MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


04/04/10
関田 涙「七人の迷える騎士」(講談社ノベルス'03)

第28回メフィスト賞を『蜜の森の凍える女神』で受賞した関田涙氏の、二冊目にあたる書き下ろし長編作品。前作に引き続いて名探偵ヴィッキーが登場する。(刊行されたタイミング等から勘案して、本書の原型が応募第一作であったのではないかと推察される)。

風夏学園の中等部に通う菊原誠と、その高等部二年で全学園で抜群の支持を誇る姉・ヴィッキー(渾名)。彼らの通う風夏学園の文化祭では一年前、密室となった女子更衣室内部に猫の死骸と白雪姫の人形、そして謎の脅迫状が残されるという事件が発生していた。それから一年。今回力が入れられている企画が第20回を迎える風夏学園のミス・コンテストがあった。中等部時代に三連覇の偉業を達成しつつも前回に発生した事件の関係で、出場しなかったヴィッキーと、去年の受賞者で演劇部に所属するミス風夏・有村優美香が対決するのである。しかし主催者のもとにはミスコン中止を要請する脅迫状が届き、有村がかつて風夏学園を退学処分となった暴れ者・佐多大河と交際していたという噂が。不穏な雰囲気のなか当日を迎えた文化祭は、演劇部の舞台上で、大量の鏡の落下で演劇部長が殺害されるという事件で幕を開けた。警察が学園内で捜査を続けるなか、次々と不可能状況の死体が発見されていく……。

詰め込まれる大量のトリック、大量の理由。名犯人と名探偵。全ての要素は揃っているが
前作から引き続き、ヴィッキーとその仲間たちによる謎解き。モチーフは白雪姫。文化祭当日に起きる連続密室殺人事件、一年前の犯罪予告状。学園祭の演劇舞台で発生する惨劇。密室内部での集団毒殺。三つの建物の移動不可とも思える屋上における奇妙な現象。過去に起きた暴行事件。開かない部室……。
ノベルスとしても少々厚めのサイズながら、序盤の状況説明が一回りした後、特に中盤以降には怒濤の不可能犯罪が連続して描かれる。事前の犯人の脅迫状があり、見立てとも思えるその一連の事件そのものに、犯人がだれなのかというフーダニットも加わって、いわゆる「謎」の要素がやたらと多い。これはこれで歓迎すべきだし、読者への挑戦状まで挟み込まれているくらいで、作者の遊び心も大きいものと思う。
瑕疵を指摘するようで恐縮ではあるが、犯人に関するこういったタイプの秘密はあまり挑戦状には似わないように思える。他の解くべき謎も多く、アンフェアではないまでも伏線から真犯人の特徴を割り出すためには、読者に対してかなりの想像力を要求させる。なので、作品にぎっしりとミステリの要素をいろいろ詰め込んで「どうだ!」と胸を張る作者と、その全てにはついてゆけない読者との間に微妙な温度差を感じてしまった。トリック、動機、犯人。実際に発生している事件の強烈さの割に個々に割り振られた物語が中途半端になっているように思えるのである。おそらくは、学園を舞台に大量殺人を描くために登場させられた大量の人物が消化不良であることと、本格ミステリのゲーム性を追求するあまりに、動機が考えられているようで、それでもとってつけたように思えてしまうあたりが原因か。また、これだけのいろいろな事件を悪魔的な犯人が引き起こすことはとにかく「共犯者がいる」という点は、実は本格ミステリとしてのサプライズを減ずる要素として挙げられよう。

もちろん、本格ミステリとしての要素は全て、そして過剰にまで詰まっている。 その内容も現代的古典的トリックが入り交じり、新旧の読者もその謎解きは楽しめるはず。にもかかわらず、どこか読んでいてこちらの余裕がなくなってしまうという不思議な感覚にとらわれたことも事実としてある。凄いことは凄いんだけれども、どこか根本的なところで作品が本格ミステリとしての本質とは微妙にずれがあるような気がしてならない。


04/04/09
小森健太朗「大相撲殺人事件」(角川春樹事務所ハルキノベルス'04)

連作短編集の形式なので雑誌連載作品かと思いきや、ノベルスの書き下ろし作品。小森健太朗氏と相撲という取り合わせには少々違和感もあったが、これに本格ミステリという”伝統と形式”を重んじる世界という共通点を振りかけることで、何とも珍妙かつ不思議な作品が出来上がってきている。

日本文化を学ぶために来日した米国人青年・マークは、間違って千代楽部屋に入り、その体格に惚れられた親方から相撲取りを目指すように丸め込まれる。その千代楽部屋の力士の土俵上の立ち会いにて、対戦力士との間で爆発が発生、重体となる事件が発生した。 『土俵爆殺事件』
千代楽部屋の力士の一人が、入浴中に首切り死体となって発見された。現場は誰も出入りできない密室。事件は風呂炊き男の犯行を示唆していたが……。 『頭のない前頭』
遂に入幕したマークこと幕ノ虎。しかし、その初日から対戦相手の力士が次々と謎の死を遂げていく事件が発生した。 『対戦力士連続殺害事件』
新しく親切された某県の相撲専用の体育館。そのお披露目の直前、土俵の女人禁制に抗議する一団が入り込む。お清めの儀式に臨んでいた神主が殺害されたが……。 『女人禁制の密室』
次々と幕内力士が殺害され、その得意技を繰り出す身体が切り去られる事件が発生。千代楽部屋の合同合宿先でも横綱が殺された。しかし現場に至る近道は岩で塞がれており、力士たちにはアリバイが。 『最強力士アソート』
合宿帰りのバスが大雨によって山奥の人気のない洋館に入り込む。黒相撲なる裏の世界の相撲を信奉してきたという屋敷の主人、そして予告状通りに殺害される千代楽部屋の力士たち……。 『黒相撲館の殺人』以上六編。

なんなんなんだ、これは。本格ミステリvs大相撲。互いの伝統を貪り合う驚異の作品世界
土俵上の凶器無き爆殺から幕を開けるこの『大相撲殺人事件』、ある意味傑作である。この”ある意味”というのがクセ者なのだ。(というか、この作品は最初から最後までクセだらけである)。
とはいっても、恐らく本格ミステリとしては平凡、いやこの言葉から響く悪い印象を考えると「定番」と呼ぶのが正しいかもしれない。密室内部の首切り死体。連続殺人事件。心理的密室。アリバイトリック。雪の館(厳密には嵐の館である)。ミステリファンであれば、いやそうでなくともどこかでみたようなシチュエーション、そしてトリック
しかし、小森氏は、ここに破天荒な補助線を引く。それが角界であり、力士であるという本書のメイン設定にあたるのだ。これに至って、物語は平凡な本格ミステリから、希有にして抱腹絶倒の本格ミステリへと変身を遂げてしまうのである。つまり、密室内部の首切り死体は、風呂に入った力士の首が落ちたという聞いたこともない奇妙な事件へ、動機不明の連続殺人は、初日から千秋楽前日まで、謎の他殺が続けられる幕内力士連続殺人事件へ。またアリバイトリックも一般人には可能でありながら、力士には無理という不可能状態を提起する。何よりも圧巻は最終話であるのだが、これは読んでのお楽しみ。もう訳分かりません。つまり、大相撲の世界という特殊な舞台とミステリとを実に見事に攪拌し、そして結果を出した作品なのである。
相撲のしきたりであるとかについては少々詳しい人からすると異論もあるのだろうが、それほどまでには詳しくない私としてはそのあたりに対する不満はない。逆に意図的にカリカチュライズされた大相撲の姿に、ヒーロー不在で人気に翳りの見え始めた現実の大相撲の姿が重なる――んなわけないです。実に楽しく、そして興味深く読めたというのが、何というか。本格ミステリ形式の懐の深さなのか。どうか。

各所に鏤められた本格ミステリのパロディも楽しい。特に万年幕下で事件の解説役を務める御前山の台詞が笑える。「わが角界は、去年生じた土俵での爆殺殺害事件以降〈大量死〉の時代に突入しました」だとか。(なんたって、世間話のレベルで「一年前に幕内にいた力士も、この一年で四十パーセントくらいいなくなっちゃったわねぇ」という世界なのだ)。ある意味、相撲、本格ミステリの両方に対する敬意がないともあるともいえる、奇妙な作品。マニアであればあるほど、この作品はかえって喜ばれたりして。(むろん、私は大喜び)。


04/04/08
瀬川ことび「7」(角川ホラー文庫'02)

お葬式』にて第6回日本ホラー小説大賞短編賞佳作にてデビューの瀬川ことび氏。ライトノベルスでは先に、瀬川貴次名義で著書があるが、ことび名義ではホラー文庫への書き下ろし作品がその活躍の中心である。本書はホラー文庫で四冊目にあたる長編。

山口県の遺跡発掘現場。パートや考古学マニアなど、さまざまな人々が発掘に勤しむなか、一際目立っていたのが東京の大学から来ている柳亜希子。その美貌は周囲の男の目を釘付けにし、発掘の指揮を執る助教授の沢口もその欲望を隠しきれずに周囲の失笑を買っていた。そんななか、有柄細型銅剣が発掘される。亜希子はその銅剣に惹きつけられる……。一方、浪人生になることが決まった長谷川那津は、子離れ出来ない母親から失踪している兄の居場所の捜索を仰せつかる。半ばうんざりしながらも母の指示に従う那津は、兄である聡史の通う大学に出向き、彼が美人学生と交際していたことを知る。兄の荷物を持ち帰った那津はそのなかに、その彼女と思しき柳亜希子が書いた考古学のレポートを発見。さらに母親の指示により、亜希子が滞在しているという山口県の発掘現場へと向かった。ところが現地では、有柄細型銅剣が亜希子によって持ち去られており大騒ぎ。いらぬ疑惑を受けた那津は逃げだし、いかつい身体を持つ大男と片耳ピアスの少年の二人組に助けられる。彼らは七星剣を追っているのだという。

ホラー文庫においては少々異端でも、伝奇小説の枠組みのなかでは、真っ向からの正統派。
瀬川ことび氏の作品には、日本ホラー大賞短編賞佳作を受賞した『お葬式』をはじめとする、いわゆる日常の恐怖をさりげなく描くといった系譜の作品が代表的ではあるのだが、それとは別に正統派の伝奇小説を発表しているというもう一つの顔がある。(正確には瀬川貴次名義のティーンズ小説もあるのだと想像されるのだが、こちらは読んでいないので……)本書はそのどちらかといえば、圧倒的に後者。真っ向勝負できた王道中の王道ともいえる現代伝奇小説である。強いていえば題名に使われている「7」という単語のみが浮き上がっているものの、その設定、物語運び、そして展開に結末に至るまでストレート。
背景に北斗七星や「七」という数字にまつわる日本の数多くの伝説を絡め、ヒロインに平凡な女子高生(浪人中)を配している。伝説等との繋がりや、巨石が空を飛ぶ仰天シーン、西南戦争の亡霊たちといった小道具は凝っているとはいえ、その王道の範囲のなか。
どちらかといえば、そういった舞台設定よりも登場人物の個人設定の方に、より作者の工夫を感じた。ヒロインを守る坊主の親子の関係や、兄一人を溺愛し、娘を省みない母親、当事者能力のない父親、その母親の愛情を受けてきた兄といった、伝奇小説に現代的な家族像を絡めているあたり。特に冒頭部の極端な母親像の描写など、嫌悪感を読者に覚えさせつつも読ませるものがある。
物語の方はいかんせん薄いのでテンポが極端に早く進んでいくのだが、そのなかでも最低限端折れない描写だけはきっちり書き込まれている。ただ、裏を返せば厚みに欠けてしまうのはこの分量であれば仕方のないところ。

いずれにせよ、正統派の伝奇エンターテインメントであり、そういった方面に嗜好を持つ方向けであろう。いわゆるホラーを期待される方には少々肩すかしになってしまうかも。


04/04/07
皆川博子「猫舌男爵」(講談社'04)

皆川博子さんが『小説現代』誌に'02年7月号から、'04年1月号のあいだに掲載してきた少し長めの短編作品を集めた、ノンシリーズの短編集。柳川貴代さんによる装幀が実にオシャレな一冊。余裕があるのなら、是非ともハードカバーで持っておきたい。

父が容器に入るようになり、常にいないものとして扱われるようになっていた兄と私。お金に余裕のある人々は容器のなかで死を迎える時代。彼らは家のなかを探検しているうちに侏儒に会う。そして……。 『水葬楽』
ヨーロッパのある国に住む学生・ヤン・ジェロムスキは、古本屋でヤマダ・フタロという日本の作家が書いた作品が英訳された本”THE NOTEBOOK OF KOHGA'S NIMPO”を読み、日本文学に嵌り込む。彼が針ヶ尾奈美子という無名作家について言及したことから、周囲はいろいろと騒がしくなる。 『猫舌男爵』
ザクセンで生まれた少年は鍛冶屋の父親と裁縫が得意の母親に育てられていた。しかし父親の死と共に村を出て都会に出てきた。そこで二人は苦労して暮らしていたが少年はカフェのオムレツ係の職を得た。 『オムレツ少年の儀式』
第二次大戦の終了間際、ドイツの病院で見守られる者もなくひっそりと無くなったエーディト・ディートリヒ。死後、彼女の名誉の回復を望む声が高まったが、彼女はどのような生涯を送っていたのか――。 『睡蓮』
厳寒のロシアに取り残され、図書館の地下をねぐらにする疲弊しきったドイツ兵。もとコサックの俺はそこにあった幻想的な小説を大尉殿をはじめとする生き残りたちに読み聞かせていた。 『太陽馬』 以上五編。

超絶の幻想あり、心の欠落あり、そしてテキストの罠があり、抱腹絶倒のメタがあり。らしくあり、らしくない短編集
この作品集、皆川博子さんしか描けない世界が五つの短編となって詰まっていることは間違いない。――のであるが、これまで読んできた作品集のなかでも異色といえるもののように思えた。何というか、これまでの短編集においては、作品個々のバリエーションがあったとしても、作品集としてはトータルで独特のハーモニーを奏でてきた。しかし本書の場合はわざと不協和音を造り出して、作者は読者の反応を舞台の袖から眺めている――というような印象。このアンバランスがまた作品集の魅力となっているのであるから始末が悪い。
『水葬楽』は、近未来の延命装置を冒頭に持ってきて、その時代に生きる”ある特徴”をもった双子の兄妹が主人公。その時代や背景を冒頭で語って(説明ではない)おり、描写は読者に親切とはいえないながら、独特の世界が既に確固と出来上がっており、嫌でも読者はこの世界に入り込まされる。また『オムレツ少年……』『太陽馬』は、歴史を背景にしつつも主人公たちの感性が、これまでの皆川作品世界での登場人物と割と近い印象がある。精一杯生きてはいるものの、大切な何かが欠落しており、それを埋めるために実は生きている――あたりのモチーフがそう思わせるのか。
この三作品だけであれば、これまで読んできた皆川短編集とも親和性を持つように思う。しかしまず『睡蓮』。これがまた強烈な実験的作品となっている。手記を用いる文学作品はあるが、本書は結末が先にあり、そして関係者の手記が遡っていくという不思議な構造を持つ。書簡、日記、電報。そういった情報の断片を通じて、悲劇的に生きた一人の女性の輪郭が徐々に浮かび上がってくる。物語を順列に辿っても数奇な作品になるように思われるが、ここに変化球的プロットを組み込むことで、その数奇さを高めていることは間違いない。
そして最大の問題は『猫舌男爵』である。 日本語の自国語への翻訳を目指す主人公。これが何ともコミカルでおかしい。意味の通りにくい日記と、東欧を思わせるどこかの国が舞台。これに実在の人物(日記にも記したが、日下三蔵氏、千街晶之氏が登場。特に日下氏は本書の狂言回しとして重要な役割を果たす)を登場させたり、自国語への訳に苦しみ、その結果、関係者の誤解を招いて人間関係を壊してしまうちょっとお間抜けな主人公が登場したりする。皮肉っぽいラストなど皆川作品そのものであるのに、海外との日本文化のギャップを用いたその「過程」が実に楽しく、おかしく読めるという異色作品なのだ。皆川さんの作品は数あれども、これほどまでに”おかしさ”を狙った作品は珍しいのではないか。山田風太郎への皆川さん流の弔辞という捉え方もできようが、単純にドタバタ劇として楽しめるようにもなっている。そして、そのコミカルささえもが、不思議なまでに巧い。

もちろん、文章は全て皆川作品の持つ美しさを合わせ持つ。特に三編の幻想小説の破壊力は強烈。通常の皆川ファンをまたノックアウトさせるだけのイメージが膨らむ。描かれている主題も哀しく辛い。それだけでも凄いのに、その合間に『猫舌男爵』と『睡蓮』という異色ともいえる作品を挟み込むことで、これまでの皆川作品集では見られなかった、不思議な魅力が付け加えられている感。皆川ファンであれば納得の内容。


04/04/06
香山 滋「怪奇探偵小説名作選10 香山滋集 魔境原人」(ちくま文庫'03)

全十巻からなる怪奇探偵小説傑作選の最終巻にあたる作品集。祝完結! 編集の日下三蔵氏のあとがきによれば、本来この人見十吉ものは先に出版芸術社より刊行された『月ぞ悪魔』にて行われる予定であったものの、ボリュームの関係で断念された企画とのこと。この最終巻で遂に実現したが『月ぞ悪魔』に収録されている作品と三つ重なっているのはそのため。

南米の黄金郷・エル・ドラドオ。その地に踏み込まんとする人見十吉は、人跡未踏の密林の奥地「神に見離された沼」の側で、もう三年も暮らしているという男、ドン・グレゴリオに出会う。そしてその妻・コンチャに魅了される。実は彼女は現地のリア・アンテグア族の最後の生き残り、女王なのだという……。 『エル・ドラドオ』
パプア島の奥地で雇い主のゴンチャロフと共に取り残された人見十吉。断崖に囲まれたと思しき土地からの脱出は不可能かと思われたが、彼らを観察する生き物があった。 『美しき獣』
ハワイ島の人に知られていない孤島で海綿取りに従事する人見十吉。チュニス人の雇い主は凶暴な殺人鬼だった。しかし、彼は現地人が恐れるアミアなる女性と知り合うが、謎を秘めたまま彼女はいずこかへ去ってしまう。 『海蛇の島』
マダガスカルの沖合の島を買い取ったムニエ侯爵。過酷な労働と引き替えに移住を許した拝火教徒が不穏な動きをしていると知らされる。その教主の娘から、人見十吉は熱烈な愛情を受けていた。 『沈黙の復讐』
ほか、『美しき山猫』『人魚』『緑の蜘蛛』『爬虫邸奇譚』『タヒチの情火』『心臟花』『魔林の美女』『不死の女王』『シャト・エル・アラブ』『有翼人を尋ねて』『熱沙の涯』『沙漠の魔術師』『ソロモンの秘宝』『マンドラカーリカ』『十万弗の魚料理』 以上、十九編。

凄まじき世界の秘境の数々、そしてそこいらで愛を語りまくる稀代の浮気者・人見十吉!
ふはははは。これは面白いぞお。
小栗虫太郎『人外魔境』も凄かったけれど、負けずとも劣らない世界の秘境の数々。生態系を現すラテン語や現地語が飛び交い、あたかも作者が直接経験したかのような描写には恐れ入る。密林は生臭く、砂漠は乾き、海辺や川辺における水はあくまで清々しい。小栗の時代と異なり、飛行機は飛び電話が繋がるこの香山の時代においてでも、これだけの魔境・秘境を創造してしまう香山滋の奇想の凄まじさがまず面白い。アジアの密林、南洋の孤島、ジャングルの奥地に南米の大河、そして中東の砂漠地帯。航空機が飛び回ろうが、実際に足を踏み入れる者無きところに、秘境あり。一風変わった植物・動物系、そして未知の生き物(含む人間の亜種)。金に困ったり、悪徳商人と契約していたりと、人見十吉はその辺境に苦もなく分け入っていくのである。ただ、それだけでは単なる自然描写のセミ・ノンフィクション小説になってしまう。
しかし、この十九の作品のほとんどで、我らが主人公・人見十吉は必ずといっていいほど、人生を抛つような恋に陥るのである。短編を一編だけ読んだだけでは何とも思わないこのシチュエーション、十九作品もあってそのそれぞれで別の美女に、常に大真面目に惚れて惚れ抜く人見十吉が何ともおかしい。というか、面白い。おーい、さっきの作品で添い遂げた女性はどこに行ったんですかー?? 物語はそうして盛り上がり、時に権力者と戦い、時に味方を裏切り、時に口説きまくって女性をモノにし、しかし時に自然に還った女に逃げられてしまう人見。また、その惚れる相手が少女だろうが淑女だろうが人妻だろうが人間以外の類似生物の雌であろうが、常に人見基準における絶世の美女なのである。また、彼女らを描き出す時に香山滋の筆も冴える。不思議なまでに彼女たちは、なんとも艶めかしく色っぽいのだ。魔境と美女のセット。そのバリエーションが徹底して描かれるのがこのシリーズの特徴といえる。
というわけで、全体に何となく似たような話でありながら、それぞれの登場人物や世界に奇想が凝らされている。なので、これほど大量の短編が込められているのに全く飽きずに最後まで読み通せた。香山滋、恐るべし。

香山の場合、全集もあるのでテキストを探すこと自体は困難ではないかもしれないが、こういった明快な編集方針をもってまとめられている方が当然読みやすい。『月ぞ悪魔』と並んで、入門版として相応しい一冊だといえるだろう。


04/04/05
加納朋子「レインレイン・ボウ」(集英社'03)

月曜日の水玉模様』に登場するOL・片桐陶子が登場、彼女が高校時代に所属していた女子ソフトボール部のメンバーを中心とした連作短編集。『小説すばる』誌に'01年から'03年にかけて発表された作品がまとめられている。

高校の弱小ソフト部で一緒に活動していた牧知寿子が亡くなった。新米母親の美久は片桐陶子から電話で聞かされる。通夜に集まったのは一人を除く全員。美久は、今の旦那を知寿子と取り合ったという苦い思い出を噛み締める。 『サマー・オレンジ・ピール』
出版社の火の玉娘・陽子は、覆面作家の嶽小原遙と待ち合わせていた。案に相違して男性である彼と話しをするうち、陽子は先だって亡くなった知寿子のことが話題に。知寿子と最も仲良しだった長瀬理穂が通夜に来ていなかった。 『スカーレット・ルージュ』
保母の善福佳寿美は、父子家庭の一人っ子であるヒロムの父親が事故に遭ったとの連絡を受け、自宅にヒロムを連れて行く。そこに園に通う別の女の子が行方不明になったとの連絡が。 『ひよこ色の天使』
冷静な仕事が評価される看護婦・井上緑。彼女が担当していた患者が亡くなった時、誰もいない屋上で一人涙していたところ、若い男性患者にそれを目撃されてしまう。そして大人しかった彼は急にわがまま放題になった。 『緑の森の夜鳴き鳥(ナイチンゲール)』
姉の結婚式に出席した坂田りえ。彼女自身はプー太郎であったが、二次会で二人の男性に声を掛けられる。特に一人、村崎一と名乗る人物は、新郎新婦共に知り合いではない、変な出席者で挙動が不審に思われた。 『紫の雲路』
新米管理栄養士の三好由美子は、派遣された人間が次々と辞めていく問題職場である明智商事の社員食堂に派遣された。三人の意地悪な山本さんが、いじめを行っていたのだが、由美子はするするとそのプレッシャーをかわしていく。 『雨上がりの藍の色』
長瀬理穂が失踪した。片桐陶子のもとに連絡が入る。日常業務の合間を縫って、心当たりに連絡をしまくる陶子。そして仲間たちが持ち寄ってくれる調査の結果と手掛かりによって、陶子は理穂と知寿子の抱えていた秘密に気付く。 『青い空と小鳥』

七人がそれぞれ七色。どんな境遇にあっても自分と同じ人間などいない。読むと元気が出る物語
陳腐な言い方になってしまうが、「いろいろなところがうまいなあ」と感心させられた。短編それぞれで七人の人物を取り上げているところとか、大学卒業後三年(高校卒業後七年)という、社会人としてのキャリアが微妙な時期を取り上げているところとか、過去を大事にしつつも前向きな登場人物であるとか、そしてもちろん、それぞれの題名の付け方も。
先に言っておくとミステリ色は薄い。いや確かにアイデアとしては各作品にあるのだけれど、その「謎−解決」を効果的に見せようという意図よりも「謎」を引き起こしたものが何なのかという人生の機微あたりに重点が置かれているから。ミステリとしてのいわゆる謎解きの謎というよりも、物語の求心力として謎が機能しているようにみえる。冒頭に人は死ぬ。もともと心臟の弱かった彼女の死に(過労死かもという疑いがあるにしろ)、謎はない。だが、それを起点とした人間それぞれのドラマが実に見事なのである。
――そして。その女性それぞれの配置が巧い。一般OL、キャリア編集者、主婦、看護婦、保母、栄養士、無職家事手伝いと、それぞれ立場を変えつつも、それぞれの物語のなかでどう人生に向き合うか、これから向き合っていくかが、説教臭くもなく実に自然体で描かれる。小生は男性であるけれども、やはり彼女らに共感できる部分も多いし、同年代の女性であればもっとそういう気持ちは強くなるのではないだろうか。他人の影響はあっても、自分は自分。自分の物語は自分で創り上げるしかない。そういう当たり前のことを気付かせてくれる作品集であるといえよう。そして、積極的な元気ではないけれど、なんとなく人生に疲れている時に静かな元気と生きる勇気を与えてくれる作品でもある。
どうでもいいことであるが、加納さんの文章、もともと柔らかく心地よい流れがあるのだが、その技術にさりげなく磨きがかかってきたように思われる。特に各作品の最後二行あたりで醸し出される余韻が素晴らしい。また、主婦や幼児の描き方が抜群に良い。これもまた経験のなせる技なのかな。

一週間というのも七日。虹の色というのも(一般的には)七色。一冊の単行本としてまとめられる場合の短編の数は、多くの本で七作品。このシリーズ、続くのかどうかは良く分からないのだけれど、次は七草か、七不思議か。まさか七福神(ないない)。


04/04/04
田中啓文「邪馬台洞の研究 私立伝奇学園高等学校民俗学研究会 その2」(講談社ノベルス'03)

先に『蓬莱洞の研究』が刊行されている私立田中喜八学園高等学校民俗学研究会シリーズの第二巻。作者のことばによれば、次巻にあたる三冊目が最終巻となるらしい。最近の田中氏が得意とする「伝奇+ミステリ」を主題に打ち出した、青春伝奇ミステリ連作集。

「やまたいこくはどこですか」 大盛り海鮮丼を平らげることに集中する比夏留を邪魔する通行人たち。知り合ったタイ人・ナロンチャイの曾祖父のことばによれば、田中喜八学園が擁する〈常世の森〉のなかに邪馬台国の財宝があるのだという。 『邪馬台洞の研究』
比夏留が見つけた不思議なクワガタ虫をきっかけに小学校三年生の三太郎が〈常世の森〉に入り込んで行方不明に。彼が目指したのは不気味な声の聞こえる〈死霊洞〉。彼を追って比夏留らは、禁断の森にまた入り込むことになる。 『死霊洞の研究』
田中喜八学園最大の謎〈常世の森〉。侵入者を防ぐため高いフェンスが巡らされ、ライフルを持った番人が侵入者を襲うのだという。その上空をハンググライダーで飛んだ生徒が一人、犠牲になる……。 『天岩屋戸の研究・序説(一)』
夏休みを利用して、白壁先輩の知り合いの女性・西澤百合子のいる長安村の〈人喰い洞〉のフィールドワークにやって来た面々。この村ではわんこそばの大食い大会があり、その優勝者がなぜか幅をきかせている。そして百合子の弟と村の子どもたちが〈人喰い洞〉に入り込み出られなくなった……。 『人喰い洞の研究』

啓文流伝奇ミステリは絶好調、そしてパワーアップした地口と駄洒落も絶好調!
本書の背景となる田中喜八学園や、主人公・諸星比夏留、謎の武術〈独楽〉、さらに探偵役の保志野等々については第一巻となる『蓬莱洞の研究』を参照して頂きたい。……というか、本書はそういった細かな設定にあたる記述がほとんど省かれているので、先にそちらを読んでいないと登場人物や設定が、何が何やらとなってしまう可能性が高い。ただ、逆にその設定の記述を端折ることで物語性を重視しているともいえ、本書では前作に増してストーリー展開の面白さを素直に楽しめるといえる。
一応、伝奇ミステリという体裁ではあるが、その「伝奇」が強調されているきらいもあって、ミステリというよりももはや何でもあり状態。特に、地口と駄洒落のレベルは強烈にパワーアップ。冒頭の食堂に現れる人々がなぜ「やまたいこくはどこですか」と言っているのかなど、とにかく理由が分かったときに脱力すること間違いなし。ただ、既に田中氏の場合、これが「芸風」なのであり、こういう点に目くじらを立てるような方は、そもそも本書を読む資格はない。また、そうはいっても、背景となる民俗学に関する蘊蓄部分などはかなりしっかり調べられ、かつ書き込まれており、恐らくはそのギャップが特徴であるともいえるのではないか。まあ実際は、物語における、まさに怒濤の展開というのを楽しむべきであろう。最終話の大食い大会の話など冷静に考えれば予定調和でしかないのであるが、それなのに何とも快哉を叫びたくなるだけの爽快感があるのだ。

本作でも印象的なプロローグが示されているが、謎の人物にして民俗学研究会顧問の藪田、そしてその藪田が探し求める天岩屋戸の秘密という部分が、最終巻ではクローズアップされてくるのだろう。そちらも楽しみなのだが、諸星比夏留の活躍があと一冊分しか読めないと思うと、終わる前から先に寂しいような気もする。


04/04/03
久美沙織「HELP!」(光文社'03)

久美さんは'79年、別名義で発表した『水曜日の夢はとっても綺麗な悪夢だった』でデビュー。「小説ドラゴン・クエスト」シリーズをはじめとするライトノベルの分野、そして『新人賞の獲り方教えます』のシリーズなど、SF、ファンタジー、ホラー、ノンフィクション等々幅広い創作で知られる。本書はその久美沙織さんが、ミステリ専門である『ジャーロ』誌に掲載してきたシリーズ中編をまとめた牧場エンターテインメント連作集

一国一城の主として乳業に励む牧場主の集まる下九一色村。彼らの生活を助けるためにJAが導入しているのが、搾乳、つまりは牛の乳搾りを助けるヘルパー。多様な背景を持つ人々がその役を担っていたが、一人の問題児が牧場主たちの心を逆撫でしていた。 『I need somebody』
スキーに行く途中に下九一色村に紛れ込んでしまった若者三人。雪のなかでの立ち往生を助けて貰えなかったことを逆恨みした三人は、慣れない雪のなか、村人に対する復讐を企てるのだが……。 『I'm feeling down』
若松牧場の一人息子は妻子が居るにかかわらず無頼を気取って、複数の女性と仲良くなり、しかも牧場に居着かせてしまうのが特技。そんな女性の一人に志穂さんという全村男性を魅了する人物がいた。 『younger than today』
下九一色村に新たに赴任してきた駐在さんは融通が利かない。小学校の前には不審人物。ローザとかつて交際していた前科者が釈放され、衛生管理の悪い牧場がチャーミー牛乳を危地に陥れる。今日も下九一色村にはトラブルがいっぱい。 『these days are gone』 以上四編。

実に日本的にして牧歌的。酪農コミュニティの搾乳ヘルパー・エンターテインメント!
下九一色村はどうやら山梨県にかつて実在したらしい(今は別の町名となっている)。なので、あまり書くと地元の方々に怒られそうな気もするのだが、ポイントなので書いておこう。物語においては新興の田舎村なのである。先祖代々とまではいかず、せいぜい祖父の代から住む人々が集まり酪農を営む。田舎らしく、互いの交流は開けっぴろげにしてプライバシーはないに等しく、狭いコミュニティの内部で固く団結もしている一方で、牧場の一つ一つが一国一城を成しており、個性は豊か。さらに合理的な考え方も浸透しているから、外部の人間の受け入れについても寛容。そういった要素が混ざることによって、この話題豊かな「下九一色村」が形成されている。さりげなくもこの設定により、本書は生きている。
『ジャーロ』に連載されたとはいえ、ミステリというよりも、多数のプロットを組み合わせることにより面白さを狙ったエンターテインメント小説といった印象。一応、本編の主人公は砂子田寛という搾乳ヘルパーということになってはいるのだが、彼の姿は徐々に霞んでいく。実際、四つの中編に分かれてはいるもののそれぞれに多数のエピソードが詰め込まれている。 わがままいっぱいの搾乳ヘルパーを追いつめる話。自殺志願の中年営業マンの話。傍若無人な都会の若者が自滅していく話。女性関係が派手な牧場の一人息子の話。巨乳コンプレックスの女性の話。徳川埋蔵金の話。ブランド牛乳の話。ペットを見境無く引き取る女性の話。……等々、物語の主題を一つにまとめることは困難。……だが、それらによって独特の世界が形成されており、実に魅力的なのだ。 人と人とが交わることによって起きる微妙なすれ違いであるとか、思わぬアクションであるとかポイントポイントで笑いがあり、感動がある。 例えていうのも変かもしれないが、丁度「サザエさん」のノリに近いかもしれない。
村の住民+搾乳ヘルパーたちの常連キャラでもそれなりの人数がいるのだが、四編の一つにのみ登場するゲストキャラも少なくなく、物語が盛り上がる一方で、その分、登場人物が多くなりすぎ視点が飛び回ることで少々がちゃがちゃしてしまっている感があるのは少し残念。

読み終わって「何かよく分からないうちに引き込まれて、実に面白かった」という気分になることが、正しい読書像であろう。本書を読んで搾乳ヘルパーの道に入る人ももしかするといるかもしれない。軽妙なエンターテインメントではあるものの、酪農一家の現実についてはきっちり書き込まれているし、恐らく取材もしっかり背景でなされているであろうことも想像に難くない。農村の生活も悪くないかも、と読者が思った段階で作者の勝ち、かな。


04/04/02
海渡英祐「爆風圏」(徳間文庫'82)

'67年に江戸川乱歩賞を受賞した歴史ミステリ『伯林―一八八八年』が海渡英祐の出世作ではあるが、デビューしたのは'61年に東都ミステリーに書き下ろした『極東特派員』である。本書は第二長編にあたり、翌年の'62年に東京文芸社より刊行されている。

国産の兵器を開発する太平洋重工に勤務する間宮啓介は、専務である伯父より依頼され、地対空ミサイルを巡るライバル社・東海重工の動きを正体を隠して探る、いわゆるスパイ活動を引き受ける。防衛庁の法王として影ながらに実力を持つ黒池周造と、その周辺で暗躍する組織があるのだという。その方面には全くの素人であった啓介ではあったが、その組織の一員であると教えられたジェイムズ・フジカワなる人物が宿泊するホテルで彼と接触を図る。しかしフジカワは故意と思われる交通事故に遭い、死亡。そこに現れたのは衆議院議員・重藤の秘書を務めるという若い男・南村卓也。手詰まりになった啓介は、興信所に関係者の調査を依頼する。帰投したホテルで啓介は、五年前に別れ人妻となった元恋人・宮下久美子と再会。なんと彼女は黒池周造の秘書をしているのだという。夫とを喪ったという久美子と啓介は、再び激しい恋に陥るのであるが……。

洗練されていない泥臭さが逆に特徴かも。産業スパイ・ミステリ
海渡英祐の、少なくとも中期以降の作品はかなりオシャレで洗練されている――という印象がある。それらの作品に比べると、本書は若書きの印象が拭えない。作品そのもののストーリーや登場人物はきちんとしており、その背景である防衛産業の内幕などもよく調べられているようには思うのだが、どこか垢抜けていない。そんな気がする。
恐らく、根本となっている大前提にかなり”無理”が多いせいなのだと思う。防衛産業だから、第三の国際組織が暗躍する余地があるだとう誤解だとか、かつての恋人が対象人物の秘書をしているとかという、今の基準で考えれば御都合主義的な設定にかなり無理を感じる。また、いくら会社を辞めさせたといっても元社員かつ経営者の身内にスパイ活動をさせるというリスクを会社は犯さないだろう、普通。いくら対象人物への取っかかりがないといって、適当に調べた興信所にいきなり人物調査を依頼してしまう主人公というのも、相当な掟破りである。折角の極秘活動であるというのに、わざわざ何かあることを喧伝しているようなものではないか。
ただ、産業スパイ戦争のなかに恋物語を絡めて、終盤のサスペンスを喚起しようとしたという意欲は買うし、後半で一連の事件の謎解きをする主人公もそれなりに読ませる。また、ラストにおいて(見え見えといえば見え見えなのだが)主人公とヒロインとの関係を不幸なかたちで決着させてしまうあたり、もやもやした感じを残すことによって独特の余韻を残すことに成功している。恐らく、この結末は若書きだからこそ書けたともいえなくはないだろう。泥臭いことは否定出来ないけれど。

もちろん、このように少々否定的に書くのは後の海渡英祐の作品群の素晴らしさを知っているからこそ。 こういった下敷きがあって、後の冒険小説としても傑作とされるいくつもの作品が発表されていったともいえるのだろう。背景となる時代が過去のものであることもあり、今となってはファン以外が読む必要はないように感じた。


04/04/01
津原泰水「ルピナス探偵団の当惑」(原書房ミステリー・リーグ'04)

'97年に『妖都』で一般小説デビューして以来、その卓越した文章力で幾多の幻想を紡いできた津原泰水氏。氏がかつて「あたしのエイリアン」シリーズで活躍していた津原やすみであったことは有名。本書はその津原やすみ名義で講談社X文庫にて発表されていた『うふふ(はあと)ルピナス探偵団』('94)『ようこそ雪の館へ』('95)の二作品を全面改稿し、更に書き下ろしを一作加えた泰水名義では初の本格ミステリ作品集である。

傍若無人な刑事の姉・不二子に翻弄される女子高生・吾魚(あお)彩子はルピナス学園に通う女子高生。同学年の美少年雑学博士・祀島龍彦のことが好きで好きでたまらないが、朴念仁の彼との関係は一方通行。友人のキリエと摩耶、そして不二子の同僚である康午さんを巻き込んで、なぜか事件に関わってしまう。そんな彼らの三つの事件。

犯人は意外ではない。編集者はエッセイストのマンションに引き返し、頭部を殴って殺害。残されたピザを食べ、エアコンをセットして会社に戻った。翌日、合い鍵を持った恋人が死体を発見した。ルピナス探偵団、最初の事件。 『冷えたピザはいかが』
スキー場のある温泉旅行に、不二子の車で出掛けた一行は、雪のなか道に迷って山道の先にある豪邸に辿り着く。その館は超有名美人女性作詞家・天竺桂(たぶのき)雅の住居だった。彼らを迎え入れたのは彼女の弟で無愛想な聖。更に書生と客人が一人。翌朝、中庭で天竺桂雅の死体が発見される。しかし現場は内側から施錠されており、誰も立ち入ることの出来ない密室だった。 『ようこそ雪の館へ』
舞台上で心不全で亡くなった大女優。代役によって劇が続けられたが、その女優の死体が消え失せ、そして離れたトイレから発見された。その右手がいつの間にか切り離され、ブレスレットが無くなっていた。祀島の通う喫茶店のマスターがその女優と交際があり、遺産も絡んで警察から疑われているのだという。 『大女優の右手』 以上三編。

ロジックは鮮明。キャラは聡明。文章が透明。そしてこの面白さは自明。
ベースが少女向けの小説(ティーンズハート、だ)だった、ということもあって、登場人物が立っているということはまずいえる。一途で片思いの主人公、頭は良いが恋愛に疎い少年、お転婆とお嬢様の友達二人、傲岸不遜天真爛漫傍若無人な姉と、その姉を慕う気の弱い男。ある意味、類型ではあるともいえようが、それはそれで徹底しており、いわゆる萌えを喚起するのではないかと想像する。(そういう体質ではないので、自分じゃよく分からん)。ただ、それを引き立てる文章に実にさりげなくも凄まじい計算を感じる。登場人物を引き立てるための透明感といえば良いのか、意識された文体であることは明白。ところどころ使用する漢字にこだわりが見える以上に、主人公たちの性格を踏まえた会話や、地の文の描写によって物語のリズムであるとか、テンポであるとかをみごとに引き出している。恐らく、さらりと読むと意識させないだろうこの文章に津原氏の真髄は隠されている。
そしてミステリとしてはどうだろう。『冷えたピザ』は、少々変格じみた倒叙作品。Why done it? に焦点を絞っているものの、その構造の割に解決そのものの意外性は少ない。だが、ぎりぎりまで冴えた人間描写と平凡にみえるトリックの裏側に積み重ねられていく論理を眺めるのはなかなかに楽しい。『雪の館』は、いわゆる本格のコードを徹底的に注ぎ込んだ作品。登場人物たちと事件とのギャップが良く、特に中途で示される解決に一旦納得しかかってしまった。パズラー的要素が強く、提示される別解決には無理があるものの、本格ミステリファンでも素直に楽しめる作品かと思う。そして特筆すべきは『大女優の右手』だろう。唸った。事件の意外性、背景の意外性、犯人の意外性など、いずれをとっても微妙な立ち位置にして絶妙。論理の隘路を通り抜けるような解決、そして津原版見えない人の大胆さなど、大掛かりなミステリではないものの本格ミステリの緻密さを十二分に感じさせてくれる作品。ラストの小さなどんでん返しの連続も心地よく、本格ミステリのプロパー作家の作品と見紛うばかりの出来となっている。

もともとの「ルピナス探偵団」の存在も本書が出るまで浅学にて知らなかったということもあるのだが、一般向けの作家となってから幻想小説を主戦場にしてきた津原さんがここまで本格ミステリを書き得る作家であるというのは嬉しい誤算。年輩の方には少々辛いかもしれないながら、若年層にとっては絶対に入りやすい作品でもあるので、多くの人の目に触れて貰いたい。特に本格ミステリがお好きな方に。