MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


02/12/20
浅暮三文「殺しも鯖もMで始まる」(講談社ノベルス'02)

まさかあのグレさんが密室本を出すなんて! ……第8回メフィスト賞を確かに『ダブ(エ)ストン街道』にて受賞した作家ではあるが、浅暮氏はファンタジー、そして独特の感覚を伴うハードボイルドの書き手としてがこれまでの世情の認識であったはず。そのグレさんが講談社ノベルス二十周年特別企画の「密室本」に応じて著したのが本書。

北海道の中央部にあるD平野。この地に住む村上の爺さんは春から夏にかけて畑仕事の合間にイワナ釣りをするのが趣味だった。しかしなんだ、ほりゃ、今年は山がおかしい。四月に入っても水が濁り、出てくる時期には早い熊が出没する。猟犬のゴンを連れてイワナ釣りにやってきた爺さんは、ゴンが必死に穴掘りをしていることに気付く。その穴の底にはなんだ、ほりゃ、空洞があってそこから地底人ならぬ人間の死体が発見された。土中にあった穴は地下2m程の深さで長さ150cmくらいの楕円形。中で死んでいた人物は六十から七十代、小太り、そして死因は餓死。土の中には「サバ」と書かれたダイイングメッセージが残されていたが、地表から穴にかけて地層が連続しており、その一帯を掘り返した形跡は一切みられなかった。地元署の捜査によって被害者は現場近くの別荘に滞在していた浅草の寄席芸人の奇術師であることが判明、その四人の弟子達の後継者争いによる事件だとみられたが、彼らにはアリバイがあり、そもそも犯行の方法が全く分からない。その奇術師魚屋黒妖斎の葬儀の準備にやってきた若者は米国育ちの変わり者にして名探偵、樫村ダニエル小助。果たしてこの奇天烈な謎は解かれるのか?

なんだ、ほりゃ。現実世界がファンタジーと化す密室空間はルビコン河を渡る風か、ミミズの缶か。

浅暮さんの地場、ファンタジーの領域に近づいたかのような、強烈な幻想性さえ感じさせる「土中密室」
脱格のセンスか、真面目なミステリファンを翻弄するかのようなダイイングメッセージ「サバ」「ミソ」
ギャグが滑る、滑らないを超越したわけわかんない探偵役の言動の数々「ジャック・ロビンソンに捧ぐ」
北海道の原野を小川が流れイワナが釣れて熊が目覚めて川虫が羽化すると爺さんが呟く「なんだ、ほりゃ」

二十数名が居並ぶメフィスト賞作家のなかでも新堂冬樹氏と別の意味で最もミステリから距離の離れた男、浅暮三文。氏のミステリ初挑戦がいきなり密室本である。当然物語は本格ミステリの構造を持っているのだが、作品が発するオーラは一種独特で、単純なミステリのそれとは全く異なる印象。なんというか浅暮さんの作品というよりも人格を読まされているような不思議な感覚が充満している。スゴイ作品なのだ。個々の独創的なガジェットは面白いし、伏線も十分、論理で解きあかされる謎のキレも素晴らしい。
だが普通のミステリではない。日々刊行される一般的なミステリに比べると明らかに手触りが異なる。……うまく表現できないが本作、読み心地はよく、そして居心地が悪い。 読者が感情移入できる登場人物が存在しないという点が一つ挙げられるだろうが、全体を覆う微妙なミスマッチ感覚がそうさせているのかもしれない。いわば島田荘司を源流とするような'90年代初期によくみられたような正統派「新本格ミステリ」的な謎。二十一世紀に次々と登場したいわゆる脱格系作家が好んで用いるレトリックの多用と感情的に乾いた登場人物たち。それでいてどこか昭和期の社会派・現実派ミステリを引きずるかのような捜査側の方法論と、作品世界の常識。一つのミステリ作品のなかに様々の時代の価値観が絡まり、それでいてそれぞれが個々に自己主張を行っている。 なので個々のポイントを挙げていくとそれぞれが文句無しに「面白い」のに、物語を読み終えたときにどこかアンバランスな気分になる……のだ。

とはいえ、本作のような作品はこれまでも存在しなかったし、今後も浅暮三文以外の書き手が著すことはないだろう。それくらい独特の世界が出来上がっている。やはりファンタジー作家は「世界を創る」のが仕事。例えば「土中密室」は本格ミステリ的に筋は通っているけれど、現実世界で実現可能かどうかは別問題。だけどこれは浅暮世界においてはこれで正解。それでいいのだ。一読して一生忘れられない作品になった。


02/12/19
紀田順一郎「古書収集十番勝負」(創元推理文庫'00)

紀田順一郎氏は近代思想史や社会学、出版関係の研究書を数多く著しており、どちらかといえばミステリは余技? だといえる。ただそのミステリは全て「古書を巡る悲喜こもごも」をベースとしており、本書もそういった「古書ミステリ」の系譜に連なる一冊。本書は'91年に刊行された『魔術的な急斜面』が文庫化に際して改題されたもの。

神保町に戦後出来た古書店、村雲書店。この店の当主、村雲源三郎が自ら病に倒れるにあたって悩んだのは店の後継者をどうするかという点であった。彼には二人の娘がおり、それぞれの婿が店を手伝っていた。長女の婿で長年番頭格として働いてきた倉島はきまじめな性格で余裕がなく客あしらいが今一つ苦手、次女の婿の蜷川は根っからの大阪人で客との応対は上手だが、今一つ調子に乗りすぎるきらいがあった。源三郎は手持の不動産を神保町の店と、妻の遺産である千葉の宅地候補地との二つに分け、二人に「勝負」させることによりその勝者に好きな方を選ばせることを決める。その勝負とは期間を区切って適正価格で十冊の稀書をいかに多く仕入れるか、というもの。その稀書は夢野久作『白髪小僧』大正十一年誠文堂刊をはじめとする文芸や研究書、歴史書等々。倉島と蜷川はそれぞれ伝手を辿って買い付けに走るが、その争いを察知した古書マニアの大学教授とその助手、そして教授の宿命のライバルである塾経営者が絡んで、古書探求の度合いは激しさを増していく。

稀書を巡る悲喜こもごも。人間心理と経済論理、そして手段を選ばぬトリックの数々
元版の題名、『魔術的な急斜面』だけだと何のことか分からなかったが(これはこれで作品の重要なポイントを示してはいる。だけどスキー小説のようでもある)、改題されて作品の内容以上に意味合いが示される題名になった。『古書収集十番勝負』。まんまやんけー! というツッコミもあろうが、今度は微妙に「古書収集」という純粋の意味での本質から外れてしまっているような気もする。
古本屋の跡継ぎの実力を計るために、お題に沿った古書を仕入れて回る勝負! であり、確かに十冊挙げられているものの(風太郎の忍法帖みたく)「十番勝負」というほどきっちりとそれぞれの勝負が為されるわけではない。ただ、この業界・世界に住む魑魅魍魎を呼び出してしまうあたりの業の深さは「勝負」という言葉に端的に現れているかもしれないが。
紀田古書ミステリの面白さの本質は「古書好き」の血が為すコン・ゲームさながらの知能戦にあるといっても過言ではない。その古書収集の血が生み出す妄執と妄執がぶつかり合い、互いに相手を出し抜くために詐欺すれすれの行動を取る。本書においても遺産争いが背景にありながら、結局古書収集の血を持つ魑魅魍魎とのバトルロイヤルに仕立てることによって、他の作品同様の面白さを維持している。ただ、単純に「古書が好き」というレベルの争いでなく遺産が絡むあたりは、多少泥臭さが感じられないでもないか。また、単純なコン・ゲーム的な勝負の裏側に別の陰謀があることが中盤から匂わされ、それに登場人物が踊らされ、かつその真相が明かされるといった別の興趣もある……が、どこか途中から付け足されたような気がして素直に楽しめなかった。これは「古書好き」に感情移入してしまう私自身に問題があるのかもしれない。また、本書の登場人物は「本」を愛しているが中身に関する言及がほとんどないのは、これまた古書好きの問題点とも繋がっている……ともいえる。単純に貴重品を巡るコン・ゲームとして楽しめるのであれば、その点が問題にはならないだろうけれど。

もしまだ紀田純一郎氏の古書ミステリを一冊も読んだことがない、という方であれば真っ先にお勧めしたいのは『古本屋探偵の事件簿』の方(分厚いけれど)。そちらが気に入った! という方がこちらを読めば良いのではないか。しかしこの世界、奥も深いが業も深いな。


02/12/18
黒川博行「二度のお別れ」(文春文庫'87)

大阪人しか書けない大阪を舞台にした独特のミステリを展開する黒川博行氏。後に『キャッツアイころがった』で第4回サントリーミステリー大賞を獲得する氏はそれまで本書で第1回の同賞の佳作、同じく第2回の佳作を『雨に殺せば』を刊行している。その意味で本書は黒川氏のデビュー長編。'84年に文藝春秋社より刊行された作品が文庫化されたもの。

新大阪の三協銀行に改造銃を持った強盗が押し入る。マスクを被った男は後ろから取り押さえようと飛びかかった客を撃ち、女性行員を脅して現金を奪い取る。更に男は撃った客を人質に逃走した。被害金額は三百九十四万円。逃走に使用した車は白いカローラで盗難車だった。被害に遭った男は垣沼一郎という名で銀行の近所にある垣沼鉄工所の経営者だった。彼は融資を受けるために銀行の担当者を待っていたところだった。人質の行方を追って警察の必死の捜査が開始されるが、垣沼鉄工所に対して犯人の脅迫状が舞い込んできた。垣沼一郎の小指が同封されたそれは、垣沼夫人に対して一億円を要求するものだった。一億円は三協銀行から借りるよう指示があり、警察に対しても尾行をつけるな等の要求があった。捜査にあたった大阪府警捜査一課の黒田と亀田、通称クロ・マメコンビはまずは垣沼夫人に同行、銀行に融資のわたりをつける。身代金受け渡しは犯人が夫人の顔を知らないことを楯に婦人警官が代行するが、犯人に散々引き回された挙げ句に別人を取り押さえる失態を犯す大失敗となる。そして次の脅迫状には垣沼の耳が切り取られて同封されていた。

誘拐、警察、大阪。後の黒川博行作品のエッセンスが詰まったデビュー作品
本作が最初の長編だというのに、いわゆる小説のテクニックとして既に一般的な小説家としての標準を軽々とクリアしている。これでなんで佳作なの? とも思うほどの(……考えてみればでも構成が今ひとつ甘かったかな)、それなりに完成された作品ではないかと感じる。私の場合、リアルタイムで本書に触れることはできていないわけだが、かえってそのことによって本書の面白さを別の角度で見る幸福を味わうことができた。つまり、後の黒川作品との比較、である。
一つは黒川博行という作家のデビューであると同時に、クロ・マメコンビをはじめとする後の黒川作品にて重要な位置付けとなる「大阪府警捜査一課」シリーズの第一作品でもあるのだ。「二人集まれば漫才」という関西人の血、そして警察内部のチームワークであるとか軋轢であるとかを物語のスパイスとするこのシリーズの味わいは既に本作にて基礎が確立している。会話はとぼけているし、警察の描写も安定して確かである。どちらかだけでは軽すぎたり重すぎたりするところ、この両者のバランスが取れているので黒川作品の「味」が深い。最初からこのセンスを作家として持っていた点に素直に驚く。
また、銀行強盗−誘拐事件という市井のどこにでもある(どこにでもあると困るが)犯罪……に一見みえるなかに凝らされる犯人の狡知とさりげなくも綿密に練り込まれた犯罪計画が裏側に存在する点。これも後の作品の傾向に繋がる黒川氏らしい構成である。ううむ、恐るべし。
本作のみの意味でいえば、前半部では全く事件の全貌がつかませない点に作者の狙いがありそう。誘拐犯に翻弄される警察の描写が後のクロ・マメの反撃への伏線となっており、実に上手い。特に逃走に使用した車の扱いなどには本格パズラーとしてのテクニックがさりげなく使用されており興味深い。ただラストが犯人の告白である点、そしてその後味がきわめて辛い点は個人的にはちょっとだけへこまされた。

黒川博行という作家の作品の入り口としても、他の作品を既に読んだ人がルーツを辿る意味でもお勧め。作家は処女作が最高作品というが、黒川氏の場合はそれが必ずしも当てはまらないにしろ、本作はそれなりに黒川氏の才能が詰まった一作である。


02/12/17
芦辺 拓「明智小五郎対金田一耕助 名探偵博覧会II」(原書房ミステリー・リーグ'02)

'00年に刊行された『名探偵博覧会 真説ルパン対ホームズ』の続編にあたる芦辺氏による名探偵パスティーシュ集の第二弾。書き下ろしの表題作品以外はこれまで「HMM」誌等において発表してきた作品が収録されている。

日本を代表する戦前の名探偵、明智小五郎と金田一耕助。彼らの日常が大阪で交わる時、向かい合わせでそっくり同じ作りの「本家」と「元祖」を競う薬屋の二階にて不思議な現象が発見される。 『明智小五郎対金田一耕助』
休暇で奥方を連れて旅行中のフレンチ警部は、途中下車した駅で「ある名探偵」と間違えられ巨大な館に招待される。複雑な遺産関係にて繋がるその一家で、当主の財産を横取りしようとしていた男が雪の密室で死亡した。 『フレンチ警部と雷鳴の城』
小森健太朗氏原作。ブラウン神父がやって来たその一家に滞在する人々は我が事しか気にしない人々ばかり。そんな一家の主人が日本趣味に飾られた部屋の中で不審死を遂げていた。証言を付き合わせると犯人は内部にはいないように思われたが……。 『ブラウン神父の日本趣味(ジャポニズム)』
「あの」事件が発生したオリエント急行。ユーゴスラビア領内でその事件の死体が下ろされる。列車はそのまま出発するが若き警察官が灰色の脳細胞に挑戦する。 『そしてオリエント急行から誰もいなくなった』
講演会のために地方回りをしていたフレデリック・ダネイとマンフレッド・B・リーは殺人事件に巻き込まれる。しかし彼らは覆面作家としてその実体を隠していた。 『Qの悲劇 または二人の黒覆面の冒険』
旧作のミステリビデオを収集する人物が自らの自慢のコレクションに囲まれ死亡。しかし現場は逆密室状態でだれひとり出入りしていないと目撃者はいう。 『探偵映画の夜』
幼い頃から虐げられて育った利発な少年はいつしか破滅を夢見るようになっていった。彼の人生は名探偵との交わりによって大きな変化を遂げる……。 『少年は怪人を夢見る』 以上七編収録。

芦辺拓がまたやってくれた! ミステリファンが「あの頃」をふと蘇らせる好短編集
本書について書きたいことは実は『名探偵博覧会 真説ルパン対ホームズ』の書評に既に全て書いてしまったような気がする。が、まあいい。何度でも書きたくなるような「味わい」がこの作品集には存在する。
まずは精緻な考証の凄さ。特に表題作の『明智小五郎対金田一耕助』。作者があとがきでも述べているように読まれる前から「何じゃこりゃ!」と思われる向きも多いかもしれない。だが、その点から芦辺氏は徹底した考証を行っている。江戸川乱歩が明智シリーズを執筆していた時期(少年向け含む)と、横溝正史が金田一耕助を作品に登場させた時期とはまず重なっている。東京を中心に活動していた(時々静養のために地方に出ていた)明智に対し、金田一の初期作品は岡山県等の事件が多かったし、彼は米国に留学していたということになっている。そのためあからさまに活動が重なることはなかった。乱歩、正史の両作家も互いの名探偵を自身の作品に登場させたこともない。だが、二人の活動を詳細に観察した時、大阪の地で(これは芦辺氏の手の内だ)二人が邂逅する可能性があったのだというのだ。詳しくは本書を読んで頂くとして、この発見は抜群の記憶力はもちろん、両作家の作品群に対する深い愛情がなければ到底なしえないこと。
そしてその邂逅をミステリとして改めて物語として自由に膨らませるのは作家の特権。それを読むことができるのは現代読者の特権である。特にこの作品、近い時期に起きたとされる海野十三の『蝿男』事件にまで言及しているのも嬉しい。読んでいる間にやにやしてしまった。事件そのものはどこか落語めいた印象を覚えたが、名探偵それぞれの解決の付け方と「探偵小説らしい」その味付けは私の好み。恐らく「探偵小説」好きの方ならツボに嵌るのではないかと推察する。
その他の作品はクリスティやカー、そして古典探偵小説へのオマージュに溢れたものが揃う。当然、作品としては全て初めて目にする(雑誌掲載時に読んでいないので)ものばかりなのだが、なぜか懐かしさを覚えた。……もちろんどこかで読んだ探偵たちが登場するパスティーシュということもあろう。だけどそんなパスティーシュだから、ということなのかもしれない。つまり、黄金時代の名探偵のエッセンスが取り入れられることで、作品を通じて、自分自身の「黄金時代の古典探偵小説を読んでいたあの頃」がふっと思い出さされるのだ。これは読者個々人の体験に依るものなので断言はしないし、それらを全く読んでいない人にとっては単なるミステリでしかないかもしれない。でもある程度以上のファンにとっては恐らく「あの頃」を思い出すきっかけになるのではないだろうか。

もちろん、そういったことを抜きにしても単体としても楽しめるように作られている。物語作りとして、恐らく過去作家の作品にあたり、名探偵の特徴を引き出し、彼らが登場してもおかしくない舞台を設定し、それでいて単体ミステリとしても読めるようにする……。そういった一連の行為を考えると(自分でもキャラクタを作れる作家にとっては)通常の作品以上の膨大な手間がかかっていることは想像に難くない。なので本作のような作品集においては単なる筋書きだけしか味わわないのは勿体ないように思える。なので本作品、黄金時代の探偵小説を知る人には是非とも手にとって頂きたい、と強く感じる次第。


02/12/16
笠原 卓「詐欺師の饗宴」(創元推理文庫'90)

1960年代に三度オール讀物新人賞に応募しながら最終候補止まりだった笠原氏は第19回江戸川乱歩賞に『蒼白の盛装』という作品を満を持して応募する。……が、それもまた最終候補作に留まってしまう。しかしその作品は『ゼロのある死角』と改題されて刊行される。本書は'77年日本文華社より『闇からの遺産』という題名で刊行された作品が文庫化されたもので、氏の第二長編にあたる。

江森経済研究所の代表、江森のもとを若い女性が訪ねてくる。ヌードダンサーをしている星川ユミという女性の持ちかけてきたのは十八年前に発生した大がかりな取り込み詐欺、上州機工事件のことだった。宇都宮に本社を置き関東一円に支店のあった「上州機工」は計画的な倒産が行われ、多くの顧客が被害に遭い、この結果連鎖倒産を余儀なくされた企業も少なくなかった。首謀者三人は雲隠れし、被害金額のほとんどは回収不能となっていたのだ。……江森は個人的にこの事件を調べており、その繋がりから浪川常平という遣り手の金融業者と知り合っていた。江森はその浪川から彼が持ち込む四億円の手形を地下金融市場に沈めて二億円に換金して欲しいと頼まれる。浪川は堂坂商工という老舗時計商社の経理部長の不正につけ込み、吉良宗良という人物と組んで大がかりな手形詐欺を計画していた。一流保険会社を巻き込み何重にも凝らした計略によって経理部長は彼らを信じ込み、手形を発行。しかし浪川は吉良らをも裏切って姿を消した。大金を巡ってさまざまな組織が浪川を追い、その追及は江森にも及ぶが、浪川は熱海のリゾートマンションで不可解な状況で死体となって発見された。

コン・ゲームの迫力と密室殺人のトリック。この相容れにくい二重奏は長所であり、そして弱点でもある……
十八年前の事件の断片が描かれた序章のあと、物語はこれから引き起こされる詐欺事件をリアルタイムで描く。こちらもプロなら相手も金融のプロ。信じ込ませるには並大抵の舞台装置ではダメなので、ありとあらゆる工夫を凝らす。その状況設定や人員配置は、ある種の芸術を思わせるものがあり、ここまでして「人を信じ込ませる」か、という驚きと共に、そのゲーム性にこちらも熱くなる。 小林信彦『紳士同盟』等で描かれるコン・ゲームものと通底するところはあるのだが、本書の場合二重の裏切りがあるためスリリングさも倍増。読者も登場人物と同じ緊張感を楽しむことができるのだ。
ただ金をつかんで逃げた勝者は死体となって発見される。ここからは物語の形式が一転、不可能犯罪とその解明に主眼が移っていく。マンション3Fで被害者は死亡しており、殺害時刻と思われる時間帯に1F、2F、4Fに第三者がいて、犯人の逃亡は不可能……といういわゆる密室殺人である。そのトリックにも独創性があり、こちらはこちらで様々な手掛かりから真実に収斂していく論理過程がまた楽しめるという寸法となっている。笠原卓氏はもともと本格推理小説の傾向の強い作家として知られており、こちらがもしかすると氏の本分なのかもしれない。
ただ、物語全体のバランスとなるとちょっと苦しいか。主人公が謎めいている。単純な探偵役、狂言回しではなく彼自身の過去が隠されている。また登場人物がそれぞれ現在と十八年前に異なる顔を持っている。果たして上州機工事件で彼らはどのような役回りだったのか、その十八年前の主犯は誰なのか……それが「物語全体の謎」となっているのだが、そちらに関する興味は物語の流れのなかにある二つの大きな山に覆い隠されてしまっている感がある。とはいっても読んでいる間に気になるほどではなく、全般に流れている緊張感をラストまで保たせている点は評価すべきだろう。ミステリーエンターテインメントとして大傑作とはいえないが、佳作と呼んで差し支えない作品。

本書はどうやら創元推理文庫が日本人作家を初めて(ゲームブックを除く)刊行した作品らしい。そして現在は少なくとも品切れで取り寄せ不可。なので現在は古書店に頼って入手するしかない。とはいえ、本格パズラーを好まれる方なら読んでおいて損はない一冊。物語全体の構成はとにかく、コン・ゲーム、密室、どちらに興味があっても楽しめるのではないか。


02/12/15
黒田研二「笑殺魔 〈ハーフリース保育園〉推理日誌」(講談社ノベルス'02)

ウェディング・ドレス』にて第16回メフィスト賞受賞後、着々とその地歩を固めつつある黒田氏の新シリーズ作品。(たぶん続編がある……と思う)。

幼児向けの図書や教育商品を販売する会社〈キンダー・ワンダー〉の営業マン、次郎丸諒は〈ハーフリース保育園〉にやってきた。この保育園は同業の辣腕営業マン、夏目が勤める〈チルドレン〉社が納入をほぼ独占している状況で、その打破が必要だったのだ。偶然、学生時代からの友人、桜澤みどりが保母として勤務していることを知った次郎丸は端正な顔つきの園長に挨拶をする。そこに子供を職員に怪我させられたと怒鳴り込んできた母親が登場、刃物を取り出したその子供を救うために次郎丸は肩に怪我を負った。その騒動となったのはこの保育園で働く雪村先生。彼女が笑顔を見せるとその相手が不幸な目に遭うということが続いたため、彼女は保母でありながら笑顔を子供に見せることができなくなっていた。保育園の先生がたと慰労の食事から帰った次郎丸だったが、自宅のアパートが火事となっており、彼は再び保育園に舞い戻ることになる。ハーフリースに通う夏目の息子と雪村先生、そして次郎丸が昼ご飯の買い出しに出たところ、何者かによって夏目の息子が誘拐され、あろうことか雪村先生と次郎丸がその親と見なされ、身代金の要求を受けたのだ。

ちょっとした非日常とスリリングかつサスペンスフルな展開。小気味良くまとまったミステリエンタ
――岡嶋二人の再来――なんて書くと作者が調子に乗るかもしれない。
ただどこか狙おうとした地平が本作と岡嶋作品との間にどこか近いものは感じられる。〈保育園〉という日常でありそうでなかなか普通の人間には無関係の世界を舞台にし、そこにあるちょっと特殊な人間関係を踏まえて、誘拐事件を演出する。登場するキャラクタが総じて漫画的なところが却って本作に対する親しみを引き立たせており、中盤以降の誘拐事件が始まってからのテンポの良い展開をきっちり支えている。本格パズラーというタイプの作品ではないが、限られた設定と登場人物を物語に活かしており、そのなかでの論理的に筋道だった解釈等についてはポイントポイントで「むう」と感心させられた。
本作で注目すべきはこの「テンポ」にあるだろう。主人公が遭遇する連続する事故や、人形の着ぐるみを着て追跡活動を行ったりするユーモラスなシーン等々、真面目な作品ではあり得ないような出来事も、展開の歯切れの良さによって浮き上がることなく描写が為されている。物語にぐいぐい引き込んでいくこのテンポってどこかで感じたことがあるような――と感じて思い出したのが冒頭の岡嶋二人作品だった。併せて考えてみるに「なさそうだけどありそうな舞台設定」「読者に感情移入させやすいキャラクタ作り」「事件が発生してからのテンポ」「解決での一ひねり、二ひねり」……等々、良い意味での共通点が両者に存在する。特に何よりも「ノリ」で楽しめて、読み出すと止まらない……というミステリエンターテインメントの持ち味が嬉しい。(そして確か作者自身が岡嶋二人を愛読書として挙げていたことがあったように思う)。 ちょっと前段階が説明的でのんびりしていること、事件の根っこの後味があまり良くないことは個人的には気になったが、瑕疵というほどのものではないだろう。。

勿体ないのはその題名か。せっかくの誘拐エンターテインメントなのにどうも作品の持つ柔らかなイメージと「殺」「魔」といった殺伐した単語のニュアンスとにギャップがある。この内容であればもっと気軽に手にとれるような柔らかな題名にした方がセールス的にはうまくいくのでは。(その語られている真実に悲劇があるにしろ、それを前面に押し出す必要はない)。文庫化の際に改題希望。黒田氏の「持ち味」の良く出た作品。


02/12/14
若桜木虔「三つの密室・殺人連鎖」(廣済堂ブルーブックス'93)

現在、様々なフィールドで活躍される若桜木(わかさぎ)先生の著作というものを、実は今の今まで小生は読んだことがない。(あるかもしれないが少なくともそう認識していない)いつかは……という気持ちではいたのだが、本書の題名を見てふらふらと購入した。(古書店で、という点に関しては御寛恕頂きたいが)。その理由は「これは本格パズラーに違いない」と思ったから。だってワカサギ先生が「著者のことば」でこのように書いているのだもの。

私はヘソ曲がりである。本格ミステリーのトリックの種が尽きたと言われるようになって、久しい。特に密室トリックが。 そこでならば新しい密室トリックを考え出してみようと、天邪鬼なことを考える。一昨年あたりから、寝ても醒めても四六時中、密室トリックのことばかり考えているようになった。 そうして生まれたのがこの一冊である。 さて、密室好みの読者のお口に合いますかどうか。

正直いってわくわくしながらページを捲った。すごかった。著者のことばに反して全然新しくないところが。
なぜ「すごかった」のか。もうこれはネタを割らないと話ができない。これから「読もう」という気のある方は以下を読まないで頂きたい。ネタバレ反転はしていないので。

かつて大学のミス研のアイドル的存在だった西東南(さいとう・みなみ)は現在は雑誌編集部で働いていた。隣の漫画雑誌の編集に依頼され、新人賞受賞者を受賞パーティの為に迎えに行った帰りの新幹線のグリーン車内で、ミス研の先輩と、その妻である売れっ子美人女性漫画家と出会い、パーティに同道することになる。その先輩が途中で「お腹が調子が悪い」と車内のトイレに立ったが戻ってこない。様子を見に行くと鍵のかかったトイレの中で、その先輩が腹部を刺された死体となって息絶えていた。警察の取り調べの後、受賞者である○○だけでもパーティに出席することになるが、パーティ会場の彼女が宿泊する部屋のトイレで漫画雑誌の副編集長が殺されている。更に同じ晩、大学の研究室にて居残り研究していた大学院生らが、向かいの建物の部屋にいる教授がピンクの服を着た美人に殴り殺されるシーンを目撃する。しかもその美人の姿は西東南そっくり、そして凶器には何と彼女の指紋が発見されたのだという……。

改めてこう書くと面白そうな作品だよなぁ。 だけどポイントは密室じゃないんだよね。新幹線の死体は妻の浮気をとがめるために「こだま」と「ひかり」の乗り継ぎをベースにした奇妙なアリバイトリックを弄した末に返り討ちにあった先輩が、わざわざ自分の乗車した新幹線に帰ってきて、わざわざ中から鍵を掛けて死んだってもの。追撃を恐れて内部から鍵をかけたって、普通新幹線を乗り換える時に相手が追ってきてるかどうか分かるだろうに。二番目の編集者も恨みを買っていて別の場所で殺されたのが単に運ばれてきたというものでホテルのオートロックをセロテープで殺したという単純なものだし、、三番目の事件は犯人がアリバイを確保するために、過去に振られた逆恨みのヒロインを容疑者にするねちっこさはとにかく、現場に液晶ビジョンなんて言葉が出てきたらトリックまる分かりなんですけど……。しかもその画像、二時間ドラマで録画したものというのは……。「連鎖」という題名に反して三つの事件の犯人がみんなバラバラ、共同謀議もない。単純に三つの事件に主人公が巻き込まれただけ。これならなんでもアリだというのと同時にかえって不自然さが際立つという弱点も。密室トリックそのものが使い古されたパターンに無理矢理着替えをさせただけ、という点そのものは仕方ないにしても、あたかも「新しい密室」を考えたかのように「著者のことば」で書いたのは読者に対する反則だとしかいえまい。

何よりも作者の気合いの入った著者の言葉につられて本気で読んだのが私の失敗。ただし、シリーズ作品としてぽわぽわしたヒロインと恋人の刑事とのやりとりを楽しむ分には良いかもしれない。が、それもまた類型的ではあるけれど。


02/12/13
輪堂寺耀「十二人の抹殺者」(小壺天書房'62)

貸本時代の覆面作家の作品にしてその入手困難なことと本格推理小説に徹底的にこだわっ(らしい)たその内容からもはや幻の書物といっていい作品。輪堂寺耀氏に関しては後の研究からある別の作家の名前が浮かんでいる(らしい、その記事読んでないので)。本書はいつもお世話になっているある方より貸して頂いて読むことができたもの。はっぴー。

「謹賀死年」「賀死、元旦」「死にましてお芽出たうございます」……広島県に住む実業家、鬼塚史郎の家族六人、そして史郎の姉が嫁いだ結城家に住む六人の元それぞれに不吉な文面が記された差出人不明の年賀状が届いた。鬼塚、結城家はそれぞれ隣り合っており、互いに親戚ということもあり垣根なく暮らしている。鬼塚家の郁夫と結城家の節子は従兄弟同士の間柄で婚約しており、出戻りの結城幸恵は鬼塚家の博美という従兄弟が十七の時から肉体関係を持っていた。双方に陰日向に繋がりのある両家に届いた不吉な年賀状に対しある者は怒り、ある者は面白がり、ある者は不安がっていたが真剣に取り合う者は誰もいなかった。そんな折り、鬼塚家の当主、史郎が自室内で鈍器によって殴られたうえ、刺殺死体となって発見された。扉は施錠されており凶器が見つからない密室状態である。捜査にあたった上利警部は甥の名探偵で入院中の江良利久一に事件の相談を持ちかけた。しかし、そんな捜査陣を嘲笑うかのように今度は結城家当主、房枝が風呂上がりに扼殺され、鬼塚史郎の妻である綾子が雪の上で謎の死を遂げた。外部の犯行と考えづらい状況下、鬼塚・結城の一家は互いに疑心暗鬼となるがそれでも殺人は継続されていく……。

この時期にこんな本格パズラーの実験的作品があったとは。「幻」の名に恥じない怪作
「“これは40年前に書かれた新本格だ”」(c)戸田和光さんという分かりやすい言葉で集約される通り、当時風の探偵小説とは一風異なる実験作である、というのが第一印象。跳梁する怪人と名探偵との宿命の対決や、不必要に猟奇的な露出趣味はなく「二つの館の敷地内」で「限定されたメンバー」が「次々と不可解な死を遂げる」物語。その必要性はとにかくとして密室殺人あり、足跡のない死体あり、時間トリックあり、奇妙な凶器ありとバラエティに富んだ事件が次々と発生する。過半数の関係者が一回一回凝った方法で殺害されていくという展開は、一種の「殺人ファンタジー」を醸し出しており、探偵・江良利の不可解な言動含めてWho done it? としての興趣自体は十二分に掻き立てられる内容となっている。二つの家族+過去に彼らが関係した事件という構図はありがちとはいえ、しっかりと本作では機能している。
ただ密室等の犯人の作為が本来不必要……というか、作為に走りすぎているがために今のミステリ作家が腐心しているような「現実性」への適合は微塵も感じられない。また、個々のトリックそのものは目新しいものはない――というよりもいわゆる「針と糸」系の現代ミステリ作家が使うと糾弾されそうなあっさりしたものばかり。ただ一つの事件のたびに解明はなされているためあまり呆れたり腹を立てたりする気分にはならない。どちらかといえばそのトリックそのものよりも「誰が」「なぜ」に物語の謎の中心を据えている作品であることが読んでいるうちにハッキリしてくるからだろう。
「実験作」と私が感じたのは、その構成にある。一つ一つの事件は細かいトリックが中心のHow done it? がポイント。それらをずらずらと並べて、最後にWho done it? にて締めくくる。すぐ探偵に見破られてしまうがために有効な手段となっていないが、その事件そのものにもレッドへリングや隠された意図が秘められている。つまりWho done it? となっている物語全体は細かいHow done it? の積み重ねのうえに成り立っているということ。この構成はどこか本作から三十年が経過した後に花盛りとなった本格パズラー系の連作短編集を想起させるものがある。序盤はそうでもないが、後半に発生する殺人、特に「風呂場で氷柱で殺害」という事件あたりに個々の事件と全体との交わりを感じて、読了後振り返って感心した次第。なのでミステリとしての基準的な面白さは十二分にクリアしている。

謎めいた作者や、昭和三十年代の本格パズラーとしてマニアが血眼になって探し求めていることそのものは理解できる。とはいっても現代基準で「完成度」という観点から眺むるに復刻に値するか……というとやはり疑問符を付けざるを得ないだろう。作者の心意気というかやろうとしたことの(当時の)斬新さだけの評価になってしまうから。(その意味では歴史的には面白い存在ではある)。 いずれにせよ個々のトリックがあまりにも陳腐なのは致命的か。もし(今回の私のように)機会を得た方だけ読めば良いのではないだろうか。

(私はこの版元「こつぼてん」と読むのだと勝手に思っていたのだが、じつは「しょうこてん」と読むというのを本作の奥付で初めて知りました)。


02/12/12
広瀬 正「鏡の国のアリス」(集英社文庫'82)

『宇宙塵』や『SFマガジン』で活躍するものの夭折した作家、広瀬正氏。『マイナス・ゼロ』をはじめとする氏の作品は未だに人気を誇っている。本書は全六冊で刊行された「広瀬正小説全集」の一冊で表題作は星雲賞を受賞している。他に三編の短編を収録。

美容整形外科医の許に訪れてきた若者は性転換手術を受けたいのだという。彼がそう決意するに至った理由を医師は聞く。……それは左利きの男が銭湯に入っている間に「右利きの世界」から「左利き」のパラレルワールドに移動してしまって苦闘奮戦するという奇妙な物語であった。彼のかつて住んでいた町と完全に左右が逆転しており、文字まで鏡文字だったのだ。彼はその世界で「左利き」を研究する博士一家に転がり込んだ。 『鏡の国のアリス』
火星往復という三年がかりの旅を終えた健一とユミははじめて結ばれることになった。幸福にひたるユミのもと、健一の上司の大佐から連絡が。ニセモノの健一が現れたというのだ。火星人が地球人そっくりのロボットを作ったのだと思われるのだが、本物の健一は果たしてどちらなのか? 『フォボスとディモス』
一九二五年銀座遊覧バスに乗った東北からの物見客の若夫婦が乗り物酔いで途中下車した。彼らは下町の達吉、ヨネの夫婦に介抱される。二つの一家はこれから時折交際を暖めていくのだが……。 『遊覧バスは何を見た』
赤ん坊の頃からハルオはお父さんとおねえさんに世話されて育った。お父さんの作ってくれた部屋から出られないハルオ。どうやらハルオの身体は普通の人間より大きいらしい。 『おねえさんはあそこに』以上、一長編+短編三編。

今そこにあるごく当たり前の日常をベースにした奇想。世界の見方を変えるとこんなことも出来る
広瀬正という若くして夭折した天才作家を語るには私は該当するテキストの読み込みがまだまだ足りない。それでも『マイナス・ゼロ』に続いて本書を読んだイメージからすると「日常のSF」という言葉が頭に浮かんだ。即ち、ごく普通に当たり前に生きている人間が、ごくごくひょんなことから別の世界や世界の狭間に迷い込んでしまうという物語。そしてその新たな世界ではこれまでの常識が覆され、人々が当たり前だと思っていたことが次々と姿を変じて読者の前に現れるという寸法なのだ。特に本書の表題作品では、右利き優先の現代を左利き優先にひっくり返したらどうなるか? というある意味では実験的な描写の続く作品でもある。この発想のキレが良い。その逆、つまり今現在の我々が生きる世の中が左利きの人にとって色んな不便がある……という点も勉強になるし。とはいっても社会告発めいた内容では全くなく、主人公の恋物語や青春譚が挟まれているおかげで、素直な気持ちで世界を楽しむことができる。「鏡の国」というモチーフをベースに深読みも可能だし、物語そのものを単純に楽しむのもまた良い。読者の数だけ広瀬正の読まれ方があるように感じられてならない。
それと同時に感じるのは自分の知らない時代でさえ懐かしく感じさせる独特のノスタルジー。表題作における昔の銀座(当時は昔ではなかっただろうが)の描写等もなかなか良くできていると思うが、本書収録短編の『遊覧バスは何を見た』などはその極致にあるといえる。大正時代から続く人々の時代を超えた交流とその変遷。もはやSFですらない作品だが、年月の流れという不思議さ、そして縁(えにし)をしみじみ感じさせてくれる佳編である。

現在はこの集英社文庫版でさえあまり古書店では見かけなくなっている。著作の数も限られているのでいずれ全作品を読破したいとは思っているのだが。ちょっと無理ある例えかもしれないが、北村薫氏の「時の三部作」あたりがお好きな方なら、この広瀬正という作家も気に入ってもらえることだろう。


02/12/11
内田康夫「後鳥羽伝説殺人事件」(角川文庫'85)

大人気作家となる前の内田康夫は『死者の木霊』を栄光出版社より書き下ろし刊行し靜かに話題に上りつつあった。本書は氏の第三長編にあたり、後の内田氏の名前とは切っても切れない名探偵、浅見光彦の初登場する作品としても知られている。

学生時代に遭った土砂崩れの事故がもとで友人を喪い、自らの記憶をも途切れさせた女性、大河内美也子。彼女は偶然立ち寄った古本屋で一冊の重厚な表紙を持った本を手にする。彼女は『芸備地方風土記の研究』というその本を古書店に売った人物の名を彼女は聞き出して旅程を変更、広島県の福山から三次を結ぶ福塩線のローカル列車に乗車する――そして終着の三次駅の跨線橋で死体となって発見された。捜査の指揮を執るキャリアの桐山警部に関係者の証言集めという地味な仕事に回された地元の敏腕刑事、野上は彼に反発。被害者の荷物から喪われた本が事件の鍵を握ると確信する。大河内美也子が記憶を失った事故で妹を亡くした東京の浅見光彦の助けを借りて、野上は彼女が訪ねようとした人物を特定、接触を図るがその人物は不審な死に方を遂げる。そしてその後繋がった事件関係者と思しき人物も次々と殺される。探偵・浅見光彦が指名する犯人とは?

そろそろ旅情ミステリの片鱗も。とはいえかなりマジな本格指向が中心に据えられているのが面白い
本書からはじまり「○○伝説殺人事件」というのはシリーズ化されていくのだけれど、本人が触れているほど「後鳥羽伝説」、即ち謀反を起こした後鳥羽上皇の流刑の道筋さえもその祟りを恐れて人々の眼から巧みに隠されていた……という歴史的事件の面白みが本作のなかにはない。これは後のミステリという枠が拡がって、歴史的事件を取り上げつつそれに絡む殺人事件を両方有機的に絡める諸作が次々と現れた結果、私の口が肥えてしまったからかもしれない。
そちらに焦点を当てすぎず、純粋なWHO DONE IT? のパズラーとして読むとこれが滅法読み応えがあるのだ。ローカル線の跨線橋での若い女性の殺人事件。さらに関係者が浮かび上がり、警察が追いつめていくたびにそれを嘲笑うかのようにおおこされる殺人事件。果たしてこの事件は解決できるのか? 地味な刑事、野上の捜査の的確さとその周辺の図式は警察小説としても読み応えがあるし、その組織における葛藤はどこか社会派的なオトナの雰囲気もまた持っている。作品のなかに流れるサスペンス性が途切れず、リーダビリティも高い。過去の事件の関係者として登場する浅見光彦の存在もどこか少し浮きながらも決して奇妙ではない。そして何よりも、「状況」という名の伏線がロジカルに集約されるところに犯人の存在があり、これは本格ファンをも納得させる中身であるといえよう。(勘の良い人なら犯人は分かるだろうが、それでも追いつめていく過程でまた読ませてくれる)。
トータルでみて十二分に読み応えを感じさせてくれた。満足。

ここのところベストセラー作家の初期作を意図的に読み直しているが、やはりその人気に相応しい地盤を初期のうちにしっかり創り上げていることがそれぞれで分かる。後にキャラに乗っかった書き飛ばし作品ばかりになったとしても、作品は作品としてきっちり評価されるものはされておくべきだとしかと感じた。本作も今の若い本格ファンが読んでも違和感はあるまい。