MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


04/01/10
都筑道夫「秘密箱からくり箱」(光文社文庫'90)

'87年に光風社より刊行された短編集が元版。副題に「恐怖小説集」とある通り、'80年代に各種小説雑誌に発表された都筑作品のうち恐怖小説に分類されるような作品の集成となっている。唯一の中編「朱いろの闇」のみ、'82年に学校図書から児童読物として出版された『燃え上がる人形』という書き下ろし作品だったものに、加筆修正された再発表された作品となっている。作者自らあとがきで述べているが、児童向けというより青春小説じみた内容である。

若い達夫と年輩の舟戸。二人の男性と交際する早苗は、深夜に「秘密箱を持ってきてくれ」という謎の人物からの電話を受ける。 『秘密箱』
エレベーターの扉が開くと、中で男女が抱き合っている……。小説家の妻を持つ男はそのマンションの特定エレベーターのなかで頻繁に幻を見るようになっていた。 『昇降機』
妻と離婚した男が、はずみで愛人を殺してしまった。パニックに陥る男の前に、再び殺した女が誰の目に見える幽霊となって現れ、まずは自分の死体の始末をさせ、奇妙な共同生活が始まった。 『殺した女』
離婚して原稿書きの為に安アパートの四畳半に住む友人。彼はアパートの上下と両隣のセックスが激しすぎるのだとこぼす。確かにその通りのように思えたが、彼がその場を離れると……。 『十三杯の珈琲』
恋人に殺意を持った男。だがその恋人は別の誰かによって殺されてしまう。しかし男のもとには持っていた殺意を知る人物からの謎の脅迫が……。 『暗い週末』
無人のオフィス街では、唯一の住人であるビルの管理会社社員によって実は様々なイベントが催されている。それは……。 『無人の境』
東京が空襲されているさなか、中学生のぼくはある女性に呼び止められる。彼女はさまざまな時代の、さまざまなポーズを取った鉛で出来た兵隊人形を示し、それを持ち帰って欲しいのだという。ぼくはその人形を持ち帰る。空襲が一段落して東京を移動していたぼくは、また別の女性と知り合い、彼女からその人形の由来を知らされる。 『朱いろの闇』 以上六短編、一中編。

「朱いろの闇」が抜けた存在も、都筑道夫らしい恐怖感覚が溢れる作品集
まずはやはり本書収録の唯一の中編となる「朱いろの闇」だろう。
本人の戦争経験が色濃く反映されたと思しきディティールが、まずは強烈。そして太平洋戦争末期に十六歳となっていた少年の視点からみた”戦争”の描写が実にリアル。徹底した愛国心があるでもなく、それでいて別の進歩思想があるでなく、だけど胸に詰まった厭戦気分。戦時中の少年らしいと初々しさと、麻痺した恐怖感覚が同居した”当時の十六歳”が確かに物語に存在する。腹を空かせて身体を痛めつつ、火に追われ爆弾の降る町中を逃げ回る極限の体験が、淡淡として描かれており、ツカミから物語にぐいっと引き込まれる。都筑氏は昭和四年生まれの筈で、主人公の年齢とも符合する。
物語は中盤までに徹底した空襲描写が行われた実録形式。ただ、中盤からは多少伝奇じみた展開へと移り、最終的には超能力も飛び交うアクションシーンまでもが飛び出す。いずれにせよ、戦争が主題となったものであり、最初のツカミがしっかりしているので展開のダイナミックさによって印象が損なわれるものではない。都筑氏が真っ正面から戦争に向き合った作品であり、この一作だけでも本書を読む価値があるといえるだろう。逆に、後半の展開によってかえって現代読者としては救われたような気分になるのは、戦争の悲惨さへの直視から逃げ出せるからかもしれない。
残りの作品も都筑氏のノンシリーズ恐怖小説としては水準レベルにある。ちょっとエロティックなシーンが多いように思われるが、これはこの時期の都筑作品にはよく見られたこと。殺したはずの女性がちょっと変わった幽霊となって戻ってきたとか、深夜にかかってくる謎の電話だとか、supernaturalな現象と男女の愛を絡めた老獪な物語展開が、それぞれに巧み。日本の怪談というよりも、西洋のゴーストストーリーが意識されているようにも思う。短編それぞれの結末こそ平凡な作品が多いながら、底に流れる冷え冷えとした感覚はやはり恐怖小説。個人的には『無人の境』の、無人のオフィス街で繰り広げられる狂気の沙汰と、その行為が外界と隔絶させられてしまうというアイデアに唸った。

都筑氏の'80年代から'90年代にかけての創作は、初期から中期のそれとは明らかに傾向に変化がみられるようになる。正直、初期作品の方のアイデアは秀逸であり、現代に通じるエンターテインメントとして今後も残るものと思う。本作のような中期以降の業績は、それらと比較するにやはりインパクトは減じている。だが、作品がこなれてきたというか、大人向けに特化したかのような渋い面白さは確実に存在する。 ……とはいっても初心者がいきなり読むよりも、ある程度は都筑作品を読みつけている人間の方がやっぱり本書には向いているとは思う。


04/01/09
松本清張「渡された場面」(新潮文庫'81)

ミステリ界の大御所・松本清張の後期作品。《禁忌の連歌》というシリーズの第一話として『週刊新潮』に'76年に連載された作品で(同年新潮社より単行本化)、このシリーズは『状況曲線』『天才画の女』『黒革の手帖』と続いた。ちなみに小生が手にしたこの文庫版は、平成一三年版四十四刷であり、清張のロングセラーぶりを改めて感じさせる。

昔は遊女街などあって栄えていたが今は漁港の町となっている佐賀県にある坊城町にある千鳥旅館に、東京の中堅作家・小寺康司という人物が滞在する。小寺は、一般に知られる程には有名ではなかったが、係女中の真野信子は自らが小説好きで、地元で小説家志望の下坂一夫という男と秘密の交際をしていたこともあって、この客に興味を示す。小寺の外出中、信子が部屋の掃除をしていたところ、執筆できず苦しんでいた小寺の書き損じ原稿を見つける。この文章に感動した信子は、その原稿を写し取り、下坂に手渡した。その下坂は唐津の陶器店の息子で、地元の文芸好きを集め「海峡文学」という同人誌を発行、中央に認められることを夢見ている。ただ、口にする文芸理論ほどには小説が巧くないのが問題で、しかも本人にはその自覚がなかった。信子から借りた金で同人誌発行を続けていた下坂は、博多のバーの女に入れあげており、しかも信子とそのバーの女が同時期に妊娠してしまった。下坂は一案を計画し、信子を誘い出す……。

重厚にして濃厚。ミステリというより犯罪小説ながら、その心理描写はやはり超一流
本書において特徴的なのは、「地方の同人誌に掲載された文章が、別の犯罪が行われた場面と酷似している」ことから、警察がその文章の作者に興味を示して捜査を行うことになる、という一点にあるように思われる。強いていえば、それがある犯罪者の冤罪事件にも繋がっていることも、時局柄、興味を喚起する意味合いがあったのかもしれない。先に述べてしまうと、この描写から、作者の下坂へ、そしてそれが盗作であることへの結論、それから下坂の犯罪を暴いていく過程というあたりは、どうも綱渡り以上、糸渡りクラスの道筋を捜査陣が見事に辿っている感がある。流れの方は自然なのだが、もともとフィクションが前提の小説の一描写にここまで捜査陣がこだわる前提が不自然といえば不自然。また、警察が警察の捜査ミスを指摘するあたり、面子にこだわる組織としてどうなのか。……ただ、もちろんフィクションでのことなので、目くじらを立てるべきことではないか。完全犯罪を為しえた筈の男が、狭められる捜査網によって徐々に窮地に落ちていく倒叙ミステリとして読む方が自然かも知れない。
ただそれ以外の部分、文芸青年の盗作、それが評価されて地元で名士扱い、交際した女性の殺害……と犯罪に至るまでの道のりは平凡といえば平凡。だが、不思議なのはその平凡な物語が、清張の手に掛かることで濃厚な物語として十二分の読み応えが出ていることにある。海に面した鄙びた漁師町の描写、旅館で働く女中の生活、自己中心的な文学青年……等々。方言を方言として表現し、地元・北九州にほど近い風景や、四国の新居浜といった地方の生活を、切々と描き出して読者に伝える手腕。松本清張が、本来の居場所であった文学サイドから、引き続き高い評価を得ていたことは伊達ではない。

清張作品の長編のなかでは、比較的分量の少ない作品であり、入手はそれほど困難でもない。ミステリとしてだけ、の見方ではそれほど高い評価を得られる作品ではないだろうが、やはりトータルとして覚える感興は高い。


04/01/08
田中啓文「忘却の船に流れは光」(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション'03)

改めて田中啓文氏について。'93年『凶の剣士』が第2回ファンタジーロマン大賞に佳作入選して作家デビュー。以来SFとホラー、更に駄洒落の感覚をハイブリッドにした伝奇やSF、そしてミステリ作品を上梓し続けている。また'01年には短編「銀河帝国の弘法も筆の誤り」にて、星雲賞日本短編部門を受賞している。

世界(デパツア)は悪魔の襲来により一度滅びた。主(スサノオ)は、生き残った人々のために五つの階層から成る世界をつくり、聖なる〈壁〉によって悪魔の侵入をくい止めたという。世界は八位階に分けられ、人民を統べるのは、額に五芒星形の痣を持ち、髭以外の毛がなく、股間にあるべきものがないながら男性だけがなるという〈聖職者〉(すさのおいや)の地位にある者たち。その〈聖職者〉の正式な資格である師父の昇級試験を控えた年若い神学士・ブルーは、カンノンジマ第三教会に所属していた。彼は、師匠や兄弟子が別の悪魔崇拝者摘発に出向く際に留守番を仰せつかる。更に別の悪魔崇拝者の集会が開催されており摘発要請を受けたため、ブルーは伝説的な実力を持つ聖職者・大蟻象司教と共にたった二人で狂信者の群れに立ち向かった。その際に拾った赤ん坊の縁で、ブルーは〈修学士〉(がりべん)のヘーゲルという人物と知り合い、更に美しい〈保育者〉(めのと)のマリアと出会う。彼らと交際するうちにブルーは、聖職者の頂点組織〈殿堂〉に支配される現在の世界について疑問を抱くようになる……。

構築された独特の閉鎖世界が(半分ダジャレながら)魅力。邪悪でえげつない青春伝奇小説
世界設定がとにかく面白い。 五つの階層に分かれた都市。支配者が最上層を、比較的まともな暮らしをする第二層、治安も悪く環境の悪化がひどい第五層。これら閉ざされた世界は壁に囲まれており、なかを生きる人々は異形の特殊能力者〈聖職者〉に鋭い牙と爪を持つ〈警防者〉、腕が六本あり筋骨逞しい〈耕作者〉、子供を育てるため乳房が六つある〈保育者〉……そして、特に何の特徴もない〈普遍者〉(ありきたり、と読む)が暮らす。世界は閉じられているがゆえに循環し、上位と下位との貧富の差が広がって治安は悪化しており、更に主(スサノオ)を頂点とする宗教社会の歪は、対極の悪魔崇拝者を生み出していくという構造。一見、はちゃめちゃながら、実にバランスが取れている。
そんななかで、自らの小さな価値観にしがみついて生きるブルーが、〈修学者〉ヘーゲル、〈保育者〉マリアらと知り合って、悩みを深めていく。その結果、主人公は人間的に成長を遂げていく……というあたりは伝奇小説の王道にして青春小説の王道でもある。こういったストーリーそのものにおける本書の面白さは、語弊を恐れずいえば田中啓文でなくとも書けただろう。田中啓文という才能がもたらす本書における魅力は、先に述べた設定の妙技と、ミステリ的要素にあると踏む。
決して暴力が支配する世界とか、そういうことではないのだが、それまで信じられてきた既存の価値観に基づく社会が、徐々に崩壊していく様子には、奇妙なリアリティが溢れている。だが、そういった事柄を描写するのに、暴力とエロティシズムを過剰に表現しているのが、まず田中作品の一つの特徴といえよう。汚かったりえげつないシーンも数多く、無惨さが強調された惨殺シーンもそこかしこに散見される。とにかく、良識ある健全な読者は眉を顰めるシーンが満載。だけどやっぱりそれらは、この世界観のなかでは完全に嵌っている。そしてまたそこも魅力。
また、この世界(デパツア)そのものが持つ「謎」の設定も面白い。それらが物語中に存在するヒント(伏線ともちと違う気が)を繋ぐことによって、世界と物語が少しずつ見えてくるようになる。世界そのものがミステリ的手法によって維持されているといっても過言ではないし、エピローグあたりの皮肉な味わいもまた、実はミステリの手法によって強調されているといえるだろう。物語構築の技術レベルとして巧みである以上に、受ける衝撃も高いのだ。

最近は講談社ノベルス等でミステリ作品を刊行していることでもお分かりの通り、田中氏の創作範囲はホラー、SF、ミステリ、駄洒落と広い。(駄洒落は果たしてジャンルなのかどうかは置いといて)。そういった田中啓文の持つ種々の要素が幾重にもぎっしり詰まっていることもあり、SFファンのみならずミステリファンが読んだとしても一定以上のエンターテインメント感覚を味わうことができるだろう。但し、良識派の方には決してお勧めしない。荒唐無稽を愛する方に向いていることだし。


04/01/07
斎藤 栄「動く密室」(光文社文庫'97)

本文庫自体はそう古いものではないのだが、元版は『フェリーKT97に何が起きた』という題名で'73年に刊行されているのだという(解説の中島河太郎によれば)。その後は本題名に変更され他の文庫にも入っている模様。比較的初期の長編。

六甲山の道路を疾走する学生・高瀬の車。横には建築技術者の妻である春日正子が座っていた。車は風雨のなかで転落事故を起こし、高瀬が助けを求めようと現場を離れた僅かな隙に、重傷を負っていた筈の正子の姿が消え失せてしまう。高瀬は状況を訝しむが、正子の乗車した痕跡を消して一人救助される。それから高瀬は正子の安否を気遣うが騒ぎが起きない代わりに、彼女が生存しているという証拠も見あたらない。逆に正子の夫から、東京に居る正子と会うため上京しようと誘われ、神戸−横浜間を結ぶフェリーKT97に乗り込むことに……。
川崎の地下街での火事のどさくさで、男女四人が死体のポケットから大金をくすね取る。無事救助されたものの、一人がヤクザであったことから三人は食い物にされそうになり、殺人を計画。その計画にはフェリーKT97への乗船が含まれていた。
元港湾局の局長・亀山は、娘の康代と、亀山の親友の忘れ形見である奈良雄一とともにKT97に乗り込んだ。亀山は彼らに対して話があるのだという。康代はT大生である雄一と相思相愛の間柄であったが、別に親戚同様に育った遠縁の保坂信行からも求愛されていた。その保坂は目的地である川崎で彼らを迎えるのだという……。

客船という特殊環境をフルに活かした密室&アリバイ。ただ三つのストーリーは必要だったのか。
作家歴数十年を誇る斎藤氏にあって、確かに本作は初期長編という位置づけとなってしまうだろう。だが斎藤氏はこの段階では既に中堅以上の域には達していた筈で、物語作りなどは手堅いプロの仕事を見せてくれている。
不倫関係にあった女性の行方不明。二人乗りの測量航空機上での、一人の女を賭けた男同士の争い。地下街の火事で偶然一緒になった男女の共犯関係。遠く離れた南の島への赴任が決まった同級生同士でのちょっとした賭け。冒頭から、全く脈絡を感じさせないエピソードがいくつも描かれる。それぞれに登場人物も異なっており、話がどう繋がっていくのか見えない。ただ、いくつもの物語は、結局三系統に集約され、舞台となるフェリーへと移る。ここから、フェリー上での殺人事件が物語の軸となる。このフェリーの殺人事件はなかなかに良い。 トイレの中で毒殺された大学生。その容疑を賭けられた人物は船を出迎えに出ていた以上、殺人は犯せない。 ここに大胆かつオリジナリティの高い複合トリックが凝らされており、警察など捜査側の必死の推理や、証拠集めの場面等しっかりしている。それに、そのトリックも「当時」という条件付きながら、船の持つ特性、港の持つ特性を作品にきっちり反映しており、興味深い流れになっている。Who done it? の面はある程度終盤に判明してしまうが、How done it? の謎がぎりぎりまで解けないため、真相がどうなのかが全く想像が付かなかった。
ただ、この殺人事件自体は、三つ語られた物語のうちの一つの延長線上にある。問題は残り二つのエピソード。これらの二つと、中心となる物語との絡み方が今ひとつなのだ。 接点こそあるながら、物語としてしっかり絡んでいない。これらは再び別れてしまうし、無理矢理本筋にひっつけようとした結果、ぎこちなくなってしまっているあたり残念。正直、残り二つのエピソードが全く無かったとしても、本作から受ける興趣は変わらないものと考えられるのだ。その二つにおける「謎」も、本筋の輝き方に比べると真相が非常に陳腐なのがかえって目立つ。

傑作とは言いづらいながら、様々な登場人物がしっかり書き分けられ、それぞれに男女の愛、親子の愛、純愛、不倫愛など異なる愛情がテーマになっていたりする点は面白い。(いずれにせよ「時代性」が今となってはかなりキツイが)。仮にシンプルな錯覚を中心としたメインの筋だけで構成していれば、更なる評価を得られたかもしれない作品であり、どこか勿体ない気がした。


04/01/06
由良三郎「人体密室の犯罪」(光文社文庫'94)

由良三郎氏は'84年に『運命交響曲殺人事件』で第2回サントリーミステリー大賞を受賞。東大卒業の後、横浜市立大、東大の教授を歴任した細菌学教授でもあり、デビュー作品をはじめ、趣味のクラシック音楽をテーマにした作品も多い。本作は'88年に『円周率πの殺人』という題名でカッパ・ノベルスから刊行された作品の改題文庫化。音楽ではなく、本業の医学をテーマにしたミステリ作品。

新米医局員・吉松直樹。彼が勤務する高松内科外科病院では、親睦と連絡を兼ねた昼食会が開催されていた。その席上、スープを食した院長・高松良一が突然、机に突っ伏して苦痛を訴えた。病院関係者は大慌てで、直ちに胃カメラで院長の胃や腸の検査を実施。院長は当初なんでもないようであったが、検査直後に死亡。なんと、胃と腸とのあいだがすっぱりと切れてしまうという変死を遂げてしまった。手術の最中に腹腔から取り出されたとげとげのある鉄球から、外科部長の崎田はその鉄球が院長の腹の中に入り、それが仕掛けてあった強力な磁石によって腸周辺をぐるぐる回った結果、腸がちぎれたのではないかと主張。警察を呼ぶ呼ばないの結論を持ち越しにしたまま、夜を迎えた病院では「もう少し調べたい」と崎田の意見に異を唱えた外科医の望月が、朝、院長と同じ状態で死亡しているのが発見された。病院はパニックとなり警察が呼ばれるが、関係者もこの奇妙な死亡事件には頭をひねるばかり。自分なりに推理を凝らす吉松であったが、関係を持っている看護婦の石塚則子らと共に命を狙われるなど、次の標的は自分ではないかと気付き、監察医の山本と徹底した調査を開始する。

こんな不可能犯罪見たことない。医者の発想ならではの強烈なハウダニット+動機探し……
医学関係者でないと、こういう発想はちょっと出ないのではないだろうか。なんたって「胃と腸が綺麗にすっぱりと切り裂かれた死体」がいきなり登場するのだから。 人体という密室の中での切断殺人だから、不可能犯罪。しかも、最初に登場人物によって提示される推理が凄い。これは梗概でも書いているしネタバレではないので挙げてしまうと、「棘付の小さな鉄球が、天井の扇風機に付けられていた強力磁石によって腹の中でぐるぐると回って、すっぱりと胃と腸を分断した!」というものなのだから。……。……これは。……いくらなんでも。あるわけないでしょ、フツー。……でもこれが真相だったら、ミステリ史に別の意味で残る作品になっていたかもしれない。後、奇妙な超能力を使うのでもなければ、あのタイミングで、詳細はとにかくあれくらいしか方法はないだろう、と少し考えれば想像は付くはず。加えて、犯人はなぜ「そこまで凝った殺害方法を犯し、あまつさえけったいなミスリーディングを残した」というあたりの説得性も今一つだし。
とはいえ、その謎はずっと物語においてHow done it? としてつきまとうかたちとなる。この後は主人公が様々な方法で命を狙われることから、限られた病院というコミュニティの内部での犯人探しが始まる。そのあたりの展開はスムースだし、自然。サスペンスも効いている。ただ、事件そのものの構図が、実は「エイプリルフールが大好きな院長の凝ったイタズラ」からスタートしていた、というあたりで再び力が抜けきってしまったのであるが、気力を振り絞って動機まで読み進むと、これはまた、何というか。どろどろ。あまり清々しいものではないよなあ、どう考えても。後味が悪いし……。
後から振り返ると、いろいろなことが目に付くのは事実なのだが、物語としては読みやすくすいすい読めた。特に、ある人物が殺意を抱く過程と、その過程を造り出す者の食い違いなど、結構空恐ろしいものがありポイントポイントの工夫は光っている。監察医が判断を変ずるところに対する指摘であるとか。それでもなあ……。科学的・医学的な裏付けのある荒唐無稽といった印象はやっぱり拭えないか。

医学ミステリー系統がお好きな方なら、それなりの興味は満たしてくれるものと思う。また、不可能犯罪ものとしてはかなり特異な作品という位置づけになるだろう。いずれにせよ、……いや、今となっては誰に勧めるべきなのだろう。上記を読んで、それでも読んでみよう、という方向け。


04/01/05
浅暮三文「10センチの空」(徳間書店'03)

著者本人のことばによれば、クリスマスプレゼントを意識したのだという。確かに薄めの厚みながらハードカバーという装幀、パステル系の表紙に永田智子さんのイラスト、水色が綺麗で通常より細いオシャレな帯等々、「本」というソフト面のみならずハード面的になかなか良い感じ。書き下ろし。

大学四年生となった川原敏也。熱心な就職活動を行う周囲に対し、敏也は自分が何をしていいのか分からない。担当教授に相談するも、かえって自分が何を求めているのか分からなくなってしまう。「何かにつかえているのかい?」 実は敏也には特技があった。誰も見ていないところで、10センチだけ宙に浮かぶことが出来、地面すれすれに空を飛ぶことができるのだ。ただ、そのこと自体は就職活動で役に立つものではない。敏也はよく聞いているラジオ番組の年若い女性DJ、夏野めぐみに手紙を出す。自分は空を飛べるのだが、なぜそのような能力が得られたのか思い出せないこと、何がやりたいのか分からないこと、自分のなかの何かが重いこと……。夏野めぐみは、そんな彼からの手紙を取り上げ、彼にコメントを返す。彼にプレゼントされた曲はビートルズのフリー・アズ・ア・バード。それをラジオの前で聞いていた敏也は、周囲が真っ白になるのを感じ、自分がどこか懐かしい場所に来ていることに気付く。彼は、子供の頃の自分の身体に意識だけがタイムスリップしていたのだ。その経験を通じて、敏也は自分のなかの「重い帽子」が何だったのかに気付き、行動を開始する。

誰にでも感じることのある悩み、そして。極上の青春ファンタジーにして恋愛小説。
おそらくは、わざと、なのだと思う。浅暮さんのこれまでの著作には、結構特殊なアイデアであるとか発想であるとかを重視した作品が多いなか、ある意味王道的なファンタジーを青春小説と重ね合わせた本作をこのタイミングで発表した、というのは。
悩みを持つ若者が、自分自身を探求するために行動を起こし、それを見つける。その結果、得た物によって将来を自ら拓いていく。オーソドックスとも、神話時代からの基本ともいえるような物語に付け加えられた、10センチだけ空を飛べるというアクセント。更にタイムスリップで向かう少年時代であるとか、ラジオというちょっとレトロ感覚を想起させるメディアを使った双方向コミュニケーションであるとかが、すれた読者をもどこか懐かしい気分にさせてくれる。失いかけた友情や、子供の頃持っていたはずのひたむきな情熱。そして、退屈な日常によってすり減らされた心のなかに、それでも誰もが持っている筈の熱い気持ち。うん、いいですな。
センス・オブ・ワンダーであるとか、ミステリとしてのサプライズであるとかを求める作品ではない。(そういったポイントだけを追う読者にとっては本書は物足りないだろう。だけど、そういった読者を意識して書かれた作品では、そもそもないのだから仕方ない)。 素直に物語を追って、素直な気持ちに浸るのが、この作品を読む時の最大のポイントとなる。できれば、十代後半であるとか、二十代の早い段階であるとかに読んでみたかったというのが正直な気持ち。物語の分量としても決して長くなく、普段本を読まない人にこそ読んで貰いたいような気がした。ラストに至る展開は、出来すぎとも一瞬感じたが、それはそれでいい。そういう物語なのだから。心休まり、心高ぶる物語なのである。

読み終えたとき、「どや、ええ話やろう」と、にやりとほくそ笑む浅暮さんの表情が頭にまず浮かんだ。自分自身、こういった時期は遙か昔に通り過ぎてきているわけだが、いい話というのがいい話であることは変わらない。オーソドックスというのも、やはりそれはそれでいいではないですか。読み終わった後、こちらにもそこはかとなく暖かいものが伝わってくるのだから。ジャンルにこだわらない読書人向け。確かに、大切な誰かへのプレゼントに適かも。


04/01/04
北川歩実「嗅覚異常」(祥伝社400円文庫'00)

刊行当時話題になった祥伝社の400円文庫。この第一期刊行の21冊のうちの一冊。それまで長編書き下ろしにて作品発表していた北川歩実氏が、この中編シリーズに参戦したのは結構意外だった。個人的な事柄になるが、本作は一年近く通勤鞄の普段使用しないポケットに忍ばせてあって「読むものがなくなった時の非常用」という位置づけだった。ようやく機会を得て読むことができ、少々ほっとしている。

神経内科の女医である植田理歩は、大学の院生である富坂という人物から共同研究の依頼を受け、大学に赴く。彼女がかつて手がけた患者の一人・古川夏海を対象とした研究のテーマは「嗅覚障害」というもので、目的は匂いのメカニズムの解明。夏海は子供の頃に脳の手術を行い、学生時代に更に頭を強打する事故に遭って依頼、嗅覚に異常があるのだという。匂いを身体は感じているのではあるが、それが知覚されていないという症状であった。理歩は大学病院でモルモットのような扱いを受けた過去を引きずって、通院を止めてしまった夏海と久しぶりに再会、彼女の気持ちを気遣うが、夏海自身は研究に前向きであった。実は、富坂と夏海は交際していたのだ。一方、理歩が大学を訪れた後、富坂が実験に使用していたウサギが殺されるという事件が発生。理歩は富坂に疑われ、共同研究は無理だと告げられる。また、直後に夏海も失踪。関係者は事件の収拾を理歩の友人で探偵の嶺原に委ねた――。

表向きのさりげない物語の中身全てがミスリーディングと伏線。内容充実、さすがは北川歩実
当初は物語のテンポに戸惑う。と、いうのも、中編という物語の長さの割に登場人物がやたら多いように感じられる一方で、場面の展開や転換における描写が切りつめられている印象を受ける。また、アカデミックな舞台における情景が頭のなかに入りづらいように感じられた。嗅覚異常を研究する理由というのも、説明があるものの論理の飛躍がかなり激しいように感じられて、何となくノリづらいな――と思えたのだ、最初は。これが、ウサギ殺害事件、夏海失踪、探偵登場となってから雰囲気が一変し、興味満点の展開へと転ずる。
最初の段階での事件は、誰が何の目的でウサギを殺したのか? という点にある。富坂と対立する研究者・大迫なのか、それとも理歩なのか。第三者なのか。そして第二の事件は、夏海の失踪。 この二つの事件に関する事情を聴取する過程が、捜査でありながら、実は物語で本来焦点となる大きなサプライズに対する伏線になっているのだ。 ミステリの楽しみの一つ、真相が明かされた瞬間に場面の見え方がさあーっと切り替わる驚き、本作の場合は、物語のみならず、この事情聴取で読者に明々白々にされた事柄全てが別の意味合いをもたらすところに凄さがある。富坂と夏海の交際の理由から、富坂の態度、富坂と大迫の対立といった捜査過程で聴取されたエピソードが、インパクトを持って変化する。このダイナミックな技を、物語終盤に至るまで全く予見させない展開は素晴らしい。当初のテンポの悪さに繋がっていたような数多い登場人物にしても、実はそれぞれ物語に対する必然的な意味合いがある。読者の常識を逆手に取った陥穽は、読み終えてみると、現代人が持つ臭いに対する意識の問題を浮き彫りにしてしまう。その意味では一種の社会派ミステリだともいえるだろう。

テキストに対するさりげなくも周到なテクニックが光る逸品。刊行当時にさっと読んでいても、恐らく同様の衝撃を受けることができたであろうが、普通には入手し辛くなってしまった今しか紹介できないことを勿体なく感じるくらい。中編でありながら、短編以上のキレと長編以上の重みを持つ作品である。


04/01/03
吉村達也「かげろう日記」(角川ホラー文庫'03)

一時期に一旦発表ペースを落とされていた感があったが、'01年頃から吉村達也氏は再び月産一冊ペースでの刊行を再開しつつあり、小生も全ては追い切れていない。本書は角川ホラー文庫書き下ろしで刊行された作品。

社会人になって二年目、同僚の栗田仁美と交際しはじめた町田輝樹は、大学時代からの恋人・内藤茜と別れた。学生時代は結婚までも考えていた茜ではあったが、輝樹が仕事が面白くなりはじめたことや、社会人として視野が広がってきたこともあって、熱烈的な愛情を注ぐ茜の存在がうとましく思われてきたことが理由である。茜は、輝樹と別れてから引きこもり生活に入り、ある土砂降りの夜、銀行のATMから出てきたところをフルフェイスの男に襲われ殺される。輝樹が感じたのは、悲しみではなく安堵であり、彼は葬式にも出席しなかった。強盗目的と思われた犯人が誰なのかも分からない。それから半年、輝樹のもとに差出人不明の封筒が送られてきた。中に入っていたのは茜の筆跡で書かれた「かげろう日記」と題された一冊の大学ノート。それは輝樹に振られた茜が、捨てられぬ思いを面々と書き綴ったものであった。それを読み始めた輝樹は、その狂的なまでに輝樹のことを思い詰める彼女の文章、そして茜の死の日が近づくことに恐怖する。

限られた登場人物と、意外なサスペンスの手法がホラー的興趣を高めている
今時「かげろう日記」とは、なんというか時代がかった題名だよな……というのが読み始めるまでの思いであった。ネット日記が全盛の今、大学ノートに書かれて個人の思いを綴った日記という存在そのものが、珍しいのではないか。ただ、そのギャップこそが、本作における吉村氏のアイデアの根幹にあることを思い知らされることになる。キーボードで叩かれる日記が持つ匿名性と正反対の意味合い、つまり個人の強調が手書きという行為の結果出てくるのだ。
物語の興趣は二本立て。まずは、当然その「かげろう日記」の内容が一つ。主人公の輝樹は、あまりの恐怖に日記を一気に読むことができないため、読者にとってもその内容は小出しに与えられる。一人の女性が振られ、落ち込み、一旦元気になるような兆を見せつつ、再び更なる混迷のなかを蠢いていく様は、サイコサスペンスとしての興趣を醸し出す。バレンタインデーの当日、チョコレートの破片で書かれる文章ってのも、怨念が籠もっているようで想像するに結構怖い。(後半、そういった表現はエスカレートしていく)。
もう一つの興趣は、誰が何の目的でこのノートを送ってきたのか、という点。主人公の周辺には、親友である卓郎、現在の恋人である仁美、そして主人公の上司の女性部長くらいしか登場人物が配されていない。そんななかで、この謎が提起されるわけなのだが、この決着が意外。読者の盲点を突くかたちで、その真相が登場する。考えようによればシンプルなのだが、これはやはり盲点だといえるだろう。この謎がもう一つの謎、即ちなぜ茜が殺されたのか、へと繋がるあたりへ展開する構造が実に自然で巧みなのも特徴。ホラーを標榜した作品ながら、さりげなくミステリの手法を使用することで意外な驚きを導き出す点、実に吉村作品らしいといえる。

作品そのものが決して長くなく、シンプルにまとまっているところと、その中に込められたアイデアとの釣り合いが良いバランスを保っている。決して後味の良い作品だとはいえないものの、ホラーもミステリも、という小生のような読者には結構向いている作品かと思われた。


04/01/02
芦辺 拓「殺しはエレキテル 曇斎先生事件帳」(光文社カッパ・ノベルス'03)

「小説宝石」誌に'01年より'03年にかけて掲載された、曇斎先生を探偵役とするシリーズ作品がまとめられたもの。芦辺氏初の捕物帖である。ただ、確かに江戸時代を舞台にはしているものの、いわゆる捕物帖というよりも、本格時代ミステリの薫りが色濃くあるような印象もある。本シリーズは本書一冊で終わりではなく、今後も継続するとのこと。

唐物商・疋田屋で開催されている異国からの舶来品・エレキテルの実演を見学していた平田箕四郎。その実演に参加した若い男が、前後不覚に眠りこけてしまう。箕四郎は疋田屋の手紙を持って曇斎先生のもとへと走る。一方、その直後、江戸唄の師匠が変死する事件が発生、現場に落ちていた引き札から、エレキテルが原因ではないかと捕り方が疋田屋へと押し寄せてきた。 『殺しはエレキテル』
盆屋、いわゆる連れ込み宿で別嬪の年増が殺された。事件は出歯亀の情報屋・利吉が目撃していた。しかし容疑者の男は遠くの店で遊んでいたといいアリバイが成立。現場付近にいた被害者を離縁した真面目な男が引っ立てられた。『幻はドンクルカームル』
屋形船に田舎者の武士と粋な芸者が二人きり。卑劣な手段で芸者に迫った田舎侍には一本の矢が突き刺さっていた。その矢は遠く離れて山ごもりしていた弓の名人が放ったものだと本人が主張する。 『闇夜のゼオガラヒー』
廻船問屋に賄賂を求めてやって来た武士が、奥の部屋で殺害された。下手人の姿は見えず、その武士の旨には渡来のウニコール、即ち一角獣の角が突き立てられていた。 『木乃伊とウニコール』
朝鮮との国交回復に重要な役割を果たす黒真珠の耳飾りが紛失した。背後にあるのは政治的な問題。一人の武士が斬りつけられ、黒真珠の一つを持たされスケープゴートにされかかったが、通りかかりの医者が彼の命を救った。 『星空にリュクトシキップ』
疋田屋の真知が遠眼鏡である筈のない紅毛船を発見。慌てて追った彼女は何者かによって拉致されてしまう。彼女から送られてきた無事を知らせる手紙には別の暗号が認められてもいた。 『恋はトーフルランターレン』 以上六編。

江戸時代を舞台にした21世紀本格? さりげない時代背景への配慮にも注目
本書の舞台となるのは江戸時代の大坂。即ち、武士よりも商人が幅を利かせる活気溢れる街である。小生が地元(に近い)だからという訳でもないが、当時の大坂の地理や風俗、環境をさりげなくも緻密に再現している点にまず気付いた。花のお江戸を舞台にした捕物帖は数多いし、それらはそれらできっちりした”江戸”の描写がなされている作品ももちろん多い。本書は、その点を大坂という土地に置き換え、江戸と大坂の細かな風俗の違いなどまでしっかりと背景に取り入れられている点がひとつ特徴だといえよう。その結果、商人が主体となっての進取の気風といった、本作がミステリたる際に重要な意味合いを持つ要件が、物語の骨組みにどっしりと座っている。
探偵役となるのは、市井の学者先生である曇斎先生(あとがきによれば実在の人物)。更にワトソン役(狂言回しか)に勉学の志を高く持つ若者・平田箕四郎を立て、ヒロインには唐高麗物商人の娘・真知をあてる。町人にして、江戸時代にしては革新的な考え方をする人間たちを中心に据える。その一方で、個々の事件に犯人はいるのだが、それを取り締まる立場の大物に、旧弊な考え方に囚われ、大坂商人たちを心の底で憎悪する大塩平八郎(史実でも与力であったらしい)を当てる対比が面白い。この大塩平八郎は、あの「乱」を後に引き起こす人物であるが、このあたりの史実と物語がどう絡んでいくのかは、シリーズの今後、見物となってくるはずだ。
前置き? が長くなったが、捕物帖、いやミステリとしては不可能犯罪系統であり、はっきりと本格ミステリの指向が強く出ている。 個々の作品内で使用されるトリックは、その時代として目新しい器物を使う場合もあれば、それらが目くらましとして機能しているもの、事件の単なる小道具として使用されているものと様々で、なかなか読者サイドからの推理はし辛い。後から説明されれば理解できるものの、トリックそのものに当時最新の科学知識(当然現在は最新ではない)が用いられるものもあり、さながら最新科学を盛んにトリックの源泉とする本格ミステリの某系統を思わせる作品もある。とはいっても、解決に至る道筋が伝統的本格ミステリの手法に則った論理的なものであり、いずれも解決に至った際に膝を打つ点は変わらない。いろいろと時代ならではの新しい異国風物を楽しみながら、純粋な本格ミステリもまた楽しめるという二重構造となっており、一旦世界に入り込めばすらすらと取り組むことができた。それぞれの作品において、主人公らにとっての正義と、応対する概念としての悪の対立がかなり極端に描かれているあたり、芦辺作品らしい。(このあたりが鼻につくという方もおられるかもしれない)。

時代小説や捕物帖が苦手というミステリファンでも、本作ならばそれほどの違和感はなく世界に入り込めるのではないだろうか。いろいろな点で、物語や舞台の必然性を重視する作者ならではの企み、そして不可能犯罪とそのロジカルな解決の面白さにどっぷり浸れるものと思う。


04/01/01
黒川博行「アニーの冷たい朝」(講談社文庫'93)

大阪を舞台にした警察小説を書かせれば右に出る者はいない、という黒川博行氏の九冊目にあたる長編。元版は'90年に講談社より「推理小説特別書下ろし」として刊行されたもの。本書も大阪府警捜査一課が登場するのだけれど、いわゆる「大阪府警もの」に括られる? (ちょっとよく分からない)

男は、宅急便の配達人を装い、一人暮らしの女性を襲う。首を絞めて殺すと髪の毛を除く全身を剃り上げたうえで持参したドレスを着せ、そして犯していた。彼は女性のことを「アニー」と呼ぶ。この狂気の事件は連続殺人に発展、谷井刑事をはじめとする大阪府警捜査一課による懸命の捜査が続いたが、被害者たちは、人形のような美人系の顔立ちということ、病院で看護婦かそれに準ずる仕事をしてたことくらいで、犯人に繋がるような共通点は見あたらない。一方、高校の女性教師・足立由美は、一流服飾会社である東京ハサウェイのデザイナーと名乗る大迫から試着モニターの仕事を依頼される。遣り手ビジネスマン風で見目もすっきりした大迫は、由美に対して好意をもって接しているようにみえ、由美自身も彼に対して思いを寄せるようになり、彼がプレゼントしてくれるというサファイヤの指輪を自分で購入するに至る。しかし、大迫の態度に何か煮え切らないものを感じ取った由美は、いくつかの方法により彼の素性を調べ、彼の名前が偽名であることを突き止める。

物語を覆う狂気による独特の緊張感が抜群。サスペンスが突き詰められた時に現れるサプライズにも注目
基本的には、ある性向が突き詰められたことからルビコン河を渡り、異常心理を発露する殺人に手を染める男の様子と、いわゆる”デート商法”に引っ掛かりそうになりつつある若い女性と、狂気に満ちた事件の捜査を地道に行う警察との、三つのストーリーが絡み合うことで長編が維持されている。黒川氏の創作技術によって、それぞれがテンションの異なる独特の緊張感を育んでいくところにまず目が行く。警察の捜査はさすがに後追いながら、残り二つの物語が異なる緊張感を醸しだし、共鳴するかのような独特の恐怖感をじわりじわり読者に与えてくれるのだ。「ああ、彼女が犠牲者になっていくのだな」という厭な予感。それはもちろん物語の必然として的中する。
だが、サスペンスだけでこの作品の面白さは語れない。特に後半に齎されるあるサプライズは、サスペンスにのみ引き込まれていた読者を脇腹からどつくような衝撃がある。(ただ、それに至る伏線が完全とはいえないようにも思われるので、本格ミステリ的テクニックに驚くというよりも、純粋な意外性によって驚かされるのではあるが)。また、男の狂気はもちろん、その狂気に相対して戸惑いまくる警察サイドの常識のギャップもきっちり描かれているし、デート商法の実態についてもきっちりとした背景をもって描かれている。そういったもろもろが、見えないレッドへリングとして機能しているという考え方もあるか。このあたりの具体性もまた、黒川作品における魅力の一つである。
その男の狂気の源泉は何なのか。なぜに死体に装飾を施すのか。大迫の狙いはなんなのか。これらが徐々に明らかにされていった先にある、終盤の緊張感は、特に女性にとっては堪らない恐怖となるだろう。ただこういう特徴も両刃の剣で、あまりどぎつい表現がお気に召さない方には、正直本作は勧められない。

捜査の過程で女装趣味の衣装を販売する店に至る刑事二人組の掛け合いなど、黒川作品ならではのユーモア感覚は健在。だが、全体に流れる緊張感が、それらさえも打ち消してしまっているようにも思える。物語としては面白いものの、そういったディテールの関係で、ある程度黒川作品を読まれた方に向いているような印象。少なくとも「最初に手に取る黒川ミステリ」としては不適だろう。