MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


00/10/31
菅 浩江「鬼女の都」(祥伝社'96)

ヤングアダルト・ファンタジーの分野で活躍する菅さんの現在のところ唯一のミステリ作品。本作の執筆にあたり、京都在住の推理作家諸氏の激励があったという。

歴史文学の同人誌活動を行う吉田優希は、櫻山会というユニットを組むきしの櫻、益子山ちなつと三人で京都の地に降り立った。深い京都に関する知識をベースにした歴史文学を得意としていた藤原花奈女の告別式に出席するのがその目的。花奈女は、仕事部屋と称していた友人の部屋で和服を部屋に撒き散らした真ん中で、手首を切って自ら命を絶ったのだ。商業誌のデビューが決まっていたにも関わらず、一週間ほど前から沈み込んでいたという花奈女。彼女を攻撃していた森小路侑魅や、彼女に密かにアドバイスをしていたというミヤコという人物などが理由として取り沙汰されるも確証はない。花奈女を崇拝する優希は、彼女が死ぬ前に送って来た遺作の粗筋を元に、追悼作品を書き上げようと京都の取材を開始する。そんな彼女に脅迫状とも受け取れる謎の文が届き、京都の街が牙を剥く。

京都という街と日本語というテキストの、怖さと二重性が浮かび上がる
別の作家が様々な権力や抗争の歴史が残されたこの京都の街を「魔界」と呼んだ。長い間「都」として君臨してきた京都の街には様々な史跡が残り、それぞれに歴史が存在する。権力争い、幾多の戦争、支配を経験したこの街には、何者かを恨む存在が確実に蔓っているもの、と。
そんな得体のしれない京都の街が、この作品の主人公であり犯人である――というのは言い過ぎか。
冒頭からしばらく続く、コミケを中心とした同人誌世界の話題に辟易とする向きもあるかもしれない。だが、ここまで徹底した京都に関する、そして古典に関する論議が出来る空間は、学術的な場所を除けば、却って残されているのは趣味の世界しかない。
一方、その京女の偶像として主人公が一方的に祭り上げていた人物――藤原花奈女。優希にとって、全て間違いなどない完璧な女性、と思われていた彼女。遺作をあらすじから小説化させようと行動を開始した優希は、脅迫状とも手紙ともつかない文(ふみ)を受け取り、調べるうちに友人や花奈女の意外な側面を否応なく知らされる。調べるという行為は、見たくなかったものを見るということ。
また、優希をはじめとする「訪問者」たちを通じて、観光都市という表面の下に綿々と続く京都の人達固有の文化と気質が伝わってくるのが興味深い。上っ面の京都らしさを泥臭く否定、京都の深淵が赤裸々に伝えられる。そしてそれがミステリと不可分な存在である点は驚嘆に値する。人間そのものが持つ、そして日本語という言葉の持つ多面性というものを巧みに取り入れ、幻想的な表現と緻密な文学的知識を持って織り上げた「京都」だけに成立する、そして「京都」という街を最大に活かしたミステリ

菅さんは今やファンタジーの押しも押されぬ人気作家。彼女が著した唯一のミステリ……という価値にとどまらない。ミステリそのものとしても、専業作家に引けを取らない出来である。現段階では文庫化されていないため、このハードカバー版を求める必要あり。


00/10/30
樹下太郎「銀と青銅の差」(文春文庫'84)

'63年に書き下ろし発表された樹下太郎の代表作品である表題作に、「オール讀物」誌上に'83年に執筆された三短編を加えた作品集。

その会社の社章バッジは課長以上は銀、それ以下は青銅で作られていた。臨時工として雇われた二人の男。昇進の過程で一人は一旦銀のバッジを貰いながら落ち度もないのに青銅に落とされ、一人は一生青銅を、と望みながら銀を与えられることになる。それを支配する人事担当専務を交えたサラリーマンならではの悲喜劇『銀と青銅の差』
バーで出会った二人の中年男女。二人とも不幸な結婚を繰り返していたことから意気投合『死神』
建設現場で見つかった人骨。建設会社社長はこっそり掘り出して恐喝に使おうとするが『骨』
固い一家に育った女房は実は大淫乱。亭主の知らぬ間にそちらのアルバイトをしていて『土とスコップ』

どこにでもありそうなサラリーマン絵図、そこから殺意が生まれるまで
表題作について。
樹下太郎についてはサラリーマン小説ばかり先に読み、ミステリに分類される小説は本作が初めて。なので、どう作風が変わってきたかなどを捉えてやろう、と考えていたのだが、少なくとも本作は一連の後期作品と同系列の存在だった。極端な描かれ方をしつつも、実はそこらにうようよいる平均的(でちょっとだけ思考方法の異なる)サラリーマンたちと、その雇用者サイドである重役それぞれの人間模様。あくまで平易で身近な欲望、そこらにいくらでも転がっているような人格。特異な存在を一切物語に持ち込まずに語られる、会社ミステリ。
一見はお気楽なようでいて、実は会社には有象無象のルールやプレッシャーが存在する。人によっては何とも思わないルールが、別の人間にとっては負担になったり、利用すべき武器だったりする。また、本音と建前を使い分ける日本社会の曖昧さが、サラリーマン社会の根元を複雑なものにしている。そういった中で生きざるを得ないサラリーマンたちが心に発する一瞬の殺意。犯罪に至るまでの心理の動きが物語の最大の読みどころだろう。
発端に提示された事件に関わるのは果たして誰なのか?というのがミステリを意識した際の読み方になろうが、深く気にせず、主要登場人物が味わう体験を喜怒哀楽と共に読者として味わって読むのが吉か。
同時収録の三短編については、執筆時期が異なるせいか、犯罪を取り上げていてもミステリ的な味は薄い。むしろ、罪を犯した人間の姿をコミカルに描いてみせることで、逆に人生の深淵を語っている。犯罪がテーマとなった大衆文学の趣。こちらもいいが、主人公たちの人間性を活かす樹下氏は長編で、じっくりと彼らを書き込んだ時の方が、その実力を発揮しているように思う。

現在はとにかく、過去には『幻影城』誌で'78年に実施された<日本長編推理小説ベスト99>にランクインしたこともあり、少なくとも一時期は評価されていた作品。おーかわくんより譲って頂きました。多謝。私は何故か樹下の文庫作品との巡り合わせが悪いのでした。


00/10/29
陳 舜臣「割れる《陶展文の推理》」(徳間文庫'87)

'62年に早川書房の日本ミステリ・シリーズの一冊として書き下ろされた作品。副題通りシリーズ探偵、陶展文が活躍。陶展文もの四長編のうちの三番目。

香港で日系貿易会社に勤務する傍ら、日本語の勉強をしていたタイピスト、林宝媛が一ヶ月の休暇を取り、念願の来日を果たした。彼女には数学者として米国に留学したまま行方不明となった兄、林東策がおりどうやら彼は日本に来ているらしい、という噂を耳にしていた。陶展文の家の離れに滞在することとなった彼女は、兄を捜し出したい、と陶に伝えたところ、協力を快諾してもらう。その調査が半ば行き渡らないうちに、神戸の高級ホテルで殺人事件が発生、頭を殴られ殺されたのは王同平というアパート経営者で、同行していたのが林東策ではないかと報道されていた。東策は東京で貿易会社の実質上のオーナーということであったが、外国人登録がなかった。また、現場に指紋が全く残されていない上、大胆にも手掛かりとなる宿泊者カードを警察を装って先回りして受け取った人物が現れるなど捜査は混乱した。陶は成り行き上からも、この事件に興味を持つ。

「行方不明」の大きな謎と「犯人逃走」の小さな謎の巧みな連鎖
物語は、香港に住む女性が行方不明の兄を日本で捜すところから始まる。彼女の兄「林東策」を日本のの伝手を頼って虱潰しに捜しているところに発生する事件。金持ちのアパート経営者が殺され、その場から痕跡を残さず逃走した男、彼が「林東策」だというのだ。つまり「行方不明の人捜し」と「殺人事件の犯人捜し」とが、同一人物を捜すという作業へと集約されている。
この移行が実にスムースに、さりげなく転換されているのが本作最大の凄さだと思うのだが、いかがだろうか。最初は「行方不明の人捜し」を投げ掛けられていた読者も、気付くと「逃走した犯人捜し」を中心に考えるようになってしまう。こう考えさせられた段階で実は作者の罠に嵌っているのだけれど、これは普通そうとは絶対に気付けない。様々な経緯が語られた後に陶展文によって解き明かされるアパート経営者殺人事件の真相。そしてそれはまた最初の「行方不明の人捜し」へと還っていく。つまり、発端と終結、これらが全て一本に繋がって閉じられることで、物語全体の調和が美しくまとめられる。それだけでなく、陳氏はその環を一ひねり、つまり読者へのサプライズを仕掛けておくことも忘れていない。
合理的な解決がつくとはいえ、殺人事件にまつわるトリックには(アリバイなどの細かい点に)かなりの強引さは感じられた。ただ、その推論に至る過程での心理的な抉り込みが鋭く、逆にトリックそのものの印象が薄められているので、これはこれで良いのかも。

陳氏のミステリ作品は相当数があって、相当数が現役だったりするのだけれど、同じく相当数が絶版だったりする。ジャンルこそ変われど今でも人気作家であることは間違いないだけに、いつでも読めるようになっていて欲しい作家だと思うのですが。


00/10/28
小野不由美「緑の我が家 HOME, GREEN HOME」(講談社X文庫ホワイトハート'97)

'90年に朝日ソノラマより出版された『グリーンホームの亡霊たち』(小野不由美ファンが血眼になって探していた)が、加筆修正・改題されて再び刊行された作品。

十六歳の高校生、荒川浩志は、実の母親の交通事故死後すぐに父親が再婚した新しい母親との折り合いに疲れ、強引に一人暮らしをすることに決めた。数年前に住んでいた街の不動産屋が勧めてくれたアパートを下見もせずに契約、身の回りの品を持って、そのハイツ・グリーンホームを訪れた。陰鬱な路地の突き当たりに建つ三階建てのそのアパートは小綺麗な印象があったが、一癖も二癖もありそうな住人達が住んでいるようだった。窓から見える神社に言い知れぬ不快感を覚える浩志。「出ていった方がいい」と謎の忠告をする少年。郵便受けに入っていた首の取れた人形。無言電話。勝手に開封される手紙。深夜に黄色いチョークで一心不乱に床に落書きをしている子供……。不気味な事態が次々と浩志を襲う。

身近に居そうな人物たちを使って徐々にカタルシスに向かう恐怖感
引っ越してきた家の近所(集合住宅も同様)には色々と奇妙で不気味な人物が住んでいて、新しくやって来た一家(個人)に対し、手を変え品を変えて嫌がらせをする。何らかの事情があって、立ち退いたり再び引っ越したりは出来ない……。これは、ホラー作品の「家もの」の基本的な構図。またホラーでなくとも、このシチュエーションはサスペンスなどに応用されることも多い。それほどこの状況は作家にとって魅力のあるものなのだろう。
御約束の器の中とはいえ、本作には小野さんらしい手法が使われているように感じる。極めて日常的、と言えば良いのか。確かに主人公は何かの予感を覚えつつ引っ越してくる。「家」に何かがいるような気配はその段階では語られない。主人公を迎えるのは、住民の悪意の籠もった視線であり、手紙の無断開封であり、無言電話である。確かにそれぞれは気に障る事態だが、この段階では「あり得る」日常生活の延長に過ぎない。ところが、主人公の神経が弱ってくるに連れ、徐々にその怪異の度合いが増し、主人公の受ける被害も迷惑度・怪奇度がちゃくちゃくと上昇する。ヒステリックに彼に平手打ちをする女性郵便受けに入れられた死んだ猫モジュラーを抜いていてもかかってくる電話。主人公の封印された記憶の深い淵が明らかになることで、謎の少年が明らかにするグリーンホームの秘密。段階を踏んで崩れ去る日常。そして一気に日常が崩壊するカタルシスへ。
ティーンズ向けという縛りが良い方に働いており、それなりに込み入った内容がすっきりと分かり易く語られているのも好感。エンディングには「やられた」と思いつつも、つい涙ぐまされてしまった。

版元がティーンズ向けと侮るなかれ。『屍鬼』に象徴される小野さん自身の正統派ホラーの血はここでもしっかりと健在。


00/10/27
森村誠一「超高層ホテル殺人事件」(角川文庫'78)

『高層の死角』の乱歩賞受賞後しばらく、森村氏は「本格」にこだわった作品を次々と著したという。本書の初出の資料がなく当たれなかったが、その時期発表された作品とのこと。

大富豪、猪原留吉の悲願は大ホテルの開業であった。持ち前のバイタリティで海外の有名グループとの提携を実現、イハラ・ネルソン・ホテルを大々的に開業の目処が立ったものの、留吉は病死してしまう。後を継いだ二代目、猪原杏平により計画が実現、クリスマスイヴに開業前夜レセプションパーティが開かれる。ホテルの壁面に巨大な十字架を浮かび上がらせる趣向だったが、突然ホテルの十数階の壁面より、男が何者かに押し出されるように転落した。下の貯水槽で絶命していた人物は、提携先ネルソングループより派遣されてきていたソレンセン氏。しかし、氏が落下したと思われる十六階には犯人が全く見当たらず、更にボーイが廊下を監視していたことからフロア全体が密室状態であったことが判明した。

愚直なまでの本格指向!密室・アリバイ・密室
ご丁寧に系図まで付属された資産家同士の政略結婚の図式。そしてその互いの愛憎が本作の底流をひしめく動機として機能している……のだが、やっぱりそれはあくまで本作においては副次的な部分であろう。本格なのだ。それも、真っ向から迫った。
大きく分けるとポイントになる事件は三つ。・誰かに突き落とされたはずの人間。突き飛ばしたと思しき犯人が見当たらない、人間の消失。・東京と大阪で発見された死体を遺棄するための必要な時間に対する容疑者の完璧なアリバイ。・チェーンロックされた部屋の中で殺されていた男。果たして犯人はどうやって部屋から抜け出たのか?……。これらポイントだけを抜き取ると、それぞれミステリクイズ的な印象さえ受ける。しかし、これらを真っ正面から取り上げるという姿勢は、本格にこだわる作家の姿そのもの
これら魅力的な不可能的興味とは裏腹に、解明される真相には「おいおい」てなトリックもあるように正直思った。が、そのような稚拙な(←洒落ていない)トリックを用いてでも、本格という作風に強くこだわって創作したという姿勢は、今まで私が漠然と抱いていた「森村誠一観」からすれば、オドロキ以外の何ものでもない。
また、動機に戻れば最終的に回収されていくに連れ、大富豪だからこそ発生した事件、という構図が明確にされていおり、本格へのこだわりとは別に物語そのものの説得性を高めていく意味で有効に機能しているように思う。(この部分にトリックとの必然性が加われば名作足り得るのに、両点を結ぶ接点に今一つ有機的な繋がりがないのが惜しいかもしれない)

現在となってはミステリ以前に、大量の森村作品そのものに埋もれた作品であることは事実。しかし、この時期の森村氏が抱いていた「本格スピリッツ」を知ることが出来ただけでも私には収穫。今後、森村氏の著作の山を少しずつ削っていくのも面白い作業になるはずだ。


00/10/26
夏樹静子「天使が消えてゆく」(講談社文庫'75)

本作は'69年、第15回江戸川乱歩賞の最終候補で惜しくも受賞を逃したものの、埋もれさせるのを惜しまれ翌年刊行された、というデビュー長編。'71年の推理作家協会賞の候補作にも挙げられた。

福岡の婦人会機関誌の記者として働く亜紀子。彼女は地元の心臓手術の権威である女医を取材に赴く。そこで出会った先天性の心臓疾患を持ちながら無邪気で可愛い赤ん坊に亜紀子は心惹かれる。手術費が足りないというその赤ん坊のことを記事にした結果、大金を寄付する篤志家が現れ、赤ん坊の手術は成功する。ところがその母親は、赤ん坊を育てるのには到底向かない態度で亜紀子は大いに心痛める。一方、福岡市内のホテルで男性が殺される。彼には情交の後があり、その愛人が疑われるがアリバイと血液検査によりシロと判明、売春婦たちで怪しい人物がピックアップされる。しかし捜査が難航しているうちに、そのホテルの持ち主である会社社長が牛乳瓶に入れられた青酸カリで毒殺されるという事件が発生する。果たして二つの物語はどのように繋がっていくのか。

二つのもつれた物語が繋がる最後の最後に待ち構えるサプライズ、そして感動
夏樹静子作品を読むのは久しぶり。ということで改めて系統立てるべくデビュー作品を手に取った。その第一印象は「こんなに読みやすい文章・物語を書く人だったのか」ということ。一つ一つの描写が的確で新人のデビュー作品とは思えない。
傷心の女編集者、亜紀子が病院で偶然であった赤ん坊に心惹かれていく様子。その赤ん坊を可愛がるどころか、虐待すれすれの行動を取る母親。他人事のはずの赤ん坊の存在が、母性本能への刺激と相まり亜紀子にとってかけがえのないものとなっていく過程。これが自然に描かれ、いつの間にか読者は(男性であっても)彼女に感情移入してしまう。亜紀子を応援し、無責任な母親、志保を憎む。これが最初に読者に提供される図式。
一方、もう一つの物語が並行して描かれている。ホテル内部で発生する殺人事件。アリバイで容疑を否定される関係者、続いて殺されるホテル経営者。焦る捜査陣、そして読者にも犯人はおろか、事件の図式さえ全く見えない展開が続く。そして何よりも第一の話といつ錯綜するのか分からないまま宙吊りにさせる展開が巧い。中盤でようやく共通する人物が現れ、ほっとさせられる。
この二つの紐が一本となり、殺人事件に関する謎が解体されて事件は解決を迎える……のだが、その先に夏樹さんは、予想をつかない方向からのサプライズを持ち込んでくる。そして本作が評価される理由はほとんど全てこの点にあるといっても過言ではないだろう。今まで見せられていた光景が、次々と形を変え、そして読者の胸をうつ。物語を読み始めることで受けた傷が、再び癒される。現代、今の時代にこそ、この物語が求められているのではないか、とまで思った。

何故この作品が乱歩賞を受賞出来なかったのだろう? そう素朴な疑問が湧き出る、非常に質の高いミステリ。確かにトリックだけを抜き出すとするならば、多少半端かなとも思えるが、本作の見所はそんなところにないはず。読後感も良い佳作。


00/10/25
小泉喜美子「殺人は女の仕事」(青樹社BIG BOOKS'84)

'80年代の前半、様々な雑誌に発表された小泉さんのミステリ短編がまとめられた作品集。

腕を痛め警察を退職した警備員は一週間前に万引きした女性を説諭した。その彼女が再び着飾って男性と二人して売場にやって来た『万引き女のセレナーデ』
フランスのギャングに憧れる少年は現実と理想のギャップに苦しんでいた。彼は同じアパートの元娼婦の部屋を偶然訪れて『捜査線上のアリア』
暗闇に佇み標的を狙う殺人者。果たしてその人物は夫の浮気を疑う妻か、浮気相手の夫人か、浮気に疲れた夫なのか、そして狙われるのは『殺意を抱いて暗がりに』
実力と美貌を兼ね備えたジャズ歌手として脚光を浴びた彼女は、病気でステージを降りた。復活を目指した彼女を待っていたのは『二度死んだ女』
大学教授を夫とする平凡な妻は規則正しい生活の中、半年に一度、若いボーイフレンドとのアバンチュールを楽しむため「女」に戻る『毛(ヘアー)』
文学作家の六十代の女性は、同居している姑とそりが合わないとヒステリックに騒ぐ嫁いだ娘の電話に慌てて駆け付けるが『茶の間のオペラ』
美男子の若手作家に入れ込むオールドミスの編集者。彼の妻が彼不相応に美しくないことから、彼女は優越感と嫉妬を覚える『殺人は女の仕事』以上、七編。

光り輝く舞台に生きる人間の心の狭間にミステリーが
人々に将来を嘱望され、光り輝いていたという過去を持つ人物。本来の自分が生きていく場所はここではない、と現状を否定し続ける人物。地位や愛情、財産などを何らかの形で失ってしまった後も、その頃に培った気概だけは捨てられない人物。
小泉喜美子さんの描くミステリー(音引きミステリーが相応しい)に登場する人物は、常にギャップを抱えて生きている。自らの安住の地を見つけて、そこで平穏に暮らす人々は小泉ミステリーでは主人公足り得ない。人生において、自分の気持ちと現実において、与える愛情と受ける愛情において、何らかのギャップを持つ人々を小泉さんは好む。彼らは例外なく夢を見ている。ギャップを埋めるために。醜い現実から目を逸らし、自らにとり最高に居心地の良い世界を得るために。その夢自体を否定しないまでも、その夢が、本当に「夢」であること――を、主人公が知る時。彼らにとっての世界が終わる時。それが小泉ミステリーの物語のクライマックスとなる。
女性に(しかも潤いある生活をしている女性に)しか書けない数々のお洒落な表現、小物や服飾、装飾品にこだわった丁寧な描写。華やかな芸能界、上流階級マダムから酒場や売春婦の世界までもそれぞれきちんと成立させている筆力。小泉ミステリーをきちんと成立させるために必要な大道具・小道具までも、隙なく揃えているところが、本当は最高の凄さなのであるが。

本書が相当な入手困難作品であることは否定しません。……しかし、このセンスと世界、このまま本当に埋もれてしまうのでしょうか。本格でも変格でもなく一口で言えば、確かに「軽いミステリー」であることは否定出来ませんが、ハードボイルドのエッセンスを含んだ「小粋な」小泉ミステリーの魅力はジャンルでは語れない力を持っています。


00/10/24
牧野 修「クロックタワー2 ジェニファー編」(ASPECT NOVELS'97)

プレイステーションにて発売されたホラーアドベンチャーゲーム「クロックタワー2」。このゲームをノベライズされた作品。刊行に際し白羽の矢が立ったその著者とは、今をときめく人気ホラー作家(当時はほとんど無名)、牧野修氏。本書は実質、牧野氏にとっての最初のホラー作品と言えるかも。

前回の事件……クロックタワーの前作ゲームにて展開された時計塔事件。等身大の巨大なハサミを操り、人を次々と切り刻んだ殺人鬼”シザーマン”の手から逃れ、全ての記憶を喪った一人の少年と共に、奇跡の生還を果たした十五歳の少女、ジェニファー。全ノルウェーを震撼させた事件の余波は未だ続いており、心に深く傷を負った彼女は催眠治療を受けるために大学の研究室に通っていた。一緒に暮らす助教授のヘレンとの帰り道、ノランと名乗る二流新聞記者から取材の申込を受ける。即座に断った彼女らに対し、剽軽な態度を崩さない彼にジェニファーは好意を抱く。ひょんなことからノランと夕食を共にしたジェニファー。ノランの離れた隙に彼女の頭の中に声が聞こえる。《ひさしぶりだね、ジェニファー》そして、ショキン、ショキンとハサミの鳴る音が彼女の背後から聞こえてくる。彼女は走り出す。街はまるで彼女以外に誰も存在しないかのように変貌していた。彼女は漸く大学の研究棟に辿り着くが、保護してくれた警備員が目の前で腹から刃物を突きだして……

ゲームのノベライズでいて、間違いなく正統派本格ホラー
このゲームが市場に出回っている当時、お節介な友人が私に電話をかけてきた。
「すっごい、怖いゲームなんだ」
「ふーん」(興味なし)
「アドベンチャーゲームなんだけどさ、殺人鬼に追われる女の子役なわけ」
「ふーん」
「いろんな選択肢を選んでしばらくするとさ、シャキーン、シャキーンってハサミを鳴らす音が聞こえてくるの。これが結構リアルな音で」
「ふーん」
「しかも時間制限があって、ゆっくり選択肢を選んでいるうちに追い付かれたら、ちょん切られるの
「ふーん」
「で、最終的に選択した場所に隠れたり、武器を持って構えたりしていると、シャキーン、シャキーンという音が段々でかくなって、シザーマンが現れる」
「ふーん」
「選択肢が正しければ、気付かず行きすぎたり、一旦撃退出来たりするんだけど、これがミスだとやっぱりちょん切られるの」
「ふーん」
「このさ、選択肢を選び終えて待っている間、シャキーン、シャキーンって音が段々大きくなるのを聞いていると、ホント心臓が止まりそうになるね。もう病みつき」
「ふーん」

実際に結局このゲームはプレイしなかったけれど、説明下手な友人が必死で伝えようとしていたことは本書を読むことでようやく理解出来たような気がする。そして下手をすれば、映像や音の伴うゲームよりも、魂の深淵を覗かせる牧野修の文章の方が、より恐怖を誘うかもしれない。
一瞬にして姿を変貌させる街。極限状態の中で追いつめられる少女。無惨に切り刻まれる死体とその容赦のない描写。シザーマンに限らず、残酷な嗜好を持つ登場人物達。物語の中にいくつか設けられている、地獄への選択肢。確かに核となっているのはゲームのエッセンスであろう。しかし、それは牧野ホラーというもっと大きな(そしてぶよぶよして醜くてぎとぎとした)膜の中に閉じ込められている。ゲームのクロックタワーは牧野修に咀嚼され消化され、全く別の似てそれよりも怖ろしい世界に変じ、本となって我々に供された。単なるサイコホラーなどではなく、supernaturalの妙味を追及した、本格の中の本格ホラー。このノベライズを読んでしまって暗黒世界に浸った後では、イメージを壊すのが勿体ないので逆にゲームをプレイしてみようという気に全くならなかったりする。双子的に存在する主人公の視点を変えたもう一冊『ヘレン編』は滅茶苦茶に読みたくなったが。

MOUSE』を発売した直後に書かれた「あとがき」が妙に楽しい。ただ、いくら牧野さんが人気作家になっても、本作は時代性が強い作品だけに文庫化されたりはしないでしょうねぇ。ということでノベルズ版で探すしかない作品。


00/10/23
笹沢左保「空白の起点」(日文文庫'98)

乱歩賞作家にして「木枯らし紋次郎」シリーズの生みの親、笹沢左保氏の初期推理小説長編。高い評価を受けている。'61年に光文社より刊行され、何度か文庫化されている。

不正な保険受給を防止するため、不自然な事故などを調べる保険調査員の事故調査係。東日生命の調査員、佐伯初子、協信生命の新田純一は関西での調査帰り、東海道線にて帰京すべく同席していた。初子は新田に興味を持っていたが新田は表情を顔に出さず、極端に口数の少ない男だった。そんな彼が反対側のボックスに男性と二人で座った女性を「美人だな」と口にしたものだから初子は収まらない。しかし、真鶴を過ぎたあたりでその女性が急に悲鳴を上げる。列車が通り過ぎた崖から男性が突き落とされたのを目撃したのだ、と彼女は主張する。事実、他の乗客にも目撃者があった。東京駅で鉄道公安官に事情説明を求められたその女性、小梶鮎子は墜落して死亡した男性がよりによって彼女の父親、小梶美智雄だと聞かされ卒倒する。新田はその名前に聞き覚えがあり、会社に戻って調べてみたところ最近、収入不相応に多額の保険金を自らに掛けたことでブラックリストに掲載されていた男であった。彼はまず、小梶美智雄の勤めていた会社に出向くが、彼が自殺をするようなタイプではないことを看破する。

(時代を鑑みれば)タブーへの挑戦、意外な意外な真相
新しい。それが第一印象。
大企業の五十代の課長の月給が八万円。同じ会社の入社数年目のBG(OLね)の給与が二万円。四十年もの昔にあたる執筆当時の風俗が反映されている。それは仕方ない。しかし、その風俗を蹴散らすように発せられる物語の斬新さは一体どこから出ているのだろう。現代の推理作家が60年代当時を舞台にして執筆した……と、何も知らない人に読ませれば信じるかもしれない。
まず、設定がいい。保険の調査員。警察でも素人探偵でも職業探偵でもない、しかし人間の生き死にに常に携わり、見ず知らずの人間に対して聞き込みや尋問を行っても不自然ではない立場。現在でこそ、この発想は色々と活用されているが、少なくとも国産小説では本作が最も早いのではないか。
更に、冒頭もいい。列車の窓から人間の転落を目撃する女性。そしてその転落した人物こそが彼女の父親であった、という不自然な偶然。果たしてそれは本当に偶然なのか、何らかの作為が働いているのか。この点は最後まで読者を悩ます。
また、展開もいい。警察は第二の死亡者が出た段階で捜査を打ち切ってしまうが、執拗に調査を続ける主人公。次々と登場しては退場していく容疑者たち。彼らが全員退場した後、残される人物とは。
そして、結末もいい。小田原−真鶴という多少長閑さの残された土地をメインの舞台にしながら、不思議な都会性が感じられる文章。これもまた真相の意外性を引き立てるための計算なのか。微妙なジグソーパズルが完全に填め込まれ、現れる「画」高度なトリックと悲劇的な動機のコントラストが醸し出す叙情感に浸りたい。

笹沢氏の初期の傑作作品は各社の文庫で、思い出されたように復刊されている。紋次郎でなくとも、ミステリー作家として未だに人気のある証拠。そして、人気だけでなく確かな実力も裏付けされている、それもまた証拠かも。


00/10/22
横溝正史「横溝正史集 日本探偵小説全集9」(創元推理文庫'86)

日本の探偵小説の主要作品を絶妙のコンビネーションで編んだ日本探偵小説全集。この横溝正史集は代表作が集められ、他のテキストでも読める作品がほとんどだが、『鬼火』の削除部分の復活や、読者の興味を高める配列など、配慮が嬉しい。

お互いを競争相手として認識する二人の青年が互いを裏切り陥れつつ陥っていく悲劇『鬼火』
雪の積もる田舎駅で現実の女高生殺人事件について独自の解釈を披瀝する探偵小説作家『探偵小説』
結婚披露宴を終えたばかりの新郎と新婦が切り刻まれた死体となって離れから発見された。現場に響いた琴の音、雪で囲まれた家の回りには足跡がないが、住居には犯人と思われる人物がいた痕跡が。金田一耕助初登場『本陣殺人事件』
戦後すぐ、自らの邸宅の焼け跡でただ一人愛した若妻を想って涙する男。復員姿の男が彼に近寄り、彼女の一周忌で起きた事件の謎を語る『百日紅の木の下で』
瀬戸内海に浮かぶ小島に戦友の死を伝えに来た金田一耕助。戦友の遺言通りにその島の網元の三人娘が陰惨かつ不可思議な方法で一人づつ殺されて行く『獄門島』
復員してきた兄は特徴的な瞳を爆風で失っていた。彼は兄なのか、兄そっくりだった腹違いの男なのか。病身の娘が観察する『車井戸は何故軋る』以上、中編四編、長編二編の贅沢な作り。

横溝正史の持つ、独特の昏いパッションが迸る傑作探偵小説群
本作、初読の作品がなく長編二編に至っては多分読み返すのは五〜六回目になるかと思う。しかし、犯人やトリックが明らかであっても、日本の推理小説史上十指に残る名作だけあって読む度に新しいことに気付かされる。
例えば『本陣殺人事件』。基本的には日本的家屋で発生する密室殺人や、琴の音、真っ赤な家屋内部など五感をフルに利用した作品雰囲気などが評価されている作品であり、その点に異論は見いだせなかった。今回付け加えて感心したのは、犯人の動機。犯人のエキセントリックな性格が、その犯罪に至る動機と密接に繋がりを持っている。一見唐突に思える金田一の犯人に関する説明も、作品内では実に周到に、そしてさりげなくその伏線が前半部に張られている。このようなオリジナリティ溢れる特殊トリックを弄したのも、なるほど、このような性格を持つ人物だからこそ、なのか、ということを読者も納得出来るように作られている。
また『獄門島』は真相の意外性が素晴らしいことは相変わらずながら、よくよく読むと探偵へ挑戦する必然性や、動機の点で多少の不自然さが感じられないこともない。それでも本作は名作である。見立て殺人という視覚的な美しさ――そして残酷さ。闇夜に浮かぶ提灯一つ。釣り鐘の下からはみ出た着物の鮮やかさ等々、探偵小説に独特の美学を持ち込み、視覚的に引き込む術が駆使されている。読了後も頭の中に鮮烈なイメージがいくつもちらついて離れない。横溝的な美学の結晶。
他、『鬼火』にまつわる妄執とイメージの見事な合致、『車井戸』の叙述表現によるサスペンス、『百日紅』の現在と過去の鮮烈な対比と不思議な愛情のハーモニー、そして『探偵小説』の徹底した合理性、論理性。それぞれ別々の特徴を保持した名作と言える作品だろう。
ともすれば、大量の著作故に読み返すことが躊躇われる作家だが、やはり探偵小説・推理小説の大御所であり、偉人である。

本作で読み返すまで『百日紅』のラストがこのような結びで終わっていることに気付かなかった。「本陣」−(戦争)−「百日紅」−「獄門島」。この流れで読むことで、金田一の人となりが長編単独で読むよりも深く浮き上がってくるように感じられる。好作品集である。


00/10/21
都筑道夫「退職刑事健在なり」(徳間文庫'90)

「退職刑事」が探偵役を務める都筑氏の安楽椅子探偵もの。シリーズそのものは1〜5まであるのだが、この「健在なり」は'86年潮出版社から刊行された番外編のような作品集。刊行時期は4の前にあたるので、順に手に取ってみた。

殺し屋として逮捕された男は「風呂敷」「キング・コング」の二つの言葉を捜査陣に告げた『連想試験』
自分が犯人と言い張る容疑者は毎日妙な夢を見るらしい。その夢に込められた意味とは『夢うらない』
詩のような文章を受け取った男が殺された。果たしてその文章は殺人の予告状なのか?『殺人予告』
推理小説を書き始めた男が中途で死亡。友人の作家は何とか彼の作品を完結させてやりたいと『あらなんともな』
転居先不明で戻ってきた葉書を持って死んでいた男。ただ彼は差出人でも受取人でもなかった『転居先不明』
家族を守るためにヤクザを改造拳銃で撃ち殺した男が、二度目の人生の妻を改造拳銃で撃つ『改造拳銃』
友人に献呈した本を古本屋で見つけた作家がその行間の書き込みから不吉な影を感じ相談を『著者サイン本』
「花火を買いに行ってくる」と言い残して出ていきそのまま、殺されてしまった男『線香花火』以上八編

「言葉の持つ秘密」の弱点とそこからの展開
作品集……というか、収録された一連の作品の主題は被害者や関係者が残した「様々な形の言葉」に込められた謎を退職刑事が解き明かす、というもの。死体が書き残すダイイングメッセージという定番ものをわざと避け、被害者が受け取っていた手紙だとか、はじめからパズルを意識して犯人が吐いた言葉だとか、古本に書かれた落書きだとか、一ひねりした状況におかれた「テキスト」が謎の中心となる。
この手の作品は両刃の剣の場合が多い。テキストに残された謎……はどうしても、謎を作るのも作者ながら解き明かすのも作者、という推理小説が書かれるための過程が、他に作られた謎に比べて色濃く浮かび上がるからだ。余程うまく謎を作らないと、我田引水的解釈ばかり目について興ざめしてしまうことも多い。その縛りからは本書も抜け出ていない……のだが、巧いな、と感心するのは「謎」があくまで短編のアクセントだけに留まり、中心ではないということ。確かに謎は謎として冒頭で機能し、興味を引かれて読み進めることになるのだけれど、最後に浮かんでくるのは、関係者の複雑な心理模様なのだ。はじめから謎とする意図があったりなかったりするものの、それらの言葉を発する必然性が物語の登場人物には存在する。そして結果、言葉の謎が解体され、謎が謎でなくなった時に彼らの心理状態のみが読者の前に露わになる。これこそが、短編小説の厚み、というものだろう。

どうしても多少のマンネリ感は禁じ得ないものの、そうならないよう謎を工夫している意図はきちんと感じる。シリーズ全てを読み通すのは、今となってはマニアしかやらない所業かもしれないが、どんなものか一冊くらいは手にとってもらいたい、と願われる。