MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)− 


00/06/30
篠田節子「女たちのジハード」(集英社文庫'00)

'97年、第117回直木賞を、浅田次郎『鉄道員』と分け合った作品。篠田さんの作品で最も人口に膾炙しているのではなかろうか。同年にはNHKのBS日曜ドラマにもなっている(賀来知香子や三井ゆりや千堂あきほとかが出ていたらしい)。

浪費せず目立たずそれでも三十四歳になる今までしっかりとOL生活を続けてきた康子。
仕事の出来るしっかり者だが、社内結婚の既婚者ゆえに関係会社に飛ばされた、みどり。
来年は二十五歳、しっかりと誰が見ても「いい男」を捕まえて結婚したくてたまらないリサ。
頭の回転も早く何事もてきぱき、とにかく何か手に職をつけて自立を目論む紗織。
仕事も家事も何事も一人で満足に出来ないどんくさいが、好きな男には一直線、二十歳の紀子。
損害保険会社に勤務する五人のOLたち。彼女たちが自分なりの生き方、目標、自分の幸福を模索し握んでいく物語。

ジハード、即ち「聖戦」。女たちの聖なる戦い。果たして。
唐突だが篠田文学の真骨頂はジャンルミックスを越えたジャンルミックスにあると思っている。本作は、その篠田さんのテクニックをさりげなく平凡なOLたちの物語に当てはめてある。序盤はOLを主人公とした日常系の普通小説。結婚をエサにするスケベ男。妻を虐待する外面だけ良い男。結婚でぶつかる会社組織の壁……等々、悪く言えば会社で良くある話をコミカルに描いているにすぎない。ところが中盤を過ぎるに従い、彼女らはそれぞれが生きる世界を見極め、旅立って行く。彼女らの性格、経験、目標、努力、判断、そして出逢い。そういった要素を取り込んで精神的に成長する彼女らには「会社」というフィールドは小さすぎたのだろう。普通小説が、気付けば大人に向けたファンタジーへと変貌を遂げていると感じるのは私だけだろうか。単純なハッピーエンドではない。しかし少なくとも、自らの生きる世界を、甘えていた自分自身を断ち切って見つける彼女らの姿は爽快である。そう、「聖戦」は、世の男性連や、理不尽な社会に対するものではなく、あくまで彼女たち自身の中の「何か」と戦うことを指している。
本筋と関係なく改めて感心するのは篠田さんの取材力。第三世界の貧困問題から、環境サークルの実体、経営英語から、米国での免許取得学校の実体まで、サブテーマに過ぎない事柄のディティールを徹底して描いている点、舌を巻く。そして心に残る。篠田さんは「作家」だ。

文章は軽快にして、主題は濃厚。軽い気持ちで読み始めても、ぐぐぐっと引き込まれます。全ての年頃の女性が最も共感を得られるのかもしれませんが、男性が読んでもハマること間違いなし。もちろん当面、本書が入手出来ないなんてことはないでしょう。


00/06/29
高木彬光「黒白の囮」(角川文庫'77)

それまで短編にしか登場していなかった「グズ茂」こと近松茂道検事が探偵役を務める初の長編。「書き下ろし・新本格推理小説全集8」として'66年に読売新聞社より刊行された。グズ茂は高木氏本人とと同じ年齢で加齢しており、著者の分身と言われた。また黒白さん@BAR黒白の名前の由来は本作から(ですよね)。

商事会社の社長が名神高速道路で雨の中、突然ガードレールを乗り越えて事故死した。交通課の刑事がたまたま事故を目撃しており、社長が不審な電話で呼び出されたことから謀殺の疑いもあるとみて調査されたが、結局事故死と処理された。もともと病気だった社長夫人はその後病死、続いて今度は嫁いでいたその娘が絞殺される事件が発生。商事会社の実権を巡り、様々な確執があることが判明、関係者のアリバイや動機を手繰った結果、社長秘書の関口友子が殺人の疑いの重要参考人として呼び出された。彼女の特徴的な車が事件当夜、現場近くに駐車されていたのがその理由。ところが彼女の婚約者の弁護士、松浦の奮戦と「グズ茂」こと近松検事の捜査のやり直し指示により彼女は釈放され、事件は一旦振りだしに戻ってしまう。

本格推理でありながら、本格推理を否定しつつ、やっぱり本格推理
「読者への挑戦状」つき。……とはいえ、本格推理(クイズ)としては特殊な知識も必要だと思える部分もあるので、完全にフェアとは言い難い。しかし本書の眼目はむしろその「挑戦状」に至るまでの二転三転する容疑者捜し&アリバイ崩しに存在している。「本格推理」と呼ばれる一連の作品の解明部分を読んでいて時々頭を過ぎる「ちょっとこの行動は不自然だよなぁ」という部分、これを自ら否定してしまうのだ。「たかがアリバイを作るためにそんな不自然な行動取る?」「頭のいい犯人がわざわざ印象を残すような行動をする?」といった推理過程での疑問。これを探偵役の近松検事は登場人物でありながら口にしてしまう。(本来ならば作者にとってタブーであるはずなのに!)その結果、折角築き上げられたアリバイトリックとその推理は否定され、振りだしに戻って捜査陣は最初から改めて事件像を構築せざるを得ない。この二度、三度のやり直しの過程それぞれで築かれる論理もかなり練り込まれており、感嘆に値する。そして何よりも、この二転三転が、読者へのサービスの意味だけでなくきちんと隠された必然的理由があることが本作最大のポイントだろう。「彬光らしい」などと形容詞で片づけられない深謀遠慮には唖然とさせられた。

フク的高木彬光再評価はホントにのんびり時間をかけてやろうと思っているので、皆さん気長にお付き合い下さいますと幸いです。入手可能な(古書でね)傑作揃いの著作がまだまだ大量にありますし。本書も高木のベスト級に入れる人が多い作品。


00/06/28
松本清張「わるいやつら(上下)」(新潮文庫'66)

'60年(昭和35年)から翌年にかけ『週刊新潮』誌に連載されていた作品。多彩な松本氏の作品のうちでは「犯罪小説」の系譜に属する作品か。

三十二才の内科医、戸谷信一は医学界の重鎮の息子として生まれ、父が亡くなってからは若くして病院長となっていた。しかし完全に人任せの病院経営は慢性的赤字が続いていたにも関わらず、彼は骨董品の蒐集と女性交際にのめり込んでいた。その交際も独特の信念から彼は経済力のある女性にしか興味を示さず、彼女たちからお金を搾り取っては骨董の費用や病院の薬代に充てる生活を送っていた。自身の妻子と別居している上に洋品店経営の藤島チセ、家具店を切り盛りする横武たつ子、看護婦長、寺島トヨらと深い関係を継続、更に美貌の才媛、洋装店を経営する槇村隆子に興味を示す。プライドが高く、警戒心の強い隆子は容易に崩せないため、信一は友人の弁護士、下見沢を立て、彼女に結婚を申し込み激しく揺さぶりをかける。

ピカレスク・ロマンと倒叙推理の融合。これも一つの「罪と罰」
原稿用紙換算で千二百枚あるという。厚めの文庫本二冊を通じて描かれる、昏い欲望の炎に彩られた好色で吝嗇な男、戸谷信一の物語は、一旦引き込まれると嫌な予感を抱きつつも手放せないような魅力を持つ。序盤から中盤にかけては、戸谷の女性を騙す手口が描かれ、欲望に突き動かされるように犯罪に染まり殺人に至るまでの様子が中心。更に終盤にかけ、今度は次々と犯罪を繰り返す戸谷が目論む完全犯罪の構築状況が語られ、当然ラストはそれが瓦解し、真相が明らかにされる……
社会問題の告発という視点からは、せいぜい医者による死亡診断書の悪用を現行システムではチェック出来ていないことを問題視している程度。また特定のモデルも恐らく存在せず、この作品で社会を描いているようには受け取れなかった。物語内部で最も激しく存在感を主張しているのは、妙に憎めない戸谷という男の運命そのもの自らの欲望に忠実に生き、他人を犠牲に甘い汁を吸っていた男が、徐々に逆の立場に堕ちて行く展開は、最終的に「わるいやつら」という題名の意味を噛み締めながら幕を閉じる。悪漢なのに不思議と戸谷に感情移入してしまうのは、ある意味、凡庸な男の妄想を体現化しているからかもしれない。

本の厚みに見合った中身の厚みを感じさせられる作品。犯罪小説に倒叙の興趣を加えているものの、サスペンスの要素を後半に混ぜている関係上、「本格」としては評価出来ないかも。また時代経過による多少の古臭さは拭えません。結局、ミステリとして読む作品ではない、ということでしょう。


00/06/27
左右田謙「一本の万年筆 −県立D高校殺人事件−」(春陽文庫'86)

左右田謙名義(以前は角田実名義で執筆)での第二長編。本書は元々'78年、あの幻影城ノベルスの一冊として『疑惑の渦』の題名で刊行された作品を文庫化にあたり改題したもの。左右田氏は元高校教諭でもあり、学園ものが真骨頂とされている。

千葉県立D高校の二年生が寝台特急「出雲」にて修学旅行に出発する日、東京駅では数名の教師がその見送りに来ていた。その一人、苦労人ながら教頭に抜擢され我が世の春を謳歌する金杉は、前夜にかかってきた電話の指示通りに上野公園にあるという料亭に在京県人会の幹事として出席しようとするが、場所が見つからず虚しく帰宅する。同じ頃、同じ上野公園内で、D高校家庭科教諭の鳥山安子の殺人死体が発見された。現場近くに落ちていたM・Kと彫られた万年筆を頼りに担当の木俣刑事は、D高校の在籍職員の中から、釘本充という教師に目を付けるが、彼は修学旅行の引率で「出雲」に乗車していたという。この事件をきっかけにD高校の生徒である宍倉次朗は、自分だけが知っているあることを手掛かりに事件の真相を探るべく行動を開始した。

本格指向とサスペンス指向の狭間で
新本格を意識して執筆されたと思しき『狂人館の惨劇』は局地的にブームを呼んでしまったが、こちらが本来の左右田謙の持ち味だろう。元高校教諭だけあって(ちょっとばかり古いながら)学校を舞台に先生、生徒が活動するあたりの描写など、活気が見られる。
物語は女性教師が殺害される事件から始まり、続いて学校出入りの写真家、そして更に、と発生する連続殺人事件。これらの事象だけを並べて、アリバイ・動機の点で全てが疑わしいのが教頭、金杉である。しかし彼の一人称の描写が半分近くを占めている通り、読者には彼は犯人ではないことはハッキリしている。「誰がどのような目的で教頭を陥れようとしているのか?」が本書の骨格。対して安全圏にいる真犯人。彼が弄した様々な作為に刑事が挑む……そして、アリバイは少しずつ解かれていくのだが、この過程がなんとも中途半端でもったいない。刑事が淡泊というか、一つアリバイを崩しては中断、しばらく経過してからまた一つ、という風で全体における「解明」の比重がめちゃくちゃに薄いのだ。無実の教頭を巡るサスペンスで仕上げるのか、本格推理的に仕上げるのか迷いがあったのかもしれない。アリバイトリックそのものもオリジナリティはあっても、「ほんとにそんなんで?」(左右田好きには堪りません)というレベルであり、本来は見せ方に大工夫が必要ではなかったか、と感じた。

『狂人館』ほどの驚愕はありません。トリック一つ一つの粒が小さい割りに本格推理を狙っている分、折角のサスペンス要素が減衰してしまっているのが惜しい。当時の『幻影城』読者もこれでは満足しなかったことでしょう。ストラングル成田さんの密室系、30,000アクセス記念に頂きました本です。どうもありがとうございました。


00/06/26
樹下太郎「サラリーマンの勲章」(文春文庫'83)

'58年『悪魔の掌の上で』が『宝石』『週刊朝日』共催の懸賞に佳作入選にてデビューした樹下氏。独特のサラリーマン小説及びサラリーマンを主人公とした味のある推理小説を発表してきた。本作は'64年に文藝春秋社より刊行された単行本が文庫化されたもの。

生涯出世したくないと思っていた男が課長になり、そのプレッシャーから……『消失計画』
美人受付嬢に一目惚れして入社した男。しかしその娘は別の男と婚約してしまった『天使勲章』
課長の不正を偶然知った男は冷や飯を食わされていたが、恋人と共に復讐を図る『衣装作戦』
結婚しない課長の下で働く男は、保養所でオールドミスの女性と一夜を共にする『夏は危険』
言い訳をしないという誓いを立てて働く男は、役立たずの社長の弟が部下につけられ『反骨勲章』
優秀なのに何かと人事部長の反感を買った男がとうとう左遷させられることに『秋風北風』
一つの会社で昇進するにつれ会社を辞め、次の会社に平社員で入社する男の秘密『反省勲章』
趣味の詩作が週刊誌に扇情的に取り上げられたため万年係長の男が若い男を育てる『風と旗と』以上八編。

植木等時代的サラリーマン社会の悲喜こもごも
バブル以前、多分'85年前後の円高不況の頃、と個人的には考えている。戦後、基本的に一貫して日本経済が成長を継続、同じようにマジメに普通に働いていれば安泰、という植木等の唱う「♪気楽な稼業」的サラリーマン社会が終焉を迎えた時期は。名実共に「実力主義」が企業にも浸透、個人主義も拡がり転職も当たり前となった現在、本書で謳われているような「9時〜5時」「ゴマすり」「出世のための足の引っ張り合い」的サラリーマン像、会社像はもはや過去のもののように思われる。それでも、給料を貰って会社に奉仕するという根本的な図式は変わっていない以上、同じサラリーマンとしていくつか思い当たる節もある。表面的な部分でなく本質を感じつつ読めば、彼らの悲喜はまた心にしみる。昇進、転勤、社内結婚、左遷、冷や飯……組織ゆえに組織を維持しようとする力が常に働く。その結果、彼らにもたらされる悲劇や喜劇は、組織の中で生きる全ての人々に形態は変わっても、本質として当てはまる部分があるだろう。
特に『反骨勲章』は御約束の話運びながら傑作。主人公の持つ真の反骨精神、これは組織社会ならずとも男として羨ましく思え、またその迎える結末には思わず目が潤むものがある。

もしかするとこの連作短編集の主人公は、個々の人物ではなく「会社組織」そのものなのかもしれない。登場人物の枠の中、少しくらい歪であったとしても、誰もが組み入れられ、誰もがその通りに動いてしまうものなのかもしれないから。


00/06/25
黒田研二「ウェディング・ドレス」(講談社ノベルス'00)

黒田研二氏による第16回メフィスト賞受賞作品。ただ、ネット系ミステリ者にとっては、本格的総合ミステリサイトの老舗MYSTERY MUSEUMのくろけんというお名前の方が有名でしょう。

<祥子>生まれる前に父親が蒸発したことで心に傷を持つ祥子。大手ゼネコンをリストラされ、喫茶店のアルバイトとして目立たず控えめなまま生きてきた彼女は母親を喪った日に、ユウという青年と出会い励まされたことから彼に心を開き、彼のプロポーズを受け容れる。
<ユウ>祥子にプロポーズしたユウ。彼には双子の兄、誠がいるのだが、彼は婚約者を謎の自殺で喪った後、突如失踪してしまっていた。また彼は祥子が、毎週月曜日と金曜日の連絡が取れないこと、謎の電話がかかってきたことなど、ほんの僅かながら疑心を抱いた。
<祥子>二人は新生活への準備を着々と進め、祥子は母親の形見のウェディング・ドレスを抱いて式を挙げるため教会へ。ところが指輪を忘れ、慌てて取りに戻るユウ。ところが教会にはユウが交通事故に遭ったとの連絡が。
<ユウ>指輪を持って教会に戻ったユウを待っていたのは祥子ではなく、彼女の婚約者と名乗る二人の男達だった。祥子は三人の男と同時に婚約をしていた性悪女だったのか?
 果たして……。

新本格スピリッツを濃縮培養した新本格作品がまた登場した
何を書いてもネタバレになるなぁ……。 未読の方は虚心にストーリーを淡淡と追うのが吉。ミステリ的には新本格のスピリットが色濃く現れており、いくつも仕掛けられたトリックや読者への罠にはきちんと伏線が張られ、狙いは「読者のサプライズ」と合わせて強い「整合性嗜好」が感じられる。このあたり、大森氏推薦文「体脂肪率0%」に繋がる部分かも。えぇい後はネタバレで。
(反転してね)
本書は『ハサミ男』同様、文書構造中の仕掛けに気付くか否か、で評価が変わってくるだろう。作者が明かしている部分まで二重構造に気付かなければ、高い評価になるのは当然。ただ読み方がスレたのか、私は新本格第一世代以降の作家が複数視点で物語を書いていたら、いきなり叙述を疑ってかかってしまうのだ。本書は残念ながらすぐそのコードに引っかかり、そして構造が見えてしまった。(「祥子」の字の画数が違うかも、と疑ったりもしたけど)更に読み進めるうちに登場人物の足し算と引き算を行うことで本来だとサプライズになるはずの部分がどんどん差し引かれてしまった。このことは逆に「体脂肪率0%」の弱点かも。脂肪が少ない分、肉が削げると骨や内臓が見えてしまうから。「新本格ミステリ」としては完成しているだけに、ミステリ部分を破られた時に脆さがあるように思えるのだ。
良くも悪くも驚天動地の密室トリックはどう反応すべきか迷うくらいに面白かった。この点にも不満があって。この仕掛けのためにAVを使用するところまでは、個人的にあまり好みではないけれど目をつむれる。しかし、ここから派生するレイプビデオという設定はその手口の幼稚さ、不自然さが目立ち過ぎ(そもそも顔を見せて誘拐するとは!)合わせて立ち上る不快感を押し潰すほどの説得性は感じられなかった。個人的には別の方法で処理して欲しかった気がする。


個人的にはシンプルで乾いた文体、独創的な部分と温故知新的な部分が程良く調和されたサプライズ等々のセンスを買います。新本格ミステリとしての完成度は高く固定ファンもつくことと思いますが、もう一つ思わず手に取りたくなるような魅力が創れれば大化けしていく方でしょう。


00/06/24
大谷羊太郎「殺意の演奏」(講談社文庫'75)

'70年、第16回の江戸川乱歩賞の受賞作。とはいえそれまでに大谷氏は三年連続で乱歩賞最終候補に上っており、本作受賞前に『死を運ぶギター』(後に『死を奏でるギター』に改題)にてデビューは果たしていた。

二度の大学受験の失敗から、芸能ショーの司会者へ転身、そこそこの成功を収めていた細井道夫という男が、訪ねてきた親友、村田により死体となって発見された。部屋は内鍵を下ろした密室で死因はガス中毒。机上には遺書とも思われる暗号日記が残されていたおり、それを解読した警察は事件を自殺と断定する。十年後、あるきっかけから細井の弟でアナウンサーの杉山真二は、この暗号日記の裏にもう一つの意味があることを見出し、兄の自殺は他殺ではなかったか、と疑い始める。他殺となるとすると壁になるのは密室だが、それを恋人の妙子と共に打破した杉山は、兄の親友だった村田と接触、村田は司会者時代の細井と親しかったという元芸能人から秘密を探り出す仕事を快諾した。

二つの密室・暗号・動機捜し。走りのメタミステリは、痛いほど本格指向
物の本によれば、大谷氏の持ち味は「芸能界+本格ミステリ」であるとも言う。本書ではその二つの部分はもちろん遺憾なく発揮されている(芸能界ネタは多少薄いが)上に、かなり大胆な試みが施されている点と、特異な動機が非常に印象に残る。
「一つの物語が解決され、それが読む人によって二通りの受け取り方が出来るような作品を書く」……当時、その言葉はまだ成立していなかっただろう。「メタミステリ」。フィクションが宿命付けられるミステリでありながら、入子構造を使用して、小説内のフィクション部分、事実部分の境界を曖昧にし、読者によって様々に解釈することが出来るミステリ。まさに狙いはこれ。残念なのはまだ時代が(読者が)ついて来ていないことを意識したのか、解決の後、説明が鬱陶しいくらいに長いことか。物語的には気持ちは分かるもののメタへの指向が強すぎ、折角のもう一つの深い人間観察による動機が、薄められている点が気になる。
とはいえ、純粋なミステリ部分だけを取り上げても(そちらの方が)読み応えがある。二つの密室とパズル。ハウダニット、フーダニット、ホワイダニット。幾つもの「W」が登場する謎の散らし方。賞狙い独特の熱意が横溢している感。トリック的には時代の経過のせいか「どこかで……」という気もするが、多少致し方ない。

乱歩賞とは言えど緻密に分析すればどちらの狙いも甘さも目立つ。しかしこの動機に関しては類を見ない独特の面白さがある。講談社文庫の乱歩賞シリーズで読むことが出来ます。


00/06/23
結城昌治「軍旗はためく下に」(中公文庫'73)

'59年デビュー後、本格、ハードボイルド、ユーモアなど様々な分野の推理小説を発表してきた結城氏による、太平洋戦争従軍者の悲劇を真正面に捉えた非ミステリ作品。第63回の直木賞を受賞した。

陸軍伍長が戦地に惚れた女を訪ねた帰り、ゲリラの襲撃を受け重傷を負う。捉えられ捕虜とされるも脱走を図って帰還した『敵前逃亡・奔敵』
前線で欠乏しがちの食料を私物化、女にうつつを抜かす高級将校の所業に耐えかねた兵卒が自らの指を切り師団長に直訴をする『従軍免脱』
敗色濃厚なフィリピン戦線。敵の猛攻撃を受けキャンプからの一時的な対比を命じた寄せ集め部隊の中隊長『司令官逃避』
補給のない舞台。一人の軍曹が隊を離れ戻らなかった。彼は逃亡罪にて死刑と記録に残り遺族は未だに肩身の狭い思いをしている『敵前党与逃亡』
粗暴で嗜虐的な上官に虐げられ、栄養失調寸前の部下達が決起勢いで上官を殺害、そのまま終戦を迎える『上官殺害』以上の連作形式の五編。

日本人の醜さ、戦争の醜さを直視する一冊
五つの作品をほんの簡単に紹介しているが、もう一度読んで欲しい。四作目『敵前党与逃亡』のみ戦後の関係者インタビューで当時の出来事を浮かび上がらる形式ゆえ、多少異色だが、残り四つの作品、全てメインの登場人物は、軍令に違反したかどで「処刑」される。補給が途切れ、弾薬が尽き、敵の猛攻に晒されつつ、ひどい衛生状態と飢餓に悩まされる戦争末期の最前線。それでも上官には絶対服従、敵に背を見せるな、前を向いて死ね……太平洋戦争中の軍隊の法律は基本的に「兵卒は命令に背くな、死んでこい」というものでしかなった。日本という国の精神主義は未だに言われるが(根性とか)、この時代が一つのピークだったのではあるまいか。人間としての尊厳さえもとうに喪い、ぎりぎりの生を彷徨わされていた兵卒たち。果たして彼らは絶望の中で何を選んだのか。住民など戦争被害者は悲惨である。そのことも触れられている。しかし最前線にいる兵卒の多くもそれに劣らず悲惨な状況下に追い込まれていたのだ。
組織の自己防衛。酌量をみとめない杓子定規の法解釈。徹底的な個人の尊厳の無視。行政、会社、学校。形を変え姿を変えながらは日本人の中で連綿と継続する日本社会の最も醜い部分が軍隊に仮託されて表現されているとも読める。

ミステリではないし、表立って反戦を謳った作品でもない。しかし戦争が引き起こした現実を直視させられ、更に色々と考えさせられる作品。日本人として知っておくべきことが詰まっている。


00/06/22
南條竹則「酒仙」(新潮文庫'96)

'93年第五回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞の受賞作品。早くから創作・翻訳を重ねていた南條氏のデビュー作は筑摩書房『虚空の花』という幻想小説。南條氏は現在も大学の講師、そして「幻想文学」の最初期からの同人という側面も。

大昔の先祖から資産家の家柄だった暮羽家も左近の曾祖父が酒に取り憑かれ、代々飲み助を輩出したところから傾きはじめ、バブル弾けた左近の代、その借財はついに六十億にも達してしまう。やっぱり飲み助の左近は、最後の一花と湯船に紹興酒を満たし往生を試みる。ところがあまりの酒品の高さゆえ、蓬莱山に住む鉄拐仙人に助けられ、彼には酒星の印があることを知らされる。千年に一度の聖酒変化の儀式を行うことが左近の使命となり、彼は従者のどぶ六と共に「酒徳を積む」という修行に明け暮れることになった。儀式には聖徳利と聖杯が必要なのだが、そのうち聖徳利が邪悪な<魔酒>を醸造販売する三島業造に奪われてしまい、彼らは運命の対決を行う羽目に……

お酒は二十歳になってから。酒と料理と文学を愛する大人へのプレゼント
普段からこだわりを持って旨い酒を飲んでいる人には堪らない作品。つまり「アルコールだったら何でもいい」「高い酒は旨いような気がする」「自宅で毎日飲むのは安酒で構わない」というレベルの酒飲みには、あんまり面白くないかもしれない。真の酒飲み。銘柄ラベルや価格でなく「自分自身の舌で酒の旨さを評価出来る」人に捧げたくなる作品全編酒尽くし。読んでいて口の中に涎が湧いてくる人とそうでない人で、本書の評価はがらりと変わるに違いない。
ストーリーそのものは単純かつファンタジーの王道。神様に選ばれた戦士が修行を積み、地球を守るため悪の手先と戦う物語。ね、王道でしょ? しかしその王道に纏わる装飾部分が半端じゃない。酒だけでなく、インドや中国の哲学倫理観、各種の詩、そしてもちろん各種の料理学食事学。それらが蘊蓄臭くならないようにストーリーがさりげなく、時には大胆に身に纏っているのだ。偉そうなことを書いている割りに、私自身哲学関係、詩関係の知識は皆無に等しいので、実は酒と料理を頼りに読み進めた。逆に思想に詳しい人ならそれはそれだけで楽しめるレベルかと思う。知識と舌と香りで創り出された世界、入ってしまえばこれが酔わずにいられますかってんだ。
また音読を意識したかのようなテンポの良い文章にも注目したい。

第五回のこの賞は激戦。大賞受賞は佐藤哲也。候補に上がりながら受賞を逃したのが小野不由美と恩田陸という今をときめく二人。しかしやはりある程度の読者を選ぶ作品である以上、大賞を逃したのは仕方がないことかも。


00/06/21
新世紀「謎」倶楽部「堕天使殺人事件」(角川書店'99)

戦前、乱歩らが中心に執筆した『江川蘭子』などのリレー形式の本格推理小説の試み――をなんと二階堂黎人、芦辺拓の両氏が中心となって実行してしまったという作品。事前打ち合わせ一切無し。前の担当者分を引き継いで書き、質問一切禁止――という厳しいルールのもと、完成した作品が本作。

執筆陣は上述の二階堂黎人氏が書き出し、芦辺拓氏がトリを務め、以下執筆順に柴田よしき、北森鴻、篠田真由美、村瀬継弥、歌野晶午、西澤保彦、小森健太朗、谺健二、愛川晶(敬称略)。

北海道、小樽。名物の運河に一艘のボートが浮かんでいた。その上のシートが風に煽られて乗せてあった「もの」が露出、それはウェディングドレスを纏った女性の死体であった。更になんと首、胴、両方の手足の全てが切断され、再び継ぎ合わされている猟奇死体。調査の結果、その六つの女性のパーツは全て異なる女性のものであることが発覚した。その頃、仮名文字新聞札幌支局には一本のビデオテープが届けられる。《堕天使より》とメモのついたそのテープを再生したデスクの平林は驚愕する。画面にはチェーンソーで女性を切断する男性の姿が映し出されていたのだ。また、一方、同じく北海道の苫小牧では原生林の中で不審なバスが発見される。運転手を含め、中では九人の若い男性が頭を特殊な凶器で穿かれ惨殺されていたのだ。床には十六本もの睡眠薬入り缶コーヒーが転がっており、発見者の新聞記者は行方不明となってしまっていた。

お祭り騒ぎの異様な熱気と通俗探偵小説的サービス満点の内容と
出だしがかなりセンセーショナルな大量殺人事件に設定されている。第一話だけで十数人が殺され、進行に連れ、他の作家もぽんぽん登場人物を殺してしまう。妙な意味で派手に景気がいい。十一人もの作家が書き継いでおり、解決を自分でつけなくとも良い安心からか、いや、逆に解決を自分で書くことが出来ない不満からか、中盤以降、事件もそうだが蘊蓄も伏線も大ばらまき。そしてそれまでの作家が残して来た路線をひっくり返してみたり、自分で事件を起こして自分で解決してみたりと一人一人が極端な姿勢で作品に臨んでいるのは合作ならでは。自分の色を思い切り出す人、出来るだけ個性を消す人と様々なのが面白い。この「景気の良さ」「派手さ」……どこかで感じたことがある……と思ったら、通俗探偵小説のノリと同じなのだ。新聞連載で拡げるだけ拡げた風呂敷を慌てて畳もうと奮闘、どたばたとラストに至るあたり。しかし、こんなに播き散らかされた破片は、果たしてそもそもパズルのピース足りうるのか? 収束させられるのか? ――と、物語本筋の展開というより、次の作家がどのように今までの物語をひらくのか、という興味で読ませる部分が実は強い気も。
そんな中、一際目立つのは行けるところまで解釈を加えたラス前愛川氏、そして執念の力技にて一応の筋道をまとめあげた芦辺氏の大健闘。この努力は褒め称えたい。だけど「やったね」と素直に面白さを誉められる反面、結果的にはみ出してしまった部分の濃さ、重さに辟易とさせられる側面もある。次回に同じ試みをするのならば、行き当たりばったりではなくもう少しルールを決めても良いのでは、などと読者として勝手に思う。例えば自演自解禁止とか、蘊蓄は四百字までとか。

学生の文化祭の劇を見終わった後のような読後感。結果だけではお世辞にも傑作とは言えないが、その過程を読者にはじめから知らせることで「一生懸命頑張りました」という部分に拍手せざるを得ないというか。とはいえ、私は通俗探偵小説も大好きなので結構楽しめました。