MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


04/06/20
加納一朗「ホック氏・紫禁城の対決」(双葉文庫'90)

第37回日本推理作家協会賞受賞作品『ホック氏の異郷の冒険』に続く、正式の名前を明かせない名探偵、サミュエル・ホック氏の活躍を描く第二長編。元版は'88年のフタバノベルズに書き下ろし発表された作品。四編からなる連作中編の体裁となっている。

ライヘンバッハの滝でモリアーティ教授との対決の結果死んだことになっている名探偵。彼は、本名を名乗れずサミュエル・ホックの名前によって、バリツの秘密を求めて日本に、そして最終目的地であるチベットに向かう途中、一八九一年の大清帝国を訪問した。案内役を務める英国領事館付武官のホイットニーの素性を軽く当ててみせたあと、彼は旧知の友人が巻き込まれた殺人事件に遭遇する。彼はどうやら身を持ち崩し、清を支配する大権力者・西太后の秘宝の一つ、龍眼池(ロン・イェン・チー)の盗難に関わっていたらしい。ホイットニー、そして清国警察の武芸の達人・張志源警部と共に、その盗難のお膳立てをした中国の闇社会組織の秘密を暴いたホック氏は、祖国の大悪人に繋がるある人物の影を読みとった。一旦は勝利したホック氏は外国人嫌いで知られる西太后に招かれ、清国宮廷内にはびこる幾多の謎の解決を依頼される――。
『ロン・イェン・チーの謎』『禁じられた城の殺人』『長城の狙撃者』『偉大なる犯罪者』以上四部から成る。

構成が絶妙。パスティーシュにして海外歴史ミステリの白眉。実にさりげない傑作
これから読まれる方の興味を減じないよう、サミュエル・ホック氏の正体については(おい)、敢えて記さない(おいおい)。ただいえることは原典のスキマを突いたパスティーシュとして、またもや上出来であるという点。 前作の舞台は日本というところまでは、加納氏が日本人作家であることもあって「よく考えたなあ」という印象止まりであったのが、引き続いて十九世紀の中国を取り上げ、かつその風俗から歴史からを的確に描写するあたりには「こりゃすげえ!」という印象に切り替わるのが正直なところ。原典に現れる名探偵の特徴をよくつかんでいるのは基本とし、そのアイデアの膨らませ方、読ませ方が絶妙なのである。
そしてこの十九世紀中国の扱いがまた巧い。西太后を単に登場させるだけではなく、歴史上の人物としての加納氏からの史観を通じて描かれており、何やら独特のキャラクタが活き活きと動いている。宦官たちであるとか、見世物芸人の子供たちであるとか、悪党であるとか、そういった細やかな描写にも違和感を覚えることなく、すんなりと十九世紀の中国世界を堪能できるのである。また視点人物を中国人ではなく、比較的合理的な考え方を持つ英国人に与えた点も大きい。その感覚差異によるカルチャーギャップまでをも巧く物語に取り込んでいるからだ。
そして、全部が全部凄いとは言いかねるのだが、ミステリとして単純に読んでも一部は好事家を唸らせる内容を持つ。普通は誰も近づくことの出来ない紫禁城内部の宝物庫。この内部での殺人、そして消えた殺人者……。当時の禁中の風俗であるとか、役職、上下関係、それに文化的背景までをも取り込んだ、意表を突く密室殺人なのだ。本格かといわれると伏線は今一つきちんとしていないかもしれないが、それでもサプライズという点ではなかなかのものがある。龍眼池の輸送におけるトリックや、謀略vs謀略の戦いなど、ノリとしては古式ゆかしい探偵小説のどたばた劇を再現しているように思えるものの、それがかえって時代や物語全体の雰囲気とマッチしており、独特の面白さを内包している。登場人物では、肥満体にして拳法の使い手という張警部の設定が抜群に良く、ホック氏のみでは面白みに欠ける格闘シーンまでも盛り上げている。

本格ミステリとしては物足りないかもしれないが、いわゆるエンターテインメントとしての備えは十二分。歴史ミステリであり、パスティーシュであり、活劇小説であるというジャンルミックスを見事に体現している。 荒唐無稽な展開でお子様向けになりそうな筋書きながら、例えば史実に対する忠実さや、独特の史観が物語を支配しているなど、大人が読むに耐えうる内容である点も特に加えて評価のポイントである。歴史ミステリとしても、パスティーシュとしてもどうせやるならここまでやって欲しい、という小生絶賛の内容。


04/06/19
宮部みゆき「ICO―霧の城―」(講談社'04)

プレイステーション2のゲーム「ICO」の世界を宮部みゆきがノベライズした作品。とはいっても媒体はしっかり大人向けで、『週刊現代』誌に'02年から'03年にかけて連載されたもので、加筆修正に加え書き下ろしパートが加わっている。表紙絵はゲームで使用されたイラストと同一で、世界観の統一に一役買っている。なお、「ICO」は登録商標とのこと。

いつだかわからない時代の、どこだかわからない場所でのお話。――十三年前、トクサ村に角のある子が生まれた年に父親から村長の座を引き継いだ。幼いうち、その子の角は目立たないが、必ず病気や怪我一つせずすくすくと育つ。しかし、その子は十三年後の生贄の刻が来た際に、遠く西の果て、断崖にそびえる古の”霧の城”に捧げるニエとなることが運命づけられている。そう、そのニエの子であるイコは両親からすぐに離され、村長夫妻のもとですくすくと育ち、そして十三歳を迎えた。イコは自分の運命を受け入れていた。しかし親友のトトがイコを救うべく、禁忌とされている北の山に向かい、恐怖の体験の後に”光輝の書”を携えて戻ってくる。村長は妻に命じ、イコの着る御印の柄をその書のものに差し替えさせた。イコが運命を乗り越え、無事に戻ってくることを信じて――。果たしてイコは、帝都の神官、そして神兵に連れられ、長い旅の末に”霧の城”に辿り着いた。海上にある石造りの豪壮な建築、巨大な橋は落ちており、彼らは船で地下から城に入る。動くものは何もないなか、イコは儀式に従って石棺のなかへと収められた。神官が引き返した後、謎の鳴動によりイコを安置した石棺が割れて彼は外へ飛び出す。無人の城内を探索する彼は、巨大な鳥籠に入れられたひとりの少女と出会うのであった――。

バックグラウンドを創出する力量、そして想像力。あの「ICO」の世界に余韻を加えて活き活きと描き出す
これが”ゲームおたく”を自称する、宮部みゆき流のノベライズなのか――。と考えると、本書はなかなかに興味深い。もとがゲームであるから、シナリオは当然のことながら、それがエンターテインメントとなっているポイントは実際に自分で登場人物を動かし、行き先を阻む謎を解き、課せられている戦いをこなすところにある。とはいえ、自分で動かすとはいえ、それはゲーム・クリエイタの方々が描いた筋書き通り。だが、それが小説化される際にはゲームブック形式にでもしない限り、筋道はただ一つとなる。それでも原作(この場合ゲーム)の持つ魅力を引き出すためにどうするか。
ここで宮部さんが使用しているのは、背景を膨らまし、登場人物に関するディティールを原作以上に詳細にするという手である。本作の場合、それが実に決まっている。もともと原作では曖昧だった背景を、作品の雰囲気を違えないなか詳細に小説として描く。なぜイコは生贄になるのか。その風習を創り出したのは誰なのか。帝都の人々は何故それを粛々と続けているのか。そうそう、なぜイコだけが何百年もの生贄の歴史のなかで、自由に振る舞えることができるのか、というのもポイントだろう。これらの背景に厚みがもたらされることによって、当然物語自体に膨らみが増していくのである。気付けば、ゲームのキャラクタとしてのイコではなく、正統派ファンタジー小説(ソード&マジックだ)内の主人公としてのイコを眺めていることに気付く。ゲームでしか味わえない、城のなかを活動する際のアクションについては省略、戦いについてもそのものではなく、戦いの意味についてを詳細に描く。気付けば単なるゲーム小説から、足許のかっちりとしたファンタジーへと世界が変じているのである。 このあたり、当然意図してのことだと思うのだが実に巧みな処理がなされている。
結果として、一風変わった作品世界に魅了されている読者がいる。原作にはなかった世界設定を描写するツカミが巧みで、あとのテンポや物語のスピード感も良し。また、二人の会話が通じないという原作の内容を、二つの角度から重ねて描写するあたりも工夫がされている。もともと物語作家である宮部みゆきさんならではのノベライズであるといえよう。ゲームのノベライズとして屈指の作品だといえるだろう。

ストーリーそのものだけを取り出せばお約束――なのだが、それはそれとしてそのお約束世界が心地よいことも事実。特にゲームをプレイして気に入られている方は読んで損はないし、本書を読まれたもののゲームをプレイされていない方は、やはりゲームにもトライしてみるべきではないかと思う。個人的には――ふう、世界を満喫しちゃいました。


04/06/18
加納朋子「スペース」(東京創元社'04)

加納さんのデビュー作品である『ななつのこ』そして第二作『魔法飛行』よりはや十年以上。まさに待望となる駒子シリーズ第三弾が本書。'00年にe-NOVELSと『週刊アスキー』の連動連載がされた「スペース」及び、創元社の新雑誌『ミステリーズ!』に二度に分かれて掲載された「バック・スペース」の二中編からなる。

『魔法飛行』の事件のあったクリスマスから何日か経過した年の瀬。短大生の入江駒子は母親の言いつけにより、買い物とおせち料理の飾り付けに使う松葉を用意すべくデパートへと出掛ける。本来、少し離れた公園で採取すべき松葉を、デパートの門松から抜き取ろうとしていた彼女を警備員のアルバイト中の瀬尾さんが見つけた。やり取りのあと、駒子は瀬尾さんに”ちょっと分量のある手紙”を送っても良いかと尋ね、十四通にもなるその手紙が届いた。 『スペース』
はるちゃんと離れ、ひとり暮らしを始めた”わたし”。学生課から紹介されたアパートでは同じ境遇の学生同士が集まって共同自炊しようという話になっていた。しかし他の三人の料理の腕がまるでダメなことから、ひとりでに”わたし”に負担が集中する。”わたし”が料理をしている最中、隣接する会社員の寮から人の声が聞こえてくることに気付く。どうやら彼は”ハヤミ”なる友人を一生懸命慰めて、立ち直らせようとしているようだ。 『バック・スペース』 以上二中編。

それぞれの恋愛模様、それぞれの居場所、それがスペース。
一ついえるのは、前二作を直前に読み返しておいて良かった、ということ。というのは、『スペース』の方、こちらは”はるか”なる人物に宛てた十四通の手紙が重要なモチーフとなる作品。ここで取り扱われている”謎”については、当然伏線があるのだけれど、前二作をしっかり頭のなかに入れている読者の方が、より気持ちよく驚けるものだったから。あまり詳しくは書けないのだが、謎の醸し出す美しさというか、作者の周到な企みについては前二作からかなり大きな部分が繋がっているという点は、先に指摘しておいて問題ないだろう。特に、駒子の人間関係など読み返さなければ、思い出せなかったに違いないし。ただ、この作品で最も心に残るのは、なぜ駒子はこの謎を瀬尾さんに突きつけたか、という理由にある。 この意外な”動機”、このシリーズのなかででしか成立しえない切なさみたいなものがあり、じんわり心に浸みる。
また『バック・スペース』は、『スペース』を裏返しにして、全く別の角度から光を当てた気持ちの良い恋愛小説。特に二人の繰りかえされる、偶然にして運命の出会いの描写が素晴らしい。主人公の人間的な成長ぶりも、ありきたりだともいえようがそれがかえって清々しいものを感じさせる。完全にシリーズ番外編かと思いきや、微妙なところで駒子シリーズの登場人物と繋がっているあたりも面白い。時系列を辿るに、なんというかこれもまたシリーズ全体に通じる伏線足りうるエピソードなのかもしれない。
前作においても特に引っ掛かるということはなかったが、本作は文章そのものにさすが十年の進歩を感じさせる。印象的な場面の創り出し方など、センスもあろうけれど作家としての年輪が彩りを添えている感。主人公の入江駒子自身のエピソードは少ないながら、有栖川有栖が『魔法飛行』で解説で書いていた「彼女は、作者、加納朋子さんにちょっと手を引いてもらいながら、一緒にひたむきに生きているという気がしてならない」という印象から、彼女が微妙に変化していることを感じさせる作品である。ここに至って、おそるおそるという感じではあれど、駒子が自分で歩き出しているようにみえる。

本シリーズは四部作が構想されているといい、次作がラスト。題名の方は、ひらがな→漢字→カタカナときており、次は英語の題名が取られるとか。また、本書を読んで思ったのは、七つの連作短編→四つの連作短編→二つの連作中編ときているので、次回は長編一本で作品が刊行されるのではないか――ということ。いずれにしても――次までまた十年ってことはないですよね。加納さん。


04/06/17
石田衣良「波のうえの魔術師」(文春文庫'03)

長瀬智也主演のCX系ドラマ『ビッグ・マネー!』の原作。……という入り方もあるのだろうけれど、石田衣良の青春「経済」小説、ってことで普通に読まれる方が良いかも。元版は'01年に文藝春秋より刊行された。

平凡な大学を卒業したものの不況によって就職もできず、一年間親の仕送りを延長してもらいながらアパートのある町屋にてパチプロ紛いの暮らしを送っていた若者、〈おれ〉こと白戸則道。いつもの通り、パチンコ店に並んでいたところちょっとした騒ぎに行き会う。原因は、パチンコ屋の新規開店業務を妨害する右翼の街宣車。しかし奇妙な老人が現れた瞬間、その騒ぎが収まってしまう。偶然目を合わせただけであったにもかかわらず老人は何故か彼のことが気に入ったらしく、身上を調べ上げたうえ、三ヶ月の間、老人の側で働かせてやるという。いずれにせよ喪うもののないおれは承諾、支度金で身支度して老人のもとに通い出す。老人はいわゆる大物投資家であった。おれは、まつば銀行を調べるよう命ぜられ、少しずつ投資について学び、そしてガールフレンドと別れてしまう迄にその世界に嵌り込んでゆく。おれが老人から学んだことには、バブル時に銀行と生命保険会社が組んで発売しまくっていた変額生命保険に端を発する老人たちの悲劇もあった。三ヶ月後、老人からさりげなく課せられたある試験をパスした彼は、老人の最終的な目的を知らされる。

相場の面白さ、そして怖さ。そしてその世界で成長する若者の逞しさ。痛快経済小説
”お金に関する話”は、人間の人生においても切っても切れない話であり、当然人間の人生に絡むミステリ作品でも重要な意味合いを占める。――その割に、お金そのものの話というのは、その仕組みがブラックボックス化してしまっているせいか、あまりミステリ作品に組み込まれにくいのが現状であろう。そりゃ表の銀行業界の話であれば池井戸潤、裏の闇金融業界であれば新堂冬樹あたりがインパクト強烈なミステリを打ち出しては来ているが、どうしても彼らには”専門家”の匂いがつきまとう。(新堂氏は恋愛小説でも才能を開花させているようだが、本流はやはり裏経済小説だといえるのではないか)。
さて、この作品、石田衣良である。扱っているのは株式投資の世界。そして、この舞台に生きる男の壮大なる復讐計画と、その計画の一端を担うことになってしまった青年の成長が描かれる。 まあ、一種のコン・ゲーム小説なのである。が、どうだろう、よく調べられているけれど、経済界の裏側まで知り尽くした人物が書いた――というような印象はない。ある程度、現場の株式プレイヤーであれば入手できる知識がベースで、ポイントはそれに大いなる想像力が加わったというもの。なので、シンプルにして痛快、それにちょっと切ないという石田衣良の作品創作センスが見事に活かされている。何よりも武器は違えど、これは小さな戦士たちが知力を尽くして強大な敵をうち倒そうという物語でもあるのだ。
実際、株式投資は面白い。その面白さが作品内に引き出されているのはもちろんだが、主人公の白戸則道のモラトリアムからの脱出という別テーマが、物語の道筋と見事なマッチングを見せているように思う。終盤、ある意味どんでん返しがあるものの、そのエピソードが一段の主人公の成長を促す。また小塚老人との不思議な交情も見逃せない。

株式投資? 何か難しそう……。というような第一印象を持たれる方にこそ読んで頂きたい作品。株式取引の醍醐味が味わえることはもちろん、社会派ともいえるある問題、そしてそれ以上のすっきりした思いを味わえるはずだ。再び日本の景気が上昇しつつあるといわれる今、この作品はまたその価値を磨いているともいえるだろう。


04/06/16
篠田真由美「angels――天使たちの長い夜」(講談社ノベルス'03)

桜井京介を探偵役とする、いわゆる建築探偵シリーズも、実はもう十二冊目。ただ本書は『センティメンタル・ブルー』(青春ミステリの傑作!)に続いての番外編としての作品であり、蒼が作品内で重要な役割を果たす。(視点人物は、先の作品にも登場した蒼の親友・結城翳)。他のメンバーはちらりとしか登場しないのでそのつもりで。

蒼――が、”薬師寺香澄”の名前で通う進学校・向陵高校。夏休みのある日の夕方、身許不明の中年男の死体が校庭で発見された。折しも日中に食中毒事件が発生、全ての教師が入院してしまっており、校内には生徒しかいない。生徒会活動や、部活動、さらには徹夜でコントラクト・ブリッジをしようとしていた翳や香澄ら四人、屋上にて、ある良からぬ行為に及ぼうとしていた男女四人など残っていた生徒の数は十五人。死体の腹に刺さっているのは学校で使用する小刀。犯人は生徒のなかにいる――。折しも学校をロックする電子錠によって自動的に校内は封鎖された状態になり、藤嶺生が発案する。警察に通報せず、自分たちで犯人を見つけよう、と。 最近、学園内に自覚的殺人を教唆するアジテーションビラが撒かれており、残された生徒たちも何らかの家庭の事情があるものがほとんど。結局、全員が学校内で夜を明かすことに合意する。生徒同士の友情や愛情、そして憎しみが暴露される夏の夜の一幕劇が開始された――。

本格ミステリであることよりも、青春ミステリとしての出来により惹かれた――。
本格ミステリであるかどうか以前に、青春ミステリを書かせるとやはり篠田真由美は巧い。 こんな高校生どこにもいないよ、という違和感と、逆にありきたりで平凡などこにでもいる高校生のつまらなさ。その微妙な境界線上に作品世界を形成してしまうのだ。実はちょっとあり得ないのだけれども、日本のどこかに一つくらいならこれほどの人物が集まる学校がありそう……というギリギリのライン。ひとりひとりの登場人物の個性を微妙に王道からずらしているといえば良いのか、逆に強調することで引き立てているというのか。篠田真由美が描くことによって、この多感な時期に殺人という行為を犯してしまうまでに至る、彼らの切実でかつ幼稚でもある感情が赤裸々に浮かび上がってくる。 このもどかしさや硝子のような危うさといったあたり、小生の個人的に好みである以上に、篠田さんの設定と描写が勝っているのではないか。
本格ミステリとしては、逆に、完全にこれまである装置を利用してみましたーー、という印象。目新しさよりも、ミステリにおける安定感を狙っている。つまりは本格ミステリらしい設定及び展開ということ。高校生十五人、このなかに犯人がいて探偵もいる。さすがに連続殺人には至らない(だけど、それはそれとして展開がある)までも、いわゆるミス研もの的な推理合戦が行われたり、互いに疑心暗鬼となったりするあたり、こちらの方は既にミステリの王道をずんずん進んでいる感。 設定の上手さもあって、ツカミから終盤に至るまですいすいと読まされる。ミステリとしては、ある人物による実行犯の指摘、そしてアジテーション・ビラの作成者にして殺人教唆をする悪魔的人物「angel」の正体というあたりが二つの山場なのであるが、こちらはちょっと今ひとつか。もともと犯人の計画性がほとんどないし、視点を都合よくころころ変化させる作中作という趣向にあまり意味は感じないうえ、少々煩わしく思えたし。フェアにしようとしているあまり、容疑者のアリバイを考えればおおよそ指摘できてしまうというか……。とはいえ、個人的ツボでもあったのだが「歌」の使い方の上手さに唸った。またポケベルとPHSの使い分けなど、この時代の雰囲気をよく考慮し、それらをエピソードに活かしている点も付け加えておきたい。

この建築探偵シリーズ、なぜか縁があってシリーズ最初の作品が出た時から読んでおり、それからはや十年。『美貌の帳』で第二部が開幕して、ちょっと気を抜いていたら『Ave Maria』、そして『失楽の街』と続けて出てしまった。ここまで読んできたんだ、追いつかねば。
あ、そうそう。 本作自体は単独で読むことが出来ます――が、香澄という本書におけるそれなりに重要な存在がやはりシリーズを通していないと今ひとつ分からないのではないかとも思います。


04/06/15
佐々木丸美「恋愛今昔物語」(講談社'79)

佐々木丸美さんのショートショート恋愛小説集。講談社から刊行された六冊目にあたるのだが文庫化されていない。続編として『新恋愛今昔物語』がある。また本書の一部の作品は『恋愛風土記』という題名で、わたなべまさこ画にて漫画化されている。(どうやら漫画原作の方が、小説よりも先にあったらしい)。

東北の山峡にある小さな村。都会に出た繁と忍は将来を誓って村に戻ってきた。繁は父親の経営する天ぷら食堂を手伝うが、もう一人村に戻った地主でホテル経営者の息子・新太は忍に横恋慕。彼ら親子の差し金によって繁らの食堂は、隣町での仕入れができなくなった。天ぷら食堂は経営が苦しく、翌日の仕入れ分しか現金は残らない。車があれば……。しかし、毎日拝みながら通ってきた地蔵峠の地蔵たちが、彼らに奇跡を起こす……。 『恋地蔵』
結婚しないままハイ・ミスの地位にのしあがった女性は、会社の屋上で天狗と出会い、人を扇ぐと美しくも醜くもなる魔法の羽うちわを手に入れる。今までの彼女に対する行動で彼女はうちわを使い分け、地道な努力をする人を幸福に、高慢で横暴な人を不幸に。そして彼女自身は……。 『嗚呼、ハイ・ミス』
ほか『恋頭巾』『怪談 梅女の呪い』『怪談 顔のない女』『夏子の場合』『秋子の場合』『冬子の場合』『春子の場合』『美しい奇跡』『不思議な白い椿』『雪別離』『愛許可証』『みにくい三姉妹』『先生』 それぞれにI、IIとなってわかれている作品があり、合計十八編の作品が収録されている。

いにしえより伝わる説話を、現代の若者たちの恋愛に当て嵌めて。不思議なファンタジー空間と残酷な結末が同居する
佐々木丸美描く、その特異な”恋愛観”といったもの。それはある意味単純である。福沢諭吉あたり、明治人が示した古風でもある規範がベースになっているのではないか。つまり、困っている人には無心に優しく接する。他人をうらやまず、我が身と愛する人を信じる。他の人を中傷したり、傷つけない。自分勝手な行動を取らない……etc。つまりは、古くから伝わる清く正しい道徳観がベースとなっているように思うのだ。
だから、そういった佐々木丸美の持つ恋愛感覚と、昔話の伝える道徳観とが本書において出会った時に、これらが絶妙のコンビネーションをみせるのは不思議でもなんでもない。そして、個々の作品が微妙なスリリングささえをももって読者に迫るのだ。特に四部作を成している『夏子の場合』〜『春子の場合』が面白い。性格も境遇も異なる大学の同窓生四人の女性が、誰が一番に大金持ちを捕まえて結婚するか、という他愛のないゲーム。一人は偶然に出会った金持ちの御曹司と婚約をし、他の三人よりリードしているものの、彼が本当に誠実なのかが今ひとつ分からない。一人は貧乏性の板前と交際しており、もう一人は木仏を愛する朴念仁のホテルマンと付き合っている。もう一人は恋人さえ居ない。彼女らと、彼女の恋人たちとの関係が一編ごとに描かれる。ここにいわゆる説話が持つ、アクロバティックな幻想を加えることで行き先の見えない物語が、実に奇妙なレースへと変化する。
また『怪談』における理不尽に主人公に迫り来る悪霊たちが醸し出す恐怖も印象的であるし、『先生』におけるラストのどんでん返しは微笑ましい。十八の物語がそれぞれ色々な顔をしており、どんなタイプの読者でもいくつかの作品にて必ず何かのツボがつかれるように出来ているようにも思えた。

一風変わった恋愛小説とも、独特の道徳観を伝えてくる純文学とも読める、佐々木丸美らしい作品集。彼女の作品に登場する人物と本書の登場人物はどこか感覚に似通ったものがあり、恐らく他の佐々木作品を読んでいる読者であれば、違和感なくすんなり読むことができるだろう。


04/06/14
加納朋子「魔法飛行」(創元推理文庫'00)

'92年に第3回鮎川哲也賞を受賞した『ななつのこ』。本書はその受賞第一作、つまりは二冊目の単行本だったのが元版。前作に引き続き、入江駒子が主人公を務めるシリーズ二作目にあたる。また、本文庫版の有栖川有栖氏の解説は、名解説としても有名。

前作『ななつのこ』において、駆け出し作家の瀬尾さんに勧められ、小説を自分の手で書いてみてはどうかと勧められた入江駒子。平凡な女子短大生で十九歳の彼女は、自分の経験したことをあたかも日記を思わせる手法にて綴っていく。最初は、大学内で出会った派手な格好をした目立つ女の子の話。なぜかその日、彼女と一緒になる機会が多く、駒子はその傍若無人な態度に戸惑いを覚える。しかも彼女は講義中に回される書いた出席票に異なる名前を書いていた。複数の名前を持つ彼女の正体は? 物語には自分なりの解釈をつけたものの、それを読んだ瀬尾さんは彼女が書いた物語に描かれる、実に些細なエピソードから、その謎の持つ秘密をさらりと絵解きしていく。しかし、その物語に引き続き、何かを訴えるような誰かからの手紙が物語の合間に挿入されている……。 果たしてこの人物は何を言いたいのだろうか……?

謎々エピソードを楽しみ、全体を覆う謎をデザートに舌鼓。通じて描かれる人間同士の交流が心を温める
駒子シリーズの続編。時系列が前作から引き続いていた点については『ななつのこ』と続けて読んだ今回改めて気づいた点。まず、大きなエピソードは四つと前作から大幅に絞られ、一つ一つの物語にかける場面や描写の量が大幅に増やされている。それらの物語を支える謎は、いわゆる”日常の謎”の系統にありながらも、前作に比べると人間の心の内部に浸透するような拡がりが増している。その結果、四つの物語が持つダイナミズムにより、前作以上に「心の物語」といった印象が強まってきているのだ。前作はトータルで”感じる”作品であったが、本書に至り、個別のエピソードが”心に残る”作品に変じたという印象を受けた。
また、一つ一つのエピソードが終えられた時に挿入される、ちょっと不気味ささえ感じさせる手紙も印象的である。クライマックスに向けての、この手紙の使い方が秀逸。というか、探偵役の瀬尾さんの推理力(本書においては確かに空想力、か)が存分に発揮されるのである。これまで駒子が実にさりげなく描写していた(それも知らずに!)四つのエピソードにおける数々の事柄が、するすると繋がっていく。論理というより、確かに魔法。 ただ少々これらを力業で繋げていっているという指摘もあるだろう。だが、後の加納作品の発展を既に見せられている点を考えるに、厳密なロジックよりも、男女をはじめとした人間同士の繋がりという機微を作品内にちりばめたエピソードを通じてさりげなく描き出すことを重視する姿勢が、この段階でしっかり固められていたのだ、とみることも出来る。その結果、加納朋子のエッセンスともいえる不思議な味わいが読了後にしっかりと心に残るのである。特に駒子というオクテの女の子が、男女の間のさまざまな気持ちを知っていくという段階を踏む展開には何か安心できるものがある。

前作にはあまり感じられなかった男女の素敵な出会いが語られることにより、『ななつのこ』ではほとんど感じられなかった主人公の仄かな恋愛模様がじわじわと表出してくる感じも良い。駒子の”成長”が楽しみという点において、読者と物語が共に歩んでいくべきシリーズ……のはずが、三作目『スペース』まで、何かやたら待ったような気がするな……。


04/06/13
角田喜久雄「東京埋蔵金考」(雄山閣出版'62)

本格指向の探偵小説作家であり、多数の伝奇時代小説を遺した著者による、半ノンフィクションのちょっと変わった作品。その題名の通り、江戸時代に各地に遺され、未だ正式に発掘がされていない”お宝”の謎に迫るという内容。

徳川時代の末期。薩長連合軍が江戸に攻め上ってくるという状況のなか、江戸城から重量のあるいくつかの荷物が運び出された。これこそ家康公の頃より伝わる徳川家の隠し財産であった。夜闇に乗じて、旗本のなかから選び抜かれた四名がことの実施に従事するが、江戸の周辺は争いが起きており、遠くに運ぶことはできない。ならば、と徳川家と縁が深く、財を成している造園師の一族の庭に埋めることになる。結局、戊辰戦争にてそのうち数名が落命、遺言を残した者もいたがその内容は非常に分かりにくいものであり、その財宝も掘り出されることはなかった。しかしその旗本は宝を埋めた地図を隠し持っていたのだが、それが後に発見される。時は明治時代。景色も敷地内の様子も変わり果てたその庭にて発掘の作業が開始されたのだが……。『徳川御用金』
 ほか、『埋められた軍費』『湯島の黄金』『眠る大秘宝』『小栗の埋宝』『大久保の謎』『秘宝絵図』『築土八幡の埋宝』 以上八編。

一攫千金の夢が見られるか? ……というとそうでもないような……。
こういう”隠された現実の謎”ものの作品は本書に限らず、世の中にかなり流通しているはず。(どちらかといえばトンデモ本に紛れてひっそりと……という印象があるけれど)。小生の限られた見識からすると、少々それらとは毛色が違うように感じられた。というのは、その二面性にある。
二面性というのはどういうことか。 つまり、最近(ほんとに戦後の刊行時に近い時期から明治時代の話までさまざまだが)掘り出す側の情報をもとに宝を求めて、その過程で私財を抛つ男たちの様子を描くパートが描かれている。これはある意味普通だろう。太古の宝を求める男たちの夢とロマン。一攫千金なるまでに至る壮絶な無駄遣い。ただ、いかんせん上記の通り、幾種類もの宝に関するエピソードが並んでおり、一つ一つを取り上げると少々淡々として描かれているという印象。
一方、当然ながらその埋蔵金の情報もととなる古文書を分析してその正確性も彼らは検討する。この段階が他のお宝本と少し異なるように見受けられたのは、埋められた当時の状況をもまた角田喜久雄はドキュメンタリー風に描いてしまう点である。さすが天然物語作家。やむにやまれず宝を埋めたり隠したりしなければならかった人物の気持ちや、実際の作業者の様子に至るまで、なりかわって書いてしまっている。
それらの点を評価すべきなのだろうが……。正直、それほど求心力がないのだ、その物語部分。なので、物語とも情報小説ともどっちつかずになっているように感じられた。とはいっても、日本のどこかにまだ見ぬ財宝が眠っている……というテーマ、かつての少年探偵小説で多く描かれたように、どこか夢を感じさせてくれる点はそこはかと楽しくはあるのだが。

半分学術性があることが評価されたのか、本書には中公文庫版も存在する。とはいっても濡れ手に粟とはいかないわけで、こういった系統のロマンがお好きな方向け。物語としては読むにはいかにも中途半端なので無理してお勧めは誰にもできないな、と。


04/06/12
牛 次郎「プロレス探偵リキ」(祥伝社ノンポシェット'89)

私にとっての牛次郎は『庖丁人味平』で、実際、劇画原作者としての顔の方が売れているようにも思うのであるが、'81年に『リリィちゃんとお幸せに』にて野性時代文学新人賞を受賞、その後は、お色気系統のユーモア作品を中心に小説もかなり発表されている。本書は'85年から'87年にかけ隔月で「小説クラブ」誌に掲載された作品がまとめられたもの。

関東プロレス協会の花形レスラー・力王山道浩、二十八歳。甘いマスクと身長一九五センチ、体重一三五キロという大相撲出身ながらプロレスに向いた理想的な体型、加えて華麗でスピーディな技で、一気に関レスの看板レスラーの地位を獲得した。しかし、彼にはもう一つの別の顔があった。推理小説マニアであり、リングの内外で起きる奇妙な事件を自ら追求せずにおられないのだ。同棲中の恋人にして、リキに負けない推理マニアである千恵と二人、夕方の試合と夜中の別の試合を精力的にこなしつつ、探偵稼業がやめられない。弟子志願の中学生が自殺したり、リング上で戦った相手が毒殺されたり、戦う予定だったレスラーが殺されたり、女子プロレス志願の弟子が人質に取られたり……リキの周囲は事件には事欠かないのであった。
『謎の闘魂』『策謀のリング』『消えたファイトマネー』『幻のメインエベンター』『赤いマット』『場外バトルロイヤル』『三角形のリング』 以上七編によるシリーズ短編集。

ユーモア・お色気ミステリの王道。骨格は甘いが肉付けは魅力。軽めの読み物として快適
プロレスラー、及びプロレス世界を主題にとった作品は別に桐野夏生のあの作品や、昨今の乱歩賞受賞作品や、伯方雪日の今年の話題作だけではない。あの(本当にあの、だ)牛次郎氏が書いたユーモアミステリにこんな作品があるということを皆さん御存知だろうか。……というか普通知らないと思うけど。(小生も古書店で背表紙をみるまで、本書の存在など全く知りませんでした)。
時代背景のイメージは、プロレスにとっての古き良き時代……としか表現のしようがない。本書にて舞台となっている時期は、いわゆる猪木・馬場全盛期の時代の少し後のイメージか。主人公の看板レスラー・リキ(ネーミングからすりゃ、これはやっぱり長州力のイメージだよね、たぶん)の所属する極東プロレスを筆頭に有力プロレス団体がテレビ局とタイアップ、一般ファンにいかに浸透するかを競っていた時代。各種のプロレス団体が乱立し、人気をつかめないところは地方をどさ回り。まだ格闘技系の団体などは登場せず、あくまでプロレスの枠内で事件は解決する。また、当時のプロレスの状況をリアルに描写とまではいかないが、その雰囲気は伝わってくる。またリキとその愛人である千恵との掛け合いあたりに微妙な(害にも、薬にもならない)ユーモアがあるようには感じられる。 さて、問題はミステリとしてどうかだが、この点には期待してはならない。少なくとも本格パズラーを指向したものではないし、事件の意外性も少ない。後半に唐突に犯人が登場して戸惑うこともしばしばで、解決の後味も決して良いものばかりとは限らない。ただ、動機あたりにはプロレス界らしい特殊性があるものもあり、それだけ少し感心はした。特徴的なのは途中までは人気レスラーという顔を最大限に利用する、強引な捜査。また、容疑者が絞り込まれたあとは証拠をつかむために容疑者(まあ、これもレスラーなんだが)をプロレス技で、まさに締め上げて自白させるあたりを面白がる必要があるだろう。実際にそれが警察に証拠として採用されるのかどうか分からないけれど。

事件の内容やその真犯人など、読了後しばらくすると忘れてしまいそうなのだが、それでもこの特異な設定自体は頭に焼き付いて離れそうにない。読んでいるあいだはそれなりに楽しく、するすると進むので読み物としては可かと。普通のミステリファンが押さえるべき作品ではもちろんなく、プロレスマニアにしてミステリマニアという濃い一部の層の方だけ目を通しておけば良いのではないかと考える。


04/06/11
戸松淳矩「剣と薔薇の夏」(東京創元社'04)

現在、創元推理文庫にて復刊が進められている『名探偵は千秋楽に謎を解く』等、最初はジュヴナイル・ミステリの書き手として登場した戸松淳矩氏。もともと〈推理文学〉の同人であり、デビューは山村正夫氏の推挽なのだという。本書が最初に予告されたのが、東京創元社が仕掛けたミステリシリーズの第二弾〈創元ミステリ'90〉であったのが遅れに遅れてはや十数年。ようやく完成に漕ぎ着けたというのが本書である。戸松氏の単行本としては三冊目にあたり、初の一般向け作品(単行本という意味では)。

一八六〇年のニューヨーク。街は近々到着するという日本使節団の歓迎ムードが溢れていた。歓迎パレードや晩餐会など、市の当局や実業界の有志が集まりその計画が着々と練られていた。一般市民の日本ブームも始まり、『アトランティック・レビュー』をはじめとするニューヨークの各新聞社は、日本の情報を得ようと躍起になっていた。そんななかアトランティック・レビューの古株記者・ダロウは、船が難破して米国船に拾われ、その後立身したジューゾ・ハザームなる人物と契約を結ぶ。日本の正確な情報と、使節団の訪米時の通訳とを一挙に得られたことに満足していた彼だったが、米海軍からの圧力により、彼の身柄を預けざるを得なくなる。実は、裏社会の男が不自然な状況下で殺害されている事件があり、その現場に使節団歓迎委員会メンバーが持つワッペンが遺留品として遺されていたというのだ。日本使節団の来訪を嫌がる一派の仕業なのか? 事件は政治的な配慮なるものに覆い隠されつつ、ダロウは取材を開始する。しかし、今度は歓迎委員会メンバーが直接殺害されるという事件が発生した。

本格ミステリであることと大作歴史小説であるということ……
刊行が予告されて十数年、小さな活字による二段組で500ページ近いボリューム、2,800円というこれまた重量級の定価、「J・D・カーを凌ぐ歴史ミステリの傑作」との帯の煽り文句……。少なくとも手に取った時に感じるずしりとした重さは、本書が少なくとも大作であるということを十二分に感じさせてくれる。ただ、キツイことをいえば、ミステリとしてかなり頑張っているにもかかわらず、歴史小説としてのボリュームに圧倒されているような印象を受けた。
とにかくこの十九世紀の米国東海岸、そして日本使節団を迎え入れる狂乱等々の描写については微に入り、細に入り、恐らく当時の新聞や関係書物を相当数あたったのだろう、当時の風俗のみならず地理、文化、政治、軍、庶民生活、食べ物、乗り物……といったありとあらゆる角度から丁寧に描かれている。 読者が想像力を膨らませる余地もないほどまでの徹底的な当時の状況描写は、その分、文章量を膨大なものとしてしまっている。この部分の努力は買う。確かに一般読者に馴染みのない世界で、米国民がなぜこれほどまでに日本からの使節を迎えるに盛り上がったのかがよく分かったし、その準備の大変さ、南北戦争以前の政治的緊張感、そして彼らの住む世界も理解できたし、数多い登場人物の書き分けも申し分ない。使節団のさまざまなエピソードも面白い。大作歴史小説である点、まず間違いない。ただ、正直、場面表現が必要以上に説明的で、冗長とも思われる箇所もかなり目立っており、内容以上に文章の量が嵩上げされているような印象があった。

そして、この作品におけるミステリとしての部分だけを取り出しても、本来なかなか魅力的なものであると思う。 一旦、水に投げ込まれた死体が改めて建物の屋上に引き上げられるという奇妙な状況、殺された後でわざわざ焼かれた死体、ポケットに新鮮な食べ物を詰め込まれた状態での餓死、密室殺人後に改めて爆破される入り口の扉。現場に落ちている日本歓迎使節団一行を思わせる遺物、さらに死体周辺で聖書の一部が発見される。見立て? 不可能犯罪? そして犯人は誰で、その狙いは?
もちろん、作者はこれらの事件の背景に当時の社会状況を絡めることを忘れていないし、寧ろそれがメインの構図を引き立てているともいえるだろう。伏線も確かに張られている。最終的な探偵役についても、「あれ、この人が?」という意外性ある人物が行う。特に、ある偏屈とも思える人物の行動原理など、当時の社会状況と絡められることによる説得性が高くなっており、感心したことは事実。
しかし。 しかし、この作品、ミステリとしてだけ読ませるには、やはり膨大に過ぎるのだ。伏線がいくら張られていても、歴史に関する描写や、様々な人物に関するエピソードがえんえんと続くなかで描かれているがために、その繋がりの強烈さや印象が薄まってしまい、インパクトを欠いてしまっている。木を隠すのに林のなか、森のなかならばとにかく、巨大な山の中に隠されても……といった印象。日本使節団の個別のエピソード、漂流の挙げ句に米国にて成功した人物のエピソード等、かなりの量が費やされ、実に面白いにもかかわらずそちらの部分はごく僅かしかミステリとは絡まない。折角の本格ミステリの構造が、歴史小説の大きすぎる流れのなかでその印象を弱めているのはいかにも残念。

少なくとも歴史ミステリの形式においては誰も描いてこなかった世界を初めて世に問うたともいえる。長いブランクをあけて、これだけの作品を上梓する苦労は、実際並大抵ではなかっただろう。そして、その期待に違わない大作である。ただ歴史小説にミステリ風味を付けたという作品ではなく、あくまで正面から歴史ミステリを狙うのであれば、敢えてここから本筋と無関係のエピソードを削ぎ落とす作業が必要ではなかったか。凄いことは凄いのに、大作ゆえにミステリの凄さを相殺してしまっている。なんというか……勿体ない気がしてならない。