MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


01/12/10
横溝正史「女が見ていた」(角川文庫'75)

'49年(昭和24年)に「時事新報」という新聞に連載された長編作品。初刊は'51年岩谷書店より。当初は「女を捜せ」という題名だったという。'50年、第3回探偵作家クラブ賞長編賞候補作品。(受賞作品は高木彬光『能面殺人事件』)

夫婦二人で暮らす啓介は妻の加奈子を殴って家を飛び出した。彼女とのつまらない諍いを忘れるために酒を呷り、乗物恐怖症にも関わらず酔った勢いで有楽町へと向かう。電車の中、そして街中で啓介は何者かの視線を感じ取る。有楽町にて義弟の西沢と偶然会った啓介だが、妻と喧嘩していることを告げられず一人また酒の続きをはじめた。実は啓介は結婚前からの思い人を心の中に抱えていた。彼女、泰子は今や有名文学者である那須の妻に納まっている。耐えきれずに銀座から電話を掛ける啓介だが、彼女に邪険に扱われ、彼はまた鯨飲し、遂に意識が朦朧となる。しかし今度は別の女性が彼を監視するような視線を送ってくることに気付く……。ガード下で酔って寝入ったところを、その「謎の女」に介抱され自宅に戻った啓介は、妻が自分の電話に呼び出され銀座に出たと聞かされる。もちろんそんな記憶はない。ところが、西沢から大変なことが起きたと電話が。戻ってきた彼から、妻が銀座のキャバレーにて殺害されたと聞かされた啓介は、自分のアリバイがないことに愕然、信頼できる友人の元に身を隠す。

新聞連載の宿命か? サスペンスを盛り上げ過ぎて物語は破綻寸前
仲の決して良くなかった夫婦が喧嘩。夫は銀座でべろべろの前後不覚。妻が何者かに呼び出され殺されてしまい、夫は当然最重要の容疑者。彼のアリバイを証明してくれるのは「謎の女」だけ……。この発端はモロにアイリッシュの『幻の女』(洋物に弱い私でもこれくらいは分かる)。換骨奪胎、パクリともいえるスタートの切り方となっている。中島河太郎による解説にある作品成立の背景から類推するに、最初から最後まで構想を立てて執筆したともいわれる横溝氏の長編の作風には向いていなかった、つまり新聞連載にて発表された作品なのだという。つまり毎日原稿用紙数枚ずつ物語を紡ぎ、数日毎に山場を設定する必要があり、ミステリファン以外の読者が読むことも考え……と、従来の横溝作品とは全く異なる執筆方法にて造られている。結局、大まかな構想だけを元に物語を走らせざるを得なかった……のではないか。
その結果(怪我の功名?)、横溝作品が元もと持っているサスペンス的興趣は倍加している感がある。妻の死に留まらず、追われる主人公や、依頼されて推理を駆使する友人、(読者より前に)犯人を察知しながらも殺されてしまう登場人物。暗躍する黒眼鏡、レインコートの男……。古き良き時代の金田一もののドラマが頭の中を過る。うおお、どきどきするぜぇーーっ。    ……でも、ラスト寸前、この緊張感は脱力感へと変化する。
犯人はとにかくとして、伏線抜きのこの動機は一体なに? いくらなんでもこりゃないよー。取って付けたような自白もひどいし、思い返せば奇妙な点もいっぱいある。サスペンスを盛り上げ過ぎて物語がいっぱいいっぱいになっちゃっている。もー。

駄作が少なく、傑作を多数モノにしている横溝正史には珍しい作品。少なくとも「本格ミステリ」の評価としては駄作。展開に内包するサスペンス性については評価できるとはいえ、この内容では復刻は考え辛く、今後もこの角川文庫版が最後の版となり続けるのではないか。横溝コンプリートを目指す人だけ読んでおけば良いのでは。


01/12/09
牧野 修「アロマパラノイド 偏執の芳香」(角川ホラー文庫'01)

'99年に『偏執の芳香――アロマパラノイド』という題名(単語が逆なだけだ!)でアスキー出版より刊行された作品が、角川ホラー文庫化されたもの。牧野氏がデビュー間もない頃に発表のあてがないまま執筆した作品が原型になっているのだという。

十七年前、パリで猟奇的な切り裂き殺人が頻発しており、その手口から「パリの切り裂きジャック」として恐れられていた。その犯人は、キャロと呼ばれる日本人。本名は笈野宿禰。彼は調香師として成功した人物だったが、あまりの敏感な嗅覚により血に魅せられてしまったのだ――。そして現代。一人息子と二人で暮らすノンフィクションライター、八辻由紀子は、「アンソリット」という月刊誌の編集、小来栖久子から仕事の依頼を受ける。コンタクティー、つまりUFOや宇宙人とコンタクトを取ったことのある人物に対する取材がその仕事。強引に引き受けられさせた彼女は、超常現象研究家を名乗る瀬能という人物が集めたコンタクティーたちに取材を行う。彼らは確かに個性的ではあった。その中でも表向き経済研究所を成功させている瀬能に由紀子は惹かれ、彼から『レビアタンの顎』という本を借りる。笈野宿禰の告白にて始まるその書物を由紀子が手にしてから、彼女の周囲で奇妙な出来事が発生し始める。

嗅覚テーマのホラーではなく、あくまで牧野流電波電波電波ホラー
単なる私の先入観なので恐縮だが、本書のことをずっと「嗅覚」がテーマのホラー作品なのだと思いこんでいた。冒頭、笈野が交際していた女性モデルの臭いを嗅ぐだけで、彼女の浮気を見破るだけでなく、浮気相手のプロフィールまで見透かすあたりの描写は、先鋭化した嗅覚が惹起する恐ろしさがかなり具体的に体現されている。だが、物語はここから別の方向へと転回し、この嗅覚が中心となった物語には戻って来ない。
では、何が本書のテーマになっているのかというと「電波」である。牧野氏お得意の分野ともいえるこの「電波系」、もちろん空気中を伝わる波のことではなく、理にかなわない指示や啓示を受け取って狂気の行動をとる人々のこと。この「電波系」な登場人物が多数本書に登場、主人公の由紀子と敵対したり、味方にいたりとその「発信元」となる存在と戦うのが主なストーリー。これに「言語学」であるとか、先ほどの「嗅覚」であるとか、「人類の進化」「認識論」などが絡んで物語は複雑化している。シンプルなストーリーそのものに次々と複雑な現象や電波なドン・キホーテらを投入することで物語の厚みが増すはずなのが、どうも単にごちゃごちゃになってしまっている印象が強い。 一つ一つのテーマは面白いはずなのに、個別のテーマが消化されないままに牧野流の絶好調のディティール描写(たとえば、ビニールテープで頭をぐるぐる巻きにして携帯電話をくくりつけた人物だとか)の勢いにて誤魔化されてしまっているような。牧野氏は現代日本の作家のなかでは一番こういった「電波系」人物の細やかな表現には長けているので、そちらだけで評価するのも一つの手ではあるのだが。どうしても寄り道が消化し切れていない方に意識が向いてしまった。そのせいで日常と非日常、常識と狂気を激しくかき回して、日常をひっくり返していくホラー的にオーソドックスな手法にも、どこか強引なものが感じられる。勢いで読める。だけどじっくりとは読みづらい。

リーダビリティの高さが持ち味の牧野作品の中においては、残念ながら本作の評価はそれほど高くできない。ただ、牧野氏そのものが既に日本ホラー界におけるそれなりの水準であることは確かなので、凡百のホラー小説よりかは遙かに楽しめる。つまり、私が牧野氏に要求する物語の水準が、他の作家よりもつい高く設定してしまっているということだ。その期待に応えてくれる作品を既に多数刊行しているわけだし、これはこれで個人的なツボと異なるだけなのかもしれない。


01/12/08
山本甲士「どろ」(中央公論新社'01)

山本甲士氏は'96年に『ノーペイン、ノーゲイン』にて第16回横溝正史賞優秀賞を受賞してデビュー(大賞受賞者なし)その後、氏は「探偵稼業」シリーズなどを刊行している。

本当に些細なきっかけだった。岩室は喘息持ちの息子の健康を考え、隣家の手原に敷地際の雑草を刈って欲しいと要求する。手原は前々から岩室の犬の鎖を引きずる音が気になっていたので、何とかして欲しいと反対に岩室に頼む。二つの要求は擦れ違ったまま、どちらも実行に移さないまま、数日が過ぎた……。
二日続けて朝刊が届いていない……大阪府の南にある泉山市の住宅街。泉山市役所に勤務する岩室は再来年開催されるイベントの担当として神経をすり減らしていた。新聞屋に問い合わせると確かに配達したのだという。その日、会社から戻ると家の前に品の悪い車が路上駐車。手原の家から出てきた強面の男が、注意しようとした岩室にすごむ。手原にひとこと文句を言ったところ、手原はシラを切り通す……。岩室は飼い犬の糞を手原の玄関先に投げた。
一方、社員三名のペット専門の葬祭屋として働く手原は、隣人からの身に覚えのない言いがかりにいらいらしていた。そもそもその強面の男が訪問してきた時間帯、自宅は無人だったのだ。顧客の心変わりに振り回されて、上司にいびられて帰ってきた手原は、犬の糞を玄関先で踏んづける。岩室の仕業だ……。手原は岩室の妻が大事にしていた花壇のコスモスの花をことごとく引きちぎった。

隣人同士が仕掛け合う、果てしなき泥沼「嫌がらせ合戦」その行き着く先は?
かたや地方都市にて上司や市民に煩わせられながらもそれなりに地道に仕事を行う公務員。かたや零細企業で顧客や上司に振り回されながら、日々営業に回るサラリーマン。もともとの接点は「家が隣りにある」以外に何もない二人。そして、法令を遵守し、日常のルールから逸脱しない生活をこれまで続けてきた点も同じ。多少、家族関係は二人ともぎすぎすしたものを抱えていたとして、それだけならそれほど珍しくない状況。そんな二人が、ほんの些細なきっかけから泥沼に陥っていく。
相手が何かを仕掛けてくれば、こちらは別の何かで報復し、更に相手の出方を待って……。 相手に何かを仕掛けつつ、心の中で相手の報復を待つ。冷静に相手のダメージを計算し、一方で当方の安全を確保する。行き当たりばったりかつ用意周到、そして悪質なイタズラの数々。双方が被害者で双方が加害者。暗黙のルールの下で行われる、秩序ある無秩序の戦争。物語そのものの悲惨さは、このゲーム感覚によって大いに軽減されている。
エスカレートするとはいっても、二人は一般市民。常に使われる武器、つまり嫌がらせの方法は、我々読者でも実行可能な簡単なものばかり。ただ、その与える効果の激烈さが物語の深刻さを増している。こんな戦いのなか、いろいろなものを喪う彼ら。しかし、人間の逞しさなのか、意地なのか、根性なのか、人間的には大きく成長していく皮肉がちらりちらりと見え隠れする。特に戦いの終わった後の彼らのタフさには思わず「おいおい」とツッコミをいれたくなる。嫌がらせそのものは、メディアで実例として報告されたものの変形が多いように思えたが、一方的でなくやられたらやりかえせ、というスタイルとなっているところに不思議なエンターテインメント性が存在している。そして、現代社会の抱える地域コミュニティと個人エゴとの関係性の問題も静かに提起しているように感じられた。

決して後味の良い終わり方ではないし、途中も最悪な状況が継続する。それでいて物語展開への興味が尽きないため、ページをめくる手が最後まで止められなかった。強いて分類すれば「サスペンス」になるのだろうが、一般家庭がいつこんな事件に巻き込まれるか分からない現代社会の怖さをもまた痛感させられる問題作品。


01/12/07
西澤保彦「謎亭論拠 匠千暁の事件簿」(詳伝社NON NOVEL'01)

題名は「めいていろんど」と読む。西澤氏の人気シリーズ「タック・タカチ」の系列の七冊目にあたる短編集。『小説NON』及び『小説現代増刊メフィスト』誌に掲載された作品に書き下ろしが加わったもの。

夜中の学校に忘れ物を取りに来た教師のボアンは、採点したばかりのテスト用紙が見あたらなくてパニック。その時間帯、二人の教師がまだ学校にいた。 『盗まれる答案用紙の問題』
同じマンションの安槻大学の女子大生にばかり届いた、家賃の督促状。しかし督促状にはいろいろと不審な点があり、これは罠だと四人は見抜くが。 『見知らぬ督促状の問題』
ボアンの学校の一クラスの生徒全員の上履きが盗まれ、校外で発見された。そしてその前後、クラスのはみだし娘の不審死体が発見された。 『消えた上履きの問題』
主婦バージョンのウサコ。刑事の夫から話を聞くのが好き。かって婚約解消した女性から、婚約者共々呼び出された医者。しかし、彼女は無理心中死体となって発見された。 『呼び出された婚約者の問題』
安槻市を馬鹿にするチンピラ夫婦の暴言に怒る生徒。ボアンは温厚な教師の一人息子がかって、この夫婦に関連して命を喪ったことを知り心を痛める。 『懲りない無礼者の問題』
夫婦と義母が暮らす一戸建てで義母が殺された。二階に寝ていた夫婦は睡眠薬を飲まされていたが、家は中から戸締まりされた密室だった。 『閉じ込められる容疑者の問題』
ウサコの家庭教師先の娘が受け取った不幸の手紙。封書にハガキが同封された一方通行の悪意に込められた作為とは? 『印字された不幸の手紙の問題』
タックらを誘ってボアンが乗り込んだのは大きな洋館。二ケースの大量のビールに舌鼓を打ちつつ、彼らは再びこの家にまつわる謎を解く。 『新・麦酒の家の問題』以上、八編。

西澤保彦氏のミステリ創作方法論に準拠した端正な短編群
タックやタカチの人間関係の進展が物語の大きな役割を果たすシリーズ長編とは異なり、本書は様々な媒体に発表されてきた短編をまとめたせいだろうか、比較的人間関係については薄味に仕上げられている。(とはいっても、結婚後のウサコだとか、何やら意味深な旅立ち前のタカチだとか、シリーズを読破している読者にとっては、断片的に興味がそそられる部分もあるが。) 純粋に「論理的謎解き」の短編集としてだけでも楽しめる内容となっている。そして、その内容、一つ一つ取り上げていけば、西澤保彦氏がずっと手がけてきた本格ミステリの創作方法に物の見事にマッチしている。
あくまで私個人の分析である点は最初にお断りしておきたいのだが、その創作方法とは。
まず常連キャラクタ以外に複数の登場人物を物語に配する。彼らが事件の関係者、かつ容疑者も兼ねる。そして、その登場人物の中に必ず「一般常識から外れた人物」を含めておく。これが西澤流。この人物は変質者の時もあれば、異常にプライドの高い人物だったり、普段は大人しいのに急に粗暴になる男だったり、ストーカーだったり、覗き趣味を持っていたり……と、普通人とは言い難いながら、別にそこいらに存在していてもおかしくない人物であることがポイント。 一方、「謎」を含む事件は基本的な演出として、冒頭近くに奇妙な形を伴って提示される。謎解きの担当者(四人のうち誰とも決められていない)によって、最初はこの奇妙な事件についてストレートな分析が行われる。論理的にこの段階でも筋道を通してしまうことが多い。しかし当然真相は初期段階では解明されず、その常識的解釈ではどこか無理が生じてしまう。そうしていくつかの波乱の後に最終的な謎解きが行われるのであるが、この時に初めて配された「一般常識から外れた人物」の思考論理がパラメーターとして加えられるのだ。彼らが犯人とは一慨には限らないが、実は事件そのものがその思考論理に沿って発生しているため奇妙に見えていることが分かる。彼らの思考回路を読み解くこと、それが西澤ミステリ短編における真実となる……。

とまあ、読み終わってから後付けの解釈を並べ立てただけなので、実際に読んでいる分にこのような下衆の勘ぐりなど抜きに楽しむべき。単純にタックやタカチが謎解きを担当するような展開の作品の方が少なく、それぞれのシチュエーションが凝っているあたりをも楽しみながら、のんびり取り組みたい作品集。


01/12/06
橘 外男「橘外男傑作集 青白き裸女群像・他」(桃源社'72)

「男は黙って陰獣トリステサですぜ」と以前掲示板にてヘレン・ケラ一師匠が曰うた。その託宣は私の胸に刻み込まれ、半ば強迫観念のように「橘外男ワンダーランド」を買わないといけない……と思っていたところ(実は定価が高めなので二の足を踏んでいたのだ)、奇縁で本書が入手出来てしまった。さて、男は黙って橘外男、と。

巴里の大富豪、ヴィラン氏が警察に対して奇妙な出来事について相談に訪れた。二十二年前に行方不明になった娘が変わり果てた姿で帰還したというのだ。彼女は重症の天刑病に侵され無惨な身体となっていたが、娘であることは間違いない。その娘の供述によれば、避暑地にて青年画家に拐かされて、巨大な地底宮殿に連れ込まれ「殿様」と呼ばれる謎の醜い男に嬲りものにされ続けたのだという。その宮殿では多数の若い女性が無惨な姿となっていた。警視庁の腕利き、メイニャール警視はこの出来事に大きな興味を抱く。  『青白き裸女群像』
妻を縛り付けて銃で撃ち殺した元銀行頭取で大富豪のアレサンドロが、死刑になる前に書き残した手記。彼は脚が悪いというコンプレックスを持ち続けながらも勉学を積み重ね、父の財産を引き継いで大銀行家となった。恋愛だけは思いのままにならなかったが、借財の棒引きをカタに美貌の未亡人、ドロリーヌを手に入れる。しかし彼女はアレサンドロを軽蔑しており夫婦生活は成り立たなかった。気儘なドロリーヌは愛犬コンテストに出品するためと称し、場末の犬屋から奇妙な混血種を入手する。その犬はトリステサと名づけられた。 『陰獣トリステサ』
アルゼンチンのブエノスアイレス。警視庁の二課長が老人がかっての妻そっくりの女性と三度も邂逅したという話を聞く。彼は彼女が呟いた言葉が古代エジプトの言葉だと気付き、かってオーストリアにて迷宮入りとなった奇妙な博士の事件との連想を繋ぐ。その博士は人間から卵細胞を取り出し人造人間の研究を行っていたのだ。調査の結果、その事件とアルゼンチンの山奥にて発生していた兇悪無比の強盗殺人犯罪とが関連していることが判明する。 『妖花イレーネ』 以上三中編。解説が渋澤龍彦氏というあたりもポイント高い。

耽美小説とエログロ探偵小説の狭間に美事なバランスで屹立する孤高の山脈
全く先入観なしに読み出したときの最初の感覚は古い時代の探偵小説。 実際に戦後すぐに執筆された探偵小説そのものであるので、そういった雰囲気を醸し出すバックグラウンドは持ってはいる。ただ舞台を日本でなく中世のヨーロッパなど外国に設定しており、わざとフィクションと実話物語との中間のイメージをもって読者を煙に巻く手法を取っている点には注目しておきたい。また三作品とも表面上はかなり「猟奇的」と呼んでも差し支えない描写が含まれる。サディズム、フェティシズム、○○、殺人淫楽症、残虐な殺害シーン……性的な禁忌や肉体的苦痛の数々。この「猟奇」に軸足を置いて読めば、戦後すぐの単なる通俗読み物と化してしまうし、もしかするとそのような評価が(過去は)一般的だったのかもしれない。しかし、「猟奇」を単なる興味でとらえず、その裏側に潜むものを見通すことで橘文学の別の側面が見えてくる。

 精神的マイノリティの魂の叫び。
これら三作品を通じていえるのは「猟奇」が全面かつ前面に押し出されつつも、どこかその猟奇の裏側にある「複雑な感情」が透けて見えることにある。作者は、彼らに対する同情など求めていないし、別に読者に理解を得たいという意識もない。ただ、そのような感情が存在しうることを淡淡と見て欲しい、というどこか消極的な、しかし積極性が存在しているように思えてならないのだ。猟奇を描かなければ、猟奇の裏側にあるものを描くことなどできない。この時代にそういう文学を創りだしていた男が存在していたことに、今更ながら驚きを禁じ得ない。
そして『陰獣トリステサ』! これもまた、その醜悪なストーリーとは裏腹に、一人の男の彷徨う魂の物語でもある。この苦悩、この苦渋。功成り名を為しながらも、心の底に昏いコンプレックスを沈めたまま、一片の夢に縋りつく男。間男に妻を寝取られるならまだしも……。この時代にコレを書く勇気というか、発想の大胆さに目を奪われがちだが、この男の無限地獄を見逃すべきではないだろう。冒頭に結末が描かれており「展開はどうなる?」という迫力を犠牲にするかわりに、主人公の魂に与えられる無限の試練が強烈な印象をもって読者に迫ってくる。
小栗や久生、夢野といったところとは全く異なるアプローチにて全く異なる頂きを目指した作家。しかし、今後においても「一般読者からの一定の評価」を創り上げるのは、前述の異端とされた作家たち以上に難しいように感じた。

『青白き裸女群像』の舞台を日本にしてエログロ度がアップしたという『地底の美肉』がぜひ読みたい……って何に収録されているの?


01/12/05
鳥羽 亮「剣の道殺人事件」(講談社文庫'93)

'90年に第36回江戸川乱歩賞を受賞した作品。この回は別に阿部陽一『フェニックスの弔鐘』も同時に受賞している。また最終候補には真保裕一、梅原克文各氏の名前もみえる。

両国はN大講堂にて全日本学生剣道大会が開催された。大学同士の対抗戦、決勝でぶつかったのは前評判の高い東の武南大学と西の京都体育大学。その副将戦にて事件は発生した。武南大の副将、石川洋が、同じく京体大の副将、岸本と対戦中、衆人環視の中で腹部を金属製の何かで刺され大怪我を負い、病院にて死亡したのだ。映像で解析しても殺害方法が判然とせず、警察は唯一この犯罪を行える可能性を持つ岸本を犯人と断定する。しかし、実際の殺害方法が分からない。一方その試合を見ていた大林は、「春風」という文字が石川の防具に書かれていることに気付く。一年前、大林の恋人だった陽子がドレッサーに「風、風、風」という謎のダイイングメッセージを残して自殺したのだ。この自殺の引き金になったのが現場付近で目撃された三人の剣道関係者の行動ではないかと大林は推測しており、その糸口を発見したように思う。恋人の自殺の後、大林は大学の剣道部を退部していたが、再び調査を開始。高校の先輩で武南大の主将、中原に乞うて武南大の練習場に潜り込み関係者の太刀筋を確認した。また陽子の親友だった裕子が大林を助け、関係者の持つ背景を探る。

「剣道」と「殺人事件」の奇妙かつ絶妙な融合。説得性高いスポーツ本格ミステリ
乱歩賞を受賞している作品ということもあり、本書は少なくとも刊行当時は比較的幅広い範囲のミステリ読者に読まれているはずなのだが、本書を「本格ミステリ」の傑作としている文には出会った記憶がない。なので自分で書いてしまうが、この作品は優れた青春小説であり、優れたスポーツ小説であるにのみならず、幾重にも趣向の凝らされた優れた本格ミステリである。 また、近年の乱歩賞の系譜に連なりつつ、かっての初期乱歩賞の受賞作品群とどこか似た傾向を持っている作品でもある。
「近年の乱歩賞」に近いのは、特殊な世界を舞台にしている点。ただ、特殊とはいっても「剣道」というスポーツの特に頂点付近にまつわるという意味で特殊なだけであり、目新しい職業や特殊な世界の内幕が登場するということはない。実際に経験がないと書き辛い点、似てはいるが、剣道ならば多少の経験があるという方は多かろう。(私も高校にて実技があったし) 一方「かっての乱歩賞」に近いのは、その物語構造。つまり、物理トリックが仕掛けられていたり、不可能犯罪やミッシングリンク、そしてここでは明かせないような本格ミステリの趣向が豊富に仕掛けられている点。特に「近年」の乱歩賞に失われつつある「読者が推理することも可能」という点が嬉しい。
目を惹くのはその「特殊な世界」と「本格ミステリ」との融合が見事に嵌っていることにある。つまり舞台となる剣道の世界と、仕掛けられたトリック、そして明かされる真相の意味がきちんと意味を持って繋がり、読者を納得させるに足る深みを持っていること。犯人の意外性そのものだけなら、スレたミステリ読者にとってはそれほど大きくないだろうが、二重の動機やトリックを弄する理由というのがきちんと絡み合っているところにも注目したい。本格ミステリとして評価される要素を備え、かつ物語としてもきっちり読ませる。さすが乱歩賞受賞の作品だと素直に感心出来る作品に出会えた。

本書、まだ手に取ったことのない方がいるようでしたら、素直にオススメできます。本格ファンにも、緩いミステリファンにも十二分に堪能出来る内容ではないでしょうか。


01/12/04
小林信彦「怪人オヨヨ大統領」(角川文庫'74)

小林信彦のユーモア冒険小説シリーズ「オヨヨ大統領」ものの二作目にあたる作品。'70年に朝日ソノラマ社より書き下ろし刊行された。ちなみに第一作は『オヨヨ島の冒険』で本書含め八冊が刊行されている。

前作でアジトごとオヨヨ大統領を吹っ飛ばした大沢一家。ある夏の日のこと、テレビドラマ作家のパパの元に週刊誌の編集を名乗る男がやってきた。Hホテルに滞在しているズビズバ国の王女ジャン・ジャン姫に秘密のインタビューをして欲しいのだという。彼女が美人であることから二つ返事で引き受けたパパは、姫から銀行の貸金庫に預けてある絵画を盗み出して欲しいという依頼を受ける。自ら創造したドラマの主人公になりきってしまったパパは、前作で更正していたはずのニコライ、ニコラスの二人組らと共に見事絵画を盗み出し、姫に手渡す……ところが、姫は実は偽物、しかもオヨヨ大統領の手先だった。絵そのものは贋作だったものの、額縁には超高額のダイヤモンドが埋め込まれていることが判明、パパは噂の名探偵、グルニヨンに相談を持ちかける。しかしそのグルニヨンもまた、まともな性格とは言い難い人物だった。彼はオヨヨ大統領に取り入るために、日銀を襲える方法をオヨヨに伝授する。

芸能ネタやテレビネタがなくとも、骨格だけで十分に現役で楽しめるドタバタジュヴナイル
小林信彦のエンターテインメント作品につきまとう事象が一つある。それはその当時の「現代」を色濃く映した笑いのネタが多く見受けられること。つまり芸能界、テレビ界、CM、人気ドラマ、漫才から映画に至るまで、発表年代における「旬のネタ」を大量に盛り込んでいるのだ。当然、それらは時代と共に陳腐化するし、更に年代を経るとその個所や人物がウケを狙って出されているのか、単なる物語上のみの会話なのかさえ定かではなくなる。そういう意味では本書も「旬のネタ」が満載されている。(と推定される。私も後世に属するので……)
鮨屋で食べるにぎりみたいなもので、旬を超えれば普通かえって恥ずかしいのがこの手のギャグの宿命。しかし、本書はそういう風俗関係のネタ以上に骨格のドタバタ度が高く、それらが分からなくても十分に楽しめる。 前作を読んでいるせいか、段々とそれぞれのキャラクタの目茶苦茶ぶりにも慣れ、いい加減さ、脳天気さが愛らしくさえ感じてしまう。若い読者にとっての楽しみとは言えないが、年輩の方や映画や芸能界等に詳しい人にとっては、本書にて使われている元ネタを推理したり、想像したりして遊ぶことも出来るのではないか。
いずれにしても、物語そのものの持つテンションが異様に高いため、最後の最後に到るまで、読者も同じテンションにて物語に接することになる。オヨヨ大統領、パパ、グルニヨンそして警察。物語中は四つ巴の戦いが繰り広げられるのだが、恐らくは読者も心の中で参戦してしまうので、実質五つ巴の戦いを終えたという壮絶な読後感を味わうことが出来るだろう。

昔はそこらの古本屋でいくらでも目にしたような気がするのだが、気のせいかあまり最近は見掛けなくなってきたような気もする。確かに古い作品である。しかし、古びていない部分の面白さは数十年の時を経てもしっかりと面白い。 シリーズ最初の作品から順に手に取るのがお薦め。


01/12/03
黒川博行「ドアの向こうに」(講談社文庫'93)

黒川氏の作品群において「大阪府警捜査一課」というのはそれだけで大きなシリーズ作品となっている。この下にいくつか班があって作品により登場人物が異なるのだ。本書は『海の稜線』に続いて、大阪府警捜査一課の「総長&ブン」を主人公としたもの。'89年に講談社より「推理特別書下し」として刊行された作品の文庫化。

建設現場から衣装ケースに入れられたバラバラ死体が発見された。腐った頭部とミイラ化した脚部。京都出身のエリート刑事の五十嵐に対抗意識を燃やすブンこと文田と、全く意に介さない総長と三人で遺留品を中心とする地道な捜査を行っていた。娘からの通報により被害者が判明するが、男は入院していた病院にてトラブルを起こし、ガウン一つで現金も持たずに逃走、そこからの行方がしれなくなっていた。そこに全く別の心中事件が発生。女性が男性を青酸カリで殺した後に首を吊って死んでいたのだが、その女性宅の靴箱の中からバラバラ事件に関する新聞や週刊誌の記事が大量に発見されたのだ。水商売を職とするその心中女性を調べる三人。殺された男性はホストだったが、どうも近々金が入るようなことを漏らしていたという。その自宅は殺人事件後に何者かによって荒らされていた。捜査の過程で、客として彼女と関わりのあった建築家が容疑者として浮かぶ。

警察小説であり、ユーモアコメディであり、ツッコミ漫才であり、本格ミステリでもある
数年前。ミステリ系の人気サイトであった(現在更新停止中)『書庫の部屋』を主宰する一人囃子さんが(元気ですかー? 生きてますかー?)、この黒川博行作品は刊行されるたびに片っ端から読了されていた(と記憶している)。初期作品にいくつか触れてきて、私もそんな中橋さんの気持ちがほんの少し分かるような気がしてきた。
 オモロイのだ
関西人の手で描かれる関西人のキャラクタが弾ける程に活きがいい。関西に生まれた以上、息をするのと同じ感覚で出てくるボケとツッコミの応酬。それでいて、地道な捜査からしっかりと書き込むリアリティ。捜査員や犯罪者という推理小説にて陽の当たる人々だけでなく、単なる目撃者や関係者にも血肉を与える繊細な配慮。大阪の街の日常的な光景、そして人が生き生きとナマの姿をもって(関西人にとっても全く違和感なしに)物語を織りなしている。その意味でよく黒川作品を評して「ユーモア」という言葉が使われるようだが、作者は決してユーモアをわざわざ目指してなんかいないのでは、とも感じた。というのは、ネイティブの関西人同士の会話というのは、自然と「こう」なるのだ。シニカルで陽気で郷土愛が強くて……。別に漫才師でなくとも、この程度の会話は日常的に大阪では飛び交っているもの。
さて、その舞台の上にまた別のポイントがある。これらのかっちり造られた物語の中にある本格ミステリのパート。こちらも、メインの大技、密室殺人トリックはもちろん、その他細かく含まれる小さな技も見逃せない。また途中の段階で、犯人は浮かび上がっては来る。ただ、状況証拠だけで決定的な証拠がない。それをチームワークで追い込んでいく姿。こっちはまた警察小説の醍醐味といえるだろう。誰か一人の名探偵役を配するだけでなく、解決の役割は様々な人物が少しずつ果たしていく。詰まらないことで多少の反発があったり、プライベートで少々間の抜けた行動があったとしても、いざとなった時に、懸命に職務を果たそうとする刑事たちのプロ根性がまた頼もしい。そして真相は、本格ミステリらしいアクロバットが効いたもの。 どんなミステリジャンルを好む人であっても、この作品の中には必ず何らかのツボが存在するはずだ。

と、いうことで本書は四拍子揃った好ミステリである。黒川博行って凄い……。しかしなんで黒川作品の、それも文庫化されたものまで品切れなってんだ? 文庫は根性で見つけられるにしても……。(以前に『八号古墳に消えて』はkashibaさんから譲って頂いたので所有しておりますが『てとろどときしん』探してます。でも半額マデね→三日後に自力入手しました)


01/12/02
福澤徹三「怪の標本」(ハルキホラー文庫'01)

福澤氏は1962年福岡県生まれ。本書以前に恐怖小説集『幻日』を刊行している。文庫オリジナルの本書が第二作品集にあたる。

作者がこれまでに経験したり見聞した怪異をつれづれなるままに綴られたと思しき、日常の不思議、もしくは都市伝説の恐怖、そして読者のすぐ側にある異界。 『怪(あやし)の標本』
玄関の引き戸を開けて入ってきた女を、客分の男はどうやら仕留めなければならないことになっているらしい。男は手鉤のような刃物で女の首を突き刺した。 『雨音』
ストレスをため込んだサラリーマンはふらりと立ち寄った居酒屋で医者を名乗る男から「時間」についての講義を受ける。そして彼は交通事故に遭う。 『受刑者』
愛する妻が癌で逝った。彼女は四十九日になったら戻って来るので家にいて欲しいと懇願していた。四十九日にあたるその日、男はその約束を果たすべく自宅に待機していた。 『四十九日』
作品のアイデアに詰まった男が発見したサイト。更新が停止しているその日記は運営者が自殺を決意し、実行するまでの経緯が事細かに書かれていた。 『訪問者』 以上五編。

端正な日本語の響きが日常生活と地続きの怖さを育む
「新耳袋」ばりの「人から聞いた奇妙な話」や「自分が味わった怖い体験」をベースに問わず語りの独白で進む表題作。語り手=作者のどこか投げやりでどこか情熱的な不思議な語り口にまず引き込まれる。その内容は、どこかで聞いたことのある「よくある怖い話」の微妙なバリエーションであったり、これまたどこかで聞き知っている都市伝説のバリエーションだったりで、決して目新しいものではない。しかし、語り手による読者の誘導が非常に巧みなことと、ネタそのものに対する読者の知識によって、物語と自身の生きる世界との境界線が取り払われてしまうことの効果が強烈で、ふっと背筋が寒くなるような気分になる。怪談の基本的な筋書きそのものに目新しさを求めるのが困難な状況を逆手に取っている印象。
本書のラストまでこの調子で続くのか……とも思わされた『怪の標本』が、唐突に終了して、すっと幕間に消えたところで、おそらくは福澤氏の本来の創作物であろうホラーテイストの作品が登場する。残り四作品は一口では語りづらい。切れ切れの各場面の断片が、ラストにしゅるしゅると収束していく幻想ホラー『雨音』、どこかユーモラスな感覚が漂う『受刑者』、愛し合う男と女による「究極の」恋愛小説『四十九日』、そして交互に現れる絶望と逡巡、そして触れてはいけない世界に関わり合う怖さを表現する正統派短編ホラー『訪問者』。これは小道具としてのインターネットの使い方が上手い。

ずるずると単なる内容紹介になってしまったが、本書の五つの物語全体を通して強調しておきたいのは、その端整な日本語表現にある。 一概に文学的とはいいきれない部分もあるのだが、場面場面に「はっ」とするような切れ味のある文章がある。内容で勝負するのが、最近は一般的なホラー作品の傾向だが、本書は内容だけでなくテキストをいかに読者に視覚化させるか、という点で、ホラーでありながら幻想小説に近い肌触りを持っているのが特徴といえる。

たった五編しかないのを正直残念に感じる作品集。もっとこの世界に浸ってみたい。単純に怖いのではなく、その怖い世界に引き込まれる自分が気持ちいい。是非とも『幻日』なる処女作品集も是非とも読んでみたい……。個人的には今年のホラー短編集の収穫に挙げてもいいと思わされた。近年氾濫しているそこらのホラー小説の一歩上を味わいたい方へ。


01/12/01
藤本 泉「王朝才女の謎 《紫式部複数説》」(徳間文庫'86)

源氏物語99の謎』を著し、「源氏物語」のそれまでの研究者の常識を覆そうと試みた乱歩賞作家の藤本泉さんが、その姉妹編として文庫に書き下ろした作品。「源氏物語」から焦点を「紫式部」に移して論じたもの。

第一章「紫式部はほんとうに「源氏物語」を書いたのだろうか」
 「名もない有名人とは」「「匿名希望」の女性資産家」「「源氏物語」の隠れた顔」
第二章「紫式部・道長愛人説を軸に推理する」
 「「御堂関白妾」の意味するもの」「「藤原王朝」と「源氏王朝」」「「女人群像」にみる「源藤の勝敗」
第三章「紫式部の日記とは?」
 「混乱する長編女流作家のイメージ」「女房歌人か長編作家か」「用語に見える謎」「「自然現象」の不審による推理」
第四章「もう一人いる紫式部」
 「「為時の娘」でない女性」「小野氏出身の紫式部」
付録「ダイジェスト「紫日記」」「ダイジェスト「源氏物語」がつく。

これまた高い説得性。単なる歴史推理を超えた演繹と推論。学者は黙殺したのか反論したのか?
国文学者は、現在残っているテキストを唯一無二のものとして、その上に書かれていることを一生懸命分析し、たとえそこに矛盾や歴史と照らしておかしい部分があろうとも、解釈の方を捩じ曲げてでも辻褄を合わせてしまうのだという。これを藤本さんは嗤う。なぜテキストがおかしいかも、と疑わないのだろう、と。
私は国文学の研究者ではないので(藤本泉さんの著作なら研究の域に足を踏み入れ始めているかも)、前作にて藤本さんが主張を展開した「源氏物語」は紫式部の作品ではないのでは、という考え方をタブー視する気持ちは全くない。当時の社会状況や政治状況、そして本文の検討から導かれる様々な矛盾を解くためには、「源氏物語」は平安時代に執筆されたものではない、と主張する藤本説の方がリーズナブルだと考える向きである。そこまで書いてしまったら、もう付け加えることなどないように思えたが、本書は更にその点を突っ込んで考察している。「紫式部」はいったい誰なのか? 本当に「源氏物語」を著すことが出来たのか? テキストや作品構成が抱える矛盾等に着目し、従来説をなぎ倒す。推理作家らしい想像力を駆使している点、突っつかれる部分もあるのだろうが、それだけでなくあくまで真摯に周辺資料やテキストそのものを調べて、出来うる限りの裏付けをとって展開する論理に素晴らしさがある。
一つ一つをここで例示することは当然出来ないので、本書を探して読んでいただくしかない。前作と異なり、本作はダイジェストで「紫式部日記」及び「源氏物語」の本文の現代語訳が加えられており、参照が簡単に出来る分、さらに初心者にも優しい内容になっている。

この一連の二冊は、脈々と続く国文学の世界に何かの打撃なりメッセージなどを与えたのかは分からない。しかし、単純な「歴史ミステリ」、すなわちフィクションとは割り切れない深い洞察が全編にわたって繰り広げられていることは事実常識がひっくり返るという快感を味わいたい方へ……って簡単にはもう入手出来ないのか、この本。