MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


04/10/31
鮎川哲也「金貨の首飾りをした女 鮎川哲也名作選9」(角川文庫'78)

この昭和五十年代に鮎川作品は集中的に角川文庫にて刊行されたが、この名作選は「7〜13」まで存在し、発表年代順に短編を収録している。本書はその三冊目で昭和41年から昭和42年にかけて雑誌に発表された作品が集められている。

不倫している妻に対する怒りから、スキー場に出向いた妻を自殺に見せかけて夫の教授は殺害を目論むが……。 『井上教授の殺人計画』
結婚を決めた女性がかつての交際相手から脅されたことから殺意を。苦労してアリバイをこしらえたが……。 『扉を叩く』
遊び相手でしつこくつきまとう女性の殺害を良縁を得た男は決意。彼女の持つ拳銃を使い自殺を偽装するが……。 『非常口』
雑誌の懸賞で受賞した作品が、実は同人誌仲間の盗作だという疑惑が発生。編集部員が九州に向かいその検証を行うが、結果を編集部に伝える前に殺害されてしまう。 『ブロンズの使者』
OL殺害事件の再調査を行う記者。容疑者は女性の愛人の男だったが彼には麻雀をしていたというアリバイが。 『北の女』
「いとこなんてものは他人と同然なんだ」殺人事件が発生し犯人の呟きが聞き取られた。しかし東京で発生した事件の時分、容疑者には関西方面にいたという鉄壁のアリバイが。鬼貫警部が事件の謎に挑む。 『金貨の首飾りをした女』
作家の宝石を預かりながら紛失してしまった編集者。その作家夫妻から執拗な嫌がらせを受けた彼女は一計を案ずる。 『夜を創る』
ロシア人の経営するアパート内部に揃う一風変わった人々。彼らのあいだで殺人事件が発生するが犯人は一向に分からない。 『夜の散歩者』 以上八編。

アリバイにこだわり、アリバイに終わる。良くも悪くもこの時期の短編の特徴である
鮎川哲也が本格派の雄である、という点に異論はない。だが、いわゆる物理的な不可能トリックやプロットを利用した論理トリックを数多く案出したトリック・メイカーであったか、という点については少々疑問がある。やはりその特徴は犯人が構築した綿密なアリバイトリックを、いかにして突き崩すかという点に集約されるように思う。その小道具として色々な材料が使われ、また物理トリックも用いられるが、主眼はアリバイトリックにあるという作品が実に多い。
本書も短編集ながらそういったトリックが数多く占める。もっとも特徴的なのは鬼貫警部の登場する中編『金貨の首飾りをした女』であろう。人違いからはじまり、駅名の錯誤や周到な犯罪計画、入れ替わり等々細かなトリックを積み上げて構築された犯人の計画を、徹底的に鬼貫が探っていき、一枚一枚めくっていくのは鮎川作品の醍醐味の一つである。また、推理作家の原稿とそのメモが重要な役割を占める『ブロンズの使者』も、他の鮎川短編集やアンソロジーでも取り上げられることの多い佳作。推理小説作家という特殊職業と、当時の交通事情情報事情によってこの時期だからこそ成立しうる作品であり、現代作家にはちょっと真似できない内容となっている(時期が違いすぎる)。『夜の散歩者』あたりはユニークな設定と複数の思惑が呼び起こす事件として印象深い。
一方で倒叙作品についてはコメントが難しい。冒頭の『井上教授』あたりは、本格というよりも(手掛かりが読者に与えられない)ブラックユーモアとして読むしかない内容。また『非常口』は犯行がばれた原因が丁寧に読んでも分かりにくい。『夜を創る』にもその傾向がある。総じて、ページ数の短い倒叙作品はどうも(少なくとも私とは)相性が悪いようで、あまり楽しみを見いだすことができないようだ。

とはいっても、全ての作品に鮎川らしい味わいがあり、楽しめた。現在はいろいろなかたちで短編集が入手できるが、その一方で現代感覚における選に漏れた作品を読める機会は相変わらず少ないようだ。良品だけでなく普及品(?)も、改めてファンの方にはチェックして頂きたく思う。


04/10/30
小路幸也「高く遠く空へ歌ううた pulp-town fiction」(講談社'04)

第29回メフィスト賞を受賞した『空を見上げる古い歌を口ずさむ』に続く、pulp-town fictionシリーズの二冊目にあたるファンタジー長編。

小学校二年の時、友人のルーピーと遊んでいた時に起きた事故で片目を喪い義眼を嵌めていることからギーガンと渾名される”ぼく”。ぼくはいわゆる感情を表に出すことができず、そしてなぜか変死体を発見することが多い。小学校六年生になった。伝統ある学校の伝統行事・ビギニングウィークと呼ばれる春合宿に参加する日、あまり人の来ない骸骨池と時計塔のあいだで教会にいる根本さんが死んでいるのを見つけた。これで十人目。二年前に見つけたのは自分の父親だった。今回同室になった中等部三年の柊さん、そして野球チームで一緒にプレイする誠やケイトらと共に、事件にまつわる謎についてみんなで考えることになる。

超一流のファンタジーゆえに読者が選ばれるかも。異空間と空想の繋がりと拡がりを楽しむ物語
前作を読んだ時に「パルプ町の外に物語を出して欲しくない」と書いたが、あっさり物語は空間を飛び出し、そして主人公少年の一人称へと転換された。外国人の住む基地とその周辺にある下町と、彼らともまた隔絶した山の上に高級住宅(?)街があって育ちの良いお坊ちゃんお嬢ちゃんたちのいる町。小さなコミュニティと大きな町特有の断絶とが同居する不思議な空間にて物語が進んでいく。世知辛い現実とは少し離れた、それでいてどこか懐かしいような気がする世界。主人公の目というフィルターを通じて読者が見ているからという理由だけでなく、微妙に揺らぎがあり繊細な法則にて成り立つ世界が実に美しい
合わせて登場人物もどこか浮世離れしている。小学生〜中学生という微妙な年齢層が中心となって物語を動かすのだが、彼らなりの感覚がまず優しく暖かい。また、その周囲を固める大人たちとの隔絶(というとちょっと語感が違うか?)が面白い。世の中の目に見えない仕組みを知りつつ、子どもにやんわりとそれらを伝え、かつ守ろうとする意志。かつての”正しい”大人たちを見上げる、子どもたちの素直な視線が体現されているようでどこか微笑ましく感じられるのだ。
さて、その物語は不思議なもの。舞台や人々までは現実に(それが細い糸だとしても)繋がっているのだが、この世界での法則はちょっと現実離れしている。その結果、特異なファンタジー空間が生まれており、その内部での謎解き、そして冒険は何か半ば夢をみているような気分。中盤まではあまり感じさせないが、実際は前作でも登場したある”ルール”が物語の底流に存在しており、後半部には同じ登場人物が登場するなど、少しずつ謎が明かされていく。ただ――その謎についても、物語で100%すっきりさせてしまおう、説明してしまおうという作者の意志が感じられない、というか、わざとぼやかしてある点がポイントだろう。その結果、読者それぞれの想像力に応じて、異なった物語になっているのがこの作品なのだ。正統派のジャパニーズ・ファンタジー。

理で割り切れる作品のみしか認めないという方には残念ながらオススメできないし、逆に読んで欲しくない。物語に、自分の想像力を働かせる余地のあることを知る大人、そしてこれから数々の物語世界に入るだろう子どもたちに読んで欲しい本。メフィスト賞という出身が現段階では読者を狭めているかもしれないが、幻想文学サイドにももっと評価されるべきだろう。続編希望。


04/10/29
石田衣良「電子の星 池袋ウエストゲートパークIV」(文藝春秋'03)

石田衣良のデビュー作品にして人気シリーズ「IWGPシリーズ」の四冊目の作品集(外伝入れると五冊目)。全て『オール讀物』誌に一度発表された('02年12月号〜'03年7月号)中編がまとめられたもの。

元ギャング・ボーイズで王様ことタカシのボディガードだった”ツイン・タワー”タモツとミノルが開業したのはラーメン屋。そこそこ評判になりつつあるところで、何者かの嫌がらせを受けるようになりマコトはその相手の正体を探ろうとする。 『東口ラーメンライン』
クリスマス色に染まった池袋。東京芸術劇場の裏側に置かれた花束と灯された蝋燭。五十過ぎの半白頭のオヤジが座り込んでいる。五年前、ここで発生した殺人事件の被害者の父親なんだという。マコトはなりゆきから当時の事情を調べることになる。 『ワルツ・フォー・ベビー』
痛んだ果物を譲って欲しいというビルマ人中学生のサヤー。彼は事情ある家族を支えるためにデートクラブで働いていた。マコトは彼と彼の家族の自由のために、一肌脱ぐことを決意。その悪徳デリヘルを嵌めることを検討する。『黒いフードの夜』
山形県に住んでいる引きこもり、テル。彼の友人・キイチが専門学校のために上京後、行方を絶ってしまったことを気に病み、マコトに相談するために上京してくる。東京の壁に沈んだキイチは何か危険なアルバイトで300万円を稼ぎ出したらしい。そのアルバイトは人体損壊ショーに出演することだった。 『電子の星』 以上四編。

現代風俗と若者たちとのヤバイ関係。スピード感覚と素朴な正義感との絶妙マッチングが健在
おおかたの評判通り、やはり前三作に比べると若干ではあるがマコトやGボーイズのパワーがトーンダウンしているように感じられる。というか、そういわれているのも何というか理解できる。強いていえば、大きな意味でのパターンが似てきてしまっているせいか。 とはいえ、これまでのシリーズ作品通り、現代風俗を巧みに取り入れ、風俗街・繁華街ならではの最新の光と闇を作品内にどん欲に取り込む姿勢は、他の作家にはなかなかマネできないものがある。街のラーメン屋をこれだけかっこいい職業に描ける作家はそういない。
そのパワーがトーンダウン、というのも不思議な話で、今回登場しているエピソードはどれも揃ってかなりヤバ目の雰囲気漂うイベントや、時代の最先端の歪みが漂うようなネタから成立している。『東口ラーメンライン』は、どちらかといえばインターネットの匿名掲示板における悪口が根本発想にありそうだし、『ワルツ・フォー・ベイビー』は、元より結束が固いといわれるギャング内部での秘密、そしてそれを外部の人間が危険を承知で探り出そうとする点がポイントである。『黒いフードの夜』は、現実に日本で生きていくことには金がいることを悲しい程に感じさせてくれるビルマ人の少年娼婦の話であるし、『電子の星』に至っては人体損壊をテーマにしたDVDを巡る悲劇がメインエピソードである。どれもこれも、良くも悪くも刺激に満ちているし、語弊があるながら風俗的な部分の覗き見趣味みたいな興味を引く。
――ただ、この物語それぞれからは、この不幸な時代に甘ったれず、そして泣きわめかずに淡淡と現実に向かい合う若者たち(人間たち、か)の姿が浮かび上がる。どの作品もその「現実」だからこそ発する苦さに満ちている。
そんなにすごい内容でありながら、繰り返し聞かされるトーンダウンの理由、実は何となく分かっている。

今回の話が全てマコト以外の事件だから、である。
『電子の星』のエピソードのなかでは、マコトは恋をしない。マコトに心底惚れ込む女性もいない。確かに「電子の星」では危険な役回りを引き受けてはいる。だが、あくまでこの事件も負け犬男が主人公であり、マコトが自ら望んで駒となることを引き受けたに過ぎないのだ。だから――。IWGPのファンは、マコトがハッピーになるエピソードを求め、そこにパワーを感じているのではないだろうか?

とにもかくにも、各エピソードそれぞれの吸引力は相変わらず。尖って冷たくて、それでいて最高にホット。 読み始めれば一気。ごちそうさまでした。


04/10/28
吉村達也「花咲村の惨劇」(徳間文庫'95)

吉村氏の代表的名探偵の一人、朝比奈耕作ものの初期作品。この『花咲村の惨劇』を筆頭に『鳥啼村の惨劇』『風吹村の惨劇』『月影村の惨劇』『最後の惨劇』と「惨劇の村五部作」として、トクマノベルズにて'92年刊行されているものが元版。

都内で裕福な暮らしをする若い女性がマンションの屋上から墜死した。自殺する要素はなく、後ろ向きに落ちたというその状態から他殺が疑われたものの、複数の目撃者によれば殺人者の姿は誰も目にしていないのだという――。
朝比奈耕作は、十年前に自宅で首を吊って死んだ父親の朝比奈耕之介の夢を最近見るようになっていた。しかもその夢に出てきた父親が現実を予言するという奇妙な現象に悩まされ、父親の親友でもあった犯罪心理学者・尾車教授のもとを訪ねた。夢で耕之介は耕作に自分の書き残した文書の在処を示し、確かにその文書は存在した。「四つの村から神が来る/花咲、鳥啼、風吹、月影/「四神」たちの祟りなり/我、秘密を知り過ぎたり」。そして、その文書に示された村の一つ、花咲村から少年の名前で、名探偵・朝比奈耕作に助けを求める手紙が届いた。鳥取県の奥地にあるその村は、郷土史家であった父親が全国を回った際に訪れていた村の一つ。時を前後してその村で殺人事件が発生、現地に赴いた耕作は惨劇に巻き込まれると同時に、父親の残した数々の謎に直面する――。

早書き特有の独特の軽さはあるものの、構想トリックともにしっかりした本格ミステリとしての側面も
「惨劇の村」五部作……といえば、その内容以上に話題になった事柄がある。全て長編作品であり、かつ一冊一冊にトリックが含まれ、さらに全体を通じての連作集としての謎までが存在するにも関わらず、このシリーズは毎月刊行されたのだ。しかも、既に書き終えていた作品を順繰りに一冊一冊出していったのではなく、全てをリアルタイムで書き下ろしていったという偉業。また、この作品にかかりきりということもなく、並行して他の作品の執筆もしていたという事実がある。この結果、業界の人々は吉村達也に恐怖する。
「早書きの達ちゃん」――よく分からない異名を賜りつつ、この90年代の半ば、吉村達也は複数のシリーズ探偵を使い分け、次から次へと作品を上梓していったのだ。その全てが傑作とまではさすがにいえないが、それぞれの水準はミステリ・エンターテインメントとして決して低いレベルになく、かつトリックやアイデアが惜しげもなく詰め込まれていた。 時に『時の森殺人事件』のように尻窄みになるシリーズも散見されたものの、中断期まで吉村達也は突っ走る。
だがしかし、確か『猫魔温泉殺人事件』が刊行された直後、吉村達也は筆を折ったかのように寡作となってしまい、ファンを心配させる。一部の雑誌連載はあったように思うのだが、毎月のように書店で見かけた新刊が、まったく見えなくなってしまう。あると思えば文庫化ばかり。……振り返ってみれば、その時期に吉村氏は自身の執筆スタイルの変更を検討したり、その他様々な余技というか「技」を身につけていたりしていた訳なのだが、当然そんなことは読者からは見えない。(いくらでも続けられるな、この話。ここいらで止めとこ)。

さて、シリーズ第一弾の『花咲村の惨劇』である。再読どころかたぶん四読くらいになるので、トリックも登場人物もほとんど覚えているなか、それでも改めていろいろ気づくことがあった。特にポイントになるのは、プロローグの場面。ここでは誰も殺人者がいない状態なのに、マンションの屋上から後ろ向きに墜落してしまう女性の目撃譚が並ぶ。この導入がうまい。 徹底して犯人不在の状況をこれだけ強調し不安感をかき立てるのに、それでいて真相の最も重要なポイントについては実に記述がフェアなのである。この点には改めて驚いた。ただ、それ以外の殺人については、どちらかといえばワン・アイデアである印象で設定のおどろおどろしさが活かされていないのは少し残念。

名探偵・朝比奈耕作自身の謎を孕んだ五部作の導入としてはまずまずも、そのトータルの謎が実際のところ少々妙なもの。なので、登場人物の配置等には作為的な部分も(例えば志垣・和久井の絡み方とか)あるものの、そこは許容せねばなるまい。

本書から読み出しても別に構わないが、初心者にとって吉村達也山脈踏破(私の場合は、一旦踏破した後、山の方が大きくなって山道をうろうろしているわけだが)のスタートに相応しい作品についてはいつかまた取り上げる予定。


04/10/27
乾くるみ「リピート」(文藝春秋'04)

「本格ミステリを探せ!」というシリーズで良いのだろうか。文藝春秋でもう一つ進められている「本格ミステリ・マスターズ」とは別に「マスターズ」クラスに至らない若手のミステリ作家が最近ソフトカバーで同社より書き下ろし刊行されているのが目立つ。恐らく同シリーズと思われるのが黒田研二氏の『幻影のペルセポネ』。

九月一日、日曜日の午後。モテ系の大学生四年生・毛利圭介のもとに一本の電話が掛かってきた。男は名を名乗らず「今から一時間後に地震が発生する」と予告、果たしてその時間通りに地震が、しかも男の言っていた震源地も震度もそのままに発生した。再び掛けられてきた電話で男は「風間」と名乗り、過去に記憶を今のまま戻す”リピート”なる現象が存在することを告げる。しかも、毛利に対し、そのゲストとしてリピートに参加しないかと持ちかけてきた。半信半疑のまま、男のいう通りにゲストの集まる中華料理店に出向いた毛利は、ほかにも風間によって声を掛けられた九名の人間と出会う。それぞれがリピートに対して懐疑的でありながら、結局十ヶ月過去に遡るという事象と風間の予言を信じざるを得なくなり、彼らはある方法によって最終的に過去に飛び立つことになった。そして、人生のやり直しを目指したはずの彼らは、一人、また一人と事故で或いは自殺で、そして何者かに殺されていく。彼ら同士のネットワークによって発見された殺人鬼とはいったい誰なのか?

本格ロジックを駆使した結果としてのSF設定の妙技。そして読む者を引き込み離さない演出力
イニシエーション・ラブ』で本格ファンのあいだでは一段階評価を上げた感のある乾くるみ氏の今年二冊目となる書き下ろし長編。一部では「乾くるみの現段階での最高傑作」とも囁かれており、小生個人としては(モノサシはいろいろある筈なので)そこまで断定する気はないが、その評価自体は頷ける。
記憶を保持したまま、十ヶ月前に戻り、そこから人生のやり直しが出来る――。というのは、本作でも触れられている作品を中心に、他にも似たような設定はあるだろう。だが、そのやり直しをした人間が次々と不可解な死を遂げていくというコンセプトが素晴らしい。殺人事件=ミステリと単純化するつもりはないながら、単なるSFからしっかりと本格ミステリへと物語が移行してゆく。ただ、そこに作者の罠が何重にも仕掛けられている。
まず、上手いのは「連続殺人鬼」は誰か? というかたちへの誘導。他に誰も知らない筈のリピーターが次々と殺害され、作中では「ミッシングリンクの逆パターン」という言い方がなされている。ここから当然、リピーター間のクローズドサークルが印象づけられ、実際に犯人探しが行われる。――しかし、これが罠。罠だけに、作品中で謎解きが進められ、可能性が否定されれば否定されるほどに「?」の数が増えていく勘定となる。その結果、少々緩めであった序盤の展開が、急に加速度をつけて後半部に突入していくことになり、真相に対する好奇心は高まる一方となるのだ。これはまず途中で読むのを止められません。
最終的なクライマックスに至る直前に、この真相は明かされるのだが、その段階で大いなる衝撃に打ちのめされる。ロジックのスケールの大きさが、当初から読者の創造範囲を遙かに上回ったところにあることに気付かされるから。ある意味、これは人間世界に神の視点を持つ人物を存在させるという本格ミステリにおけるウルトラC(古い)を、SF設定を借りたとはいえ、全くこれまでになかったかたちで実現させている作品なのだ。物語を読みながら作者の企みを探るのも良いが、素直に読んで作者の構想に驚く方が、実は衝撃が大きいようにも思える。

主人公がモテ系で、人間関係その他の感覚が結構ワルモノである点はこれまでの乾作品のイメージからは少し離れており、少々居心地の悪さが当初はある。だが、そういったところにしても実は物語上の必然。その結果、全体としてダークな人々が跳梁跋扈する物語が浮き上がらずに、終盤の騙し騙されといった展開にすんなりと入っていけるようになっている。とはいえ、そのダークなイメージが終盤まで続き、これ以上ない皮肉なラストにて幕を閉じるあたり、そのトリックだけでなく物語としての余韻をもまた強烈なものにしている。

刊行のタイミングも良い。『イニシエーション・ラブ』にて乾くるみ作品に入ったという人にとっての二冊目が本書であれば、きっと熱心な乾くるみ崇拝者となるに違いない。とにかく、サプライズという点を重視しつつも、世界構成のロジックによる裏付けのあるというこの展開、本格ミステリファンだけでなく、SFやその他読者にとっても興味深いものになるに違いない。


04/10/26
斎藤 栄「愛と血の港」(集英社文庫'79)

'68年に三一書房より初刊された際のタイトルは『愛と血の炎』で'73年に毎日新聞社版が刊行された際に改題されて今に至っている。'65年、斎藤氏にとって二回目の乱歩賞に応募した作品で最終候補に残った作品。(斎藤氏はその翌年の'66年に念願の乱歩賞受賞を果たす)。

横浜市港湾局の係長級職員・兵藤赫(ひょうどう・あきら)は、横浜三田港にてたまたま乗り合わせた水中翼船にて災難に遭う。運輸省の有明補佐官と共にちょっとした事故で海中に落ちたのだが、泳げない彼を尻目に港湾局の神津係長、そして不動産会社役員の二見は彼に見向きもせず有明を助けようとしたのだ。幸い別の乗務員によって救助された兵藤だったが、彼らのその後の態度も含めて怒りが収まらず、港湾局を退職して彼らに対して復讐をしようと誓う。とはいっても殺害するような大それたことは考えておらず、彼らを不快な目に遭わせてやるという気持ちであった。そんな兵藤の様子を妻のゆき子は本気になって心配、何とか思いとどまらせようとする。兵藤は二見を脅迫、夜の港に一人呼び出し、怯える姿を観察しようとしたところ、二見の上に掛けられていた移動式の先客乗降用設備が突如降下し、二見は下敷きになって死亡してしまう。何者かが二見を殺害した? 兵藤は怯えながらも続いて有明を標的としようとするが、今度もまた兵藤の監視の目をくぐり抜け、その妻がまた何者かに殺害されてしまった……。

確かに当時の乱歩賞に微妙に届かないことも頷ける……が、愛と事件を絡めた意欲作というのも間違いない
自分を見殺しにしようとした小役人とその取り巻きたちに対して「嫌な思いをさせてやる」と思いこんだ男。ただ、彼の復讐心がまず読者の共感を得られそうにない点が辛い。彼を無視しただけであり、悪意は働いていないと思うし。その後、第一の標的に選んだ男を、彼は港の人気のない一角に呼びだし、苛苛する様を見物するだけのつもりだった。だが、何の因果か突如落ちてきたギャングウェイ(船客乗降用設備、ボーディングブリッジともいう)の下敷きになって、相手が死んでしまった。その後も、男が復讐しようとして相手を脅すと次々とその人物が先回りして殺害され、いったい何が起きているの? というのがこの作品。(なんかあらすじを繰りかえしているようだが、それはそれ)。謎のポイントは「復讐の先回り」である。こう言い切ると、愛し合っている夫婦関係を加えれば、一つ仮説として”犯人像”が浮かぶが、さすがにその点は一ひねりしてある。ただ、偶然による犯人の発覚、独白による動機の告白というあたり、犯人像が無理矢理に物語に嵌め込まれた印象がラストにあり、個人的な評価はそれほど高くできない。
とはいえ、乱歩賞応募作としてはかなり狙いが絞られており、受賞も有り得たのではないかという印象も少なからずある。というのは、あまりミステリの舞台になりにくい港湾をメインテーマに据え、またそのなかで行われる不正を描くなど社会派的な意図も感じられる。それらの専門分野が多く語られる本書は、当時よりもむしろ近年の乱歩賞受賞作の傾向を敷衍した作品足り得たかもしれない。その港湾の描写に関しては、それこそ当時、横浜市職員であった斎藤氏のホームグラウンドであり、丁寧さリアルさは実に優れている。(まあ、描写が確かなのは最低ラインであることはもちろんだが)。
物語としては、主人公とその妻のべたべたの愛情確認シーンがちょっと鼻についたのだが、実はそれが真相に向けての大きな伏線ともなっていたというのは意外。(真相そのものの意外性は、上記した通り計画の無謀性にあるゆえの意外である点は残念)。またトリックについてもちょっと前例の無さにこだわったのか、無理が目立つ。特に、主人公が監視していた筈のアパートで人が殺されていた事件の真相など 自転車で裏道を通って主人公の車より早く戻ってきた という一点のみなのには唖然。ただ、その事件において日常の些事の観察(どうして卵焼きの途中でガスが消されていながらガス台からフライパンが下ろされていなかったのか)から、その事件の真相を導き出す細やかさは評価したい。

社会派的視点に時代が入り込んで現在に通じない今となっては、ちょっと立ち位置の微妙な作品。変化球ともいえるかもしれないが、とりあえず斎藤ファンの方だけ読んでおけば良いという印象。


04/10/25
貫井徳郎「死の抱擁 第一部」(別冊宝島'04)

別冊宝島で最近多く刊行されている「特定作家特集ムック」。その貫井徳郎版として発売されたのが『貫井徳郎症候群』である。内容において目玉となるのが幻の未発表長編である本作、つまり『死の抱擁 第一部』である。(小生もこの本にちょっとばかり携わっていたので、この評自体宣伝といえば宣伝めいている。このあたり気にされる方もおられるかもしれないが、御容赦頂きたく)。

印刷会社の子会社に勤務する滝沢は、母親と自分を置いて去った父親に対する反動から、何事においても目立たないことを身上にこれまで生きてきた。最近、同じ職場に勤務する鈴子と恋愛関係となり、早急かとは思いながらも滝沢は鈴子にプロポーズをする。無趣味な滝沢とは対照的に様々なことに興味を持つ鈴子は、自分自身がまだ何かを成し遂げることができるのではないかという思いからその回答を保留する。生真面目な滝沢の心配をよそに、職場にいるアルバイトの繁田という人物の仲介で、鈴子は商品販売組織《エクセレント・リバティー》への参加を決めてしまう。繁田に対し、悪感情を抱いた滝沢は何とか鈴子をその組織のおかしさに気付かせようとするが、頑なになった彼女は聴く耳を持たない。商品説明会場へと同行した滝沢の態度に鈴子は憤慨し、彼らの関係に徐々に隙間風が吹き始めた。その状態に苛立つ滝沢は、繁田の住所を調べて彼と対決しようとするがあっさりとかわされてしまう。一方、滝沢には職場の自分宛になぜか「墓地」の広告が封入されただけの封筒が何度も送られてきていた。誰かが滝沢に対して悪意を抱いているようだが、その心当たりが全くない。果たしてその送り主は誰なのか――?

惜しい! 勿体ない! 最後まで読みたい! 時代を先取りした内容にして複数の貫井作品の原点的作品
この作品はもともと三部作構想があったというもので、発表された本作品はその第一部にあたる。どうも”復讐”がテーマだったという。発表された部分では恐らくその第一の復讐、そして最後半のエピソードについてはこの後に捜査を担当するであろう人物が描かれている。ただ、未完ゆえにこのあたりも想像でしかないのだが。
執筆されたのは今から約十年前。その意味では貫井氏のキャリアのなかでも初期にあたる時期であり、舞台となっている時代はそれよりも更に遡って昔である。にもかかわらず、読んでいての違和感は存在しないし、その初期の貫井作品に共通する特徴である硬めの文体も、ハードな物語性と合致していて雰囲気を出している。また、扱われている時事テーマにしても古びていない――むしろ新しいともいえるものであり、作者が社会派を実際に意識していたかどうかは別にして、強く読者にそれらに関する訴えを感じさせてくれる。さりげなくこのような大人のテーマを織り込むことによって貫井徳郎の読者はすそ野を広げているといえるのだ。
また登場人物の人物造形も見事。特に主人公と、求婚相手の鈴子が際立っている。凡庸を望む主人公、何か自分の生きてきた痕跡を残したいという好奇心旺盛の鈴子。物語における彼らの関係性のみならず、その生き方の変化には目を見張るものがある。ただ、主人公が父親への反発から平凡な自分を演出するというストイックさなど、後の作品に似たモチーフがあったりもする。こういった”頑な”ともいえる意志の強さを持つ人物が登場するのもまた貫井ミステリの特徴だろう。そういった意味では『死の抱擁』は未完といえど、初期の貫井ミステリが持つ、いくつもの特徴を内包した作品だといえるのだ。
意外性という意味では未完だけに単純に評価できない。とはいえ、発表されているこの部分だけであっても、起承転結が確かに存在しており、一つの物語として読むことは十分可能。(解決編に至らなかったことによって)ちょっと割り切れない謎が残るところも逆に面白く思われる。この点については読者の想像力によっていくつもの「今後の展開」を考えることができる点を前向きに捉えていくのも一興だろう。内容的に魅力があり、このまま続きが書かれることがないというのが実に残念。だが、物語に(小さな)逆転もあることだし、犯罪へと至る過程の生々しさなど”広義のミステリー”として正々堂々と(?)発表されるだけの資格があるだろう。

ムック形式なので別冊宝島自体、比較的長期間にわたって入手できるものとは思うが、恐らくこの長編については、この後一旦品切れになってしまうともう再収録されるということは考えにくい。従って将来の貫井ファンにとって、本書は作品収集のキキメになる恐れがある。本編となる未発表長編のほか、対談や評論も本来の「別冊宝島」らしく各種収録されているため、やはりファンだったら必ず押さえておくべきムックである点、断言できよう。


04/10/24
朱川湊人「白い部屋で月の歌を」(角川ホラー文庫'03)

本書の表題作品によって朱川氏は第10回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞しているが、前年の'02年に「フクロウ男」にて第41回オール讀物推理小説新人賞を受賞、処女作品集の『都市伝説セピア』が第130回直木賞候補にも選ばれ話題となった。

この世に成仏できないまま地場に取り残された霊の序霊を商売にしている先生と共に働くジュン。彼は今の仕事になってから体力が落ちてしまい、自分で歩くことができない。彼は心のなかに「白い部屋」を持っており、そこに不安定な状態となった霊を一旦閉じ込める。そこに入り込んだ人間を先生がペンチで引っぱがして処理するのだ。しかし、彼の心にも霊の一部が流れ込んできて夜な夜な悪夢にジュンは悩まされる。それを先生は優しく慰めてくれるのだ。そんな生活を送っていたある日、『白い部屋』のなかでゆっくり寛ぐ彼女が入ってきて、それからジュンは悩みを持つようになる。 『白い部屋で月の歌を』
不倫を咎められ電器メーカーの地方営業所に飛ばされた雅彦。妻の晶子と二人、小さな町に引っ越してきたが、そこの住人たちは異常なまでに彼らに親切にしてくれる。ちょっと不審を感じつつ、新しい生活を開始した雅彦は、朝のジョギングの最中、町にある広場に立つ鉄柱から老婆が自殺してぶら下がっているのに出くわしてしまう。しかし、その後処理に訪れた人々の様子がどこかおかしい。 『鉄柱(クロガネノミハシラ)』 以上二中編。

ホラー小説特有の残酷さというキーワードを、リリカルにしてファンタスティックな世界形成に取り入れてしまう――
『都市伝説セピア』でも感じたが、小説として実に上手い作品をものにする方である。物語全体に大きな謎を仕込んでおきながら、その焦点(真相)を巧みにラストぎりぎりまでぼやかす。その一方では、その世界全体の視座からみれば個片ともいえる中心人物のエピソードで物語を押し進め、それをぐいぐい読ませてしまう。そして、その物語の方が実に繊細にして細やかに、丁寧に描かれている。こういった”ちょっといい話”を主人公中心に展開させつつ、ラストに読者の視線から隠した”世界の秘密”によって反転させる。 ミステリの手法にも似たこのテクニックによって驚きと、ちょっとした悪意を作品にもたらし、一応ホラー小説に分類される作品としている感がある。
ただ朱川作品の場合、その後から訪れるホラーとしての要素は、決して恐怖だけを喚起するために持ち込まれるものではないのだ。確かに理不尽な存在が登場はする。登場はするが、必ずしも恐怖を訴えるものという印象は少ない。どちらかといえば、その結果、主人公周辺の情景が見え方を変え、独特の叙情へと転ずる点が何とも独特の余韻を醸す
表題作の『白い部屋で月の歌を』。序霊屋の女性と、その助手を務める弟、そして主人公の三人の関係性が凄い。順調に仕事をこなす前半部と、真相が明らかにされた後半とでがらりとその見え方が変わる。作者が意図的にミスリーディングを読者に対して仕掛けていた点が、その感じるものを強化する。『鉄柱』にしても、ある程度、町の秘密が明かされてくるにつれ、その行き着く先は見えてくる。ただ、それよりもそんな存在に対する周囲の人々の反応が、当初の想像から反転していることに気付いた時にその衝撃は深くなる。単なる狂信者ではないというのが微妙なバランスで作品を支えているといえるだろう。

稀代のストーリーテラーにして、ミステリサイド、ホラー小説サイド、どちらに対しても一つの作品でエンターテインメントを提供できる希有な作家である。 文章も読みやすく平易、それでいて物語から発する叙情が強烈。今後、確実に小説家として期待できる作家だと感じた。特に本作は、ホラー小説愛好家以外の方にも手にとってもらいたいと思う。


04/10/23
森福 都「上海牡丹花異聞」(文藝春秋'97)

双子幻綺行』が『本格ミステリ・クロニクル300』にも取り上げられている森福さんは中国時代小説の書き手で、本書収録の『上海牡丹花異聞』で'96年に第3回松本清張賞を獲得、更に同年に薔薇の妙薬』にて第2回講談社ホワイトハート大賞優秀賞を受賞してデビューしている。本書は受賞作のほか『オール讀物』誌に発表された『累卵』『虞良仁膏奇譚』と書き下ろし三作を加えた短編集。

長安に住む親孝行な少年・黄良は足萎えで我が儘な母親を園芸の下働きで養っている。母親の「桃が食べたい」という要求のために彼は師匠に許され工夫した一輪の牡丹鉢を抱え、黄昏時の市場にて売ろうとしていた。 『長安牡丹花異聞』
家族を盗賊に殺された玉瑛を伴い、洛陽の都へと上る地方官・蘇無名。彼には数々の事件を解決した実績が知られていた。皇帝陛下の宝が盗まれた李粛に泣きつかれた無名は捜査を手伝うことになる。一方、都では『累卵』なる催し物が行われようとしていた。 『累卵』
広州の郷試の責任者・李慶忠の伴をしていた范修は、試験場内部で行われている不正を暴くため、受験生を装って厳重な警戒がされているなかに潜り込む。特に今回は、有力商人の陳家から合格する人物に疑いがかけられていた。 『チーティング』
「緑耳」という名の巨大な駱駝。宮殿に献上されていた私(駱駝)は、争乱に乗じて城を脱出。故郷のある方向にのんびりと歩いてゆこうとしたが、落ち延びた人々に頼りにされるようになってしまう。 『殿』
王の正夫人が重い皮膚の病にかかった。その部下の荀育は自ら申し出てどんな皮膚病に効くともいう「虞良仁膏」を求めることになる。苦労してその薬を作る名医のもとに急いだ荀育だったが、その人物は既に亡く、まだ若い息子が跡継ぎをしていた。 『虞良仁膏奇譚』
統一されて間もない高地の国を訪れた唐王の遠縁にあたる李徳秀は、その首領・ラムポ王と親しくなり王の身内との政略結婚を勧める。しかし、結果的にその相手となったのは李徳秀が目に入れても痛くない程可愛がっていた従姉妹・金鈴であった。 『梨花雪』 以上六編。

中華の華やかな世界と活き活きとした時代――そして、その時代を大きく活かしミステリ系物語群
中国の歴史を題材にした日本人作家による小説は昔から大好きで、古くは吉川英治、陳舜臣(厳密には日本人とはいえないか)から宮城谷昌光までかなり読み込んできた。ミステリにしても『妖異金瓶梅』とか『紅楼夢の殺人』とかはオールタイムベストクラスに挙げたい作品である程好みである。ただ、この方面、特にミステリと絡めた作品は、出し手が少ない点がやっぱり寂しかった。そんななか、今更――とも思われる方もいるだろうが、私にとってこの二冊目の森福さんとの出会いは実に嬉しい。全編がミステリとして際立っているわけではないながら、トータルとして実に好みである。
中国の歴史ものらしい重厚さ、そしてその裏側にある市井の人々の営みを実にいきいきと、しかも軽めの筆致で物語として描き出しているから。あまり重くなりすぎず、さりとて軽くもなりすぎずという物語のバランスが絶妙。そして、その中国の歴史が事件の背景にきっちり活かされているという点も評価したいポイントである。全く自分の人生と重ならない領域なのに、どこか親近感が湧くのは人間の営みという原点に立ち返ってしっかりと物語が足を地平につけているせいか。
ミステリとして読んでも、物理的な本格ミステリとは少々趣が異なるものの意外性が強く、面白い作品がある。例えば、利害と栄光の絡む科挙を背景とした『チーティング』の裏側にある重いテーマとそれに囚われた人々と主人公の軽さの対比が鮮やか。その主人公の軽さの理由あたりもこれまた中国らしく心憎い。ミステリとして、このあたりに序盤に気づいておけば……と後から十二分に悔しい思い(これは誉め言葉)をさせてもらった。また『累卵』も、タマゴを重ねて芸術作品を作るというあたりのおおらかさが良いし、それと事件、そして解決に結びつけてしまうあたりのミステリセンスは上々。それでいて、人間の恨みつらみや悲しさもしっかりと描いている。中国版山田風太郎のような味わいが楽しい『虞良仁膏奇譚』も楽しませてもらった。

松本清張賞作家といえば、現代エンターテインメントでは横山秀夫という超大物がいるので他作家がなかなか目立たないが、オトナの鑑賞に堪えうるだけの実力派が揃っていることを改めて感じさせられた。どうしよう、また課題作家が増えちゃった。


04/10/22
岸田るり子「密室の鎮魂歌(レクイエム)」(東京創元社'04)

第14回鮎川哲也賞の受賞作品。応募時の題名は『屍の足りない密室』(こちらの方が魅力的な題名のように思うのは私だけだろうか?) 今年度の鮎川賞は史上初の同時二作受賞となっており、もう一作は神津慶次朗『鬼に捧げる夜想曲』である。

美大出身で東京のデザイン会社に就職、しかりリストラで京都に戻ってきた若泉麻美は三十七歳。美大の友人・新城麗子が開催する個展に高校時代からの友人・由加と訪れていた。由加は麗子のある絵を見て卒倒してしまう。彼女はその絵『汝、レクイエムを聴け』に描かれている旗に描かれた奇妙な図柄が、五年前に失踪した彼女の夫の身体にあった入れ墨と同じ図柄なのだといいだす。確かに、五年前に彼女の夫・篠原鷹夫は京都にある別邸から失踪したのだが、青酸カリ入りワインの残されていたその家は密室状態となっていたのだ。それから五年、鷹夫の行方は杳として知れないのだった。一方、新城麗子には過食症で言葉の鋭い娘・雪乃と、誰にも口を開かない美少年・真之介という二人の子どもがいた。真之介は、これも美大時代からの友人でイタリア料理店を経営する一条と不思議と馬が合い、時々遊びに出掛けているのだという。麻美は由加からの強い依頼もあって、その図柄の謎を解くべく改めて新城麗子とコンタクトするが……。

オトナの女性が描くしっとりとした世界と、密室との美しいコントラスト
美大出身でそれぞれの人生を積んできた三人の男女。そして高校時代の親友たちでそれぞれ愛情を重ねてきたという四人。彼らの関係性によって醸し出されるちょっと小粋でスリリングな人間関係。適度に配置された登場人物の立ち位置や個性がそれぞれ出ており物語としてのバランスが取れている印象。そして、その個々の人間の匂いというか存在感が、オトナの女性が作者なんだな……ということを強く感じさせるものとなっている。作者の感性が透けてみえるというか、全体的に女性化されているというか。センスも良くお洒落で優しいのだけれど、どこか女性登場人物の生々しさに比べると、男性の方のリアリティが劣っているようにみえる。ただ、この結果、物語全体の雰囲気としては統一されているように思えたので悪いことではないと思う。
物語の読ませ方としては抜群で、ある意味、鮎川哲也賞の歴々の受賞作品のなかでは異色ともいえそう。失踪した夫の膚に彫り込まれていた入れ墨と、展覧会の絵にある絵柄が同じだという序盤、そして展開。真相に至る狂気も見事に連なっており、それを読んでいるあいだ悟らせない展開が巧み。さらに、ここにしっかりと幾つかの密室を作り込んでいる点が鮎川賞を感じさせて面白い。密室そのものが凄いというよりも、密室をキーとした物語の構成ロジックに見どころがあり、十二分に本格ミステリとして通用するものだと思われる。そういったミステリとしての小道具に使われるさまざまなポイントが美大系でかつ女性らしさに満ちているあたりも全体の雰囲気をそこだけ武骨にさせない配慮を感じた。

ちょっとだけ気になるのはデビューを果たした作者が果たしてこういった本格ミステリ作品を描き続けるものなのかどうかという点。女性向け一般小説を描かせても、物語性を作ることが出来ることは明白。今後、どのような方向性を持つものか注目してゆきたい作家である。


04/10/21
黒田研二「霧の迷宮から君を救い出すために」(実業之日本社JOY NOVELS'04)

'04年も『白昼蟲 〈ハーフリース保育園〉推理日誌』、『永遠の館の殺人』(共著)、『幻影のペルセポネ』そして本書と、数年前より引き続き黒田研二氏は旺盛な執筆意欲をみせ、その勢いは留まるところを知らない感がある。これだけ”資産”もあることだし、どこかで文庫化して頂くわけには参らないのでしょうか? (とここで述べても始まらないのか……?)

防犯グッズやシステムを販売する〈セーフティーライフ〉社で営業の仕事をしている”僕”こと杉村亮治。僕は夜に顧客の呼び出しがあり、着慣れないスーツを着て夜道を制限速度オーバーで走行していたところ、飛び出してきた女性を避けようとして事故を起こしてしまう。自らは怪我を負ったものの相手に怪我のないことを確認し、そのまま顧客に直行した。とはいえほとんど仕事にならないまま、会社に戻る際、従姉妹のタマちゃんこと珠美から電話が入る。彼女は既に子どももいる人妻だが、僕は昔から彼女が好きだった。最近、タマちゃんの旦那から注意を受け、その気持ちを逸らそうとしている。会社に戻ると営業の先輩の米里由希から連絡が入る。彼女は何かに怯えており、現在は会社が作った〈安心シェルター〉という施設に籠もっているのだという。僕は先輩の頼み通り、食料を買い込んでシェルターに向かう。しかし、シェルター内部に先輩は見えず、そして僕も何者かに襲われ、近くの崖から突き落とされてしまう。――数日の後、大怪我ながらも一命を取り留め、病院で目を覚ました僕は、視覚異常を発症していた。動くものが白い霧のように見え、六秒ごとに視界がコマ送りのように再生されるのだ。事故した際の女性・志保、そしてタマちゃんの助けを借りて退院した僕は、不自由な身体ながら事件の謎を探ろうとした……。

新たな試みによって縛られた特異な設定のなかで、本格ミステリ特有の論理の筋道が光る
黒田研二氏の初のハードカバー作品となった、原書房より刊行された『今日を忘れた明日の僕へ』という作品がある。同書では「一日分しか記憶を蓄積できない男」が登場する趣向が用いられていたが、本書もまた傾向が近い。今回は「六秒間ごとにしか現実認識が出来ず、動くものが見えない」という人物が主人公となる。登場する当初から主人公の状態はそうなっており、物語構成としては彼がなぜそうなったのか? という説明と彼自身が巻き込まれた殺人事件(未解決)とが過去に遡ってまとめて説明されるというかたちになっている。
以前に講演会で作者本人に伺った話によれば、これに近い病状は存在するらしいものの、本書に登場する症状自体は全く黒田氏のオリジナルだという。そういう視点からシンプルに本書を見直すと「特殊な状況設定下の論理(ロジック)中心の本格ミステリ」ということになる。例えば西澤保彦氏の諸作にも似た、ある一定のルールの下における本格ミステリ。従って、この物語世界では読者は二重の作者の罠と戦うことになる。つまりは、通常の本格ミステリとしての論理の解明、そしてこの黒田作品における”世界”の持つ論理の解明と。
そして、この作品にはもう一つ、サスペンスの要素が加わる。どう考えても不自由な身体で主人公は、犯人たちに戦いを挑むのだ。このあたりにもその”特殊な設定”が活かされており、ハードな状況と奇想天外な戦いを併せて演出するあたり周到。いくつもの物語が並行して流れているなかで、さまざまな行動、事物、背景、登場人物感情に至るまでに伏線が仕込まれている。過去の事件、人間関係、周辺で発生している事柄……といった物語で語られてきたあれやこれらが最終的にするすると繋がり、思わぬところに「答え」が落とされており、驚かされる。これぞ黒田流の本格ミステリの醍醐味だろう。あまり強調されることがないようだが、黒田作品における伏線の使い方、これは常に妙味といってもいいほどのキレを常に見せてくれる。もちろん本書においても同様である。
ちょっと残念なのは主人公が扱う防犯グッズの数々がアイテムとして活用されるのは良いのだが、そこにもまた事件の真相を握る鍵を織り込んでいる点。記述にしてもフェアなので文句をつけるべきところではない。だが、そもそもそれらがあまり一般的ではなく、普段読者が眼にしないアイテム群であるだけに”特殊な世界”に加えて”特殊な道具”をもまた利用しなければ解明への論理に辿りつかないあたりは、少々がちゃがちゃしてしまっている印象を持った。

また、本格ミステリとしての印象とは別に、ずっと物語で示しておきながら実は隠されていた最終的に噴出する様々な欲望と絶望が強烈。これらが絡み合い、地獄へと次々に堕ちていくという実にブラックなテイストをラストで味わわされる。このブラックさ加減は好みが分かれそうだが、個人的には嫌いではない。これらが存在することによって、物語内部の論理が強烈な縁取りとなって浮かんでくるのだから。