MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


01/03/10
麻耶雄嵩「木製の王子」(講談社ノベルス'00)

'91年にデビューしてから九年、'97年に発表された前作『鴉』から三年。久しぶりに発表された、麻耶氏の第六長編(短編集を加えると七作目)。

ローカル雑誌『京趣』の編集部に配属された二十歳の青年、安城則定。彼は赤ん坊の頃、京都で誘拐されてそのまま犯人夫婦に育てられたという過去を持っていた。奇妙なことに後から調べてもその時期に誘拐事件の記録はなく、彼の持つ唯一の手掛かりは奇妙な紋章のついた指輪のみ。自らの生い立ち捜しに行き詰まり、消沈していた彼は『京趣』に掲載された、指輪と同じ紋章をつけた奇妙な館の写真を見つける。僻地に建設されたその屋敷には、芸術家 白樫宗尚とその家族が十人余りで暮らしているという。記事を書いた倉田という男と安城は、館の一族の晃佳という女性と知り合い、遂に二人は白樫家に招待されるに至る。頃合いをみて安城が自分の事情を晃佳に明かした途端、彼女の表情が変わる。そしてそのほんの数時間後、晃佳の切断された首がピアノの上で発見され、胴体は焼却炉で焼かれていた。ところが館に居た誰もが分刻みのアリバイを持っており何人もその殺人を為しえないことが判明する。

これぞフィクションの中のフィクション。麻耶雄嵩の「らしさ」爆発の一作
ミステリはフィクションである――当たり前と言えば、当たり前。なのだが、「普通でないミステリ」を自らの作風とする麻耶雄嵩はこのコンセプトを逆手に取って読者を煙に巻く。
重箱をずらして重ねたような変てこな屋敷。わざわざ不便な地に住む一族。近親者同士で閉じられていく家系図。居住性を無視して配置された部屋。生首と焼却された胴体。そしてそれは分単位のアリバイがそびえる不可能犯罪。フィクションの固まりのような舞台・登場人物・事件。この世界に飛び込む生き別れの親を捜す青年と曰くありげな雑誌記者の二人は、舞台装置と対比するといかにも現実的で生々しい。しかしフィクションの世界における謎は、彼らの持ち込む現実の論理では容易に解き明かされるものではない。――それでもミステリ慣れした読者にとっては、物語の一部の謎を解くことはたやすいかもしれない――。それでいい気にさせられつつ、最後に作者の仕掛けた、まさにフィクションの罠に気付いた時に愕然とさせられる。 これが麻耶雄嵩の真骨頂。この愕然が最高に嬉しい。
日進月歩でミステリは変貌を遂げていると感じる。近年、ミステリ内部に存在する方程式は益々複雑化し、必要とされる解は増え、最終的に得られる真相についても大型化が進んでいる。その結果、読者は作者の仕掛ける「驚き」に慣れ、作者には従来以上の想像力が要求される。それをコンセプト一発で切り返してしまう。この「切れ」こそ麻耶の希有なる才能だろう
各章の冒頭に挿入される画面も、放映前のドラマのメイキングを見せられているかのようで、特に物語終盤で効果を発揮している。このあたりの小説構成にも巧さが感じられる。

麻耶雄嵩の作品世界は連続しており、如月烏有をはじめとする従来作品に登場した人物たちが物語外縁に多数登場する。ただ、彼らの本ミステリにおける役割は低く、本作単独で読んでも全く差し支えはない。寧ろ彼らは今後の新たなる事件の為に存在確認を義務づけられているのかも。が、ラストで悩みつつも大空に飛び立つ烏有の姿は、内部に向かって崩壊した事件との鮮やかなコントラストを成している。

(この原稿はbk1開催の第一回インターネット書評コンテストに応募した作品を改稿したものです)


01/03/09
藤本 泉「オーロラの殺意」(ハヤカワ文庫JA'78)

'66年に『媼繁盛記』にて第6回小説現代新人賞を受賞にてデビューした藤本さんが、'77年『時をきざむ潮』にて乱歩賞受賞、第二のブレイクを果たす以前、'74年に発表された初期の長編作品。

月村皓はシベリア鉄道に乗り、ソ連の首都モスクワに向かって旅していた。――又従姉妹にあたる不思議な女性、藍子が父の書棚から発見した古書。それは冒険家であった曾祖父の月村輪介がソ連の辺境、ヤマロネネツ民族管区に旅し、地元の娘と結婚したという記録だった。彼の地に興味を抱いた藍子は、日本国内の伝手を辿ってモスクワに旅立った。しかし精神病患者として強制送還の上、数ヶ月後に病院から抜け出したところで交通事故に遭い不審な死を遂げる。藍子と交際していた兄、照もまたソ連に向かうが藍子と同様に事故で亡くなってしまう。年の離れた藍子に憧憬を抱いていた弟の皓もまた、兄の日記から手掛かりを見出し、正体不明の情報機関の手を借りてソ連へと向かった。シベリア急行内部で接触するはずの手引きの人間と出会えなかった皓は、KGBの監視員と共にモスクワに滞在するが、ある日連絡の紙が届く。

弱き土俗的集団に潜む強い意志。後の藤本文学の原点
同時期に執筆が続けられていた「えぞ共和国」シリーズと近しい土俗的な閉鎖社会、及び彼らの外部亜圧力への抵抗という素材を、執筆当時、現在よりも遙かに秘密めいていたであろう「ソ連の少数民族」に求めた作品。内容的にはミステリとしての体裁をとっておらず、一人の青年を通して異民族社会を覗いたドキュメント的な印象を覚えた。その結果、後半に向けて秘密が明らかになる……という爽快感がはじめから存在しない代わり、その世界の生々しさが際立つ物語となっている。
特に、シベリア鉄道をはじめとする厳寒のソビエトの地方部の描写が斬新かつ圧巻。特に後半の一族の逃避行に至っては、想像もつかない幻想的風景から秘境探検ものに近い雰囲気さえ持っている。また実際に取られるだろう固有の風習の細やかな描写、要所に挿入されるロシア語のルビがまた異国の雰囲気をもり立てている。これらが可能なのは、藤本さんの経歴に求められるのだろうか。
一族と行動を共にして別の価値観に触れ、死線をくぐり抜けた結果、自覚のないままに主人公の精神は変質してしまう。帰国後の彼の心情から読者が何を読みとることを藤本さんは期待しているのだろうか。何とも歯切れの悪い幕切れを一種の「呪い」だと考えれば、やっぱり「えぞ共和国」に繋がるように解釈出来る。

ハヤカワ文庫JAの初期作品はなかなか現在入手が難しく、この文庫版にしてもかなり珍しい部類。佳作というより実験作のニュアンスが強く、他の作品を既に手に取られている方が「えぞ共和国」シリーズを読了した後に手に取る程度で良いのではないでしょうか。


01/03/08
泡坂妻夫「蔭桔梗」(新潮文庫'93)

第 回直木賞受賞作品の表題作を筆頭に'86年から'89年にかけ『小説新潮』誌等に掲載された作品を集め、'90年に新潮社から刊行された作品集。三年後に文庫化されたのが本書。

死に際に全く縁の無かったと思われる新内を聞いていた『増山雁金』 人妻は不倫相手と旅行中に交通事故で相手が死んだ『遺影』 袖丈の長さの違いで謝罪に出向いた客は旧知の女性だった『絹針』 一本の簪から、戦時中の一人の男の経験した淡い恋に想いを馳せる『簪』 絶縁していた呉服屋に出入りすることになった紋章上絵師は時を経て過去の過ちに気付く『蔭桔梗』 広告の字体が気に入って練習していた少年の奇妙な経験『弱竹さんの字』 最高の義歯を作る歯科技工士の職人は引退を考えているという『十一月五日』 浸抜屋の男の腕を確かめるため大手呉服店から来たという女は『竜田川』 若い女性から小旅行に誘われていた男は妻が癌であることを知る『くれまどう』 仕立屋を営む典子は旧知の職人の引退を機に過去に店にいて別の店に養子に出た職人と連絡を取る『色揚げ』 学校の校舎の引退式、石塚は戦争直後に学校に来ていたオットという少年の話をする『校舎惜別』以上十一編。

大人の心の微妙な動きがそのまま紙の上に拡がる
例えば、トリッキーなミステリによるサプライズを得意とする連城三紀彦氏が直木賞を受賞した『恋文』は非ミステリ。同じくトリッキーさにかけては引けを取らない泡坂氏の直木賞受賞作となる『蔭桔梗』もそれと同様、非ミステリ(とはいえミステリ的な仕掛けは皆無ではない)である。それまでも『乱れからくり』や『折鶴』などで候補になりながら、ようやく直木賞を射止めたのがミステリ味を最も廃した本書。(ミステリ作品の受賞が当たり前の現在の直木賞からすれば隔世の感もあろうが、このエピソードはよく「ミステリ不遇の時代』の傍証として使われる)
ただ、本書で描かれる「時代に取り残された職人たちの世界」「大人の男女の切ない恋愛物語」は、現代を舞台にした泡坂作品においては様々な形で取り入れられており、全くそれまでの系譜と無縁のものではない。この点についてはファンも納得出来るだろう。収められた作品は「職人」「恋愛」上記どちらか、ないし両方を含む作品がほとんどであり、醸し出される情感は短編ながら(短編だからこそ)圧巻。そこにミステリ的な仕掛けが多少施されていたとしても、それはあくまでその「情感」をサポートする演出の役割に過ぎない。中心に据えられているのはあくまで「情感」で、小説にそれを求める人にとっては万感の印象を残すことは間違いない。「直木賞」という肩書きがそのことを端的に証明している。

だが、私は泡坂ファンであると同時にミステリファンである。その観点で見た場合、泡坂作品が最もその実力を発揮するのは「ミステリ」と「情感」はあくまで対等である場合。本作品は素晴らしい。特に文学的に見た場合は。 でもミステリファンとしては、この作品がその「受賞」故に泡坂氏の代表作とされることに抵抗を覚えるのだ。

ただし、本作でも『竜田川』『くれまどう』『色揚げ』『校舎惜別』などは、職人世界の豊かな情感とミステリテイストによる結末がマッチしており、非常に印象深いものがあります。なので、ミステリファンが読んでつまらなく感じる作品集とは決して違うことも合わせてお断りしておきます。


01/03/07
多岐川恭「江戸妖花帖―目明かしやくざシリーズ―」(桃源社ポピュラーブック'75)

多岐川恭の時代物での代表作は『ゆっくり雨太郎捕物控』ということになるのだろう。それとは別のシリーズで「目明かしやくざ」こと伊佐吉が主人公を務める連作短編集。

鉄火場に出入りしたり女性問題を起こしたりする伊佐吉の伯父は、腕利きの岡っ引き弥七。伊佐吉の性根そのものは曲がっていないことを知る弥七は、自らの扱う事件の性格によって彼に手伝いを頼んでいた。そして意外にも伊佐吉には推理の才能があった。
鉄火場でツキまくった伊佐吉は力士の妾と称する女性との賭に勝ち一夜を共にするが翌朝、彼女が殺されていた。逃げ出した伊佐吉だが下手人の背が低かったことを覚えていた『力士の妾宅』
御乱行の姫君が出奔したその日に殿様が重体となった。姫君は侍女と共に会員制乱痴気騒ぎが行われている屋敷にいるらしいため頼まれた伊佐吉が潜入した『裸屋敷』
足の悪い女性囲碁師匠に入れ込む商家の旦那。奥方が弥七に手を切らせて欲しいと頼み込み、女性の亭主役を伊佐吉が務めるが何かおかしい『蟻地獄』
女郎屋からの朝帰りの伊佐吉は、心中者の検分をしている弥七らに出くわして手伝わされる。伊佐吉は本職の岡っ引きも気づかなかった手掛かりを発見『心中者は花の香り』
飲み屋の喧嘩で相手をのした伊佐吉は、一風変わった別の客から賭場に行こうと誘われる。連れられた長屋は金をやり取りせずに好きに遊べるパラダイス『狂った長屋』以上五編収録。

江戸の遊び人が持つ独特の「粋」が楽しい捕物帳
自分自身のアタマの中で「典型的」というものが固まっているほど読み込んでいない捕物帳のジャンルではあるが、これはちょっと違うぞ? といきなり思った。その「違うぞ?」の原因となっているのが、伊佐吉という遊び人のキャラクタ。女にだらしなく、金にもだらしなく、腕っ節が強く、賭け事が好きで、女にもてる。どう考えても正義の味方ではないこの男に、卓抜な推理眼を付け加えたことによって物語のテンションが非常に高い。というのも、伊佐吉がマトモな暮らしを送らないおかげで、巻き込まれ型の事件に難なく移入が出来るからだ。
事件事件のシチュエーション、特に事件の場所に妙に凝っているのも特徴。『裸屋敷』は乱交目的のヌーディストクラブだし、『狂った長屋』は無料で飲み食い賭け事女遊びなんでもOKの空間。『力士の妾宅』も『心中者…』も『蟻地獄』も事件の発生した「場所」が大いに物語の鍵となっている。場所の特異性があまりにも極端なために、現代では説得力がないため江戸に時代を移したのではないか、とも考えられるが。
さらに、ミステリ的には意外と本格に近い試みが為されている点にも驚き。『力士…』はバカミス的だが、他の作品におけるWHO DONE IT? はいかにもロジカル。ちょっとした伏線がしっかり犯人指摘のポイントとなっており、作品のバカ騒ぎに比してあまりに端正な論理が作品の印象を落ち着かせているように思う。

この前編として『目明かしやくざ』という題名の短編集が同じく桃源社から刊行されている。また光文社時代小説文庫で両方とも刊行されているのだが、そちらは『目明かしやくざ』という題名のベースとなっているのが本書、そして『江戸妖花帖』のベースとなっているのが桃源社版『目明かしやくざ』だという。ややこしい。更に徳間文庫でも刊行されているのだが、それは果たしてどっち?


01/03/06
夏樹静子「蒸発 ある愛の終わり」(角川文庫'77)

天使が消えてゆく』で惜しくも乱歩賞は逃したもののデビューを果たした夏樹さんの第二長編にして第26回日本推理作家協会賞を受賞した作品。夏樹さんの代表作品として必ず取り上げられる。'72年発表。

搭乗時に確かに百三十名居た乗客の一人がフライト中に消え失せてしまった。――
ベトナム戦争を取材していた日本ジャーナル外信部記者、冬木悟郎は一旦は死んだと報道されながら、奇跡の生還を果たした。彼の脳裏にあったのは妻子ではなく、交情を暖めていた美しい人妻、朝岡美那子。万難を排し、彼女と暮らすことさえ考えていた冬木は、彼女は夫と一人息子を残して蒸発してしまったことを知る。彼女との会話の中から冬木は彼女に一方的に想いを寄せていた丹野靖久という男が関係しているのではないか、と疑念を持つ。ある日、偶然冬木は羽田空港で美那子を目撃、必死に彼女を追うが叶わず、北海道支局に頼んで彼女を追わせる。しかし千歳に降り立つ飛行機から彼女は降りて来なかったと連絡が。一方、北九州では丹野玲子という女性が、知り合いの刑事に工場を経営する兄の靖久が蒸発してしまった、と相談を持ち掛けていた。

不可能事件の導入から、気付けば男女と、そして母親の愛の物語へ
旅客機の中での乗客消失という冒頭が余りにも鮮やかで、不可能犯罪を中心とした作品ではないか、と読み進めていたのだが――実は「謎の行動を取る一人の女性」「その女性をひたむきに追う男」の二重螺旋に「別の蒸発をきっかけとする事件」が三本目の螺旋として加わった、かなり複雑な構成の物語であった。
物語の背後に隠されて、最後に明らかになる女性の行動の真実から来る哀しさ。そうせざるを得なかった彼女の切ない感情。ひたむきに彼女を追う主人公男性の心情。いくつもの利害関係や錯綜する愛情から、様々な行動を取る男女。二つの「蒸発」を通じて浮かび上がってくる人間模様の奥深さが、本書を傑作と人々に呼ばせるのだろう。

以下、。私の感性の問題、と断っておく。
個人的に、どうも主人公男性の感情や行動に違和感を覚えて仕方がなかった。不倫の為、警察と連絡を取らないで自分で調べようという点は分かるのだが、もっと根本となる美那子を強烈に愛する情動の部分が伝わって来ない。特に不満も無さそうな妻子との生活を擲ってまで彼女と暮らしたいという感情を、どうして彼が持つに至ったのか。容貌や一時の欲情だけでなくプラスαがなければ、普通の男性はこのような状態にならないと思うのだが。
もう一点。航空機及び時刻表を使用した物理トリックは、発表された「時代」が色濃く反映されており、現代にそのまま当てはめられない。このあたりも、今の読者が読み返すにあたって引っかかることがあるかもしれない。

いずれにせよ、複雑な男女感情を下敷きに(特に美那子の取った行動は、夏樹さんならではの感性だろう)、物理トリックを組み合わせて不可能的興趣も合わせた秀作ではある。ただ個人的にはサプライズの持ち込み方が巧みさで前作『天使…』を上とみる。推協賞を受賞しているため、双葉文庫の受賞作全集にて現役入手可能。


01/03/05
高原弘吉「アトリエ殺人事件」(集英社コバルト文庫'79)

『あるスカウトの死』にて'62年にオール讀物新人賞を受賞しデビューした高原氏が唯一残したジュヴナイル短編集。野球ミステリやB級ハードボイルドを得意としていた氏の作品のイメージは失礼ながら”初版作家”なのだが、入手した本では三刷り。意外と売れていたのか、コバルトブランドの威力なのか?

父親から縁談を強要されている敏夫の姉が本当に心から好きなのは佐久間という画家。彼は湖畔で絵の創作に熱中。敏夫が誕生日に姉からのお祝いを届けにいくと佐久間は血まみれで倒れていた『アトリエ殺人事件』
受験勉強の合間に双眼鏡で近所を覗き見する少年。同級生のヌードを見ようと団地方向に視線を投げたところ、泉のようなところでウェディングドレス姿の女性が死ぬのを目撃した『双眼鏡は知っていた』
革命的なダイオードを開発していた男が書類一式を盗まれ記憶喪失に陥れられた。私立探偵千里悠介は親会社の依頼で書類を取り返しにブローカーの本拠に潜入、虚々実々の対決を行う『かくしマイクのわな』
千里の助手、砂村千鶴子がアパートから外を眺めていたところ、年輩の男が雨の中必死で庭に大きな穴を掘っているのが見えた。しかも彼はその上、必死になって大きな樫の木を切り始めた『古屋敷ののろい』以上四編。

やさしいジュヴナイル、いくつかのオマージュ、そして……千里悠介!!
ちなみに千里悠介とは、あの『俺は挑戦者』にてさまざまな世界的謀略からニッポンを救った英雄的私立探偵である。 本作ではあんまり英雄ではないし、前作そのものが極限的マイナー作品なので知らなくて普通ですが。それに、産業スパイをネタにするなら南条鉄也を出して欲しかったなぁ。(ジュヴナイル向きじゃないって)

まずは冒頭の『アトリエ殺人事件』。少年が主人公の「甦る死体」もの。少年が訪れた時に死んでいた男は、別の男の前に生きて姿を現し、更に別の男の前では既に死んでいたという……。ミステリ的には非常に弱いけれど、このロジカルに証拠が積み上げられていく過程はなかなか楽しい。覗き趣味の窃視少年が登場する『双眼鏡…』。作中で、二つの超有名作品がネタバレで取り上げられており、その二つを組み合わせたオマージュとして読むべきだろう。現実に落ちる真相は仕方ないものの、もっと中盤の不可能的興味と幻想風味を引き上げて欲しかったような。
そ・し・て。残り二編が千里悠介ものとなる。『かくしマイクのわな』。「看板がウインクする」と幼児が主張するという魅力的な発端から、なぜか産業スパイ事件へと移行していく強引さ。おお、高原B級ハードボイルド典型的展開じゃないか。敵のアジトへの潜入という探偵小説タッチのどきどきするような冒険を経て、敵味方が双方舌を巻くお得意のしたたかなラスト。そう、高原ハードボイルドのラストはこうでないと。ここで手を叩いて喜んだアナタ。病んでます。そして、一転『古屋敷…』。どうも本作品、皆さん双眼鏡での覗きがお好きなようで。ただ、こちらもダンセイニのある作品のオマージュを感じさせる冒頭。ハードボイルドの趣きは薄れて(というか全くないのが残念)いるが、ジュヴナイルらしい暗号が登場、ジュヴナイルらしい教訓を残して再び幕を閉じる。
ということで、それぞれに甘さがあるながら、本格推理指向、幻想小説指向、ハードボイルド指向、少年探偵団指向といろいろと「ミステリの楽しさ」を伝える内容となっている。

古書店のコバルト文庫が並んだ棚を他の客の視線を気にせずチェックすることに多少疲れたので、古書価出して購入しちゃいました。色々な趣向の作品が並べられていることから、全てが気に入られるものではないと思いますが、意外と「どれかは当たる」のではないでしょうか。『この文庫がすごい!』の2000年版でも取り上げられたそうです。


01/03/04
樹下太郎「散歩する霊柩車」(光文社文庫'87)

サラリーマンを主人公とするミステリを書かせれば右に出るものはいない樹下氏による唯一の文庫版の短編集。ミステリー作品の文庫自体がかなり限られた数しかない作家ではあるのだが。

銀座のとあるバーの船の形をしたネオンが唐突に瞬きを止める晩、石神井川に泥酔した紳士の水死体が上がる『夜空に船が浮ぶとき』
不倫の果てに妻が自殺したという男。葬式の当日、遺体を乗せた霊柩車を走らせ、不倫の関係にあったと思われるYKのイニシャルを持つ三人の男の職場を直接訪れる『散歩する霊柩車』
不倫の妻を咎めた男は逆ギレした彼女に大量の睡眠薬を飲まれ飛び降り自殺を図られる。彼女の兄が言うには妻の永遠の恋人は既に死んでいるはずだという『ねじれた吸殻』
バーの女に大金を注ぎ込み、会社の金を使い込んで首が回らなくなった男は、彼女の指図により夫を自殺させて身代わりとなることに同意した『悪魔の掌の上で』
戦争中のこと。出征した夫の戦死公報を受け取った人妻が不審死を遂げるが、後追い自殺として美化された。しかし彼女には仲の悪い姑と別の男との噂があった『泪ぐむ埴輪』
愛していた男に裏切られ自殺するために千葉の海岸に一人やってきた女性。彼女と出会った男は脱獄囚。彼は瀕死の彼女をなぜか助けてしまう『孤独な脱走者』
ふらりと花火大会を見に故郷に立ち寄った男は、昔憧れていた女性が乱暴されそうになったのを助けようと、悪漢の首を絞めてしまう。二人は三年後の再会を誓って別れる『雪空に花火を』
自分以外の男性の死を追って恋人が唐突な飛び降り自殺をしたという。不審を抱いた男は、彼女の会社の社長秘書に近づいてその事件の裏の事情を探る『日付のない遺書』以上八編。

男女関係の織りなす妙味と奇妙な犯罪。噂に違わぬ傑作短編集
謎宮会の樹下特集(2000/7)の際、石井春生さんが、樹下短編集の題名の上手さについて触れられていた。本作もまたタイトルの上手さが目次を眺めただけで感じさせられる。だって、霊柩車が散歩するんですよ? 埴輪が泪を流し、船が空に浮かぶ。どんな作品かそれだけで気になるではないですか。
で、中身。これがタイトル倒れどころか、予想を超えたサプライズが込められていて驚いた。地に足のついた登場人物が織りなす、愛憎の人間ドラマにどうしても目が行くようになっているのだが、ミスリーディングが非常にうまく、読者が心の中に描いていた絵が気持ちよく終盤にキレイにひっくり返される。ベースになるのは特殊な殺人事件などでなく、三面記事に出てくるような一種ありきたりの事件。情痴の末の殺人、心中未遂や詐欺事件……これに、登場人物である関係者の思惑をうまく絡めることで、男と女のドラマを作り上げている。しかし、上手いけれどもどこにでもあるようなその人間ドラマそのものが、既に作者の罠だったりするのだ。特にラストをブラックユーモア的な結末にまとめている作品が多く、個人的には赤川次郎の持つ都会的な毒を感じた。(都会的とはいっても、赤川作品より一時代昔の、という注釈を加える必要もあるか。)「殺人がどうやって行われた」など、ある意味ミステリの常道の謎を思い切って省き、「なぜ殺人が起きたのか」に特化することで、樹下作品の独特の面白さが生まれているように思える。
男女と一口に言っても、なぜか女性登場人物には女給や水商売の女性が多く、男性の方はサラリーマンや経営者、肉体労働者に新聞記者となかなか多彩。彼らがアウトサイダー的存在であるに関わらず、根底にある倫理観(女性は結婚するまで処女でいるべし、とか)が、保守的な当時の常識を持ち続けている。現代読者とのこのあたりの感覚差が、作品の時代性を強く感じさせる要因となっているように思う。もう一つ時代に関連するなら、貨幣価値の違いにはちょっと戸惑いも。人一人が失踪するに足る金額って当時いくらだったのだろう?

本書、ずっと探していながらなかなか縁がなかったものを土田裕之@幻想文学館さんより譲って頂きました。しかも、受け取った当日、帯を松本真人さんからつけてもらいました。お二人に多謝。発行年からしても、丁寧に探せば見つかる本かとは思います。(ワタシはその後も縁がありませんけれど)『目撃者なし』や『紅いレース』も読みたいなぁ。


01/03/03
芦辺 拓(編)鮎川哲也(監修)「本格推理マガジン 絢爛たる殺人」(光文社文庫'00)

同文庫より刊行されている文庫形式の「幻影城」、『孤島の殺人鬼』『硝子の家』『鯉沼家の悲劇』と鮎川哲也氏が編集を担当してきたが、本作より芦辺氏が編集を務め、鮎川氏は監修という立場に回ることになった。その精神は一貫して「本格推理の埋もれた名作の発掘」にあることに変わりはないし、むしろ強まったともいえそうだ。

岡村雄輔『ミデアンの井戸の七人の娘』:天涯孤独の娘のアパートに謎の宝飾品が置かれるようになる。ユダヤ教を信奉する父親の迎えに応じた彼女はシャム双生児の兄や美しい継母の待つ館に足を踏み入れる。そして彼女の目の前で次々と不可解な殺人が行われた。
宮原・須田・山沢『むかで横丁』 :SR会誌『密室』に掲載されていた幻の連作。むかで横丁という飲屋街で娼婦に誘われた二人組。一人が金を取りに出た後、一人の服を脱がせ、出ていった彼女は、近くの踏切で礫死体となって発見される。しかもその頭と胴体は別々の人物なのだという。
坪田宏『二つの遺書』 :戦争で眼を悪くして失明寸前の男が様々な失意を重ね自殺を決意する日記……。しかし彼の失踪から一週間の後に、館の地下室内で密室の中から発見された自殺死体は、その館に滞在していた別の男のものだった。
宮原龍雄『ニッポン・海鷹(シーホーク)』 :長崎県の離れ小島に君臨する九鬼一族。彼らが祭祀に使用する船が流され行方不明に。その船は遙か離れた沖合で発見されるが取り囲んだ漁船の目の前で消失してしまう。その跡には戸板に矢で張り付けにされた男の死体が残されていた。
鷲尾三郎『風魔』 :精神病院に従兄弟を見舞った毛馬久利は、嵐に足止めされ病院にて一夜を明かす。その晩、病院の院長を強請っていた男が病院近くの沼の中にある島にて死体で発見され、院長自身が失踪する事件が発生する。二人の乗ったボートは島にありながら、院長のライターは陸地から発見された。吸血蛭が棲み着く沼は泳いで渡ることが出来ず、どうやって事件が発生したのか皆目分からなかった。
以上に山前譲氏の作品紹介、芦辺氏が解説を書いてしまったならば、鮎川氏はいったい……。

「本格推理」が好きな人のために差し出された御馳走
考えようによっては本書はミステリを読むスタンスが問われる作品のように思える。ミステリは論理パズルである――と言い切れる「本格」指向の強い方にとっては入手の困難さ、マニア筋でのビッグネームが揃った本作は、無条件に絶賛されそうだ。一方、ミステリはエンターテインメントだ――という論理以外の部分も含めた作品の面白さを重視する方にとっては、この内容の濃さについて評価が大きく分かれるところだろう。

なので私の評価はあくまで個人的なものと断っておいた上で。
最も感慨を受けたのは『ニッポン・海鷹』。海賊伝説が現在の治外法権を裏打ちし、祭りの華やかさと事件の陰惨さのコントラストが美しい。物理的密室トリックを人間の心理的錯覚と合わせて使うあたりのテクニックが心憎く、物語展開とトリックの両方の面白さを堪能出来た。また物語の面白さでいえば、ユーモアハードボイルドで本格推理をぬけぬけと描ききった『風魔』。ノリが未だに古びず、遠慮ないユーモアが現在の読者をも笑わせるあたり、マニア間でこのシリーズが隠れた人気作品であったことの裏付けとなろう。 『二つの遺書』は文章だけで描かれた密室トリックが分かりにくく、動機の凄まじさと犯人の狡猾な計画にインパクトがあるものの、一部相殺された感。『ミデアンの……』は、剛腕ともいえるトリック連発に呆然としたが、こちらはペダンティックな装飾に重さを感じた。当時の文学の常識が私にはないからかもしれないが。
そして『むかで横丁』。この作品は山沢晴雄氏の計算機のような論理にひたすら圧倒された。連作であることよりも全てをまとめて、最後に二転三転させる力強さ、更にはその叩き付けられる先の正確さ。語弊を恐れず言うなれば、前半・中盤部分は、山沢氏の本格推理に賭ける意気込みとその驚異的な実践能力への引き立て役に過ぎないようにさえ感じられた。

ちょうど中編クラスの作品が収録されているが、読み応えが充分。生半可な気持ちで読み出した読者は投げ出してしまうかもしれないながら、本気で取り組める方にとってはこれほどの楽しめる作品集もないだろう。今更ながらこの企画の面白さを実感させてもらった。
譲ってくださいました岩堀さんに多謝。


01/03/02
梶尾真治「占星王をぶっとばせ!」(みき書房'85)

梶尾真治による《ヌークリアス・ファミリイ》というシリーズ第一作。梶尾氏の六冊目の単行本で、2年後に刊行された新潮文庫版の入手の方が容易でしょう。表紙は芦田豊雄、本文中にふんだんにある挿画は百鬼丸氏。

全宇宙を無免許にて股に掛けて飛び回るいい加減な性格の天才詐欺師がパパ。事故で頭部を除く身体全体をロボット化して時々ヒステリーを起こすのがママ。内気で大人しい性格ながら機械に詳しいシンヤ、そして家族にへきえきしながらもけなげでしっかりした性格のマミ。四人は宙航船ヌークリアス号に乗って、今日も辺境宇宙を旅する生活。ファンファン星に降り立ったパパとマミは、粗悪品と交換で原住民と宝物の交換に成功するが、無責任なパパは「マミが欲しい」という長老の言葉に従って脱出方法も考えずに置き去りにして、ヌークリアス号に戻ってしまう。激しいママの折檻にあうパパをよそに、マミは同じく捕らわれの身となっていた宇宙の英雄、キャプテン・パープルと共に何とか脱出に成功。懲りないパパは原住民から巻き上げた宝物を検分、黒い箱状の謎の機械のスイッチを押してしまうのだが、なんとこれは成功するまで決してあきらめないという殺人機械だった。これまたパープルの力を借りて、一旦は撃退して宇宙に放り出すことに成功するが、殺人機械はしつこくヌークリアス号に迫る。

お子さま向けすぺーすあどべんちゃー(しかも「つづく」)
物語としては決して単純とも一概に言えないのだが、その語り口、個々のエピソードの無軌道性、分かりやすいギャグ(ウけるかどうかは別にして)を大量に詰め込んだ宇宙家族の物語。SFの流れには疎いのだが、当時流行っていたスペースオペラとは似て非なる作品といえるだろう。但し、さすがにカジシンのSFマインドそのものがしっかりしているだけあって、途中で放り出せない妙な魅力がある。惑星が消滅してしまうようなシリアスな話がある一方、登場人物がマジメでありながらお間抜けな性格になっており、物語そのものが茶化されているところが、結局ポイントになるのだろうか……
などと、真面目に分析してみても始まらない。小説の形で読む子供向けアニメのノリだと考えてもらえば間違いない。ジュヴナイル特有の御都合主義が全編を覆っており、一つ一つの展開の切り換えが早く、深く考え込まずともさくさく読める。そして深刻な事態も最終的に明るい解決に向かうし、悪人も含めて登場人物の愛すべきキャラクタは、それほど好き嫌いも起き得そうにない。読んで元気になるかは人によりそうだけど、少なくとも落ち込むことはないでしょう。 しかし……全然話が終わってないやんか。

このシリーズは第二作の『占星王はくじけない!』(こちらは新潮文庫のみの刊行)に続くものの、そこで中断中。聞くところによれば、作者がお子さんの為に書き貯めておいた作品らしい。そう聞くとなんとなく納得。カジシンファンの間でも、支持不支持が分かれている作品のように思われます。


01/03/01
戸川昌子「私がふたりいる」(光文社文庫'84)

大いなる幻影』にて乱歩賞作家となり、着々と独自の作風にて著作を積み重ねていた戸川昌子さん。本書はもともと'77年に徳間書店より『蒼い悪霊』の題名で刊行されていたのが、光文社文庫収録にあたり上記題名に改題されたもの。

……二つの人格と二つの肉体を持っていると主張しているある若い女性の手記。この手記を包帯で顔面をぐるぐる巻きにした女性から手渡された学園都市の職員は不慮の死を遂げ、この手記はその妻によりその筋に持ち込まれた……。
天涯孤独の十八歳の波子は、住込の職を求めて「生島心霊会会長のお世話係」に申し込む。駅前の公衆電話にて連絡を取って、道案内なしに霊感で場所を発見することがその第一条件だった。駅前のラーメン屋で散々新興宗教の悪口を聞かされる波子だったが、心霊会を発見しその門を潜る。しかし心霊会には彼女と同じ名前、秦野波子を名乗る醜い女性が既に到着していた。彼女は波子に二人の背後霊が双子の姉妹であるなどと語る。心霊会の女性は、波子が処女であるかどうか試すと称し、白い蛇を二人にけしかける。足の間に白い蛇が這い寄ってきたところで波子は気を失った。……正気に戻ってから試験に合格したのだと知らされる彼女だったが、怪しい雰囲気に耐えられなくなり、お手伝い係を辞退、駅前のラーメン屋に頼んで住込で働かせてもらうことになる。しかしその晩、その主人が下半身をむき出しにして彼女を襲った。

セックス悪霊セックス悪霊ところで私は誰?
アウトラインは「自分探し」を中心としたプロットで読ませるミステリ。 「祖父に育てられ貧乏で地味ながら純真無垢の女性、秦野波子」の性格を持ち、「スター歌手の妹ながら家族と近親相姦に耽っていた淫乱な女性、船山志摩子」とそっくりの外観を持ってしまった「私」が主人公。それだけでなく「私」は優秀な霊媒の素質があって、この世に恨みを残して死んだ様々な人物の霊が身体に勝手に取り憑いてしまう。始終「私自身」を失って、自分が誰だか分からない女性が経験するサスペンスと恐怖。
詳細は全編を彩るセックス描写。戸川さんの描くセックスシーンはポルノ作品とねらい所が異なるせいか、それほど「イヤらしい」感じはしないものの、さすがにこれだけ積み重なると辟易する。キーワードはさすがに挙げることはしないが、人間の思いつく色々な種類の「プレイ」が網羅されている感。女性の一人称で語られる文章からはふと、宇能鴻一郎(「私、感じちゃったんです」みたいな)を想像してしまった。物語中の半分くらいは、主人公は全裸ないし半裸なのではないだろうか? おかげで独特の迫力が強調されていることは否定しないが。
ほぼ全編手記の形で綴られた物語。彼女に何が起きているのか? 彼女はいったい何者なのか? については最後の最後に、一応のヒントのような文章がつけられている。とはいえ全てに説明がつく訳でもなく、読者それぞれにその解釈は任されている形。半ば幻想小説めいた余韻に浸るのも良し、改めて現象を心の中で再構築するのも良し。

戸川作品とエロティックな描写は切っても切り離せない関係にある。それ自体が特徴であり隠れ蓑でありトリックであるから。 おかげで人により好悪が分かれてしまうのかもしれない。特に本作はミステリだけでなく、幻想小説もOKというタイプの人に向いているように思う。確かに中学生には早いかも。