MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


00/11/30
多岐川恭「私の愛した悪党」(創元推理文庫'00)

全五冊で予定されている多岐川恭の選集第一冊目。『変人島風物詩』とのカップリングで表題もそちら。二冊まとめて評は書きづらいので分割。
『私の愛した悪党』は、'60年に講談社「書下し長編推理小説」シリーズの第五巻として刊行され、刊行順では長編四作目となる。'85年には講談社文庫から文庫版も出版された。

プロローグ:作家の赤ん坊を誘拐したごろつき二人組。身代金目当ての彼らは警察の介入を確認して現金傍受のタイミングを延期してねぐらに戻った。ところが油断した隙に赤ん坊は行方不明に。
エピローグ:赤ん坊の時誘拐された女性が二十一年ぶりに娘として作家の家庭に戻って来た。彼女のことをみんなが祝福してくれるが、彼女が思い出すのはそれまでの生活のことだった。
小泉ノユリは父と二人で貧乏長屋を経営していた。長屋には占い師をはじめ奇妙な人々が住んでいたが、その中の一人、自称芸術家の万代海二にノユリは淡い恋心を抱いていた。ところが二十年前に誘拐された作家の娘が、長屋に住む三人娘の中の一人ではないか、という話が持ち上がったところで殺人事件が発生する。

大胆な着想と手法に優しいユーモアが加わった傑作
「プロローグ」が冒頭にあるのは当たり前。意表をついて代わりに「エピローグ」を持ってくる作品もあるだろう。本書でまず驚くのは「プロローグ」が終了した直後に「エピローグ」が語られることだ。誘拐事件の顛末と、誘拐された子供が成長して帰宅する場面と。果たして間に入る「ハンバーガーのハンバーグ」の味は?
ここで、いきなり下町人情溢れる物語が展開される。ここでもある意味での驚きはある。小泉ノユリという可愛らしい女性の一人称で語られる物語は「単なる誘拐された娘の特定」を主題としたミステリに留まらない。殺人事件も発生するが、このパートでの最大に面白いのは、インチキ絵描きの万代が次々と繰り出すユーモア溢れる詐欺の手口だろう。ノユリ自身、傍観していたり付き合わされたりするのだが、彼女の淡い恋心と相まって不思議な楽しさが感じられる。段々シリアスになっていくものの、優しいユーモア感覚が最後まで続くところはこの物語の良さの一つ。果たして赤ん坊は誰だったのか。その結論に驚きが少ないことこそ、読者の興味が物語多方面に向けられる優れたエンターテインメントの証明ではなかろうか。(ワタシは恋の行方が気になった)
そして、『私の愛した悪党』この題名がダブルミーニングだったのだ、ということは読み終わってしばらくして気付いた。恋人だけでなくて、別の重要なある人物のことも指しているわけですね。

冒頭部分の大胆さだけでミステリ史に残っても良いと思われるのに、その大胆さだけに溺れず、しっかりと謎解きを加え、更に人情味あふれる下町ストーリーが展開される。少なくとも、ワタシ的大傑作。超好み。


00/11/29
牧 逸馬「浴槽の花嫁 世界怪奇実話 I」(現代教養文庫'75)

「世界怪奇実話」は戦前、'29(昭和4年)から四年かけて『中央公論』誌に連載された。本文庫版も他にII、IIIの二冊がある。元版は古いが思い出したように重版されており、、私が入手したのは'97年の版。解説は松本清張。
牧逸馬氏は戦前の人気作家。牧名義の他、丹下左膳を生み出した林不忘、谷譲次といった三つの筆名を使い分けた。

十九世紀の倫敦を震撼させた殺人鬼「斬裂人ジャック」の犯罪の軌跡とその街を辿る『女肉を料理する男』
米国の大富豪ロス氏の息子誘拐事件を巡る体面を重視する警察と被害者との軋轢『チャアリイは何処にいる』
貸部屋の女主人を集中的に狙って二十件以上もの婦女暴行殺人を繰り返す米国人の男『都会の類人猿』
パリの社交界を舞台に、詐欺に関して天才的才能を持つ普通の姉ちゃんが活躍する『ウンベルト婦人の財産』
次々と新妻に莫大な保険を掛けて殺して行く男。彼は新居の条件に浴室のある家を選ぶ『浴槽の花嫁』
第一次大戦中ドイツの女スパイとして稀代の活躍を見せた「マタ・アリ」の真相に迫る『戦雲を駆る女怪』
1910年代のドイツで浮浪児の少年たちを四十人以上性愛のはけ口とした上殺した肉屋『肉屋に化けた人鬼』
1911年ライン川中流で遊覧船から突如消え失せた女性にマリー・セレストの事件が重なった『海妖』以上八編。

後世に著される犯罪ノンフィクションドキュメントの完璧な手本
文章そのものだけを取り出してみれば、確かに古めかしい言い回しに満ちている。また、本書で取り上げられている事件の多くは、発生してから百年近く経過している現在でもなお、様々なメディアで取り上げられる類のセンセーショナルなものばかり。(あまりに残虐なものは一般的ではないかもしれないが)これらの事件に対する牧逸馬の視線は冷静で、そして熱い。
これらの題材を使って一般読者に対して提供する文章を作るにあたって、恐らく牧逸馬はその当時の言葉としてはまだ存在していない「エンターテインメント」の概念が頭にあったのでは、と思う。と、いうのは「実話」と題名でも銘打っている通り、実際にあった話を読者に提供するわけだから、別に事件発生の時系列から解決までを順に追っていっても良さそうなもの。もしそうであれば、本書は単なる記録としての価値しかなかっただろう。そこに牧は「いかに読ませるか」の概念を取り入れた。その結果、犯罪者たちは血肉を得た悪魔と変貌し、被害者たちも悲惨な犠牲者として心に強く残るよう描かれる。現実に題材を取った牧によるフィクション。 語り口一つで物語はこうも変わるのだ、という理想型だと思う。

ほんの少し前、プロファイリングをはじめとする犯罪分析ものの作品が多数出版されていたが、それらで使用されている手法・語り口は煎じ詰めていけば牧のしたことと同じ。実際にあったことをどこまで興味深く読ませるか。牧逸馬は本能的エンターテインメント作家なのだ。


00/11/28
土屋隆夫「九十九点の犯罪」(光文社文庫'85)

副題は「あなたも探偵士になれる」とあり、全て問題編の後、解決編が加えられた作品となっている。統一されたスタイルにも関わらず、初出は'53年に旧『宝石』に発表された『民主主義殺人事件』から、'71年の『わがままな死体』まで様々。

「探偵士をめざすあなたへ――作者からのメッセージ」
お互いの殺人方法について夫婦が別々にある人物に教えを請うた結果、緊張の一夜が『夫か 妻か』
誰もいない教室から女生徒が飛び降りて死亡。果たして犯人は誰がどうやって『開いて跳んだ』
妻を計画的に殺してアリバイを造り上げた男。彼は一つのミスを犯し、更に偶然もあった『九十九点の犯罪』
劇団に所属する女優が飲み会を中座、洗面所で刺し殺された。犯人の姿は全く見えなかった『見えない手』
戦後すぐ僻地へ向かうバスの中で男が刺し殺された。凶器は見あたらず犯人も見えない『民主主義殺人事件』
締め切りに悩む推理作家が過去に書き飛ばした演劇シナリオの実演で殺人事件が発生する『わがままな死体』
自分そっくりの従兄弟を使ったアリバイトリックを凝らした男はなぜ警察に捕まったのか『Xの被害者』
「探偵士をあきらめた人へ――一冊で二倍楽しむ法」

「犯人当て小説」の魅力と共に時代性をも強く感じる作品集
雑誌関係の情報に疎いので、100%の自信があるわけではないのだが、少なくとも最近は「懸賞つき犯人当て小説」というものは以前に比べ激減しているように思う。(インターネット上で個人が行ったり、別メディアでは存在している)その理由の一つは、実際に解かせるにあたって読者のレベルが読めないことだろう。たまたま本書内「わがままな死体」で作者が愚痴っているように、難しすぎれば「アンフェア」と呼ばれ、簡単すぎれば読者にバカにされる。結局、懸賞の伴わないクイズ形式が最も気軽に楽しめるのではないか。
ただ、本書はその楽しさは持っているものの、作者の愚痴以前に「時代」の流れを感じさせる。特に現代のミステリ文化が既に爛熟してしまっていることが、本書を読むことで思い知らされるのだ。いくつかの短編は、現代のミステリでの「禁じ手」が使われているし、いくつかは推理小説としてはフェアにしろ、トリックが物理技巧に走りすぎている。読み物としての面白さと、問題としてのフェアさ、更に説得性に至るまで全てを求めてしまう……現代読まれるためにはいくつかの要素が足りないように思える部分があった。
一方、時代を逆手に取った『民主主義殺人事件』は殺害方法から動機に至るまで、戦争直後という混乱期でなければ成立し得ない作品であり、犯人当てに向いてるかどうかを別にすれば、土屋短編の中でも完成度が高いように感じた。(本書に限らず、土屋短編での犯罪動機には「男女関係の生々しい縺れ」が非常に多い。「民主……」の完成度が高いように思えたのはその点を一歩進めているためかもしれない)

あとがき代わりに最後に加えられている「探偵士をあきらめた人へ」という一文、これはこれでブラックなユーモアが効いていて面白い。ここまで書いてしまう作者にイタさは感じるけれど。

土屋隆夫の短編のほとんどは角川文庫(全て絶版)に収録されており、そちらを集めれば良いのだが、本書は光文社文庫初の土屋短編集ということもあり、七編中、五編が新規収録。その意味でも価値があるが、土屋らしい作品が揃っている点でも読まれる価値があると思う。


00/11/27
横溝正史「悪魔の家」(角川文庫'78)

角川文庫の旧横溝ラインナップのうち『誘蛾燈』と同時刊行された作品集。戦前の'38年〜40年(昭和十三年〜十五年)に執筆された作品を収録している。

少しずつ輪郭を書き加えた似顔絵が新聞広告に。目的は人捜しで高額の懸賞が掛けられた『広告面の女』
冬の夜、住宅地に浮かぶ悪魔の仮面。三津木俊助が送った女性の家には悪魔が住むという『悪魔の家』
どん詰まりの新聞記者は知り合いに心中の真似事をさせて特ダネを得て仲間を出し抜くが『一週間』
結婚式場から花婿が消えた。別人に顔を変えて人気作家の車に乗り込み消えた男の正体は『薔薇王』
避暑地で出会った憧れの人から届いた奇妙な手紙。兄の冤罪を晴らしたい妹は指示に従う『黒衣の人』
心中寸前の若い男女を妨げたのは人の小指を加えた愛犬。嵐の中を走る道化師の正体とは『嵐の道化師』
病気治療の為、湖畔に滞在している男は奇妙な性格の年輩の男と知り合い散歩を共にする『湖畔』以上七編。

短編は「読者にいかに見せるか」がやはり重要ポイント
猟奇的ないかにも探偵小説という展開、傑作『鬼火』を思わせる私小説的と幻想小説のミクスチュア、新聞ネタの偽造という社会派のはしりのような主題、ミステリの持つ遊び心を満足させる発端……。
昭和十年代という時代に発表された作品を集中的に取り上げて、かつこれだけ様々な種類の物語が楽しめるとは正直思わなかった。しかも、この時期正史は大病を患った直後のはずで、決して精力的に作品を書ける時代ではなかったはず。それでも、これだけのヴァリエーションの作品をさらりと創作出来るとは、驚き以外の何ものでもない。
描かれている時代は当然全て「当時」であるが、その短編一つ一つで「やろうとしていること」は全てが異なる。読者に対して提示したいものが先にあるのだろう。ラストのサプライズであれば、今でいう本格推理的な作風となり、逆にそちらが弱いと自覚されれば、中途のエピソードに工夫を凝らす。時にサーカスや、謎の人物など、いかにも探偵小説らしい荒唐無稽な設定も使われる。あれ、待てよ?この時代ではもしかすると決して荒唐無稽ではなく、今より身近な存在だったともいえるのかも。それならば、尚更、当時の読者に対しての物語の見せ方を熟知していたことになる。
これらがさらりと実現されていること、それがこの大作家の実力、ということなのだろう。

角川文庫が縮小均衡され、金田一もので、かつ世間的に名の通った作品以外は入手しづらい現状は、哀しいものがあります。この黒背の旧版の横溝正史の角川文庫は、100冊近くあるため古本マニアのコレクターズアイテムとなっていますが、その価値はこういった作品が読めることに本当はあるのでしょう。


00/11/26
高木彬光「吸血の祭典」(出版芸術社'96)

ふしぎ文学館の一冊。探偵小説−推理小説作家として数々の名作を残した高木氏の作品群のうち、数少ない幻想・ホラー・怪奇小説をまとめた異色作品集。それでも一冊にはなるのだが、巻末によるとこの一冊でほぼそれらの全てが網羅されているという。他にSF作品を集めた『ハスキル人』もある。

ローマ時代法王の地位から国を欲しいままに操った呪われた一族、ボルジア家の盛衰顛末『ボルジア家の毒薬』
先祖の日記を元にインカ帝国の聖地を探検した冒険家・学者・詩人の見たものは?『白い王女の秘宝』
第二次大戦中ドイツのスパイがルーマニアのペンシルヴァニアで目撃した悪魔の祭典とは?『吸血の祭典』
エジプトの究極の骨董品ミイラ。数に限りのある芸術品、ミイラの需要を満たすためには?『王女のミイラ工房』
南米の奥地を彷徨う白人女性。彼女は大きな湖の中に島があると言うが全くその姿は見えない『樹海に沈む孤島』
第二次大戦中、インドネシアの白人社会を跋扈する謎のヨギの導師の予言は必ず的中した『スマトラの妖術師』
象牙を求める人々に取って究極の夢、象の墓場。発見はされた者の何人も近付くことが出来ない『死の谷の恐怖』
中央アジアの山々に囲まれた現地人から忌まわれる一角。時期不明の白骨死体が大量に存在『ラプクンドの白骨』
皇帝ナポレオンの腹心の部下の奥方は下層階級の出身だったが、素晴らしい知恵を持っていた『ダンチヒ公の奥方』
満州国駐留の日本軍人を襲う謎の連続殺人事件。犠牲者の首は無く羊の頭が代わりに残る『ホチムの魔王』
不可能空間への出現、消失を得意とする、あのフーディニを越える魔術師が存在した『世界最大の魔術師』
占い師の予言通り、その男は二束三文の土地を入手してゴールドラッシュで大金持ちに『王国を手にして死んだ乞食』
サーカスの見せ物として全身に、そして顔にまで彫り物を入れ巨万の富を得た女性がいた『青銅の顔の女』
第二次大戦中のインドネシア。ドイツの女スパイ、マタ・ハリの娘がスパイとして活躍する『マタ・ハリ嬢の復活』
空飛ぶ円盤に乗り込み、宇宙人とコンタクトを取ったという男の奇妙で神秘的な体験を描く『空飛ぶ円盤』
海賊キッドがどこかに隠したという宝物を求め、キッドの遺品漁りをしていた男は遂に『海賊キッドの秘密』
代々死刑執行人を勤め上げてきた一族の最後の男は、一族の歴史や遺物で博物館を作った『断頭吏の末裔』
中世、新教徒と旧教徒の争いで王族同士で激しい抗争を繰り広げていた英国。一人の王女が囚われた『ロンドン塔の判官』以上十八編に巻末に著書リスト。

史実を元にした講談調でノリの良い文章と怪奇猟奇の物語。これが高木彬光??
初出のほとんどが『講談倶楽部』という雑誌からのもの。そうでなくとも『倶楽部』系の読み物雑誌。気になって調べてみたところ、彬光には探偵小説一本では食べられず、ジュヴナイルや時代物に手を染めた時代があったらしい。恐らく時期的に本書作品の発表と重なるのではないか。また、これらの作品は高木彬光名義ではなく百谷泉一郎という筆名にて執筆された。
彬光の重厚な探偵小説から考えれば、取り上げられる内容が猟奇的・通俗的でなことと併せて、文章のノリが非常に軽く、読みやすいのが特徴。恐らくテキストだけを渡されて「作者当て」をやらされても、ほとんどの人にはちょっと分からないだろう。不思議なのはこれだけ魅力のある(ある意味スキャンダラス?な)題材を用いながら、お得意の探偵小説的な展開を使用せず、きっちりと「講談」としての物語展開がなされていること。つまり、論理的な謎解きよりも、読者をハラハラドキドキさせる(冒険というより猟奇的な描写が多いのはとにかく)という本来の目的をしっかりと遂げているのだ。推理小説だけでなく、時代物、歴史物、占いまで後に様々なジャンルに筆を奮った彬光ほどの才能の持ち主であれば、驚くには至らないことなのかもしれないが。
また、ロンドン塔やボルジア家など、現代にも伝わる比較的メジャーな題材はとにかく、実際にあったかなかったか分からないレベルの奇妙な事件がかなり多い。ネタに困った東スポの見出しのよう。しかしこれらは記録のあった事実なのだろうか、空想の産物なのだろうか。物語そのものの面白さとは全く別に不思議と興味が惹かれるところである。記録があっても事実ではない、というパターンもあるけれど。

ふしぎ文学館らしいマニアックなセレクト。従って高木彬光の名前に惹かれるマニア以外の一般ファンにとってはちょっと期待と異なる作品集になりそう。また、高木彬光の執筆した作品でなければ、このように改めて本にまとめられることもなかっただろう。彬光ファン、もしくは実録怪奇小説がお好みの方向け


00/11/25
馳 星周「漂流街」(徳間書店'98)

'97年から翌年にかけて『アサヒ芸能』に連載された作品が加筆修正されて刊行された、馳氏の長編第四作目にあたる。つい最近、徳間文庫からも刊行された。

'96年。ブラジルを飛び出して日本に働きに来た日系三世、佐伯マーリオ。厳格で日本贔屓を最後まで捨てなかった祖父に育てられた彼は、流暢な日本語を操ることが出来たが、短気で直情な性格がわざわいし仕事を転々、デートクラブ嬢を車で送迎する仕事に落ち着いていた。気前は良いが狂暴なブラジル人から借りた50万円の借金の為の金策を、同僚のクラブ嬢から借りようとしたマーリオは、彼女がその金を実家に送ったことを知り、衝動的に刺し殺してしまう。死体の始末に困った彼は、ヤクザとの取引における通訳の仕事を引き受ける条件で、中国人に仕事の始末を頼む。その中国人のボス、高は以前に関西の松本というヤクザと覚醒剤の大きな取引を行う、と聞いていた人物だった。日本人ヤクザ、伏見に目を付けられたマーリオは、サッカー絡みの乱闘に加わり、日本人をまた刺し殺す。取引で動く現金を横奪りする計画を持ったマーリオは、借金まみれのクラブ店長の有坂と、クラブにいた有坂の義姉、ケイと共に活動を開始するが早速伏見に捕まってしまう。

東京の闇の中に潜んで生きる人々と、その昏い欲望と
俗に「裏社会」と呼ばれる世界。種々の欲望の吹き溜まりのような現代の東京における「裏社会」は、ヤクザだけでなく様々な地域の人々が住む国際性豊かな魔境である。そして東京に集まった無数の人間たちの、性欲を、金銭欲を、射幸心を、ありとあらゆる快楽を供給するサイドに「裏社会」の人々は住む。
この作品はそれら「裏社会」に生きるあらゆる階層、国籍の人々の生命を切り取ったモザイクによって成立している。――長大な作品であることと同時に、登場する人物の数が半端でなく多い。その一人一人が「顔」をきちんと与えられている。娼婦、ヤクザ、ギャンブル狂、中国人、チンピラ、ペルー人、イラン人、日系人、そして盲目の少女。一人一人に背景があり、思想があり、信念がある。そして何かに対する強い執着があって、その世界から抜け出せない。
そして、強固な意志と激烈な感情を持つ主人公、佐伯マーリオはそれらの多彩な人々を全て踏み躙るために存在している。 モザイクで彩られ描かれているのは、日本人が全貌を決して知ることのない「日本のガイジン社会」。日本人を蔑み、憎むことを共通認識とすることで成り立つ世界。その世界の秩序をめちゃめちゃに乱していくマーリオは、読者の住む秩序からの使者ではなく、更なる混沌からの使者。理不尽と衝動で行動することで、一般社会ではもちろん、裏社会においても爪弾きされる。多様な価値観が認められる世界においても、許されず共有されない価値観。それを持つ彼が最終的に投げ込まれる場所――その場所こそ、人間にとっての「究極の絶望」ではないだろうか。
ともすれば、暴力や過激な性描写だけで排斥されかねない物語ながら、その裏に潜むものを浮かび上がらせるためには必要なのだと思う。

映画化が進んでいるらしいが、本書とは全く物語展開の異なるものとなるらしい。確かに佐伯マーリオをそのまま銀幕に出すのは不可能。ポイントになる内に秘めた衝動や感情を映像で表現することは出来まい。書物の持つパワーに映画のパワーでは抗しきれなかったということだろうか。

おまけ。本書のブラジル人の名前は(おそらく)ほぼ全てが、ブラジル代表のサッカー選手の名前から取られています。


00/11/24
牧野 修「クロックタワー2 ヘレン編」(ASPECT NOVELS'98)

プレイステーションにて発売されたホラーアドベンチャーゲーム「クロックタワー2」。このゲームをノベライズしたもので、先行されて『クロックタワー2 ジェニファー編』が刊行されている。

前回の事件……クロックタワーの前作ゲームにて展開された時計塔事件。等身大の巨大なハサミを操り、人を次々と切り刻んだ殺人鬼”シザーマン”の手から逃れ、全ての記憶を喪った一人の少年と共に、奇跡の生還を果たした十五歳の少女、ジェニファー。全ノルウェーを震撼させた事件の余波は未だ続いており、心に深く傷を負った彼女はプロファイリングの専門家、バートン教授の催眠治療を受けるために大学の研究室に通っていた。教授の助手を務める助教授、ヘレン・マクスウェルは、そのジェニファーと一緒に暮らしていた。残業で夜中までかかり、仮眠室に入ったヘレンは不気味なハサミの音と共に何物かの襲撃を受ける。扉の外には同僚のローズの恋人、ベイカーの首だけが待ち構えていた。シャキン、シャキン、ハサミの音と共に迫ってくるのはシザーマン。逃走するヘレンの前には、目玉が抉られ胴体に填め込まれたローズの死体が。

ジェニファー編とは違った展開、視点が変われば恐怖も異なる
本書を取り上げる時に少々危惧していたことがある。ジェニファー編を通して読んだ後ということもあるが「ジェニファー編と同じ物語がヘレンの口から語られるだけ」という物語であったらつまらないな、というもの。嬉しいことに全くの杞憂であった。舞台もバケモノも設定も登場人物も同じ。だけど、主人公が異なるということで、視点が変化して異なる物語となる、ということ。
『ジェニファー編』が、ある意味シザーマンを通じた自分自身の物語だったことに対し、『ヘレン編』はシザーマン対象に相対した観察者の恐怖である。
つまり、ジェニファーがあくまでホラーストーリーの中での”ヒロイン”だったことに対し、ヘレンは結局、事態に対してちょっと詳しい”その他大勢”の中の一人に過ぎない、ということ。(まぁ、ホラー映画などで、真相にぎりぎりまで迫って、ラストの直前であっさり殺されてしまうタイプ) その彼女を主人公にした場合はどうなるか。結局、自分自身が怪異を倒すことは出来ない分、達成感という意味では薄い。但し、一登場人物として、シザーマンと相対することによる恐怖は、ヒロインのもの以上に切迫感が味わえるのだ。

確かに物語として「どちらかを選べ」ということになれば『ジェニファー編』に軍配が上がる。が、ホラー小説としての根っこの価値は、全く遜色がないように感じた。牧野氏による「あとがき」に、後の作品に見られる電波がばりばりに入っていて、目茶苦茶面白いです。ここだけでも読む価値あり。もちろん、普通には入手出来なくなっていますが。


00/11/23
村田 基「恐怖の日常」(早川文庫JA'89)

村田基氏が「SFマガジン」'86年から'88年にかけて発表してきたホラー短編に書き下ろしの表題作を加えてまとめた作品集。解説は東雅夫氏。

山の中でぼくは、何でもしてくれるママと二人、大学受験のための浪人生活を静かに送っていた『山の家』
カウンセリングにやって来たサラリーマンは「窓」の外に別の世界があると信じ込みはじめた『窓』
留年する友人が惹かれている少女は奇形だという。ある理由でお腹の部分がぷっくり膨れている『白い少女』
暗示に掛かりやすい友人を子供の頃に虐めた男は、罪の意識から二十年後その男の家を訪ねる『大きくなあれ』
虫を病的に嫌っていてとにかく虫とみれば叩きつぶさずにはいられない男が山奥の別荘に一人で来た『反乱』
親友の妻と浮気をしている男が呼び出され苦いジュースを飲まされ不老長寿の薬の話を聞かされる『葬られた薬』
風俗街に佇む「子宮の館」は巨大な子宮の模型の中で三十分間を過ごすというものだった『子宮の館』
双眼鏡を片手に屋上から刺激を求める老人たちは、自ら様々な悪戯を仕掛けはじめて『屋上の老人たち』
この家には「黒い煙」が存在していて、それが膨らんだことで弟が自殺した『恐怖の日常』以上九編。

平易な日常から紡ぎ出される奇想的恐怖風景
村田氏の作品を読むのは初めて、かつ全く予備知識がない状態、真っ白な状態で本書にあたった。目指すところはホラー、特に日常をベースにしたホラーなのだが、作品集の随所にミステリ的なテクニックが様々に使われている点、特に興味深く感じた。
本当にごく普通の光景から物語は開始される。何気ない日常、何気ない会話。それら日常の中にほんの少しだけズレを起こして、その隙間に入り込んだ主人公の心の動きで恐怖を創り上げている。大袈裟なスプラッタや、SUPERNATURALの権化のようなバケモノはあまり登場せず、あくまで手許にある材料を使って「奇妙な味」を狙ったという印象。(使用している作品もある)
ホラーにおいて、入り口を日常に持ってくるのはスティーブン・キングの例を持ち出すでなくとも定石。村田氏が巧いのはその日常的心理も一緒に持ってくることか。比較的普遍的に登場人物の心理が動くため、読んでいて「ああ、もしかしたら自分も同じようにするかも」と思わせられる。そのことに気付いた瞬間、自分自身の心の闇を照らされるようで背筋が寒くなるのだ。
個別に印象に残るのは、『反乱』の生理的嫌悪とサスペンス的な展開、冒頭の『山の家』に仕掛けられたサプライズ。『屋上の老人たち』の互いに影響しあって増幅する恐怖。特に『屋上』の最後に老人が陥る破滅的心理は伏線と合わせ、強烈だった。

本書は塵芥さんからある機会に譲って頂きました。多謝。そうでなければなかなか手に取ることはなかったであろうことを考えるとワタクシ的収穫です。角川ホラー文庫でも氏の作品が刊行されています。


00/11/22
池井戸潤「果つる底なき」(講談社'98)

第四十四回の江戸川乱歩賞受賞作品。福井晴敏『Twelve Y.O』も本作と同時受賞。池井戸氏は元銀行マンで、現在はコンサルタント。ビジネス書の執筆経験があるという。

二都銀行に勤務する伊木は、エリート街道を正義感から棒に振ってしまい渋谷支店の融資課に左遷されられていた。ある朝、同期の支店勤務の坂本が伊木に「貸しにしとく」と言い残して回収業務の最中に蜂によるアレルギー発作の為に死亡してしまう。その結果、坂本が顧客の貯金、三千万円を勝手に引き出していたことが判明するが、坂本の性格を知る伊木はそれを訝しく思う。坂本の業務を引き継いだ伊木は「東京シリコン」という以前自分が担当していた顧客の回収業務に坂本が熱心にあたっていたことを知る。伊木はこの会社の社長の娘と恋仲だった時期があった。この倒産を調べ直したところ、いくつも不明瞭な点が発見されるが、行内にそのことが明らかにされると困る勢力がいるらしい。そんな伊木に有形無形の圧力と脅迫が襲いかかる。謎の男の監視を受け、郵便箱をこじ開けられ、証拠物件が入った鞄が奪い取られる際に上司が刺されてしまう。

新しい金融・経済犯罪+エンターテインメントの王道
作品全体からは百戦錬磨の冒険小説系ミステリ作家が執筆した長編みたい、だと感じた。少なくとも新本格ミステリサイドではなく、いわゆる、このミスで取り上げられるような「ミステリー」寄り。もしかすると本作は現代「ミステリー」の王道なのかもしれない。
つまり、非常によくまとまったエンターテインメント……。 バブルでの負の遺産を抱えて満身創痍の銀行、行内の派閥争い、中小企業の悲哀等々の内幕の婉曲な暴露でまず読者の興味を引きつつ、反骨の主人公を魅力的に描く。複雑な金融世界を舞台にした犯罪が段階を経て明らかにされていく過程で、あまり金融に詳しくない読者でも分かり易いよう表現に工夫もされている。秘密を探る主人公が謎の敵に狙われることで、サスペンス的興趣も盛り込まれている。いくつか発生する殺人事件そのものはそれほど工夫がないが、これだけ「リアル」を追求した小説ならば、そもそも下手にいじらない方が良いのかもしれない。
読んでいる分に面白い。これは間違いない。ただあくまで個人的な印象ながら、金融・経済犯罪の手口そのものを除いた物語に新しさを感じなかったのもまた事実。意地の悪い表現をするならば、既に存在する「典型的ストーリー」に現代の金融犯罪を組み込んだだけ、とも。落ち着く先が見える「典型」もエンターテインメントの一つの流儀だし、必ずしも否定すべき事柄ではない。でも新人作家の日本最高峰のミステリ賞受賞作品として多少の物足りなさを感じるのは読者の贅沢か。

単にお金を扱う共通項からか青木雄二『ナニワ金融道』をふと思い出した。ただ『ナニ金』における現実直視の視線の厳しさってハードボイルド感じるなぁ。格好いいかどうかはとにかく、一本筋が入っているし。(これは本作とはあまり関係がない)


00/11/21
角田喜久雄「奇蹟のボレロ」(春陽文庫'76)

角田喜久雄のシリーズ探偵、加賀美敬介捜査一課長が活躍する代表的長編の一つ。様々な形で刊行されているが、最も近作にあたるのは同題の国書刊行会のものか。短編『霊魂の足」を併録。

公務旅行の帰りの船の中、加賀美捜査一課長は「楽団新太陽」の楽長、三田村より奇妙な相談を受ける。彼らの演奏会の新聞広告を出すと、それがどの地方であってもその脇に「新太陽」の葬儀のお知らせが掲載されるというのだ。彼らの言葉を気にかけていなかった加賀美は、東京のキャバレー「エンゼル」での彼らの公演日に殺人事件が発生してから歯噛みする。誰も出入りのないキャバレーの一室で刺し殺されたメンバーの一人、篠井。指紋など現場の遺留品はそれぞれ他のメンバーの犯行を示唆し、動機も皆が持っていたものの、全員が何者かに襲われて厳重に縄で縛られていたため犯行が不可能だったというのだ『奇蹟のボレロ』
加賀美の旧友が担当する花屋の地下室を舞台にした殺人事件。戦争帰りの男が暗闇の中で射殺されていた。男は平和に経営される花屋女主人の息子の友人で、その息子は戦争で両目を失明していた『霊魂の足』

オカルティズムと悪魔的犯罪計画、そして論理的な推理
楽団を舞台にした『奇蹟のボレロ』は、大胆不敵な犯罪予告から始まる不可能犯罪を扱っているだけでなく、曰くありげな遺留品と緻密なアリバイから、二転三転と容疑者が転変していく面白さがある。また奇術やオカルトの要素を取り入れ、通俗探偵小説に堕するぎりぎりのラインまで一旦近付きながら、そこで踏みとどまり、再び本格探偵小説に大きく引き戻してから解決に至る、展開の綾が決まっている。
『霊魂の足』は物理トリックと心理トリックを巧くマッチングさせており、再読ながら加賀美ものの短編代表作という意味合いを確認した。戦争直後という時代背景を取り入れた真犯人の動機も秀逸。しかし、全編を通じた加賀美のやる気の無さと美味しいビールにありついた瞬間に素晴らしい速度で回転する頭脳の対比が面白い。
本書収録の両方の作品についていえるのは、小道具として有名な心理現象が使用されていること。つまり現実に発生したオカルト的な事件が物語中にスパイスとしてに取り込まれている。また、その犯罪計画そのものも悪魔的に練り上げられたものであることも共通している。その結果、最終的な合理的解決(計画の看破)に加えて、中盤をオカルティックな雰囲気が支配しているところに作者の工夫を感じる。 また、そのオカルト現象にしても、最終的な謎解きの場面に至る前に、恐らくわざとその実例と真相を晒しているところは本格謎解きのフェアプレイ精神の現れとして評価したい。

角田喜久雄の探偵小説長編は代表作『高木家の惨劇』『虹男』そしてこの『奇蹟のボレロ』等、非常に数が少ない。(短編はそれなりに、時代伝奇長編は多数ある)今更このようなことを言っても詮無いことながら、個人的には、もっと沢山探偵小説を執筆していて欲しかった、としみじみ思う。あと『歪んだ顔』が読みたい……。