MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


00/12/20
岩井志麻子「岡山女」(角川書店'00)

ぼっけえ、きょうてえ』にて日本ホラー小説大賞のみならず、山本周五郎賞まで受賞した異色の恐怖作家、岩井志麻子さんが放つ受賞後第一作品集。『KADOKAWAミステリ』誌に'99年から掲載されたシリーズ作品が収録されている。

明治時代後半、岡山市。商人の妾として両親を養っていたタミエ。旦那、宮一が事業の失敗により惑乱、タミエの左眼を日本刀で傷付け、自ら喉を突いて死んだ。タミエはその後、不思議なしかし、ごく弱い霊感を手に入れ、隻眼の霊媒師として両親と共に生活を始める。
昔から自分そっくりの女性が存在したのに、いなくなったと主張する女性『岡山バチルス』
自分の義母がいなくなり、妻に取り憑いていると主張する珈琲販売業の男『岡山清涼珈琲液』
美人写真絵を売る店でタミエを見つけた男は、タミエと、そして母を捜し続けていた『岡山美人絵端書』
父母の因縁から鉄道にこだわりを持つ女性は旦那を捨てて鉄道ボーイに鞍替えする『岡山ステン所』
デパートのはしり、勧商場に巣くう様々な「見えざる者」がタミエに語りかけてくる『岡山ハイカラ勧商場』
ハレー彗星の接近に湧く頃。タミエは貧村で発生した神隠しの解明を依頼されたが『岡山ハレー彗星奇譚』以上六編。

恐怖を醸す媒体を通じて、人間の業の凄まじさが浮かび上がる
タミエを中心に語られる物語は、我々が視ている「現実」とは異なる視点にて語られる。彼女の目には我々には見えない悪霊や餓鬼、生き霊など「この世ならざる者たち」が映る。タミエにとってそれらが視える世界こそが「現実」。彼女の「現実」を我々の世界に伝える――を生業とするには、彼女の能力は余りにも中途半端で弱々しい。
一方、その「この世ならざる者たち」とは結局何なのか。人間や異形の者を形取って現れるのは、この世に残る妄執であり、未練であり、嫉妬そのもの。図らずも、それらと対決しなければならないタミエは、その強烈な負の感情に常に晒される。決して平坦ではない人生を送り、物事の華やかな部分、影の部分を双方知る彼女にとってさえ、それらと相対するのは激しい苦痛を伴う。その能力の中途半端さゆえに、精神と体力を酷使せざるを得ない。タミエの姿は、気付かなくても良いものに気付いてしまい、苦しむ人間の姿そのもの。
そして、タミエはあくまでそれを我々の世界に繋げる媒介に過ぎず、物語の一つ一つの主役は、それらの強烈な、形となってこの世に残らざるを得ないような「負の感情」。本の隙間から、文字から、行間から立ち上るそれらの毒は読者をも巻き込む。実際に目には見えないながら、本書を読んで底知れぬ深い怖さを感じるのは漏れてくる負の感情を知らず我々が受け止めるからではないか。

闇が闇として存在していた時代だけに留まらない。中央から一歩遅れて物事が進み、土俗と進歩がせめぎ合いをする地方都市。文化のギャップ、生活のギャップが悲劇を産み、感情を産む。もちろん岡山弁は効果的に機能し、明治風俗は雰囲気を盛り上げる。効果的に部分を端折ったようなプロット、そして美しい文章。日本人しか味わえない、日本人のための本物ホラー。 

岩井志麻子さん本人のキャラと作品とのギャップが何とも……(これはどうでも良いこと)


00/12/19
日影丈吉「殺人者国会へ行く」(ビックバードノベルス'76)

KKベストブック社の新書シリーズの一冊として書き下ろされた作品で、日影丈吉の長編の中では現在、最も入手が困難な作品の一つだろう。

衆議院予算委員会の二日目、野党の労社党の副委員長、江差が、瀬戸内海でのコンビナートで所轄官庁による圧力で調査が中止されたという疑惑について、与党、資民党に明日、密約の証拠を発表すると述べた。折しも公害問題で世論が盛り上がっている最中、与党側に緊張が走る。翌日、国会で質問に立った江差は、水差しから水を飲み、急に苦しみだした挙げ句、死亡した。青酸カリ中毒。前代未聞の国会での殺人事件に、警視庁は必死の捜査を開始する。担当する仙波警部は、関係者の証言を集めた結果、江差が当日所持していた証拠の封筒の中身が白紙だったこと、現場にいた秘書の疋田、更にその疋田に面会に来ていたという此引という二人の男が行方不明となっていることなどから、この「証拠」にまつわる犯罪であると断定、二人の行方を追う。一方、同じ頃、現場側の路上で若い女性の遺棄死体が発見された。死因が青酸カリで二つの事件は繋がっているものと思われた。

日影らしい味わいもあるが、やはり復刊検討されないレベルの作品
現実に開催中の国会内部で殺人事件が発生したら、確かにセンセーショナルではあるだろう。ただ、これだけ日常的に権謀術数が凝らされ、駆け引きが行われ、人を裏切ったり憎悪したりという感情の渦巻く場所は他にないのではないだろうか。ミステリにおける冒頭の意外性は、正直低いのではないか。更に、前半部分、関係者のアリバイを潰したり、怪文書を関係者がどのように扱おうとしていたのか、警察の捜査が延延と描写され、どうにも泥臭い展開が延延と続く。日影氏の格調の高いこなれた文章が、逆に重苦しさを強調する結果となっており、どうにも読んでいて退屈。そして辛い。
探偵役となる「一人息子を男手一つで育てる数学教授」が登場する中盤以降、物語のテンポが変わり、雰囲気は多少良くなる。拓という小学校一年生の息子の登場が大きい。また教授の作る凝った料理、数学者らしい理詰めの論理、息子を深く信頼する心など、ようやく日影作品らしい興趣と情感が滲み出てくる。
ただ、今度は作品に用いられたトリックの方が気になる。「殺人」あり「密室」あり「誘拐」あり「詐取」ありの盛り沢山の展開ながら、全体の構図が明らかにされた状態で振り返ってみれば、目的に比してちょっと無理があるものが多すぎるように思えるのだ。わざわざこんな小細工弄さなくても……というような。
折角、政治を舞台にしたのなら徹底的に動機も犯罪もトリックも政治に関わっていて欲しかった。この動機、この結果を導くためにわざわざ衆人環視の国会で殺人をするもの……かなぁ? そのあたりが判然とせず、着地してみても、残念ながら通俗ミステリレベルにしか思えなかった。

熱心な日影丈吉ファンであれば本作を捜している人も多いと思われます。それ以外の方には日影ミステリにはもっとレベルの高い作品が数多くありますので、そちらを勧めます……。個人的に日影丈吉の文章が通俗ミステリ的展開にあまり向いていない、ことを確認。


00/12/18
北川歩実「金のゆりかご」(集英社'98)

'95年に『僕を殺した女』にてデビュー以来、覆面作家を貫いている北川さんの第五長編にあたる。北川さんの評価はもっと高くて良いと思うのだが、なぜか話題に上らないように思う。

近松吾郎が開発したGCSシステムとは、幼児期に脳に刺激を与えて「天才」を生み出すというもの。今年三十になるタクシードライバー、野上雄貴は、父親である近松によりそのシステムを受けさせられ、一時期は天才としてもてはやされていたが、成長するに連れ平凡以下の人間となり、同時に近松からの愛情をも失った。その野上がGCS幼児教育センターへの幹部待遇での入社を要請される。博士が手術によって意識不明になったことがきっかけだった。妊娠している野上の妻、里美は彼が承諾するものと決めてかかっていたが、野上は逡巡していた。九年前にGCSにて教育を受けていた四人の子供が精神的におかしくなったという事件を嗅ぎ回るジャーナリスト河西も、野上に入社を薦める。結局、その四人の子供のうちの一人が、野上が若き日に恋人、梨佳に産ませた子供、守だと知りGCS入社を決める。

天才の人工的な創出を軸に様々なテーマを織り込んだ「本格」ミステリ
実際に大作でもあるのだが、これほどまでに様々なテーマが一冊に入り込んでいると、何から書いて良いものか、正直悩む。
表題となっている「金のゆりかご」。これ自体は作品内「天才創出システム」の初期段階に、子供が入れられる設備のことを指す。また、このシステムそのものについては序盤に懇切丁寧に説明され、仕組みについて大きな謎はない。
……なのだが、本作は謎また謎の連続なのだ。野上になぜ唐突に好条件のオファーが来たのか? 九年前の子供達が次々と様子をおかしくしていったのは何が原因なのか? 梨佳は何故失踪してしまうのか? 殺人事件の犯人は誰なのか? ……等々読めば読むほどに、いくつもの「?」が発生する。そしてそれらは最後にまとめてどかんと説明されるのではなく、物語のポイントごとで少しずつ解明されていく。しかし、最後に物語全体の構図をひっくり返す、大きなどんでん返しが待ち構えている。これは、想像もしていなかった。
サプライズだけを仮に追求したとしても、面白く読めるだろう。しかし、スパイスとして込められているテーマが、通常のミステリにおける蘊蓄を越えて深遠なものに感じられる。「頭の良さ」の問題。「親子の絆」の問題。「命の重さ」の問題。突き詰めて行くと個々人の価値観が試されているかのような、厳しい選択がいくつも登場する。読んでいる間、色々なことを考えた。
本当の天才少年、基樹の存在感が物語の各所で強烈アピールされるも、骨太の物語を支えるには、その他の人物のインパクトに多少弱さがあるところは、気になると言えば気になるか。また、個人的には真の黒幕の怖さが半減してしまうようなラストにもったいなさを感じたけれど、もしかすると決して「天才」足り得ない我々読者に対する、北川氏のサービスなのかもしれない……。

大作ですが読んでいる間、時間を忘れます。読書が好きな方なら、ミステリ好きに限らずどのような人が読んでも満足するタイプの小説です。


00/12/17
藤原審爾「新宿警察」(双葉社'75)

ごく一部で一瞬「警察小説の定番」として話題になった「新宿警察」の最初の一冊。ようやく高原書店で入手が出来たので読んでみる次第。

気っ風のいい女と取り澄ました女を狙う謎の連続硫酸魔と主婦のバラバラ殺人事件『新宿警察』
愛人を逮捕時に喪った狙撃の名手の男が刑事に復讐するために脱獄した『復讐の論理』
父親が殉職した刑事だった新米刑事は自分の仕事に悩みを抱えていた『若い刑事』
無理矢理攫われた女性が台湾に売り飛ばされる事件を刑事が追う『新宿心中』
新宿で傷害事件をおこしたオカツを追って根来は瀬戸内海の小島へと『ズベ公オカツ』
バーのマダムを口説こうとした男が引き起こした不思議な喧嘩大騒動『新宿ゴキブリ』
亭主の逮捕を訴える女房は実は亭主がやらかそうとすることを恐れていた『勇気ということ』
貧乏だから罪を犯す。刑事は常にやり切れない想いで犯罪と対峙する『新宿裏町小唄』
田舎から捜査の為に出張してきた刑事の個性に新宿警察の刑事は辟易する『田舎刑事』
本庁の刑事と組んだ山辺は夜中に騒ぐ少年たちの持つ危険性を感じ取るが『慈悲の報酬』
模造品密輸の片棒を担ぐ女をひたすらに張り込む徳田老は交通事故を目撃『春の張込み』
集団就職で上京してきたいかつい顔の少年が新宿という街に飲み込まれていく『純情無頼』
誰にもかまわれない孤独な青年はナイフで人を突き刺すことでその鬱屈を晴らす『新宿その血の渇き』

これがニッポンの「警察小説」。地道な捜査そのものこそが主人公
普通の推理小説に登場する「地道な捜査」のシーン、例えば聞き込みだとか張り込みだとか、関係者の尋問だとか。それらはあくまで「名探偵」が推理を行うための証拠捜しであり、「物語上の犯人」を読者のために限定するためのサポートであり、「不可能的興味」を盛り上げるための可能性潰しなど、普通、最終的な「解決」のための準備や下支え的存在として扱われる。
ところが、本作は違う。事件ごとに主人公が変わり、もしくは主人公さえ定かでない事件をこつこつと調べる新宿警察の刑事の面々。彼らが足を磨り減らして聞き込みをし、寒さに震えながら眠気に耐えながら張り込みをし、嫌がる人々をなだめすかして証言を取り、逃げる犯人を集団で取り押さえる。体力と根気、勘と運の世界。彼らの捜査の過程で浮かび上がる、いくつもの人生や宿命、親子や夫婦の愛情、街の闇に住む人々や必死の努力で生活する人、ほんの小さな幸せを求める人々――それらそのものが『新宿警察』を通じて読者の前に浮かび上がる。 新宿という街、そこから覗かれる社会こそが真の本作の主人公だろう。

一つ一つの事件にトリックはない。現実に発生する事件を断片から捜査していくことは、ゲーム性など抜きにした本当の意味での「謎解き」といえる。刑事と共に事件に憤り、刑事と共に証拠を探し、刑事と共に証言を求め、刑事と共に犯人を捕らえる。これが『新宿警察』。

「……である、……である」を連発する文章はちょっと硬いし、風俗関連の言葉やスラングが時代がかりすぎて意味不明の部分も多数ある。それでも、罪を憎む気持ちや必死に生きる人々の辛さや理不尽な社会の仕組みは、もっと昔から現在に至るまで基本的に不変のもの。 「新宿警察」の面々はこつこつと地道に人々を不幸にしないために毎日働いている。


00/12/16
大下宇陀児「見たのは誰だ」(講談社ロマンブックス'59)

戦前は謎解きを中心とした本格を意識した探偵小説を発表していた大下氏は、戦後は犯罪心理や犯行動機に重きを置く作風に変化したという。本書もその「犯罪小説」といった部分に話の中心が置かれた、典型的後期作品。'55年の講談社の書下ろし探偵小説全集(第二巻)が初出。

父親が自分が原因で自殺したことにコンプレックスを持ち、経済的に苦労しながら大学に通う桐原進。彼は木田紀美という女性と将来を誓っていた。桐原は友人の古川が持ち込んできた「おいしい話」に乗ることを躊躇っていたが、紀美から妊娠したかもしれない、と聞かされ腹を括る。その話とは、古川の叔父が死蔵しているという黄金を盗みだすというもの。甥の家庭教師に行った古川が内情を探っており、綿密な打ち合わせの結果、誰も傷付かず、危険もないはずだった。ところが、屋敷に忍び込んで、その叔父のベッドに仕込まれた黄金を取り出そうとしているうちに、甥っ子が起き出してしまう。あっさりと甥を刺し殺す古川に驚いた桐原は、その場を立ち去ろうとするが、古川ともみ合いになり傷つけられながらも彼を反対に刺し殺す。逃げ出した桐原は警察に捕まり、結果的に一家四人殺しの犯人として収監させられる。紀美らは、桐原の無実を信じ、人情弁護士、そして名探偵として知られる俵の元を訪ね、弁護を依頼する。

犯罪実録小説のような臨場感。社会を描こうとする大下の気迫
読了して、いざ全体を俯瞰してみれば、一風変わった構造の探偵小説であることに気付く。序盤、青年が犯罪に踏み入っていく過程が描かれる。彼が軽犯罪のつもりで忍び込んだ家では、親友だと思っていた古川が陥穽を仕掛けて待っていた。古川は自分は嫌疑を逃れて、主人公を容疑者にすべく様々な事前の手を打っていたのに対し、余りに主人公は考えが浅い。更に、その古川を正当防衛ながら殺してしまったことで、最大の証人が失われてしまう。そして主人公がなんと言おうと警察側は桐原が真犯人と考えており、その物的証拠が強力に揃っている……。
ここまでが前提段階。妊娠した恋人のために大金を握もうとするという動機はいくらなんでも平凡で多少甘いように思える。それが後半に至るにつれ、この甘甘の動機である必要性が見えてくる。この甘甘な部分が、探偵を出馬させる動機になっているのだから。容疑をひっくり返すべく、弁護士が様々な角度から事件を見つめ直し、警察が受け容れられるだけの証拠を見つけだすくだりが本編となる。犯罪そのものは読者も克明に眺めており、果たして「どこから主人公が犯人ではないという証拠を見出すことが出来るのか」そこに興味は集中する。完全犯罪のミスを暴く倒叙タイプの小説を、逆から捉えたような作品。細かい証言や物証から反証を見つけだす緻密な論理。形は違ってもこれは、本格推理の醍醐味。
そしてまた、獄中でもがく主人公の姿から、冤罪、疑獄の怖さをしみじみと感じさせるあたり、大下氏の社会的視点が生きているように思う。

本書は石井春生さんに本書を譲って頂きました。多謝! 状態は確かに今一つでしたけれど、なかなか入手出来ない作品ですし、内容はすこぶる面白かったです。


00/12/15
南部樹未子「北の別れ」(徳間文庫'85)

'59年、中央公論が主催した女流新人賞の第二回に『流氷の街』で入賞、その二年後、'61年頃から心理サスペンスを中心にしたミステリを発表している。一旦執筆が中断していた時期があったが、本書はその後の作品で'79年にカッパノベルスに書き下ろし発表された。

江上英彦は学生時代に北海道を一人旅した際、北見に住む伸江という女性と知り合い、彼女に強く惹かれる。だが、彼女には英彦も認めざるを得ない好青年の婚約者、光雄がおり、想いを打ち明ける暇もなく彼は失恋した。後に英彦は旅行雑誌の編集部に勤務するようになり、幼なじみの道子に強引に迫られて結婚、平凡ながら幸せな暮らしに入る。だが、英彦は未だに道子には秘密で、年に数回伸江とその家族の元を訪れ、安らかな時間を得ていた。結婚の半年後、光雄は突然この世を去り、伸江は未亡人となって遺児を育てていたが、英彦は彼女とプラトニックな関係を貫き通していた。ところが、伸江の甥の手紙が偶然道子に見つかった二年前から、道子は取材で北海道に出掛ける英彦に強くあたるようになる。自分の行動に恥じることを感じない英彦は北海道にまた向かおうとするのだが……。

大人の男女ならではの葛藤が生み出す、研ぎ澄まされた剃刀のような物語
ある程度の人生経験を積んだ人間ならば語られたくない過去、語れない過去を一つ二つ持っているもの。全てをさらしたとしても理解してもらえないならば、いっそ最初からなかったことにしてしまいたい。親しい間柄――肉親や夫婦の間であっても、いや、毎日顔を接する関係だけに決して「言ってはならないこと」は確実に存在する。
本書は異なるレベルで二人の女性を愛する男が主人公。彼の持つ「疚しさ」が二人の女に火を点ける。あくまで徹底的に心理の綾にこだわり展開する物語。 火がついた女性に対し「言ってはならないこと」を言った主人公は、命を落とす。その後、更に火花を散らす二人の女。彼女たちが心の中で何を考えているのか。実はこの部分が本作のミステリの核心である。主人公の姿を描く前半部、二人の女を描く後半部。彼女たちが何を考えていたのか。当たり前のことを考え、それほど奇妙な行動を取っているわけでもないのに、明らかになるつれ、不思議な怖さが徐々に忍び寄ってくる錯覚に陥る。

二人の女の心の中、といっても特殊な考え方ではなく、寧ろ普遍的な感情でしかない。しかし角度を変えた視点からその感情を語ることで上質のミステリに変貌させてしまう南部さんの筆致の凄さ。 特に彼女が描く心理描写におけるキレは、北海道の風物との対比で鮮やかさを増している。他の作品も読んでみよう。<自分


00/12/14
加納朋子「螺旋階段のアリス」(文藝春秋'00)

『オール讀物』誌に'97年から'00年にかけて掲載された「アリス」シリーズを集めて刊行した短編集。

五十過ぎのサラリーマン、仁木順平はリストラの一環である「転身退職者支援制度」を利用、一年の休職期間を得て念願の「私立探偵」となり事務所を開いた……が、彼の事務所を最初に訪ねて来たのは猫を抱いた少女。亜梨沙という名の彼女は助手を志願、「不思議の国のアリス」ファンという共通の話題を持つ二人は二人三脚で事件にあたる。
亡くなった亭主の残した鍵を家の中から探して欲しいという主婦の依頼『螺旋階段のアリス』
自分が浮気していないことを証明するため三日間尾行して欲しいという主婦の依頼『裏窓のアリス』
いなくなった愛犬を探して欲しいという恵まれた環境にある老婦人の依頼『中庭のアリス』
会社の地下書庫に鳴り響く電話がなんなのか調べて欲しいという受付のおじさんの依頼『地下室のアリス』
妻から時々お菓子などのお使いにやられるのがなぜか調べて欲しいという発明家の依頼『最上階のアリス』
病院の階上にいる生後間もない赤ん坊の面倒を一切見て欲しいという産婦人科の依頼『子供部屋のアリス』
亜梨沙が三日欠勤、父親から電話。誘拐事件? 仁木順平自身の事件『アリスのいない部屋』以上七篇。

アリスに象徴される優しい雰囲気で包まれた「謎」、そして「夫婦像」
まず、題名からしてそうなのだけれど、一編一編に『不思議の国のアリス』の様々な事柄が仮託されている。発生する事件や人間関係などに「アリスワールド」が巧妙に当てはめられ、メルヘンティックな雰囲気が醸し出されている。
また、登場人物もまた、多少現実離れした「私立探偵初心者のおじさん」と「探偵より有能な助手志願の美少女」という取り合わせ。この二人のアリスファンの素敵な関係が、作品の雰囲気をまた、優しいものにしている。 (余談だが、組み合わせだけを見れば、樋口有介の軽ハードボイルドの名作『木野塚探偵事務所だ』とダブって見える。それだけ、創作者にとりこの設定が魅力があるということなのだろう)
そして作品で取り上げられる謎も、日常的に発生しうる、深刻でこそあれ決して殺伐としたものではないもの。「日常の謎系」……この点はもともと加納作品の魅力であり特徴なので、改めて繰り返すこともないか。いずれにせよ、物語の雰囲気はひたすらに柔らかく、暖かく形成されているのだ。

それら「暖かい雰囲気」だけを楽しんでも充分に面白いと思う。ただ、全編通じて描かれている様々な「夫婦像」にも気付きたい。様々な人間が存在することと同様に、夫婦の数だけ「夫婦像」が存在し、またそれぞれが物語の謎を解くカギとなっている。平凡なサラリーマンだった仁木、そして助手を務める少女、亜梨沙は探偵という職業を通じて、それらと直面し、そして、自らの「夫婦のアイデンティティ」を確立していく。その意味で、最終話『アリスのいない部屋』が最も印象に残る。連作短編集としての本作を締めるに相応しい物語。

加納さんの作風は作品数を重ねるに連れ、初期の「少女の優しさ」から「大人の女性の優しさ」へと徐々に変化しつつあるように感じる。ほんの少しずつ、でも確実に人生という経験を積み重ねている読者としての自分と重なるものがあり、読んでいて非常に心地がいい。これからも楽しみにしていますからね>加納さん。


00/12/13
貫井徳郎「迷宮遡行」(新潮文庫'00)

慟哭』にて'93年にデビューした貫井さんが'94年に東京創元社より刊行した受賞後第一作が『烙印』、以前「決して文庫に落とさない」と言明されていた作品である。しかし徹底的に手を入れることで新たな作品として書き下ろされたのが本作。

不動産屋をリストラで失業、情けない性格の迫水がただ一つ誇れる美人妻、絢子が一枚の書き置きを残して彼の元を去ってしまった。確かに迫水は甲斐性はなかったが、愛する妻の家出に心当たりはない。思い切って彼女の足跡を辿ろうと決心するも、天涯孤独の彼女には親戚もおらず、事実上の結婚生活を送りながら未入籍で戸籍もOUT。唯一の心当たり、彼女と知り合った喫茶店の元同僚に話を聞きに行ったところ、彼女には妹がいたらしいこと、更に店に紹介してくれた男性の存在を教えてもらう。ヤクザに睨まれたり、絡まれたりしながら這々の体でその男、新宿歌舞伎町のバーテン、新井の元を訪れた迫水だが、新井は協力的ではない。しかも彼はどうやら何かに怯えているらしい……。意地になって絢子の足跡を追う迫水。しかし捜せば捜すほど絢子のことを何一つを知らないことを思い知らされ、更にヤクザの影が迫水の周囲に見え隠れし始める。

『烙印』を越える完成度。力強い物語に新たに加えられた趣向が巧い
一口で云えば『烙印』との落差。これが良い方に機能している。
例えば『烙印』冒頭は妻の死亡を確認させられる迫水が描かれる。迫水は警視庁勤務(物語中に退職)の刑事でタフだった。一人称は「おれ」でなく「私」だった。妻の持つ秘密を追うという主題こそ同じながら、『慟哭』からの系譜ともいえる硬質な文体と相まって展開の基調はハードボイルド。これが主人公を「へなちょこな人物」へと入れ替えることで、貫井さんは『烙印』を全く異なる雰囲気・印象の物語へと転換してしまった。ラストも全く異なることだし、焼き直しだから、と敬遠している方にも是非とも手にとってもらいたいもの。

……さて、『烙印』を読んでいない人にとってはどうか。貫井さんの作風は「本格」にこだわった作品群とは別に、展開で読ませるサスペンスフルな作品がいくつかあり、本書もその系譜に属する。発端に謎(絢子はなぜ姿を消したのか?)が提示され、その答えを捜しているうちに謎(絢子はなぜ係累がこれほど少ないのか?)が謎(絢子は一体何者なのか?)を呼び、別の事件が起こり……と、先の見えない展開。物語で形成する大きなジャングルジム。読者はそれをくぐり、登り、伝いするものの、全体の形は分かるようでいて分からない。その全景が見渡せるのは物語の最後の最後になってから。そして、ひたひたと打ち寄せてくる余韻に浸るのだ。

ちなみに本書は「第三十章」が空白になっている(私は最初落丁かと思って慌てた)。そこが物語のある意味での頂点である。そして迫水は変わる。この空白の間に『迷宮遡行』を満たしていたユーモア、そして迫水の「情けなさ」が拭い去られ、彼自身が持つ男らしさ(いや野性か)が剥き出しになる。絢子を追い、迷宮を遡行し終わった迫水は『烙印』の世界に戻っていく……。

『迷宮遡行』が世に出ることになった経緯は、貫井さん自身のサイト、The Room for Junkies of Mystery And Hissatsu内にあるので、興味のある方はそちらも参照してみてはいかがでしょうか。初期の力強さと近作の読みやすさとが融合した作品。『烙印』を既読の人、未読の人問わず、お勧め出来ます。


00/12/12
山村正夫「忍者探偵 秘湯へ行く」(祥伝社ノンポシェット'87)

題名を見て、どうしても読みたくなってふらふらと購入してしまった。 「忍者探偵」だけでもかなり凄いのに「秘湯」まで加わってるんだから、仕方がない。どうやら、世の男性は同じことを考えたのであろうか、奥付を見ると再版されてる。ちょっと驚き。

服部半蔵の妾腹の家系ながら数えて十七代目の伊賀忍者の末裔、佐分利健。祖父の遺言で八歳の頃から学校の長期休みを利用し、二十年にわたる忍法修行を行っていた。師匠にあたる伊賀十忍の子孫、玄爺さんから全ての忍法の皆伝を言い渡された健は、伊賀にある秘湯でその疲れを癒していた。そこに現れた三人の女子大生と一騒動の末知り合った健は、東京の戌井産婦人科医院の別荘で院長が殺害されるという事件と遭遇する。なんと戌井は、車のトランクから溺死体で発見されたのだ。現場にはJAOと刻まれた銀のロケットが落ちていた。佐分利は親しくなった久松亜矢子と共に、事件の謎を探るべく東京に戻って人間関係を当たりはじめる。

題名の脱力感に負けない、好奇心をそそるエピソードオンパレード
いやはや。すごいや。

この現代に深い目的もなく忍術を極める28歳童貞忍者。
口笛一つで目指す女性をたなびかせる女人誘心の術。
アルバイトは女子大生寮の住込ガードマン。
履き古しパンティを使った幽霊折伏。
事件の背後に暗躍するネーミングセンスぶっ飛びの日本アマゾネス教団。
パンティストッキングを頭から被った酔拳の達人。


……読みたくなりませんか? そう、ならこれでは?

奇妙な死体、密室殺人、ダイイングメッセージ。
一応、本格ミステリの要件も揃っているんですよ。この内容であっても。
物語としても筋が通っている。ユーモアミステリの「ユーモア」の部分も頬をゆるませるくらいのレベルではある。本格ミステリに使用されているトリックは手垢じみたものながら、一応納得は出来る。要は楽しい読み物としての必要条件は満足しているのではないでしょうか。上記の設定を面白がる方しか読まれないでしょうから、あまり詳しく分析する必要を感じません。

ただ、いかにも設定が先にありき、なのは仕方ないでしょう。(忍者を主人公にして、女子大生を絡ませて、わはは)難しいことは一切考えずに読むのには最適です。そしてわざわざ探して読む本でないことも確かです。あ、それでもラストなんかはそれなりに残酷な結末ですので。


00/12/11
森 英俊・野村宏平(編)「乱歩の選んだベスト・ホラー」(ちくま文庫'00)

乱歩の怪奇幻想小説論である『怪談入門』をベースに、古典的な怪談の名作を十一編セレクト(『怪談入門』本文と、乱歩の『目羅博士』を加えた十三編)現代に蘇らせた作品集。初訳の作品が二編、新訳の作品が三編あり、巻末に『怪談入門』にて紹介される作品の詳細なリストがある。

乱歩が、当時の世界の怪談を系列ごとに分類、紹介する『怪談入門』江戸川乱歩
願いが三つ叶う猿の手を入手した男は最初に二百ポンドを望む『猿の手』W・W・ジェイコブス
偶然の事故で子猫を殺された親猫が、男に復讐を『猫の復讐』ブラム・ストーカー
その海辺の街には教会を改造した風変わりな館があった『歩く疫病』E・F・ベンスン
辺境の樽工場で番をしていた男達が次々行方不明に『樽工場の怪』コナン・ドイル
世捨て人として自給自足の暮らしをする男にも昔妻が居た『ふさがれた窓』アンブローズ・ビアス
屋敷の側の廃屋から夜な夜な子供の声が聞こえ、息子は病気に『廃屋の霊魂』マーガレット・オリファント
公園で見掛けた婦人はまるで幽霊と会話をしているかのようだった『ザント夫人と幽霊』ウィルキー・コリンズ
古道具屋で購入した古鏡の向こう側には、美しい女性が住んでいた『魔法の鏡』ジョージ・マクドナルド
その怪しい店では人間同士が自らの抱える災禍を同等レベルの人と交換できるという『災いを交換する店』ロード・ダンセイニ
狙撃のひどさに『専売特許大統領』W・L・アルデン
部屋に入手した人物が、三人立て続けに窓で首を吊って死んでいるアパート。家賃に惹かれまた一人の青年が『蜘蛛』H・H・エーヴェルス
都会の谷間たるビルディングから、幾人もの人物が飛び降り自殺。月と狂気の幻想的探偵小説短編の名作『目羅博士』江戸川乱歩

時代を超えて、時を越えて。人間を恐怖させるものは色褪せることがない
怪談は短編が最高である、ということを改めて思い知らされる。ぎりぎりまで絞られる贅肉のない文章、読者へのインパクトを最高点に持ち込む構成、説明を省くことにより想像力を刺激する憎らしさ。ほんの短い時間のうちに、心が異境に取り込まれてしまう。収録された作品のほとんどは、百年以上も前に執筆された作品でありながら、読者へ強烈な印象を打ち込む力を未だに持っている。言い換えると、百年以上の間、人々に読まれ続けている作品だということだ。
収録された優れた恐怖小説が人口に膾炙し続けているという事実そのものが、人間が原初より抱き続ける「恐怖への畏怖の念」、そして合わせて持ち続ける「恐怖への好奇心」との両方とを証明しているように思う。

また、当時と現在では科学的な知識背景が全く異なるものだし、冒険系の恐怖小説(謎の生物との戦い)等々、科学小説の範疇に入る作品は、彼我の時代の感覚差で楽しめないように考えられがち。しかしそれも全くの杞憂。どの時代の科学をも一蹴してしまうsupernaturalが、最終的に物語に現れているから。
個人的には最後の一行の強烈な一撃に参ってしまった『ふさがれた窓』、がお気に入り。

今どき本書が出ることの意義は?とも入手する前は感じていたことを告白したい。しかし読んでみて分かった。ようやく市民権を得始めたホラーのムーブメントを遙かに越えた高みに本書は位置する。「今どき」などという問題でなく、はじめから永遠に残されることを考慮された作品集であるのだ。