MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


02/05/31
菅 浩江「永遠の森 博物館惑星」(早川書房'00)

'93年から'98年にかけて不定期に『SFマガジン』誌に掲載されてきたシリーズ作品を連作短編集として一冊にまとめた作品。2001年、第54回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門賞受賞作品。とはいえ第23回、24回と二年連続星雲賞受賞など、その歩みは専らSF畑にある。(本書もSFだし)。

地球の衛星軌道上に浮かぶ小惑星に建設され、地球上のありとあらゆる美術品、動植物が収められた巨大博物館〈アフロディーテ〉。音楽・舞台担当の部門〈ミューズ〉、絵画・工芸担当の〈アテナ〉、動植物担当の〈デメテル〉の各部門があり、その調停を司るのが総合管轄部署の〈アポロン〉。この博物館で働く学芸員たちは、各部門のデータベースとなるコンピューターに自らの頭脳を直接接続して、日々”美”の追究に勤しんでいた。〈アポロン〉に所属する田代孝弘は、各部門や外部からの様々なややこしい依頼に振り回されながらも、芸術に関わる人々の様々な思いに触れていく。
音楽家の残した駄作としか思えない絵は一部の人に対し「音楽」を奏でた。 『天上の調べ聞きうる者』
半分手作りの名もない人形の名前を捜して欲しいという老夫婦の依頼。 『この子はだあれ』
日本の伝統芸能の襲名披露公演をアフロディーテでやることになったが、そこに兄弟の確執が。 『夏衣の雪』
一世を風靡した天才ダンサーの最終公演。自暴自棄になっていた彼女を勇気づけたのは。 『亨ける形の手』
引退した学芸員がアフロディーテでかつて味わった感動を探し求めて苦しんでいた。 『抱擁』
特殊な菌を利用した動く箱庭。かつて恋人同士で特許を巡って争った二人の作品を並べたとき。 『永遠の森』
アフロディーテの海に作品を発表していた女性彫刻家。彼女の作品を求め、繊細な海に少年が潜り込む。 『嘘つきな人魚』
小惑星に残された大量の五角形と種子。人類以外から齎されたこれらの分析を引き受けたアフロディーテ。 『きらきら星』
孝弘の妻、美和子も学芸員となるが相変わらずのすれ違い。老ピアニストと芸術品のピアノ発表に込められた願いとは。 『ラヴ・ソング』以上九編。

宇宙空間に浮かぶ博物館惑星……美しい設定、人間の心の謎、究極の芸術に包まれた至高のラヴストーリー
私の読書経験の範囲では、菅さんはどちらかというとSFというより、SF設定をベースにしたファンタジーっぽい作品の方により力を発揮している方のように思う。本書も少なくともSF設定をベースにした、という点は共通しているけれど、その上に構築されたのは、人間というもの、男女の愛というものといった、人類が生き続ける以上にぶつかり続け、悩み続ける「永遠のテーマ」。 設定となっている美術館惑星という「美」を追求する人々が集う空間は、そのテーマと並列して存在する最高に贅沢な装飾品という印象。
短編それぞれには勿論「芸術」を主題としたサブストーリーが描かれている。興味深いのは「文章」という手段を用いて、「絵画」「音楽」「演劇」といった視覚や聴覚を必要とする芸術を描き出していること。考えてみれば、万人がスバラシイと感じる芸術を、視覚や聴覚に訴えるという芸術と同じ手段では表現することなどできないわけで、物語に託すというやり方は大正解なのかもしれない。読者の頭のなかに浮かぶ共同幻想。一編、一編の作品における主題は揺らぎがあり、一口で説明するのは難しい。芸術に関わる人々の想いが込められた物語だったり、謎の芸術品の解釈解明譚であったり、芸術論そのものであったり、芸術品に仮託されたラブストーリーだったりする。ミステリ的な味付けがなされているものもあれば、そうでないものもある。このあたりは好みの作品が分かれるところであろう。
しかしこの作品集にて圧倒的なのはやはり最終話の『ラヴ・ソング』にある。 伏線――と呼ぶべきなのだろうか。重ねられる作品に少しずつ描写される、主人公の孝弘と、妻の美和子とのすれ違い生活が徐々にもたらす考え方の齟齬。気づくと孝弘と同じ軸にありながら、遙かに高い地平に立っている彼女との関係を内に見直した時にようやく気づく感情。このあたりの表現が実に上手いうえ、これまた作品に登場したさまざまなガジェットの集大成ともいえる古いピアノと老音楽家の物語を絡めて、ラヴストーリーにおける「至高の瞬間」を実に美しく、感動的に描いている。この瞬間を描くために、それまでの物語を紡いできていたのだとしたら、やはり菅さんはただ者ではないということなのだろう。

推理作家協会賞受賞作品として、ミステリを期待して読むと違和感を覚える方もいるかもしれない。 しかし一方で、菅浩江という作家の集大成として考えたとき、そしてSFラブファンタジーと考えたときには超一流の作品であることもまた事実。美術系の蘊蓄は少し苦手なので、多少つっかえる部分もあったが、それは私個人の問題だろう。エンターテインメントとしての名作を楽しむつもりで、どうぞ。


02/05/30
多岐川恭「開化回り舞台」(双葉新書'77)

多岐川氏が'76年から'77年にかけて『小説推理』誌上に発表した作品に加筆して発表された。現在は『開化怪盗団』と改題されて(しかし氏の許可は取れないだろうに)、光文社文庫にて刊行されている。

明治初年。大貿易商と銀行家を兼ねる実業家、樫村広助氏の娘、那美と宝石商の高牟礼三太郎は馬車に乗って帰宅する最中、四人組の暴漢に襲われた。たまたま通りかかった青年、安岡保が彼らを追い払って事なきを得る。青雲の志を持つ安岡は小倉の出身で薩長の世の中では苦学していたが、高牟礼や樫村氏の援助を快しとせず全て辞退した。安岡が帰宅すると、野村辰平という自由民権運動に関わる男が下宿に入り込んでいた。一方、銀座で栄光堂という宝石店をネルソンという名の外国人と経営、達者な英語を操る高牟礼には何か秘密めいたものがあった。そんな栄光堂にもまた警察に追われた泥棒が逃げ込んでくる。七兵衛という名の金庫破りは逆に高牟礼たちに脅されながらも、彼らの不適さに感心し、高牟礼に協力することを約する。やはり高牟礼は宝石商の名を借りて大規模な詐欺や泥棒を働く怪盗一味の首領であったのだ。しかし、彼らがなぜそのような行為を働くのか、それには共通の理念が存在していた。

未完の時代明朗小説! ちょっと探偵小説には分類出来ないか。
題名や先人の分類から判断するに「多岐川恭推理小説著書リスト」において本書は時代物であろうとこれまでリストに加えていなかった。ところがあるところで「怪盗」が登場すると聞き、特に本書を入手すれば背表紙に「長編怪盗小説」とあり、掲載誌も推理小説専門誌であることから、慌てて内容を確認してみた。――いろいろと考え方もあろうが、個人的な判断では本書は「時代明朗小説」とでも表すべき作品で、推理小説とはちょっと異なっている……という感触。
明治維新のまさにその時代。江戸の生活文化や生き様を引きずる人々と、明治の新しい時代感覚を身につけた人々との相剋のなかに生まれる、真の自由人たる心意気……などと表現するとなんのことやらわかりにくいが、壮大な気宇のもと日本を飛び出して行こうという男たちが、その資金調達の手段として非合法な(あえて怪盗行為とは呼ばない)手段を用いて、金持ちから金品を奪っていく物語。その「盗む」という行為に独特の工夫を期待していたが、本書のポイントは登場人物の考え方、行き方に向けられており、泥棒行為そのものは腕利きによるものという点以外は平凡といっていいだろう。
その一方で、本来多岐川氏が目を向けていたと思われる「明治時代ならではの奔放な生き方」という部分に関する余韻は強烈。 当時の政治背景などを微妙に二重写しにし、独特のリアリティと、とんでもない絵空事が気持ちよく融合している。作者もあとがきで述べているが、本来この続編も書きたかったことだろう。それが悲惨な物語になるとしても。

現実に対する視点が冷めた人物が登場するため、多岐川ミステリにしばしば登場するニヒルな人生観を持っているのかと思いきや、実は考え方が冷静なだけで、心根はめちゃくちゃに熱い男だった。なるほど、多岐川恭はこのような人物を主人公に持ち込むこともできるのだ。繰り返しになるが、ミステリではなく時代明朗小説。読み終わって実に清々しい気分を味わえる作品。


02/05/29
江戸川乱歩「緑衣の鬼」(創元推理文庫'96)

乱歩が『講談倶楽部』に'36年(昭和11年)に一年がかりで連載した作品。乱歩がいくつか手がけた翻案小説のうちの一つで、本作にて下敷きとなっているのはフィルポッツ『赤毛のレドメイン家』であるのは有名。だが、乱歩のオリジナリティが非常に高い内容に変じている。

探偵作家の大江百虹と、敏腕新聞記者の折口幸吉が銀座を歩いていたところ、デパートの探照灯が一人の美しい女性を照らし出すのを目撃する。何かのいたずらか、その照明の影となって謎の人物が写り、次は巨大な手の影がナイフを持って彼女を襲う。崩れ落ちる彼女を助ける彼らは、彼女、笹本芳枝とその夫の静雄はここ一週間というもの不気味な忍び笑いを漏らす謎の影につきまとわれ、静雄は寝付いてしまっているという。翌日の夕刻、笹本家を訪ねた大江は主人が血にまみれて昏倒しているのを目撃、部屋に駆け込んだところ後ろから殴られ、彼も気を失う。その間際に見たのは全身緑色の怪人の姿であった。折口が駆けつけた時には、血溜まりがあるばかりで静雄の死体はおろか、芳枝の姿もなくなっていた。警察を呼んで調べを開始したところ突如部屋の電気が消え、窓の外には不気味な笑い声と例の謎の影とが姿を現した。折口が窓を開けたときには、既に外に賊の姿はない……。 その頃、麻布の高台にある劉ホテルには、全身緑色の服装に包まれた紳士が、巨大なトランク二つを荷物に部屋に通されるところであった。彼は仕事を静かに片づけるので、呼ぶまで部屋に近づくなとボーイに言い置いて部屋にこもってしまった。

翻案小説と軽視するなかれ。やはり乱歩、そして実に乱歩な世界
原作である『赤毛のレドメイン家』については、いくら国産専門の私とはいえ過去に読んだ記憶がある。ただ大昔なのだ。その印象を無理矢理たどると……風景や心理の描写が重厚で道ならぬ恋が物語にあったな、という程度。(頭わるいな、俺) なので全く先入観なく「乱歩の物語」として読んだ。従って本書評、『赤毛……』との比較を期待される方にはすみません。
翻案とはいえ登場人物も舞台となる地域も全てニッポン。 銀座−青山−伊豆の僻村−紀州の更に僻村へと展開していく物語から漂うのは、徐々に濃くなる夜の闇。奇怪なる影につきまとわれる夫婦、そして緑衣の鬼の登場。神出鬼没の怪人に翻弄される探偵小説作家と警察の面々。単純に筋書きをたどれば、いかにも乱歩の通俗っぽい味付けがなされた場面場面のスリラー的盛り上がりに読者は飲み込まれる。廃水族館の中で、全裸で放り込まれる美女。望遠鏡のなかで発見される美女を抱えた緑衣の鬼。つい最前まで姿が見えていた怪人が、突如消え失せる不思議。そしていくら不思議であっても、これらの事象は少なくとも探偵小説的には解明されていく
前半部は美しい人妻、笹本芳枝に惹かれて彼女を助けんと騎士道精神を発揮する大江百虹の視点が探偵役を務めているのだが、後半部は呼び出された名探偵、乗杉竜平が物語を説く。この途中からの探偵の変化がひとつ大きな作品のポイントであろう。登場人物も、事件に関わりすぎることによって見えなくなるものがある。これは一種の叙述トリックともいえるし、乱歩作品における真犯人の隠し方の一つの典型ともいえよう。こういった仕掛けが、一見通俗にしか見えない本作においても内包されていることには注意しておきたい。

探偵講談を聞いて、急に乱歩が読みたくなり、未読作品から手にとってみた。特に翻案ということで後回しになっていた作品だが、その中身は「乱歩作品」そのもの。本作が「盗作」ではなく、あくまで「翻案」という事実、それを思い知らされる作品である。


02/05/28
北山猛邦「『クロック城』殺人事件」(講談社ノベルス'02)

第24回メフィスト賞受賞作品。作者は1979年生まれ。帯の惹句は「本文208頁の真相を他人に喋らないでください。」とあり、ご丁寧に密室本よろしく後半部が袋とじになっている。

世紀末、太陽黒点の異常増加によって地球の磁気が乱れた結果、終末を迎えることが決定づけられた世界。経済活動と国家機能が停止した日本の片隅で探偵として生活する南深騎(みなみみき)。彼女は荒廃した世界に現れる「ゲシュタルトの欠片」と呼ばれる幽霊を退治する能力があった。彼女につかず離れずまとわりつくパートナー、謎の美少女、菜美。そんな彼女の元に黒鴣瑠華と名乗る少女が訪れる。彼女が住むという『クロック城』に住む〈スキップマン〉という怪物を退治して欲しいのだという。了解した深騎は彼女を泊めるが、そこにSEEMという私兵団が突入してくる。彼らは世界滅亡の因子となりそうなものを問答無用に排除することを目的とする武装集団。彼女こそが「真夜中の鍵」なのだと隊長のキキョウは言う。彼らの追跡を逃れてクロック城に向かう三人。そこは過去・現在・未来と名付けられた館が一つになっており、それぞれの壁面には十分前、現在、十分後の時刻が刻まれる大時計が飾られていた。彼女の勘でしか道が分からないという道中には人面が浮かぶ樹があり、館の地下室には多くの人面が浮かび上がっていた。館には謎の研究者、黒鴣博士とその助手、黒鴣博士の親族らに加えてクロスと名乗る人物とその助手の女性が滞在していた。この館で奇妙な連続殺人が発生する。

習作?
最近刊行される一連のミステリにおける「要素」、という面についてはよく分析出来ていると思う。(天然かもしれないが)。
すなわち、奇怪な館、美形キャラ、シリアルキラー、科学的(ないし歴史的)蘊蓄の引用、キャラ萌え、設定を利用したトリック、密室、どんでん返し。 さらにはYA的な設定が物語の背景に設定されている。こちらは世界の終わりであり、謎の軍隊であり、特殊能力を持つ特殊階層の人物であり、人間的ではない研究であり、なんでもありの世相である。個人的には「北斗の拳」あたりの世界観を想起したが、作者が'79年生まれであることを勘案すれば、それよりもそのフォロワーによる影響を受けている感じか。
ただ、いかんせん噛み合ってないのだ。それらの要素が。根本的な違和感は現実の延長である世界と、終末思想を前提にした世界とがまだら模様に存在する点にある。実体のある幽霊? や人を立ち入らせない結界を平然と登場させる世界で、真面目な密室トリックを解く意味があるのか。 他にも館の構造や首切りにかかる時間の問題や不自然な登場人物や組織の行動などなど疑問点はたくさんあるのだが、世界観がごちゃまぜになってしまっている以上、このあたりはきちんと分析する必要性などないのかもしれない。その設定である終末思想の方で驚愕のカタルシスを迎えることが出来ていればSF、ないしファンタジーとして評価することも出来ようが、それも中途半端。冒頭で引っ張っている割に結末が尻すぼみ。キャラだけで読むにも中途半端、ミステリとして読むにも中途半端、世界で読ませるにも中途半端。とことんまで半端な作品である。

私の方針としてここまで酷評することはあまりないのだが、それでも言いたくなってしまう。まだこの方がプロとして作品を世に打ち出すには早すぎるのではないのだろうか。


02/05/27
黒田研二「ふたり探偵 寝台特急「カシオペア」の二重密室」(光文社カッパノベルス'02)

なまもの奥様という格好のブレーンを持つ、くろけんこと黒田氏は『ウェディング・ドレス』にて第16回メフィスト賞を受賞後、精力的に執筆活動を続けている。本書はカッパノベルス初登場となる書き下ろし長編。

「星崎綺羅のようなルポライターになりたい」と言ってやってきた二十歳の青年、笹川耕平。事務所勤めのライター、友梨は彼が寝台特急〈カシオペア〉に乗れるといだけで引き受けた札幌の取材旅行に、気が進まないまま行くことになっていた。友梨はつい最近、刑事の恋人、胡田キョウジと婚約しており、本当は世間を賑わす連続殺人鬼、シリアルキラーJの捜査に苦労する彼の身の回りを世話したかったのだ。その笹川はシリアルキラーJの第四番目となる次の被害者について友梨に予言し、そしてそれが的中していた。その推理の理由を聞けないまま、結局友梨は取材旅行を持ち込んできた友人、小早川清香、綺羅先生と呼ばれる黒髪の美人、川端真理、編集プロダクションの女社長、岡崎、旅行雑誌編集長の南条らと〈カシオペア〉に乗り込む。友梨は数日前から笹川と連絡が取れないことを気にしていた。その車中、キョウジの後輩からキョウジが爆発事故に巻き込まれたと携帯電話に連絡が入る。彼は行方不明の笹川からとぎれとぎれの携帯電話を受け、第五の被害者の存在と彼の居場所を確認しようと福島県に向かっていたのだ――。

どこかで見たような設定にどこかで見たような舞台、そしてどこでも見たことのない真相
別に明かしても構わないだろう。本書における「ふたり探偵」とは恋人である刑事が頭のなかに宿ってしまった主人公である。ただ、一人の人間の頭のなかに別の人間が宿る……つまり二つの人格が一つの身体に宿るという設定そのものは、ちょっとしたSF趣向のなかではよくある話だといえる。もちろん「よくある」といってもバリエーションがあるのだが、本書のように二人とも意識のあるまま会話できる、というのは却って珍しいかもしれない。
もう一つ、物語の主要な舞台は北海道から東京へと走る豪華寝台列車「カシオペア」号の内部である。西村京太郎や吉村達也といった鉄道ミステリに関する先達がこの列車を見逃しているはずはなく、鉄道ミステリにおいてはメジャーな舞台といってもいいのではないだろうか。(実際に乗車したことのあるという人は新幹線とかに比べれば遙かに少ないだろうけど)
首都圏を揺るがすシリアルキラーが乗車しているという情報、次に狙われているのは人気ライターの星崎綺羅。その情報のもと、ツインのコンパートメントを友梨が監視するなか、真理は毒を飲んで死に、清香も殺される。魅力的な密室殺人……。
単なる一瞬の隙を突いたタイミングの殺人で、それが偶然トリックになってしまったというものであれば、本書の魅力は無くなっていたであろう。最後に明かされるこのトリックの意味が、まさか「探偵側二人の見え方の違い」にあったことに最大の驚きがあった。言われてみれば不自然に思われた記述も全てこのためであったのか。発想というか着眼点をミステリはこのように転換することもできるものなのか。いくつも頭のなかでシュミレートしていた過去の類似前例を全てひっくり返してしまう斬新な発想に「やられた」
誇りあるオタク、笹川耕平の造型が実にリアル。あとシリアルキラーJの動機については、無理無理ではあるがこういうケースも何が起きても不思議でない現代であれば「あり」だろう。ただ細かい部分部分ではシリアルキラーが今回に限って自分も容疑者に含まれる危険を冒しながら「星崎綺羅」を狙う行為そのものや、あるキーワードを検索するのであれば今回の鍵となる台詞はもっとたくさん引っかかるのではないか、とかちょっとした疑問も湧かないでもない。無視できる程度のことではあるのだが。

題名からは誤解されそうだが、いわゆる名所・名物をてんこ盛りにするトラベルミステリとは異なるいわゆる本格ミステリ。根本設定のSF的部分がなんのてらいもなく物語に存在するあたり、黒田研二氏は「新本格以降」に属する作家だな、という印象を強めた。一種の荒唐無稽さをきっちり論理で回収するあたりの手腕を徐々に身につけて来ている感。軽めながらもかっちりとした作品が今後も期待できそう。


02/05/26
浦賀和宏「浦賀和宏殺人事件」(講談社ノベルス'02)

'99年に『記憶の果て』で第5回メフィスト賞を受賞後、浦賀氏はずっと講談社ノベルス中心に作品を発表してきており、別の版元から、というのは'01年の『彼女は存在しない』まで待たなければならない。そんな浦賀氏が送る講談社ノベルス20周年記念「密室本」企画本である。

(エピローグ・後編) 講談社ノベルスの編集者、本城久美子は、自らが担当し繰り返しうち合わせを行っていた浦賀和宏が殺人者である事実に気づき、懊悩していた。しかし彼女は決意した。彼の犯罪を警察に連絡することを――。
(第一章の最初の段落) 本城久美子と「俺」は神保町のカレー屋で打ち合わせを行っていた。インターネットの書評家などへの憤りを声高に叫ぶ俺に対し、本城は「浦賀さん、よろしく」と講談社ノベルス二十周年記念企画の「密室本」の執筆を依頼する。ただその浦賀は本格ミステリまがいの仕事をしていることになっているのだが、長編を書くことができそうになかった。
(第一章の次の段落) 柳沢剛士は平日の昼下がり、浦賀和宏を呼びだしてコーヒーをおごった。柳沢はこの男が信用できるかどうか慎重に慮っていた。
(第一章さらに次の段落) 自宅のパソコンに座った俺は苦悩していた。密室のアイデアなんてそう簡単に浮かんでくるはずもない。密室に押しつぶされて困り切った俺は自分の趣味のなかからトリックに応用すべく、YMOのコレクションを漁り始める――。

読者を巻き込むメタミステリ。ミステリ界への不平不満をそのまま物語に持ち込んでエンタメに転化する
ネット上ではそれなりに有名なことだが、浦賀氏はネット書評がお嫌いらしい。それも半端な嫌いようではなく、自らの著作のなかで書評家気取りのアマチュアや、ミステリマニアをくさしているのは有名な話(らしい、というのは自分で確認していなから)。ただ少なくとも本書では、そのネット書評家やマニアだけでなく、若手評論家や一部のプロ作家に対する罵詈雑言をたっぷりと読むことができる。作中人物の会話体のなかでの話であり、もちろんこれがそのまま作者の意見とは限らないことは注記すべきであるが。ちなみに、我々ネット書評家が作品を批判することがある以上、作家が作品の方でネット書評家を批判することもアリでしょう。ま、もちろんその時はネット書評家批判を、ネット書評家が批判(あるいは賛意)をまた示すだけの話なんですけどね。

――閑話休題。本書は、密室ものの作中作『イエロー・マジック・オーケストラを聴いた男達』を挟み、苦悩する浦賀和宏の姿が前面に押し出される。自信をもって執筆したこの作品が編集者に没にされてしまう。それとは別に浦賀和宏に対して何事かを相談しようとする男の存在が浮いており、これらがどのように繋がるのかという物語の興味にて作品が進む。特に冒頭で「浦賀和宏が殺人犯」と衝撃的に幕を開けるために、独特の迫力が作品全体を覆う。
(この中編作品は作品で個人的には「マニア」というものの描き方が非常に上手い。YMOの世界は分からないが「マニア」の態度を傍観する部分に全ての「マニア的世界」に対する共通点がなにか存在するのだろう。密室ものに無理矢理するという作品内の必然性がなくて「全ての偏執狂的な人たち」に対する一種のパロディとして描ければそれなりの共感を得られる可能性もあったと思う)。なぜ「浦賀和宏殺人事件」なのか。作中に登場する浦賀はなぜにこんなにも悩んでいるのか。そして「浦賀和宏」はなぜにこんなに偽悪的態度を続け、業界を敵に回して吹きまくるのか……。それが真相にて解き明かされる。ある補助線を引けばとても綺麗な解となる。前半の耳が痛い文章も、この補助線を成り立たせるための補助的な部分に過ぎないことに気づかされるのはショック。 作中作の出来から、現状への不平不満、そして(恐らくは)自らの日常生活まで全てひっくるめてミステリに転化してしまう……ここまで一貫してやり通してしまう態度には一種の潔さが感じられる。
また、人物消失トリック、ひいては密室やトリックという存在そのものに対する鋭い批判も毒が効いていて面白い。確かに「頭」はもてあますでしょうな。

仮に悪し様にいわれているのに私自身が含まれているとしても、「普通ではないミステリ」として覚悟して読む分には十分楽しい。 いわゆるメタミステリ的な内幕暴露ではなく、それらを最終的にトリックにきっちり奉仕させている点は評価すべきである。しかし、そんなにネットで悪口ばかり書かれていますか? セールスに繋がる好意的書評も多いと思うんですが。


02/05/25
岩井志麻子「邪悪な花鳥風月」(集英社'01)

第6回日本ホラー小説大賞と第13回山本周五郎賞を『ぼっけえ、きょうてえ』にて受賞、一躍時の人となった岩井志麻子さん。その後、すぐに多くの連載を抱えるようになったが本書もその一つ。『小説すばる』誌に'00年から翌年にかけて掲載された短編に、序章終章を加えて連作短編集としたもの。

馬場弘恵こと「私」は主婦兼作家。自宅の建て替えのために実家に一時的に戻った夫と子供と離れ、自主カンヅメを理由に一ヶ月ほど担当編集者の”三浦くん”のつてで借りた都心から離れたウィークリーマンションに滞在している。別の理由は、その”三浦くん”に私が恋をしているから……。周辺を散歩するうちにウィークリーマンションを見上げるように建っている二階建てのアパートに私は興味を持つ。観察しているとそこからは生身の人間の持つ匂いが立ち上ってくる。私はそこに住む本当の名前さえ知らない彼らを題材に小説を紡ぎ始める。
三十三歳、男のような体型をしたカヨは隣に越してきた、瞳つばさというタレントに似た女、ユリに惹かれる。カヨはかつてラブホテルで売春相手の男を刺し殺して逃亡したという過去があった。そのときフロントの老婆は「女は瞳つばさに似ていた」と証言していた。『虚空の鳥』
三十四才の静香は優等生ぶりながら、陰で卑劣な行為を繰り返す女。そんな彼女は、そこそこ美しい外見を持ちながら子供の頃から友人や恋人はできなかったが、それを自分のせいだとは決して考えなかった。そしてその週末も一人ラジオを聞きながら、他人の幸せを毒づく。 『散らない花』
その町には月が二つある――日本に近いけれど日本ではないその××市に結婚した夫と赴くことになった二十七歳の芳子。その街は狂気と奇妙な価値観が街を支配しており、戸惑う芳子も徐徐にその町の考え方に染まっていく……。 『いずれ檸檬は月になり』
そのアパートを経営する女主人、るみ子。絶縁したはずの四十過ぎの娘、仁美が戻ってきた。中田という得体の知れない男を連れて。中田は仁美だけでなくるみ子をもまた誘惑する。 『黒い風の虎落笛』 上記四編を序章、終章が挟む連作集。

なぜ本作がミステリの連作短編集としてしっかり評価されなかったのだろう?
デビュー当初から岩井志麻子さんの文章というのは、独特のリズムと取り憑かれそうな迫力とを兼ね備えている。 彼女の手にかかれば、平凡な不倫は、死んでも添わんとする悪魔の運命に魅入られた関係と変じ、男女のありがちな諍いは、相手を殺してでも自分のものにしないと気が済まない激情の吹雪となる。本書もまたそんな男女、それも平凡な幸福さえも両手から取り落としてしまった人々がそれぞれの主人公となっている。自分が持たない美しい女性を愛する女。陰険で卑劣な自らの性格に気づけない女。自らの価値観が崩れ溶け落ちていくことに鈍感な女、家庭を持つ男に籠絡される親子。彼らは、自らの行動によって幸福を取り落とし、不幸を招いてしまっているのだが、それに気づけない……。
そしてその物語の陰惨な魅力がまた凄い。人の悪意や不幸といった事柄を、これだけ「読ませる」というのはいったい何なのだろう。読者の覗き見趣味? 人の不幸を自らに置き換え? ……そんな簡単に分析できそうにない「人が書かないことを書く」ことによって発露する迫力。こればかりは読んで味わうしかないのでは。
さらに、これまで岩井さんが発表してきた作品群からはちょっと想像がつきにくいことだが、この作品集は四つの短編が序章と終章に挟まれて単行本化されることによってミステリの連作短編集となっている。 独自の不人情小説、不幸小説といった趣の短編それぞれと、それを囲む枠が別に設けられたとでもいえばよいのか。まぁ、いわゆる本格ミステリとは異なり、読み終わった後にじわりと感じるものがある、いわゆる変格推理小説ないしブラックユーモアに近いものではあるが。そして、その仕掛けがあることで本書の持つ「邪悪さ」が際だっている。ホラーの要素がなくとも、人は「悪意」にも恐怖は感じるものなのだ。

「邪悪な花鳥風月」という題名で損しているかもしれない……などと思ってみたりもする。短編それぞれの題名はよくよく見れば花鳥風月。東洋人が生み出した自然を愛でるこの言葉をモチーフにしつつ、それと対極にある人間の心の闇を独特の美しさをもって浮かび上がらせる手腕。 やっまりシマコさまはスゴイ。


02/05/24
鮎川哲也「鮎川哲也名作選 冷凍人間」(河出文庫'02)

ここ数年、復刻の勢いが著しい鮎川作品であるが、本書はそういったスタンダードとは一線を画した編集が貫かれた作品集。既刊の文庫のなかでも入手しにくかった河出文庫『楡の木荘の殺人』『青いエチュード』が底本。単行本未収録作を含む鮎川氏最初期の名作や入手が困難だった作品などがまとめられており、鮎川マニアであればあるほど喜びの度合いが深いという技ありのセレクト。

若い恋人たちが愛を交わす月夜の晩、唐突に現れて彼女をモデルにしたいという画家。その日から彼女は衰弱して……。 『月魄』
戦後すぐの時代、土佐の田舎村で一家の主人がが殺された。複雑な家族関係と関係者にはアリバイ。素人探偵の推理は? 『蛇と猪』
密かに愛していた女性が結婚を決めた。しかしその女性が私の自室に入ってくる。彼女は庭の独逸百合が変じた姿なのだという。 『地虫』
ダンスグループが開催するダンスパーティに飛び入りする美女は、不細工ゆえ誰にも相手されない男と踊った。その正体とは。 『雪姫』
独身の推理作家が語る露西亜娘との恋。割って入った同居人、そして同居人は罪の意識に怯え、自ら胸を突いて死んだ。 『影法師』
奔放な人気女優と彼女に降られた元著名人二人による対談が山奥で開催されることに。そこに脱獄囚が紛れ込んで……。 『山荘の一夜』
ヒッチコックによる名作映画「ダイヤルMを廻せ!」のダイジェスト版を鮎川氏が執筆したもの。 『ダイヤルMを廻せ』
総理大臣が朝食中、頸の骨を折って死亡した。その影には結婚一週間以内に相手を事故死させてきたという妻が。安蒜先生が謎に挑む。 『朝めしご用心』
明との結婚が決まっているマリは身体の純潔を守り通してきたが、ある晩謎の人物に襲われる。明はそれを許し予定通り結婚となったが……。 『アトランタ姫』
看護婦のミチエはある時から2という数字を忌み嫌うようになった。その原因は婚約者の一物が二本あるという噂を聞いたことに。 『甌』
探偵小説家が月から聞かせてもらう話。ドンファンで知られる恵良三平がユリ子という女性と知り合い、それまでの三人の恋人を始末し始める……。 『絵のない絵本』
大学教授が妻の愛人を殺害し、密室内で自殺した事件。保険金を受け取れない夫人は探偵に対し他殺にして欲しいと依頼する。 『他殺にしてくれ』
東京奥多摩で発見された巨大な昆虫の卵。孵化した芋虫は脱皮を繰り返し付近を食い荒らして遂に人を襲い始めた。 『怪虫』
密輸仲間を裏切った男は冷凍庫に入れられたが、その死体は消えていた。翌日から不気味な冷凍人間の噂が街に広がる……。 『冷凍人間』
オルゴールから出てきたロシア語の文章。それはマンモスの氷漬けの死体を求めてシベリアの氷河の僻村に滞在したマガーロフ博士の日記。 『マガーロフ氏の日記』
発端編・藤雪夫、展開編・鮎川哲也、解決編・狩久による合作。 お坊ちゃん大学生の桜井が自室で殺され、顔にはジュピターの石膏面がかけられていた。田所警部は彼が、島田という男性と交際していた森川あけ美という女性を奪って恋人にしていたことをつかむが、その島田もまた行方不明となっていた。 『ジュピター殺人事件』(連作) 以上十五編に日下三蔵氏による著作リスト、編著作リストが付されている。

本格推理小説の父、鮎川哲也の入手困難作と、珍しい「変格推理」の作品群を楽しむ
いうまでもなく鮎川哲也は戦後の本格推理を実作者として、そして名伯楽として引っ張ってきた立て役者である。 本格推理小説不遇の時期にあっても、その本格に対する真摯な姿勢と妥協を許さない創作は、現在の本格ミステリファンの多くが未だに敬意を払い続け、支持を受け続けていることからも証明されているといえよう。
二十一世紀に入ってこそ、長らく絶版で入手が困難であった鮎川氏の長編群が、創元推理文庫、光文社文庫などにて復刻が進められている。また短編集についても出版芸術社、創元推理文庫にて相次いで刊行されかなりそのワークについては現在でも辿ることが出来るようになった。本書はその「鮎川哲也」の拾遺集ともいうべき作品集。河出文庫の二冊は、鮎川氏の文庫のなかでももっとも入手が難しいものであり、これに加えて雑誌に発表されたきり単行本未収録となっていた作品や、収録されていたとしても極端な入手困難となっている本でしか読めない。こういったこれまで数十年にわたる氏の創作活動のなかでも、もっとも日の目に当たりにくかった作品群にスポットライトを当てている。
本格分野における名作は、これまでも頻繁に取り上げられることが多かった反面、本書では鮎川氏の主流とは言い難い作品群、つまり「変格推理小説」……サスペンスやファンタジー、SFといった作品が大きなウェイトを占めている。 そしてそれが意外と面白い、のである。文章を読んだだけでは鮎川哲也という名前がちょっと浮かぶことはなく、どちらかといえば横溝正史風、香山滋風、渡辺啓介風だったりする。推理小説以前、論理よりも「奇妙な味」を大切にしていた探偵小説時代末期の雰囲気が、ひしひしと伝えられており大変興味深い。氏自身は納得できていないようなのだが……。
『地虫』の哀しい彩りに満ちた物語、『朝めしご用心』の捨て鉢ともいえるバカトリック、『甌』のトンデモ設定等々が目を引いた。入手困難と知られた『冷凍人間』の意外な本格風味と、残酷さと不思議さとを兼ね備えた『絵のない絵本』は抜けた出来のように感じた。
収録作すべてが鮎川作品(当たり前だけど)なのに、どこか「一人雑誌風」というか、探偵小説というものが全盛だった時代の息吹が一冊から味わうことができる佳品。

マニア向け……という編集がされていることは事実だが、もしかするとマニア以外の一般鮎川ファンが読んでも意外と楽しめる、いや、もしかすると「本格一辺倒だからこそ」氏の作品は苦手、という人の方が、より楽しめる可能性があるように思う。特に中後期の本格とはいえ出来のあまり芳しくない倒叙作品よりかはよほど読ませるレベルにある。高いけど今のうち本屋できちんと買っとけ。古本屋にそう簡単には流れない作品集だし。


02/05/23
東川篤哉「密室の鍵貸します」(光文社カッパノベルス'02)

講談社ノベルスのメフィスト賞対抗? と実際の意図はとにかくとして目されているカッパノベルスのノンジャンルエンターテインメントの登竜門、カッパ・ワンが2002年4月にスタートした。その第一陣としてこれまで光文社文庫『本格推理』に掲載歴のある作家四名が一挙にデビューすることとなった。東川氏もその一人。有栖川有栖氏が推薦辞を書いている。

関東の地方都市、烏賊川にある烏賊川市立大学の映画学科に通う大学三年生、戸村流平。先輩の茂呂耕作のコネを使って烏賊川市の小さな映画製作会社に就職内定し、喜ぶ彼だったが「夢が小さい」と交際していた紺野由紀に別れを突きつけられてしまう。本人は忘れたつもりでも、飲み会で泥酔して彼女に対する罵詈雑言を発するなど心の底にはまだわだかまりが残っている。そんな流平を慰めようと茂呂が映画でも見ながら飲み明かそうという提案をしてくれ、流平はマイナー映画『殺戮の館』のビデオを持って先輩宅を訪問した。いつものように風呂を借り、ビデオを見終わったところ茂呂が酒を買ってきてくれるという。防音完璧のホームシアターで帰ってきた茂呂は近所のアパートで飛び降り自殺があったらしいと流平に告げる。そのアパートは紺野由紀が住んでおり、流平は怪しい胸騒ぎを覚える。その後、風呂に入るといったまま先輩が戻って来ない。様子を見に風呂場に行ってみると、先輩は服を着たままシャワーを浴びており、あろうことか腹にナイフを食い込ませて絶命していた。その様子を見て昏倒、気を失った流平は翌朝まで目を覚まさない。ようやく気づいた流平だが、現場が密室であることに気づき愕然とする。このままでは容疑者になってしまう! 親しい友人に電話した流平は、さらに昨晩の飛び降りが紺野由紀であり、しかも殺されたのだと聞かされ逃亡を決意する。

浮世離れした淡淡飄飄とした魅力ある文体、そして展開が、ロジックの本格を描き出す
人によって好悪が分かれることは理解しているが、私はこの文体が好きだ。 最初は一つ一つのキャラクタの行動、発言そのものがギャグを狙っているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。(この程度で読者がケタケタ笑ってくれるとは作者も考えていないだろうし)。これだけ繰り返されればあざとくも感じられない。徹底的にとぼけた描写ととぼけたキャラクタ。 主人公にしろ、刑事たちにしろ、主人公の親戚の私立探偵にしろ「おまぬけ」という形容詞が似合う奇妙な人物が揃っている。どたばた喜劇とも、きついブラックジョークとも異なる天然ボケの世界が、ちょっとした田舎町「烏賊川市」という街を形取っている。
さて、それでいて提示される謎がなかなか魅力的でもある。自分をきつく振った彼女が殺され、さらにそのアリバイを証明してくれるはずの先輩までもが、自分と二人きりの密室内部で殺されている。謎を解かないと犯人にされてしまう……といった、作りようによってはシリアスなサスペンス本格になり得る設定が、逆にとぼけた味わいのなかでの適当な緊張感に繋がっている。どたばたと、証拠や手掛かりを捜しながらの逃避行。そして解決。
有栖川氏の推薦な言葉で「ストレートな本格」と書いているが、私的見解ではこれはかなりの変化球だと思う。いわゆる本格ミステリとしてはストレートなのかもしれないが、その解決部分はちょっとチェンジアップ気味。というのも、とぼけた展開のなかに込められた様々な伏線を活かしたロジックによる着地は見事だが、その着地した地点というのがどうもアヤシイ印象が残る。その人を犯人にするのはちょっと殺人動機……というより犯行を行う決断に対する動機……があまりにも現実的ではないとか、その緻密のようにみえる計画に実は偶然に頼った部分や穴があるとか。納得させられた後に「ふっ」と頭に残る疑問点がいくつかある。ただ、本格ミステリの道筋が強引でも許せる気がなぜかしてしまうのだ。その要因はやはりとぼけた世界ととぼけた登場人物によるこの世界観にある。(一周して戻ってきた)。

天藤真……とまで書くと持ち上げすぎのような気がするが、大まじめにとぼけた物語と本格ミステリの融合という点、気に入った。とぼけ方からあざとさが消え去って、抑えたユーモアが文中の直接描写からでなく、行間からにじみ出るようになればちょっと最近類を見ないタイプのミステリ作家へと変貌できるのではないか。今後にも期待。


02/05/22
林 泰広「The unseen 見えない精霊」(光文社カッパノベルス'02)

本書もカッパノベルスのエンターテインメント小説登竜門、カッパ・ワン第一期のうち一冊。林氏も『本格推理』出身者で、本書の推薦辞は泡坂妻夫氏が書いている。

カメラマンの”僕”は、インドの山奥でトラに襲われている老婆をカメラのレンズを投げつけることで助け出す。シャーマンの彼女は、”僕”が非常に意識している「誰にも撮ることができないものを撮る」伝説のカメラマン、ウイザードが遭遇した自らの死を含む四つの殺人の謎について語り始めた……。精霊を操るシャーマンたちの最上位に位置する大シャーマン。有名な女性歌手を巻き込んだ事件から世界的に知られることになった誰も姿をみたことのないその人物は、写真を撮られるとその力を喪うと信じられていたため、固いガードに守られている。厳重な木の塀にて囲まれた村。潜入しようにも、彼女を取り巻くシャーマン候補の精鋭たちによって嘘が見抜かれてしまう。彼女の写真を撮影しようと挑んだ多くのカメラマンが、腕をへし折られて目的を果たせずインドを去っていった。そこに残されたのは「彼女は撮影不可能」という伝説。当然のようにその伝説に挑むウイザードは、彼女を撮影するため飛行船を用い、三人の傭兵を従えて村に潜入、そして撮影には成功するものの、精霊による処罰を受けることとなってしまう。

冒険小説的魅惑的な設定のど真ん中にある超本格パズル
とにかく序盤から中盤にかけての設定はすばらしい。インドの山奥。人の嘘を見抜くシャーマン。原始的な戦いながら、非常に効果的な部外者撃退方法。一方で難攻不落の要塞を知力でもって攻め落とすカメラマン。どうすればこのような設定が思いつけるのだろう。また、それを攻め落とすウイザードのやり口なども(その行動の是非はとにかく)、工夫が凝らされており面白い。ちょっとした冒険小説のノリですいすいと物語が進む。
だが、彼らが捕まったことで読者への挑戦状付き密室内の連続殺人事件へと物語は変質する。
空中に浮かぶ密室。シンプルかつちょっとした癖のある舞台構造。有名な降霊術、すなわち暗闇のなかで全員が手をつないで輪になっている状態にてラップ現象や何者かに肩が叩かれるといった怪奇現象が発生する……というシチュエーションが効果的に使われている。別にオカルトや奇術の本でなくとも、過去のミステリ作品にてしばしば種明かしがされているので「はぁ、あれか」と思って読んでいたら、これがなんとミスリーディング。ここまでは上手い。ただここから次々に発生する殺人について論理的に解決しようと目論むウイザードの思考パターンをこの後ずっとトレースさせられるのは読んでいてかなりの根気が必要だった。真相はシンプル、反則すれすれのフェアさ加減も面白いし、それなりの伏線もあるため納得できないものではない。ただ、その論証過程を馬鹿丁寧に行い過ぎたり、駆け引きのために穴を知りつつ仮説を提示するなど、ひたすら道のりが長く感じられるのだ。いくら徹底的に論証するといっても催眠術まで使わなくても。密室内の証人である、「嘘を見分けられる」村人とのやりとりは、「嘘つき村と正直村の分かれ道にどちらかの村民が立っています。はい、いいえで答えられる三つの質問で正直村への道を見つけてください」というようなパズルを思い出さされた。結果的に、フィクショナルな設定のなかで唐突な推理パズルを行っている印象が残ってしまうのだ。

ただ一方で、こんな短い物語に主人公の成長物語を詰め込んで、読後感を良くしている点は評価できる。また徹底的な論理を突き詰めていく、こういったミステリを肯定する読者もいるだろう。ただ個人的には冒険小説的部分により魅力を覚えたことは事実。三人の魅力的な傭兵の活躍をもっと見たかった、というのは変梃な感想だろうか。


02/05/21
皆川博子「光源氏殺人事件」(講談社文庫'92)

直木賞、推理作家協会賞、柴田錬三郎賞……等の権威ある文学賞をなで切りにしている皆川博子さんではあるが、80年代の一時期は、二時間読み捨てノベルスの執筆が強要された時期がある……という。本書が執筆されたのは「その時期」のど真ん中。 元は、'85年講談社ノベルスとして刊行された作品が文庫化されたものである。

旅行代理店に勤務する藤谷秋弘は、父の従兄弟で国文学の大学教授、藤谷和正の紹介で、建設会社を経営している遠縁の藤谷綾子を訪ねる。秋弘は北海道支店に勤務時代に和正の後妻、尚子を数泊の間観光ガイドをつきっきりで勤めた時から不倫関係となっている。さらに尚子は秋弘の子供まで宿していたが、あっけらかんと「産む」と言い張っていた。綾子宅で電話を取り上げた秋弘は、友人の妹でかつて恋人だったミキと思われる声が「殺してやる」と罵っているのを耳にしてしまう。旅行契約を取り付ける便宜を図ってもらうつもりだった秋弘は、綾子から一族の阿蘇旅行に付き合うように言われて、リゾートホテルへと同行する。そのホテルに勤務しているのがミキの兄、剣崎だった。尚子は阿蘇でも奔放に振る舞い、必死で隠す秋弘を尻目に一族に関係はバレバレ、しかし和正は謎の冷静さを保っていた。その尚子が夜中にホテルから失踪してしまう。また、海外に向かっているはずのミキがホテルの近くから電話を秋弘と剣崎に掛けてきたが、そのミキの姿もやはり見えなくなる。

皆川ミステリとは思えないくらい軽め。とはいえ紛れもなく皆川ミステリでもある
複雑な血縁の物語。ちなみに主人公、藤谷明弘は綾子の亡父の甥の子、和正は綾子の先妻の子……といった具合に、登場する藤谷一族の血縁関係は文章で語るには実にややこしい。皆川作品には珍しく、藤谷家の関係者が系図にてきちんと図表化されているくらいである。また、その内部に不倫や道ならぬ恋を散りばめるのは、皆川さんのこの時期の作品に多くみられる構図のように思う。この複雑な家族関係が織りなす複雑な人間関係が本書のミステリとしての軸を担う。ただ、壮大な動機を設定することが多い皆川ミステリの系譜においては、確かにそれでも「軽い」のかもしれないが。
また本書では、皆川博子という女性の「文学」特に「古典文学」に対する深い造詣が見え隠れしており、それが作品内に独特の気品を醸し出している。作中の暗号などもそれがベースで、ちょっとひねりすぎとも思えるところ、見せかけ以上の効果をきちんと秘めているあたりやはりウマイ。そうして光源氏に関する種々蘊蓄的なものを交えた結果見えてくる真相、これもまたロマンティシズムと悲劇性が同居する見事なもの。表面上で見る限りは、その教養と独特の人間観のうえに成り立つ世界も確立しているといえるのではないか。
確かにトリックは弱いし、挿入される光景の描写もところどころキラリと光るものの、日本語の美しさを最大限に利用した、あの噎せ返るような独特の皆川作品の雰囲気は、残念ながら本書では出し切れていないように思う。しかし、皆川ミステリから発する独特の香気のようなものは、この物語からも十分に感じ取ることができた。

じっくりと書き込まれた文章が紡ぎ出す物語は、登場人物に対し比喩的な意味での「重さ」を背負わせる。人々は枷や業を背負い、それでも生きる。どんなに編集者が軽く読めるようにしろ、といっても皆川文学の根本部分は決して失われない。そんな意地が透けて見える作品であった。安心、そして満足。