MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


01/09/20
浦賀和宏「彼女は存在しない」(幻冬舎'01)

第5回メフィスト賞を『記憶の果て』にて受賞、講談社ノベルスを中心にコンスタントに長編を書き下ろして来た筆者の初ハードカバー。帯で森博嗣氏が激賞している点に目を惹かれた。

マニアックで軽薄な大学生、勝治と交際している私は横浜駅前で彼を待っていた。私の前に現れた女性は「アヤコさんですか」と私に尋ねる。「違う」と答えると彼女は泣きそうな顔をして去っていった。勝治がやってきて暫くして駅前に戻ると先ほどの彼女が、高校生グループに囲まれている。私は思わず彼女をかばい、勝治の活躍もあってその場を離れる。おどおどした彼女は由子と名乗り、結局勝治宅に宿泊するが翌朝置き手紙を残して去っていた。勝治は机の中のダイバーズナイフが無くなっていることに気付く。
大学生の根本は幼いころ不慮の事件で父親を亡くし、続いて母親を喪ったことで妹と二人暮らしをしていた。その二十歳になる妹、亜矢子は、数年来他人とのコミュニケーションが出来ず部屋に閉じこもっている。そんな彼女が外泊して戻ってきた。根本は怒るが亜矢子は別人のような反応を見せ全く意に介さない。は亜矢子が様々な人格を持っていることに根本はようやく気が付いた。さらに亜矢子の二度目の外出を尾行した根本は、逆にカツハルという男に尾行されぼこぼこにされる。亜矢子が彼をなだめその場は収まったが、翌日、滅多刺しにされたカツハルが死体となって発見された。根本を気遣うガールフレンドの恵が彼の自宅を訪問したところ、亜矢子は根本家の秘密を彼女に暴露する。

途中で気付いても気付かなくても、最後まで読ませる鮮烈で残酷な物語

(全く先入観なく本書を読みたい人はネタには触れていませんが以下を読むのを止めてください)

二つの物語……。 私、勝治、浦田先生といった友人達と、由子という女性と知り合ってからの行動とが交錯する”私”の視点の、どちらかといえば明るく元気で日々楽しければOK、という若者たちの物語。そしてもう一つは、大学生の根本とその妹でいくつもの人格を持つ亜矢子、根本のGFの恵らを中心に描かれる暗い過去をひきずる家族のやりきれない絶望が覆う物語。 これらが並行する形で描かれる。
対照的ともいえる二つの物語がどう交錯するのか、が一応ミステリとして本書を読んだ時のポイントとなろう。
ただ、あくまで私の場合は比較的序盤であることに気付いたため、純粋にラストまで作者に騙され続けていない。先にいっておくが、最後まで真実に気付かず、最終章にてはじめて知らされたらこの物語はかなりショッキングなミステリとなるだろう。(あくまで想像だが)
そして、作者の仕掛けに気付いた上でも充分に最後まで読めた。特に「根本一家」中心のパートにおける亜矢子の存在が徐々にバケモノじみていく過程がすさまじい。これが「うおお!ここまでやる?」というサプライズとなって次々と襲いかかってくるのだ。単なる仕掛けだけの作品で終わっていない。幼い頃のトラウマだとか、人格乖離障害だとか、現代の病巣を赤裸々に貪欲に作品内に取り入れることで、浦賀氏独自のファミリー小説としてもきちんと成立しているように思える。この展開に好悪はハッキリ分かれるだろうが、沈鬱した精神を内面から描写することに長けた浦賀的世界がミステリを乗り越えて拡がっている作品。ミステリを道具にしてこの精神世界を深く鋭く抉っていると考えれば、騙しが最後まで続くかどうかも些細な問題なのかもしれない。

おそらく確信的に行われていると思われるため、判断はそれぞれ読者に委ねられるのだが、個人的には文章のくどさが目に付いた。例えばマクドナルドで購入する個々の製品名「ベーコンレタスバーガー」から「烏龍茶のSサイズ」まで事細かに例示されていたり、彼らの聞く音楽がアーチスト名から曲名まで事細かに書き連ねられている点、登場人物の服を色や形に止まらず、ブランド名にて表現していたり。現代を描くのに固有名詞を多用する方法。自分の世代が彼らより上にある点を棚に上げる気はないのだが、このやり方は特定のごく限られた読者層のみへのアピールでしかなく、折角の物語の流れを中途半端に阻害している要因となっている方が強いのではないか。

そういった細かい点を除けば、やはり全体として評価出来る。(浦賀作品をデビュー作以降を読んでいないけれど)「自分自身の世界観」を維持しつつ、作家としての経験値を積んで成長し続けていることはハッキリと分かる。デビュー時から換算すれば、現在まだ作者は22歳のはず。今後もどのように変化を続けていくのか興味が湧いてきた。


01/09/19
飛鳥 高「飛鳥高名作選 犯罪の場」(河出文庫'01)

飛鳥高氏は'46年、旧「宝石」の懸賞小説に「犯罪の場」をもって応募し入選し、翌年同誌に掲載されてデビューした。その後も短編を発表していたが、第3回江戸川乱歩賞最終候補に残った『背徳の街』を改題した『疑惑の夜』を初長編として'58年に刊行する。'61年に発表した『細い赤い糸』が翌年第15回日本探偵作家クラブ賞を受賞、近年はずっとこの受賞作品しか入手出来ない状態が続いていた。本書は氏がかって刊行した『犯罪の場』『黒い眠り』という二冊の短編集を丸ごと収録、それに未刊行の短編四編を加えた豪華作品集である。

劇場で火事を起こし二人の犠牲者を出した男と彼を養う年上の女。犠牲者の一人を麻薬密売で追っていた刑事。彼は彼女が火事の際に持ち出したという絵に目を付ける。 『逃げる者』
上司がプレハブ実験住宅内で殺された。その鍵を持つ上司の妻と通じていた部下は、自らが疑われるものと思いこむ。現場の片隅に落ちていた二つの真珠。 『二粒の真珠』
軍隊時代の友人の実家の寺に寄宿する男。寺のそばに、かって自殺した夫人の幽霊が出るという噂があった。寺の住職が毒によって刺殺され、その死体の上には等身大の人形が。袴田もの。 『犠牲者』
元同級生の実業家にすっかり人生を支配された男。実業家の二号が住む別荘管理人として暮らしていた。その実業家が唐突に行方不明になり、会社周辺は大パニックになる。 『金魚の裏切り』
大学の研究室で学生が頭を金属で殴打されて死亡する事件。事件は迷宮入りしかかっていたが、大学教授はその現場を分析することで犯人を特定していた。 『犯罪の場』
貿易で財をなした社長が殺された。変装した犯人が忍び込むところは目撃されたが部屋の中には死体があるばかりで出入り口に鍵がかかっており脱出した形跡がない。袴田もの。 『暗い坂』
金持ちの旦那が二号宅に入ったことを見届けた強盗。一階に降りてきた女性を脅し、静かに旦那の金を奪い取った男は彼女と共謀して証拠を隠滅する。 『安らかな眠り』
不幸な境遇にある僕を養ってくれているお嬢さん。奥平という男に求婚されているが病気の弟の世話のために断っている。その弟がガス中毒で死亡した。 『こわい眠り』
刑事の隣の家に住む人気作家の妻が薬物死した。変死を疑う刑事は作家を追及。彼は旅行中だったと主張し写真をその証明のために持ち出した。 『疲れた眠り』
会社の急拡張を果たした社長は人事係長に人員整理を示唆する。それを聞いていた運転手らは自分たちが対象と知り動揺する。そして係長が宿直の翌朝殺された。 『満足せる社長』
無職の男が将棋を指しに友人宅を訪れた帰りに扼殺された。二百円もって出た男の財布には百二十円が残されていた。行きずりの殺人事件と見えたが刑事は彼の財布に札があったと証言を得る。 『古傷』
倉本の後輩の山口は、バーに勤める奈津子を争って白坂という男を殺した容疑で拘留されていた。その山口が脱走。倉本と奈津子は山口がバーに現れることを予感していた。 『悪魔だけしか知らぬこと』
戦後没落した笠寺家はかっての使用人の甲元の工場に出資。甲元の要請で資産の売却の為に三艘のボートで悪天候の中、湖を渡る途中、甲元が行方不明になってしまう。 『みずうみ』
謎の組織に雇われた骨田は現金と拳銃とナイフをKと名乗る男から受け取った。今から七十二時間の間にある人物を殺害しろというのだ。迷う骨田はとりあえず実地に赴く。 『七十二時間前』
労働事務官の加多の霊は訊問官により「お前はまだ死んでいない」と呼び止められる。なぜ彼は首を縊られ殺されたのか、彼は幽霊となって関係者に会いに行く。 『加多英二の死』
男はなぜ自分が転落しているのか理解出来なかった。泥棒に忍び込んだ時は確実に存在した工事用の棚板が、二度目に戻ってきた時には撥ね飛んでしまったのだ。 『ある墜落死』
奇抜な設計を得意とする建築家の私は、音楽堂を建築していた。コンクリート工事の終わった現場を部下と検分中、確認に出向いた事務所で私の片腕の木島が死んでいた。 『細すぎた脚』
小さい身体で土工をしていた沖山金助はあちこち立ち回った末に、遂に電器屋の長男が行う密輸入の片棒を担ぐに至る。そしてある日乾坤一擲の大勝負に挑むが。 『月を掴む手』(掴は国が國)以上、十八編。

鮎川・彬光だけじゃない。純粋国産「本格」作品はこんなに面白かった
某大手企業にエンジニアとして勤務しながら執筆していた飛鳥氏の作品には顕著な特徴がみられる。「トリック」に対する独自のこだわりと言えばいいのだろうか。それまでにない形の物理・アリバイトリックが多く作品内に取り入れられているのだ。凶器や人間を純粋に「モノ」に還元、これくらいの力学的要素が加われば、人が殺害出来る、死体は移動する、密室が構成される……。その現象を日常の視点で事件を捉えた時に、奇妙な状況になる要素を好んで取り入れているように感じられる。当然、これらは「意外なトリック」として読者の前に立ちはだかる。何らかの形(それが「トリック」と呼ばれない場合は「アイデア」)が作品の中で、新しい試みをやってみようという気概が感じられる。これがまず最大の魅力だろう。
そして意外な感じもするが、この作品集における作品それぞれにおいて事件が起きる動機を、飛鳥氏は読者に全く予想させない。単なる愛情のもつれといった卑近なところから、第二次大戦の敗戦が日本国民に与えた影響まで、ミクロからマクロまで動機もスケールを自由自在に操ってしまう。単なる社会派推理とも一線を画する「意外な動機」。この結果、ともすれば退屈になりがちな単なる「どうやって」のトリックに加え「犯人は誰?」という「謎」についても必ず作品内で考えられている点も注目していい。
これまた意外だったのは、奇妙なシチュエーションを設定している作品もいくつかみられたこと。特に『加多英二の死』における、幽霊が関係者に話を聞きながら自分の死の真相を探るという試みなど面白い。また『七十二時間前』のサスペンス風味の展開など「飛鳥高にこんな一面もあったのか」と、個人的には氏の新たな魅力を再認識させられた感。また後のアンソロジーに収録されることも多く、あまりにも独創的トリックゆえにバカミスの典型のように一部で語り継がれる『二粒の真珠』。これはトリックの現実性の無さよりも、それを思いつき、読ませる作品にまで仕上げてしまう「奇想」と「剛腕」をこそ評価すべきだと感じる。

昭和三十年代。仁木悦子らの台頭で推理小説が市民権を得始めた時期。既に飛鳥高はこのような「一歩上」の「奇想」を世に問うていたのだ。当時の一般的読者には、先進的に過ぎて完全に受け入れられなかったかもしれないが、今読めば飛鳥氏いかに進んだ思想で「本格推理小説」を生み出していたかに驚嘆することは間違いない。少なくとも、当時より現在の方が、それぞれの作品がすんなりと受け入れられる土壌は整っているはず。

今年になって刊行が開始された河出文庫の奇跡のような(という形容詞が全く不自然ではない)「本格ミステリコレクション」の第一期、第一回目の配本。以前から日下さんからは噂は聞いていたものの、本当に書店で手に取るまで信じられない気持ちだたった。続刊予定の鮎川哲也はとにかくとして、楠田匡介、島久平、鷲尾三郎など、マニア随喜の品揃え。このシリーズはミステリマニアを志すのであれば、借金してでも(といっても千円札が一枚あればいいんだけど)「黙って買い」です。


01/09/18
樹下太郎「二度死ぬ」(平和新書'63)

「ムードミステリー」と副題に冠されている。(ごく一部の)樹下ファンからは「ムードミステリーって一体なんなんだ、読んでみてえ」といわれている作品集。平和新書は現在の徳間書店の前身、アサヒ芸能出版が刊行していた新書版の叢書。

浮浪者寸前の六十歳の老婆の死体がN川で浮いた。しかし突き落としたのは、彼女とは無関係で、ある会社の部長を勤めるわたしである。 『女』
映画館でアナウンスされた名前は、以前ホテルに連れ込んだ時に現金をスリ取っていった女性。彼女を捕まえたわたしは彼女ごと人相の悪い男たちに拉致されてしまう。 『令嬢』
アナウンサーの女性が暗い夜道で男が誰かを殺害するのを目撃する。男は口を塞ごうと彼女宅に押し掛けるが、彼女は自宅設置のテープレコーダーのスイッチを入れる。 『虎口』
ある殺人事件の被害者は水商売の女性。その身元が判明しなかったがモンタージュ写真から土井はかって交渉を持ったことのある女性だと気が付く。 『二度死ぬ』
ある会社に勤務するBGはボーナス日の前日に社長が全社員のボーナスを金庫に入れていることに目を付け、年下の男を誑かした。金庫破りは成功したがに見えたが。 『日没を待て』
家業の縫製業を母親と共に手伝っていた孝子は、ある事件から自分の髪を短く切り落として部屋の一角の蚊帳の中に籠もるようになってしまった。その事件とは。 『蚊帳の中の女』
見合い結婚で現在の夫に出会った妻は、申し分ないがどこか平静な夫を愛することが出来ず、以前に見合いした男によろめいた。妻は夫に殺意を抱くようになる。 『影にされた女』
池袋駅で戸惑う老婆。三十年振りに訪れた池袋は全くかってと異なる街に変貌していた。彼女がかって求婚を断って自殺した男のために子の地に戻ってきたのだ。 『北豊島郡池袋』
二十九歳のBGが自殺。黒いタイトスカートを好んだ彼女にオールドミスの雰囲気は無く、彼女が遺したノートに七人の男の名前が書かれていた。彼らは彼女のなんだったのか。 『黒いスカートの女』

なるほど。ムードミステリーってのはこういうことなのか。
「この作品にはミステリーのムードがある」というと非ミステリ作品の単なる味付けを表現する言葉だが、この作品集はあくまでも「ムードミステリー」と呼びたくなる雰囲気を持っている。
俗に”サラリーマン小説”という組織のなかでの悲喜こもごも以外にも、樹下氏が好んで描くテーマがある。市井のごく普通の人々の心の動き。この微妙な庶民感覚を描くのも、樹下氏は実に巧い。そしてそれが男性だけでなく女性であっても、樹下氏はあたかも彼自身が彼女らに成り代わったかのような微妙な心の綾をさりげなく、そして見事に演出する。本書が「ムードミステリー」たるのは、その女性の心の微妙な動きが作品内部で大きな意味を占めている作品がずらりと並んでいるから。報われない、決して手に入れることの出来ない「愛」をもとめたまま、死に至ってしまう女性。男を手玉に取りながらも不安に心をいっぱいにしている女性。自らの気持ちをコントロール出来なくなってしまう女性。かっての自分に対する後悔で胸を埋め尽くしている女性。年齢こそ様々なれど、女性ならではの心の動きが、事件の動機だけにとどまらず、物語の主題全体を支配してしまっている作品さえある。特に皮肉っぽいブラックな感じで終わる作品では、その女性の心の動きがそのままトリックや伏線になっているものもあり、面白さと巧さを両立させている。
ただ、個人的にはミステリ的なサプライズは少なくとも、叙情感が多く感じられる作品の方に印象が強く残った。すなわち、家族や世間に自分の小さな恋心を押しつぶされた女性の悲劇を描いた『蚊帳の中の女』や、中途半端な終わり方で、かえってその哀しい動機を際立たせている『黒いスカートの女』など。「思い詰める」という行為を書かせると樹下氏は巧く、そして切ない。

そうそう入手出来る作品集でなく、かつ恐らく何らかの形でアンソロジーに取り入れられそうな作品も見あたらない。樹下ファンならやはり押さえてはおきたい作品集だとは思う。ただ一般ミステリファンに必死になって探せ、とはちょっと言えない。  ……樹下太郎はこのまま再評価されることなく歴史に埋もれていくのだろうか。”庶民感覚”という言葉が死語にさえなりつつある現在、もしかすると仕方のないことなのかもしれない……などと少し弱気になってみたり。


01/09/17
有栖川有栖「作家小説」(幻冬舎'01)

'99年から'01年にかけて幻冬舎の月刊PR誌『ポンツーン』に掲載された作品を中心に(『書く機械』は'98年『週刊小説』、『奇骨先生』は書き下ろし)編まれた作品集。題名通り「作家」にまつわる、ないし「作家」が絡む作品にて統一されている。

編集長が新進作家を連れ込んだのは出版社の地下にある秘密の部屋。数々のベストセラー作家を生み出したこの部屋には恐るべき秘密があった。 『書く機械(ライティング・マシン)』
日本全国で手口の似た殺人事件が連続して発生していた。高校の文芸部に所属する富沢愛は孤高のカルト作家上杉皇一にファンレターを送り続けていた。 『殺しにくるもの』
本格ミステリを五十枚。もう締切二日前だというのに全くアイデアが浮かばない。ネタ帳から引っぱり出した案はことごとく母親に却下されてしまう。 『締切二日前』
高校の図書部機関誌のインタビューのために作家の家を緊張して訪問する高校生、島貫直哉と吉沢梨奈。先生は大人げなく島貫に突っかかる。 『奇骨先生』
出版社の頼みで逃げ出してきた地元でのサイン会を引き受けた新進作家の鶴岡。果たして当日にやって来た客は奇妙な人間ばかりだった。 『サイン会の憂鬱』
「どうもー、いらっしゃいませー。作家漫才の芥川正助でーす」「直木正太でーす」「何のメッセージもない気楽なおしゃべりですからねー。笑ってやってくださーい」 『作家漫才』
作家の赤木慶太が発表した『成長の秘密』という作品。一部のネタを提供してくれたエッセイストが失踪、赤木はその理由に心当たりがあったが……。 『書かないでくれます?』
とある実験で夢の世界に閉じ込められた作家。彼はその世界では存在しなかった「物語」を作る者として大衆に熱狂的な支持を受けていた。 『夢物語』以上、七編。

「本格」どころか「ミステリ」の枠から思い切って外れてみたら、こんなの出来てしまいました
ここまで書くのは失礼だっただろうか。
かって綾辻行人氏が出版社のミステリの依頼に対し「ミステリは書けませんがホラーだったら書きます」と答えて『殺人鬼』(あれ、『眼球奇譚』だったっけ)が生まれたというエピソードをふと思い出した。 最近も本格ミステリのアンソロジー編纂も行った有栖川有栖氏。氏の名前からは本格原理主義者も一目置く、本格の鬼、というイメージがずっとつきまとっていた。そのイメージが少し変化したのが『ジュリエットの悲鳴』あたりだったかと思うのだが、更にその「本格ミステリ以外」という路線を進んだのが本作、ということで良いのではなかろうか。
作者自身があとがきで述べているように「ミステリ作品集」とは到底言い難い作品集となって上梓されている。本人の言葉を借りれば「ミステリーでもホラーでも冒険小説でもなく、SFでもファンタジーでも漫才(?)でもない」 つまりジャンルに関係なく有栖川氏が自由気ままに筆を走らせて創り上げた物語の群れ。その結果、やっぱり自由気ままな作品たちが一冊に揃った印象。一応全てが何らかの形で「作家」という職業に関連しているので短編集として最低限の統一感はあるのだが、ネタ的には全くバラバラなので何が出てくるか分からない。一つ一つの(ミステリにはもっていけない、そしてミステリなのにミステリネタにしたら読者から怒られる……)アイデアを、物語にしました、という印象。
それぞれ試みが重視されているが、ミステリ系では『殺しにくるもの』のアイデアが秀逸。連続殺人の捜査風景と、カルト作家に送られるファンレターの二重構造から、有る程度の結末は予感される。しかし、ラスト一頁の鮮烈な演出が本編を心に残る作品にまでランクを上げている。 一方、ユーモア系ではベタな『作家漫才』よりも『サイン会の憂鬱』を推したい。本作そのものはユーモアを狙ったものではないかもしれないが、倉阪鬼一郎氏の『田舎の事件』に通ずるようなバラエティに富んだサイン会のお客さんたちの描写が秀逸。客の姿はデフォルメされているけれど、作家という商売をされていれば多少は似た経験がありそう。 対面商売でないから作家という稼業を選ぶ人もいるだろうし、こんなサイン会、作家にしてみれば堪らなくイヤでしょうね。

確かに「有栖川有栖の本格ミステリ」を要望する読者にとって本作は満足出来るものではない……のは致し方ない。その反面、有栖川有栖氏が実は持っていた軽妙なノリや自由に羽ばたいた空想が別の形で表現され、特徴ある作品集として仕上がっている。当然、作品集そのものとしては面白く読めた。読者が有栖川氏に何を期待するかによって評価が変わってくるかもしれない。


01/09/16
氷川 透「密室は眠れないパズル」(原書房'00)

氷川氏は『真っ暗な夜明け』にて第15回メフィスト賞を受賞し作家デビューしているが、本書はそれ以前に第8回鮎川哲也賞に応募され、最終候補となり島田荘司氏の推挽を受け、上記作品の翌月に刊行された。元の題名は『眠れない夜のために』。

作家の氷川透はデビュー作の打ち合わせのためにミステリ出版の老舗、東都出版があるビルを訪れていた。夜の十時を過ぎ、編集の小宮山が酒を持ち出しミステリ談義に入る。アルバイトの上野という学生が加わり、他にも東都出版の常務や営業次長が顔を出す。別の編集部では女性編集者と女性デザイナーが新作の色校を待ち続けていたが、ようやく印刷会社の営業が顔を出した……そんな時。ビル内に悲鳴が響きわたる。廊下に倒れているのは営業部次長の岡本。ナイフで刺され瀕死の状態の中、彼は「常務に刺された」と言い残し息絶える。氷川は常務らしき人物がエレベーターに乗り込むのを目撃、しかしエレベーターは下ではなく上に向かう。逃げるのではないのか? そしてそのエレベーターは再び下降をはじめ、扉が開く。中には血まみれの常務の姿が。ビルに残されているのはたった九人。外線電話は通じず、唯一の出口、裏口の扉もなぜだか開かない。果たして犯人は? そしてどうやって??

事件は論理により割り切られる。本格ミステリの純粋王道を寸分違わず一直線
一渡りの状況説明の後、提示される魅力的な謎。人を刺したと思われる犯人がエレベーターで逃走、しかしそのエレベーター内で死体となって発見され、凶器も見あたらない……。都会の中の嵐の山荘状態。限られた容疑者と錯綜するアリバイ。条件が整ったところで、作者からの(照れくさそうな)「読者への挑戦」メッセージが挟まり、探偵が関係者を集めて謎解きを開始する。
黄金時代の古典的探偵小説を模した構成。本格ミステリの王道中の王道。作中に作者と同名の登場人物が登場するあたりも含め、クイーン作品を大いに意識した内容となっている。簡単な密室講義も登場し、現在の「新本格ミステリ」の状況を登場人物に分析させたりと、論理を愛する本格ミステリマニアにとっては読み応えのある作品であろうことは間違いない。
また、都会のど真ん中で周囲と隔絶された状況を生み出す方法及び論理はなかなか面白く感じられた。でも、舞台となっている1996年であれば営業マンであれば携帯電話を持ち始めた時期だったと記憶しているけれど、その辺の言及はなくても良かったのかな?
現代を舞台にしながらも何か新しいか? と言われると「本格ミステリの王道作品」であるという以上の「何か」があまり存在していないように思う。無難にまとめてきたというか。刊行に値する作品であることは間違いないし、文章力もそこそこ、場面の描写や物語構成も無理なくそつなくまとまっている。もちろんミステリとしての論理にも齟齬はない。だが、やはり鮎川哲也賞の最終候補で止まってしまったというあたり、何となく頷けてしまう。減点方式で採点すればほとんど差し引かれないレベルにありながら、作品・作者の持つパワーや、新しい試みという点でプラスの得点があまり感じられず、百点以上は与えられない印象を受けた。満足は出来た。でも満足の上の感慨が欲しい、というのは読者の勝手な思いだろうか。

それでも全く構わない。とにかく論理が論理できちんと割り切れるミステリが好き、という読者には間違いなく支持される作品だろう。読者が全ての手掛かりを持ち、考え得る可能性を一つ一つ潰し、論理による結論が別の論理でひっくり返されるのは、それはそれで快感ではある。ただ個人的には後にでた講談社ノベルス二作よりもミステリとしての完成度ならばこちらの方が高いかもしれない。ただエンターテインメント性に関しては後二作の方が上にあるようにも感じられる。


01/09/15
菅 浩江「雨の檻」(ハヤカワ文庫JA'93)

『永遠の森 博物館惑星』にて推理作家協会賞を受賞した菅さんは、'92年に『メルサスの少年』で星雲賞を受賞するなど周知の通り純然たるSF畑出身の作家である。高校時代に「SF宝石」誌に発表した事実上のデビュー作品『ブルー・フライト』に90年に入ってからSF系の雑誌に発表した作品を集めた作品、書き下ろしを加えた菅さん初の短編集。'93年には本書の『そばかすのフィギュア』が同じく星雲賞を受賞した。

新しい地球を探す移民船の一室。無菌状態でしか生きられないシノは隔離され、人口生命体フィーに世話されながら生きていた。色々な光景を映し出す窓は壊れ、ずっと雨の風景のままになっている。 『雨の檻』
辺境の美術学校に入ったイジメられっ子の僕は、同じく美術を学ぶ人口生命体のピイに絵を教えるよう教師から指示される。 『カーマイン・レッド』
二十五年前、良美を置いて宇宙に旅立った”オリジナル”の女性、智子は記憶障害となっていた。彼女のクローンの良美は智子をじわじわと責め立てる。 『セピアの迷彩』
オリジナルアニメの原作を元に作られたフィギュアは特殊な仕組みで原作通りの記憶と命を吹き込まれた。靖子は健気な役柄のアーダのフィギュアを丁寧に美しく仕上げる。 『そばかすのフィギュア』
荒んだ街に住み、死病に感染していた私と暮らしていた彼。頬にカトレアの入れ墨をした彼は遊び人を装っていたが、本心が臆病なことが見え見えだった。 『カトレアの真実』
時間を遡ることの出来る体質を持った家元が「旅」から戻ると一番弟子は亡くなっており、同じ能力を持つ少女が跡を継ぐことになっていた。 『お夏 清十郎』
母の遺したメッセージ「翔びなさい、アヤ」という言葉に従い、エリートを義務づけられた試験管ベイビーアヤは宇宙を目指していたが。 『ブルー・フライト』以上、七編。

際立った人物と極限の状況下で語られる「人間」の生き方、在り方
今まで長編ばかりを読んできたせいか、菅さんはじっくりと紙幅を使って「世界」を創り上げる作家だという印象を持っていた。しかし、この短編集ではそれをあっさり裏切られた。短い作品においても「世界」がきちんと存在している。特に長い描写をしているでなしに、きちんとその状況なり環境なりが瞼に浮かぶ。つまり菅さんは「世界」を創り上げるのに長けた作家だったのだ。
もちろんそれぞれ短編であるので、物語はこの「世界」の中の一瞬、ごく一部を切り取った内容となる。それがまた鮮烈なのだ。極限といって良いかもしれない。 一生を人工生命体と過ごす少女の苦悩、生命を持ったフィギュアに自らの果たされない思いを託す少女、時を遡るうちに大切なものを喪い続ける女性……それぞれ苦悩に満ちながら、物語の中で次のステップへと進んでいく。その状況・過程・決断をほんの短い物語の中で、みごとなまでに体現しきっている。彼女たちは、単純な悦びばかりではなく悲しみも怒りも全て携えて、人生に対して逃げずに取り組んでいく。そんな姿がこの作品集の随所でみられる。
もちろんSFであるからして、設定はオリジナリティに満ちている。ある意味、どこか遠い世界でありながら、彼女たちは我々読者のすぐ側に立っている。全く知らない世界が身近に感じられる不思議。力がこもりつつも、きっちりとした構成で描かれる世界と登場人物。それもまた筆力や表現力の賜物だろう。彼女らは菅さんの分身かもしれないし、我々の分身かもしれない。未知なる世界の物語でありながら、読者の手の届くところの幸せや希望について勇気を与え、力をくれる。 SFの良さが深く味わえる逸品。

各方面のSF作家が傑作揃いと太鼓判を押す作品集ではあるが、どうやら現在入手不可能な模様。SFファンであれば間違いなく「見たら即買い」なのは常識なのだろうが、あまりSFに興味が無くとも押さえておいて損はないレベルの作品集かと。


01/09/14
藤岡 真「六色金神殺人事件」(徳間文庫'00)

藤岡氏は'92年、第十回小説新潮新人賞を短編「笑歩」にて受賞し、初長編となる『ゲッペルスの贈り物』を翌'93年に角川書店より刊行した。その後、ずっと沈黙が続いていたが本書が久々に書き下ろし刊行された。翌年の2001年には『ゲッペルス…』が創元推理文庫に入るなど、遅蒔きながら評価されつつある。

保険調査員の江面直美は、青森県への調査の帰りに雪道にて車が動かなくなってしまう。徒歩で脱出しようとした彼女は偶然に津本町という田舎町に迷い込む。田舎に似合わない瀟洒なリゾートホテルを中心にその街では「六色金神祭」という町の旧家、東元家に伝わる古文書をベースにした古代神を祀るお祭りを復活させようとしていた。町の入り口で謎の男、栗須に声を掛けられた直美は、空を飛ぶ謎の物体を目撃する。予言者だという彼は「雨の浮船が六色金神の末裔を殺戮しにきた」と謎の言葉を発する。直美は続いて人だかりに気付く。雪の中からミイラ化した死体が発見されたのだ。津本町は、雪で電話線が切れ、道路も封鎖された事実上の陸の孤島となっているという。帰京を諦めた直美は「祭りを見に来た」のだとホテルに無理をいって部屋を取る。続いて祭りのシンポジウムに参加した彼女は、古文書の独自解釈にこだわる学者がパネルディスカッションの最中に急に空に浮かぶところを目の当たりにする。さらに停電の中、大音響と共にその身体が舞台の壁に突き刺ささる。

トンデモミステリを予感させつつ……物語はひたひたと続く。この不安感に痺れ、そして驚く
まず第一に、今どき「○○殺人事件」という題名がチープ。異色伝奇ミステリーという惹句がチープ。登場する古文書「六色金神歌」の内容がチープ。その古文書が宇宙開闢から大和朝廷の成立までの史書(!)であるところもチープ。思わせぶりなプロローグも結構チープ……。そもそも本書を手に取るところから、読み始めてしばらく、この作り物めいたチープさにまず辟易させられること請け合いである。主人公が舞台となる津本町に入り死体が登場する。ここから一気に拡がる「凄まじい」展開に不安になる。いきなり正体不明の浮遊物の目撃、雪の中のミイラ化死体、舞台を飛び回った上に壁に激突する学者、炎に包まれ宙に浮かんで落下する町長、部屋ごと氷漬けにされる女優、死んだはずの男が歩き回り、注連縄の下の死体は消失する……。六色金神歌の見立て殺人なのは分かる。しかし、怪しい登場人物ばかり次々と登場する割りに伏線らしい伏線が見あたらない。これは一種の恐怖である。「おいおい、大丈夫かよ……」「まさか夢オチ? それとも超能力オチ?」 不安いっぱいでページを捲っていくとそのまま「第一部」が終了してしまう。

そして。

第二部にて第一部の秘密が明かされる。そこにある根本的な「仕掛け」そのものについては個人的には正直言ってちょっとアレである。恐らく読者の50%はアレだろう。しかし、本書のサプライズは「仕掛け」そのものよりも「第一部」が実に丁寧に緻密に真相に奉仕していたことに気付かされる時に発生する。 強引である。強引だが辻褄は合う。うーむ、あああの台詞はああいう意味だったのか! そうかあの行動の意味は! 悔しい。悔しいがついつい元のページを参照してしまう。これも伏線だったのか? うあ、これもレッドへリングだよー! 読むのが苦痛でもあった前半部の全てが別の形で蘇る。 これは極上のトンデモミステリ。しかも巧みな。

登場人物が多数過ぎるうえに書き分けがすっきりしていなかったり、記述上のアンフェアが一部感じられたりした点「小説」として完成されているとは残念ながら言い難い。しかし、それらもこの「試み」の副産物だと割り切って作品の勢いに身を任せるべきだろう。また、本書の方が凝り方は上ではあるが、全体の底を支える設定が吉村達也氏の『トリック狂殺人事件』に通ずるところがある印象を受けた。(一部のトリックはまるまま同じだし)

とにかく我慢して「第二部」までは進んで欲しい。ある意味、本当のミステリはそこから始まるといってもいいかも。万人向けオススメでは決してないけれど「やられた!」というのが好きな方には是非試してもらいたい作品。

余談。 最初、本書の↑に使うコピーは「果たして怒るか呆れるか驚くか?」にしようと思っていた。が、書評を書き終えた後に、藤岡真ブレイクのきっかけの一つとされる猟奇の鉄人の書評を読み返したところ、既にkashibaさんが「さあ、貴方は、笑うか、怒るか、感心するか?!」と書かれていた。どうも皆さん、本作からは似た手応えを感じ取っているようである。


01/09/13
山田風太郎「忍法創世記」(出版芸術社'01)

出た出た出たぁーーー! 遂に出た。一大ブームをかって巻き起こした風太郎忍法帖、単行本に収録されていなかった唯一の長編が、連載完了より三十年の時を経てここに登場。これに興奮せずにいられるものか。忍法帖長編全二十六作のうち、わざわざ最高傑作と呼ばれる『風来忍法帖』を余して、じぃぃっっと待っていた甲斐があった。これでもうすぐ完全レビューが達成出来る……。嗚呼、感無量。

南北朝時代となって五十年余り。大和の柳生家と伊賀の服部家は長年にわたり犬猿の仲であった。この両家の抗争に終止符を打つため、奇妙な婚礼儀式が執り行われようとしていた。柳生家の男三兄弟と、服部家の女三姉妹が、それぞれ交合合戦を行って、負けた方がそれぞれ相手方に嫁入り、婿入りするというもの。ところが両家に奇妙な客が訪れたことから事態が一変する。柳生の里を訪れたのは剣法の創始者ともされる中条兵庫頭。彼は南朝の大塔の宮の姫君の命を受け、融和の動きのある南北朝に対して、南朝が保持する三種の神器が北朝側に渡るのを防ぐため、七人の大塔衆と共に柳生の助力を乞いに来ていた。一方、服部家に現れたのは能楽師の世阿弥。彼に従う七人の忍者は、かって楠木正成の配下にあり現在北朝側に仕えつつも南朝の為に働かんと望む菊水党。彼らは大塔衆の動きを察知し、それを阻止するために服部家の助けを仰ぐ。ところが既に婚礼儀式は開始されており、服部の三女、お鏡は柳生に嫁入り、柳生の次男、七兵衛が服部に婿入りすることが勝負の結果より決まってしまっていた。かくして、三種の神器を巡って柳生家+大塔衆と服部家+菊水党の団体戦が開始されることになる。

今まで本にならなかったのは、決して本作が駄作だからではなかった!
何これ、公平にみてすっごく面白い忍法帖だよ。なんで今まで本にならなかったの?

まずはミクロ的に読む。 風太郎忍法帖の重要なエッセンスの一つが「対決」にある。つまり人智を超えた忍法を使う忍者やくノ一が、主義の異なる忍者や剣術の使い手などを相手に繰り広げられる奇々怪々の「対決」。序盤はサブ登場人物から終盤の主人公格同士まで、本作も忍法vs剣術の戦いが各所で交わされる。一部、技を見せる間もなくやられる人物がいるのも御愛嬌。さらに一つ一つの技への興味。この点も本作は合格だろう。身体を丸める秘術、矢のない弓矢などから男女の欲望を忍術化したものまで、読者の期待通り多数登場する。
ミクロとマクロの中間的に読む。 本作は柳生の剣術vs服部の忍法が軸になっている。ただそれぞれの三兄弟と三姉妹の一部が序盤のうちにイレギュラーに陣営を入れ替える。主要登場人物の人数こそ結果的に両陣営が揃うものの、このイレギュラーによりに様々な葛藤が生じさせることで、物語のアクセントとしている。双方人数を揃え、どこかで少しずらすのは特に中期以降の忍法帖にて散見されるように思うが、両陣営が消耗していく中で最終的にバランスを合わせていつまでも勝敗の結末を予想させない風太郎の手腕が健在なのは嬉しいところ。
マクロ的に読む。 初めて舞台に室町時代が採用された。柳生と伊賀の草創期で彼らが剣術の一族、忍法の一族となる直前の段階という試みもあるが、やはり南北朝の争いに題材を取っている点が面白い。三種の神器を巡り、根本的に思想を同じくする者同士が相争う。歴史そのものの枠組みを決して動かさない風太郎は、このような「無駄な戦い」を頻繁に描く。戦いの目的ももっともらしいが実はアホらしい。(本作でも同じ南朝贔屓同士が、南朝のために三種の神器をかけて互いに争う) 風太郎が自作でありながら忍法帖をナンセンスと決めつけているのは、忍法そのものだけでなくある意味アホな原因を巡って必死で争う登場人物にも向けられているのかもしれない。
通じて読む。 場面場面の描写で深く心に突き刺さるシーンがいくつかある。三人の夫婦が結ばれる場面。激しい葛藤と共に夫婦が互いに戦わざるを得ない終盤直前。そして大団円をわざと避けた物語の虚しさをかき立てる本当の最後の仕掛けを経て、闇と光、生と死、剣と舞が交錯するラストの激しくも静かな戦い。この最後の戦い、場面の美しさでいうなら忍法帖でもベストクラス。風太郎の奇想は、これらの天分の筆力があってこそなのだとしみじみ感じる。

南北朝というのは数ある風太郎忍法帖の中でももっとも古い時代設定なのだという。なので「創世記」が題名に冠されてる。そして一方その「創世記」、忍法帖の数ある長編のうち最も最後に執筆された作品でもある。通読した印象では、風太郎忍法帖作品群のうちで超一流の傑作とまでは呼べないまでも、超絶エンタテインメント小説としての忍法帖作品群での平均水準は軽々とクリアしている。風太郎自身が作品にする価値はない、とまで言っていて刊行がされなかった作品(本書は風太郎の没後刊行ながら、生前に刊行許可は本人が出している)で、それほど中身は期待していなかったのだが、これはもう嬉しい誤算というしかない。 (本書が刊行されなかった理由について、日下三蔵氏の解説における類推は説得力が高い)

この出版芸術社の山田風太郎コレクション、第一作目の『天狗岬殺人事件』も期待以上の出来であったが、本作は忍法帖ファンとしては、これ以上ないくらいの贈り物であった。次作にしてシリーズ完結作となる『十三の階段』も大いに楽しみに待っていたい。考えてみれば、風太郎忍法帖のリアルタイムファンでも、単行本化されなかった本作を読めていない人は多数存在したはず。それをこの二十一世紀に手にしている我々は幸せとしか言いようがない。


01/09/12
土屋隆夫「穴の牙」(角川文庫'76)

1968年頃に第一作『穴の設計書』が発表され、続いてシリーズが継続的に発表された後、同年に三一書房より刊行された。本書はその後に初文庫化された角川文庫版だが、'90年には光文社文庫版も刊行されている。全て絶版だが光文社電子書店では入手が可能。

妹が山の中で不自然な死を遂げた。会社員の兄は妊娠中の妹の相手の男の影を探るため執拗な調査を行うが誰も浮かんで来ない。 第一話『穴の設計書――立川俊明の場合』
旦那が出張中、たまたま通りかかった元上司が苦しんでいるのを家に上げたところ急死してしまう。しかも原因が砒素中毒でその妻は容疑者に。 第二話『穴の周辺――堀口奈津の場合』
仲の良い夫婦の夫の様子がある日に新聞を見た瞬間から急におかしくなった。当日の新聞には夫そっくりの顔写真が殺人犯人として掲載されていた。 第三話『穴の上下――木曾伸子の場合』
詰まらない事故で警察を退職せざるを得なかった元刑事が、偶然強盗犯を捕まえる。その男が言い残した言葉から、元刑事は金の隠し場所の見当つける。 第四話『穴を埋める――戸倉健策の場合』
迷宮入りの殺人事件。被害者の死亡時刻近辺に付近で男の姿を見たという匿名の目撃情報から、水道の検針員が容疑者として浮かび上がった。 第五話『穴の眠り――加地公四郎の場合』
若い会社員が、年増の事務員から金を借りた。その利子代わりにと彼女を抱いたところ、何と処女。結局彼女につきまとわれる羽目に。 第六話『穴の勝敗――佐田と三枝子の場合』
光彩工業の万年係長の唯一の自慢は学生時代にE大柔道部に所属していたことだった。部長の急死により派遣されてきた新部長はよりによって彼がかって屈辱を与え辞めさせた後輩の元部員だった。 第七話『穴の終曲――三木俊一郎の場合』以上による連作短編集。

土屋隆夫の短編の根元にあるものを探りたくなる
全ての作品が一頁ほどの「穴の独白(ひとりごと)」というプロローグから始まっている。本作でいう「穴」というのは「罠」のニュアンスに近い。人生の「陥穽」とでもいえば比較的ぴったりくるか。その「陥穽」の方が意志を持っている存在のように描いてある点、興味深い。
土屋隆夫の短編をかれこれかなり読み込んで来たが、それらは大まかにいくつかのパターンに分けられるように感じられてきた。
本書において読みとれるその代表的パターンの一つが「人間の排除」である。人生における屈辱、夫婦における不信、社会における信用など動機についてはそれぞれ異なってはいるのだが、登場人物は何らかの理由で誰かを「排除」する必要に迫られる。 この時、例えば強盗とか物取りとか、物欲などがベースの積極的な犯罪の例はあまり見あたらず、大抵の場合その何らかの動機により(それで読者が納得するかどうかは別にして)、犯人にとっては事態が切羽詰まってしまい、対象を排除することでしか、その最悪のケースを避けられない状況にある。犯人は完全犯罪の計画を練り、殺人を実行。 そしてまた、このケースにおいては犯人となる登場人物はミスや予期せぬトラブルに巻き込まれ、殺人が失敗したり、その殺人が露見したりする事態に直面する。最悪が更なる最悪に落ちていく……というパターン。このパターンそのものは、倒叙形式では常套手段だろう。しかし、土屋短編では極端に多く採用されているように思えるのだ。そして、同じく倒叙形式の多かった鮎川哲也との決定的な違いは、もともと「排除」の原因となった最悪の事態より、殺人が露見した後の最悪の方が、確実により不幸な結果になること。(詳細に突き合わせたわけではないが、鮎川作品の場合は、単なる殺人の失敗で終わり、人生の転落は抽象的に描かれている印象がある) この不幸な結果がリアルに頭に浮かぶが故に、土屋短編で多く感じられる「読了後の後味の悪さ」に繋がっている。この連作集においては第一話、第四話、第六話、第七話などが相当する。
本書の場合は、特にこの「最悪が最悪に落ちていく」という部分が「穴」となっている。「穴」に見込まれた以上、どうしようもない。この意味で本作は特に上記のパターンが目立っているのかもしれない。

他のパターンについてはいずれ。

連作短編集とはいえ、それぞれが独立した作品として評価されてもおかしくない。ただ土屋の短編集は収録年代がばらばらのものが多いが、本作は一時期に発表されたものが集中して収録されている。(当たり前だが) そういった意味で「最盛期の土屋」の脂ののった作品ばかり味わえるともいえる。ただ、土屋隆夫の短編は、読者により相当に好みがかなり分かれそうなことは、以前から繰り返している通り。


01/09/11
田中啓文「鬼の探偵小説」(講談社ノベルス'01)

YAから独自のホラーまで、独自の作風を誇る田中氏は実は「本格推理」にてデビューしていたのだという。(知りませんでした)ホラー界の「お笑いカルテット」に名を連ねる田中氏が打ち出した新機軸ミステリが本作。最後の一編が書き下ろしで、残りは『メフィスト』誌にて'00年から翌年にかけて発表された作品。

忌戸部署は近年大きな事件もなく警視庁管内でも〈くつろぎスポット〉とまでいわれる平和な警察。そこに米国からの研修帰りのエリート、ベニー・芳垣警部が短期間の研修の為に配属された。彼は独自の方法でこの管区に大事件が発生することを察知していた。彼が目を付けたのは「鬼」と呼ばれる鬼丸刑事。しかし鬼丸は特に何も手柄を立てることのないひっそりとした存在だった。
巨大な力で肩を砕かれたあげく、両方の目を抉り出され右と左の眼を入れ替えられたマニア相手のコレクターズアイテムの売人。ベニーと鬼丸は被害者の過去に目を付け、内偵を開始する。 『鬼と呼ばれた男』
裸の女性が路上で車と衝突、死亡する事件が発生。警察到着前に謎の黒づくめの男が現場に現れ、死体を運べないと知ると腹を切り裂き内蔵を取り出して去ってしまう。ベニーと鬼丸は最近勃興中の新興宗教に目を付ける。 『女神が殺した』
未亡人と四人の娘が住む蜘蛛館と呼ばれる屋敷の内部で四女が蜘蛛の毒を注射されて殺された。現場の唯一の出入り口には蜘蛛の巣、そして「蜘蛛」とダイイングメッセージが。 『蜘蛛の絨毯』
神社の住職が土の中に埋められて殺されていた。その神社の森に住んでいた浮浪者が容疑者とされるが、死体がミイラ化していたという謎がどうしても解けない。 『犬の首』以上、四中編。

続発する猟奇殺人の裏に潜む「物っ怪」以上の存在とは……
本書を評するのにこの点は先に明らかにする必要がある。またこの点を事前に知ったとして物語を楽しむにはまず差し障りはない。本編の主人公、鬼丸刑事の正体は〈鬼〉である。物語世界においては、〈鬼〉に限らず深山幽谷を追われ住むところを喪った「物っ怪」たちは普段はずっと人間の姿をして都会の中で暮らしている。鬼丸はその中でも警察に就職し、刑事として働いているという変わり種だ。人ならぬ存在の鬼丸と、彼の正体に薄薄気付いている米国帰りの陰陽師の末裔、ベニー。彼らが組んで猟奇的な殺人事件に挑む。
目の玉を抉って入れ替えたり、巫女が空中浮遊したり、裸の死体の内蔵が取り出されたり、蜘蛛に見立てられた死骸が登場したり、発見されてすぐの死体がミイラ化していたり……と、発生する事件はそれぞれ人知を超えた様相を呈している。鬼丸の存在もあり、これは「物っ怪」の仕業? と疑わせるのが本作のミソ。元もと存在する鬼丸と陰陽師ベニーが並列して捜査陣=「狩る」側にいるわけで、極悪「物っ怪」を追うゴーストハンター的な展開になる……かどうかは本編を読んで確認して頂きたい。しかし犯人がどうあれ、意外と(といっては失礼か)本格ミステリの要諦を押さえた展開になっている点については驚かれることと思う。特に三作目の『蜘蛛の絨毯』における「蜘蛛」づくしの死体、環境、メッセージ、状況……そして「蜘蛛」を活かした解決は、怪奇趣味と本格ミステリの融合が綺麗に嵌った傑作短編。ある意味、伝統的でかつ古風ともいえる作品で、事件を支えるトリックの一部は前例があるしバカミス的な要素も実はあるのだが読んでいる間は全く気にならず、素直にラストのラストまで感嘆できた。全編、鬼丸刑事が〈鬼〉であることを最後の最後に思い出させるラストで締めくくっており、伝奇と本格の融合の新しい試みとしても評価出来る。でも地獄で人を裁くのは〈鬼〉じゃなくて、閻魔大王じゃなかったっけ? (御愛嬌かな)

私個人は、田中氏はホラー畑の作家であるという認識をもっており、本書を読んだ後でその印象が大きく変化したわけでもない。ただ、伝奇を持ち出しつつもアクセサリとして使用しており、あくまでどんでん返しを伴う本格ミステリが物語の中心になっている点、感心した。 本作により正統派「本格ミステリ」も執筆出来ることもハッキリしたので、いずれそちらにも挑戦して頂きたいように感じる。