MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


01/02/10
中町 信「Sの悲劇」(青樹社BIG BOOKS'88)

「本格ミステリ」に強くこだわった作風から、カルトな人気を誇る中町氏の「初」短編集。刊行は80年代後半ながら、収録作品は'71年から'81年に至る広い範囲に執筆されたもの。

管理人の女性が独身寮の男性に金貸しをしていた。誤って彼女の妹が殺された。ダイイングメッセージは「S」の文字『Sの悲劇』
切手の蒐集家で旅行マニアの女性が殺され、高価な切手が持ち去られた。金庫の鍵のナンバーは特急の始発時刻だという『死の時刻表』
密室の中で倒れている下着一枚の女性。事故死にみえたが他殺と断定された。犯人はどのように密室殺人を行ったのか『裸の密室』
出版社の企画部長が会社ビルの窓から転落死。突き落とされたとみられるが、関係者の誰にもその隙は見当たらない『カブトムシは殺される』
ガス自殺に見せかけた他殺の容疑者は遠くの旅館にいたというアリバイが。時計の写った三枚の写真でのトリックとは『サンチョパンサは笑う』
『312号室の女』
自動車教習に通っていた女性が実習中と思われる時間に殺された。指導員も、車に挟まれた密室状態の中で変死を遂げた『動く密室』以上七編。

愚直なまでの「本格」指向がうかがえる作品集
作品それぞれに本格ミステリへのこだわりが非常に強く感じられる。犯人当て、ダイイングメッセージ、いくつもの密室、写真トリック、時間差トリック……。全ての作品に何らかの「本格推理小説のコード」が当てはめられる。そしてもちろん、読者に対してフェアな伏線が作品内部にきっちり描かれ、作者に対して挑戦を試みることが可能だ。また愚直なまでに「トリック」という主題に取り組んだ痕跡が見えるのも、決して悪い気はしない。今どき、別に主題を絞っていない収録作品の半分が「密室」というものは、そうないはず。本作中最初に発表された作品と最後の作品に十年のタイムラグがあることを考えれば、このような創作姿勢を常に維持し続けていることは驚異だろう。
ちょっと引っかかったのはトリックと謎解きにこだわるあまりだろうか、物語の背景がおろそかになっているように感じられたこと。不倫の果てにしろ、金銭目的にしろ、秘密を守るためにしろ(言い方は悪いかもしれないが)動機や背景が全て「ありがちな」もの。また犯人や被害者、容疑者、探偵役などの造形も同様に薄く「ミステリ」の悪い方の陳腐さが感じられる。トリックを支える小道具に女性の下着やカブトムシを用いるなど凝っているだけに「物語としての面白さ」をもっと重視すれば良いのに、感じる。但し、自動車教習所というどっかで読んだことのある作品と設定の重なる『動く密室』だけはこの問題点を楽々とクリア。物語がトリックに奉仕しており、舞台を有効に使って物語の面白さ・意外性に結びついている佳作。

現在もノベルスなどで長編中心に新刊の刊行が続く中町氏は、SRの会など「本格」にこだわるリーグ内ではカルト的な人気を現在も保持している。長編ではトリッキーな作品が多く、評価出来るだけに短編ではその持ち味が生かし切れてないのかもしれない。


01/02/09
田中啓文「異形家の食卓」(集英社'00)

'93年『凶の戦士』にて第2回ファンタジーロマン大賞に佳作入選、ジュヴナイルを手がけていたが'99年『水霊 ミズチ』にて一般向け作品デビューし話題に。本書は『異形コレクション』などに収録された作品に書き下ろしを加えた初の短編作品集。

二つのトランクを持って来日した小国の外務大臣はどんなに罵倒され蔑まれてもホテルにさえ帰れば常ににこやかに戻った『にこやかな男』
バレンタインデーの夜にのみ供されるこの世のものとは思えない程美味な料理に隠された秘密『新鮮なニグ・ジュギペ・グァのソテー。キウイソース掛け』
異形家での一家団欒の晩御飯。かって長男が東京で演劇修行していた時分に交際していた女性を「食っちゃった」『異形家の食卓1 大根』
新興宗教にのめり込む母親とそれを憎む父親との間のタモツ。夜逃げの最中遭難した彼は父親と「毒島」に漂着し二年間生き延びる『オヤジノウミ』
美貌で豊満で最低の性格の人妻『邦夫のことを』
異形家での一家団欒の晩御飯。長女のケロヒメはスーパーで激しくシショクし、意中の男性ミツグくんの前で恥ずかしいことに『異形家の食卓2 試食品』
恒星間宇宙船に乗り組んだ男性一人と女性二人。自らの精液でホムンクルス作成に勤しむジロウ、セックス狂のマリア、自殺志願のイブ『三人』
映画撮影の為に怪獣に脳を移植したまま、元に戻れなくなった男は怪獣の故郷の星に送り戻される。怪獣は人類に復讐を誓った『怪獣ジウス』
科学者の俊一は山奥に引きこもって人造人間の俊二の改良に余念がない。衰弱する俊一を心配する婚約者はロボット俊二を嫌悪『俊一と俊二』
異形家の一家団欒の晩御飯。パパの昔話。小さい頃からグルメのパパは川の上流から流れて来たのだが両親を既に食べてしまっていた『異形家の食卓3 げてもの』
ゴミを粗末にする者には罰が当たると言い続けた祖母を持つ”ぼく”はホテルの地下のゴミ処理場で働いているがこの場所には秘密が『塵泉の王』以上、十一編。

耐え難い吐き気と生理的嫌悪が本書への最大の賞賛
たまたま田中啓文という作家がそうなのか、そればかりを選んで作品集を編んだのか。『異形家の食卓』という題名通り、「食」にまつわるホラー作品が揃った。人間の「生」に欠かせない食物。しかし食にまつわる恐怖というのは実はパターンはそれほど多くない(と思う)。クセのある登場人物が実は「いかもの食い」でしたというパターン、ノーマルな登場人物が「いかもの」を食べてしまいましたというパターン。本作も大別すれば、この二種に含まれる作品が多くを占めるのだが、それでもそれぞれが読者のイマジネーションを様々な角度からビシビシと刺激する。その秘密はグロとナンセンスにあるようだ。
俗に下らないものを「エログロナンセンス」とまとめて呼ぶ。本作、エロは控えめだが、グロとナンセンスが図抜けて凄い。まずグロ、この作品は非常に「醜悪」である。醜くて、汚くて、おぞましくて、穢らわしい。そんなシーンが目白押し。膿は潰れ、ゴキブリも潰れ、人間も潰れる。悪臭が立ちこめ、ゲロが吐き散らかされ、血しぶきが乱れ飛ぶ。しかし変な話、これだけ徹底されると奇妙なすがすがしささえ覚える。そしてその徹底したグロの後に時々出てくるダジャレオチ。「これだけやって理由がこれかぁ?」という脱力感。ヨコジュンを思わせる……そうか。田中啓文の世界は「ハチャハチャホラー」だったのか。なるほど、妙に納得。
独自の「バ……神」(クトゥルー? 知識がないもので)を頂点に崇める世界観が全体として下敷きにあり、ギャグのない短編は徹底的なsuper naturalで押し通す。それらの気色悪い宙吊り感覚もなかなかのもの。ただ、オチがあるものの印象が強すぎる。どうにも。はい。

田中啓文氏本人のWEBサイト「ふえたこ日記」でも伺い知れるように、氏は一部で有名?な「お笑いカルテット」の一角に連なる人物。そのユーモアは作品の中では、あからさまに、もしくは意外な形で表現されている。


01/02/08
横溝正史「塙侯爵一家」(角川文庫'78)

表題作は、戦前の雑誌「新青年」誌の編集長を勤めていた横溝氏が作家に転身後、'32年(昭和7年)に同誌に連載した作品。また併載の『孔雀夫人』は「新女苑」という雑誌に'37年(昭和12年)に連載された作品。

『塙侯爵一家』 政財界に隠然たる権力を誇る塙侯爵一家の七男、安道はロンドンに留学中阿片に溺れて廃人寸前の状態にあった。同じくロンドンの貧民窟にて自殺を考えていた貧乏画家の日本人青年、鷲見信之助が安通にそっくりなことに眼を付けた畔沢大佐は、二人のすり替えを目論む。駐英大使の娘、美子と恋仲にあった安道の境遇を羨んだ信之助も同意し、塙一族乗っ取りの計画が開始された。塙一族の長男が急死した電報を受け取った畔沢は、信之助に安道を殺害するように指示する。船で安道と美子は神戸に戻ってくるが、人混みの中、美子は「安道は贋者だ」と告発された文書を謎の女から受け取り、恐怖する。
『孔雀夫人』 人も羨むのような美男美女のカップル、土岐俊吉とその新妻の有為子は汽車で新婚旅行へ出発するために東京駅にいた。有為子は柱の影から自分たちの方を睨んでいる紫色の服を着た女性の存在に気が付く。伊豆山中での初夜を迎えた二人だったが翌朝、俊吉の様子がおかしい。実は、紫色の服の女性、それは土岐俊吉の恩師、瓜生教授の妻、奈美子。彼女は奔放で驕慢な性格から「孔雀夫人」と呼ばれていた。伊豆までやって来た奈美子は俊吉と密会していたが、翌朝死体となって発見される。

あーーっ、やられたぁぁっ! 裏切りが心地良い探偵小説
『塙侯爵一家』はサスペンスである。後に横溝正史が多用するテクニックの一つ「別人による入れ替わり(なりすまし)」が骨格にある。これが戦後横溝本格であれば、読者は登場人物を「入れ替わりの疑い」をもって眺める「物語を解き明かす側」にまわるのが普通。だが、本作では入れ替わりの最初から経緯が明かされており、謀略を持つ側、入れ替わった側からの描写が中心となっている。その結果、読者は「いつばれるんだろう?」というびくびく感覚を否応なしに持たされてしまう。この時点で奇妙な犯罪小説のように見えるのだが……。一族にさりげなく溶け込む安道、不具者の兄、何者かに襲われる姉、そして殺されてしまう一族の長。果たして塙一族の行方は? 英国で知り合った美子を大切にしながら、徐々に政略結婚の方に愛情の重心を変えていく安道自身の変化に背筋の寒いものを覚え、愛情を失った美子の変貌に目を奪われる展開。そして……。私は完璧にやられました。貴方はどうでしょう?

『孔雀夫人』は探偵小説らしい荒唐無稽さが味か。新婚旅行の最中に新郎を殺人罪で逮捕させる嫉妬にまみれた悪女の仕掛ける狡猾な罠。サスペンスとスリルを重視した展開に、女性の執念深さが加わり、横溝らしい「胡散臭さ」が楽しい作品。

最盛期には、九十冊以上を誇った角川文庫の黒背に緑(ないし黄色ないし赤)の横溝正史のラインナップも現在は、金田一耕助を主人公とする作品を残すのみ。戦前に執筆された秀作が消えていくのはやっぱり惜しいものがありますね。


01/02/07
梶 龍雄「殺人魔術」(光風社ノベルス'84)

'77年『透明な季節』にて第23回江戸川乱歩賞を受賞した梶氏は、ノベルスを中心にいくつもの作品を発表しており、更に「本格」指向があることから、今でも支持者が多い。本書は『問題小説』『小説推理』誌などに'80年から'83年までの間に発表された作品を集めた短編集。

妻を愛人と共に惨殺した容疑の夫は淡淡と真実の告白を開始。彼は殺したのではなく彼らの情死を隠そうとしたのだという『色欲の迷彩』
山奥の別荘地に住む富豪老嬢が心臓発作で死亡。狭心症の薬を無くし電話が不通、山を下りようとしての事故と思われたが『のびやかな殺人』
アベックの強盗犯人を乗せたタクシー運転手。彼らは逃亡を諦めて札束を撒き散らしセックスの挙げ句崖から身を投げて死んだという『好色の背景』
レズの恋人であるマッキーが言い寄られていた男によって殺された。彼女がタイプライターに残したメッセージはoroytip『マッキーは死んだ』
肉感的で素直に過ぎるかね子、通称マネーは誰とでも寝るという噂。彼女のことを心から好きなぼくは彼女との再会を喜ぶが『ピンクの好きな女』
悪ガキ四人組のアイドル格だったバーのアイドルがレイプされた。その兄に頼まれて強姦野郎を成敗したのはいいが、男は翌朝死体に『聖悪女』
売れない落語家が美女に呼び止められる。不審な男を目撃し「ドッキリカメラ」の撮影だと確信した落語家はちゃっかりとホテルへ『呼び停めた女』
ドサ回りの奇術ショウを生業とする美人姉妹。そのパトロンが金を奪われラブホテルから墜落死。不審な行動をとった彼女らに容疑が『殺人魔術』以上八編。

物語で読ませ、トリックで驚かす。短編推理のお手本
なんのかんので20年近く前の作品であり、物語の背景に多少の時代性があって思わず苦笑するようなエピソードも数々ある。しかし、それを乗り越えて作者の工夫が強く感じられる
短編でありながら(いや、短編だからこそ)構成が凝っている。冒頭から順に、容疑者の独白調、関係者かつワトソン役による実況風、事件関係者の状況経過報告調、レズビアンの女の子による一人称、内気な青年の想い出と現在、悪ガキだった自分と仲間の懐旧譚、落語家の独特な語り口調、最後は語り口こそ普通ながら探偵役に与える役割が奇妙。一般的な三人称がほとんど見られない。
なるほど、単に語り口を適当にいじくるなら誰にでも出来ることかもしれない。しかし本作において最も嬉しいのは、その構成や表現方法に合わせて「ミステリ」としての「鍵」を物語内部にスムースに組み込んである点。独白調の文章に潜む落とし穴。不良少年の性急な行動に潜む罠。真相を知っている語り手が、聞き手に対して仕掛ける陥穽。その語り口と意外性とが見事に繋がっている。トリック自体のオリジナリティが多少低くとも、個人的に舞台と仕掛けが渾然一体となって読者に向かってくる作品が好きなので、高く評価してしまう。あまりにもさりげなく語り口や構成を変えているよに見えるが、この裏には恐らく色々な努力があろうし、それが作品の面白さに結びついているあたり「プロ」の仕事を感じる。

梶氏の作品は一部長編など文庫で出ていたが、現在は乱歩賞受賞作を除くと全て入手がそれなりに難しい状況にある。特に(本書も含め)マイナーノベルスでかなりの作品が出ている模様。本作を読む限りでは、あっさりと忘れ去られるには勿体ない作家。


01/02/06
北村 薫「リセット」(新潮社'01)

'95年刊行の『スキップ』、'97年刊行の『ターン』と話題を攫った「時と人」の三部作の掉尾を飾る一作。青系の『スキップ』、緑系の『ターン』と落ち着いたトーンでまとめられた装幀、本作は赤系。

星です。――太平洋戦争の開戦前、歯磨きを作る会社に勤める父と優しい母との間に育った水原真澄。彼女の最初の記憶は三歳の頃に見た獅子座流星群だった。関東から芦屋に引っ越した彼女はお嬢様学校に進学、田所八千代や弥生原優子らと親しくなる。何不自由ない暮らしの中、お正月に八千代宅に遊びに行っていた真澄は、雑誌付録の啄木かるたにて遊ぶ際、八千代の従兄弟の修一と対面し、心惹かれるものを感じる。修一が貸してくれた本は、真澄に心の宝物となって残る。――しかし時局は緊迫感を増していく中、彼女らにも戦争の影響は及びはじめる。食べ物が徐々に手に入らなくなり、勤労動員で学校を休んで工場にて働く日々。目線だけの修一との心の邂逅。身体を悪くした父親の為に、真澄は福井に疎開することが決まる。同じく疎開する八千代宅に精一杯お洒落して訪れた真澄は、修一に工場で作ったフライ返しを渡し、一冊の本を借りる。その翌日、とうとう神戸の街は激しい空襲に晒される。

人の想いは時を越え、時を越えても人の想いは変わらない
結局、北村薫さんは「時と人」の三部作を通じて、何を描いて来たのだろう。……などと思いを馳せてみる。……三作に共通しており、そしてもっとも強く訴えるのは「人の想いの強さ」ではないか。逆境にあればこそ、人は想いを強く持ち、その想いが強いからこそ、逆境にも耐えていける。口に出す先から流れていくような安っぽい愛ではなく、心の底からの想いの籠もった愛。何事もないように生きていく人間も、想像を絶するような苦境に(三作ともSF的な設定がある)陥った人間も、過去に生きてきた人間も、現在生きている人間も、そしてこれから未来を生きていく人間も、常に心の中に「想い」を抱き、それを支えに生きていく、ということ。
そして、その「想い」を伝えるのは、いつの世も言葉。直接の会話であり、手紙であり、心の言葉であり。他の北村作品同様、その「言葉」へのこだわりは、文学や短歌、誌から日記に至るまであらゆる「言葉メディア」が用いられて表現されている。賛否両論あれど、日本語を大切にする北村さんらしさとして素直に受け取るべきだろう。

人と人が繋がるところに「想い」があり「言葉」がある。改めては気付きにくいそのことをこの「時と人」三部作は改めて気付かせてくれた。

正直なところを言えば三部構成の本作「第一部」「第二部」はちょっと説明的であったり、冗長なエピソード(もちろん、必要なエピソードも多数ある)が組み込まれていたりでちょっと長いようにも感じた。そこには「なんでもないような日々の出来事」の大切さを、表現を積み重ねることで読者の心に染み込ませる意図や、時代を意識させ過去を強調する狙いもあるのだろう。それでも、全ての「想い」が花開き、クライマックスへと進む「第三部」が多少短く感じられてしまうのはほんの少し残念。

この作品を分類するに「ミステリ」には入らないでしょう。でも今年の話題作の一つになることは間違いなく、読めば感銘を受けることは確実。ラストのほのぼのとした感覚は北村作品ならではの味わい。ただ、文学的なレトリックが苦手な人にはちょっときついかも。


01/02/05
皆川博子「ゆめこ縮緬」(集英社'98)

推理作家協会賞、直木賞、そして本書出版の前年『死の泉』にて第32吉川英治文学賞を受賞した皆川博子さん。本書は『小説すばる』誌に'95年から'97年にかけて掲載された短編を集めた作品集。

「指は、あげましたよ」 背後に声がたゆたった。 空耳、いや、なに、聞き違え……。『文月の使者』
狂れた、と思う。 行けど行けど、果てしない野である。『影つづれ』
み、みィと、地蔵が鳴いた。 地蔵が鳴くものか、猫だろうって? まあ、お聞きな。『桔梗闇』
日が暮れると、隣家とのあいだにそびえる泰山木の、昏く繁る葉のあいだに大輪の花が白く浮き出す。『花溶け』
「ひきちぎった袖をくわえて、宙にとびだしましたって。千ィちゃま、じっとしておいでなさいましよ。動くと、お耳を切ってしまいます」『玉虫抄』
「血の雫だよ」と馨が言うと、千緒はすなおにうなずく。山裾の目路はいちめん、白い花の盛り。『胡蝶塚』
「あれ、兄さんが」宙から女の声が降り、仰ぎ見そうになるのを、「やめなさい」すれちがいざま、老いた声の叱咤に、首の動きがとまった。『青火童女』
泣かずに寝よとは、母が子を寝かせつける言葉であろう。<お母さま、泣かずにねんねいたしましょう>『ゆめこ縮緬』以上八編。

皆川博子さんの幻想作品は全て一個の「小宇宙」
優美であり幽美であり悠美。ひどく、美しい。短編の幻想小説の楽しみとはなんなのだろう。小説の構成や、世界観、語られる人々の感情。そういうものを分析することに意味など見いだせない。「いかにその世界に浸れるか」だと思う。主人公への感情移入とは違う。あくまでその世界の中に立ち、空から見下ろし、寝転がって眺める。作者のイマジネーションの中に没入する行為。様々な切り口、それぞれ異なる価値基準に支配された舞台の空気を作中人物と共に吸う。作品が優れていればいるほど、自然に、そして生の読者が想像もしていなかったようなかけ離れた世界を味わうことが出来る。
その意味では、皆川作品は幻想小説の最高峰にあろう。日本語を「芸」の域に高めた文章、独特の物語のリズム、登場人物につけられた陰影、夢と現実の狭間を取り払える構想力。作者自身のイマジネーションの凄さはもちろん、それを読者に余すことなく伝えるという「職業作家の仕事」が完璧にこなされている。それぞれの作品に世界があり、読者は世界に含まれていく。
個人的に気に入ったのは『文月の使者』。東京のある特殊な地域を舞台にし、其処の描写そのものが現実にあったとしても異界であるのに、更なる異界へと徐々に誘ってくるという舞台設定の妙。ある場面から、物語が反転してしまうような仕掛け、そして齎される怖さ。登場人物の乾いた台詞がユーモアとも、執念ともつかない二面性を表現し、主人公の淡淡とした率直さがそれに合わさって、相乗効果で物語が膨らむ。ラストの哀しくも面白い結末の付け方も素晴らしい。名作。

そもそも幻想小説の粗筋なんぞ紹介して意味があるものだろうか、と思った。「最初の一行」にこだわりがある皆川作品でもあるし、それを引用させて頂いた。

『このホラーが怖い!1999年度版』の国内編で第十位。(一位は『黒い家』)怖い、というより幻想小説の秀作として投票されたものだと思うのだが。「こういう美しい日本語を駆使出来る作家の小説を読むと、「日本人に生まれてよかった」と思います」(by千街晶之さん)。同感。ほんと皆川さん、すごい。


01/02/04
結城昌治「隠花植物」(桃源社'61)

「書下し推理小説全集」の第二期に桃源社より刊行された、後に推理作家協会賞や直木賞を受賞する結城氏の執筆歴では比較的初期に発表された長編。

山手線を仕事場とする腕利きの掏摸、小森安吉はいつものように身なりの良い髭の紳士から財布を掏り取った。ところが下車する前に素人らしき謎の美人女性にその財布を奪われてしまう。プライドが傷つけられた安吉は、その女性を尾行、アパートに入る前にすごんで見せる。ごねる安吉に対し、その女性は現金の入ったままで財布を返した上、翌日、自分が宿泊しているホテルに来て欲しいと言う。訪れた安吉を待っていたのは、美女ではなく男性の死体。慌ててホテルを飛び出した安吉は前科で取られたことのある指紋が部屋に残っていることに居直り、警察官のふりをして情報を求める。改めて女性のアパートに戻った安吉は、管理人に警察官であるとウソをついた上で、女性の部屋に入り込むがもちろん無人。そして押入には昨日財布を掏り取った紳士が髭を剃られた状態で死んでいた。二つの死体を見た安吉はエリという交際相手の女性宅に避難する。

スリが主人公! 異色ミステリ、だが雰囲気が暗い!
山手線で凄腕を誇るスリが主人公。女性へちょっかいかけようとしたところ死体と御対面。うっかり残した指紋から犯人と疑われるのは確実、それなら先に犯人を捕らえてやろう。こちらには警察官から盗み取った警察手帳もあることだし。
……と、シチュエーションだけを取れば、赤川次郎のような軽いユーモアミステリを想像するところなのだが、序盤はとにかく中盤以降はシリアスな展開が目に付く。主人公をはじめ、脇役、容疑者等々の登場人物が「ひどく現実的」なこと、「追われる者」となる主人公の焦りが真面目に伝わってきてしまうところ、独自の調査が警察手帳を利用した関係者の追跡とワンパターンで意外性が少ないことなど、ユーモアが意識されず、どちらかといえば重苦しい物語展開となっている。
知識のある方なら題名をみてピンと来るものがあるかもしれない。隠花植物。意味は「花や種子を生じないで主に胞子で繁殖する植物及び菌類の総称」……なぜ、このような題名が付けられているのか。何を喩えているのか。物語の序盤では想像しにくいが、中盤を過ぎると背後にあるものがうっすらと見えてくる。この主題は、本書が執筆された四十年前から現在に至るまでに大きな変貌を遂げている。彼らの中身はそれほど変化しているようには見られないものの、周囲の捉え方、特にジャーナリスト出身の結城氏の視点に「時代の変化」を強く感じさせられる。
この「あるネタ」がミステリのサプライズとして通用すること、これが昭和三十年代というものなのだろう。

私は落掌したまま元本で読んだが、角川文庫でも刊行されていた時期があり(絶版)そちらの方がまだ入手が容易かと思われる。郷原刑事三部作という本格推理の傑作を編みだした結城氏、後に様々なハードボイルドを編みだした結城氏。ちょうど作風がその中間点を彷徨っているのではないかと感じられる。系列立てて結城昌治を読まれる方のみ手に取れば良いのではないだろうか。


01/02/03
多岐川恭「お茶とプール」(創元推理文庫'00)

創元推理文庫で刊行中の多岐川恭選集の二冊目で長編『的の男』(表題作)とのカップリング作品。長編二編につき、評は分割させて頂きました。

三十二歳でセンス抜群の橋元由紀を編集長にいだく週刊レディ社に勤務する輝岡亨は、同僚の卯女子が住む星加邸を訪れる。同じ社に勤務する妹の協子に鍵を借りるというのが名目だったが、彼は屋敷に招き入れられる。卯女子と協子の他に、会社を経営する父親と古風な価値観を持った母親、次男の要とその恋人のまゆり、更に要と結婚したいという銀行頭取の娘、百々子がそこにいたが奇妙な緊張感が漂っていた。百々子はエキセントリックな性格で、要と結婚することを信じており、両親も性格はとにかくその背景から要と結婚させざるを得ないと考えていたが、当の要が首を縦に振らない。自由に振る舞う百々子だったが、飲んだハイボールの味がおかしく、次にはプールサイドから他の娘にしがみつかれて転落し溺れかける。そして、休養の為に持ち込まれた暖かいココアに入れられた毒物で死亡してしまう。そのココアは直前に亨が毒味をして問題はなかったはずだった。

ドライでクールでロマンティックな主人公。事件の謎より人物の謎
使用されているあるトリックに関していえば、かなり「本格」好みの細工が弄されているし、大まかな真相、犯人についてもある程度読み進んで総合的に考えれば想像はつく。そういう意味でのサプライズは(私にとっては)薄かった。それでもこの作品は傑作だと思う。
それは、主人公である輝岡亨をはじめとする登場人物造形の独創性が素晴らしいから。主人公は発生する出来事はおろか自分自身についてでさえ、冷静に割り切って行動する男。夢がないのかといえば、そうではないし、欲望を押さえるわけでもない。決して善人ではないが悪党でもない立体的な人物として描かれており、自分勝手であるのに不思議な魅力を発している。橋元社長、銀行頭取の永井をはじめ、それぞれが色々な思いを抱えていることが 事件そのものは毒殺事件一つで、登場人物が推理をする過程もむしろ不徹底でさえある。事件は終盤にその真相が明かされるのだが、サプライズは事件の真相よりも、対決の後で吐露される犯人の言葉、そしてその真情にある。 この言葉があることで、物語全体の整合性がとられて読了後の後味が不思議と柔らかくなる。淡淡と描かれているように見えた青春物語は実はピカレスク・ロマンの変形だったことに気付く。このことを読者の目から隠し通すことが作者の手腕。
しかし、物語に古さが微塵も感じらず、むしろ現在読んでも非常に斬新。いかに多岐川氏が先鋭な視点と表現力を持った作家だったことが、その点からも伺える。

元版は'61年に刊行された角川新書版で、今回が初の文庫化。個人的な感想を言えば、創元推理文庫の選集、表題作も面白いけれど合わせて収録された作品の方に深みが残る印象。題名が地味を越えてちょっとお間抜けな雰囲気を持つだけに、誤解して欲しくない作品。


01/02/02
恩田 陸「ネバーランド」(集英社'00)

'99年前後より人気の高まりと共に旺盛な執筆活動を行う恩田さんは2000年、矢継ぎ早に新刊を打ち出している。本作は第九作目となる単行本で『小説すばる』誌に'98年から翌年にかけ連載された作品。

九州の地方都市にある進学高校。生徒の一部は学校の「松籟荘」という寮にて生活している。冬休みに次々と帰省する級友を後目に、両親が海外赴任中の美国は居残りを決め込む。遠く博多から来ており明るい性格の寛司、両親が離婚調停中で複雑な立場ながらまめまめしい光浩の二人と共に冬休みを寮にて自炊して過ごすのだ。初日のクリスマスイヴの夜、近所に住みながら母親がおらず、父親も天文学者で不在がちの統が乱入、四人で飲み騒ぐ。そんな中、懺悔をすると言い出した統は「一つだけ必ず嘘を混ぜる」というルールのもと、自分の母親が死んだ時の様子を話しはじめる。翌朝、天井から統が持参したバットマンの衣装を着た人形が首吊りのようにぶら下がっており、統は激怒して帰ってしまう。美国は宿酔いのまま再びベッドに倒れ込み、幼い頃の夢を見る……が気付くと廊下を誰かが歩く足音が。そして学帽を被った人影はどこかに消えてしまう。どうやらそれは寮内で死んでいた同級生の幽霊らしい……。

良い友人を得て、たった七日間で少年たちは成長していく
恩田陸の作品には「学園」が多く登場する。ある意味均質で、ある意味不揃いな人間が集う空間は、ファンタジーとしてもミステリとしても彼女にとって魅力があるのか。本書も「青春ミステリー」という触れ込みながら、一種の青春ファンタジーの印象が強い。
心に傷を背負い、そのことをひた隠しにするか、ないし傷そのものを自覚していない四人の少年。互いに十字架を背負う者同士が「告白」を通じて自分自身を解放していく物語。古傷をお互いに舐め合うその姿は、処理の仕方によっては醜悪にも陳腐にもなりかねないのだが、恩田さんはミステリの風味を効かせることでうまく逃げ、かつ興味深い物語に仕上げている。 また「謎」はその場で「謎」として提示されるのではなく「告白」の中から「真相」を掘り出す形で解かれるため、小さいけれども予期しない驚きがあり、ミステリ読みには嬉しいところ。
高校生の世界というのは、広いようでいて後に思い返せば実はとても狭い。家族と学校。その二つがほとんど。そしてそのたった二つの世界でさえ、安らぎと同時に不安が同居している。自我が存在するにも関わらず、学校に従属せざるを得ず、親に扶養されていることによる負い目や不自由さ。その二つの世界のうち「家族」に関することで傷を負っている彼らが、助けと救いをもう一つの「学校」の世界に求めて行くのはまた必然なのかも。そして求めるだけでなく、共に泣き、共に笑う悦びを友人を通じて知っていく。これも色んな人間の集まる学校ならではの光景だろう。彼らが心の成長を遂げ「安らぎ」を得ていく姿に不思議な安心感を覚える。

ネバーランド。迷子の子供たち、海賊、妖精、そしてピーターパンが住む島の名前。友情という絆で繋がれた彼らは、島を出てもきっと良い関係を続けていけるだろう。彼らが大人になった後の物語も、気が向いたら是非著して欲しいもの。読後感良し。


01/02/01
山田風太郎「忍法陽炎抄」(角川文庫'83)

角川文庫で刊行された忍法帖の短編集の中で最後の一冊にあたり「復讐」がテーマにされた作品が中心となっているという。最後の一編、『「甲子夜話」の忍者』は風太郎による忍法帖に関する異色エッセイ。

江戸を騒がす大盗賊団は北条家の姫を囲う忍者たち。家康の命を受け服部半蔵が向かうが紅蜘蛛を使う手強い忍者が抵抗する『忍者向坂甚内』
元尾張藩の忍者、車兵五郎は「仇討ちを返り討ちにする」と奇妙な札を出し自分の殺した男の家族が復讐に来るのを待っていた『忍者車兵五郎』
大奥に召し抱えられそうになった才媛は女性たちの悪戯にて将軍の前で粗相し自害する。仕組んだ忍者と奥方に元許婚が復讐『怪談 厠鬼』
女嫌いのストイックな範士、平山子龍の弟子、下斗米秀之進は南部潘の密命で仇敵津軽藩に打撃を加えんとしていたが『大いなる伊賀者』
権勢を振るう田沼意知が目を付けた女性に意中の男がいるのを知った梟無左衛門は忍法で一計を案じ処女のまま連れ戻すが『忍者梟無左衛門』
お家断絶の危機にあった有明藩は奥方に独身の侍の種をつけることに。彼らの禁欲前の犠牲になったのは忍者の許婚の美女『淫の忍法帖』
服部家頭領の娘の嫁選びの候補四人。最も合計点があったが抜きんでていない男は参謀格の忍者の跡継ぎに指名され『忍法とりかえばや』
山田風太郎は実は忍法に関する書物を読んでいない! 風太郎による実際の忍法に関する所感が綴られた異色ミニエッセイ『「甲子夜話」の忍者』以上八編。

ナンセンスが極まる程に忍者の悲哀が際立つ世界
エッセイである『「甲子夜話」の忍者』において、著者の「忍法帖観」とでも言うべき箇所がある。世間がどう騒ごうが、忍法など「笑いとナンセンスに過ぎない」というもの。どこまでの本音が込められているかはとにかく、数百もの奇妙奇天烈な忍法を生み出し、数十もの忍法帖作品を生みだしてきた風太郎。そこまで割り切った柔軟な発想の根元が「ナンセンス」というのはあながちおかしくない。
本書でも忍法だけを取り出せば、変テコなものが多い。陰茎を逆に強い力を以て下げる忍法、子宮を引っぱり出して子供に細工する忍法、勃起するとヘルニアにさせてしまう忍法、筒とみると腰が動くようにさせる忍法……。戦いにおいて役に立つとも思えないし、ある意味一発芸である。
それなのに物語全体を通して読めば、その変テコさは全く気にならず、むしろその変テコが物語に奇妙にマッチしていることに気付く。講談を除けば名を歴史に残す忍者が存在しない。風太郎忍法帖もそれと同様、忍術そのものも一度きり、登場人物としての忍者も使い捨て。物語は残れど登場する忍者は大抵、露と消える。この風太郎の潔さ。忍者を引き立てず引っ張らず、一作きりの存在と割り切る一種残酷ともいえる創作姿勢。この結果、物語の中で誰をどう動かすかは常に自由、効果的な切り口を読者に示すことに専念できたのだ。作者の忍法帖への処し方とは裏腹に、ペーソス漂う不思議な物語が常に生み出されていた秘密は、ここにあるように思う。

本書は角川文庫。余談ながら返す返すも講談社文庫での忍法帖の刊行が中断してしまったことは残念。長編に味があることはもちろん、忍法帖短編もそれぞれに異なる持ち味があって外れがほとんどないというのに。さぁ、そこのキミ、今からでも角川文庫風太郎を集めはじめよう!