MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


01/02/28
高垣 眸「龍神丸/豹(ジャガー)の眼」(講談社大衆文学館'97)

第二期まで刊行された講談社大衆文学館。作品によっては既に入手困難作品となっている同シリーズの通巻で掉尾を飾る一冊。ちなみに『豹の目』の豹をジャガーと読むのを知って、奇妙に読みたさを誘われてしまった。いずれも大正後期に『少年倶楽部』誌に連載された作品で、『龍神丸』は高垣氏のデビュー作品にあたる。

500年の昔、龍神丸を操り世界の財宝の半分を手に入れたという伝説の海賊、村上三郎右衛門。その宝は世界のどこかに埋没されて今に至っている。幾多の者共が宝を探して命を落とし、あまつさえその者には「宝の呪い」がかかるという。荒れ狂う海に囲まれた髑髏岩。ここに一人の男が立った。灘の万右衛門。しかし彼を付け狙う男共が既に髑髏岩に侵入していたのだ『龍神丸』
欧米人の多い貨物船に乗り組んだ日本人少年、杜夫。彼は大インカ帝国の王統を嗣ぐ者で白色人種による世界に対し挑戦をする野望を持っていた。船内のゴロツキを柔道で倒したことからあわや乱闘になりかかったところを救ったのは謎の中国人、張老爺。更にこの船は悪の帝王「豹」の手により捉えられた美少女が乗っていた。彼女を救おうと奮戦する杜夫だったが『豹の目』

小説版「ONE PIECE」、そして国威掲揚少年冒険譚!!
『龍神丸』:  「海賊王になってやる!」ってな内容とは微妙に異なるが伝説の海賊、そしてその秘匿された財宝を巡る男たちの争いを主題にし、大きな目的を巡って細かい冒険が積み重なるあたり、雰囲気がすごく似ているように思う。(ワンピをチェックしている俺も俺だが……) 二転三転する舞台。当初登場している人物が結局、正義なのか、悪人なのか? (そもそも序盤で主人公的快刀乱麻の活躍をする灘の万右衛門も本作では主人公ではないのだ) 手を結び手を切り、欲望渦巻く虚々実々の駆け引き。騙し騙される世の中の暗黒面を映し出しながら、それでも「素朴な正義感」を持った主人公は輝く。見せ物や活劇など興味を引く内容、そして分かりやすい形で「世の中」の縮図を詰め込んだ少年小説の王道。道筋を開いたところで残りを創造に託すラストも良い。

『豹の眼』: 現在の日本人にはあまり感じられず、特に戦前の少年小説では正々堂々とアピールしているもの。それは「日本人の誇り」。行き過ぎた美化には鼻白むものがあるし、愚かな戦争を招いた原点にもなるので単純に良いとも言えないまでも「日本人は世界相手に正々堂々と渡り合える」と言い切る力強さには心惹かれるものが確かに存在する。その意気があるからこそ「世界を股に掛けて冒険をする日本人少年」の物語が成立する。インカ帝国の血を引く日本人少年が米国で、清の王朝の後継者と共に戦う。こんな荒唐無稽な設定も、当時の誇り高き日本人にとっては身の丈の物語だったのかもしれない。大きなスケール、魅力ある登場人物、東洋の秘技、タイムリミットが設けられた上での駆け引きや対決。これにわくわくしない訳がない。

いやあ、面白かった。味わえるのは単純なる興奮。そしてその興奮こそが、登場人物や舞台が現代化しようとも、脈々と続く「少年向け」の小説の本質に他ならない。 日本文学の草創期にあたるこの作品は、恐らく戦前・戦後すぐの幾多のエンターテインメント系の作家に多大な影響を与えたことであろう。その意味では、エンターテインメントの祖とも言えるかも。小説はやっぱり面白くなくては。ね。


01/02/27
大下宇陀児「子供は悪魔だ」(講談社ロマンブックス'58)

講談社の昔の新書「ロマンブックス」のシリーズにて大下は探偵小説を三冊出版した。一冊目が『おれは不服』二冊目にあたる本書が『子供は悪魔』、三冊目が『見たのは誰』。だっだっだ

土地持ちだったおかげで何もせずに戦後の高度成長期に億万長者になった男。彼には五人の息子娘がいたが皆揃って強欲のろくでなし。男はもしもの時の為に「子供は悪魔だ」と書いたノートを弁護士に託した『子供は悪魔だ』
街角で春を売る「あたい」とタア坊。あたいがタア坊に世話した失職した電気技師。いつの間にかタア坊と仲良くなり、熱海に連れて行ってくれるというが同行の客がどうも怪しい『売春巷談』
三人兄妹の末っ子で高校生の弟が登山中に転落死。他殺を信じる姉はのんびりした長兄に頼らず同行の弟の友人を疑う。彼の家では過去に赤ん坊誘拐事件が発生していたのだ『山は殺さず』
中風の中華料理店主の隠し財産を住み込みの男とその妻、従兄弟を自称する妻の愛人三人で盗みだす計画。用意周到にレンタカーを借り、計画通りに進展するはずだったが『百舌鳥』以上四編収録。

現代ミステリ的主題を内包し始めつつも、探偵小説の香りをしっかり残す
「悪の天才 犯罪大魔王」VS「正義の味方 名探偵」……というのが、通俗探偵小説の一つの王道。これはこれで、私は大好きである。大下宇陀児の場合も、ご多分に漏れずかってはそのような作品を書いていた(はず)。……入手困難作品が多いので歯切れが悪く申し訳ないですが。
ところが、戦後の大下宇陀児作品は探偵小説の雰囲気や香りを色濃く残しつつも、人間や社会に対する描写を物語の中に取り入れ、犯罪を起こす者の考え方や、事件の悲劇を物語の中で表現する試みを数多く行っている。その傾向は長編で顕著にみられるが、なかなかどうして短編(短めの中編か)の集成である本作においても、その心意気は感じられる。
大金持ちになったばかりに子供の性格が歪んで、親を殺そうとまでする一家。逞しく生きる売春婦が一瞬だけつかんだ幸福。山中で死んだ少年が過去に犯した過ち。……等々、事件の動機というものに大きく重点が置かれている。また昭和二十年代後半から三十年代のアタマにかけての時代風俗が念入りに作品内に反映されているのも、却って現代読むには新鮮さがある。その当時だからこそ、起き得たシチュエーション。必ずしも探偵役に特殊な名探偵ではなく(『子供は…』の俵弁護士は他の作品にも登場するが)、普通の登場人物に任せてしまっているもまた、後のミステリ作家たちの先鞭をつけるものかも。
また『百舌鳥』は犯罪計画の端緒から、実際の犯行、そしてその後の破綻の状況を、登場人物の心理の変転を通じて描くサスペンス。腹肚に一物のある犯罪者同士の微妙な駆け引き、意外なラストまで一気に進む。特に犯罪を犯した後の、動揺する彼らの描写がまた秀逸。

探偵小説作家として大下宇陀児はそれなりにメジャーな存在ではあるが、著書を集めるのはなかなかに難しい。(お金もかかる)しかし、読めば読むほど氏の物語の雰囲気と人間描写の妙に、私はずるずると引きずり込まれて行くのであった。道程は険しいけれど、がんばる。


01/02/26
渡辺啓助「地獄横丁」(桃源社'75)

今年百歳を無事に迎えた渡辺氏の短編集。といっても七十五歳当時に刊行されたことになるか。収録作の半数ほどは国書刊行会の探偵クラブ『聖悪魔』にも収録されている。

洋行中の画家が片目が義眼の娼婦の美しさに惹かれ、請うて同棲を開始。彼女の絵を描き始める『偽眼のマドンナ』
人里離れた洋館で首吊り自殺をしたせむしの醜男は身寄りはないがお金持ち。遺産の相続人をクロスワードクイズに託す『佝僂記』
船長の妾に惚れ込んだ鈍重な男。彼女と共に海に落とされ九死に一生を得、兄の元へと転がり込むが『復讐芸人』
今まで女にもてたことのなかった男が美しい妻を娶ったことから、自らが遊び人のフリをして新妻を嫉妬で苦しめる『擬似放蕩症』
惚れられた姉妹の資金で洋行し遊蕩の限りを尽くして帰国した男は、その姉妹を怖れるあまりに東京に戻ることが出来ない『血笑婦』
寂れた写真館の主人は覗き見した写真を相手に高く売りつけることで生計を立てる。街一番の貴婦人がその犠牲となった『写真魔』
隣に住む牧師にフランス語を習いにくる貞節な女性。二人には日を決めて日常を捨て背徳を楽しむという奇癖があった『変身術師』
考古学一筋の学者が美人妻を貰い彼女と共に研究を開始。彼女の明るい雰囲気にあてられた彼の老師は彼女を襲おうとするが『愛欲埃及学』
天守閣の中に隠した犯罪の証拠、それは殺した女の皮膚。その部分に自分の名前を記した入れ墨があったからだが『美しき皮膚病』
悪魔的な探偵小説作家が残した遺書により、美男の評論家は彼の愛人の住所を訪問。そこは小説家の遺作そっくりの風景があった『地獄横丁』
幸せそうな若い新婚夫婦に対して下宿屋を営む二人は彼らの仲を引き裂くための遊戯に耽る『血痕二重奏』
温泉地で自殺した弟の確認に訪れた兄は、遺書に不審な点があるのに気づき温泉宿の魅力的な女主人にその顛末を尋ねる『吸血花』
若い妻が自分の助手と仲良くすることに耐えられない教授はエジプトの遺跡で彼を騙し討ちにして罠にかけた『塗り込められた洋次郎』
全寮制の女子校にて発生した盗難事件。美しい少女が密告により容疑者となり暗室にあった指紋が決め手となったが『暗室』
哲学者の父親の欠けた中指は遊学中のドイツにある。息子は父の足跡を追って美しい娘のいる下宿屋へ『悪魔の指』
牧師である自分の「裏側」の心情を赤裸々に日記に綴ることで信心を保っている牧師。しかし若い信者がその日記を読んでしまった『聖悪魔』
満足に教育を受けることの出来なかった片目の少年は深夜に小学校を徘徊。しかし暗闇から彼のことを見つめる視線があった『血蝙蝠』
幽霊屋敷と呼ばれる豪邸には美しい婦人と炭鉱事故の為に包帯で顔を隠した主人が住んでいた『屍くずれ』
古風な作風をモットーとしていた陶芸家が後期に入り猟奇的な作品を仕上げるようになった理由とは『タンタラスの呪い皿』 ひ弱ながら不思議な魅力を持つ諸井は、堂堂たる体躯を持つ親分肌の安達に殴られ続けていたが、ある日『決闘記』以上、二十編。

モダンな戦前日本が舞台。お洒落で猟奇な探偵小説群
中田耕二氏による解説によって知ったが(春陽の単行本に解説は珍しい?)、本書収録の二十編すべてが'39年(昭和14年)迄に雑誌『新青年』に発表されたものだという。すべてを読み終えてそれれを知り、ショックを受けた。物語の構造はもちろん、登場する人物の心情など、あまりに現代的なセンスに満ちていたから。 全編の背景にちりばめられたモダンな感覚と退廃した雰囲気、ハイカラでかつお洒落な人々がドロドロの心の地獄に堕ちていく物語がすべてそんなに昔に執筆されたものだとは! 外観と心のギャップが大きければ大きいほど、物語から受けるインパクトは強くなるように思える。善人ぶりつつ心の中はドロドロ。得体がしれないけれど正義漢。ひ弱な大悪人から、嫉妬の固まりの絶世の美女等々。そして本作品集は、その落差が強烈に過ぎる。
上述の通り、二十編の物語の多くは、非情に現代的感覚が横溢している。原点は「美女を巡る嫉妬」「大金を巡る策謀」あたりと平凡ながら、そこからどう事件を発展させて行くか、が非常に巧み。ちょっとした悪戯や事件から、プライドや信用を塗り固めるために泥沼にずるずると陥っていく人々の姿。猟奇的な事件の意外なる真相。あるものは地獄へ、あるものは畜生道へ、あるものは修羅道へ、奇妙な味わいを一編一編に感じさせつつ、それでいて描写そのものは、どぎつさが少なく実にサラリとしている。本格推理的作品もあり、幻想的な作品もあれど、一様に結末への興味は尽きず、そして意外性が高い。しかも個人の短編集として、これだけクオリティの高い作品を軽々と二十編も揃えられるとは。渡辺氏の実力の凄さをまざまざと感じた。

さらに、渡辺氏の文章は幻想味、そして独特のノスタルジーが常に意識され「絵」的に素晴らしい光景の描写が多い。本作ではそれに加えて表現においてもう一つ非常に感動した部分がある。それは擬音。例えば、踏むと音のする階段を何者かが登ってくる時。「キヴ、キヴ、キヴ」 予想もしない事態に直面した人間の感情。「ギョグッ」 庇から落ちる水滴の音「シトッ、シトッ、シトッ」……。これらがまた、渡辺世界を補強するのにどれだけ役立っていることか。

百歳記念的出版・イベントで再注目の気運が高まる渡辺啓助氏。「猟奇的な精神をモダンに上品な物語に」 いかにも『新青年』時代の探偵小説らしい作風がその根強い人気の秘密と言えるのではないだろうか。『ネメクモア』を読むのも楽しみ。


01/02/25
貴志祐介(原作)「映画版 黒い家」(角川ホラー文庫'99)

一昔前ならば「シナリオ 黒い家」とでも題されたかもしれない。貴志祐介の人気ホラー作品(厳密にはサイコサスペンス)『黒い家』が'99年に森田芳光監督によって映画化された際のシナリオが刊行されたもの。なので、本作の本当の著者はシナリオライターの大森寿美男氏

大手生命保険会社の北陸支店に勤務する若槻慎二。彼の会社が扱う案件の中には、保険を悪用して小金を稼ごうとする輩が介在するものが少なからずある。モラルのない病院で保険期限いっぱいまで病気のフリをし、保険金が切れる直前に別の病名で再入院を繰り返す男……。彼のような顧客には整理屋と呼ばれるトラブル処理係が対応する。そんな若槻の元に「自殺で保険金が下りるか?」と尋ねる女性からの電話が入る。悪い予感を覚えた若槻は、相手が自殺するのではないかと思い、思いとどまるよう説得する。そんな若槻を指名して「コモダ」という男から指名で訪問の依頼がある。どこやら怪しげな男の自宅を訪れた若槻は、その家の十一歳の息子が首を縊って死んでいるのを男と共に発見する。

ずっと「袋とじ」の中身が気になっていたので読んでみました
ちなみにワタシ、この映画はまだ見ていません。たぶん、テレビ放映でもされない限り見ないんじゃないかな……。でも、今時珍しくシナリオが一冊本にまとめられて、更に「原作とは異なるラスト」が用意された、という話を聞くに連れ、押さえておく必要を感ていたのだった。
原作では京都だった舞台が、ごくさり気なく金沢へと変更されていること。主人公がトラウマや経歴が描かれず、単なる保険会社勤務の一サラリーマンとして描かれていること……等、テキストを使用した「本」から、映像的な印象を狙った変更が見られた。ただ、保険会社に降りかかる災難、着々と主人公に忍び寄る菰田夫婦の不気味さは、映像の方がより効果的に表現できるかも。菰田夫婦の過去のフラッシュバックは原作の方が良さそうに思えたがあくまで個人的な印象に過ぎない。最初のクライマックスを終え、恋人である恵と若槻とのその「事件」後のエピソードまでが、普通に綴じられている。そこからはページがミシン目つきとなる。上下から覗いてもちょっと見えそうにない。

さて、お楽しみの袋とじ。中身は何かな……?
袋とじの中身の一部だけをお見せすれば(ネタバレではないですが念のため反転) ラストのクライマックスとなる菰田と若槻の戦いの場面、ここに原作にはなかった不思議な小道具が登場する。更にもう一つ、恐らくタイトルロールの直前になるのだろうか、本当にラストシーンが異なっている。もしかするとサイコサスペンスのはずが、ここでSUPER NATURALに転化している……とまで言うのは誉めすぎかな。

本シナリオを著した大森氏は、同じく森田氏とのコンビで『39 刑法第三十九条』も手がけているとのこと。この手の映像は既に手の内に入っているということかもしれない。ところで山崎まさよしって何の役で出ていたんだろう。貴志氏自身は営業マン役で出演しているらしいけれど。あと、名女優大竹しのぶは掲載されているスチール写真だけで充分コワイ。


01/02/24
仁木悦子「銅の魚」(角川文庫'84)

当時角川文庫で十三冊刊行された仁木悦子作品の最後に出版された一冊で文庫がオリジナル。'57年に第3回江戸川乱歩賞を『猫は知っていた』で受賞した仁木さんは、本作刊行の二年後、'86年にこの世を去られることになる。

少年視点もの。一歳になったばかりの妹が誘拐された。警察に届けず身代金を用意、受け渡しを指名されたのは僕だった『誘拐犯はサクラ印』
主婦・仁木悦子もの。火事のため顔面に火傷を追い天涯孤独になって自殺未遂をした昌江。祖母が亡くなったので訪問したいという『二人の昌江』
推理小説作家単発もの。山奥に暮らす老人が殺され、そこを訪問していた老婆もまた殺された。逗留中の作家は推理を凝らす『山峡の少女』
少女視点もの。友人宅にある倉の中にはかって本好きな老人が住んでおり、現在は友人の兄が怪しげな手品を練習している『倉の中の実験』
少年視点もの。田舎の祖母宅の隣に住む女の子が気になる少年。祖母の倉から出た矢立が偏屈なおばさんに取られかけてしまう『銅の魚』
女性視点単発もの。二人暮らしの母を強盗殺人で失い天涯孤独となったあかねの周囲に母が交際していた男性の姿が見え隠れする『あかねを歌う』以上六編。

仁木悦子短編における事件と主人公の絶妙マッチングについて
仁木作品の文庫読み残しが徐々に減ってきたことから大切に取っておいた作品の一つ。ということで改めて仁木悦子作品における魅力を認識することが出来た。仁木悦子が仁木雄太郎・悦子兄妹シリーズ(学生世代と学者・主婦世代で事実上二つ)、私立探偵 三影潤シリーズ、そしてもっとも仁木悦子らしさがにじみ出る少年少女を主人公にした本格・サスペンス……等々、数多くの短編を残しながら仁木さんは本当に多様な主人公を巧みに使い分けしていた。少年少女の瑞々しく、そして小生意気な感性をミステリで表現させては現代に至っても仁木さんの右に出る作家はいないだろう。本書ではないが、障害を抱えた人物を主人公にしてミステリ内部で活躍させるなど、その創作の独創性は他の追随を許さない。
この主人公の多様性が、仁木作品の短編を光らせているのではないだろうか。どちらを発想するのが先だったのかは今となっては分からないが、仁木作品では大人には大人に、子供には子供に(多少の背伸びをすれば)理解出来る範囲の事件を組み合わせ物語が成立させる。この主人公とトリックのマッチングが仁木作品の心地よさを生み出しているように思う。本格寄りのトリックから、プロットで魅せるミステリ、更には手掛かりを小出しにして、最後に構造全体を明らかにする作品まで、様々なタイプの短編ミステリを仁木さんは著してきたが、どれもこれも主人公たちに相応しい「謎」を用意しているから読みやすく面白いのだ、というのは誉めすぎだろうか。

新刊で購入可能な出版芸術社などから刊行されている作品集は、実はどれもまだ未入手。逆にリサイクル系の古書店の方が仁木作品をよく見かけることが出来る。とにかくどの短編集でもいいです。手にとって読むこと。仁木ワールドの心地よさに全てのミステリファンが触れてくれることを願ってやみません。


01/02/23
内田康夫「死者の木霊」(講談社文庫'83)

浅見光彦を主人公とする旅情ミステリーシリーズにより、今や「超」のつくミステリ界でも一、二を争う人気作家、内田康夫氏のデビュー作品。'80年、栄光出版社からひっそりと刊行された新人の作品が文庫化されて数十の版を重ねることになるとは。

信州の小京都、飯田市郊外にある松川ダムにて釣り人がバラバラに切断された腐敗死体の一部を発見した。彼らは俳句仲間の飯田署の竹村巡査部長に連絡を取る。次々と残りの部分が発見されるも、身元の確認は難航する。そんな中、東京のタクシー運転手が死体の運搬をしたかも、という情報を伝えてきた。捜査の結果、被害者は総会屋の野本孝平。事件後、孝平の甥、野本敏夫夫婦が、勤務先の五代商事の管理人室で彼を切断して逃亡していることが判明した。捜査本部は叔父甥間の借金に関連する怨恨が原因と結論付け、敏夫夫妻が戸隠で首吊り自殺死体となって発見されたことで事件は終了したと判断して捜査本部を解散する。竹本と、警視庁の切れ者、岡部は一抹の疑念を感じて、野本夫妻の勤務先の五代商事をあたり、人事課長が虚偽の供述をしていたことを突き止める。敏夫に前科があることから総会屋としての野本孝平を疑うが、その疑いも別の証拠により否定されてしまう。

内田康夫のデビュー作は驚くほど骨太の警察ミステリだった
こ、これは松本清張作品か? ダムで発見されたバラバラ殺人事件。警察や捜査、死体の状況に至るまでの描写は重厚でリアル。徹底した取材による裏打ちからか、丁寧かつしっかりと事件が描かれる。登場人物に特に凝った経歴の人物を配している訳ではないにも関わらず、その性格や癖、家庭環境まで細かく描き込まれた一人一人の人物造形が分厚い。手抜きなし。
警察サイドからみた捜査の時系列で物語は進展する。手掛かりや重要なポイントの判明、容疑者の特定と警察全体の組織力による捜査が描かれる一方で、主人公 竹村のたくましい想像力や、そしてそれを裏打ちする個人的捜査と両側から物語が進む。ミステリ的には本格パズラーではなく、徐々にに明らかにされていく伏線から全体の構図が少しずつ見えてくるのを楽しむタイプか。地道な捜査や思いつき、ちょっとした偶然の積み重ねで物語の真相に近づいていく竹村の姿、そしてその物語を支える思想に、冒頭に述べた松本清張を嚆矢とする「推理小説におけるリアリズム」の思想が強く反映されているように感じられた。
物語の進展と共にいつしか事件も多数発生し、ミッシングリンクなど意外なところに仕掛けがあるなど、人気作家の量産された軽め作品だろう、と舐めてかかると足下を掬われる。思いの外の読み応え。全体的に地味な点や、バラバラ殺人の理由などにさりげなく安易さがあるなど完璧な絶賛とまでは言えないまでも、十二分に評価されうる作品

余談になるがデビュー作品冒頭のシーン、実はベッドシーンなのだ。いろいろな意味で意表を突かれた作品ではあるが、もしかしたらこの冒頭が最大のショックかも。

今まで赤川、西村など当代の人気作家の初期作品を読んだ時の感慨がまたここにも。著者自身によれば、近年の浅見シリーズなどは「ミステリーの名を借りたふつうの小説」なんだそうだが、人気ミステリ作家の初期作品はやっぱり侮れませんね。 デビュー作品、たぶん込められた気合いが後のものとは違うからでしょう。主人公の竹村は浅見シリーズの『軽井沢殺人事件』にも登場するらしいです。


01/02/22
多岐川恭「イブの時代」(ハヤカワ文庫JA'77)

著者によるあとがきによれば、'61年頃、中央公論社『週刊公論』に連載したものに加筆されたものがまず同社より単行本化され、'69年に今度は早川書房の「日本SFシリーズ」の一冊としても刊行されたという。その作品が更に文庫化されたのが本作。

西暦2161年。二百年前に冷凍睡眠に入っていた二十九歳の元検事、時雄は素っ裸で靜かに目を覚ました。状況の把握出来ない時雄に対し、志戸ケイと名乗る魅力的な女性が、現在がどのようなところかを説明する。高度の文明の発達と平和、そして文化の爛熟によって犯罪が激減している東京。この未来都市では犯罪を犯した者は自ら名乗り出て、退屈な日常から逃れるのが通例であったにも関わらず、ある殺人事件の犯人が自首してこないという。過去の職業を見込まれ、犯人特定ポリスから依頼される時雄。殺されたのは人気ヌードダンサー、乳色のイブと呼ばれる女性。三人の裸のバックダンサーを従え、衛星放送で男性人気ダンサーのダンと交わっていたところを何か細いもので一突きにされたのだ。未来文化――貧富の差がほとんどなくなり、一日にわずかの労働しかせず、男女とも素肌の見える透明に近い衣服をまとう人々。そして「いつでも誰とでも気に入ればどこででも」というセックスに関する観念の変化に時雄は激しい戸惑いを感じつつも捜査を開始する。

「多岐川恭のSF」、実はScience Fiction じゃなくて、Sex Free?
冷凍睡眠に至る経緯にトラウマを持ち、すけすけルックにフリーセックスの世界観に驚きを覚えつつ、意外とスマートに、そしてクールに事件に取り組む主人公の姿に、多岐川ミステリに登場する一連の男との共通性を見いだされ、まずは安心。その他の登場人物の造形などもわりかしいい感じ。反面、背景となる未来社会の構成であるとか想像上の機器であるとか進化した文化であるとか……本当に「SF」としての想像力やセンスが問われる部分、このあたりのセンスについてはちょっとだけ「?」な印象。セックスに関する部分を除いた世界観が、ちょうどワタシの少年時代に図書館にあった「これが21世紀の人類の生活はこうなっている!」といった図版のイメージとそっくりなのだ。継ぎ目のない合成繊維の服。空を飛ぶ車。立体テレビ。単純化された食事。「SF的な素養がない」とあとがきで告白している多岐川氏の限界なのかもしれない。
とはいえ、その舞台そのものがダメという訳ではない。設定こそ未来ながら、筋道は正々堂々のミステリであるのだから。未来世界で起きた殺人事件を捜査する二百年前の男。しかも密室殺人。同じ部屋にいた人間は真っ裸。状態はテレビカメラで監視されていたという不可能犯罪。……と期待を煽っておきながら申し訳ないが、どうやって、という点に関しては残念ながら肩すかし。しかし、徹底的なこだわりが込められた「フリーセックス」つまりは「解放された性」という世界観の中に、その動機を持ってきており、この舞台との不可分性をキープして、こちらで気を吐いている。
読み終わってみれば確かに瑕疵もあるが、取り組もうとした課題が大きすぎたため致し方ない面もありそう。とはいえ物語の流れの中で興味が湧く部分が数多くある。また、リーダビリティも高く、ミステリやSFといったくくりにこだわらずに読むと楽しいはず。

kasibaさんより企画応募記念プレゼントにて頂いた本で読了。古書価で購入しようか迷っていただけに幸運でした。ミステリ的、SF的に偏った評価の中ではちと弱いかもしれませんが、多岐川的雰囲気が作品内に満ち満ちていて十分に楽しめました。ファンなら探してでも読むべし。


01/02/21
古処誠二「UNKNOWN(アンノン)」(講談社ノベルス'00)

第14回メフィスト賞受賞作品。古処氏は本書が当然デビュー作品ながら二作目の『少年たちの密室』にて「2001本格ミステリ・ベスト10」にて6位に食い込むなど評価を高めた。但し「このミス」ではランク外ながらこちらの『UNKNOWN』の方が得点上位。

遠州灘に面した自衛隊レーダー基地の大山部隊長の電話機に盗聴器が仕掛けられていたことが発覚。自衛隊内部に存在する「敵」の存在を暴くべく、防衛部調査班の朝香仁二尉が基地に派遣された。朝香のサポートを命じられた「俺」こと野上三曹は「防諜のエキスパート」である朝香の物腰の柔らかさに戸惑いながらも、彼に心服する。隙のない身のこなし、基地そのものの歴史を深く調べ上げる周到さをもって現場となった警戒警備隊の職場を調べ上げる朝香は、盗聴器から不自然なノイズが出ていたこと、その盗聴器を仕掛けられるタイミングがごく限られていること、盗聴内容を捉えるためにはごく近くに「敵」がいなければならないことなどを看破し、愛飲のコーヒーと共に真相に迫っていく。

実は「いわゆる日常の謎」系ミステリ。自衛隊という世界が鍵
自衛隊が舞台となっていることは以前より伺い知っていた。当然、武器を使用したアクションなどが登場する仮想戦記のようなものが背景になっていると思い込んでいたが、しっかりと裏切られた。(ワタシの場合良い意味ですね、これは)
確かに自衛隊の閉鎖された基地内での事件が舞台。対外的に情報を守秘することにかけては日本国内で最高レベルの強固さを誇る基地のこと、事件の発生そのものは異常事態だといえる。陰謀か? スパイか? 普段はあまり感じない愛国心が首をもたげて、ちくちくと自分の胸を刺す。日本の防衛のために神経を磨り減らす生活を送る一群の男達。作品内で説明されればされるほど(間接的に)機密保持がここまで徹底しているものなのか、と一種の驚きをも感ずる。一般人にはなかなか伺いしれない世界を透き見するのはエンターテインメントにおける楽しみ方の一つだろう。
ここで発生する盗聴事件。盗聴そのものは、我々の日常世界でも既にメジャー? な軽犯罪として存在する。事件として物語に相応しいのだが。犯人はとにかくその真相そのものを看破することはそれほど困難ではない。別に自衛隊を他に、例えばホテルの一室など身近な例に置き換えたとしても成立するタイプの謎でもあるし。従って事件そのものは今や「日常の謎」レベル。ここで感じる危惧。これでは自衛隊を舞台にした意味が全くなくなってしまう……。ところが、作者は動機を物語世界の中にきっちり埋め込んでいた。このWHY? があることで物語から受ける感慨が大いに高まっている。更にこれが「理解されにくい自衛隊から、一般市民に送るメッセージ」にもなっている点にも注目したい。

最近の「分厚い」新本格に辟易しているところでこのシンプルな作品はうれしい。決して描写を端折っているわけでなく、必要最低限の部分はきっちり押さえてある。このセンスは買える。最近のメフィスト賞は、現代ミステリの登竜門として、意外とオーソドックスな方向に立ち返りつつあるのかもしれない。