MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


00/11/10
多岐川恭「変人島風物詩」(創元推理文庫'00)

全五冊で予定されている多岐川恭の選集第一冊目。『私の愛した悪党』とのカップリングだが、二冊まとめて評は書きづらいので分割。
『変人島風物詩』は'61年に桃源社「書下し推理長編」シリーズの第三巻として刊行され、刊行順では長編六作目にあたる。多岐川恭の本格物の傑作として、入手困難にも関わらず有名だった。'64年に桃源社ポピュラー・ブックス版こそ出ていたものの、今回が初めての文庫化。

瀬戸内海に浮かぶ小さな島。奇妙な性格の変人たちが好んで住んだことから、対岸の住民から「変人島」と呼ばれている。吝嗇漢の地主とその妻と娘、変梃な絵を描く画家とその妻に専属モデル、過去は天才ピアニストながら指が動かなくなった悲劇の女性とその母、元博徒で今までに自身や人に命じて何十人も殺してきたという老人とその妻、足の不自由な少年と、その保護者代わりの愛想悪い女性、処女作の大ヒット以来、作品をほとんど執筆していない作家と彼の秘書として働いている「私」、以上が主要登場人物、即ち「変人」たち。それなりに平和だったその島で地主が地代を一気に十倍に引き上げたところから事件が発生。密室内で銃で撃たれ、その地主が死亡する。続いて発生する事件。果たして犯人は一体?

のんびりした雰囲気とユーモラスな人間関係、シリアスな事件
「変人島風物詩」。まず題名を眺めるだけで、なんとなく心惹かれてしまう
その秀逸な題名通り、六名の変人が物語を形成する。そして秀逸な題名通り、島での事件、他にも島民はいるものの犯人の対象となるのは変人のみ、つまり絶海の孤島ミステリの変形。さらに秀逸な題名通り、のんびりとした島の生活と大らかな人間関係がほのかなユーモアを交えて描かれている。
一方で、作者の多岐川恭は、この作品で論理的な犯人当てを目指す、と宣言している。
変人たちのコミュニティの中に発生する密室殺人事件。派出所の巡査と共に俄かに探偵役を引き受けさせられる第六の変人、私。変人同士の人間関係は、色々な思惑と隠された色欲にまみれており、容易にその全貌は分からない。むしろ、続いて発生する連続殺人事件を楽しんでさえいるような登場人物たちに戸惑いさえ感じる。しかし、ここは変人島なのだ。世間の常識は通用しないのだ……と、戒めつつ読み進める。
それでも、ほぼ確実にやられる。ミステリ的にはシンプルな手掛かりでシンプルに固められた真相だというのに、なぜだか眼につかない。つまり、シンプルに徹したところが素晴らしい。そして思わず惹かれる人間関係構築の巧さが真相を隠して、そして物語としての魅力をより多く発揮している。思わず嘆息。一部トリックは強引な気もするが、それについてはヒントも与えられているのでOK。

読み終わって初めて、復刻されにくかったある理由にも思い当たった。しかしこれはフェアな謎解きをとっても、作品を通しての印象をとってもどちらも高い評価を与えられる傑作。創元推理文庫の英断に素直に拍手したい。


00/11/09
山田正紀「延暦十三年のフランケンシュタイン」(徳間書店'88)

「SFアドベンチャー」誌に'87年から翌年にかけて分載された作品が単行本化されたもの。ノベルスや文庫では未刊行。

平安時代初期。度重なる遷都によって民は疲弊し、治安が乱れていた時代。既存の仏教は堕落している中、徳があると評判の若い僧、最澄は雪の比叡山に籠もって修行をしていた。仏典を写経することを生業とする三嶋大人は、山菜を取り比叡山に入ったところ、盗賊団を目撃する。都でも評判の凶悪な盗賊、千手丸とその仲間であった。彼らは玉依という妖艶な女性の使う呪術でもって最澄を襲うが、あっさりと術を破られてしまう。三嶋大人は心の闇を見透かされて彼らの仲間に加わるが、その時真魚(まお)という呪術の力を持った若者も同時に盗賊団に加わった。この真魚こそ後に空海と称する人物となるのだが、彼は自らの力を元に、野ざらしの白骨に反魂の術を施し”もう一人の自分”を生み出してしまう。

題名からは想像出来ない?中世歴史ゴシックロマン
「経師三嶋大人の告白」「沙門広達の回想」「偸盗千手丸の懺悔」「夢占師乙魚の夢解き」と四つの章にてまとめられており、それぞれ観察者の視点が異なる独白調で描かれている。
意図としては世の中に流布する空海伝説を元に、山田氏なりの空海像を再構築することにあったのではないか……と感じた。しかし、もしそうだとするならばその意図は失敗に終わったと言わざるを得ない。盗賊である千手丸、その愛人の玉依、彼らの仲間に自らを投じる、三嶋大人など、周辺人物が魅力的に描かれ過ぎていて、空海よりも彼らの生き様の方にどうしても目が行ってしまうからだ。日本の歴史において最も「中世」を感じさせる平安時代という時代性と相まって、堕落した僧、無能な権力者、踏みつけられる民、奔放に生きる盗賊……彼らが皆(立場は違えど)血肉をもって我々の前に現れてくる。そして、それらエピソード一つ一つが、人の無力を、世の中の無情を、闇を前にした無力を力強く訴えてくるものだから、滅法面白い。 物語の勝利か。
題名のフランケンシュタインは、物語上で若き日の空海が、自らの呪術でもう一人の自分を創り出してしまったことを指す。別々の人格。どちらも空海。確かに後半はその事実が物語に影響を与えるのだが、やはり空海そのものの存在が他の登場人物と同じ扱いになっており、エピソードの一つに過ぎないように感じられた。

個人的には手塚治虫の名作『どろろ』を思い出した。単に描かれている世界が同じだということだけかもしれないながら、伝わってくる迫力はどこか似ている。(伝えたかったものは違うとは思う)構成はとにかく、重厚な筆致で描かれた世界が圧倒的に読者に迫る。物語として耽読したい。


00/11/08
横田順彌「ヨコジュンのわんだあぶっく」(角川文庫'85)

余りに楽しそうな表紙に誘われ購入していた本。ハチャハチャSFで知られる横田氏が昭和50年代に様々な媒体(雑誌が中心)に発表したコラム等を一気にまとめて収録したおもちゃ箱のような作品集。

1 リレー小説 『神々の星』『双子宇宙』
2 下駄ばき訪問”ホビーに挑戦”
3 コラム&コラム 『私のアキレス腱』『ひそかな自慢』『ジンフィズ事件』『ダブル・ドジ』『夢の旅』『旅と不眠症』『独身日記』『このごろ、ぼくはなにをしているのか?』『まいったなあ!』『ぼくと足の深い関係』『男のダンディズム』『裸族ならいいの?』『動物園のこと』『会社訪問考』『サイン本の行方』『たばこに思う』『うしろ向きの艶話』『私の町』『出てこい大物』『いま問題なのは、”戦腹中”の人びとなのだ』『ぼくの「おしん」論』『テレビとプロレス』『特大親友鏡明』『忘れられない名場面』『避暑地の出来事』『転職のすすめ』『デビュー作のころ』『SFと落語の日々』
4 ぼくのテレビ評
5 SF身の上相談室
6 ハチャハチャSFは、こう楽しめ!!(座談会)   以上。

横田順彌というハチャハチャSF作家が普段考えていること
冒頭のリレー小説。宇宙に進出した地球と別の生命体とのコンタクトを描いたもの。執筆陣はかんべむさし、川又千秋、掘晃、鏡明、横田順彌の五人。それでいて、物語のリズムというか流れがきちんと一本筋になっており、無茶苦茶なりに訴えるものがあって面白い。
そのリレー小説を過ぎれば、後は全て横田順彌一人語り。無駄な?ダジャレこそ発していないが(ヨコジュンにとってダジャレは小説のネタだから)、なんでもない日常のことから、こんな発想をしているものなのか!と楽しくなる内容。普段から「どうやったら楽しく生きられるか」ということを意識せずに実践されているように感じられた。とくに「SF身の上相談室」には抱腹絶倒。真面目な相談に対し、SF的発想(逆転の発想、逆転で相談……等々)にて滅多切り。質問者もそういう解答を期待しているのだろうけれど、質問そのものが妙だったりするのも、らしくて良い。さすがにテレビ評などは、時の経過の重みを逆に感じさせてしまうものがあったりするが、総じて現代でも通用する楽しい内容。何よりも、ヨコジュン(いや、横田さんと呼びたいか、この本を読むと)の人柄の良さが最大の特徴のように思える。

さすがにヨコジュンの小説を一冊も読まないで本書を手に取る人はいないでしょう。ハチャハチャSFが好きだ!という人には堪らなく面白いはず。(現在は、ハチャハチャSFは全く執筆されていないんですよね、横田さん)


00/11/07
司 凍季「女探偵・幽霊殺人事件」(フタバノベルス'95)

島田荘司推挽でデビューした司さんの八冊目の長編。女探偵・竜崎幸を主人公とするシリーズの二作目だが、一作目の『女探偵・心臓を抉る恋』は私は未読。

東京の外れの小さな街にて探偵業を営む竜崎幸。身長170cm、男勝りの性格、結婚歴あり、現在北園卓也という男性と同棲中。その名前と印象から「シャチ」と呼ばれる。彼女はその街で最大の屋敷に一人住むという十五歳の少年より「行方不明の兄を捜してくれ」という依頼を受ける。だが、その兄、雪村渉は、十一年前に絞殺され、更に灯油をかけられ燃やされるという残酷な事件の犠牲者となっていたのだ。ところが最近、雪村渉の中学時代の同級生が、彼から手紙を受け取ったり、電話がかかってきたり、彼の姿を目撃したりしたというのだ。本気で請け合わなかったシャチだが、翌日、その雪村の弟は兄と同様に絞殺され、灯油をかけられて屋敷ごと焼かれてしまう。更に調査を続けるシャチ自身にも凶手が伸びてくる。

サスペンスだけかと思ったら意外な真相が
「死んだはずの人間が、幽霊となって甦った?」というのが、冒頭に奇想を持ってくることの好きな司さんの今回のテーマ。サスペンスタッチで綴られるそれぞれのエピソードはなかなかに巧い。本人が突然甦ってきたことを、否定できないような材料が上記のように多数並べられ、説明がつけられない。
……ここでシャチ本人が襲われたり、証拠が盗まれたり、というサスペンス展開に移行するのだが、この点はちょっとだけ不満。どうも中途半端な印象が拭えない。(オレが犯人なら、手を引けなんて脅すんでなくて消しちゃいます)メイントリックもしっかりしているので、純粋に本格で作品をまとめた方が評価は高かったのではないかと思う。
そのメイントリックの真相そのものは「ありがち」なもの。ただ、それをそのまま使用するのではなく、いくつもの応用と組み合わせることで、真相を巧みに隠してある。事件の動機はちょっと寂しいものの、最終的な構図をみればかなり新鮮。特に登場人物の動かし方に工夫が感じられた。
しかし、「女探偵」に「ウーマンアイ」とルビが振ってあるのだけれど、どういう意味なんでしょう?

最近は作品発表間隔が空いてきているものの、ノベルス中心に刊行された作品群は少しずつ文庫化されている。大がかりなトリックが目立った本格指向の初期作品に比べ、このあたりからサスペンス嗜好が強くなりつつあるように感じられる。


00/11/06
戸川昌子「黄色い吸血鬼」(出版芸術社'97)

ふしぎ文学館の一冊。作家以外でも様々なジャンルで活躍した戸川さんの、恐怖ミステリ系作品をまとめた一冊。『砂糖菓子の鸚鵡』は従来の単行本には未収録の作品。

胎児を庭に埋めて処理する堕胎専門の婦人科医。彼を憎む元妻、気の弱い書生らが紡ぐ昏い事件『緋の堕胎』
高名な画家の息子で俳優志望の男は、人魚を飼育しているという水族館に雇われ裸で水槽に潜る『人魚姦図』
秘密クラブで女性の首を締めるゲームに参加した大学生の息子について弁護士に相談する母親『円卓』
一人暮らしの女性を殺害し、死後獣姦させた疑いで犬の調教師が逮捕。旧知の女性弁護士が弁護『変身』
黒いマントを被る秘密乱交パーティに参加した女性は、当夜の相手が兄ではないかと疑念を『疑惑のしるし』
世界的に有名な作曲家宅のお手伝いの娘は、男色の彼と彼の恋人との倒錯の三角関係の果てに『蜘蛛の糸』
見せ物小屋で「狼女」として扱われる女性、それはエリート官僚の自分のかっての妻だった『ウルフなんか怖くない』
画商はが見出したフランス留学中の日本人女性画家の創作の秘密はクスリと猫にあった『猫パーティ』
赤ん坊を野犬に咬み殺され、養子の眼を蜂に刺され、夫をも傷つけた女性が半生を告白『蟻の声』
その男は居なくなったペットの鸚鵡を捜すため、姿そっくりの砂糖菓子を老婆に渡して『砂糖菓子の鸚鵡』
軽井沢に年下の外国人妻と共に住む作家宅に原稿を取りにいった新人女性編集者は献血をせがまれ『誘惑者』
その寮は吸血鬼に血を吸われるために生きる若者が住んでおり、指名される度に吸血鬼の元へ『黄色い吸血鬼』以上十二編、巻末に著作リスト。

性的フェティシズムの積極肯定より生み出されるエロティシズム横溢のミステリ
私の今までの狭い読書経験の中で、戸川昌子さんの短編小説(長編も、かも)には大きな特徴がある。他の誰もが描かない世界を舞台にすることが、非常に得意であるということ――その誰も描かない世界とは、云うまでもなく「性行為」「性嗜好」に纏わる赤裸々な舞台設定を示す。他の作家が(いや読者さえも)タブーとする世界、意外な動機としてまれに使用されることはあっても、メインに持ってくることに躊躇を覚えるような世界を自由自在に戸川さんは操る。
本作に取り上げられるテーマを列挙してみよう。堕胎。人魚との交配。絞殺ゲーム。獣姦。近親相姦。男色。暴力的性行為、不具者との交わり、猫とのSEX、性的デジャビュ、ペットへの過剰な愛情、猟奇的吸血鬼譚……
一つ一つが強烈、かつ鮮烈。そしてそれらへのスタンスがはっきりしている点が何より特徴か。逃げない、というより真っ向から対峙している。これらの性癖について、確かに「特殊」であることを自覚した表現があっても決してそれを「異常」扱いしない。人は誰もが、自分自身の世界を持っていることを許容するのが戸川さんの作風だ。
そしてそれらの強烈な世界は戸川さんの持ち味ではあるものの、もちろんそこで留まらず、その上に良質のミステリ世界が構築されている。そこで仕掛けられるトリックは描かれる世界と不可分。非ミステリに分類される作品にしても、単にその性癖を描写するだけでなく、プラスαをきちんと付け加えた作品づくりが全てに成されている。この作品集の収録作品はもちろんそうだし、私の読んだ他の短編集でもそう強く感じた。この積み重ねによって、戸川作品は単なるエロティックな話に堕さずに、ミステリや幻想小説として昇華している。

繰り返しになるが、やっぱり戸川さんは自身のの作品世界を確立している点にその最大の特徴があると言える。内容の強烈さは多少読者を選ぶものの、一旦填り込んだ読者は容易に抜け出すことが出来ない。


00/11/05
江戸川乱歩「何者」(創元推理文庫'96)

中編二作のカップリング。『何者』は「時事新報」に'29年(昭和4年)から翌年にかけて連載された作品。『暗黒星』は'39年(昭和14年)に「講談倶楽部」に連載された作品で、戦前の乱歩の最後期の長編の一つ。

『何者』 結城中将の息子、がパーティの夜、書斎で何者かに脚を撃たれて重傷を負った。窓から続く泥の上には犯人のものと思しき足跡が残されていたが、それは抜け道も何もない古井戸から発し、また古井戸の中に消えていた。金目のものは盗まれなかった代わりに金の置き時計や万年筆だけが盗まれ、事件直後に関係者が皆、疑わしい行動を取っている。私は素人探偵の赤井と共に事件を解決しようと捜査を進めるが……。
『暗黒星』 大きな洋館に住む伊志田一族。長男の一郎が映写機の不具合と不気味な夢から一族に降りかかる奇禍を予言、一郎は明智小五郎に相談する。明智が手を打つ前に一郎は何者かに刺されてしまう。現場に駆け付けた明智は黒いインパネスを着た男が現場に潜んでいるのを発見、追跡するも相手は消え失せてしまう。明智は医者に化け伊志田家に詰めることにしたところ、一郎の姉、綾子が屋敷の塔の中から懐中電灯を使って何者かと連絡しているところを発見する。更に明智は再び現れた黒いインパネスの男を追跡中、ピストルで撃たれ大怪我をしてしまう。

乱歩中編には珍しい端正な純本格探偵小説+乱歩エッセンスの詰まった超通俗小説
これは一冊として評価出来ない。二つの作品の作風が違い過ぎる――というより、このコントラストの妙を狙った編集なのかもしれない。
先に『暗黒星』。本作は良くも悪くもまさに「乱歩」といった作品。後の少年ものへと繋がる展開のように思える。即ち、既出の作品のエッセンスをいくつか取り出して場面場面を再現(む、どこかで読んだぞ、このシーン)、更に作品の大枠を支える構造も今までの作品のどれかと類似している。(む、この結末は前にあったな) そして次々と繰り出される活劇的シーン。ミステリというより、やはり大衆向け冒険活劇(謎つき)といった印象にどうしてもなってしまう。ただ、それは決して悪いことではない。読んでいる間に(これ知ってる)と思ったとしても、やっぱり結末がどうなるのか?という楽しみに浸りながら読めることには変わりがないから。
一方『何者』。これが一部から高い評価を得る事実には得心がいった。フェアな謎解き。海外古典推理小説のような展開。確かに後日指摘されているように、乱歩らしさは薄いものの、いくつもの謎や伏線がぴたりぴたりとジグソーパズルに嵌る快感は、何物にも代え難い。得に一旦終結した物語がひっくり返される(これぞ「どんでん返し」か)くだりや、最後に分かる物語の試み、執筆時期が偲ばれる意外な動機など、読了後に深い感慨がある。また、最後に明かされる素人探偵の正体は、御約束ながら嬉しくなる。

本シリーズの試みである、連載当時の挿し絵というのが非常に効果的に物語を盛り上げている。乱歩作品は時代を超えて読み継がれることになるのだろうが、この挿し絵と併せて読むことで当時の時代性がすんなりと感じられる。


00/11/04
はやみねかおる「徳利長屋の怪 −名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」(講談社青い鳥文庫'99)

青い鳥文庫の人気シリーズ、名探偵 夢水清志郎シリーズの外伝「江戸編」の下巻にあたる。上巻は「ギヤマン壺の謎」。

すっかり徳利長屋に居着いた夢水清志郎。相変わらず食べるのを忘れて読書に耽る。大家である三人娘に連れられ、長屋に住む他の面々や、巧之介と同じ見せ物小屋の人々と花見に出掛けた清志郎は、同じ場所で花見をするために一般人をどけようとする侍と揉める。川の反対側に河岸を変えた彼らに「『怪盗九印』が殿様のだんごの串を盗む」と予告したという噂が入る。九印は見事に殿様の串を盗むことに成功……。しかし、平和な世の中が続くと思われた江戸にも急速に変化する時代の波が押し寄せてくる。夢水清志郎は自分の大切な人を守る為に彼なりの方法で幕府と薩長連合軍に戦いを挑むことを決意する。

再確認。やっぱりミステリって楽しーよね
機会があって、某社から発売されている子供用の教材セットの広告を読んだことがある。「お子さまの集中力の限界である○分を考慮してエピソードを多数に分けている……」という旨のことが書いてあり、成る程、と思った。ようやく読書に親しみ始めた子供が対象のジュヴナイル。いくら語り口が優しかろうと、長大な作品では子供では一気に読み切ることは出来ない。
はやみね作品に共通する物語構造と、上記の問題は無縁ではないだろう。そしてそれが特有の受け入れやすさに繋がっているように感じる。その物語構造とは、エピソードの積み重ね。例えば、短編小説を一つ支えられるレベルの謎がある。本書でいえば「怪盗九印が団子の串を盗んだ謎」とか「化け猫の謎」とか。きちんと伏線も張ってあるので、その不可能的興味と解答に対して唐突感はない。子供が読んでも分かるように書いてあるそれらは、大人にとっても良く分かる。また、冒険活劇的シーン、ほのぼのとした笑えるシーン等々、一本の長編の中にエピソードが並べられているので、区切りがつけば一息おける。このジュヴナイルとして最重要の点が本作を含め、はやみね作品では意識してか意識せずにか、全てクリアされている。ミステリ好きのマニアだけでなく、本来の読者である子供にも支持されている理由か。
もちろん、本作にもミステリを越えた「いいテーマ」が込められており、それが分かり易く、そして説得力をもって説かれていることも好感。真っ正面から説けば、わざとらしかったり嫌味になったりしがちなテーマも、夢水及び回りの人物の口から出れば「そうだ、その通り」という気分になるところは不思議でもある。

はやみね作品は「子供が出来たら読ませてやりたいな」と思わせるものあり。自分が読んでいて楽しいのはもちろん、人に薦めたくなるミステリだと思う。


00/11/03
仁木悦子「陽の翳る街」(講談社文庫'84)

'86年に永眠された仁木さんの最後の長編。'82年に講談社ノベルスより書き下ろし刊行された。

OLを退職、お菓子屋兼パン屋を手伝う青瀬悠子。P大法学部の学生、高城寺拓。小さな本屋を経営する数々谷浩平。女性雑誌のフリーライター、有明留美子。彼ら四人は大のミステリマニアで、月に二回「モザイクの会」を開催、ミステリについて語り合っていた。そんな彼らはある夜、殺人事件に遭遇する。「ケージにやられた……」と言い残して絶命した老婆は高級住宅地にある堀尾家に住込で働いていた夏葉ミサヨ。後頭部を鈍器で殴られ、凶器があたりで発見されなかったことから他殺と断定された。そのミサヨは戦争中、下町で空襲にあってから記憶を無くしており、ずっと障害者施設で働いていたところ、堀尾の母親の命の恩人という縁から家政婦として引き取られたのだ。偶然現場で拾ったセカンドバックを手掛かりに張り切って捜査をする四人だったが、なかなか前進しない。

仁木悦子さん、コージーミステリを試みる
登場する四人の素人探偵の設定が良い。ミステリマニアで好奇心旺盛ながら、それぞれに別の仕事を持つ大人。古き良き世田谷の商店街の雰囲気、コミュニティの中で暮らす彼らの生活が、暖かくしっかりと描かれている。彼らの設定が後に発生する事件の陰惨さを和らげている。
記憶喪失の女性を軸として、過去に発生した犯罪が暴かれていく過程で、多数の関係者が過去に別の顔を持っていたことが判明していく。四人という人数を活かし、素人ながらその多数の関係者にあたる。一人一人の話は断片的だが、徐々に事件は見えてくる。ただ作品全体を通しての、真の鍵となるピースはうまく隠されており、読者としては推理するというより、ひたすら展開を待たねばならない。思いがけない点が伏線として機能していたり、細かい点に様々な構成上のテクニックや、トリックが凝らされていたりと「お、巧い」と思う手法に満ちている。更に最終的にほぼ全ての疑問点が回収されるのは、円熟期にあった仁木さんがミステリ巧者だったことの証明だろう。
ただ、関係者が多すぎるのでは、という疑念もなくはない。亡くなっていたり、殺されていたり、証人として登場したり、と「誰がどんな役割を果たした誰やら」というのが複雑に過ぎるように感じたのは、私の読解力のせいか。最終的に振り返ってみた事件の構図が、素人探偵団に比べて計画的で大がかりに過ぎてちょっとバランスが悪いようにも感じる。

新刊書店では入手出来ませんが、古書店では文庫版・ノベルス版ともそこそこ見掛けます。仁木さんの代表作とは呼ばれないものの、仁木さんらしい作品だと言えるでしょう。この後、存命だったら仁木作品はどこに向かったのだろう、と思わず考えてしまいました。


00/11/02
左右田謙「球魂の蹉跌 −高校野球殺人事件−」(春陽文庫'85)

左右田氏の春陽文庫書き下ろし作品。元教師の経験を活かした学園スポーツミステリ。

千葉県にある県立K高校。伝統的にスポーツが強く、特に野球では数度の甲子園出場経験があり、一度全国制覇も達成していた。実業団野球の有名チーム大日鉄の解散に伴って、恩師の息子の紹介で石田はこのK高校に監督として赴任して来た。一方K高校では入学試験が行われ、来年度の入学者の選定を行っていた。石田の推す本格左腕サウスポーの綿貫は、特例であっさり合格とされる一方、数学の点が極端に低かった湯浅という少年の当落が議論された。神高野という青年教師が強引にこの生徒を推し、結局合格となった。神高野こそ石田の恩師の息子である。ところが、その湯浅という生徒は入学早々暴走族に入り逮捕されてしまう。再び神高野が必死に彼を庇うが、その姿に同僚は不自然なものを感じる。

学園関係者の人間関係に起因する一般的連続殺人事件
左右田氏の描く「学園もの」は安心して読める。学校内の権力争い、教師同士の恋愛、各種行事の教師の立場からみた裏側、PTA、後援会、学校に取り入る人々等々。豊富な経験に裏付けられた「学校」運営サイドの知識を下敷きに、リアルに克明に描かれる学園生活。左右田氏ならではの雰囲気が出ていて、その描かれる日常だけで一種のルポ的要素もあってそれなりに面白い。教育の場として、ともすれば神聖化されそうな職員室が結局普通の人間の集まりでしかないこと、忍び寄るサラリーマン化、親のエゴ等々、色々とを知ることが出来る……
……のだが、ミステリとしてはあまり関係のない部分。ミステリ部分の実質は動機のありそうな人間を多数配したWho done it?もの。そのために前振りがやたら長く、実際に事件が発生する頃には既に物語は半分以上が経過した後。またそれまでに登場人物が平均的に同量ずつ書き込まれており、事件そのものの印象の薄さもあって何となく盛り上がりに欠ける印象が否めない。舞台となる学校の野球部が事件の進行と同時に夏の甲子園を勝ち進むところは面白いのに、これもミステリと有機的に繋げられていない……などもったいなさが目立つように思った。丁寧に背景が形成された一人一人の人間の描写が良いだけに、手法次第では傑作になり得たかも。致命的なのは、使用されているトリックがあまりにも大時代的なのと、連続殺人そのものの重みと、動機の重みのバランスが非常に悪いことだろうが。

高等学校に関わりのある人々の喜怒哀楽が犯罪と共に描かれた物語。狭義のスポーツミステリを期待した場合は裏切られるので注意。左右田謙の特徴が良く出た作品ではありますが、普通の人が捜してまで読む程の作品ではないかと。


00/11/01
中島河太郎(編著)「新青年 ミステリ倶楽部」(青樹社BIG BOOKS'86)

大正9年から昭和にかけてモダニズムの先鋭を担った雑誌『新青年』、現在の推理小説史を語るに欠かせないこの雑誌に掲載されたミステリ作品を中島氏が選んだアンソロジー。

甲賀三郎『幻の森』奇妙な友人と知り合って不気味な古井戸に導かれた主人公の不思議な体験。
渡辺啓助『地獄横丁』悪魔的と酷評された作家が自らの怨念を遺稿に託し評論家に送りつける。
木々高太郎『恋慕』医学生と年上の人妻との道ならぬ恋が引き起こす悪魔的な事件とその瓦解。
海野十三『三人の双生児』十数年前に生き別れた双子の姉妹を探す女性の元に次々現れる人々。
大下宇陀児『血妖』性の合わない友人を殺害しようと決めた男は相手を何故か二度殺す羽目に。
瀬下耽『海底』酒癖が悪く暴虐な漁師が酔って身重の妻を自殺の名所から飛び込ませてしまい。
星田三平『せんとらる地球市建設記録』全ての人間が死に絶えた日本。生き残った数名の人々。
地味井平蔵『水色の目の女』ナポリ漫遊中、理想の仏人女性に求婚した男は厳しく拒絶される。
渡辺温『勝敗』兄弟から愛された女性は兄の嫁に。彼女は弟の看病に別荘に通ううちに事件が。
葛山二郎『古銭鑑賞家の死』馬ごと海に転落した主人の死は他殺だと使用人らが弁護士に異議。
妹尾アキ夫『本牧のヴィナス』厭人癖のある男の住む別荘地。隣人の管理人の様子がおかしい。
高木彬光『鼠の贄』病的に鼠を嫌い錯乱の中で死亡した男が書き残した日記を神津が読み解く。
以上十二編に中島河太郎の「新青年」の歴史に関する解説がつく。

「新青年」は、やはり日本のエンターテインメントの祖父である
一部では周知のことながら「新青年」は別に探偵小説専門誌であったわけではなく、当初は地方青年の啓蒙を目的として創刊された青年雑誌だった。ところが掲載した翻訳・国産の探偵小説が大変好評だったことから、徐々に編集方針が変更され、次第に都市部の青年向けのモダニズム溢れる雑誌と変化し、昭和に入ると森下雨村編集長の下、多数の探偵小説作家がデビューした。
横溝正史が編集長となり「新青年趣味」という言葉が使われだした。即ち、旧来の探偵小説の枠(これは「探偵趣味」)にこだわらない、つまりは「新青年に掲載されているような」作品のことを指すのだと思われる。これらに含まれるものとして、現在で言う本格推理からスリラー、サスペンス、ホラー、幻想、SF全ての要素がそれぞれ自由自在に表現された。次々とデビューした才能が「新青年」という発表の場を通じて開花し、それぞれが分化し後世に伝わっている、というのが大まかな日本のエンターテインメント小説の最初期の姿であろう。
前置きが長くなったが、本書収録の作品を俯瞰するとそのことを強く感じる。一応「ミステリ傑作選」と銘打ってはいるものの、本格指向が強い作品あり、サスペンス風の作品あり、恐怖色が強い作品あり、SFに近い作品あり、と様々。そしてそのどれもが完成度はとにかく勢いとパワーに満ち溢れている。この勢いが後世に伝えられ、それぞれのジャンルの隆盛に繋がったのだ、と感じる。
個人的に印象に残るのは、恐怖趣味を医学的な素養と結びつけた『三人の双生児』、スピード感と虚無感が融合したパニックホラー『せんとらる……』、怪奇趣味と二転三転の解釈が凄い神津恭介もの『鼠の贄』など。汲めども尽きぬアイデア、といったイメージ。先人達が拓いていない分創作の自由度が高く、その無謀にも近い奔放さに言い知れぬ魅力がある。

この書そのものはBIG BOOKSだけに見つかりにくいかとは思いますが、類似のコンセプトのアンソロジーは数多く出版されています。入手出来るものから『新青年』独特の馥郁とした浪漫の香りを楽しまれてはいかがでしょうか?