MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


03/11/10
吉村達也「天井桟敷の貴婦人」(トクマノベルズ'00)

かなり遅れて手に取ることになってしまったが、吉村達也氏の代表的なシリーズ探偵の一人、推理小説作家・朝比奈耕作が探偵役を務める作品。

推理作家の朝比奈耕作は、かつて仕事を介して知り合った妙齢の女流美人カメラマン・白鳥真波から相談を受ける。名門実業家との結婚が決まった彼女ではあったが、彼女のたった一人の妹・美鳥の様子がずっとおかしいというのだ。美鳥は、歌舞伎やオペラ、劇などのこけら落としの日に、派手なドレス姿で現れ、もっとも料金の安い天井桟敷の最後列で観劇するという行為を繰り返しており、「天井桟敷の貴婦人」と呼ばれていた。真波の依頼で美鳥の様子を見に来た朝比奈は、彼女が笑顔をたたえたまま「ほんとうによかったわね、お父さま」と呟くのを耳にする。その美鳥が、引っ越してきたマンションの5Fから飛び降り死した、との連絡が真波から入る。目撃者によれば、一人で彼女は飛び降りたというのだが、死体の数秒後にドライフラワーの花束が降り落ちて来たともいう。現場は金属バーの掛けられた密室、直前に怪しい宅配業者が目撃されたとはいえ、事件は自殺として片づけられた。しかし朝比奈は、その事件直後の真波の異常な行動と、それに反する彼女の態度から、事件は仕組まれたものと推定、白鳥姉妹の過去を探るため、愛知県へと向かった。

シリーズ初期作への回帰? トリックベースの朝比奈ストーリー
吉村達也がミステリ系の読者に名を拡げ始めた契機となったのが、恐らく本作でも探偵役を務めた朝比奈耕作が登場する「惨劇の村五部作」あたりなのではないかと思う。その後の数年に発表された作品は、シリーズ作品特有の前後関係を有していたはずなのだが、しばらくすると、一冊読みきりにこだわった作風へと一旦変化がなされたと踏んでいる。つまり、朝比奈耕作シリーズということになっていながらも、一つ一つの作品が完全に独立しており、彼の扱った過去の事件とは全く無関係にストーリーが進むように変化したのだ。それはそれでひとつの形式であり、読者に対する親切でもあるので、否定すべきことではない。ただ、通しで読んでいる読者には多少の物足りなさがあったことも事実だろう。
本作は、数十冊を誇るシリーズにて初めて、”朝比奈耕作の一人称”で執筆された作品。つまり、朝比奈耕作を内面から描いている。また、それに合わせて過去の事件にまつわるエピソードが、(物語の本筋とは関係ないにしても)多めに登場している点が一つ特徴として挙げられる。なんとなく、繋がりを感じさせてくれるため、朝比奈ファンには嬉しい配慮だといえるだろう。
ミステリとしては、密室からの飛び降り死がテーマ。トリックがあり、その事件がそうなった合理的な理由がいくつも挙げられて解決に結び付く展開は、初期作品を彷彿させる。  姉妹のあいだで過去にあった事件の構図の醸成などの手堅さは、作者ならではのストーリーテリングが見事で勢いよく読ませてくれる。ただ、そのトリックそのものにおいて、心理的な背景が重きを為していて多少の偶然を期待した結果である点、小粒といえば小粒なのが少し残念。ただ、最終的な解決部分に割り切れ無さを持ち込んだ点は、個人的にはツボを押されたのでその点を評価したい。

しばらく新作を追うのを控えていたこともあって、気付いてみれば数年遅れで手することになってしまったが、きっちり進化した姿を見せてくれていたとは。吉村達也、侮り難し。(ただ、本作単独で読んで、感動するほど凄いか、といわれるとそこまで凄い作品とも言い切れません)。


03/11/09
三浦明博「滅びのモノクローム」(講談社'02)

'02年、第48回江戸川乱歩賞受賞作品。三浦氏は'59年生まれ。仙台在住のフリーのコピーライター。

広告代理店の仙台支社に勤務する日下哲は、ふらりと立ち寄った仙台東照宮の骨董市で、値打ちものの古いリールを見つける。その店は若い女性・月森花が、実家の土蔵から持ち出した骨董品に相場以上の高値を付けて、半ば売れないようにしているものだったが、日下はそのリールが入っていた柳行李とスチール缶と共に格安で手に入れた。持ち帰って品物を検分していた日下はスチール缶のなかから、非常に古いフィルムを見つけて興味を持つ。同僚の伝手で、フィルムの再生を得意とする大西に渡したところ、撮されている映像は中禅寺湖付近での釣りの風景で、数十年前の貴重なものだということが判明する。ちょうど日下は、与党の宮城県連が作成するというCMのコンペに参加させられることになり、その古いフィルムを活かすことを思いついた。そのアイデアは評価され、日下は実際のCM作成に入る。
一方、旅館の娘である花は、立志伝中の人物の祖父に骨董市での出来事を報告。しかし、柳行李を渡したと聞いた途端、祖父の様子がおかしくなる。そして、祖父は土蔵のなかで心臓発作を起こして倒れてしまう。

日本の歴史、人間の良心に切り込めば、もはや乱歩賞はミステリーでなくとも良いのか?
いわゆる最近の乱歩賞の系譜とはまず異なった作風だといえるだろう。主人公は広告代理店勤務であり、その業務内容が特に小説において目新しいわけではない。またヒロインとなる女性の方も、比較的地に足がついた存在だといえる。ただ、主人公らを襲う、謎の秘密組織(うさんくさいよね)が現れるあたり、実はここ数年の乱歩賞にもある意味で似た光景があるような気がするので、そういった意味での新しい傾向というものはまた復活してきているのかもしれない。
ただ、個人的な感想をいわせて頂ければ、ミステリ味は極限までに薄い。 偶然、世の中に出ることになったフィルムが蘇らせる過去の罪、そして想い――。 確かにフィルムの真の意味や、核心となる隠し場所などは「謎」といえるものだが、あからさまな人物配置や背景の作成によって読んでいるうちに読者が透き見することが十分に可能なレベル。またフィルムに撮されていた人物の正体など、多少の驚きこそあるものの、ミステリとして驚かせるがために生まれたものではなく、物語としての味を濃くするためにサプライズを盛り込んだ――といった、主客逆転(あくまでミステリという意味において)という印象が強かった。また一部の登場人物の存在が(説明があるとはいえ)唐突な点も少し気になった。
この時期に太平洋戦争を主題にした作品を発表する意気は買えるのだが、果たして本書の持つ趣向は全世代にウケるものであるか、というとやはり疑問符が付くのだ。文章そのものなどはなかなかこなれているとはいえるのだが。
あと、中盤で「クマが出る」という台詞があるので、クライマックスにこれはきっと関係あるに違いない……と思っていたら、これが見事な肩透かしだった。だとすると、あの会話の意味は何だったのだろう?

ある世代以上の方々のための乱歩賞作品、と言い切っても良いかもしれない。確かにオーソドックスなエンターテインメントではあるし、一定以上の水準であることは確かなのであるが……。個人的なツボにはあまり嵌らず。


03/11/08
飛鳥部勝則「ラミア虐殺」(光文社カッパノベルス'03)

'98年に『殉教カテリナ車輪』でデビューした飛鳥部氏は、その後『バベル消滅』あたりまで独自の図象学をベースとした本格ミステリを指向していたように思う。だが前作となる長編『バラバの方を』あたりから、微妙に作風が変化。本書は本格ミステリの殻を被った大いなる変化球となっている。

日本ではさまざまなUMAの情報が目撃されるようになっている時期、杉崎廉はかつて職業としていた傭兵時代の嫌な記憶を毎晩夢に見て苦しんでいた。自分の左手に嵌めた革手袋。彼の人生を徹底的に変えた北条製薬の事件の記憶を忘れようと、彼は地方都市に来て売れない探偵事務所を営んでいるのだ。その彼の事務所の窓下に奇妙な女性がいた。北条美夜と名乗る三十代と思しき彼女は、杉崎によって事務所に入れられてしまうと「家に帰りたくない」など奇矯な発言で彼を煙に巻く。更に彼女は北条秋夫がつけた興信所所員に尾行もされていた。杉崎は運命を感じ、「殺されるかもしれない」という彼女の要請を受け、ボディガードとして彼女を連れて北条家へと赴く。彼らを迎えに来たのは屈強な二人の男、沢口と池上。激しい雪のなか、雪上車で北条家に乗り込んだ杉崎らは到着早々、美夜の従兄弟、月岡まことの自殺死体を発見する。現場に残された「ツキオカ」と記されたカード。北条家に滞在しているのは秋夫の他、まことの兄の月岡麻二とその妻のサオリ、北条秋夫と関係が深い代議士の中村清志、その息子ですぐにキレる宏、と百貫デブ一郎。使用人の浅野。続いて麻二が明らかに他殺死体となって殺害されているのが発見され、更に電話線が切断されて、雪上車の電気系統が破壊された。脱出手段を失った彼らだったが、関係者のあいだには奇妙な余裕が存在していた。

先の読めない展開そのものが強烈なミステリ。飛鳥部勝則って奇妙な作家だよなあ……
諸説はあるながらそもそも「ラミア」というのは、女性の顔を持った、全身ウロコに覆われた両性具有の四本足の怪物(モンスター)のことを示している。題名の「ラミア虐殺」というのが、その意味でいきなり意味深なのだ。ラミアが虐殺されるのか、ラミアが虐殺をするのか、それとも全く異なる意味なのか。本書における内容は大いなるネタバレに繋がるために明らかにすることは出来ないが、読み始めてすぐに様々な違和感を覚えることだけは間違いない。
ええい、ここまでは言っていいだろう。本書は一種の伝奇ミステリなのだ。プロローグでも明らかにされている通り、本書の内部においては、これまで観察されていなかったモンスターの姿が確認されはじめた、という時期が舞台となっている。これまでも徹底的な伏線とトリックにこだわってきた飛鳥部作品なだけに、「このあたりが伏線なのかいな……」と思って読み出すと、その伝奇的な展開に度肝を抜かれることになる。(まあ、私みたいに、さ)。とにかく、序盤から胡散臭さが全開の展開なのだ。
傭兵の過去を持つ探偵が、奇矯な振る舞いをする依頼人と共に因縁残る吹雪の山荘へ。滞在するのも風変わりな人々。下山の可能性が次々と消され閉じこめられる人々。そこで発生する謎の連続殺人、殺人現場に残される謎のメッセージ……といった展開は、いわゆる本格ミステリのお約束。でありながら、そのガジェットを用いて供される物語の奇妙さ。 これはかなり強烈である。つまり伝奇なのだから。さらに、どこか伝奇と本格ミステリの融合という評価を拒む、奇妙な感覚が作品内部に渦巻いている。いや、確かに視点に凝ることによって「あっと驚く」犯人像を演出できていることは認めよう。だけど、何というか、特に後半の展開が派手派手しく、強烈なアクションまでもが供されるために、少なくとも同時に本格ミステリを狙ったであろう物語のツボがずれてしまっている。(いやだけど、伝奇好きとしてはいろいろと刺激されるんだけどさ)。
これは想像になるが、作者の本作にかけた試みは悪魔的なものである。つまり、本格ミステリの諸要素を使用しながらも、伝奇を演出し、その最終的な事件の決着は伝奇とは少し離れたところで、きっちりと伏線を使ってやっぱり本格ミステリ的に解決させる……といったことなのではないかと思うのだ。一面的にこの試みは成功しているといっていい。だが、途中から全開となる「伝奇」のパートのが強烈に過ぎ、どこかその本格ミステリ的仕掛けが埋もれてしまっているかのような印象も同時に受ける。ならば失敗作かというとそんなこともなく、飛鳥部氏の奇妙さが全開のエンターテインメントとして十二分に機能していることが困ったところ。

読んでいるうちに時の経つのを忘れます。 余計な説明を省いたストレートでスピーディな展開にあっという間に魅了されてしまったことは事実。はじめから「普通じゃない本格ミステリ」を楽しみたいと思われる方には、これ以上のプレゼントはないはず。そしてまた、それ以外の方にも、案外気に入って頂けるのではないか。個人的には飛鳥部氏の底知れぬ狡知に見事にしてやられた、そんな印象。


03/11/07
藤村正太「盗まれた表札」(ソノラマ文庫'77)

第9回江戸川乱歩賞を『孤独なアスファルト』で受賞した藤村正太氏。氏には川島郁夫という別名義があり、主に短編作品はそちらの名前にて発表されていたはずなのだが、本作は中編四つということもあってか、藤村名義となっている。これ以前に『星が流れる』『謎の環状列石』の二冊の「読者への挑戦シリーズ」をソノラマ文庫より刊行しており、本作は三冊目にあたる作品である。

受験を控えた中学生・亮一の趣味は切手蒐集。買い逃した記念切手を譲ってくれるという紳士の住所を訪ねるが、該当する名前は町内に見あたらない。しかも、その晩におきた表札泥棒の嫌疑を受けてしまう。 『盗まれた表札』
毎晩決まった時間にかかってくる無言電話。窓の外に浮かぶ白い少女の影。江原保の兄は一連の事件の直後に失踪してしまい行方不明に。保は兄のスポーツカーで誰かが事故を起こしたことが原因だと推理した。 『幽霊が死んだ』
二軒の牛乳屋が熾烈な競争を行っている街で、片方の販売店の配達員が行方不明になり、死体となって発見された。茂行の兄の経営する木崎牛乳販売店が疑われる。それ以前から茂行は何者かに命を狙われており、事件を推理する。 『黒い赤土』
神奈川県の丹沢で林業組合と鹿を愛護する協会が対立。その愛護協会長が翌朝、交通事故で死んでいるのが発見された。対立を煽る土地開発業者の仕業とみた江原史郎だったが、容疑者には鉄壁のアリバイが。 『鹿が泣いている』

ジュヴナイルだといえど容赦なし。ロジックの本格が醸し出す快感がここに
全ての作品の主人公が、中学生の男の子という点が共通。また、その男の子が事件の重要な関係者であり対立関係にある女の子に仄かな恋心を抱くところも共通。これだけだと、いわゆるジュヴナイル(特に昭和五十年代を考慮すれば)お約束の展開といえるだろう。だが、藤村正太はミステリに関しては手を抜いていない。彼らは一様に殺人事件に巻き込まれるし、その背景には、大人同士の利権の争いなどが必ず絡んでいる。少なくとも「……盗まれた表札。こりゃあまりにベタな題名だよなあ。日常の謎の系統作品かな……」なんて読み出した私には、その殺人が絡むような血腥い展開、その展開だけで結構驚かされたともいえる。微妙に少年たちが読むことを考慮したのみで、中身の濃さは大人向けさながら
ポーの「盗まれた手紙」を意識しているであろう表題作品。不可解なオカルト風味の展開と死体移動のトリックが冴える『幽霊が死んだ』。赤土や、湖固有のプランクトンなど、科学捜査を意識した展開が面白い『黒い赤土』。そして、プロパビリティの犯罪とアリバイトリックを見事に組み合わせた『鹿が泣いている』――と、四作全てに本格ミステリとして十分なみどころがある点が凄い。また、シリーズ名の通りに「読者への挑戦」が挿入されているという遊び心もGOOD。ただ、大人的視点でいえば、検屍の際にいろいろ本書のようなトリックが弄されたのであれば、固有の特徴が死体に現れるはずだろう……とも思うが、本書でそれを指摘するのは野暮かもしれない。

現代のマニアにしてみれば、藤村正太よりも、実は川島郁夫の方が遙かに人気が高い。本作なども藤村名義ではあるといえ、テイストとしては川島作品のそれに近いように感じた。述べたように多少の瑕疵こそあれども、子ども扱いしないトリックを通じて「本格ミステリの凄さ」を読者に伝えようという意図がひしひしと伝わる佳作だといえるだろう。この時期のソノラマ文庫、結構入手が困難ながら、残り二冊も読んでおきたいと個人的には深く感じた。


03/11/06
倉阪鬼一郎「文字禍の館」(祥伝社400円文庫'00)

'00年、祥伝社400円文庫一挙刊行の第二弾にあたる時期に、「充実のSF奇想&ホラー」という括りで刊行された三冊のうちの一冊。他は小林泰三『奇憶』と山之口洋『0番目の男』。媒体が示す通り中編なのだが倉阪氏らしいテキスト・ホラーの異色作となっている。

オカルト雑誌「グノーシス」の編集者・髀塚(へいづか)の元に「文字禍の館」からの招待状が届く。その館とは、大金持ちの変人が建設したといわれている伝説の一般非公開の秘密主義が貫かれたテーマパークである。ただ、その館には都合百名ほどの人間が招待されたと言われているが、その全貌は全く公にされていなかった。また「文字禍の館」に向かったまま消息を絶った者も少なからずいるという。オカルト雑誌の性格上、受けてたつ髀塚ではあったが、招待状には助手二名同伴可としてありながら、奇妙な条件があった。「名字は二文字で総画数二十五画以上、もしくは一文字で十五画以上(ペンネームは不可)」というものであった。一人は編集見習いの纐纈(こうけつ)という若者に決定、そしてカメラマンには猫専門というカメラマン・蠻(ばん)に白羽の矢が立った。彼らは目張りされて外が見えないようにされたワゴン車に乗せられて、その「文字禍の館」へと入る。その入り口の部屋の壁には大きく赤い字で「禍」と描かれていた。案内の人物は「魘」と書かれたマスクを被っており「すすすすす」と不気味な声を発していた……。

テキストをテーマにして怖さを演出。「文字」にこだわる倉阪氏だから産み出せる恐怖
漢字というもの、例えば「にんべん」は人を現す、だとかは国語の常識的知識であるが、それを突き詰めていくとこれだけ怖さを演出することができるのか……という点がまず驚き。登場する覆面男や謎の屋敷という舞台設定そのものは、何というか醒めた視線で考えれば、ありきたりのガジェットにして荒唐無稽な設定だとも思う一方、その物語と着想の中身できっちり勝負している点を、この作品においては評価すべきだろう。漢字をじっと見ているうちに、その象に込められた思い、特に本作の場合は邪悪な思いが続々と表面化していくという仕掛けになっている。これは言葉を尽くすよりも、物語を味わって頂いた方が早いと思われる。

「哭」 → いびつな什器のようなものの下に串刺しになった犬の死体。
「凶」 → 胸郭の中央に×のかたちに入れ墨。


こういった解釈が拡大していった結果、世界というより、手にしている書物が変容していくかのような体験が味わえるのだ。

そもそも祥伝社400円文庫が中編を指向した特殊な出版形態であることが、この作品にとっては幸いしたといえるだろう。もともと、正統派怪奇小説作家である倉阪氏の本来の活動フィールドは短編であり、氏の作品にも短編ならではの切れ味を持つ作品は数多い。本書も”活字ならでは”の主題を用いたホラーではあるが、活字遣いを一つの特徴としている関係上、通常の短編に比べると紙幅が必要な点と、かなり特殊な”状況”を扱う点で、仮に短編で表現するとなるとすかすかになる可能性があった。しかし、この文量によって、世界観の構築と、活字による独特の恐怖を合わせてキレよく表現することが出来ているように感じた。内容的には、いわゆる異界へ紛れ込んだ人々が味わう恐怖なのではあるが、ここにミステリも執筆できる作家らしいテキストのトリックを持ち込んでおり、独特の味わいを醸し出している。

一部で高い評価を受けたことも頷ける。活字という存在にこだわる倉阪氏にしか描き出せない世界にして、活字中毒者を「どきっ」とさせるだけの異形の内容。嵌る人に嵌る驚天動地。ただ、感覚が合わない人には怖くも何ともない、という両極の作品でもある点も否定できないが。


03/11/05
西尾維新「ヒトクイマジカル 殺戮奇術の匂宮兄妹」(講談社ノベルス'03)

雑誌『ファウスト』刊行で意気上がるメフィスト賞出身の超若手作家・西尾維新のいわゆる「戯言シリーズ」、五冊目。

ぼく、こと”いーちゃん”は、前の事件の怪我も癒え、久々に鹿鳴館大学にて授業を受ける。そんなぼくは、同級生・葵井巫女子から内外の有名人だという木賀峰助教授の噂を聞く。その直後、偶然にその木賀峰助教授と出会ったぼくは、彼女から理由不明にして破格の条件でのバイトに誘われた。お世話になっている大家の浅野みいこさんのために、ぼくはバイトに出向こうかどうか迷う。さらに、なぜか最近同居状態にある元動物学者・春日井春日は、拘束衣を着て道ばたで行き倒れていた、名探偵を名乗る少女・匂宮理済をぼくの家に連れて帰ってくる。大騒ぎの結果、所持金のほとんどを理澄に渡して失ってしまったぼくは、その少女が殺し名の一族として有名な匂宮の一族であり、殺し屋の男と女の人格を持つ二重人格だと知ることとなる。友人にして世界最強の請負人・哀川潤のアドバイスを受け、春日と、同じアパートに住む女子高生・紫木一姫を伴って、木賀峰助教授の研究所に向かったぼく。そこにはアルバイトの志願者として何故か変名を使用した匂宮理澄もいた。さらに木賀峰助教授の研究とは「死なない研究」で、研究所にはその「死なない」という少女が住んでいるのだという。彼女の名は円朽葉。どうみても十代にしかみえない……。春日井春日はバイト面接を拒否して、一人徒歩で山を下りてしまう。一方、木賀峰の研究所に停められていた車のタイヤが全て念入りに切り裂かれる事件が発生、木賀峰、円、そして理澄と一姫は、その惨劇の夜を迎える……。

青春風味を徐々に厚めに、ミステリ要素は徐々に減らして。それでも新青春エンタ、絶好調
どうしようか迷いながらも、結局のところは手にとってしまうのが、この「戯言シリーズ」。五冊目を数えると、元から多い登場人物に次々と新しい名前が加わり、彼らが当たり前のように次作以降にも登場するがために、シリーズを通じて読んでいるのに多少の混乱があった。「この名前、誰だっけ?」 とはいっても、清涼院氏が開拓したであろう斬新かつ突飛な個々のネーミングから、徐々に前作以前を思い出せるようにはなるのだが。そして、そのあたりが逆に意外でもある。最初から主要とされる登場人物が、次作以降にも繰り返し登場するのは普通なのだが、このシリーズの場合、前作の脇役クラスの人物が次作以降も結構目立ったかたちで登場したりもする。このあたりの世界の構築方法は、いわゆる普通のミステリのシリーズ作品とはひと味違う。
ひと味違うといえば、ミステリとして読んだ際の感覚もこれまでと異なる。というのは、過去の「戯言シリーズ」では、かなり本格ミステリのトリックとしても斬新な試みが為されていたケースが多かった。確かに、本作でもその不可能興味は健在である。だって提示される謎は相変わらず大胆であるし。ここでは、「雪の山荘に五人、一晩明けたら残り四人が全員他殺死体で発見されて、残った一人が犯人ではない」というなかなかに魅力的な謎が提示される。ここに、実は一人は他殺に見せかけた自殺でしたー、なんてどこかで見たような解決を持ってこない点は買える。が、その真相、確かにサプライズ重視のミステリーとしては十二分に及第点なのだが、本格ミステリ的にはちょっと「?」。 ただ、これだけの冊数を費やして創り上げてきたこの世界のなかでは、十分あり得る話であるし、ある意味「そのためだけ」にでも世界を造り出すテクニックを持った作家なので、別に腹が立ったとか、そういう訳ではない。
ただ、そのどんでん返しなども多少甘さ(あくまでこれまでの作品の執拗なまでのこだわりは薄れているようだ) があり、これまでの作品のように、本格ミステリサイドからも評価、というのとはやっぱり多少異なる気がするのもまた事実。そのかわり、物語に費やされているのは、ぼくこと”いーちゃん”の魂の遍歴、そして成長であろう。常に虚無的に「戯言」で生きてきた彼の変化がありありと感じられる。これを描くがために、作者もかなりの犠牲を払っていることだし。そして、彼があることを成し遂げた後に、呟く台詞「……死にたく、ねえなあ――」というあたり、じんわりと心に染みいるものがある。嗚呼、ここに至って、講談社ノベルスが西尾維新を評してミステリという言葉を使わず、徹底して「新青春エンタ」というコピーを継続してきた意味が分かろうというもの。

ただ、次回作以降、”いーちゃん”の立ち位置が変化することは必至だろうし、そうなると物語そのものの雰囲気、構成が今後変化していく可能性も感じる。それでも、この大きな「物語」の終焉を見届けたい、という気持ちはかえって大きくなったかも。恐らく、私以外で本書を読んだ方も同じような気分になっているのではないだろうか。


03/11/04
牧野 修「呪禁局特別捜査官 ルーキー」(祥伝社NON NOVEL'03)

本書の前作にあたる『呪禁官』において、ホラー系の評論家から絶賛を受けて登場したのが、この「呪禁官」シリーズ。本書はその待望の二冊目にあたる。表紙の言葉を借りると「長編ハイパー伝奇 書下ろし」であり、まさにそういった内容。本作もなかなかスリリングであったけれど、果たして続編はあるのかな。

オカルトが解明されて人々に利用されるようになり、いつの間にか科学を凌駕してしまった世界。人々の憧れの職業は、自ら霊的な能力を駆使し、不正に使われるオカルトに対処する呪禁官。数年前の事件で九死に一生を得た呪禁官養成学校の仲間五人のうち、優秀な捜査官を父親に持つギアこと葉車創作だけが正式に呪禁官になろうとしていた。ソーメーは母親の経営する会社の跡継ぎとなり、貢は呪禁局に勤務する科学者に、そして哲也は呪禁局への就職を断り、野に下りていた。また巨大な機械の身体を持つ米澤は国立呪禁センターを襲ったかどで服役中だった。ギアは研修期間中、囮捜査で殺人を請け負う呪術師の調査を上司の龍頭麗香と共に行っていたところ、謎の大鴉に襲われ、麗香を見殺しにしてしまった過去を背負っていた。そんなある日、刑務所の米澤が外部からの手引きによって脱獄する。彼らは、数十年前に流行った科学戦隊ボーアマンの扮装をした人物たち。嫌がる米澤だったが、いつの間にか彼らの仲間になることを承服してしまう。また、政府は実験的に世界初の霊的発電所《クトゥルー》の立ち上げを目指していたが、その周辺で呪的被害に遭う人々が激増していた。その発電所がテロの対象として、謎の怪人、サイコムウに狙われていることにギアは気付く。そんなギアのもとに現れたのは、人形の身体に入って復活した麗香であった。

凝った世界観に凝った物語。グルーヴ感覚抜群のエンターテインメント。伝奇はやっぱりこうでないと
毎々のことながら、牧野修の描く近未来は面白い。ただ本シリーズについては、名作『MOUSE』のような、触れる前から切れそうなエッジ感覚は多少影を潜めている。そのかわりに表に出てくるのは、圧倒的なまでに構築された世界観である。発想の原点は作者自らがいうようにシンプル。「科学とオカルトの立場が微妙に入れ替わったら」。この発想がシンプルにして着眼点がやはり凄い。いずれにしても進化しすぎた科学は、平々凡々な我々にとってはブラックボックス。オカルトの仕組みも同様にブラックボックス。ならば、入れ替わっても……、という考えがベースになって、実に微妙で居心地の悪い、でも不思議な世界が物語のなかにある。
ストーリーもまた牧野流。良い意味での悪趣味に満ちている。 なんたって「科学戦隊ボーアマン」なんて、冗談みたいな人々が銃を手に活躍すると思えば、そのテレビでの敵役「サイコムウ」なんて存在もしっかり登場する。いかにもなマッチポンプ……と思わせておいて、呪禁官や復活する不死者ノスフェラトゥらの存在を交えることで、複雑な伏線を用意する。人の命も軽ければ、死者の魂ももっと軽い。このあたりの尊厳感覚が実に残酷なのは、牧野ホラーにも通ずる独特の味わいに変じている。
これも確信的になされているのであろうが、ギアを中心とする五人がそれぞれまた役割を変えて活躍する姿も単純に楽しい。確かに本作だけでも読めるように書かれた作品ではあるが、少年たちが逞しい青年へと進化した姿を味わうのもまたシリーズ作品ならではのお楽しみだといえるだろう。(こう考えると、どこか「ハリー・ポッター」とも通じるところがあるような……というのは小生の勘違いか。
世界の謎ではなく、戦いの果てがどうなるのか、というのが最終的な興味となっていくが、そこはそれ。五人の友情復活のシーンなどにも味がある。それに、なんたってこの作品「長編ハイパー伝奇」なんだから、これでいいのだ。やっぱりこのタイプの作品の、最後の最後に味わうお楽しみは、なんといっても超絶のアクションでしょう。

先にも書いたが、このシリーズは絶対に順番に読むことをお勧め。いわゆる”伝奇”物語に、徹底的な牧野風の味付けがなされているのはミスマッチにさえみえる程のベストマッチ。この手の牧野伝奇は、やっぱりエンターテインメントとして、今後、もっと確立が為されてくるのではないだろうか。


03/11/03
鯨統一郎「ヒミコの夏」(PHP研究所'03)

精力的に著作の幅を拡げている鯨統一郎氏による(多分初の)新聞連載作品。掲載されたのは日本農業新聞2003年4月12日〜12月30日。道理で普段目にすることがなかったのか……とも。ノンシリーズの長編作品。

三十八歳になる独身ライター、永田祐介は『週刊ワード』の専属記者。彼は、千葉県柏市の無農薬栽培農家を取材中、水田のなかに立ちつくす一人の少女と出会う。迷子と思った祐介は彼女の言葉を耳にする。「イネが、怖がってる」 彼女は自分の名前も思い出せず、近所の農家に遊びに来た親戚の子どもでもないようだ。警察に連れて行こうとした祐介だったが、少女は警察に両親が殺されたのだといってそれを拒否。結局、杉並にある自宅に祐介は少女を連れて帰る。所持していたハンカチから彼女の名前は江藤穂波だと判明。ネットを利用して両親を捜そうとした祐介は、彼女の両親が最近「ヒミコ」という名前の新ブランドの米を大々的に売り出したホワイトコスモ食品の社員であることに偶然気付いた。しかし、会社に連絡してみたところ、彼女の両親は長期の海外旅行に出ているといわれけんもほろろ。何やら隠された事実がその裏にあるらしいことに祐介は気付く。その「ヒミコ」は穂波の父親によって開発され、古代米のブランド名と食味から、消費者から抜群の支持を得、もの凄い勢いでシェアを伸ばしていた。祐介の家で暮らすうち、徐々に穂波は自分のことをに思い出す。それと同時に彼女は植物と会話するという特殊な能力を持っていることが判明してきた。

アグリカルチャー・サスペンス。日本の農業の、ある未来を描く
新聞という媒体のせいもあるかもしれないが、本格ミステリよりパニック・サスペンス風の構造を指向しているのが特徴のひとつ。そして、一つだけ挿入されている本格ミステリ的な叙述トリックが、読者を想定してか、わざと”みえみえ”になっているのもまたひとつ。そして、何よりも従来の鯨作品で特徴的であった、世の中の常識や歴史といった事柄を独自の解釈で切って、その断面を広義のミステリーの面白みに変えていた作風が、どこか変化しているように思えたのが、この作品の最大の特徴だといえるだろう。
というのは、この作品の根本となるコンセプトが、鯨氏の想像力から生み出された架空の存在であること。もちろん、テーマは稲作農業であり、特殊な耕作方法や、無農薬栽培等、稲作及びその周辺にまつわる各種の蘊蓄は恐らく、調査され調べられた事実がベース。このあたりは、鯨氏の面目躍如たる部分になるのだが、最終的に明らかになるコンセプトに関しては、どう考えても空想の産物だとしか考えられない。冒頭の少女の言葉が、日本を滅ぼしかねない大きな問題に辿り着いていく展開。このなかでその”問題”が、あまりにもあからさまに”フィクション”なのだ。このあたり、評価が難しいところ。物語的には予想される調和に向かうため、ミステリ外の読者にも親しめるようになっているのだが、正直ミステリ読みとしては物足りない。とはいっても、これはそもそもミステリの読者のために執筆された作品ではないわけで……という堂々めぐり。

内容そのものは、いつもの鯨調の文章で描かれており、かなり深刻・真剣な物語でありながらどこか乾いた雰囲気がある。また、ハードカバー二段組の割に、というか二段組なのに、あまり大作という印象はなく、するすると読めてしまう。これもまた鯨節といったところか。稲作農業について興味のある方と、鯨統一郎ファンの方にお勧め、と取り敢えず言っておこう。


03/11/02
森 博嗣「四季 春」(講談社ノベルス'03)

犀川創平&西之園萌絵が登場する「S&Mシリーズ」、保呂草潤平や瀬在丸紅子が登場する「Vシリーズ」と、森氏は講談社ノベルスにて二つのシリーズを完結させ、いくつかの短編集を刊行している。本書は、繋がりある両シリーズとも関係し、特に森氏のデビュー作品となる『すべてがFになる』等にて重要な役割を果たした天才・真賀田四季を主人公とする新シリーズ(らしい)。

二人の博士号を持つ両親から生まれた真賀田四季、五歳。物心ついた時から、活字を漁り、辞書を読み、外国語を瞬く間にマスターし、入力された全ての情報を頭脳にインプットしていた彼女は、既に”天才”であった。そんな彼女と一緒にいるのが”僕”。そして彼女は叔父である新藤清二が経営する病院で、年上の少年たちがビー玉のゲームを廊下でしているのを観戦していた。そこを通った看護婦が奥にある物置部屋に入ろうとするが、普段はされていない施錠がされている。鍵を取ってきて部屋に入った彼女が発見したのは、病院に勤務する看護婦の絞殺死体だった。部屋は他に出入りのできない状況で、被害者の看護婦が自ら鍵を内側から掛けたとは思えない。果たして犯人はどうやって脱出したのか?
一方、四季は、その病院で自分のことを透明人間だと考える”キシオ”と面会する。既に彼女は、自分にとって役立たないと判断した人間と口を利くことを拒否するようなレヴェルにあったが、なぜかキシオの絵を気に入り、何度も彼と面会することを希望した。二人は時間と心を共有するようになる。

森博嗣的感覚にて世界を体現していくと、SFとミステリの混淆した幻想的風景が現れる
『すべてがFになる』をはじめとした森博嗣氏の作品が世に打ち出された当初、その作風から”理系ミステリ”といったレッテルが貼られていた時期があった。コミュニケーションや思考力に、文系人間には考えられないような理知的、合理的な割り切りがなされた世界は、その言葉そのものの正否はとにかく、どこかそう名付けたくなるような雰囲気があった。その雰囲気を醸し出す中心となっていたのが、本シリーズを引っ張っていく主人公・真賀田四季である。
ただ、五歳という幼女としか本来いえない年代から、彼女の少女時代が描かれる本作は、もはやSFに印象が近い。 もちろん、それは舞台設定や年代設定から感じるものではなく、彼女自身の設定からそれを感じるのだ。一度学習した全てのことを把握し、頭の中で体系化している彼女自身は、肉体を除けば一種の全知全能の存在。幼女にしてその何倍も生きてきた大人を従わせるだけのカリスマ。超越した頭脳の内容は窺い知れず、もはや人間というよりも、別の人類ないし異星人のような印象を彼女の数々の描写から受け取ってしまう。このあたりをさらりと書くのが森博嗣的センス
一方、講談社ノベルスを意識したのか、密室殺人が発生する。その事件そのものは、どこか”お義理”のような描かれ方のようにも感じられる。と、いうのは、このメインとなる部分は森氏の他の作品にて使用されているトリックが応用されたものであるからか。その謎が解かれた後半部以降は、直接的な事件というよりも叙述の技術(トリックというよりもテクニックという方に近い)を駆使、彼女の唯一の理解者の存在を謎と共に描いていったもの。こちらは、ミステリというよりもどこか切ない物語の演出手段として用いられている感。 ただ、この手しかないよな……と、想像していたところに落ち着いてしまった部分と、抽象的に描きすぎた結果、「ふーん、そうなの」とサプライズよりも、なんというか思い入れが強いような展開があり、個によってこの部分から受ける感銘は、かなり極端な差が出てしまう印象がある。幻想的ではあるので、その点から私は評価するのだが……。

他作品に登場する人物や、思わせぶりな繋がりのありそうな人物が多数登場しており、前の二つシリーズを読み込んだ人にとっては本書から新たな楽しみを見出すこともできそうだ。(ただ、さすがに私は検証する気力はない)。本作のみを読まれる方は、そういないと思うが、森氏らしい作品であることは間違いない。あと、文章量的には、二段組すればもっと薄くできた作品のような。


03/11/01
柄刀 一「シクラメンと、見えない密室」(実業之日本社ジョイ・ノベルス'03)

『美奈子』という名の喫茶店を経営する女主人とその娘を探偵役に配したシリーズ。「週刊小説」誌に'01年4月号に発表された作品から、「J-novel」誌'03年七月号に発表された作品の連作に書き下ろしが一編加えられている。この内容からして続編は恐らくなく、本書一冊きりのシリーズとなりそうだ。

その喫茶店「美奈子」には美奈という母親と奈子という娘がおり、植物や花を自家栽培して効果的に演出に使用している。またその店ではそういった植物の提供のみならず、身近な謎を解き明かすというサービスまで?
親との不仲を嘆く浪人生・直人。母親が自殺を試みて腹を刺し大怪我をしたがようやく退院するという。美奈と奈子は彼の自宅にお見舞いに行くという。その家の前には柄の悪い直人の友人がいた。美奈は彼らと周囲で発生しているある事件とを結びつける。 『傷とアネモネ』
同性の同僚に執拗な嫌がらせを受けていた宇佐子。その同僚はマンションの向かいの部屋に越してきて彼女の生活を監視する。美奈子で宇佐子は、戦うためのおまじないを聞き、実行したところ、相手がひっくり返った。ただ、その女性は他殺死体となって発見されてしまい……。 『遠隔殺人とハシバミの葉』
『美奈子』の前で交通事故。被害者は美奈子にも出入りする陽香。彼女は姉の嫁いだ高月家に来ていたはず、と高月家を訪問すると彼女の姉の美月は一室で一酸化炭素中毒でぐったりしているところを発見された。陽香は姉妹喧嘩が事態を招いたと思い込むが。 『シクラメンと、見えない密室』
近所に住む瀬川と飛島は『美奈子』に来ていた。飛島は最初の妻を亡くし、再婚した女性も雪のなかの密室状況で他殺死体となって発見されるという経験があった。しかも、犯人はまだ捕まえられていない。美奈子に対し事件の経過を二人は話し出す。 『クリスマス・ローズの返礼』
従兄から預かった犬・ゴマンの行方が分からなくなった。元の飼い主である従兄は心臟が元から悪かったところに、世間を騒がせていた脅迫状を握りしめた状態で死亡しているのが発見されていた。脅迫状の送り主は誰だったのか。 『オークの枝に、誰かいる』
その男・宝田武正はその時間は自宅に居たという。しかし、彼は彼のことを慕う女性に別々に目撃されたと主張され、更にはビルの屋上から飛び降りた女性も彼を見たと言い残したらしい。果たして、同時に四箇所に存在したらしい彼と事件との関係は? 『おとぎり草と、背後の闇』
『美奈子』に、親子に事件を解決してもらった面々が終結。彼女たちが”親戚”という写真があまりにも彼女たちそっくりであることに驚きが走る。更にもう一枚の写真。美奈は、謎解きは血脈として伝わっているものだと主張、過去にあった事件を客に聞かせ始めた……。 『夾竹桃の遺言』 以上七編。

独創的で強烈なアイデア。物語を超えて超絶トリックが心に叩き込まれる
特に初期の柄刀作品のイメージでいえば、どちらかといえば柄刀氏は長編向きの作家なのかな……と思い込んでいた。しかし、こうやって出来の良い短編集をいくつも見せつけられるとその思い込みがいい加減な印象だったことに気付く。改めて柄刀氏が短編の”本格ミステリ”の名手ぶりをみて考えを馳せてみれば、そういった初期の長編に、少なくともトリックに関しては惜しげなく(つまり短編一つを維持できるくらいのトリックは)どばどば注ぎ込むことで成立していたことを思い出す。つまりは、いつでもトリックを用意して、短編ミステリを描く準備はそれまでも出来ていたということなのだろう。
そんな、トリックメーカー柄刀の実力が思う存分発揮された作品集。連作短編集としてみた場合の幕の閉じ方は、雰囲気こそ良いながらもどこかキレが甘い部分はあるように思うのだが、個々の短編に使われているトリックが抜群に凄いので、そちらの問題は全く気にならない。単純にトリックだけでいえば、『遠隔殺人とハシバミの葉』の、あるモノを効果的に利用し、更に逆手にとったという遠隔操作トリックの演出が抜群に素晴らしい。また、様々な伏線によって何でもない状態を本人の心理を操って不可能状態に変換してしまう『シクラメンと、見えない密室』のテクニックも凄い。また、それらを支えているのは単純にトリックだけではなく、微妙な視線の転換であるとか、実に丁寧に考え抜かれた記述の妙がある点にも是非気付いてもらいたい。決してアンフェアな手口を使わず、あの手もこの手もやりのけてしまうのだから大したものである。初期の柄刀作品ではちょっとした欠点だった不要な描写・登場人物といった部分も克服され、何か、良い方にこなれてきた印象を持った。とにかく個々のトリックに強い見どころあり。最近の本格ミステリ短編集で、純粋にトリックの凄みを褒めるのは、個人的には久しぶりのような気もするが、そう強調したくなる程のレベルが本作にはあるのだ。

本格ミステリファンであれば、読んで全く損はしない、いや寧ろ得をする作品集。世の中、二番煎じ三番煎じのトリックが氾濫するなか、これだけのオリジナリティを保てる作家はそうはいないはずだから。登場人物に感情移入する必要がなく、ここまでのエンターテインメントを実現できるのが、真の本格推理の醍醐味といえるだろう。

本書はノベルスながら加納朋子さんが解説を寄せておられて、帯にも「なんてことするんだ、この人は〜」とその解説からの抜粋が書かれております。が、解説をよく読めば分かる通り、この台詞は本書ではなく『OZの迷宮』に対する賛辞ですんで「ジョイ・ノベルスちょっとずるい」と思ってみたり。ただ、確かに『OZ』では私も同じこと思いました。