単なる恐怖だけではなく、作品群の様々なところから人間の弱さのような何かもまた伝わってくる分、味わいが深く感じられる。

 解説で日下氏が飯野さんの一面を評して「ホラー系のイベントで酔っ払ってシモネタを連発する陽気なおじさん」と表現していたが(いやそれはそれでその通りではあるんだけど)本書のなかでも「酒」にまつわるエピソード、特に酔っ払いやアル中に近い人たちの表現は実感というか想像力程度では他者の追随を許さない凄まじい迫力が伴っており、その迫力が作品自体の凄みを増している印象だ。特に『愛児のために』『痴れ者』といったところの狂気は長く印象に残ること、まず間違いない。


15/01/12
友井 羊「さえこ照ラス」(光文社'15)
『小説宝石』誌二〇一三年八月号から二〇一五年三月号にかけて掲載されたシリーズ作品を一冊にまとめた連作短編集。

弁護士不在地域など司法弱者の救済のために作られた現代の法律版駆け込み寺「法テラス」。沖縄本島某市にある法テラスには元・東京のエリート弁護士だった阿礼紗英子と、地元出身の事務員・大城と、やることに無駄のない女性事務員・西村の三名で構成されている。紗英子のもとには雑多な事件や相談が寄せられる。高齢のオバァが医者の診断では完治したのに脚が痛いと言い続け、素行の悪い孫がオバァの言い分を信じて発生したトラブル、軍用地を含む相続財産を嫡子と非嫡出子で揉めた事案など次々と解決。さらに沖縄独特の風習・模合におけるトラブルから別の事件の繋がりを見抜き、少女の誘拐事件や老女の窃盗事件の弁護を引き受けたりと八面六臂の大活躍。大城はそんな紗英子のことがだんだん気になるようになってきて……。

沖縄独特の風習や状況が関連する事件を内地の弁護士が解き明かす。あと沖縄ご飯。
 『ボランティアバスで行こう!』のインパクトもあり、まさか全体を通じての強烈などんでん返しがあるかも、と恐る恐る読んでいたらどちらかというとオーソドックスな連作短編集としてまとまっていた。興趣としては、沖縄のなかでも、内地と対比して異なる習慣や考え方、気性といったところを事件に絡め、小生をはじめとした多くの内地側の読者に対し興味と目くらましを提供しているところか。(感想を書けていないけれど、樋口有介氏が『風景を見る犬』でおそらく近しいコンセプトを使っていたことを思い出した)。
 ただ、巧いのはそういったコンセプト自体をあまり自己主張させずに、ひとつひとつの物語のなかに上手に溶け込ませているところ。ほかにも、当たり前ながら家族の心の繋がりや人間の持つ情感といったところを作品のアクセントにきちんと使用、一応ミステリ的要素がしっかりあるのだけれども、紗英子が弁護士という立場であることもあって、あまりミステリミステリしていない。――結果として浮かび上がるのは、沖縄という独自の歴史を持つ地域の土地柄とそこに暮らす人々の日々の営み――という感じかな。(断罪系の作品も、もちろんあるにせよ)。

あと、意識してのことだろうが、作品ごとに沖縄独特の食べ物や食習慣がぽんぽん登場。大城が当たり前のように食す沖縄料理が妙に美味そうに感じられ、実作に作中でも紗英子がその味にはまってゆくところなどほほえましい。というか腹減るし。こういったところも友井さん、巧いと思います。


15/01/11
辻 真先「未来S高校航時部レポート TERA小屋探偵団」(講談社ノベルス'14)

 書き下ろし。さらに2015年夏にはシリーズ二冊目も刊行済である。本書については、作者自ら「「ラノベ史上最高年齢の作者が書いた作品」であります」と謳っている。――が、残念ながら本書はラノベのテイストをあまり持たないように正直なところ、感じられた。匂いが違う。

 高校生くらいの青少年が活躍するいわゆる異世界・青春ミステリ。であるし、かなり特異なSF設定が用いられ、若い男女の色恋もそれなりに表現されている――ならラノベの要素は揃っている? それでもやはり、基本的にテイストは少年少女小説のそれに近い

 確かに辻真先さんのご年齢でセカイ系から百合、近年流行の平行世界から、リセットまでラノベないしアニメの方面から得られたであろう要素がばんばん入っていて、それらも借りてきたのではなく、物語の流れのなかにきっちり使い込んでいて浮いていないというのは素晴らしいというか、むしろ凄まじいことだと思う。また、もちろん都筑道夫を少し思わせるような時代小説に、思い切って未来の少年少女を送り込み、いろいろ不自由な制約をつけながらのアクションやホラー的要素、柔らかなお色気、現代社会への警鐘といった要素を入れ込んでいるところなど、そもそもエンターテイナーとしての発想が非常に柔らかいところなども特筆に値しよう。

 そして物語全体をして、一流のエンターテインメント小説にしているところ文句の付けようはない。(多少作者的にも実験的な意味合いがあったと思われるのだけれど)。

 ただやっぱりというかなんというか、本書に関しては、これまで読んできた「辻真先の作品」の延長上にある感じで、更にその意識がバイアスとなって読書のなかに入り込んでしまう。(個人的には、本書より近年のポテトスーパーのノリ方がラノベに近い位置にある気がする)。なので、辻先生が近年のライトノベルを相当数読んでいたりすることも間違いないとは思うのだけれども、ジャンルとかそういうところは、あまりセンセイが意識して深く考えたりしなくても良いのではないでしょうか。僭越ながら。


15/01/10
乾ルカ「願いながら、祈りながら」(徳間書店'14)

 徳間書店発行の「読楽」2012年11月号から2013年11月号にかけて隔月連載された『ファイブス・プラス・ワン』という作品を改題、加筆修正した作品。

 北海道のかなり田舎にる生田羽中学校生田羽分校にかかわる生徒たちと大人たちを主題とした群像劇。中学一年生が四人と中学三年生が一人。しかも一年すると近隣の中学校との合併が決まっていて廃校になるという学校が舞台。受験を控えた三年生、頭の良い一年生男子と仲が良く活発な男子病弱な男子一人と平凡な女子一人。深い田舎、更に数少ない同世代という人間関係や学校生活が生み出す軋轢、希望、苦しみ、喜び――といったところを乾ルカが描き出す。

 ――なのだが、しばしば乾氏が用いるSFおよびスーパーナチュラル要素はほぼ無く、ミステリ的要素も無く、あくまで群像劇に徹した物語。 小説としての構成の技巧は使っているものの、叙述トリックとして取り上げるほどのものではなく、あくまで物語上の効果を計算してのものにみえた。いわゆる”泣ける”系の物語として、凸凹のある、強みも弱みもある人間や子供たちの描写については、従来通り安定しており、読んでいての違和感が全く無い。ただ、この引っかかりの少ない、さらっとした展開が乾作品に毒を求める小生のような読者には、逆に物足りなさに繋がってしまうか。

 個人的な結論としては「普通にいい話」ではあるけれど、満たされたこと以外の引っかかりが少ないため、あまり心に残らない印象。乾サンて、常にもっと”ざらっとした話”を書く作家だと考えていたので、それはそれで別方向を攻めることにしたのかどうなのか、という本題と無関係なところが気になった一冊。おそらく、本書のような系統の作品の方が、いわゆる世間的評価は上なのかなー。


15/01/09
鳥飼否宇「死と砂時計」(東京創元社'15)

『ミステリーズ』vol.50からvol53にかけて掲載された短編四編に、書き下ろしの二編を加えて連作短編集として単行本化された作品。中東の架空国家にある死刑囚ばかりが集められた刑務所という独特の設定のなか、本格ミステリが展開される。――鳥飼さん凄え。

 「ジャリーミスタン終末監獄」。人権問題の高まりを受け、各国で死刑囚は存在すれども執行しづらい状況のなか、中東の独裁国家が考えたビジネスモデルである。各国から死刑囚を引き取る代わりに金を受け取り、この死刑囚だけの監獄に放り込む。囚人たちの処遇はそう悪くなく、同国の公用語であるジャリーミスタン語を覚え、一定の労働を行えば、あとは獄内ながら比較的自由に生活できる。死刑執行自体を決定するのは、首長であるサリフ・アリ・ファヒールの気まぐれと、獄内で大きな問題を起こしたケース。そんな中でも不可解な事件が時折発生し、監獄の牢名主ともいわれる長老のシュルツと、彼に抜擢されて助手役を務めるのが若き日系米国人のアラン・イシダだった。死刑執行の前夜に発生した、密室内での斬殺と凶器消失。マイクロチップを身体に埋め込まれながらも過去に一人だけ成功した脱獄囚の手口と行方。墓堀りを引き受けていた男が急に墓を暴いて屍体を喰ったという噂。隣接する 女性だけの女囚監獄で発生した妊娠騒ぎ。そして、両親を殺害し家に火を付けたとされるアランの事件の真相……。シュルツの明晰な頭脳が解き明かすその真実とは。

特殊環境を最大に活かした奇想に、超強烈なインパクト
 そもそも海外の監獄、英語すら使えない中東の国――等々のミステリとしての相当に特殊な環境を利用しているのが特長。個々に優れた本格ミステリ短編でありながら、連作短編集として最後に明らかになる監獄システム全体の謎やシュルツの正体や信念といったポイントも、全体として個々の作品レベル同様かさらに強烈なインパクトを発揮する。
 囚人や看守らが醸し出す、野卑なオリエンタルという不思議な雰囲気に加え、出獄する前提のない監獄を舞台にすることで、一般的に特殊だと思われる動機であったり、狂気であったり、命の時間軸の違いであったりとしたところ、とんでもない発想であるにもかかわらず、その真相の納得性を高める点に成功している。一方で、各国で死刑になるような罪人たちが「犯罪など全く無縁ないい人」である訳もなく、誰が犯人でも全くおかしくないという意味ではフーダニットを難しくしている要素まで加わっているといえよう。
 先にも少し触れているが、シュルツがアランを抜擢した理由に裏があるところまでは予想できるものの、その更に裏があるといったところ、作者の良い意味のどんでん返しの徹底 に背筋が凍る思いを抱く。

 ひとつひとつの作品及びトリックに超絶的な先進性がある訳ではないが、相当なレベルの各種の奇想をうまくぎゅうぎゅうに弁当箱に詰めてくれたおかげで一冊の本格ミステリとして、強烈に印象に残る完成度に達した――という感じか。本格ミステリとして、文句なく2015年ベスト10候補に入る。


15/01/08
綾辻行人「Another(アナザー) エピソードS」(角川書店'13)

 テレビアニメ、漫画、映画等数々のメディアミックスが展開され、綾辻行人の中期(?)代表作と駆け上がった『Another』のスピンアウト作品。本編ヒロイン・見崎鳴が災厄の年の夏に経験した出来事が物語の中心となっており、「幽霊と出会った」という経験を、やはり本編主人公の榊原に聞かせるという形態を取っている。

自分が幽霊だという人物は「賢木晃也」。かつて夜見北中学三年三組で〈災厄〉を経験し、生き残った青年である。彼は見崎家が夏に利用する別荘の近くに住んでおり、晃也の姉が、嫁いだ相手が鳴の父親の知り合いという縁があった。無口で引きこもりがちの晃也は、住居の二階から転落して死亡したが、ある日を境に意識が途切れ途切れに戻り、幽霊として館内部に現れることが出来るようになったという。自分が幽霊になったのは、きちんと弔われていないから。また、晃也は世間的には死んだことになっていない。晃也は限られた幽霊としての出現時間中に、比良塚夫妻によって隠されたと 思しき自分の死体を探そうとしていた。しかしある時、〈災厄〉の情報を得ようと館を訪れた鳴によって晃也は目撃され、言葉を交わすようになる。生きている人間の協力者を得たことで晃也は死体を探しだすことができるのか――。

各種メディアミックスされた後の”Another”の雰囲気を維持しつつ、 丁寧な構成で作られた綾辻流ミステリホラー(ホラーミステリではないところがポイント)。
 この手の幽霊物語は大きく二つに大別される。幽霊が本当に幽霊である場合と、幽霊は実は幽霊ではなく別の何かである場合だ。本書でまず気づいたのは、それがどちらに落ち着くのか、ぎりぎりまで悟らせない構成だ。 とにかく巧い。 作者の計算か、その点をぎりぎりまで曖昧にしている。また、細かな伏線が張り巡らされているところ(初読では気づきにくい)もまた巧み。ホラーを描きながら、ミステリ作家としての綾辻氏の資質が十二分に発揮された内容なのだ。

 〈災厄〉のとりとめの無さ、救いの無さが別の意味でAnotherの主役であり、本書ではその主役(?)は結果的に活躍していない。だけれども、なぜ晃也が恋愛が出来ないのか、その経験があったかもしれないのに「憶えていない」のか。友人と撮影した記念写真と合わせ、〈災厄〉の真相という補助線を当てたあと浮かび上がる、これら一連の事実の扱いは実に秀逸。こちらに焦点を当てていればまた別の物語になっていたかもしれない。

最後の最後で本編に登場した人物の名字が出てくるなぁ……と思ったのだが、どうやら『Another』続編では主要な登場人物となっている模様。


15/01/07
森晶麿「かぜまち美術館の謎便り」(新潮社'14)

 新潮社「ヨムヨム」27号から32号にかけて掲載された『パパとお喋りな絵画たち』という作品を単行本化にあたり、大幅に加筆修正した作品。

 歴史はあるものの、若い人が少しずつ流出、活気を失いつつある田舎町・香瀬町(かぜまち)。町にある美術館が招聘し、東京から保育園児の娘を連れた学芸員・佐久間が赴任してくる。佐久間の赴任とともに十八年前に送られた絵はがきが、町民のもとに届く。当時ミツバチとあだ名された郵便局員の失踪と、十五歳ながら香瀬町の風景を名画に重ねて描いていたヒカリの死という事件に再び焦点が当たり、ヒカリの残した画は、佐久間の娘・かえでの素直な感覚から様々な絵解きがなされてゆく――。

ひとつひとつはあり得ない設定が、連作で重ねられることで独特の風合いを増してゆく。暖かく切ない物語
 十五歳の少年が町の風景を、更に古今の名画と重ねて多数描き、その絵画一つ一つに名画の背景とも重なるよう当時の町民の気持ちを封じこめてあり、謎解きは佐久間がするものの、そのきっかけは五歳児のひとことで……、と一つ一つのパーツを取り出すと現実的な意味で「ん?」となるところも多い。 だが一方では、徐々に寂れゆく田舎町、その中で懸命に、だけど普通に生きる人々といった「日常」が丁寧に描かれ、その雰囲気に「ん?」がすべて飲み込まれ、溶けきっている印象。更に、解かれた謎がいろいろつながって、最終的になぜヒカリが渓谷で命を落とし、ミツバチが失踪したのかといったところが浮かび上がる展開も吉。

 浮かび上がる田舎町が抱えた深い闇、カホリ先生の想いといった部分、終盤は甘いばかりでないところもむしろ好印象だ。森晶麿氏らしい絵画に関する蘊蓄や同じく解釈によって、謎解きとしての構成が恣意的に変化しているところ、読者により好みが若干分かれるようにも思うが、ここが著者の著者らしさでもあるのだろう。

 あと、ジブリの某作品の世界がちょっと頭に浮かんだかな。


15/01/06
一田和樹「絶望トレジャー」(原書房'14)

 2011年、第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞した『檻の中の少女』『サイバーテロ漂流少女』『サイバークライム 悪意のファネル』の続編にあたる、サイバーセキュリティコンサルタント・君島を主人公としたシリーズの一冊。

 前作で一人取り残されてしまうことになった橋本美朔(はしもとみのり)こと「みのん」。彼女が身の不安を覚え、留学先のカナダから帰国してくるところから始まる。率直すぎて物言いが極端にわがままに受け取られる美少女の彼女は、都市伝説の犠牲になったような状態にあった……。最初は巧妙に仕組まれたマルウェア、更に人身情報売買、遺書代行、更にネット情報の強制削除……とサイバー的ひどい仕打ちがエスカレートしてゆく。

ある程度、このサイトを見ている貴方や小生のような、ある程度ネットを利用する人々にとってのサスペンスで、かつ様々なインターネットの危険や仕組みに関する情報小説(ITという意味でなく)である。だけれども、本書の場合、そこから一歩進んだインターネットの危険についての啓蒙書といって良い内容。単に個人情報の流出やウイルス感染といったある程度のリテラシーがある人々にとっての危機感、更にその一歩先、二歩先にどのような危険があるのか、淡淡と物語の文脈のなかで語られる。

 ――これが正直、かなりキツい。

 これまで、そして現在も気軽に利用しているインターネットのダークサイド。誰かが儲からないと無料のサービスなんて存在しないという、当たり前のことが見えなくなってしまっている状態の危うさが浮き上がる。どんな慈善事業だよ。

普通の意味でのサスペンスとは展開も内容も異なるが、紛れもなく「現実」「現状」を取り上げたリアルタイム・サスペンスであり、旬のうちに読んでおきたい、読みたい作品である。


15/01/05
麻耶雄嵩「化石少女」(徳間書店'14)

 ある意味では最高に麻耶雄嵩らしい、正統派の本格ミステリ。学園ミステリの体裁を取りながら、ばんばん殺人事件が発生してます。お嬢様、お坊ちゃまが通う名門高校、化石が大好きで変人として扱われる(美人)女子高生・まりあと、一つ下の幼なじみで彼女のお守りをするがあまりに下僕とすら呼ばれる高校一年生・彰。その高校では過疎部問題として部員が五人以下で学校に対して貢献していない部活動を、部室不足を理由に活動停止にしようという活動が生徒会を中心に行われていた。必然的に生徒会メンバーと敵対的な関係となっている。学園生活内部で発生する奇妙な殺人事件。あまり頭が良くない赤点娘のまりあが、生徒会メンバーを犯人とする、つじつまが合わなくもない推理を披露するも、学園内の彼女の立場を慮る彰は、その推理のうちご都合主義部分を取り出し、彼女を全否定……という形式が続く。

 まりあと彰の関係であるとか、学園内選挙であるとか、学園ミステリっぽい要素はあるものの、そのあたりは事件の動機として処理されてしまっている印象で、青春ミステリ期待している読者にごめんなさいしている作者が目に浮かぶようだ。

(以下ネタバレ)
 むしろシリーズ総まとめの最後の作品の構成は、初心者ならとにかく長年の麻耶読者であればある意味計算の範囲内。(犯人が○○か○○という選択肢はあるけれど)。ただ、締めくくりでポイントを確定させているため、個々の推理の偶然性や、動機の無理筋、関係者の行動や証言の都合の良さといった部分が、最終章で裏打ちされ、全てが正解だと確定されてしまう。神様は登場しないけれど、彰の複数の行動が結果的に神様(本格ミステリにおける回答の正当性の保証)という役割を果たしてしまっているとも受け取れる。

 恐らくそういった事柄すべて作者の計算ずくだとは思うけれども、やっぱり麻耶雄嵩凄ぇ、と素直に思う一冊。


15/01/04
歌野晶午「ずっとあなたが好きでした」(文藝春秋'14)

 短編集としては分厚めの一冊で、なんと十三作もの作品が収録されている。うち8作品は『別冊文藝春秋』3作品が『つんどく!』に発表されたもので、書き下ろしが2作品ある。基本的に「甘く切なく、ちょっと痛い恋の話いろいろ 国内外の様々な場所で、いろいろな男女が繰りひろげる、それぞれの恋模様。という紹介通り。紹介通り。 大事なことなので二度書いた。

 たとえば表題作『ずっとあなたが好きでした』は、神戸の長田にあるスーパーで身分を高校生と偽って働くことになった中学生、大和君が、年上の女子高生に恋をする話。その恋路を正社員の店員に邪魔されるようになって……、というもの。もちろんこれはこれで「うはっ」というサプライズありだ。二番目の『黄泉路より』は、自殺サイトで集められ集団自殺に臨む中年男の話。三番目の『遠い初恋』は、正統派の初恋物語。北海道に住む小学生・弓木が東京から引っ越してきた女の子に少しときめくといった内容。四番目は、無名大学の演劇部で先輩に恋しながらも煮え切らない学生の話。とまあ、順番に内容を紹介したくなる、というのが本書最大のネタバレだったりする。 意味わかんないでしょうけど、たぶん読み終わって感想を書くとなると誰でもそうしたくなると思うのだ。
 そうでなければこんな感じ。

歌野晶午ならではの力技。だが、それがとてもイイ。
 実はちょっと厚みに負けて年内に手を付けられなかった一冊ではあるのだけれど、やはり読んで良かった。読み終わってみるとどこか歌野さんのスマッシュヒットである某作に通ずるところもあるなあ、と気づく。そういう意味では、この作品数が一冊に入っているということ、それ自体もまた最終的な味わいを倍加させる意味がありますね。なるほど。スゴイや。


15/01/03
岡田秀文「黒龍荘の惨劇」(光文社'14)

 書き下ろし。本ミスでランクインしていたものの恥ずかしながら投票時ノーチェックでした。第21回小説推理新人賞と第5回日本ミステリー文学新人賞の二つを受賞されており、本書の前作にあたるのが『伊藤博文邸の怪事件』かな。

 かつて伊藤博文の書生をしていた探偵・月輪(がちりん)龍太郎と、同じく元書生で現在は役人をしている杉山潤之助。月輪は、山県有朋と陰で繋がっていたとされる実業家・漆原安之丞が巻き込まれた事件の捜査を依頼された。黒龍荘と呼ばれる漆原家に脅迫状が届いた数日後、出張に出た筈の当主・漆原が首を切断され、持ち去られた死体となって邸内で発見されたのだ。黒龍荘に残っているのは、月輪に依頼をした秘書役の魚住、医者の畠山、更に漆原が囲っていた女性が四人と、心を病み座敷牢に監禁されている従兄弟の長崎という男。しかし、月輪と捜査のため訪れていた警察を晒うかのように、わらべ歌の歌詞になぞらえたかのように邸内で不可解で凄惨な他殺死体が量産されてゆく――。

科学捜査無き時代を舞台にした大がかりなトリック
 いわゆる顔の無い死体テーマで、それ自体はとっくに陳腐化している(主に科学捜査の進展による)訳だけれども、それを明治期に時代を持ち込むことで様々なバリエーションとミスリーディングを作り上げ、超絶の大トリックを成立させた、という凄いミステリ。 本当にやってることは凄いし、思いついたことをきちんと一つの物語にまとめあげている上、維新の元勲たちを登場人物に絡め、当時の雰囲気を強く打ち出しているところなども小説として膨らみに繋がっている。

 ミステリとしての謎、それらに対する回答に驚く一方で、振り返るとその推理の過程や、重要な手がかりについて「おいおい見た瞬間に気付けよそれくらい」と登場人物に突っ込みたくなる部分も多く、精緻な本格としては個人的には微妙な評価。これこれこうやったらスゴイ大技が成り立ちますよ、といったタイプの本格ミステリという印象なのだ。

 またネタバレになるので控えるけれど、この大トリックの細かな点が「犯人による支配」があって初めて成り立つというところは、このままだと不快感しかないんだよなぁ。現実にあり得るということは理解しているけれど、やはりミステリでありこの部分にもっと普遍的な説得力を持たせて欲しかったというのは望みすぎかな。


15/01/02
愛川 晶「ヘルたん―――ヘルパー探偵とマドンナの帰還」(中央公論新社'14)

 2012年に刊行された『ヘルたん』の続編となる長編作品。書き下ろし。

ラノベ風な題名でいながら、実は本格社会派ミステリというのが前作『ヘルたん』であった。ヘルパーで探偵というのを柔らかく表現した題名で、正直センスとしてどうかなとも思うけれどもインパクトの意味では大きいので良いのかな。

 基本的には、ある縁から浅草でヘルパー見習いを始めた頼りないけどかわいい系男子・神原君が出会うお年寄りたちが醸し出す(抱えるとも違うし)謎を、本人とその大家で元名探偵の成瀬氏が解き明かすのが横の軸。神原の思い人にして高校の先輩、訳ありながら活発な先輩美女ヘルパー葉月さんは、前作の事件のあと現在は行方不明という状況。彼女への神原君の切実な気持ちといったところが縦の軸といったところ。

 浅草という地、認知症のお年寄りたち。ヘルパーたちにしか明かされない彼らの半生の深み。突飛にみえる行動の裏側に隠された意味。

 神原君と、葉月とは別に神原に思いを寄せる女子大生・志賀未来、ヘルパーの先輩たちら、暖かみがある展開と時に厳しい現実とを非常に適当な距離感(褒め言葉)で描いており、小説としての面白みと同時にヘルパーの制度的、現実的問題点がするすると頭に入ってくるところは前作同様、非常に特徴的。

 別に刑事が足をすり減らさなくとも、公害で苦しむ人々はいなくとも、平成過ぎの社会派ミステリの本流はむしろこういった日常系にあるのかもしれない――とか少し考えてしまう作品。(もちろん地震や原発をテーマにするものを否定するつもりはないですが) さらに読後感も良。ただ、これは次作を作るとするならば二人の関係がよほど進展しないと難しいかな。


15/01/01
鯨統一郎「オペラ座の美女 女子大生桜川東子の推理」(光文社'14)

 『九つの殺人メルヘン』以来、ずっと名探偵にして女子大生(?)の桜川東子と、刑事の山内、探偵の工藤、バーのマスター島(ヤクドシトリオ)とがバーで取り交わす、蘊蓄と情報とミステリの数々。一冊ごとに使用するネタは違えど、必ず連作短編集のうちの収録作品を同じ流れでまとめるという超絶技巧を十年以上繰り返すという、あまり目立たないながら凄まじい苦労が作品内に込められているであろう、シリーズの最新作。

 題名にある通りのメジャーなオペラに加え、世界のビール各種に関する蘊蓄に、更にレコード大賞を中心とする歌謡曲の歴史が絡む。(何をいっているか分からないかもしれないが)。更に、バーのなかで謎が残る殺人事件が話題になり、その筋書きが有名オペラに似通っているところ、桜川東子が事件についての解釈を行うという展開。
 本書の場合にて特にユニークなのは、事件が人工的なところは当然(オペラの筋書きっぽい現代事件だから)ながら、その事件を解決することで、当たり前と思われていたオペラ自体の解釈が揺らいでくという構成だ。ドン・ホセはミカエラから逃げたあと、惚れたカルメンをなぜ殺してしまうのか。ヴィオレッタは本当にアルフレードを愛していたのか。蝶々夫人は三年育てた我が子をなぜ手放したのか……等々。オペラ自体の筋書きは知らなくとも、本編で説明があるので大丈夫。この二重写しが逆転してオペラ本編へ疑いが深まるという奇妙な展開、結構クセになります。

 あと、バー・ミステリだけに登場人物の酔っ払い状態でぽんぽん飛び出す冗談が意外と面白いこともポイント。
「大作曲家にはあだ名があるでしょ?」
「そうなんだ」
「楽聖といえば?」
「舟木一夫」(個人的にツボったとこ)

もともとノベルスで刊行されてきたのが、これも四六判ソフトカバーで刊行されちゃうあたり、時代ですかねぇ。