MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


03/12/10
相原大輔「首切り坂」(光文社カッパ・ノベルス'03)

'02年四月に、石持浅海、東川篤哉、林泰広、加賀美雅之らが一気に登場し話題となったのが光文社の新企画「カッパ・ワン登竜門」の第一期。その際、募集がクローズだったこの登竜門が一般開放され、その第二期として'03年、本書の相原大輔、そして浅田靖丸、佐藤良の三名がデビューを果たした。他、二人の作品はエンターテインメント系で、第二期のなかでは相原氏ひとりが本格ミステリ系統の作家である。

明治四十四年の初夏。閑静な御屋敷町、A町に住む異常なまでに神経質な銀行員の平沼は、眠れぬ夜の散歩に出掛け、B町に抜けるだらだら坂を稲荷神社へと向かった。その帰り道、坂のほとりにある首無し地蔵が四体並ぶ場所にて、平沼は一つの地蔵に首が載っていることに気付く……。
新進の幻想小説作家・鳥部は原稿取りにきた編集者の中村より、「A町の首切り地蔵の呪い」という怪談を聞かされる。それは二ヶ月前の自分自身の体験とそっくりの内容であった。彼は、A町に住む友人の深田宅に、別の友人・津本と共に訪れており、酒を飲んで大いに盛り上がっていた。その日、彼らは隣家の平沼より、首無し地蔵に首が載っていたこと、そして狐の仮面を被った怪人物を目撃したことを知らされた。面白がって首切り地蔵に向かった三人だったが、そんな事実は確認できなかったのだが、後日、鳥部自身がそれとそっくりの体験をすることになる。

なぜ、斬られた首は、首なし地蔵の上に置かれていたのか?
ミステリとして本書をみた際には、当然いくつもの謎が込められている。明治末期の帝都を騒がす首切り殺人事件。猟奇であり、残酷な犯罪。死体の首が切断され、はじめから首の落とされた地蔵のうえに置かれている。目撃されたあとに消滅する首、さらにその近辺にて目撃される白い狐の面を被った人物。更に、友人と交際していたモダン・ガールにして鳥部の従姉妹、佳津子が、同様の方法で殺害される。果たして犯人は、動機は? そして首切り坂の呪いの理由とは??
明治末期という時代設定にかなり力を入れており、多少ぎこちなさはみられるものの、その当時の雰囲気はよく出ているように感じられる。どちらかといえば、内省的で暗いタイプの登場人物が多いのだが、トーンそのものは一定しており、読んでいるこちらまで暗い気分になるほどではない。ただ、従姉妹の佳津子以外に目立つ女性があまり登場しない点、物語の華に欠けるきらいはあるように思えた。ただ、本書はキャラに萌えるミステリではないし、読者が物語の伏線を読みとることで、作者と推理比べをするタイプの作品でもない。やはり見どころは、上記した通りの驚天動地のトリックにあるといえよう。
……ただ、このトリック、どうだろう。「やられた!」というよりも「ありゃ、こう来たか!」といったタイプであることだけはとりあえず書いておく。ミステリの読者たるもの、この場面を想像して面白がらなければ。
首切り坂のある場所が「A町とB町のあいだ」となっており、吉原や新橋といった他の地名が具体的に出てくるので、違和感を実は覚えていたのだが、これもまた本書のトリックとしては、必然的にこうせざるを得ないことが読了後に判明。個人的には、舞台を帝都東京にしたことと、事件現場との違和感がやっぱり拭えないので、どこか架空の地方都市にした方が良かったかも、とも。

とはいっても全体に流れるモノトーンの雰囲気は悪くなく、何よりも徒に長いミステリが流行る昨今、この厚みで一つの長編をまとめ上げている点は評価できよう。時代を過去にとった本格ミステリも最近増えてきているが、その系譜に連なる作品だといえるだろう。


03/12/09
恩田 陸「図書室の海」(新潮社'02)

これまで長編や連作短編集を中心に発表してきた恩田さんによる、初のノンシリーズ短編集。既にアンソロジー等で本になっている作品や雑誌発表作品に、書き下ろしが二編加えられている。とはいえ、各作品が全て完全に独立しているということもなく、一部の作品は別の作品とのリンクがあるなど、恩田フリークにとっては見逃せない作品集となっている。

桜の季節、卒業式に校長が述べる古今和歌集の歌について語る二人の女子高生。デジャ・ヴ。二人の運命は重なり変転して……。 『春よ、こい』
目立たない後輩OLが交通事故に遭った男性をてきぱきと処置。看護学校出身という彼女に興味を持った先輩OLは、彼女のことを調べ出す。 『茶色の小壜』
米軍の斥候部隊に所属していた伝説の日系人兵士。わたしは彼の足跡を求め、さまざまな関係者から彼の話を聞き出す。 『イサオ・オサリヴァンを捜して』
両親がおらず、祖母と兄二人と暮らす理瀬。彼女は兄や祖母の前で自分を演じていることを自覚していた。そこに美しい女性がやって来た。 『睡蓮』
海に取り残された母は息子を岸に向かわせる。息子が振り向くと母はいない……。なぜその映画の一シーンが思い出されるのか、叔父の葬式で私は母に尋ねた。 『ある映画の記憶』
全校生徒が参加する一晩かけてひたすら歩き続けるイベント”ピクニック”。裏の事情を持つ三年生の男女が、それぞれ想いを馳せる。 『ピクニックの準備』
昔通った喫茶店。経営者が替わったその店で彼は友人とよくその店に来た頃のことを思い出す。無口なマスターとウェイトレス。しかし店では既に事件の萌芽が起きていたのだ。 『国境の南』
自らの意志を持つ巨大な大地・ココロコ。長老と相談しつつ進路を決め、内部に多くの人々を擁して長い時代を経験する彼の一代記。 『オデュッセイア』
もう卒業していない、尊敬していた先輩が借りた本を探す関根夏。彼女はそこに浅井光という名があることに気付く。夏はある秘密を抱えていた。 『図書室の海』
ある夜、「なつかしい気持ち」を集まった人々が吐露していく。赤ん坊の頃の記憶。学校の記憶。夢。奇妙な感情が入り交じり、石灯籠が浮かび上がる……。 『ノスタルジア』 以上十編。

大きな、とても大きないくつもの世界の、物語の断片たち……
意識してホラーとして発表されたという二作品、『茶色の小壜』『国境の南』から。根元にあるアイデアは、両作品ともそれほど目新しいものではない。一つは目立たないながら、よく観察していると奇矯な振る舞いがある女性の物語。もう一つはかつて時を過ごした喫茶店の思い出に浸りながら、そこで発生した事件について考える青年の話。視点をどうするか、切り口をどこにするかでがらりと印象が変化するだろうアイデアを、実に見事な短編に仕上げている。仄かな悪意を秘めた存在に魅惑されてしまう人々という構図が素晴らしい。突き放されるようなラストも心に残る。
あと、映画の一シーンからかつて自分の身近なところで起きた事件を思い出す青年を描いた『ある映画の記憶』。こちらは、人間心理を巧みに描くことでミステリとしての要素を保っている作品。ミステリとしての構図よりも、それを二重写しにした映画、そして原作に惹かれる。
  と、ここまでは独立した物語だともいえる。だが、どうも残りの作品からは「もっと遙かに大きな物語の断片」という印象が強く立ち上る。明らかにあるシリーズと繋がったエピソードや、どこかで聞いたことのある登場人物。また、物語が、実際に始まるまでのエピソードを描いたとしか思えない途切れ方。一つの作品を読み終わるたびに、もやもやしたものを感じたのだが、作者は丁寧にあとがきにて、物語の成立理由について語ってくれており、かなりの疑問が氷解する。やはり、そうなのだ。明らかに「小夜子シリーズ」に繋がる話。『麦の海に沈む果実』に登場する主人公の幼年時代。これから執筆される(と思われる)大長編の予告編として執筆された物語。もともとの壮大な構想を要約したようなエピソード。やはり、そう。これらは物語の断片なのだ。
だが、物語の断片でありながら、独特の吸引力を物語がそれぞれ自立して発揮している点は特筆すべきであろう。どこか懐かしく、どこか幻想的。自分にも降りかかる可能性があるようでいて、決して自ら入り込めない世界。一連の恩田作品が生み出す不思議な感覚で、断片であっても読ませ、唸らされるという不思議。この作品集から張られた根は様々なところに伸びている。伸びているのだが、この作品集だけでも十二分に手応えがある。恐らく繋がった先を知らなくとも、この断片だけでも恩田作品として鑑賞し、感銘を受ける人がいても全くおかしくない。

……とはいっても、本書は恩田世界にどっぷり浸かっている方のほうが受ける感慨が大きいだろうことも、やはり事実。ただ、逆にこの作品集から入って、どんな世界がこの先にあるのだろう? と、しっかり張った根の先を探検するのも楽しいかもしれない。物語そのものを大事にしつつ、サイドストーリーも書かずにはおられないという恩田さんの姿勢が、また嬉しい。


03/12/08
黒田研二「阿弥陀ヶ滝の雪密室 −ふたり探偵シリーズ」(光文社カッパ・ノベルス'03)

前作『寝台特急「カシオペア」の二重密室』にて、恋人の友梨の身体に、刑事であり恋人の胡田キョウジが頭のなかに宿ってしまって、二人で一人、探偵役を務めるのが「ふたり探偵」。本書はそのシリーズ二作目にあたる作品で、長編書き下ろし。

前作においてシリアルキラーJに襲撃され、意識不明の重体となって入院している胡田キョウジ。入院から二週間、今日も婚約者の向河原友梨は、病院を訪れていた。しかし、あの事件以来、キョウジの意識は友梨のなかにあり、二人の心は繋がっていた。ときに新興宗教の教祖の切断死体が発見されたというニュースが世間を賑わしていた。また、幼児の連続誘拐殺人事件も発生しており、友梨は心を痛めている。そして、自宅にいた友梨は、キョウジの意識を感じなくなったことから危機を予感、夜中に隣人に頼み込んで病院へと急行した。誰かが夜中にキョウジの病室に侵入、彼の首にロープを巻き付け殺害しようとしていたことが判明する。幸い、様子を見に来た看護婦の悲鳴により犯人は逃走、キョウジ自身は事なきを得た。だが、友梨と仲良くなっていた入院患者の少年・幡野一輝の持ち物が室内に。その幡野一輝はベッドにはいなかった。枕元にはジャーマン・アイリスの黄色い花が一輪。それは、世間を騒がす連続幼児誘拐事件の犯人が現場に残していくシンボルと同一のものであった。一旦、仕事場に戻った友梨だったが、そこに一本の電話がかかってきた。渡しておいたテレホンカードを使って、隙を見て掛けてきたという一輝からのもの。あいにく通話は切れてしまったが、彼の言葉の断片から、友梨とキョウジは監禁場所を類推する。

読みやすさが抜群。場面展開がスムース。本格としてオツ。プロットの妙が全てを引き立てる
曲がりなりにもプロの作家である黒田氏には失礼な物言いかもしれないが、この作品あたりで一皮剥けてきたなあ、という印象。恋人二人の意識が繋がったという探偵役、さらに狂気の殺人鬼・”シリアルキラーJ”という、考えようによっては荒唐無稽な存在を物語世界のなかに打ち出しながら、また、本作の大もととなる死体切断事件もかなり無理がありながら、全体としての違和感をほとんど覚えさせず、物語全体を一気読みさせてくれる。いわゆる、新本格以降に登場した作家とはいえ、本格ミステリとしてのトリックに拘泥せず(考えられていないわけではなく、そこばかりにこだわらない潔さ)、プロットの組み合わせによって意外性やミステリを演出していることが、その第一の理由であるように思われる。
本書における事件を大きく分けると、宗教教祖の死体切断及び遺棄事件(上半身と下半身が遠く離れた地点で発見される)、少年誘拐事件(いくつかのヒントがありながら、誰が何の目的で、どこに連れ去られたのか分からない)、さらに、容疑者と目される人物のアリバイ崩し、そして阿弥陀ヶ滝と呼ばれる地点での幽霊騒ぎ……等々になる。決して分厚くないノベルス一冊に込められるトリックのアイデアとしてはかなり多い方の部類に入るだろう。そして、それらの事件が微妙にリンクし、謎が謎を呼ぶ展開となっている点が面白い。その実「謎」の一つ一つを取り上げると、トンデモに近い原因や動機があるにもかかわらず、その不自然さを感じさせないのは、次々変転するプロットによってサスペンスを生み出していることとも多いに関係がある。
一連の事件に「ある補助線」を引くことで、かなり全体の事件はクリアになっていくのだが、そこに至るまでに読者に推理する暇を与えない。凝りすぎてトンデモになりかかったトリックでも、奇妙に納得させられてしまう。文章が平易で読みやすく、物語の展開が急であり、主人公の陥るサスペンスに目が奪われる。この独特のスピード感覚、物語の緩急をコントロールすることによってが生み出される説得性というのは黒田氏の大きな武器となっているように感じた。

トリックのアイデアだけに頼らず、物語としての面白さやスピード感を重視するという姿勢に好感。手練れの作家が時間をかけて身につけるセンスを既に黒田氏が修得しているように思えた。黒田氏に陰のブレイン(?)がいることは、ネット内では有名だが、その結果練り上げられた作品は、例えばプロットを重視する岡嶋二人の一連の作品とも何となく共通点があるようにも感じられる。このあたりはいずれきちんと考えてみたいが。


03/12/07
篠田真由美「魔女の死んだ家」(講談社ミステリーランド'03)

「かつて子供だったあなたと少年少女のための――」というキャッチコピーにて'03年7月より開始された、講談社の新シリーズ、”ミステリーランド”。本書はその第二回配本三冊のうち一冊。書き下ろし。

美しい母親と暮らす”あたし”は、大邸宅でばあやとねえやとの四人暮らし。学校には通わず、その館と庭だけがあたしの生活する場所。おかあさまはあたしに対してとても優しく、そしてとても美しかった。だけど、毎日”すうはい者”と呼ばれる男たちを何人も家に招いて賑やかにしているのがあたしは嫌だった。あたしは一度だけお客様の前に着飾って出たことがあったけれど、その嫌な経験からもう二度とそういうことはしたくないと思っていた。おかあさまはすうはい者たちから『魔女』と呼ばれていた。それくらい美しかったのだ。おかあさまのことを大好きだ、と伝えたそのあくる日、あたしはおかあさまと永遠の別れを迎えることになる。男の人のひとりと鍵のかかった別室に籠もっていたおかあさま。そして銃声。駆け付けたすうはい者たちが見つけたのは、銃でこめかみを撃たれたおかあさまの死体、そして酔いつぶれた一人の男。その男は、おかあさまの夫だったひとで、今は別に妻や子もあるのだという。あたしは、自分がおかあさまを殺したのではないか、という夢をみていました。果たして、おかあさまを殺したのは、あたしなのか、それともあの男なのでしょうか。

ロマン溢れる幻想・少女小説のようでいて、その実ちゃっかり本格ミステリ。子供相手に容赦なし。
代表作、ということになるとどうしても桜井京介を探偵役とする、一連の「建築探偵シリーズ」ということになってしまう点は否定できないが、もともと篠田真由美さんはミステリオンリーの作家ではない。伝奇やファンタジーをものにしているし、幻想小説もあるし、お堅い作品だって発表できる。だから余計に読んでいるうちに煙幕に嵌ったのかもしれない――。とにかく、本作の序盤からしてちょっとこれまでのミステリと違うように思わせられるのだ。「あたし」の視点から「おかあさま」への賛辞、そして唐突に襲われる悲劇が続く物語。じっくりゆっくり語られているのを眼にし、その文体や内容から「これはもしかすると少女小説への挑戦か?」と、正直思わされてしまった。が、読了した今となっては、そう思わされたことが悔しい。やっぱりこの叢書はミステリーランドであり、この作品はきっちりミステリだったのだ。
序盤の、良くも悪くもふわふわした独白調の文体を抜けると、今度はその「おかあさま」を知る様々な人物が彼女について証言を行う展開へと移行する。このあたりで「あれ?」と、その落差を感じて、でもそれに慣れると物語は本格ミステリとしての体裁を取っていることに否応なく気付かされる。また、「おかあさま」に対する人々の言葉は、苦く、重たい。少年少女向けを多少逸脱している感もある。 ただ、物語のポイントは浮き彫りになる。つまり、果たして、館で「おかあさま」が死んだ事件の真相はなんだったのか。 密室状態になった部屋で銃弾を受けて死亡した美しい女性。その部屋にいた元夫。そして。永い時を経て、関係者が成長を遂げた後、颯爽とその真実を解き明かすのは、「あの人物」なのだ。(名前は出ていないので、それが誰なのかは、皆様の想像にお任せするしかない)。また、描写された光景、独白の意味、問われないがために語られない事実、そういったところを突き詰めることによって得られる論理の快感。そして作者がさりげなく仕掛けたトリックによるサプライズ。これは本格ミステリとしての要件を十二分に実は満たしている。 そして、手練れの大人をも騙し通すこの構造は、恐らくミステリ初心者となるであろう本作の対象読者を十二分に驚きの渦に叩き込むだけの容赦ないパワーを秘めているといえるだろう。

ちょっと入り口は狭いような気もするが、実は奥行きが広く、深い。篠田フリークの方なら、お見逃しということは既にないと思うが、いわゆる普通のミステリファンにしても、手にとって全く損のない作品である。


03/12/06
有栖川有栖「虹果て村の秘密」(講談社ミステリーランド'03)

「かつて子供だったあなたと少年少女のための――」というキャッチコピーにて'03年7月より開始された、講談社の新シリーズ、”ミステリーランド”。本書はその第二回配本三冊のうち一冊。有栖川氏にとって、初めてのジュヴナイル長編ということになる。書き下ろし。

刑事の父親を持ち、将来は推理小説作家になりたい十二歳、上月秀介と、推理小説作家の母親を持ち、将来は刑事になりたい十二歳、二宮優希。二人は夏休みを利用して、優希の母親が育った虹果て村にやって来た。急用で優希の母親が来られないかわりに、役所に勤める優希の年上の従姉妹、明日香さんが彼らの面倒をみてくれるという。虹にまつわる伝説が七つあるという虹果て村には色んな人がいたが、特に最近は、近辺に高速道路建設の話が持ち上がっており、村民は賛成派と反対派に分かれてのせめぎ合いがある様子。ただ、小学生の彼らはそんなことは無関係。明日香さんと共に村の名所を見物して回った。水面に虹が出ているときに願い事をすると叶うという明神池でお弁当を食べている最中、素敵な男性・島本光が通りかかり、明日香さんは一目惚れ。しかし、その晩、明日香さんに言い寄っていた高速道路反対派の笹本が何者かに殴られて殺されてしまうという事件が発生した。実は県警捜査一課の刑事だった光が、土砂崩れで応援が来ないなか、駐在さんと二人して事件を仕切るが、事件現場はなんと密室状態だった。秀介と優希は、自分たちで事件を解決しようと意気込んだ。

少年少女にもロジックの美しさを。有栖川氏ならではのジュヴナイル
当初の設定が、何とも微笑ましくいい感じ。互いの親の職業に憧れて、刑事を目指す少女と、作家を目指す少年のコンビ。彼らのコンビが旅先で出会う事件。この好奇心と実際の事件との出会い、そして行動と大人の反応など、実に自然に物語に溶け込んでいる。いきなり「少年名探偵!」なんて存在が登場し、超越的に事件を解決するのではなく、実際そこいらにいるかもしれない少年少女が自分たちの出来る範囲で、警察と協力して事件を解決に導いていく様子が巧みに描かれている。ジュヴナイルとしてのバランス感覚が実に見事で、これが(ジュヴナイルとして)初めての作品とは、とても思えない。
また、舞台背景も良い。どうもこのシリーズ、大都会よりも田舎を舞台にする傾向が強いようなのだが、その結果、ちょっとした天変地異からごくごく自然に(不自然か?)クローズド・サークルが形成される。それが、ミステリというものは、こういったシチュエーションが基本ですよ、という少年少女への有栖川氏の配慮に思える。そして何よりも、ミステリ好きの少年であったら常識ともいえるトリックを正々堂々と正面から使用している点、ここにも配慮が見える。科学知識や、自然の物理法則を利用した驚天動地のトリックもそりゃいいが、こういった「僕にも分かる」というトリックをまず物語に織り込んでいるところに何ともいえない暖かさを感じるのだ。この結果、彼らの捜査への参画を非公認ながら認められるという手順がここで踏まれている。ただ、最終的な犯人指摘、これも少年少女探偵によって為されるのだが、そこには有栖川氏らしいロジックが使用される。登場人物の証言や行動の不自然な点を突き詰め、論理によって真相を見抜く。この詰め、この楽しさには子供も大人も関係ない。「なぜ、現場は密室にされる必要があったのか?」 ここから様々な可能性を検証して、真相に至る道を探し出す――、そのロジックの面白さ、そして凄さもきっちり、分かりやすく物語内部で体現している。そして、また構築されたロジックの隙の無さが醸し出す美しさ。本格ミステリの入り口に立った読者が一歩を踏み出すのに、実に相応しい作品だと感じた。

序盤からテンポ良く、すいすいと読める作品。あくまでジュヴナイルでありながら、大人が楽しめるだけの内容をもきっちり持っている。それでいて、本来の対象となる読者への配慮もきっちり為されており、これぞ「ミステリー・ランド」本来の意図を汲んだ作品だといえるだろう。このシリーズ、ちょい高価なのが難だが、読書の悦びを確実に伝えてくれる。この本と、図書館で出会える子供たちは幸せだろうな。


03/12/05
藤村正太「謎の環状列石(ストーン・サークル)」(ソノラマ文庫'76)

乱歩賞作家、藤村正太によるジュヴナイル長編。学研の刊行していた学習雑誌『中学三年コース』3月号及び『高1コース』4月号(読者を想定してか、掲載誌が変化しているのが面白い)に掲載された作品に、新構想を加えて再編集されたという作品。

UFOの存在を信じる中学生・今泉晴彦は自宅から多摩丘陵の方面にUFOを目撃した。隣に住む幼なじみ・笠原則子と共にUFOが着陸したとおぼしき多摩丘陵の「はけ」を調査に出掛ける。古代の遺跡の多いその地域で、晴彦は環状列石を発見、さらにそこに埋められていた謎の電子部品を見つけ、UFOが残したものではないかと考える。則子の兄の高校生・昌史にそのことを話し、部品を自宅に持ち帰ることにする。晴彦は、父の知り合いで、電気関係の専門家である広畑浩一郎が自宅に来たのを契機に、宇宙考古学に興味があるという彼に電子部品を見せる。広畑はUFOに関するさまざまな知識を晴彦に披露、最近彼の会社で発生した、奥多摩での事故も、UFOによる幻覚殺人ではなかったか、と言い出す。その被害者・加倉井もまた宇宙考古学の信者であったが、お酒を飲まないのに酔っ払ったような足取りで秋川渓谷を歩いているのを目撃され、転落死したのだという。あくる日、昌史と則子は、晴彦を連れて秋川渓谷へとハイキングに出掛ける。昌史は、その事件はUFOの仕業などではなく、もっと人間くさい殺人ではないかと疑ったのだ。彼らは広畑の知り合いだと名乗って、地元警察に行って事件の内容を確認する。

UFO、環状列石、空飛ぶ怪光、幻覚症状、怪電話、テレポート、怪しい人物たち……
まさに、少年学年誌に連載されました、という展開&内容。 当時ブーム(に近い状況だったような)UFOであるとか、宇宙人であるとかを効果的に配して、主人公をはじめとした主要登場人物が、いい大人も含めて一応はその存在に配慮をするという序盤の展開が今となっては何ともいえない味わい。更に遡った時期の少年もの探偵小説であれば、”謎の怪人”が果たした役割を、宇宙人に担わせるあたりが時代というか何というか。
――ただ、ぽんぽんと景気よく登場させた怪奇現象、例えばストーンサークルに埋められた謎の電子部品であるとか、怪しい人影であるとか、空を飛ぶ人魂であるとか、幻覚症状、人間からのものと思えない怪電話……等々、これが、最終的には現実の科学及び論理にて回収されるの点は特筆すべきだろう。また、これらについては多少無理があると思えないことはないが、物語はそれだけでもない。過去に発生した事故死に見せかけられた殺人事件を主人公たちが解き明かすという展開に進んでいくからである。ここからは完全に、いわゆる本格ミステリの領域。 主人公たちが起こす無謀ともいえる行動に伴うサスペンスだけでなく、レッドへリングが効いた(効き過ぎの感もあるが)フーダニット、そして容疑者が絞られた後では、アリバイトリックの解明に物語の焦点が移動するのである。
このアリバイトリックは、さすがに時代がかっており、現代の読者としては「仕組み」そのものが過去の制度や機器に依存するためにちょっと解きようはないながら、作者なりに手加減をせずに作り込んでいる点は評価できよう。

正直、あまり期待せずに読んだのだが、意外な掘り出しもの――に当たったという印象。少年探偵小説特有の冒険譚だけにとどまらない、それなりに本格ミステリ精神が横溢した一冊である。今さら入手するのが非常に困難な点はどうしようもないのだが、機会があれば読むだけの価値ある作品だと感じた。


03/12/04
三津田信三「作者不詳 ミステリ作家の読む本」(講談社ノベルス'02)

三津田氏は「ワールド・ミステリー・ツアー13」シリーズ、「日本怪奇幻想紀行」シリーズ等を企画した現役の編集者ながら、'01年に『ホラー作家の棲む家』を講談社ノベルスから刊行、小説家としてのデビューを果たす。本書は第二長編にあたる作品。天地の端に黒が印刷され、横に「UNKNOWN」と浮かぶ文字が怪奇感を引き立てる。

『迷宮草子』という書名の本に関わってから、全ては始まった――。
編集者である僕こと三津田信三は、奈良県の杏羅市で生まれ育った。社会人となってから彼は近くにある杏羅長に「乱歩」と名付けた散歩によく出掛けるようになった。その町にある古本屋〈古本堂〉に入り浸ることが多くなり、それは親友である飛鳥信一郎の知るところになる。その店の経営者・神地氏が僕と飛鳥が興味を持ちそうだ、と渡してくれたのが『迷宮草子』と題された素人の手造りっぽい革装の本。なかには七つの小説が入っており、飛鳥がそれを購入した。第一話『霧の館』を読み終えた僕と飛鳥は、町が突如霧に囲まれるという体験をする。しかも、霧は二人にしかみえないらしく、その怪異現象が発生した原因は『迷宮草子』を読み始めてしまったことにある、と二人は気付いた。かといって、収録された作品はミステリあり、幻想小説あり、犯罪記録あり。どうやらその謎を解けないと怪異に飲み込まれてしまうらしい。しかもこの本のかつての持ち主だちは原因不明の行方不明となってしまっていた。早速、飛鳥と僕は『霧の館』という幻想小説に込められた謎を解こうとする。山奥の西洋館で暮らす少女と、迷いこんだ主人公との交流、そしてドッペルゲンガーを描いた怪異譚。二人はこの物語に込められた謎を解くことから開始した。

本格的な「本格ミステリ」と本格的な「怪奇小説」の実に見事なハイブリッド
刊行されてから遅れて手に取ることになってしまったが、実に本書がワタクシのツボを直撃する一冊であることに今さら気付いた次第。本格ミステリとしての十分な謎解きの楽しみが与えられつつ、怪奇小説特有の緊張感と恐怖感が絡み合いながら一つの長編が造り上げられている。 少々厚みがある作品ながら、何かに憑かれたかのように一気に読まされた。
基本的には作中作でもある『迷宮草子』に掲載された七つの短編を、主人公+名探偵役の二人が解き明かして行く物語。考えようによっては、「問題編」「解答編」に分かれた短編集として捉えることも出来るだろう。ただ、普通の本格ミステリと思っていると、一筋縄では行かない趣向に驚かされることになる。
まず、問題編にあたる作品が凝っている。さすがに強烈に文体を変化するまでには至っていないのだが、女性から年寄りまで執筆したと思われる人物のバリエーションは非常に豊か。 「霧の館に住むドッペルゲンガーを持つ少女」「子供を喰らうという妖怪伝説のある地で攫われた赤ん坊」「下宿の仲良しが服毒死した件を探る素人女探偵」「戦前に一人の女性を取り囲むサロンで発生した事件」「山荘の高校生集団惨殺事件顛末」「美人女性の時計塔からの墜死」……いわゆる問題編というでなく、執筆者が実際に経験したこと、聞いてきたことを物語風に記していたり、入手したノートから事件を再構成していたりといった体裁であり、独立した作品としてみれば怪奇譚ないし、犯罪記録に過ぎない内容。(それはそれで、恐怖が煽られたり、事件性があったりなかったりでリドルストーリーとして興味深い)だが、それぞれのテキストに隠された秘密を、飛鳥と僕は絶対に解き明かさなければならない

なぜなら――読み終わってから、作品に込められた秘密が解き明かされるまで、彼らのあいだで命に関わるような怪奇現象が発生するから。 一言でいえば、解決までにタイムリミットが切られているようなものなのである。この緊張感と緊迫感が堪らない。出来の良い怪奇小説で味わえるような背筋が寒くなるような感覚を、本格ミステリの謎解きの前段〜解決から味わえるのは快感ですらある。しかも、一見何でもないような作品からでも、記述を様々な角度から眺めることで新しい事実が浮かび上がってくる本格ミステリ的解法、それそのものもまた別の意味で恐ろしさを感じさせる。物語の変転は、驚きとともに恐怖を呼び起こす。

なぜか三津田作品を二冊目から手に取ったことを後悔。一部で『ホラー作家の棲む家』にも繋がっているエピソードもあり(本作を読むのに前作を知らないことは支障にはならないが)、最初から順に読み進めたいと真剣に感じた。作中作を解き明かすメタ構造を持った本格ミステリにして、十二分な怪奇小説。 きっちりその二つの要素が溶け合っており、どちらの趣向を好まれる方でも、この作品には一目置かざるを得ないはず。


03/12/03
米澤穂信「氷菓」(角川スニーカー文庫'01)

米澤氏は'78年生まれ。この「氷菓」にて第5回角川学園小説大賞奨励賞を受賞してデビュー。青春ミステリの書き手としてJ徐々に注目されつつある。本書の翌年『愚者のエンドロール』を同文庫からも刊行している。

何事にも積極的に関わろうとせず、エネルギーを無駄に使わないことを生活信条としている筈の少年・折木奉太郎。姉と同じ神山高校に入学することが決まっていた。エネルギッシュな姉(東アジアから中東方面を放浪中)からの手紙により、入学後奉太郎は古典部に入部することになる。部員が居らず、今年誰も入らなければ休部という部室に初めて訪れた奉太郎は、そこに清楚な女性がいるのを目にする。同じく新入生の千反田える、と彼女は名乗る。彼女が閉められた筈のない教室の鍵が閉まっていた、という謎をなぜか奉太郎は鮮やかに解き明かしてしまう。続いて、図書館で人気があると思えない本の貸し出しがローテーションされている謎も奉太郎は解き、彼に意外な才能があることを周囲は認め始めた。奉太郎を見込んで、えるは自分が古典部に関わることになったエピソード、行方不明のおじが三十三年前に古典部に所属していた時分にあった事件が何だったのかを解き明かしたいと頼み込む。結局、奉太郎はその件を引き受け、親友にして悪友の里志、里志に思いを寄せる図書委員にして性格が強烈な伊原摩耶花を加えて、神山高校の文化祭であるカンヤ祭に向け、文集「氷菓」発行の準備のため、過去の事件を調べ始めた。

学園ミステリの甘みよりも、滲み出てくる苦みが渋い。時を超える学園の謎
省エネ型主人公に、ちょっと謎めいた美少女、明るい親友に、活発な女友達。ミステリに重みを置いているだけあって、いわゆるジュヴナイル的お約束の恋愛的なパートを押さえつつも、過剰な表現はなくどちらかといえばシンプル。一方、ミステリとしてのエピソードは豊かに。なので、学園を巡る小さな日常の謎と、学園の過去の出来事に絡む比較的大きな謎、これらが絡み合って短編集的な段落を組みながら一つの長編を為す構成が生きている。特に「学校」という、誰もが経験しつつあまり意識してこなかったようなポイントを、巧くミステリに組み込んでおり、舞台と謎とが併せて醸し出す雰囲気が心地よい。 例えば学校は大きなクローズド・サークルであること。学校だから禁忌とされている事柄があること等々、卒業して少し経過すると意識に上らなくなるようなポイントを巧くミステリに利用している。また、謎解きとはいっても、学園ミステリでありがちな陰惨な雰囲気がなく、どこか「からり」としたイメージが作品を通じて表現されているのも好印象を残す要因の一つだろう。
ちょっと斜に構えた主人公の性格は、どちらかというと中心人物よりも脇役向きのように感じたこともあり、感情移入はし辛い。ヤングアダルトとしてはそのあたりはどうなのかよく分からないのだが、ミステリとして読む分には適度な距離感があって悪くない。一方で、その性格が高校生活の進展とともに変化していく様子も興味深いところ。
そして昔、学校であった事件の謎を解き明かす過程で、徐々に大人に成長していく主人公たちというあたり、お約束ながらうまく描けていると思うし、その事件を通じて喚起させられるほろ苦さゆえに、大人が読むにも十分耐えられるミステリになっているかと思う。
これは個人的なことになるが、三十三年前、という時を聞いた瞬間に(さすがに小生だってリアルタイムで知る程の年齢ではないよ)昭和ミステリを読み込んでいる身としては、その背景が「恐らくあのあたりに答えがあるんだろうな」と頭に浮かんだ。ただ、それは恐らく現代のスニーカー文庫の読者が同じ発想をするはずだとはいえるはずもなく、だからこそ、本書はミステリとして成立するのだろう。

小生の浅薄な知識及び情報収集において、これまで本格ミステリの書き手として、マーク出来ていなかった作者及び作品(大変失礼しました)。この後も堅実なミステリを発表しているとも聞くし、本書を薦めてくださった某氏に感謝。「何じゃこれ?」と思うこの題名にまで謎が込められている点など、ミステリ作家としてのセンスは十分。


03/12/02
関田 涙「蜜の森の凍える女神」(講談社ノベルス'03)

本作は数えると第28回メフィスト賞にあたるのだが、どこにもその「第○回」という記述がなされていないことで一部に話題になった。帯には「メフィスト賞が変わる?!」とあった点もポイント。その実際のところには少々疑問もあるのだけれど。関田氏はもともと(今でも)四コママンガを中心とするヴィッキーの隠れ家というサイトの運営者でもあり、ミステリ畑出身ではないのだという。

二つ年上の女子高生の姉・ヴィッキー(公認の渾名)と、僕こと菊原誠、十五歳、そしてヴィッキーの友人の森下さんは、四月の週末を利用して、父の友人が持つ仙人平にある別荘に遊びに来ていた。ところが天候が急変し、付近は季節はずれの大雪となってしまう。そこへ訪ねてきたのは、車が雪で動かなくなり遭難しかかっているという大学のサッカーサークルに属する男四人、女二人の計六人。彼らを追い出そうとするヴィッキーに対し、僕は彼らを迎え入れることを主張する。結局、図々しく客人となった六人はそれぞれ個性的な人物。特にそのなかでも一際目立つ高口という男が、ヴィッキーをはじめとする周囲に対して「推理ゲーム」をしようと提案する。高口がつくったシナリオで、別荘内部で架空の殺人事件が発生したことにし、それをヴィッキーが推理するというものだった。気持ちよく対決を受け入れるヴィッキー。そして夕食の時間、真っ先に高口がカレーを食べた際に、砒素で毒殺されたという設定で幕が開いた。彼ら六人の抱える複雑な人間関係を誠は知らず耳にし、そしてその翌朝、高口が鍵のかかった室内で全身を文化包丁で刺されて死亡していたのが発見される。部屋には外の雪が吹き込んでおり、死体はライターと携帯電話を握りしめていた……。

メフィスト賞以前から存在する「新本格ミステリ」の王道を行く。端正にまとめられた本格ミステリ
いわゆる本格ミステリには、王道的な諸要素が存在するケースが多い。すなわち、密室、アリバイ崩し、バラバラ死体、雪の山荘・嵐の孤島、叙述トリック、顔のない死体、見立て殺人、ミッシングリンク、ダイイングメッセージ、そして読者への挑戦状……。こういった要素は「本格ミステリのガジェット」として、いわゆる本格ミステリを指向する作品には大抵、そのどれかが含まれている。また、こうしたガジェットが登場すると、「ああ、本格ミステリだ」と、読者も安心をする部分もあるだろう。本書は、そういった安心を特に売り物にする意図があるものではないとは思うが、そういったガジェットがかなり多く作品内に取り込まれていることは事実。その組み合わせにこそオリジナリティが存在しているものの、個々のガジェットそのものを一つずつ取り上げていくと、それなりに先例のあるものによって構成されている。ただ、もちろん既に多くの本格ミステリにそういった傾向がみられる今、それ自体は悪いことではない。ただ、本格ミステリのガジェットを数多く含み、その一つ一つの内容が手堅いこと、それがこの作品の本質そのものを言い表してしまうように思われる。だってこの作品、雪の山荘における密室殺人+アリバイ崩しが中心なのだから。。
全体として無理が少なく手堅い。本格ミステリを専業とする作家のデビューから数作目かの作品といった趣をデビュー作にして得てしまっているようにみえる。抜けた奇抜さがないかわりに、詰まらない平凡さもない。突出した試みがないかわりに、ミステリとしての破綻もない。先人達への偏愛もないかわりに、ジャンルのなかではきっちり中道を維持している。本格ミステリとして非常にオーソドックス。 まだこれがデビュー作品なので、今後どう作風が変化していくのかは興味深いところではある。ただ、この作品一つを取り上げるならば、”本格ミステリの王道”を期せずして邁進しているようにみえる。 唯一規格外れと思われるのは、その特殊な”挑戦状”にあるだろう。奇妙に作品に対してのへりくだりがあり、事件の真相ではなくジャッジメントであるという。――ただ、それもまた、作者の自信の無さに見えてしまったのはかなり意地悪な見方になるのだろうか。事件の動機にしてもまた、悲惨ではあるけれど、それ自体昨今のミステリにおいて(いや、社会派の過去から考えても)決して珍しいものではないし、物語の結末に読者が口を挟むのは烏沽がましいだろう。
また、登場人物として、女子高生探偵・ヴィッキーという存在が特徴的な存在が企図されているのだとも思われるのだが、既にこれもキャラクタ的には二階堂黎人氏による二階堂蘭子、愛川晶氏による根津愛にキャラクタ的にもかぶっているようにみえる。先の美少女名探偵に比べると、ヴィッキーもまだまだ堅実派である。

何となく以上のコメントが否定的な表現にみえてしまうかもしれない。だが実際のところ、非常に基礎に忠実で、堅実な本格ミステリとして楽しめよう。いくつものトリックが輻輳することで、本格ミステリとしての面白さは十二分に体現出来ているといって良い作品。


03/12/01
牧野 修「黒娘 アウトサイダー・フィメール」(講談社ノベルス'03)

『メフィスト』'02年5月号〜'03年1月号に掲載された中編に書き下ろしが加えられて刊行された連作集。とはいっても、全体を通じての物語が大きいので、一つの長編の如き印象が強い。

ヴィクトリア・メイデンのロリ系ファッションで身を包み、人形を模したような可憐さを持つ少女・ウラン。その外見とは裏腹に彼女は血が大好き。出会い系サイトで知り合った男を誘い込んで殴り倒し、男が振りかざすナイフで返り討ちにし、血まみれになって楽しむ。一方、身長二メートル近い長身でクールな性格、そして美貌を持つアトム。全身に多くの傷を持つ彼女も、輪を掛けてサディスティックな性格を持ち、男を傷つけて楽しむのが大好き。欲望を剥き出しにした男たちから、命を含めて全てを奪い取っていく二人。彼女らの行くところ、男性の理不尽な暴力に苦しむ女性がいる。そしてそんな彼女らを虐げてる加虐指向が異常なまでに強い男たちには、女性を攫い陵辱しそれでいて罪に問われないだけの謎の強大な組織が背景についていた。女性性を守るドゥルガーと、絶対的父性の狂信者たちの血で血で洗う抗争が、今日もどこかで続いている。殺戮の女神たちの痕跡を辿り、追いつめていく〈使徒〉、そして勝負の行方は?

確信的不快指数100%。「性」を強く感じさせる徹底した血と暴虐の牧野世界
読者を選ぶ小説である。性的な暴力等が苦手な方は本書を手に取らないように。

カバーにおける牧野氏のコメント曰く「猥褻で下品で不快でものすごく暴力的な女たちが、最初から最後まで反省することなくひたすら疾走する物語を書こうと思った。」とある。確かに、そのコメント通りの作品となっている印象。アトムとウランの暴虐コンビが最初から最後まで理不尽に物語を疾走する。男性の頭蓋は割られ、首はちょんぎられ、彼女たちの性的興奮のためだけに使い捨てられる。そうでない男性と登場する女性のほとんども別の暴力の餌食となる。流される血の総量はリットル単位では効かない。
それだけなら、設定のやりようによっては力vs力のエンターテインメントにもなろうが、主人公たる彼女らが、男性にそれだけの暴力を振るえる根拠? となるエピソードがそれぞれに強烈に痛く、そして不快。 物語には女性性と男性性との宿命的な戦いという背景が存在している。その前段階として個別エピソードがあり、その部分が辛い。平穏に暮らす女性に対する、合意における趣向としてのSMレベルを遙かに超えた、一方的な男性→女性への暴力が徹底して描かれているのである。手を変え品を変え、理不尽な性的暴力に晒される女性の物語は、(一部の特殊性向を持つ方を除いて)決して人々の快を導くものではない。セクシャルハラスメント、ストーカー、レイプ、監禁、傷害。読み続けるのが苦痛になる。男性が持つ醜さや劣情を徹底的に拡大し、それを突き落とすのが狙いなのだろうが、少なくとも私の膚に合わない。
一方で、いわゆる「電波」的な世界観が物語を覆っているのは牧野作品らしいといえる。男性組織メガロファロス、女性組織クラン・ヨー・ギーニー。五千年もの長きにわたって繰り広げられている戦いという設定が背景にあり、神と神との戦いを彷彿させるラストに持ち込むのは、伝奇小説的であり、本書のポイントといえる部分。その過程はとにかく、物語の持っていき方だけは、きっちり王道を極めている感。もともと、牧野氏は登場人物に電波的な論理を持つ人物を配することに長けている作家だが、本書の場合は、その電波を世界そのものの成立にまで持ち込んだということになるか。

読んでいるうちに友成純一の一連の作品との共通性を考えたが、多少二人の作家で立ち位置が異なるように思えるのであまり比較は意味がないと判断した。古屋兎丸氏によるカバー及び本文イラストが、からりとした雰囲気を持っており、物語とのミスマッチが存在する。掲載誌や牧野氏の知名度とか、そういったことを抜きに、内容だけを純粋に取り上げた時に思うのは、よく講談社ノベルスが本書を出したな……ということ。筋書きは王道だが、装飾が不快。繰り返すが、小説の暴力シーンが苦手という方は、やはり本書は敬遠された方が良いかと。