MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)− 


00/04/20
高原弘吉「日本滅亡殺人事件」(こだまブック'74)

第一回オール讀物推理小説新人賞受賞作家、高原氏のミステリとして比較的後期に執筆された作品(この後は官能推理主体となるという)。春陽文庫には収録されていない。

武蔵関近くの公園で記憶喪失となっていたところを発見され、精神科医の妻と名乗る女性に助けられた男。少しずつ記憶を取り戻した彼は「三鷹」というバスの行き先表示で自分の家を辛うじて思い出し、自分が『週刊太陽』という週刊誌の記者、桑野であることを取り戻す。落ち着くために知り合いの女子大生、恵美のアパートに転がり込んだ桑野は自らの昨夜の行動を反芻、友人の部屋を訪れた帰りに変死体を発見、110番通報をしたこと、その死体の脇に落ちていた封筒が、秘密パーティの招待状だったこと、そしてその男に成り代わり、記者魂でそのパーティに出席したことなどを、少しずつ思い出した。発見された変死体のポケットからマリファナが出てきたことから、武蔵関公園に戻った桑野は参考人として連行されるが、轢き逃げ事件だと分かり放免される。少しずつ部分的ながら記憶を取り戻しかけた桑野は、何者かにガス自殺を装って殺されかけ、精神科医の元に転がり込む。

世が世ならサイファイと分類されたかも。陰謀系サスペンス
冒頭、「記憶喪失テーマ」のミステリと思わせておきながら、着々とストーリーは変転を見せる。マリファナの秘密パーティと思わされたけちくさい秘密がどんどんと膨らみ、日本はおろか、世界を転覆させ得る大いなる陰謀が露わになっていく。「恐怖推理」と表紙に銘打ってあり、確かに物語の最終的な着地は謀略スリラー的な要素を多分に含む内容であった。ただ、秘密を追求していく過程や、実験の方法、必然性のないエロティカルな描写など細かいツッコミどころが多く見受けられ、主題の割りに「B級」という点は残念ながら脱出出来ていない。逆にその「B級」らしさを愛する方には堪らないに違いない。
二十五年以上前に執筆された事情を鑑みて不思議に思うのは、陳腐ではあっても古臭くないこと。超小型録音機や、車の位置追跡など想像力を駆使して書かれたであろうアイテムが、それほど形を違えず現在に実際に存在するからか。現実の延長から、徐々にSF的設定に近づいていく展開、サイファイ(と梅原克文氏が呼ぶ作品群)と非常に手法が酷似している。陰謀の背景に「過激派」が大きな役割を占めている点は御愛嬌。当時の世相が色濃く反映されており、ある時期に日本を覆っていた「思想」の姿が垣間見られた。
興味を引くという点では成功している題名。基本的に「着々と進行する日本(はおろか、世界)を転覆させるプロジェクト」=日本滅亡、「そのプロジェクトに絡んで次々と殺される人々」=殺人事件、が組み合わさって表記の題名になったのかと思われるのだが。センスの方はちょっと……。

古書的な価値は「?」のため、逆に入手し辛い作品かと思われます。もちろん無理に読む必要はありません。本書はBOOK OFFにて百円で見つけたものが署名入りでしたのでワタクシ的血風。(もちろん知らない誰か宛の為書き付きでしたけれど)


00/04/19
倉阪鬼一郎「ブラッド」(集英社'00)

「集英社の長編エンターテインメント」というシリーズの一冊として書き下ろされた作品。著者初のサイン会(2000/04/14、於 神田三省堂本店)は本書の発売を記念して行われた。

ファミリーレストランでウェイトレスの女性が、家族連れをフォークで滅多刺しにして殺害した。喫茶店で大学生が、食事をしていた女性の額をフォークで突き刺した。マンションで女性が、恋人を殺して投身自殺を遂げた。その女性が乗車していたタクシーは大きな交通事故を起こし、運転手は死亡した。全ての事件は、新興アミューズメント施設のファンタスティック・シティMの近辺で発生。その事を訝しんだルポライターは事件を調べるうちに、恐怖でひきつれた表情の女性の死体を発見し、自らも心臓麻痺で命を喪った。ルポライターの恋人は事件のことを図書館で調べている最中に死んだ。捜査にあたった刑事は事件の生き残りが、皆一様に謎の童謡を歌っていることに気付いたものの、彼らに接点を見出すことが出来ないまま、出席した同窓会の席上で、短銃を乱射、四人を殺害して自らも自殺した。まだまだたくさん死ぬ。

大量の「死」を通じて描かれる新しい世界……
古典的な小咄に「人類を死滅させてしまったら、悪魔は失業する」というものがある。ふと、そんなことを思い出した。序盤から徹底的に登場人物が死んでいく。殺されていく。作者により名前を付加された人物は、その人格や背景を露わにする暇もなく「謎の童謡」「謎の古書」に魅入られ、死んでいく。次々と物語に登場する人物達は、実に「死ぬため」にわざわざ舞台に登場するに過ぎない。記号化した登場人物に、記号化された死。物語がスピードを上げるに従い作品世界は「死」の色に塗りつぶされ、薄められていく一つ一つの死からは、特権的な意味合いが剥奪されていく。世界は「死」に染まる。大量の「死」と共に「物語」としての本作は崩壊を開始する。その代わりに徐々に浮き出てくる恐ろしく妖しい「世界」
物語の最初から最後まで登場する狂言回しが存在しない物語。強いて挙げるとするならば、それは謎の童謡であり、断片的に語られる「邪悪」な存在そのもの。その存在に対して感情移入することは不可能。読者は「ブラッド」の世界、倉阪鬼一郎が神として君臨する世界を傍観するしかない。行き着く果て……究極のクラサカワールドとでも呼べば良いのだろうか。その世界の形を知りたいがため、読者はひたすらにページを捲る。
「人類を死滅させても、悪魔は失業しない」「悪魔が神になれば、新たな人類を生み出すことが出来るから」

倉阪氏が紡ぎ出す、独特の作品世界(クラサカワールド)は、読者を選ぶ。恐るべき勢いで異界へと変質していく現実に、貴方は果たしてついていけるだろうか。


00/04/18
日影丈吉「一丁倫敦殺人事件」(徳間ノベルス'81)

狐の鶏』で日本探偵作家クラブ賞を受賞、既にこの時期、巨匠の風格を備える日影氏が、『殺人者国会へ行く』以来久々に書き下ろした比較的後年の長編。

推理小説作家の「私」は作品のネタを漁るために新聞を調べていたところ、十数年前、煉瓦造りの街並みが並ぶことから”一丁ロンドン”と呼ばれていた丸の内で発生した奇妙な事件に目を惹かれる。取り壊しの進む煉瓦街の洋館の中庭で、薬物を注射されて一人の男が死亡していたという。被害者は医師で、奇妙なことに死後、頭に五寸釘が打ち込まれていた。当時、警察は自殺と断定していたが「私」は当時を知る関係者に事情を聞いて廻る。その結果、事件の発生したと覚しき深夜、丑の刻参りをする老婆がいたことが判明。また事件現場にてただ一軒、立ち退きを拒否していた会社の社員が、その頃深夜にキリストの磔の姿を目撃したり、駱駝を目撃したりと、不可解な出来事が立て続けに発生していたことを知る。

その時代を切り取って産まれたミステリ
持ち出される「謎」だけを取り上げるならば、魅力が溢れている。死後わざわざ五寸釘を額に打ち込まれた死体。丑の刻参りをしている女性。取り壊し寸前のオフィスで複数の人物に目撃される、キリストそっくりのハダカの男。東京のド真ン中に出現する駱駝、月夜に彷徨う夢遊病の女性……過去の事件を改めて検討し直し、その事件を再構築しようと奮闘する主人公の姿は良し。取り壊しの進む煉瓦街の歴史とそれに纏わる人間関係の妙も、妙に詩的な面白さがある。
一方、作品上の問題は解決される真実の「平凡さ」にあるか。折角提出された奇妙な謎のうち、前半の半分は論理としての筋道はとにかく、意外性は薄い。後半登場する謎、夢遊病者の飛び降り自殺事件の方には、適度な意外性が自然な形で提示されているだけに、前半の凡庸さが逆に目立ってしまい、少し残念。
とはいえ、日影丈吉。ミステリでないと訴えきれない部分がが含まれるものの、終わってみれば、ある一族の壮大な物語であったことに気付かされる。後から後から噴き出してくる様々な登場人物の情緒や感情、またそれを踏まえての行動など、人物たちから感じるところは多かった。

「謎解き本格ミステリ」として取り組むよりも、ミステリ的部分を孕んだ一個の物語として読みたい作品と感じる。事件を淡淡と再現する前半部分は多少平板で退屈かも。


00/04/17
天藤 真「あたしと真夏とスパイ」(大和書房'82)

大和書房の「夢の図書館」というシリーズの一冊として出版された天藤真の短編集。第一回〈宝石〉短編賞にて佳作入選、天藤のデビューのきっかけとなった『親友記』をはじめ、角川文庫と重ならない作品ばかりで構成されており、探す人は多い。

社会人になって偶然電車の座席の取り合いで再会したのは小学校時代の親友。競争心から彼は結局GFを交換して『親友記』
バタヤの男達は大きな屋敷から飛び出した女性を目撃。犯人が見つからず、捜査当局は困惑して彼らにあることを持ちかける『星を拾う男たち』
格好いい大学の先生に一目惚れしたわたしは、先生のプライベートに潜り込むべく必死の追跡の挙げ句、さまざまな事実を掴んで彼に迫る『あたしと真夏とスパイ』
友人から譲ってもらった結婚相手は背が高くて東大出。しかし実は彼は異常な吝嗇漢で妻の彼女に無茶苦茶な要求を突きつけて『背が高くて東大出』
良縁をモノに出来そうな良夫は深く交際していたバーの女性から貴方の子供が出来たと脅される。渋々出向いた彼は彼女の死体と御対面『隠すよりなお顕れる』
体の不自由なさおりは御神輿を担ぎたいと美登利の会に参加するが、その晴れ舞台で背中を何者かに切られて入院してしまう『七人美登利』以上、六編。

天藤真の放つ、シチュエーションのユーモア、強烈な毒
執筆時期だけを勘案すれば、最初の『親友記』より最も最近の『七人美登利』まで二十年の時が経っている。それでいて、雰囲気や筆致の変化がほとんど見られない、ということは天藤真という稀代の作家のスタンスがデビューから最後まで一切変わらなかったことの証明足り得るとは言えまいか。全編に基本的に漂うのは、シチュエーションや主人公の位置づけをユニークにしたことによる、独特の柔らかさ。登場人物をバタヤ(屑屋)や身体の不自由な女性に設定してみたり、物語が今風(現代に至ってしまえばちょっと古風)の女子大生の一目惚れ独白調や、不幸な結婚をした女性の一人語りにしてみたり、と語り口や視点が、推理小説としての紋切り型の切り口にしていない。その結果、読者に対するギャグなどは一切挿入されないながら、ほんわかとしたユーモアが溢れているように感じられる。
そして一編一編から合わせて感じられるのは「毒」である。登場人物が一見柔らかいだけに、最終的に表層に顕れる悪意の浮かび上がり方が、強烈となっている。阪神の星野(伸)のスローカーブと直球みたいなもの、と例えれば良いのか。ほんわかとしたユーモアシチュエーションの裏側に存在している悪意、それだけ取り出して、他のミステリに持ち込んでも大きなインパクトは無いレベル。しかし、天藤真の物語の中でそれを見ると、不思議とその悪意が描かれている以上に兇悪に感じられてしまう。ユーモアと毒。その対比の鮮やかさにかけては天下一品の語り手であろう

正直かなり入手が困難。とはいえ、他の好短編集に比べても内容は見劣りしない上、天藤節が満載。ファンならば、必死で探す価値は絶対にあります。(譲って下さったKIYOCA-CHAN、Thanks!です)


00/04/16
殊能将之「美濃牛」(講談社ノベルス'00)

昨年、第13回メフィスト賞受賞、『ハサミ男』にて鮮烈なデビューを飾った殊能氏の待望の二作目。

フリーライターの天瀬とカメラマンの町田は大手雑誌の意向を受け、浸れば癌が治るという「奇蹟の泉」の取材に岐阜県、暮枝に赴く。ディダクティブ・ディレクターという謎の肩書きを持つ男、石動戯作が取材をコーディネイト。嫌々訪れたはいいものの、飛騨牛の飼育に情熱を注ぐ地主、羅堂真一によって泉のある鍾乳洞入り口は封鎖されており、ろくな取材が出来ない。癌が治癒した女性が所属していたというコンミューンには、代表格の保龍をはじめ何やら曰くありげな男達。不審な行動を取る石動は実は大手建設会社の依頼を受け、この暮枝に大リゾート地を建設しようと説得工作をしているらしい。暮枝の住民と羅堂の一族は、この計画を巡り揺れ動いていた。そんな中、羅堂家の一人息子が一晩帰らず、翌朝、泉の側で首を切り落とされた死体となって発見された。

横溝の現代風オマージュであり、複層構造本格ミステリでもある
私はまだ熱心な横溝ファンとは言えない(いずれ、ね)ので、人様が仰る「横溝ファンならニヤリとする趣向」という部分、どこまで理解しているのか正直怪しい。僻地の村、図々しい探偵、鍾乳洞、因縁の一族、見立て……。横溝的キーワードを当てはめるべき時代は現代。鍾乳洞はリゾート施設の目的地にされ、誰も代々伝わる土俗の歌なぞ覚えてはいない。横溝キーワードをそのまま使用するでなく、時代性を脱ぎ捨てさせて、現代風に置き換えている部分、素直に感心出来る。また、作品のトリックの根幹を成す部分についても、横溝作品のあの手、この手の応用だったりとこちらもきっと横溝ファンを唸らすのだろう。
仮に、それらの横溝的要素を捨象したとしても、本作が骨太の本格ミステリであることは揺るがない。物語の中心に仕掛けられた意外性もさることながら、小さなサプライズを各所に配置する手口も小気味良く、何よりもリーダビリティの高い文章が独特の世界へと読者を引き込む。不思議な魅力を持つ探偵、石動は、金田一耕助というより、図々しさ、独特のユーモアなどから、倉知淳のシリーズ探偵、猫丸先輩を想起させるか。
様々な視点、そして複数の人物によって繰り出される複数の謎。これらが混ざり合って膨らまされ、構築された『美濃牛』の世界は、旧来日本に存在してきた《本格》と区別されて呼ばれる場合の《新本格》、かつその第二世代の作品と奇妙な相似形を成している。遅れて来た作家でありながら、既に馴染んでいる。
殊能将之の二作で強く打ち出されるイメージに「現代性」がある。『ハサミ男』が、現代の都会を切り取った点描画だとすると、『美濃牛』は、一見現代の田舎を切り抜いた風景画といった面持ち。確かにタッチは違えることで、別世界に見せかけているが、実は現代の日本であることは変わらないのだ。ここにまた殊能流のテクニックが見え隠れする。日本全国どこであっても、メディアの影響がある限り逃れられない風俗や考え方。都会が舞台にされていたら読者が当然考慮する仕掛けが、何故か田舎を舞台にすることで見過ごされてしまう不思議。田舎の風景を舞台に発生する(横溝を意識した)連続殺人。それなのに、作品内部に不思議な現代性と都会性が見出せる。この辺りに殊能将之という作家を攻略する鍵があるのかもしれない。

蘊蓄やら雑学やら豆知識的な要素が相当量挿入されています。恐らく100%それらを理解しているのは作者だけでしょう。話題作『ハサミ男』とは異なるタイプの作品ですが、いずれにせよ今年も『このミス』と『本格ミステリ2001』、両方に登場しそうな予感あり。作者の実力を作品が証明しています。


00/04/15
戸川昌子「ブラック・ハネムーン」(双葉文庫'84)

'80年度、第33回推理作家協会賞短編賞候補作(当年は該当作品なし)となった『怨煙嚥下』を含む短編集。作者自身による自作解題のあとがき付き。収録作の半分の舞台がなぜかサイパン島。

人妻が夜の生活の不満をカウンセラーに相談。一方パイロットの夫は妻が自分の過去を暴こうとしているのではと疑う『怨煙嚥下』
俳優志望の男は地方の水族館のパトロンが密かに飼育する人魚と交尾するよう求められ、指示に従う『人魚姦図』
母子が集団身投げをした南の島では、化粧品メーカーのキャンペーンガールが続けて身投げをし、その幽霊が出るという『呪詛断崖』
米国人の家庭でベビーシッターで生計を立てている女性は、どす黒い澱が溜まると決して気付かれない意趣返しを……『蜘蛛の巣の中で』
南の島でジゴロをしている「女性」はスイートルームに宿泊する有閑マダムを上得意としていた『プールサイドの二重奏』
オールドミスで結婚した女性が新婚旅行に訪れた南の島。初夜という段になった時、侵入して来た多数の野卑な現地人が夫婦を襲った『ブラック・ハネムーン』以上、六編

奔放にそして根元的欲望として描かれる性と、男女心理を利用したサスペンスミステリ
例えば表紙がエロ劇画系のイラストであったり、帯の文章(帯付きが現在手に入るかどうかは別として)「現代人の心の奥底にひそむ黒い欲望とセックスの怨念を衝く!」となんか意味不明だったりと「戸川昌子」という名前を知らない人間は、ちょっと手に取りにくい体裁である。確かに、収録作全てにエロティックな味付けが付加されているのは事実。しかしその裏側に込められた読者に対する深い企み。こちらに強い魅力のある作品が揃う。
「独白」、これを戸川さんは上手く利用している。独白というより、告白の方がイメージが近いか。女性が自らの官能的体験について他人に対し「告白」する……文面だけを捉えれば、三流週刊誌のエロ記事になってしまうところ。決して普通なら明らかに出来ない自らの異常性、数奇な経験を、覚悟と決意と共に語っている。読者は興味を抱くと同時に、その「告白内容」に妙な信憑性を抱いてしまうのもまた事実。また一人の人物を通して世界を語ることで、いくつもの先入観を読者に植え付ける。「普通なら決して他人に話したりしないこと」というタブーの意識を逆手に取り、最終的にテキストの、錯覚のトリックを創り上げる。これは戸川昌子という作家の特権的手法かもしれない。
人魚と男性のセックスという幻想味溢れる主題を強烈なオチがつく『人魚姦図』は傑作。協会賞候補『怨煙嚥下』は展開と登場人物の異常性に対して不思議な魅力と深読みさせるだけの文章がマッチしているが、こちらはラストが弱いか。一方、南の島舞台の三作のうちでは『呪詛断崖』のプロットと舞台の不可分性に最大の魅力を感じた。

『人魚姦図』は出版芸術社の『黄色い吸血鬼』に収録されており、現在でも読める。いずれにせよ文庫化されている戸川昌子の短編集は全てが絶版という状況。再評価が待たれるところかもしれない。


00/04/14
土屋隆夫「泥の文学碑」(角川文庫'83)

解説を著者自身が行っているのは嬉しいながら、初出誌が分からないのが残念。角川の例から、単行本未収録の短編集成である可能性が高い。

小説雑誌に掲載した新人の短編は、大家の無名時代の作品と構成が同じだった。慌てて連絡を取るとその新人は数日前死んでいた『空中階段』
宝くじが当選したという新聞記事に掲載された推理小説愛好家仲間の大学教授が殺され、賞金が奪われた『りんご裁判』
妹を手に入れる為に妻であった姉を殺した男が、現在の妻に殺意を抱き巧妙に首吊り自殺に見せかけ殺すが『ある偶然』
地方の名家の庭に死体が埋められているという電話が警察に。そして死体は発見され旦那が疑われる『虚実の夜』
目の見えない按摩師が一年前に出会った青酸入りコーラでの殺人事件を客に語り聞かせる『盲目物語』
夜行列車の中で偶然前に座った男は自分の妻が自殺したのだ、と語り始めた『夜行列車』
街角の有閑マダム売春に誘われた男は、自分の妻がそのリストにあるのを見て愕然、真相を正すべく妻を指名『穴の穴』
無頼文学者を調べる文学評論家は未発見の資料を求め新聞広告を出す。信州に住む応募してきた女性の持つ情報を求め男は出向くが……『泥の文学碑』以上八編。

犯罪に至り、真相を隠すべく奔走するものに君臨する「運命」
本書に登場する幾人もの「犯人たち」。作品の最中に犯罪に身を投じるもの、計画犯罪を作中で披露するもの、既に行った犯罪を必死になって隠匿せんとするもの。彼ら「犯人たち」全てに共通して感じるのは、彼らの犯罪を犯そうとする積極的な意志以上のところで、実は彼らが運命に支配されていることだ。解明されるきっかけだけでなく、犯罪という行為を計画する、行うところから、既にその運命は彼らの行動を縛っている。
土屋氏の文体や物語の構成手法がそう見せているのだろうか、自らの意志で犯罪を行っているはずの登場人物が、いつの間にかもと居た場所に引き返すことが出来なくなっている……。もちろん、本書がフィクションであり、小説である以上、物語の紡ぎ手はあくまで作者である土屋氏である。彼らは氏の意向に従って、虚構の上を彷徨しているに過ぎない。そこまで理解している上で、登場人物たちのどす黒い性情が織りなすどろどろした感情は、物語の「神」である土屋氏自身さえも越えて、その更に高みに存在する「神」の介在で運命が決められているように思えて仕方ないのだ。彼らに訪れる結末は、あまりに悲惨で救いがない。果たして作者が神なのか、土屋氏の上に神がいるのか。少なくとも去来する登場人物を「俯瞰者」として冷静に紙の上に記していく、土屋氏自身の恐ろしいまでの冷徹さが、その印象を強調している。

土屋氏の短編は何か怖い。人間が抱く最も昏い感情を赤裸々にテキストに暴いた上、それを抱いた者に容赦ない罰が下されるから。トリックやサプライズも用意されていながら、登場人物の運命に目が行ってしまうのは、土屋氏の計算なのだろうか。


00/04/13
山田風太郎・高木彬光「悪霊の群」(出版芸術社'00)

三十年以上も復刊されなかった幻の逸品、遂に甦る。山田風太郎、高木彬光という戦後すぐにデビューし、人気探偵小説作家の地位を駈け上った二人の合作である本作は、『講談倶楽部』に'51年から翌年にかけて連載されたもの。しかも二人の代表的探偵である、荊木歓喜、神津恭介の両名が登場するなど、約三十年振りとなる復刊はどちらのファンにとっても長い間待ち望まれていた。

昭和二十五年の東京。戦争の傷跡が残るこの街の新聞社を、尾羽ね打ち枯らした自称・元陸軍参謀で相馬と名乗る男が社会部の部長を尋ねてくる。部長と若手記者、真鍋は以前彼に騙されたため、彼をすぐに追い返す。その直後、真鍋は編集長より、杉村という大臣の離婚の裏側に愛人がいるので、彼女を取材するよう命ぜられる。彼には喫茶店に務める謎めいた恋人、丹羽素子がおり、その晩、彼女とオペラを見に行く約束をしていた。ところが待ち合わせの店に毒を飲まされふらふらの相馬がやって来てから、素子の様子がおかしくなる。事件の匂いを嗅ぎ取った真鍋は、オペラを取りやめて帰宅する素子を尾行。彼女を追って古い一軒家に入り込む。闖入者と間違われた彼は、謎の男に突き飛ばされ、素子に撃たれそうになる。謎の男は逃走する際、二個の眼球を落として行くのだが、素子は「私を愛しているなら、家に入らないで」と狂ったように懇願する。

ギリギリまでスリラー、最後の本格ミステリ趣向に一驚
片や、多数の本格推理から社会派、歴史推理まで手がけた巨匠、高木彬光。そしてもう一人は、探偵小説と忍法帖、時代物で多数のファンを持つ山田風太郎。この二人による日本推理小説史上「事実上」初めての合作推理小説。読前に期待するな、という方が無理というものだろう。(解説によるとそれまでの推理小説は合作と言いながら、実質一人で執筆していた、とのこと)
雑誌に連載していたという背景が色濃く出ており、物語のテンション、そして展開そのものは冒頭からラストまで上がりっぱなしで突っ走る。連続殺人事件、自殺する容疑者、両の眼球が刳り貫かれた死体など、猟奇的趣味にも満ちており、乱歩の通俗探偵小説を想起するような「いかにも大衆への受けを狙った」展開。名探偵、荊木歓喜が登場するも、彼さえを虚仮にする頭脳的極悪人、そして続出する被害者―――「このまま通俗猟奇小説で終わっちゃうの?」としか思えない。しかし、そこは風太郎&彬光。終盤になるにつれ、本格ミステリらしさが、徐々に首をもたげてくる。勢いのある展開に付随するように、次々と発生する様々な謎。これらがもしかしたら解明がされないのでは、という一抹の危惧は杞憂に終わった。ミッシングリンク、Who done it、アリバイトリック等々が、表に裏に隠されていた伏線の元、一つ一つ説明が付けられて行く。ロジカルな筋道にて真相に届いていく妙味。「変装の名人」という要素はちょっと笑えるものの、最終的に物語は全て論理で一つに収束する。これが本格ミステリでなくてなんであろう。さすが風太郎&彬光。素晴らしい。

いやぁ、堪能した。スリラー的興趣と本格ミステリ的興趣の融合。いくつか確かに瑕疵はあれども、展開真相の両方を楽しめる作品。更に「幻の」という付加価値が付くのだから。風太郎ファン、彬光ファン、探偵小説ファンは必読、そして必携かも。(私に言われずとも、持っていない人は購入していますよね)


00/04/12
鮎川哲也「サムソンの犯罪」(徳間文庫'82)

「変形」安楽椅子探偵ものと言うべき”三番館のバーテン”シリーズの第二作品集。'73年から'76年にかけて発表された作品を集め、'76年徳間書店より発刊され、更に文庫化されたもの。

でっちあげ情事の録音テープを使った恐喝をしていた男を訪ねた”わたし”は射殺死体を発見、彼に強請られていた人物の捜査を開始『中国屏風』
借金を返済に高利貸しを訪れたBGが射殺された男を発見、彼女が疑われるが他に容疑者も『割れた電球』
男の尾行を依頼された”わたし”だったがそれは双子を利用した殺人のアリバイ作り。しかしそのアリバイはどうにも壊せない『菊香る』
プレイボーイの男が殺された。彼によろめいていた人妻に嫌疑がかかるが彼女は無実を主張、弁護士を通じ”わたし”に依頼が『屍衣を着たドンホァン』
賭け麻雀の膨大な借金を返済するよう急に要求された。一人は支払い、一人は身体を売る決意をし、一人は新宿を素っ裸で駆け抜ける『走れ俊平』
彼女の周辺で彼女そっくりの人物を見たとの話が多数持ち上がり、彼女の愛人が殺される事件が発生する『分身』
話題作りの為に自分のニセモノを地方で演じてきた男に殺人容疑が。被害者はつるはしに貫かれていた『サムソンの犯罪』以上、七編。

動と静との密やかなコントラスト。”わたし”とバーテンの良い関係
肉体派探偵を自認するだけに、足と腕を使って捜査するのが得意な”わたし”。カウンターから一歩も出ずに、話を聞いただけで百発百中の推理を披露する三番館のバーテン。二人のコンビネーションのバランスに「成熟した大人の関係」が感じられ、何とも良い感じ。ワンパターンになりがちな安楽椅子探偵ものでありながら、各作品に事件関係者による多様な視点を配すなど、読者に対する配慮は大きい。序盤は”わたし”が自ら事件を解決せんと必死で動き回り、バーテンが最後の切り札として控えている安心感は、まさに動と静。また最終的に、それまでの記述で全て読者にも同様のヒントを提示しているという本格へのこだわり。(強引な推理もあるけれど)それらが渾然一体となり馥郁とした良い香りが漂うミステリ。
取り上げられているトリックもお得意のアリバイトリックに加え、物理トリックや錯覚トリックなど様々。読者も真っ向から作者に向かいたくなる魅力が漂う。
ドッペルゲンガーテーマの『分身』、確かに解決するにはこれしかないトリックではあるのだが、作品中使われる鮎川氏らしからぬ文章的技巧が強く印象に残る怪作。また新宿をストリーキングで走り抜ける男という意外性と有機的なトリックが味わい深い『走れ俊平』。中でも特にこの二作が抜けて心に残った。

現在はこの徳間文庫版が最新ですが、既刊全ての作品が、ハルキ文庫にて収録されなおされ復刊する計画があるようです。未収録の作品も入るようですので、そちらで一から読まれるのが良いかもしれません。


00/04/11
牧野 修「王の眠る丘」(早川書房'93)

牧野氏の何回目かのデビュー作に当たる『ハイ!ノヴェル大賞』の受賞作品。この賞は今はないが、牧野氏は後に角川ホラー大賞の佳作を受賞、今をときめくホラー小説作家である。

額に赤い痣を持つ戌児(いぬこ)は孤児。霊ノ国のゴミ捨て場の脇に発展した流民の街<灰かぶり市>に住むこの少年は、街を取り仕切る鬼雅に育てられた。彼は蹄のある二本の足で走る動物、馬奴(ばど)の騎手になりたいと日頃から考えていた。ところがある日、<灰かぶり市>は、襤褸の率いる霊ノ国の軍隊に攻撃され、必死の反撃も虚しく壊滅させられてしまう。生き残った戌児と仲間は復讐を誓うも、霊ノ国を支配する黄武神皇の住む天府に襤褸は引きこもってしまう。外部からの侵入を拒むこの都市に乗り込む為には、三年に一度開催される国家行事「大耐久馬奴競争」に完走することだった。彼らは胸に野心を秘め、この競技に臨む。

牧野的煌めきが眩しい、オリエンタルファンタジー
一読巻を置くに能わず。読み始めるとどっぷり浸れる世界&ストーリー。
漢字を多用し、かつ古代中国とアラビア諸国と現代との風俗を取り混ぜた独自の世界を構築。ファイトと野心が溢れ、優しく元気な主人公、彼を慕う特殊な能力を持つ少女、ちょっと抜けていて明るい彼の兄貴分、優秀な元戦士のおばさん……等々、魅力的な「チーム」。馬奴と、貨虫という動物を駆って表向きフェアな競争に勝ち抜かなければならない展開。主人公を付け狙う陰険で執拗な性格の敵と、敵ながら、主人公を認める戦士、強大な力を持つこの世界の超権力者。―――ファンタジーRPGと少年漫画の要素の美味しいところをミックスしてある。私自身のテイストもあろうが、これはハマる。
そして描かれているのは、様々な形の敵と戦いながら育む「友情」と「成長」と「信頼」。少年漫画のお約束とも言える事柄三つではあっても、それがしっくりと来る世界の中で展開させられていれば、やはりこれも万人へのツボではなかろうか。牧野さん独特の「キレのある世界観」が物語を支配しており、ばたばたと登場人物は命を喪っていくものの、後の作品で見られるホラー的要素はほとんど皆無。少なくともYA世代ならば、万人が受け入れるエンターテインメント小説だろう。ラストで絶対に次作がないような処理にされてしまっているのが、残念と言えば残念かも。

この、中華的な世界観を反映した舞台は、例えば小野不由美『十二国記』シリーズなどと微妙に近しい印象を受ける。しかしこの躍動感と先鋭感は『プリンセス奪還』などで見せる牧野氏のエンターテインメント小説作家としての才能を十二分に反映したもの。現在はハヤカワ文庫JAに入っています。