MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


03/02/28
折原 一「倒錯の帰結」(講談社'00)

本書、その造本のものすごさだけで刊行当時にかなり話題になった。最近講談社ノベルス版も刊行されたが、帯を含めてこちらも凝っていた。ま、つまり、まず半分が『首吊り島』という長編となっており、ひっくり返して読むと『監禁者』という長編になり、両者が中間にある袋綴じで繋がるという趣向。百聞は一見に如かず。実際にこればかりは手に取らないと分かるまい。

『首吊り島』――日本海に浮かぶ魚釣島はその歴史から首吊り島ともいわれている。「私」こと中堅作家の山本安雄は同じアパートに住む清水真弓という女性に誘われてその島に赴く。島の網元を代々務める名家、新見一族のあいだで起きている変死事件を解く名探偵として送り込まれた彼だったが、そこに至る経緯は朦朧として定かではない。海に面した新見家には遠浅の湾内に回廊で繋がれた祈祷に使用される堂があった。新見家の為に祈祷を行った関係者がその呪われた堂内で次々に変死を遂げたという歴史があり、最近も当主がそこで心臓麻痺を起こし、跡継ぎがまた首吊りに失敗して頭を打って次々と館を去ってしまっている。山本は美貌の未亡人、秀子と雪代、月代、花代の三姉妹に客人としてもてなされ、それらの事件の謎を解くよう求められる。新見家は分家と勢力争いをしており、島内には怪しい影が跋扈、そして家の不幸を沈めるために祈祷を行った長女の雪代が衆人環視のお堂内部で、首に矢を射られて死亡する。警察の事件再現のために続いてお堂に入った花代は、堂内で溺死、更に彼女のガードを買って出ていた多々良という老人も毒殺されていた……。
『監禁者』――中堅作家の山本安雄は、アパートの階段から転落して気を失った。その結果、気付くと足枷と手錠で身体が拘束されてた。どうやらアパートの別の部屋に閉じこめられているらしい。太った中年の女性が現れ、彼に対し精神的肉体的暴行を開始する。彼女は彼に対し、彼女のための作品を書け、と強要する。一方、そのアパートには新潟から清水真弓という女性が越してきて、一人暮らしを開始する。

その凝りに凝った造本だけではない。内容的にも斬新な密室トリックとサイコサスペンスが詰まった力作
本書の題名はあくまで『倒錯の帰結』なのだが、著者に対して「「首吊り島」面白かったですよ」というコメントが別の作家から寄せられたというエピソードがあるらしい。表紙に書かれた細い「倒錯の帰結」の文字よりも赤のゴシックで大々的に書かれた「首吊り島」「監禁者」のタイトルが目立っているのだから、それも仕方ない側面がある。作品としても一旦短めの長編である『首吊り島』と『監禁者』という独立作品を別々に読んでから中心の袋綴じを開けてその連立の意味合いを知る。そして二編の間に浮かび上がる意味合いによって、ようやく本書が『倒錯の帰結』となるのだ。
そして本書の場合、最も特徴的なのは前述の誰かのコメントにて象徴されるように特に『首吊り島』が、独立した一ミステリとして印象深いことが挙げられる。確かに本編がいたずらに長くないだけに咀嚼不足のエピソードも多いのだが、本土から隔離された遠島、不気味な言い伝え、本家と分家の争い、過去に発生した謎の死と因縁、美人三姉妹、伝わる謎の童謡に見立て殺人……と、横溝正史が日本の探偵小説に残した伝統的ともいえる「正史的」ガジェットが大量に込められている。衆人環視の密室である浮島のお堂での連続怪死事件の幻想的ともいえる発端、更に明かされる凝ったトリックなど定型を利用しつつ、新たな解釈を試みるその新進性には素直に感心できる。
一方の『監禁者』はキングの『ミザリー』の折原版。「倒錯シリーズ」らしさはこちらの方が感じさせるが、どこか幻想的な雰囲気と(恐らく普通は先に読む)『首吊り島』へのリンクが不思議な魅力を醸し出している。折原ファンはこちらが嬉しいのかもしれないが、一般的には『首吊り島』の方が受けるのではないだろうか。
二つを繋ぐ部分は「趣向」に近い印象。ただあくまで本作は『倒錯のロンド』『倒錯の死角』に続く、倒錯三部作の完結編。特に『監禁者』のサイドの舞台となるのは「あの」アパートだし、登場する翻訳家や編集者の名前などは『倒錯…』シリーズから繋がっている。(実はこう書きながらそれほど正確に前作群を記憶しているわけでもないのだが) しかし本格ミステリマスターズにてこの後刊行されている『倒錯のオブジェ』はどういう位置づけになるのだろう?

折原氏の『倒錯…』の前二作は初期の代表作でもあるので既に読まれている方も多いかと思うが、後から来た読者であれば本書だけ読んでその物語と物語を繋げることによる破壊力を楽しむのも十分にアリだろう。


03/02/27
佐藤哲也「ぬかるんでから」(文藝春秋'01)

'93年に『イラハイ』にて第5回日本ファンタジーノベル大賞を受賞、傑作『沢蟹まけると意志の力』を上梓した佐藤氏の三冊目の単行本にして初の短編集。『小説すばる』誌に'94年から'96年に発表された掲載された短編が中心で、初発表となる作品も含む。

世界は唐突に泥に埋もれて終わり、私と妻は丘の上に避難。妻の持つ不思議な能力が発揮される。 『ぬかるんでから』
「春を探しにいく」妻の言葉に従う私。車で春を探して山へと。しかし国道は封鎖されていて……。 『春の訪れ』
その日は朝から宗教関係の人にやたらつきまとわれる日だった。しかし私は会社に行かねばならぬ。 『とかげまいり』
私は常に妻の求めるものを探し求めることを生き甲斐にしてきた。頭に銀杏を抱いた小さな赤い家。 『記念樹』
コンクリの壁に囲まれ井戸しか見えない淀んだ部屋。退屈な私の元へ羽を生やした猿がやってきた。 『無聊の猿』
叔父が身体を満遍なく押し潰されて自宅で死んだ。父に誘導され遺品の整理に来た私が見たものは。 『やもりのかば』
アパート最上階に住む私は朝起きて外を見ると怒った巨人を目撃。その後公園にて災難な出来事が。 『巨人』
街の真ん中にある墓地の間を抜ける一本道。ぼくは強引な叔父と一緒にそこを通り抜けさせられる。 『墓地中の道』
幼い頃の僕は丘の上でバイオリンを弾く巨大なキリギリスを見た。キリギリスは冬に別の姿に変貌。 『きりぎりす』
常に何かと戦い続けた父はゴミ箱をぶつけられ死んだ。幼い頃から父と僕はうまくいっかなかった。 『おしとんぼ』
祖父はすぐに半裸となって父と戦っていた。恐怖の対象だった祖父はある夏の事件を境に姿を消す。 『祖父帰る』
実家を出て若さ故の一人暮らしに挑戦した青年は新居のボロアパートの便所に謎の「つぼ」を見る。 『つぼ』
幼い頃遊びに出かけた空き地の溝の中、なぜか小さな軍隊がいた。僕は彼らと不思議な交流を開始。 『夏の軍隊』 以上、十三編。

読者はいったい何を読みとればいいのだろう? 単に読んで笑えばいいのか、それとも考え込めばいいのか?
奇妙な作品を著す佐藤哲也のこの作品集、奇妙な小説としか形容できない作品がずらりと並んでいる。十三の作品がある。十三という数字にも意味があるようでいて、実際読者は何らかの意味を勝手に読みとるかもしれないし、作者もその数字に何かを仮託して読みとって欲しいと思っているのかもしれないけれど、結局出版社とページ数の都合や、作者にとって収録可能の短編がこの段階でこれだけしかなかった結果としてこうなっているのかもしれない。作品の端端から、読者を疑り深くさせることがもし本書の目的であるのならばそれは成功しているといえるし、何にも考えていないとしても成功しているといえる。但し、作者に本書は超絶エンターテインメントで字が読めるようになった五歳の子供から臨終間際のお年寄りまで楽しめる作品にしようとする意図があったのだとするならばそれは失敗だと思われる。いや、その意図は失敗だと一読者である私が断言するのだが作者に否定は出来ないだろう、たぶん。
ということでこの作品集、一筋縄で括れない。深い含蓄を含むようでいて、単なるシュールでおバカな作品のようでいて、作者の込めた魂のメッセージがあるようでいて、単なる諧謔小説のようでいて……。とらえどころがない。だが、面白い。
登場人物のほとんどは一人称であるが、その立場は大別して二つに分けられる。妻(ないし別の身内)の言葉に唯々諾々と従い、それが正しいことなのかどうか疑問を覚えつつも踊らされた結果として奇妙な事態が発生してしまうもの。もう一つは主人公が子供で、世の中という既にできあがっているはずの枠組みから外れたことに対しても、それが枠組みなのだと世界を認識して、押し流されてしまうもの。いずれにせよ、この作品内の世の中では何かが起きている。 世界の終わりであったり、謎の生物の誕生であったり、時に天井からぶら下がるカバや大トカゲに変身した妻や巨人や殺人キリギリスが跋扈していたりもする。そんななかで主人公は戦ったり悩んだり逃げ出したり。何か言いたいんだ。何も言いたくないのか。これぞ文学なのか。それともブンガクなのか。漢字表記とカタカナ表記で何か違いはあるのか。……。そして結局私は悩みはじめ、そして自分自身なりの楽しみ方を見つけ、気付くとこの世界に嵌っている。不思議な魅力が作品集に籠められている。但しこの魅力の通用する読者は、か・な・り・限定されるかもしれない。

ひとことでいえば既に佐藤哲也という作家が好きな人向け。 本書を佐藤作品の最初として選ぶのは決して妥当な選択肢とはいえない。本書を真っ先に読んで、佐藤哲也に痺れた人は他の作品に物足りなさを感じるかもしれないし、本書を先に読んで、佐藤哲也を投げ捨てた人は他の作品のあの深い味わいを得ることがなくなってしまう。いずれにせよ、佐藤哲也ワールドにある程度の耐性がある人にとってはスペシャルな作品集である。読者を選ぶとはまさにこの本のことをいうのかもしれない。ごくごく一部の人以外にはあまり勧めない。私にとってめちゃくちゃに面白い作品集であったことは事実であるのだけれど。


03/02/26
谺 健二「殉霊」(講談社'00)

第8回鮎川哲也賞を『未明の悪夢』にて受賞してデビューした谺氏の、受賞後第一作目となる書き下ろし長編。とはいえ、第7回の鮎川哲也賞の第一次予選通過作品に、児玉健二名義の同題の作品があるらしいので、その作品を改稿したものだと思われる。

着実にヒット街道を歩み始めていた実力派シンガー、矢貫馬遙(やぬま はるか)。彼女が発作的に自殺を図ったという謎の人物からの知らせを受け芸能ライターがカメラマンと共にプロダクションに急行する。他の取材陣が一切訪れていなかったものの、事件は事実。遙はその騒動のなか、部屋を抜け出して屋上から飛び降りる。一部始終をカメラが捉えていたにも関わらず、ビルの下に彼女の死体は発見されなかった。ところが翌々日、その矢貫馬遙は不可解なバラバラ死体となって大田区の交差点内に設置されたクリスマスツリーにぶら下げられていた……。
神戸で私立探偵事務所に勤務する緋色翔子は自殺願望を持ちデート倶楽部に勤務する絵梨とふとしたことから知り合う。かつて姉を岡田有希子の後追い自殺で喪った経験を持つ翔子は、絵梨のことが気になり同じ探偵事務所に推薦して共に勤務する。しかし絵梨は同僚との折り合いがうまく行かず、依頼のあったいじめの現場でいじめっ子を殴り倒してしまって探偵事務所を退職、上京して歌手となる夢を追うという。彼女を送り出して一年、結局翔子と絵梨は神戸で再会。絵梨は巷を騒がす矢貫間遙の後追い自殺が十三件となったら自分も死ぬのだという。矢貫馬遙が所属していたプロダクションの失踪者探しを請け負った翔子は、絵梨を無理矢理巻き込んでバイクに二人跨って東京へと向かう。

半分ノンフィクションのような重いテーマが諄々と説かれ、派手なミステリ趣向が埋没する……
本書は良くも悪くもいくつものテーマが内包されている。もちろん第一義的にはいわゆる「奇想」を含む幻想トリックを前面に押し出した、教科書的とさえみえる本格ミステリ。もう一つ前面に押し出されているのは、80年代アイドル、岡田有希子の投身自殺からX(エックス)のhideの衝撃的な自殺に至る社会現象と化した若者の後追い自殺を、ノンフィクション風に検証する物語。現実の事件と作品内のアイドル、矢貫馬遙の変死と社会現象がリンクするこの方式によって、80年代から90年代に至る時代の若者史を俯瞰するような意図も作者にはありそうだ。姉の自殺を契機にアイドル自殺事件の謎解きを宿命のようにしつこくへこたれず追い続ける主人公の姿は、一種のハードボイルド的な興趣も存在する。更に合間に生きる目的を喪い、自殺へと傾斜する若者像の姿が少なからぬ量をもってエピソードとして挿入もされている。これだけ詰め込もうとした作者の並々ならぬ意欲は分かる。力作である。だが……。

その結果、作品がめちゃ重い。

分量的な意味合いもあるが、中身もまた濃い。その結果、「濃い物語」を読んだという思いはあっても、個別の事象がどこか曖昧になってしまうのが本書の弱さに繋がる気がする。複数の若者が自殺に救いを求める姿を、個別に切実に熱烈に描くことによって、却ってその輪郭が曖昧になってしまっている。ところどころ挿入されるペダンティックな解釈は本当に必要なのだろうか。特に終盤の男女論等はもはや作者の自己満足の世界。本来空虚であるべき部分も、無理矢理に言葉で満たしてしまった結果、その意味合いが作者の意図に反して変質してしまっている……って分かりにくい表現だけど。ミステリ部分とその他の部分で訴えたかったことにおける主題的繋がりにかなり無理があるのも、結果的に本書のメッセージ性を薄めてしまっている。

本格ミステリに対するスピリットと、その奇妙な謎の提示などにセンスはある。ただ、これはヒントとなる部分も含め、中盤で図表にして場面を表現してもらいたかった。物語の構造など大いに伏線が張られているのに、それもまた余りにも過剰な言葉と物語の断片に飲み込まれて有効に機能していないのも残念。
本書をしっかり読み込めて咀嚼できる読者にとってはこの長大な世界もまた良いのだろう。一部の方が本書を傑作と評するのも分からないでもない。だけどやっぱり……長すぎる分、瑕疵もまた目立つように正直感じた。(どうでもいいことだが、本書の年代の前後、携帯電話は普通の若者が持てるようなものでなく、まだ特殊だったように記憶しており、ちょっと違和感があった)。

そういえば、ストレートな出来の本格ミステリが味わえる短編集『恋霊館事件』以来、最近谺氏の名前を見かけなくなってしまったような気がするのだが……。


03/02/25
多岐川恭「手の上の情事」(東都書房'61)

多岐川恭の六冊目の短編集。青と白の縞模様の匣が妙に綺麗な薄めのハードカバー版。本書の形式でしか刊行されておらず、文庫化等はされていない。以前、日下三蔵氏に多岐川恭の短編集のお勧めを尋ねたところ、本書と『死体の喜劇』を挙げられたことで個人的に死ぬような思いをして探しまくった一冊。

売れっ子作家が落ち目になって別れた愛人。彼女が友人の世話になっていることを知って再会した作家は、彼女に執心の別の男との三角関係を利用した奸計を図る。 『情事は場所を変える』
お人好しの夫妻が二階を下宿として貸し出した。最初に入居した夫婦は家賃を渋りまくる以上に大家である彼らにたかり始めた。ようやく出ていった彼らの次に来たのは金満夫婦。 『二階の他人』
男っぽく愛想のない女子社員に目を付けたスケベ社長。彼女を囲おうと秘書にして父親の承諾を取って料亭でいざ、というと彼女は社長を傷つけ逃げ出した。社長は意地になって彼女に対する包囲網を仕掛ける。 『網の中』
劇場のダンサーが人気のない池のほとりで暴行を受けたと婦人科医へ。別の暴行事件と関連づけた警察官が捜査を開始するが、劇場関係の容疑者にアリバイがあり、更にその男は翌日殺されてしまう。 『草の中の女』
不良娘を気取るミドリは処女。他の友人にバカにされるのが嫌さに自分に好意を持つ男のバイクで箱根に出かけたが、故障で立ち往生してしまう。通りかかったスポーツカーの三人組にミドリは便乗、しかしある計画を持ちかけられる。 『処女と哲学者』
二十九歳で課長に昇進したエリートはデート倶楽部のダイレクトメールを受け取る。ある女性はそのデート倶楽部に所属する女性を装って彼と会い、二人はホテルへ。しかし彼女の飲ませようとした睡眠薬は逆に彼女のジュースの中へ。 『あたしは眠い』
遺産相続を巡って傷害の前歴ある粗暴な熊雄、計算高く狡賢い虎雄、事なかれ主義の臆病者、鹿雄、そして彼らがいなくなれば遺産相続の目が出る甥の卯太郎、さらに遺産相続者とくっつきたい女性、通子が虎視眈々の計画を練る。彼らの間を飛び回る「私」が情報を横流しして状況は二転三転、果たして勝ち残るのは誰? 『一人が残る』 以上七編。

なかに大傑作短編が一つ。それとユーモアとペーソスと奇妙な味わいと。初期の好作品集
最初に言っておこう。本作品集のラストを飾る一編、『一人が残る』は多岐川恭の短編のなかでもベスト5クラスの切れ味を持つミステリ作品である。短編というごくごく小さな世界のなかで、遺産を巡る五人の骨肉の争いを浮かび上がらせ、彼らから中立の立場を取る「私」が、彼らの計画を聞いて、助言したりして回ることによって浮かび上がる人間関係、そして特殊な操りによるサスペンス。それぞれ性格に特徴ある四人の計画が始動してしまってからの「私」の立ち回りの妙。ユーモア溢れる設定で、なるほど最後にこいつが残るのか……と得心したところに、しまいに一撃! この凝った構成はそもそも多岐川作品らしいトリッキーさに満ちあふれているし、最後の最後までラストを読ませず、どんでん返しを繰り返す遣り口は本格パズラーの味わい。うーーーん、巧い、巧いぞ多岐川恭。

は、あまりに感心したので一作について夢中で語ってしまったが、本書の他の各作品のレベルも高い。多岐川作品の長編の特徴といえばシニカルな主人公の醸し出す独特の雰囲気が挙げられようが、短編作品における特徴は独特のユーモアとペーソスにある。 ユーモアの源泉は若者特有の無鉄砲さだったり、無茶な計画を立てて実行しているうちにふと我に返る瞬間だったり。ペーソスはやはり犯罪を実行する側が、実は被害者で追い込まれてしまった挙げ句にそういった行動に走らざるを得ないことに対する苦さだったり。全体を通じて描くかと思えば、ほんのちょっとした描写にその思いが込められていたりと魔術師のごとく、次から次へと表現の妙が繰り広げられる。『処女と哲学者』の不思議な暖かさ、一方で『あたしは眠い』の救いようのない哀しさ。奇天烈ともいえる設定だけでなく、ミステリ作品としてのラストの切れ、ないし奇妙な味わいという点もしっかり大切にしている点も読み込むだけ気付かされる。
著者最初の短編集でもある『落ちる』で直木賞を獲得したことを考えれば、多岐川氏の短編の巧さについては今更記す必要などないのかもしれないが「今、簡単に読むことができない」作品群のなかにも大量の傑作が埋まっているかと思うと一種狂おしいような気持ちになる。
(ただひとつ、本書は執筆された時代性が反映されたこともあり、愛人やレイプ事件や処女性といった事柄に対する感覚が現在とは異なるのだが、そういった点だけは割り引かざるを得ない。人によっては不快に思われる人もいるかもしれない)

当然、フクの個人的な思い入れが多い作家なのではあるのだが、やはりその裏付けになっているのはこういった絶妙の作品があってこそ。後に文庫化されない長編には外れとしかいえない作品も確かにあるのだが、埋もれた短編はまだまだ奥が深い。


03/02/24
黒川博行「燻り」(講談社文庫'02)

サントリーミステリー大賞を出身母体とする黒川氏も十年選手となり、その安定感のある作風には固定のファンも多い。本書は『小説現代』誌等を中心に発表された短編がまとめられて'98年の8月に単行本として刊行されたのが元版。文庫化されたので手にとってみた。

徹夜明けの麻雀屋。ヤクザから預かったブツの移動を頼まれた男は車の故障で警察の厄介になってしまって……。 『燻り』
パチンコの経営者が裏帳簿としているCDを危険を冒して盗み出した男たち。問題はどうやって換金するかだが……。『腐れ縁』
総会屋の何でも屋として働く男は上場企業社長の娘の隠し撮りビデオを入手。総会屋から恐喝の手伝いをさせられるが……。 『地を払う』
刑務所を仮出獄、保護観察処分中の男。仕事もせずに空き巣に入るが当日自分と似た手口の別の強盗殺人の容疑で警察の追及を受けて……。 『二兎を追う』
幽体離脱ができるという男は骨董品屋として素人収集家を瞞して、逸物を入手して高く売り捌いていた。だが、そこに盗品が……。 『夜飛ぶ』
山の中で発見された頭蓋骨。身許調べは難航すると思われたが失踪の届け出をしてきた寺の生臭坊主と歯のカルテが一致。未亡人が逆に疑われる。 『迷い骨』
大学教授との冷え切った夫婦生活に疲れた主婦。テニススクールの友人にホテルに誘われるが断った。しかしその現場写真によって脅迫をしてきた人物が……。 『タイト・フォーカス』
年老いた糖尿病の夫の看病に飽きた若い後妻。愛人と協議のうえ殺人を計画、自分は温泉旅行に出向いてアリバイ作り。警察が彼女を疑った理由とは。 『忘れた鍵』
真面目な高校教師で通っていた男の元を訪れる二人組の刑事。美容師殺しの捜査だといい、確かに男はその女性と隠れての交際が存在した。 『錆』 以上九編。

人を出し抜け、間抜けを叩け、美味しい思いをするのに他人を構っていられるか。だけど……
燻り……。解説によれば、字義そのものの意味は火がよく燃えず煙ばかり出ることなのだが、実際は関西の暴力団の隠語で、賭博場に顔を出すものの金も度胸もなく勝ち馬の後ろにいる連中、即ちうだつの上がらないチンピラのことを指すのだという。ただ、本書に収録された九編の作品のなかには、黒川作品名物、大阪府警捜査一課ものも含まれており一概にヤクザがテーマというわけではない。ただ「大きなことをやろうとするちっぽけな人間の分不相応」という意味では、ヤクザもそれ以外の犯人たちもが哀しい「燻り」的な側面を皆抱えているという点では共通するともいえる。
作品を読み通すと浮かんでくるイメージがある。 それは「罪と罰」というよりも「弱肉強食」とでもいえる世界観い。犯人は警察に凹まされ、チンピラはもっと強力なヤクザに叩かれ、警察の手から免れる人々も、世間の目だとか実際の更に狡猾な犯人などに翻弄され、ボロが出て結局もといた場所から更に転落していく。関西人らしくテンポ良い会話で構成される物語に、シンプルながら的をついた場面場面の表現。倒叙もあれば、クライムストーリー、ピカレスクロマンに本格系ミステリまで、何が出てくるか予想もつかないのもまた魅力。 これだけのバラエティがあると個々に施された仕掛けはその作品ごとに感心はすれど、全体を通じての「人々」の哀しい弱さが特に強く印象に残る。作者自身、そういった人々に対する少し屈折した愛さえあるようで、結果的に「貧乏籤」を引いてしまった彼らに対する視線は厳しいながらも、断罪するでもない。例えが変かもしれないが「……ということで計画はすっかりばれちゃいました。ちゃんちゃん」てな不思議な明るささえ作品からは感じてしまう。彼らが決して警察に一度捕まったくらいでは「懲りない」ことを黒川氏は見通しているのだろう。
ミステリ的には深町班登場の『迷い骨』がちょっと抜けている印象。ただ美術系の犯罪を描いた『夜飛ぶ』にしろ、奇妙な脅迫事件を描いた『タイト・フォーカス』にしろ、骨組みとなる犯罪トリックに凝ったものがあり、決していい加減に書き飛ばされたものではない。こういったミステリ作家としての職人気質な部分はやっぱり好印象となる。

犯罪者とはいってもぶち切れているわけでなく、その時々のせこい利害計算や打算、ちっぽけな野心だけで動いている彼ら。世の中に彼らのような存在が尽きない限りは黒川作品は常にそのリアリティをキープし続ける。ちっちゃな快感と大きな痛み。 彼らが犯罪と縁が切れないように、読者も黒川作品と縁が切れない。警察サイドよりも、どこか犯罪者側に感情が移入させられてしまうのも奇妙な感覚ではある。


03/02/23
佐々木丸美「罪・万華鏡」(講談社'83)

未だにカルトな人気を誇る作家、佐々木丸美さんが残した作品は十七冊あり、その全て世界が何らかの形で繋がっている。本書はその十六冊目として刊行された作品であり、文庫化されていない。本作は精神科医・吹原と助手の私を中心とする四作の連作中編集。

大学の精神科医、吹原医師のもとには刑事事件の関係者の心理鑑定が持ち込まれる。その女性、正子は友人の女性、魔作子を口論の余り刺してしまっていた。正子からヒアリングするうちに、繊細な彼女の心を蝕むように仕向けた友人、魔作子の方の企みが浮かび上がってくる。 『異常心理』
自分を予言者だと信じ込む女子学生。就職が決まり順風満帆に思われた彼女、正世とその彼女に対し巧妙な誘導を施した友人、魔作世との人知れない微妙な関係とは何だったのか。 『嫉妬』
小さな傷害事件。加害者の名前は正恵、被害者の名前は魔作恵。正恵は魔作恵や彼女の家族から監視を受けていると思いこみ、最終的に魔作恵を刺してしまう。魔作恵側は法外な慰謝料を正恵に対して請求、吹原医師らによって事実関係が調べられた。 『被害妄想』
豪華フェリーの食堂でノイローゼの女子職員によって小さな爆発事故が引き起こされ、乗客数人が死傷した。彼女は心の疲れを一度訴えたことから、周囲の同情や感心に対して過敏に反応したのだった。そしてその事件を予知したと、正子、正世、正恵の三人が再び吹原医師のもとを訪れる。 『予知』 以上四編。

一貫して描かれるのは、壊れやすく繊細な人間心理、そしてそれに付け込む悪意の存在
冷静でかつ寛大、理想的な精神科医にしてカウンセラーとなる吹原医師と、そんな彼に想いを寄せる助手の「わたし」が迎える患者たち。社会的には「加害者」として分類される彼女らが、どうして肉体的に直接行動に出るまで追いつめられていったのか……。 結果が先に存在して、その理由を探り出していくという一種の心理ミステリ。手掛かりは彼女らの話や関係者の話のなかから徐々に浮かび上がるもので、パズラー的な興趣はあまりないが、小さな事件の裏側にある大きな背景が浮き彫りにされていく過程にスリリングな面白さがある。繊細で優しい心が内向きに捩じ曲げられてしまう罠。論理に裏付けられた、彼女らの心の動きには「人間心理」の綾を起因とするアクロバティックな原因が隠されている。
本書が執筆されたのは二十年前だが、一種現在の病みつつある人間関係の本質を、それこそ「予言」していたかのような趣きがある。 特に本書の冒頭三編の理由はひとことでいえば、「ストーカーによる圧迫に耐えかねて、被害者が逆にストーカーを傷つけた」といったようなもの。実際に物語上では単純にその通りになっているわけではないが、繊細な心や優しい心を持つ者の心理をそれとなく圧迫する「魔」の名前が仮名に託された加害者の悪意(そして表面上彼らは被害者でしかない)あたりの怖さがひしひしと伝わってくる。また心理ミステリらしく、最後の最後に微妙な割り切れ無さを残す結末にも、佐々木丸美作品らしい気品が漂っている。そして、そんな深刻な物語のなかにみられる躍動する恋する女性の心理もまた心地よい。

短いセンテンスと体言止めの多用、語り手の女性の本心が切れ切れに出る地の文など、佐々木丸美さんの文章には(男性である私が読んでも)どこか引き込まれるような魅力がある。万人に受ける作家ではないと思うが、好んで読む読者が多く存在することもまた頷ける。本書は、佐々木作品のなかで今となっては入手の最困難の部類。私自身も偶然図書館落ちを入手、ようやく読むことが出来たもの。


03/02/22
海渡英祐「ふざけた死体(ホトケ)ども 《吉田警部補苦虫捕物帳》」(徳間文庫'84)

頑固で偏屈、かつてのワンマン宰相に容貌までもが似ている吉田茂警部補が遭遇する奇妙な事件の数々……。海渡氏が短編において活躍させた代表的なシリーズ探偵の一人「吉田警部補もの」の第二作品集。。本書は'77年にトクマノベルスより刊行されたものが元版。

マンションのなかにある若いOLの絞殺死体。なぜだか顔に四つ分のショートケーキがなすりつけられている。ケーキが大好きだった彼女だったが。 『ケーキの好きな死体』
麻雀途中で同じアパートの自室に戻った男が、青酸カリを瓶に入れられた高級ウイスキーで毒殺されたが、関係者には毒を入れる隙が誰にもない。『ツキのない死体』
色男の大学助教授が殺害された。死体が握りしめていたのは巷で流行りのたいやきの胴体部分。佐藤刑事はダイイングメッセージを主張するが……。 『たいやきを喰った死体』
六人が住むアパートの押入から全裸女性の死体が飛び出てくる。部屋の主は全く心当たりがないというが、死体はアパートの男性のほとんどと関係があった。 『ふしだらな死体』
ホテルのパーティ会場のテーブルクロスの下から男性の死体が発見される。死体の在処も奇妙だが、会場には常に人出入りがあり、死体を隠すヒマが存在しない。 『隠れん坊する死体』
会社社長が自宅で殺された。様子を別々に見に来た女性二人が、社長と同様に頭を殴られて昏倒させられそれぞれ椅子の影に隠されて転がっていた。 『ゼツリンな死体』
元関取の会社社長が散々食べ散らかした挙げ句、ウイスキーにて毒殺された。握りしめていたのは保安官の人形のバッジ。女関係も派手だった彼を殺害する動機を持つ者は多かったが……。 『大喰らいな死体』
画家がアトリエ内部で殺された。彼の描きかけの女性像の鼻の下には何者かによって八の字の髭が書き加えられていた。果たしてダイイング・メッセージなのか? 『ヘソまがりな死体』 以上八編。

吉田警部補のへそ曲がりぶりに磨きがかかり。状況案出の妙と嘘を見破る妙
本シリーズ二冊目にして加わったのは「パターンの妙」とでも呼ぶべき要素であろうか。死体発見の報を聞いてから現場まで辿り着くまでの吉田警部補のぐずり方が回を追うごとにめちゃくちゃになっていくのである。つまり夏に弱く冬にも弱く睡眠を好んで起き抜けの機嫌の悪い吉田警部補の機嫌の悪さ、それをなだめる色男、佐藤警部の反応に繰り返しのみせる面白さが滲み出してくる。また、関係者に必ず登場するさまざまな美女にでれでれする佐藤と、超越したセクハラぶりを発揮する吉田警部補との反応の差であるとか、関係者の話を聞けば聞くほど混迷する事件の様相だとか。どこかパターンじみて来ているのに、それでいて面白さだけは減じていない。登場人物が面白がらそうとしていないだけに、読者にとっては面白いというユーモア・ミステリの在り方がここにまた出来ている。
ただその一方で、ミステリとしての謎のパターンも似た印象を持つ点は少し気になるか。死体(ホトケ)の状況や、関係者のアリバイに殺害可能な点がない点等によって生み出される奇妙な状況。それがどうもこれまでの積み重ねのどれかと何か似ているような気がする。自分自身が捜査に足をすり減らさない吉田警部補ゆえに細かな裏付け捜査の具体的部分が省略されているので、問題編となる部分がすっきりしているのは良いのだが。結局、関係者の誰かが嘘をついており、その嘘を見破るのが吉田警部補の仕事となってしまっている。ただこの点に論理的な推論が積み重なっているため、着地した時の鮮やかさはしっかりと健在
個別では『大喰らいな死体』の設定の妙と、それを反転させる鮮やかさが最も印象に残る。人間離れした大量の食品を食べた後に殺された死体。その人物設定と推理の過程との絶妙な筋道と、ちょっとしたきっかけから犯人の創り上げた虚構を見破る吉田警部補。筋道が鮮やかなのはもちろん、犯人の殺人の後の巧妙な意図とのマッチングが短編としても面白さをしっかりと盛り上げている。

もちろん本格パズラーとして真っ正面から取り組むのも良いのだろうが、この背が低くてずんぐりして身だしなみに気を遣わず傲岸不遜な吉田警部補の、不格好で愛すべきキャラクタがやっぱり最大の特徴。実際に身近にいたらこんな扱い難い人物もいないだろうが、この不格好な名探偵による推理譚は読んでいて実に楽しい。


03/02/21
辻 真先「天使の殺人[完全版]」(創元推理文庫'02)

ミステリ界のトリックスター、辻氏の作品群のなかでも知る人ぞ知る名作といわれた作品の初文庫化。元版はかつて存在した大和書房「夢の図書館」の十冊目として刊行された作品。さらに[完全版]とするために'83年に銀座みゆき座にて上演された同題の戯曲のシナリオが修正されたものが初収録されている。

新進演出家の青江七郎が中心となって立ち上げられた前衛劇団「大劇魔団」。次の公演は「天使の殺人」という題名の推理劇である……。この主人公となる”北風みねこ”は三人の女優のオーディションによって決定されることが決まっていた。東田千春、西音寺レイ、南由香里の三人がその役を争うため、三人して鹿児島の南にある小さな観光地、哀島に滞在中。女たらしで知られる青江はどうやら三人が三人ともと関係があるらしい。折しも哀島は台風が来ており、ひどい気象状況に陥っていた。その頃、大劇魔団の東京の事務所に演出家の青江をはじめ、プロデューサーの赤木、演出助手の白根、マネージャーの黒川らが揃っていたところに一本の電話が入る。哀島滞在中の”北風みねこ”が死んだというもので、詳細が伝わる前に電話は切れてしまった。彼らは二手に分かれて哀島へと向かうことになる。まだ決定されていない”北風みねこ”は電話では誰のことを指すのか? 三人は自分がヒロインとなるために互いに殺し合いをしてしまったのではないか? 彼らの懸念が深まるなか、天界から「天使」と「天使長」の二人が降臨する。どうやら天使は”北風みねこ”の魂を連れに来たらしいのだが、間違えて大劇魔団の事務所にやって来てしまったらしい。

メタ構造と実験的精神が駆使された、時代を二十年以上先取りするスーパーミステリ
いわゆる新本格ミステリのムーヴメントが十年近く経過した頃から、一部には本格ミステリの限界説が囁かれ、作家によってはこれまでの常識を逆手に取るかのような実験的なミステリ作品を発表する……といったケースが散見される。しかし、そういった実験的と思われるような手法を、辻氏は二十年近く前に取り上げている。 そして単にアイデアとして取り上げただけでなく、かなり成功させている……。この事実があまり知られていないのは何故だろう? 辻真先という名義で書かれた作品が多数在りすぎるから? その作品が軽妙で読みやすいため、本格パズラーファンからは逆に敬遠されたから? 本作を読むと辻氏の凄さを改めてひしひしと感じると同時に、その実力や精神ほどに辻氏が評価されていないことにも不思議さを覚える。(そういうお前だって、少し前までマトモに読んでいないだろう、と突っ込まれると返す言葉はないが)。

前置きが長くなった。本作はスゴイ。何がスゴイというと 「死者は誰か? 犯人は誰か? 探偵は誰か?」の三題噺に加えて作中作「天使の殺人」の作者まで謎というアクロバティックな定義を実現したスーパーミステリ、なのだ。本作は。前衛劇という舞台を設定することによって、どこからどこまでが物語内の現実で、物語内の虚構かを分からなくする手腕がまず目に付く。美しい舞台の裏で磨き上げ上げられる女性同士の殺意。自分の身体を武器とすることを厭わない女性の意志と強かさ(そしてそれに踊らされる男の弱さよ)。計画は三人三様、しかし偶然実行のタイミングが同時なだけに実際に犯人になるのが誰なのか分からず、同時に被害者が誰なのか分からない……という状況を生み出す。これだけでもサスペンスフルな本格パズラーが成立するところに、更にメタ(上位)の存在となる「天使」を持ち込むあたりの発想が凄い。彼女らの能力によって、作者が介在していることを意識させずに、通常の筋書きではあり得ないあるシミュレーションが可能になる……。このあたりについては詳しく述べられないので読んでみて頂くしかないのだが。
作家としての歴史というか作風というか、これだけ手の込んだ実験を作品内で行っているに関わらず、物語が実に読みやすいのも特徴だろう。それに登場人物のそれぞれの個性も短いなかにきっちりと表現されている。遊び心だけでなく、作者の実力が伴っている点がまた安心。明るい文章のなかに潜む心の暗闇に至るまでがするすると読者の心に入り込む。ここまで来ると感嘆を通り越して畏怖さえ覚える。いやはや。

原作となった作品版だけでも凄いのに、本書はその[完全版]の所以たる劇場で実際に上演された際の作品が収録されている。この二作を比較するとまた興味深い。設定だとか重要な部分は同じなのに、ほんの少し筋書きを変更して、別の登場人物を加えることによって全く異なる結末を実現してしまっている。 これもまた作者の自由な発想の賜物なのだろうが、やはり読者としては畏怖の対象となってしまう。辻真先さん、凄い。

発表から二十年近くの時を経て、いきなり文庫で再刊してしまうというのはやはり創元推理文庫ならではの「いい仕事」だとひしひしと感じる。刊行して一気に売りまくって、その後一瞬で棚から消えて品切れになる他社の文庫と違い、末永く読み継がれることを前提とした創元推理文庫にこそ本作は相応しい。本格ミステリを愛する若いファンに是非とも読んで欲しい一冊。