MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


00/12/31
高木彬光「ノストラダムス大予言の秘密」(文華新書'74)

副題が「1997年に人類は滅亡するか?」とある。(「せえへん、せえへん」と思わずツッコミが入るのは御約束) 当時「1997年に人類は滅亡する」とセンセーショナルな一大旋風を巻き起こした五島勉『ノストラダムスの大予言』に対抗、五島説を否定するために執筆された。更にこの作品の後『ノストラダムスの大予言の秘密 大反論新版』というのが出ているらしい。

執筆のきっかけからして『ノストラダムスの大予言』をばしばし否定して誤謬を指摘しまくるのかと思いきや、意外とソフトに持論が展開される。その持論もノストラダムス以前に、高木氏がこの本を執筆するに至った経緯がまず述べられ、更に高木氏自身の自伝が加わる。このあたり「高木彬光が出来るまで」的面白さがあり、一ファンとして楽しめてしまった。
ここで早速、ノストラダムスに入るのかと思いきや、恐らく敬愛しているのだろう、明治時代の「易聖」高島嘉右衛門バンザイと、氏の伝記が延延と書かれていたり、戦前の大本教教祖、出口王仁三郎のことに触れていたり、となかなか核心に到達しない。しかし、このあたり単純に「傑物列伝」的面白さがあって、単純に楽しめた。

少なくとも、一九九九年七の月という五島説は外れたわけで。
物語ではないので、評というより要約の方がこれから読む人の為になる、と言い訳して。
高木氏は自らノストラダムスの叙事詩の日本語訳を本書に掲載する。どこかで読んだことのある文「二頭の獅子が……」とか「○○の都が栄え……」とかの50編程の羅列が終わった後、一般的な注釈と高木氏の解釈に移る。面白いのは、決して高木氏はノストラダムスを予言者として否定していない、寧ろ偉大な予言者と考えているところ。既定の解釈の妥当性を客観的に吟味・分析し、認められるものと、研究者の暴走によるこじつけとしか思えないものを分けている。その結果、およそ三割程度の正解率が妥当とし、残りについては意味不明、ないし該当する事実はない、としている。

しかし、圧巻は五島説を検討する時。原典を詳細に検討し、五島氏が解釈以前に、原文の訳出段階で意図的に異なった文章に変えていることがある、と手厳しい。また、すぐに公害や環境汚染をキーワードにしてしまう方法にも疑問をぶつけている。1999年の解釈については、これが大予言中、唯一の年号ではなく、他にも1700年や1699年が使用されていることを指摘、そのまま西暦に当てはめることは間違いだ、と看破している。元々ノストラダムスの『諸世紀』は、もっと先々の未来まで見通したものらしい。最終的には「五島説は、まず破滅ありき」の暴論、と結論する

それを越えた後、楽観的に人生を生きることのススメ、を高木氏は展開する。哲学的な面白さがあってまた楽しめた。

個人的に高木氏の本格推理作品でなく、特に最近本流と異なる周辺書ばかりを手に取っているような気がする……けれど、それもまた著作物なので……まぁいっか。


00/12/30
逢坂 剛「幻の翼」(集英社文庫'90)

既に直木賞受賞作家であった逢坂氏の名を更に高めた「百舌シリーズ」もしくは「公安シリーズ」の二作目で'88年に同社より刊行された作品の文庫化。『百舌の叫ぶ夜』から本作を挟んで『砕かれた鍵』『よみがえる百舌』と続く。

稜徳会病院でクライマックスを迎えた事件(前作)は、いつの間にか上層よりもみ消されるように捜査が打ち切りとなった。警察の公安化を推進する森原法務大臣の圧力を感じた倉木警視は、内部告発文書を作成、明星刑事にワープロ打ちさせた後、新宿署の防犯課に左遷された大杉警部補に託す。大杉の友人に雑誌編集長がいるからだ。その頃、日本海沖で拿捕されかかった北朝鮮船の工作員は「シンガイ」という言葉を残し絶命、更に現場付近では不審な男が目撃される。前作で能登半島の断崖に消えた「シンガイ」=「新谷」つまり「百舌」が再び北朝鮮のスパイとなって日本に現れたのか? 森原に対抗する、特別監査官 津城警視正に共鳴する倉木らは、スパイ事件を重要視するものの、森原一派の素早い反撃に会い次々と囚われてしまう……。

本格推理含みの前作から、徹底したハードボイルドミステリへ

「必ず前作、『百舌の叫ぶ夜』を読んでから本書を手に取ること」
主要登場人物が敵役まで含め、前作から引き続いて活躍する。本作の命は「超個性的」な主役・脇役にある。物語そのものも前回の事件を引きずっており、彼ら一人一人の信念、生き方が結局のところ重要な役割を占めている。(今後の展開は未読ながら)少なくとも本作に関しては、全くもって前作の続きと考えて差し支えない。
冷酷でタフで何を考えているのか良く分からない倉木。跳ねっ返りの美人娘で倉木にぞっこんの明星。肉体的タフさと太い神経、熱い情熱を持つ大杉、深謀遠慮と柔らかい物腰から何を考えているのかやっぱり分からない津城。彼ら四人が、前回倒しきれなかった敵に対して、自ら行動を起こし、自ら挑発を仕掛け、自らピンチを招き、助け合いながら状況を打開していく話。 物語の場面場面の切れ、説得力、アイデアが面白いので、読み進む手を止めることはないながら、アウトラインとしてはかなり単純であることは否めない。最も注目されるべきは、前回明らかに死んだ「百舌」がどのように物語に関わってくるか、である。ただ、それもある程度中盤で予想がついてしまう……。
それでも面白かったのは、やはり四人の個性が激しくぶつかり合って、予定調和のはずの物語がどんどん乱れて行ったからなのだろうか。

結局、この四人(特に大杉は渋いぞ!)を創造した逢坂氏の勝利。物語がどうあれ、彼らの今後の活躍を今後も見てみたい、とどうしても思ってしまうから。繰り返しますが、第一作『百舌の叫ぶ夜』からどうぞ。


00/12/29
中嶋博行「検察捜査」(講談社文庫'97)

'94年、第40回江戸川乱歩賞受賞作品で同年対象の『週刊文春ミステリーベスト10』では一位を獲得した。応募時の題名は『検察官の証言』。中嶋氏は現役の弁護士で、現在のところ他に『違法弁護』を著している。

検察官僚幹部は、検察官志望者の減少に業を煮やし司法修習生相手に特別プロジェクトを組むが、その成果は芳しくなかった。その報告会から戻った横浜地検の若き女性検事、岩崎紀美子は早速上司から殺人事件の捜査を命じられる。被害者は、日弁連の会長選挙にも打って出ようかという大物、内閣法制審議会委員である西垣弁護士。67歳の老体に無惨な拷問が加えられた形跡があった。岩崎はコンビを組む検察事務官の伊藤と共に、西垣弁護士が過去に関わった事件を調べる。膨大な資料から西垣が被告とされている特殊な事件を調べ上げた二人は、神奈川県警と協力して捜査を進める。一方、検察庁の上層部には、彼らの捜査状況を逐一見守る人々がいた。

今までタブーとされていた法曹界を敢えて舞台にした陰謀合戦顛末
「お堅い世界」として認知されている検察の世界と弁護士の世界。ここにいくつもの陰謀を持ち込めば、これほど一般人に手の届かない醜さを呈する。 これで主人公が女性でなければ、到底重苦しくて読むに耐えなかったであろう。司法修習を終えた人間だけで構成される特殊な世界。人を裁き、人を告発し、人を護ることを使命とした(自覚はとにかく)人の上に立つ人々たちの物語。普段、一般人に触れることのない高尚な人々の住む世界をエンターテインメントに引きずり下ろしたことが本書の最大の功労かと思う。そしてこれは近年の乱歩賞の特徴ともまた見事に一致する。
悪く云うつもりはないが、サスペンスとしての筋書きだけならば、法曹界を舞台にする必然性はそれほどない。背後にある組織vs組織の因縁、上層部の思惑を知らされずに踊らされる兵隊たち。これだけであれば、企業やヤクザ社会を舞台にしても同じ筋書きで物語が出来る。これを法曹界にぶちこみ、その内部事情を克明に明かしつつ展開するところに面白さがある。その一方で、遺漏が無いように盛り込まれた業界の仕組みや用語に関する描写が説明的に過ぎ、しばしば読んでいて引っかかったのは辛かった。教科書や新聞ではないのだから、もう少しリーダビリティを意識しても良いのでは。(上記あらすじも漢字が多いでしょ)

「リーガル・サスペンスという分野を開拓したかった」という作者の意気や良し。このジャンルの書き手はどうしても限定されてしまうし。但し、佐賀潜の二の舞にならぬよう(って別に佐賀潜に何か含むものがあるわけじゃないんですが)。


00/12/28
森下雨村「謎の暗号」(講談社少年倶楽部文庫'75)

作家としてよりも翻訳家、翻訳家としてよりも『新青年』の初代編集長、いやいや何よりも「江戸川乱歩をデビューさせた男」として知られる森下雨村。戦前の雑誌『少年倶楽部』(そら文庫の趣旨がそうやもん)に'33年(昭和8年)より翌年にかけて連載されたジュヴナイル(そら雑誌の趣旨がそうやもん)。

父親と共に諸国を漫遊、その父親の死去で天涯孤独の身の上となった東郷富士夫少年。彼は英語、仏語、独語など数カ国語を自由に操れ、更に少年らしからぬ聡明な頭脳と大胆な勇気を持ち合わせていた。日本に帰った彼は、日本の防諜の任につく玉村外事課長にスカウトされ、想像以上の活躍を見せる。
スパイの疑いのある外国人の落とした紙片に秘められた謎を解き明かす『謎の暗号』
電気式魚雷の秘密を盗もうとするスパイは外国人か日本人なのか?『電気水雷事件』
ドイツ人の技術者宅で起きる不思議な出来事。犯人はスパイか怪盗か?『間諜?怪盗?』
大物スパイ、ジョン・クレイの再来日にあたり富士夫少年の勘が冴える『知恵の戦い』
別荘で縛られて発見された運転手。秘宝を盗んで消えた少年は犯人なのか?『消えた怪盗』以上五編。

東郷富士夫少年がニッポンの危機を救う!
本書、同じ『少年倶楽部』ながら、江戸川乱歩の「少年探偵団」より前に発表された作品であり、ある意味「少年探偵モノ」の先駆となった作品といえるかもしれない。
一方で「少年探偵団」との大きな違いもある。「フジー東郷」が、「小林少年」のみならず「明智小五郎」を兼任していること。そのことが、良くも悪くも独特の物語展開に繋がっている。当初は、単純に物語の中での東郷少年の活躍を見て喝采出来ていたのが、どうにも彼の能力が超絶過ぎて、段々少年の姿をした大人の活躍を見ているような気分になってしまった
流暢に操れる何カ国語もの言葉を駆使し、外語に弱い日本人を舐めたように暗躍する外国人スパイの尻尾を握む。機転が効いて総合的に物事を判断し、いざとなると大人を振り切って敵をバイクで追走してしまう。(君、何歳?)第三者に嘘を吐くときは心の中で「ごめんなさい」と呟く礼儀正しさ。天皇陛下バンザイの愛国心。腕力だけはさすがに大人任せながら、飛行機の中からビルの中の縛られた男を発見する超絶視力を持つ。時に敵の罠に落ちつつも冷静に脱出方法をはかる……。

その能力のおかげで五つもの事件で、日本の危機を間一髪救ってしまうのだ。お手柄お手柄。凄いのだけれど、凄すぎて親近感が得られない。同じ東郷ならデューク東郷(ゴルゴ13)に存在としては近いのではないか。いえ、なんにも考えずに「愛国ヒーロー物語」として読めば、これは絶対面白いことは間違いないんだけれど。

森下雨村名義の作品では『青班猫』春陽文庫探偵CLUB の次に入手し易い……といっても、少年倶楽部文庫なので古書価は免れないとは思います。(三一書房の少年小説大系7にも収録されています)私は、とある忘年会の日によしだまさしさんより譲って頂きました。ありがとうございました。その「とある忘年会」の印象が強烈なので、本書はあの日を偲ぶ想い出の一冊になる……かも??


00/12/27
多岐川恭「濡れた心」(講談社文庫'75)

'58年に刊行された『氷柱』に続いて同年に発表された多岐川恭の第二長編にして、第4回江戸川乱歩賞受賞作品。

女子高校生御厨典子は、感受性に富んだ性格ながらコケティッシュな美少女。南方寿里はおおらかで活発な身体と性格の持ち主。そんな二人は互いに惹かれ、典子の親友、小村トシの紹介により親友を越えた同性愛関係へと陥る。密かに愛を育む二人だったが、典子の異性への興味が二人の関係に微妙な陰を落とす。典子の婚約者を自称する親戚同様の若者、楯陸一を差し置いて、典子に興味を示すのは冴えない英語教師、野末兆介。そして典子も野末を嫌いながら、彼への執着を断ち切れない。寿里や小村トシ、母親や親戚代わりの鷹場氏までがその交際に反対、ようやく典子は「自分の気持ちに決着をつける」と宣言するが、その当日、野末は射殺死体となってプールに浮かんでいるところを発見される。

全て日記・手記・メモ……による一人称多視点によるミステリ
一応、建前上は全て記録された文章ということになっているものの、日記や手記にて実際に情景を描写し「会話文」まで忠実に再現することは普通しないだろう……まぁ、その点は脇に置くとして。これらの部分は、結局登場人物それぞれの視点による、一人称の物語として扱われ、最終的にそれらが集合体として機能し、いくつもの錯綜する愛情が内包された一つの物語として成立する。日記だからこそ記す、秘めた想い。
この表現方法が、恋の行き違いや、場面場面での心理描写において大きな効果を発揮、かつミステリとして真相を巧みに隠すことに成功している。一方で、ころころ変化する視点は物語の人工性(作為性)を強く感じさせ、心理はとにかく場面や状況が多少把握しづらい部分があることも否めない。
女子高生の同性愛という、特殊な(少なくとも四十年前は)状況を、その文体の試みの中に持ち込む大胆な試みは、後の多岐川ミステリに繋がるもの。女対女、女対男の愛情の綾や動揺、決意をこの制約の中で見事に表現しており、四十年の時を経た作品ながら瑞々しさが未だに失われていない。 徹底的に書き分けられた登場人物一人一人の性格もそれぞれ物語と有機的に繋がっているし、哀しいラストで吐露される犯人の心情は現代でも通じるものかと思う。ファンタジックな舞台と不思議なリアリティが融合した秀作。

本書は講談社文庫の江戸川乱歩賞全集の第一集に収録されており、多岐川作品では入手が容易な部類。但し、多岐川恭の織りなす一風変わったミステリの中で、本書はほんの挨拶状に過ぎない。乱歩賞受賞作なので傑作と見なされがちだが、全てを通じた物語としては素晴らしいものの、ミステリとしては、いくつか不満な点が残る。ミステリ風味の青春小説――しかも永遠の――という位置づけが適当ではなかろうか。


00/12/26
野沢 尚「破線のマリス」(講談社文庫'00)

'83年『Vマドンナ大作戦』が第9回城戸賞に準入選、'85年にドラマ『殺して、あなた』(新藤兼人と共同脚本)でシナリオ作家デビュー。映画『その男狂暴につき』、ドラマ『親愛なる者へ』『青い鳥』『眠りの森』等々、シナリオライターとしてその名を馳せている野沢氏。'95年『恋人よ』にてドラマに先駆けた形で小説を発表していた氏が'97年に第43回江戸川乱歩賞を射止めた。

テレビ局で映像編集の仕事をする遠藤瑤子はニュース番組「ナイン・トゥ・テン」の「事件検証」という看板コーナーを受け持つ。独自のセンスと切り口で膨大な取材テープを編集、事件の核心を突くスタイルは批判も多いものの視聴者の関心は高い。仕事の為に夫と息子と訣別した彼女の元に、郵政省の官僚で「春名」と名乗る男が現れる。彼は匿名を条件に弁護士殺害事件と郵政省との関わりを内部告発するビデオテープを提供するという。瑤子がそのテープを元に「事件検証」を作成、放映した結果、大反響を引き起こすものの、犯人を思わせる扱いを受けた郵政省の役人、麻生には青天の霹靂だった。麻生自身は無実を主張するが、左遷が決まり、妻子は別居、人生はずたずたとなる。報道被害を訴え回る麻生への対応を持て余す瑤子たちだったが、詳しく調べると「春名」なる人物は郵政省に存在せず、テープも偽造されたものだと判明する。

真実とはなんなのか? テレビ局の裏側の実態
まず、文章と構成が現代的で非常に読みやすいのが特徴。放送業界出身のミステリ作家は辻真先氏や吉村達也氏など文章や構成に映像的視点を持ち込むことで人気が高いのは周知の事実。で、中身は、というと……。
近年の乱歩賞の流れである「業界内幕小説」に乗った作品。(近年の乱歩賞の選考委員の方々は、自分たちの知らない世界を舞台にして、業界特有のネタに謎がある作品を「新しい」と無条件に判断してしまう傾向が強いようで) 放送業界における様々なしがらみ、「ニュース報道」の真実、視聴者に与える影響などなど、興味深い裏事情の描写は抜けて素晴らしい。特に「つかみ」で取り上げられる主婦の夫殺し疑惑が、「事件検証」をきっかけに解決されるなど、強烈なパンチでぐいぐい物語を引っ張る。一方、一般人が否応なく巻き込まれる報道被害の恐ろしさ。更にストーカー的な狂気を混じえることで、冷や汗が出るような怖さも感じさせる。報道における「真実」など、所詮この程度のものなのだと認識出来れば、本書は一定の役割を果たしたと言えるだろう。
ミステリーとしての謎、こちらが肩透かしになっているのが残念。本来追求されるべき社会的謎は完全放置、もう片方のストーカーの謎は衝撃よりも「それをするには無理があるのでは」という思いが強く残る。麻生のキャラを明るく変更して、報道被害者が奇想天外な方法で放送局に復讐を図るような痛快小説にしてしまっても良かったのに、とも思う(本書のトーンが後半暗いのだ)。それだと乱歩賞は取れなかったろうけれど。

。 '99年には井坂聡監督、黒木瞳主演で映画化もされている。偏執的な麻生役に陣内孝則を持ってきたキャストは秀逸だと思う……が、観てないので出来はよく知りません、すみませんすみません。


00/12/25
山田風太郎「明治十手架(上下)」(角川文庫'91)

風太郎の「明治物」は後の楽しみのためにちくま文庫版を積み上げてあるのだが、本作品に関しては風太郎角川文庫読了クエスト?の関係で、先に手に取った。'86年から翌年にかけ読売新聞の夕刊に連載され、'88年に単行本化された。

元八丁堀の与力、原胤昭は維新後石川島の監獄で監督職に就いていた。仕事に就いて数年、高名な医師ヘボンの獄舎見学を案内してきた恩師の有明が、三人の看守と二人の巡査に殺されてしまう。原は有明の娘、お夕、おひろ二人の美女姉妹と共に横浜の絵双紙屋を手伝う。姉妹は熱心なキリスト教信者であり、店を東京銀座に移す機会に「出獄人保護事業」を開始することになる。刑務所を出たばかりで行くあてのない罪人の相談に乗り、就職の世話を行う。沢山の出獄者が通り過ぎて行くのだが、その中で五人の大悪人は、原らと喧嘩別れしてしまう。サルマタの直熊、ぬらりひょんの安、アラダル、化師の秀、邯鄲のお町。時が過ぎ、原が筆禍事件を起こして石川島に収監されることになった時、彼を快く思っていない、三人の看守と二人の巡査は彼ら五人の悪党と組んで、原を亡き者にしようと企む。

忍法帖の、風太郎の独特のエンタテインメントセンスが活きた明治物
キリスト教慈善事業家の原胤昭は実在の人物で、石川島に収監されたのも出獄人保護の事業を行っていたことも事実。つまりノンフィクション小説としての側面を持つ。そして彼を軸に、実在の有名人(ドクトル・ヘボン、仕立屋銀次から、政治家、文人に至るまで)と、奇々怪々な人物を配して伝奇的歴史エンターテインメントに仕上げたのは山田風太郎の功績。
この時代において希有な志を持った男、原胤昭の伝記があくまで軸。そして彼に因縁を持つ五人の官憲と五人の悪党、そして彼と仄かな恋心を交わす、お夕がそれぞれその軸に絡まる。この五人の官憲、五人の悪党がそれぞれ、仕込み杖や棒術、スリや色仕掛けなど、特徴を持っており、最後に五人対五人の凄絶な争いが行われる。このあたりの息をも吐かせぬ迫真の展開は、風太郎忍法帖にて既にお馴染み。この状況に持ち込むまでのエピソードの積み重ね具合、華麗で絢爛で泥臭くて悲惨な明治という時代を虚実ない交ぜにして語るのは、円熟期に達した風太郎ならではの表現力。これらが合わさって一つの物語を成す……豪華な明治物と迫力の忍法帖が一冊で読めるなんて、凄いことだと思いませんか?

余談。「十手架」とはいかなるものでいかなる読み方をするものや? とずっと疑問だったのだが、時代劇で岡っ引きの持っている「十手(じって)」と「十字架(じゅうじか)」とを掛け合わせたものなので「十手架(じってか)」と読ませるのだろう。「めいじじってか」うーむ、座りが悪い響き。

'88年、最初の『このミス』にてぎりぎりの同率18位。そして風太郎は本作品を最後に明治物から離れ、室町物と呼ばれる作品群に移行していく。最初に読んだ明治物がその掉尾を飾る作品というのはなんだけれど、やっぱりエンタテインメントとしてよく出来ていると感じた。


00/12/24
赤川次郎「クリスマス・イヴ」(角川文庫'98)

『小説推理』誌に連載の後、'95年双葉文庫にて刊行された作品が、角川にて再文庫化されたもの。(このスパンの短さはさすが赤川次郎)私自身の年に一度のクリスマステーマとして手に取った。

12月の点景。しっかり者の女子大生 は交際していた塚田京介に振られる。ショックで倒れた啓子を介抱するホテルのマネージャー、佐々木に啓子は徐々にだが好意を寄せる。塚田京介は上司に勧められた見合いで社の大物の娘との結婚を決める。Sホテルでクリスマス・イヴに開催される「ミステリーツアー」に出演するよう、小劇団に所属する川島雄太と永井エリはマネージャーの原から説得される。そのツアーに出演する大物タレント、川北 は交際している年上の女優、五月麻美に飽き、売りだし中のアイドル庄司ユリエに手を出している。売れてきたユリエはそろそろ川北と関係を清算すべきと考えている。更に川北は昔交際していた川島雄太の妻に手を出し、つまみ食いなどをしている……。さて、そんな彼らが一同に会するクリスマス・イヴのSホテル。何かが起きる。

あくまで軽妙に。バブル期のクリスマスを通じて描かれる様々な人生模様
後にバブルと呼ばれる時代を私も経験している。当時、本来直接の恩恵のないはずの学生世代までが、バブルに、そしてマスコミに踊った。パターン化されたクリスマス・イヴなどその典型ではないだろうか。首都圏ならこんな感じだったか。
「お昼過ぎに彼女と待ち合わせ。カジュアルなスーツで決めて。ドライブ、ユーミンを聴きつつ目的地は横浜。山下公園で暮れる夕陽を二人で眺めて、フランス料理のクリスマスコース。シャンパンで乾杯してデザートタイムにプレゼント交換。車で東京に戻って一流シティホテルにチェックイン、夜は夜でのお楽しみ」 (まぁ、実際は車は渋滞、山下公園は満員電車、レストランでは店全体で同時進行でプレゼント交換は気恥ずかしく、でも夜のホテルは震度2ってとこでしょか)

閑話休題。本作、そういった風潮の中でのクリスマス・イヴのホテルが舞台。上記の通り、多数の登場人物が、誰が主人公ということもなく色々な「男女関係」が描かれる。そう、物語上で綴られるのは「恋」とか「愛」ではなく、あくまで「男女関係」。背景が深く描かれるではなく、その時々の感情で関係を結ぶ男女。さらり、さらりと流しているし、本書の長さにしては過剰なまでに登場人物が多いのに、なぜだか一人一人の性格がきちんと感じられるのは赤川氏独特の文体が大きな役割を果たしているからか。
見どころは、実際にSホテルに関係者が集まって動き始めてから。叙情感とスピード感が渾然一体となった展開、事件のさ中に冷酷に剥ぎ取られていく登場人物の被っていた仮面、登場人物それぞれに最終的に与えられるクリスマスプレゼント――終わってみると爽やかな読後感。

ミステリ的には、このオチはちょっと反則……だとは思う。しかし恐らく大多数の赤川作品読者は、小難しいトリックなどそもそも望んではいまい。悪人が倒される快感と幸せな気分になれる読後感、これでOK。 クリスマスに深く考えずに読むにはそれなりに良いのでは。(クリスマスに本を読むヒマがあるのも、ちょっと寂しい気もするけれど)


00/12/23
東野圭吾「怪笑小説」(集英社文庫'98)

様々なジャンルのミステリー縦横無尽に描き出す東野氏の一つの才能、ブラックユーモア。'95年に集英社から刊行されたその集成が文庫化されたもの。続編として『毒笑小説』もある。

都会の昼過ぎ、ちょい混みの電車の中で交錯するいくつもの感情『鬱積電車』
一人暮らしのケチな老婆が杉サマの虜になり、とうとうおっかけを開始『おっかけバアさん』
息子をプロ野球選手にすべくエリート教育を施そうと珍妙な特訓を強いる親『一徹おやじ』
引退した教師たちが開く同窓会に社会人となった生徒たちを逆に招いたところ『逆転同窓会』
子供の頃見た小動物を見て、タヌキが空を飛ぶという理論に取り憑かれた男『超たぬき理論』
遭難で漂着した無人島、相撲の取り組みを暗唱出来る男が皆の娯楽を引き受ける『無人島大相撲中継』
郊外の分譲住宅地に捨てられた死体。彼らはある理由から隣街に死体を捨てに行く『しかばね台分譲住宅』
若返りの手術をした爺さんの日記。某有名作品のパロディ『あるジーサンに線香を』
僕は人間が本質の動物の姿で見えてしまう。タヌキとスピッツと猫とハイエナが僕の家族『動物家族』以上九編。

大真面目な人間であればあるほど「毒のある笑い」の犠牲になる??
がちがちの本格、回答編の無い本格推理、本格パロディ、青春ミステリ、理系ミステリ、恋愛小説……等々、東野氏は現役ミステリ作家の中では、最も幅広い作品を世の中に送り出している一人であることは間違いない。その氏の「ブラックユーモア小説」ばかり集めた短編集。
本作のキーワードは「大真面目」に尽きると思う。一つ一つの行動自体はそれほど可笑しさはないし、笑いの対象となる人物が奉じる「信念」もユニークであれど、理解出来ないものではない。ただ、この信念をひたすら大真面目に実行する人々が徹底的に描写されると、不気味で、それでいて間抜けな存在に見えてどうしても第三者的に笑いを禁じ得ない。
 ケチと追っかけを両立させる老婆、星一徹の生まれ変わりのような父親、生徒はいつまでも子供と思い込む老教師、大相撲のことしか頭にない評論家、自分の住宅を守ることに汲々する住民。みんな真面目過ぎるほど真面目、でもその度合いが並外れているのだ。
「笑い」という意味で最高に面白かったのは『しかばね台分譲住宅』。街に転がっている他殺死体を別のニュータウンに捨てに行く理由、エスカレートしていく街同士の争い、最後の狂乱状況。全てがユニークなのだが何よりも、二つの住宅地の住人全てが一致団結して「大真面目」にコトにあたるシーンはめちゃくちゃ笑わせてもらった。

この手のブラックテイストの漂う小説は、ワタシ的に好み。笑いに「毒」があるので、全ての人が受け容れるものではないだろうが、このような形式でしか表現し得ない世界もある、ということで本書で笑い転げる自分を見逃して欲しい。


00/12/22
都筑道夫「幽鬼伝」(大陸文庫'88)

最初に出版した本『魔界風雲録』をはじめ数作ある都筑道夫氏の時代伝奇小説の一つ。'85年に同題で光風社出版より刊行された作品の文庫化。

駒形の岡っ引き、念仏の弥八は、元八丁堀同心の稲生外記、霊感を持つ美少女、涙と力をあわせ、天草四郎の末裔と名乗る妖術師、天草小天治が引き起こす江戸市中を騒がす怪事件に立ち向かう。
弥八を襲う謎の浪人。江戸を騒がす辻斬りの正体は『念仏のまき』
刀の使い手、屋根を伝う泥棒などが次々と矢にて殺される『妖弓のまき』
髑髏のかんざしが突き刺された紙人形は誘拐の予告『髑髏のまき』
地蔵の首が取られその変わりに若い娘の首が乗せられる事件『生首のまき』
冬の夜、女性を救うと雪だるまの中から手が飛び出して『雪女のまき』
川を渡る舟から人を水に引きずり混む、水掻きのついた手『河童のまき』
江戸市中を火の玉が襲う。それは大いなる怪異の予兆であった『怪火のまき』

都筑氏の得意な江戸市中を舞台に跋扈する、現代的な怪異
『なめくじ長屋捕り物さわぎ』のシリーズとおおよそ時期としては同じ、と思われる。江戸時代後期の爛熟した町人文化が濃厚に感じられる。同じ時代のため、時代の風物詩などの利用方法については類似点が感じられる。江戸時代特有の風俗であるとか、祭事であるとか、警察システムであるとか。あまり引っかからない程度の蘊蓄がさらりと語られ、まずはやっぱりその時代に読者はするすると引き込まれていくことになる。
一方、扱う対象は「怪異現象」。こちらは「捕り物さわぎ」と異なり「論理」で割り切れない世界を描く。こちらには思い切って、江戸時代といえばすぐ思い付くような伝統的幽霊を捨て去ってしまったところが大きな特徴だろう。その形態を描写する適当な言葉がないためか、便宜的に妖怪になぞらえられてはいるものの、その本質はハッキリ言って、ゾンビ。 徳川家に大きな恨みを持つ男が切支丹判天連の妖術を使って生み出す異形の者。倒しても倒しても起きあがって襲ってくる彼らは、やはり恐怖を喚起する。
この物語のラストを飾る『怪火のまき』。いかにもB級ホラー映画のクライマックスのごとき展開なのだが、これがそれまでの物語とマッチしており、こちらも興奮に引きずり込まれる。人間対異形の者との大戦争。もはやホラー的展開から離れ、活劇でしかないのだけれど、その活劇が最高。

なぜ本作が大陸文庫から刊行されたのか事情は不明。私は都筑氏の執筆した伝奇小説を読むのが本作が最初のため、氏の作品の中でどのような位置づけになるのかは今後読み進めた上で評価して行きたい。


00/12/21
真保裕一「ホワイトアウト」(新潮文庫'98)

'95年に刊行され、その年の『このミス'96』にて首位を獲得した作品。ちょっと訳ありで購入したので再読してみた。真保裕一氏は『連鎖』で第37回の江戸川乱歩賞を受賞後、本作で第17回吉川英治文学新人賞を受賞している。

巨大な発電所を擁する奥遠和ダムに勤務していた吉岡と富樫は、偶然目撃された二人の遭難者の救助に向かう。ベテラン登山者の二人であったが、豪雪の中救助は難航、吉岡は足を骨折。救助を呼ぶべく一旦戻った富樫だったが間に合わず、吉岡は冬山の中で命を喪ってしまう……それから三ヶ月、吉岡の婚約者であった平川千晶は想い出の整理のために、吉岡が勤務していた冬の奥遠和ダムの見学を申し込んだ。吉岡の上司だった岩崎に案内され唯一の命綱であるトンネルを抜ける途中、不審な車が停車している。誰何した岩崎は乗車していた男達にいきなり射殺される。男達は千晶を人質に取り、トンネルの入り口を爆破してダムに向かう。一方、吉岡の最期を千晶に説明すべく、ダムに残っていた富樫は付近のレストハウス近くに不審な男達がいることを発見、同僚と共に調べに向かう。彼らは設置されたアンテナを破壊しようとしているらしい。制止しようとした同僚は銃で撃たれ、富樫は必死で逃げ出す。しかしダムは既にテロリストに占拠されてしまっていた。

豪雪ニッポンを舞台にした冒険小説の不朽の名作
はっきり言って、陳腐な誉め言葉を並べることが虚しくなる。一本筋が通った正統派冒険小説の物語に、日本ならではの特殊な事情を組み合わせ、そしてそこを一気に主人公が駆け抜けていく。 なんの説明が必要だろう。男の胸を揺さぶるエンターテインメントの極致。
舞台設定が抜群に上手い。日本人の喉元に刃物を突きつけるのに「ダム」を使う。知っているようで知らない世界。見取り図やイラストが使用されているわけではないのに、次々と登場する場面転換に戸惑うこともない。「宿命」を背負わされた頑固でタフで、でも万能ではない主人公。肚の中に一物を隠し持った敵役。悲劇的な運命を嘆きつつも、しっかり行動するヒロイン。存在感の薄い警察組織。中途に挿入されるダムや大自然を舞台にしたアクションシーン。いくつかのシーンが同時に進行し、それら一つ一つが緻密で壮大な設計図の元にて組合わさっていくプロット……。このプロットの中には終盤明かされる仕掛けが込められている(これは本格ファンも喜ぶのでは?)全部が渾然一体となって読者に迫る。どう見せると効果的があるのか、作者はよく分かっている。

つい最近、織田裕二主演、松嶋奈々子共演で映画化されたことは記憶に新しい。そちらは予告編以外未見。しかし、その映像など知らなくともテキストだけでも充分に「白さ」をはじめとする映像が喚起される。真っ白に埋もれる灰色のダム。吹き荒れる白い嵐。全て白の世界。一方、主人公は触れれば火傷しそうな程、熱い。このコントラストが作品の魅力。

冒険系エンターテインメントが好みの方で、未読の人がいらっしゃいましたら、まず読んで下さい。くらくらすること請け合いです。黙って読みましょう。