MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


01/04/30
岡本綺堂「半七捕物帳(四)」(春陽文庫'00)

色々な形で刊行されている岡本綺堂の古典的捕物帳の名作「半七捕物帳」。なぜ(四)からというのは、MYSCON2の本の交換会時に、カタオカさんが収録中の『三つの声』をオススメとして取り上げて下さり、私に本を譲って下さったため。まずは読んでみよう。

お寺の僧侶が行方不明。僧の服装が着せられた狐が死んでいたことから、僧は狐のバケモノだったということにされてしまう『狐と僧』
松茸を江戸城に運ぶために飛脚を使う時代に起きた悲劇。橋の上で思い詰めた女性を半七が見咎め家に連れ帰る『松茸』
古道具屋の仮面に手付けを打った芸人。その仮面をどうしても譲って欲しいという武士が現れて『仮面』
柳原堤に白衣の鬼女が出るという。小者が噂を確かめに出ると何者かに殴られ得体の知れない獣が『柳原堤の女』
捕り物の手伝いをしたことで一躍人気の遊女が部屋で絞殺される。同室の男は酔いつぶれており、張子の虎が枕元に『張子の虎』
普段から善行を心がけている初老の男が殺された。半七は残された鍋墨から河童の芸人が怪しいと睨む『お照の父』
無事に勤めれば年三両という妙に好条件の下女の口。奉公に出た娘は半年後に怖いので帰りたいと姉に手紙を託す『向島の寮』
お宮参りに出かけた三人組が待ち合わせ場所で入れ違い、何度か留守宅に声がかかるが一人が死体で発見された『三つの声』
舞踊の発表会の楽屋から少女が行方しれずに、そして死体で発見。近所の少年二人が突然苦しみ死亡する事件『少年少女の死』
大火の最中、飼われていた熊が逃げ出し女性を襲いかかるが、若者と侍が倒した。その熊の死骸が行方不明に『熊の死骸』
荒れ寺の井戸から僧と虚無僧、四人の死体が発見されるが外傷も毒の形跡もない。一人の女が一緒にいたはずだったが『十五夜御用心』
橋から身投げした女の死体。握りしめていたのは蝋燭に見えるよう加工された金の塊。折しも江戸城で金塊盗難事件が『金の蝋燭』以上、十二編。

絶妙の語り口、さりげなくも論理的、そして人情溢れる解決。やはり捕物帳の傑作
あくまで私の場合。捕物帳の傑作としてはこの「半七捕物帳」よりも「なめくじ長屋捕り物さわぎ」のシリーズを先に読み出している。都筑センセーがシリーズを創作するにあたり、参考、そして目標にしたシリーズの一つがこの「半七捕物帳」であることは有名な話。日本にはホームズよりも先に、これほど論理的な探偵が活躍していたのだ。
周知のことかもしれないが、この捕物帳、既に隠居している半七老人が、筆者の求めに応えて過去の事件を回顧する形式を取っている。一種の伝聞形式の表現となっているのだが、これが逆に物語のリアリティを引き立てる。現在進行形ではどうしても不自然になる各人の描写を、後でまとめることによって、読者にとっての最大効果を上げる構成へ自由に変更しているのだ。そしてまたその手法が「半七捕物帳」の持つ、独自の論理性を引き立てている。犯人や被害者の行動には理由があり、遺留品は何かを物語り、怪奇現象にしか見えない出来事も何かの意味を持つ。また江戸時代ならではの、人々の心理さえも小道具に使い、最後には全てのピースを収まるべきところに「ピシッ」と音を立ててはめ込んでしまう。多少怪奇味の余韻を残す部分も計算のうち。奇妙な出来事が見事にまとまったり、何でもない事象から、奇妙な物語が紡がれたりと、これぞ論理のアクロバット。スゴイ。

文章のリズムだとか、個別作品における技巧、時候や風物の取り入れ方など、語りたい部分はままあれどとりあえずこの巻ではここまでにしておく。作品集全体としてのレベルが高いため、飛び抜けた作品がない代わりに、全ての作品が楽しめるというなんとも贅沢な作品集。いや、贅沢なシリーズというべきかも。


01/04/29
飛鳥 高「死にぞこない」(東都書房'61)

タイトルは収録長編から目当ての『死にぞこない』とさせて頂いたが、本書は東都書房による「現代長篇推理小説全集7」。飛鳥高と共に、日影丈吉の長編『非常階段』が併録されている。またそれぞれ日影『吉備津の釜』、飛鳥『こわい眠り』の両短編も合わせて読むことが出来る。

税務署に勤務する独り者の”私”はアパートに好意を寄せる女性、節子の訪問を受ける。彼女と知り合うきっかけとなった貿易会社社長、矢島が失踪したというのだ。彼女は社長秘書、しかし矢島に対する態度が気になりつつも、節子を手放さないために気乗りしないまま”私”は調査を開始する。矢島は房総半島の海岸に立つ別荘地からの行きしなの足跡だけを残し、砂浜の真ん中で消え失せてしまっていたという。矢島が残した新聞の記事にあった生花師匠殺人事件に、彼の手で不自然なチェックが入っている。逮捕された容疑者は公判で無実を主張。矢島と事件の関係を調べた二人は、殺された女性の元に矢島が使いを出したことがあることを知る。そして、この事件の真犯人が実は矢島ではないか、と考え始める。そんな中、今度は関係者の一人が工場地帯の海辺で眉間に銃弾を受けて殺されるが、こちらも実行可能な範囲に犯人の姿が無い。果たして事件と矢島の繋がりは?

サスペンス+ハードボイルドな展開に人間消失と犯人消失が絡む
不可能犯罪・人間消失――砂浜の上に石碑に向かってついた行きしなだけの一本の足跡。本人の姿はどこにも見えず、行方が判らない。 そしてまた不可能犯罪・犯人消失――見晴らしの良い埋め立て地。目撃者がごく僅か目を離した隙に近距離から射殺され、海中に転落した男。犯人の姿は全く見あたらない。とにかくこの二つの不可能犯罪が目立っている。
物語そのものは、自分が心を寄せている女性の心を引き離さないために、消失してしまった矢島という男(主人公とも旧知の間柄である)の行方、そして彼の過去を探る展開が主軸となっている。知っているつもりで全く知らなかった矢島の姿。彼がなぜ姿をくらましたのか、彼の過去に何があったのかを人伝に聞いて回り、想像を巡らせる部分は、本格ミステリというよりも、ハードボイルドの王道に近い。元もと、姿を隠すこと自体が後ろ暗いことでもあり、主人公が捜査そのものに決して乗り気でないことと合わせ、物語全体のトーンはあまり明るくない。但し、そんな中、地道な努力の積み重ねによって、最終的に納得出来る落としどころに持ち込まれており、全ての人間関係の謎は完結する。ハードボイルド派の方でもまず満足出来るのではないか。特にラストシーン、プロローグと同じ場所、光景に戻って主人公の心象風景の変化を描いているあたり、構成に巧さが感じられる。
そして明かされる不可能犯罪の中身も、特に人間消失の方に工夫がある。なるほどなるほど。このあたりも伏線だったのか。ハードボイルド部分の持つ人間関係の謎が、不可能犯罪を成立させるための大きな前提となっている。多少しっくり来ないところもあるが、両方を結びつけんとしたセンスはさすが。佳品。
短編の『こわい眠り』は、少年が身近な人間の不審死の謎を追求する物語。理科系テクニック及びその弁証方法に感心。謎解きだけでなく、少年探偵らしい浅慮な行動が、少年自身を追い込んでしまう展開に、残酷なリアリティを感じさせる。

MYSCONオークションでの石井さんからの落札本ながら、裸本に二千円支払った私に皆さん首を傾げておられた。いいのだ。読みたかったし。元本('60年刊行、光風社)はそう入手できるものではないらしいし。これでいいのだ。


01/04/28
柴田錬三郎「幽霊紳士/異常物語」(光風社出版'65)

本書、題名は『幽霊紳士』ながらそちらは春陽文庫版にて既読(傑作です)のため、弊録されている『異常物語』という連作短編集のみをレビューする。

フランス留学生が尋ねた娼婦の元に通う男はヒトラーそっくり?『生きていた独裁者』
海外リゾートに滞在の日本の婦人が体験する異様な愛欲体験?『妃殿下の冒険』
チャリティの古道具から見つかった絵は海賊キッドの宝を示す?『5712』
ドイルがホームズを誕生させる前に書かれたホームズ物の習作?『名探偵誕生』
アイデアに詰まったヒッチコックが体験するアパートでの冒険?『午前零時の殺人』
モンパルナスの歌姫に語られた手鏡に纏わる不思議な物語とは?『妖婦の手鏡』
館の一室に自分の意志で鎖に繋がり閉じ込もった女性の持つ秘密?『密室の狂女』
何事にも飽いた作家に旅行者が語る世界のふしぎふしぎ物語『異常物語』以上、八編。

絢爛豪華なヨーロッパの舞台演劇を見ているがごとき連作集
ミステリーとしてはちょっと弱いかもしれないし、歴史文学にしてはフィクションの味が強すぎる。狙いはやはり「歴史で味付けした奇妙な味わい」にありそうだ。このコンセプトを同じくした作品を並べることで、ふしぎな連作短編集として読んでいる間の束の間、俗世間を忘れさせてくれる。
どちらかといえば、海外、特に欧州を舞台にした作品が目立っている。登場人物や歴史の異常な体験を描いた上、その裏にある真相を告白させたり、種明かしをしたりする構造で、伏線や手掛かりなどはあまり気にされてない。従って、本来のミステリ作品としてよりも何か良くできた舞台演劇をフィクションと知らず見せられている印象を各作品から感じた。
特に異彩を放つのは時代小説・大衆小説の大物、柴田錬三郎によるシャーロック・ホームズパスティシュ、『名探偵誕生』だろう。この作品は確か日本作家のホームズパスティシュばかりを収録した河出文庫のアンソロジーにも収録されていたはず。一見何気ない事件。ドイルの習作とはじめから断っているのはちょっとエクスギューズとしては過剰な気もしたが、「心理試験」のごとき推理というより真相究明を行う若者ホームズは、時代の十九世紀らしい雰囲気の演出と共にいい味を出している。 他では延延とふしぎエピソードが開陳される表題作の『異常物語』と、全く異なる二つの話が展開される『密室の狂女』の二作が個人的にツボ。

MYSCONオークションにてりえぞんさんより購入したもの。光風社版の『幽霊紳士』は'63年に刊行されているが、本書はそれと異装カバーとのことで、その二年後に刊行された重版のらしい。きちんと調べていないので不明ながら『異常物語』そのものは、『幽霊紳士』とのカップリングの形でしか刊行されていない模様。シバレンといえば「眠り狂四郎」を思い出していた、柴田錬三郎作品に対する私の印象は最近どんどん変化を続けている。


01/04/27
渡辺容子「左手に告げるなかれ」(講談社文庫'99)

'96年に第42回江戸川乱歩賞を受賞した作品。渡辺さんはジュニア小説から一般小説に転進し、更にミステリへと進んできた経歴を持ち、'92年には『売る女、脱ぐ女』で第59回小説現代新人賞を受賞した経験を持つ。

スーパーやデパートで万引きする客を捕まえるためのプロ、保安士を職業とする”私”こと八木薔子は唐突に二人の刑事の訪問を受ける。三年前に別れた不倫相手、木島の妻が殺され、その容疑者として自分の名が上がっているのだ。彼女はかって証券会社でばりばりのキャリアウーマンを張っていたが、上司である木島との不倫が発覚、更に木島の妻から多額の損害賠償の請求を受けたことから恨みを持っているのではないか、と疑われたのだ。三年ぶりに木島と連絡を取り、心の平安が乱され仕事が手に付かなくなった薔子。所属するスルガ警備保障の上司、板東の計らいで、彼女は事件現場に近い職場に移らされる。薔子は自分の汚名を雪ぐために事件の真相を自分の手で解き明かすことを決意、手始めに現場のマンションの聞き込みを行う。その結果木島夫人が、他の住人ともうまくいっていなかったことが判明。そして彼女よりも先に、事件を捜査している謎の人物がいることにも気付く。

大胆なトリックを細やかなリアリティの積み上げによって目隠しする
百貨店やスーパーで客を装い店を巡回しながら、万引き犯を捕まえる保安士という仕事。一般には馴染みのない職業であり、この仕事の実態や、犯罪実態を巡る人間模様などをエピソードを交えて描いていっただけだとしても、そこそこ興味深い作品になったのではないかと思われる。だが、本作では、主人公の行動や性格についてこそ、職業が大きく関与しているものの、物語のコアとなる部分に関わりはない。この「保安士」もそうだが、物語の中にいくつもの要素、例えば、主人公の不倫、老人ホーム、証券会社社員の実態、コンビニの経営、健康志向の男等々が一見無関係な事柄が多数存在しており、それぞれに一般人の知らないようなさりげない蘊蓄(というか業界知識)がエピソードと共に語られる。更に、追っかけ青年の生態だとか、マンション住人の軋轢だとかいった、ごく日常の、しかし普段は他人から見えないようになっているような部分についても細やかな描写が行われる。これら一切合切の特殊な、もしくは普遍的なエピソード群が、実は本来の「ミステリ部分」に奉仕していないところが、本作の最大の特徴だと感じた。
本作の「ミステリ部分」の中心は主婦殺人、そして後から明らかになる連続不審死事件に繋がるところ。果たして犯人は誰なのか、そもそもその目的は?  ……あくまで個人的印象としてだが、この「ミステリ部分」、冒頭からするするするすると拡散していく事件や物語の筋道からすれば、真相としては実はかなり浮いている。ただ結局、大量のエピソード群が物語を修飾し、よってたかって「ミステリ部分」を隠す構造となっているために、その浮き上がりは、普通に読んでいる分にはほとんど感じられなくなっているのだ。作者のミステリの、というよりも小説家としてのテクニックなのか、センスなのか。このあたりの処理は抜群に巧い。
例えば宮部みゆきさんもこのようなエピソードの積み重ねの手法を使っているように思う。しかし宮部作品のエピソードの方が、登場人物の性格付けなどとも密接に絡んでいることが多いのではないか。

もっとマクロな視点でみれば、特殊な職業+事件を自らの手で捜査+ハードボイルド風展開というこの後の乱歩賞の王道を行く作品。作者自身の小説家歴が長いこともあってリーダビリティが高く、個々のエピソードの面白さもあって、最後まで楽しく読める。確かにジャンル的にはミステリなのだが、人間観察の妙などミステリ以外の面白さが強いように思える。一般的な小説ファン全体にお勧め出来そう。


01/04/26
多岐川恭「孤独な共犯者」(早川書房'62)

'60年代初頭に早川書房の企画した「日本ミステリ」シリーズの第一期第三回の配本として書き下ろし刊行された作品。同期の六作には鮎川の『翳ある墓標』、結城昌治のスパイ小説の傑作『ゴメスの名はゴメス』などが並んでいる。

雄心高校三年の久米啓也は、足の裏の化膿で入院中、看護婦の前川純子に童貞を奪われる。初めてのその経験から、妙な興奮と共に女体の嫌らしさを敏感に感じ取った啓也は退院間際、病室を個室から大部屋へと移すことに決める。その部屋には啓也の二年先輩で雄心高校を中退した太田秀一がいた。喧嘩で腹を刺されたという秀一の不思議とクールな立ち居振る舞いに魅せられた啓也。だが啓也に対し、相変わらずちょっかいをかけ続ける純子に病室の秀一が襲いかかる。傷口が開いて未遂になるが、秀一は彼女に惚れたという。秀一に隠れて退院後も純子との逢瀬を続ける啓也であったが、興味は秀一の観察にあった。純子の兄、前川は秀一を手なずけようとしているらしい。彼の嫉妬深い性格を利用し、純子のパトロンでもある対立組織の長、兼子を秀一に殺させようというのだ。彼らの思惑を知りつつ前川を手助けして秀一を部屋に送り込んだ啓也だったが、秀一は案に相違し、兼子でなく純子を殺害する。巧みにその場を取り繕ったのは、啓也の冷静な頭脳であった。

物語の最大の謎は、美しく冷静で賢い少年の心の奥底にあるなにか。
作者があとがきにて述べているように確かに「倒叙」の形式、即ち、犯罪の起きるまでの経過、実際の犯罪の状況を描いた上で、別の登場人物に謎解きをさせ、犯人はもちろん、読者さえも気付かなかったような些細なミスからその真相が暴かれることを描く作品。確かにそれはその通りなのだが。
この作品、倒叙形式のミステリであることなどずっかり忘れさせてしまうほど、冒頭から主人公の行動、そして性格に引き込まれる。 常に冷静沈着、打算的、頭の回転も早く、決めた行動に躊躇しない。更に美しい容貌ゆえに女性に気に入られる啓也。人並みに学業もこなし、家族とも普通に会話し、どの角度から彼を捉えても普通の高校生、そして優等生……の筈なのに。
彼の頭の中の行動基準がとにかく読めない。羊の皮を被ったオオカミでも、単なる冷酷な犯罪者でもない。強いていえば自分の興味の対象であれば、犯罪であろうと邪魔者があろうとそれを実行せずにおかない昏い炎を燃やしているとでもいえば良いのか。我が道を貫く対象(本作では秀一)を勝手に偶像として崇めたてまつっておきながら、その偶像が地に堕ちると冷静に、かつ残酷に対処していく姿には戦慄を禁じ得ない。
例えば近年の作品でいえば、貴志祐介の『青の炎』に登場した主人公を一瞬思い出したが、彼よりも本作の主人公はもっと冷えている。世間の常識やしがらみにとらわれない独特の価値基準、判断基準で行動する啓也には妙な凄みが伴う。恐らく読者は共感よりも畏怖を覚えるのではないか。いかにも作り物めいていながら、現代の価値基準では決して存在していてもおかしくない個性。発表当時よりも現代の方が、この主人公が生きる時代には似合うかもしれない。

本作だけが傑作なのか、多岐川恭がひたすらにスゴイのか。 本作を元版文庫版問わず、見つけられる人は良いですが、見つからなければ、創元推理文庫多岐川恭選集を買いましょう(本作は入っていませんが)。文庫二冊のボリュームだけでなく、その「味」も素晴らしい。絶対に後悔しませんよ。みんな、もっと多岐川恭を読もう!  (おーかわさんとの交換にて入手。ありがとう)


01/04/25
大下宇陀児「誰にも言えない他」(春陽堂書店'56)

春陽堂にて刊行した「長篇探偵小説全集」の第二巻として刊行された作品。'52年より翌年にかけ「週刊朝日」に連載された表題『誰にも言えない』に短編『柳下家の真理』『悪党元一』が弊録されている。解説は中島河太郎。

小さな運動具店を経営し、周囲も羨む仲の良い夫婦、浦部浅男と朋子。遊び人ながら二人の大親友、篠門次郎は遊びに来た際、朋子の学生時代の友人、安西康子という女性と知り合ったと話す。康子は女学校を盗みの疑いがかけられたかどで中退、その後職業を転々とし現在は町会議員のパトロンを得てバーを経営していた。篠は実は朋子に横恋慕しており、この愛人の康子を使って夫婦仲に棹を差そうという下心があった。康子にこのことを持ちかけると、彼女は浅男に興味があるといい、篠が朋子にちょっかいを出すなら私も、と主張、しばらく後にあっさりと康子は浅男を陥落させてしまう。いいどころのない不満を感じる篠だったが、夫が浮気をしているという朋子の悩みを聞くうちに深く反省、夫婦を仲直りさせるために康子と共に浦部宅に向かう。抵抗する康子と目的地近くの石炭置き場で口論していた二人は何者かに凶器で刺されてしまう。  表題作『誰にも言えない』

「小説」を重視した「探偵小説」へ至る道程、まだまだ半ばだった頃
この作品には大下氏自身のあとがきがつけられており「この小説が、探偵小説であるかないかについては、多少の論議があるのではないか?」と自身で疑念を表明されている。「探偵小説も、何より先きに、小説であらねばならぬ」ともある。この二つの文章が、この表題作の特徴を既に端的に表明してしまっているように思う。
そして内容もその通り。幸せを絵に描いたような若夫婦に忍び寄る悪意。そして亀裂。具体的な事件がなかなか描かれないまま、淡淡と破壊されゆく日常が描かれる。地に足のついたリアルな日常からは「文学」への強い作者のこだわりが感じられる。残念なのは、その「日常」を構成するための描写の徹底性がまだ十分でなく、リアルな現実を表現するにはまだ足りていないように思えること。文章・文体・表現が従来の大下氏の持ち味そのままの探偵小説的なテクニックで執筆されていることから、これでは単純に事件発生を遅らせた探偵小説としか読者としては感じられないように思う。後半に事件が発生してからは一気に物語の迫力が増し、意外な犯人、意外な動機とエンターテインメント性が高まる分、前半部が単に冗長に感じられることが殊に勿体ない。
ただ、全編を通じて眺めた時には、この物語の持つ社会性があることも判り、本作が後の「社会派」と呼ばれる作品群の萌芽であることは充分感じられた。
一方、初読の短編『柳下家の真理』は、従来型探偵小説短編として安心して読めるタイプ。戦争直後の荒んだ東京を舞台に孤児となった少年と、家出少女の交流から売買契約の決まった屋敷の炎上、中から出てくる焼けた死体(焼死体でなく)……等々、狙われた意外性そのものが一種パターンかもしれないながら、大団円まで一気読み。よく出来ている。また『悪党元一』は現在でも創元推理文庫で入手可能。女を食い物にする男の辿る哀れな末路を描く奇妙な味の佳編。

大下宇陀児という探偵小説作家の作風の変遷を感じさせる作品。朝日新聞社版などもあるようですが、いずれにせよ、超困難ほどではないまでも入手はそれなりに難しいところ。たまたま本書はダブり本を購入した関係でMYSCON2のオークションにて放出、りえぞんさんに購入頂きました。


01/04/24
山田風太郎「風眼抄」(中公文庫'90)

'79年に六興出版より小さなハードカバー版で刊行され、'90年に改めて中公文庫に収録されたエッセイ集。昭和三十年代後半から五十年代の半ばにかけ、各種小説雑誌や他の媒体に発表されたエッセイの集成。

一つ一つに触れても仕方ないので、題名のみを記す。
I 「我が家は幻の中」「旧友」「私のペンネーム」「私の処女作」「わが町・わが本」「昭和六年の話」「暗い空の文字」「ある古本屋」「自分用の年表」「「警視庁草紙」について」「伝奇小説の曲芸」「酒中日記 旧師との再会」
II 「飲めば寝るゾ」「明治人」「私のケチな部分」「坐る権利」「廃県置藩説」「くせの話」「人間ラスト・シーン」「同名異人」「蟹と大根」「昔のものはほんとうにうまかったか」「招かない訪問者」「麻雀血涙帖」「春愁糞尿譚」「花のいのち」「日本駄作全集のすすめ」「風山房風呂焚き唄」「今は昔物語」
III 「なつかしの乱歩=その臨床的人間解剖」「十五年前」「乱歩妖説」「追想三景」「熱狂させる本格」「大江戸っ子」「大下先生」「幻物語」「変な初対面」「絶品「味覚極楽」」「愛すべき悪漢「丹下佐膳」「大魔力」「吉川文学雑感」「あげあしとり」「漱石と「放心家組合」」「漱石のサスペンス」「律という女」「啄木記念館にて」「戦中の「断腸亭日乗」」
以上に「あとがき」

「山田風太郎」の出来るまで、と出来てから
風太郎は10冊程度のエッセイ集を刊行しているが、その内容は二種類に大別出来る(ような気がするってのはまだ未読だから)。一つは『戦中派不戦日記』に代表される反戦もの、そして『半身棺桶』だとか『コレデオシマイ。』だとか『あと千回の晩餐』だとか……に代表される死に際もの。正しい分け方なのかどうかは知りませんからね。この用語を使って恥をかかないように。

で、本作はそれらとは異なり、「作家、山田風太郎の感性」が中心になった好エッセイのように思われる。というのも構成が非常に巧くなされており、あたかもはじめから主題が与えられて、それに従って風太郎先生が執筆されたかのような作りになっているのだ。
冒頭は「山田風太郎の出来るまで」。 生まれた家や家族構成から始まり、小説家になるまで、そしてなり立ての頃の数々のエピソードが並ぶ。本章が終わる頃には風太郎は立派な作家となっている。数々の最高級エンターテインメントを生み出すことになる「基本ポリシー」はこの段階で既に手の内にあったようだ。
続いては「山田風太郎の日常風景」 風太郎の作品そのものとはあまり関係ない、山田風太郎の日常の中から心に残ったエピソードをまとめたものが多い。世の中に対する視点のユニークさは、独特の作品内視点にも繋がっており、非常に興味深い。このカテゴリ内では、急激なお腹の痛みを表現した「春愁糞尿譚」が絶妙の構成で爆笑を誘われた。
最後は「作家、山田風太郎の考察」 江戸川乱歩との交際に始まり、本格議論、大下宇陀児、高木彬光ら他の作家との交流、そして漱石や荷風をはじめとする先人達の作品に対する、独自の考察が展開される。大乱歩に対してここまで言うか、という「乱歩妖説」のような解釈は風太郎しか書けまい。漱石や荷風といった先人の作品を下地に論を展開する手法もまた、見事。

作品だけでも十分に山田風太郎は面白い。……だが、このようなエッセイを読んだ後、風太郎を読むのもまたオツなものではあるまいか。 近年執筆の他のエッセイも読んでみないと何ともいえないが、風太郎に駄文なし。ホントに。


01/04/23
梶 龍雄「龍神池の小さな死体」(ケイブンシャ文庫'85)

'79年に講談社より刊行された梶氏の第四長編。なぜかケイブンシャ文庫より刊行されているが、他社からは文庫刊行されていない。

「お前の弟は殺されたんだよ」――母が臨終の際に謎の言葉を残して逝った。その兄である仲城智一は建築学の大学教授。どうしても気になる母の言葉を手掛かりに、二十数年前、幼くして戦時の集団疎開中に命を喪った弟の供養のため、智一は調査を開始する。都内で弟と仲の良かった同級生を尋ねるが、収穫は芳しくない。直接に弟が疎開していた千葉県鶴舞に単身乗り込んだ智一は、その地に向かうバスの中で過疎村で医療を営む花島宅にやっかいになることとする。花島の話により、いくつかの断片的知識を仕入れ、当時を知りそうな関係者に弟の死んだ時の状況を確認する。しかし、龍神池に事故で落ちて死んだとされる弟は、母が駆け付けた時には既に荼毘に付されていたという。調査を進める智一に投げられる冷たい視線。勝手に漁られる荷物。そしてとうとう、確信に行き着く前に智一は頭を何者かに強打され大怪我を負う。休みを数日と決めていた智一は、放置していた実験用試料にこだわりをもっており、実験経過を早く知りたいと考えるが、こちらは学生ストにあたってしまう。

戦時中の事件を探ること……に作者が読者に張り巡らす何重もの罠
梶氏の「青春三部作」に比べ、現実の事件の進行が現在なだけに、多少趣を異にしている。……が、主人公が探索する「弟は実は殺されたのかも」という事件は、戦中の集団疎開において発生したもの。その謎を追及する主人公は、必然的に関係者に当時を懐古させていくことになる。そうして少しずつ浮かび上がるのは、戦時中の疎開生活の不自由さであり、当時の子供の飢えであり、国の論理で子供を押さえる大人の矛盾である。確かにその描写など、当時を生きた人間しか知り得ない「リアル」が本作の底流に息づいているのは事実。しかし……。梶氏はミステリ作家として、それまでの自身の作品さえをもトリックの伏線に用いる大胆さを持っていたとは……。
「龍神池の小さな死体」の題名(この題名も秀逸だよなぁ) が示す通り、戦時中に不審な状態で事故死したとされた弟の死因を探る主人公。当時の関係者は、今生きていないか、もしくは断片的で真相探求には到底役に立たない周辺的事実を語るのみ。果たして弟の身にいったい何があったのか。
とまぁ、これまでに執筆された梶作品であれば、その事件そのものにいくつかの謎とトリックとを忍ばせただけであっただろう。詳しくは書かないが、この事件そのものも確かに本作の要諦である。だが、梶氏の精神はそれを越えた部分にいくつもの謎やトリックを隠し、最後の最後に意外な形で読者に公表する。作者が登場人物の口を借りて指摘する様々な伏線。主人公が襲われた理由。本作のミステリとしての謎がてっきり……にあるのだ、と思った時には読者は既に負けている。最後の一章まで全く手が抜かれておらず、当然読者の気も抜けない。その文章や舞台に埋め込まれたいくつもの推理小説的テクニックが、必ずサプライズという形で機能する。

噂に違わぬ怪作品。普通に考えれば、戦争舞台のミステリなんだけれど……後にいけばいくほど、様々な形での人間の欲望や矛盾が、どろどろと噴出してくるあたり普通でない。読後感も決して良くはないし、一つ一つのトリックも小技の組み合わせに過ぎないのだが、作者の構成の上手さによって見事に演出で決まった、という印象。忘れがたいミステリ。


01/04/22
霞 流一「スティームタイガーの死走 ――大列車殺人」(ケイブンシャノベルス'01)

'94年、『おなじ墓のムジナ』にて横溝賞佳作デビュー、ギャグがちりばめられた超本格推理作品を次々と打ち出し、独自の地位を築きつつある霞氏の第七作目。書き下ろし。

小羽田トーイの社長、小羽田伝介は、戦後に設計されたものの幻に終わった機関車、C63を心血を注ぎ込んで再現させた。彼の息子、虎志郎はその機関車を「虎鉄」と名付け、東甲府駅出発で中央線をデモンストレーション走行させることに決める。熱心な鉄道ファンの刑事、唐須太は列車のチケットを入手、友人の女性鍼灸師で名探偵、蜂草輝良里を不本意ながら伴って「虎鉄」号に乗車する。全国の鉄道ファンが集まったその出発の日、東甲府の駅では謎の死体が発見された。一方、そんなことも知らずに出発した「虎鉄」号は、奇妙な乗客を大量に乗せたまま、中央本線をひた走る……が、途中、虎のマスクを被った二人の謎の男によって、列車を乗っ取られてしまう。パニックに陥った乗客のほとんどが逃げ出した中、一両分の人質と「虎鉄」号は走り去り、しばらくすると現れるはずの駅に姿を見せないまま、いずこかに消え失せてしまう。一方、「虎鉄」内部では、密室のコンパートメント内に全身の皮が剥がれたアカムケの死体が登場するは、何者かの指が落ちているわでこちらもてんやわんや。果たして蜂草キラリが指摘する、その驚愕の真相とは?

中央線をひた走るリニアモーター本格ミステリ
とにかく物語展開のテンポが速い。序盤に置かれたいくつかのプロローグこそ、多少冗長な雰囲気を持っていたのだが、単にそれは物語という名前の汽車のアイドリングに過ぎなかった。一旦、機関車「虎鉄」号が発車してからのテンポの早いこと早いこと。始発からしばらく各駅停車で進んでいた急行列車が、中心街に近づくに連れて駅をばんばん飛ばしてひた走るが如し。とにかく不可能的興味を伴った事件が次から次へと発生し、読者をまさに「煙」に巻いてしまう。
その「謎の事件」には一つ一つについて、安売りとまではいかないまでも、それなりのオリジナリティの高いトリックを惜しげもなくぶち込んでいる。あまりにもいくつものトリックがあって確かに全てが傑作とはいえないまでも、これだけ数が連発されればちょっと外した設定や登場人物も苦にならない。
霞作品特有の「ギャグ」「旨いもの」に関する描写が少なかったのは、本作にて作者が狙ったという「ノンストップ本格」のテイストにそぐわなかったからか。また、これは別に気付く必要はないことだが。 冒頭にある人物への献辞が捧げられており、それがまたオチへと繋がる部分がある。そのことを認識した段階で改めて作中の事件を俯瞰してみることで、「ああ、なるほど」と新たな感慨が湧く。但しこのことはそれほどメジャーとは言い難い戦前本格探偵小説作家の原典を知る人間のみの特権かもしれない。
全く予備知識がなかったとしても、十二分にトリックとノリとスピードで読み終わるに違いない。いかにも霞氏らしいギャグ系本格推理作品であることは確か。

既に多数の主人公クラスの名探偵を排出している霞氏による、また一人の名探偵が登場。これは普段刊行している出版社サイドにエンリョした結果なのか。だけど、その程度じゃ汽車は止まらない。狙いすぎたギャグが減った分、トリックやシチュエーションに「バカミス(誉め言葉)」の要素がかなりあって、相変わらず予期せぬ笑いを誘う。列車内一気読みにすごく向いている。 霞流一テイストを十二分に満喫。そして満足。


01/04/21
西東 登「殺人名画」(青樹社'75)

蟻の木の下で』にて乱歩賞を受賞した西東氏の持つシリーズ探偵、毛呂探偵が登場する第四作目。青樹社より書き下ろしにて刊行された。

私立探偵の毛呂は日々の仕事を終え、近所のバーで一杯飲んだ後、自宅のアパートに戻ってきた。扉の前で彼を待っていたのは元同僚の大滝刑事。雑貨屋の女主人が何者かに絞殺される事件が近くで発生し、ふと近くに住んでいるはずの元刑事だった毛呂を訪ねてみる気になったという。翌日、毛呂は勤務する探偵事務所長から、行方不明の男の捜索を命じられる。依頼人は銀座でレストランを営む佐原という男。所長と面識があるという。佐原の恩人の息子にあたる伊駒は、彼に会いに九州から上京し、東京駅から電話まで掛けてきたにも関わらず、一週間以上経過しても姿を見せず、自宅に帰った形跡もない。以上の話を佐原から聞いた毛呂だったが、言葉の端端から何かを彼が隠していることを直感する。翌日、九州へと飛んだ毛呂は、伊駒がなぜ上京するのに飛行機を使わなかったのかを訝しむ。

うーーーーーーむ。見え見えのオチ、疑問の残る殺人。さしあたり魅力が見えない……
前半は失踪人探し。何か後ろ暗いところのある依頼人。いかにも主人公の追う事件と関係していますよ、と無関係を装って登場する別個の殺人事件。探偵は失踪人を追ってトラベルミステリよろしく九州へと飛び、その人物のアウトラインをつかむことに躍起となる……のだが、そのアウトラインそのものはそれほど物語の核に深く関係しない。手掛かりをつかむことに大した工夫もなく、人づてに事情を聞いては、前受金で美味いものを食い漁る主人公。みるべきところが特にないまま、東京に戻っていよいよ本格的捜索に入る……。
しかしだね、題名が「殺人名画」なのだ、この作品。
これならどんなに鈍感な人であっても「名画」が物語のキーになっていることにくらい普通題名を見た瞬間に気付くだろう。その「名画」がなかなか物語中に登場しない。だって、それが物語最大の謎なんだもの。しかし登場人物はいざ知らず、読者はその最大の謎が題名で作者自らによってネタバらしされているのに物語に付き合わないとならないのだ。物語の空白に「名画」を当てはめれば全てが自明……。なんだか、哀しいがな。
ということで特に意外性を感じないまま、物語は閉じられた。

そういえば、溺死体を別の方法で移送した場合、本当の溺死体とは異なる形で死斑が定着するんとちゃうかったかな。なんで警察は解剖までしておきながら誰も気付かなかったのだろう。うーん、不思議だ。不思議。

ということで、入手も確かに相当に困難な作品ではありますが、このまま世の中に埋もれてしまったとしても全く不都合のない作品です。西東氏には他にもっと面白い作品がありますから。せめてそちらを読みましょう。