MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


01/01/10
山田風太郎「天狗岬殺人事件」(出版芸術社'00)

ファン待望、風太郎の未刊行作品ばかりを集成する「山田風太郎コレクション」の最初の一冊。本作は全て雑誌発表のみというミステリ系列の作品を集めたもので、本格からユーモアまで様々な趣向が楽しめる。

  PART 1 本格推理系統
揺れたものを見ると気分が悪くなる少年。母親が不倫密会中に殺されたことを父親が、自分を介抱してくれた女教師に話すのを聞く『天狗岬殺人事件』
アパート住まいの青年がガス中毒で死亡。刑事は青年と前夜酒盛りをしていた友人にいくつかの質問を行う『この罠に罪ありや』
戦争で片足を失った男が帰国してみると恋人はかっての親友と結婚していた。彼らの別荘を訪れた男は、親友が夢遊病だったことを思い出す『夢幻の恋人』
名探偵による超SF的解決が面白い「密室」ものと、フットレル「十三号独房の問題」に対するパロディ『二つの密室』
  PART 2 ナンセンス・奇想推理系統
米軍に支配される基地の街にパンパンを狙って「へそ」を外科手術で取り去ってしまうという雷神党が跋扈していた『バンチュウ党事件』
ある事件をきっかけに自分のナニが左手が不随になる代わりに思い通りに出来るようになった男の味わう悲劇『こりゃ変羅』
素広平太博士によるタイムマシンで戦国時代後期に送り込まれたカップル。ピストルが家康に気に入られ召し抱えられるが『江戸にいる私』
風太郎に珍しいショートショート。真珠王とも言われた富豪の、恩人の息子の悪戯に悩まされる国銀総裁が彼から招待を受けて『贋金づくり』
  PART 3 女探偵捕物帳シリーズ
戦後の頽廃した新宿の街に現れた辻音楽師。美貌の歌姫、伊皿子未香と彼女に使える三味線引きの老人とその孫の少年。奇妙な拳法をも操る三人は、戦時中に沖縄で伊皿子一家を惨殺した一味を追って新宿を彷徨う。悪党どもは彼女らに追い詰められる過程で、次々と自滅してしまう……。『三人の辻音楽師』『新宿殺人事件』『赤い蜘蛛』『怪奇玄々教』『輪舞荘の水死人』
  PART 4 サスペンス系統
酒場にやって来る男が離れた席からもじっと自分を見詰めていることが気になる葉子は、心惹かれていた別の客に助けを求める『あいつの眼』
行き違いとなった恋から行きずりの男と崖から飛び降り心中してしまった女性を想い、崖下に毎日釣り船を出し供養を続ける男は『心中見物狂』
勤務後、ビル横の貯水池にて死んでいた女性。自殺と断定されたが、彼女を庇護していた女性がまた同じように死亡した。その婚約者と夫が事件を語る『白い夜』
気の強い妻が家を飛び出し、夫の元に戻ろうとする旅の途中、不良少年と知り合う『真夏の夜の夢』以上十七編。単行本二冊分のボリューム。

なんでなんで単行本未収録だけでこれほどレベルが高い作品集が出来ちゃうの?
本格系列の作品にしろ、サスペンス系列の作品にしろ、奇想系列の作品にしろ、エンタテインメント系列の作品にしろ、それぞれの分野でレベルが非常に高いものが並ぶ。風太郎に対する贔屓目をまるで抜きにしてもその事実は曲げられない。何がそう思わせるのか考えてみたところ、結局読者への「見せ方の巧みさ」にあるように思う。
例えば、本格の探偵小説。表題作『天狗岬殺人事件』。これは凝った物理トリックが使用された不可能犯罪もの。ともすれば、その物理トリックに寄りかかって小説を作ってしまいそうなところを「揺れるもので目眩を起こす少年」「介抱する美女」を導入に「家名を重んずる父親」が「過去の殺人事件」を語る展開に持っていく。トリックそのものの凄さがあるのに、あくまで一つの物語を補助する立場で使用し、例えば探偵役であるとか、少年の目眩の原因であるとかを物語の焦点に織り込んでいく。結果、好短編が出来上がっている。
奇想小説はまた別の見せ方を取る。「ナニが随意で動く」「パンパンのへそを取る」「江戸時代へのタイムスリップ」それぞれは、確かに冗談のような奇想である。ただ、これを小説にするにあたり医学的な知識、歴史的な教養を背景に巧みに配して、その奇想以外の部分を徹底的に現実的補強を行った上で、読者に提供している。単なる馬鹿話に終わらせないだけの配慮と手腕がここにある。
「女探偵捕物帳」にしても、変形勧善懲悪のワンパターンの筋書きがありながら、何気なく本格レベルのトリックをそれぞれに折り込んでいるのが凄い。また背景となる風俗やその中で生きる人々をいきいきと描き出し、寂しさを感じさせるのにもまた成功している。主人公たちに押しつけがましさがなく、淡淡としているところに凄みも。
サスペンスと便宜的に分類されているが、PART 4に組み込まれた小説群もまた、サプライズがいくつも用意されており、推理小説的手法が存分に発揮されている。特に本格推理とサスペンスを融合した『白い夜』は傑作だろう。

極端な話、全く「山田風太郎」を知らない方が最初に本書を手にとっても瞠目することは間違いない。それほどのレベルの高さを保持している。改めて、単行本に収録されなかったのは面白くなかったためなどでは決してなく、単なる手違いがあったため、だけなのだと信じたい。下手したら今年の「このミス」入りしてしまうかもしれない傑作集。 いやはや、本当に凄い作家だわ。脱帽。


01/01/09
西澤保彦「転・送・密・室」(講談社ノベルス'00)

水玉蛍之丞さんによるイラストが人気の秘密か、西澤氏の人気シリーズの一つ「チョーモンイン」の五冊目にあたる短編集。'99年から翌年にかけて『小説現代別冊メフィスト』に掲載した作品に書き下ろしが一作付け加えられた構成。

自分を別の場所に存在したかのように見せかける超能力が殺人現場から観測されたが、犯人はにも関わらず自ら犯罪を認めた『現場有在証明』
妻に虐げられ続けた夫が浮気を見咎められ、妻を殺害、超能力で未来へジャンプしたかのように事件は見えたのだが『転・送・密・室』
聡子が見た知人の女性に首を絞められる予知夢。聡子は学生の頃の元恋人に留守宅を預かって欲しいと頼まれ興味津々引き受ける『幻視路』
嗣子と同期のチョーモンインの調査員、神余響子の協力者が殺された。上司の命令で嫌々嗣子と組みマザコン刑事の死因を捜査『神余響子的憂鬱』
初めて能解さんと二人きりのデートの最中、殺人事件が発生、チョーモンインの二人に拘束されていたのは彼女の部下の百百太郎『<擬態>密室』
神麻嗣子が保科匡緒に涙ながらの家事を伝授する。嗣子視点で描かれた涙に曇る物語『神麻嗣子的日常』以上七編。

西澤短編ミステリの魅力は、パズル性よりもむしろ奇抜な動機にあるのでは?
西澤氏の創造する「犯人の動機」は、非常に独創的で面白い。当たり前の色や欲でなく、必ず現代人の暗黒面を覗き込むような恐ろしさを引き出している。動機を持つ人が必ず犯罪を起こすということではもちろんないが、本書で取り上げられる一見突飛な動機も、一億人人間がいたら、うち一人くらいはこのような動機で犯罪を起こすかもしれない、という妙な説得力を持つ。そう思わせるのが非常に巧い。冷徹な人間観察の産物であろうが、この点もっと評価されても良いのではないだろうか。
一方、構成で損しているように思えるところも。「超能力」+「パズル」+「美女・美少女のラブコメ」のは作者にとっても読者にとっても忙しすぎるようになってきているように思う。毎回初登場の超能力があり、その内容は制限事項の説明をし、それらを一々踏まえた上で発生した犯罪を分析・検討する……確かに最終的に導かれた回答は上記の解を満たしてはいる。ただ、もうここまで詰め込まれてしまうと読者は「一緒に考える」ことを放棄し「考え方をトレース」することで精一杯になってしまうのではないだろうか。(その点、書き下ろしの『神麻嗣子的日常』など物語の補完的意味合いでミステリを捨てているが、楽しく読める)従って、私としては本作の中ではパズルと超能力的要素の少ない二作、関係者の奇妙な行動、聡子のキャラクタ、サスペンスと動機の調和が上手く取れた『幻視路』、徐々に明らかになる被害者の姿が不気味に、しかも事件の構図と有機的に繋がっている『神余響子的憂鬱』の二作を高く評価したい
このシリーズ、刊行された作品全体に「物語全体」に対する伏線がちょこちょこ張られている。刊行ごとに間隔をあけて読んでいるせいか、伏線がとても覚られず、どう繋がるのか全体像がどうなるのかちょっと想像出来ない。どこかが「チョーモンインの謎」とか、研究本を出してくれないものか、などと真剣に考えてしまうワタシ。

「○○のエピソードについては別の話」に類する言葉が頻繁に登場するうえ、登場人物の人間関係の変化が作品を楽しむ上で大きなウェイトを占めるため、やはり刊行順に読まれることをお勧めします。


01/01/08
香山 滋「魔婦の足跡」(講談社'55)

鮎川哲也氏が『黒いトランク』で十三番目の椅子を射止めたことでも有名な、講談社「書下し長篇探偵小説全集」の一冊。同じく講談社よりロマンブックス版も刊行されているが、いずれも現在は入手が難しい。

表向き童話作家を職業とする相良直樹は、執筆中に突然侵入してきた小娘から恐喝を受ける。贋札作りの秘密が嗅ぎ付けられたかと狼狽する直樹だったが、そのネタが彼と付き合いのある庄司カオルのことと知ると、彼女に贋札の十万円を渡してしまう。小娘を尾行する直樹は、途中そのカオルと出会う。カオルもその小娘から意味不明の言葉を投げかけられ恐喝を受けたのだという。散財した上、ビヤホールで騒ぐ小娘を一旦は捕まえた直樹は彼女の色仕掛けに幻惑され、逃げられてしまう。翌朝、彼女から恐喝されたという国籍不明の来客を迎え、彼女の行為に困惑する直樹。ところが、小娘は彼の執筆している童話の主人公の名前をとって”未知子”と名乗り、改めて彼の部屋を訪れて来た。しかも未知子は彼の秘密の部屋の存在をとうに感づいていた。

大都会の暗闇で、大洋の片隅で策謀と奸智がぶつかりあう冒険と人間のドラマ
物語前半は「大都会の何処かで」として神出鬼没の「魔婦」未知子に怯える三人の贋作専門の犯罪者+一人の召使い(といっても彼らが主人公だが)の姿が描かれる。彼らが協力の上で「魔婦」を陥れて倒し、かつ年貢の納め時を知る。彼らが南洋上の名もない島に逃亡した後の一部始終が後半「大洋上の何処かで」となっている。次から次へと事件が発生、疑問を感じさせる間もなく場面が流れる展開は、まさに探偵小説の醍醐味
「贋物作り」のた三人に「魔婦」未知子を加えた四人。彼らが悪人を気取りながらも根っこに例えようのない孤独を抱えていて、それが魅力的でかつ人間くささを感じさせる。前半は登場人物背景が徐々に明かされるのに費やされており、それほど感慨はない。しかし大都会を離れ、数十人の土人と共に孤島の暮らしを余儀なくされるにあたり、互いに愛情を求め代償を求めない行動へと変化していくドラマ。そこに秘境冒険小説的興趣が加わった迫力が物語の面白さを倍加する。特にカタルシスの発生原因とその盛り上げ方は、さすがは香山滋といった趣があって嬉しくなってしまった。そしてラストの言い知れぬ哀しさもまた感慨深い。

現在のところ、香山作品はミステリ・SFの両マニアが探し求めている関係で古書価が上昇中。気軽に手に取れる普及版が望まれるところ。ただ三一書房の香山滋全集、第八巻にも収録されています。


01/01/07
角田喜久雄「歪んだ顔」(京都日々新聞社'47)

現在のところ、最後に出版されたのが'65年という角田喜久雄の探偵小説長編で、最も入手困難な作品。本書出版の'47年には角田の代表作『高木家の惨劇』(当時の題名は『銃後に笑う男』)をはじめ『奇蹟のボレロ』や『虹男』といった角田探偵小説の代表長編が固まって発表されている。何があったのだろう??

昭和二十二年。「新東洋」の婦人記者で明石良輔の助手をたびたび務める鳥飼美々は京都にいた。彼女は明石から「京都駅に降り立つ、歪んだ顔を持つ男を監視せよ」との指令を受け取っていた。白いマスクをかけたその男を首尾良く発見、尾行する美々は、彼が喫茶店で大金と引き替えに医者風の男から鞄を受け取っている場面を目撃する。帰りの汽車の中で機会を捉え確認したところ、鞄の中身は古びた飛行靴であった。更にマスクの男を蛇のような目付きをした別の男が尾行している。マスクの男は東京へ戻ると日本橋にあるビルの中に消える。蛇の目付きの男、続いて美々とそのビルに忍び込む。マスクの男が全身茶色のファッションで固めた男と会ってビルから消えた後、蛇の目付きの男が鞄目当てで部屋に忍び込むが、戻ってきた茶色い男が表情一つ変えず、彼を縊り殺してしまう。そして気配に気付かれた隣室の美々にも危機が迫る!

名探偵:明石良輔 vs 超悪人:五十嵐源之介 二人の駆け引きを見よ
本作で敵役を務める茶色い服の男、五十嵐源之介、またの名を大垣文雄というのだが、超悪人である。顔色一つ変えず、欠伸混じりに邪魔者を自ら殺してしまう。目撃者が居ても全く気にしない。極太のパイプで社会の権力者と結びついた彼は、いくらでもアリバイを「こしらえて」しまうのだ。警察も本人が犯人なことが明らかなのに、手を出せない……。物語におけるいくつかの殺人は明白に「五十嵐」が犯人であることを示している。それでいて彼は大胆不敵に警察に出頭し、明石に馴れ馴れしく声を掛ける。いかにも悪役であるのに、ユーモラスな雰囲気さえ漂わせる。大悪人としての風格、それが不気味な魅力さえを発している。
一方の明石は、いささか分が悪い。事件の解決は「理由と動機探し」がメインとなる。。顔に火傷を負った「歪んだ顔」の男が、どうして大金と引き替えに古ぼけた飛行靴を手に入れなければならなかったのか。様々な人間関係が錯綜している事件を、明石良輔は必死に解き明かす。明石とその愛らしくて勇敢な助手、美々vs超悪人五十嵐。この対決が本書における見物だろう。
大がかりな物理トリックがあるほどでもなく、奇妙な館が登場するわけでもない。次々に浮かぶ断片がどのような最終形状を作るのかが興味の中心となる。
また、事件が解き明かされた際、終戦が引き起こした動機に強い社会性を感じさせるものがある。しかし、戦後すぐに執筆された本書が戦争を扱っていようと、角田氏や当時の人々にとっては「当たり前」のことで、作者に社会性の意志があったとは思えない。この動機を意外なサプライズとして迎えるのは、終戦から五十年以上を経過した現在読者の勝手なのかもしれない。

以前「読みたい」と掲示板に書いたところ、戸田和光さんに仙花紙本を貸して頂くことが出来ました。感謝します。書影は喜国真彦さんのホームページ内のこちらと同じです。個人的には旧仮名で読んで頂きたいところですが、ちょっと普通は無理ですね。


01/01/06
皆川博子「光の廃墟」(文春文庫'98)

元々は'78年に文芸春秋社より刊行された皆川さんの(成人向けでは)第三長編にあたる作品でこれが初文庫化。ぽんっと出てきた作品のように思えるが、実は長らく入手困難だった傑作だぞ見逃すな。

1965年、イスラエルのマサダ砦の発掘作業にボランティアとして加わっていた日本人青年、高村隼雄が、発掘仲間のフランス人を殺し、自らも拳銃で額を撃ち死亡した。彼の遺体を引き取りに単身イスラエルにやって来た、血の繋がらない姉、明子は弟の死の真相を知るべく、歓迎されないことを省みず、弟の所属していた発掘隊に乗り込む。隼雄が所属していたグループには世界各国から集まったクセのある面々がいた。十六歳の息子ジョンをスパルタ式に教育する英国人ロバート、陽気なフランス人ピエールとモイラの夫妻、アイルランド人看護婦クリス、厳格なユダヤ教徒ミシャと、あまり厳格でないユダヤ教徒のアハロン。様々な背景を持つ彼らに迎えられた明子は、隼雄が日記のようなものを残していたと知らされるが、遺品には見あたらない。近辺の食堂で初対面をし、発掘現場に向かった明子らは自動車事故に遭うも、何とかキャンプに辿り着いた。しかし不穏な事件が次々と発生、遂に死者が……。

皆川ミステリの原点は、既に世界観が完成された傑作!
読み終えた時に衝撃が走った。文章そのものの完成度の高さは皆川作品だけに期待通りとも云えるのだが、デビューしてそれほど期間を置かずして、物語としてもミステリとしてもこれだけのレベルの作品を完成させていたとは。もちろん、本格ではないし、一貫してイスラエルを舞台にしつつも旅情を掻き立てる種類のものでもない。それでも完成された皆川ミステリなのである。既に。
皆川博子さんの作品は粗筋が拾いにくい。普通の物語の流れを一本の線とするならば、皆川作品のそれは「帯」。 その「帯」を語るだけの文章テクニックが皆川作品には込められている。本書でも、時制や視点、さらにはテキストと現実が唐突に切り替わる場面が多くあり、戸惑いを覚える。しかし「帯」で流れる物語を語るのにはこのやり方は結局効果的なのだ。
本書では「隼雄がなぜ中東の地に来て、自殺しなければならなかったのか」を解くために、明子にさえ分からなかった隼雄の背負い込んだ宿命を明らかにしていく流れと、現実に明子が巻き込まれる遺跡発掘現場の人々を巡る殺人事件の流れと、複層構造の「謎」が同時に進行する。そして、それらはユダヤ人の持つ、日本人の持つ過去に繋がっていく。これだけの地域を越えてなお、人種を越えて共通する想いがあることを見事に皆川さんは読者に伝え、その双方の謎を納得させてしまう。 ただただ、感服あるのみ。
また、岩だらけの厳しい自然や、荒涼とした風景、それらがあたかも自分が経験しているかのように伝わる描写の見事さ。またそれぞれの国柄を反映した人物描写の辛辣さ。歴史だけでなく、その風景や国柄さえも事件と有機的に交わっているあたりの凄さも是非見て欲しい。

皆川作品は読み進めるたびに新たな衝撃があって、本当に刺激的。ただし、その美しい文章ゆえ、テキストの厚み以上にじっくりと読まないと損。時間のある時に雰囲気共々楽しみたい作品です。


01/01/05
笹沢左保「霧に溶ける」(トクマノベルス'78)

'60年に発表された笹沢氏の第三長編。氏は本書の上梓をきっかけに作家専業となったという。著者の自信は本ノベルス版の「著者のことば」でもうかがえる。

化粧品会社が中心となり、映画会社や航空会社が協賛するミスBG全国コンテスト。ミスBGに選ばれた者は一夜にして一財産築き上げられることから、多数の応募者があり審査の結果、最終候補の十名が出揃った。中でも前評判が高かったのは東京代表の五名。その中の一人、杉静子は右腕を喪った元上司、小牧に愛を捧げていた。小牧は不幸な結婚から婿養子となり、家庭で蔑ろにされていた。更に妻は小牧を軽蔑しつつも厳しい束縛を彼に加えている。その小牧と静子の密会現場が、何者かに写真で撮影された。脅迫の電話を受け取った静子の脳裏には、その脅迫者として他の四名の最終候補者が浮かぶ。ところが、その候補者は次々と事故としか思えない状況で怪我を負ったり、不慮の死を遂げてしまう。

大がかりな四つのトリックを惜しみなく使う笹沢”新”本格の真骨頂
初期作品を執筆していた当時、笹沢左保は「新本格派」と呼ばれていた。もちろん現在使用されている綾辻以降の「新本格」とは全く別の時代のこと。笹沢作品に触れる前は、なぜその呼び名を? とも思っていた時期も実はあったのだが、本作に触れれば「なるほど」と誰もが納得するはず。
まず、舞台を女性同士の戦いであり、豪華な世界へのパスポートとなる「ミス・コンテスト」に持ってきていること、その裏に不遇な男女の純愛を持ち込んだことなどは、それほど当時として新しくはないだろう。ただ、これらは高度成長期の日本人の夢、という時代性も相まって現実離れしたものではない。登場する女性は夢こそ見ているものの、現実は貧乏臭い生活を送る単なるBG(OLね)なのだから。
この舞台に、それほどの不自然さを感じさせないレベルの、いくつもの物理トリックのHow done it?  を惜しげなく放り込んでいる点がまず凄い。それらがまた「事故」にしか見えない殺人であるところも魅力。のみならず、そのHOWが解明された後、それでもまだ犯人は誰なのか Who done it? が大きな謎として残されているミステリの二重構造が、また素晴らしい。
これら、舞台の豪華さ、トリックの豪華さのバランスが高い水準で均衡しており、加えて冒頭から一気に読ませる文章力が本作にはある。また、ミステリとしての技巧に止まらず、この豪華なミステリから最終的に導かれる叙情溢れるラスト、この落差に物語的なレベルの高さが感じられる。

最近になって光文社文庫より改めて刊行されており、そちらでの入手が容易。個人的には古書店で目に付いた関係でノベルス版にて触れた。いずれにせよ本作、「現在の新本格」ファンにもお勧め出来る、「当時の新本格作家」笹沢左保の傑作である。


01/01/04
戸川昌子「蒼ざめた肌」(ポケット文春'65)

(恐らく)ポケット文春に書き下ろされた長編(少なくとも発表は同年)で、題名は戸川さんの経営するバーのネーミングにも使用されている。

洋裁学校教師の桑原実子の夫が失踪した。実子には全く心当たりがなく、何ら手を打てないまま一週間が経過する。気を逸らす為に授業に集中する実子に生徒の一人、朝岡典子が相談を持ちかける。同じく生徒の一人である十和田熱子が一週間ほど欠席しているので一緒に彼女宅を訪問して欲しいというのだ。熱子の部屋からは応答が無く、引き返した二人。だが、実は熱子が部屋の中で何者かに殺されていた。部屋からは何故か夫のネクタイピンが発見され、熱子と夫とが深い関係にあったことが発覚、実子は大きなショックを受ける。自分なりに夫のことを調べ始める実子だったが、手掛かりらしいものは何も残されていない。夫の会社を訪ねたところ夫の同僚、山之内が荷物を預かっているという。その中身は男性の局部の写真や同性愛に関する書物だった。果たして夫は倒錯性愛者だったのか?

戸川昌子さんにしか構成し得ない世界とサプライズ
戸川作品の世界において、愛と性は自由で奔放なものであることが絶対の真実である。 世間一般的に常識や道徳というものが存在することは彼女も肯定しているが、それらを乗り越えて「好きなものは好き」と感じる心を、否定するどころか全面的に肯定し、それが戸川さんにとっての常識となっているところが、根本的に他の作家の描く同じ世界との差異に繋がっている。――「同性愛」の世界
本作品内部で一貫して描かれているのが、この男性同士で愛情を結ぶ世界。その世界を外部から探訪せざるを得ない一女性が主人公を務める。その彼女の視線があくまで冷静なため、同性愛以外の描写、例えば異国の風景であるとか何気ない日常光景であるとかも、合わせて引き立ち、清らかさや穢れや羞恥などがミックスされた独特の戸川作品世界が読者の目の前に立ち現れる。この世界こそが、蓋を開けてしまえば「一発ネタ」になりかねないトリックを支え、そして隠す大きな役割を果たしている。
但し、この構成の妙は「トリック先にありき」とはちょっと思えない。まず世界があり、その中でトリックを仕掛けてある。普通なら「トリック」があってそれを支える世界を後から肉付けするだろうに。特にその成立過程の違いが戸川作品独特の印象、そして独特のサプライズに繋がっているように感じた。

'82年に徳間文庫からも出版されており、そちらは比較的古書店などでも良く見掛ける。(KKベストセラーズからも「意外推理」の題名で『白昼の密漁』とのカップリングで刊行されたことがあるが、こちらはちょっと見掛けない)ただ、いくつか戸川作品の妙に触れた方が、次のステップで手に取るべき作品だろう。


01/01/03
樹下太郎「暗い道 コンサルタント殺人事件」(講談社'64)

雑誌連載されていたのか書き下ろしなのか不明ながら、ちょうど樹下氏がそれまでのミステリからサラリーマン小説に移行しつつある時期の作品。

薬品会社に勤務する船村孝男は、母一人子一人の生活を送る三十台のサラリーマン。母と二人の家に戻るのが気詰まりで毎晩飲んで帰るのが日課だった。深夜、行きつけの店から家路についた途中、孝男は人気のない街路で焼酎臭い息を吐く男に絡まれる。逆に彼を張り倒した孝男は、翌日、同じ場所の下水道に横たわっていた男が撲殺されていたと人々が騒ぐのを知る。自首しようとする孝男は、愛人の峯子に相談、彼女は孝男が殺したとは思えない、真犯人を見つけだそう、とエールを送る。死んでいた男は会社経営コンサルタントを職業とする甲村進。甲村は同族企業ながら躍進中の家電メーカー、大谷電機に招聘され、コンサルティングを行っていた。社員全員の合理化を説く甲村は、跳ねっ返りの係長を退職させたいという社長の意向を知る。その会計係長、吉川勇吉は出世が遅れているものの決して無能な社員ではなく、社長の姪で秘書を務める貴久代と愛人関係にあった。吉川は甲村のやり方に反発を覚える。

半ばサラリーマン小説、半ばサスペンスミステリ
一人のサラリーマン、船村が「自分は殺人を犯したのでは?」という疑念に駆られるところから物語が始まる。全部で八つある章毎に視点が変えられ、生前の被害者が電機会社の合理化にコンサルタントとして携わっていたこと、被害者と対立していた係長、吉川が殺意を抱く過程、船村の婚約者と愛人、吉川の愛人と単純ではない男女関係が裏に存在して……。
あとがきによれば「安易な経営コンサルタント導入」に警鐘を発する意図があったようなのだが、その点はあまり成功しているとは言えない。コンサルタントを巡る一連のやり取りは、吉川と甲村の対立など面白いことは面白いのだが、最終的には物語のスパイス程度のもの。本作は、男と女の複雑かつ微妙な関係の方にミステリとしても物語としても重点がある。出戻りの貴久代と、二人どちらかが結婚するまで関係を続けようという船村、船村と婚約しながら昔の恋人が忘れられない朝美、病弱な妻の代わりの性欲のはけ口を峯子に求める吉川、立場から不倫を止めたいながら欲情が先に立つ峯子……。登場人物を網羅するような関係図。そしてそれらがまたミステリ構造に対しても影響を与えている。
読後、改めて俯瞰すると構成や語り口などに微妙な部分は残るが「意外とフェアなミステリ」になっていることに気付く。それなりに手掛かりや伏線がさりげなく散りばめられており、動機も含めて解決編を待たずして推理が可能。そういう期待はしていなかっただけに、これは収穫かも。

文庫化もされておらず、今後も改めて刊行されることは現状では望めない作品。果たして、今後いつか樹下太郎が再評価される日が来るのだろうか。某古書展で巡り会わなければ読むこともなかったでしょう。これもまた縁ですね。


01/01/02
横田順彌「SF大辞典」(角川文庫'86)

'77年に広済堂より刊行された「SF時点」を'86年の状況に合わせ改訂した”SF初心者向け” に編纂された辞典。横田順彌をメインの編者とし、星敬、秋沢豊ら複数の評論家・作家によりチェックされており、非常に良心的かつ真面目な作りとなっている。

横田順彌氏による「はじめに」、つまりこの辞書編纂の目的について。
以下、辞典の体裁。
「海外SF作家」 アイザック・アシモフ、フォレスト・J・アッカーマン、アーウィン・アレン、ピアズ・アンソニイ……。
「日本SF作家」 浅倉久志、吾妻ひでお、安部公房、新井素子、荒巻義雄、荒俣宏、井口健二……。
「SF用語」 アステロイド・ベルト、アストロノート、アトランティス大陸、アメージング・ストーリーズ……
以下、付録としてSFの各ジャンルを俯瞰した小論が寄せられている。「SFマンガ」米沢嘉博、「SFTVアニメーションの流れ」徳木吉春、「日本古典SF史」會津信吾、「翻訳SFの現状」小川隆、「SF映画」井口健二、「音楽とSF」秋沢豊
最後に参考文献、及び索引がついている。

ビギナーに最適。SF入門書であると同時にSFの奥深さを感じさせる良書
もちろん多少項目が少ないことを割り引くことが条件だが、辞典として充分に使用が可能だと思う。「ロボット」の語源であるとか、SF系サイトで良く眼にする「ファンダム」「ファンジン」の意味、「アシモフ」はロシアで生まれ三歳でアメリカに移住して帰化したこと、「ヒューゴー賞」「星雲賞」等々、SF読み以外の読書人にとっては聞きかじりの盲点となるような言葉が網羅され、切れ良く丁度良い量で説明されている。これらを眺めるだけでも有用かと思う。
ミステリファンの私が、本書で強く感じたのは「SFの奥深さ」。例えば「日本SF作家」の「つ」のあたり。
 「筒井康隆」SF界の大御所だし掲載は当然。 「都筑道夫」あ、なるほど。ミステリはもちろんSFも「育てた」という意味ではEQの編集長時代にいろいろしているよな、確かに。 「円谷英二」ほう。作家じゃないけれど「ウルトラマン」や「ゴジラ」だし。SF的に重要なのか、うん。 「手塚治虫」う、漫画家?……だけど、「鉄腕アトム」をはじめとする一連の作品にSF漫画の始祖としての役割は大きかったんだろうなぁ。
他にもイラストレーターだとか、音楽家だとかも掲載されている。テキストに限らず、様々な「SF的なもの」を貪欲に吸収している人々がSFを支えているのか……。
ミステリにおける同種の辞典では、実作者やアンソロジスト、名探偵や殺害方法などなど狭義のミステリ社会で使用される用語が圧倒的に多いことと大きく対照を成していると言えよう。ミステリファンとSFファンの楽しみ方の違いが、色々な面で端的に感じられた。他、ミステリと重なる部分(例えば「黒岩涙香」や「小酒井不木」の項目まである!)などから、双方が歴史的に日本国内で分化していった過程も合わせて考察出来たように思う。

本書は刊行直後、消費税施行による角川文庫ラインナップ再編とぶつかってすぐに絶版となったと思われる。研究には物足りないが、SFに関してちょっと知りたいことなどを調べるのに非常に便利なだけに勿体ない。SFを知らない人こそ目を通すべき本。


01/01/01
鮎川哲也「死が二人を別つまで 鮎川哲也名作選8」(角川文庫'78)

'64年から'66年の三年間に『推理ストーリー』誌など各種の雑誌に発表された鮎川氏の短編を収録した作品集。角川文庫ではあるが、解説は「立教ミステリ・クラブOB」として戸川安宣氏が執筆している。

「愛子に行く」と書き残して路地裏で殺された男性。仙台を舞台にしたアリバイ崩し『汚点』
鮎哲版『唇の曲がった男』。秘密の稼ぎを知られた男性は恐喝者を排除しようと殺害日をずらしてアリバイを作るが『蹉跌』
客船上で執筆されたという推理小説通りに展開する殺人事件。閉鎖環境下のWho Done It? 『霧笛』
秘密クラブでの出来事をネタに強請られる教頭が作ったカセットテープによるアリバイだったが『鴉』
推理作家鯉川哲也が語る、ダイイングメッセージを残して死亡した男を巡るフィクショナルな犯人当てクイズ。『Nホテル・六〇六号室』
西伊豆の浅間崎に登って富士山を誉めると祟りがあるという伝説をバカにしていた男が岬から転落死した『伝説の漁村・雲見奇談』
大学助教授がベンチで洋書の切れ端を握りしめて死亡していた。背景に大学の総長選挙の黒い影があった『プラスチックの塔』
身寄りの無いお年寄りが住む老人ホームで行われる結婚式。一人の男が当日、女性の消息を訪ねて現れる『死が二人を別つまで』
以前の犯罪をネタに強請られている男が愛人を奪われるに及んで犯罪を決意。日時錯誤のトリックを仕掛けるが『晴のち雨天』
無精子症と誤診された男が妻の妊娠を浮気と勘違い、自殺させてしまう。男は医者に殺意を抱きガス中毒で殺害するが『赤い靴下』以上十編が収録。

傑作・佳作・水準作・駄作。入り乱れても本格へのこだわりは全てに感じられる
一応、角川文庫のこのシリーズ「名作選」となってはいるが、私の個人的な感触だけでいわせてもらえば、全てが名作というわけでもない。「名作」の基準は何か? と問われると困るのも確かだが、鮎川氏が常に意識していた「本格推理」の基準からすれば、謎とフェアな伏線、論理による解決といった部分が過不足なく満たされていること、また物語としての面白さが維持されていること……あたりに求められないか。
その基準で言えば、事件の解決は特殊な知識が必要だったり、読者のあずかり知らぬところで起きた偶然の事件によるものであって欲しくない。いくら犯罪計画にオリジナリティがあっても、実は○○でした、などと最終章で明かされても興ざめしてしまう。本書にもいくつかその手の解決が付けられた作品があり、自分としての評価はそれほど高くは出来ない。
一方「本格推理」としての基準がキレイにクリアされた上、物語としても十二分に面白い作品もあった。白眉は表題作『死が二人を別つまで』だろう。老人ホームでの結婚式という物語のスタートといい、過去に遡る因縁、発生する事件、そしてラストに仕掛けられたサプライズなど、短編とは思えない重厚な内容がみっしりと込められている。シナリオに見立てた殺人という現実離れした設定に好悪が分かれそうながら、閉鎖状況での殺人事件を描く『霧笛』もなかなか。また『プラスチックの塔』も地道な警察捜査が逆に鬼貫ものなどの手堅さを想定させ、鮎川氏らしい作品と言えそうだ。

鮎川氏の短編が最高に脂がのっていたのは、本書収録作品執筆時よりも、もうほんの少し前になるのではないか。現在はそれこそ「傑作選」クラスの作品集が創元推理文庫で刊行されたこともあるし、無理して本書を捜すのは、鮎川ファンだけでも良いように思う。