MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


01/04/10
梶 龍雄「海を見ないで陸を見よう」(講談社文庫'84)

透明な季節』にて第23回江戸川乱歩賞を受賞した梶氏の受賞後第一長編'78。この後発表された『ぼくの好色天使たち』と合わせ、青春三部作と呼ばれ、(現在は絶版ながら)全て講談社及び講談社文庫にて刊行された。

第二次大戦が終了して三年が経過した。東京は未だに戦争の傷跡から立ち上がり切れておらず食料事情も良くなかった。アルバイトをしながら大学に通う高志は知多半島、東舞子の別荘地に建つ伯母の別荘で夏を過ごすことになる。子供の時分以来で、久しぶりに隣家に住む美人姉妹と再会、大人へと変貌した彼女らに高志は目を見張る。妹の津枝子との間に微妙な感情を共有するようになった高志は、どちらが誘うともなく近くの海水浴場で過ごすようになった。ある日、家を出たはずの津枝子の姿を、高志は海水浴場にて探すが見あたらない。以前にもあったことなので気にせず家に戻ると、津枝子が溺れ死んだと聞かされる。恋人と独り決めしていた彼女の死に呆然とする高志。ショックのあまり悲しささえ湧かない高志は、津枝子の葬式で焼香しようとした瞬間に涙が止まらなくなる。一人悄然とする彼の元に刑事が訪れ、警察に彼女の死は不自然だ、という電話があったことから調査していることを告げる。釈然としないものを感じていた高志は、自らも彼女の死を調べようと決意する。

時代、青春、恋愛。全てを精緻に織り込んだ過不足無しのミステリ
時代は戦争直後。食料をはじめとする物品がまだまだ欠乏気味で、真の意味での貧しさが日本全体を覆っていた頃。更に、闊歩する占領軍の持ち込む文化に驚嘆し、羨望する現代の日本人が未だに引きずる西洋へのほのかな憧れ、そしてその裏返しとなる憎悪感覚。まずこの時代ならではの舞台をカンペキに用意している。
そして対象の死から始まる、主人公のほのかな恋心。良くいえば真っ直ぐな、悪くいえば周囲の状況が目に入らない二十歳になりきらない若さ。人を一面的にしか理解出来ず、思いこみがなかなか解けない。この「時期」ならではの若者像、これは現代に至るまで不変だろう。
まずは物語がいい。筋書きだけはありきたりかもしれないが、この時期ならではの「若さゆえの迷い」が前面に押し出され、人を疑い、人間に多面性があることを知り、自分なりに人を気遣い、知らず人を傷つける。どことなく告白できなかった恋に対する未練で始められたような行動が、事件の真相探求以上に自分自身の成長の糧となっていく様は見ていて心地よい。
さて肝心の、ミステリとしてはどうなのか?
正直なところ、動機にこそ多少の驚きはあれど、全編を通じてのWHO DONE IT? の犯人としては驚きは少々弱いようにも思う。その代わり、真相が明かされた後の伏線の美しさに目を見張った。 本作で用いられる伏線は単なる「サプライズの補助」ではなく、伏線そのものが「物語と不可分」になっている。物語中に必要不可欠と思われた描写が、実は全てミステリの伏線として機能していることには、ひたすら驚嘆するしかない。まさに離れ業。しかもそれがあくまでさりげなく、誇らずに淡淡と説明されている点も素晴らしい。
またかなり狙って挿入されていると思うのだが、この時代を知っている人にとっては懐かしい光景、その少し後に生きた人々のノスタルジーをかき立てるような光景描写が多数挿入されている。それもまた、本書の雰囲気を高めるのに役立っている。さすがに私の世代ではぴんと来ないのだけれど。

前作に引き続き、同じ主人公が登場するが作品としては完全に独立しており個別に読んでも構わない。独特の特殊な時期を回顧した青春小説としてだけでも十分に読書に耐えるが、ミステリファンならばやはり真相が明らかにされた後の、徹底的な伏線の妙に更なる驚きを覚えることは請け合いかと思う。


01/04/09
湯川 薫「ディオニシオスの耳」(トクマノベルス'99)

湯川氏は東京大学理学部出身で理学の博士号を持つ。竹内薫名義でベストセラー『科学の終焉』を翻訳、他にも科学関連の書物の執筆、及び翻訳された作品がいくつかある。本書にてミステリー初挑戦。この後『虚数の眼』『イフからの手紙』等のミステリを刊行している。湯川薫&竹内薫オフィシャルサイトはこちら

1989年、カナダ、モントリオール。当時この街では、女性を誘拐し教会の尖塔に突き刺すという猟奇殺人が繰り返されていた。卒業パーティの終わった後、マッギネス大学に在籍していた美人日本人留学生、立原まゆみも自室にてその殺人者の犠牲となった……。犯人とみられたダニエルという男は、警察との銃撃戦の結果死亡、まゆみの死もそのダニエルによるものと結論づけられた。 それから六年。当時、マッギネス大学に在籍していた日本人留学生六人はそれぞれ大学の講師や広告業界、フリーライターなど様々な職業に就いていた。イベントスペースを企画運営する元留学生、三枝裕子は、同窓会を兼ねたライブの案内状を送る。それぞれが何らかの過去へのしがらみを持ちながらも、教会地下に設置された独特の構造の会場に集って彼らは再会を喜ぶ。しかし、演奏の開始後、唐突な停電が発生、シェルターにも変更出来るそのスペースは外部から完全に封鎖されてしまう。その停電騒ぎの最中に、留学メンバーの一人、森久美子が血を吐いて死亡。ライブでボーカルを務める内田も倒れる。スペース内のパニックに乗じて更なる惨劇が発生する。

「理系」の肩書きに惑わされず、純粋本格ミステリとして楽しもう
森博嗣が登場した当時、彼の作品をして「理系ミステリ」と呼ばれていた時期がある。(現在は「森ミステリ」ですな)理由は森氏が理系の大学の先生であることそのものよりも、頻繁に登場する理系学部に所属する教師や生徒のデジタルで合理的な思考方法を取ることにあったのだと思う。単純に斬新だったから、思考経路に追いつけないから揶揄された部分も多少はあるだろうが。そして、少なくともカバー折り返しに記載されており、そして本書が出版された当時は確か、同様の「理系本格ミステリ」という触れ込みだったように思う。。
確かに作者もばりばりの理学者、登場人物も理系の学術系に学んだ人物を多数配し、物理学や量子力学の専門用語が頻繁に登場する。……一見似た設定ながら、森氏の作品とは全く異なる印象を受けた。もちろん、細やかな伏線と仕掛けられたトリック、猟奇的な様相を見せる事件などを論理的に解き明かす過程など、「理系本格」のうちの「本格」の部分については全く異論はない。というか、ミステリ初登場とは思えない凄みさえ感じる。これだけ大がかりな舞台装置を用意した上で、二転三転と終盤に事件の姿を変えてしまうテクニックなどにも感心。ただ「理系」の部分にはやっぱり同意できない。少なくとも私は。
まず、「理詰め」と「理系」は似ているがちょっと違うこと。本格ミステリであれば、すべからく理詰めで謎解きをしなければならないことは自明のことであり、この点が評価されたわけではあるまい。しばしば登場する恐らく科学系の小難しい蘊蓄や、理系の登場人物が多いことを指したのだと考える。 (この前提が異なっているならごめんなさい) 冷静にとらえてみれば蘊蓄じみたことは決して数学分野、物理科学の分野に止まっていない。むしろ、雑学的なことや歴史など社会学的な蘊蓄が多数配列されている。この意味で「理系」はまず意味を失う。そして登場人物であるが、これまた「感情的」「人間的」に過ぎるように思えるのだ。ところどころデジタルな思考方法を辿る頭脳が、その一瞬の後、(一見冷静にみえながら実は)分析もへったくれもない思いつきに近い行動をとっている場面が散見されるように感じた。これは良い意味でだが、登場人物が発生した事象に対して激しい感情を持つあたり、文学してるじゃないか、と逆に面白さを覚えた。
とまあ、いろいろ書いたが、教会の尖塔に突き刺さった死体だとか、特別な環境下での密室、及び不可思議殺人だとか、非常に現代的な本格ミステリであり、なおかつ物語の起伏もなかなかで楽しく読めた。

ちょっと気になったのは不要とも思われる登場人物の多さか。事件に関係する必要な登場人物がただでさえ多いのに、全く関係のない人物をそれなりの描写で他にもかなり登場させている部分には冗長さが感じられる。ところで、本作のあるトリックをして海野十三のある作品を想起したのは私だけだろうか? 


01/04/08
城戸 禮「拳銃刑事三四郎」(春陽文庫'70)

城戸禮は謎の多い作家である。生涯作品数は三百を超えるとも言われ、その全容解明が待たれる(と思う)。氏については末永さん@新青年研究会あたりが恐らく日本一詳しい? 
現在も春陽のラインナップに残る(でも実質在庫切れらしい)刑事の竜崎三四郎が活躍するシリーズの記念すべき第一作目にあたる作品。なぜ「刑事の」と断りが入るかといえば、城戸作品の歴史において竜崎三四郎は社会人であったり、探偵であったり、土建屋の御曹司であったりする場合があるらしいため。刑事ものシリーズは例えば『鉄拳エキサイト刑事三四郎』などまで「刑事」の後に「三四郎」がついていたのだが、その後『爆走ファイティング刑事』と「三四郎」が取れてしまう。その「刑事の三四郎」シリーズの記念すべき第一作目が本書なのだ。シリーズ中途の作品はいくらでも見掛けるのだが、どうしても第一作から読みたかったし、探した探した。

名古屋市と静岡市の間くらいに位置する名静市。公営ギャンブルが集まるこの街の利権を狙って、全国から十以上もの暴力組織もまたとぐろを巻いていた。暴力都市の悪名を返上しようと警察も奮闘したものの、いくら取り締まっても彼らは裏で繋がる権力者の力をかさに巧みに逃げてしまうため、致命的なダメージを与えることが出来ない。業を煮やした名静警察署長、都築素彦警視正は、警察庁のアウトサイダーである竜崎三四郎、壇竜四郎事務官を極秘裏に呼び出し、解決を依頼する。北海道を中心に、日本でも十指に入る財閥の三男坊の竜崎三四郎は、特別製の拳銃と、左右拳という拳法を駆使して、街のダニやおおかみどもを片っ端から打ちのめす。甘いマスクに筋の通った性格、弱きを助け悪を挫くその行動に、幾人もの美人が彼の虜になるのだが、その三四郎唯一の弱点が、照れ屋で若い女性が苦手なこと。とはいえ、暴力組織同士を自滅させ、暴走族を壊滅させた三四郎、竜四郎は船員組織による拳銃密輸を嗅ぎつけたことから、名静市の裏に潜む大物に目星をつけた。

「めちゃくちゃ」が爽快。徹底的デジタル(もしくはシンプル、もしくは単純)な活劇小説
竜崎三四郎、壇竜四郎、田島の譲、長島部長刑事、都築警視正、大貫副署長、麻薬Gメン植木から、三四郎に惚れる女スリ師お新に至るまで、シンプルな性格付けがされている。とにかく「悪いヤツには容赦なし」「正義漢」「一般市民の味方」「腕っ節が強く、射撃の腕前も一流」「いい男、いい女」。彼らが悪い奴らを徹底的にぶっとばす! というのが終始一貫したストーリー。
主人公たちが、格違いに強すぎることもあって(まさに鎧袖一触)、全く危なげなく物語が進む。身内の裏切りも、姑息な謀略もなく、ひたすら悪い奴らをぶっとばす! ストーリー。単純といえば、単純、だが、ひたすらに痛快。三四郎がオクテであることもあって無駄なベッドシーンもなく、ひたすら敵を倒し倒し、黒幕に突き進むのみ。正義サイドは悪者の人権を認めず、拷問さえも許されてしまう。謎となる部分もほとんどないのに、「続き」が読みたくなる展開。アクションシーンの楽しさ(いや、凄さかも?) もまた群を抜いているのだけれど、その秘密は次回作品の書評にて公開することにしたい。
あと、三十年以上前に執筆された作品でありながら、時代的な古さがそれほど感じられないのは不思議。主人公、三四郎のヒーローぶりが、時代を超える単純な共感を呼ぶからか。

例えば『漢字+カタカナ+刑事+(三四郎)』にひたすらこだわった題名のヴァリエーションだけで、かなり話題に上ることの多い作家なのに、誰もネットでレビューしないのはおかしいぞ。アクションというより活劇。痛快で爽快。 この手のノリが好きな私なんかには意外な御馳走でした。また読もうっと。


01/04/07
石崎幸二「日曜日の沈黙」(講談社ノベルス'00)

第18回メフィスト賞受賞作品。

美和ホテルグループが新規事業の一環としてK高原に『ミステリィの館』を建造した。開館前のモニター宿泊の為に同地に赴く石崎幸二。旭重科学工業の特許部に勤務する彼は、ホテルに向かうバスの中で元気で明るい女子高生二人組ミリアとユリと出会い、彼女たちに振り回されながらも同行することになる。到着したところ、ホテルの入り口に十人ほどの人間が集まっていた。モニターは人気ミステリ作家や評論家、ミス研所属の学生から一般の会社員、OLに至るまで様々なタイプがいるようだ。この『ミステリィの館』には二年前に自殺を遂げたというかっての人気ミステリ作家、来木来人の自宅をそっくりそのまま移設したうえ、未発表資料が所蔵されているといい、ミステリマニアにとり大きな魅力があった。そして来木が残したといわれる「究極のトリック」がこの『ミステリィの館』のテーマになるという。従業員のが被害者の演技を行う連続殺人(?)。何を推理して良いのかさえ分からない事件。全く推理に興味を示さず、もっぱら食い気に走る女子高生二人組。果たして、この館、そして「究極のトリック」の真相とは?

とんとん進むテンポ、微妙に外した雰囲気、そしてメフィスト賞らしいトリック
序盤から「いかにも本格ミステリ」なオープニング、そして展開なのだ。怪しいホテルからの招待状、応じるゲスト、到着前に知り合う女子高生二人。招待状を持っている限られた人数の人々が自己紹介をした上で、怪しげな支配人がルールを説明する。これはどうも館ものの常道(こういうオープニングは例えば「金田一少年の事件簿」などマンガで多用されるような気もするな)を行く作品を思わせる。
だが、物語が進むにつれノリが微妙にその「いかにも本格ミステリ」から外れていく。 ミステリのパロディとまではいかないまでも、ミステリをネタにして(コケにして)冗談を言い合う女子高生ミリアとユリ。事件発生後も「探偵ごっこなんてしてられないの」とばかりに、ひたすらに旺盛な食欲を満たし、推理と関係ない好奇心で行動してしまう二人は、本来の探偵役であるはずの石崎をも冗談のネタにし、引っ張り回してしまう。このあたり、考えようによっては既存のミステリに対する緩やかなアンチテーゼ的にも捉えられる。事件が起きたからといって、必ず関係者みんながみんな様々な角度から推理合戦するってのも、考えようによっては変だもんな、確かに。事件(実際はイベントの一環として行われている)は継続して発生しているものの、ミリアとユリ、OL二人組、石崎らは弁当を作らせてピクニックに出かけてしまう始末。ここまで外したミステリはそうは思いつかない。
最終的に連続して発生する事件を、彼らが鮮やかに解き明かす……のだが、最初の方の解釈はとにかくその内容を一転、二転とさせていくうちに「無茶度」が上昇。ここまでやられたら、笑うべきだろう。事実、笑ったぞ。 最終的に明らかになる「究極のトリック」については、ちょっと不満もある。トリックそのものはお手盛りとはいえ特に不満はなく、よくぞここまで考えたな、ということで基本的にはOK。ただ、(以下ネタバレ)心から愛している女性がいながら、いくら余命が幾ばくもないとはいえ、トリックを成就させるために自ら死を選ぶかな、普通? 一刻でも長く一緒に居たいと思うものではないのか? そこらに違和感がどうしても残った。あと、トリックの解明に電卓が必要なのも、個人的にはちょっと。
まぁ、それにしても枠組み部分は大いに評価出来る。メフィスト賞でなければこのような作品は世に出てこないだろう。とぼけた感じが不思議な持ち味を出している。

実は冒頭から表記が「ミステリ」な段階で最初に力が抜けた。個人的にこの「ィ」に抵抗があるからなのだが、この作品全体を覆う緩やかなユーモアの一環だとしたら、実に大したものである。会話中心のテンポの良い会話と、特に現代ミステリをネタとした軽いユーモアについては高く評価したい。特にユーモアはウケを狙って無理矢理にこねくらない天然の会話で作り出されており、笑えなくとも充分微笑ましい。現代作品のミステリにおいて、この「ノリ」がうまく出せる作家はそう多くはないので、大切に育てて欲しいセンス。恐らく、次作にて評価が問われることになると思う。


01/04/06
近藤史恵「茨姫はたたかう」(祥伝社文庫'00)

鮎川賞デビューの作家、近藤史恵さんによる「整体師&美人姉妹」のシリーズ第二作。『カナリヤは眠れない』に引き続いて、文庫書き下ろしにて刊行された。

本屋に勤務する独身女性、久住梨花子は、大学生の弟が「出来ちゃった婚」で実家に住むことになったため一人暮らしを余儀なくされる。一フロアに三人が住むレディースマンション。隣は開けっぴろげな水商売の女性、反対側は毒舌の長身イラストレーター。初日から隣人たちとの接触を余儀なくされたうえ、管理人はどこか胡散臭い若い男性。更に職場の本屋にて、後輩に交際を求められ、それをはぐらかしたことからぎくしゃくとした雰囲気となっている。加えてマンションの郵便受けが何者かに開封されているように思えたりと、彼女の心は落ち着かない。
一方、前作から引き続く恋愛物語。週刊誌編集者小松崎雄大は、合田接骨院の美人姉妹の妹、歩と時々デートを繰り返す仲になっていた。しかし付き合っているのかさえ定かでない二人の関係はなかなか進展しない。彼女の持つ心の傷を思ってナイーヴになりがちな小松崎であったが、意を決して告白をする……が、彼女の問いかけに答えて姉の恵とかって一度だけ関係を持ったことを告げたところ、彼女は再び心を閉ざしてしまう。

現代独身女性の自然体の描写、そしてミステリ。探偵役が整体師だけあって肩が凝りません
前作では買い物依存症の女性を中心に現代の普通の人々が持つ感覚を極端化してミステリに仕上げてくれた近藤さん。今度は、「ごく普通の、真面目で大人しくて良い子」として育ち、そして生活する女性をあえて主題に持ってきている。極端なセンスや感覚を持たない、特殊な職業に就いているわけでもない、恐らく子供時代は優等生……そんなありきたりな女性。(そして彼女は読者の分身でもあり得る)。をあえて主人公格として登場させてきた。
確かにその女性、梨花子はストーカー的な被害に遭っている。しかし本書はこの点をあっさりと切り捨てる。「白馬に乗った王子様とストーカーの違いっていったい何?」 むかーし流行った石川ひとみの「待ちぶせ」という歌謡曲を「ストーカーソングだ」と切って捨てている人がいたが、実は特定の人間に執着(それが愛情であっても)を持つ人間は、対象が「嫌」と感じた時点で本人がどういう存在であろうと、ストーカー足り得てしまうのではないだろうか。ストーカー的行為があっても、双方が愛し合えばまたそれも美談として語られることがあるかもしれない。物語においてストーカー被害の恐怖はきっちり押さえた上で、「ストーカーという存在」の矛盾を本書は鋭く突く。更に凄いのは、その事件を通じて「ごく普通の、真面目で大人しくて良い子」が抱きがちの幻想を突き崩してしまうこと。 王子様のキスを待ち焦がれていても、眠り続ける人間にはそれ以上の幸福は訪れない。幸せになったように見えても、それは自分自身の力では決してない。題名通り「茨姫はたたかう」。それが本当に「いい女」になるための秘訣であることを本書は教えてくれる。
構えた文章になってしまったが、並行して小松崎と歩の恋愛進行状況が描かれ、物語そのもののタッチは扱うテーマの重さに反比例するように軽い。 日常に起こり得る、ちょっとした不安や諍い、失敗などのリアリティも抜群に巧く、とにかく序盤から一気に引き込まれてしまう。このあたり、計算されたというよりも近藤さんの持つ天然かつ天才的なセンスの賜物のように思う。

解説で野崎六助氏が触れている「癒し系ミステリ」という単語を個人的には使いたくない。「癒し系」という単語そのものが時代性を強く帯びているので、数年経過したら恥ずかしくて使用できない恐れもあるし、一概にひとまとめにしてしまうことも抵抗があるし。近藤ミステリは近藤ミステリ。一読百解。本書を読んで心の整体を行いましょう。第一作から探してでも読むべし。 (もしかすると人によっては登場している人物のリアリティが気に入らないことがあるかも、とほんの少し懸念もあるのだけれど)


01/04/05
左右田謙「殺人ごっこ ―県立S女子高校殺人事件―」(春陽文庫'87)

昨日読了した『ペルソナ探偵』内の作中作の題名に「殺人ごっこ」という作品があり、ふと未読の本書を思い出して読み始めた次第。角田実の本名から左右田名義に変更して発表された第一長編で、'61年に東都ミステリーより『県立S高校事件』の題名で刊行されたものを文庫化に際して改題した作品。

不運から失業、パチンコにて生計を立てていた浜宮次郎は、バーで占いを嗜むという不思議な男と出会う。彼の占いは不思議と彼の身の上を当て、更に彼に身分を詐称することを条件に県立S女子高校へ教師として就職することのお膳立てを整えてくれるという。迷った浜宮だが結局承諾、彼はT大卒の江波戸という男になりすまして社会科教師の職を得る。元来小心で臆病の浜宮だったが、謎の男に似た人物は現役教師には見あたらず、徐々に職場にも慣れ坪内という女教師とも親しくなる。しかし彼の元には再び謎の男からの手紙が届き、校舎の増改築に絡む収賄スキャンダルが暴露された校長を自殺に見せかけ殺すように指示が与えられた。元の生活に戻ることが躊躇われた浜宮は理科室の青酸カリを校長室のウイスキーに仕掛けた。そして、校長は鍵の掛かった校長室にて死亡、自殺として扱われた。ところが今度は愛人にした坪内が浜宮へ冷淡な態度を取り、そのことを川縁で詰問した翌日、浜宮自身が水死体となって川から引き上げられた。

奇妙な現実感と微かな違和感。「挑戦」が感じられる作品
序盤からさすがは現役教員(当時)という描写が目立つ。学校、特に教師サイドの生々しい記述に関しては左右田氏の筆は自然と冴える。いくつか氏の長編を読んでいるが、学校を舞台に特に生徒や父兄には見せられない「負」の部分を主題に取り込んだ作品のリアリティが絶妙。まぁ、聖域を裏側から見せられるようなものなので、人により好き嫌いはあるかもしれないが。
失職中の男に対してホームズばりの推理(のようにみえる)にて境遇を当てる男。加えて「ある人間に成り代わって教職に就かないか」という誘い。その目的がまったくの「?」でツカミはなかなか良い。(ただ、いくら職が得られるといってもこんな奇妙な誘いに乗る方も乗る方だが) 無事に就職し、不安ながらも日々の日常が展開していく。どちらかといえば現実感を重視したサスペンス風味の展開。これは殺人指令を下されるところでピークを迎える……のだが、意表を突く形で物語の転換が行われる。
ここから捜査サイド、乾刑事に話の主導権が移される。「なぜ浜宮は身分を変えて就職していたか」という推理の過程は社会派風の足で稼ぐものの上、読者にとっては既知の事柄なので、論理の面白さは残念ながら見られない。いくつもの細やかなトリックを地道な捜査にて乗り越えていく乾刑事。そして対決。最終的に脅迫者の正体が明らかになったところで、一連の事件が引き起こされた理由の奇妙さに、とにかく目を見張るものがある。物語のリアリティに相反するかのような予想も出来ない奇妙な動機。ミステリとしてのサプライズよりも、そこまで積み上げてきた「リアル」を帳消しにすることも辞さない作者の挑戦の大胆さにむしろ驚きを覚える作品であった。

一応、左右田謙の代表作の一つに数えられる。まず、その展開及び、犯人の動機に一種の狂気が感じられる、そして一方では物語全体を沈鬱な現実感が覆っている。本作の細やかなトリックに関しては、本格推理指向が強く感じられる、そしてまた一方で意欲的な実験作の宿命たるアンバランスさをも内包しているように思う。爽快なエンタテインメントとは言えないだけに、興味のある方だけが手に取れば良いのではないだろうか。


01/04/04
黒田研二「ペルソナ探偵」(講談社ノベルス'00)

ウェディング・ドレス』にて第16回メフィスト賞を受賞、ミステリ博物館館長、更にMYSCON2のゲストに来て下さることが決まった黒田研二氏の書き下ろし第二作。

<星の海☆チャットルーム>は本気で創作を志し同人誌の刊行を目的に集まった六人だけが参加する会員制チャットルーム。メールアドレスはおろか、互いに本名やプロフィールを明かすことは御法度で、一応、会長であり同人誌を製作、送付するカストルのみがそれを把握していた。同人誌に掲載されるメンバー一人一人の体験を元にしたミステリ、そして締めくくりに現実にメンバーに関わる事件が発生する。
第一話『フィンガー・マジック』(スピカの事件簿):女子高生の私は憧れのアーチストのコンサートに行くための費用稼ぎのバイトを探していた。有名な探偵、児玉が彼女に破格の条件で奇妙なアルバイトを持ち掛けてきた。
第二話『殺人ごっこ』(アンタレスの事件簿):大学の演劇部の合宿で何もない山奥に籠もったメンバーは、一人を殺人者に見立て、残りのメンバーが推理をするという「殺人ごっこ」を開始する。しかしメンバー以外に怪しい人影が。
第三話『キューピッドは知っている』(カペラの事件簿):私の前から突然に姿を消した夫。彼の遺品には遺書めいた文章が記されていた。彼の浮気相手と対決するため、思い出のキューピッドの木のある田舎町に私はやって来た。
最終話『五人プラスひとり』(ポルックスの事件簿):メンバーの一人、ベガが発表した作品内容が元で脅迫され、自殺した。カストルは緊急オフを開催、メンバーの中に犯人がいることを指摘し、制裁を加えようと言う。

そして明かされる<星の海☆チャットルーム>のメンバーに隠された秘密とは?

「新本格」エッセンスを従えて、端整にまとめられた連作ミステリ
読み始めた時には長編かと勝手に思っていたが、この設定を活かすのは連作形式のミステリが最も相応しい。インターネット上で知り合った「住所も本名も年齢も、プロフィールを一切管理人以外には明かさない」という条件で創作系同人誌を作り始めた男女六人。スピカやポルックス、アンタレスといった星の名前のハンドルについては好悪が分かれようが、ネット内の世界をきっちり現実と切り離すためには、逆に最適かと思う。特にネットにどっぷり嵌っているこちらの立場が尚更そう思わせるのかもしれない。登場人物名も突き詰めれば、所詮記号なのだから。
実在の人物を一旦記号化し、更にその記号の解体に仕掛けを持ち込む……という展開は、「新本格」の祖ともいえる綾辻行人の『十角館の殺人』を彷彿とする。そして、それを小説形式に仮託して連作短編に持ち込み、意外な描写や光景を伏線として最終話で回収する方式もまた、初期の新本格(創元系?)にてよく見られた手法でもある。また、いくつかのアイデアについて(地理的、シチュエーション的)前例作品(しかも新本格及びその周辺)が想起される部分が見受けられるようにも感じる。
しかし、それらの「類似」を本作は自覚的に乗り越えているように感じられた。まず核心部分のトリックはきちんとオリジナリティを出していること。更に「見せ方」「演出」における工夫が随所に感じられこと。 一発ネタのアイデアオンリーでなく、作品全体のキレであるとか体裁であるとか「読ませ方を整える」ことで作品の質を見事に向上させている。
最近デビューする作家は「新本格」の影響を強く受け、更に独自のオリジナリティを加えた「新・新本格」ともいうべき世代に相当するように考えているのだが、黒田氏もその例外ではない。とはいっても、その独自オリジナリティが作品の体裁という目立たない(そして大切な)部分にある点、蘊蓄や世界観で勝負する他の「新・新本格」の作家とは一線を画しているように感じる。人物描写などにみられる独特の堅さ、作者の異なる作品の文体が同じに見えてしまう点など、技術的な向上の余地は多々あれど、中心に「トリック」を据える明確な姿勢は、キレで勝負する物語と共に好感を覚えた。

最後の大技の部分、二重三重に仕組まれたサプライズに驚くことはもちろん、読み過ごしそうな部分にも繊細な神経が行き届いていることにも驚く。どちらかといえば、個々の作品における短編小説らしい小技の効いたトリックに目が行きがちだが、短編、そして連作としての仕掛けの行き届いた形式美にも大きな魅力がある。小粒かもしれないが、読んでソンのない作品。


01/04/03
山田風太郎「姦の忍法帖」(文春文庫'77)

風太郎忍法帖短編の多くは一時期の角川文庫に相当数収録されたが、本書は同時期に文春文庫から刊行されていた関係か、そのラインナップに含まれない作品ばかりという短編集。'67年から翌年にかけて発表された作品が中心で、ポケット文春版も存在。

将軍は「矛盾」の故事から思いつき、各藩の大名より、歴史に名高い強力な武具を供出させ、それで互いを打ち比べてみることにした。その勝負に小遣い稼ぎで荷担したことがばれた甲賀組頭の倅、甲賀兵四郎は互いの勝負を伊賀と甲賀の忍者をもって行うようにしては、と提案する『姦の忍法帖』
輪島藩統治の為に送り込まれた針ヶ谷掃部は、元の当主一派の反乱を鎮圧、一族の長老の娘を代償に奪ったが、彼女は既に当主の子供を身籠っていた。針ヶ谷は怒り狂い彼女が子供を産むまで監禁し、生まれた子供を彼女の目の前で殺すと言い出す『胎の忍法帖』
若くして三百九十七人の女性と関係をもった美男で好色な忍者、銅馬は堅物と思われた理論家の伯父の秘法を修得するため惚れた女性の生の姿を観察するという試練に向かう『笊の忍法帖』
忍者穴吹大器は自分の陽物にて女性と交合することで、次に交合した男性の根元を溶かし付け替えを可能にするという体質に気付いた。惚れた女性が嫁入りするにあたり反発した大器は街にでて、自分の能力を活かした医術を開発し始める『転の忍法帖』
禁制の切支丹を信仰する二人の女性が入牢、逆に牢屋の女性が全員切支丹へと教化されてしまった。その牢には実践をもって首切りと鞭の修行を行っている二人の忍者がいた『牢の忍法帖』
江戸家老の命により忍者村である果無村出身の二人の美しい女性が道兵衛の元に送りつけられた。道兵衛は女性の誘惑に負けないようにする妙な忍法修行を二人を相手に繰り広げる『〆の忍法帖』以上「〜の忍法帖」ばかり、六作収録。

忍法と泪と男と女
風太郎忍法帖は基本的な部分で演歌である。
家の為、一族の為、主君の為に自己を犠牲にすることが宿命づけられ、欲望を抑えた生活を送り、いざという時には親を家族を捨てることを義務づけられる。好き合った男と女は添い遂げられず、男は女を置いて死地に赴く。場合によっては女もまた戦場へと向かう。
根本的には暗く陰湿で感情的で虚しくて哀しくてどうにもやりきれない話なんだよなぁ、忍法帖は。それが風太郎が魔法(例えば歴史人物を効果的に登場させるとか、奇妙奇天烈な忍法を考えるとか、奇妙なシチュエーションを考案するとか)を使うものだから、常に一流のエンターテインメントとなっているのだ。本書収録作品の場合「男と女」にまつわる忍法が中心となっているがために、そのエンターテインメント性そのものはきちんと覆い被さっているものの、その演歌的な部分がちらりちらりと顔を覗かせることが多いように感じられた。
風太郎自身は忍法帖について「ナンセンス小説」と自らばっさりやってしまっており、確かにそのエッセンスだけ取り出せば、良識ある大人(そんなつまらない人間にはなりたくない)は眉をひそめるものがある。とはいえ、どんなに荒唐無稽な設定を作っていても、作者自身気付かないうちに「演歌」を織り込んでしまっているように感じる。風太郎の創作本能がそうさせる技なのか。ううむ。いやその、確かにナンセンスではあるのだけれど。

『胎の忍法帖』『笊の忍法帖』『牢の忍法帖』あたりは本書でしか読めません。確かに他の忍法帖短編に比べればこの三作、レベルは落ちるのは否めないのだが(『牢』あたりはそれなりに面白いのではないかと思うのだが)、やっぱり風太郎作品であることに変わりなし。独特の味わいを持っている。忍法帖ファンであれば、やっぱり探すべき作品集かと思われる。


01/04/02
小泉喜美子「ミステリー作家の休日」(青樹社BIG BOOKS'85)

題名からは何となくエッセー集を彷彿とするが、れっきとした短編集。この前後、青樹社のノベルスでは小泉さんは都合三冊の作品集を刊行しているのだが、どれも入手が難しい。個人的には『殺さずにはいられない』という作品集がどうしても入手出来ないのでずっと探求中……。

日曜日に女流ミステリー作家にかかって来た電話。「殺す。おまえら二人を殺す。明日の午後……」一旦切った電話からケメルマンばりの推理が開始される『ミステリー作家の休日』
英字新聞の重役がインタビューに答え、かって同社でアルバイト学生として働いていた頃のことを語る。風に飛ばされた五枚の原稿を探しに美しい女性の邸宅に入り込んだ彼は『昼下がりの童貞』
海岸で珍しい魚を捕獲し飼育セットと共に売り歩く青年は、村はずれの大きな屋敷に住む秘密めいた女主人を標的に魚を持ち込んだところ、思いの外の興味を示してもらう『青い錦絵』
歌舞伎の一族の次男坊は長男に比べて才能が足りずひどいコンプレックスを持っていた。彼はバーで混血の女性歌手が唄う歌にてその渇きを一人癒していた『紅い血の谷間』
絶対に自殺なんかしないという女流ミステリー作家千幽子が湖で消息を絶った。友人の主婦、季緒子は彼女が購入した蠱惑的なポプリを思い出す『本格的にミステリー』
パリにレビューの修行の為に滞在していた青年の元に、新婚旅行の金満家夫婦とその連れの女優が訪れる。青年の隣人と語学の師匠が更に訪れたことで『パリの扇』以上、六編。

日常をバッサリ切り離し、最後にふわりとブラック
短編を得意とした小泉さんの本領が遺憾なく発揮された作品集といった印象。登場人物、特に主人公を日常ではほとんどお目にかかれない人々に設定しているあたりが最大の特徴になるか。列記していくとこんな感じ。女流ミステリー作家、新聞社に勤めるアルバイト学生、熱帯魚を捕獲して販売する青年、歌舞伎役者の次男、ミステリー作家を親友に持つ専業主婦、パリに滞在中のレビューの研究者。泥臭い日常を描くことを拒否し、ミステリーならではの世界を構築することに腐心していることが伺える。但し、未収録作品の集成というニュアンスを持つ作品集だけに、全てが傑作というわけには行かなかった模様。試みが空回りしている作品もあるが、それはそれで、その意気込みで楽しめてしまうあたり、私も病的なファンだな。
「本格」「社会派」と呼ばれる一群の泥臭いミステリを徹底的に嫌い、小説としての楽しみ、ミステリとしてのサプライズを重視、更にお洒落でなければならない……。 この短編集から揮発する「ブラックな匂い」となっているのはそれらのポリシーの行き着いた先かも。普通なら「ブラックな味わい」となるところが「匂い」なのは、そのものズバリというより「ほのめかし」によって処理されている作品が多いように感じられたから。ミステリとはいえない『昼下がりの童貞』を除くと、(ネタバレになるのであまり詳しくは書けないが)、例えば『ミステリー作家の休日』における短い言葉からの推理、そしてそれに加えられるもう一ひねりの意外性だとか、『紅い血の谷間』のミエミエのオチの中に潜む人間の昏い欲望だとか、『本格的にミステリー』の最後の一行だとか、最後の最後にふわり(いや感覚的には、ちくりと、なのだが)と「ブラックな匂い」を漂わす。残り香がふっと鼻の先をかすめ、思わず振り返って女性の後ろ姿を確認してしまう――小泉作品には、どこかそんなところがあるように思う。

本作は日下三蔵さんにお譲り頂いた本です。どうもありがとうございました。(実は自分が探し回る分には一度も見掛けたことがありません)いかにも、小泉さんらしい佳品が揃う短編集ではありましたが、彼女の最高レベルでもないこともまた確か。読める範囲を読み尽くした小泉作品に飢えている方が探し求めるべき本でしょう。


01/04/01
日影丈吉「現代忍者考」(東都ミステリー'63)

短編に関しては傑作集や選集が様々な形で刊行されることの多い日影丈吉作品だが、特に長編に関しては一旦刊行された後そのままになっている作品が多数ある。本書もそのような不遇を託つ作品で、現在はそのセレクトに渋さ故に古書的にも非常に人気の高い「東都ミステリー」の一冊として刊行された。

老練の新聞記者の江木は、真夜中のチェスの最中、向かいのビルから人影が落下するのを目撃する。慌てて駆け付けてみるが、ビルの周囲に死体はおろか事故の形跡さえもない。江木は後輩の津山を連れ、翌日その東亜商工ビルに確認に出向く。何者かが落ちたと思われる八階はV国の出先機関が使用、消えたと思われる四階は米国系のN海上調査部となっていた。米国からの女性の失踪事件を調査しているという探偵、ノーマン・キンは自らもビルの壁面をすらすらとよじ登る人物を見たことがあると主張「ニンジツ」ではないか、と興味を示すが、両フロアとも窓は内側から閉められていた。V国の渉外部のコーミン秘書からの依頼で、ノーマンが調査を行ったところ、九階の空き部屋から女性の絞殺死体を発見する。事件に驚く江木は忍術に詳しいという車椅子の奇術師、大迫公王の元を訪れるが、今度は大迫を尋ねてきた彼の親戚の青年、沖が密室内で殺害される事件に出くわす。トランプにて遊んでいたままと思われる死体に唾液まみれの日本剃刀、しかもその部屋は密室であった。

本格風の整った展開、不可解状況に密室殺人……で、なんじゃこりゃ
出版の時期からしても風太郎の忍法帖、もしくは都筑道夫の『三重露出』あたりの忍者ストーリーを出だしから期待しつつ読み始めた。「影」と称する人間のモノローグから始まる物語。ビルからの人物落下や「ニンジツ」を目撃したと称する米国人探偵、ノーマン・キンなんて出てくるのだから、そう考えるのが普通だろう。密室から消えた書類、不可解な放置死体、更には密室殺人……。日影丈吉の忍法帖♪ 作中で風太郎忍法帖に言及されているあたりで、一度にやりとさせられるのだけれど、かえって「あれ?」とも思う。
物語の中盤を過ぎると「ニンジツ」はあっさりと否定され、登場人物たちは発生した出来事について合理的解釈を試みるようになる。そうか、実は本格推理だったのか! と二重に驚かされてしまう。
日影丈吉の本格推理♪ ……真相は一気に明かされない。少しずつ、少しずつ。しかしその明らかにされる真相というのが「あれ?」「おいおい」「ちょっと……」というか何というか、腰砕け回答のオン・パレードなのだ。あり得ないようなトンデモのトリックでもあれば、またそれはそれで楽しめるのだが、もったいぶって出てきた答えが、常識的で面白くないものばかり。あとがきで作者は開き直っているが、エンターテインメントの世界では反則だと思う。また最後の最後に明かされる「影」の正体に至っては。ある意味ではかなり驚きではあるのだが、これまた違った意味で現在のミステリでは禁じ手だと思われるものであった……。
日影丈吉というビッグネームの長編でありながら、こりゃ今まで復刊がされないわけだ……。妙に納得。
結論、日影丈吉の駄作ミステリ♪

各章の表題が凝っていることには触れておきたい。「金髪女は若死にする」「ダブル・ダブル」「影の顔」……等々、なんのことだか分かりますね。第一回MYSCONオークションで青天井で競り落とした、という入手方法的には非常に思い出深い一冊ではあるのだが……。ホントに全集が出たらこんな作品も復刊してしまうのでしょうか。世間の日影評価を下げる結果にならないと良いのだが。