MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)− 


00/07/20
有栖川有栖「幽霊刑事(デカ)」(講談社'00)

'97年の『朱色の研究』以来久々に刊行された長編。同社の「IN★POCKET」に連載されていた作品をまとめたもの。探偵役は「幽霊」で、もちろんノンシリーズ作品。

  気付いてみると自分は幽霊になっていた。自分の身体は半透明に見えるのだが、周囲の一切からは全く無視される。どうやら自分は死んでいるらしい。自分は神崎という二十八歳の警官で、巡査部長試験を受験しようとしていて、合格したら同僚で恋人の森須磨子にプロポーズしようと考えていて、そしてある日、上司である経堂課長に夜中に砂浜に呼び出され、いきなり銃で撃たれ殺された……。どうやら、死んでから一ヶ月が経過しているらしい。幽霊の身体を利用して様子を見にいったところ、母親と姉は哀しみにくれており、恋人の須磨子も打ちひしがれていた。更に元職場である警察を訪れると、後輩だった早川だけは、自分の身体が見える上、話が出来ることが判明した。彼に恐山のイタコの血が流れていることが理由らしい。一方警察は犯人を挙げるどころか、見当違いの方向を捜査しており、一向に犯人の上司が捕まる気配はない。果たして自分は何故撃ち殺されなければならなかったのか? 神崎は早川と二人三脚、調べを開始する。

「幽霊」がもたらす、本格スピリット+ユーモア+ハードボイルド、そして純愛
「死者は語らず」というが、本作、殺された被害者が幽霊となって甦り、犯人を追及してしまう。幽霊という響きほどに悲壮感や恐怖感はなく、コメディ的に仕上げてあって読んでいて実に楽しかった。いろいろな要素を貪欲に取り入れることで、万人受けする内容になっている。SF的な要素をミステリに組み入れている点、アプローチとしては西澤保彦系……に見えるのだが「事件の背景」でなく、「事件の解体」に幽霊を使用する分、基盤となる部分は異なるか。
詳細に分析すればミステリ的には軽い。トリックも大がかりでなく細かなものの積み上げで決して目新しいものでもない。それらを物語の舞台そこかしこに効果的に配置することで、物語全体のミステリ的興味を上手に支えている。(ここのところの短編集はこの「細かなもの」で一作もたせようとしていたことで無理があったのでは?)更に、最終的な意外な真相は微妙な伏線から導きだせるようにしてあり、有栖川氏の本格へのこだわりは健在。ただ、真相の隠し方、演出から受ける印象は論理にこだわるクイーンからの訣別、とまではいかないまでも同じ論理でも見せ方や心理を重視するクリスティ的なミステリへと変貌しつつあるように思えた。(この分析は的外れかも)
しかし、このストレート過ぎる題名は損。内容的にはまさに「幽霊デカ」なのだがもう少しコジャレた題名にして、従来の有栖川ファン、本格ファン以外にアピールを拡げる可能性を持つ好作ではなかったか。もったいないぞ。ラストの「泣き」なんて、予定調和的大団円でしかないのは「理」では分かっていても「情」に響く。好きだな、こういうの。

ここだけの話、もう有栖川有栖は作家アリス、学生アリスに拘泥する必要はないのではないだろうか。『幻想運河』にしろ本作にしろ、別アプローチの作品の方により高い魅力を感じるのだが。


00/07/19
小泉喜美子「またたかない星(スター)」(集英社コバルト文庫'79)

「青春本格ミステリー」と銘打った短編集。とはいえ実際にジュニア向け雑誌に発表された作品は二つほどで、残りは「小説推理」や「小説サンデー毎日」など一般誌に発表された作品が集められている。

別荘地で少女が「監禁されているの」と認めた手紙をわたしに。果たして彼女は有名なアイドルなのか?『またたかない星』
その大学生は友人が殺されているのを知りながら、彼の女友達のためにいろいろな演技をするが、最後に気付かれてしまう『犯人のお気に入り』
日本に住むフランス人の子供、アンリ・ジョルジュ。彼はひどいいたずらっ子で幼稚園を放逐されるほど。実際アンリが好きなのは運転手のアオイだけ『子供の情景』
田舎から歌手の夢を持って上京した妹が自殺した。兄は葬儀のために上京、復讐のために自殺原因を調べはじめる『兄は復讐する』
わたしの愛する教授は奇妙な歌舞伎のかつら師宅に訪問した。丁度その時分、女性の髪を切る通り魔が世の中を騒がせていた『髪――(かみ)――』
「殺人者がこの地方に来ている」わたしはそれでも子供の頃に憧れていた故郷の西洋館へと足を運んだ『殺人者とおどれば』
専務令嬢との結婚を決めた男が、子供が出来たという昔の恋人に殺意を。犯罪計画と共にドライブに誘い出すが『殺さずにはいられない』以上七篇。

ちょ、ちょっと待ってよ。なんでコバルトで出てるの?この本
ハッキリ断言しよう。これもまた一つのネタバレと言われてしまうかもしれないが。本書、「コバルト文庫」という出版形態が既に一つの大がかりな読者へのトリックである。リドルストーリー、ハードボイルド、大人の女の諦念、犯罪者の心理……等々、収録作全てが、小泉さん独特の美学に彩られていて手抜きなど微塵も感じられない。登場人物が田舎から出てきた芋兄ちゃんであろうと、ちっぽけな夢を胸に抱く女子大生だろうと、下らない理由で殺人計画を練るしょうもない男であろうと、不思議と魅力的な煌めきが、彼らの回りに満ちている。本作、外れなしだが特に『犯人のお気に入り』と『殺人者とおどれば』の二つは傑作。(題名だけでも小泉さんらしいセンスに満ちている……)内容は伏せるが、いずれも「思い」に揺れる女性の一人称を非常に効果的に配することで(私が男性だからだろうか)、見事に裏切られた。
小泉さんは本当に不思議な作家だと思う。センスだけで書いているように思わせておいて、非常な緻密な計算が裏にある。まるで悪女騙されても騙されても、騙されるのが分かっていても、惹かれる自分をどうにも出来ない。たぶん、みんなそうなんだろう。

ハッキリ言って入手は難しいです。(KIYOKA-CHAN多謝!)大の大人の古本マニアが必死でコバルト文庫の棚をチェックする理由の一つ。やはり、小泉喜美子は系統立てた復刻が待ち望まれます。全集が出てもいいくらい。


00/07/18
北森 鴻「凶笑面 蓮丈那智フィールドファイルI」(新潮社'00)

新潮エンターテインメント倶楽部のシリーズとして刊行されたシリーズ短編集。「小説新潮」誌に'98年より00年にかけて掲載された作品に加筆修正されたもの。民俗学者蓮丈那智が探偵役を一貫して務める。

様々なアプローチが可能で、かつ正解のない学問、民俗学。私立東敬大学助教授、蓮丈那智は美貌の持ち主ながら、才能に満ちあふれた女性。その助手である内藤三國と共に、日本全国にフィールドワークに飛び回る。そしてその先々で彼らは殺人事件に遭遇するのだ。

・学生から岡山県のある一族で行われる毘沙門天と鬼との変わった祭祀のビデオが送られる。ところがその学生はその一族出身の若い女性に殺される。彼は彼女にストーカー行為を働いていたらしい 『鬼封会』
・学者から忌み嫌われている骨董屋から長野のある一族に伝わるという奇妙な面の写真が送られてくる。赴いた彼らだが、蔵の中でその骨董屋が奇妙な殺され方をしているのを発見した 『凶笑面』
・二年前に起きた事件。東北地方のある一族に伝わる奇妙な建築物。果たしてこの家は「女の家」だったのか他に意味があるのか。その離れで依頼者の女性が殺される。しかも足跡のない密室状態だった 『不帰屋』
・岡山県の地方歴史家が製鉄にまつわる新遺跡の存在を内藤に知らせてくる。調べに赴いたところその遺跡のある洞窟で歴史家が不慮の落盤で死亡、調査は行き詰まったかに見えたが 『双死神』
・山口県の寺から発掘された両手のない仏像。それを元に二つのレポートが蓮丈のところに届く。現地に着いた二人は送り主の一人が殺され、両手を切り落とされていたことを知らされる 『邪宗仏』以上五編。

「民俗学+ミステリ」。単なる「蘊蓄+謎」に終わらない不思議な世界
連作の形式を持つ短編集ながら、出だしで躓いた。何気なく、ないしは一部の地方に残る風習から、日本の文化や歴史の影響などを類推する民俗学。おそらく膨大な資料を調べて書いたと思われる学術的部分、唐突に始まる殺人事件。一応、両者が絡まって終結する解決。その両者の組み合わせにちょっと無理があるかな、というのが冒頭の二作を読んでの印象。これが、三作目『不帰屋』から印象が変わる。
最初の作品と物語へのアプローチは変わらない。変わり者の助教授、蓮丈那智と助手の内藤三國が、調査のために訪れた土地で発生する殺人事件。『不帰屋』で取り上げられるのは僻地の農村に伝わる一軒の離れ。ここで発生する密室殺人。一見「また無理矢理……」とも思わされるのだが、真相が明らかにされる段階で、物語の印象が一転する。 真相そのものへの驚きと、この作品で使用されている民俗学的アプローチとの見事な融合。舞台と事件とが過不足なくぴたりと組み合わされ、農村に隠れた歴史への戦慄で幕を閉じる。これは本当に見事。続いての『双死神』はほんの少しバランスが崩れたが、ラストの『邪宗仏』がまた良かった。荒唐無稽に思われる史観が交差し、事件を絡めてキレイに着地させる感覚に拍手。読み終わってみれば、舞台と役者とシナリオの組み合わせに感心していた。

全作品お勧め、という短編集ではありませんが、現在の北森氏の油の乗り切ったミステリセンスを強く感じました。「I」とある通り、二作目以降も出るはずですので今後が楽しみ。某作品の舞台となるビアバーがさらりと登場しているのも嬉しい。


00/07/17
鮎川哲也(編)「密室探求 第二集」(講談社文庫'84)

ハードカバーで講談社より出版された『鮎川哲也の密室探求』が講談社文庫に入ったが、その第二集は文庫版のみの刊行となった。共編者は天城一と松村喜雄の両氏。

娘道成寺を演じる役者が、演目の最中、衆人環視の鐘の下で殴殺されてしまった 酒井嘉七『京鹿子娘道成寺』
銀座のカフェの向かい。殺人をして自殺したはずの女性の方が先に死んでいた? 大阪圭吉『銀座幽霊』
私は月世界から来た女。元子爵の美人娘はその予言通りに館から服を残して消えた 高木彬光『月世界の女』
自動車から転げ落ちた樽から全裸の女性死体。画家の家に出入りした樽が三つ 宮原龍雄『三つの樽』
自分で釘で蓋をし紐で縛って梱包した木箱の中からその男が死体となって現れた 愛川純太郎『木箱』
離れの中で週刊誌編集長が殺された。現場は雪の密室、入院中の男が謎解きに挑戦 梶龍雄『白鳥の秘密』
ぽっかりと空いた空き地の真ん中で全裸の女性死体が。その周囲に一切足跡がない 天城一『冬の時代の犯罪』
画家がアトリエ代わりに使用していた洞窟の中で死亡。扉の中に犯人はいない 渡辺剣次・松村喜雄『鎌倉の密室』
音楽学校校長が死亡、離れの部屋からピアノの音が聞こえ容疑者全員にアリバイ 霜月信二郎『密室のショパン』
シンナー事故を装った女子中学生殺人。恋人の男はいかに密室を構成したか 山村美紗『少女は密室で死んだ』
ロスで起きた二重国籍を持つ男の密室殺人。事件の背景には何があったのか 花屋治『金門橋の自殺者』
ビルの金庫の中から女性の死体が。その女性は死亡推定時刻に目撃されていた 山沢晴雄『密室の夜』以上十二編。
鮎川氏による解説、天城一による小論文『密室の系譜』が巻末に掲載されている。

「密室」がコースのメイン料理。カルトなコックたちが演出する贅沢な饗宴
余談になるが、各社の文庫の中で「アンソロジー」というのは売れ筋で、しばしばロングセラーになるのだという。名を知っている作家が書いている、何となくお得そう……等々、福袋のような期待を一般ファンも抱くからだろう。そんな中で、鮎川氏が編纂する一連のアンソロジーは異彩を放っている。第一集もそうだったが、とにかくセレクトが渋い。ハッキリ言ってしまえば「マニアがマニアのために作った」と断言出来る。売れ筋を考えていないがために、マニアだけが喜び、重版されず、時と共に入手の難易度が増していく……。だからこそ、色々な意味で、貴重。
さて、本作。「密室」ものが集められた。これがまた(マニアには?)内容本位の中身が嬉しい。「密室」はミステリの王道小道具。ある程度のミステリファンであれば、様々なタイプの密室と既に出会っていることだろう。実は密室は大まかにいくつかのパターンで作られている承知の通り。本作でも、既に先人たちが創り上げた先例から、各作家が創意工夫で様々なバリエーションを創り上げている。見抜けそうで見抜けない、この緊張感が密室最大の魅力でなかろうか。
個人的に印象に残ったのは『密室のショパン』『三つの樽』『密室の夜』あたりか。密室というファンタジーと論理というリアリズムとのせめぎ合いをしっかりと堪能出来た。

ミステリマニアならば必携でしょう。(逆に一般ファンにはどうでも良いかも)埋もれた作家、単行本になるほど執筆量のない作家でも内容本位で取り上げる……鮎川氏の姿勢は一貫しているだけに内容は保証つき。安心の作品集。


00/07/16
二階堂黎人「奇跡島の不思議」(角川書店'96)

つい最近文庫版も出たが本書がオリジナルバージョン。角川書店新本格ミステリーシリーズという叢書の一冊として刊行されたもの。水乃紗杜瑠シリーズの第二作目になる。

如月美術大学内のサークル《ミューズ》に所属する学生八人は、千葉県沖合にある無人島、奇跡島へと向かった。現地の人間は誰も寄りつかない奇跡島は昭和初期から大富豪が所有、当時その娘が金にあかせて建てた豪壮な「白亜館」という西洋建築があり、中には大量の美術品があるという。しかしその娘は「白亜館」の傍らに聳える「暁の塔」で謎の変死を遂げる。《ミューズ》のメンバーはそこの美術品の目録作りのアルバイトとして、美術館学芸員の権堂と共に一週間の予定で滞在することになっていた。漁船で島に向かう途中、彼らは奇跡島の鍾乳洞を探検するのだというゴムボートに乗った一人の調子の良い男を拾い、島の近くで別れた。無事に館に入った《ミューズ》のメンバーは錚々たる美術品に圧倒されるが、一枚の女性の絵を見たところ一部の部員が激しい驚愕を示す。かって《ミューズ》の男性陣を淫蕩な虜にした、百合夏という女性にそっくりだったのだ。

ストレートで肉厚な二階堂流本格ミステリ
私感ながら。二階堂黎人という作家は「太らせる」のが非常に巧みな作家だと思う。物語の骨格となる部分が多少細かったとしても、必ずそこに必要な筋肉(そして多少の贅肉)をつけ、全体から溢れる印象を豊かなものに仕上げている。本作もその点に関しては同じなのだが……。
と、いうのは発生する連続殺人事件における「動機」及び「トリック(様々な)」の根幹にあたる部分が元よりかなり骨太なのだ。簡単に言えば、意外な動機と大がかりなトリック。強く「本格推理」を意識した内容になっている。ただ、本作で気になったのは、それらに付け加えられた「肉」の部分が多少分厚くなりすぎてしまったのではないか、ということ。一人一人の人物に背景を与えたり、大がかりな美術論(もちろん、これも大きな伏線だ)と、書き込まれているのだが、それが分厚くなればなるほど肝心のトリックが肉の中に埋もれてしまっているように思えた。多少もったいなさが残る。極端な話、駒なら駒で多少軽い扱いにしても良かったのでは。(館の使用人程度の描写で良いと思う)
絶海の孤島での連続殺人。悪く言えば「手垢のついた主題」の中で何を狙うのか? 私はマジメに推理しながら読んで、途中までWHO DONE IT?については分かったつもりでいた。事実、部分的には正解を得ていた。それでもきっちり最終的にはそれも裏切ってくれた。その結果、舞台は「本格の様式美」へと昇華した。重ねて言うが読者を騙すテクニックを含めたトリックも、本の厚みに負けない重量級

探偵役として謎を解き明かす水乃は中盤は全く登場しないので、「○○マジック」をはじめとするシリーズを順番に読んでいく必要は必ずしもないです。新本格の道具立て「絶海の孤島」がお好きな方は、手にとってみるべき作品かと思います。


00/07/15
山田正紀「弥勒戦争」(ハルキ文庫'98)

'74年に『神狩り』にてデビューした山田氏の第二長編にあたり、翌'75年に発表された作品。ハルキ文庫は復刊で、他に角川文庫、早川文庫JAにて刊行されたことがある。

第二次大戦を終えた日本。GHQが着々と占領政策を進める中、朝鮮戦争が勃発しようとしていた時期。
超能力を持つために自ら滅びを宿命づけられた独覚一族。その一人結城弦は、学生金融の社長を自殺に追い込んだかどで留置場に拘置されていたが、同じ一族の藍が裏で手を回してくれたおかげで釈放される。戻った結城のアパートでは、日本の独覚一族束ねる薬草寺という老人が待っていた。老人は結城に、次は在日朝鮮人の精神的支柱として有名なある女性に会うよう、次の指令を下す。彼女は、朝鮮で小乗仏教に伝来する秘密の教典「無嘆経法典」を守護する独覚一族の孫娘だという。彼女に会い、強く惹かれる結城だったが、彼らの主張は相容れない。やがて独覚一族を集結させた薬草寺は、結城や藍らに対して、人類を第三次世界大戦に巻き込もうと画策する正体不明の独覚の存在を知らせる。強大な力を持つ彼とは、仏陀入滅後五十六億七千万年を経て現世に出現し、衆生を救うと言われている弥勒なのだという。

リアリズムとイマジネーションの絶妙バランス。SFの結晶。
山田正紀の初期SFは「神と人間の戦い」がしばしば取り上げられたという。本書もその例にもれず、敵となるのは「弥勒」。「強大な存在」に「非力な人間が挑む」―――という図式はありがち。しかしそのありがちな図式の中で、山田氏は読者に対する裏切りを繰り返す。運命を共にする同じ一族が「力を合わせない」いかにも現代的な個人主義。活躍すると思いきや、あっさりと自ら「滅び」を受け容れる登場人物。「弥勒」と対決するにあたり主人公が取る手段……そして結末。
合計のページ数の少なさもあり、少々端折り気味の描写が多少物足りないようにも思えるが、一旦入り込むや気にならなくなる。仏教思想を核に、人間の存在に関する高度の考察がなされている点など、短いながら内容は濃い。
もう一つ山田氏の力量を推し量るのに適当なのは「戦後すぐ朝鮮戦争前」という時代設定の凄さ。設定だけでなく、少なくともその時代を経験していない我々レベルの読者であれば、十二分に説得力を持った背景、描写の語り口が本当に見事なのだ。その時代を共有することで、はじめて語れるものもあるはずなのに、いくつかの資料と想像力だけでその点、見事にクリアしている。ちなみにこの年代、山田氏は産まれたばかりだったのだ。

仏教に関する蘊蓄等も逆に最低限しか用いないことで、設定のSF性をリアリズムに引き戻している。最後まで読んでから、今一度プロローグに戻ると衝撃と共に深い哀しみが味わえる。確かに復刊されるだけの価値を持つ山田SFの金字塔的作品だろう。


00/07/14
森村誠一「高層の死角」(講談社文庫'74)

一時代を築いた(いや現在進行形?)人気作家、森村誠一。氏のデビュー作で第15回('69)の江戸川乱歩賞の受賞作品。

ホテル業界の雄、パレスサイドホテル。そのワンマンオーナー社長、久住政之介が自ホテルの一室で深夜に刺殺された。自らの居住場所として使用していたその部屋を開く鍵は四つ存在していたにも関わらず、全ての鍵の管理は完全になされており、密室殺人状態であった。社長の美人秘書、有坂冬子が重要容疑者の筆頭として挙げられるが、彼女はよりによって捜査にあたった警視庁捜査一課の刑事、平賀と夜を共にしており、そのアリバイは完璧であった。行き詰まる捜査の中、今度はその冬子が福岡市内のホテルで殺された。毒物を飲まされた彼女は、犯人を庇うためにそのヒントとなる紙を水洗トイレに流そうとした姿勢で絶命していた。その流れ損なった一部から、再び新たな容疑者が浮かび上がる。

密室殺人、アリバイ崩し。森村誠一デビュー作は「本格」がちがち
恥ずかしながら、森村誠一という大作家の作品をきちんと読むのは初めてかもしれない。『人間の証明』『野性の証明』といった角川映画の印象が強く、またベストセラー作家として数千万部の作品を売りまくっていた人物。どうせ改めて読むならば、デビュー作から、とばかりに手に取ったのが私の事情。
その森村氏のデビュー作は意外なほどに「本格」を意識した作風であって驚いた。森村氏がもともと所属していた「ホテル業界」を下敷きにしているところに関しては、近年「情報ミステリ」が受賞しがちな乱歩賞の最近の傾向に早くも近づいていたように思う。確かに本作も業界情報や特殊な符丁など多数使用されているが、それはあくまで背景に過ぎない。
メインとなるのは一つの作品の中に前例のない密室と前例のないアリバイ崩しの二つを持ち込んだ部分。特に二重になったアリバイ崩しの片方の壁については、一種のバカミス的感興さえ覚える。また、これらトリックの成立する背景として(一応伏せます)「シティホテル宿泊」「海外旅行」の当時、一般庶民にとってはあまり縁の無かった二つのイベントを利用している点にも逆に目が行く。円高とバブル以降、これらが別に珍しいことでも何でもなくなってしまい、トリックも正直時代を越えられないものと化している。とはいえ「当時」はこの考え抜かれたであろうアイデアが高く評価されたことも理解出来る。「時代性」そして「トリック」この両立が、乱歩賞受賞の決め手となったのではなかろうか

日記にも書いたが、この講談社文庫版の生島治郎氏による解説が「社会派推理小説」のムーブメントを非常に客観的に描いており、個人的印象が強い。作品そのものは、現代人が読んで改めて何かを得られるか、というと疑問もある。ただ、大量に出版されている森村作品の山をもう少し登らなければ、私自身なんとも人に対しては言えないことだけは分かった。


00/07/13
友成純一「獣儀式」(幻冬舎アウトロー文庫'00)

マドンナメイトという形態で'86年に出版されて以来、「友成純一の最高傑作」と称されていた伝説の一冊。古書価で超高値取引をされていた作品だが、更にショートショート短編が付け加えられて完全版として再び刊行された。アウトロー文庫ならでは。

 さて、以下。「エログロ」「スプラッタ」「残酷」「猟奇」「汚辱」等々、一つの言葉でも苦手な方は読まないように。(全て反転させています)

神様と悪魔が冥界から手を引き、現世と地獄が繋がった。地獄の管理を司る鬼たちは、訳の分からないままに地上に舞い降りる。判断力のない鬼たちは、地獄での仕事を地上でも継続、人間たちに地獄で亡者に行っていたのと同じ仕打ちを開始。人口密度の高いところから現れた鬼たちは、すぐに阿鼻叫喚の地獄絵図をこの世に現出させた。人間たちの味わう恐怖を、少年少女を主人公とする五部(「青い空――洋子」「極彩色の大地――康治」「鬼ごっこ――おれ」「死者の季節――恐助」「鬼呼び――卑弥呼」)に分けて描く『狂鬼降臨』
その題名通りの内容。『殺人餓鬼(ホラーフリーク)ショートショート』十二編。「娘に虫がつく」「少女の性欲」「少女パノラマ」「反革命の屍をこえて!――ある活動家の手記より」「ブラウン管シンドローム――念映」「”彼”は廃人」「「もっと刺激を」――恐怖の濃硫酸浣腸」「ぼくのママは吸血鬼――恐怖の近親相姦」「スカートめくりがへんたいのはじまり――透視」「「死霊のはらわた」ごっこ」「「悪魔のいけにえ」ごっこ」「「ハロウィン」ごっこ」  以上から成る。

「友成純一」というジャンルの一つの完成形態
個人的にダメなのだ。痛いのは。
なので、最初の物語での人間が生きたまま次々と街路樹に串刺しにされていく描写でギブアップしそうになった。意識のあるまま木の幹が股間から口に突き抜けるなんて……。しかもそれを本人の視点で描写するなんて……。ホントは絶命しているはずなのに意識があるなんて……。痛そう。
それでも我慢して読み通したことで色々考えた。苦痛の本質。恐怖の本質。本質、というよりかは一つの形態でしかないものなのかもしれないが。友成純一の描く恐怖の本質は「意識を持ったまま迎える身体の損傷」にある。手足を一本一本切り離されても、内臓をぶらぶらさせても、腹の中を掻き回されても(極端な言い方だが)第三者が認識するのは「痛みの想像」でしかない。その事態を自分の眼で見、自分の身体で感じ取れる状態に持ち込むことで、はじめて「友成的恐怖」に達する。本作は読者をその状態に持ち込む。
そして友成氏の描く登場人物は「人間の本質」へと変質する。エロ描写もあるがそれは導入にしか過ぎず、続いて何らかの形で持ち込まれるグロ描写で必ず彼らは血肉の塊と変化する。人間は血と肉の入った袋でしかない、と誰かが書いていたが、全ての人間が事実その通りでしかないことを、友成作品では繰り返し描いている。美しく若い女性も、逞しくハンサムな男性も、金持ちも貧乏人も大人も子供も日本人も外国人も人間である以上、皮一枚下は肉や臓物の塊り。ここに至れば虚飾は何もなく、全ての人間が平等。この点、友成氏なりの裏返しの美意識を感じる。
一応弁護しておくと、これだけの描写を可能にするためのイマジネーションは、凡百のホラー映画ファンは持ち得ない。「友成純一」という作家は完全な一人一ジャンルである、ということを改めて感じた。

猟奇系の友成純一はまだ二冊目にしか過ぎないのにたぶんもうダメ。(でも感想は書いた) ワタシはこの二冊目で友成作品の本質が見えてしまったように思いました。「猟奇」な方々、代わりに頑張ってください……。


00/07/12
西村京太郎「ミステリー列車が消えた」(新潮文庫'85)

言わずと知れた大御所。トラベルミステリはどんなもの?と手に取ってみた次第。'81年から翌年にかけ『週刊新潮』誌に連載され、'82年に単行本化された作品。十津川警部もの。

「行き先、目的地は不明」という触れ込みで募集された国鉄の臨時列車「ミステリー号」が東京駅を出発した。旅行雑誌『旅窓』の記者、津山はこの列車に乗り込むことになっており、恋人の由紀子に途中で連絡する、と約していた。ところが津山からの連絡が入らないことを不審に思った由紀子が国鉄に問い合わせてみたところ、目的地である鳥取に「ミステリー号」は到着していないという。十二両編成のブルートレイン、そして四百名超の乗客乗員は忽然と消えてしまった。ほどなくして国鉄総裁の元に謎の男から「身代金十億円」を要求する連絡が入る。数時間で現金を準備しないと乗客の命は保証しないという。国鉄は身代金を準備すると同時に、警視庁に応援を要請、十津川警部らが捜査を担当する。指定された「ゆうづる」に乗り込んだ十津川だが、犯人の計略にはまり、まんまと身代金を奪われてしまうが、乗客らは依然戻らず、逆に犯人の追加要求が。

読者への知的サービス満点の大がかりなミステリ。そして裏事情
謎を立て続けに提示していく物語のテンポの良さは一級品である。つまり、量産された作品とは思えないくらい「謎」と「トリック」に対して気前良くぽんぽんと読者に与えてくれているのだ。更にキャラ萌えやお色気、社会問題告発といった「ミステリとは無関係のサービス」は入っていない。(鉄道マニア的部分はあるが)シンプルにひたすら「謎」に特化し、一般読者に「解体」の快感を提供する。文章が軽いので気付きにくいが、そこらの「本格」を謳っている作品群より、一作品あたりのトリックの数はよほどこちらの方が多い。本作で言えば「車輌全体の消失」「四百人の誘拐」「十億円身代金受け渡し」「犯人の脱出」……それぞれに大がかりな仕掛けが施してあるのだ。
……なので、普通に読める人ならば映画感覚で、眺めるだけで楽しめるミステリだと思う。以下のような分析の必要などない。

……これらの大がかりな謎を支えているのは、現実をわざと無視した警察の対応の拙さにある。列車の消失が発生した時にアレを確認しないの?四百人が誘拐された段階でアレを調べないの?十億円の身代金の警備がそんなもんなの?……枚挙に暇がないくらいに警察に対する「?」が浮かぶ。ある程度以上の「?」が頭の中にたまった時に、はた、と気付いた。わざとだ、これ。そう、これだけのトリックを成り立たせるためには警察は優秀であってはならないのだ。「警察が調べたら一発でばれる」ようなトリック。普通の作家ならその段階で捨ててしまうものを「それなら警察がそれを調べなければいい」という逆転の発想でミステリに組み込んでしまう。うーむ、西村京太郎、恐るべし。

列車が取り上げられていますが、トラベルものではなく、大がかりな誘拐テーマのエンターテインメント。テレビドラマ感覚の軽くて大袈裟なミステリ。とにかく、読んでいる間「楽しい」という大切な要素を満たした作品


00/07/11
鮎川哲也「ブロンズの使者」(徳間文庫'87)

オリジナルは'84年に同題で刊行されたトクマノベルス版。鮎川氏のシリーズ探偵の一人「三番館のバーテン」ものの第三作品集。文庫版解説は中町信。

新人賞に応募された原稿は清書を依頼した自分の原稿の盗作だと別の男が主張 『ブロンズの使者』
浮気調査の対象の男は、一時間おきに色々な場所をうろつき回る怪しい行動を取る 『夜の冒険』
高価な猫目石の宝石が邸宅内パーティで紛失、直前にゴムのムカデの悪戯があった 『百足(むかで)』
作家が殺された。容疑者のアリバイは二個所に同じ内装の部屋を設置して作られた? 『相似の部屋』
女性作家が殺された。雪の上に足跡が一筋。そんな中彼女は密室内で死んでいた 『マーキュリーの靴』
観光用の鉄塔に上っていった女が忽然と姿を消した。塔の下に死体も発見されない 『塔の女』以上六編。

トリックよりも事件そのものに凝っている感
三番館シリーズは確かに安楽椅子探偵ものでありながら、他の作家が生み出したパターンとは何か違和感がある。その違和感は「縛りの少なさ」にあるように思う。物語の逆から見てみる。解決は三番館バーテンが”わたし”から話を聞き、核心を示唆することにより導かれる。その前に”わたし”は、事実関係を調べるために関係者より話を聞いて回り、現場の実地調査を行う。更に前、弁護士が”わたし”に対して事件の調査を依頼するため に概要を話す……。そして冒頭にあたる部分。この部分の自由性が非常に高いのが一番の理由ではないかと思うのだ。
事件の描写が第三者や関係者の視点によって行われる。時に塔からの消失であり、時に殺される側の心理であったり、時に死体発見シーンであったりする。これらを自由に描くことで三番館シリーズは、ワンパターンでありながら、パターンに堕すことが防がれているように思える。
メインとなるトリックも硬軟取り混ぜてあり、題名でぬけぬけと半分ばらしている『相似の部屋』であったり、人間の消失、足跡トリックなどの過去の本格作品の王道から、原稿の真贋の判定といった(人は死んでいるけど)柔らかなものまで様々。これだけの作品群を見せられれば、鮎川哲也もまだまだ行ける!とみんな思うよな、普通。(あ、当時ね)

三番館シリーズも、近いうちにまとまった復刻が予定されているようで喜ばしい限り。「本格」を強く意識した鮎川氏らしい作品群です。バーテンに負けないよう知恵を絞って謎解きを競り合う楽しさもあります。 (そっか、三番館のバーテンって青々したヒゲの剃り跡を持ってかつ禿げてたのか……。三作目で初めて気付いた。結構見た目不気味かも)