MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


01/01/20
北川歩実「猿の証言」(新潮文庫'00)

覆面作家、北川歩実氏の四作目で'97年に新潮社より刊行された単行本の文庫化。

テレビ局勤務の江森は、偶然十六年振りに幼なじみの久里浜に出会う。久里浜は共通の友人、新谷を江森に引き合わせる。新谷はチンパンジーに関する研究を行っていた。新谷の師匠、井出元教授は特殊な方法を使うことでチンパンジーは人間の言葉を理解して、自ら操ることが出来ると主張、事実、江森には研究所のチンパンジー、カエデは意志の疎通が可能であるように見えた。後日、カエデの研究をテレビ番組に使用したいと江森が提案したところ、サイエンスライター長内照子が、井出元教授は過去に研究成果を捏造した前歴があることを理由に、研究に疑問符を提示する。実際に撮影を行おうとしたところ、カエデの機嫌が悪いことをきっかけに、井出元教授は同僚である妻に研究所内で暴力を奮い、興奮したカエデはまた研究助手の女性を傷つけてしまう。その結果、井出元は大学を辞め、更に離婚、そして失踪する。

人間とは何なのか? 豊富な科学知識を背景とした問題提起ミステリ
そもそも私には「チンパンジー」が分子構造で数%しか「ヒト」と違わない動物である、という認識を本書で初めて知った次第。導入部から理路整然とした科学的考察が展開される。超能力、遺伝子、脳の仕組み、言葉とはコミュニケーションとは……。一般的には難解な事柄であるにも関わらず、作者の優しい語り口はその興味を引き付けこそすれ、難解さに投げ出させるようなことはない。
そのような読者の知的好奇心を刺激しつつ、その合間を縫うように物語は進んでいく。言葉を扱うチンパンジー。マスコミの餌食を嫌う教授の失踪。消えた赤ん坊。彼らの身に果たして何が起きたのか? チンパンジーの証言は何を意味するのか? チンパースンとは? サスペンスの衣をまといつつ展開する事件。隠された人間模様。最終的に明かされる実験の真実。研究者の性に戦慄し、またあることにより感動が止まらなくなるラスト。中途半端でなく、物語にこれだけ科学系蘊蓄が奉仕する作品は、現時点では北川氏が現在第一人者ではないだろうか。
勿体ないな、と思ったのはこの科学的なアプローチによる「人間」とは? という問いかけの緻密さを伴った壮大さに比べ、紆余曲折の多い物語部分。登場人物が必ずしも魅力的である必要ではないが、学者やそれに類する仕事をしている人々が、奇妙に偏執的にすぎないか。目の前の証拠や論理を理解せず、思いこみで行動する人間が多すぎるのだ。一人くらいはとにかく主要登場人物が総じてその傾向を持っており、似た行動パターンを取るところに違和感。語られるものの壮大さに対してそちらが薄っぺらでギャップが気になった。

とはいえ、これだけの情報量を溢れさせずにエンターテインメント、しかも小説の中にきっちり注ぎ込む手腕は大したもの。一気読みさせるノリが作品にあるので、時間のある時に、特に明日の予定がない時に読まれるのが良いと思われる。


01/01/19
柄刀 一「ifの迷宮」(カッパノベルス'00)

柄刀氏は、'98年第8回鮎川哲也賞の最終候補作品『3000年の密室』が原書房より刊行されデビュー。その後も矢継ぎ早に作品を刊行、本作が五作目にあたり初のノベルス作品。

21世紀に入り十年ばかりが経過した。DNA鑑定が急速な勢いで進歩したことから人々は出産前から子供を選別することが当たり前になりつつあった。その遺伝子ビジネスで急激に力をつけたSOMONグループの中枢を担う宗門一族。山梨県のその本家で一族の者と見られる若い女性が顔面や両手、更に足の裏を焼かれた凄惨な死体となって発見された。捜査一課の主婦で妊娠中の朝岡百合絵は、その数日前、現場近くで死体遺棄した男の検証を行っていた際、山崩れの跡に別の奇妙な死体が発見され、更にその数分後、謎の炎を残して死体が消え去るという事件に接していた。屋敷の中で発見された死体は、椅子の上に乗っていたところを何者かに刺されたと思われたが、DNA鑑定の結果、意外な事実が判明した。

そのボリュームに反して、想像以上に端正に整えられた謎解きが展開される
作者のあとがきによれば、あるトリックを成立させるために近未来を舞台にしたのだという。とはいえ、高々十年少しの未来のこと、突飛な機械や異星人が襲来するわけでなく、寧ろ現代に存在する知らない世界を舞台にされるよりかは、現実感が高くなっているように思う。舞台全体をトリックに奉仕させるとは、なんと贅沢な作りの作品なのだろうか。上手いと感じたのは、人々の道徳感覚などについて、ほんのちょっとだけ現代の基準より先鋭化させていることか。ほんのちょっとした気遣いながら、物語全体の緊張感を高めるのに役立っている。
次から次へと提示される謎。科学的な不可能、奇怪な状況など、その謎一つ一つにしても凝っており「迷宮」の名に相応しい。また人体の不思議をベースにした本作のトリックは、鑑識や遺体の状況などをネタにした他の作品を多く読んでいればいるほど、その独創性を強く感じさせる。過去の事件と現在の事件があるが故に、元々分離された謎が強引に一つにまとめられた感じも受けるが、その強引さも悪い印象を与えるものではない。寧ろ、これらが一つになることで物語全体に漂ってくる「いかにも本格ミステリな雰囲気」の方を深く味わいたいところだろう。
個人的に気に入ったのは、ハンディキャップを持って生きる人々を(同情ではなく)作品全体を通して暖かな視線で見守っていること。私はこれだけで、この作家が好きになりました。他にもいくつも最先端医療を扱うことによる問題提起もあり、情報を羅列するだけでなく、作者の中できちんと噛み砕いて改めて読者に示す点も好感。

思い過ごしかもしれないが、一ヶ所犯人の行動と地の文との関係で矛盾があるように思えた。その点は解決部分で引っかかったが……。

確かに「本格」分野の収穫かと思われる。ノベルスサイズながら意外なボリュームがあり、読了するのは骨ながら、魅力的な謎と丁寧な伏線、きちんとした解決など、読了してみると端正な印象が持たれる。「本格」「新本格」ファンのどちらにも、つまり全ての「本格」を愛する方にお勧め出来る作品。


01/01/18
菅 浩江「<柊の僧兵>記」(ソノラマ文庫'90)

『ゆらぎの森のシェラ』に続く、菅さんの第二長編。執筆は『歌の降る惑星』の方が早いと聞くので厳密には第三長編かも。

砂で覆われた土地の中に存在する”聖域”そこは緑に覆われ中心部には小山を浮かべた沼があった。聖域の側のウシテケ村に住む少年、ミルンは他の少年たちと異なり白い肌を持ち、身体が弱かった。実際の暮らしに不便なばかりでなく、白い子供は不吉であるという言い伝えさえ存在していた。村には白い子供が三人。一人は病床に付く美しいジーナ。年下ながら活発な性格でミルンの姉貴分的存在のアジャーナ。そんなある日、ウシテケ村で司祭が執り行う<光の矢>の儀式の最中に、ネフトリアと名乗る銀色で包まれた謎の人物が空から来訪、小競り合いの後、圧倒的な力で虫けらのように村人を殺戮した。難を逃れたミルンとアジャーナは、ミルンの母の遺言に従い、この世界の知識の源、諸国を旅する三人の僧 <柊の僧兵>を探す旅に出る。

この世界観の広がり、登場人物への親近感。これがファンタジーを紡ぐ力
黒い肌で頑健な体格が当たり前の世界の中で生まれた白い肌で身体の弱い主人公。苛められ疎外される彼が成長し、世界を救うために活躍する。人は誰でも、他人とは異なる部分を持ち、それは往々にしてコンプレックスとなり弱気の原因となる――これは我々が普段から誰もが多かれ少なかれ感じている事実。現実にはどうしようもない……。
しかし、そのコンプレックスの対象こそ主人公を巡る数奇な運命の一環で、適切な導きを得て朱じんっこうは人々を先頭に立って導く立場へと成長していく。これは我々にとっては実現し得ない「夢」の体現に他ならない。物語の筋道として王道、しかしやはりそれが嬉しい。
人々の身体に悪影響を与える聖域の空気。沼の中の鳴動する小山。聖域に住む狂暴な虫。人々が聖域に意志て行う崇高な儀式。住む人々が世の中の仕組みとして当たり前のように受け容れている事実。それぞれには実は別の世界からの意図があり、意味がある。一つ一つ明かされていくことによる意外性。さりげなく触れられるエピソードは伏線となり、物語は意外な程に広がっていく。
ファンタジックな旧文明社会と科学技術の粋が集まった未来社会が交差することによって出来る、現代とは全く異なる不思議な空間。そしてそれを違和感なく世界として確立してしまう着想そして筆の冴え。最後の戦い、そして大団円まで一気読み。菅作品の魅力がここにまた一つ証明されている。

最近徳間デュアル文庫にて復刊がなったようですが、ソノラマ版を所持していたので。デュアル文庫では星雲賞受賞の名作『メルサスの少年』の復刊も予定されているそうです。


01/01/17
山田正紀「氷雨」(ハルキノベルス'98)

「女囮捜査官シリーズ」以来、ミステリ分野で新境地を次々と開拓した山田氏の新作長編でありながら、不思議と当時あまり話題に上らなかった作品。'99年にはハルキ文庫からも刊行されている。

二年前、父親から譲り受けた工場の経営に失敗、倒産させてしまった弥島。彼は結婚して一年足らずだった妻の志津子と出来たばかりの娘、尋美を債権者からの執拗な取り立てから守るためにやむなく離縁、単独で住んでいた蚕時町を離れ逃げ回る生活を送っていた。そんな弥島の元に義妹から妻子が交通事故で重体、との連絡が入る。離れた地から二年ぶりに戻った蚕時の街は冷たく弥島を迎える。義妹とその夫に人でなし呼ばわりされる弥島を迎えたのは、妻子の死の知らせ。また二人は轢き逃げされたとのことで、司法解剖に回され死に顔さえ拝むことが出来なかった。弥島は妻子の死の真相を知るべく行動を開始するが、彼はまた悪質な金融業者「なぎさ金融」の取り立て屋に追われはじめる。

あまりにも暗い物語とやるせない人生への諦念
めちゃくちゃに悲惨でめちゃくちゃに暗い話。読んでいるうちにこちらの気分も沈んでくる。
作品の見返しには「全編に漂う緊張感と、鮮烈なセンチメンタリズムで描く、長編ハードサスペンスの傑作!」と煽り文句がある。センチメンタリズムは事実だが、緊張感というより漲っているのは諦めに似た感情だろう。なにしろほとんどの登場人物が主人公を含め、嫌な奴ばかりなのだ。財産も魂も抜かれ、虚無感と無力感のかたまりのような主人公、若い風俗嬢に貢ぐために職務を利用する刑事、人の不幸を付け狙う整理屋、暴力としつこさで取り立てを行う三人のパンク、面子のために被害者さえもないがしろに扱う警察官たち。更に溺れる犬に石を投げつけて遊ぶガキどもだの、愛想の悪いタクシー運転手だの、冷ややかなコンビニの客だの名もない登場人物においてさえ、心が貧しい人間がこれでもかと登場する。寂れた印象の強い街との相乗効果で暗い雰囲気は倍加する。おかげで物語のそこかしこに感情の刺が飛び出ていて、読む者の心さえもささくれ立たせてしまう。
終盤に救いは用意されているので、最後までどん底という物語ではない。本来のハードボイルドであれば悪人にも悪人なりの「美学」が感じられるもの。しかし本作は単に「悪い」「意地汚い」「手段を選ばない」という事象ばかりが目立ち、そちらの行動を取る「意志の筋道」が今一つ見えてこない。悪いことをプログラミングされたロボットのごとし。

山田正紀の本格ミステリを期待された方には肩透かしではなかろうか。実験的に創作された部分があまりエンターテインメントとして評価出来ない部分に結果が出てしまっているように思う。同じ人生の虚しさ、悲惨さという真理を見るにしろ、こういう形であまり接したくないように感じた。暗い話が好きという方にだけお勧め。


01/01/16
西東 登「幻の獣事件」(弘済堂こだまブック'74)

乱歩賞受賞作『蟻の木の下で』もそうだったが、西東氏は「人間以外の生物」をミステリに取り入れるのを得意としていた。本作も「動物推理シリーズ」と銘打たれている通り動物もの。(題名からしてそうだけど)

第二次大戦中の本土爆撃における防空壕の爆弾直撃から生き残った二人が銀座で再会する。戦時中、名古屋市千種区にあったH動物園側に本部を構えていた彼ら警備部隊は、若くて無知で傲慢な達岡少尉の横暴に苦しめられていた。達岡はほそぼそと運営されている動物園に対し、食用出来る動物を無理矢理に供出させた上、生き残った動物たちを毒殺するよう命令を下す。動物園の職員、小竹は命令に背き、つがいの”ある動物”をリストから外していた。しかしその鳴き声が近隣の住民に聞きつけられ、達岡の追及で窮地に立たされる……。そして現代。北アルプスの営林署に勤務する木崎は、遭難していたと思しき一人の男を救助する。彼は同僚と二人組で登山に来ており、道に迷って彷徨う途中、その同僚は熊に襲われ死亡した、と木崎に告げる。

読者への見せ方の工夫一本で仕上げた、まさに動物推理
本州中部に位置する北アルプス。ここで発生した一つの遭難事件。この近辺で長い期間、それほど目立たないながら発生する人や家畜が野性の動物に襲われる事件。この野性の動物と戦時中の動物園の事件が繋がることは、さすがに火を見るより明らかでミステリの謎に意外性はごく少ない。
その点が自覚されたのか、物語の最後の最後、ぎりぎりラストになるまでその「幻の獣」の正体が隠されている。結局この一点でミステリとして成り立っているのだが、本当の本当にラストまでこれで引っ張られてしまった。
で、どうだったかというと面白く読めるのだ。トリックはもっと凄くても本作より面白くない小説はいくらでもあることを考えると、もうこれは「ミステリの見せ方」一つのテクニックだと言える。そして、それが巧い。 戦時中から始まる体験者ならではの迫力あるプロローグ、動物絡みながら山の厳しさを切々と感じさせる遭難者の捜索。奇癖をもった動物園飼育係の執念。それらがそれぞれ別の場所で同時に進行し、少しずつ交差していく。幻の獣の正体はもちろん、それに戦時中の動物園の悲劇が絡まって、間接的に戦争の悲惨さが訴えられているのがいいのかもしれない。最後の最後、明かされる「幻の獣」の正体は「なるほど」と思わせる程度ながら、物語として最後まで一気に読み通させる作者の気合いが感じられた。

とはいえ、一般のミステリファンが探してまで読むレベルではないのもまた確か。私はまだ手元にいくつか作品があるのでもう少し試すつもりだが、西東氏の代表作はやっぱり乱歩賞受賞作ということになるのかもしれない。


01/01/15
岡嶋二人「ちょっと探偵してみませんか」(講談社文庫'89)

岡嶋二人によるミステリクイズ本。講談社『ショートショートランド』誌、世界文化社『パズラー』誌に'83年から'85年にかけて掲載された作品を'85年に単行本化、更に文庫化したもの。

『ラスコーリニコフの供述』『誰が風を見たでしょう』『三年目の幽霊』『曇りのち雨』『Behind the Closed Door』『ご注文は、おきまりですか』『ボトル・キープ』『マリーへの届け物』『水の上のロト』『死後、必着のこと』『煙の出てきた日』『高窓の雪』『断崖の松』『組長たちの休日』『最後の講演』『愛をもってなせ』『明かりをつけて』『ルームランプは消さないで』『机の中には何がある?』『穏やかな一族』『酔って候』『シェラザードのひとりごと』『聖バレンタインデーの殺人』『奇なる故にこれをのこす』『たった一発の弾丸』以上、二十五編。本文カットは南伸坊氏、文庫版解説は新保博久氏。

全てオリジナルミステリクイズ。岡嶋二人の遊び心が嬉しい
これまでいくつかミステリクイズに類する作品集を読んできた。ただ、最近は「過去の名作から〜」というパクリ系のクイズ本は注意深く避けているので、そちらとは比較出来ないのだが。
さて、本作。犯人当てあり、手掛かり探しあり、ダイイングメッセージあり、暗号解読あり、倒叙あり……ありとあらゆるミステリの「謎」エッセンスを使用してネタを散らせた二十五の設問が並ぶ。この文庫版は新保氏が解説で、謎の種類を分類しているので機会があれば参照して頂きたい。
クイズ本の最重要ポイントは「実際に読者が考えて解けるか?」。この点、問題が「フェア」で回答をみて腰砕けになるものもなく良心的。誰にでも解けてはいけないし、誰にも解けなくてもいけない。そんな中庸のレベルを貫いている。読者にとっては当たり前のことながら、作者が創作するにあたり大きな苦労だろう。そして、本書における最大の特徴は、岡嶋作品特有の「洒落ていて軽い」文章にある。ごく泥臭くなく、工夫された設定でまとめられた短い文章の中に、様々な背景を必要な分だけ織り込む。当たり前ながら、これは気軽に読むためのクイズ本、必要な「いい意味の軽さ」が本作にある。 文章そのものに加え回答編も洒落ていて、あまりのシンプルな回答に噴き出してしまうものも。

岡嶋二人を意識せず、気軽に手にとって、気軽に時間つぶし。ちょっと頭をひねってページを捲って、「なるほど」とつぶやく。クイズ本本来の謎解きの楽しさが、気軽に味わえる一冊。


01/01/14
蘇部健一「長野・上越新幹線四時間三十分の壁」(講談社ノベルス'99)

第二回メフィスト賞を『六枚のとんかつ』にて受賞した蘇部氏の第二作。初登場、半下石(はんげいし)警部が活躍する表題作中編に短編二つの構成。

テレビで大人気のお天気お姉さん、玲奈が姉、新潟で若くしてブティックを経営する安奈が妹の一卵性双生児。まず新潟で妹の安奈の恋人が何者かに金槌のようなもので頭を殴られ惨殺された。他に容疑者がいるものの、彼女にも動機が。一方、長野県では玲奈の夫が同様に頭を殴られて殺される事件が発生した。浮気の結果、夫から慰謝料の請求を受けていた玲奈が容疑者。しかしこの姉妹はアリバイの壁でしっかりと守られていた。半下石警部がアリバイ崩しに挑む!『長野・上越新幹線四時間三十分の壁』
徹底的に指紋は拭き消したし相手の指紋も大丈夫、万全の殺人のはず『指紋』
完全防音装置の中で話した密談がなぜ漏れた?『2時30分の目撃者』中編+二短編。

方向性に迷い?メフィスト賞最大の問題作『六とん』の次に来るもの
蘇部氏はもしかすると、古今東西の推理小説に通暁しすぎていることが作風の仇になっているのかもしれない。と特に後半二短編を読んで感じた。刑事コロンボの台詞が最初に掲示されている通り、倒叙もの。『2時…』はそれほどでもなかったが『指紋』が面白かった。指紋を鍵としたミステリはこの世に多数存在しているが、これは盲点。しかも日本人ならでは行動から組み立てられたトリックに工夫を感じる。 蘇部氏の文章はこの手の作品の方が生きる。
表題作については正直、評価が難しい。少なくとも『六とん』は正直全く自分のテイストに合わず低評価とせざるを得なかった。(もしかしたら今読めばそれなりの評価が出来るのかもしれないが) 路線を変更したと思しき本作は、前作よりもなんというか古き良き「本格推理小説」に対する熱意で押し通した作品のように思う。その段階、段階で提出された手掛かりを元に、様々な方向から登場人物に検討を加えさせている点など、本格へのこだわりを感じた。ただ実際、問題はいくつもあって、文章が今一つ、構成が平凡、ギャグも今一つ(但し、刑事二人のアリバイ立証全力疾走の場面は好み)。それらは脇に置いておけるとして、最大の問題は「双子」という手を使ったことによるトリックの意外性の低さか。また、トリックだけでなく物語としてもっともっと膨らませる必要もあるだろう。

冒頭に路線図と時刻表を配するなど、アリバイものをやりますよという意気はいいのだけれど。物語の構成、見せ方など「推理小説」の「小説」の部分をやっぱりもう少し練って欲しいように思う。読者はそれほど待ってはくれないのだから。


01/01/13
多岐川恭「血の色の喜劇」(桃園文庫'86)

超マンモス団地に住む建築事務所勤務の冬木練太郎・ピアノを御近所の子供に教える路子の夫妻が、全編通じて探偵役となるシリーズ短編集。全て『小説CLUB』誌に'75年から翌年にかけて発表されている。

帰宅した冬木夫妻は、ベッドルームに顔見知りの近所の主婦が下半身裸にして死んでいるのを発見するが心当たりがない『なまめいた死体』
最初千円、十二日後に二千円と倍々で現金が投げ入れ事件。総額が八十万円にも達し被害者の主婦が冬木らに相談に訪れる『不吉な福の神』
団地の一部の主婦が組織的に売春をしているらしく的場警部が聞き込みに。しかしその関係者の夫が扼殺死体となって発見された『若妻同盟』
教え子の高校生の娘が同じ団地に住む不良少年と交際して困ると相談が。親の監視を盗んで密会を続ける二人の連絡方法が分からない『団地のロメオ』
主婦が襲いかかった同じ団地に住む男性を返り討ちに刺し殺す事件が。事件後、残された加害者と遺族の様子がおかしい『血の色の喜劇』
団地でガス爆発がおき中年男性が焼死。一緒に住んでいた高校生の姪の様子から事故死とも他殺とも断定されかねた『風船玉の好きな娘』
冬木夫妻が訪問していた家に訪れていた男性が死体となって発見された。的場はその家に被害者が隠されていなかったか確認するが『ほうり出された男』以上七編。

端正でロジカルな、それでいてちょっと身近な探偵譚
先に「ミステリ」として重要な要素である「謎解き」の部分。これが意外に凝っていて驚いた。トリックであるとか、構成であるとかに手抜きがない。また、事件にあたって冬木夫婦&的場警部によるいくつもの推理合戦、この部分がロジカルで面白い。一つの仮説で意気揚揚と捜査に出る警部と、後からその仮説の穴について話し合う夫婦。更に真相も、着地がしっかりしていて、なおかつ意外性のある地点に降ろしてくれ、短編のサプライズとしては充分に面白い。また、謎解きの過程で、日常の何気ない服装や行動などから、相手の状態、状況を分析するホームズばりの推理は、人間観察の妙味を堪能させてくれる。
特にマンモス団地という設定を活かしている部分が特徴か。仕事仕事で放っておかれる主婦の落ち込む危険な罠。同一構造の部屋がいくつも並ぶ団地ならではのトリック。互いに顔見知りで行き来する人々と、周囲に関心を寄せない人々が、一つの建物に存在する都会の盲点。多少なりとも集合住宅に住んだ経験があれば、「なるほど」と唸らされるものがある。
それぞれの短編において、一編を除いて殺人事件が発生、またその動機も売春や不倫等、肉体関係が絡んでいるものが多く生々しい。それでいて、冬木夫妻と的場警部のやり取りがウィットと愛情に溢れており、ドライなのに不思議な暖かさを備えていて、物語全体から受ける印象が和らいでいる。このあたりのバランス感覚も評価したいところ。多岐川恭の短編作品、こちらも長編同様侮れない。

桃園文庫は基本的に川上宗薫だとか宇能鴻一郎だとか富島健夫だとかポルノ系中心に出版されていますが、このような作品もごく稀に存在します。侮れませんね。とはいえ、全てロジカルな解決ですので本格ファンにもお勧め出来ます。リサイクル系古書店でたまに見かけますので探してみて下さい。


01/01/12
都筑道夫「犯罪見本市」(集英社文庫'81)

'70年に桃源社より刊行された同題の作品集が文庫化されたもの。最後に収録されている『森の石松』は「小説トリッパー 北村薫が選ぶ文庫100冊」の歴史ものの一冊としてセレクトされた。

玩具屋の宣伝の為にだるまを被って街中を歩いていた男が「小さなモノ」を譲ってくれ、と様々な人から持ちかけられるが心当たりはない。そういえば、一時間だけ知り合いに貸した……『第一会場 影が大きい』
ボロアパートに住む爺さんは、知り合いの娘の為に数十万円を工面しようと、写真をネタに若奥様を恐喝するが、逆に返り討ちにあってしまう。再び爺さんは乗り込んで……『第二会場 札束がそこにあるから』
アパートの隣に住むバー勤めの女性が「嫌な客からかくまって」と逃げ込んでくる。ところが彼女が帰った後、なぜか部屋には切り取られた一本の腕が押入の中に残されていた『第三会場 隣りは隣り』
清水次郎長の一の子分、森の石松。彼は親分の代参で金比羅様へ参った帰りに都鳥一家に不意打ちにて殺された……という通説にまつわる謎をを安楽椅子探偵達が解き明かす『第四会場 森の石松』以上、長めの短編四編。

都筑道夫主催。一風変わった実験的ミステリ短編による見本市
なるほど、見本市とはよく言ったもの。知る人にとっては当たり前ながら、見本市はテーマが決められ、それに沿った製品などを提供できる企業が出展し、訪問者にPRする場。果たして都筑道夫という作家がミステリーをテーマに見本市を行ったら……。
ちょっと品数は4つと少ないが、一つ一つに趣向が凝らされており、訪問者を全く飽きさせない。一つめ『影が大きい』こそ、サスペンス風味を配した巻き込まれ型のどたばたミステリながら、二つめ『札束が…』あたりから意図のある趣向が見え始める。ベースになるのは「爺さん」→「若奥様」の恐喝なのだが、まず撃退され、仲間の元で考え直して再出撃すると、実はその仲間が……という風に敵味方が二転三転して、情景が目まぐるしく変わる。狙いはどんでん返しの連続か。狂言回しを務める爺さんがユーモラスながら最後まで哀れな作品。三つめは、ボロアパートの住人を全て巻き込んだシチュエーションコメディ。身に覚えのない「切り落とされた腕」の処分に困った住人が、互いに不在時に押しつけあって。外からやって来るヤクザまがいの男を交えてどったんばったん。最後に締めるのも住人なのだが、そこに意外性がある。四つ目は一転して歴史ミステリ。現在では馴染みがどれくらいあるのだろう、森の石松。通説にある通りの死に様だったとして、果たして彼らの間に何が起きたのか。トンデモな仮説をぶち上げたりせず、あくまで論理で詰めていくところに面白さがある。確かに北村薫好みかも?

とはいえ四つだけでは、都筑道夫ミステリの中ではごく一部を紹介しているに過ぎないのですが。この時期の他の作品集に比べても、短編集としての面白さはまずまずでしょう。都筑道夫初心者でも楽しく読めるのではないでしょうか。古書店でどうぞ。


01/01/11
日影丈吉「泥汽車」(白水社'89)

白水社の「物語の王国」というシリーズの為に全編書き下ろされた短編集。本書は翌年の'90年に第18回の泉鏡花文学賞を受賞している。

草原に突然出現した汽車は満載した泥を使って埋め立てを始めた。少年の知る昔の土地の姿はその結果、徐々に変貌を遂げていく『泥汽車』
画学生の青年が感じている日々の言葉にならない葛藤。一着の消えたジャケットを通じて当時の世相と青年と、その周囲を照らし出す『じゃけっと物語』
草原の真ん中に積み上げられた土台石の山。共に遊ぶ少年達の中で年下の自分はどうしても乗り越えることが出来なかった『石の山』
親友、庄ちゃんの一家は何かと少年の気になった。貸本屋を営んで父親は遊郭の医院に勤めつつ研究を行い、お祖母さんがお話をしてくれる『屋根の下の気象』
大学図書館で司書をする青年の世話を焼く青年は自分自身の努力について考えたとき風邪を引く。彼の見舞いに歴史上の中国文学の大家がやって来る『かぜひき「第一話 火山灰の下で」「第二話 珍客」』
四人の息子と夫とを戦争に送り出したマーミャオは貧しい暮らしの中で毎日彼らの無事を媽祖の廟にお祈りをしていた『媽祖の贈り物』以上の六編。

幼時の追憶と幻想的描写のミクスチュア。日影丈吉晩年の収穫
『媽祖の…』のみ、ファンタジックに戦争悲劇を謳った哀しく幸せで優しく、でも心を抉るような印象を残す幻想譚だが(これはこれで傑作短編)、残りの作品は、恐らく日影丈吉御本人の幼年〜青年期の体験が下敷きになっていると思われる。近所に存在する何の変哲もない草原。大人の視点では何でもないこの場所は、多感な少年にとっては遊び場であり、友人であり、教師となり、神秘となる。そんな大切な場所で自由奔放に遊んでいた少年が、いつの間にやら、そしてごく自然に(大人である)日影丈吉のイマジネーションの中に活動場所を移す。彼は普通では存在し得ないもの、大人には視えなくなってしまったもの、をごく日常の延長として体験していく。その境界は曖昧、というかはじめから存在していないのかもしれない。世界がいつの間にかパラレル・ワールドに変えられている感じ
「在りし日の古き良き時代の東京」という強烈なノスタルジーを共有するつもりで読んでいた物語が、いつの間にか「幻想的な日影丈吉的世界」へと変化していることに読者は気付かされる。そこで語られるのは自然破壊への警鐘であったり、世の中の変化への感慨であったり。ただ、そのベースにあるのは単なる懐古趣味ではなく、円熟のヒューマニズム。そして優しさ。ごくごく幼年期のコンプレックスが下敷きの『石の山』、幼年期から青年期へと作中でも主人公が成長する『泥汽車』、青年期の体験から語られる『じゃけっと物語』など、世代こそ様々。しかし全ては、幼い頃に見た「夢」に近い。現実が下敷きとなりながら、現実にはあり得ないこと、存在しないものが同時に存在する――これを、日影氏がテキストに落とした、という印象。

私は古書店で入手したが、版元が版元なのでもしかするとまだ新刊書店でも入手が可能な場合があるかもしれない。(図書館ならシリーズで揃っていそうですが)日影丈吉は老いてなお衰えず。もちろんミステリではなく、幻想小説に近い不思議なノスタルジー溢れた作品集。暖かで懐かしい物語が好きな方に。