MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)− 


00/04/30
山尾悠子「仮面物語 或は鏡の王国の記」(徳間書店'80)

主に当時『SFマガジン』誌上にて活躍していた山尾悠子さんの書き下ろし、そして現在に至るまで唯一の長編。当時は新たな幻想文学の到来とかなり騒がれたという。

重苦しい霧に包まれる一都市、鏡市。その世界では葬式の際に死者の生前の姿を粘土人形にて出来る限り精密に再現、葬儀の際にそれを飾る、という風習があった。その作業を生業とする者のことは「彫刻師」と呼ばれている。「彫刻師」に限らず、この世界では全ての職業が世襲制を取ることになっていた。善助も彫刻師の一人。そして彼は、見た者が発狂すると言われる「たましいの顔」を彫ることが出来ることでその世界で最も忌み嫌われている<影盗み>という存在であった。善助はある目的で使用する粘土を購入するために葬儀屋に赴くが、ツケが貯まっており、販売して貰えない。そこに現れた同業の不破がお金を立て替え善助を助けるが、彼の弱点である鏡を彼に突きつける。善助は自らの身体の防衛反応により、失神する。

超高度、超硬度を誇る緻密で厳格で曖昧な物語世界。彷徨うのは読者
架空のファンタジックな王国(鏡市、二重館……)のファンタジックな道具立て(仮面、自動人形……)、ファンタジックな登場人物(影盗み、帝王、ライオン……)。それでいて、物語全体の色調は、あくまで暗い輝きに包まれている。丁度、蝋燭の光を鏡に何重にも反射させたかのような。明るいのに暗い、そんな雰囲気。この街を支配する者、意図せずに秩序を乱す者、巻き込まれる者、権力を得ようと望む者。多くの場面転換、視点転換を加えることで、王国に蔓延する、混沌とした様々な思惑が浮かび上がる。進むべき方向が交錯するこの世界、果たして、それは現代社会をも鏡をもって映しているのか。
普通の読者にとり、感情を移入出来る登場人物が物語の中に存在しないと感じる。このため、読者はこの世界の単なる傍観者たることを強いられる。
多数の登場人物を駆使して語られるこの物語、善悪など価値基準の絶対性はない。それぞれの登場人物は願いを持つが、傍観する人々にとってそれは、やはり他人の欲望に過ぎない。それらが交錯し、互いの運命に干渉し合うことで、世界が動き行く。現実の世界の皮肉な縮図を読者はひたすらに眺め続ける。仮面を被った人々による混沌を意図的に描き出すことによって描かれるファンタジー。画一化することこそが、最大の差別化であることを叫ぶのか。捉える人が変わる度、鏡に映るようにその人に対してその人に対してだけのメッセージを発する物語。

本書は今年六月に国書刊行会から刊行される「山尾悠子作品集」には収録されないそうです。珍しいという程の本でもないに関わらず、探し求める人の多さ故に見つかりにくい本。とりあえず高度な内容についていくために、時間と体力に余裕のある時に読みましょう。


00/04/29
山村正夫(編)「おとなの推理あそび」(広論社'75)

当時、日本推理作家協会常任理事の山村氏を中心に、乱歩賞作家の大谷羊太郎、翻訳から創作に転じた高橋泰邦、推理小説誌『推理界』の編集長を務める傍ら自ら執筆、第1回小説サンデー毎日新人賞を受賞した井口泰子。さぁて、これだけのメンバーが集まってミステリクイズ本を作ったら、果たして何が出来上がるか。

四氏によるショートミステリ。問題編・回答編に分かれた構成。一つ一つの物語を取り上げるのは野暮というもの。題名で内容を想像して頂くのが一番よろしいかと。後ろの一文字が作者を示す(書いていて照れますなぁ^^;))。
『死体に犯された』山、『真昼の惨劇』井、『必殺のゴルフショット』高、『嫌いな魚類』大、『熱帯魚の証言』山、『釣り宿の一夜』井、『ポルノ殺人事件』山、『隣室の訪問者』大、『おお痴漢大敵』井、『呪われた初夜』山、『赤いタオル』大、『グリーンの裸女』高、『怪電話はいやよ』井、『下着泥棒』山、『落語署長』大、『欲情する耳』高、『ストリーカーは誰か』山、『お隣さん お隣さん』高、『血のアンダーライン』大、『モモコ誘拐』山、『娘からの脅迫状』井、『暴行魔まかり通る』高、『博士令嬢の死』大、『毒食らわば皿まで』山、『淫乱性上戸』井、『オス対メス・メス・メス』高、『にせ電話の効果』大、『夜這いの宿』山、『妾宅(秘)メモ』井、そして回答編。

呆然、そして笑わせてくれるレベルの「ミステリ風クイズ」本
えーと、これは笑う本ですよねそうですよね。
基本はほぼ全てこれ。1事件発生、2容疑者リスト、3容疑者の説明 4犯人は誰? ミステリクイズ本であれば、多少は「事件」だとか「犯人は誰」の部分のトリックに凝りそうなもの。ところが本作収録の作品ではほとんどその点が考慮されていないのが凄い。ものすごく適当なのだ。「犯人は分かるようにフェアに執筆しよう」と申し合わせていたのかもしれないけれど、それと「犯人が誰でもすぐに分かるように執筆しよう」というのは別だと思うんだが。
例:容疑者は禿頭の社長、ぼさぼさの長髪の作家、かちかちに頭を固めた洒落者。現場の枕からはポマードの香りが。さて犯人は誰?……あの、これで犯人が分からない人はいないと思うんですが。
一連の上記の題名が示す通り、ショートミステリの彩りはエロな描写に満たされている。とはいえ、時代ゆえか特に極端な訳でもなく、エロを通じて男女心理の機微が描けているかというと、それも足りない。容疑者もストーリー中に関係なく唐突にリストで渡されるし、何というか、どこを読みどころにすればいいのか非常に難しい。
結論として、私は「おお、これぞバカミス!」(意味が違うけど)「こんなんあり?」と、笑いながら読むことにしました。しかし、そこまで割り切れば、意外と楽しめたのは事実。たぶん、そのように読む本なんでしょう。

そうそう見かけることもない本でしょうけれど、本文章をUPした当日現在(2000/04/30)ジグソーハウスさんには在庫あり。ミステリクイズ本マニアか好事家の方向けでしょう。この紹介を読んで「読みたい!」と思ったアナタ、病んでます。


00/04/28
小泉喜美子「女は帯も謎もとく」(トクマノベルズ'82)

小泉喜美子の作品はトクマノベルズから二冊刊行されているうちの一冊。文庫化されておらず、探求者も多い作品。初出等は不明。中村忠司さんとの交換で入手。

江戸っ子でミステリー好きの新橋芸者、まり勇(まりゆう)が巡り会う五つの事件。
戦後すぐ朝鮮戦争の頃、初代まり勇は夜中に築地の一角で血に染まった布を見て腰を抜かして逃げ帰る『さらば愛しきゲイシャよ』
実業家の運転手が自殺。さっぱりその気配を感じなかったまり勇は、刑事と共に死体に残された紙切れから推理を巡らす『小さな白い三角の謎』
まり勇の尊敬する踊りの師匠が廃業するらしい。理由を尋ねに家を訪れたまり勇の前に毒殺された師匠の死体が『握りしめたオレンジの謎』
同僚の〆子と共に鎌倉のフランス料理店に招かれたまり勇。スープの底から出てきたピアスにまり勇は戦慄する『藤棚のある料理店の謎』
ポルトガルに旅行に来たまり勇と〆子。数年前に事故で死んだとされる映画俳優が実は暮らしているという島に渡る『流刑人の島の謎』以上五編。

洒落た雰囲気の源は、ちゃきちゃきの江戸っ子芸者の「視点」
それぞれの短編に副題が付けられている。前から順に「ユーモア・ミステリー」「小道具の効果」「ダイイング・メッセージ」「奇妙な味」「リドル・ストーリー」。ミステリの分類評価用のコメントのようだが、五種類の異なった副題、これが本作品集の本質を突いているかと感じる。ここで受け取る感触は「この作品は日本の推理・探偵小説とはちょっと違いますよ」「海外ミステリーを強く意識した作品ですよ」という、小泉さんの自己主張。
そして作品の出来も、その主張を裏打ちしている。芸者、江戸っ子、下町、舞踊といった日本の伝統、日本の文化を強く感じさせる背景を使いながら、作品全体の雰囲気はカラッと明るい。陰惨な殺人あり、不思議な謎ありと、事件そのものは暗いものもある。しかし、好奇心旺盛で明るく前向きな主人公、まり勇の視点から語られることで、物語全体がフィルターに通されたように彩りを取り戻す。五つの事件に仕掛けられたトリックや仕掛けを楽しむ、というより、差し挟まれる微妙な女心、粋を大切にする江戸っ子ならではの気っ風等々、まり勇のキャラクタを楽しんでいるうちに事件が解決してしまっている感。日本文化と海外ミステリーの不思議な融合。

連作ミステリーと書いてあるものの、当時と現在とその言葉が示す意味が異なるのだろう。同一主人公のミステリシリーズ。社会派・本格派どちらにも属さずに「軽妙なミステリーを目指した」、という事実だけでも小泉喜美子の偉大さ、先見性は明らか。小泉喜美子にしか描き得ない世界。


00/04/27
平石貴樹「スラム・ダンク・マーダー その他」(東京創元社'97)

寡作ながらファンの多い筆者の現在のところ最新作。米国で犯罪捜査を手伝っていた更科丹希(ニッキ)が日本に戻り、再び難解な犯罪捜査を手伝う物語。

調布のマンションで、住人のスタイリストが針金で絞殺された。しかし部屋は施錠の上、チェーンキーが掛けられた密室。また倒れた被害者の周囲には何者かの指紋が発見された。被害者の周囲には複数の容疑者が浮かぶが指紋と一致する者が出てこない『だれの指紋か知ってるもん』
代々木体育館で行われたNBAのジュニアクラス選抜vs日本代表のバスケット第三戦。日本チームに実業団で活躍する選手、ディックが加入した。衆人環視の中、鮮やかなスラムダンクを決めたディックだが、不自然な状態でぶら下がっていたリングから転落する。彼は頸筋にニコチンが塗られた毒矢が吹き込まれて、命を喪っていたのだ『スラム・ダンク・マーダー』
川崎−木更津間を結ぶフェリーの船中で夫婦が刺され、夫は死亡、婦人は意識不明の重体に陥った。婦人は「吉本」とダイイングメッセージを残しており、該当する男にも動機があったことから当局は犯人と目するも、彼はフェリーが着岸する前に港で目撃されていた。『木更津のむかしは知らず』
の三編+エピローグを加えた連作中編集。

三通の読者への挑戦状&本格スピリットの遊び心。作者の北叟笑み
ニッキが日本に帰って来た。今回巡り会う事件は、前作のようなオマージュではなくオリジナリティの溢れる本格ミステリ。三作品全てに「読者への挑戦状」が挿入されていることでも分かるように、あくまでフェアなパズラーを目指しており、それに成功している。
そのパズル性はもちろん注目すべき点であるが、アメリカ文学の大学教授である平石氏ならではの、文章や物語においてのオリジナリティにもまた目を惹かれる。日本人でありながら、外務省勤務の父を持ち、米国留学帰りのニッキ。相対する事件は、密室・不可能犯罪・ダイイングメッセージ付きアリバイ崩しと、犯人の計画性の高さが目立つ。犯人が仕掛けたトリックに正面から立ち向かえるのは、地道な捜査で真相を目指す警察ではない。ここは、独自の感性と論理の筋道を持った、ニッキのような「特殊な」人間こそが、謎解きをするのに相応しい。ニッキのキャラクタと、事件の不可分性。こちらに注目して読んでみても面白そうだ。

平石氏の作品で比較的容易に読めるのは、文庫化された『誰もがポオを愛していた』くらい。ただ本作は、その続編にあたるため、前作を読まれた方なら独特の雰囲気をすんなり引き継げるだろう。果たして、本書はいつか創元推理文庫入りするのか?


00/04/26
岩本隆雄「星(ほしむし)虫」(新潮文庫'90)

かって新潮文庫にあった「ファンタジーノベルシリーズ」の一冊。本作は第一回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作品(大賞受賞は酒見賢一『後宮小説』)

ほんの少しの近未来。十六歳の女子高校生、友美は幼い頃に種子島で見学したロケット打ち上げに感動、不思議なおじさんの導きもあって、将来は宇宙飛行士になる、と決めていた。進学校で真面目なクラス委員長を演じながら、理数系を勉強し体力を鍛える毎日。彼女はクラス一の劣等生、通称『寝太郎』の世話を任され、友人らと共に過ごしていた。そんなある日、地球は大量の流星群に見舞われる。その翌朝、地球上のほとんどの人類の額には、宝石のような石が張り付いていた。その石は「星虫」と名付けられ、視力をはじめとする人間の五感を飛躍的に向上させる働きを持っていた。「星虫」を付けた人々は「地球の声」を聞くことが出来るようになり、環境保護の気運が世界中で急速に高まり始めた。

強くて美しくて逞しくて優しい女の子による「夢」のある物語
矮小な物事への見方しか出来ない大人たちの中で、独自の雄大なる地球観に従って我が身を投げ出そうとする女の子。活発で賢く、綺麗で逞しい。更に、パートナーとなる男の子はぐうたらでどうしようもない奴だったのが、実は……。この設定、なんとなく『風の谷のナウシカ』を始めとする宮崎駿の作品群を彷彿とさせるものがある。事実、物語を読了後に受ける印象は、爽やかさも含め近いものがあった。「宇宙飛行士」は子供の頃なら、誰もが一度は考えるであろう「夢」ながら、現在でも、将来の職業としては、なかなか口にするのが憚られる。この点、近未来というよりパラレルワールド設定の日本を舞台にすることで、大人がどうしても照れがちな「夢」という言葉への抵抗感を上手く低減させているように感じた。物語の展開のテンポも良く、さくさくと読み進められる。食物連鎖や地球環境問題の考え方、そこから宇宙へ向かわねばならない必然性など強引な論理展開が多少気にならないでもないが、既に執筆から十年が経過していることを考えれば、現実との整合性を求める方が無理かも知れない。

探し求める人が多く、古書的に人気が高い。私の場合、古書で人気があることを知って読み始めたので、入り方として外道なのかもしれないが確かにセンスを感じさせる作品でした。おーかわくんと交換にて入手、Thanksです。


00/04/25
森 雅裕「化粧槍とんぼ切り」(集英社'00)

森雅裕氏の一年ぶりの新作からは、遂に「ミステリー」という文字が消え「時代小説」と銘打たれた。ミステリー的要素こそ込められているものの、大河小説に近い壮大な物語には「時代小説」を冠するべきか。

徳川家康に仕えた名将、本多忠勝。彼の娘、稲姫は気取らない生活で民に交じるのを好み、武器を持たせれば並みの武士以上の気っ風と腕前。政略結婚が当たり前の時代、彼女も一旦家康の養女とされてから、稀代の謀将、真田昌幸の長男、信幸の元に嫁ぐことになる。彼女は、婚礼の引き出物として本多家に伝わる表道具、名槍「蜻蛉切り」の写しを所望する。彼女が目を付けた鍛冶、正寛に槍を預けたところ、何者かによって盗難されてしまう。その直後、その槍が徳川家に仇成すと忌まれた村正の作ではないか、という噂が家康の耳に入る。果たして、槍を盗み、裏で糸を引いているのは果たして誰なのか。写しの製作現場を覗きに来た彼女と正寛を、またしても暴漢が襲う。

爽やかさと哀しさの同居する大河小説
森雅裕の小説における登場人物の特徴、と言えば「自らの信念に忠実に従い、周囲との軋轢をも辞さない男の物語」もしくは「何かしら特技を持ち、自らの価値観と対立するものには、どんな強大な相手であっても立ち向かっていく女性」と、考えて差し支えなかった。森氏自らの分身とさえ思えるような男性。森氏が憧れている(と思われる)女性。本作ではその趣が少し違えられている。
娘時代の活発な立ち回りから一転、妻として母としての魅力的な姿が描かれる稲姫。一応の主人公的役割を与えられているながら、結局は狂言回しとしての役割に徹している。彼女の出自たる本多家、彼女の嫁いだ真田家。二つの一族の様々な男達の、一人一人丁寧に描かれた生き様が、実は本書の眼目か。戦いの中に生き、忠義に殉じ、己の信じるがままに生涯を閉じる。戦国時代は鑑とされたその姿も、時代の変化により、徐々に疎ましいものとされていく様が、何よりも哀しい。
「武士の時代の終わり」 登場人物を通じて感じ入るのは自らの信念に生きた無骨な男達の末路。時代の変化というものに抗わえずに静かに消えていく彼らの姿。彼らを通じて訴えられているのは時代の流れそのもの。……む、しかしこれはどこかで見たような……そう、森雅裕作品に登場する男性達が辿る人生によく似ている。実は本作、森氏の今まで書いてきた男達、女達の姿が「時代」そのものに置き換えられた作品、と解釈しても良いのではないだろうか。

戦国時代末期から江戸時代初期と広範な時間を舞台とするため、戦いや謀略といった部分が薄いのは否めない。しかし、物語の主題がそこにないこともまた明白。NHKの大河ドラマに使ってもおかしくないな、などと考えてしまう森雅裕的異色作。新刊で出たばかりながら、一冊2,000円の定価とボリューム。


00/04/24
夢野久作「空を飛ぶパラソル」(角川文庫'79)

角川文庫でかって全十冊出版されていた夢野久作作品集の九冊目。印象では、幻想系及びブラックユーモア系の作品が多く収録されている。

田舎の新聞記者は美しい婦人が列車に身投げをするのを目的、記者根性を発揮する『空を飛ぶパラソル』
どこかの農村で起きる「じけん」の顛末をオムニバス方式で綴る『いなか、の、じけん』
二十年前に殺された父親への復讐を胸に秘め続ける看護婦『復讐』
日常に退屈している若い娼婦が爆弾を手に入れた時『ココナットの実』
工場や高空や夜更けの街や精神病院で人々が直面する狂気の夢『怪夢』
精神病院で語られる北海道の奥地から記憶喪失で現れた男の波瀾万丈の人生『キチガイ地獄』
強盗殺人事件を未然に防げないことを悔いていた元老巡査が、ほんの少しの記憶から犯人の手掛かりを『老巡査』
北海道の山野を逃走する脱獄囚が足を踏み入れた館には、大量の人形が『白菊』以上の八編。

そこいらにいる我々一般の大衆のための幻想文学
例えば『白菊』、例えば『キチガイ地獄』、例えば『ココナットの実』。舞台はそれぞれ山奥、精神病院、昭和初期の喧噪溢れる都会と全く異なっている。とはいえ、その舞台(というか背景)そのものは当時の一般人にとっても、馴染みのある光景ではなかったか。確かに、個別には魅力的な主人公や、探偵小説的な展開をする作品もある。恐らく当時の誰もが知っている農村地帯を描いた『いなか、の、じけん』、地方都市の情景が印象深い『空を飛ぶパラソル』これらに至っては、探偵小説でも、幻想小説でもなく、淡淡と事件を追っているだけの小説。しかしこれらの背景は、昭和初期の日本を象徴しているものと思える。
その一方で、物語に登場する人物は両極端である。エキセントリックで傲岸不遜な主人公が、一般人を笑い飛ばしたかと思うと、日本人の典型のような矮小卑屈内向きな人間を徹底的に悩ませて、またもその愚かさをまたもや笑い飛ばす。メリハリが効いて分かり易い。これが夢野久作の「らしさ」かもしれない。
恐らく当時の読者は、身近な光景の中に溢れる特徴のある人物に魅せられ、夢野作品を大袈裟なフィクション、そして幻想譚として楽しんでいたのではないだろうか。その奔放さは、夢野の大きな魅力である。
本書の解説の郷原宏氏は、夢野久作という作家を異端性を文壇正統に引き込む評価を間違いとし、大衆通俗性こそが重要であると主張している。この考え方は、小難しく考えられがちな夢野久作を深く知るための、拠り所として充分に機能するように思う。

本作(角川文庫)もかなり珍しいのですが、市川尚吾さんに譲って頂きました。角川文庫での最終巻にあたる『骸骨の黒穂』、もし譲って頂ける方、おられましたら御連絡をよろしくお願いします。かなり難関です。


00/04/23
山田風太郎「忍法忠臣蔵」(角川文庫'76)

'61年(昭和36年)から翌年にかけ『漫画サンデー』誌上に連載された初期の忍法帖長編。今までも様々な形で出版されており、現在は講談社文庫忍法帖シリーズの第二巻として現役で入手が可能。

第五将軍綱吉の時代。大奥に務める伊賀者、無明綱太郎は江戸での生活に飽きたらず、本場、伊賀の鍔隠れで修行をしてきた忍者。女性にほとんど興味を示さなかった彼だが、大奥の女中、おゆうと相思相愛の中となり、結婚の約束をする。そのおゆうが将軍に召し上げられることになり、忠義を盾に自分との婚約を破棄したことに腹を立てた彼は、おゆうの初夜に彼女を生きたまま肉塊に変えてしまった挙げ句、米沢に遁走する。時を同じくして松の廊下で浅野内匠頭による吉良上野介への刃傷沙汰が発生、吉良と姻戚関係にある上杉家の家老宅に身を寄せていた綱太郎は、密命を頼まれる。くノ一六名と共に、血気はやる赤穂浪士を骨抜きにせよ、というのだ。しかし吉良家は、赤穂浪士暗殺の為に既に十人の能登忍者を送り込んでいた。女と忠義が死ぬほど嫌いな綱太郎の戦いぶりやいかに。

「忠」という封建的価値観への懐疑
主人公となる忍者、無明綱太郎。一人で複数の忍法を使いこなし、体術にも優れた忍法帖に登場する忍者群の中でもかなり「強い」忍者である。一方、「忠義」によって惚れた女性に裏切られた彼は、対象が何であろうとも「忠」に尽くす人物を嫌悪する。例えば時代劇を考えてみれば分かるように「忠」は当時の物語を描く際に、最も美化され、最も大切なものとして描かれることが多い。戦前の日本の教育制度もそうであったし、少年漫画などでも、美しき友情などとして、手を変え形を変え、現代の日本でも無意識下で「忠」を尊ぶ風潮が脈々と続いていることもまた事実。日本は「忠」を手放しで礼賛する国なのだ。その国の中、ヒーローたる綱太郎は「忠」に対する一種のアンチテーゼとして機能する。
物語中で、過酷な戦いに打ち勝ち、無類の強さを発揮する彼とはいえ、ほとんどの読者はすんなりとは感情移入することは難しいだろう。日本人が大好きな「忠臣蔵」の赤穂浪士たちを脱落させるのが目的であるし、味方であっても、彼の価値観と沿わない人間に対する仕打ちは冷酷無比。最終的に史実を曲げていないのが風太郎忍法帖なので、討ち入りそのものの阻止はならないが、その事実さえも上手く利用、主人公を通じて「忠」を徹底的に否定した作品となっている。そして、このことは風太郎が主張する「忠」への懐疑をもあらわす。戦争体験を綴ったエッセイで後に繰り返し語られる「全てを盲進すること」への疑問は、忍法帖の中で先に取り上げられていた。

普通のエンターテインメントの忍法帖としても、もちろん水準だろう。忍者vsくノ一の戦い、綱太郎の強さ、上杉家の家老の深謀遠慮等々、そちらを追って読むのが正統な楽しみ方か。それでも綱太郎の持つ、昏い哀しみは心に残るものがあるはず。


00/04/22
木々高太郎「探偵小説 緑色の目」(尾崎書房'48)

こちらもKIYOKA-CHANよりお借りした戦後出版された仙花紙本の短編集。中村眞という方による表紙が最高の雰囲気(緑色の一つ目エイリアンといった趣き)を出しているのだが、紹介できず残念。

大心地先生もの。長崎の教会の殉教者の絵画が警察によって信者以外閲覧禁止に。神父は立入禁止を徹底する『大浦天主堂』
理屈をコネまくる困ったちゃんの独身男性が結婚に至るまでの物語『水車の家』
シャーロック・ホームズもののパスティーシュ『死の乳母』
大心地先生もの。フランスを舞台に殺された娼婦の謎を追う『夜の翼』
ドイツに私費留学した医者と下宿の娘に掛けられた疑いを晴らす『緑色の目』
東洋人と否応なしに結婚したマルガの胸には徐々に殺意が『盲いた月』
水路を眺めながらなにやら計算をしている男が窓越しに殺人事件を目撃する『ヴェニスの計算狂』
独逸に医学を勉強しに来た私は、知り合った一人の女性から暗号で書かれた記録を見せられる『女の政治』ああ、なんと魅力的な題名群。

訳の分からぬ病理が中心にあれども、やはり探偵小説仕立ては嬉しい!
まだ私は木々高太郎という作家に対する造詣は深くない。しかし敢えてその少ない経験の中からでも、共通したポリシーを保持することによる魅力が作品群から立ち上っていることを強く感じる。
それぞれの短編小説の出だしに関しては、本当に当時の「普通の日常」(外国含む)である。それが僅かなきっかけや、ちょっとした出来事により乱され、はじめは大した事態とも思われないことが段々と奇妙な様相を呈してくる。それは、作品により度を過ぎる頑固さだったり、普通の人のちょっとした奇妙な行動だったりする。深い混乱があるでもない。殺人鬼が暴れ回るわけでもない。主人公らが感じる「?」、そしていずれの場合もその「?」をスッキリ解き明かす回答が用意されている。
この回答の中心に木々の深い医学知識が繋がるパターンが多い。その知識がないと成り立たないトリック。今なら「狡い」と思わされるかもしれない。しかしそれが「探偵小説」の形だから気持ちよく許せるし、逆にその答えが最もしっくり来るように感じさせられてしまうのだ。また、意識的なのかどうか分からないが、本書は外国を舞台にした作品が多い。戦前、外国に渡った日本人の孤独やコンプレックスが、小説内で良いスパイスとなっている。
もう一つ驚いたのは木々高太郎のホームズパスティーシュ。ドイルの文体、雰囲気、物語の展開までをさりげなくもよく掴んでいる。私は初読だが、アンソロジー等に収録されているのだろうか。埋もれるには惜しい作品だと思う。

また珍しい一冊をレビューしてしまいましたが、ネット上で一人というのも(以下略)。良い探偵小説に出会う度に、こういう作品がいつでも読める状況だといいな、と思うのです。

PS・宮澤@探偵小説頁さんより、上記パスティーシュは河出書房『日本版 ホームズ贋作展覧会』に所収されているとの情報を頂きました。ありがとうございます。


00/04/21
江戸川乱歩「影男」(創元推理文庫'95)

'55年(昭和30年)に『面白倶楽部』誌上に連載された、戦後では数少ない成年向け長編の一つ。同じく戦後の長編『化人幻戯』『十字路』等に比べると、以前の作品イメージを色濃く残しているように感じられる。

ホテルの支配人と通じ、一室で繰り広げられる実業家の乱行を観察する男。いくつもの名前と肩書きを持った変装の名人。「影男」。彼は他人の秘密を窃視すること、人物の裏側を覗き見ることに無情の悦びを感じている。時には知った秘密を元に冷酷に強請を働く悪人として、時には社会的弱者に施しをする善人として、時に猟奇小説を発表する作家として、気ままな生活を信条としていた。そんな彼の元にある日、彼の秘密を知るという男が執拗く接触を図ってくる。興味を覚えた彼は「殺人請負会社」の重役と名乗るその男と銀座のバーで会い、意気投合、顧問役を引き受ける。最初の依頼は大金持ちが憎む女性を自分の見ている前でなぶり殺しにして欲しいというものだった。「影男」のアイデアにより、大金持ちの自宅近くの地所に砂が敷き詰められ、板塀でその廻りが覆われた。

官能と幻想と狂気に溢れた画面画面の美しさ
作家、実業家、青年紳士、遊蕩家、犯罪者。様々な顔を自由自在に操る通称「影男」が時に仕掛け、トキに巡り会う風変わりな事件。体裁としては長編でありながら、どんなアイデアの中にも入り込んでも、その舞台ぴったりに変身出来る主人公のキャラクタをうまく利用(逆に言えば、様々なアイデアを活かすために主人公が多面性を持つのか)している。また一つ一つの事件の連鎖性が比較的薄いため、高く全体では連作長編のごとき趣となっている。乱歩の意図があったのかどうかは別にして、この主人公を設定したことにより、物語そのものが乱歩の興味、欲望、理想のおもむくまま、あっちへこっちへと寄り道が多い。そして、そこで語られる物語それぞれが「不思議な美しさ」に満ちていることは、乱歩の独自感覚の発現と言える。

乱歩作品の中でも、というより乱歩自身の王道。内心で抱いていた様々な欲望が、文字の上で、世界となって煌めきを見せている。戦前の代表作をいくつか読まれた後に本作を手に取れば、時代に遠慮して隠されていた、乱歩の心の襞の深さが見えてくるだろう。