MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)− 


00/03/31
都筑道夫「退職刑事3」(徳間文庫'85)

都筑氏の代表的シリーズの一つであり、国産では最も有名な安楽椅子探偵かもしれない。

電話ボックスの中に銃殺死体。しかしボックスの壁には全く弾丸が貫通した跡がない『大魔術の死体』
自室で絞殺されていた女性に被せられた般若の面。自首した犯人は覚えがないという『仮面の死体』
お尻を剥き出しに歩いていた女性の亭主の人形師が刺殺死体に。多数の容疑者が事件に関わる『人形の死体』
公園で早朝に発見された死体。しかし死亡推定時刻以降に様々な場所で死体は目撃されていた『散歩する死体』
刺されて家に帰ってきた亭主は『雨がふっていたらなあ』と家族に言い残して死んだ『乾いた死体』
殺された男は強請の常習犯。彼は独自の言い回しで内容を暗号化したメモを残していた『筆まめな死体』
切手を額に貼り付けて死んでいた女性。仲間の推理小説ファンはダイイングメッセージだという『料金不足の死体』、以上『……死体』尽くしの七篇。

じっくり考えれば、ココにしか落とせない、という着地点
退職刑事シリーズも三冊目となると、多少パターンの固定化が鼻につき始める。それでも、あくまで徹底的に安楽椅子探偵にこだわり、提示される奇妙な謎を、伝聞と想像力とを駆使して、事件を解決に導くロジカルな展開も合わせて堅持されている。この辺り、単に飽きて「もうこのパターンはいいや」となる人と「まだまだこんなにロジカルな展開が!」と常に新鮮に楽しめる人とで、評価がくっきり分かれよう。
かく言う私は、息子の現職の刑事の話を聞きながら、退職刑事と共に自分も推理を行う読み方。作品の半数については滅茶苦茶に楽しんでしまった。(もう半分は、ちょっと推理をしようにも牽強付会が過ぎるような……特に暗号ものの『筆まめ』は展開を追う分には面白いものの、推理はちょっと無理、これは)的中率は……っと、ゼロではない、と辛うじて言える程度だけれど。少なくとも退職刑事は、文中に示された手掛かりで「謎」を解決する訳で、読者も対抗出来うるはず。しかし、答えられないのは博覧強記の都筑センセイの分身たる退職刑事が、想像力と知識を絡めて推理に応用するから、かも。このシリーズそのものについて思うところもありますが、それは次作以降に。

ちなみに、退職刑事シリーズはこの後も『健在なり』『4』『5』と続いている。私は最後まで読み通します(予定)。ただ一般的には、やはり都筑道夫の「論理のアクロバティック」の実践たる最初の一作『退職刑事』を押さえて好みを確認して頂きたいところです。


00/03/30
山田風太郎「外道忍法帖」(角川文庫'80)

'61年より翌年にかけ、『週刊新潮』誌に連載されていた作品で忍法帖長編では比較的初期作にあたる。最近では、講談社ノベルススペシャルに所収された。

天正十年、四人の少年切支丹がローマに派遣された。彼らは首尾良く法皇と謁見、百万エクーの金貨を賜る。ところが帰国してみれば既にキリスト教は御禁制。彼らは死んだり転んだりとキリスト教から離れ、最後に残されたジュリアン中浦も、金貨を十五人の童女に託してこの世を去った。十数年の時が流れ、江戸切支丹屋敷には次々と二十歳前後の切支丹娘が運び込まれていた。拷問を加えるのは沢野忠庵、元はフェレイラという宣教師。彼は執拗にその秘密を探らんとし、遂に一人の娘が童貞女十五人のうちの一人であることを知るが、彼女の術にかかって絶命する。幕府は切支丹の妖術を使う十五人の娘を探索させる為、十五人の伊賀忍者を長崎に派遣する。一方このことを知った由比正雪も十五人の甲賀忍者を長崎に。三つどもえの血で血を洗う攻防が開始された。

甲賀15名+伊賀15名+切支丹15名。総計45人の忍者対決
忍法帖長編では、最大級の忍者数を誇る作品。四十五名を数える忍者全てに名前があり、またそれぞれが独自の忍法を持つ。(本作だけで山田氏は四十五の超絶忍法を考えたということ!)それでいて長編ながら文庫版で300ページほどと全量がそれほど多くないため、主人公格の一部を除けば、一人一人の描写量が残念なほど少ない。また戦闘も個々は鮮烈で激しいながら、これもあっさり。切支丹童貞女が一人一人持つ「鈴」は下腹部に埋め込められており、それを取り出そうとするのだから、どうしても血まみれの残虐なシーンも多くなる。実際は戦いの迫力が勝るため、それほど印象が悪いわけではないのだが。正直、十五人引いて、三十人でも物語は充分成り立つようにも思うのだけれど、それで面白さが損なわれているか、というと全くそんなことはない。
いくつかのポイントをしっかり風太郎が押さえているから、かと思う。まず、登場する伽羅という遊女の強烈な印象。遊女という立場にありながら、天真爛漫、美女でかつ妖艶、さらに笑顔。彼女が物語の大半に登場し、殺伐な雰囲気を緩和している。また、十五の鈴に込められた謎。一つ一つの鈴には漢字が一文字書かれており、最終的に宝はどこにあるかの暗号的興味がそそられる。そして、当時の長崎の鮮やかなる風俗。国内にある異国的雰囲気を満喫させてくれる上、この土地が選ばれた必然的理由を最後の数行で明らかにする手腕は見事としか言いようがない。
一人一人の忍者の名前も忍法も覚えられないが、その分、他のところを贅沢に仕上げている感が残る。

文庫版の解説者は「本作がベスト」だそうだが、それほど高い評価はさすがに与えられない。それでも、忍法帖的エッセンスとサービス精神が過剰に詰まった上で、また別の不思議な余韻を残してくれる。


00/03/29
陳 舜臣「弓の部屋」(講談社文庫'81)

'61年『枯草の根』でデビューした筆者が、その翌年に書き下ろした作品。でありながら第三長編にあたる脅威的な執筆ペース。当初の題名は『異人館』の予定だったという。

貿易会社に勤務するビジネスガール、桐村道子。父を戦争で亡くし、母も小学生の時に病死した彼女は画家である叔父に厄介になっていたが、あまりの放任主義に彼女は一時期不良少女として過ごしていた。そんな彼女も自ら更正、縁談を持ち込まれるに至っていた。相手は建築学専攻の助教授、渋沢。彼の生真面目さに徐々に惹かれていく道子。そんな折、道子は勤め先の支配人が住む異人館に、生田神社の花火大会を見物する為に、彼女を含め八名の人間が招かれる。欧風の作りのその部屋は半円形にベランダが張り出し「弓の部屋」と呼ばれていた。テーブルを囲んで暗闇で花火鑑賞をしていたところ、出席者の男性が毒殺される。犯人はその部屋に居た人間に絞られるのだが……。

若い女性の心の揺らぎが、鮮やかに描かれた感動ミステリ
多少の時代性、古臭さはある。昭和三十年代初期。色々な習慣や人の考え方、貞操観念などなど、年寄りはもちろん若者であっても戦前から営々と続く日本人の頑固な常識を引きずっている。本書を楽しむためには、現代の日本と三十年以上前の物語舞台としての日本との、道徳観念の差を最低限念頭に置く必要があるだろう。ある程度、この時代の小説に親しまれている人でなければ、本書の解決部分に現れる感動は、逆に陳腐にさえ感じられてしまうかもしれない。
進行役を務める主人公女性の一人称視点。これが効果的に物語を組み立てている。不幸な境遇に居た時分、幸せになりつつある時分と、彼女の回想がそのまま伏線になっている点に注目したい。溌剌としながらもどこか弱く、強くありながら優しい。本作の解決部分の感動は、彼女のキャラクタを意識的に引き出し、読者の共感を導くことで成り立っていると言える。また、動機に当たる部分は、現代日本で最近問題となっているある病巣を、既にこの時期にえぐり出しているというところも興味深い。

当時の良き神戸の面影がそこかしこに描写され、風俗的な意味合いを越えて、何か懐かしいものを感じました。まぁ私が元は神戸の人間だからかもしれません。残念ながら、この本も現在は陳さんの入手困難作の一つです。


00/03/28
小池真理子「水無月の墓」(新潮社'96)

インタビュー本『ホラーを書く!』に小池さんの傑作ホラー短編集と紹介があり手に取った。主に『小説新潮』誌に'93年から'95年にかけて掲載された短編を集めている。

子供の頃一人で風呂に入っていたら、死んだおばさんの足だけが見えたことが『足』
ぼんやりと生きてきた私の家に、主人と喧嘩した友人が子供を連れて訪れる『ぼんやり』
私は誰にどんなに嫌なことを言われても出来るだけ聞き流すようにしている『神かくし』
身体が弱く友人のいない私は、散歩道に住む一家と段々と仲良くなっていく『夜顔』
夜の仕事を終えると私は既に死んでいる夫を迎える為にいそいそと帰宅する『流山寺』
大雪に閉じ込められた別荘地管理のアルバイトの元に一本の電話が入る『深雪』
田舎に嫁いできた私は、良く知る知人宅に行くのに何故か道に迷う『私の居る場所』
事故で亡くした愛人との思い出の場所に、タクシーで迷ったせいで私は帰ってきた『水無月の墓』以上七篇。

ハレとケとの境界を踏み越える恐怖感……
本書を一読して思ったのは「葬式」だとか「身近な人の死」だとかが、さり気なく「日常」の中に挿入されていること。『墓地をみおろす家』でもそうだったが、小池さんのホラーにおいて日常を侵食するのは、ひたすら死の世界であるように思う。葬式であり、墓であり、通夜である。日本社会において「ハレ」に対する「ケ」の概念で括られるそれらは、普段から意識することはなくとも、人生で誰もが避け得ない。親や妻、恋人、友人と死に別れるということは、中年以上の年齢になれば、必ずいくつかは経験させられる。また万が一それらを避け得た人であっても、自らの寿命が尽きるときの死の運命だけは避けられない。
「死による別れ」「自らの死」この二つのどれかが、普段の変わらぬ日常に否応なしに入り込んで来るのが、小池ホラーの核心。そしてその入り込まれた境界に、独特の「異界」が創り出されている。「日常」に立脚して生きている(そう意識せずとも)人間が、気付くとその「異界」に足を踏み入れていることからくる現実・常識の崩壊。いや、むしろその中にいる間は実は恐怖ではない。そのことに気付く悲劇的な瞬間が本書の恐怖の中心か。

特殊な版型のハードカバーで出版された作品だが、昨年、新潮で文庫化されている。無理のない自然な形で日常に入り込んでくる異界。ホラー小説ならではの、ラストでの宙吊り感が堪らない。


00/03/27
甲賀三郎「犯罪發明者」(新潮文庫'33)

昭和八年発行の文庫。読んだのは昭和十四年の重版で、版数は何と四十四。当時の探偵小説人気が間接的に窺われる。当時の巻末目録では新潮文庫では他の甲賀作品として『姿なき怪盗』『幽靈犯人』『池水莊綺譚』と三冊刊行されていた。

『犯罪發明者』(中編)
二年の浪人生活の末、念願の新聞記者となった獅子内俊次は、世田谷に住む同窓の親友で判事の石部夫妻宅を訪れた。石部宅では先日、それまで実直に働いていた女中が、急に謎の失踪を遂げたという。その帰り道、夜更けの野原を突っ切ろうとしたところ、松澤村に行きたいという不審な男と獅子内は出会う。下宿に帰った獅子内に、編集長より「死刑囚の児玉が脱獄した」という連絡が入る。児玉は数年前に殺人の罪で逮捕されていたが、ずっと無実を主張していた男。獅子内は直感で、先ほど出会った男こそがその児玉ではないか、と考え、松澤村の精神病院を突撃取材する。
『焦げた聖書』(短編)
弁護士を生業としている私は、近所の渋谷道玄坂の骨董品の出店で、何気なしに革装の聖書を購入する。聖書は火事にでもあったのか、蒸されたように焼かれていたが、その中に袋が隠されており、中から一枚の紙片が出てきた。それは、ある事件の真犯人が無実の男の為に書いたと思しき告白書だった。焼け焦げて完全に判読出来ないその文章に、私は興味をそそられる。

次々と現れる正体不明の人物!獅子内俊次の活躍でミッシングリンクは埋まるのか!?
探偵小説というよりも、一種のハードボイルドとして読みたくなる。目に付くのは度を超した御都合主義。名前の挙がる関係者が必ずどこかで繋がって、名前を変え、姿を変えて再登場していく様は、「おいおい、そんなのあり?」というレベル。しかし、これはサービス精神旺盛の甲賀三郎作品においてある意味、必然のこと。獅子内の前に現れる、様々な人物。野原を彷徨する謎の老人。何かを握っているらしい精神病の美女。獅子内に贈り物を届ける顔に痣のある女。第六感の固まり、行き当たりばったりに捜査兼取材を続ける獅子内の行く先には、ころころと死体が転がっており、その嫌疑が掛けられて警察のご厄介になってしまうし、すぐに絶体絶命のピンチに陥ってしまう。と、何とか脱出しては、再びピンチ……と、基本的にこのパターンなのだが、あれよあれよと引き込まれていくのは、当時、乱歩と人気を二分していた通俗の王様たる、甲賀の真骨頂。なんたって、敵は「犯罪発明者」なのだ。全く裏付けのない「○○○」が使われているのは狡いけれど、「発明」されたのでは仕方がない。ただ、不思議なことに、堂堂巡りしているようで獅子内は、段々と真相に迫って行っているではないか。解決部分はあっけないが、罠に引っかかる意外な犯人は面白い。
……まぁ、科学的捜査が成り立っている時代ならば、全く応用の利かないトリックではあるのだけれど。
短編の『焦げた聖書』も印象は似たりよったり。でもそれはそれ。千変万化の甲賀ワールドを堪能出来ました。

KIYOKA-CHANよりお借りしました。最近の国書や春陽堂の甲賀の復刻作品集の中には両編とも含まれていないので、普通は読めません。獅子内ものの長編では最大の入手困難作品らしいです(他の作品も大概苦労しますが)。こんなものレビューしてどうするのだ、という気もしますが、逆にネット上でただ一つというのも価値があると思いますので。ああ、そうそう。どなたか『乳のない女』『姿なき怪盗』春陽文庫、ダブっていたら譲って下さい。


00/03/26
山尾悠子「オットーと魔術師」(集英社コバルト文庫'80)

'75年に20歳でデビュー、以降数年間のみ作品を発表し、'82年以来ほぼ創作が途絶えていた作家、山尾悠子。最近でもカルト的な人気を誇る彼女、嬉しいことに復活の兆しが見え始めているようだ。本書はコバルトでお解りのようにジュヴナイルの短編集。

オットーの猫が病気になった。オットーは魔術師に猫を看て貰いに出掛ける『オットーと魔術師』
人形師の造ったアンドロイドの六歳の女の子に科学者は熱烈な恋をする『チョコレート人形』
この世にただ一人の堕天使は、生活の為にマネージャーの指示の元アルバイトに励む『堕天使』
死んでしまい霊界に住む人々のリクエストにより、限られた時間彼らの会いたいこちらの世界の人間に引き合わせる”ビジネス”をするタキ氏。ダークスーツを着こなし、常に完璧な仕事をする彼の手がけた四つの物語『初夏ものがたり』(『初夏ものがたり』内に四つの短編が含まれるので厳密には七編所収)

子供向けを遙かに越えたハードなファンタジー
コバルト文庫。……確かに描かれている舞台だけは、ジュヴナイルを意識されている点が明白である。魔法使い、アンドロイド人形、地上に堕ちた天使……。子供向けのファンタジーと言う点を考えれば、必要な要素なのかもしれない。しかし、これらの人物、道具を使用しながら、特徴のある硬質の文章によって紡がれる物語によって表現されるメッセージは、遙かなる高次に向かって放たれているように感じられる。
もちろん、子供相手であっても、人生のはかなさ、空しさや色々な愛の形、生きることの悦び等々、手抜きせずきちんとしたメッセージを送り出すのは、悪いことではない。しかし本書は、作者から発せられる溢れんばかりのメッセージ群の全てを子供が受け止めることは出来ないだろう、と危惧を覚える。結果的に、媒体はとにかく、子供用の舞台を借りた大人向けのファンタジーになってしまっている。
表題作をはじめとする三編の独立短編よりも『初夏ものがたり』として著された連作に個人的感銘を受けた。隙のない服装、行動にて霊界とこの世を一時的に繋ぐ”ビジネス”を進めるタキ氏の存在。日常の破壊者(そりゃ、死んだ人を呼び戻すのだから)であり、慈悲深い神として振る舞わねばならない彼は、慈悲と共に冷酷さを要求されている。再会を果たす死者と生者の悲喜こもごもは、もちろんドラマだが、常にその舞台裏として彼らに干渉せざるを得ないタキ氏に、言いようのない哀しみを感じる。彼は舞台を作ることは出来ても、それは決められたレールの上の仕事でしかない。彼らの幸せの為に最大限の努力を支払うにも関わらず、様々なクレームを受ける。その内面には語られない感情が渦巻いているだろうに、常に彼はクール。彼の姿には、社会を維持遂行する様々な立場の人間たちの姿が重なり、どうしようもなく胸が痛む。

山尾悠子作品の人気は現在高く、本書は古書としてコバルト文庫の「キキメ」の一つである。かくいう私も良知さんより運良く譲って頂いたので読むことが出来た。小説家に年齢は関係ないとはいえ、二十歳そこそこで書かれた作品とは思えない。不思議な魅力あり。


00/03/25
若竹七海「スクランブル」(集英社'97)

'96年から翌年にかけ『小説すばる』誌に掲載されていた短編をまとめた作品集。但し大きな流れがあり、体裁としては連作短編集となっている。ちなみに題名は全て卵の調理方法。

中高一貫教育を売り物にした名門女子校、新国女子学院。その高等部に編入して来た生徒は、エレベーターで上がってきた生徒達から<アウター>と呼ばれ、何かと異端視されていた。彦坂夏見、五十嵐洋子、宇佐晴美、貝原マナミら<アウター>四人に持ち上がりの沢渡静子、飛鳥しのぶを加えた六人は、クラスの違いを越えて団結、休眠状態だった文芸部を乗っ取って何かにつけて集まって一緒に過ごしていた。カリキュラムの違いによる<アウター>向けの古典の補習授業中、一人の生徒が教室に飛び込んできた。学校のシャワー室で女性が殺されているというのだ……。
この殺人事件を中心に、女子校というある種閉鎖空間内部で発生する様々な事件を彼女らがそれぞれに推理する青春ミステリ。うまく行ったり行かなかったり。題名はそれぞれ『スクランブル』『ボイルド』『サニーサイド・アップ』『ココット』『フライド』『オムレット』。以上の六編。

青春の甘さと苦さと、そしてイタさが思い起こされる……
残念ながら(幸いなことに)私は、高校も大学も共学で過ごした男性なので、もしかすると取り上げられている女子校独特の雰囲気というものを100%理解出来ていないかもしれない。それでも学校という開放的で閉鎖された空間における独特のルールには反発したし、自分の居場所の模索もしていたし、振り返ってみれば赤面ものだが、大人の行動や考え方を模倣して悦に入っていた時期もある。人により「当時」は様々だろう。つい先日まで高校生だった人間もいれば、数十年前だった人間も読者にはいる。それでも、恐らくは皆にとって必ず心当たりのあるエピソードや、共感できる感覚が、スクランブルの登場人物たちの上に見出せる筈だ。青春ミステリとしての魅力の一つは何気ないそんなところにある。
六人いる登場人物の書き分けが今ひとつであるとか、ミステリ的な謎そのものが今一つ魅力的でないとか瑕疵もないわけではない。それでも、高校生が高校生の筋道でもって高校生にとっての「謎」を推理していく様は微笑ましく、時に痛い。青春ミステリに必ず取り上げられる「愛」とか「恋」とかの色気を女子校という舞台をもって排除し、友情や生き方という人間共通の悩みの部分と「謎」を絡ませた本作の印象は、妙に心の中に引っかかるものがある。取り留めのない事柄に真剣に取り組んでいた時期が、否応なく思い出さされるからか。もしかすると題名の裏には「卵」……つまりいずれ孵化する、という暗喩が込められているのかもしれない。

文芸部所属という彼女らが、当時読んでいる本。私の世代とはずれてはいるけれど若竹さんの好みだったのだろうか。色々小ネタが噛まされていて、その辺りも面白かった。いずれ文庫化されることは確実でしょうし、その時には見逃さないで下さい。


00/03/24
佐賀 潜(編)「ミステリー入門」(青春出版社プレイブックス'68)

寡聞にして存在は知らなかったのですが、弊サイト初オフで石井春生さんよりお祝いに頂いた本数冊のうちの一冊。読んでみたところ、凄かったです。大感謝。

副題は「−危ない穴に落ちないために−」とあるのだが、別に法律入門という訳でもなんでもなく、ミステリクイズに近い形の構成。佐賀氏自らの検事・弁護士の経験を通じ遭遇した事件を元ネタにした簡単な導入部分があり、下記各氏による「犯人当て」ないし、それに近い形式の短編ミステリがあって、更に各章のおまけに現実に即した法律クイズ&絵解きがついている。妙に凝った作りの割りに、佐賀氏の文章とクイズは時代性が顕著で古臭く詰まらない。しかし短編執筆者の豪華さが、充分にその不満を補ってくれる。
邦光史郎『ボサノバを殺せ!』女たらしの大統領が密室で殺される事件。
鮎川哲也『月形半平の死』漫画家がライバルの女性漫画家に殺される事件。
日影丈吉『お流れ茶会事件』茶会に招いた主人が何者かに殺された事件。
陳舜臣『三つのアリバイ』東南アジアの商社マンが痴情のもつれで殺される事件。
笹沢佐保『愚かなる殺人者』主人が妹と不倫していることに苦しむ妻が死亡する事件。
柳川明彦『鍵紛失事件の鍵』信用金庫の鍵が紛失し、責任者の信用問題となる事件。
菊村到『女たち』鍵を掛けたアパートに置いていたお金が紛失してしまう事件。
高原弘吉『旅へのいざない』奔放な女房の不倫相手から旦那が殺されかける事件。
樹下太郎『突然のプレゼント』三人の男性から三人の女性への贈り物が入れ替わる事件。
島田一男『執念の島』自殺した夫の事件の関係者を孤島に呼び寄せる妻。発生する事件。

「超」豪華な執筆陣による犯人当てが楽しめる贅沢な作品集
「ミステリクイズ」と題して編集されている本はこの世に数限りなく存在する。子供向けのミステリ入門本、F原S太郎氏らがよく編集する有名作品のトリック暴露本。中堅以下の無名作家による本書同様の犯人当てオリジナル本……等々、様々。しかし、これほどの著名な作家がクイズ向けに書き下ろした本は少ないのではないか。出版時期からすると「本格」不遇の時代にあたることは、もしかしたら遠因かもしれない。寄せられている作品は流石に玉石混淆ながら、そもそもの趣向のせいか遊び心に満ちていて、トリックに満足出来なくとも、物語として楽しい作品が多く見られた
個別には、やはり大家が大家なりの作品を寄せているし、作家ごとの特徴も出ている。鮎川『月形半平の死』など設定から展開までさすがと言うべき凝りようだし、短編ながら複雑な人間模様を重ね合わせる日影『お流れ茶会事件』も印象深い。笹沢『愚かなる殺人者』はお得意の「不倫の果て」もの、島田『執念の島』は汚職自殺という社会派に、物理トリックを絡めた作り。
――脱線。 高原『旅へのいざない』で思った。「社長・重役の娘の婿を狙う平サラリーマン」という主題は、昭和三十年代から四十年代にかけて多くみられ、最近でもたまに書く方がいる。分かり易い構図だけに作者にとり魅力的なのは分かるのだが、ホントにこんな結婚したがる人って、そういるものなのだろうか?当時は一つの会社に定年まで勤めるという常識があるにしろ、会社は定年までなのに、奥さんは一生。義理の父親に会社でも家庭でも監視されても出世したいものなの? 仮に実力があって出世しても、嫁さんの功となり、他の人からは陰口を囁かれるような生活。私しゃ絶対嫌ですね、そんなの。脱線終わり――。

面白くはありましたが、そうそう見掛ける本ではないでしょう。鮎川は短編は他で読めますが、日影短編はもしかしたら他で読めないかもしれません。分かりません。ちなみに推薦の辞(楽しい)は二人。一人は「頭の体操」で知られる多湖輝氏、そしてもう一人は俳優の天知茂氏。


00/03/23
藤木 稟「陰陽師 鬼一法眼 壱之巻」(カッパノベルス'00)

大作探偵小説、SFと立て続けに著して来た藤木さんの「陰陽師もの」の伝奇小説。題名通り、シリーズ作品の一巻目。

一一九七年、源頼朝が開闢し、北条政子が牛耳る幕府の都、鎌倉、由比ヶ浜。当時の娯楽イベントの一つである「処刑」を見物に、美人の女房、白菊を家に残して、村上兵衛はぶらぶらと出掛けた。浜には色々な見せ物や売り物が出て大賑わいの様相。一服しながら美人の白拍子を見物していた兵衛は、美形の婆沙羅者の男と醜い乞食の二人組を眼にする。処刑が開始され、人々がそちらに注目している時分、兵衛はその乞食から声を掛けられる。目の前の黒い石を動かして、鶴岡八幡宮へ連れていって欲しいというのだ。元は武士だという哀れな乞食に同情した兵衛は、思いの他に重い石を苦労しながら望み通りにしてやるが、実はその乞食、婆沙羅者に封印された化生の者であった。乞食は稚児へとその姿を変え、追ってきた婆沙羅者を嘲笑うかのように空中にその姿を消してしまう。事態を男に問いかける兵衛は記憶を消され、気付くと自分の家に舞い戻っていた。

藤木稟が本当に書きたくて書いた世界
陀吉尼の紡ぐ糸』以来、特殊なサブテーマ、巨大で不可解な謎、込み入った人間関係、横溢するペダントリーといった、大作探偵小説を立て続けに著してきた藤木さんであるが、本作は非ミステリの伝奇物語。しかも(現在流行している?)中世・鎌倉を舞台にした陰陽師もの。自ら創り上げたファンタジックワールドであるがゆえ、大胆な仮説も大胆な設定も全てがまかり通る世界。また、どんな不可解な現象に対しても、論理で割り切れる説明を加えなくても良い世界。(多少の説明はもちろん必要だが) このような舞台にて物語を展開出来るようになったことで、本当に伸び伸びと登場人物を動かしている印象がある。中心になるのは三人の美女を従え、病的な美しさと傲岸な態度と不思議な優しさを持ち、滅法強い主人公、鬼一法眼。京極夏彦、夢枕獏をはじめ、陰陽師を取り上げた先行作品が多数存在するだけに、読んでいるこちらにも最低限の予備知識があり、その分世界・人物・設定におけるオリジナリティはどれも正直には今ひとつのようにも感じる。その分、エンターテインメントに徹することで、作品バランスを取っている。(キャラ萌えの要素を私が感じた、ということはどこか登場人物が類型的であることの傍証かも?)まだ序章でしかない段階で、この点を云云するのも野暮であろうし、今後の展開を待ちながら評価して行きたいと感じる。

……と言いつつ、今後も読みたい!と強く思うか、というと正直それ程でもなかったりする。物語の謎がこの巻で有る程度見えてしまっており、それなりに満足してしまったから。語られていないことはあれども、それが謎でない限りあまり惹かれないのは、私がミステリ読みだからだろうか。


00/03/22
東野圭吾「悪意」(講談社ノベルス'00)

元本は'96年に双葉社より刊行された単行本。ノベルス版のカバーデザインを著者自身が手がけている。

一ヶ月前に再婚した妻とバンクーバーに移住する予定だった人気作家、日高邦彦が仕事場にて文鎮で殴られた上で、絞殺された。加賀は隣家と放し飼いの猫でトラブルがあり、また著書の『禁猟地』という作品内部で、実在の人物を使用したかどで関係者から訴えられていた。死体を発見したのは日高の友人で童話作家の野々口と、引っ越し準備の都合でホテルに宿泊していた妻。捜査にあたった刑事、加賀は、前職の教員時代に野々口と同じ学校で働いていたことがあった。加賀の推理により、あるトリックが見破られ、犯人は逮捕されるのだが、その犯人、動機については固く口を閉ざして語らない。加賀は事件の構図が見えたように思われた後も、真相を追求すべく様々な人物と会い、その事件の核心へと迫っていく。

東野圭吾の本格ミステリとしての代表作になり得る<裏>大傑作
デビュー以来、続々と話題作を送り出す東野氏は、リーダビリティの高い文章という大きな武器を持っている。また同時に、常に「ミステリ」そのものに対し様々な実験、新しい試みを繰り返し行って来ている。『秘密』は確かに面白いが、それ一冊では東野作品群の持つ真の凄さを理解出来ることはないだろう。
さて、本作。あまり話題に上っていない作品のように思う。しかし一読すれば、本作の内部にさりげなく凝らされた技巧の数々に驚かされることは間違いない。事件そのものは直線的でシンプル、シンプルを越えて単純と言っても良いくらい。しかし、この物語が、ひと度語られ始めた時、様々な形に姿を変え、読者は論理の幻惑の渦に叩き込まれていくのだ。
工夫された表現方法の実験性とその重層構造、テキストによる現実の侵食、読者どころか登場人物を嘲笑う恐るべきからくり、強烈な印象を残す根元的動機……シンプルな事件と裏腹に、作者が操るテキストのマジックは計算し尽くされた様々な色の輝きを発している。角度を変えることでその様相が変化していく様は、さながら万華鏡のよう。筋道を変えると見え方が変わる、これはまた本格ミステリの醍醐味の一つ。
作者自身の言葉に「殺人動機とは何なのだろうか。そのことを考えながら書いた」とあり、確かに殺人動機というものについての考察も突き刺さる深さがある。しかしその印象よりもやはり、テキストで作られた楼閣が美しく醜く崩壊していく部分に深く目を奪われる

映画化されたり、賞を取ったりという派手さは全くない。しかし読書を愛する深いミステリファンほど喜ぶ内容。(だから<裏>と付く) 多数ある氏の作品においても傑作の部類。間違いない。


00/03/21
泡坂妻夫「花嫁は二度眠る」(光文社文庫'89)

カッパノベルスにて'84年に刊行された同題の作品の文庫化。しかし本作も現ラインナップからは外されてしまっているので、古書にて探す必要あり。

山形県米沢の旧家で膨大な土地と紡績工場を持つ蘇芳家は、女当主のカナが全権を支配していた。その偏屈な性格と権力故、恨みを買うことの多かった彼女の喜寿の祝いの翌朝、鴨居に首を吊っているのが発見される。カナの首には二重に首を絞められた痕跡があり、夜中に殺された後、再び鴨居に吊されたらしいことが分かる。人の出入りが多い夜のことで、犯行は誰にでも可能であった反面、容疑者が絞りきれず、犯人が見つからないまま半年が経過した。カナが溺愛していた女の孫、貴詩は、色摩という男と婚約していたが、従兄弟にあたる富樫幹夫に同じ日に挙式をあげてくれるように頼む。腺病質な貴詩に何かと頼られていた幹夫は、自ら婚約者の夕輝子の承諾を得て、式場の仙台に向かうが、その日の朝、貴詩から電話がかかってきて、あることを頼まれる。

「技巧」と「情感」とを織り交ぜた旋律が奏でる哀しい調べ
いやはや。ひたすら。感心。
回想を取り混ぜて語られているせいで見落としがちだが、本作は主人公の結婚式の前日から当日までのたった二日間の物語である。その二日間に追想を効果的に使用しているとはいえ、複数の登場人物の背景から性格、地方の因習や強固な地縁、そしてもちろん不可思議な二つの事件まで織り込んだ上で、なんとも情感豊かな物語に仕上げてある。完全に計算された人物配置と彼ら各々の性格に基づく行動が織りなすハーモニーは、最初から最後まで、まるで交響楽の生演奏を聴いているかのように、読者の心の隅々まで染みわたり、その緊張感は演奏が終わるまで続く。 こんな贅沢な一時を小説を読むことで得てしまって良いのだろうか。
その全体の演奏が見事なだけに、個々のパートに手を抜いてあるか、というと全くそんなことはない。特に何気なく描かれている、東京−米沢の旅程の間に仕掛けられた様々な伏線が見事。犯人はぼんやりと想像出来てしまうかもしれないまでも、処理の仕方が上手いために結末の衝撃度は全く損なわれていない。叙述と物理と人間心理の三つのトリックを融合させ、結末の見せ方にも工夫を凝らし、ラストの余韻にじんわりと浸れる……これこそ、手品師、泡坂妻夫にしか書けない作品

ネタバレを交えずに本書の凄さを語るのは非常に難しい。それでも誰が読んでもその文章とトリックと結末の緻密さには目を見張るだろうことだけは断言しておきたい。