MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


00/01/10
竹本健治「”魔の四面体”の悪霊 パーミリオンのネコ4」(徳間ノベルスミオ'90)

ハルキ文庫で着々と復刊されつつある「パーミリオンのネコ」シリーズの徳間版最後の一冊にして、シリーズ唯一の短編集。『SFアドベンチャー』誌に'87年より'89年にかけ掲載された作品を集めている。(溝口さんに譲って頂きました。Thanks!)

戦いで記憶を失い救助されたネコに襲いかかる第二の敵『青い血の海へ』
その宙域で船を襲うのは青白く光る幽霊だという『”魔の四面体”の悪霊』
ジャングルで捕らわれサディスティックな敵にいたぶられるネコ『夜は深い緑』
シージャックに失敗した犯人は幼女を人質に原子炉爆破を目論む『スナイピング・ジャック・フラッシュ』
一人の少年だけが住む星に墜落してきたネコ。その星の秘密とは『銀の砂時計が止まるまで』
宇宙に漂うブルーの物体。有機物を補食する生き物の中にネコはひとり『死の色はコバルト・ブルー』以上六編。

ネコの孤独な優しさとノイズの空回りする優しさ。ハードな中に暖かみ
恐らく本書を手に取る方は既にパーミリオンシリーズを何作か読まれて、ということになるかと思う。ハルキ文庫で順次復刻中であるし、その判断は絶対に正しい二人の関係を知らずしてこの短編集は充分に味わうことは出来ない、と思うから。
このシリーズの表向き主役はネコだが、ノイズも影でしっかり主役を張っている。不愛想なネコとネコに頼っているように見えながら、特定分野に絶対の自信を誇るノイズ。本作収録の六つの物語には、この二人の微妙な関係が欠かせない。物語の途中、ネコだけになって(まれにノイズだけになって)ほとんどの部分を片方が支配していたとしても、最後にはまた二人は出会う。その時に二人が見せる不器用な気遣いが本書の最大の魅力なのだ。
もちろん「百万に一つも失敗しない」スナイパー、ネコが強敵相手に見せる丁丁発止のアクション、竹本氏が仕掛ける奇想天外の設定、ミステリ顔負けの深い伏線や、とにかく「悪は滅ぶ」という必殺の面白さ。そういったところも十二分に魅力的で、どれもSF短編として優れていると感じる。特に孤独な少年とネコとの結ばれることない交流を描く『銀の砂時計……』など、思わず涙ぐんでしまいそうになる。それでもやはり、最後のネコとノイズのやり取りに、何かほっとするものを感じる魅力に私は惹かれる。

上記の通り、現在ハルキ文庫で復刊中。現在は入手困難ですが、すぐ新刊書店での入手が可能になります。ノベルス版には大友克洋氏のチーフアシスタントを務めた末武康光氏の挿し絵があるので、それはそれで集める価値はあるかもしれません。


00/01/09
鮎川哲也「朱の絶筆」(祥伝社NON NOVEL'79)

探偵小説専門誌『幻影城』に'76年より翌年にかけ連載された作品。「『白の恐怖』をより楽しむための星影龍三ものを再読するわるものプロジェクト」?の為に再読した。

推理小説、一般小説、時代小説全てにわたり魅力的な小説を書く超人気作家、篠崎豪輔は傲岸不遜な性格を持つ男。豪輔は過去に、彼の為に旦那と離婚してまで尽くした女性をあっさり振り、自分の原稿を無くした男に出版社を辞職させ、彼を慕って小説を送ってきた男の原稿を反故にし、浮気した女性を辱めのために自作に誇張して登場させ、心酔する余り彼の仕事しか受け付けなくなった女流挿絵画家を使わなくなり、親友の婚約者を故殺させたりしていた。時は流れ、彼は軽井沢の別荘に隠棲、原稿を執筆する日々だった。出版社勤務の田中は豪輔の原稿を受け取るため軽井沢の別荘に出向く。その日には偶然にも、過去に豪輔から受けた仕打ちから、彼に対し殺意を持つ人間が集まっていた。その晩、豪輔は午睡の最中、何者かにカーテンの紐によって絞殺され、死体となって発見される。その部屋では原稿用紙が燃やされた跡があったという。

動機だけなら全員クロ。山荘ものの傑作本格推理
色んな場所に込められた、推理小説らしい技巧に改めて舌を巻く。まず導入部。全く異なる立場の六人の人間から篠崎豪輔という人間が描写される。愛情、友情を信じていた彼らが、巧妙なやり口で篠崎に貶められていく姿(約一名自業自得)は、赤裸々で「動機」に関する強い迫力に満ちている。
山荘で発生する連続殺人事件そのものについては、実はそれほどの迫力はないかもしれない。一つは最初の殺人以降、足止めされて内心退屈に感じている田中のキャラクタにあるように思われる。連続で発生する殺人事件に関して、あまり素人探偵的興味を持っていないので、単なる観察者としての役割しか果たしていないことが少し勿体ないように思う。また、もう一つはせっかく魅力的な動機を持つ容疑者を幾人も用意して置きながら、アリバイの関係で一部容疑者は犯行を犯せないことが最初からハッキリしていること。結局、容疑者同士で疑心暗鬼になって暴露合戦を繰り広げるあたりは物語上、実は楽しかったりするのだが。この中盤は、どちらかといえばサスペンス的緊張がパズラー的推理を上回ってしまっている。
やはり本書の圧巻は、本人も登場せず電話にて全ての真相を開闢してしまう星影龍三であろう。全部で280頁ある本書のうち、星影が推理する部分はわずか十数頁でしかない。それでいていくつもの謎をすらすらと解決し、混乱した舞台を一気に整理してしまう圧倒的迫力。登場時間が少ない分、星影の魅力は大きいとは言えないまでも、推理小説としての解決部の迫力は強調されており、最後に物語がキリリと引き締まっている。
それぞれに使われたトリックもいかにも鮎川氏らしさが滲み出ており、その点でも満足。

祥伝社文庫版、講談社文庫版もあり、版を重ねているため鮎川哲也の長編の絶版中では比較的入手しやすい作品かと思う。『りら荘事件』と並ぶ、星影ものとしての魅力の高い作品。


00/01/08
山村美紗「花の棺」(光文社文庫'86)

謎宮会99/12月号で葉山響さんが取り上げたのでどうしても読みたかった一冊。'74年『ゆらぐ海峡』にて乱歩賞を惜しくも逃したものの『マラッカの海に消えた』と改題してデビューに漕ぎ着けた彼女の第二長編にあたり'76年の推理作家協会賞の候補作品でもある。

米国副大統領の一人娘、キャサリン・ターナー。彼女は副大統領と共に来日したが、日本の生け花に興味があり日本に残って文化を学びたいという。VIPの待遇に頭を悩ませた外相は甥の浜口一郎をエスコート役に指名する。日本の華道は東流、京流、新流の三派が凌ぎを削っており、彼らにとってキャサリンは自派を拡大するまたとないチャンス。是非とも、と熱心な勧誘合戦が繰り広げられるが、キャサリンは米国で見た東流の小川麻衣子から習おうと考えていた。しかし麻衣子は同時期に姿を隠してしまい連絡が取れない。彼女は自派を批判する記事を雑誌に掲載して圧力が掛けられていたらしい。その麻衣子が京都の堀川通の空也堂にて毒殺された。更にキャサリンらも同席する華道の集まりで、京流の家元が雪の密室で殺された。しかも部屋は内側から鍵の掛けられた二重の密室だった。

2時間ドラマの女王、山村美紗は実は本格推理志向だったのか
通読した印象で感じた「外国人の若い娘を探偵役に起用したことの効果」については既に上記葉山原稿、探偵小説を読む5 『花の棺』の突出した点 にて、ポイントを押さえた深い考察がなされているため、そちらに接して頂くのが最上。但し、この評論はネタバレ(注意!)なので、それとは異なるアプローチから感想を記したい。
実は私、山村美紗の作品をきちんと読むのは恐らく私は本書が初めてになる。テレビドラマでは再放送も含めると毎月必ず作品が放映される一般的人気の高い上、本屋に並ぶ大量の著作から書き飛ばし量産作家としてのイメージを勝手に持っていたから、だと思う。まだ複数作品を読んでいないので最終判断はずっと先になるにしても、本作に関しては優れた本格ミステリ志向、を強く感じた。京都という後の自作のバックグラウンドを巧く活かした犯罪のミッシングリンク、雪で囲まれた密室に加えた、茶室という和の空間における密室殺人。更にキャンピングカーを利用したアリバイトリック。トリックの必然性の部分に苦しさこそ感じるものの、マニアを含めた推理小説ファンに認められたい、という強い思いがあったのではないか。社会派が衰退しつつあった推理界で「女流」ということだけでもてはやされるのを良しとせず「これでどうだ」という気負いと共に登場してきた作家なのだと思う。
登場人物も魅力的だし読みやすい。優れた推理小説の「小説」の部分はこの段階で完成されている感。でもやっぱり外国人探偵を持ってきた必然性が本作ではやっぱり一番優れていると思ったのはやはり葉山さんに同じ。

他文春文庫などからも出版されている上、版を相当数重ねており、入手そのものは容易だろう。ドラマの印象で軽視してきた私のような人間に一度読んでみてもらいたい作品。


00/01/07
戸川昌子「火の接吻 キス・オブ・ファイア」(講談社ノベルス'84)

この時期、乱歩賞三十回を記念してスタートした講談社ノベルスの企画「乱歩賞SPECIAL」の一冊。第八回乱歩賞作家の戸川さんが十数年ぶりに書き下ろしミステリ長編。

昭和三十三年、洋画家の松原和彦の自宅で不審火が発生、病気療養中だった松原は逃げ遅れ焼死する。出火原因はその家で遊んでいた三人の幼稚園児の火遊びと断定されるが、彼らは「口から火を噴く黒い蝙蝠のような人影を見た」と主張していた。―――それから二十六年。その三人の子供たちはそれぞれ成人し、消防士、刑事、保険会社の重役となっていた。世間を賑わしている連続放火魔を追うあまり、容疑者となってしまう消防士。放火魔を捕まえるために情熱を燃やす刑事。そして連続放火魔自身である保険会社重役。全く五歳の頃の記憶は薄れてしまっており、互いを認識しない彼らだったが、幾人かの女性を媒介として、少しずつ輪を狭めて行き、遂に三人が幼なじみだったという事実に突き当たる。

繊細に幾層にも積み上げられた硝子細工、ないしは万華鏡
二十六年前の事件。現在進行中の事件。放火という犯罪が二つを繋ぐ。人々は自らを守る為に家という城に住む。その城を外部から破壊する魔性の火。確かに外に燃えやすいものを置いておくというのは、防御意識の欠如と受け取る向きもあろう。しかしどうあれ、放火という犯罪がなければ彼らは財産を、家を、命を失わずに済んだのだ。卑劣な犯罪。故に、追うものは必死になり、追われるものは自らを恥じる。
両方の事件に関係する三人の男達。現在進行の事件は既に自らが放火魔であることを登場人物の一人が自ら認めている。過去の事件も一応は子供の火遊びが出火原因、とされている。消防士、刑事、放火魔と三人別々の視点が、物語を綴るとき、読者はその視点が交叉し、織りなす輪郭に幻を見る。これが戸川さんの狙いか。罠に落ちる消防士、事件を追及する刑事、知らず追い込まれる放火魔。事件が進むに連れ、読者は物語に実体を見出す。そしてもちろんミステリの常道の反転が描かれる―――そしてここからが、凄い。見せられた実体、読者が事件の真相と考えるコアの部分が転がるかのように変化していく。被害者が加害者になり、事件の黒幕は傀儡に過ぎず、犯人は犯人でなく、意外な人物が舞台を降りる。後半、頁を捲る毎に事件の様相が異なっていく様は、まさに多重構造の硝子細工、万華鏡。プロローグに対応したエピローグが何とも印象的。

サスペンスに舞台を借りた怒濤のミステリ。いかにも上質、という言葉が相応しい。本書、何故かノベルス版のみで文庫化されていない。探し出して戸川さんの織りなす不思議な世界に足を踏み入れて欲しい。


00/01/06
土屋隆夫「妻に捧げる犯罪」(角川文庫'81)

元本は'72年に書き下ろされた長編。本作の原型になるのが『美の犯罪』角川文庫等に収録されている「女の穴」という短編。

女子短大の助教授をしている日野克人は交通事故で男性自身の機能を失い、毎晩の悪魔的な悪戯電話に楽しみを見出していた。妻の悦子は献身的な看護をしてくれていたが、ある温泉の失火の際に焼死。その傍らにはもう一人の男の死体があった。彼らは裸で死んでおり、男は日野と親しかった編集者だった。ある夜、いつものように電話を掛けた彼は、相手の勘違いにより不思議な言葉を聞かされる。「のましたのよ、あれを……」意味のない返事を続ける彼に相手は間違いに気付き、電話を切られるが日野は不思議な興奮に包まれる。いくつか出てきた手掛かりとなる地名から、その相手を特定しようと知恵を絞ったところ、少しずつ相手が誰かが分かるようになる。彼女の家に悪戯電話を続け、少しずつ判明点を小出しにして、楽しむうちに彼は、いつの間にか不思議な犯罪に巻き込まれていく。

犯罪者による推理という凝った設定。全編から漂う情念と負のスリル
物語を覆うこの暗さは一体何なのだろう?主人公が深い悩みを抱える軽犯罪常習者であり、更に彼が別の犯罪とも関わりを持つことで、物語全体がサスペンスフルにそしてダークな雰囲気に包まれていく。警察も探偵もほとんど登場せず、一貫して主人公の独白や視点で物語が綴られていく。これだけ徹底して全体に暗い情念が感じられると、さすがに主人公への感情移入は難しいのだが、逆に傍観者としての奇妙なスリルのようなものが背筋を撫でる。もちろん、作品的興味はこのサスペンスフルな部分だけでなく土屋作品らしく、前半は謎の女性との勘違い電話の断片から論理的に問題の場所を探し出す一種の暗号解読もあるし、後半は彼の出会った奇妙な死体の構成理由など謎やその解決に至るロジックも見事。推理小説としての種々の要件はきちんと構成されている。(ただ彼の犯罪が最後に暴かれる部分は多少強引かも)
彼が取り憑かれたように自らの妄念を着々実現していく過程などは、省かれているとはいえ鬼気迫るものがある。果たして彼にとって本当の救いはラスト数行でもたらされているのであろうか。

私が今まで呼んだ土屋作品の中では、もっとも本格推理っぽくなくストーリー重視で展開されている。最初に読むのが本作、というのはあまり感心しないが、土屋作品のバリエーションの深さを感じさせる作品か。


00/01/05
山田風太郎「海鳴り忍法帖」(角川文庫'79)

『週刊現代』に'68年より翌年にかけ連載された作品。当時は『市民兵ただ一人』という忍法帖らしからぬ題名だったらしい。目立たないながらも忍法帖の名作に数えられることもある長編。

永禄八年、機内一円に勢力を広げていた松永禅正は配下の三万の根来忍法僧を使って京都御所を急襲、第十三代足利将軍を殺し、その愛妾の昼顔を奪い去った。正妻の御台夕子の方は堺の商人、納屋助左衛門の計らいで、人知れず姿を消す。一方、御台に似た鴬という昼顔の下女に淡い恋心を抱いていた雑仕の美少年、国友厨子丸は彼女が陵辱され殺されていた死体を目にする。彼は銃火器の改造に関して天賦の才能を持っていたが、その騒動の中では為すすべもなかった。厨子丸は助右衛門の配下、曾呂里伴内と厨子丸を慕う雑仕の鵯と共に故郷国友村に落ち延び、松永弾正と根来忍法僧に対して復讐すべく、ポルトガル伝来の銃火器の改造に執念を燃やす。

科学対忍法にとどまらないスペクタクル浪漫
本作の主人公、厨子丸は全く忍術と縁がない。ポルトガル伝来の短銃をベースに、フリント式の銃、七連発銃、地雷、煙幕、手榴弾、果ては大砲に至るまで刀鍛冶の一族である知識とあくなき探求心によって、次々と改良、発明を続けていく。戦いの場になるのは、当時、自治都市として商業などで栄えていた堺。この地の経済力を松永禅正は喉から手が出るほど欲しがっていた……
と、なると物語は「厨子丸+堺自警団」vs「松永禅正+悪徳根来忍法僧軍団」の構図になりそうなもの。確かにこの図式は物語の一部として存在する。これだけでも充分に面白いドラマが展開出来そうなのに、山田風太郎の筆はそれ以上の要素を物語の中に持ち込んでくる。松永禅正+昼顔+厨子丸+鵯+助左衛門+御台夕子の六人が複雑に絡み合う愛憎の相関図。堺という自治都市が内部的に抱える爆弾。堺、松永双方にとっての脅威となる戦国の雄、織田信長。主題は確信犯的に迷走し、読者はあちらこちらに興味が飛ぶ。この物語を事実上引っ張っているのは、寡黙で暗い一応の主人公、厨子丸ではなく、淫婦であり、稀代の傾城である昼顔の君。彼女の妖しい魅力が本作のドラマの筋書きを千々に乱しており、そこがまた魅力である。根来僧の超人的な忍術も数十種類登場、まさに集大成的な忍法のオンパレードにも関わらず、あっさりその役目を終えてしまう彼らは、物語に於いてまた、哀れでもある。

富士見時代小説文庫で再刊、更に講談社ノベルススペシャルの第二期でも出版されたので、入手そのものは難しくない。ただ忍法帖王道ではないので、先に数作は読了してからの方が本作は楽しめそうな印象あり。


00/01/04
松本清張「黒い画集」(新潮文庫'71)

'58年より'60年に渡り『週刊朝日』誌上に連載された同題の作品の中から著者自ら七編をセレクト、まとめられた作品集。(岩堀さんに勧めて頂きました)

ベテラン、中堅、初心者が北アルプス縦走を計画実行するが、道を誤って一人が遭難して死亡する『遭難』
部下と隠れた浮気をしている管理職はそのスキャンダルをおそれ殺人事件のアリバイを偽証する『証言』
家出するために天城越えを企てた少年。無謀さに戻ろうとするところ同道の一人の女性に惹かれる『天城越え』
料亭の美人女将に惹かれる銀行支店長。しかし同期の常務に彼女を攫われた上、彼は左遷となる『寒流』
田舎道で男性が平たいもので頭を殴られ死亡、容疑の女性宅を捜索するも凶器が発見されない『凶器』
多摩川沿いで絞殺されていた男は事業を起こすために大金を持って岡山から出てきた神官だった『紐』
化粧品屋を経営する男は店に来たキャバレー勤めの女性に惹かれ、彼女に入れ込み始める『坂道の家』以上七編。

まずミステリのテクニックが多彩。更に伝わってくる清張の自己主張
七編。まず感心するのが豪華と呼んでも過言ではないミステリ技巧としての多彩さ。わざと順番を変えるが、アリバイトリック、事実誤認、倒叙、変わった凶器、叙述、プロバビリティ……とミステリとしての核を成す部分に使用されているトリックは変幻自在で多彩。七編を通して序盤から「ああ、これはアレだな」とメイントリックに思い至ってしまうような作品はほとんど無かった(ゼロでも無かったけれど)。その使い方もフェアだし、意外性も充分。やはりさすが松本清張、推理小説のツボを良く知っている。はっきり言えば、充分に本格の骨を各作品持っていると言える。
一方で、人により好き嫌いがあるかも、という清張の自己主張。それは執拗な迄に書き込まれる犯罪に至るまでの登場人物の心理描写、である。ある者は暗い情念を持って女に溺れ身を滅ぼし、またある者は、執拗い男性に言い寄られ撃退の為に犯罪を犯す。単純な私利私欲を満たすために犯罪が起きるのではなく、彼らの置かれた環境が犯罪を呼び込んでいるかのよう。ああ、これが社会派推理が社会派たる所以か。動機に重点を置く(と聞いている)清張の作風が十二分に感じられる。ただどうしてもネガティブな感情故に、物語全体をも独特の昏さが覆っているように感じてしまう。

発行年に関わらず、新潮文庫で未だ現役の超ロングセラー。数十の版を重ねて読み継がれる理由……まだまだ分かったような分からないような。逆に新本格隆盛の今だからこそ、読み直されるべき作品のように感じる。少なくとも冒頭の『遭難』。導入といい展開といい、全ての手掛かりが与えられながら、ミステリであることさえ読者に気付かせないとは。時代を超える傑作短編。


00/01/03
近藤史恵「スタバトマーテル」(中央公論社'96)

近藤史恵さんの四冊目の単行本。ノンシリーズで、初めて創元社以外から出版されたもの。近藤史恵普及委員会はこちら

声楽家を目指す足立りり子は、性格は強気ながら極度のあがり症ゆえコンクール本番でいつも失敗、才能がありながら世に出られず芸大の職員として働いていた。同じ芸大に講師として勤務する、りり子の飲み友達の西。二人は学生時代に恋人同士だったが、互いに似た性格故に衝突も激しく三度付き合って三度の喧嘩別れをしていた。西には教授の娘と恋愛関係にあり、今でも何かとりり子の事を気に掛けてくれる。そんなある時、講堂で歌っているりり子を熱心に見詰める一人の男性がいた。瀧本大地。高名なイラストレーター瀧本瑞穂の一人息子で、版画の特別講師として夏の間だけ大学に来ている男。りり子は彼に「個展を見に来ないか」と誘われ、急速に彼に惹かれていく。お洒落して出掛けたりり子を連れ、自分の個展であるにも関わらず抜け出してしまう大地。二人の思いは叶えられるかと思われたが、瀧本家では彼女は全く歓迎されない存在であった。

ミステリーをスパイスに「恋愛」を読みましょう
近藤史恵さんの長編を読んでいて、連城三紀彦さんの短編を思い浮かべた。
発表形式こそミステリでありながら、そのエッセンスは男と女の恋愛、親から子への情愛。何かが欠けている男女、傷ついて何かを無くした男女。それぞれがその自分の欠けたピースを探し求め、相手の中に見つけだそうとしていく物語。本作にしてもそうなのだ。
揺れながらも一つの恋に執着する主人公、そして彼女を襲う悪質でタチの悪い妨害。恋愛小説のコードを使うならもちろん相手は「恋のライバル」。そこにミステリのコードを絡ませることによって物語が複層構造となり、厚みを増していく。更に本作で加わっているのは主人公と周囲の登場人物の造形の巧さだ。物語の為の単純化を施されていない彼らは、傷を持ち、優しく残酷で現実よりも現実的な行動を取る。全員何かが欠けている。その「欠け」に魅力を感じさせるのが近藤さんの手腕。もちろん、ミステリのスパイスがしっかりと効いており、ときほぐされていく真相と決着は深く心に残る。
青春(と呼ぶには少し年齢が高いか)と呼びたくなるような「大人の瑞々しさ」、同時に「大人ゆえの恋の怖さ」を作品から感じる。この読後感に浸っている間に連城三紀彦を思い出したという訳だ。

近藤さんは『アンハッピードッグス』という非ミステリの単行本(未読)も出版している。今後、いずれの路線に進んで行くものか多少心配。いずれにせよ「いいもの」を創り出してくれることでしょう。


00/01/02
北森 鴻「屋上物語」(祥伝社NON NOVEL'99)

『花の下にて春死なむ』にて99年度の推理作家協会短編賞を受賞、鮎川賞出身作家北森氏が、『小説non』誌上に'97年から翌年にかけ連載していた短編をまとめた作品。

その百貨店の屋上にあるスタンドうどんは知る人ぞ知る名店。老舗の高級うどん屋の直営で数百円で最高のうどんが食することが出来るのだ。そのスタンドを支配するのは通称「さくら婆ァ」と呼ばれるおばさん。屋上で起きた事件を、彼女が裏社会に通じた興行師の杜田、悪童高校生タクらを手伝わせて解決していく物語。尚、斯く作品語り部となるのは屋上にあるベンチや観覧車などオブジェたち。
屋上から紙飛行機を飛ばす思い詰めた少年『はじまりの物語』
密室状態の屋上で絞殺されていた警備員『波紋のあとさき』
飼育ショップに勤めていた女性から送られたPHSに謎の着信『SOS・SOS・PHS』
屋上に設置されたピンボールを巡る意外な確執『挑戦者の憂鬱』
大怪我をしたロクさんは病院を飛び出してしまう『帰れない場所』
落とし物のバグパイプを巡る意外な攻防『その一日』
さくら婆ァが店を閉めると決意。女子高生の死体がイベントの着ぐるみの中から……『楽園の終わり』以上七編。

見事な連鎖。そして見事な事件。見事な物語。屋上よ、永遠なれ
「長編連鎖ミステリー」とキャッチコピーにあった。要するに連作短編なんだろう、と思って呼んでみると、実はこの聞き慣れない言葉が最もしっくり来るかも、という気分になった。
神の視点を屋上にある色んなモノに与えるという手法、さくら婆ァという強烈な個性を持った探偵役、百貨店の屋上という特殊な空間を舞台にした設定、世間では爪弾きされそうな興行師や悪ガキを「こちら側」に引き寄せてしまうテクニック。創意を凝らした独特の魅せる要素がふんだんに盛り込まれ、恐らくそれらだけでも十二分に面白い作品になっていただろう、と思う。しかし。
本作にこれほど引き込まれる理由は、個別の物語の開き方にある。幾重にも織り込まれた折り紙を展開するにつれ、意外なところと意外なところが繋がっていたり、今まで隠れていた部分が見えてきたり。 独立した短編ミステリとして、それぞれ細かい伏線や意外などんでん返しが詰まっているのに、読み通して見ると、しっかりと長編ミステリしている。最後の最後まで明かされない謎、それは「さくら婆ァは何者なのか」。薄皮を捲るように最新の注意を持って語られる物語。日常のようで日常でなく、悪意も人情もありながら、一言で語れない。屋上という空中庭園で繰り広げられる華麗で泥臭くてスマートなフィクション
良いミステリを読ませて頂きました。

北森鴻ってこんなに巧い作家だったか?とまで思った私は、よくよく考えてみると北森氏の短編は実は本作が初めてだった。短編の名手と言われているようだし、協会賞受賞も短編集だし、未読作品にもまだまだ楽しみがありそう。


00/01/01
山田正紀「鏡の殺意」(双葉文庫'89)

'87年にフタバノベルスにて刊行された作品が元。山田氏がジャンルをSFから広げつつあった時期に執筆された心理サスペンス系の作品。

昭和59年、東京芝浦の路上で通りすがりのサラリーマン、関谷が小島という男に包丁で刺殺されるという事件が発生した。小島は心神喪失で無罪となり事件は落着するも、関谷の妻、礼子はどうして夫が用事もない芝浦に行っていたのか、釈然としない。二年経った今でもその思いは募る一方であった。そんな中、彼女の元に「小島は殺意を持って関谷を殺した」という告白状が届けられる。一方、現在は義父の会社に勤務する水島。彼はこの事件に携わった元警察官だった。彼はその時に知り合った礼子から相談を受け、捜査する義理などないにも関わらず、礼子本人への興味から再びこの事件へと足を踏み入れていく……。

奇妙な人間心理を主題にした実験作品
結論的に言うと、意欲作ではあるが、必ずしも成功したとは言えない実験作品である、という感触が強かった。「理由は分からないけれど、この人物は自分と同じ種類だ……」という主題からサスペンスが始まる。この主題は理屈では分かるし、そこから徐々に相互に影響しながら奈落に落ちていく登場人物たちの姿は一種独特の緊張感を孕み、破滅の予感を十二分に漂わせている。結末でキレイに円が閉じ、メビウスの輪の如き様相を呈するあたり、物語の作りに関しては申し分ない。数々のエンタテインメントをこなしてきた山田氏の文章は、読みやすく切れもある。
とすると不満に感じるのは、やはりこの主題になるだろうか。理由を明記する必要を認めなかったのかもしれないながら、「同種の人間」=「破滅を求めている人間?」の図式が今ひとつしっくりと来ない。サスペンスの緊迫感を読者が味わう為には多少なりとも感情移入が必要だと思うのだが、その点に関して多少の甘さ(独りよがり?)を感じてしまった。。

小説のレベルとしては流石に完成されているので、読むには耐えうるレベル。ただ、私の求めていた後の山田ミステリへの橋渡し的意義、というのが人物配置や緊張感という辺りに感じられるまでも、やはり少々薄いのが残念かも。(当然、当時山田氏にそんな意図は無かったと思うが)