MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)− 


00/05/31
竹本健治「風刃迷宮」(光文社カッパノベルス'98)

天才棋士牧場智久シリーズで『入神』と前後して出版された。『風祭りの坂で』という題名で週刊「女性自身」に連載された作品を出版にあたり改題したもの。本書のイラストは喜国雅彦氏。

インドでの古代遺跡の回廊で突発的に発生した火事。その惨事を何者かの助けによって生き延びた智久の姉、牧場典子……深い精神的な奈落の淵で絶望的な気分に打ちひしがれる何者かは「敵」を見つけた……精神分析科医の天野の助手で智久の親衛隊に属する真琴の友人が人を突き落とすところを目撃した……盗聴無線を友人の車で聞いていた祐子は巣鴨の質屋を経営する老婆が消えた事件に関連のあるらしい何者かの発言を傍受する……彼ら彼女らは様々な場所で牧場の姿を見る。果たして事件は一体なんなのか……。

「竹本健治」の雰囲気を読むための小説
恐らく竹本作品を一度も読んだことのない人が、近作であるという理由だけで本書を読んだ場合、決して受け容れられないのでは、と思う。牧場シリーズに登場する人物総ざらえの上、彼ら彼女らへの説明が少なく、場面転換、視点切替も多く読み辛い。物語の核となる事件の姿は遅々として見えず、最終的な解決を迎えた後でさえ、なお割り切れない部分を多数残す。しかも「割り切れない」「説明がつかない」ということを登場人物の口から語らせているところなど、多分に自覚的になされている。これまでの牧場シリーズがサスペンステイストを漂わせた比較的オーソドックスなミステリだったことを考えれば、本作はかなり大胆な方向転換を行った異色作
竹本作品の原点をどこに求めるか、というのは人により異なると思う。だが普通、アンチ・ミステリの大作『匣の中の失楽』、ないしは初期短編集の『閉じ箱』のいずれかに辿り着くはず。この両者に共通する感覚として「日常の中でふと覚える眩瞑感、幻想的風景」がある。この『風刃迷宮』で繰り返し語られている虚脱感、喪失感、救いを求める気持ち……といった心象風景は、前記二作に繰り返して取り上げられる、いわば竹本氏の創作原点とも考えられる。一連のSF系作品においても、この喪失感は大きなテーマとなって物語の底流にひしめいており、本作ではそれがまた極端に如実に吐露された結果、産まれた作品ではないか、と思う。ミステリの体裁を取りながら通常の意味でのミステリを捨て去ることで「竹本健治」という雰囲気だけが最後に残った。

端正な本格ミステリを求める人も、牧場智久にキャラ萌えの人も本作品には戸惑うはず。本作は「竹本ホラー・竹本SF」が好きな人、そして「竹本健治の描く世界全て」を愛する人のための作品ではなかろうか。個人的には、この主題を描くならばノン・シリーズにすべきではなかったか、という一抹の重いもあるけれど。


00/05/30
服部まゆみ「時のかたち」(東京創元社MYSTERY 4 YOU'92)

東京創元社で企画された四作の中・短編を収録した四冊限定のノベルス企画、MYSTERY 4 YOUの一冊として刊行された作品。「怪奇クラブの殺人」は第44回推理作家協会賞短編賞にもノミネートされた。文庫化が待たれて久しいが……。

大学入学の下宿をほとんど面識の無い祖父宅に求めた僕。祖父は余りある資産を自らの怪奇趣味に投じ、自宅に怪奇博物館まで設立しようとしていた『「怪奇クラブの殺人」』
軽井沢に住み翻訳家のまねごとをしている私の元に大きな猫を抱いて転がり込んできた画家の友人。彼と兄の婚約者との間に何か秘密の匂いが『葡萄酒の色』
素晴らしいミステリ作品を出版した旧友を訪ね、彼の住む元ホテルを訪れた流行作家。彼は子供の時分にこのホテルを訪れており様々な想い出が『時のかたち』
崖から脚を滑らせ転落死した淑子叔母さんの葬式の日、夫の一郎叔父さんは一人の若い女性と小さな男の子を「わしの息子だ」と親戚一同に引き合わせる『桜』
以上の四編に『服部まゆみノート』と題されて、著作リスト、エッセイ、インタビュー(聞き手:北村薫、若竹七海、戸川安宣)なども収録されている。

技巧やアイデアに頼らずセンスで描かれたミステリ
独白や心情描写を中心とした物語のつづり方と、その結果構築されるどこか突き放したようでいて、それでいて人間らしい世界に服部まゆみの魅力は込められている。本作収録の四作、全てトリッキーなサプライズを仕掛けとして込められているに関わらず、本格ミステリにしばしば見られる「あざとさ」が見られない。少なくとも感じにくい。多かれ少なかれ、人を騙そうという物語である以上、作為的な部分が物語に含まれるのが本格ミステリの宿命とも思う。しかし服部作品の場合、登場人物の気持ちや複雑な感情を内包する人間関係などを強調しているうちに「いつの間にか伏線にもなってました」という印象。それでいて、全ての作品にきちんと「サプライズ」が内包されているのだ。これをセンスと呼ばずして何と言おう。
そして格調の高い文章が「訴えてくるもの」が付け加えられる。「サプライズこそ命」のミステリ群の中で、サプライズそのものよりも、「なぜそのようなトリックなり仕掛けなりを弄さねばならなかったのか?」という部分の主張が明らかに強い。いや本作の場合、それこそが主題と言ってもいいかも知れない。短編なのに並みの長編以上の物語性が味わえる。全く贅沢な作品である。

つい最近も新作が出版され、正史賞作家の中では根強い人気を未だに保持し続けている服部さん。受賞作の文庫でさえ絶版であるなど恵まれていない部分もありますが、もっと読まれる価値のある作家だと思います。


00/05/29
藤本 泉「ガラスの迷路」(徳間文庫'81)

'77年『時をきざむ潮』で第13回の江戸川乱歩賞を受賞した藤本さんが、その前年にカッパノベルスにて書き下ろし刊行した作品。刊行の翌年、第30回推理作家協会賞の長編部門の候補作にもなっている。

狭山でガラス工芸家として暮らしている大浜海多は、ガラスの街チェコスロバキアのプラハに留学している婚約者、磯西数子が死亡したという連絡を受ける。しかもその地で、大浜の親友で同じくプラハに住む中務秋男と心中したというのだ。両方の親から依頼される形で、外国放浪経験のある大浜は、数子への想いを胸にプラハへと向かい、遺骨を引き取ると共に事件のことを調べ始める。少しでも数子や中務が関係した人や場所を訪れた大浜も、言葉の障壁と共産主義国の警察権力の壁、そして市民の警戒でほとんど手掛かりを得られない状態が続く。それでも徐々に警察の調書と彼らの死亡している状態がいろいろと食い違い、この事件は心中に見せかけられた陰謀であることが分かってくる。

本当の「異国」の姿とサスペンスとがしっかり手を繋いだ秀作
ベルリンの壁が存在し、ソ連がきっちりと共産圏を掌握していた、まさに冷戦時代、二十数年前の共産主義国チェコスロバキアが舞台。言語の壁と人種の壁、権力の壁が立ちはだかるこの国を舞台に選びながら、本作は決して謀略小説ではなく、サスペンス味を配した一種の本格ミステリとなっている。
まず、この東西の壁がなくなった現代でさえ我々には馴染みの薄い「プラハ」という街、これが徹底的に書き込まれている点が印象的。しかも観光で数日滞在した程度の表層的なものでなく、在住している人の気持ちから街の上層階級、下層階級の生活まできっちりと(恐らくはリアリズムと共に)描かれている。それでいて、これらの描写にくどさがあまり感じられない。(解説で知ったが藤本さんはかなり長期にわたりプラハに滞在されていたという)単なる旅情小説では絶対に出せない舞台の厚みが存在する。
この特異な街と、被害者二人が巻き込まれた事件が、しっかりと結びついている。この街でしか、この国でしか発生しえない事件。その謎の解け方(つまりは読者への見せ方)に、この街特有の問題が小出しにされるあたり、説得力とリーダビリティを兼ね備えており、上手さも感じる。”えぞ共和国”という一連のシリーズで日本の土着的一族の中央への反感、反乱を主題に作品を書いた藤本さんだが、その「一族」を「国家」に単純に置き換えたレベルではない。その対象を「国家全体」と大きく拡げることにより、共同体の持つ排他性、不可解性が強烈なレベルでアピールしてくる。異邦人の孤独も、また。

物語的興味とは別ながら、当時の海外生活する日本人の姿には一種別の風俗を見るような感慨を覚える。世界は小さくなったものだ。ちなみに藤本作品には珍しく「救い」の感じられるラストは好感。一般的には『時をきざむ潮』あたりを読んでから手に取るべき作品でしょう。


00/05/28
山口雅也「13人目の探偵士(ゲームブック)」(JICC出版局'87)

この本は「新本格ミステリ最凶のキキメ」だと思っている。 人気作家、山口雅也氏の初の単行本にしてゲームブック形式のミステリ。後にノベライズされ一長編として東京創元社からも発売されているが、やはりコレコレ。

お馴染み、パラレルワールドの英国。警察の威信が失墜しているこの世界では探偵士と呼ばれる人々が七十二時間警察に先駆けて捜査を行う法令が施行されていた。名探偵100年のお祝い気分に包まれたこの国を覆う黒い影。探偵士ばかりを狙って凝った殺人を続ける殺人鬼。死体の側に必ず猫にちなんだアイテムを置くことから”猫”と呼ばれる犯人に殺された探偵は既に十一人。巷の噂では十三人の探偵を”猫”は狙っているという……。「わたし」が目を覚ますと、横に死体が転がっていた。彼は有名な探偵士、ピーター・ブラウニング卿だ。何が起きたのだろう、そもそも私は誰なのだ?そこへ押し入って来たのはパンク刑事、キッド・ピストルズ。さてあなたは「逃げる」>68へ。「大人しく捕まる」>99へ。

様々なミステリへのオマージュに満ちた、遊び心満載の一作
取り上げられている物語は小説として刊行された東京創元社『13人目の探偵士』と全く同じ。違うのは挿し絵があることと、そしてやっぱり、ゲームブックであること
実際のところ『13人目の探偵士』の再読になるのか?、とも思ったのだがやはりゲームブック、その遊び心にこちらも分かっていながらも、つい乗せられる。
 「記憶喪失の主人公が探偵と共に巻き込まれた殺人事件に挑む!」という主題を三人のタイプの異なる探偵(フェル博士風密室&武器解釈、マーロウ風ハードボイルド陰謀対決、コーネリア風女探偵コージー風&ダイイングメッセージ解読)が挑む時、三人三様のバラバラの方法、バラバラの結論に向かう不可思議さ。自分の得意な手掛かりから、自分の得意な解決に持ち込むことによる一見完璧でありながら、ちょっとお間抜けなおかしみ漂う爪の甘さ。ゲームブック形式ゆえ、一旦解決手前まで物語が進んでも容易に別の探偵に引き返せる。また選択ミスによるGame Overもあるにはあるが、救済措置がきちんと取られ、正しい道が分からないことによるイライラ感は皆無。しかしこの形式、読者を冒険に誘うという目的よりも、ミステリの新しい形式実験としてゲームブックに挑んだもの。またこれが山口氏の心意気だろう。
意気揚揚と真相の説明に入る探偵たちがキッドのツッコミでへろへろになるところ、結局これも一つのアンチミステリということか。
題名を捲った最初のページにドイル、カー、クイーンといった作家と、セックス・ピストルズやスティーヴ・ウィンウッドといったミュージシャンへの賛辞から(スプリングスティーンは誤植でSpringsteerになってるけど)入っている。格好いいー!

ジグソーハウスさんより購入しました。一冊にかけた値段としては現在生涯で二番目の高値。それでも私は幸せですが、それほど必死に探していない人が出す値段ではないか。ただし古書価がついていない店で見つけられたら即買い、ですよ。


00/05/27
西村京太郎「天使の傷痕」(講談社文庫'76)

現在、超の付く人気ミステリー作家、西村氏の第11回江戸川乱歩賞受賞作品。既に氏はこれ以前に長い懸賞小説の応募歴があり、本作はデビュー長編ではない。投稿時の題名は『事件の核心』。ちなみに「傷痕」は「しょうこん」と呼ぶ。(単に私がずっと「きずあと」だと思っていただけですが)

ある平日、新聞記者の田島は恋人の昌子と聖蹟桜ヶ丘近辺の三角山にハイキングに出掛けた。ところが道標の向きが変えられおり、人気のない山道に踏み込んでしまう。それなりに楽しんでいた彼らの前に突然、胸に短剣のようなものが刺さった男が飛び出してきて「テン……」と言い残して絶命する。捜査の結果、彼は週刊誌のスクープを専門にするトップ屋で、その取材の余録として取材対象を直接強請っていた疑いがあった。被害者の残していたメモ「天使は金になる」という言葉から、警察はストリップ劇場で働いているエンゼル・片岡という女性を割り出すが、彼女は事情を聴取された晩、逃げ出そうとして交通事故で死亡してしまう。

いかにも70年代。本格推理で展開して社会派推理に着地する
なんというか七十年代のミステリ作品をある程度読まれたことのある方なら、感じたことのあるだろう雰囲気が本作からも漂っている。物語の方向が最初から最後まで一方向、というのか。事件発生の後、捜査を行う警察と、事件を追う新聞記者が同じような材料を得て、同じ方向へ(多少分かれ道があるにしろ)推理を進めていく。「テン……」というダイイングメッセージ、「天使」というキーワード。警察と新聞記者の発想が同じため、検証だけは進むものの、事件の進展に意外性が少ない。双方のベクトルが同じなのだ。作者が意外性のつもりで持ち込んだろうエピソードも、そのせいか、読者にとり意外性は少ないのではないか。リアリズムを重視する故の副産物と言えるかも。
その裏に潜むトリックは、意外と作為的だったりするのがまた特徴。手掛かりは読者に提出されており、本格推理としての要件を備えている。詳しくは書かないが、かなり無理のある部分が意図的に覆い隠されているところ、僅かに引っかかるが。
そして動機の部分に「社会が……」という言葉が登場するのも、これまた特徴。このような動機でなければ推理小説として認められない(少なくとも高く評価される)時代だったのだろうか。
……と書いたが、本書そのものを普通に読む限り、これらが気になることはないはず。ちょっとひねくれた取り組みをした私の問題。テンポ、展開、動機の意外性等々、水準以上の作品であることは確か。

トラベルミステリーで知られる西村京太郎だが、初期にはかなり本格的なミステリ作品群を残しているのは有名。本書は時代を感じさせるが、少なくとも本格への配慮が満ちた作品でもある。現代に残る傑作とまでは行かないまでも、それなりの感興は間違いなくあるはず。


00/05/26
岡嶋二人「記録された殺人」(講談社文庫'89)

岡嶋二人という作家は短編集が極端に少ない。というのも『おかしな二人』に井上夢人が創作に追われる状態を打破するために「短編は受けない」という方針を立てたから、かと思われる。しかしその数少ない短編が、結構良いのだ。連作を除くと本作は三冊目の短編集。'83年と'84年に発表された単行本未収録作品を集めたもの。表題作は第38回推理作家協会賞短編賞候補作品。

人間の出入りが調査の為にフィルムで記録されている公園の内部で殺人が発生した。フィルムを分析すると色々と奇妙なことが『記録された殺人』
落ち目だけれど我が侭気ままに生きるバンドの三人組だが、ある日を境にマネージャーへの態度が妙によそよそしくなっていく『バッド・チューニング』
その年、年賀状が届いた日は一月五日になってから。しかも初出勤で会社に出てきた自分を皆が見る目がなんだかよそよそしい『遅れて来た年賀状』
別れ話をする為に遠出のドライブをした男。雨の中道に迷い正面から来た車に激突、相手は同乗女性の死体を遠くに捨ててくれと『迷い道』
警備員が二人詰めるビルの中で残業社員が殺された。ところが警備が万全でそのビルには誰も入れず誰も出られないように見えた『密室の抜け穴』
映画会社の管理する撮影用カメラが島根の湖から引き上げられた。記録ではそのカメラは東北にロケに出た班が使用しているはずだった『アウト・フォーカス』以上六編。

「かしこい主婦のかんたんお総菜」ミステリ版
上記表題、決して揶揄するつもりではない。
収録作品それぞれについてミステリの短編として大いに楽しめた。 その握み、テンポの良い展開、謎の提示タイミング、サスペンス性、細やかな伏線、意外な真相……等々、岡嶋作品らしい魅力に満ちている。誰が読んでも「面白い!」という感想ばかりが返ってくる岡嶋二人の他の作品同様、本作もその面白さは保証できる。(ただ先に出版されている短編集『開けっぱなしの密室』の方がトータルで見れば上かもしれない)
そんな作品集であるが、個別に見た場合に意外やワン・アイデアであることに気付く。それがトリックであっても、真相であっても基本的にベースとされているのは一つのアイデア。アイデアの着想は確かに面白くいのだが、誰も思いつけない程に突飛ということはない。しかし凡百の作家がそのアイデアを真っ向で使っても、多分ミステリの様式にまとめるのがやっとではないか。それをきちんと一作一作魅力的だと思える高みに持ってくるのが岡嶋二人。「読者への見せ方」「真相の提示方法」「謎の変形」をこまめに丁寧に計算出来る作家ならでは。
……で、連想したのが、上記。「大したことのない残り物素材も、上手に料理すればもてなし料理に変身!」  こういうことをもしかしたら「作家の才能」というのかもしれない。

「岡嶋二人に外れなし」の言葉通り、リーダビリティ高いエンターテインメント。ミステリが好きな人ならどんな人でも間違いなく楽しめます。気軽に入って構いません。


00/05/25
山田風太郎「忍法破倭兵状」(角川文庫'80)

角川文庫忍法帖短編集の一冊で'65年から'70年の間に発表された「エキゾチック」な、つまり異人や唐人が登場する作品ばかりを集めたもの。

秀吉の朝鮮出兵で倭国軍を破った将軍を暗殺せんと送られた忍者。ところが彼は秀吉に激しい怨みを持っていた『忍法破倭兵状』
切支丹保護政策を取った信長が宣教師に与えた領地はよりによって甲賀。彼ら一族は反発を強め対抗策を練る『甲賀南蛮寺領』
謎の幻術士、果心居士が秀吉に嫡子が産まれたことで荒れる秀次の元を訪れる。秀次の前で盲目の男を産まれ変わらせる『忍法おだまき』
ガラシヤの洗礼名を持つ細川忠興の夫人は明智光秀の娘ながら切支丹として切実に生きてきた。そんな彼女に転機が『忍法ガラシヤの棺』
伴天連たちで盛り上がる長崎。この地に視察に来た服部半蔵は、その首謀者八人を転がすために二人の忍者を送る『忍法天草灘』
長崎からの阿蘭陀通詞の江戸参列と同道する浅野家大名行列。一人の武士の言葉から熱田神宮にある神器が異人により盗まれた『ガリヴァー忍法島』
咸臨丸と共に米国に向かう遣米使節『お庭番地球を回る』以上七編。

風太郎の歴史への広い視野と自由闊達な発想から生まれる異色忍法帖
現在入手超困難の長編一作(『忍法相伝73』)を除き、忍法帖の舞台は全て過去の歴史の中にある。戦国時代、江戸時代等々、その時々の人々の風俗や文化、政治や生き方など丁寧に取り入れている点、目立たないながら、忍法帖の魅力の一つでもある。スーパーな発想が冴える「忍法」だけについ目が行きがちだが、個々の作品でベースとなっている時代小説的なリアリティを風太郎は決しておろそかにしていない。
そのような背景に「if」を持ち込むのが風太郎のテクニック。この発想の転換を大切にする風太郎にとり、鎖国時代に日本にやって来た外国人たちや、独自の価値観をもって権力者に反抗していた切支丹たちは格好の題材であったことは想像に難くない。文化のギャップは、それ即ち対立の元であり、畏敬や侮蔑の元になる。長編でも『魔界転生』をはじめ、いくつかこれらが使用されているし、一般小説にも切支丹は頻繁に登場する。物語により微妙に取り上げられ方が異なる彼らを比べつつ読むのもまた楽しいか。
収録作を単純にエンターテインメントとして捉えれば長編なみの内容を誇る『忍法天草灘』が一番のように思うが、題名が一読忘れがたい『お庭番地球を回る』や『ガリヴァー忍法島』などの異色どころも捨てがたい。というか結局全部面白い。

『甲賀南蛮寺領』『ガリヴァー忍法島』は現在のところ文庫では本作にしか収録されていない作品。ワタシ的角川文庫山田風太郎クエストの最後の一冊。日下三蔵さんに譲って頂いて入手が叶いました。多謝します。


00/05/24
森 博嗣「夢・出逢い・魔性」(講談社ノベルス'00)

保呂草潤平&瀬在丸紅子&香具山紫子&小鳥遊練無、四人衆シリーズ(こうは呼ばない)の第四長編。例の如くの英題は"YOU MAY DIE MY SHOW." 更にこれに「夢で逢いましょう」を引っかけているトリプルミーニング。ここまで来れば遊びにしても見事。

那古野より上京した四人組。紫子が応募した葉書が当たり、紅子(四十歳)練無(男の子)ら三人はテレビのクイズ番組に「女子大生」として参加するのだ。保呂草は彼女らに合わせ、同じ局に勤務する古い友人に会うことにしていた。リハーサルで有名人に会って躁ぐ彼女らを余所に、友人と旧交を暖める保呂草。友人の上司が探偵を捜していると聞き、東京にいる知り合いの同業、稲沢を紹介する。番組収録が遅れたリハーサル会場でぼんやりと過ごしていた二人は、花火のような爆発音を一室から聞く。その中には二発の銃弾によって絶命している男がいた。どうやら被害者は相談をしたいと言っていた友人の上司らしい。確認されたところによると、非常口の出入り口は内側から施錠されており、最後にその部屋に入ったのは人気絶頂のアイドル立花亜裕美であった。

とっても森ミステリィらしい森ミステリィ
ストーリーテリングは滑らか。独特の語り口は相変わらず。登場人物は賑やか。
思わせぶりのインターローグ、人生や世間や常識への懐疑ないし逆説的な物言い。
意外な犯人、意外性のために犠牲にされる何か。

森氏のミステリィには実は特徴があり、物語の舞台には必然性が持たされている場合が圧倒的に多い。それは伏線となりミスリーディングを誘うオブジェクトとなり、トリックの下準備となっている。逆に言うと舞台を利用しない場合はほとんどない。(ちなみに登場人物の思考とか会話には意味がない時が多い?)
……という観点から本作を捉えれば「なぜテレビ局が舞台なのか?」ということにまず目が行くだろう。テレビという万人に開かれた窓と、舞台裏を多用する昨今の風潮のために、実際に訪問したことのない全国民が「知っている気分」になっている場所。果たしてその特徴とは? ちなみに「映像」という真っ先に思い付く属性を剥ぎ取って使っている点は評価出来る。解明時に「ああ、こういう属性が」と素直に感心した。
ただ本作は読んでいて引っかかった部分がある。(以下ネタバレ)被害者の犯罪計画が潰れたことで不可解状況になったのはいい。しかしそもそも、その計画がどうも変。花火が引っかかるのだ。本気で犯行時刻をこの装置で誤認させられると思っているのなら、非常口の鍵は掛けないで犯人の可能性を拡げた上で、自分自身のその時刻のアリバイをきちんと立てればいい。これはあくまで被害者を発見してもらうための時限装置で発見されることを前提にしているとしても、逆に小細工を弄することの出来る人間が限られているため容疑が彼により近くなり、危険性を増すだけ。暗示か強制を使って彼女に鍵掛けを任せるってのは必然性と成功確率のどちらからしても弱いし。第一、彼女がヒトコト喋ったらおしまいじゃないですか。だから、なんでこんなことさせるのかなぁ、というところを未だに疑問に感じています。まぁ、突っ込まないのは御約束なのかもしれませんが。ちなみに一番のサプライズはある人物の正体、でした(驚きの理由はその必然性の無さ)。

既存のトリックの組み合わせ、というより、今まで森作品で使用してきたトリックを組み直して使っている感。それでもそれなりのエンターテインメントにきちんと仕上げているあたり、独特のセンスは健在かと。誤解が無いように言っておきますが作品は嫌いじゃないですよ、全部読んでるし。


00/05/23
戸川昌子「緋の堕胎」(双葉文庫'86)

乱歩賞作家、戸川さんが'64年から'79年にかけて『オール読物』『小説現代』に発表した短編をまとめた作品集。幻想味と官能、そして論理の入ったミステリの秀作が揃う好短編集。

もぐりの堕胎専門の医者は胎児を庭に掘った穴に埋めていた。妊娠七ヶ月の女性が一晩入院した時、書生の大場は衝動で彼女を抱くが、彼女は飛び降り自殺をしてしまう『緋の堕胎』
難病から片足を切断した男。自らの性欲を持て余す彼は、自分の妻が若い男と浮気をしていると義理の娘から聞かされる『嗤う衝立』
寮生は時々吸血鬼に呼び出され、血を吸われることになっている。特殊な血液型を持つ正治郎も時々呼び出されて血を吸われていた『黄色い吸血鬼』
降霊術師の助手の女性が、師匠不在の時に訪れた客に対して降霊術を見よう見まねで行ったところ、成功してしまう『降霊のとき』
軽井沢に住む作家の河崎の元に原稿を取りに来た女編集者。彼女は夫人が吸血鬼に襲われている姿を目撃する『誘惑者』
フランスの孤島に聳える修道院。失踪中の日本人女性を身分を偽って捜索に来た刑事は彼らの甘美な歓迎に出会う『塩の羊』以上の六編。

不思議な論理の骨格に官能の肉をつけ幻想の衣を纏いました
「官能」という要素は戸川さんの作品においてかなり大きなウェイトを占めており、そのこと自体への驚きは少ないながら、本作では合わせて「幻想味」を強く打ち出した作品が揃っている。その幻想が最終的には解体され理に落ちるため、形式上は「ミステリー」になる。それでもその官能と幻想を組み合わせた見せ方が巧く、その世界に気持ちよく引き込まれる。
例えば「血を吸血鬼に吸わせることで集合生活を送る寮」で「白い血液を吸血鬼の手下の女に吸われる少年」が登場する『黄色い吸血鬼』。「病院で相部屋に入院している手も足もない男」が「芸者風の奥方に毎夜慰められている」生々しい雰囲気の伝わる『笑う衝立』。「病気で寝ている夫人を夜中に襲う吸血鬼」は「血を吸うだけで飽きたらず顔が下へと移動して……」と吸血鬼が妙に好色な『誘惑者』等々、幻想的光景と官能的光景との組み合わせによって、戸川さんにしか表現し得ない世界が個々に創造されている。
『静かな哄笑』にも掲載されていたため、再読になる『塩の羊』、これは個人的別格。冒頭から謎が謎を呼びリドルストーリー的に、果たして何が物語の謎なのか宙ぶらりんにされたまま進む物語。その上、舞台となる修道院、美しい砂浜、その上に記される足跡、謎に満ちた行動をとる女性たち、と登場する全ての存在が幻想のヴェールを覆われている。物語の終焉に連れ、ヴェールは一枚、一枚と剥がされ徐々にディテールは明かされていくものの、物語が終わっても何枚かがまだ残されている。この余韻が何とも美しい。

官能的な部分が美しさよりも生々しさを強調する書き方であり、そちらがNGの方は遠慮された方がいいでしょう。幻想的なミステリがお好きな方には堪らない作品群。出版芸術社ふしぎ文学館『黄色い吸血鬼』が短編集では現役です。本書と数作重なる作品あり。


00/05/22
小林信彦「神野推理の氏の華麗な冒険」(新潮文庫'81)

最近話題の小林信彦氏。'76年から翌年にかけ平凡社の雑誌『太陽』に連載されていた連作短編を単行本として刊行、その文庫化作品。

お金持ちで過保護の母親のおかげで食べるに困らない元コント作家、で探偵の神野推理氏。彼と、創作を持ちかける友人、星川夏彦、警視庁きっての名警部鬼面の部下でいじめられて拗ねている旦那刑事とが遭遇するあれやこれやの事件の数々。
名探偵、神野推理が出来るまで!『ハムレットには早過ぎる』
西新宿で発生したヤクザ殺人事件!『さらば愛しきヒモよ』
沖縄で発生したタレント刺殺事件!『コザのいざこざ』
銚子行きの急行内で発生した絞殺事件!『〈降りられんと急行〉の殺人』
グアム島で発生したCMスタッフ殺人事件!『災厄の島』
横浜で発生した女性映画評論家殺人事件!『粗忽な〈恍惚〉』
大阪天王寺で発生したヤクザの親分狙撃事件!『抗争の死角』
六本木のテレビ局で発生した人気女性タレント自殺事件!『幻影の城で』
箱根宮の下ホテルで発生した作曲家絞殺事件!『殺意の片道切符』
麻布のマンションで発生したジャズ歌手毒殺未遂事件!『はなれわざ』
伊豆の別荘で発生した落ち目作家の密室殺人事件!『超B級の事件』
香港で発生した神野推理と悪の天才との宿命の対決!『神野推理最後の事件』以上の十二話からなる連作短編集。

名探偵もののパロディでありながらオリジナルたる宿命
御本人があとがきで本書はバーレスク(パロディ)だ、と書いておられる。名探偵もののパロディの考え方として(1)名探偵の推理やパターンそのものをおちょくる、(2)名探偵のパスティシュを作る、という2種があるという。(1)は本格のコードやトリックのパロディ(例えば犯人のアリバイ工作が実は必死な割りに意味がなかった、とか)、本作では(2)を狙って作られている。つまり既存の有名名探偵のクセや捜査方法、語り口などの設定を借りて作品(贋作)を構成する法。しかし本作、神野推理氏と既存の名探偵との重なりがあまり感じられない。強いて言えばホームズなのだが、それも似ていない。なので、一編一編、限りなくオリジナルのミステリとして読めてしまう。恐らく、博覧強記の小林氏の中で氏の定義による一般的な名探偵像が結ばれてはおり、そのパロディであるのだろう。私(読者)がそれについていけないのは問題なのか。ちなみに、ところどころ挿入される(1)的パロディは分かり易く面白い。
読者にとっては楽しめるかどうか、が基準だとすると、本作は楽しい。だから結局これで良い、と断言したい。オリジナルとして読んで次々と繰り出される「バカトリック」「バカミステリ」(これは現在の定義)、そして時には「お!」と思うようなちゃんとしたトリックを個別に楽しむのがいいように感じた。パロディなんだ、と変に構えず、自然体で取り組みたい。
最後に氏の文体の基礎を成している、テンポの良いユーモア。シチュエーションコメディのような普遍的な部分は現在でも面白いのだが、いかんせん元ネタがあるギャグが懐古的に古びている。同時代の人にしか分からない風俗・芸能界関連ネタが大量に込められているようで(だって分からないんだもの)、多分1970年代以降に生まれた方は「笑い」の部分を相当に割り引かないといけないだろう。この作品が時代を超えられない一つの要因と言える。これもまた、ミステリの時代性に関する一種の諷刺かもしれないが。

私が小林信彦作品について語るのは僭越ながら、例えば鬼面警部と旦那刑事をはじめとする面々は、小林信彦の描く世界の中ではあっちこっちで顔を出しているらしい。(現代だと泡坂妻夫世界がそう)このあたりは量を読むことによって、更に楽しみが増していくのだろう。


00/05/21
小野不由美「バースデイ・イブは眠れない」(講談社X文庫'88)

『十二国記シリーズ』でファンタジー界を席巻する人気女性作家、小野不由美さんのデビュー作品で、絶版、著作リストから抹消、著者自身に復刊させる気が全くない、となるとYahooオークションで高値がつくのもむべなるかな。この出版前年に旦那さん、綾辻行人氏がデビューしているのも興味深いかも。

ずっと女子校生活が続いている平凡な女の子、夕香。地味な性格と地味な生活が続く中、親友でダンスの才能を持つ美咲に、劇団に入らないか、と誘われる。但し役割は、夕香の特技を活かした「衣装係」。手伝ってみたところ意外と暖かい劇団スタッフに夕香は可愛がられる。劇団の花形男優、万里さんに夕香は憧れるが、彼は嫌なことがあると吐いてしまう奇癖を持っていた上、夕香のいる席で万里は吐き、一人夕香は失恋に打ちひしがれる。そんな彼女の誕生日の前日、劇団の一人、洋から夕香はペンダントをプレゼントとして受け取る。それを付けた彼女が外に出たところヤクザ風の男二人が彼女に「そのペンダントはどうした」と詰め寄られ、危ういところを万里に救われる。しかしそのペンダントを巡り、夕香はヤクザやチンピラに付け狙われ、万里と共に逃げ回ることに。

少女小説のツボにサスペンス風味を絡めた秀作
もともと小野さんは少女小説(というかヤングアダルト)の世界にて活躍、大人向けの作品を放ったのはその後のことである。照れくさくもある「少女の夢の体現」というこの段階の最重要ポイントはまず確実に押さえられている。平凡な少女と格好いい男の子とのほのぼのラブストーリー。
ラブストーリーだけでも(上手く書かれていれば)充分にこの分野では許される。しかし本作、それに付随する付加価値が予想していたものより高かったのが良かった。序盤の人物状況紹介が終わった瞬間、物語がサスペンスに変わる。ミステリファンが真剣に背景を勘案すればそりゃネタの予想はつくレベルながら、単なる少女小説と油断して手に取る読者は必ず裏切られる。この表紙絵、イラストでこの展開に持っていくとは、ちょっと想像しがたいから。ワルモノに追われ、逃げ回るシーンなど彼女の内面描写の緊張感が伝わってくる。そして、サスペンスの為のサスペンスにも恋のための恋にもなっておらず、両方の盛り上がりが最終的なハッピーエンドにきちんと有機的に繋がっているあたり、なかなか小憎らしいテクニックを使いこなしている。

発表段階でどれほど若い読者に受けたのかは分かりませんが、少なくとも後の実力派の片鱗が見え隠れしてます。小野不由美の「若書き」と切り捨ててしまうほど低いレベルの作品ではないでしょう。