MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)− 


00/06/10
谷崎潤一郎「谷崎潤一郎 犯罪小説集」(集英社文庫'91)

江戸川乱歩登場よりも前。明治の終わり頃にポオに傾倒して探偵小説の前身となる小説群を谷崎が執筆していたことは、探偵小説ファンにはあまりにも有名。本書はその谷崎の「犯罪小説」を特に収録した作品。

S弁護士の元に突然押し掛けてきた青年は、殺人犯として警察に追われていると言い、それが本当なのかどうか判断して貰いたいと自らの体験を語り始める『柳湯の事件』
会社からの帰り道、湯河原は探偵社の社員と名乗る男から質問したい、と声を掛けられる。同棲中の女性の依頼と思われたが質問は思わぬ過去に遡っていく『途上』
一高の寮内で盗難が多発。捕まりそうになったその「ぬすっと」が私の所持する服と同じ紋をつけていたため私は「ぬすっと」ではないかと疑いをかけられる『私』
精神病を抱える友人が今夜ある場所で殺人が行われるから見物に行こうと私を誘う。彼は映画館で密談を読解、暗号文の解読に成功したという『白昼鬼語』以上の四編。

幻想怪奇小説・背徳の文学から探偵小説へ至る中間点
評論や小説内でもしばしば言及されている通り、谷崎潤一郎『途上』は日本の探偵小説・ミステリー史における重要な作品の一つである。その高名な『途上』さえ読めれば、と四編取り組んだところ、驚かされた。収録作品全てが、広義の探偵小説としての要件を完全に備えきっているのだ。
そして、もちろん触感に対する異常なこだわり、極端な内省的かつ悪魔的な性格、覗き見趣味と怪奇趣味の融合、感覚的なマゾヒズムなど谷崎潤一郎が文学的に追求していた(と思われる)表現や主張が随所に見られる。そちらに重きを置いても十二分に鑑賞に堪える。
しかし、乱歩以前にこれほどの作品を日本人が執筆していたという事実にこそやはりミステリファンとしては驚きと共に喜びを禁じ得ない。ミステリ的な興趣で言えばプロパビリティの犯罪として有名な『途上』はもちろん、幻想味のある独白調の物語『柳湯の事件』、この手をこんな形で、と驚く『私』、そして暗号と乱歩的背徳趣味に満ちた『白昼鬼語』と四編全てに違った狙いがある点にも注目したい。

後年の探偵小説への流れを夢想しながら読むと楽しいですが、残念ながら現在は絶版の模様。但し発行が近年なので古書店を丁寧に探せば容易に見つかるのではないでしょうか。私は石川誠壱さんに譲って頂きました。多謝。


00/06/09
江戸川乱歩「算盤が恋を語る話」(創元推理文庫'95)

大正12年から翌々年の14年の間に発表された乱歩の初期短編十編を収録。本編の一作、『双生児』は短編ですが最近映画化されましたね。

博士夫人が轢死体で発見されたが毒を飲んでいた形跡が。名探偵の推理に疑義を唱える男『一枚の切符』
最愛の妻を火事で喪った男性が疑いを友人に抱き自らのプライドを捨てて復讐を図る『恐ろしき錯誤』
強盗殺人の罪に問われた男が獄中から双子の兄を殺した顛末を告白する『双生児』
明智もの。誘拐グループ「黒手組」に攫われた令嬢が身代金を支払ったのに戻ってこない『黒手組』
若くして死んだ弟の日記帳を読んだ兄が、恋い焦がれた女性へ出された暗号の秘密を解く『日記帳』
内気で真面目な勤め人がアシスタントの女性に自らの想いを算盤を使って告白する『算盤が恋を語る話』
成り上がり男に復讐を誓っていた老人が死亡した。安堵した男の周囲には老人の幽霊が『幽霊』
新興宗教が集めた金に日時指定の盗難予告が。警官まで警備に訪れ安心しきっていた矢先『盗難』
電車の中で行き会った男同士。片方は掏摸でどうやら線路脇に投げ捨てた蜜柑が怪しい『指環』
夢遊病で勤めを辞め、父親に寄生して暮らしている男の父親が頭を殴られ殺された『夢遊病者の死』胃以上、十編。

乱歩の短編の凄さを知るのに好適。二冊目にどうぞ
一冊目?そりゃ同じ創元推理文庫から出ている『D坂の殺人事件』ですよ。一冊だけ選んで読むのならそちらから。
『二銭銅貨』よりも先に執筆されたという幻のデビュー作品『一枚の切符』の論理的な構成。愛情故に周りが見えなくなって狂気的な想いに取り憑かれ自らその狂気に破滅する『恐ろしき錯誤』、自分自身で勝手に精神の地獄に陥ってしまい遂には事件が起きる『夢遊病者の死』あたりが特に印象に残る。中盤の暗号ものは我田引水的な印象がどうしても拭えない(乱歩に限らず個人的にどうしても)ものの、他の諸作品についても後に執筆される長編に通ずる独特の乱歩の持ち味が随所に現れており興味深い。
というのも、単純な勧善懲悪の探偵小説ではないところ。その姿が具体的に描かれていようが、解明時にちらりと見えるだけであろうが、物語の中で存在感と魅力を発揮しているのはどう考えても「悪役」サイド。結果的に追い詰められたり、死亡したり、発狂させられたりはしたとしても、犯罪計画を克明に考え、思い悩み、実行する彼らの姿は、実は「謎を解く側」よりも余程活き活きとしている。乱歩自身、自らの心の闇を原稿用紙に転写していたのか。悪役が前面に押し出されることにより、普通の探偵小説になり得る筋書きが「奇妙な味わい」の探偵小説に昇華している点にも注目したい。

創元推理文庫で現役で入手可能。この短編集の題名を、最も奇妙な題名の『算盤が……』にしたところには編集者のセンスを感じる。全編、初出当時の挿し絵があるのもこのシリーズの通り。細かいことながら雰囲気があって良いです。


00/06/08
戸板康二「才女の喪服」(河出文庫'87)

劇評家でありながら乱歩の勧めで推理文壇に登場した戸板氏の長編は、実に生涯でたったの三編しかない。その三作目が本書。とはいっても執筆されたのは'61年で、'93年に没するまでずっと短編専門の推理作家であったということになる。

世田谷の住宅地の二代目地主古谷徹は自らの詩作のために何一つ不足のない女房を追い出した。
その徹は妻と別れてから「妻」と名付けた連作の詩を発表、思わぬ評価を得、倶楽部でも評判。
教育熱心な女教師、初山幸子は同僚で奔放な性格、室戸夏子に対し言いようのない感情を持つ。
教育に詩作を取り入れる夏子は転校生の女の子が時々作る素晴らしい詩に大きな驚きを感じる。
日本愛鳥新聞を編集する古山克男は飼い鳩を可愛がりすぎ、家族に愛想を尽かされ逃げられた。
室戸夏子は投稿した詩が歌謡曲に使用されて賞を獲得、一躍時の人に。古谷徹から求婚される。
そして……。

NHK朝の連続ドラマ……を彷彿する日常重視のミステリ
この作品、連ドラどちらをも揶揄する気持ちは全くない。しかし、読んでいるうちに何となく思い浮かんでしまったことは確か。
恵まれた境遇のもと、詩作の為に生きる男性。死んだ妹に同僚を重ね、押しつけがましく見守る女性。詩作をしながら奔放に、現代的に生きる女性。暗い陰と盗癖を持つ不思議な少女。妻子を持ちながら心の底で初恋の女性を想い続ける男性……別々の舞台で流れるさまざまな人生が序盤から点描される。物語に事件性など微塵も感じられない。あるのはいくつかの人生と、男女の機微。淡淡と描かれる彼らが、ちょっとした事件を体験しながら少しずつ交錯していく様子。これは二時間のサスペンスドラマではなく、長期間にわたって放映される朝の連続ドラマの方法論に近い。そこにあるのは我々の生きる現実以上に現実的に感じられる日常。
そして、物語の三分の二を消化する段階にようやく事件が発生する。唐突だとさえ感じられる。もちろん真相は読者には謎。そして解決。そう、ここに至って序盤にこつこつと積み重ねられた日常部分が効いてくる。読者に対し完全にフェアとは言い難いトリックではあるが、少なくとも動機に関しては、それまで描かれた日常の中に実はきっちり潜んでいる。徹底的に「人間関係」にこだわったミステリと言えそうだ。

そもそもこの河出文庫版も当時「戸板長編の久々の復刊」と話題になった模様ですが絶版。もう一つの長編『第三の演出者』はハルキ文庫への収録が計画されているようなのですが……。


00/06/07
角田喜久雄「笛吹けば人が死ぬ」(広済堂ブルーブックス'73)

ふしぎ文学館で角田喜久雄が発刊された記念に積ん読を慌てて読むワタシ。この作品集は後に出た同題の春陽文庫版と全く異同がないため、どちらで読まれても良いでしょう(但し大昔に両方絶版)。表題作は第11回(昭和33年)の日本探偵作家クラブ賞作品。

「ハーメルンの笛吹き男」のような完全犯罪をなし得ることは出来るのか。奇妙な少女が警察と作家に挑戦する『笛吹けば人が死ぬ』
加賀美捜査一課長もの。改装工事中の店が停電中、一人の男が暗闇の中で殺害された。現場に残された燃えた燐寸は?『霊魂の足』
ホテルの密室で元劇団員が頭を平たいもので殴られて死んだ。彼はトランプの黒の三を握りしめており、背後ではレコードが『Yの悲劇』
戦争直後の田舎への買い出しに行った男性が列車で隣に立った男性について雨宿りの為に彼女の家にお邪魔する『沼垂の女』
新聞記者明石良輔もの。新進のカメラマンは明石に紹介された不思議な雰囲気を持つ女性モデルに惚れ込んで行くが『冷たい唇』
早苗が気付いた時、自分が誰だか分からなかった。彼女の側にはナイフの刺さった人間の死体があり、手は血で汚れていた『私は誰だ』
興信所所長の柳昌造は調査対象の資産家の女性、小暮麻里に興味を覚える。酒場で出会った二人は意気投合し、深い交際を始める『翳ある歯』
人格者で知られる伝道師の田崎は、自らの罪を告白したいという女性の住むアパートに向かう。彼女の戦慄の告白とその罠『悪魔のような女』
冴えない刑事、松下は遣り手の若手への対抗心から、独自の捜査を開始。関わりのある女性から新証言を得ることに成功するが『汚れたハンカチ』以上八編。

時代を超える本格短編、時代を超える本格サスペンス、時代を超える奇妙な味わい
角田喜久雄の、特に短編小説のセンスは完全に時代を超越したエンターテインメントである、と言い切りたくなった。なぜって? 収録作の全てが微妙に異なる肌合いを持ちながら、全てが面白かったから
本書は主に戦後に執筆された「広義の探偵小説」に属する作品群を収録している。それぞれの舞台の時代性も五十年近く経過した現在となっては、風化というより我々の知らない過去の日本がリアルに描かれている点、陳腐どころか、新鮮な驚きさえ感じる。そして当時は多少突飛でさえあったかもしれない登場人物(性的に奔放な女性、キザな刑事……)が、逆に現在読む分には限りないリアルを伴っている。犯罪者の持つ特有の狂気も、探偵の持つ哀しさも、結局人間そのものの姿というのはいつの時代であっても普遍的な存在であるという事実。角田氏の視線は、鋭く、深い。
全てがそうではないが、パズラーとしての才能も改めて感じる。人間を描くだけでなくきちんと文章の上に論理の城を構築して読者に挑む作品もきちんと発表している。未だにコアな角田ファンがいることも頷ける。

『底無沼』と創元推理文庫の『角田喜久雄集』を除くと、春陽文庫の『下水道』も国書の『奇蹟のボレロ』も着々と入手が難しくなっています。乱歩・正史以外の探偵小説を語る時に、決して外せない大作家。挑戦するのに損はありません。


00/06/06
村瀬継弥「藤田先生のミステリアスな一年」(東京創元社'95)

北森鴻『狂乱廿四考』が受賞作となった第六回鮎川哲也賞で佐々木俊介『繭の夏』と共に佳作に選ばれた作品。

藤田先生が入院した。次々と病院に集まる同窓生は当時のことを思い出す。三十年前、小学校六年生の僕たちの担任だった藤田先生は教育方法の一環として一年間の間に次々と「魔法」を見せてくれたのだ。「空の教室に千枚ものカラフルな絵を出現させる」「七夕の日の読心術」「不可能と言われていた樹海からの脱出」……他にも何にもない空き地に生徒全員分のサンドイッチを出現させたり、クラスに出回っていた不幸の手紙をインディアンの魔法を使って消失させたりと今でも皆の印象に強く残っている。そして、そのどれもが今に至るまでその「種」が誰にも分からないのだ。そして藤田先生はなぜ、自分たちの担任だったその一年だけ「魔法」を使って、後の生徒達にはそれを行わなかったのか。藤田先生自身にも謎があった。僕たちは、先生との久闊を除しつつ、当時の謎を解こうと頭をひねる。

「魔法」そのものよりも、三十年もの間、覚えていられる思い出
小学生だった頃の「謎」を三十年後四十過ぎとなった主人公たちが、解き明かそうとする物語……が基本となる。上記の通り、その謎も不可能的興味に満ちた、しかし人を傷つけないもの。しかも「先生」vs「生徒」の図式を取ることで、謎にありがちな「作為性」さえも物語の中で自然な形で打ち出している。(この作為という行為は謎の提示を作家が行う際に、実はかなりの苦労を強いられているのではなかろうか) 藤田先生自身の謎も絡み、「謎」への興味だけでも物語を最後まで引っ張る力量は充分に感じた。
しかし、推理小説という言葉の「小説」という部分を重視したくなる。羨ましいのだ。三十年経過しても、強烈な印象を残してくれる先生。その想い出を自分と同じレベルで共有してくれる友人。その時も、後になって振り返ってみても、あの先生で良かったと思える学校生活。……気付くと自分自身の最も幸せだったころの学生(児童)生活というのが思い出されてくる。作品を読み進めることが読者の記憶を呼び覚ますきっかけとなる。不思議でそして幸せな気分。
選評にもあったがトリックのいくつかには実はちょっと疑問も感じたけれど、決して致命的ではないし、そのトリックが語りたくてこの小説が存在しているわけではないはず。教育の大切さ、人間として人間に対するときに持っておきたい気持ち。そういったことをしみじみと感じながら頁を閉じた。

世の中の全ての「子供にものを教える人」ならば是非ともに読んで欲しい一冊。本格好きのパズラーにも、北村さんや加納さん系の「日常の謎」が好きな方にも、こんな作家もいるんだよ、と教えてあげたくなった。


00/06/05
岩本隆雄「イーシャの舟」(新潮文庫'91)

本書も今はない「新潮文庫ファンタジーノベルシリーズ」の一冊。第一回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作品『星(ほしむし)虫』の姉妹編にあたる。

巨大な緑地公園の一角で廃品回収業を営む若者、年輝。世の中の不運という不運を背負い込んだ彼の生活は、エザ婆さんという強欲かつ強烈な女性に支配されている。エザ婆さんは年輝を借金で縛り付け、タダ同然で働かせる。彼の唯一の友人、亨の父親が持ちかけてくれた別会社への就職のチャンス。製品をトラックに乗せ運搬する彼は、山道で若い女性と行き会う。彼女の頼みで出向いたところには銀色の球体があった。なんとそれは天邪鬼のタマゴ。彼は生まれたばかりの天邪鬼に「憑き」まとわれ、結局就職もふいにされ、再びエザ婆さんの下で働くことになる。結局共に生活することになった天邪鬼の子供に年輝は親しみを感じるようになり、手に負えない悪戯と戦いながら、亨と共に徐々に教育していくことに成功する。勘の鋭い少女、純に出会ったことから天邪鬼は女の子と分かり、そこから再び大騒動へ。

登場人物が男も女も子供も?もみなカワイイ、暖かみ溢れるファンタジー
徹底して「宇宙への憧れ」が描かれた前作に比べれば遙かに「分かり易い」ファンタジー。いきなり登場する「天邪鬼」と逞しく包容力のあるちょっとお人好しの男との共同生活。その周囲を理解のある坊ちゃん友人、超金持ちの跳ねっ返りお嬢様、幼くとも賢い少女、強欲意地悪婆さんとそれぞれに芯のしっかりした(多少類型的ではあるが)登場人物で固め、主人公二人の「悲惨な」生活を彩っている。ユーモラスに綴られる前半は、悲惨さ含めてどたばたコメディのように進むが、主題が明確になってくる中盤以降、読ませる展開になり驚かされる。
物語としての流れの上での説得性は『星虫』よりも本作の方が高いと感じた、というのも何となく既製品をつぎはぎされたような「環境問題」を唱われるより「家族」というもっと身近なもので物語の背景補強を行っていることに好感が持てるからか。訴えの切なさと、それにまつわる登場人物達の行動にこの作品の感動の元がある。それを考えると後半宇宙に飛び出す部分は無くとも良いようにも思える。細かいことなので気にならない人の方が多いと思うが。
最後の最後、ようやく迎えるハッピーエンドは完全なる「お約束」の世界ながら、やはりこの爽快感がなければこの物語は成立し得ない。ああ、楽しかった。

もちろん独立した作品として充分通用するのだけれど『星虫』を読んだ人ならニヤリとする個所も多く、ここは順番に読みたいところ。両方を通じて感心するのはこちらが「後」に出版されたことだろうか。ソノラマから復刊が決まり、続編ももしかしたら、という話。これは是非とも続いて貰いたい。


00/06/04
仁木悦子「枯葉色の街で」(角川文庫'85)

仁木悦子さんの七冊目の長編にあたり、元は'66年に日本文華社から刊行された作品。本文庫版の解説は天藤真氏がつとめている。

田舎から都会に出てきている青年、二十五歳の江見次郎は印刷所のガリ版切りの仕事で生計を立てており、本屋に勤務するとは親しい仲。ある日の夕刻、家への帰り道、見知らぬ男性が次郎にぶつかり「あ、ごめん」と言い残して去る。家に帰った次郎のジャンパーのポケットからは立派な札入れが。中身は無かったが名刺が八枚。曰くありげな札入れを は警察に届けようと主張するが、次郎はぶつかった男に小さい頃亡くした弟の面影を感じたことから、自分で持ち主を捜し出してやろう、と決意する。

素朴なのに本格、殺人事件なのに優しい
拾った札入れの持ち主を探し出してやろうという探偵趣味。それを実行させるのに仁木さんは底抜けのお人好しの青年を用意する。そんな彼を殺人事件の捜査に駆り立てるために、仁木さんは無垢で愛おしくて頼もしい四歳の女の子を用意する。そんな彼らを支えるために、仁木さんはお人好しの青年のことが好きな性格の良い彼女を用意する。
札入れに残された八枚の名刺から持ち主を探し出すという「日常の謎+ミッシングリンク」という謎を序盤に配しているかと思うと、最後の名刺の主、そして札入れの持ち主が立て続けに死亡するという事件を持ち出し「サスペンス+軽ハードボイルド」風の、関係者をてくてくと調べ廻るシーンを準備する。そして導かれたさりげない手掛かりから犯人を指摘する青年の姿は、「探偵小説」のそれであり、もちろんその中身もきちんと物語に配置された伏線から導き出せるもの。そう辿り着くのは「本格ミステリ」。……だけでなく、ラストシーン。これに「男の美学」が籠もっていて泣けるんだ、また。
登場人物設定といい、事件の進行や配置といい、少しの引っかかりもなく読ませる文章といい、推理作家として最高にノっている時期の彼女の全ての才能が本作に込められている。無条件にべた褒めしたくなる。ホントに。

出版芸術社他の復刻で仁木悦子・雄太郎ものの代表長編は新刊書店での購入が可能になりつつあるが、ノンシリーズ長編については角川・講談社の両文庫を探すことになる。比較的探求難易度は低いので根気よく探せば見つかる作品、そしてその価値のある作品。


00/06/03
小森健太朗「ネウウェンラーの密室(セルダブ)」(講談社文庫'99)

江戸川乱歩賞最年少最終候補者、小森氏の三作目の長編。元は'96年に講談社ノベルスより刊行された。後に取り上げられる古代エジプトを絡めた系列の最初の作品にあたる。

エジプトはルクソールでの発掘調査の取材を命ぜられた雑誌編集者の新郷は、現地へ向かう飛行機で学生時代の友人、宮地玲香と再会する。彼女は漆原教授率いる情報文化大学の発掘チームの一員で、彼はこれ幸いと彼らと同行することにする。ところが現地には、新郷が学生時代に付き合っていて、現在は漫画家となっている古割美紀子も取材として来ていた。日本チームの責任者である葦沢教授に対抗心を燃やす漆原教授だったが、偶然にも彼らが割り当てられた区画から手つかずの王墓を発見する。考古学上の大発見に繋がる可能性が高かったが、責任者の葦沢教授とエジプト政府は正式の採掘を施すため、調査ストップの命令がかけられる。ところが美紀子の娘の麻由が、どうやら遺跡に入り込んでしまったらしく救援のために漆原チームは遺跡の中に分け入ることになる。それが惨劇の序曲だった。

この結末に笑うか怒るか、驚くか。
本作を概略で説明すると、エジプト紀行−遺跡にまつわるエトセトラ−遺跡の中の冒険&惨劇−密室の解決、という流れになっている。
展開の逆から評したい。
まずは密室の謎の解決部分。好悪の差がハッキリ分かれるところながら、私はこれはこれで面白いと思った。密室そのものとしては反則すれすれともオソマツとも言えるものながら、その鍵を四千年前の古文書に求めたことを評価したい。古文書が物語に登場する最初から、何度も言及されている違和感が解決する時、同時に密室の謎も氷解するあたりなかなか気持ちが良い。
次に冒険と惨劇の部分。あまりにも類型的なきらいもあれど、私はここが一番好きだ。本文でも触れられている通り、インディ・ジョーンズのイメージ。密閉された遺跡の中で原因不明のまま一人、また一人と血祭りに上げられていく緊張感のある展開。陳腐な表現ながら手に汗握る。サバイバルアドベンチャー系のゲームのよう。
次に遺跡にまつわるエトセトラ。これは本書が成立するために必ず必要だろう。別に一つ一つの事柄を記憶する必要はないが、このような背景が物語にあるということは雰囲気として感じておきたい。それにこの系列の作品が成立するための物語の厚みという配慮もあるだろう。
最後に問題のエジプト紀行部分。 ああ、この部分に本作の冗長な部分が集中している。エジプトの雰囲気を出す必要は分かる。しかしそれ以上に物語の本筋とはあまり関係ない登場人物の行動描写が多い。言い方が悪いがすぐ犠牲者になる人物にそれほどに紙幅を割く必要があるのか。ある人物が一人一人にしつこく名刺を配るシーンなんて、あまりにくどいのでてっきりこれは後のミステリ部分の伏線に違いないと思ってしまった。……意味は無かった。

ということで、トータルとしてはそれなりに楽しめるものの「密室」に過大な期待をかけている本格ファンにはちょっとお勧め出来ません。歴史エンターテインメントとして手にとって下さい。


00/06/02
筑波耕一郎「「謎解き」殺人事件」(エイコー・ノベルズ'85)

雑誌『幻影城』出身の作家、筑波氏の後期作品。エイコー・ノベルズでは彼は”謎解きの名手”らしいですが題名と内容はほとんど関係ありません。

元雑誌社勤務で現在は詩人を目指しながら雑文書きをしている保科真一。彼の妹、弓子が会社の帰りに、交通事故で死亡した。弓子は病院で息を引き取る直前「後ろの座席の女の人……」と言い残していたが、死亡したのは彼女と助手席に乗っていた弓子と関係のない車の持ち主の二人だけ。後部座席に人のいた形跡はなかったため、単なる意識の混濁であろうと警察は取り合わない。恋人の基子と共に事件の関係者から話を聞く真一だったが、ブレーキ痕が無かったり、退社から現場までの時間が合わなかったりと妙な点が現れ始める。関係者を訪ね歩くうちに、弓子自身が何らかの陰謀に巻き込まれたのでは、と二人は考え始める。

序盤から中盤、終盤へと目まぐるしく変わる事件の様相
「事故車に乗っていたはずの人物が消えていた」という、比較的地味目の問題提示からスタート、関係者に当たると一つずつヒントをもらえ、次の関係者にあたるとまた次のヒントが……という中盤までの展開は、まるでお使い型のロールプレイングゲームのよう。このまま終わるのか、と全然期待せず読んでいたところ、中盤から不可能犯罪がぽこぽこぽこと飛び出し、俄然面白くなった。飛び込み台からプールに飛び込んだまま行方不明となった男。砂浜から海へ一直線につけられた足跡。アリバイ付きのナイフで刺殺された男。これらに実にさりげなく放り込まれていた伏線が絡んで、事件の様相がひっくり返っていくあたり、なかなか面白く読めた。
確かに、個別にトリックを検討すると「?」な部分や作者の気付いていないらしい矛盾もある。そもそもトリックが一種のバカミス的な真相だったり。それでも、通俗風犯人追跡サスペンスの流れの中に、なんとか本格推理風の謎を組み込もうとした作者の意図は買いたいところ。

今となっては完全にミステリマニアしか知らない作家かと思いますし、文庫化されず消え去ってしまっている作品です。なので「本格好きの好事家向け」の評価が妥当なところでしょう。


00/06/01
貴志祐介「青の炎」(角川書店'99)

本書は『黒い家』で知られる貴志氏の五作目の長編にあたり、はじめてホラー(サイコサスペンス)色を消しミステリ基調で描いた作品。

由比ヶ浜高校に通う櫛森秀一。母親の友子と中学生の妹、遙香と三人で暮らす平和な家庭に踏み込んで来たのは友子の元夫の曾根。曾根は家の一室を実質上占拠、酒浸りで競輪が趣味のこの男は人を圧する巨体の持ち主で、三人を脅かす。この男を追い出すのに弁護士の力を借りようとする秀一だったが、母親の友子は何故か曾根に弱みを握られているのか、消極的な反応しかしない。曾根は一家の金を無断で持ち出し、遙香の身にも危険が。家に弁護士を呼び出し、曾根と母親とのやり取りを盗聴することで一家に隠された秘密を知った秀一は、持ち前の頭脳を活かして真剣に曾根の殺害を計画しはじめる。

読み終わるのが、物語が終わるのが嫌で、つっかえつっかえ読んだ
帯に「現代版『罪と罰』」という記述があった。いろいろ悩んだがこの簡潔な言葉が一番適当のようだ。
今までホラー分野を中心にリーダビリティの高い文章と物語展開の妙を心得た構成で「一気読み」の作品ばかり発表してきた貴志氏。ところが本作、文章・展開どちらも優れていながら一気に読めない。予感、というのだろうか。ハッピーにならないであろうラストが透けて見えるので近づきたくないのだ。そっちに。
分類するとすれば倒叙形式のミステリで犯罪者が計画を練り、実行するものを言う。純粋にミステリ部分の骨組みだけで作品を評価すると、実は短編二つ分程度の中身しかないことに気付く。ここに高校生の悩みとか葛藤とか憤りとか恋とか焦燥とかの「青臭い」部分と、現代の世相を盛り込んで精緻を極めた犯罪準備段階の描写があるおかげでようやく長編足り得ている。恐らく同じ題材を使って別の作家が書けば、ほとんど印象の残らない本格ミステリになっていたかも。
ただ、この「青臭い」部分が途轍もなく重い。設定上の主人公の属性は高校生だが、冷静かつ頭が良すぎるせいか、高校生らしさはあまり感じない。その分、あまりにも大人びた彼が、時々垣間見せる「青臭さ」(言い換えると「人間臭さ」でもいい)、これが強烈に印象に残る。冷静な犯罪計画の動機となるのは「怒り」であり、続いて手を染める犯罪動機は「焦り」である。計画性と衝動の同居。恋に対する臆病さ。これらに加えて「恐怖」「躊躇」「麻痺」といった犯罪前の犯罪者の心理、そして「怯懦」「後悔」「疑心暗鬼」といった犯罪後の犯罪者の心理が詳細に描写されることで、櫛森秀一の姿は限りないリアルを伴って読者の前に浮かび上がる。人間が犯した罪は、傍からどう見えようとも、人間が自分自身で償うことになるのだ。それにしても、自らの決めた規範以上の想像を周りに拡げられないまま自己完結する主人公の思考、これが物語最大の痛さかもしれない。

余談ながら。日本において犯罪者に裁きを与えるのは刑法や少年法といった法律ではなく、正義を気取ったマスコミなのかもしれない、と、ふと思った。

刊行時期のタイミングが悪いに関わらず、「2000このミス」15位が示すように、エンタメ全般の愛好者層にアピールするところが強い。芯が強く優しく賢い男(「男の子」は似合わない)の悲劇。妙な考え方を承知で述べる。「もしかしたら自分はいつか犯罪を犯してしまうかも」と感じている人に一読してもらいたい気もする。下手な言説で犯罪の否を尽くすより、この作品一つの方が余程抑止効果があるかもしれない。