MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


03/07/10
福本和也「謎の乗客名簿(ボーディング・リスト)」(光文社文庫'90)

'76年にベストブック社ビッグバードノベルスにて書下ろし長編航空ミステリーとして刊行された新書が元版。光文社文庫のリストで見る限り、福本氏は「謎の○○」という題名を好んで使用しているようだ。本書や『謎の巨人機』の他『謎の水上機』や『謎の飛行計画』等の題名が散見される。

新興金属メーカーである東洋電工の社有しているセスナが秩父から甲府にかけての山麓で消息を絶った。新日本空輸KKという会社の運航部長の滝は、整備士の真島、東洋電工社員の大村と共に捜索に出向き、搭乗したヘリが不時着したのが僥倖となり、山中に突っ込んだセスナの残骸を発見する。乗員四名は死体となっていたが、現場から離れたところにもう一人社員がいるのを滝は発見。彼は虫の息だったが一通の書類を滝に手渡し「大村には渡すな」と言い残して絶命する。搭乗名簿では四名だった機内に五名の搭乗者。滝は書類を大村から隠す。そして滝は僚友である東京リサーチ研究所所長の当麻穣と相談、東洋電工が業界をひっくり返すような新発明を抱えていることを知る。そしてその晩、飛行機の残骸から発見された死体の一人、東洋電工で部長秘書を務めていた戸川芳子の遺体が霊柩車で運搬されている途中、中央高速のサービスエリアで乗務員が目を離した僅かの隙に、首を切り離されて持ち去られるという事件が発生した。しかも芳子は、どうやら飛行機の墜落以前に既に死亡している疑いが高くなった。滝と当麻は東洋電工相手に仕掛けを開始する。

ぎとぎとした男の野望が醸し出すスリルとサスペンス。通俗は通俗でも凝った通俗冒険小説
小型飛行機に乗機していた物言わぬ死体。これなら確かに乗客名簿には載せようがない。更にその死体が僅かな間に損壊され、首無し死体と化してしまう……。 「うお、これは島田荘司ばりの本格ミステリかもしれない?」とちょっとだけ錯覚させられ、思わず過剰な期待を抱いてわくわくしてしまった。この「わくわく感」は本格ミステリファンとしてのものだったけれど、読み進めていくうちにB級冒険小説ファンとしての血が騒ぐ「わくわく感」に置き換わっていた。 それはそれで良い。
物語を引っ張るのは、滝悌一郎、当麻穣の二人。どこか城戸禮の三四郎シリーズを思わせるような「訳あり」のタフガイ二人組は野望も人一倍だし、強さも半端じゃない。”いかにも”というようなぎとぎとした二人のバックグラウンドが、本宮ひろ志作品を想起させるような上昇志向と結び付く。彼らは企業の切れ者集団を相手に戦い(そして決して正義の、というものでない)を挑む。彼らの独特の強さ優しさのエピソードあり、非情な手段と冷静な謀略あり、暴力とそれに対抗するアクション、そして福本氏お得意の飛行機が飛び回るシーンもふんだん。(当然、無意味のエッチシーンもサービス!) なんのかんので一気読みさせられるだけの迫力を備えている。
一方で、最初に期待された「首切られ女性」の方の謎は、はっきりいって腰砕け。これだけ魅力的な「ミステリ」としての設定を持ってきながら、もともと作者の方にほとんどそれを活かす気がなかった。そういうこと。この真相は偏見もあるしちょっとどうよ? ってなもの。期待はするな。

たまにどうしてもB級作品を読みたくなる……という方には「ある意味」お勧めできる作品。荒唐無稽な展開がなんともB級ファンには嬉しいもので。こういうのも「アドベンチャー推理」(背表紙梗概より)と呼ぶのかな。ま、呼ぶ人がいてもおかしくはない……か。


03/07/09
西尾維新「ダブルダウン勘九郎」(講談社ノベルス'03)

メフィスト賞受賞作『コズミック』から始まり、近年解決をみた一連の『カーニバル』に至るまでの膨大なテキストを誇る、清涼院流水編み出す流水大系のベースとなるのが「JDC」、日本探偵倶楽部である。多数の探偵を擁するこの世界をベースに、同じくメフィスト賞作家で後輩である西尾維新がトリビュートに挑戦したのが本作。続いて、舞城王太郎が『九十九十九』を発表した。西尾氏自身もまだ本作に続いて別の作品を準備している模様である。

京都は河原町御池の交差点に聳える巨大なJDC(日本探偵倶楽部)ビルディング。出張帰りのOL、蘿蔔(すずしろ)むつみはそのビルを双眼鏡を使って食い入るように見上げている少年と知り合った。十五歳、虚野勘九郎と名乗ったその少年は探偵志願者なのだという。話をするうちに、かつては探偵志願者だった時期もありながら、現在はルーティンワークをこなすだけとなっていた彼女は、大きな夢を抱く少年に興味を覚える。勘九郎はJDCの試験を受ける気はなく、事件の持ち込み解決を狙い、事件を抱えた探偵を捜しているのだという。そして彼は、一時間ほど前からJDCビルディング前に止まっている怪しいバンに気付いていた。「おーい、そこの怪しい人ー」と陽気に呼びかけた彼は、車の前にいる怪しい雰囲気を持った不気味な男から暴力を振るわれ、しかし巧みなワザでそれを跳ね返す。その巨大なバンを奪った勘九郎は、むつみと共に現場を逃走。彼らはその積み荷が大量のニトログリセリンであることを知る。車に描かれたイラストは、過去に66人の名探偵の命を奪った逆島あやめを指し示しており、その逆島から彼らに連絡が入る。

西尾維新の才能の別の側面なのか、同じ西尾維新を単に別の角度から見ているだけなのか。
読んで最初に気付いたのは「戯言シリーズ」とは、イラストだけでなく、明らかに文体を変えてきているということ。語り部となるのが”いーちゃん”ではなく”私”こと蘿蔔むつみである点からそうなっているというよりも、最初から別の文体を使おうという西尾氏の意志が感じられる。
物語は、というとシンプル。後半に特殊な喋りが特徴の某JDC探偵も(名前は見せずに)登場するが、それを知らなくとも本作は読める。(世界観をどう感じるかは分からないが) 探偵志願の若者、彼に巻き込まれるOL、そして、探偵に憎しみを燃やす超絶犯罪者とその助手との四人の物語。 彼ら四人が己のプライドと能力と理想と経験を賭けて、様々な形で戦いと駆け引きを繰り広げる。多彩な能力が前触れ無く登場し、そのあたりの唐突さは、これまでの西尾作品的ではある。能力に理由はなく、結果のみが存在する、というか。そして、そんな彼らによる物語の帰結は、強烈な四人のキャラに依存しており、(つまり思考回路が読めないのよ)、確かに先がどうなるか分からない面白さがある。その意味では、登場人物の作り方に際立った個性があり、四人が四人とも一読忘れがたいキャラクタであることも間違いない。
本作をミステリとして読んだ時の、謎の根幹を成すであろう、ある人物の正体についてはある程度透けて見えてしまうので、それほど驚きがあった訳ではない。しかし、この物語を成立させている基盤の部分、コレに驚いた。この物語は実は○○○○として書かれたものである……ということ。この点に驚く人はあまり他にいないかもしれないが、冒頭に述べた文体の違いについても、この点にて説明がつく訳で。この点が計算なのか、天然のセンスによって為されたものなのかは分からないが、いずれにしても、西尾氏のセンスであり才能だと感じた。

「戯言シリーズ」に比べると、あまりひねくれていない、ストレートなエンターテインメントに仕上がっているように感じられる。適当な表現ではないかもしれないが、伝統的な「少年マンガ」のノリに近いものがある。ラストにおける、微妙なすがすがしさも心地よく、他人によって影響を受けるってのも良いものだよな、と、これまたストレートに受け止めることが出来るだろう。一方では、流水世界を利用した意味がどこまであるのか、という点には少し疑問も残るかな。そうでなくとも、物語は十二分に成り立つものだし。


03/07/08
戸梶圭太「燃えよ!刑務所」(双葉社'03)

ど派手な表紙にどでかい帯。そのキャッチコピーがまた凄い。「おい、小泉!! 究極の構造改革は刑務所の民営化だっ!!」……小泉内閣が倒れたらどうするんだろう。 中身も戸梶作品らしく、モデルを使ったイメージ写真に、戸梶氏自身のイラストが溢れており、取り敢えず書店で手にとって、表紙をちらりと捲ってみるだけの価値がある。
『小説推理』誌に'02年から翌年にかけ『俺の神と踊れ!』という題名にて連載されていた作品が、単行本化にあたって改題された作品。

二〇〇六年、日本の刑務所の平均収容率が一〇〇%を超え、翌年には刑務所の”過剰収容問題”が発生する。二〇〇八年には刑務所で受刑者同士による暴行事件が発生、政府は過剰収容問題への対策を協議する”刑務所過剰収容対策委員会”を発足させる。委員会は警察庁OBと、法務省OBの二派によって成り立っており、両者は対立関係にあった。警察官僚OBの花菱城一郎、六十三歳はその委員の一人。独身と集まる金をもって女漁りをしまくる豪快な身体と顔を持つパワフルな男。ラブホテルに連れ込んだ女から脳天を灰皿で一撃され気を失っているうちに、元部下の八木原が天使姿で花菱の脳内に現れる。そして、彼は花菱が数時間後に啓示を受ける、と謎の言葉を言い残して去る。いろいろとトラブルに巻き込まれつつ事務所に戻った花菱。実は彼は、かつてある奇妙な出来事から娘を作っていた。彼女の名は若菜ということだけは分かっているが、その彼女から事務所に電話があったという。その思い出を語っていた花菱が突然、目を剥いて崩れ落ちる。慌てる秘書と受付嬢をよそに、彼の頭の中に強烈な啓示が訪れていた。復活した彼はいきなり同僚の大貫に連絡を取り「刑務所の民間経営」をまくし立てる。謎の誘拐集団や死神の脅しもあって、後に引けなくなった花菱は、頭をがんがんと色んなものにぶつけながら、計画を邁進すべく怒濤の活躍を開始した。

勧善の姿勢ないままの徹底した懲悪。キレ味(≠切れ味)鋭いパワーバランス&刑務所エンタ!
基本的には、あるパワフルな人物が神の啓示を受け、周囲を巻き込みながら、己の欲望と夢のためにその過程を実現していく、サクセス・ストーリーである(ほんまかいな)。
その男の名は花菱城一郎。警察官僚OBにして政府の諮問機関委員。どスケベな六十歳オーバーのオヤジである。前半部は彼が被る災難と「民間経営刑務所」を作るまでの苦労、そして後半は「民間経営刑務所」の怒濤の経営、そして成功までが描かれる。……そして、その過程はやっぱりいつものトカジ節。すげーんだ、これが。
ベースとなっている問題意識(?)が興味深い。つまり、現在の法律制度において、犯罪者たちは、被害者やその周辺に与える有形無形のダメージの割に、その償いにあたる部分がユル過ぎるのではないか? という一点。 この点は作者ならずとも、感じるところはある筈だ。彼らは、人を残酷に殺しておいて無期懲役の判決、とはいっても、実際は終身刑でもなんでもなく、十年程度の”お勤め”を終えたら現実世界に戻ってきてしまう。彼らの内心など覗ける筈もなく、被害者(というよりも裁判官)に対して頭を下げておけば、もっと社会復帰は早い。それに国家が管理する刑務所では、贅沢は出来ないにしろ、飢えに苦しんだり、肉体的な苦痛を与えられることもない。文中のことばを借りれば、誰が使うのか分からないような時代遅れの工作をしていれば生活していける……だけの話。彼ら「安い人間」に蹂躙される被害者の税金で暮らしていくようなもんである。
そこで、服役囚が自分で自分の食い扶持を稼ぐシステムを作ろう、という話になるのだが。 ――このあたりの荒唐無稽さが戸梶圭太の凄いところ。花菱たち警察官僚OBが、法務省OBを強引に説き伏せて委員会の提案にするエピソード、もの凄い人格を与えられた小井泉首相を懐柔するところ、そして暴力的な強制採決の様子まで、笑わせながらも突っ走る。
更に刑務所が設立されて、初代所長になってしまった後の花菱の活躍は、法律とか正義とか、そういった感覚は抜き。暴力と恐怖によって囚人を従わせる様は、めちゃくちゃなのではあるが、前半部に周到に読者に犯罪者に対する憎しみを植え付けているだけに、正直、あまり不快感を覚えない。 最後の最後、行くところまで突っ走れ! 花菱の運命も意外というか、最終章あたりはホントに現実レベルを突き抜けてしまうのだけれど、それはそれでまた良し。「面白い」というエンタメの基本を十二分に押さえている。

本文以外で興味深いのは、作品イメージから適当に作られたのかと思しき、表紙の下のド派手な見開きカラーイラスト。片側が「全日本囚人プロレス」、片側が映画予告『燃えよ! 刑務所』。更に奥付の後ろにも2ページ架空の広告が入っているのだが、これらが作品を読み終わった後に改めて見ると、ちゃんと物語内容に沿っているのだ。戸梶氏自身執筆による作中のイラストも良い雰囲気を出しているし、小説であると同時に、小説のかたちをした総合エンターテインメントとして楽しませて貰った。「めちゃくちゃ」OK? なら今すぐ読め。 時間の損はないよん。


03/07/07
樹下太郎「目撃者なし」(光文社文庫'85)

樹下太郎が推理小説作家として活躍したのは、実に五年余りに過ぎず、その後はサラリーマン小説作家として変身を遂げてしまう。ただその推理小説作家だった短い時期、樹下太郎は大車輪で作品を発表しており、結局ミステリの長編十冊以上上梓した。本書もその時期、'61年に新潮社ポケット・ライブラリにて刊行された作品が元版。本文庫版の他に、日本文華社版もあり『銀と青銅の差』ほどではないにしろ、本作も代表作に数えられることが多い。

中堅メーカー・坂口受信機株式会社に勤める水品尚策は、中途から販売員として同社に入社したが、仕事で大きな損失を出した。そんな彼を同級の本堂部長が取りなし、本来は辞表を出すべきところを事務課という閑職の平社員となることで決着していた。仕事は「ぬりえやさん」とも揶揄される、統計資料への色つけの仕事だったが、水品はなぜかその閑職にも不満はなく、逆にその境遇に満足さえしていた。そんな彼の新婚の妻が交通事故に遭ったという報せが届く。彼女の生活範囲から離れた場所での事故、そして彼女の挙動から、水品は彼女が彼に対して裏切りを働いていたことに気付く。退院後、問いつめる水品であったが、彼女は口を閉ざしてしまい、そのまま失踪。焦燥に駆られる水品ではあったが、社内は社内でコンサルタントを招いての大合理化計画のさなかにあり、それがまた彼を憂鬱にさせていた。十日したら戻る……という妻の言葉を信じる水品。しかし彼自身、妻に隠した大きな秘密を胸の裡に抱え込んでいた。妻の秘密を知ろうと家捜しをした結果、水品は上司の持ち物と思われるネクタイピンを発見、それを武器に会社の合理化から我が身を守ろうと画策する。

平凡な勤め人が抱える、コンプレックスと秘めたる心情。夫に隠した妻の心の奥底。
本書が刊行されて40年……。多少風俗的な古さは見え隠れするところはあるものの、時を経ることによって、本作に隠されている「意外な動機」の意外性が発表当時よりも高まっているという希有な例として記憶されるべき作品。
そもそも境遇の異なる男と女が結び付く夫婦生活というものを樹下太郎はしばしば作品のテーマとして取り上げる。この時代、お見合いというシステムが今以上に機能していたこと、そして恋愛結婚であっても互いの過去について掘り下げて明らかにしないことが当たり前だったことといった倫理観(?)が、その発想のベースとなるか。つまり、現在愛し合っている夫婦であっても、過去に相手には言えない秘密を抱えているというケースがままあり、ちょっとしたきっかけによってそれが疑惑に、そして亀裂に変わる様を描き出す――といった作品が多く見られるのだ。本作もそのテーマに則った作品である。
そして、その疑惑を「夫の視点」と「妻の視点」に分けて、内面から描写していくのが樹下氏の巧さ。本作の場合も二人が二人とも過去に秘密を隠しているわけなのだが、それが読者になかなか明らかにされないため、奇妙なサスペンス性を高めることに成功している。二人の行動が内面から描かれつつ、その意味合いが小出しに明らかにされるため、物語の吸引力が強いのだ。かつて、将来を誓った恋人が行方不明になり、その原因を探るために行動した……という女性サイドの捨て鉢にも見える行動は、それほどの意外性を持つものではないが、徹底して合理化を拒み、現在の仕事にしがみつこうとする男性サイドの行動は、先にも述べたが当時ならではの、複雑な人間感情がベースとなっており、二十一世紀の読者にとって想像するのは難しいはず。 驚愕の真相、という程ではないにしろ、どこかペーソスさえ漂う、高度成長期ならではの動機として強い印象を残す。

樹下長編のなかでは、比較的入手しやすい部類の作品であり、また樹下氏らしいサスペンスがぴりっと効いている。最終的な事件の解決の後味は決して良いものではないのだが、作品全体にサラリーマン(というか社会人)の哀しさが漂っており、やっぱり樹下作品ならではの独特の味わいとして及第点を与えられる。

余談になるが、この昭和三十年代の小説を読んでいると時に不思議に感じる。女性に対して世間は処女性を求める割に、懐に余裕のある男性は妾を囲っていて当たり前……。これって、妻帯者から手を出されてしまった女性は、その後どうすりゃいいのでしょう? 新妻が夫以外の男性経験が過去にあっただけで「裏切り」と罵られたり、自分が純潔でもない夫がそのことを声高に非難したり。男性中心の歪んだ倫理が当たり前のように小説で語られているのを読むと、どこか胸が痛む。


03/07/06
西村京太郎「特急さくら殺人事件」(講談社文庫'84)

いわずと知れた西村京太郎のトラベルミステリ・シリーズで十津川警部とその部下が捜査の中心を為す作品。どうやら、元もとこれらトラベルミステリは、光文社カッパノベルスを中心に始まったらしいが、本書は講談社に対して書かれた最初の作品になるのだという。'82年に『小説現代』に三ヶ月連載された作品がまとめられたもの。

飛行機嫌いの警視庁捜査一課の刑事・日下は、小新聞社を主宰していた兄の葬儀に出た帰り、夜行特急「さくら」に乗車した。兄は経営が苦しくなっての自殺だった。夜中にふと目を覚ました日下は尿意を覚えて寝台から降りた。列車の位置は広島駅付近。日下は洗面所前に倒れているパジャマ姿の若い女性を発見する。頭から血を流している彼女を抱きかかえたところで、日下は何者かによって頭に一撃を受けて気を失う。二分後、老人に助け起こされた日下は車掌の協力を得て、車輌を捜索するがどこにも女の姿はない。列車は一度も停止しておらず、走行中の車内からその女性と犯人の姿が消え失せたのだ。帰京した日下は仕事に戻り、タレントの墜落死事件の捜査にあたる。その死亡していたタレントこそが、日下が車内で目撃した女性その人であった。十津川ら同僚は日下の証言を信じて関係者にあたる。そのタレント・佐々木由紀は、確かに当日九州におり、東京に移動していたが、飛行機を利用していたことが判明する。また彼女には大物政治家のパトロン・西尾伸一郎がおり、その西尾の経営する会社の番頭格の男が誘拐されるという事件が続けざまに発生した。

多作作家ならではのミステリ。個別トリックはとにかく、物語の枠組み作りはさすが
偶々参加した関ミス連のオークションで引き取り手がなかったために10円にて競り落としたことが縁で読んでみた作品。つまり、全く予備知識無しに読み始めたことになる。トラベルミステリを西村京太郎氏が手がけはじめてから、十数冊目となる作品だということで、氏の活躍からすると中期の初期にあたる時期の作品といえるのではないだろうか。
一読して感じたのは「物語作りの巧さ」、である。走行中の列車車内から人が消えたというミステリによって、がっしりと読者の心をつかみ、更にその被害者が東京で墜落死を遂げているという怪。これだけで謎は終わりではなく、その容疑者が巻き込まれる誘拐事件にも身代金略取の方法に一ひねりがある。列車からの消失は密室ものとしての興趣を持ち、更に事件が進むと被害者・犯人のあいだにアリバイの壁が立ちはだかる……。
こう書くと「傑作!」みたいに思われるかもしれないが、個人的にトリックそのものを高く評価する気にはならない。と、いうのも、例えば「新幹線の窓」だとか「山陽本線のあるルートにおける特性」など、鉄道の特定路線や車輌の特殊性を利用した(しかも当時限定か?)トリックが複数使用されており、このあたりはいわゆる鉄道豆知識によって作られている印象が強いし、アリバイ崩しにしても鉄道移動部分の緻密さに比べ、航空機、自動車移動の不確定性があまりにも安易に考えられているように感じられたからだ。
ただ、そういった個別では「小ネタ」としかいえないトリックを積み上げていても、大枠としての物語としての面白さをしっかり維持できている点については、感心するしかない。 九州−東京を移動する売れないタレント、政治家となった金融会社社長など、登場人物それぞれのディティールが、物語の細かい点に意味づけを与えている点、全体としてのテンポが良く、スピード感が喪われていない点等、推理小説という枠組みを実に上手く利用している。多少安易と思われる一部の設定(例えば犯人の協力者とか)についても、最低限の伏線を物語の登場人物の位置づけから張っており、こういった心配りはベテラン作家ならではのものがあるように思える。

あまり期待せずに読みはじめたにも関わらず、二時間の間じっくり楽しませて貰った。特にこの作品が凄い! という印象よりも、西村京太郎という作家の物語作り巧者ぶりが窺えたという点で、個人的には収穫だといえる。少なくとも、また機会があったら別の作品を読もう、という気にさせるだけの魅力を作品が発している。


03/07/05
多岐川恭「兵隊・青春・女」(七曜社'62)

「不作法随筆」という副題がある通り、多岐川氏が生涯に刊行した唯一のエッセイ集。とはいえ、創作や、それはそれで珍しい実録犯罪記録もあり、ちょっと毛色の変わった作品だといえる。本書のバージョンのみで文庫化等は為されていない。

身体が弱いながらも兵役検査には通ってしまい、学生から兵隊へと投げ込まれた多岐川氏。しごかれるのが嫌さに早く出征したいと考えていた多岐川氏に対して内務班勤務を勧める友人がいた。結局、同期と別れ内地に残った多岐川氏は、出征した連中が乗った船がビルマに辿り着くどころか、日本を出てすぐに潜水艦に撃沈されて海の藻屑となったことを知らされる。一方で多岐川氏は、炭坑町にある俘虜収容所に勤務。米国人や豪州人の捕虜たちの監視にあたる……。 『兵隊・青春・女』
行きつけの美容院が休みだが髪の毛のセットをしたい女は、近所で全く知らない小さな床屋に飛び込む。唯一の従業員の女店長はどこかで見たことがある。確か夫の浮気相手の一人ではなかったか……。人妻の恐怖を描く「小さな美容院」ほか「ひまな男たち」「万全の手はず」「再会」「鉄路の眺め」「贋札作り」による 『スリラー・コント』
―戦後異色事件・人物探訪― と題して、戦後に発生した奇妙な側面を持つ事件に登場する人物たちに焦点を当てた実録もの。元新聞記者の経歴がものをいったか。「小平事件」「魔のチリ津波」「雲仙号炎上」「大雪崩」「大津健一」 『ノン・フィクション』 以上の構成となったエッセイ・作品集。

奇才・多岐川恭の意外でもあり、意外でもない様々な側面が見えてくる……バラエティに富んだ内容
表題作品? にあたる「兵隊・青春・女」は、その題名通り作家になる前の思い出を綴ったエッセイ。軍隊における経験を、思い出しつつ語っている。多岐川氏自身は南方で死線を彷徨ったという経験をお持ちなのではなく、終戦近くになってから学生の身分から動員され、内地で俘虜を相手とする仕事をしていたという。特にそういった意識はないのだろうが、責任者にあたる将校の、いい加減な勤務ぶりが日本軍の腐敗を感じさせてくれる。また、戦争以外では昭和初期の「青春」を感じさせてくれるエピソード、しかも艶っぽい話が多く、これまた時代の差からか興味深く読んだ。当時の女中さんってそっちの方のことも賄っていたんですかね。
意外と当たりだったのは、『スリラー・コント』の部。 上記にて梗概を記した「ちいさな美容院」、そして「鉄路の眺め」という一編が秀逸。どう読んでも許されない恋に陥ったカップルが心中する話だったのが、最後の最後に逆転。ごくごく短い物語のなかで、見事な切れ味で世界を反転させている。幻想的な味わいで余韻を残す「ちいさな…」と、この「鉄路…」の切れ味は、現代の読者にも正々堂々通用する佳編といえよう。まだショートショートというムーブメントが始まる前の、超短編ともいえるのではないか。ほかの作品もそれなりに水準ではあるが、アンフェアにオチをくっつけたり、落差を狙うにしろありがちだったりで、先の二編には敵っていない。
最後の「ノン・フィクション」は、事件そのものを詳しく知らないこともあり、よく出来てはいるものの、現在読むことによって得られる感銘は少ない。さすが元新聞記者……という構成の妙味こそあれ、特別に評価したくなるような生々しさも無く、悪く言えば「元新聞記者」クラスの筆力があれば、多岐川氏でなくとも出来そうな作品。恐らく、多岐川氏の、その経歴を見込んで執筆が依頼されたものであろう。

残念ながら、多岐川恭の創作の秘密や、なぜ作家を目指すようになったのか……といった内容はなく、あくまで「作家・多岐川恭」が書いたエッセイ、そして創作という位置づけの作品。 ただ、単純に読み物として読んでも面白いことは面白いので、多岐川ファンの方なら機会があれば(そう、普通に手に入らない本なので、あくまで機会があれば)読まれてみてはどうかと思われる。


03/07/04
川奈 寛「殺意のプリズム −四谷怪談殺人事件−」(産報ノベルス'73)

川奈氏は戦前から、高円寺文雄名義で作品を発表していたが、戦後筆名を川奈寛に改めて活動を開始。第14回、第22回と二度、江戸川乱歩賞の最終候補に選ばれるなどの実績を残している。短編が「推理文学」に掲載されたほか、山村正夫が編集したショートショート集『新トリックゲーム』にも作品が選ばれている。本書は処女長編にして、刊行された唯一の長編でもある作品。

新進映画監督・篠崎克巳による新作映画『四谷怪談』の撮影が開始された。アシスタント・プロデューサーの向戸彰は、この映画を開始するにあたっての苦労を回顧していた。大人気スターの御堂三由紀を、お岩役に口説き落とし、彼女の所属するプロダクションに対立するプロに所属する結城良樹の民谷伊右衛門役登用にも成功。他、脇役陣にも充実した配役が出来たのだ。強烈な映像美と新解釈に基づいた『四谷怪談』は迫力の満ちた映像により、傑作となる予感が漂っていた。順風満帆にみえた撮影だったが、脇役の俳優二人が立て続けに事故に遭い、一部ではお岩の祟りであるとも噂された。続いて撮影の谷間を縫って、主演の御堂三由紀が共演の西宮美知子らと伊豆の温泉に出かけたところ、三由紀が早朝に不可解な失踪を遂げてしまう。撮影は三由紀の付き人で元女優の草木陽子が主演にて続けられたものの、続いて三由紀失踪後、様子がおかしかった美知子が自殺とも他殺ともつかないかたちで変死、更に三由紀のものと思われる足首が石廊崎で発見された。警察は映画関係者のなかに犯人がいるという予断から、関係者に対して徹底した捜査を開始する。

確かに映画界特有の迫力がある小説――なのだが、ミステリとしての出来が、主題に届ききっていない
映画撮影の一隊をクローズドサークルに見立て、内部で殺人事件を発生させる――という手法は、その俳優・女優の華やかさと、その裏側に様々な感情が蠢くあたりに食指が動くのか、ミステリにおいても幾多の前例がある。本作もかなり昔の作品ではあるが、そういった点に着目している点にまず気付く。先見の明があったというよりも、著者が映画関係の仕事をしていたという経験が生み出したものではなかろうか。そして、この広くて狭い業界内部にひしめく有象無象の描き出し方については、非常に巧みである。 無名の才能が這い上がり、才能がより大きな才能に打ちのめされ、打算や欲望が渦巻いていて、華やかでいて、意外と堅実。最後まで読み通してみれば、こういった業界内部の人間関係という部分に、作者の筆が重きを置いていたことが分かる。そして、撮影されている新解釈の『四谷怪談』そのものが、もし本当に存在するならば観てみたい、と思わせるだけの迫力を持っている。この点も臨場感を醸し出すためには必要事項であり、その点もまたクリアしているといえよう。
問題は、ミステリとしての魅力に欠ける――というよりも、主題とミステリとの絡ませ方があまり上手くない点。主演格女優が次々と凶手に倒れるという事態は、先に述べた映画界の華やかさと裏側の闇の深さを感じさせる演出であり、そのこと自体に問題はない。ただ、謎の設定が、読者にとってあまり魅力的ではないのだ。自発的に姿を消したようにみえる御堂三由紀。奇妙な変死を遂げた西宮美知子。トリックが一応裏側にあるのだが、その解明の過程が美しくない。特に社会告発の意図があったとは思えない割に、執拗に描かれる警察の捜査。不自然なかたちで次々発見される重要な手掛かり。本来探偵役である向戸の迷走。本格を勝手に期待しているこちらが悪いともいえそうだが、不自然さ、帳尻合わせといったイメージが最後まで尽きなかった。最終的に明かされる動機によって、ようやく本作の主題に立ち返って「なるほど」と得心させられるだけに、主演女優失踪以降のどたばたした印象をうまく整理できて、かつ伏線を前半部に綺麗に張ることができていれば、もう少し面白くなっていたように感じる。このあたりのギャップが惜しい。

以前に謎宮会で戸田和光さんが「ちょいめづを読む」にて取り上げていて、それから読んでみたかった本。まあ、感想というか本書の評価は戸田氏と近いものになってしまったかもしれない。現代の読者がムリしてまで追うべき作品ではないというのが率直なところ。「殺意のプリズム」という題名は福田洋の著作にもあるみたいなので、そっちも読んでみようかな。


03/07/03
有栖川有栖「迷宮逍遥」(角川書店'02)

現代本格ミステリ作家として第一人者たる有栖川氏がこれまで執筆してきた「文庫の解説」を中心に、その他ブックガイド等に収録した小文を集めて一冊にまとめた本。ご自身の前書きによれば「解説もどき」という題名にしたかったらしいのだが、却下されてこの題名に落ち着いたのだという。

それぞれ題名があるものが多いが、それよりも出典をまとめた方が分かりよいように思えるのでそちらで統一した。
鮎川哲也『鍵孔のない扉』角川文庫  アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会 5』創元推理文庫  コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの事件簿』創元推理文庫  ジェームズ・アンダースン『証拠が問題』創元推理文庫  綾辻行人『水車館の殺人』講談社文庫  江戸川乱歩『魔術師』創元推理文庫  ジェーン・トムスン『シャーロック・ホームズのクロニクル』創元推理文庫  森村誠一『森村誠一短篇コレクション6 電話魔』立風書房  山田風太郎『甲賀忍法帖』講談社ノベルススペシャル  ジェームズ・ヤッフェ『ママは眠りを殺す』東京創元社  黒崎緑『ワイングラスは殺意に満ちて』文春文庫  吉村達也『時の森殺人事件5』中公文庫  鮎川哲也『ペトロフ事件』講談社大衆文学館  山田風太郎『厨子家の悪霊』ハルキ文庫  平石貴樹『だれもがポオを愛していた』創元推理文庫  『本格ミステリの現在』所収「山口雅也論」  北村薫『水に眠る』文春文庫  森村誠一『黒魔術の女』ハルキ文庫  森村誠一『棟居刑事の推理』角川文庫  柄刀一『3000年の密室』原書房  『鮎川哲也読本』所収「時を超える魔術」  エリザベス・フェラーズ『自殺の殺人』創元推理文庫  大谷昭宏『事件記者3 不完全仏殺人事件』幻冬舎アウトロー文庫  近藤史恵『カナリヤは眠れない』祥伝社文庫  山田正紀『謀殺の弾丸特急』徳間文庫  北村薫『覆面作家の夢の家』角川文庫  『名探偵の世紀』所収「〈神〉に挑む妖刀」  加納朋子『魔法飛行』創元推理文庫  エラリー・クイーン『青の殺人』原書房  P・D・ジェイムズ『原罪(下)』ハヤカワ文庫  『幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選』光文社文庫  『新・SFハンドブック』所収「ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』」  魔夜峰央『パタリロ!選集29』白泉社文庫  影丸穣也『悪魔が来りて笛を吹く』講談社漫画文庫  飛鳥部勝則『殉教カテリナ車輪』創元推理文庫  鮎川哲也『黒い白鳥』創元推理文庫

文庫の解説はかくあるべきか。有栖川有栖の本読み巧者ぶりが窺える
いずれにしてもごちゃごちゃ(↑)してしまった。見づらくて申し訳ないが、エッセイや評論はサイト掲載用に「ワタシ形式」に変換するのが大変なのだ。

さて、既にこのなかでもいくつかについては該当作品をちょうどその版で読む機会があって読了している――のだが、改めてずらりと並んだものを次々に読むことによって、今度は「有栖川有栖」という作家の読みどころ紹介の共通点が見えてきたように感じる。ひとことでそれを表現するならば「ストレート」なのだ。つまり、有栖川氏がその作品を「是非是非、この作品を読んで欲しい!」という気持ちがまず存在し、それを中心として周辺を固めて、作品の分析を行い、最終的に文章化している……ということ。本職の評論家ではなく、作家としての立場で解説を引き受ける以上、そういった気概が感じられる点は素晴らしい。特に、本書収録の解説には、その気概をも超える「熱気」が感じられる。
もちろん、そういった熱気だけで押し切ってはいない。幼少の頃からミステリ・マニアであった自身の経験をはじめ、作家としての興味、更に豊富なミステリに関する知識を、一冊一冊に対してまさに総動員している。ただ、無理をしているという印象はなく、それらがごく自然に書かれているのもまた魅力だろう。また、作品の内部に奥深く切り込んで、その作品で上っ面だけを読んだだけでは見逃してしまいそうな深い意図を引き出す能力にももちろん長けている。いわゆる「読み巧者」であるだけでなく、それを読者に伝える才能にも恵まれた天賦の才は、実に羨ましい限り。
本書の読み方としてはいろいろありそう。初心者であれば、純粋にブックガイドとして、本屋で「解説だけを立ち読み」するような感覚で、選択のお供とするも良さそうだし、中級者以上であれば、既読の本の思い返しや、思わぬ読み方、気付かなかった作者の意図の再発見などにも利用できるだろう。
長所でもあり短所でもあるのだけれど、本格ミステリ作家有栖川有栖とはいえど、解説の仕事は自分で選ぶものではないため、偶々「御指名」のあった作品のみとなっていること。この結果、本書一冊のトータルとしては、どこか統一感がなくなっていることも事実。ただその反面、読者の趣味にもよろうが、通常であれば興味を持たないであろう分野の「解説」を目にする貴重な一期一会をもたらしてくれる面白さもある。鮎川哲也と森村誠一の巨匠二人でもそうそう読者は重ならないと思われるし、それに加えて『パタリロ!』、アシモフ、吉村達也といったあたり、全てに目を通している読者はまずいないだろう。(いるかもしれないが、大多数ではないことは間違いない)。そういった「新しいものに出会う悦び」――正確には「出会いたいと思う動機を見出す悦び」――をも、また素直に感じさせてくれる。

もちろん、当初から評論として書かれた山口雅也論、それと多大なる愛情を込めて書かれたであろう鮎川哲也諸作品に向けた解説等、「読み物」としての水準をクリアしている箇所も多く、すいすいと読める割に、頭のなかにいろいろなキーワードが引っ掛かる(良い意味で)。その意味でも今後の読書の何らかの指針や参考にすることが出来そうな一冊となっている。こういった方針のもと編集された本が、もっとあっても良いように思う。北村薫氏あたりなら、すぐにでも実現できそうな気がするのだが。 (一応注記。本書を読んだのは半年前です)。


03/07/02
黒川博行「絵が殺した」(徳間文庫'94)

元版は'90年に徳間書店「TOKUMA冒険&推理特別書下しシリーズ」のラインナップとして刊行されたハードカバー。『海の稜線』や『ドアの向こうに』になどに連なる、いわゆる大阪府警捜査一課シリーズに連なる一冊で、本書にて主人公を務めるのは、同じ深町班に所属していながらもそれまで目立っていなかった吉永誠一である。他では主人公格の、総長やブンが今度は脇役に回るという趣向。(ちなみに黒田・亀田のクロマメ・コンビは宮元班で、同じ捜査一課ながら別班)。

富田林市の竹林のなかから白骨死体が発見された。捜査の結果、死体は半年ほど前に山陰の海岸沿いで消息を絶った日本画家・黒田だと判明した。大阪府警捜査一課深町班の吉永は、新米虚弱刑事の小沢とコンビを組み、黒田と付き合いのあった画廊関係者から事情を聴取する。どうやら彼は二十年前に業界内で起きた、大規模な贋作事件と関係していたらしいことが判明、更に黒田の失踪直前にも、似た贋作事件が発生していた。その事件の鍵を握る美術業界誌出版社の社長・細江も、黒田発見の直後に失踪しており、更に彼までもが死体となって発見された。捜査の過程で、黒田と取引があったことから捜査線上に浮かびながら、警察に対して奇妙なまでに協力的な矢野という人物が現れる。しかし彼は協力すると同時に、吉永の聞き込みについてまわり、捜査の内情をやたらに知りたがっていた。しっかりしたアリバイを持つ矢野に対し、捜査員は疑惑の目を向ける。

美術業界の裏側を覗きつつ、真の「関西人が醸す、遠慮会釈なしのボケツッコミを楽しむ
死体発見→見元判明→関係者事情聴取→怪しい人物浮上→その人物の死体発見→関係者事情聴取→ ……と、特に前半部の構造だけを抜き出してしまうと、実に平凡な”捜査もの”ミステリの常道のように感じられる。が、この「常道」が黒川氏の手に掛かることによって、まず、この「過程」そのものが実に面白いものに変身するのだ。変身という言葉は適当ではないかもしれない。だが、少なくとも、この捜査部分で読者を退屈させるような不細工な真似を黒川氏は決してしない。捜査そのものは確かに地味なのだが、捜査員同士、捜査員と容疑者、捜査員と関係者といった、関西人同士の会話における、ボケとツッコミの妙味が、下手をすると捜査内容を忘れさせるくらいにテンポが良いのだ。本作はツッコミの吉永に対し、虚弱体質のボケ役、相棒の新米刑事・小沢の役どころが面白い。
「お前ガム噛んでるな、そういう時は勧めんかい」「ぼく、胃下垂気味で食べたものが戻ってくるんです」「お前は牛か」「兎です」「誰が干支を聞いた」(意訳)

もともと美術業界に造詣の深い黒川氏のこと、美術業界に巣くう魑魅魍魎を描くのはお手の物。ただ贋作テーマとはいえ、業界を扱ったのみで、その日本画の贋作が、中盤までミステリとしての根幹に関わっていないのは勿体ないような、仕方ないような。ただ、ようやく最後の最後「絵が殺した」という意味合いが浮かび上がってきて、そこに至って漸く、この業界を使った意味が見えてくる。そして、最終的に明かされる犯人像のアッケラカンとした明るさが、本来救いようのないラストにどこか暖かみを差している点、物語全体のテンポ、雰囲気といったあたりとマッチしており、黒川作品にしか出せない独特の叙情が滲み出ている。
また、犯人が捜査陣に対して行ったある行動は、大きな意味合いとして通常のミステリとしては珍しいものである点も、読了後に改めて気付いた。名探偵に付き従う人物の目的。ふむふむ。密室とアリバイとが複雑に組み合わされて構成されるトリックも、これも明かされるまで凄さに気付けないタイプのもの。大枠としては警察小説としてまとめられているのだが、本格ミステリ的な意味合いでも、しっかりと作り込まれている作品だったのだ。

年月が経過しても黒川作品から古びた印象を受けないのは、やっぱりその希有なオリジナリティと「永遠の大阪」の実に巧みな活写にあると感じられた。 ……通常の本の形態としては絶版だが、現在は徳間WEB書店にてテキストを入手することは可能な模様。個人的には最近黒川作品に力を入れている講談社文庫あたりから、さりげなく復刻されるのではないかと睨んでいるのだが、如何。


03/07/01
蘭郁二郎「怪奇探偵小説名作選7 蘭郁二郎集 魔像」(ちくま文庫'03)

蘭郁二郎は'31年「探偵趣味」の懸賞に本書収録の「息を止める男」にて佳作入選して作家としての第一歩を踏み出した。その後'38年まで怪奇探偵小説を発表するが、その後、乱歩らのアドバイスを得て作風が激変。空想科学小説を立て続けに発表、海野十三と並んで国産SF作家の始祖となるが、'44年海外報道班員として従事していた太平洋戦争中に事故死し、その生涯を閉じた。今でも根強いファンが多く、その著作は古書界でも超高値で取引されている。

息を長時間止めることによって幻想世界へと入り込めると主張する友人。彼を救うために家に乗り込んだ男は……。 『息を止める男』
自分の見た夢が次々と現実となることに気付いた主人公は、友人をその境地に引き込もうとするが。 『歪んだ夢』
蒸気機関車の通るその路線のある区間は自殺の名所。機関車運転手は自分から離れた愛人を殺害し一計を案ずるが。 『鉄路』
失恋して自暴自棄になった男がある田舎に彷徨い、そして奇妙な男と出会う。彼は人を殺したのだという。 『自殺』
自分の身体にコンプレックスを持つ景岡は少なからぬ遺産を投じて、浴場を建設。そこには特殊な仕組みが。 『足の裏』
野村は昔のちょっと気に入らないことを思い出して、チェッと舌打ちする癖があった。 『舌打する』
酔っ払った私はビールを入れたコップを通して友人の頬にある傷を見て、あることを思い出す。 『古傷』
洋次郎が気に入っている銀座の小さな喫茶店。一人の「孤独」を愛する紳士が彼に近づく。 『孤独』
「千里眼」を持つという男の独白。しかし、彼が自分に起きた出来事を語る場所とは。 『幻聴』
消息不明となった友人を訪ねてみると、彼は自宅に籠もって睡眠時間を極限まで削ろうとしているという。 『蝕眠譜』
鉄路で人が轢かれた。保線区の工夫たちはその現場が同僚の奥さんが死んだ状況に酷似していることに気付く。 『穴』
失業中で肩身の狭い寺田洵吉は偶然出逢った羽振りの良さそうな旧友の元を訪ねる。彼は写真家で奇妙なものばかりを撮影していた。洵吉は彼に助手として取り立てられ、撮影にのめり込んでいくのだが……。 『魔像』
曲馬団に暮らす陰気な少年黒吉は芸下手でいつも怒られていた。そんな彼は団でも随一の美少女・貴志田葉子に密やかな恋情を抱いていたが変態的な方法でしか表現できない。しかしその葉子が黒吉に甘い言葉を囁く。葉子は葉子で特殊な性的嗜好を持っていたのだ。 『夢鬼』
肺病持ちの集まる海浜サナトリウム。熟女の魅力漂うマダム丘子と絵画好きの青木、物静かな諸口さん、そして私。四人で繰り広げる閉じられた恋の駆け引き。 『虻の囁き』
恋人に裏切られ傷心を別荘地で癒す私は、一人の音楽家青年と知り合う。彼が待ち続ける女性は、私を裏切った女性と同一人物であった。 『腐った蜉蝣』
サナトリウムの退院を控え海水浴場を散歩していた私は、一人の美少女に目を留める。彼女の近くに私を騙した山鹿がおり、彼女は不審な死を遂げた。 『鱗粉』
バーで知り合った鷲尾と名乗る老人は、恋愛について私に意見を求める。老人は恋愛は電気学によって解明できるのだという。 『白金神経の少女』
東京では謎の病気、嗜眠性脳炎が幅を利かせていた。眠ってしまうとそのまま起きることなく死ぬ病気の原因は謎で、村田はその病気について研究を行っていた。 『睡魔』
中野五郎は海岸で行方知れずとなっていた叔父と出会う。叔父の船に忍び込んだ五郎は、地図にないという最新の研究施設が揃った島に侵入し、その技術に驚嘆した。 『地図にない島』
火星マニアの大村は友人の英二と共に高原に来ていた。散歩しているうちに、二人は奇妙な果実が成った農園に入り込んでしまう。そこにいた男はそれらを『火星の果実』だという。 『火星の魔術師』
山の中に迷いこんだ川島は、山中の沼にたどり着く。そこにはボートがあり思いがけぬ美少女が座っていた。美少女の様子がおかしく話しかけるうちに別の男がやって来た。 『植物人間』
奥伊豆に静養に来ていた私は地元の変人、森源と知り合う。彼は磁力を肥料に応用するなど科学技術を実地に活かす研究を行っていた。しかし私は彼の家に住む美少女の方に心惹かれる。 『脳波操縦士』 以上、二十二編。

国産原初期のSF作家となる以前、怪奇探偵小説作家の蘭郁二郎は、ミニ江戸川乱歩だった?
恥ずかしながら、蘭郁二郎の作品集を実際に読むのはこれが初めてである。(国書の『火星の魔術師』は持ってはいるけれどまだ読んでいない)。その蘭氏が初期に著した、怪奇探偵小説集というのが本書であり、その印象を一言で述べるならば、「ミニ江戸川乱歩」。その一言に尽きるように思う。「夜の夢こそまこと」、この感覚が横溢しているようにみえるのだ。
本書は完全に発表順番に並んでいるのではなく、この作品順列には編者である日下三蔵氏の意志が働いているものだとは思われる。なので、ここではその順番に乗り、作品集として受けた蘭氏の感覚の変化について述べていく。

まず、前半部はどちらかといえば、人間の日常生活と、幻想的感覚との融合点をまさぐり、探し求めようとするような作品が並ぶ。蘭氏は、夢と現実との橋渡しとなる行為「眠り」や、夜の闇の中で人知れず発生する怪異、失恋による自暴自棄の感覚等、一般読者にも比較的分かりやすい感覚を、探偵小説作家ならではの独特の切り口から描き出してみせる。
これが中盤収録の作品では、徐々に主題に変化がみられる。いわゆる「探偵小説らしい探偵小説」といおうか、オトナが眉を顰めるような、フェティシズムやサディズム、マゾヒズムといった性的嗜好が作品内に盛り込まれ、それが独特の妖しさを醸し出すようになる。 醜い現実の自分に対するコンプレックス、美しいもの、女性に対する憧憬――と書くと平凡にみえるが、それをインモラルな切り口にて描き出すため、どこかアングラな雰囲気が漂っているのが特徴だろう。 特に無自覚なマゾヒストの主人公と自覚的サディストのヒロインとの幼少から青年期に至るまでの成長を描く『夢鬼』がすごい。曲馬団(というかサーカス)という特異な舞台設定にまず引き込まれる。登場人物の性格に独特のオリジナリティがみられ、かつ蘭氏のそれまでの作品に通ずる主題が余すところ無く放り込まれているように思われた。特に空中ブランコで大怪我をした後の主人公の心情の変化と悔恨、そして三次元的ラストなど、奇想と寂寥感とが混じり合った独特の余韻を残すことに成功している。 それとは別に『鱗粉』では、海辺で発生する美少女連続殺人がモチーフで、手段はとにかくとして不可能犯罪が扱われており、ハウダニットの本格推理としての興趣があることも触れておきたい。
後半部は、SF的な奇想、今となってはトンデモ系の科学技術が大真面目に作品に取り入れられており、これはこれで戦前の空想科学探偵小説系、つまりはSFらしい作品が続く。テクニックは時代がかっていることもあって多少古臭いが、そこにあるセンス・オブ・ワンダーは、確かに本物。 本来の蘭郁二郎という作家の本領は、こちらなのだろう。全体を通じてもいえることなのだが、必ず「美少女」が後半の作品に登場する。彼女らが果たす役割はそれぞれ異なっており、時に天使のように主人公を癒し、時に悪魔のように主人公を虐げ、時に主人公の存在さえも否定するかのごとく、徹底的な無視を加える。こういった主人公に対する働きかけを、必ず「美少女」を登場させて行う、蘭氏の心の中を覗き見ることは出来ないのだが、その根底には中盤の作品にてみられるコンプレックスのようなものが微妙に影響しているのでは……と、想像してしまう。

これまでほとんど手に入らなかった蘭作品が、これだけまとめて読めるのは欣快の至り。このシリーズ、文庫でありながら単行本なみの定価ということもあり、一部では高いと批判もされているようだが、ところがどうしてやっぱりこれだけの作品が詰まっていれば、お得である。普通に書店で入手できる今のうちに買い揃えておかないと、十年後、二十年後に後悔しそう。