MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


03/11/30
恩田 陸「蛇行する川のほとり 1〜3」(中央公論新社'02〜'03)

'02年11月に本書の「1」が書き下ろし刊行され、薄めのペーパーバック風の装幀が気になっていたことも記憶に新しいのだが、'03年3月に「2」、そして同年8月に最終巻となる「3」が刊行された。全て書き下ろし。同様の刊行形態が取られた『上と外』がそうだったように、いずれ三分冊ではなく、一冊の単行本にまとまるのかもしれない。

絵が得意の女子高生・蓮見毬子は同性からしても魅力的な美術部の先輩・九瀬香澄に、野外音楽堂で夏の終わりに開催される演劇祭の背景を仕上げるための合宿に誘われる。香澄は同学年の美女・斎藤芳野と二人一緒に行動しており、三人で香澄の自宅「船着場のある家」にて泊まり込もうというのだ。舞い上がった毬子は、親友の真魚子にそのことを報告するが、彼女はそこに企みを感じ取り、毬子に気を付けるように忠告する。とはいえ、準備と根回しが進められるなか、毬子はぶっきらぼうな少年に「九瀬に関わるな」と、これまた強い調子で警告された。合宿の前、真魚子にダブルデートを仕掛けられた毬子は、中世的な少年・志摩暁臣と知り合う。彼は、先のぶっきらぼうな少年・貴島月彦と親友であり、月彦は香澄の従兄弟であることを毬子に教えてくれた。そして、合宿。「船着場のある家」では、十年ほど前に住んでいた女性が殺されるという事件があって、迷宮入りしており、またその日、別の女の子が野外音楽堂の天井から落ちて事故死する事件も発生していた。毬子は無邪気にその話題を香澄と芳野とのあいだで交わすのだが……。やがて、月彦と暁臣が参加し、合宿は不思議な緊張感を孕んでゆく。

現実を、そして生々しい事件が背景にありながら、浮世離れした青春ファンタジーにみえる不思議
女子高生・夏休み・合宿……といった展開からは、「お、これは『ネバーランド』の女の子版か?」とまず思わされた。即ち、学園青春ミステリー。序盤の思わせぶりな登場人物の配置などから、その確信を強めていたところ、段々様子が異なってくる。1〜3と分冊になっており、その一冊一冊は、それぞれ異なる登場人物の視点から描かれている。また、「合宿における謎」ではなく「合宿そのものの謎」「香澄という人物」が序盤の大きなポイントだと分かってくるあたりで、違和感が確信に変わる。これは単純な青春ミステリじゃないぞ、と。
香澄、芳野、毬子、月彦、暁臣、五人がそれぞれ抱える共通の過去を巡る物語。大人顔負けの駆け引き、打算があるかと思えば、少年少女らしい率直さや優しさが語られるアンバランス。多少浮世離れしたところがあるにしろ、彼らは間違いなく青春小説の登場人物である。だが、物語は単純な青春ミステリの体を成してはいない。過去の事件、さらに現実の合宿のなかで発生する事故。これら生々しいイベントが作中に存在しながらも、全体の物語は、どこかファンタジーめいた印象がある。こういった生々しさを感じさせない飄々とした語り口は、恩田作品ならではの特徴でもある。登場人物それぞれのさらりとした立ち居振る舞いなど、演劇祭の背景を創る物語が、演劇そのもののように見えてくる不思議。非常に巧みにつくられたフィルターが読者の前に存在している。
ミステリとしての「謎」という意味では、一応腑に落ちる解決を付けている。だが、その「謎」を解き明かすことが物語の目的ではない。あくまで、その「謎」を抱えた少年少女たちを中心に据えた物語としての重みが、本作の読みどころの中心にあるのだといえるだろう。舞台を意識したわけではないだろうが、なんとなく演劇に通じる感慨を覚えた。

恩田陸さんの小説構成のテクニックがさりげなく冴えた作品。特に一冊目、二冊目の終わり方にかなり衝撃を持たせるようになっており、刊行されたタイミングで読まれる方はリアルタイムの楽しみがあったに違いない。もちろん、まとめて読んだら読んだなりの感慨があることも間違いない。穏やかで残酷で、それでいて美しさを感じさせる物語。


03/11/29
柄刀 一「OZの迷宮 ケンタウロスの殺人」(光文社カッパ・ノベルス'03)

柄刀氏がこれまで「本格推理」や「本格推理マガジン」に発表してきた短編三つに、書き下ろし短編をなんと五つ加えて合計八編にした短編集。掲載済作品にも改稿が施されており、ほとんど新作といっても良いのではないか。また幾人かの探偵が登場するが、そこに絶妙の仕掛けが施されており、連作短編集としての体裁が整えられている。

書斎のど真ん中で矢傷を受けて殺された死体。事故死や自殺が考えられるなか、肥満体料理長・鷲羽恭一の推理が冴える。 『密室の矢』
スイミング・スポーツ・クラブの管理職クラスのメンバーが、鷲羽のレストランで夕食。しかしクラブの発足者の兄弟が悲惨な死を遂げたばかりであった。 『逆密室の夕べ』
的場の従兄弟の鷲羽のレストランで食事をした男が殺害された。しかもその容疑者は的場の弟であった。刑事が出入りして機嫌が悪い鷲羽も事件の謎を解く手伝いをすると言い出す。 『獅子の城』
ヴァージニア州に住む変人の画家が、自ら閉じこもったアトリエのなかで溺死していた。体内から検出された水は近所のものではないことが判明。彼は自ら描いた絵のなかで溺れたのか? 『絵の中で溺れた男』
完璧な殺人計画を検討した男が、地方検事の邸宅を訪れた。……その検事宅で事件が発生。密室内部で死体が切り裂かれ、その部屋には頭を殴られた男がいた。しかし男は犯意を否定する。 『わらの密室』
殺人事件の被害者は田舎の川のなかで発見された。発見者となったのはOLの君原香奈、そしてもう一人は謎めいた青年・南美希風であった。美希風は現場検証に立ち会う前に、いろいろと調査をしているようだ。 『イエローカード――承前』『イエローカード――承運』
南美希風の心臓移植手術を担当した医師・キッドリッジ。彼のもとに「馬の下半身と人間の上半身が一緒になった死体」が発見されたという報が入る。更にこの地にはかつての殺人事件の晩に生きたケンタウロスが目撃されていた。 『ケンタウロスの殺人』
六歳の少女と話しをする美希風。消えた足跡と消えた玩具。その結果彼女は仲間はずれになっていた。 『美羽の足跡』 以上八編。

当初の材料はノンシリーズの短編ミステリが三つ。そこからここまでよくもまあ料理をしたこと
デビューからしばらく、柄刀氏は長編作品の書き下ろし発表が多かったこともあって、それほど短編を発表する場がなかったのか。後にレベルの高い短編集を数多く打ち出してくる柄刀氏の、初期短編に手を加えることはもちろん、それに書き下ろしの短編作品を加えることによって、後からシリーズ化を図ったという恐ろしく手の込んだ短編集。つまり、もとがノンシリーズでありながら、作品集としてまとめられた際に、別々の探偵たちが登場する約三つの世界が全て繋げられたということなのだ。
そういった手間暇かけるだけに留まらない。単に物語を繋げるだけであれば、加筆さえすればそれほど難しいことだとはいえないだろう。柄刀氏はそういったレベルを凌駕した世界を造り上げているのだ。つまり本書はトリックといい、構想といい、読者に対する企みに満ちている。しかもそれが通常の意味以上に、読者に対する悪魔的仕掛けといってもよいくらいのサプライズを伴っているのだ。その理由は大きなネタバレになるのでここに記すことはないが、ある意味、ミステリを読み込んだマニアの方が強烈に驚かれるタイプのものであるということだけ述べておく。連作短編集ならでは、ということも出来るだろうが、こういった形式は滅多に見られるものではない。
読み通してしまうと全体にばかり目がいってしまいがちだが、作品を個々でみた場合のトリックであるとか、構成であるとかも凝っていて、かつ本格ミステリならではのアイデア、そしてサプライズがある点にも注目したい。事件そのものが派手な『ケンタウロスの殺人』だとか『絵の中で溺れた男』の二重、三重の不可能的興味は、短編の本格ミステリとして傑作の部類に入るであろうし、また淡淡と読み終わって最後に腑に落ちる(しかも犯人像には驚かされる)『イエローカード』などの構成も巧い。物理トリックが冴える『逆密室の夕べ』は、個人的なツボに入るし、『わらの密室』や『獅子の城』のラストにおける強烈なサプライズは、破壊力抜群。個人的には2003年のベストクラスの短編集だと考えている。

先に『シクラメンと、見えない密室』評のところでも書いたが、同書に寄せた解説にて加納朋子さんが、「なんてことするんだ、この人は〜」と(同書ではなく)本書を評している。かくいう私も同じことを叫びたい。「なんてことするんだ、この人は〜」


03/11/28
斎藤 栄「国会議事堂殺人事件」(徳間文庫'83)

元版は'78年に徳間書店(トクマ・ノベルズ)向けに書き下ろし刊行された作品。どうやらこの時期、斎藤氏は一年あまり創作活動を小休止していた模様で、かなりの意気込みをもってこの作品に向かった――と影山解説にはある。

北国大学にて建築学を専攻する学生・峯岸は国会議事堂に関する特殊な研究を行っていた。つまり、国会議事堂は建設された当初から秘密の脱出口を備えていたのではないか、という点に目を付けたのである。しかし、その研究が過激派や公安の知るところとなったことから、峯岸は不安を覚え、上京する際にその原稿を三分割し、一部を自分に、別の一部を師匠である伏見教授に、そしてまた一部を親友の掘に託していった。堀は、伏見教授と対立する堂ノ下教授の娘・純子と交際しており、峯岸の上京と時を同じくして二人して上京する。純子は父親の知り合いのメアリー・バーンズが来日していることから、彼女に会いたいと色覚研究所という施設に向かうが、二人の交際に反対する堀の姿を見かけたため、会わずに引き返す。しかしその晩、横浜で峯岸は何者かに惨殺されてしまう。素人探偵として調査を開始した堀と純子であったが、その掘に対し重々に注意をするようアドバイスをくれた伏見教授もまた殺害されてしまう。

ちょびっと本格、どちらかといえば構造重視のサスペンス。そして……ちょっとトンデモ
プロットは非常によく考えられていると思うのだ。様々な勢力が交錯するなか、誰が敵で誰が味方なのか。果たして敵の組織に対し、一介の学生が痛撃することができるのか。更に、伏見教授の殺害は完璧な密室殺人事件であるし、資料の受け渡しといった細かなポイントもよく考えられている。また、物語の根本を為す、「国会議事堂に抜け穴はあるのか?」というセミ・フィクションのテーマは斎藤栄の得意とするジャンルだともいえ、歴史上のいろいろな事実を俯瞰したうえで、施工図まで引っ張り出しての検証はかなり読み応えがある。。

しかし……それでいて。

どうしてこんなにツッコミどころが多いのだ、この作品は。 まず、まだ発表すらされていない一介の学生論文になんで公安が絡んでくるのか(一応の理由があるが)。 そしてその公安の遣り口が、すごいようでいてなんでこう間抜けなのか。密室殺人の趣旨はとにかく、その解明にてここまで脱力させてくれるのは何故なのか。 アリバイトリックが何というか、これまた「アリかよ!」という脱力ネタなのは。 そして、関係者に公安の息がかかった人間が、どうしてもこうもぽんぽん都合良く出てくるのか。(いっときの共産圏でもあるまいし)。
繰り返すが、ストーリーの展開は決して悪くない。悪くないのだが、せっかくセミ・フィクション、しかもいかにもありそうな国会議事堂の抜け穴をテーマにしながら、逆にその周辺の方に絵空事めいた部分が多すぎるのが勿体ない。下手な本格トリックを使用せず、徹底したサスペンスであればもう少しツッコミどころは減ったであろうに。

逆説めいた言い方をすれば、ある意味では楽しいミステリだといえるかも。本書で使用されている二つのメイントリックは、絶対に現代のミステリ作家が使用することはないものだし(当時ならば許されたのかもしれないが)、その意味では現代読者も奇妙な新鮮さを味わうことができる……かもしれないし。


03/11/27
高瀬美恵「庭師(ブラック・ガーデナー)」(祥伝社文庫'02)

もともとヤングアダルト小説の書き手として知られていた高瀬さんが初めて発表した一般向け作品が『アルーマ』。この作品はぶんか社の叢書から刊行されて好評を博し、後に幻冬舎文庫入りした。一般向け第二作が祥伝社400円文庫の一冊として書き下ろされた吸血鬼ものの異色作にして佳作である『スウィート・ブラッド』。本書は一般向けの三冊目で、書き下ろし作品。

雑誌などに記事を書いている無名フリーライター、寺内さやか。彼女は魅力的な三十代女性のインタビュー集という初の自著になるかもしれないという仕事に打ち込むあまり、学生時代からの恋人とも別れてしまったが、その仕事に横槍が入って彼女は切られてしまった。失意の余り、彼女は衝動的にマンション購入を決意。手頃な価格の「エクセシオ三山」を三十年ローンで購入、そして引っ越してきた。しかし入居して一週間、個性豊かな十余りの世帯が暮らすこのマンションで異臭騒ぎが発生、続いて飼い犬惨殺事件、マンション住人同士の大喧嘩など、住人の異常さを徐々に彼女は認識するようになる。そして、彼女は親しくなった主婦の沢田と共に、高校生の千葉から「ブラック・ガーデン」と呼ばれるアングラ系サイトを見せられる。不思議なことにそのサイトでは「エクセシオ三山」の住人が、様々な植物に例えられ、その普通では絶対に知られることのないプライバシーが赤裸々に描写されていた。「A−1花壇、ジキタリスさんとキンギョソウさんは朝っぱらから険悪です。原因はジキタリスさんの浮気……」 そして最上階に住む幼女が転落死し、マンション中の狂気が暴走を開始した。

プライバシーを衆目に晒される”嫌感覚”+パニックホラーの”狂躁感覚”と。
非常に取り付きやすく、読みやすい。それでいて、構想は深い。一読した印象はこんな感じか。
まず、この私の一人称が実に自然な感覚なのだ。独身・自由業・二十九歳という主人公の感覚そのものが、作者の”素”に近いせいなのかもしれないが、そこいらにいるごく普通の女性の感覚が実にさりげなく体現されている。ホラー作品に登場するヒロインはしばしば「おい、そっちはヤバイだろう」と読者のツッコミが入るくらい、無闇に好奇心が強かったり、「なんで警察に連絡しないの?」と疑問が湧くほど、物事への対処が甘かったりするケースがままあるのだが、本書の場合、怖いものだとか、不安であるとか、そういったものへの対処の仕方が”実にフツー”なのである。生活に不安もあるし、酒で恐怖を誤魔化したりもするけれど、きちんと警察を呼ぶべきところは呼ぶし助けを求めるべきところでは求める。こういった平易な感覚は、逆にホラー小説では重要だと思う。
そのうえで、作品にはミステリ的な感覚があるところも好感。プライバシーはなぜ、そしてどうやって覗かれているのか。庭師と名乗るサイト開設者は誰なのか。さやかの家の植物に水がやられているのはどうしてか。次々発生する住民の狂気に理由があるのか。そういった物語における「?」による、吸引力が強烈に強く、一旦読み出すと止められない。 また、お高く止まった奥様、犬を愛する孤独な老女性、共同生活をする年寄り、悪意の固まりのような子供、噂好きの主婦、被害妄想の強い母子……といった住民の個性も見逃せない。一住宅に集中していることはとにかく、都会の片隅に実際にありそうな物語が、それぞれの世帯に存在する。更に悪意の固まりのようなホームページの記述が、これまたよく出来ている。これらの要素が総合され、殺戮の嵐と同時にいくつもの「?」が回収されていく終盤の迫力は、これまた一気読みさせられるだけのスピード感に満ちている。最後の最後のオチも皮肉が効いていて良い感じ。

あくまで最終的にはホラーとして回収されるので、supernaturalを受け付けない読者には向いていないのが少々残念ではあるが、文庫でこれだけの作品が読めるなんてホラー小説好きとしては幸せなことであろう。小池真理子さんの傑作ホラー、『墓地をみおろす家』あたりとマンション・ホラーとして読み比べてみるのも一興かもしれない。


03/11/26
山村美紗「死体はクーラーが好き」(文春文庫'81)

亡くなられてなお二時間ドラマの女王の感がある山村美紗。『マラッカの海に消えた』等の四つの長編作品を刊行後、著者の初短編集として、立風書房から'76年に刊行された同題の作品集が元版。ノンシリーズのバラエティに富んだ内容が面白い一冊。

ハイミスの乃梨子は、人気作家が捜しているという恩人の娘に自分がそっくりであることに気付き、自分がその人物であると名乗り出る。妻の座に憧れる彼女は、嘘に嘘を塗り固めて彼の愛情を獲得しようと必死になるが……。 『殺意の河』
子供が生まれないことで夫の浮気に悩む千佳子は、計画的に狙った学生と浮気。そして妊娠するが血液型の知識に疎く、お腹の子供が夫と合わないことに気付く。彼女は出産後の病院火事に乗じて赤ん坊を取り替えて……。 『血の鎖』
嫉妬深い妻と、その父親の大物医学者の助力で念願の個人病院長となった男。隣人の男の子が、自分とそっくりなことに気付く。どうやらその子は彼がかつて人工授精のために精子を提供した結果生まれた子供らしい。 『歪んだ相似形』
婚約者の推理作家・風戸がいきなり掛けてきた電話は断末魔の苦しみに満ちていた。毒殺された風戸が残した03という数字から、朝子は犯人の弄したトリックを見破ろうとするのだが。 『憎しみの回路』
千種刑事が出勤途中に女性のストリーキングを目撃、彼女は直後に服毒死を遂げた。彼女が住んでいたマンションは父親と婚約者が見張っており、彼女が部屋から出た形跡はないというのだが……。 『ストリーカーが死んだ』
古銭マニアの年寄りが密閉された室内で死亡した。貴重な古銭が絡んだ殺人か、遺産を狙った身内の殺人か。クーラーが付けっぱなしにされた室内に施された壮絶なアリバイトリックとは。 『死体はクーラーが好き』 以上七編。

肉親の血がもたらす愛憎と、悪意あるどんでん返しと、物理的トリック。山村美紗の縮図的短編集
作者の第一短編集ということで、それぞれに気合いが入っている作品が揃っている。特に注目すべきはサスペンスとしての『殺意の河』と、本格ミステリとしての表題作『死体はクーラーが好き』か。その構造が両者で全く異なる点が面白い。つまり、ミステリの両極端にあるような作品が一作品集に揃っているところが特徴。言い方が微妙になるが、全体的にどこか文章にぎこちなさがあり、作者の必死さ加減もまた伝わってくるのだが、それはあまりマイナスに感じられない。
『殺意の河』は、一女性の必死の企みと欺瞞に対し、相手側となる作家が疑い……という相剋が奇妙なサスペンスを呼ぶ作品。特にラストで構図が二転三転し、結局、誰が何を企んでいたのかという背景ががらりと変化してしまうところに山村美紗ならではのストーリーテリングが生きている。一方、『死体はクーラーが好き』、こちらは徹底した物理的なトリックにこだわった作品。死亡時間の偽装に対してあの手この手を使う犯人の悪魔的な企みが、少しずつ暴かれていく作品なのだが、「そこまでするか?」という徹底したトリック指向が存在する。また、その物理トリックのオリジナリティも凄まじく、その内容というよりも「こだわり」の方を評価したくなる作品である。また『ストリーカーが死んだ』は、ちょっとぎこちないながら、街中を裸で走り抜けた女性が、監視された密室から抜け出たのではないか、という奇妙な状況の現出、そして論理的な解決がみどころ。ハッキリいえば、題名でかなり損をしている。
『歪んだ相似形』『憎しみの回路』というあたりは、親子の血がテーマとなっており、その意味では『殺意の河』もその系譜にあたるかもしれない。
また、これぞ山村美紗の原点? と思われるのが『憎しみの回路』。「03」と残された数字が”当時最新型のプッシュホン”の短縮番号である……あたりから、生み出されるトリック。機能だけがトリックではなく、その機能を更に応用しているあたり、評価として低くするつもりはないが、電電公社から電話機を借りるという仕組みがあった時代ならではだなあ、と奇妙な懐かしさというか、感慨が湧いた。

本格とサスペンス、両方のミステリが描けることを山村美紗は初期作品から実証していた、ということか。また、こういった緻密な本格トリックは、とくに彼女がデビューした時期においては、珍しかったことも間違いないだろう。モニュメント的な一冊だといえる作品集。


03/11/25
北森 鴻「冥府神(アヌビス)の産声」(光文社文庫'00)

今やミステリ短編の名手、いや稀代の連作短編集の書き手として名を馳せる北森鴻氏。氏のデビューは'95年の鮎川哲也賞受賞作品である『狂乱廿四考』であるが、本作は受賞後第一長編にあたる作品で、元版は'97年に同社カッパ・ノベルスにて刊行された。

帝都大学の解剖学研究室教授で、日本脳死問題臨時調整委員会の実質的リーダーであった吉井原義が、深夜の新宿中央公園で何者かに腹を刺され死亡した。かつて吉井の片腕ともいわれていたが、五年前に脳死を巡る意見の衝突から研究室を追われた相馬研一郎。今は医療関係のフリー・ライターとして暮らす彼は、医学雑誌『メディカルビュウ』編集長の依頼で事件を調べるために古巣を訪れる。その近くで相馬は同じく吉井の片腕といわれながらも、こちらは二年前に研究室を辞した同期の九条の姿を目撃、更に桃園製薬のプロパーで時尾と名乗る人物から接触を図られ、教授殺害事件に関して互いの情報を交換することを約束させられた。相馬は、ホームレスたちのあいだに入り、彼らの写真を撮ることを生き甲斐とする専門学校生・三森仁美の写真から、九条が新宿のホームレス街にいることを気付き、彼らと接触を図るが当然受け入れてもらえない。九条やどうやらエビスと呼ばれ、トゥトと呼ばれホームレスのあいだから崇められている不思議な幼女と一緒にいるらしい。調査を進めた結果、法案成立間近の脳死問題に関して、吉井をはじめとした様々な人物の思惑が交差していることが浮かび上がり、相馬にもその脅威の手が伸びてきた。

(今となっては)北森鴻の創作の幅の広さに感心。医療業界ハードボイルド。
鮎川哲也賞受賞作家の第一長編としては、相応しくない――。前作とのあまりの作風の違いに、本書が刊行された時の読者の反応は複雑だったと記憶している。(当時、その評判を先に聞いてしまったがために、読み逃してしまっていた)。本書はいわゆる本格ミステリではなく、どちらかといえば業界内幕を暴くタイプの乱歩賞系サスペンスといった内容。なので「鮎川哲也賞作家・北森鴻」の作品としてだけ本書を読むと戸惑いがあるだろうことは容易に想像できる。ただ、現在の「北森鴻」ブランドは、何が出てくるか分からない玉手箱のような作家を意味しており、今となってはかえって北森鴻の引き出しの多さの一端を垣間見せてもらった、という気分で素直に読むことができる。
物語は「脳死」の問題を謎の中心に据えたストーリー。人の死の定義が、今にいたっても様々なかたちで論議が続いており、その先駆を成す話だともいえる。政府の思惑まで絡む大きな問題に、一介のライターが挑む展開はともすれば荒唐無稽になりそうなのだが、本書の場合は主人公の境遇を微妙な位置に置いており、そういった引っかかりはあまりなかった。寧ろ、ホームレスの人々を様々な角度で描いてみたり、医学業界・薬品業界の問題をさりげなく風刺してみたりとサブストーリーとして面白く読める。そしてもちろん、本題となる「「脳死臨調」に何が起きていたのか」、「教授を殺害したのは誰か」といったあたりの謎、こちらもツイストが効いており、真相が明かされた際には、この世界に生きる人々の複雑な葛藤が浮かび上がってくるあたりの心配りも小憎い限り。新人の二作目としての完成度は十二分にクリアしている。
本書の主人公である相馬、それに魅力的なサブキャラである九条。この二人には、後に北森作品に登場する幾人かの主人公たちが持つ”陰”のような雰囲気が共通している。また、彼ら二人の独特の生き様、信条が物語に色濃く反映されている点から、小生は本作がハードボイルドであると判断した次第。その一方、終盤近くで真相を解明した相馬が陥った危機が救われるシーンなど、これまでの伏線が十二分に機能しており、得られるカタルシスはどこか本格ミステリのそれに近いようにも感じられる。あくまで多少、割り振られたエピソードの時制に凝りすぎている印象があって、読みながらつっかえる部分もあるにはあるが、トータルとしては、これもまた北森鴻らしい作品なのだといえよう。

結局、北森氏は本作の直後に刊行された長編『狐罠』が、広範な読者に支持されたことから人気作家への道を歩み出す。その後の活躍は皆様の御存知の通り。もし小生と同様の理由で本作が未読という方がおられたら、改めて手にとってもらいたい一冊。また、本書のみで北森作品が肌に合わないと思われている方も、それはそれで是非、先に進んで頂きたい。


03/11/24
石黒 耀「死都日本」(講談社'02)

第26回メフィスト賞受賞作品。メフィスト賞にして「超弩級クライシスノベル」と銘打たれ、第25回受賞の日明恩『それでも警官は微笑う』に続いてのハードカバー版、しかも定価2,300円とこちらもなかなかのお値段での刊行となった作品。

日本を長期間にわたって支配を続けてきた政権党が交代し、地方自治体首長出身の菅原を党首に掲げる日本共和党が政権を奪取した。その菅原は、南九州で発生しつつある大規模な地殻変動を察知、秘密裡にK作戦と呼ばれる秘密組織を立ち上げていた。宮崎県と鹿児島県の県境にある霧島で発生していた群発地震を受け、火山噴火予知連が会見を開いた。「霧島火山に大規模な噴火の恐れが高まっている」 この地域で噴火が発生した場合の被害範囲は一八〇〇平方キロ。 大阪府の面積に匹敵する範囲に避難勧告が出されたが、自治体の首長たちはあまりの規模を信じることが出来ず、対策は後手に回らざるを得なかった。 一方、国立日向大学の工学部助教授で火山研究の第一人者である黒木伸夫はK作戦に参加。地元新聞記者の岩切と共に入山禁止となった霧島の火山研究所に向かった。――そうして、霧島は吹き飛び、未曾有の大噴火が発生、南九州を蹂躙するに飽きたらず、日本を、そして世界経済をパニックに陥れた……。

確かに救いもあるものの、ここまで悲惨な日本の将来を描いた作品がこれまであっただろうか。
地震・雷・火事・オヤジ、とはよくいうし、加えて戦争であるとかテロであるとか。この世に人がパニックに陥る要素というものは数限りなく存在する。 supernaturalや、空想が生み出した怪物や異星人を使わずとも、日本国全体を巻き込んだパニック小説のネタはいくらでも存在している。事実、日本全体が「大地震に襲われた」「戦争に巻き込まれた」「奇病が発生した」といった小説は既にそれなりに発表されている。また、局地的なパニック小説ならば更に数が多いだろう。
本書は、そういったありとあらゆる過去の事例を大幅に乗り越えた、超強烈な災厄が日本を襲う姿を描いた作品である。数百万人規模の日本人が僅かな時間で死に、日本全体が完全に麻痺してしまう。(これほどまでに人が死ぬのは他には流水大説くらいか)ただ、単に恐怖を煽るばかりではない。全編の下敷きになっている豊富な科学的なデータの裏付けが迫真感を増し、政治・経済・軍隊・医療といったありとあらゆる方向に思索を伸ばして、様々な局面をシミュレートしたエピソードが物語の重厚感を肉付けている点は高く評価できる。震源地近くの霧島から必死の脱出を図る黒木と岩切の姿は、どこかサバイバル小説めいた興趣を掻き立てるし、日本が経済的に陥っていく苦境の厳しさは、社会人ならばよりひどく実感できることだろう。
物語の途中、噴火そのもので、火砕流で、ラハール現象で、火山灰の重みで、土石流で、木の葉よりも軽く人は死んでいく。大自然がもたらす災厄の強大さが、これだけ科学的な裏付けをもとに描かれてくると、作品世界自体が決して誇張とも思えない。火山というものは、これほどまでに恐ろしい存在だったのか。 読んでいる最中、自分がこの世界に居たら、どこに避難すればいいんだ? と真面目に考えてしまった。(そしてそういった地域に我々は住んでいる)。
ただ、この作品の凄いところは、単なるパニック描写のみにとどまらず、それでもまだエンターテインメントの体を成していること。日本という国家が壊滅的な打撃を受けるなかで、首相の菅原が世界に対して打つ妙手。多少、最後の演説の部分は説教めいたところがあり過ぎる感もあるが、逆転の発想から生み出される世界へのメッセージ、そして結末は驚きと、一種の爽快感さえもたらしてくれる。おかげで読了後の気分は決して悪くない。

個人的には黒木・岩切、そして菅原首相以外にも、もう少し物語全編に登場するような人物がいても良かったように思う。ただ、その場合、これより長大化してしまうことを考えれば、これくらいでやはり丁度いいのか。(自問自答)

これまであまりに重厚な雰囲気が感じられたため、背表紙で眺めるだけだったのだが、意を決して読んでみて驚いた。普通の意味でのミステリとは違う。パニック小説にして、日本の危険性を余すところ無く知らしめてくれる啓蒙書でもあった。スケールの大きなフィクションでありながら、決して単純にフィクションと言い切れない重みを持った作品である。メフィスト賞で世に出ているが、意外とこの作品ならば乱歩賞当たりでも通用したかもしれない。問題は、恐らく作者が書きたいことはこの一冊に詰まりきっていて、燃え尽きてしまっているようにも思える点くらいか。(事実、次作が出るような雰囲気はないし)。


03/11/23
山田風太郎「くノ一紅騎兵」(角川文庫'79)

現在はさまざまなかたちで再評価が進んでいる山田風太郎ではあるが、ほんの少し前まではその、特に忍法帖の全貌にあたるためには角川文庫の完集が必須事項であるともいえた。特に短編集においては中島河太郎氏が中心となって、それぞれ特色のある編集が凝らされていた。本書もそういった一冊で、女忍者、いわゆる「くノ一」ものばかりを集めた短編集。昭和四十年代に雑誌発表された作品が収録されている。

京の遊女屋で密談をする侍たちに仲介を依頼し、美しい遊女が上杉家に仕えたいと前代未聞の依頼をする。当主の上杉は男色好みで知られた人物だったが、実はその遊女も男で、しかも相当に腕が立った。 『くノ一紅騎兵』
かつての婚姻の約束がある坂崎家からの再三の依頼を断る千姫。彼女のもとに三人の忍者が現れる。千姫の切った爪を喰った三人は強力無比の強さを発揮するようになり、坂崎の追っ手を返り討ちに。 『忍法聖千姫』
家康の六男・忠輝は豪壮無比の大名。自ら信じた選民思想を領地で実行するに至り、家康の逆鱗に触れる。彼を虐すため男女六人の忍者が送り込まれるが、忠輝は彼らの技をことごとく破ってしまう。 『倒の忍法帖』
三代目家光の弟で行状に問題のあった忠長のもとに先に三人のくノ一が送られ、そして後から腕利きの三人の忍者が送られた。彼らはかつて奇妙な方法で交わった過去があったが、今や敵と味方に分かれた。 『くノ一地獄変』
五代将軍綱吉の命にて飢饉に苦しむ沼田藩を内偵していた忍者が、正体を見破られて深手を負った。彼が女隠密に託したのは自らの棒。彼女はそれを暖めながら江戸に持ち帰ろうとするのだが追っ手が。 『捧げつつ試合』
吉原の遊女仲間に奇妙な技をかける女性。一夜限りながら男を虜にする力により、彼女は五人の男たちに対してある計略を仕掛ける。彼らは過去に仲間を罠に嵌めた事件を共有した仲間であった。 『忍法幻羅吊り』
柳生家の養子の地位を目指した忍者が、他藩から訪れた宮本武蔵の末裔という男と戦わずして勝利。しかし柳生家の娘は彼の本性を見破り、ある忍法を彼に対してかけた。 『忍法穴ひとつ』 以上七編。

短編といえど、物語にも忍法に手抜きなし。忍法帖のエッセンスは全ての作品に健在
忍法帖の忍法は、確かに著者もいう通り、ナンセンスといえばナンセンスだといえる。本書の場合、特にくノ一ばかりを主題にした(忍者としては男性忍者も多数登場するが)ということもあって、男女のセックスにまつわる「忍法」が多数登場している。だが、その一つ一つにナンセンスながらも毎度毎度、独自の工夫が凝らされている点については保証つき。女性が男性に化ける、性の虜にする……あたりが本作ではどうしても基本にはなるが、その細かなディティールが、この短編集のみならず毎回異なっているという点は改めてスゴイ
そして、風太郎忍法帖にて常にいえること、それはあくまで忍者や忍法といった存在は従に過ぎず、主はあくまで当時の情勢であり、歴史上のポイントであり、人間の生き様にあるということ。長編ではキャラクタが動きすぎるため、その点が多少薄れてしまうきらいがあるように思うのだが、逆に短編となると、その背景がかえってしっかりしているように思えるのだ。戦国時代なら戦国時代の、江戸時代なら江戸時代ならではの忍者が活躍せざるをえないだけの理由、これが常に存在しているのである。また、その忍者を歴史上に配することによって、実際の歴史におけるちょっとした「?」について面白可笑しく理由付けしてしまうあたりのテクニックは、やはり風太郎の独壇場だともいえよう。例えば、なぜ男色家の上杉景勝に子供ができたのか? 実は……という次第。
特に短編ということもあろうが、忍者という存在への風太郎の割り切りがまた極端に出ている。ひとことでいえば、丁寧に描いたキャラを至極あっさり殺してしまうあたり。物語そのものには奇想が溢れ、忍者には哀情が溢れる。このアンバランス感覚によって醸し出される独特の余韻が素晴らしい。その結果、導かれる結論がえらくナンセンスだったとしてもだ。(だってさあ、男性性器から出るものを入れ替えちゃうなんて発想、常人に出来ますかいな)。
本書において個人的に最も心に残るのは、『忍法聖千姫』。 千姫の排泄物を食した忍者が無敵と化してしまうのみならず、その三人の忍者を打ち破る秘法というのがまた……。下劣・下品・ナンセンスを地でいく作品なれど、風太郎が書くと不思議な余韻が醸し出されるのだ。実に不思議なことに。

角川文庫の忍法帖は全て読破した……つもりになっていたが、改めて本棚をチェックしたところ未読となっていた本作を発見した次第。個人的にはちょっと嬉しかったり。あと『忍法関ヶ原』がどうも書評から漏れているので、再読してもう一度書かないと。時間をおいて読み返すとまた味わい深いのがこの忍法帖なのだともいえる。何よりも、読んでいる間が無性に楽しいのだ、これが。


03/11/22
野崎六助「安吾探偵控」(東京創元社'03)

『北米探偵小説論』で第45回日本推理作家協会賞評論賞を受賞するなど、もともとミステリ関係の評論家として活躍していた野崎六介氏。だが、近年('94年かららしい)は、小説家としても活躍中。本書も創元クライム・クラブの一冊として書き下ろし刊行された長編作品になる。

東京にてひどい失恋を経験した作家・坂口安吾は失意のまま京都に流れ、下宿屋の二階に滞在してその日その日を送っていた。その安吾には、探偵趣味があり、身体の割に声だけは大きい”鉄管小僧”を助手に、家出癖のある下宿屋の娘の居場所を、毎々突き止めていた。その日も下宿屋の娘が家出。安吾は盛り場で手掛かりを拾って、娘が身を寄せているという頭領格の娘がいる伏見の造り酒屋へと向かった。しかし、現場には人だかりが既にあった。そこの若旦那が倉庫のなかで殺されていたというのだ。しかも雪の積もった現場には、被害者の片道分しか足跡が残されていない密室状態。その酒屋では、現在仕込みの真っ最中で数人の杜氏が働いていたが、誰も事件に気付かなかったという。また、その酒屋、紅酒造は代々女系家族で、現在の当主こそ直系の男性であり、一旦は家を飛び出し満州あたりにいた人物が、娘を三人連れて戻ってきたという人物。近所からは三人娘ともども芳しくない噂が飛び交っている。その家にある珍しい時計から割り出される時刻と、関係者の証言によって、主要人物全てにアリバイが成立してしまった。複雑な家庭環境のなか、果たして何が起きていたのか。やる気のあるかないかよく分からない安吾の推理は何を示すのか。

文芸ミステリ? いや、「家」が主題の古式ゆかしき国産ミステリの色合いが実に濃い
文学者であるに加えて、『不連続殺人事件』『明治開化安吾捕物帖』といった探偵小説作家という側面を持つ、往年の坂口安吾を探偵役に据えたミステリ。――こう書くと、文学史と重ねて歴史的な背景が大きな主題として物語に重ね合わされた文学ミステリというイメージが読む前から湧いてくるかもしれない。だが、本作はどちらかといえば、そういった背景と事件とはむしろ区別がなされており、独立したストレートな本格ミステリとして読まれるべき作品かと思われる。
確かに、史実として坂口安吾の一時期陥っていた状況での事件という点は間違いないかと思われる。また、その状況に陥った理由は、事件の解決の流れ(事件そのものではない)とも縁があるともいえる。だが、事件そのものに焦点を当てた場合、「この時代」「この地域」そして「酒造り」といったポイントの方が、安吾本人に絡むエピソードよりも遙かに重要だと感じられる。そして、この酒造りを生業とする一家にて発生した事件が、当時の日本ならではさまざまな因習が背景に発生している点、横溝正史あたりが創りだした「村社会の掟」をベースにした日本ならではのミステリ劇と重なって見えてくるように思うのだ。また、作品に現れるいくつもの事象、例えば、被害者の足跡しかない雪の密室、目撃された寝たきりのはずの老婆、美しい三姉妹、一族に伝わる掟……といったあたりも、古き良き国産ミステリを喚起する理由となるだろう。
同様に仕掛けられたトリック、そのトリックが構成された理由、その後の人々の動き等々により複雑に構成されていることもあって、ミステリとして提示される謎はなかなかに手強い。 特に人間関係については隠されている部分も多く、(本格ミステリとしては)微妙な表現だなあ、と思わされないでもない。ただ、最終的に明らかにされる構図はすっきりとしており、全てが腑に落ちることは間違いない。

ある程度本人のキャラクタを史実通りにしようと試みた結果だろうが、探偵役の安吾本人にあまり魅力が感じられない点は少し残念かもしれない。(だが、この点は仕方ない)。あくまで正統派の本格ミステリであるのだが、終わってみると様々な登場人物の想いのようなものが余韻として残される印象。


03/11/21
伊坂幸太郎「アヒルと鴨のコインロッカー」(東京創元社ミステリ・フロンティア'03)

初のノベルスによる作品となった『陽気なギャングが地球を回す』にてファン層を拡げた伊坂氏は、前作『重力ピエロ』を、受賞こそならなかったものの、第159回直木賞候補に押し上げ大ブレイクを果たした。本書は、東京創元社が満を持して打ち出した若手ミステリ作家による新叢書「ミステリ・フロンティア」の開幕を飾る一冊で、伊坂氏にとって五作目にあたる書き下ろし長編。

靴屋を営む両親のもとに生まれた僕こと椎名は、東北地方の大学に合格して、アパートにて一人暮らしを始めることになった。引越荷物を整理している途中、最初に部屋にやって来たのは尻尾の曲がった猫。そして次に会ったのが河崎だった。ボブ・ディランを大声で唄っていた僕を呼び止めた河崎はどこか奇妙な雰囲気を持っている人物。彼の部屋に招かれた僕は、彼からいきなり「本屋を襲わないか?」と誘われる。彼のいう標的は、外国人留学生にプレゼントするという広辞苑一冊。しかしなぜ買うのではなく襲うのか? さんざん逡巡した僕だったが、結局のところ、河崎が表から侵入して書店を襲っているあいだ、モデルガンを持って本屋の裏口に立ち、大声でボブ・ディランを唄う……という役割を引き受けてしまう。 ――その二年前。ペットショップにてアルバイトをしていた琴美は、ブータンから来た留学生・ドルジとひょんなことから知り合い、同棲していた。英語の達者な琴美は、ドルジと文化の違い、思想の違いに刺激を受けながらいい関係にあった。しかし、街ではペット殺しが横行しており、琴美とドルジはその犯人と思われる若い男女三人組と邂逅してしまう。彼らに追われることになり、ドルジが反撃、さらに逃げる途中、琴美はパスケースをどこかで落としてしまう。嫌な気分を振り払うためにバッティングセンターに出掛けた二人は、そこで琴美とかつて交際していた河崎と出会った。

伊坂マジックによる驚愕のミステリが、苦みの効いた超極上の恋愛小説を演出する
大体が、だ。伊坂作品に登場する主要なキャラクタは、常にユニークな個性を持っており、彼ら同士による嫌味無く洒落た会話や、奇矯にみえても意味のある行動などが、独特の世界をまず造り出している。つまり、常識人が振り回されるような、一風変わった角度から見る世の中が楽しい。初対面の隣人から「書店を襲わないか」と誘われる世界。ツカミは抜群にして、また登場人物が多彩。女性とのセックスを至上と考えながらも嫌味のない河崎や、日本とは縁の少ないブータンから来た外国人留学生のドルジ、さらにそのドルジと同棲している琴美、いつも冷静な、美貌のペットショップ店長の麗子、そして、まだ自分の考えをしっかり持つに至らず、彼らのいる世界と、当たり前の世界を行き来する椎名ら、実に魅力溢れる人物が目白押しに登場する。彼ら同士の会話のやり取りが、実に軽妙、そして洒脱、それだけでなく自然。外国映画や海外ミステリで交わされるような会話が、日本人同士で語られても違和感を覚えさせない自然さが、まず伊坂幸太郎のセンスでありセールスポイントである。

また、もう一つ。いくつものストーリーを断片的に散らして物語を復層構造にしたて、その意外な繋がりを演出するのが、これまで発表されてきた伊坂ミステリの特徴であり、やはり本作でもそれが継承されている。僕こと椎名の視点で語られる「現在」と、わたしこと琴美の視点で語られる「二年前」と。この二つの物語に共通する人物がいて、片方にしか出てこない人物がいて、それらがどのように繋がっていくのか……、が、最初に読んだ時の興味となろう。終盤にそれらが結び付く、その着地の仕方、これが絶妙なのだ。小生もこういったミステリでの幾つかの事例を頭に思い浮かべながら、かなり注意深く読んだつもりでいたのだが、真相に辿り着いた瞬間、完全に絶句。かなりの破壊力を持っていると言っておこう。

……しかし、本書は驚いて、それで「はい、おしまい」という作品ではない。ミステリとしての驚きのあとに滲み出てくる登場人物のいくつもの想いこそに、物語の焦点があり、価値がある。 並行して語られる二つの物語のあいだには、その真相を知ったあとに見えてくる「糸」が、実に無数に存在している。その一つ一つが単なるトリックの補助線としての伏線ではなく、別の意味合いを持って、美しく切なく浮かび上がってくるのだ。ドルジが外国人留学生であること。ドルジと琴美の心の底からの交流。ペット殺し。河崎の生き方。ドルジと河崎の関係。ブータンという国の思想。動物園の動物を全て逃がすという夢……。
そういった事柄がミステリとしての手段を経て繋がったとき、台詞も人生も行動も二重の意味合いを持つことに気付かされる。何気ないひとこと、何気ない行動。読むという行為のなかで、読者が通過させてきた登場人物の動きの意味の一つ一つが、改めて読者の心に飛来し、突き刺さっていくのだ。その結果、浮き彫りにされるのは、極上の恋愛の物語であり友情の物語なのである。 この感動、そして切なさは、形容のしようがない。この小説がミステリでなければ、これだけの感銘を受けたかどうか。エピソードを強烈に引き立てるために、驚天動地のトリックが存在するという不思議。伊坂幸太郎のセンス、これはマジでただ者のものとは思えない。

もしかすると『重力ピエロ』を超えたかも。洒落た会話を楽しむためでもいい、本格ミステリを読み解くためでもいい。とにかく理由は何でもいいから手にとってみて欲しい。絶対に後悔しないはず。まだ11月半ばにして来年のベスト候補が登場してしまった。