MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


02/11/10
三雲岳斗「M.G.H. 楽園の鏡像」(徳間書店'00)

三雲氏は'98年に『コールド・ゲヘナ』にて第5回電撃ゲーム小説大賞銀賞を受賞してデビュー、本作にて'00年に実施された記念すべき第1回目の日本SF新人賞を受賞した。(氏はさらに第5回スニーカー大賞特別賞を『アース・リバース』にて受賞もしている)。……とすると、一見はヤングアダルト、そしてSF畑の作家ということになり、その解釈は間違っていない。が、しかし、本作は紛うことなき本格ミステリであり、恒例のベスト本でも高く評価された。氏は他にも『海底密室』等のSFミステリ系の作品を著している。

鷲見崎凌は材料工学研究室の助手をしている。一人暮らしの彼の元に四歳年下の従姉妹、森鷹舞衣が訪れた。彼女は日本初の滞在型宇宙ステーション「白鳳」に一緒に行きたいと言い出す。確かに宇宙ステーション滞在は民間人にも開放されてはいたが、そのためには莫大な費用を支払わなければならない……彼女が持ち出したのは新婚夫婦向けの懸賞であった。応募を承諾した凌だったが、実は舞衣は既に勝手に申し込んで二泊三日の旅行に当選してしまっており、凌は強引に舞衣との結婚(偽装?)を承諾させられ、白鳳へと旅だった。凌自身は舞衣のことを憎からず思っていたが、彼には彼女の姉を慕っていたという負い目があり、舞衣には舞衣なりの過去があった……。一方、白鳳には朱鷺任数馬という材料工学の権威である教授が滞在しており、凌は事前に彼とのアポイントを取り付けることに成功する。白鳳に一緒に滞在するのは、航空宇宙開発公社のエリートカップル加藤浩一郎と優香のカップル、有名ミュージシャンの瀧本拓也と女優の水縞つぐみら、そしてステーションの住人達。そんななか、凌と舞衣は原因不明の停電に遭遇、その直後、無重力ホールを与圧服を着たまた漂う研究所副所長の墜落死体を発見する。その死体、は研究所副所長の瀧本博士のもので、彼は拓也の父親だった。墜落する場所などどこにもない宇宙ステーション内部で果たして何が起きたのか?

噂通りの直球本格ミステリ。SFとしての凄さより、強調されるのはミステリという「ジャンル」の懐深さ
作者によれば、本書は「他ジャンルの人をSFへ巻き込むためにミステリの形式を取った」のだという。ただ、その作者の意図は成功したのかどうか、微妙なのではないか。本書の背景となる近未来、宇宙ステーション、材料系を中心とした未来設定……等々、SFとしてのガジェットは(ミステリ畑の私などからすれば)かなり「かっちり」作られているように感じられる。でもって内容はやっぱり噂通りの宇宙・近未来が舞台となる直球ど真ん中の本格ミステリ。本書を読んで感動するとするならば、SFにおけるセンス・オブ・ワンダーではなく、ミステリの「謎−解決」のアクロバットの方。 その意味で本書は「日本SF新人賞受賞作」、つまりSFとして優れているというよりも、その後の評価においては「ミステリとして優れている」という見方の方が大勢のように感じられるのも致し方ない。
丁寧な舞台設定内部で発生する連続殺人。その場所における不可能犯罪、その悪魔的かつ「21世紀本格」的トリック。素人名探偵は関係者を集めて「さて」とやり、犯人の動機も実に近年の「本格ミステリ」的特徴を備えている。くどくど書かないが、本格ミステリとして実に見事な形式と内容を備えている。伏線の張り方は多少ぎこちないが、これはSFとかミステリとかいう問題ではなく、巧拙の問題だろう。文章や描写といったあたりは、既に完成されており下手なベテラン作家よりもはっきり上手い。
個人的な印象では森博嗣フォロワーとまではいかないまでも、森博嗣ミステリィが創り、実際に「売れた」作品のエッセンスを非常に上手く抽出してオリジナルにしてしまっているということ。主人公である凌の朴念仁的思考、ヒロイン舞衣の積極的かつ愛らしい態度、そしてその関係性の「ズレ」等は、一連の犀川と萌絵とのラブコメ的関係性を彷彿させるし、主人公その他の登場人物たちが作品内部で行う合理的科学的論理に基づく行動もまた森作品の登場人物にも多くみられるものと同じである。彼らの「世間的常識からのズレ」加減、理系ゆえのズレの表現は全く同じといってもよいくらい。(ついでに強大な権力と決定力を持つ「おばさま」が存在するあたりも一緒だよな)先に森博嗣という存在を許容している「ミステリ」の方のジャンルは、本書をもまたすんなりと自己の内に取り込んでいく。 読後に残されるのは「SF」でなく「ミステリ」の方の印象なのだ。

ということで私の印象では「美しい本格ミステリ」を味わわせて頂いたというのが本書。鮎川賞は難しいかもしれないが、恐らくメフィスト賞やもう少し縛りの緩いミステリの賞なら大賞受賞が可能だっただろう。ぼんやりとだが「SFミステリ」という小さなサブジャンルは、既に「SF」から「ミステリ」へとその居場所を移してしまっているのではないだろうか……と考える。少なくとも本書、SFファンがどのような位置づけとして捉えているのかは分からないが、本格ミステリファンなら取り敢えず読んでおくべき作品である。


02/11/09
森福 都「双子幻綺行 洛陽城推理譚」(祥伝社'01)

森福さんは'96年『長安牡丹花異聞』にて第2回松本清張賞、同年『薔薇の妙薬』にて第2回講談社ホワイトハート大賞優秀賞を受賞してデビュー。主に中国を舞台に作品を執筆している。本書は『小説NON』誌に'97年から'00年にかけて掲載された短編がまとめられた連作短編集。

唐の時代。則天武后の名で知られる聖神皇帝の寵愛を受ける双子兄姉、馮九郎と馮香蓮。宦官となり全てをそつなくこなし愛想を振りまきながらもその内側に大いなる野望を秘める九郎、彼を慕うお転婆娘の香蓮。特に九郎はその後見人、李千里より宮中で「噂」を収集する役目を命ぜられていたが、今度は宮中を賑わす歌手殺害事件の謎を解くよう命ぜられる。 『杜鵑花』
洛陽の南市で放蕩する道楽息子だけを狙う奇妙な誘拐が頻発。しかも身代金は寺への喜捨というものだった。九郎は遊蕩息子にわざと化けて囮捜査を行うが、実際に誘拐されてしまったのは香蓮だった。 『蚕眠棚』
洛陽の避暑の宴に捧げられる氷の彫刻。これを専門に彫る男が四阿で殺された。その四阿は九郎を慕ういじめられっ子の後輩宦官、寿昌が一人泣きするのに使っており、死体を発見したのも彼だった。 『氷麒麟』
朝廷のしきたりで重陽の日は邪を払うという菊花酒を飲む日にあたる。科挙の試験に合格し皇帝への近づきを目指す謝康生は九郎らを誘い故郷の村へと向かう。彼らはそこで宮中の菊作りの名人が企む皇帝暗殺計画を察知する。 『菊華酒』
年老いつつある皇帝は自らの持つ大真珠の一部を削って化粧品にするよう部下に命じていた。その結果、小さくはなったがまだまだ大きな真珠が九郎の目の前で行方不明に。九郎はその下手人ではないかと厳しい詮議を受ける。 『浮蟻珠』
正月の縁起物、膠牙糖で作られた短刀で洛陽でも名高い遊女が連続して殺された。このままでは九郎、香蓮が仲良くしている遊女、陳彩娘もまた続けて標的とされるかもしれない……彼らは独自に捜査を開始する。 『膠牙糖』
李千里は北方警護のための献策を皇帝に行い、その許可を得るために皇帝の行く先で瑞兆である竜を見せるからくりを作るよう九郎に命ずる。首尾良くその役目を果たした九郎だったが、彼は既に皇帝のお気に入りとなっている謝康生や蔡寿昌らの嫌がらせにより再び窮地に立たされる。 『昇竜門』以上七編。

遙かな中華の世界を舞台に繰り広げられる短編本格ミステリであり、野望溢れる歴史小説でもある――。
自分語りになってしまい恐縮だが、古くは陳瞬臣、近年では宮城谷昌光らの書いていた特に中国を舞台にした歴史小説を耽読していた時期がある。その経験を踏まえていえば、本書で描かれる中華の世界は彩りは豊かなれど、多少深みに欠けるきらいがある――とはいっても、短編に特有の短さにより歴史そのものが持つ深みを描こうとするものではないので致し方ない。ただ、この時代の作品が持つ「実力を持つ者が努力と機会次第でのし上がる」という特有のロマンの香りは本作では特に色濃く描かれている。また歴史小説作家が描きたがる戦いによる武力の比べ合いではなく(下手をすると女性がほとんど登場しない長編さえ存在する)、宮中での知恵比べによる臣下同士の見えざる戦いに特化しているところが一つの特徴でもあろう。彼らの何気ない行動一つ一つの裏に、必ず何か隠された思惑があり、その段階では分からなくとも後に繋がっている……という権謀術数のぶつかり合いはそれはそれで新たな面白さを発揮している。
また、力を入れて描かれる当時の風俗も興味深く、こちらはミステリの謎解きとも有機的に結び付いている。馴染み薄い時代のなかでいきいきと描かれるそれぞれの登場人物が醸し出す味わいも良く、人数は決して多くない彼らながら、ひとりひとりの「生きる目的」がしっかりと存在し、かつ丁寧に描かれている点にも好感が持てた。
そういった小説的にしっかりした枠組みのなかで、またミステリの「謎−解決」の構造が内部に組み込まれており、先に述べた通り、作品世界とその謎解きが密接に結び付いている。謎の真相それぞれが、その時代特有の人々の考え方をベースにしており、ロジックのミステリとなっている。「皇帝に取り入りたい」「老いを迎えたくない」「宝物を収集したい」「保身を図りたい」――等々、解き明かされる際に垣間見える彼らの感情に驚かされ、納得する。

これもまた『本格ミステリ・クロニクル300』で取り上げられていなければ手に取らなかっただろう作品。単に世界が近いという単純な連想ながら小野不由美の『十二国記』シリーズあたりが好きなミステリファンであれば、歴史小説と縁がなくとも素直に入り込めるのではないだろうか。本書はミステリであり歴史小説であり、また一種のファンタジーだともいえそうだし。


02/11/08
有栖川有栖「マレー鉄道の謎」(講談社ノベルス'02)

有栖川氏が次作として題名を発表したまま実際の執筆がなされないまま長年のあいだ(五年くらい?)幻の作品――が、この『マレー鉄道の謎』であった。それがようやくヒムアリものの国名シリーズとしては二作目の長編として、遂に書き下ろし発表されたのが本作。

長年顔を合わせる機会のなかったリゾートホテルを営む学生時代の旧友、衛大龍を訪ねてマレーシアにやって来た有栖川有栖と火村英生のコンビ。折しも彼らが利用するマレー鉄道の北部では踏み切り事故から日本人犠牲者を含む大惨事が発生していたが、彼ら自身は無事な経路を経て、無事に高級リゾート、キャメロン・ハイランドへと到着、昆虫採集に来ている一団を除けば衛のホテルの宿泊客は池沢という日本人と、アランという英国人作家のみ。二人は街へと繰り出し、偶然ワンフーという現地人が、バックパッカーの津久井という青年に対して暴れているのに出くわし、仲裁する。ワンフーの妹であるシャリファを津久井が口説いたことが原因らしい。翌日、紅茶畑で挙動不審の津久井を目撃した後、彼らは百瀬淳子という夫人の車のパンク修理を手伝い、その縁で現地で成功した日本人実業家、百瀬家へと彼らは出向くことになる。件のシャリファもまたその百瀬家で働いていた。しかし、偶然彼らは百瀬家の庭に放置されたトレーラーハウスの内部のキャビネットの中で刺殺されているワンフーの死体を発見してしまう。しかもそのトレーラーハウスは完全にテープで内側から密封されているという奇妙な状態にあった。火村らは行きがかり上、現地警察に協力、滞在期間中に犯人を発見することを誓う。が、次なる死体、すなわち第一の容疑者と見なされていた津久井の絞殺死体もまた発見されてしまう。

古典本格探偵小説の香りを色濃く漂わせる、有栖川有栖の新本格十五周年に対する一つの回答……
作者が本書のインタビューの答える形で「本書は『南国リゾート密室ミステリー』を目指したもので、クリスティの舞台とミスディレクション、カーの密室トリック、クイーンの推理とテーマをリミックス(抄訳)」したと述べている。作者自ら分析してしまっており、身も蓋もないのだが私自身が覚えたのも「その通り」の印象。更にこれまた自らの紹介文で「密室あり、アリバイ崩しあり、暗号あり、犯人探しあり……〈国名シリーズ〉は本格ミステリのおもちゃ箱です」と述べている。これは印象以前に内容がその通り。アリバイこそないものの、『爬虫館事件』や『密閉教室』、TVドラマ『安楽椅子探偵とUFOの夜』(これは綾辻&有栖川原作)でもあった「テープによる内側から目張りされた密室」が登場し、連続殺人の被害者はダイイングメッセージを残している。本格ミステリの持つ「ミステリ」の部分の要素を貪欲に取り込んだ作品である。
国名シリーズ最新作としての期待、ヒムアリものという安心感。これを帯にあるように「真正面の「本格」」と賞賛する向きもあるだろう。真っ正面からトリックに向かい合い、タイムリミットがあるなかで事件の真相を追及する火村と有栖川。かつての勃興期の新本格ミステリの持っていた特有の熱気や意気込みが復活したかのような展開。確かに真相が解明される過程で、芋蔓式に判明していく事件の構図に凄みがある。事件同士の関連や、犯人の抱えた闇や、プロローグに隠された秘密など非常に綺麗にまとまっている点は否定しない。同じ「謎解き」のジャンル内部でさえも多様化している現代ミステリの中心点を有栖川氏が未だ探し求め、一つの解を新たに提示したという印象。
だが個人的には本格が積み上げてきた十五年に対してどこか逆行しているような印象も合わせて持った。一つは「まずトリックありき」と思しき創作。ロジックよりもトリックを重視しているため「犯人探し」の妙味が薄い。このため、悪魔的に知恵が回るはずの犯人が。肝心要の証拠をしっかりと残さざるを得なくなっている。(でなければ謎解きが成立しないというジレンマが作品に存在する)。また同時に物語性から受ける感銘に乏しいようにも思えたが(例えば外国で成り上がるための現地に溶け込む人々の必死の思いとかもっと書き込んでも良かったのではないか)、これは作者の方針かもしれない。また、せっかくの南国リゾートを舞台にしながらも「その場所でなければ通用しない」というトリックがない。場所を外国にし、海外警察に二人が協力するという設定は確かに目新しいのだが、これでは巷に溢れる旅情ミステリと構造的には同じといわれても仕方ないのではないか。つい厳しいことを書いてしまうのは、読者として有栖川氏に求めるハードルがどうしても高くなってしまうためだと思って欲しい。

確かにヒムアリものとしては屈指の正統派本格ミステリであることは否定しない。また新本格ムーブメントを引っ張ってきた有栖川氏ならではの説得力を持つ原点回帰という動きもあろう。手堅いレベルの作品であり、「本格」好みの人には堪らないはず。

おまけ。あといくらアリスが英語が苦手とはいえノンフィクションではないのだから「×××××(聞き取り不能)」という表現を多用するのはどうかと思う。読んでいてつっかかるし、臨場感よりも違和感の方が強い。実際、会話において英語のいくつかの単語が聞き取れない場合は、相手が何を言いたいものかそもそも分からないのではないだろうか。


02/11/07
辻 真先「デッド・ディテクティブ」(講談社ノベルス'01)

ミステリに新気風を常に取り入れようと努力を続ける大ベテラン、辻真先氏。事件そのものはとにかく、その推理過程に全く新しい方法を取り入れた、前人未踏の舞台をミステリに持ち込んだ作品。

美少女霊能力者、転法輪レンゲを中心に活動している新興宗教団体”ダイゴ”。やっていることのほとんどは集団催眠などインチキだったが、中心にいる彼女の持つ超能力だけは本物だった。この宗教団体はリーダーとされる虚空蔵多聞と、裏で広報を担当する錆岡の二人が中心となって運営しており、マスコミを巻き込んで多数の信者を獲得、宗教ビジネスとして隆盛を極めていた。そのダイゴの中心メンバーが勢力拡大のために沖縄に向かったが、乗船していた豪華クルーザーが荒天によって沈没。多聞の若き愛人として教団に所属していた柳みすずはその際水死し、冥界に送られた。冥界では七日ごとに新しい関所が亡者の前に現れ、亡者の現世の罪を問う仕組みとなっており、どんなに自分を偽って虚偽の申し立てをしたとしても、三十五日目の閻魔大王が持つ玻璃の鏡によって全てが暴かれ、四十九日目に死後の自分の行き先が決定する仕組みとなっていた。最初の関門である秦広王の関所でみすずは、いきなりレンゲ殺害の罪に問われる。嵐のクルーザーでみすずが血まみれになって倒れていたのは事実だが、みすずは自分が手を下した覚えはない。しかし、生死の境を彷徨っているらしいみすずを除く、残り九人の乗員の証言を全て総合しても、レンゲを殺害したという人物はいなかったのだという。果たして地獄の神々でさえ見通すことのできな事件の真相とは?

ミステリ史上初の設定のみならず、更にもう一歩進めた不可能犯罪を描く。ベテラン辻真先、健在
ミステリにおける舞台、設定というものはこれまでの百年以上の歴史のなかで様々な形が考案されてきた。現在、過去、未来、パラレルワールドに精神世界まで。しかし、2000年にもなって辻氏ほどの大ベテランが考え出したのは、また全く前例のない「舞台」だった。……地獄、である。しかも作者が袖に書いた言葉によれば本書は、「取材不要(というより不可能)のトラベル・ミステリである。現場に足を向けた人が、「小説と違っていた」と文句をいうことは決してない。それでいて、いつかあなたも絶対に行く究極の旅先。」 である。この人を食ったコメント、これこそが辻ミステリらしさの体現に他ならない。
序盤、往生要集あたりからイメージしたと思われる地獄巡りの印象は、確かに異世界遍歴といった趣がある。「見てきたかのような」描写の数々は遊び心と信仰心がごっちゃになったかのようで奇妙なリアルを作品に登場させることに成功している。ただ、もちろん本作はそんな舞台の奇異さ、描写の興趣に止まらない。本格ミステリとしての骨格をも十二分に備えているのだ。襲われた被害者を除く乗船者全員が死亡、その「嘘を全くついていない」証言を組み合わせても犯人が分からないという奇妙さ、究極の不可能状態がそしらの本分。結局、閻魔大王さえも匙を投げざるをえなくなったこの事件を解決するのは、また別個に設定された探偵たちという凝り方。(この探偵の設定や、他の細やかな部分に辻氏の熱心なマニアならばニヤリとする趣向が凝らされている……と思われるのだが、小生がそうでないもんで)。これがどのように解決されていくのか、というのは本書の物語上の重要ポイントなので触れられない。ただ、ひとこと言っておくと「なるほど、そう来るか」
強いて気になるところを挙げるとするならば、現世そのものが「新興宗教」絡みとなっており、豪華クルーザーの中身が宗教的過剰装飾に満たされているため、同じく宗教的な雰囲気の「地獄」の光景とのコントラストが今一つきっちり出ていないところか。地獄も現在も平板に地続きのような印象なのだよな……と書いたところで、これはこれで最終的には意味があるじゃないか、と気付く。そうか、これも技巧か。意図してやっているとするならば、これは凄いこと。

ミステリというジャンルが「けれん」「遊び心」を大事にすることは、そのファンであれば誰でも知ること。辻氏は執筆開始当初より、その心を常に忘れず創作姿勢に反映してきた作家である。本書などその証左といえよう。……恥ずかしながら、『本格ミステリ・クロニクル300』で取り上げられていなければ手に取らなかっただろう作品。このような縁があるのがミステリガイドの面白さでもある。


02/11/06
加納朋子「虹の家のアリス」(文藝春秋 本格ミステリ・マスターズ'02)

文藝春秋社の80周年記念といわゆる「新本格ミステリ」の十五周年を記念して刊行された「本格ミステリ・マスターズ」。本書はその第二弾で折原一氏の『倒錯のオブジェ』と同時発売となった。ただマスターズの他の作品と異なり、既に発表されている『螺旋階段のアリス』のシリーズ第二作となる短編集であり、『オール讀物』誌に'01年から翌年にかけて発表した作品とアンソロジー『ABC殺人事件』に発表された作品が集められている。

早期退職制度を用いて長年の夢であった探偵事務所を開いた仁木順平、そしてその事務所の優秀なる助手にしてお茶くみ担当の市村安梨沙とが直面するちょっとした日常の事件の数々。
安梨沙の伯母、八重子の紹介で「口コミ期待の将来の見込み客」有閑マダムの紹介に預かる仁木。そんな一人からの相談。彼女が運営する育児サークルで鍵が付け替えられたり、勝手に事前キャンセルされたりとトラブルが相次ぐのだという。 『虹の家のアリス』
かつて事件を解決した青山産婦人科から、衆人環視の密室からの新生児誘拐事件の捜査を引き受けた仁木。警察に連絡できず、実地捜査ができないため、とにかく関係者から話を聞くことに。 『牢の家のアリス』
インターネットの掲示板に書き込まれる頭文字Aから順に続く謎の「連続殺猫事件」。次のDにあたる猫(を含め十一匹)を飼う女性が仁木に対して相談を求めてきた。取り敢えず猫の護衛を引き受けるが。 『猫の家のアリス』
家出中の安梨沙が荷物を取りに実家に。彼女に付き添った仁木は、市村邸のお手伝いさんが最近、安梨沙から冷たくあしらわれていることを不満に感じていることを聞く。そして彼女は正式に理由を調べて欲しいと依頼を。 『幻の家のアリス』
仁木の息子、周平が身を固めることにしたのだという。その相手、由理亜に対して周平のかつての交際相手、田中明子がストーカー行為を働くのだという。彼女を守ってという息子からの依頼を引き受ける仁木だったが……。 『鏡の家のアリス』
急に忙しくなった探偵事務所。一人の派手な女性が依頼を持ち込むが、彼女は身分を偽っていた。仁木の方はかなり極端にひどい花盗人の捜査。協力して事件にあたる二人だが、安梨沙の様子がおかしいことに仁木は気付いていた。 『夢の家のアリス』以上、六作品。

等身大の謎、等身大の仁木と安梨沙。日常の謎と、そしてもう一つ。
ここまで単行本になった加納さんの作品を全て読んできて(e-NOVELSは未読ですが)加納朋子さんは成長する作家である……というのが私的加納観になっている。それは作品を重ねることによる作家としての成長の意ではなく、人生経験を積み重ねることによる人間的な成長を指す。(本書のインタビューに「娘を保育園に……」という記述があるので書いても差し支えないと判断するのだが) よく知られているように加納さんは、女子大生を主人公とする『ななつのこ』にてデビューした当時はOLであった。(当然、それまでに学生−就職−OLという経験を持っているということになる)その加納さんは専業作家になり、作品を継続的に発表しながらも結婚−出産−子育てといった人生の大事をもまた同時に果たしている。『月曜日の水玉模様』は一般職OLの日常の謎をテーマにし、『ささら さや』は出産直後のエピソードが目白押しであり、今度は本作の表題作である『虹の家のアリス』にて、育児サークルをトピックとして作品に込めている。常に現在の自分の等身大の(もしくは過去の等身大の)作者の視点が作品に活かされているのが加納作品の特徴なのだ。背伸びしていないだけに、いわゆる「日常の謎」の「日常」の方の描写に無理がない。加納さんに若年層のみならず年輩者のファンが多いのもそういった理由が影響しているのではないか。
さて本作だが、評価がちょっと難しい。相変わらず個々の謎の提示の仕方と洒落た解決は健在。例えば『虹の家のアリス』の謎と解決の有機的な繋がりなど簡単に書けそうだが、加納さんならではの着眼と演出によって一段上のまとまりをみせている。。またこの作品と『牢の家のアリス』と『猫の家のアリス』までの三作は「自作自演」という共通点があり、ワンパターンと指摘するむきもあろう。しかし、その処理やそれぞれの動機の違いにエピソードの特徴が良く出ていて、かえって並べられて比較ができて興味深かった。ただ、一方で作品集全体を通じてなのだが、もう一つの主題となる市村安梨沙の精神的な自立、成長といった部分の描かれ方とミステリ部のバランスがあまりうまく取れていないように感じられた。作者がいうように本作は「家族」がひとつのテーマではあるのだけれど、それならそれで「成長」というファクターを描くのは欲張りすぎている可能性がある。例えば本作最終話『夢の家のアリス』において、事務所に現れる謎の美女に絡めて、安梨沙の元婚約者、英一郎の存在が再度浮かび上がる。これまでずっと「安梨沙のことも好きだがその裏にはいろいろ思惑がある。性格も悪い」という嫌な存在としてさんざん描かれてきた彼に対し、実は彼女も好意を持っている……という展開は読者としては「あれれ?」と感じざるを得ない。この回のミステリ的なポイントである花盗人のテーマが面白いだけに、どこか座り心地の悪さを感じた。中年おじさん探偵と美少女助手という「典型」からの現実的逸脱を図ろうとされているのかもしれないのだが、ミステリはミステリ、彼女の物語は彼女の物語と割り切って別口にしてしっかり語った方が(例え一作品をミステリとして犠牲にしたとしても)物語トータルから発するメッセージ性がはっきりするのではないかと思う。

……とは書いたものの、私はこのシリーズ、大好きなのである。もっともっと続いてもらいたいし、「日常の謎」とは多少逆説的ながら、もっと大きな「敵」とも戦ってもらいたい。その結果として彼ら双方が成長するのは大歓迎なのだ。『不思議の国のアリス』の物語と絡めるのが大変だとは思うのだけれど、そこから離れて自由にこの設定を活かして欲しいもの。創作時間的に難しいかもしれませんが、中編、欲を言えば長編のテーマが一つ欲しいような。

おまけ。最後になるがこの本格ミステリ・マスターズ、立派な編纂委員がいる以上、当然書き下ろし長編を集めるものだと思っていた。シリーズとしてある程度のセールスを求めなければいけない事情があって加納さんの名前を使いたかったのかもしれないが、大々的、鳴り物入りでスタートした新企画なのに、編集サイド自ら看板を引き倒してしまったような気もする。


02/11/05
折原 一「倒錯のオブジェ 天井男の奇想」(文藝春秋 本格ミステリ・マスターズ'02)

文藝春秋社の80周年記念といわゆる「新本格ミステリ」の十五周年を記念し、綾辻行人、笠井潔、北村薫、二階堂黎人の各氏が編纂委員を務めて刊行された「本格ミステリ・マスターズ」。その名の通り、現代本格の中心となる第一世代、第二世代の書き下ろし作品を集めていく模様。本書はその第二弾で加納朋子氏の『虹の家のアリス』と同時刊行された。

東京の場末の住宅地に建つ築五十年は経過していそうなボロ建家。敷地内にゴミが散乱、悪臭漂うこの家にボケかかった八十代の老婆が一人で住んでいるという通報から、市の職員である小野寺は、飯塚時子というその女性を訪ねる。彼女は家の天井裏に「天井男」がいて自分のことを見張っていると主張し小野寺を辟易させる。ぞんざいに天井裏をチェックした小野寺だったが、当然そこには何もいなかった。一方、暴力亭主に耐えかねて北陸の方から百万円を持ち出して失踪してきた白瀬直美。彼女は身分証明が何もないことから、住居の手当てがつかず困惑していた。彼女は飯塚時子宅の「貸間あります」という看板に飛びつく。二世帯住居方式で入り口が別々の飯塚邸に彼女は住みだし、怯えつつも新たな自由を謳歌する。だがどうやらこの二階の部屋には曰くがあるらしいことに気付く。そして、天井男。彼は飯塚時子の一挙一頭足を天井裏の節穴からじっくりと監視していた。天井男は彼女をどうにかして殺してやろうと考えているのだ。

まっこと折原一らしい……実に奇妙でヘンテコなミステリ(褒め言葉)
世の中に「奇妙なミステリ」は数あれど、本作もまたそれらの作品に負けない奇妙さがある。 なんてったって「天井男」である。その名の通り、天井内部を自由に這い回り、下部を覗き見して隙あらば害を加えんとする存在。もちろん乱歩の名短編『天井裏の散歩者』が大きな意味での下敷きになっている点はもちろんほとんどの人には明白だろう。しかし本作における「天井男」は、例えば覗き趣味であるとかその他の理由だとかの意味合いが明らかにされず、「ただそこにいる」存在として描かれる。他の登場人物と顔を合わせることもなく、食事を摂らず用便も我慢して(このあたりの描写は後半に実はあるのだが) どうやって生きているのか、何が目的なのかそれだけで読者を不安がらせるには十分。しかし折原氏はそれだけではあきたらず、というか当然「天井男」のストーリーに二枚も三枚も折原氏は物語に仕掛けを組み込む。どこか地に足が着かない(天井男だけに!)不安感が作品を読んでいる間感じるし、読み終わってからもつきまとう。
大家である飯塚時子はボケが入ったフリをしながら図書館から借りた本で偏執的に「密室」の謎を解こうとし、天井男はやっぱり天井を徘徊し、夫から逃げ出した白瀬直美は不安な毎日を送る。アパートの奇妙な三段構造をしっかりと維持しつつ、物語はむしろ何事もなかったかのように後半まで進む。三つのストーリーのなかでは白瀬直美の逃避行エピソードが最もスリリング。彼女に対する「愛」でなく「自分のプライド」を賭けて彼女を捜す暴力夫の存在が強烈で、最も感情移入しやすい直美サイドから本書を読む者は、否応なくサスペンス性を常に感じつつ読まざるを得なくなる。彼女と彼の息詰まる攻防は冒険小説もかくやという周到な展開があり、雰囲気は抜群。しかしそれでいてもちろん、本格ミステリという伏線と結末はしっかりと用意されている。これらの点をおろそかには出来ない。

とここまで書いていうのもなんだが、本書の凄みはやはり最終章にて明かされる事件の真相にある。 密室殺人はいったいどのようにして発生したのか、天井男とは何者なのか、そもそも物語はどこに着地するのか。一寸先が見えないのは折原氏得意の叙述トリックがピリピリ効いているから。リーダビリティが良いとはいえないが、不思議と一気読みできてしまうのだ。

折原氏にとっても本作は「創作の原点」に戻ろうという意図があるのかもしれない――。一連の折原マジックを好まれる方にやはり向いている作品。ミステリというよりも、どこか観念小説めいた印象を私の場合は正直受けた。この三層それぞれに住む人々は行間に何か別のテーマを抱えているといわれてもおかしくない。あくまでも折原一らしい小説である。


02/11/04
連城三紀彦「人間動物園」(双葉社'02)

『小説推理』'95年の1月号・2月号に掲載された同題の作品に加筆修正が加えられて刊行されたもの。最初の発表から刊行までにこれだけの時間を要したのかは不明。

埼玉県の県境に近い笠井市は近年にない豪雪に見舞われようとしていた。昨日「ヨシ子が誘拐された」と飼い犬の誘拐を大袈裟に騒ぎ立てた坂上という主婦から再び警察に電話が入る。隣に住む主婦から「娘が誘拐された」という手紙を預かったのだという。捜査にあたった発田はこの近辺で連続して起きている猫の失踪や、ひき逃げされた山羊の事件も気にかかる。折しも車七台の玉突き事故も発生、彼の頭では「人間だって動物だ」という警鐘が鳴り響く。誘拐事件の被害者は梅原芳江の四歳の娘、ユキ。犯人が家に大量の盗聴器を取り付けているとのことで、警察の自宅待機はおろか直接連絡することも芳江は拒否してきた。隣家の坂上家には捜査本部の精鋭が詰めて作戦を練る。犯人の要求金額は一億円。事実上の母子家庭である彼女らに対して大きすぎる金額と思われたが、実はユキは現在丁度一億円の収賄の嫌疑がかけられている国会議員、家野大造の孫なのだという。その息子、輝一郎は芳江と離婚していたが、ユキの親権を巡って揉めていた。とはいうものの輝一郎は父親宅へ身代金の工面に向かっていた。一方、事件の報が伝わる間もなく、現場に訳ありの新聞記者が潜入してきていた。また、芳江の方もどうも様子がおかしい。

一ひねりした設定にて緊迫感溢れる誘拐事件を演出、しかし連城氏の裏側の目論みのインパクトがまた強烈!
主に警察視点、そして時折混じる犯人や関係者の視点を通じて、意識的に硬質な文体が使われているのがまず目に付いた。被害者宅の盗聴という前代未聞の犯人サイドの遣り口もあり、誘拐事件発生―犯人との交渉―身代金の準備―そして身代金受け渡しに至るまでの過程が緊迫した筆致で描写される。この部分だけなら連城氏の作品とも思えない。一流の犯罪小説・冒険小説の書き手が創ったのではないか、と錯覚に陥るくらいの出来にある。また心理的な逡巡が描かれるのも主に捜査サイドであり、奇想天外の要求をしてくる犯人に対して有効な反撃の機会をいくつも案出していく警察組織の動きも感心する。このチームワークの良さはどこか警察小説を彷彿させるものがあり、そういった小説が好きな方には堪らない展開だろう。(TVドラマの「Quiz」と事件の描き方、視点の作り方が似ており、ネタが被っているのでは、と心配されたがその点は大丈夫だった)。
一方、この誘拐事件は犯人たちの動きが実にスマート。このスマートさそのものが既に伏線ともいえるあたりが上手い。犯人の要求、そして誘拐の目的に関してはその説得性に賛否が分かれそうな印象。ただ、ミステリとしての物語性をしっかり維持しつつ、こんな奇妙な目的や手段を作品に取り込むあたりの貪欲さは連城氏がまだまだミステリ畑の大ベテランとして存在感を出しているようで実に頼もしい。少なくとも、物語に時折登場する犯人たちの不思議な行動が、終盤に行くに従って次々と綺麗に着地していく様は本格ミステリのWhy done it? の興趣を堅持している証左といえよう。特に「誘拐事件」という言葉の持つある固定観念をひっくり返してしまうという発想のオリジナリティに注目したい。なんでこんなインパクトのある題名が付けられているのか――がそのヒント。ただ、そのオリジナリティの裏返しになるのだが、強いて難を挙げるとするならやはりこの強烈な動機になるだろう。それがいくら鮮やかな手つきを伴っていたとしても、どこか大仰過ぎて時代にマッチしきれていないような印象が残るのだ。ただ、この狙いを具現する前提を維持できるだけの他の手がそうあるわけではないし、仕方ないところか。

今年は『白光』という本格ミステリの傑作をもまた既に発表している連城氏。本書とは作品のタイプが大きくことなっているのだが両方とも、試みと遊び心に満ちつつもしっかりとミステリの本分、特に読者に対するサプライズの提供という点では、いずれも世間的水準を遙かに凌駕している。 恋愛小説の書き手として近年は認識されることが多い連城氏だが、もっともっとミステリ寄りの作品を発表して欲しい――と改めて感じさせられた。


02/11/03
鳥飼否宇「非在」(角川書店'02)

第21回横溝正史賞を『中空』で受賞、本書が探偵役を同じくする第二長編にあたる……のだが、本書と前後して『昆虫探偵―シロコパκ氏の華麗なる推理』という昆虫が主人公の異色作品を打ち出してしまったため、「ネイティブ派で端正な本格ミステリの書き手」と鳥飼氏を認識していた読者に多少の混乱を引き起こした感。

写真家の猫田夏海は仕事で奄美大島に来ていた。海岸沿いを散歩していたところプラスティックのタッパーに入れられたフロッピーディスクを拾得する。東京に戻ってきて、ふとその内容を確認したところ、日記と称するテキストファイルが入っていた。その内容は大和総合大学の未確認生物を実地探索するサークル”ウルトラ”のメンバーが書いたもの。――部長をはじめとする彼らは中国人留学生、陳が持ち込んできた「人魚」について書かれた中国の古文書から、尖閣諸島にある島がその「沙留覇島」であると推測する。陳の協力により現地に向かう彼ら。中国を経由して古びた漁船で侵入困難なその島に到着した彼らは、途中のトラブルで機材の一部が喪われるトラブルがあるも、果敢に無人のその島を探検する。メンバーはそこで「朱雀」や「人魚」を目撃した……。しかし、その日記は穏やかには終わっていなかった。陳氏が事故で死に、中国人船長の呉とガイド的に来ていた蔡明美という女性が船ごと姿を消すといった記述が続き、最後は殺人事件の報を告げるSOSが書かれていたのだ。
内容に驚愕した猫田は、バーを経営する神野先輩と相談、大和総合大学に乗り込んで該当する人々が実際に行方不明になっていることを確認する。海上保安庁の記録などから実際に遭難した可能性が高いとされ、大規模な捜索が実行されたが、該当海域には「沙留覇島」と思われる島そのものが存在しなかった。途方に暮れる夏海の元に届いたメール、それは鹿児島のフリーライター、鳶さんからのもので、彼はどうやら「沙留覇島」に心当たりがある様子。夏海と飲み友達のジンぺー、そして鳶さんの三人は早速、その現地へと向かう。

人魚、不老不死伝説、朱雀、仙人……南洋の孤島で展開される不可思議現象+絶海の孤島連続殺人
何とも凝った造りのミステリである。伝説の島に渡った数人の学生サークル。目的は人魚伝説の検証、そして実際に目撃される人魚。上陸に際してのトラブルや島の探検は冒険小説的な興趣に満ちており、更にその展開に付随していくつもの「奇妙な存在」が確認される。――それだけでなく、その島に渡った学生たちが謎の連続殺人に巻き込まれ誰一人として島から戻って来ない。果たして彼らの間に一体何が起きたのか? 彼らが残したフロッピーディスクにより、主人公たちによる新たな謎解きが開始される。海上保安庁等の必死の捜索でも発見されなかった伝説の島に上陸なった主人公たちは、改めて事件の痕跡を見つけだし、真相について推理する――。空想の動物が登場し、サバイバル小説があり、孤島の連続殺人があり、テキストの謎があり、Who done it? があって Why done it?があって、更に真相が二転三転とする……。 完全に内側の「輪」が閉じているわけではないが、二重、三重の物語構造を有する「形式」にこだわった本格ミステリである、といえよう。
物語が内包する「謎」が非常に多く、最初は看過されるような出来事でさえ、後で異なる意味合いにて再び謎となって浮上する。さらに交わす人魚に関する古今の情報や、作者お得意の生物学的蘊蓄が加わって実に内容が濃い。投げ出された数多くの謎は、二転三転すれども最終的に全て回収されていく。このあたりかっちり全て論理的に積み重ねていく手腕は、二作目の新人とは思えない不敵ささえ感じさせる。また、一つ一つのエピソードごとに「読ませる」展開をキープ、それらの繋がりに関する伏線の沈め方も実に上手い。
ただ不満というか、やや勿体ないなと感じるのは数多くの幻想的なガジェットの効果が限定的なところ。学生達の残した記録が漂着したフロッピー内部のテキストファイルであるところが冒頭にて明らかにされてしまっており、これでは読者に「どうせ何かトリックがあるんだろ」と思われても仕方ない。せっかく登場させる人魚や仙人の効果が半減してしまう。また「謎」を貪欲に取り込んだ関係で、真相が明かされるシーンでかなりごちゃごちゃしてしまっている印象を受ける。もう少し謎の量を加減しても良かったのではないか。「骨の組み合わせ」のトリックは作者の意気込みほど効果が上がっていないように思う。

正直にいって完成度……という意味ではもう少し整理する余地はあるとは思う。ただこれだけ多くの謎を取り込み、多層構造を作り込んだ手腕や良し。 今後の本格ミステリの担い手の一人となることが確実な人材である。また自然に慣れ親しんでいるだろう作者ならではの細かい描写が、物語全体に不思議な調和を与えている。しかし、こんなに最初から頑張って良いのだろうか。息切れしないと良いのだが。


02/11/02
戸梶圭太「御近所探偵TOMOE episode 2」(幻冬舎文庫'02)

快調! 戸梶圭太が「気軽に?」書いている「御近所探偵TOMOE」即ち、イラストレーターの石丸勝雄と女優、石丸ともえの新婚ラブラブカップルが主人公役を務める幻冬舎文庫書き下ろしシリーズの第二弾。既にepisode 3も刊行されている。

石丸勝雄とともえの夫妻。ある日二人で励んでいたところともえは芸術的なセックス写真を撮影しておきたいと言い出す。不満げな勝雄をよそに写真を撮影、知り合いのゲイの写真屋で現像した写真をともえは気に入り、裏に日付と二人の名前、そして平均回数を記した。愛犬のスネイクにも見せようと、ともえが外に出て写真を袋から取り出したところ突風が吹き、空に舞い上がった写真は近所にある豪邸の内側に落ちてしまった。阿久仏という家の持ち主を探ろうと近くのマンションの非常階段から庭を観察する二人だったがさすがに写真は見えない。そのままどういう人が住んでいるのか観察する二人は、阿久仏が精力漲る四十代から五十代の男で、その奥さんが「色っぽい隣のお姉さん」タイプだということを知る。夫婦共々仲良くなるという作戦を考えたともえは、夫婦が外出したところを尾行を開始する。しかし、阿久仏守雄とその妻を自称する美弥は、守雄の本妻を殺して庭に埋めたばかりだった。

自己主張の激しすぎるキャラクタが編み出す、行き当たりばったり展開の魅力
前作では、蔓延する覚醒剤中毒の謎を追うという一応は探偵小説的な展開を内包していた。結局のところ、戸梶作品らしい強烈なキャラクタ群に依存した内容だったとしても、物語そのものはそれなりにミステリしていたように思う。そのキャラクタのノリがさらに強烈に増した本作では「既に起きている殺人事件」が物語中にあるにもかかわらず、作品の味わいは強烈なキャラクタ同士のぶつかり合いによる面白みに尽きてしまう。ミステリではない=面白くないということではない。全く別の「戸梶エンタテインメント」として小粒ながらも完成されているということだ。
ある意味ではキャラクタ小説という見方もできるかもしれない。主人公である石丸勝雄、ともえの夫妻+愛犬スネイクはもちろん、クロスワードパズル出題者にして愛人と共に妻を殺害した精力絶倫の金持ち四十男である阿久仏守雄、その愛人にしてしたたかな損得勘定が常に頭の中にあるナイスバディ美弥、そしてもう一人、石丸ともえに「自分の身長を奪われた」と信じ込むミクロサイズのゴスロリにしてデスメタルバンド所属、性格破綻の彼女の妹、千絵が登場。最初は腹の探り合い、最後は言葉通りの組んずほぐれつの大バトルを演じる次第。何も考えずに頭の中を彼らの侵略に任せるのが正しい読み方か。

戸梶氏の趣味が窺える映画や音楽に関する蘊蓄がスパイスにはなっているが、やっぱりノリはローリングストーン。(バンドの方にあらず)。 読み出したら最後まで一気呵成に読まされる一大活劇ストーリー。これが好きか苦手かは貴方のセンスにパーフェクトお任せ。


02/11/01
物集高音「大東京三十五区 夭都七事件」(祥伝社'02)

『小説NON』誌に'01年より翌年にかけて掲載されてきた作品で前作『冥都七事件』に続いて、同じ登場人物たちが活躍するシリーズ二作目。前作では全体を覆う大きな謎があったのだが、今回は連作というより個別の事件短編集といった趣。

人並みでごった返す明治二十年の浅草。富士山を模した大規模な建築物が作られ、展望が楽しめるのだ。開門前、その富士の頂上に観音様が現れ、その直後に少年の首切り死体が宙から降ってくるという事件が発生した。 『〈浅草〉死骸、天ヨリ雨ル』
台風一過の高輪の天神坂。暗闇のなかに二個の髑髏がぴょんぴょんと跳ね回る姿が複数の人々に目撃された。突撃取材を試みた「ちょろ万」と尚子は、同行した巡査共々その髑髏を目撃してしまう。 『〈高輪〉坂ヲ跳ネ往ク髑髏』
師匠たる鏑木博士の依頼で新婚家庭にある肖像画を引き取りに向かう「ちょろ万」。新妻を描いたその肖像画が時間の経過と共に年老いていくのだという。 『〈麻布〉画美人、老ユルノ怪』
玄蕃先生の若い頃、ひな人形のかっぱらいの捕り物に出会った。通り道の要所である橋を固めて容疑者を調べるもそのひな人形は出てこない。先生はあることに気付き、容疑者の一人を尾行する。 『〈日本橋〉橋ヨリ消エタル男』
新宿にある寺で幼い兄姉が隠れん坊をしている最中、兄が消えてしまった。兄が見えなくなった閻魔像の脱衣婆の口から垂れる兄の兵児帯、そして現場に撒き散らされた血。果たして何が起きたのか? 『〈新宿〉子ヲ喰ラフ脱衣婆』
大正十一年に開催された平和祈念東京博覧会。この会場の目玉の一つである平和塔の壁面に赤い丸がいくつも打たれるという事件が発生した。誰が何のためにどうやって? 玄蕃はその謎をいともたやすく見破る。 『〈上野〉血塗ラレシ平和ノ塔』
「東京音頭」流れる駒込の町で染井の猪爺さんの後ろに謎の荒縄が取りつき、ぴょこぴょこと不思議な動きをしているのが目撃される。荒縄には取り憑かれた者が死ぬという伝説があった。 『〈駒込〉追ヒ縋ル妖ノ荒縄』以上七事件。

平成の世に賑賑しく綴られる探昭和初期の探偵小説。しかしこの文体、もしかすると久生なのか?
昭和七年から八年という、日本がまだのんびりとしていて新たな文化が生まれつつある時代。主人公の「ちょろ万」こと阿閉万が雑誌連載のために集めてくる怪異話を、隠居暮らしとはいえまだまだ血気盛んな年寄り、玄蕃が解き明かす安楽椅子探偵ものである。ちょろ万が憧れる女新聞記者・諸井レステエフ尚子女史、箱根の女中を辞めて玄蕃邸に住み込むはな、容貌魁偉の力持ち・十市憲太郎ら、脇を固める愛すべき登場人物もハッキリしており、これに軽妙なちょろ万の語りが混じることでどこかホームドラマの変形のような暖かな雰囲気が存在する。(扱う事件は猟奇性が強いのだが) 主にちょろ万が見つけて来た謎を、時に玄蕃が自宅でするすると解決してみたり、実地に突撃取材をしてみたりと展開は派手ながら、その一方でどこか暖かみあるアットホームな雰囲気もまた作品に存在する。単なる謎解きだけでなくホームドラマ的なユーモア、これが含まれていることで物語としての面白みが大きくなっている。
取り上げられる謎が前作収録の諸作に比べると「時代性」という重要なファクターが徐々に抜け落ちてきている点は少し残念。作品それぞれに何らかのトリックが存在するのだが、それらはどんな時代でもミステリ足りうるような題材である。それをこの時期の風俗に合わせたといった印象がどうしても出てきて、ミステリとしての驚きだけを求める方には正直向いていないのではないか。その結果トリックそのものよりも「坂に髑髏が出現しなければならなかった」理由や、「荒縄が老人につきまとう理由」など、少し作者の意図から外れたところの工夫に目新しさそ覚えた。また、独特の文体がこなれてきたのかこちらが慣れたのか、物語と文章とのフィット感は本作の方が上回る出来となっている。特に登場人物のどたばた度が上がったこと、また独特の体言止めの多用等、何となく久生十蘭の同系統の作品に雰囲気が似てきているような印象を受けた。前作ではこの文体を「講談」と評したのだが、三人称の用い方などちょっとそれとは異なっていることにも改めて気付く。
時代風俗に関する念入りな考証や当時の建物や交通を示した地図、そして巻末の参考文献の量などを見る限り、相当な準備をして作者は本書に臨んだのではないかと推察する。その割にあまり話題になっていないように思えるのは――題名と内容とのミスマッチがあるのではないか。表紙の雰囲気や題名から、本書に伝奇ミステリっぽい印象が感じてしまうのは私だけではないだろう。

最近はシリーズ作品のどれから読んでも大丈夫……という作品が増えてきているが、本書に関しては一冊目の『冥都』からの方が良いだろう。人間関係や前作で明かされた秘密などが微妙にこの二作目に影響している。文体が独特なのが個性でもあり弱みでもあるが、慣れてくるとこれがまた味わい深いものがある。