MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


00/01/20
清涼院流水「ユウ 日本国民全員参加テレビ新企画」(幻冬舎ノベルス'99)

清涼院氏の「木村彰一」シリーズの第二作にあたる作品。作品内世界は前作『エル』の延長上であるものの、独立した作品として読むことが出来る。

二十四歳になる木村彰一は大学の四年、修士になるか卒業して就職するかの狭間で揺れる大学生。そんな彼が気にしているテレビ番組、それはテレビ界の視聴率三冠に向かって邁進を続ける企画「ゴールデンU」。街頭や自宅、ゲームセンターにある専用ボックスにて15秒の「自分CM」を撮影し、毎日十人ずつ放映するという誰でも参加出来るというコンセプトの人気番組である。ある日、彰一がその番組を眺めていたところ、既に事故で亡くなっている筈の先輩女性のCMを目撃する。彰一自身はその番組CMは全く撮影を行う気はなく、撮影もしたことは無かったが、二週間後の「ゴールデンU」にて今度は「木村彰一」がテレビの中に登場していた。自分の姿を見て呆然とする彰一。そしてその人間CMはその日のベスト・インパクト賞、「トゥデイズU」に選ばれ、彰一のところにその当選を告げるTELが掛かってきた。続けて友人達からの電話ラッシュ。果たして彼の身に何が起きたのであろうか。

もはやミステリー指向は無い?新世代読み物
戦後しばらく。メディアの形での娯楽が活字に限られていた頃。大衆文学という分かり易い形での娯楽文学があった。時に探偵小説、時に時代小説、時に空想科学小説。しかしその王道は、風俗を捉え、人間同士の葛藤を描いた大衆のための肩の凝らない読み物だったのではないだろうか。
そう、本作を読んでこれこそ「大衆のための文学」だと感じてしまった。しかも世代を選んだ。謎はあるし、奇天烈な(しかし説得性はある)設定もある。そんな中で、不安を覚え日々戸惑っている一人の青年。彼が巻き込まれた出来事を描いた読み物。メディアというブラックボックスが仕掛ける謎が読者に許すのは類推だけ。フェアな推理は望むべくもない。従って読者は木村彰一の出会った出来事を追体験することしか許されない。
本作のポイントは、メディアと大量の金を動かし得る強大な存在。一見紳士ながら個人の尊厳など一顧だにせず、実験を行う。清涼院作品には必ず「分かり易い形での仮想敵」が存在しているように思うが、本作も例外ではない。最近の小説ではあまり登場しないこういった「分かり易い敵」の存在が清涼院氏の作品をしてマンガチックと言わしめているように思う。時代はあくまで「現代」を映しだし、主人公をはじめ登場人物も「現代の若者」像に近いだろう。清涼院ファンはその現代性に共感を覚えている、というより(大量のテキストであるに関わらず)根本的な作品構成が実に分かり易い点、この部分に惹かれているのではないだろうか。

清涼院氏の描く世界。ある人は実にキレイに嵌り、理解出来ないと嘆く人にはその魅力は決して伝わらない。これぞ○or×。清涼院氏はまさにデジタルの作家なのだと感じる。


00/01/19
倉阪鬼一郎「迷宮 Labyrinth」(講談社ノベルス'00)

日本唯一の怪奇小説作家にして鬼才、倉阪氏の初のノベルス作品。「帯は綾辻行人、有栖川有栖氏も認めた才能」とあり、著者近影にも注目。ちなみに題名は「めいきゅう」「ラビリンス」「めいきゅうラビリンス」とどう読んでも良いとのこと。

とある地方の盆地、風袋。この地方の代々領主として君臨してきたのが皿沼家である。一族の中興の祖が始めた外科と精神科を持つ皿沼病院も今や老朽化し、評判を落とし始めていた。開発から取り残されたこの地が世間の注目を浴びるのは皮肉なことに事件のあった時だけ。古くは新興宗教の集団自殺。そして今度は病院内で奇怪な殺人事件が発生した。捜査一課の超腕利き古川警部が担当するこの事件、院長、皿沼伯の娘である皿沼紅が精神科の病室内で何者かに刺殺されていたのだ。しかも、病室は密室、使用された凶器も通常では持ち出せない何重にも管理された場所に保管してあった短剣だった。巨漢で一言多い大石橋と共に捜査にあたる古川だったが、何かを隠している皿沼一族に加え、猫耳をつけた美少女従業員、ニンフォマニアの看護婦、精神科病棟に入院している一癖も二癖もある関係者……と事情聴取一つを取っても難航させられる。

怪奇小説家、倉阪氏が読者に宛てた二通目の挨拶状
現在のところ著作のほとんどがハードカバーの倉阪作品。昨年最初の文庫書き下ろし『死の影』が上梓されたが、廣済堂文庫ということもあり広く行き渡ってはいないようだ。そんな氏の初のノベルス書き下ろし。販売力のあるこのシリーズだけに本書で初めて倉阪氏を知る読者も少なくないに違いない。
そういう意味では、倉阪作品のエッセンスが多様に詰まった本書は良くも悪くも倉阪初心者にはオススメかも。 というのはこの『迷宮 Labyrinth』には倉阪作品のエッセンスが相当量含まれているから。作品全体に独特の一種ゴシックめいた雰囲気が漂っていることに加え、倉阪作品の特徴である作中作、暗号などの文章技巧、頻繁に取り上げられるテーマ「乾いたユーモア」「テキストに込められた呪い」「壊れた人間」「精神病院」「新興宗教」「人体実験」など、脇を固める小道具がずらりと本作に込められている。幻想文学めいたそれら要素を結ぶ、簡潔かつ邪悪かつ高雅な文章。そしてカタストロフィに突っ走っていく鬼畜的終盤展開。個々のガジェットが有機的に機能していないという批判もあろうが、逆につぶさに語っていないところに読者の想像力の働く余地があり、人によって異なる恐怖のツボを指摘する効果、と考えられないだろうか。
問題は、この物語から毒々しく神々しく発する倉阪作品独特の香りが、合うか合わないか。少なくとも全てが合わない、という方は他の作品も恐らく気に入るまい。しかしちょっとでも「合うかも」と思える方なら躊躇なく他の倉阪ワールドをも探索してみて欲しい。本編では総花的に創造されている各々のガジェット一つ一つがもっと突っ込まれた作品があり、ミステリに広がった作品あり、ホラーに広がった作品あり、幻想小説に広がった作品もある。倉阪ワールドは本当に広いのだ。

まずは一冊読むこと。そして知ること。……余談ながら本作には知る人ぞ知る某ネット有名人も登場します。失礼しましたー。


00/01/18
式 貴士「アイス・ベイビー」(CBSソニー出版'84)

スーパーSF作家、式貴士氏の九冊目の単行本。短編にしても短めの作品が集められている。氏が存命中に出版された式名義最後の単行本。出版芸術社ふしぎ文学館の『鉄輪の舞』にていくつかの作品が読める。

ある昼下がり金縛りにあった原因を調べに図書館に行った夏樹は妖怪學の本を通じて一人の女性と出会う『金縛記』
スイミングスクールでバタフライを泳いでいるうちに本当のイルカになってしまった中年男『イルカになった中年』
一人のサラリーマンが愛人バンクで知った女性にのめり込んで行くが、交通事故で死んでしまう『男殺し』
その女性は入れ替わり立ち替わり悪戯電話を掛けてきた男性に対しテレホンセックスを。その理由は『キャッチホン』
スペースシャトルでの実験を決める会議ではネタ不足に悩んでいた。ある委員が宇宙での「ラヴ」を提案『スカイ・ラヴ計画』
その作家が妄想を元にポルノ小説を描いたところ、モデルとした女性が実在化してしまった『妄想ギャル』
トキ霊魂研究所で孵化した四羽のトキはそれぞれ異なった色をしており、性格も極端に違っていた『四羽のトキ』
美大に通うぼくが精魂込めて女性の絵を描くとその女性と心が繋がり、絵が完成するとその女性は命を失ってしまう『動く指はかく』
ある日突然地球上の数百人の男女が突然爆死。口の中に突然現れる球状の物体が原因だった『ボカーン・パ』
飲み屋で血液型による痴漢論をぶっていたサラリーマン達。それを聞いた宇宙人が実行してしまう『一億総痴漢』
新婚三ヶ月の妻の体が世にも美味なるパンに変わっていった。思わず二人で食べているうちに自分も『神に似せしもの』
新婚の妻がダブルベッドの異次元空間に閉じこめられ夫は出入り出来るものの妻は出られない。奇妙な夫婦生活が始まる『ベッド・ワイフ』
その夫婦はあまりに気が合いすぎるせいで会話がなくとも良かったが、段々妻の表情が暗くなってきていた『鉄輪の舞』
生まれた娘は完全に餅状の体をしていた。そのまま育てたところ雪だるまのような餅娘になり、男性の求婚を受ける『餅肌娘』
夫と離婚した妻が交通事故に。彼女は特殊な血液型で別れた夫も同じ血液型だった『血の絆』
偏執的に娘を管理する母子家庭の母親。彼女が段々変化していることに娘が気付く『かわいそうなママ』
世界中の兵士という兵士が一夜にして身長50cmになる病気が流行、自衛隊、機動隊と伝染して行き……『リリパット症候群(シンドローム)』
中絶した胎児を特殊な方法で成長させるアイス・ベイビーは人間型のペット。おれもなけなしの金をはたいて購入を試みるが『アイス・ベイビー』以上十八作品。

甘く切なくアホらしく嫌らしく、官能と奇想、執念と才能、式貴士の全てが籠もった強力作品集
いつもの通り、奇抜な設定に驚かされる。更にそこから跳躍する展開にも驚かされる。そのようなとんでもない世界を創り上げておきながら、泣きたいような気分にさせられることにやっぱり驚かされる。
設定や登場人物に式氏は平気で猟奇的エロ、グロを使用する。もちろんその描写もかなりえぐい。それでも式貴士という名前で描かれる作品では、それらは決して下品なだけでなく「+α」までをきちんと表現している点。大抵の場合、その「+α」は男女の愛。これがきっちりと描かれているところが式作品のらしさ、とも思える。根本的に男の(時々女性の)ロマンティシズムが深く感じられる作品が多い。
本書収録の作品全てはSFにジャンル分けされる(はず)。その要因の一つは突飛な設定が多いことだ。人間がいきなりイルカになったり、人間が人間をペットとして扱える時代だったり。それでいながら妙にリアルに心に訴えてくるのは、細かいディテールが丁寧に設定されていることが要因だと感じる。博学をしてならした式氏が、様々な別名義で文章を書きまくっていた事実。今更ながらこれが大きなポイントだということに気付かされるのだ。この細かいディテールが波瀾万丈の世界設定を裏打ちしたり、雰囲気作りの向上をさせたり、と作品上では一役も二役も果たしている。『金縛記』でのスキューバ・ダイビング。『動く指はかく』にて絵画。『スカイ・ラブ計画』での科学の雑学知識。それぞれ本当に知っていないと書けない知識が目白押し。自分のフィールドに読者を引き込むのも作者の力量だろう
本作は式氏の筆を通ることでバカSFから、笑いあり、官能あり、涙ありのスーパーSFへと昇華しているのだと強く感じた。

式貴士作品は全て絶版ながら多くは角川文庫にて読むことが出来る。ただCBSソニー出版より後半に出た三冊に限ってはハードカバー版しかなく、本書はその一冊。古書店にも最近はあまり出ないようなので、逆に大規模の図書館の方が狙い目かも。


00/01/17
牧野 修「忌まわしい匣」(集英社'99)

今や新進ホラー作家として絶大な人気を誇る牧野氏の短編集。『異形コレクション』『SFマガジン』等に発表してきた短編を「忌まわしい匣」という書き下ろしの物語の間に挟み、壮大な連作短編集のような形式になっている。

プロローグ、インターローグ、そしてエピローグは三分割された『忌まわしい匣』。完璧なる平和と充足の中暮らしている新婚の主婦は、突如やって来た男に「お前は<聞く女>だ」と決めつけられ、抵抗の出来ないままにテレビから飛び出てくる様々な種類の人間たちの物語を聞かされる……
母親と二人暮らしの会社員。彼の記憶の中を徐々に遡ってやって来る不気味な女『おもひで女』
インテリ出身ながら乱れた街の風俗店に勤務する男の元に浮浪者風の男が訪ねてくる『瞼の母』
熱心な教育ママに育てられる男の子は夢で「公爵の使い」に吹き込まれ、地下で運命的邂逅を遂げる『B1公爵夫人』
エキセントリックな少年、千秋は同類と認めうる男カグヤマと出会い、二人で殺戮の暴走を開始する『グノーシス心中』
既に死んでいると認識している風俗店勤務の男が、同類のOLを見つけ後を尾け二人は交じる『シカバネ日記』
外国人排斥運動の信奉者が、男に追われる一人の美少女と巡り会い彼女の「血」の虜になる『甘い血』
街角に立つ売春婦は謎の老人に手足の腱を切断され犯され、治療後豪壮な屋敷に引き取られる『ワルツ』
人の罪を測り罰を与える異次元からの機械。罪の意識を持ち続ける少女。二人が出会うとき『罪と罰の機械』
地球の狂気となって周りを巡る月。「扉」を名乗る少女とその父親、「鍵」を名乗る少年と「施錠者」を名乗る男『蜜月の法』
太古の邪悪を封じる神人(カムピト)の自覚のある三人の男。しかし彼らは齢を重ね既に老人となっていた『翁戦記』
ネット論争をしていた科学ライターの日常が少しずつ侵され、道に迷ってある工場に辿り着いた『<非−知>工場』
この世にいる電波な人々は実は認識できない彼らに操られていたんだな……粗筋紹介不可『電波大戦』
地球型の植民星が連絡を絶ち、派遣された職員が下半身のない男から聞かされる「亜人種」の村で起きた物語『我ハ一塊ノ肉塊ナリ』
……『忌まわしい匣』を加えて十四作品収録。

2000年を迎える我々に贈られた二十世紀最後のフォークロア
世紀末日本に誕生したブラッドベリ。読了後、いや読んでいる間もそんな印象を受け続けた。
余人の追随を全く意識していないかの奔放なイマジネーション、いかに効果的なあの手この手のショックを与えるべく画策する恐るべき稚戯、そして普通の人が目をそらしている、ないしは視界に入っていても無視するような都会の、そして精神の暗部を執拗に拾い上げる力。牧野氏の力量は様々な部分で既成作家の枠をはみ出してしまっており、既にSF、ホラーという単純な枠組みを乗り越えつつある。
次々とカットバックのように取り上げられる作品群は、我々が毎日、娯楽のため情報摂取のため、何気なく目にしている「匣」、そうテレビから現れるのだ。この「匣」から取り出される様々な異形の者の語る物語。異形の者、元は恐らく人間であったであろう彼らは、牧野氏の途轍もないパワーによりその存在を変ぜられてしまった者。彼らが訥訥とないしは流麗に語る物語のテーマはある意味一定でもある。
ゴミ。浮浪者。思想。狂人。身障者。イジメ。腐敗。電波。風俗産業。セックス。吐瀉物、膿、精液、血液。
牧野氏は ホラーという形式を通じて、誰もが無意識のうちに捨て去っている事柄を読者に叩きつけてくる。「お前が作った、お前が捨てたものだ、忘れるな、目を背けるな、思い出せ!」 これを説話と呼ぶには余りにも生々しいかもしれない。しかし、心の底を抉ってくるような言葉にならないメッセージは、全て現代人への痛烈な皮肉であり、忘れること避けることの警鐘と感じられるのだ。捨てたものをわざわざ拾って目の前に持ち出されることへの嫌悪感。忘れたものをわざわざ思い出さされる嫌悪感。ホラーとして表現されるこの悪感情を突き抜けたところに現代人の為の新しい形の説話が生まれている。

2,000年たる今年が二十世紀最後の年になるという。そういう時代が意識させられる傑作かつ問題短編集。新しい世紀を迎えた時、振り返って世紀末を語るのに、この作品を欠かすことは出来ないはずだ。


00/01/16
霞 流一「おなじ墓のムジナ 枕倉北商店街殺人事件」(角川ノベルス'94)

動物尽くしユーモアミステリという特異なジャンルを切り開く作家、霞流一氏。本作は、第14回横溝正史賞佳作受賞したデビュー作品にあたる。

杉並区の西端、枕倉北商店街。サラリーマンを辞め失業中の私こと、唐岸誠也は書店を営む家族と共に暮らしている。ある朝六時、商店街に人だかりが出来ていた。オヤジの命令で渋々様子を見に出た私はそこに瀬戸物で作られたタヌキが置かれていることを知る。続いて書店には頼みもしないタヌキそばが十人前届き、友人が溜まり場にしている喫茶店の前には分福茶釜が置かれていたり、とタヌキ絡みの悪戯が続発した。そして四日後、注文書の配達に出掛けた先で私は、商店街の一人、山石が何者かに殺されているのを発見してしまう。私は山石の息子の万引きを以前に咎め、山石と殴り合いの喧嘩をしたところだった。当然嫌疑が掛けられた私は、就職活動に不利となる容疑者の身分から脱し、潔白を宣言するため、幼なじみのOL、登子、居酒屋「うつつ」の主人と料理人の協力を得て事件の捜査を独自に開始することに(成り行き上)なった。

溢れるユーモア馬鹿話。でも中身は論理で組み上げられた超本格ミステリ
霞ワールドの原点。
ダジャレで誤魔化さず、シチュエーションで笑わせるユーモア溢れる文体の魔術。そしてその底に意味ありげに、または徹底的にさりげなく埋め込まれる本格ミステリの伏線。あっと驚く論理的な解決。そしてさりげなくスパイスとして効いている美味そうな食べ物と酒。これら霞ワールドを形成する全ての要素がこのデビュー作から実に見事に詰まっている。
近作を含んで、霞作品全般について言えることなのだが、これら要素が全て作者から読者へ仕掛けられた大きな罠なのだ。底で指向しているのは確実に本格パズラー。解決までに全てのヒントを読者の前にさらけ出さなければならない。普通は文脈の中に自然に埋め込むよう配慮する事件解決の鍵を、霞ワールドではかなり露骨に怪しい形で登場させている。例えば、タヌキの置物。映画の番組宣伝用の傘。十八になって怪獣図鑑を万引きする青年。妙な人物、設定が独特のギャグとユーモアを交えて描かれるものだから、読者にはそれが伏線なのか、ギャグなのかが一見では全く判別が出来ない。更に、読者がギャグにて思考停止してしまえば、ミステリ的には完全に作者の勝利。そして読者は「なんでこんなことが読みとれなかったんだ」と地団駄を踏むことになる。騙されずにパズルに挑戦するか、気持ちよく微笑みながら騙されるか、読者の好みで楽しめるところが魅力。

文庫化される様子がないのが気になります。現在のところこのノベルス版しか出ていないので古書店で気長に探されると良いかも。ちょっと間抜けに見えるタヌキの置物の表紙が目印。


00/01/15
仁木悦子「暗い日曜日」(角川文庫'79)

角川文庫仁木悦子の四冊目にあたる短編集。初出は不明。下記の通り収録作品は、シリーズ探偵がバランス良く配されており、誰が読んでも楽しめる。

仁木兄妹もの。神社の境内で悦子は老人が死んでいるのを見つける。持ち前の探偵根性で老人の死体を観察した彼女はその死に不審を抱く『暗い日曜日』
三影潤もの。桐影探偵社に来た依頼人は兄嫁の素行を調べて欲しいという。指示によりある女性宅に三影が向かったところ、中でその女性が死んでいた『くれないの文字』
子供視点。スーパー内で一人で遊んでいた”わたし”は、近所の仲良しのお姉さんが万引きをするのを目撃する。家に帰ったところお姉さんの妹が殺されている『うす紫の午後』
女性主人公ノンシリーズ。突然電話を寄越した老人は戦時中に祖父に譲った雛人形を見たい、という。しかしその老人はその晩、集合住宅の屋上から飛び降り自殺した『早春の街に』
女性主人公ノンシリーズ。新婚抜けない夫が友人の見舞いに行くと言い残したまま帰ってこない。彼の身に何かあったのか。妻は身重の体を抱えて奔走する『かわいい妻』
母親探偵浅田悦子もの。殺人事件の容疑者は、知り合いの財布を拾って渡してくれた人物に似ていた。悦子らの証言で彼は無罪放免となって御礼にやって来た『木がらしと笛』以上、六編。

本格推理ありサスペンスあり。どちらも本当に巧い
仁木作品を相当読んで来たが、新しい作品集に触れる度に新しい発見がある。今回気付いたのは仁木さんの誇る、多彩な芸風のなかの一つ、サスペンス性。一旦ツボに嵌めてしまえば、短編の序盤から終盤まで見事なまでに緊張感を維持しているのだ。その緊張感の源は、最近流行のサイコな人物や、悪人と対決するというような定型でなく、例えば自分自身の持つ罪の意識だったり、人を愛するが故の不安であったりと主人公や物語に合わせてきちんと設定してある。
仁木作品の主要キャラクタが勢揃いする作品集だけあって、その傾向の違いを感じ取るのもまた面白い。仁木悦子の分身である兄妹時代の悦子は好奇心旺盛なお嬢さん。時代と共に主婦になっても性格そのものは全く変わらない。逆に主婦として母親として頑張っているうちについたであろう逞しさが加わり、パワフルになっている。三影潤の場合は職業柄の冷徹な観察眼こそ持ち合わせているが、無意味に事件に関わりを持とうとしない。事件には彼が関わる為の必然性が必ず用意されている。子供視点の場合は基本的に巻き込まれ型の事件となる。それぞれ、想定した事件に大して探偵役を配するのか(または逆かも)、構成上の無理が最も少なくなるように注意されている ところも注目したい。

出版芸術社より『仁木兄妹の事件簿』として徐々に復刻が進んでいるものの、短編のほとんどは事実上絶版文庫を漁るしかないのが実状。それでも探求する価値のある作家だと信じたい。


00/01/14
陳 舜臣「枯草の根」(講談社文庫'75)

'71年、第七回江戸川乱歩賞受賞作品。現在では実力派歴史小説作家として認識される陳氏も、デビュー当時はばりばりのミステリ作家からのスタートだった。氏は後に推理作家協会賞、直木賞も受賞している。

神戸に隠棲するアパート経営と金貸しを営んでいる中国人、徐銘義が首を絞められて殺された。彼は策士としてしられる市会議員、吉田庄造の扱う裏金の「トンネル」として働いており、また日本に来る前は香港の銀行の事務員だった。度の過ぎた几帳面な性格の徐、彼の唯一の自慢は、シンガポールで夥しい事業に関係している超有名実業家、席有仁を銀行員時代に接待したこと。吉田の甥、田村良作がそのトンネルの役割を肩代わりをする結果、金の動きを知りすぎた徐は吉田からみると邪魔者のはずだった。一方、その実業家、席有仁は、苦労した折りに融資を決めてくれた李源良の会社に有利な取引を持ちかけるため、丁度その頃来日していた。吉田の汚職を追う新聞記者の小島は、料理店店主の陶展文の力を借りつつ、殺人事件の真相を追った。

「均整の取れた」という形容詞が相応しいミステリ
一時期歴史小説読みだった私にとって陳舜臣と言えば「十八史略」だとか「史記」をまず思い出す。大分前、乱歩賞出身と知った時にまず驚いたが、本作を読み終えてまた驚きを覚えた。そして同時に得心も覚えたが。
肉厚で、同時に繊細。 在日中国人を中心にした特殊なコミュニティを描いたことが当時は新鮮だったのかもしれない。しかし、そんな妙な付加価値(果たしてノックスの十戒を破ったことって付加価値なのか?)を求めずとも十二分に優れた推理小説。本書における登場人物たちには過去があり、現在がある。良い意味でのリアリティが被害者、加害者、容疑者、探偵、補佐役、傍観者それぞれに感じられる。作者の単なる駒として動かされ、薄っぺらくなりがちな人々が、きちんと肉の衣を纏い、心を持って行動している。読了した時、彼らの想いがずしっと伝わってくる。つまり、まず小説としての味わいが深い
そしてミステリ部。こちらはいかにも繊細。この繊細さは、インパクトが弱いとか否定的な意味でなく、十二分に注意を払った上で成し遂げられた、いわば高級料亭の板前のような繊細さ。アリバイと錯覚を利用したトリックそのもののオリジナリティは小さいし、少し解決論理に飛躍(というか強引さ)はあるように感じるが、それでもその繊細な伏線や登場人物の配置はやはり見事なのだ。人間観察と事物観察の融合から繰り出される推理。注意深く読んでいれば真相が見抜けたかも、と何となく悔しいのは本格の作りゆえのことか。
肉厚の小説に繊細な推理の糸が通っている、そんな印象。

本作品は普通の講談社文庫では絶版、かわりに『炎に絵を』のカップリングで講談社文庫大衆文学館、及び講談社文庫の乱歩賞全集にて、入手が可能です。


00/01/13
大下宇陀児「おれは不服だ」(講談社ロマンブックス'57)

「目録で見かけて、一体何が不服なのか知りたくて買ってしまいました」というKIYOCA-CHANより、これもお借りした本。初出等は全く不明。

病身の妻を入院させた中年男が女中に雇った娘。最初はしおらしかったが徐々に本性をむき出しに。迫られた男は『獺』
アパートの一室を借りて劇の練習をしているという五人の女学生が隣の中年男が死んでいると通報。男は死んでから首に縄がかかっていた『娘たちは怖い』
病身の妻の為に同僚を殺して現金を奪った男は一人の女学生に目撃された事からアリバイ計画が狂い始めるばかりか、彼女に夢中になっていく『風が吹くと』
小学生の連続誘拐殺人事件が発生、被害者は皆、身体の一部に痣があり、死体からはその痣が削り取られていた『痣を見せるな』
人妻と密通、亭主を殺した男が嫌疑を逃れるために北海道に逃亡していたところ、人妻から現金と航空券が送られてきた。ところが彼女は送っていない、と言う。数日後彼に謎の男から呼び出しがかかる『おれは不服だ』
「色の白い頭の大きな首の細い男」今までの人生の中でその男が現れる時、必ずおれの身に不幸な出来事が訪れた。『十四人目の乗客』合計六編。

推理と犯罪小説の狭間。中年男の哀しい心理に長けた小説群
本書、どちらかというと探偵小説というより、クライムノベル的雰囲気の漂う作品が多い。主人公なり、登場人物なりが犯罪者であったり、誘惑されたりと「揺らぎ」の要素が多いのだ。一様に男性である彼らは、女性や少女の誘惑・色香に負け、煩悶しながら後悔しながら、時に嬉々としてずぶずぶと一方通行の泥沼に足を踏み入れていく。……読んでいて妙に切なくなるのは私が男だからか。彼らの身の上に将来降りかかる不幸は、物語中盤で容易に予想でき、そしてその通りになっていく。
ほんのちょっとの理性が働くなら我慢したり出来そうなものなのに。しかし誘惑は禁じられているからこそ甘美。彼らがその結果、堕して行く様、この心の動きをじっくり書くあたり大下探偵小説の真骨頂と言える。「分かっているのに止められない」一種熱病のような感情。結局のところ犯罪の裏側に、人間の心の弱さというものあることをしみじみと、そして赤裸々に感じされられる。人間の心の弱さ、これは時代を通じて不変のものなのだろうか。
 ちなみに『おれは不服だ』の主人公。ちょっと間抜けな描き方をされており、元々悪人でありながら易々と罠に嵌っていってしまう様は、大真面目なだけに哀れ。最後に味わう彼の境遇と、思わず呟く「おれは不服だ」という言葉には妙に同情してしまう。そりゃ不服だろうな。うん

はい、通常の方法では到底入手出来ません。推理小説専門系の古書店か目録買いレベルかと思います。しかしこの当時の講談社って「(株)大日本雄弁会講談社」って名前だったのね。


00/01/12
日影丈吉「狐の鶏」(講談社文庫'79)

第9回日本探偵作家クラブ賞受賞した表題作『狐の鶏』(『宝石』'50年10月号掲載)を中心に四作がまとめられた短編集。『狐の鶏』は短編ながら、乱歩の『化人幻戯』大下『虚像』彬光『人形はなぜ殺される』等名作を押さえての価値ある受賞を果たした。

戦地で病気に罹り、いつ発病するか分からない主人公。彼は夢の中で自分の嫁を殺してしまう。ところが昼寝から醒めてみると、その夢の通りに彼女は頭を割られて殺されている。果たして自分のやった犯罪なのか?彼は時間を稼ぎ、彼女の死体を自分の地所の畑の中に埋めておく『狐の鶏』
戦時中の台湾。部下の男が夫婦仲の良くない人妻と懇ろになってしまう。私は彼らを引き離すべく部下が妻帯している証拠を突きつけるが、改竄されて男は独身ということになっていた『ねずみ』
女優の家で留守番をしていた女性が犬らしき動物に噛まれたショックで心臓発作を起こして死亡した。果たして狙われたのは彼女か、女優か。新聞記者が独自の捜査を開始する『犬の生活』
ぼくは二人の親友と助け合いながら生活してきた。ぼくが高級アパートを購入すると友人の一人が巨大な蛇を置いておいてくれと持ってくる。お金に困っていたぼくはそれを引き受けるがすぐに餌に悩み出す『王とのつきあい』
大晦日に不案内な駅に降り立った私は駅で土地のものが、美しい女性が首を切り取られて死んでいたという事件について話すのを聞く『東天紅』以上五編。

探偵小説に託された人間の悩み。最後の一行、最後の一言が心に浸みる……
とにもかくにも『狐の鶏』。これは探偵小説という枠組みを短編ながら遙かに凌駕している。物語そのものの枠組みは殺人事件の発生、隠蔽とその真相が露見するまでを綴ったもので、本人が本当に犯罪を犯したものかどうか、読者にも分からない点から探偵小説風の謎を物語に内包している。一方、舞台は九十九里浜近辺のドのつく田舎。古い因習に縛られた村人(そして当人達は縛られている自覚がないことも問題か)によって構成されるコミュニティ内部の軋轢。長男でない、家族から愛されていないといことからぐらぐらと日頃から揺らいでいる主人公のアイデンティティ。なんのてらいもなく、天真爛漫な天使と悪魔の両側面を持って、実質的に物語の虚構性を切り裂いてしまう幼女、光子。いろんな意味で、不安定な物語を、見事に綱渡りで終いまで描ききっている。綱渡りのぐらぐらした感覚がずっと付きまとい、絶望感漂うラストに最終的に突き落とされる。光子の最後の言葉。これはそのまま日影の死生感を現しているのだろうか。まとわりつくような文章と突き放されたような情念。微妙なバランスはそのまま日影ワールドそのものと言っていいのではないか。
まさに「奇妙な味わい」の小説を地で行く『王とのつきあい』、奇妙な人々を登場させながら本格のエスプリ溢れる『犬の生活』、人間心理の微妙な落とし穴を描いた『東天紅』、乾いた視線で男女関係を捉えた『ねずみ』など、他の作品も秀作。パターンに嵌らない面白さを秘めている。

本書は長い間探求書でしたが、日下三蔵さんに譲って頂きました。ありがとうございます。表題作の『狐の鶏』は、双葉文庫の推理小説作家協会賞全集の永瀬三吾『短編集』内に収録されていますので、現役で読むことが可能です。


00/01/11
天藤 真「日曜探偵」(出版芸術社'92)

天藤氏の没後、未収録中編二編と短編一つを合わせ、日下三蔵氏の尽力により作られた現在のところ最後のハードカバー。編者により挿入された「犯人当て」の趣向と、巻末の詳細な著作リストが嬉しい一冊。ファン必携。

高さ二十五メートルの塔風の家から、別居しており久しぶりに里帰りした長男が墜死した。長男は内縁の妻を連れ帰ったのだが、実家には母親が決めた許婚が養女として暮らしており確執があった『塔の家の三人の女』
貧乏暮らしの教授連が将棋仲間と勝負している間に大家の家から現金が紛失していた『誰がために鐘は鳴る』
房総半島のドライブウェイで乗用車が墜落、下で裸で睦んでいたアベックのうち男性が死亡、女性は重傷で、運転していた男も死亡した。運転者からはアルコールと睡眠薬が検出され、乗用車には派手な格好をした女性の連れがいたという証言を元に、警察は殺人事件として捜査を開始する『日曜日は殺しの日』(中編版)以上三編。巻末に新保博久氏による評論・著作リストあり。

天藤真はユーモア「だけ」なんかじゃ絶対にない。
天藤氏は最初から最後まできちんと構想を練ってから作品に取りかかったという。
そういう天藤さんの几帳面さは本格パズラーの形式にしたときに如実に顕れる。冒頭から自然に張られた伏線、考えられたトリック、細かい登場人物の舞台配置。そして本編に収録された三作は、全て(後から挿入されたにしろ)「犯人当て」という形の本格推理小説なのだ。しかし天藤真という作家が語られる場合、ユーモアだとかシチュエーションという言葉が使用されることは多い。これらは確かに天藤作品の大いなる特徴の一つであり、全く異議はない。しかし、構想段階から練り混まれた作品群は本格パズラーとしての側面も併せ持っているはず。従って本作に収録された作品には、きちんとその事実がハッキリと現れている。少なくとも解決部分に至るまでに全ての手掛かりは読者の前にさらけだされているのだから。
本格パズラーは別に物理トリックとは限らない。読者や登場人物の錯覚や、勘違いなどを巧みに誘い、文章で明示されている真相を覆い隠す技。本書は、そんな天藤氏の「騙し」の側面を従来以上に感じさせてくれる。
逆に物語的には、全てが傑作という訳ではない。『塔の家の三人の女』に関しては、異常心理博士と助手というシチュエーションが物語本筋にあまり生かされていないし、他にも瑕疵が見受けられる。『日曜日は殺しの日』も同題の長編版(草野唯雄との共著)によって詳しく書かれていた方が、ミステリ的には読者に優しかったように思える(新保氏は逆の見解だが)。それらを越えて、本格推理を味わう魅力を本書からは感じた。

本書も新刊書店ではとうとう見かけなくなりました。古書で見つけたら取り敢えず買っておいて損はないはず。もしかするとまだ出版芸術社に在庫はあるかも。(書きませんが、個人的には鷹見緋沙子問題は解決しました)