MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


00/02/10
小泉喜美子「時の過ぎゆくままに」(講談社文庫'90)

'85年に事故で急逝した小泉さんの追悼のため、'86年に未発表作品をまとめた単行本が出版された。文庫化されたのが本書。

実質上の遺作短編となる『友を選ばば』、小泉さんの分身が登場、それがラストのどんでん返しに結びつく『同業者パーティ』、水泳の得意だった老人がリゾート地で過去を思い出す『小さな青い海』、山の奥でひっそりと訪れてくる少年を待つ女『秋のベッド』、「わたしには猫がいる」家庭持ちの男性と付き合う女性は『猫好きの女』、女性が四人集まって麻雀の卓を囲む会。一人の女性が自宅へ残りを誘う『週末のメンバー』、因習に縛られた一族からの誇りある離脱を望む女性『さらば草原』、相場より安い賃貸住宅の奥には作りつけの豪奢な洋服箪笥があった『洋服箪笥の奥の暗闇』、北方の国からの芸術家の日本案内をさせられるOLの動転記『寒い国から来た芸術家』、ホストクラブに務める男はその客に貢がれながらも望みを果たさせてはやらない『騎士よ、夜よ』、代々男性がたたられて死亡する一族の当主が過去を紐解くと、原因は意外なところに『たたり』、由緒ある名家秘蔵の雛人形、取材で出してもらったところ男雛、女雛が箱から消えている『雛人形草子』以上の十二編。

自立した女性の抱えるごく小さな確執を軽くミステリで包んで差し出す
男女雇用均等法、外資系の進出、実力主義の台頭にて、ここ数百年の日本の歴史の中で(大昔は別として)、女性の社会的地位の向上は近年めざましいものがある。(歴史的に見ると色々考え方はあるにしても)その反面、そのムーヴメントを先導して来た女性や、その波のすぐ後ろで彼女らに続いている女性に対する風当たりは、今もなお強く激しい。男性には分からない細かい軋轢やストレスが彼女らを悩ませていることは想像に難くない。
そんな彼女らが活躍を開始する遙かに以前から、小泉喜美子さんは、仕事と家庭の二者択一に「仕事」を選び、純然たる「職業婦人」として生きてきた。 この作品集に収録された作品は、ムーヴメント以前、「女性が自立して働く」ことに抵抗感ある時代の中でアウトローとして見られてきた小泉さんならではの、孤独や叫びが詰まっている。 もちろん、いかに上品に、洗練された作品作りを常に心がけていた作者ならではの、こなれた文体、意表突く展開は、表面上そんなことを感じさせない。それを感じてしまう私の方がヘンなのかもしれない。でもその事実自体をミステリのネタに使ってしまう小泉さんのユーモア精神は心地よい。
洗練された文章を貫くあまりほとんど一般小説としか思えない作品、ミステリに殺人は必要ないという主義からくるサスペンス性の薄さなど、受け止める側次第では低評価になりかねない側面もある。それでも「お洒落でなければミステリではない」という心意気と、その理想を模索する小泉さんの姿は感じ取れるはず。

あくまで「比較的に」ですが、小泉喜美子の文庫の中では近年に発売された分、入手し易い方かと思われます。ただミステリ味は薄いため、逆に「ミステリ作家小泉喜美子」を過大に期待している人には、多少物足りなく思われるかも。それでも、これも「小泉喜美子」なんです。


00/02/09
戸川昌子「静かな哄笑」(光文社文庫'88)

初出等は不明。文庫では現時点で最も最近出版された短編集。副題は「怪奇ミステリー傑作集」で、収録作は作者の自選とのこと。

大画家の遺作を求めパリに飛び、画商と接触した男は、画家の愛人と一夜を共にするよう要求される『モンパルナスの娼婦』
申し分のない縁談を受けた彼には恋人がいた。何らかの報復を不安に感じつつ式当日を迎えた彼は新婚旅行に『闇の中から』
二号として長い間生活している私が相手と愛を交わしている時に、相手の婦人の視線を感じて……『視線』
姉が入院先の病院で注射によるショックにて死亡した。仲がぎくしゃくしていた義兄が関わっていると感じた私は『骨の色』
出張先で男娼から紹介されコール・ガールと巡り会った上西は、彼女が特殊な精神状態にあることを見抜く。事件と化した問題は様々な人物を経由し不思議な様相を呈する。『裂けた眠り』
不慮の妻の死を忘れるために、保険金で世界を豪遊する男。香港で彼は聾唖の一人の少女を紹介される『肉の復活』
フランスにある修道院。行方不明の代議士の娘の捜索に訪れた刑事は修道院に隠されている様々な秘密を知る『塩の羊』
母子家庭から外国人と再婚した女性。彼女は自分の幸せを決して実感出来ない『地獄めぐり』以上八編。

エロティシズムを描くことによって初めて表現され得る世界
よく言われていることのようだが、戸川作品に横溢する豊富なエロティシズム描写がある。その状況、対象は多岐に渡り、愛し合う男女間の関係はもちろん、金銭を伴うもの、強引なもの、関係してはならないもの、畜生とのもの、等々、タブーと呼ばれる部類の性愛についても、全く臆することなく淡淡とかつ、きっちりと描いている。この点、発表当時のことは分からないながら、同じ推理文壇から批判の対象となった時期もあったらしい。推理小説に劣情を持ち込むとは何事だ、と。
しかし、きちんと作品作品を読みさえすれば分かるように、それらは物語の舞台成立と、登場人物の表現のために必要不可欠のものであるのだ。確かに、ここまで丁寧に描写しなくても、と思わせる部分、異常性を掻き立てる部分もある。しかし「性愛」という人間の持つ激しい根元欲求を通じて描写することではじめて、登場人物の抱える、例えば狂気、愛情、妄想、そういった狂おしい感情の滾りを表現することが出来る世界があるのだ。読者に対して「ナマ」で投げかけている分、誤解はあるかもしれない。受け付けない人もいるかもしれない。それでも戸川昌子という作家の世界構成力はエロティシズムを抜きにして語ることは出来ない
最も印象に残ったのは、旅情とサスペンスと背徳と美学と歴史と……錯綜する様々な事柄を優美に、そしてエロティックにまとめられている『塩の羊』。フランスの離れ小島に建設された、今や観光名所となっている修道院と、その付属のレストラン。ここから失踪した日本人女性の行方を探りに来た刑事が経験する不思議な体験。戦争犯罪と宗教的儀式と料理の秘密が渾然となりながら、幻想的光景に集約されていく展開には溜息が出る。

題名の「静かな哄笑」は収録作になく、作者自らの命名かと思う。これはもしかすると、エロティシズム溢れる自作を手に取れない人々への、作者からの背表紙からの皮肉、というのは考えすぎだろうか。論理だけを重視する人には受け入れられない戸川ワールド。官能の裏側にある世界へようこそ。


00/02/08
青井夏海「スタジアム 虹の事件簿」(東京経済・MBC21'94)

野球ミステリ話題が掲示板で盛り上がった際に全く無名の著者の自費出版ながら、複数の方が傑作として挙げた作品。本作の魅力を余すところ無く伝える謎宮会の葉山原稿も御参照下さい。

プロ野球チーム、レインボーズ。個性のある選手を抱え、地元の熱心なファンの応援にも関わらず、万年最下位の不人気チームというレッテルが貼られている。亡きオーナーの跡を継いだ虹森多佳子夫人は、全くの野球音痴。パーティに出るようなドレスで球場に現れ、解説役を伴って普通の座席で熱心に勉強中。そんな彼女が球場で出会った五つの事件、そして大きな一つのドラマ。
球場のスタンドに座りながら全く観戦しようとしない男。彼はゲームの盛り上がりに乗じてやおら鞄の中から札束を掴むと周囲にまき散らし始めた『幻の虹』
引っ込み思案の女性が文通相手に自分の容姿を偽って知らせたところ、彼と試合観戦することに。世間を賑わす高校教師殺害事件との関連は?『見えない虹』
多佳子オーナーに関してデマが言い触らされており、その情報を直接聞いたという喫茶店のアルバイトを追いかける球団職員の色摩『破れた虹』
レインボーズファンの小学校四年の男の子が引き受けたマンションの水やりアルバイト。留守電を通してなにやらタダならぬ気配が『騒々しい虹』
いよいよ後一歩で奇蹟の優勝というところまで来たレインボーズ。裕香は酒席での冗談で友人の昭次に「優勝出来たら結婚してもいい」と言ってしまったことに一人で思い悩む『ダイヤモンドにかかる虹』

幸せな気分。また一冊、お気に入りの野球ミステリと出会えた
この本の気に入った点だけを抜き出して並べていけば、野球ミステリの大傑作としてしまっても過言ではないと思う。たった五話の短編で架空のプロ野球チームを読者に取り魅力的な存在に引き上げてしまう点。アームチェアデティクティブ探偵が又聞きした事件を、実際に行われている試合のワン・シーンに見立て、球場の中で推理を行うという趣向。五つの話それぞれを、全く異なる人物の異なる事情の元に視点を変え、バリエーション豊かに描いている点。物語全体を覆う暖かく、そしてユーモアのある文体。付け加えると、プロ野球にかなり詳しいと自負する私自身から見ても、試合運びやルールなど、細かいことに至るまで完璧な「プロ野球」そのものに関するディテールなどなど。
もちろん根元的に本作が「本格ミステリ」としてのフェアな要件を備えていることも、その魅力の大きさにおいて大きなウェイトを占めている。野球と一見関連のない事件が、球場の中で解決される爽快感。多少強引ながら読後感の良い論理と推理。無名の作者が書いた佳作が、この世に埋もれ存在していたことに驚愕さえ感じる。皆さんにホントに良質の作品を薦めて頂いたものだ、と強く感じた。ありがとうございました。 全てを締め括るラストの一行の余韻はずっと心に残るかも。
残念なのは自費出版故か、構成や物語に微妙にぎくしゃくしたところがあるところ。一話にかなりの分量の事柄を詰め込まざるを得ない関係上、物語の展開がもたもたしたり、登場人物の描写にすっきりしない部分も見られる。とはいえ、これらは読書の上の妨げになるものではない。あくまで優秀な編集者なりのサポートを受けられれば更に作品内容が向上する余地があるのでは、と思えた。その点、文句なしの傑作とまで言い切れず、ほんの少しだけ残念。

本書に関する問い合わせはMBC21まで。本書を貸して下さいました須川さんによりますと、メールで注文するとすぐに請求書付きで送られてきたそうです。多分、在庫がなくなるまでは入手が可能なのではないでしょうか。

(2001/04/11追記)創元推理文庫より発売されました。 ぜひ手に取ってみてください。


00/02/07
城 昌幸「死人に口なし」(春陽文庫探偵CLUB'95)

五大捕物帳の一つ「若さま侍捕物手帖」シリーズの作者であり、かつ旧『宝石』の初代編集主幹(後に社長)として関わった氏の探偵小説掌編を集めた作品集。尚、多様な創作活動を行ってきた氏は詩人、城左門としても知られる。

『死人に口なし』『燭涙』『復活の霊液』『人花』『もう一つの裏路』『三行広告』『大いなる者の戯れ』『間接殺人』『操仕立因果仇討』『想像』『見知らぬ人』『二人の写真』『その暴風雨』『怪奇の創造』『都会の神秘』『神ぞ知食す』『夜の街』『切札』『殺人淫楽』『ジャマイカ氏の実験』『シャンプオール氏事件の顛末』『秘密を売られる人々』『七夜譚』『東方見聞』『薄暮』『妄想の虜囚』『鑑定料』『宝石』『月光』『晶杯』以上、三十編。

戦前にして都会の闇と乾燥、虚無とを捉えた作品群
文庫本一冊にこれだけの作品数が加えられることからも明らかなように、作品それぞれの長さは短めの短編からショートショートクラスのそれでしかない。それぞれの文章で語られる人物や事態の背景は徹底的に簡略化され、文章が選ばれ、絞り込まれている。おそらく城昌幸が詩人である所以
物語は探偵小説譚あり、SF譚あり、恐怖譚あり、奇妙な味わいのものがあり、とバラエティに富んでいる。後味の悪い幕切れを迎えるもの、何が起きたか説明のされないものなど、読み終わってすっきりとしない話の方が多いくらい。それでいて全体を通じて強烈に受ける印象がある。それは戦前の都会の光や闇を自由自在に切り取って描き出した背景。 戦前の東京という街には(あるいは他の街でも)その時代、その街でしか分からないルールがあり、その街でしか存在し得ない悪や狂気があり、その街でしか考えられないコミュニケートや、その断絶がある。その街の中で発生する事件は、その街のルールに則って解決を迎える。それがすっきりしないのは当たり前か。我々はその街の未来には住んでいても、その街そのものを知らないのだから。
アンソロジーで既読の『ジャマイカ氏の実験』は確かに面白いが、ユーモアと皮肉溢れる『復活の霊液』、幻想と狂気の混じり合う『人花』『宝石』等々、作品レベルの粒は皆揃っているよう感じた。

国書刊行会から出版された『怪奇製造人』という単行本と、本書が現在のところ入手が難しくないただ二つの氏の探偵小説作品集。探偵小説愛好家の方は勿論、幻想系がお好きな方も気に入るはずである。


00/02/06
友成純一「ネッシー殺人事件」(講談社ノベルス'91)

放射能獣−X』『インカからの古代獣V』と続いた長編怪獣パニックシリーズの掉尾を飾る一冊、どことなく呑気な雰囲気漂う題名。中身の血塗れ度は本作が一番高いが……。

W大学の理工学部一年生の雷太は、同級生のちえみや、高校の同級で二浪している予備校生、田中らをアパートに呼び、酒盛りをしていた。目的は、雷太とちえみら、大学の同級生同士でイギリスのネス湖に赴き、現地で研究スタッフの一員として一月ほどのネッシー研究に携わった研修旅行の土産話。ところが、彼らの大学生ぶりに拗ねた田中は泥酔、彼らに執拗く絡む。酔い潰れた田中の横で、ようやく話は盛り上がったが、翌朝、目を覚ました雷太は異様な臭気に気付く。先に寝ていた筈の田中が、別の部屋に引きずられた挙げ句、血塗れになって死んでいたのだ。悲惨にも彼の頭は口から何か弾けたかのように潰れ、両眼は失われていた。警察は第一発見者の雷太を疑うが、証拠や決め手が見つからない。しかし雷太は明らかに何かを隠していた。その事件の翌日から、アパートの天井裏では何かが走り回るような足音が聞こえる、と苦情が出はじめた。

怪獣パニックシリーズの最後の一作は尻窄み……残念。
前二作が「巨大怪獣」による正統派パニック小説である意味で型に嵌っていたのに対し、「作者のことば」によると本作は「四畳半や台所にひょいと現れる」リアルな怪獣を設定してみた、とのこと。つまり作品舞台を日常に近付け、群衆パニックよりも、個人の恐怖に重点を置いた作品を目指している。ただ強烈な印象の「怪獣を全面に出した超B級のパニック小説(怪獣の登場する作品はすべからくB級でなければならない!)」のシリーズを、三作目にして闇に潜む謎の小生物というガジェットに変えた結果、本作は印象の薄い単なるD級ホラー小説になってしまっている。更に、生物の正体については題名で一目瞭然(当たり前だが)だし。怪異の正体が頁を開く前からバレバレなのは、ホラーとして致命的だろう。
主人公をはじめ、主要登場人物は冤罪で捕まりそうになるくらいで、肉体的には何ら危難に晒されず、緊張感が薄い。怪物による殺戮の描写はさすがにお手の物ながら、そこだけ突出したリアルになっていて浮いてしまっている。また怪物そのものも某映画に登場する題名と同じ某怪物そのまま、というのもちと辛い。

自衛隊も戦車も戦闘機も登場しないし、本作は怪獣小説とは呼べまい。一種の生物ホラー小説として読まれるべき本。しかし。このセンスのない題名は出版時に何とかならんかったんかな。


00/02/05
山田風太郎「忍法女郎屋戦争」(角川文庫'81)

特に女性が絡む忍法帖の短編を集成した巻。'64年より'71年にかけ、『問題小説』等に掲載された作品。『忍法女郎屋戦争』は「女郎屋戦争」、『忍法瞳録』は「盲忍」、『忍法阿呆宮』は「大奥阿呆宮」、『妻の忍法帖』は「奥様は忍者」がそれぞれ原題。

田沼意次の息子、意友は吉原の隆盛を見るにつけ、官営の女郎街を設立することを思い立ち、伊賀忍者にその準備を命じる『忍法女郎屋戦争』
忍びの掟に縛られる服部家頭領の末の弟は、忍法修行に飽いて女遊びにうつつを抜かすが、頭領の義理の父の氏を契機に『忍者服部半蔵』
人間の瞳の中に画像や動画を取り込む忍術を使う男。お庭番らは彼に脅威を感じ除こうとするが、彼は赤子を残して自害『忍法瞳録』
忍法肉太鼓は共鳴現象を利用し女性を孕みやすくする術。将軍の愛妾に用いて嗣子の懐胎に成功するも時勢が逆転し……『忍法肉太鼓』
忍者を監視する目付役。彼は惚れた娘の一言より自らの苦楽を断つ特訓をし会得するも、彼女は大奥に入ってしまう『忍法阿呆宮』
会津松平の殿に押しつけられた将軍家の娘は醜女。若殿は彼女の輿入れより九ヶ月関係がもてず遂に陰萎に陥る『忍法花盗人』
伊賀一族の娘と強引に一緒になった男は、妻に不満はなくとも浮気の虫が騒ぐ。しかし彼も既に伊賀の一族として扱われる『妻の忍法帖』以上七編。

男と女の喜劇と悲劇。殿様も忍者も大奥も、所詮は男と女
忍法帖全般にて描かれる、風太郎忍法。(酷似しているものはあると思うが)風太郎自身、一度登場させた忍法は、二度と使わない、という制約を課しつつ作品を書いていたという。通常の忍者のイメージ通り、敵を倒すための超絶殺法が中心ではあるが、人を惑わす変身の術、人の命を守る延命の術なども登場する。そして、もう一種類、よく登場するのは、男女の関係を変化させる忍術
例えば、どんな女性(男性)をも惚れさせる忍術。対象を性欲の虜にして廃人化させる忍術、思うがままに自分以外の男と女を交合させる術。考えるに面白いようでいて、その実、対象者にとっては恐怖極まりない忍法。これらを使う、使われる人物を主人公に据えた作品が本作の中心である。果たして、このような人工的な働きかけが男女間に成された場合、どんな結末が待ち受けているのか。長編では一つの駒として扱われがちな、彼、彼女が抱える懊悩が短編では如実に浮かび上がり、忍法帖独特の寂寥感の単なる背景から、明快な主題へと昇華する。
男と女の喜劇的、そして悲劇的関係。忍者であろうと、殿様であろうと、侍、町人であろうと皆、惚れた女の前では只の男。そしてくノ一、姫君、娘、人妻も惚れた男の前では只の女。その事実を忍法帖という形式の中で面白おかしく、そして一抹の哀しさと共に、風太郎は描いている。

本書そのものは絶版、かつ入手困難。この男女関係の面白みと哀しさは、入手された短編集の相当作品ででも堪能して下さい。


00/02/04
井上夢人「パワー・オフ」(集英社'96)

井上夢人名義の三作目の長編で、'94年から翌年にかけて『小説すばる』誌に連載されていた作品。既に集英社文庫版も出ており、入手は容易なはず。

JAM−NETという大手パソコン通信メーカーからダウンロードされた定番フリーソフトが発生源となり<おきのどくさまウィルス>と呼ばれる強力なコンピュータ・ウィルスが蔓り始めた。ハードやソフトは破壊されず、単に画面に<おきのどくさま>と表示されるだけのもので、実害はなかったが、既存のワクチン・ソフトが全く効かないウィルスに関係者は頭を悩ます。どうやら犯人は、JAM−NETのシスオペのIDを盗んで、内部のソフトにウィルスを植え付けたらしい。実習中の工業高校生が、この<おきのどくさまウィルス>が引き起こした事故で怪我をするにあたり、この現象は社会でも注目される。そんな折り、今までアダルト系のソフトを作っていた弱小メーカー、ファインソフトが、<おきのどくさまウィルス>を駆除出来るスローターの予約発売を開始した。開発〜製品化期間が短すぎることに疑問を感じるJAM−NETスタッフ。そしてこのソフトの裏側には天才プログラマー、室伏大輔の存在があった。

虚実ない交ぜのネットワーク世界。道具はいつしか人間を振り回す
本書が執筆されたのは、約五年ほど前になるのか。情報通信関連に関しては、ハード、ソフト共に当時からは激しい勢いで進化を遂げた。パソコン通信はインターネットに姿を変え、OSをユーザーはほとんど気にせず、PCを自由に使える時代。パソコン通信は現在でも多くの愛好者を抱えているし、仮に知らなくても、時代がインターネットに移行したことにより、身近な脅威として認識されるようになったもの……。そうパソコンウィルス
本作はそれに<A−LIFE>と呼ばれる人口生命(進化するプログラム)が加わり、予想を超える展開に……。本作には物語の語り手や、旗振り役の人物が数名登場するものの、実質的に物語を動かし、支配しているのはこのプログラムに他ならない。
それでいて、恐らく世の中に対する警鐘だとか、人々に対する啓示だとか、そんな意味合いはこの作品にはない。誰も書いていない、面白い題材を井上氏が取り上げて、物語を紡いだ……それだけの筈なのに。軽く書かれているようでいて妙にリアルな登場人物と、深い洞察による物語世界は、不思議と読む者を不安な気持ちにさせる。本能的にこの物語が、「現実」をほんの一歩、いや現在なら半歩だけ進んでいることを感じさせられるから、か。予言――と井上氏の作品についてよく言われる。「現実」は井上作品を追い、追い付いた時「現実」はまるで井上作品そのままの形に発現する。本書の半分は既に現実。残りの半分は、いつか追い付くことになるのだろうか。

この評を見ている貴方!モニタを通してこの文章を読んでいる貴方! 普段PCに触らない人々よりも貴方は余計にこの作品を楽しめ、そしてより多くの不安を感じ取れるはず。『パワー・オフ』は貴方のためのエンタテインメント小説、なのです。


00/02/03
津原泰水(監修)「エロティシズム12幻想」(エニックス'00)

『十二宮12幻想』と同時に発売された「エロティシズム」をテーマにしたアンソロジー。新本格推理作家、ヤングアダルト系の作家などの作家十二名を起用。「新官能」という言葉は果たして定着するのか。

定型的な分類で豊かなエロティシズムを縊りつけることに抵抗は覚えつつもこのような紹介をしたくなる。決してイメージは限定して欲しくない……のだが。
牧野修   『インキュバス言語』扇動的エロ週刊的誌言語によって破滅再生する世界を描く言葉嬲り系。
有栖川有栖『恋人』小学生の女の子にどうしようもなく惹かれた自分を回想するロリータ&フェチ系。
菅浩江   『和服継承』淫乱な親戚に興味を持った女の子が成長して独白する自慰&発見系。
我孫子武丸『ドールハウスの情景』SF設定の誰とでも実行可能のバーチャルSEXを描いた援交&中年妄想系。
皆川ゆか 『荒野の基督』痴漢されるコギャルを目撃した男が辿る数奇な出来事。ガングロ&倒錯系。
新津きよみ『サンルーム』自宅改装に来た若い職人の肉体に惹かれていく人妻。不倫&人妻系。
南智子  『FLUSH(水洗装置)』現実と妄想の狭間で自分の嗜好に堕ちていくOL。女性攻め&男性受け系。
竹本健治 『非時の香の木の実』時間をリセットする力で憧れの年上女性を狙う少年。お姉さま&鬼畜系。
津原泰水 『アルバトロス』戦時中のファンタジック世界で繰り広げられる姉と弟の甘美な時間。未熟&何でもあり系。
森奈津子 『翼人たち』同性愛者の世界では翼が見えると教えられたOLは夢を見る。心理&レズビアン系。
作者不詳/北原尚彦 訳『活人画』中世の見せ物小屋から金で女優を連れ出した貴族は。口説き燃え&屍姦系。
京極夏彦 『鬼交』体の自由の利かない状態で寝ている私の上を何者かが通り過ぎていく。妄想&厭系。

エロティシズムは相手を求め、満たされて個に帰る
いわゆる通常のエロティック小説オムニバスではない。あくまでエロティシズムを孕みながら展開する幻想小説で、個々の性愛小説プロパーではない作家達による実験的、そして多分に告白的意味合いの強いアンソロジー。作品それぞれ自ら決めた趣向に乗っ取り、丁寧に考えられた跡が窺える。幻想風味とは別に「エロ」という言葉の世俗的な意味での「感じる」「感じない」を問われれば、それぞれの作家がハードルを課したのでは、と思える程、充分実用に足る作品が揃った。――但し、読者一人一人の個人差が如実に顕れるポイントでもある。
通読して感じたのは「エロティシズム」を主題に、かつ事前にテーマを振り分けたりしていないだろうにも関わらず、十二人の作者の表現する「イメージ」が見事なまでに異なる点だ。その「イメージ」の中には、今更「知らない世界を知った」とまでは言わないものの、改めて活字にされ、再確認することでまた発見がある。即物的かつ典型的なエロが氾濫している現在に送られるメッセージ。世間では、性の世界でのマイノリティを即、変態扱いしがちだが、実際に人が興奮を感じるポイントは「自分が一般人」だと思っている人同士を付き合わせても絶対に個々で異なるはず。この取り上げられた「イメージ」の差が端的にそれを証明しているとは言えまいか。
ただ一つ、これらを読んで共通していると感じたのが、あくまでエロティシズムは個の持つイメージであるということ。エロティシズムは基本的に対象があって初めて成り立つ行為であり、常にその欲望にマッチした相手を人は求めている。それでいて精神的にも肉体的にもエロティシズム的興奮が充足され行き着くところは、あくまで個人レベルであるという事実。いくら相手を満足させても溶け合っても、人間である限りその欲望は個人に還ってきて初めてその終着点に落ち着く。
発想に優れた作品、描写が見事な作品、世界構築が秀逸な作品。長所が多々あり、比べて一作は選べない。そしてもっとも「感じた作品」は別の意味で発表しにくい。それは、私の性向を告白することにもなるから。

幻想小説界の新しいジャンルを拓くきっかけになり得る作品集。脳味噌と、もう一ヶ所別の心の(身体の)一部を、誰でも「どの作品か」で揺さぶられることは間違いない。そしてそれは読者の性別年齢経験により、一人一人異なるはず。定型化された単一作品では成し得ない「多種類」にて初めてアピールする魅力をアンソロジーの形で最大に引き出したことに注目したい。


00/02/02
夢野久作「超人髭野博士」(春陽文庫探偵CLUB'95)

作者没後、'36年(昭和十一年)に春陽文庫より刊行された作品の復刻。表題作は『犬神博士』の続編にあたる。作品は『講談雑誌』『新青年』等に'34年より'36年に掲載されたもの。

超人的に優秀な頭脳と強靱な体力を誇り人情味溢れる心とユーモアを持つルンペン、髭野博士の波瀾万丈の半生が描かれる『超人髭野博士』
吝嗇な夫婦の白痴の娘の元に養子に入った男。夫婦がある晩殺され、容疑者は養子だったが凶器がどうしても見つからない『巡査辞職』
心臓の病気で余命が二週間しかないと宣告された男。彼は亡くなった父親を陥れた叔父に復讐するため急遽、上京する『冥土行進曲』
迷宮入りとなりかかっていた金貸し撲殺事件。この事件を解く鍵となったのは一人の近眼の芸者だった『近眼芸者と迷宮事件』以上四作品。

哀愁とともに漂う不思議な浪漫。芯の強い人物が「人間」を魅せる
たびたび一人称で世界を語る形式が取られること、そして語り手に、世間的の常識外れだったり狂人だったり社会的弱者を据えること。これらの手法を用いることで、登場人物の人間性、当時の社会の矛盾などを力強く浮き彫りにする―――。夢野作品の分析においてよく語られる。そして既に「定説」と言ってもいい分析である。私もこの見方は肯定するし、もちろん、本作でもその手法は(少なくともその一部は)活かされていると思う。
ただ、この作品集に収録された『超人……』『冥土……』限って言うならば、私はその手法から得られる印象もさることながら、執筆された「昭和初期」に独特に漂う日本人の精神と、浪漫の味わいを強く感じた。戦争前の日本。国民はそれぞれ自信に満ち、覇気に溢れている。どんな生活、どんな階層で暮らしている人であっても、気宇壮大、常に上を見ながら生活を送っているのだ。勿論、久作は寒村を描いたり、社会的弱者を描いたりと、九州で生まれ育った作家ならではの反骨、告発の精神も忘れてはいない。それでも、物語を引っ張る人物の闊達さと、彼らが生きる舞台に満ちた浪漫が物語全体を覆っている点は見逃せない。どんな境遇にあっても、貧しくても富んでいても、人間としての筋がぴりりと一本通っている登場人物たち。彼らにはそれぞれ、ハッピーエンドあり、挫折あり、悲惨な結末もある。それでも常に胸を張って前を向いている彼らの生き方は、夢野作品ならではの独特の美学に基づく浪漫を身を以て体現している
『巡査……』『近眼……』は探偵趣味が勝っているので、この解釈ではちょっと違うかもしれない。
印象に残るのはやはり表題作『超人髭野博士』。まさに『犬神博士』との対。主人公のタイプを違えて生き様は似せられている。まさに交わりそうで決して交わらない並列な物語ながら、こちらの方が人物が年齢と共に出来上がっている分、確信犯的、刹那的、そして過剰ゆえのおかしさで上回っている感。

春陽文庫探偵CLUB全作品レビューは宮澤さんが既に行っていますが、いつになるか分からないながら、私も全て読み尽くす所存です。春陽文庫の持つ資産というのは、本当に底知れません。


00/02/01
二階堂黎人「人狼城の恐怖 (第一部ドイツ編 第二部フランス編 第三部探偵編 第四部完結編)」(講談社ノベルス'96〜98)

現在のところ「世界最長の本格推理小説」であり、その名に恥じない内容を誇る。二階堂氏のシリーズ探偵、二階堂蘭子ものの第五長編にあたる。

ドイツ、フランス国境近くの山奥。この僻地には人狼の伝説を持つ双子の城が聳え建っていた。国境となる大渓谷を挟み、ドイツ側に「銀の狼城」フランス側に「青の狼城」。……1970年、ドイツの製薬会社が性別年齢職業の異なる10名の客を「銀の狼城」に招待。到着した彼らは何者かに城に閉じこめられ、不可能状態の中で次々と謎の死を遂げていく。そして最後の一人も……。一方、同時期フランスでは「アルザス独立サロン」メンバーがパトロンの伯爵との面会を求め「青の狼城」に出発する。メンバーにはナチスが残した「星気体兵団」の謎の亡霊を追う男達も加わっていた。彼らも同様に城に閉じこめられ、次々と謎の死を遂げる。……数ヶ月の後、日本の二階堂蘭子は新聞でこの事件を知り、引き寄せられるかのように欧州に旅立った。事件を調べる蘭子らに対し、強大な魔の手が伸びる。

その長さはもちろん「質」が途轍もなく素晴らしい世界最長の傑作本格探偵小説
まず長さについて。二階堂作品の長編は一作一作が、重厚である……にしても本書の長さは半端じゃない。客観的に膨大なテキスト。ただ読んで感じたのは「それでいて無駄が非常に少ない」点。推理小説の常として、脇役による迷推理や決めつけ、類推などは多数あるものの、物語の展開としての必然性があるものだし、個々の事物の描写も読者の良く知らない場所を舞台にしていることを勘案すれば、イメージを喚起させるのため必要となる分量分が提供されているのみ。無駄なエピソードや意味のない文章がない。つまり本作、水増しなし。ぎっしり詰まった探偵小説なのだ。
そして中身。これはドイツ編半ばにて確信した。想像を遙かに凌駕する濃さが込められている。 オカルティックな中世の人狼伝説から始まり、ハーメルンの笛吹き男の話。招待旅行に出掛ける一行を少しずつ覆う影。双子の城館からは、ゴシックホラーの如き不気味さが漂い始め、最初の犠牲者、次の犠牲者と進むに連れ、不可能不可思議オカルティック現象が、これでもか、とばかりに数多く提出される。ホントに解決が付けられるのか?と思わされる完璧な密室、消える犯人、完璧なアリバイ。読者は解決を求め物語を一気に進めたくなる……ところが待っているのはフランス編。こちらも不可能不可思議オカルティック現象が、ドイツ編とはまた違った味わいの形で供出される。
恐らく本作において、二階堂氏はいくつもの謎を構想段階で準備し、伏線を丁寧に貼りながら物語を作っていったのだと思う。四分冊のこれらが少しずつ時期をあけ、執筆が完了した順に出版されたことからも分かる。でありながら出来上がった作品は、不思議なことに並列というよりも見事なまでの重層構造なのだ。個々の密室殺人他の事件の構造の謎があり、次にその事件の犯人の謎があり、犯人の動機の謎があり、更に背後に存在する影の謎がある。個々の謎が解けても解けても、次から次に新しい謎の壁が読者の前に立ちはだかっている。何重にも包まれた謎。それはこの長大な物語にこそ相応しい。この作品構造が、何よりも本作の最も大きな価値となっているように感じる。

四冊を揃えながら、その「長さ」が壁となり読み始めるのに躊躇した。ところが最初の数十ページであっという間に物語の虜。ゴシック様式の舞台が自然と存在する世界を擁していることもあり、純粋の「これぞ探偵小説」的気分にじっくりと浸ることが出来た。四冊続けて一気に読んだことが多分正解。大量の謎が解かれぬまま、手の中で続巻を待つ、というのはここまで来ると苦痛だったに違いないから。