MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


04/07/20
黒田研二・二階堂黎人「永遠の館の殺人」(光文社カッパ・ノベルス'04)

当初は覆面作家「クイーン兄弟」としての正体当ての懸賞つき(考えてみれば、この筆名のミス・リーディングは甚だしいなあ……)で、二作目以降は正々堂々、黒田研二、二階堂黎人のコンビで発表されてきた「キラー・エックス」シリーズの三冊目にして最終作品。黒田氏によれば、このシリーズの舞台が全てスキー場であるのは、創作の秘密(でもなんでもない気もするが)であるらしい。

スキー場に遊びに来たごく普通の若いカップル・和馬とヒカル。ただ和馬はヒカルの自己中心的で粘着質の性格に嫌気が差しており、彼女を遭難に見せかけて殺害しようと考えていた。二人でゲレンデに繰り出すものの、ヒカルの突拍子もない行動によって二人して見事に吹雪のなかで遭難。切羽詰まった彼らの前に偶然、人里離れたところに立つ屋敷が現れた。山荘の管理人は、彼らに対してけんもほろろの扱いを受けるが、滞在していた客人・篠田三郎によって改めて客として迎え入れられる。屋敷の主人は高名な作家で、ほかに滞在している人物もタウン誌の編集者や、ボイラー修理人など奇妙な人々。またその作家の家族もほとんど姿を見せず、館はプライベートと客人が滞在するスペースとが極端な迄に区切られた構造となっていた。吹雪が収まるまでという条件で滞在を許された和馬とヒカルであったが、彼らに続いて重傷を負った別のカップルが招かざる客として屋敷に収容される。さらにあるできごとがきっかけでヒカルを衝動的に殴殺してしまう和馬。しかし、部屋に隠した筈の死体はいつの間にか消えてしまう。そうして、館では惨劇が開始されるが、何故か死体は消えてしまうのだった……。

新本格ミステリ隆盛時の「館ものミステリ」を彷彿。意外性と雰囲気の希有な調和
これまでも見られた通り、謎の連続殺人鬼である「キラー・エックス」が引き起こす、猟奇連続殺人が発生するパートと、スキー場から遭難したカップルが彷徨い込んだ奇妙な仕組みを持つ館での連続殺人のパートとが、交互に現れるという構成。人種・国籍の異なる外国人娼婦を狙って、次々と殺害していくというサイコ・キラー。こちらの謎はいわゆるホワイダニットであり、いくつかミスディレクションがあるものの、根本的な部分ではもう一つのパートにて明かされる秘密に大きく繋がっているという点が特徴。もう一つの「館ものミステリ」のパートでは、この「永遠の館」にて行われる古式ゆかしき(?)連続殺人の謎が奇妙なまでの吸引力を持つ。「永遠の館」の構造は最初の方に図入りで描かれているなど、「館もの好き」の血を騒がせるし、加えて雪の山荘テーマを扱う。この館、そもそもの建築目的は決して奇妙ではないが、いわゆる新本格草創期における一時期によく描かれたゴシック調で少々幻想的な、あの独特の雰囲気を醸し出すのに役立っているように思われた。
何よりもこの「館」で連続殺人が起きるのだが、主人公が殺した恋人だけでなく、例外なく死体が次々と消えていくという二重の展開が面白い。 誰が殺しているのか、誰が死体を隠すのか。「誰が」というフーダニットだけでなく、二つの行為の目的が見えない点、読者の居心地を悪くする。さらに視点主人公までが殺人者という奇妙な設定が加わり、事件進行中の緊張感が実に高いのだ。ただ、その目的のヒントはかなり明確に描かれているために、読んでいるあいだに想像はつく。とはいってもそれできちんと全てのパズルのピースが嵌るわけではないところが厄介か。残念ながら、最終的な主題の方は昨年刊行されたある作品と被ってしまっており、動機が奇想天外と断言しきれないところはあるものの、こちらはこちらの世界観のなかで仕事が為されており、ネタの新鮮味が失せているものではない。

いずれのパートも冷え冷えとした結末を迎えるのであるが、その無力感もまた結局は物語のサプライズに寄与していると受け取れる。「キラー・エックス」の正体とその目的も当然ラストに明かされる。シリーズ当初から読まれた方が印象深いとは思うが、本作のみ読んでも特に支障はない。黒田研二、二階堂黎人の二人が求める「本格ミステリ」のかたちが、この一作に刻みこまれている。


04/07/19
倉阪鬼一郎「42.195 すべては始めから不可能だった」(光文社カッパ・ノベルス'04)

怪奇小説、一連のユーモア・ミステリ、伝奇小説と、作品の幅を着実に拡げる倉阪氏には、本格ミステリ作家としての側面がある。本書は、そのオチの強烈さゆえに今年かなりの話題に上ることが想像されるミステリ。ただ、倉阪鬼一郎の作品であることを計算しておらず、正々堂々と本に記載されている”本格推理長編”のことばを信頼した読者には、ちと辛いものがあるかも……。

一応マラソンで有名なエーデル貴金属に所属するものの、全く無名のベテランランナー、田村健一の長男が誘拐された。犯人から書面で届けられた要求は「東京グローバル・マラソンにて2時間12分を切れ」というもの。五輪選考会を兼ねたこの大会には有力選手が連なるが、犯人の要求するタイムでは五輪代表を狙える数字ではないが、田村にとっては自己記録を大きく上回る必要のあるかなり難しい記録であった。身代金の要求も警察の介在を否定する文言もなかったことから、警察も捜査を開始するが、この要求には首をひねるばかり。誘拐事件のことはマスコミに伏せられたまま、果たしてレースは開始される。必死の田村は好走をみせるが、事件は思わぬ展開をみせる。厳重な警戒で有名なエーデル貴金属社長が、その大会の最中に誘拐されてしまったのだ。田村の長男は無事に戻ってきたものの、事件の変転に警察は動揺。狙いは最近エーデル貴金属が購入した、時価数十億円ともいわれるダイヤモンドのイヤリング”ブラッディ・ティアーズ”なのか? 誘拐犯人の奇妙な指令は、続いて開催される東京レディース・マラソンに出場する人気ランナー・天羽あゆみに対するものであった……。

マラソンと時限誘拐ミステリという意欲的な組み合わせ、しかし最終局面に待ち受ける強烈なクラサカ流落とし穴は……
先に書いておくと、やっぱり本書に「長編本格推理」とあるのは……ちょっと問題があるような、ないような。
単に長い距離をひたすらに走るマラソンという競技。特に後半以降は順位が入れ替わることなど数回しかないにも関わらず、テレビ放映で一旦見出すと何となく最後まで見てしまう。そのマラソンという競技と誘拐ミステリを組み合わせる試みに、鬼才・倉阪鬼一郎が挑戦した! (と書くと普通のミステリのようだ)。
時節柄ということもあるけれど、五輪出場の選考会を賭けた国内最大規模のマラソン大会。前半部は、息子を誘拐された市民ランナーが、後半部は犯人の要求を聞くことを義務づけられた有力な女性ランナーがひた走る。特に前半部、自分の大幅な自己記録更新に息子の命が賭けられた男の執念の走りは鬼気迫り、感動を呼ぶ。(が、犯人の狙いはさーっぱり判らなかったが)。
一方、後半。事件は継続し、見えない犯人の奇妙な要求が女性ランナーに対して指示され、捜査側は(読者も)与えられたヒントをもとに実行犯グループを推理することになる。ここに至るとどこか居心地の悪さを覚えるようになる。――狙いは換金の事実上不可能な世界的有名な宝石。どんな不確定要素が潜むかもしれないマラソンにおける受け渡し。誘拐報道は伏せられているものの、有力ランナーの不審な行動に注目するマスコミ。ランナーに対する犯人の意味合い不明の指示。 そういったミステリとしての割り切れなさは違和感に繋がる。 どうにも犯人の要求ややり口がすっきりしないというか、ミスがあってもおかしくないというか、判りにくいというか。 こんなややこしい手順を踏まなくてもというか。一口でいってしまえば、「何も起きない」という偶然に助けられた綱渡りのような犯罪なのだ。

最終的に警察側の推理と勘が冴え、実行犯たちは次々と逮捕されてしまう。その動機も聞く限りは妥当なもの。ただ――、良くも悪くも本作のポイントは、この後の最終章に隠されている。これらの違和感を満たす解は、通常の意味での犯罪以上の理由があるのだ。本作の最大のポイント、かつツボはこの一点に集約される。
まぁ、確かになぜこんな”劇場型犯罪”が企図されたのかについての説明にはなる。また、真相から見ればいくつかの伏線は確かに物語に別の意味を付加する。 だが――、この真相については賛否両論があるだろう、というか普通の間隔であれば”否”が”賛”を遙かに凌駕するのではないかと推察される。小生も背表紙に「本格推理小説」と書いていなければここまで気にはならなかった(通常のクラサカ作品の延長で読めば、この作品は普通な方だろう)。かもしれない。だが、表4にその惹句を書いてしまった以上、やっぱり多少アンフェアというかトンデモというかという印象は拭えない。

うーん、力抜けた。このオチを面白がれる許容の広い読者は徹底的に本作は面白いし、そうでない読者は恐らく壁に投げつけてしまう人もいるだろうし。その意味では、踏絵のような作品だといえる。帯にある「読者への挑戦」ということば、これはミステリの文脈と違う意味に解釈される気もする。


04/07/18
石田衣良「エンジェル」(集英社文庫'02)

元版は'99年に集英社より刊行され、文庫化された作品。石田衣良の三冊目の著書にあたる。

経済界を掻き回し、巨額の資産を持つ父親からの縁切りと引き替えに、十億円を手にした掛井純一。足が悪く、子どもの頃からテレビゲームが大好きだった彼は、ゲーム会社に就職後、その資産を利用してベンチャー企業に投資する”エンジェル”として活躍する。しかし、ある時彼は幽霊となっていた。最初に目にしたのは自分の死体を埋める二人組の姿。さらに死の直前二年間の記憶が喪われてしまっていた。瞬間移動、そして電気を操る能力により、純一は自分の死について知ろうと試みる。死の直前、いくつかのゲーム会社に対する投資のほかに、往年の名監督の新作映画に巨額の投資を自分がしていたことを知り、その映画界の巨匠、そして彼の兄弟でもあるプロデューサー周辺を探ったところ、文緒という女優の存在を知る。子どもの頃から人間が苦手だった純一は、彼女のことがなんとなく気に掛かっていたのだが、彼女は妊娠しており、そして純一の死を知り涙した。彼女と自分は交際していたのか? 不透明な金の流れと幽霊の存在に気付いた周囲が、文緒に危害を加えようとするが、その前に純一が立ちはだかる。

物語はお約束も、展開と構成が素敵なゴースト・ストーリー
自分が殺されて幽霊になってしまい、その幽霊が殺人事件の真相を探る――。本格ミステリでもこういった構成を持つ作品はいくつかあるが、このテーマが石田衣良にかかるとまた全く異なる雰囲気を醸し出す。幽霊ミステリにして恋愛小説にして青春小説なんて、普通は考えられないのに、それをやってのけてしまうのだから。(しかも、成長する対象というのが生きている人間ではなく、幽霊の方だし)。
まず、物語中のキャラの立て方が巧い。幽霊となった掛井純一は生前、若くして巨額の投資を行う会社の社長だった――というあたりを、否応なく彼の記憶を引き出す生まれた時からのところどころのエピソードをフラッシュバックにて表現する。愛情のない厳しい父親、思い通りにならず苦痛に満ちた自らの身体、辛い思い出に満ちた初体験、対人関係が苦手でゲームに打ち込む日々、そして父親との訣別……。彼にとって辛かったであろう日々が淡々と描かれていく。この段階でシャイで優しく引っ込み思案、だが時々思い切ったことをしでかすという掛井に感情移入できないという読者はそうそういないだろう。いってみれば、二年間の記憶喪失は御都合主義ではある(謎解きのための)のだが、そういった部分を補ってあまりある作品内リアリティを築き上げることにこの段階で成功している。
電気を扱う能力というのもポイント。残された電子データから、自分の置かれた背景を知ることができるし、電気がなければ暮らしが極端に不自由となる人間を怯えさせることもできる。この点が、後半の盛り上がりに際しても大きな意味合いを持つ。自分の生前に何があったのか。何の目的で自分は”消え”なければならなかったのか……。というあたりに、オトナのエゴを多数持ち込み、それがまた主人公を悲しませる。その能力を最大限に用いて彼女を護ることができるのか。そして彼は最後にどうするのか――というあたりは常道ともいえる展開ながら、そこに至るまでに築き上げてきた物語の背景が抜群に巧く、素直に感銘に浸れるという寸法なのである。

ミステリというには”謎解き”が甘いが、ちょっと変化球的なゴースト・ラブ・ストーリーとして記憶に残りそうな作品。場面場面の一つ一つが印象的で、どこか先にある映画がノベライズされたのではないかとさえ錯覚させられる。石田衣良の物語づくりの天性の上手さを実感させられる、読書人なら誰にでも勧められる好作品。


04/07/17
垣根涼介「ギャングスター・レッスン」(徳間書店'04)

ワイルド・ソウル』にて大藪春彦賞、吉川英治新人文学賞、日本推理作家協会賞の三賞を獲得してブレイク中の垣根涼介氏、受賞後第一作。既に文庫化されている『ヒート・アイランド』の続編にあたるピカレスク・ストーリー。

かつて渋谷で仲間と共に100人近くの若者の頭目として活躍していたアキは、ある事件のあとその事件の首謀者二人に「仲間になる気があるなら一年後にここに来い」と誘われていた。彼はチームを解散後、海外放浪を経て帰国。ひとりその場所で待ち、再び彼ら――沈着冷静な柿沢と、無骨な車職人の桃井の二人と再会する。彼らは、犯罪のプロフェッショナル。普通に暮らし、税金を納める表の顔を持ち、それとは別に裏に別の戸籍を所有。緻密な計画の末に狙うのは、非合法組織の裏金や、違法な選挙資金など、奪われた相手が決して警察に届けることのできない金ばかり。アキは彼らの仲間に加わることを決意し、裏戸籍の取得、裏情報の修得、車の改造、銃の密輸入など、一騎当千のギャングとなるための試練を受けることになる。もともとの敵性とねばり強い性格で着々とその成果を上げていくアキは、ヤクザとのトラブルを乗り越え、柿沢が嗅ぎ付けてきたヤクザがある場所で開催する賭場の金を奪うという大仕事を共に行うことになるのだが……。
本長編にボーナストラックとして『コパカバーナの棹師……気取り』という短編付き。<面白い。

まさに痛快! 情報とアイデア満載の犯罪小説に真っ直ぐな青年の成長ストーリーが絡む
職人の世界とでもいえばいいのだろうか。本作にて描かれる主人公たち、つまり犯罪者は、丁寧で妥協を許さない、犯罪に対して慎重かつ真摯に準備を行い、正確な手際で実行に移していく……という、目的は暴力と知略の犯罪でありながら、まさに”プロ”を自認し、それを着実に実践している。必要以上にストイックで、驚くほどに生真面目。仕事に対する妥協が一切ない。常時身体を鍛え、格闘技をマスターし、銃の腕を磨き、情報収集を欠かさない。これって、プロにしかできない所業、やっぱり職人世界だといえるのではないか。じっくり描かれる職人世界というのは、それだけでもかなり小説としての魅力が高いことが多い。
で、この職人世界(但し犯罪の)に飛び込んだ若者の成長譚というのが大まかな流れ。もともとの雑誌掲載の区切りごとに一つ一つの主題(裏戸籍の取得、改造車の製造、銃の入手……)といった、学習テーマ? が描かれ、そのエピソードごとに波乱があり痛快な展開で締めくくっていく。物語の起伏をつけるテンポが実に巧みで全く読んでいて飽きない。発生するトラブル、そしてそのトラブルを解決した際の開放感が堪らない。特に、アキが起こした車事故の原因となったヤクザを絡め手から攻めていく展開の意外さなど、個人的にツボ。アキの最初の大仕事はある失敗があってそれを乗り越えていく様子であるとか、その締めくくりの仄かな暖かさとか、冒険系の小説ならではの面白さに満ちている。何よりも込められているアイデアや情報がスッキリしていて、読者を選ばないこともいい。犯罪を描くといいつつ、一般市民にはできるかぎり影響がないよう登場人物は常に腐心しており(ま、警察も呼びたくないし)、悪人対悪人の対決という単純かつ、設定の難しい図式を肌理細かに打ち出しているところが、その読後の爽快感を増幅している。主人公のアキ、ボス各の柿沢、指導役の桃井と主要人物のキャラクタが魅力的なことに加え、さりげなく登場する脇役にも不思議な魅力がある点にも好感。(そしてそれは”おまけ”に繋がっていくのだが)。
少々、作者の車好き、銃好きの側面が強くでてしまって物語から外れて蘊蓄めいてしまっているところもあるが、それはそれで御愛敬。御愛敬といえば、おまけと称して付けられている短編『コパカバーナの棹師……気取り』がとても良い。本編読了後にしか分からない、まさか、と思うような主人公が登場し、愛嬌を振りまいてくれている。このキャラクタも何かとぼけた味わいがあって好きだなー。

やはり『ヒート・アイランド』を読んでからの方が本作の面白みが増すことは事実ながら、登場人物三人に実に高い魅力があり、恐らく続いていくだろう本シリーズの今後の展開が楽しみで仕方がない。作者の元職業のせいもあるのかもしれないが、海外の描写に冴えがある点も好感。今年度の「このミス」にも顔を出すのではないかと予想。読書でわくわくしたい人に。個人的お勧め。


04/07/16
石田衣良「LAST(ラスト)」(講談社'03)

『4TEEN』にて第129回直木賞を受賞した石田衣良の受賞後第一作となる短編集。『小説現代』誌に'01年から'03年にかけて掲載された作品に書き下ろしを一編加えたもの。帯のキャッチコピーが内容を実は端的に現していたりする。「崖っぷちの人間をダーク&ビターに書きました。ぼくの別の貌に、震えてください」 うーん。

経営不振から大きな借金を抱える印刷会社経営者。債権は悪徳業者で一本化され、彼は究極の借金返済方法を迫られる。 『ラストライド』
平凡な家庭の主婦が嵌ったサラ金地獄。返済のために出会い系サイトで知り合った人物と会うことになるが……。 『ラストジョブ』
ふと立ち寄った閉店間際のテレクラ。青年サラリーマンは奇妙に手応えの良い女性と会話をし、そして彼女は……。 『ラストコール』
住む家を追われ、ホームレスの仲間入りをする男。この社会も何かと世知辛い中、ようやくあるグループに加わる。 『ラストホーム』
借金返済が滞り、外国人犯罪者の替わりに銀行で盗難通帳から金を引き出す役回りをさせられるようになった男。 『ラストドロー』
幼児性愛の嗜好を持つエリート医師は南国での買春でその欲望を満たす。撮影に雇われたカメラマンの見た地獄。 『ラストシュート』
サラ金返済の一環で看板持ちをしている男たち。彼らはヤクザ同士の不毛な抗争に巻き込まれて、決闘をすることに。 『ラストバトル』以上七編。

後味悪〜。現代ニッポンの暗部をさらりと描いて、爽快感僅少。しかしこれもまた石田世界か
まだ全て読破したわけではないが、基本的に石田衣良作品は”エッジの効いた文章””爽やかなラブストーリー””熱い青春小説”あたりがキーワードとなっていたように思う。そんななかに、ドスッっと独特の存在感と共に落ちてきたこの作品、石田世界の異形の子である。
「ラスト」という題名が示す通り、七人の主人公の七人の崖っぷちの後のない状態を描いている。まず、その背景のリアリズムがスゴイ。借金が出来上がってしまうまで、その追い込まれていく様子が実に生々しく描かれる。主人公の抱えている焦燥感も読者にそのまま伝わってくる。青春小説で共感させられた、あの気持ちがこの「ラスト」な人々からも伝わってきてしまう。そして物語に容赦がない。 通常のエンタメであれば、こういった崖っぷちの人々は、お約束の上では”再生”して生き返るのであるが、本書ではその常道が通用しないのだ。最終的に一発逆転する物語と、そのままずぶずぶと地獄へ沈んでいく様子が想像されるまま幕を閉じる作品とが混載されている。ただ、一発逆転が物語中であったにしても、その主人公の将来はちょっと想像を巡らせば多難なことが知れる。(「ラストジョブ」では、ある特異な才能を主婦が自分自身に見出すわけだが、彼女の立場を考えれば、それが発覚した際にどうなるか……まで考えれば、その先にあるのはやはり地獄なのではないか)。
「ラストドロー」は、これまでも経済界を舞台にした作品を発表してきた石田氏ならではのツイストが効いており、本作単独でアンソロジー等に取り上げられてもおかしくない内容である一方で、「ラストコール」の鮮烈かつ後味悪いラスト、更には「ラストシュート」で喚起される強烈な嫌悪感覚等、読者を選ぶ作品もある。一概に一口でまとめづらい作品集だと思う。

ただ、石田氏が本作のような作品群を描いたところに価値があるようにも思う。現代ニッポンの暗部から目を背けず、敢えて救いようのない物語として描くというダークでノワールな側面がこの作家にもあることが気付かされたわけで。ただ、何の前知識もなく、ストレートに読むと気分は落ち込むかもしれない……。要注意。


04/07/15
芦辺 拓「ネオ少年探偵 妖奇城の秘密」(学研エンタティーン倶楽部'04)

学研の刊行するジュヴナイルレーベルである「学研エンタティーン倶楽部」。芦辺氏の作品が刊行されるにあたり、初めて購入しようと本屋で探したが、結構苦労した。(後で考えれば当たり前ながら、少年少女向け小説のコーナーにあった)。本書は学研の学習雑誌『6年の学習』の'03年4号〜9号に連載された作品が単行本化されたもので、同じく「ネオ少年探偵」のシリーズとして他に『電送怪人』『謎のジオラマ王国』があるという。表紙絵及び作中のイラストは全て藤田香さんが担当。

校外学習で紅岳のふもとにある青少年活動センターに訪れた少年少女探偵団、圭・祐也・水穂の三人。彼らは山中にみえる西洋のお城のような建物を目指して山に入るが、途中で道に迷ってしまう。スケッチに来ていた引率の千代川先生と出会った彼らは、山を歩く奇妙な男と共にようやく古城にたどり着いた。フランケンシュタインのような気味の悪い男と、厚化粧の女の住むその館に彼らは入れてもらったものの、通された部屋にて鍵を掛けられてしまう。知恵を使って脱出した三人は牢獄のような部屋に囚われた美少女を発見。彼女を助けようと部屋に入ったものの、そこに悪魔の姿をした怪人が現れ、彼女を連れ去ってしまう。ピストルを使ったトリックを見破った彼らだったが、悪魔が姿を消した窓の外には断崖絶壁が広がっていた。さらに翌日、警察に事件を届けた三人は、その城が実は廃墟であったことを知らされる。彼らが図書館で読んできたおとぎ話『妖奇城の秘密』通りに進行する事件に、三人は改めて挑戦する。

現代に蘇る明智小五郎シリーズ。正面から少年少女読者に”探偵小説の魅力”を伝えんとする姿勢に敬服
例えば「少年探偵コナン」あたりは、いわゆる新本格ミステリの面白さを漫画にして子どもたちに伝えるという意味合いを感じる作品。そういう意味では、はやみねかおる氏の夢水清志郎を探偵役とする一連のシリーズなどもどちらかといえば、実際に評価された層からも窺える通り、新本格ミステリ寄りだといえるだろう。作者がそこまで考えているかどうかはとにかく、これらの作品の役割は現代の子どもたちにとってのシャーロック・ホームズ代替という風に捉えることが出来るのではないか。
昔から、ホームズ作品と共に、子どものうちから親しまれてきた筈のミステリ小説には、別に明智小五郎の少年探偵団シリーズがあるというと牽強付会に過ぎようか。論理的な謎解きもありながら、主体は読者も参加する冒険小説という世界。しかし、なかなか現代風にこちらの少年少女向け冒険ミステリを創り出そうという試みが為されていないようにも思われる――と本書を読んで気付いた。つまりは、本書は少年探偵団代替を狙った作品なのではないかと思うのだ。
携帯電話が使用される一方で、現代に蘇る謎の古城や牢獄、謎の暗号、悪魔に扮した怪人などを巡る冒険という時代がかった奇妙さを持ち合わせる。対抗するのはあくまで少年探偵団。別に後半に森江春策も登場するとはいえ、主体はあくまで子どもたちである。彼らが実際に体験し、自らの力で解き明かせる謎、そして自ら渦中に飛び込む冒険という点に価値がある。 オトナ視点で読めばツッコミどころがあるのは乱歩作品のそれも同じようなもので、本書こそは本来の読者たる少年少女の視点でこそ生きる作品だといえる。ミステリの、そして冒険小説の面白さをしっかり伝えようという意図がある。
また、本来の乱歩の少年探偵団に比べて進歩しているように感じられるのは、本格テイストのトリックを用いている点。(いや、その一方で原典にあるようなトリックもあって、こちらは妙に微笑ましかったり)。不可思議な状況が伏線を拾うことによって推理で解決することが可能なところ。そして加えて、一見現実離れしたファンタジックな舞台であっても、現実にそのような仕掛けがある場所が存在している点にある。物語の御都合主義に流されないあたりは一般向けミステリを手がける芦辺氏の誠実な創作姿勢の現れだといえるだろう。しかし本書のトリックのキモである、○○する建物にしても実在するよな、確かに……。

自分自身はさすがに”少年少女”ではなくなってしまっているので、本書にどっぷり浸ってという感覚はさすがにないが、芦辺氏が「真っ正面から試みようとしたこと」を粋だと感じることはできる。乱歩だけではなく、一昔前の推理小説作家には少年少女向けの作品も実は書いているケースは多い。(都筑道夫だって佐野洋だって斎藤栄だって書いている)。現代は同じミステリであっても一般向けと少年少女向けでなんとなくテリトリーが分かれてしまっているような印象があるけれど、こういった試みはもっと為されても良い筈だと思う。


04/07/14
尾之上浩司(監修)「ホラーセレクション 暗闇」(中央公論社C★NOVELS'04)

今年より、C★NOVELSがホラー小説の書き下ろしアンソロジー「ホラーセレクション」というシリーズを企画を開始。その最初の二冊として、『モンスターズ1970』と共に刊行されたアンソロジーが本書。題名の通り「暗闇」をテーマにした作品が並ぶ。また、巻末に本書の監修者である尾之上浩司氏と、異形コレクションでアンソロジストとして名を馳せた井上雅彦氏の対談があり、お二人の読書遍歴等がうかがえ、なかなかに興味深い。

「この女と生まれてくる子供を護るためならどんなことでもできる」 農業を営む男は、農作物泥棒に対し自分なりの方法で対処することを決意する……。 井上雅彦『闇仕事』
受験勉強の最中、ちょっと目を離した隙にまた消しゴムが無くなってしまった。すぐにものを無くしてしまう行橋健人は、自室にブラックホールがあると半ば信じていた。 花田一三六『紛失癖』
共産主義の崩壊したある東欧の都市。秘密警察に所属していた男は、今は立場を替えていた。巷を賑わす猟奇連続殺人の犯人探しを行うも、手掛かりが一向になく……。 奥田哲也『ダンシング・イン・ザ・ダーク』
超一流の学歴に超一流の企業、そしてエリートコース。平凡な僕がこんな経歴を持ち、恋人までいるのは全ては僕の「両手」のおかげ。僕の「両手」には秘密がある。 山下定『ブラインドタッチ』
同級生のイジメによって、廃墟のような工場跡を深夜訪れることになった女子高生・彩子。彼女が来ることを知る男子生徒に襲われかけるが、その場に住む何かが彼女を護り、脱出した。 宝珠なつめ『棲息域』
リゾート地・バリ島での四月三日はニュッピと呼ばれる正月。島に魔物が溢れるその日、島民は仕事はおろか外出もしない。観光客の若夫婦は、それを知りつつ外で過ごすが……。 友成純一『おごおご』
近江安土城下で出世頭といわれる包介が突如錯乱し、二十数名を殺めた。織田信長はその男に興味を持ち、現地でその男の体験した闇の男との戦いの話を聞く。 菊地秀行『戦場にて』

日常の恐怖から、時代もの、更には遠くの戦場まで。種類の異なる恐怖の饗宴
、テーマを用いたホラー小説アンソロジーという意味では、先行する偉業・異形コレクションと同じ路線ではあるが、やはり選者が異なるせいなのか、少々毛色の違いを感じた。競争したり対抗したりというよりも、別路線併存を狙った企画なのかな……という印象は、冒頭作品をいきなりその異形のアンソロジスト・井上雅彦作品が飾るあたりに感じるからかもしれない。とと、これはどうでも良い話。
で、内容はなかなか。暗闇というテーマながら、いずれにしてもホラー小説には暗闇はつきものであり(というか”人の心”まで含めれば、暗闇を描かないホラーの方が少数派だろう)、全体を通じて、テーマによる縛りは実に緩やかな印象を受けた。なので個々の作品それぞれで設定や、怖がらせようとするツボが異なっており、夏の夜に読むにはなかなか適なのではないかと思える。

感心したのは、まず冒頭の『闇仕事』。農業、しかも農作物盗難という、普通小説ではなかなか使われない主題を奇妙な角度から捉えた作品で、映画を観ているかのような印象深いシーンの連続が短編の切れ味を増すという逸品。特に暗闇とコントラストを為す”色”の印象が深く、物語を読み終えて冒頭に戻った時に改めて意味が分かるというミステリ的な構造が物語の持つトーンとマッチしている。 また『紛失癖』も面白かった。誰もが日常で体験したことがあるであろう、さっきまでそこにあった筈のものが無い、という不思議を巧みに物語化している。普通は、知らないうちに机の下に落ちていたり、書類に挟みこんでいたりするのだが、この作品の場合は……。高校生という主人公の世代によって、微妙な不安を増幅させているあたりも巧みかと思う。 またストレートに暗闇をテーマにした『棲息域』も個人的にはツボ。暗闇に潜む何かと、女子高生の交流を中心とした中盤は「いい話」っぽい展開にしておきながら、後半(ちょっと急いだ感もあるが)、一気にそれを反転させてしまうあたりの手腕が見事。
ほか、菊地秀行、友成純一あたりのベテランはベテランらしい手堅い仕事をしており、作家の名前で本作を購入するファンも安心できるだろう。

まあ、基本的にはホラー小説好きの方が手に取る作品であろうし、そのボリュームの大きさゆえに「異形」の方を読み通すのがしんどい、という方もこちらのシリーズならば比較的手軽に楽しめるのではないだろうか。紙質が安っぽいのが微妙に気になるが、活字を読むものだし、気にしても仕方ないか。


04/07/13
山田正紀「女囮捜査官〈5〉 味覚」(幻冬舎文庫'99)

'96年にトクマノベルスより刊行された「女囮捜査官」シリーズの文庫化で、その掉尾を飾る作品。文庫化されるにあたり「触姦」等「五感+姦」の副題は全て「感」の文字に改められ、「五感推理シリーズ」となったいる。絶賛再読中4。ああ、面白かった、やっぱり凄かった。

新宿駅西口のホームレスたちが住むダンボール・ハウスのなかから女性の切断死体が発見された。直接の死因は頸部の損傷であったが、防御創がない点が不思議だった。死体の身許が判らなかったことより、複顔され情報を求めたところ、その女性は新宿駅西口で目撃されていた。更に、科捜研の特別被害者部に、謎の情報が電話にて寄せられた。被害者は人材派遣会社に勤務しているのだという。北見志穂、早瀬水樹の女囮捜査官二人は、寄せられた情報によって西口通路に現れるという女性と、その事件の犯人を見張ることになる。現れた女性はボストンバッグを抱えており、水樹の相棒である刑事の広瀬は、その尾行の際に気になることがあると離脱。女性は山梨県に向かう長距離バスに乗り込むが、珍しく現場に現れた特被部の生みの親、遠藤慎一郎が八王子に先回りして彼女を追うという。しかし、その女性は終点前に姿を消し、別の女性の入ったボストンバッグがバスの荷物入れから発見された。しかも、女性を追った筈の遠藤は八王子で目撃された後、行方不明に。さらに別行動を取っていたはずの広瀬は新宿西口のATMコーナー内部で殺されていた。志穂にも何がなんだか判らないうちに、特被部は着々と崩壊の危機にさらされていく……。

拡がった物語を、極限のテンションにてきっちりと閉じつつも、不可能犯罪の量も半端じゃない。スゴすぎ。
四冊にわたって繰り広げられてきた、特別被害者部の物語。女囮捜査官・北見志穂、その相棒の中年刑事の袴田、志穂の同僚で同じく捜査官の早瀬水樹、彼女の相棒のキャリア・広瀬。特被部のおふくろさん的存在の柳沢君江、そして部長である遠藤慎一郎……。彼らに劇的な運命の変化をもたらす事件が、この最終巻にて描かれるわけだが。――その終焉となるエピソード、特被部にまつわる謎、といったあたりを収拾してしまうことはもちろん、この事件そのものがまた、不可能犯罪てんこ盛りの豪華な内容な点、そら恐ろしくさえある。
なぜ犯人は、死体を新宿西口など日本で最も発見され易い場所に遺棄したのか。その死体に防御創がないのはなぜか。西口に佇んでいた女は何を待っていたのか。バスに乗り込んだはずの女は何故消えて、あるはずのない死体が現れたのか。早瀬水樹はなぜ渋滞中の高速道路の上で他殺されたのか。犯人はどうやって衆人環視の高速道路から消えたのか。女性死体に残された肩口の傷の意味は……、ここに挙げただけでもかなりのものだが、物語が進むにつれて謎(しかもこれまた不可能犯罪)は増え、ラストに近づいても一向にその数が減らないのだ。物語の方は、冒頭で仲間を次々喪い、組織としての後ろ盾以上に、事件そのものに圧力のかかった状況のなか奮闘する志穂と袴田が中心となる。ここで、井原や小倉といった警察サイドの脇役たちが存在感を見せるあたりも素晴らしい。最終的に、続刊出来ないよう完膚無きに登場人物を追い込み、これまでで最も激しいアクションシーンと、救いがあるようなないような……というラストに至るあたりは、山田正紀らしいといえるだろう。

サイコ殺人を中心としたシリーズ全体に流れる世紀末な印象。そして東京という都市を様々な角度から抉る洞察力の凄さ。(余談だが、各作品で必ず何らかのかたちで交通がテーマになっている点も興味深い。電車、高速道路、航空機、遊覧船、そして本作だと高速バス)。シリーズ全体を通じて、壮大な交響曲を聴き終えたかのような虚脱感(そう、満足感というよりも)を覚えてしまう。紛うことなき傑作シリーズ。この作品こそ、いつでも読めるようになっていて欲しいものである。
しかし、普通のミステリ作家であれば、この作品に使用されているトリックだけで長編が何本書けるのだろう?


04/07/12
浅暮三文「ラストホープ」(創元推理文庫'04)

「東京創元社創立50周年文庫特別書き下ろし作品」……(長い)、ということでグレさんの一般向けでは初の文庫書き下ろしにして、初のクライム・コメディ長編となる。通読した感じでは、文庫書き下ろしということ自体に違和感はないものの、同社のミステリ・フロンティアで刊行されても良かったのではないか――とも少し思ったり。

毛鉤釣り、つまりはフライ・フィッシング専門の釣具店《ラストホープ》を経営する東堂と刈部の二人。彼らは元宝石専門の泥棒だったが、現在は足を洗って堅気の生活をしている。しかし、ある日、刈部が拾ってきて電話兼用で取り付けたFAXに、いきなり一枚のメッセージが届く。病床の父のために多摩川で三十センチ級の山女魚を釣って欲しいというものだった。多摩川は禁漁期間中だが、報酬に惹かれた刈部は依頼を引き受けるよう主張。養鱒場から山女魚を持ち込んで渡せばいいというが、職人気質の東堂は多摩川に赴き、自ら山女魚を釣り上げようとする。見事に成果を上げたのも束の間、東堂は何者かに頭を殴られ、山女魚は全て奪われた。東堂はこの依頼の裏にある何かを探ろうと、刈部と共に拾ったFAXや発信元をあたるが、そもそも《ラストホープ》にFAXがあることを知る人物は限られている。鍵を握るのは、刈部にFAXを渡した村上マツという掃除のお婆さんなのだが、他にタケ、ウメなるお婆さんと三人で暮らしているという彼女のアパートはもぬけの殻。手掛かりが喪われたと思いきや、再び《ラストホープ》に、今度は息子のために山女魚を釣って欲しいというFAXが届いた。果たして、夜間金庫詐欺によって奪われた、時効寸前の一億円を巡る壮絶な争奪戦が本格的にスタートする。

凝ったプロットに小気味の良い展開。浅暮三文のとぼけた味わいがクライム・コメディと絶妙のマッチをみせる
現在進行中の五感シリーズは、テーマそのものにSFというかハードなファンタジー要素が存在する。一方で、浅暮三文初の本格ミステリである『殺しも鯖もMで始まる』は、とぼけた味わいがある不思議な作品であった。加えて、初のクライム・コメディとなった本書をみるにつれ、浅暮氏は「ファンタジックな作品→シリアスな筆致」「現実ベースの作品→コメディタッチのとぼけた筆致」と使い分けているように思える。そのせいか、本書、一応現実がベース(発生する事件がフィクショナルな点はとにかく)となっている分、コメディの要素を多く含んでいるように思われた。もちろん、それが独特の風合いを醸し出しており、どたばたぶりが独自の味わいとなっている。
本書の精神としては、クライム・コメディがあり、ピカレスク(悪漢)小説があるのだろうし、解説の杉江松恋氏が多数の作品を引き合いに出している。それについてコメントする読書量がないので何ともいえないのだが、小生は本書について天藤真の名作『大誘拐』の位相をずらしたというような作品イメージを持った。小悪党三人組とお婆さんという取り合わせはもちろんだが、若い人間が知恵を絞っても、それを上回る年の功が全てをかっさらうという物語展開に近しいものを覚えるのだ。個々のキャラクタ造型はもちろん異なっているし、ところどころに挿入され、再読すると別の味わいが出るという、登場人物の”夢”の描写など、ファンタジー(出身?)作家・浅暮三文ならではの味わいだし、類似している部分より浅暮オリジナルな部分の方がもちろん比率が高いのだが。
物語そのものは、主体がどういう人物なのかを意図的に省き、多くの場面を印象的に描く技巧的な前半よりも、怒濤の展開がめまぐるしく動く後半の方が小生好み。序盤において、読者に対してかなり極端に情報を制限する技巧が用いられているのだが、これにより個々の場面のイマジネーションが制限されてしまい、かえって印象が残りにくくなっているようにも感じられたのは少々気になった。とはいえ、東堂・刈部に加えて、中華料理店主の李、更にお婆さん三人組、そして宝石泥棒の何ともお間抜けな三人組に警察まで加わり、絵に描いたような追いかけっこが始まる終盤なんて、楽しくてしょうがない。最終的な一億円の行方や、なぜ時効前に金を動かす必要があったのか、などさりげない部分に理詰めの意味合いが込められているあたりも見逃せない。表面上のストーリーを楽しんだあと、前半部に戻って伏線を探すという、本格パズラーのような楽しみ方もできる作品である。

最近は作品を発表するごとに「浅暮三文の新境地!」などという感想を持つのだが、本書でもまた新たな側面を見せて頂いたという印象。ファンの強い要望により、遅ればせながら文庫化なった『ダブ(エ)ストン街道』と共に、浅暮作品の入門書としてはなかなか好適なのではないだろうか。


04/07/11
不知火京介「マッチメイク」(講談社'03)

第49回江戸川乱歩賞受賞作品。乱歩賞史上初のプロレス・ミステリということで話題を呼んだ。(使用されているエピソードの多くがミスター高橋氏の著書からの引き写しである点等も含めて……だが)。尚、この回は同時に赤井三尋『翳りゆく夏』(投稿時の題名は『二十年目の恩讐』)が乱歩賞を受賞している。

山田聡は大手プロレス団体に所属する新人レスラー。高校時代は柔道をしており「最強」を目指して入門した。本日のダブルメインイベントの一つ、ダリウス佐々木vsタイガー・ガンジー戦。先輩レスラーの佐々木は、聡に「きょうで俺は引退するんだ」と言い残してリングに向かった。流血、凶器攻撃を伴う激しい試合のさなか、ダリウス佐々木はリングに倒れ、動かなくなってしまう。ダリウス佐々木はそのまま死亡、しかも毒殺の疑いがあるという。聡はその結果に納得がいかなかったが、花形レスラーで高校の先輩である信州は「あれは自殺」だという。ただ、国会議員でもあった佐々木の死後、団体の会計を私的に流用していたこともまた発覚。佐々木はリングで何かを計画していたようなのだが……。聡はプロレスの真実を知らされ、結婚を控えていた団体の「門番」丹下の後釜に座るよう要請される。「最強」を目指す聡はそれを引き受けることにするのだが、今度はその丹下が不審な死を遂げてしまう。

プロレス界の内幕もの。熱血主人公による物語の引っ張りは買うが、ミステリとしてはうーーーん?
プロレスに関しては通り一遍の洗礼しか受けていないもので、その内幕に接するのは初めて。散々引き合いに出されるミスター高橋の著書を一冊も読んでいないこともあって、まずは近年の乱歩賞の特徴である”特殊情報小説”的側面については満足することができた。 なるほど、門番ねえ、凶器攻撃も実はそういうことなのかー、と、作中では新人熱血レスラーである主人公が、その真実に触れて驚くたびに同様の驚きを得ることができた。(反面、ファンの多いエンタテインメントであるだけに、既にこういったことを知る人々にとっては今さら驚きなどないというあたり、情報量のバランスは難しい)。
一方で、そういった初心者プロレスファンにとって辛いのは、数多い登場人物。レスラーの団体という所帯のせいもあろうが、主人公とその同期の本間、花形レスラーの信州、そして門番の丹下以外のほとんどの人物の書き分けが甘く、印象に残りづらい。このあたりは、逆にプロレスファンの読者の方が、既に存在する本書のモデルとなったレスラーを思い浮かべることが出来る分、すんなりと物語に入れるのかもしれない。
ただ、ミステリとしてだけみた時は少々辛いか。 主人公の成長物語として読むのであれば、謎を使って物語を引っ張るという意味で全ては許容できたとは思う。だが乱歩賞である以上、そういったモノサシが使われることは避けられない。特に気になったのは、熱血犯人探しを行っていた朴訥で素直な主人公が、いきなり豹変して陰湿な犯人あぶり出しを行う場面の違和感。また丹下が殺害されたトレーニング機器自体が決して判りやすいものではないため、真相を明かされたときも「ふーん」としか反応のしようがなかった。動機についてはプロレス界特異の要素として納得はしたけれど、この点に本当に説得力があるものなのかどうか自身としてはあまり実感が湧かなかった。また、最初に主人公が疑った人物が、やっぱり犯人でしたというのは安易というか、作者自身が段々と混乱してきているかのような印象を受けた。
とはいえ、全体を一気に読ませる”熱量”の高い作品であることもまた事実。

読み出す前に先に各所で話題が沸騰してしまったため、ちょっと間を空けて手に取ってみた。その話題となった事実はよく理解できた。結局のところ、恐らくは作者が本書の次に書く作品がどうか(どんなものか)によって真価が問われるように思う。暴露的ネタを使わずにどこまで小説を熱くできるものか、次作に期待したい。