MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


03/12/20
京極夏彦「後巷説百物語」(角川書店'03)

「のちのこうせつひゃくものがたり」と読む。『巷説百物語』『続巷説百物語』と続いてきた〈百物語シリーズ〉の掉尾を飾る作品集。角川書店の雑誌『怪』に'01年から'03年にかけて掲載してきた作品に、書き下ろし『風の神』が加えられている。

時は維新を超えて明治となり十年。東京警察庁一等巡査・矢作剣之進、洋行帰りの倉田正馬、剣術使いの道場主・渋谷惣兵衛、そして元北林藩江戸詰で奇妙な物語を好む笹村与次郎。旧友四人が集まり、怪異にまつわる話が盛り上がり、埒があかぬと行き着く先は、薬研堀に遠縁の少女と住む一白翁。齢八十を超えるこの翁、古の怪の話に滅法詳しい。そしてこの翁こそが、山岡百介その人であった――。
東北のある地の海岸では、ある場所からしか視えない島があるという。噂を聞きつけた訪れた百介は、事件に巻き込まれ海岸を通り抜け、その島に上陸する。そこは不思議な掟によって支配された、人界から隔絶された島であった。 『赤えいの魚』
大阪近くに妖異なる火が現れる――噂を聞きつけて訪れた百介を待ち受けていたのは、通りがかりの六部がその怪異を消し止めたという話だった。百介を待ち受けていたその男は変装した又市。だが、役人宅に呼ばれた又市は――。 『天火』
蛇を祀る塚を数十年ぶりに暴いた乱暴者が、塚の石箱にいた毒蛇に噛まれて死亡した。剣之進らは、数十年生きる蛇などいるものかと一白翁に教えを請う。その塚の建立には、実は若かりし頃の百介自身も、実は関わっていた。 『手負蛇』
村で行方不明になった若い女性が三年後、遠く離れた高尾の山中で赤ん坊連れで保護された。彼女は巨大な山男に襲われたのだというが、果たしてそんな存在がありうるのかどうか、若者たちは一白翁に助言を求める。 『山男』
宮家に通ずる由良侯爵が不思議巡査として知られるようになった剣之進に、幼き頃の不思議な光景について訪ねる。父親が身分の低い女性に平身低頭し息子を譲り渡して貰った挙げ句、女性は鷺の姿となって飛び去ったのだという。 『五位の光』
儒学の教室での怪異談義から、なぜか百物語をセッティングすることになった剣之進たち。一白翁は珍しく乗り気で自分にそのトリを務めさせてくれと彼らに頼む。古式ゆかしき方法で進められた百物語の末に、最後の灯りが消えるとき彼らが視たものとは? 『風の神』 以上六編。

虚構(うそ)と現実(まこと)の真ん中辺りに、どっちつかずの場を作る。そうした呪術(まじない)が百物語です。
『巷説』、『続巷説』と、作品集が替わるごとにこのシリーズは語り口や物語の構成が変化していくのが特徴。本書の場合は、又市や治平、おぎんは既に亡く、急速に西洋文化が流入してくる明治時代に、唯一の生き残りである百介が、かつて自分が関わったエピソードの(表面を)、若者たちに語って聞かせるというのが最初の形式。どこか岡本綺堂あたりでも意識したのかな、とも考えたが、その「形式」は終盤の物語に至ってくると、徐々に変化を遂げていく。
最初の段階では、明治の世になっても発生する奇妙な事件を故事を引いてあり得るか確認する若者たち → 一白翁に相談 → そういった事例と共に一白翁のかつての経験したエピソードの語り → 現実の事件の解決 → エピソードの裏側にあった仕掛けの理由、そして内容の種明かし  といったかたちで展開する。表向きに語られる百介のエピソードは当時の回顧により一人称になり、相変わらずその奇妙さ、不可思議加減が強烈。 どの物語に入っても入り口からぐいぐいと引き込まれる。 島の主人の無茶な要求に対し、何の抵抗も無く仕える人々。怪異を収めた又市が受ける役人からの無体な仕打ち。数十年間生き続けたとしか見えない蛇。山男に攫われ数年後に保護される女性。身分の高い人物をひれ伏させる輝く女性と飛び去る鷺――。
これら個々の物語単体、百介の回顧のなかで全盛期の又市や徳次郎らが活躍するエピソードはやっぱり面白い。読者の立場からしてみても、どんなに奇想天外な怪異が演出されようとも、そろそろ又市らの手口は分かっている。だがそれでも「裏」の事情が明かされる際には、十分なサプライズが得られるのが嬉しい。本格ミステリとは多少骨法が異なるながら、エンターテインメントとしての味わいが実に濃い。最初の頃のような「必殺」のカタルシスではないのだが、基本的に悪人が懲らしめられ、善人が浮かぶ又市らの仕掛けには、素直な爽快感がつきまとう。
ただ、各作品全体の構成は、どこか終盤に向かって徐々に崩れていく。怪異好きの与次郎は、一白翁、即ち百介の語りの「騙り」を見抜くようになり、最終話に至っては仕掛けまでをも施すに至る。端正にもまとまっていたこれまでの作品集と明らかに趣が異なっている。むしろわざと「枠」を崩していっているように思えてならない。このことは、即ち明治に入って、闇が闇でなくなり、怪が怪でなくなっていく世の中の変化を物語に反映させているからではないだろうか。そうして、江戸時代の〈怪〉を語る百介の物語は、最後の最後、彼の生を実感させ生涯最後の〈怪〉を演出、そして終幕を迎える。謎の女性、小夜のエピソードと共に、与次郎らに新しい世代に受け継がれていく予感が美しく、そして時代の終わりが哀しい。
「御行奉為――」 こうして百物語の時代は終焉を迎える。

たとえば『赤えいの魚』は先にドラマ化された『赤面えびす』に相当するとか、『陰摩羅鬼の瑕』に登場する由良一族のエピソードが『五位の光』にて扱われているなど、ほっておいても本書の話題性は高い。ただ――やはり、この作品集は、先の二冊を順繰りに読み終えてから当たって欲しいのだ。この怪が消えつつある時代の、怪と共に消えゆく運命にある人々が醸し出す、痛烈な哀切感を共に味わって欲しいから。シリーズを通して読み終えた満足感よりも、個人的には寂寥感、そしてなんともいえない切ないような気持ちでいっぱいになった。もしかすると、個人的には〈妖怪シリーズ〉よりも、この〈百物語シリーズ〉の方が好きだったのかもしれない、と改めて考えさせられた。


03/12/19
松尾由美「バルーン・タウンの殺人」(創元推理文庫'03)

松尾由美さんの初単行本は今は無きアルゴ文庫の『異次元カフェテラス』という作品になるが、事実上のブレイクは第17回ハヤカワSFコンテスト入選の「バルーン・タウンの殺人」(同題でハヤカワ文庫JAで'94年に刊行)だといえる。新本格世代にとってのSF本格ミステリの先駆ともいえるこの作品集は気付けば絶版となっており、入手困難だったのが改めて創元推理文庫にて登場。しかも、単行本未収録作品のおまけ付き……ということで、再読してみた。

AUという人工子宮装置の開発により、女性が妊娠してお腹から子供を産むこと自体が珍しくなった時代。それでも産みたいという女性、つまり妊婦だけが集まり、彼女たちにとって最適の環境下で隔離されて暮らしている街。バルーン・タウンと呼ばれるこの街のすぐ外で妊婦が犯人の殺人事件が発生。しかし、目撃者は妊婦としか認識できず、バルーン・タウンに逃げ帰った犯人を特定できない。東京都警の江田茉莉奈は、バルーン・タウンへの潜入捜査を命ぜられ、大学の先輩の妊婦・暮林美央と共に捜査を開始する。 『バルーン・タウンの殺人』
妊婦のミス・コンテストのゲストに呼ばれた男性知事。彼のもとに脅迫状が舞い込み茉莉奈が警備にあたる。その知事が休憩中のゲストハウスで何者かに襲われる事件が発生。しかし現場は容疑者の妊婦にとっては密室だった。 『バルーン・タウンの密室』
美央の友人で画材店のバイトオーナーをしている女性が、美しい亀腹(妊娠時のお腹の一形態)女性募集に勧められて応募。妊婦の本を書き写すだけで高給が得られるというこの団体の目的は? 『亀腹同盟』
「なぜ助産婦に頼まなかったのか」という言葉を残して亡くなった会社役員の事件の捜査のため、茉莉奈はバルーン・タウンへ。折しも、外国の女性宰相が出産のためにやって来るニュースでバルーン・タウンは盛り上がっていた。 『なぜ、助産婦に頼まなかったのか?』
出産する暮林美央の替わりに原稿執筆を引き受けた「弟子」有明夏乃。彼女は自宅の裏の家で深夜に人影をみる。それは妊娠後に失踪中の女性タレントに見えたのだが……? 『バルーン・タウンの裏窓』 以上五編。

そしてやっぱりSF新本格の原点というのは伊達ではない。きっちりとした世界、きっちりとした論理。見事。
やはり、この作品集はスゴイ。 どちらかというと、そのミステリとしての内容以前に、松尾由美さんのミステリデビュー作品であるとか、SFミステリの先駆けであるとか、特殊な設定が面白いとか、どちらかといえば「枠」で語られることの多い作品集であるのだが、改めて読み返すと、その本格ミステリとしての仕掛けの凄さがやたらに目に付くのだ。
小生は男性でもあるので、妊婦の経験はない(当たり前だ)。だが、ある程度の知識はあるつもり……だし、本書においても妊婦ならではの身体的な特徴であるとか、生活パターンであるとか、妊婦の信心などについてもきちんと触れられている。本作の最大の特徴は、そういった彼女たち妊婦を、実に巧く「ミステリ」に嵌め込むことで、極上の本格ミステリを形成している点にある。例えば、お腹が大きい。この結果、彼女たちはある幅より狭いと通り抜けることができない。→世にも不思議な密室が形成される。 また同じくお腹が大きい。この結果、世の一般人は一旦「妊婦」と認識してしまうと、彼女たちの個別認識を放棄してしまう。→目撃されているのに犯人が特定できない。さらにまた、実に奇妙に見える事件の側面。これに「妊婦」というキーワードを当て嵌めることで、不可解な行動に一定の意味が付加されていく。更には、「妊婦」をこういったミステリのネタにするだけでなく、彼女たちの視点を通じて、フェミニズムや男性中心社会や、女性同士であっても誤解や偏見がある部分について、ちくりと風刺していたりする。また、それらに嫌味がない。
もちろん、「妊婦だけが集まって暮らす街」という「バルーン・タウン」という設定を考え出した段階で松尾さんは勝利しているといえるだろう。だが、本書にはその設定を最大限に活かしたうえで、手練れのミステリ読者を欺くだけの仕掛けもまた施されている。あからさまなWHo done it? や、密室がある点はもちろん、ホームズの一連の作品のパロディでもある『亀腹同盟』あたりは、ミステリファンであれば誰でも面白く読めるはずである。

おおよその仕掛けを知りつつ再読したわけだが、かえってこの作品の伏線の巧妙さや、設定の巧さに改めて気付く結果となった。本書を復刻してくれた創元推理文庫の英断に感謝。突飛な設定ならではの面白みを体現。これこそ、時を超えて永遠に新鮮さを失わない本格ミステリと成りうる作品である。


03/12/18
北野勇作「昔、火星のあった場所」(徳間デュアル文庫'01)

'92年第4回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作品。当初は新潮社より刊行されていたが絶版となっており、『かめくん』にて北野氏がブレイクした後、多くのファンが本書を探し求める状況が続いていたが、本文庫にて復刊されたもの。

この世界には、人間とタヌキという相反する二つの勢力が存在している……。その重要な秘密については未だに明らかにされていない、意識と空間に働きかける装置『門』が開発され、ふたつの異なる「会社」が、火星の開発を請け負った。両社は一つしかない『門』を同時に使って、火星へのアプローチを試みたが、結果、火星は分解し、この世には世界のようなものが新たに生まれた。そしてその世界では「人間とタヌキとの戦いによって、この世界が成立している」のであり、「火星の奪還をめぐる二つの会社の利害の対立が、その戦いを続けさせている」。その片方の火星開発会社の新入社員のぼくは、同期入社の男が『落伍者』となってしまった関係で、上層部に呼び出しを受ける。彼が『鬼』となり、あまつさえタヌキと手を組んで会社の火星開発計画を妨害しているのだという。ぼくは「解決」を要請され、研修期間の大幅短縮がなされ、主任とともに火星へとやって来た。燃料ペレットを運ぶトレーラーを襲う、『鬼』と対決するために。

独特の語り口を持つ北野ワールドの原点にして、微妙に異なる世界。世界の断片を繋ぐ楽しみ
これから後の北野ワールドは、SFとノスタルジーを混淆させて不思議な余韻を残す作品へと進化していくのだが、本書における北野ワールドは、多少だけれども趣が異なっているように感じられた。今ある日常世界の延長線上でのSF設定という点に関しては共通しており、動物をモチーフとしているところなども同じ。なので、物語から受ける手触りは、後の北野ワールドと何ら変わらない。ただ、その「懐かしさ」を感じさせる手法が微妙に異なっている
まず、SFはSFとしてきっちり設定しておきながら、動物絡みのファンタジックな要素を混入している点は同じ。だが、ぼくを巡る物語は、むかしむかしの懐かしいイメージというよりも、向いていないままサラリーマン生活に組み入れられてしまい戸惑っている若者の感覚が断片的に露出させて創りだしている感がある。理解できない存在に対する割り切り、抵抗できない大きな力に対応するもどかしさ、自分と異なる価値観を持つ人々との否応ないコミュニケーション。それらを、熱意と若さで乗り切るでなく、時々疑問を頭に浮かべつつ、淡淡と対応していく現代の若者気質といった感覚が主人公にある。これがどこか読者の共感を呼ぶのではないか。年輩読者であればかつての自分、年若い読者であれば今の自分にどこか重なってみえる世界。
そして、世界は一貫しているが、物語が断片であるという語り口は、このデビュー作品から健在。思い出したかのように語られるいくつものエピソード。ストーリーの展開は細切れ。人間関係も断片的にしか描かれず、時系列でさえもある意味不親切に一見みえる。だが、その通底している世界観は確固たるものがあり、読者はその切れ切れのエピソードから、頭の中で自分なりの「火星」自分なりの「タヌキ」観のミッシングリンクを繋いでいく作業を要求される。作者の意図など全て通じなくても構わない、何か読みとれるものだけを読みとって欲しい。読者それぞれの頭の中にある「火星」が、異なっていても構わない。この潔いまでの逆説的不親切さがエンターテインメントとして新鮮であり、北野流世界の魅力でもある訳だ。

デビュー作品である本書を後から読むことになったが、全くといっていいほど北野ワールドに対する認識が揺るぐことがなかった。通常はデビュー作には作者にとっての通常作品以上の思い入れや、創作の原点めいた部分が込められているケースが多いのだが、本作に限っては、横一線の北野ワールドの、あくまでその一部に過ぎないということを感じさせられた次第。


03/12/17
日明 恩「それでも、警官は微笑う」(講談社'02)

第25回メフィスト賞受賞作。作者の名前は「たちもり・めぐみ」と読む、日本女子大卒の女性。本書がデビュー作品にあたり、この後『鎮火報』という作品を刊行している。

池袋署の刑事課に所属する武本巡査長は、銃弾を所持していた少年の情報をもとに、覚醒剤中毒の同性愛者・石崎ミチオを職務質問しようとした。そこに別の男が石崎を逃がすよう「警察だ」と叫ぶ。石崎はコンビニに逃げ込み、店員を人質に取ったが、何とか取り押さえることができた。押収した銃は昨年からその完成度の高さから、組織的に密造されているものと思われた。邪魔をした男は宮田という麻薬取締捜査官。彼は彼なりにかつての恋人の父親が、覚醒剤中毒の末に自殺した事件を追いかけていた。武本は別の捜査の過程で池袋にたむろする少年か、同じ銃の銃弾を押収。武本とコンビを組む若手警部補・潮崎の情報を得て、東長崎にある横川模型店を捜査しようとするが、彼らの目の前で模型店は火事となり、店主の横川の他殺死体が発見された。また火事の現場には別の男もまた倒れていた。それは、恋人宅で眼にした不自然な包装紙を追ってやって来ていた宮田であった。事件の裏にある巧妙な組織の存在を嗅ぎ取った武本と潮崎だったが、事件は急展開。現役警察官としてはあまり褒められない方法で情報を入手した武本と潮崎は、ある食料品輸入商社が事件に噛んでいることに気付く。

キャラクタに魅力、物語はストレート。メフィスト賞らしからぬ警察小説らしい警察小説
頭脳を使用するよりも肉体を使って犯人を追いつめる、タフガイ系の魅力を持つ主人公・武本。彼とコンビを組むのは、若手の感性とインターネットへの造詣深い、軽薄な口調が特徴の潮崎。更に二人をサポートする安住課長、自らのキャリアを抛って麻薬捜査官への道を歩んだ宮田。悪役含め、それぞれ特徴あるタイプの登場人物が揃う。彼らに共通しているのは、表現方法こそ異なれど、一貫した正義感を持っているということ。この点が統一されているがゆえ、物語の雑味が廃され、シンプルな事件小説として読むことができる。謎の銃密売事件が本書のテーマになるが、多少荒唐無稽でも事件の背景はあってもおかしくないもの。次々と手掛かりが出てくる展開ながら、その手掛かりの見つけ方や考え方にロジックが駆使されており、御都合主義の香りは少ない。登場人物の事件への関わりの必然から、事件が自己崩壊していく様に至るまで、かっちりとした物語構成によって作品が造り上げられている点、好感を覚えた。
一方で、その魅力的なキャラクタであるが、微妙に先人によるミステリ作品とキャラが被っているようにも見受けられる。例えば主人公の武本は、「新宿鮫」+「木場修by京極夏彦」/2といったイメージだし、潮崎についても半分くらい「浅見光彦by内田康夫」が入っている。また安住課長も同じく「新宿鮫の桃井課長」のイメージが半分くらいあるように見受けられるし、悪役もどこか馳星周あたりのインテリヤクザの雰囲気を醸し出しているようにもみえる。 ……別にそれらの要素が致命的ということもないので、構わないし、読者的には裏切られず、比較的安定した気分で物語に接することは可能だろう。
個人的に最も感心したのは、事件を解決した結果、物語に深く込められていて、事件の解決後に吹き出てきた悪意が、本当に思いも寄らないところからやって来たこと。まさか、最後の最後にあんなことになるとは。予想していてもおかしくない点とはいえ、全くの不意打ちを食らってしまった。また、潮崎の口を借りて語られる古今東西の探偵小説の登場人物がいい味を出しているあたりも印象深い。(一部は分からんかった)。

悪役がどちらかといえば対決前に自滅してしまう展開はどうかとも思うが、すっきりよくまとまっており、読後感も悪くない。ラストもハッピーエンドだといえるだろう。その展開を陰日向に支える潮崎のキャラクタ造型が秀逸である。警察小説にとって必須の要素である”配役”がどんぴしゃ決まって、ストレートなエンターテインメント作品に仕上がっているという印象。こういった作品が出てくるのもメフィスト賞の効能である。


03/12/16
三雲岳斗「ワイヤレスハートチャイルド」(徳間デュアル文庫'01)

'98年に『コールド・ゲヘナ』にて第5回電撃ゲーム小説大賞銀賞を受賞してデビュー後、『M.G.H. 楽園の鏡像』にて第1回日本SF新人賞を受賞。同書が'00年のミステリ系のランキング本に食い込んだことで、SF系のみならずミステリ読者をも獲得した。本書は『海底密室』に続いてデュアル文庫より書き下ろし刊行された短めの長編作品。

一族の事情であまり流行っていない喫茶店「織葉庵」を任された大学生・松浦宮城。店に住み込みで働きながら、従姉妹の観雪と交代で大学に通う時間を捻出している。「織葉庵」にはもう一人、なつみさんがいる。趣味は園芸で店を控えめに観葉植物で飾り、古いミステリを読むのが好き。あまりにも別嬪なため、ほとんど外出はしない……そう、彼女はロボットなのだ。(作品内では、単純労働はロボットが代行する世界となっており、なつみさんも目立ちはするがそう珍しい存在ではない)。 店には常連客として(でもオーナー氷上夫妻の弟である)秋水という宮城の一年先輩が常に粘っている。そんななか、観雪のマンションの同じフロアに住むという中学生・和緒を連れてやって来た。店にしばらく彼女を住まわせて欲しいのだという。和緒は学校内でいじめに遭っており、宮城も先に偶然その場面を眼にしていた経緯があった。和緒のクラスで深夜に同級生が転落事故を起こし、アリバイがあったにもかかわらず彼が和緒をいじめていたことから、事件への関与を疑われているのだという。実は、その和緒には秘密があり、そのことがいじめの原因となっていたのだった……。

さりげなくも確固とした未来世界演出と暖かい雰囲気。SF設定とミステリのマッチングがGOOD
『海底密室』も持っているはずなんだけど……部屋から発掘できないので、目に付いた別の三雲作品を持って外出した。あっさり読み終わったが、なかなかに気持ちよい読み心地を味わえた。ということで本作。
基本的にはいわゆる青春ミステリの範疇にある作品。だけど、ロボットが家庭を含め社会のさまざまなところに進出している点が世界観として面白い。また、そのロボットの設定がシンプルで、かつ合理的に描かれており、それがまたミステリのトリックと密接に関係している点に感心した。特に「ロボットが見ているもの」と「人間が見ているもの」との違いが、様々な点で伏線となっているあたり、巧さが感じられる。また、もう一つ、SF設定としては和緒が持っているある能力がある。こちらについても、それ自体を演出するためのさまざまな伏線が張られており、ミステリのなかでは禁じ手に近いもののような気もするなか、明かされた際に裏切られるような気分が全くない。
物語のなかにいくつかの謎解きエピソードがあり、それらが多少飛躍があっても本格ミステリの骨法をもって描かれていて、でも、あくまで物語の中心は宮城と、和緒を中心とする”人の繋がり”にある。いくつかの事象を通じて、人と人との思いやりが美しく演出されており、非常に読後感が良い。もちろん人間の悪意もあるにはあるが、それが物語全体を暗くするほどのものではない点も、読者に対する配慮だといえるだろう。

何の予備知識もなしに手に取った割に、シンプルでストレートなミステリを読んだ満足感に浸れた。表紙がちょっと(というより思い切り)ヤングアダルト系のそれなので、年輩の読者には手に取りにくいかもしれないが、SFミステリの隠れた佳作だといえるように思う。


03/12/15
西澤保彦「黒の貴婦人」(幻冬舎'03)

本書のあとがきで「このシリーズは果たして何と呼ばれるべきものなのか」と西澤先生自ら疑問を呈しておられるが、個人的にはずっと〈タック&タカチシリーズ〉のイメージ。その八冊目にあたる短編集にして、『解体諸因』を最初に刊行してしまったがゆえに、展開の辻褄が「?」になりかかっているエピソードを埋めていく役割を果たしているというファン必携の一冊。(ただ作品そのものは全て雑誌発表済み、ないしアンソロジー等に収録されたもの)。

学生のタカチがウサコに頼まれてやって来たパーティ。美女を集めて舞い上がる勘違い男のマンションに、新たに訪れた人物の胸に刺さっていたのは一本のナイフ。 『招かれざる死者』
ボアン先輩らの行きつけの居酒屋〈さんぺい〉と〈花茶屋〉両店に共通する超人気メニューが三食限定の鯖寿司。ボアン先輩は自分が店行く日には必ず”白の貴婦人”が、その鯖寿司を食していることに気付く。 『黒の貴婦人』
安槻大学の女子大生四人が”ぷちぱけ”と称し、友人が持つ巨大な田舎の一軒家で夏休みを過ごすことを決めた。名前から勘違いがあり、その料理人として暇人のOB、タックが呼ばれ同行していた。 『スプリット・イメージ または避暑地の出来心』
愛人として面倒を見て貰っていた会社会長が亡くなった。とはいえ彼女の部屋に来て会長がしていたのは秘密の趣味。彼女は会長が亡くなる寸前、ジャケットに宝の地図が隠されているといっていたことを思い出す。 『ジャケットの地図』
教師としての職についたボアン先輩を祝うウサコ。ボアン先輩の同僚は最近、ウサコの知り合いと結婚。吹奏楽部顧問のその人物の結婚式ではご祝儀の一部が不自然な状況下で盗まれる事件が発生していた。 『夜空の向こう側』 以上五編。

個々の作品がロジック中心の本格でありながら、シリーズ全体としての青春ミステリの味わいがじわり、と。
中編の『スプリット・イメージ』を含め五編。それぞれの物語の中心を為すのはもちろん”ミステリ”である。マンションの入り口にいたナイフの刺さった死体や女子大生集う田舎の一軒家の側で死んでいた謎の人物など、殺伐とした事件から、御祝儀泥棒、遺品に込められたメッセージ、そして開店早々の居酒屋に来る謎の女性、と日常の謎系列に近い事件までそのバラエティは豊かである。また、このシリーズの特徴でもあるのだが、特定のワトソンが事件を記述するでなく、シリーズのレギュラーキャラクターや第三者が事件を観察しているため、語り口をはじめとする事件の見せ方が異なっており、飽きさせない。また、個々の物語の背景となる”時期”がそれぞれ異なる――彼らの学生時代から社会人生活に至るまで、という点もポイントになるかもしれない。
いずれにせよ、一つの材料に対していくつもの推論が為され、最も合理的に解釈がつけられるものが真相と〈例えそれが証明されるものではなくとも)されていく、いつもの展開を楽しむことができる。西澤ミステリならではの味わいである。
その一方で、本書はシリーズ内部でこれまで語られてきたエピソードの補完という意味合いをもまた担っている。一つ気になるのはもちろん、タックとタカチの関係の行方であるのだが、このあたりは『夜空の向こう側』を御覧頂きたい。また、特徴的なのは滅多に内面を語らないタカチが、『黒の貴婦人』の終盤にウサコに告白する台詞には痺れさせられた。それがどんな言葉なのかはここでは書かないが、これまでシリーズを通して造り上げてきたタカチの性格と、タックに対する姿勢とをここまで見事に説明し、納得させてくれる言葉があるとは。”台詞”という文章だけではここまで気持ちが高ぶることはない筈ながら、経緯というか流れを知る者ならば、その言葉以上に膨らんだ想いが感じられるはず。そしてボアン先輩やウサコの想いもまた、じわりと滲み出ている。本書の帯にある「また、あの4人組に会える!」というコピーは、読む前は「?」だったのが、読み終わると「なるほど、ね」という印象に変わった。こうやって積み重ねられていくエピソードによって、シリーズのなかで欠落していた部分が徐々に埋められていく。このシリーズもいよいよ終盤に差し掛かってきていることがじわりと実感させられる。嬉しくもあり、だけどどこか寂しいような。

「あとがき」で作者が自ら記している通り、このシリーズの版元が一定しておらず、後から読まれるファンは多少戸惑われることと思う。いずれ、まとめてどこかでシリーズ通して刊行してもらえると嬉しいような。ちなみに本書は単独よりも、シリーズを通して読まれてから手に取るのが吉。


03/12/14
ほしおさなえ「ヘビイチゴ・サナトリウム」(東京創元社ミステリ・フロンティア'03)

東京創元社による新規のミステリ叢書である「ミステリ・フロンティア」の第二期刊行となる作品。ほしおさなえさんは、第12回鮎川哲也賞の最終候補作品でもある本書がミステリではデビュー作となるが、「大下さなえ」の名義で詩人として活躍しており単行本が数冊ある。また、一般小説も先に発表している。

中高一貫教育の女子校・私立白鳩学園。その屋上から高三の江崎ハルナが墜死した。美術部で将来を嘱望される才能の持ち主であったが、眼を傷つけ視力を落としてしまった挙げ句の自殺と判断された。しかし、その前にもハルナと同学年の美術部長・杉村梨花子も屋上から飛び降りて自殺している。美術部に所属する中三コンビ、海生と双葉はハルナの事件後、ハルナの幽霊が学園に時々現れるということを耳にする。また、ハルナと秘密の交際をしていた国語教師・宮坂もまたその幽霊に悩まされていた。宮坂は作家志望で、かつて同じ文芸部出身の女性・緑と結婚していたが、その緑に自殺されていた。ハルナの助けを借りて宮坂は文芸の新人賞を受賞するのだが、宮坂は受賞後にそのハルナから渡されていたテキストに込められた秘密に気が付く。それまで秘匿されていたはずのハルナと宮坂の噂が、視聴覚教室にあった一枚のメモから校内に拡がったあと、宮坂もまた学校の上から墜死してしまった。文章の真の作者は誰なのか、そして学校で何が起きていたのか。宮坂の同僚の高柳と、海生&双葉は、それぞれ真相を探るべく行動する。

展開につれて変質していく物語の謎。飛び降り自殺、密室殺人、テキスト、そして真の操り手は……?
連続飛び降り自殺事件――。表象だけをみれば、作品内で数多くの人物が墜落死を遂げている。美術部長だった杉村梨花子、物語の中心人物であり謎めいた部分の多い才能・江崎ハルナ。ハルナの姉・シオン。国語教師の宮坂。また他にも……。ただ、本書はその自殺の伝言ゲームの謎を解きあかすことを究極の目的とした物語ではない。ハルナの幽霊、彼女を慕っていた謎の後輩、国語教師のみる悪夢。事件の表層は次々と明かされていくが、中盤以降に登場する、宮坂が送った原稿にまつわる謎が中心となっていく。そのテキストに関わった人間が、気付けば皆死んでしまっているという状況のなか、残された人物たちがその成立の謎を追う。文章を書き残した真の作者とは誰なのか?
その謎のなかで、帯で笠井潔氏が謳っている通り、密室殺人に変貌していく謎は一つの鍵となる。ただ、一般的なミステリにおける密室殺人が喚起するHow done it? や Who done it? という意味合いは薄い。どちらかといえば、その部分で解釈される様々な事象が、事件の本質を転換するための道具として存在しているように思われる。また、”テキスト”という形式の持つアイデンティティの薄さを物語が衝いている点もポイントだろう。”テキスト”だけが晒されても、その”テキスト”は誰が書いたものなのか、第三者には容易には分からない。また、このアイデンティティの揺らぎは、事件の関係者が多かれ少なかれ抱えており、それが更に事件を複雑にしているともいえる。
中高一貫の女子校という閉鎖性や舞台環境を物語のスパイスに使っているし、冒頭で命を喪う江崎ハルナという女性の神秘性もまた、物語全体に不気味ともいえる影を投げかける。いろいろな要素があるなかで、結果的にいくつかの”解決”によって齎されるのは、全ての事件を裏で操っていたのは誰か、という謎。隠されていたエピソードのみならず、事件の表層の裏側にあるものが徐々に見えてくる結果、物語の謎は当初提示されたものから大幅な変動を遂げていることが明かされる。自己と他社との距離感が喪失している時代にあっての、事件であり物語であり、ミステリだからこそ生み出す眩瞑感は、どこか残酷な青春小説を読んだ時の感覚に近い。現在進行形の青春に対する過去形の青春の嫉妬、そして愛情が深ければ深いほど、裏返しの悪意の残酷さが増すという真実。最終的には、さらけ出される人間の本質を直視させられる。

読んでいる間、捉えかけた物語がするりと手の内から逃げていくような不思議な感覚がつきまとった。そして最終的に手にした回答でさえ、また異なる証拠が現れた瞬間にひっくり返るのではないかという不安を覚えさせる。このとらえどころの無さ、寄る辺無さが、物語の訴えるところ、つまりは人間の繋がりの不確かさとも関連しているように思えた。不思議な手触りを持つミステリとして記憶に残ろう。


03/12/13
西東 登「熱砂の渇き」(講談社'71)

「乱歩賞作家書下しシリーズ」と銘打たれ、ソフトカバーで十二人の作家によって刊行されたのが同シリーズ。このシリーズからは、乱歩賞作家の代表作に次ぐような佳作が生まれている。(『名探偵なんか怖くない』『北京悠々館』『密閉山脈』『紙の孔雀』『冷えきった街』等々)。西東氏の本作は、そんななかでも異彩を放っているように思われる。

多摩市の丘陵地帯を利用してつくられた動物園・T園。早朝にカラスが騒いでいたことにより、園内に放置された男性死体が発見された。仕立ての良い服装をした男性で動物園の客らしくなかったが、入場券の半券を持ち、園内で何者かと待ち合わせをしたと思われる紙片を握りしめていた。死因は胸部を圧迫されたことによる窒息死であったが、その殺害方法は杳として見当もつかない。捜査の結果、被害者は五井物産の部長であることが判明、会社宛の郵便物にて呼び出されたらしいと部下の証言で分かった。
一方、M新聞から夕刊トーキョーに移籍した編集部長・堂本は、立て続けに企画を二つ失敗しており、社長からきつい叱責を浴びていた。彼を訪ねてやって来たのはアフリカ帰りという高森という人物。日焼けして顎髭を蓄えた山師風のこの男は、「駝鳥レース」なる企画を新聞社の力で実現できないか、と堂本に持ちかける。いかにも怪しい企画ではあったが、堂本はこの企画に飛び乗る。その一方、堂本の部下・石野は高森という人物や駝鳥レースの裏付けを取るべく動き回った。

駝鳥レースに脱力。プロットといい、殺害方法といい、西東登しかこの作品は産み出せない
もともと動物に関するさまざまな知識をミステリに活かすことには定評のある西東氏。その西東氏が本書のテーマに選んだ動物は、駝鳥である。 駝鳥。しかし、新聞社に勤める大の大人が何人かで怪しい怪しいと思いつつも、山師の提案してきた駝鳥レースにこだわらざるを得なくなるのが無理無理で面白い。いくらなんでも駝鳥四十羽で、新聞社の後援を取り付け、人気の程も分からないのに、巨大な会場を選定しているあたり、「お前らもう少ししゃんとしろ!」とツッコミたくなること請け合い。数万人もそんなん観に来るか?
また、T動物公園(文中ではT園としか書かれていないが)で発見される死体の謎。こちらのトリックも何というかバカミス系統である。後で考えれば伏線もって、事件にはある動物が関係するのだが、そんなの普通の読者は知りませんって。ただ、この凶器が判明してはじめて分かるいくつかの事柄があったりするのがややこしい。また、中盤以降、次々と登場する人物の正体は明かされてしまうし、彼らなりに背負っているものがある設定にしている点は感心できた。特に十年以上かけた復讐計画の狂気じみた背景は迫力抜群。
一般的に、トリックが凄まじく非現実的な作品を”バカミス”とするならば、本書は複数のちょっとおバカにもみえるプロットを組み合わせて、そのバカミス的な内容を更に徹底させているあたり、そのKing of Kingとも呼びたくなってくる。ミステリ的に、謎の殺害方法のHow done it? が一応のポイントとなろうが、全編を通じてのシリアスなのかギャグなのか分からない物語展開に酔いしれるのが正しい読み方(のような気がする)。正直なところ、少なくとも小生は読んでいて結構楽しめた。

西東登の作品はほとんど現在入手できないが、本書はそのなかでも必死になれば比較的容易に入手できる方。好事家の方たち以外、探し出してまで読む必要はないと思われる作品だが、奇妙な魅力があることは事実である。


03/12/12
皆川博子「会津恋い鷹」(講談社文庫'93)

「あいづこいたか」と読む(実はワタクシ、少し題名の読み方に悩んでいたのだ)。本書は、皆川博子さんが『恋紅』で第95回直木賞を受賞した'86年、講談社より書き下ろし刊行されたのが元版にあたる。本書はそれが文庫化されたもの。

幕末の会津藩。肝煎(庄屋)横山儀左衛門の一人娘として育てられたさよ。彼女は山に棲む木地組の弥四郎が、季節はずれの鷹の雛を見つけたと聞き、彼について山に入る。この地の鷹は、会津藩が将軍家に御鷹を献上する関係で、全て届けられることになっていた。鷹の青い目に魅せられた彼女は兄・儀一郎と共に会津藩の御鷹部屋に鷹を届ける。十五歳になったさよはその時の鷹匠・長江周吾のもとに嫁ぐことになる。しかし維新の波はこの地にも否応無しに訪れ、朝敵となった会津藩は老若男女が立ち上がり戦いのただ中に叩き込まれることになる。武士である夫・周吾はもちろん、横山家の次男・捨松はいち早く農兵となり、また長男の儀一郎もまた、周吾の姉の小竹の面影が忘れられずにまた、戦場へと出向いた。さよは、自分が拾い、周吾が育てた鷹『雪白』と共に暮らしていた。

天が与えた残酷な運命なのか、自ら切り開いた己の生きる道なのか。皆川価値観のマジック
本書を読み始めて、恐らく多くの人が最初に感心するだろう点は、江戸末期明治初期の会津地方の方言が巧みに活かされた文章になるのではないか。「雛コ、御鷹部屋では欲しくねえのけワ」「そなことァねえべ」 といった感じで、登場人物の交わす会話はもちろん、主人公さよが見聞きして考えたことは、この会津弁で綴られていく。(一方で、神の視点に立った文章はきっちり標準語が使用される)。恐らく、今の会津の人々は普通には使わないだろう言葉が、巧みに活字に埋め込んである。その結果生まれる奇妙な臨場感が凄まじい。スゴイとか素晴らしいとかいうレベルではなく、凄まじさをこの点に小生は感じた。当然、当時使用されていた器物等の呼び方も当時のものを使用し、それらの言葉と会津弁がマッチングしているし、農民と商人・武士とで言葉遣いが異なる点までもが明確。物語を語る以前、テキストの段階での完成度は高い。物語の持つ独特の泥臭いパワーにずるずると引き込まれるような気がした
さて、その物語は、鷹を飼い慣らしたい、鷹と一体化したいという欲求を裡に秘めた女性の成長譚。村一番の庄屋の娘でありながら、下級武士のもとに嫁ぎ、維新の戦争に巻き込まれ、身内や大事な人を次々と亡くしていくストーリー。これらを描くだけであれば、単なる歴史に埋もれた悲劇の発掘に過ぎないのに、皆川さんは全く別のことを物語に求める。主人公の持つ他人とは異なる淫蕩で、そして残酷、更には誰にも触れさせない隠れた性向。彼女に訪れる一つ一つの事態は悲劇的ながら、その性向を無自覚に、時に自覚的に隠し持ちつつしぶとく生きていく主人公。彼女の心の底、そして叫びを、幕末の会津という悲劇の地を舞台に描き抜く。ともすれば、物語は悲劇ではあるのに主人公の生き様には、どこかすがすがしさをもまた覚える。もちろん、脇を固めるキャラクタの造型も確かであり、時代考証は細かいところまで行き渡り、そしてその文章は無駄がなく、重厚にして流麗。実に皆川さんらしい作品だといえるだろう。

それほど文章量は多くないのに、大河ロマンの雰囲気は十二分に伝わってくる。そして皆川さんの描く主人公らしい生き様が、また物語に拡がりを加えていく。現実に発生した歴史の流れと、一個の女性の生き方を重ね合わせて造り上げられる大いなる物語。皆川作品には、外れがない。


03/12/11
鯨統一郎「あすなろの詩」(角川文庫'03)

角川文庫55周年記念書き下ろし作品として、文庫オリジナルにて刊行された作品。同時に鳥飼否宇『密林』、霞流一『おさかな棺』が出ている。2003年現在に至るまで、実に鯨氏は8冊の単行本を出しており、その一冊にあたる。

ミステリが好きな甲斐京四郎は、星城大学受験の休み時間に読んでいた『ドグラ・マグラ』の縁で、同じ受験生の玉岡と知り合う。京四郎は彼から、この大学に文芸部がないが、かつてカルト作家・江川文太郎を輩出した『あすなろの詩』という同人誌があったことを知らされる。星城大学に合格した京四郎は、玉岡、そして彼と同じ高校の文芸部出身の天馬留美子と文芸部設立に乗り出す。身体が大きく人見知りする大牟田、詩を作るのが好きな奥中かおり、そして上級生ながら文学賞佳作入選の実績を持つ虎尾の六人で文芸部としての活動を開始した。かおりに惹かれる京四郎、さらに留美子を巡る恋の鞘当て。そして遂に復刊なった文芸誌『あすなろの詩』が完成。彼らは兼ねてからの約束通り、夏休みを利用して北海道にある大牟田の親が持つ別荘への合宿に出掛けた。しかしあいにく、京四郎は出発直前の発熱により同行を断念。後から合流することとする。しかし、五人が籠もる別荘には、奇怪な伝説があり、嵐のなか惨劇が始まろうとしていた。

詳細に描かれた、ほのかに甘く苦い青春小説パートが引き立てる、後半の殺戮&ミステリ
これはもしかすると、単に個人的なツボを突かれただけかもしれないながら、小説全体の実に半分以上を占める「平和の章」が実に心地良かった。限られた人間関係のなかで繰り広げられる恋愛模様(きゃー)。 大学入り立ての頃の、どこか懐かしい気分(今となっては大昔だが)を感じさせてくれるものがあり、単純な恋の駆け引きの甘さ、苦さが、鯨氏らしい淡淡とした文章によって、よく表現されているように思う。そして、この部分には「謎解き」の要素は一切存在しないのもポイント。結果的に様々な伏線が張られているとはいえ、事件の萌芽がさっぱり存在しないのだ。あくまで青春小説として押し通してしまっているのが面白い。ちなみに、ミステリとしての役割は、後半部「殺戮の章」に引き継がれる。
本書のミステリ部分を観察するに、いわゆる「嵐の孤島・雪の山荘」(本書の場合は「嵐の山荘」なのだが)に部類されるだろう。周知の通り、本格ミステリとしてはストレートなタイプだといえる。ただ、一般的なミステリにおいて「嵐の山荘」だけで物語を構成する場合、どうしてもトリック一辺倒にならざるを得ないところ。登場人物はひたすら被害者として命を喪うか、犯人かの駒として存在してしまう。しかし、本書の場合は、その前にいわゆる「青春小説」のパートをくっつけることにより、「嵐の孤島」ものにありがちな弱点を克服している。 と、いうのは、青春ミステリに限ったことではないながら、「嵐の山荘」ものでは先に殺されてしまう人物の個性がどうしても弱くなってしまうのだ。物語スタートから、登場人物としての役割を終えるまでの物語内部時間が短いのだから、通常では致し方ないところ。本書は、それ以前の、「彼らの」物語を丁寧に描くことによって平等に個性や背景を与えることに成功している。ま、結局は次々死体と化して、離れにぶら下げられちゃうわけなんですが。
最終的に「事件」がどうなるかについてここでは書かないが、犯人や犯行過程そのものは、それほど突飛ではない。むしろ、丁寧に突き詰めていくと、実は結構無理があるように思える箇所もある。だが、様々な要因が、前半部の「平和の章」にて伏線として語られていたことにある点が、実に興味深い。謎解きの際に「あ、確かにそういう設定だった」「そんな発言があった」という繋がりの美しさが本書の、また見どころであるといえるだろう。この物語に限っては、鯨氏の平板ともいえる文章が、かえって様々な小説内事実を浮かび上がらせる役割を果たしており、文体と内容のマッチングが適当なように思われた。

文庫書き下ろしながら、きちんと趣向を盛り込んでおり、本格ミステリとしての要件も盛り込んでいるという鯨氏らしい作品だといえるだろう。この路線を継続することができない(ほとんどの登場人物が死んでいるわけで)のは多少残念だが、本書そのものは比較的広範な読者に受け入れられやすそうな印象。