MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


04/11/20
吉村達也「月影村の惨劇」(徳間文庫'96)

吉村氏の代表的名探偵の一人、朝比奈耕作ものの初期作品。『花咲村の惨劇』『鳥啼村の惨劇』『風吹村の惨劇』に続く四作目にあたり、続く『最後の惨劇』と合わせ「惨劇の村 五部作」として、トクマノベルズにて'92年に刊行されているものが元版。本文庫版も毎月順に刊行されている。

クリスマスイヴの早朝、新宿で発生した殺人事件を追ったまま署で仮眠をとっていた志垣・和久井のもとに訪れた殺人事件の報。新橋の歓楽街の路地裏で男が刺殺されていたというものだった。駆け付けた二人は、被害者が小規模ながら芸能プロダクションの社長・月館幹男、五十六歳だと知るが、その免許証の文字に釘付けとなる。本籍・青森県下北郡大畑町大字月影。とうとう花鳥風月の四番目、月影村を舞台とする惨劇が開始されたのか? 第一発見者の水村という人物が、かつてその月館のプロダクションに所属し、月影幸子なる売れない演歌歌手のマネージャー。彼と幸子の芸能界の暗い影の話をきいて同情する一方で、二人は発見が偶然であったことを主張する彼のことを疑う。一方、雪の降り積もる恐山の山中では変死体が発見されていた。かつては集落があり、月影村であったその地にはもはや誰も住む人間はいない。だが、その死体は頭から雪の中に突っ込んでおり、半裸の足が開いてV字をなしており、引き出された頭には深々とマサカリが突き刺さっていた。しかも、その周囲にこそ足跡があったものの、その足跡はどこにも繋がっていなかった。さらに、逃亡中の犯罪心理学者・尾車の指示によって恐山に来ていた朝比奈耕作は、イタコから父の声を聞いて愕然とする。

「惨劇の村」の事件も大詰め。芸能界残酷話+雪の不可能犯罪はトンデモの境地へ
この作品は鬼っ子だなぁ……と再読してみて改めて感じた。作品のポイントとなる点が三つ。

 ・鉄道ファン狂喜? 鮎川哲也ばりの地名トリック
 ・吉村達也ならではの語り口による芸能界残酷秘話
 ・泡坂妻夫もかくや? 雪原のど真ん中の逆さ死体。足跡なし


この地名トリックは「明らかにトリックが凝らされていることが判る」手紙をベースに翻弄される警察が描かれる。新橋で発見された死体が所持していた一枚の紙。この紙に記されているメッセージの真の意味とは? ……といっても、地元の人なら判るかもしれないし、地元でなければ「ふーん」としか反応できないような気がする。時刻表のマニアの方には簡単すぎるきらいもあるか。
そして本書の最大の見せ場は、年末、演歌と繋がるなかで描かれる、芸能界を生きるには健気すぎた一人の女性の物語。明らかにフィクションではあるのだが、涙なしには読めない悲惨な人生が彼女を待つ。そして(一応は)この部分が伏線となって驚愕のラストへと繋がっていく……、のだが。
謎としては、魅力がある。足跡のない雪のなかに逆さに立てられた死体。周囲にこそ足跡があるのに、それはどこにも向かっていない。果たして犯人はどこへ消えたのか……?  このトリックが凄まじい破壊力を持つのだ。舞台となっている月影村が実は○○○○の村で、実は○○で○○○○○なんて。しかも、ラストに登場する意外な○○。ああ、まさかまさか。こういうのってアリですか?

……ということで、まさか本書を最初に読まれる方はあまりいないと思うので。『最後の惨劇』へと続く重要な場面が挿入されているあたりはポイントとはいえ、純粋にミステリとして読むのはさすがにちと辛い印象も。


04/11/19
柄刀 一「fの魔弾」(光文社カッパノベルス'04)

OZの迷宮』、そして『火の神の熱い夏』など、柄刀氏の近作で登場することの増えたシリーズ探偵・南美希風が探偵役を務める長編。書き下ろし。

南美希風とかつて同級生だった浜坂憲也。彼は何重にも鍵が掛けられ、密室と化したマンションの一室で気を失っているところを発見された。しかし、彼の側には銃殺された死体が二つ。しかも彼はその二人とはトラブルを抱え、事実、つい先日も暴力を振るわれたところであった。しかも憲也の服や手袋からは硝煙反応があり、彼は拳銃を撃ったことさえも否定したにもかかわらず警察に拘束され、そのまま無実を訴えながら殺人罪で起訴されてしまう。美希風は、憲也をサポートする桂弁護士夫妻にも頼まれ、憲也の無実のために活動を開始するが、その憲也自身が何かをどうやら隠しているらしい。判決までの時が刻一刻迫るなか、事件に深い関係を持つ米国人・チャップマンとの面会が叶った美希風は、米国の地で単身その男を訪ねる。注意深く身の危険を避けていた筈の美希風だったが、薬を飲まされ気を失ってしまう。そして気が付いた時には密室となった部屋のなかで、憲也の事件と同様にチャップマンの射殺死体と共にいることに気付く。果たして、犯人は誰なのか、そしてその犯人が弄した奸計の真相は?

現代版「ユダの窓」? 斬新な着想のみならず物語展開にも工夫が。柄刀一の新境地かも
最近はどんどん改善されているように思うものの、柄刀作品に対する一般的な印象としては「トリックは数も内容ももの凄いが、小説としては今ひとつ」といったものがあるかと思う。私自身もこういった印象が長らく崩せないでいた。ところが本作、その印象の後ろ半分を綺麗さっぱりぬぐい去るものがある。つまり「小説としては今ひとつ」の部分が全く当てはまらないのだ。もちろん、トリックも斬新に都市生活の盲点を突くもので、かつ私の知る範囲では全く前例の思いつかないタイプであり、その点だけでも興味深いものがあるのだが、それに加えて物語を物語として「読者にきっちり読ませる」力が着々とついてきていることが感じられる。
嫌らしい前置きになってしまった。つまり、本作品は当然、本来の柄刀氏のフィールドである本格ミステリとしての高い評価も可能なまま、物語展開に工夫が加えられることによって、エンターテインメントとしての本格ミステリの要件を。みごとに兼ね備えることができた佳作なのである。
具体的には、既に容疑者となってしまった浜坂憲也を巡る、弁護士と検察との法廷を舞台とした丁々発止のやり取り。紙幅の関係もあって、そればかりというものではないが、この法廷ミステリのパートがまず十分に興味を引く。容疑者(被害者)の行動一つをとっての両者のやり取りなど、手に汗を握るという形容詞の相応しい展開となっている。そして一方では、リアルタイムで憲也が陥ったのと同じ罠に陥り、現実の空間において謎解きを進めなければならなくなった南美希風を巡るサスペンスのパート。 交互に描かれるそのどちらのエピソードにおいても、本書を支えるメインのトリックが鍵となる。加えてそのトリックだけに支えられた作品ではない点もポイントであろう。実際、トリックが判明しても意外な犯人を探すフーダニットは残るし、法廷闘争の行方もまた見物。特に「浜坂憲也がひた隠しにしている」ある事柄は驚きであるし、沈黙の動機としても十二分なものだろう。いろいろな角度から物語が切り取れ、かつそれぞれのパートに特有のポイントがあるという完成度の高い作品だ。

刊行月が11月なのが惜しい(今年の投票対象にならない)。というか来年の本格ミステリ系のランキングであれば、11月刊行のハンデをものともせずに上位に位置できる可能性がある。ちょっと癖のある柄刀作品のなかでも、素直に各方面にお勧めできる作品だと感じた。


04/11/18
山田風太郎「野ざらし忍法帖」(講談社文庫'99)

手に取った本書は講談社文庫より日下三蔵氏の尽力によって復刊された忍法帖全十四冊のうち、三冊刊行された短編集のなかの一冊。もともと講談社ロマンブックスより刊行された忍法帖全集が親本で、同題のちくま文庫版も存在するがそれぞれ異同がある。本書において「忍者鶉留五郎」が単行本初収録されている。

服部家の頭領は世襲にて半蔵を名乗っているが、その三代目は弟・京八郎を持て余していた。忍法なぞばかばかしいと広言する弟を懲らしめるべく半蔵は一計を案ずる。しかし、その一方で京八郎は……。 『忍者服部半蔵』
主君の娘と駆け落ちして浪人暮らしの筧隼人。その貞淑な妻の存在を重荷と感ずる彼は、鳥取城下の御前試合において、彼女を遊女屋に叩き売る算段を。それを聞きつけた枯葉塔九郎なる忍者が彼を勝たせる代わりに……。 『忍者枯葉塔九郎』
主君の好色な誘いから身を守るため、いさは、父の部下の梟無左衛門の忍法「袋返し」によりその危機から逃れる。だが結ばれた夫に対し嫌がらせが為されるようになった結果、彼女は再び無左衛門の力を借りる決意を。 『忍者梟無左衛門』
戸祭藩にふらりと現れた博物学者・人参斎とその弟子・帷子万助。万助は「枯葉だたみ」の忍法で藩の情報を得ていたが、藩側も隠密の存在に気付き、人参斎とその娘を人質に取るという手段に出た。 『忍者帷子万助』
野晒一族の末裔、銀四郎が忍術修業から戻ってみれば、初恋の相手・おゆうは主君の愛人となっていた。そのおゆうが取り戻して欲しい”もの”が伝馬町の牢内にあると聞き、銀四郎は決死の覚悟で侵入するが……。 『忍者野晒銀四郎』
関ヶ原の戦い前夜。戦いの趨勢を握るのは小早川中納言秀秋の動静。徳川・石田の両陣営が忍者を放つが、彼らはその頭領同志のあいだにその真偽を図るための約束事を決める。男女二人ずつの忍者が中納言のもとに向かうが……。 『忍者撫子甚五郎』
もう幕末が目の前という時期、花房宗八郎は忍者の子孫という人形師・九沓歓兵衛より女房のお信の人形を作らせて欲しいと頼まれる。許すに許すがその出来映えに不審を覚えた宗八郎は、歓兵衛宅に忍び込み、ある場面を目撃。 『忍者傀儡歓兵衛』
江戸の伊賀同心長屋に住み、借金取りに追われる貧乏武士・鶉留五郎。借金取りの顔をみると反射的に萎縮する小心な彼だったが、いざ御用がかかると凄まじい技をもって敵将に迫っていった。そして目的を達そうという時。 『忍者鶉留五郎』
江戸時代に肥前平戸藩主・松浦静山(壱岐守)によって書かれた大随筆集が「甲子夜話」。収録されたエピソードのなかに半信半疑ながら伝聞にて忍者のことが記されている部分がある……。 『「甲子夜話」の忍者』 以上、九編。

「忍者」すなわち「超人」に焦点が当てられた短編集。その凄絶な生き様、強烈な一瞬を読み逃すな
角川文庫版で一通りの忍法帖短編集を読んできているのでこのほとんどが再読ということになる――のだが、数年ぶりに読むと新たに新鮮な気持ちで楽しめてしまった。題名と内容が頭のなかできっちりリンクしていない(頭悪いんで)せいもあり、数ページ読むことでようやく「読んだ読んだ、この話」と思い出すのだが、そのラストの鮮烈な切れ味は筋書きを覚えていても、新たな刃となって脳味噌を抉るがごとく快感が走る。
実際、生前の風太郎がさんざん各所でぼやいていること――忍法帖はナンセンスなお伽話に過ぎない――といった趣旨を例えば本書の『「甲子夜話」の忍者』においても繰りかえしているのだが、どうして。その作者自身がナンセンスだという筋書きのなかにホラーやミステリといったジャンルのお約束を超えた強烈な物語性が秘められているのだ。そして、それらが心のなかに不思議な躍動感や寂寥感を巻き起こす。 しかしなぜ、そんなことが判らないのだ。著者ってそういうものなのか。
確かに、肉体を改造したり超絶に鍛えたりするよりは、道具を利用したり、もっと簡単な方法で目的を遂げることもできるだろう。だが、彼らは実にストイックに(確かにナンセンスかもしれない)その普通では役には立たないような”道”を極める。そこで冷静になってしまうからいけない。そのナンセンスな忍法もそうだが、そのナンセンスな忍法をもって大真面目に職務に殉じていく彼らの姿には、やはり嫋々とした感動とその裏にある切ないまでの悲哀とが重なっている。 この短編集においては歴史批判みたいな視線はまだあまり含まれていないようなのだが、それだからこそ「個人」の持つ強烈な存在が心の底に残るのだろう。
一つ挙げるとするならばごく短い作品ながら『忍者野晒銀四郎』が強烈。特にラストシーンにおける冷え冷えとしたテイストは平凡なホラーを凌駕する恐ろしさを心に植え付ける。

やっぱり忍法帖はイイ。それ以上、付け加えること、何もありません。好まれる方は放っておいても読むだろうし、読まない人は一生読まないのだろうけれど。少なくとも読まない人は損をしている、とだけは言っとく。


04/11/17
石持浅海「BG、あるいは死せるカイニス」(東京創元社ミステリ・フロンティア'04)

「カッパ・ワン」の第一期生として『アイルランドの薔薇』にてデビューした石持浅海氏は、あまり例のない舞台設定と論理を駆使する本格ミステリのスタイルとを両立させた『月の扉』『水の迷宮』といった作品を生みだし、人気作家の仲間入りをしつつある。本書は第四長編にあたる書き下ろし作品。

社会情勢や歴史はほとんど現代と変わらないようにみえる、だけど世界中の人間は生まれた時には全て女性であり、成人後に一部の優秀な女性が男性化することによって生物学的に維持されているというパラレルワールドが舞台。高校で生物部に所属する遙。彼女には成績抜群、容姿端麗、通っている進学校のなかでも将来の男性化候補の筆頭という異母姉妹の姉・優子がいた。その優子が、所属する天文学部の流星群観測に出たあと、学校で他殺死体となって発見されたのだ。遺体は首を絞められており、暴行されかけた形跡があった。女性が男性をレイプすることはあっても、男性が女性を襲うことはおおよそあり得ないこの世界。そして姉は約束の一時間前に家を出ていた。誰かと会っていたのか。遙は親友の金子美紀と共に、誰からも慕われていた姉の死を心から悼み、そして犯人に対して怒りを覚える。姉の告別式には有名ジャーナリストの松田徳子、そして謎の外国人女性が参列。姉には遙の知らない側面があったのか。そして事件後、続いて同じ天文学部の宮下小百合も殺害された。事件の鍵を握るのは謎の言葉「BG」。果たしてこの言葉の意味するものとは――?

突拍子もない設定に理詰めのミステリと。石持浅海の新境地にして意欲作。ただちょっぴり不満も
梗概に示している通り、小生がSF方面に疎いせいもあるがあまり類を見ない設定となっている。全世界の全てが女性、ただそれでは種が維持できないので、一部の女性が”男性化”し、その男性は男性であるということだけで社会的に優遇されるという社会。その極端な世界設定を支えるがゆえに、それ以外の部分については徹底的に現実をなぞっている一方、学校というステージを舞台にその世界の生物学的、社会的な成り立ちが語られるため、世界に対する違和感が想像していた以上に少ないのがまず特徴。むしろ世界の成り立ちなど興味深く、この世界が知りたいがために、ついページを進めてしまうという側面もある。(穏やかなかたちではあるが、石持流のジェンダー論みたいな意志も感じられる)。
また、女性の一人称視点にしても文章が平易で読みやすい。登場人物の個性も(圧倒的に女性が多いながら)一人一人がしっかりしており、また数少ない男性の存在が際だっており、物語はすっきりと頭に入ってくる。
ただ、これまで石持作品を読んできて初めて、これは本格ミステリとしてどうか? という気持ちになった。もちろん、設定は面白いし、登場人物も自然、事件の背景も不可解。並べていくとこれが普通のミステリ作家の普通の作品であればそれ なりに評価しても良い。だが、小生が石持氏に期待するハードルはより高いのだ。事件そのものに猟奇性や不可解なところはない点は気にならない。どちらかというとその論理を駆使した詰めの部分に、これまであまり感じられなかった都合の良さといったようなところが見え隠れするように感じられた。その証拠部分が「誰それがああ言った、こう言った」が中心となる点、また、真相の重要な部分がこの世界の人々にとっても隠された理由と繋がっている点。このあたり。音引きの「ミステリー」のレベルでいえば十二分に及第点なのだが、あくまで本格として考えた場合にのみ少しだけ以上のような不満がある。折角、これだけ珍奇な(?)世界を造り上げたのだから、この世界では明白でも読者の常識によって”見えなくなる”死角をミステリとして使って欲しかった…というのはねだりすぎ?

ちょっと意地悪いことを書いてしまったが、読んでいるあいだ吸引されていたことは確かだし、設定や謎が魅力的である作品であることは確か。何よりも物語としてしっかりしているのはアピールポイントだろう。普段からSFを読まれているタイプの読者の方に向いていそうな作品である。


04/11/16
石持浅海「水の迷宮」(光文社カッパ・ノベルス'04)

(過去ファイルへの格納失敗につき再掲)
'02年、「KAPPA ONE登竜門」に応募した『アイルランドの薔薇』にて長編デビューを果たした石持浅海氏は、翌年『月の扉』を刊行。同作は各種ベストテンで高い評価を得た。本作はそれらに続く三冊目の長編にあたる。ノンシリーズ作品。

ある夢を実現するために、勤務時間外にひとりで深夜まで仕事を続けていた羽田水族館職員の片山は、開放系水槽の異常を察知し、その調整に走り回った挙げ句、突然死した。急性心不全。それから三年、赤字続きで都のお荷物と考えられていた羽田水族館はMBAを米国で取得した再生請負人・波多野を館長を迎え「羽田国際環境水族館」と名を変えてリニューアル・オープンした。彼の気配りによって新たな人気スポットと生まれ変わった水族館に勤める古賀は、大学時代の友人・深澤を迎える。深澤は家電メーカー勤務ながら、水族館の持つノウハウを巧く橋渡しし、水族館リニューアルにおける影の功労者であった。今日は片山の命日。アクリル製造会社の社長・宮脇に加え、片山の妻だった貴子らが訪問している今日、館長のもとに謎の携帯電話が届けられる。発信者を隠されて送られてくるメールには、環境保護に引っかけて何かを暗示する文章が。水槽が狙われている! 気付いた職員たちは、水槽に悪質な悪戯が仕掛けられていることを発見する。百万円で金魚を買え――謎の脅迫者は水族館の職員にじわじわとプレッシャーをかけてゆく。そして悪戯の捜索に出ていた古参職員の大島が水槽裏で死体となっているのが発見された。

論理の果てに見えてくるもの――石持浅海は本格ミステリを使った魂の物語を創り上げる
最初は人の死なないミステリかと思わされた。冒頭で人死にの場面がプロローグとして用いられているものの、当初から発生する事件は、水族館という特殊な舞台を実に巧みに利用した一風変わった脅迫事件である。開放型(つまりは上部が空間に晒された)テーマタイプの水槽に対する執拗な攻撃、しかも使われる材料は日用品の延長にして、実際の魚たちへの影響までをも最小限にコントロールするという周到さ。一応は金銭の要求はあるものの、百万円とちょっと中途半端。果たして犯人の狙いは?
……警察に通報する程の被害がないなか焦燥を募らせる職員の様子など、場面の演出が巧みであり、まずここまで一気に読まされる。『月の扉』もそうだったが、こういった日常の延長線にありながら、微妙に日常と離れた(読者にとって)場所を石持氏は物語に取り入れるのが上手い。その結果、読者のほとんどが自分自身の体験と重ねてその光景を頭に描くことが可能になるのだ。
ただ、中途で職員の一人が不審な死を迎えてしまう。ここが一つポイントだろう。物語のリズムというかテンションを微妙に変調させ、アクセントをつけることに成功している。そして、例えば携帯電話を利用した脅迫や、水族館という場所、ほか職員の取った行動を、第三者で探偵役となる深澤が論理的に解析していく。このあたりの論理の冴えは、現代ミステリにはしばしば見られる構成とはいえ、センスがなかなか良く、オリジナリティを感じさせられる。
そして、何よりも特筆すべきは事件の不可解な点が解かれることによって浮かんでくる事件の構図であろう。名探偵が謎を解いたあと、この羽田国際環境水族館の職員や三年前に死んだ片山たちがそれぞれ抱える思いが浮かび上がってくる。その”思い”が個々が内に秘めたものであり、普段の状況ならば表に出てこない。名探偵はその”思い”を本格ミステリの論理によって解きほぐしていく。その結果、真の意味での悪人のいないこのストーリーは、実にハッピーな余韻をもって幕を閉じることになるのである。(殺人のトリックが実に平易なものであることも、本格ミステリとしての形式による狙いが、通常のミステリとは異なるところにあるという点の裏付けになりそうだ)。

本格ミステリならではのロジックの使い道が、普通の意味における本格とは異なる目的を持っている。……というか、本格ミステリを最高に効果的に使用することにより、謎解きの快感のみならず人間の心が明らかに大きな感動を与えてくれる物語とも転じているといえる。本書を読み解く(推理する?)鍵は、大のオトナが大真面目に夢のために邁進する……といったテーマに隠されているように感じた。石持氏らしさがよく現れている感。


04/11/15
原 ォ「そして夜は甦る」(早川書房'88)

”和製チャンドラー”など、原ォが文壇に登場した際にはかなり話題となり、デビュー作である本書が第2回山本周五郎賞の候補作となるなど高い評価を受けた。第二長編『私が殺した少女』にて第102回直木賞を獲得、私立探偵・沢崎のシリーズは多くの人に知られるところとなり、その後、作品集『天使たちの探偵』、そして第三長編『さらば長き眠り』を刊行。しかしこの後、長らく沈黙してしまう。そして九年間の空白を破り、沢崎シリーズの新刊『愚か者死すべし』がこのたび登場した。

パートナーの渡辺が警察と暴力団と、どちらの顔を潰すかたちで失踪してしまった後も、渡辺探偵事務所を一人で維持する私立探偵・沢崎。彼のもとに一人の男性がやって来てルポ・ライターの佐伯の居所と、依頼の目的が知りたいという。だが、その佐伯なる人物は沢崎には心当たりがない。その旨を伝えたところ、彼は沢崎に対し右手を見せず、佐伯から連絡があったら知らせて欲しいと、現金入りの封筒を置いて立ち去ってしまう。さらに事務所に電話が入る。韮塚と名乗る弁護士からのものだったのだが、更科修蔵宅を訪問して欲しいというものだった。更科修蔵は美術評論家ではあるが、二年前までは電鉄会社とデパートを経営する〈東神グループ〉の実質的経営者。どうやらその彼もまた「ルポ・ライターの佐伯」を探しているらしい。更科邸に出向いた沢崎は、佐伯が修蔵の娘・名緒子の夫であり、彼女に五千万円の慰謝料と離婚の通告を残したまま失踪していることを知る。沢崎は一旦屋敷を出るが、名緒子による「夫を捜し出して欲しい」という依頼を引き受けることになる。どうやら佐伯は何らかのネタを追っているうちに事件に巻き込まれたらしいのだが――。

ハードボイルドの理想型にして、波乱のプロットに富んだ論理的な構成を持つ作品
原ォの作品は刊行当時、お金もなかったのにハードカバーを買ってなぜかリアルタイムで読んでいた――。当時は今ほど熱心なミステリ読者ではなかったにもかかわらず。それだけ思い出深いシリーズであるのに、鳥頭の小生にとってこの九年間の沈黙というのは長すぎた。正直、私立探偵・沢崎のディティールこそは覚えているものの、それぞれがどのような事件だったか悲しいことに頭のなかにすんなりと思い浮かばない。なので(ほとんど来年の「このミス」の上位が約束されたような存在である)『愚か者死すべし』が刊行された記念に旧作を読み返しておこうと決意。その方が新作のお楽しみが大きいように思うのだがどうだろう。
閑話休題。内容について改めて。

序盤には少々違和感があった。沢崎の口から徹底的に繰り出されるワイズクラックの数々。普通の会話がこれではなりたたないじゃないか――とも思ったのだが、その違和感はやがて消える。物語がその語り口に合わせて展開していくようなテンポの良い序盤。特に感心させられたのは、行方不明となった人物を捜し出すという典型的なハードボイルド・ストーリーを踏襲しつつ、細やかに伏線を張っていく手際の良さ。 また、ともすると物語の分量の割に多すぎるとも思える登場人物たちの一人一人に個性を与え、それが物語の妨げになっていないあたりも素晴らしい。特に主人公の沢崎という人間をくどくど語り過ぎず、それでいて読者の頭のなかに、しっかりとその個性を確立させていく手腕は脱帽ものである。
また、改めて驚かされたのは終盤になってからのどんでん返しラッシュ。 ここまで手が加えられていることをしっかり覚えていなかった小生にも問題あるが、細かな伏線が実に巧みに使われている点は驚嘆に値するだろう。特異なトリックが弄されているタイプの事件ではないのだが、語られてきた事件の構図・構造が視点を変えるごとに新たな様相を現してゆく展開は、上質の本格ミステリにも似た破壊力を持つ。加えて、東京都の知事といった政治家や、巨大会社グループの経営者といった上流階級の人々にかかわる事件であるという点も、当初は実はちょっとだけ一介の私立探偵の事件としては違和感があったのだが、物語の要求に従ってのことだということを改めて認識、原ォの奥深さを垣間見せられた感。

時代が経過しても古びていない点も強調しておきたい。『愚か者…』をまだ読んでいない身でいうのは烏沽がましいが、原ォを最近初めて知った、という方もデビュー作に立ち返って改めて本作を読まれたい。一定以上の読解力こそ必要になるとはいえ、ありとあらゆる世代・レベルのミステリファンを満足させるための要素が詰まった作品である。


04/11/14
樹下太郎「「期待」と名づける」(桃源社'61)

'58年に『宝石』『週刊朝日』共催の推理小説コンテストで入選してデビューした樹下太郎。樹下氏が実際にミステリを書いていた時期は五年あまりに過ぎないが、その間に少なくない作品を残している。本書もその時期に発表された長編で、桃源社の書下し推理小説全集の第二期に連なったもの。

浜田宗仁と雪本絢子の結婚式が東亜会館にて行われた。宗仁は所山計測器株式会社の役員で莫大な財産を持っていたが再婚、絢子は若く美しくはあったが、その会社に勤務する一介の事務員に過ぎない。とはいえ、宗仁の熱烈なラブコールに応えるかたちでの結婚は周囲に祝福されていた。二人は新婚旅行のため、熱海の旅館に泊まった。しかしその晩、宗仁は断崖に面した旅館の三階から転落死してしまう。二人が結ばれる前のことであった。絢子はそのまま浜田家に留まることを決意するが、それも姑からは暖かく迎えられた。一方、絢子には同僚で友人の京子がいた。京子には体を許した恋人の土岐という職場の男がいたが、その土岐は京子と交際する以前から絢子に対してひとかたならぬ思いを持っていた。そのことを知る京子は絢子の境遇の変化に複雑な思いを感じる。事実、土岐は京子との結婚を渋るようになっていた。そうして、結婚式の日から一年が過ぎる――。

生活の変化が心情の変化へと直結していく過程により歪んでゆく犯罪計画が、実に淡々と描かれる
実に樹下太郎らしい――、といってしまえばそれまでなのだが、それでもそう言いたくなるような作品。物語の裏側に犯罪計画があったのかなかったのか分からないままに、淡々と描かれていく日常。身体はきれいなまま、周囲からの雑音もなく、上流階級の仲間入りをした主人公・絢子。読者には知らされないが、彼女には明らかに過去に秘密があり、しかし、その安穏な暮らしに満足を覚えるようになる。その彼女につきまとう影。果たしてこれは誰なのか――というあたりが謎といえば謎。
だが、物語の主眼は謎解きにはないように思える。 物語は絢子、京子、そして京子の恋人の土岐ら、平凡な出自を持つ登場人物によって主に構成される(これとは別に、バー勤めの”かすみ”なる女性が登場してミステリとしてはアクセントになっているのだが、彼女の存在が今となっては反則技のような扱いであり微妙)。章毎にメインとなる人物を変化させながら描かれるのは、それぞれがそれぞれの幸福を求めようという哀しいまでの切実な思いなのである。その思いの強さと相反する利害関係によって起きなくても良い事件が発生していく。玉の輿に乗った女性が、自分の地位を守るために人を雇って過去の秘密を知る人物の口封じを依頼する――なんて、三文芝居のような筋書きが、樹下太郎に描かせると実に切実な物語に変化していくのだ。
後のサラリーマン小説に移行したあとも、常に庶民性や、小市民の幸せといったところを意識した作家ならではのミステリ作品。物語としてのオリジナリティもそれほど高いとは思いないし、決して一流の作品だとは言い切れないながら、哀切な読後感がなんとも不思議な味わいを醸し出しているように思われた。

樹下作品には麻薬のような魅力があって、内容的に大したミステリがあるというわけではないのに次々と手にとってしまう。それもこれも徹底した庶民性がかえって目新しく(現代においても)感じられるからか。本書は残念ながら文庫化されていないのでこの桃源社バージョンで入手するしかないなど、一部の文庫を除くとかなり手に入れにくい作家になりつつあるのだが……。


04/11/13
高木彬光「顔のない女」(角川文庫'85)

高木彬光氏の代表的探偵といえば、それはもう神津恭介が燦然と輝いているわけだが、氏の長いキャリアのなかでは他の人物を探偵役に据えた作品が幾つも存在する。本書に登場する大前田英策もその一人。侠客を祖先にもち、暗黒街にも顔が利きながら、その職業は私立探偵……。収録作は大前田英策初登場作品である『暗黒街の帝王』(昭和三十年)をはじめ、その大前田ものの初期作品が収録されている。

女子高生のもとに届いたナイトクラブからの招待状。果たして大前田英策と川島竜子・探偵二人がその謎を解くべく待つなかで彼女に渡されたのは百万円の札束と宝石。ただし宝石は最近ある人物から盗まれたものであった……。 『暗黒街の帝王』
ゴロツキにつきまとわれている妹を救って欲しいという竜子への依頼。だが僅かな隙に竜子の護身用コルトが盗まれ、その銃によって男が射殺されてしまう。その男・和田倉は麻薬を扱う大物で英策は竜子を救うために人肌脱ぐことになる。 『暗黒街の逆襲』
川島竜子のもとに届いた謎の手紙。「「顔のない女」が人を殺す」という予告に従い、喫茶店に出向いた竜子は掛けられた絵に口づけするという奇行をとった男がその場で崩れ落ちるのを目撃。売れない画家の覚悟の自殺とも思われたが。 『顔のない女』
美しい婦人から大前田に対し、自分のことを蛇の生まれ変わりで、将来殺人を犯すといった占い師が信用できる人物なのか調べて欲しいという依頼。果たして彼女は大会社の役員の若い妻であり、財産を狙える立場に確かにあったが……。 『蛇魂』
結婚する予定だった恋人が熱海で投身自殺をしてしまった――若い会社員が持ってきた依頼は、姿を隠したその恋人の隣人を捜し出して欲しいというもの。彼女は国際犯罪者を匿った隣人によって消されたのではないかと男はいうが……。 『女を探せ』 以上五編。

昭和期の任侠映画のエッセンスを抜き出し、ミステリとしての妙味を加えた独特の面白さが光る
本書に限っていえば、前半二作と後半三作で微妙に雰囲気が異なっている印象である。大前田英策登場の二作「暗黒街」シリーズにおけるもとの主人公は、後に彼の妻に収まる女探偵・川島竜子の筈だったからか。実家が金持ちでありながらスリルを求めて探偵業を行う竜子と、彼女と張り合い、彼女以上の成績を収められる人物として設定されたのが英策であるかのようにみえるのだ。事件の方も、少々奇妙な出だしではあるのだが、ハードボイルドの私立探偵ものを短編化したかのような作品で、裏に隠されている陰謀が徐々に炙り出されてくるタイプ。なので、謎解きの妙味を味わうというよりも、大前田英策という人物の格好良さの方が目に付いた印象。それはそれで悪くない。
一方で、川島竜子との関係が落ち着いたあとの大前田英策、こちらは本当に奇妙な事件に巻き込まれる。予言がずばずば当たる占い師、唯一売れた絵画に口づけして死んだ画家、広い東京からただ一人の女性をほとんど手掛かり抜きに探し出して欲しいという依頼……。トリックが弄されているとまではいかないが、冒頭の奇妙な謎が徐々に解きほぐされ、その裏に秘められた犯人の悪意が見えてくるという過程が楽しめる。こちらもプロットが重要な意味を持っているものの、謎解きものという印象が強い。英策の強烈なキャラクタは健在ながら、そのキャラクタを描き出すことよりも謎解きの方に物語が集中している。
高木彬光流のハードボイルドという意識があったかどうかは分からない(厳密な意味でのハードボイルド作品ではない)が、神津恭介とは全くタイプの異なる探偵役を創造するという点については間違いなく成功している。物語の謎もそれなりの魅力があり、登場人物の強烈さとのバランスは崩れていない。ミステリを気にせず、素直に読み物として楽しんでも高いレベルにある点あたり、高木氏の力量を思わせる作品群であった。

ふと思いついて、神津シリーズ以外の高木作品を読んでみたが、やはり実力作家、そのレベルは高い。ロジックもしっかりと立っており、天性のミステリ作家であり、かつ物語の語り手として一流である点を再確認させられた。(偶然とはいえ、シリーズ初期の作品を手に取れたことも僥倖であったかもしれない)。


04/11/12
吉村達也「風吹村の惨劇」(徳間文庫'96)

吉村氏の代表的名探偵の一人、朝比奈耕作ものの初期作品。『花咲村の惨劇』『鳥啼村の惨劇』に続く三作目にあたり、続く『月影村の惨劇』『最後の惨劇』と合わせ「惨劇の村五部作」として、トクマノベルズにて'92年に刊行されているものが元版。本文庫版も毎月順に刊行されている。

信州諏訪大社・御柱祭のハイライトを飾る勇壮な木落としが行われた夜、東京都大田区の諏訪神社で男の変死体が発見された。 赤い風車が頭に刺され、特殊な鎌が死体の脇に突き刺されている。そしてその掌には意味不明の熟語や漢字が書き連ねられていた。その身許は不明ながら、キャラバンシューズに残っていた土の分析により、被害者が直前に霧ヶ峰高原周辺に居たことが発覚、志垣警部と和久井刑事のコンビが現地へと向かう。一方霧ヶ峰高原ではペンション・ヒュッテ草薙の一人娘・礼子が、近隣のペンションKAZEを経営する風祭一家の次男・剛と婚約していた。しかし両親をはじめ、周囲はその婚礼に反対する者が多かった。御柱祭の年には結婚してはならないという地元の言い伝えもあったが、実は彼らのあいだには隠された人間関係による葛藤が隠されていた。その霧ヶ峰高原の深夜・霧に煙る霧鐘塔内部で風祭順が殺害された。現場には礼子がおり、かけつけた志垣・和久井は彼女の犯行を疑う。しかもそこには、丘を反対方向から登ってきた朝比奈耕作の姿が現れた……。

隠されたどろどろした人間関係にオカルトの装飾。ただ内容の説得性・整合性がちと低い……
『花咲村の惨劇』では一族を巡る骨肉の争いに独特の物理・心理トリックを絡め、『鳥啼村の惨劇』では埋蔵金伝説を巡る芸能界ならではの争いに、離島の伝説を下敷きにした心理トリックを繋げた謎と宝物そのものの謎で引っ張ってきた。そしてこの『風吹村の惨劇』については、オカルトめいた死体装飾が施された連続殺人と、隣人同士ならではの執念深い争いがメインとなっている。五部作の三作目ということもあってか、全体を通じての謎の方(朝比奈耕之介ネタ)はさらりと流しつつも謎を深めてある点は良いものの、冒頭の謎の死体のインパクトとその解決との落差が強烈で、哀しいかな本作への評価をあまり高められない。
冒頭はこんなにインパクトがあるのだ。新宿の諏訪神社で殺害された謎の男の死体、これには片手に謎の言葉(暗号)がマジックで書き連ねてあり、鉢巻きをされた頭には風車が二本差してあり、枕元には諏訪地方の神事で使用する特殊な鎌が突き立てられていたという……。 さらに遠く離れた霧ヶ峰高原においても同じように装飾された死体が連続して現れる。吉村氏のつくるこの謎のメインとなるトリックは、都合三人の被害者に相対する犯人の姿。そこはそれなりの意外性。だが、この死体装飾そのものの説得性がどうしても今ひとつと言わざるを得ないのがツライ。最初の殺人において、こんな面白い扮装を相手にさせる理由が「動揺していたから」というのには、ちとこちらも動揺させられる。
また、これはシリーズの再読了後にいうべきことなのかもしれないが、メイン探偵役である朝比奈耕作の、シリーズ通じてのヒロインが現れる話という重要な位置づけでもあるのだが、それほど運命的なロマンスであるとか、危機を共に生き延びたというようなエピソードに欠いているように思える点、少々不満かも。文代さんとまではいかなくても良いが、何か二人が惹かれ合うもっと決定的な何かを作るべきだったのでは。

繰り返しになるが五部作の三作目ということで、シリーズを全部読まれる方が読むべき作品だと再確認。雰囲気は良く出ているし、映像化されるに向いた演出が文章で凝らされていて、瞼に映像が浮かぶような展開なのはさすが。読みやすいという点に関してはピカイチ。ただ、単作として評価するにはやはりつらいものがある。


04/11/11
篠田真由美「アベラシオン」(講談社'04)

小説現代増刊号『メフィスト』の2000年9月増刊号より2003年5月増刊号にかけて連載された作品に大幅加筆修正を加えた長編。著者紹介の欄において本作は「構想10年を経て完成した著者畢生の大作である」と書かれている。豪華本であることに加え、三千円を超える定価もグレートかも。

大学教授である叔父の影響で美術史研究家を目ざしてイタリア留学に来ている藍川芹、二十四歳。彼女はフィレンツェ大学のスパディーニ教授に師事しようと聴講生として学んでいたが、ほぼ内定していた筈の入学許可が別の有力者のコネによって取り消されてしまい困惑する。失意のままヴェネツィアに旅しにきた芹を、友人が元気づけようと最近美術界で評判の美男エッセイストにして評論家《セラフィーノ》が参加するというパーティに誘う。しかし、あまりにもパーティの規模が大きすぎ、芹は宴に疲れ、別室で一人休憩を取っていた。気付いた時、隣室で若く美しい男と老人がドイツ語で話し合っていた。二人は何事か言い争い、青年が部屋を出ていった後、芹は老人が倒れていることに気付いた。その青年こそがアベーレ・セラフィーノ。芹はこの事件をきっかけにミラノ近郊にあるセラフィーノ家に招かれる。逡巡しながらも訪れた芹の前には、アベーレのほか、彼の美しい弟・ジェントーレや彼らの忠実な召使いたち。そしてアベーレの父親・ヴィットーリオの友人だったという騒がしい老人たちが待ち受けていた。しかし、館内部でスパディーニ教授の死体を芹が発見したことを皮切りに、陰惨な事件が館にて発生しはじめた……。

篠田真由美版の『黒死館殺人事件』または趣味全開・渾身のゴシック・ミステリ
今や篠田真由美さんは「建築探偵・桜井京介」シリーズの作家であり、また数々の伝奇小説の書き手でもあるという認識がおおかた一般的なようである。ただ、彼女のデビュー作『琥珀の城の殺人』、そして第二長編となる『祝福の園の殺人』は、欧州の歴史とその流れを汲む登場人物、また舞台に使われるのは重厚なる館もしくは城といった、彼女のゴシック趣味を感じさせる作品であった。一方、本格ミステリの方向性が強く人気の高い「建築探偵」シリーズにしても、彼女はしばしばイタリアを登場させている。……本書のあとがきにて改めて記されているが、彼女が本来書きたかったものは、デビュー近辺にて発表したような作品、つまり欧州の歴史と、蘊蓄とペダントリーに満ちあふれ、ゴシック趣味が満たされる――そんなタイプのミステリだったようなのだ。
そして本書。その篠田さんの趣味・嗜好の赴くままに作られた、まさにゴシック世界を満喫できるミステリ作品である。欧州風の石造りならでは仕掛けのある館。大昔から続く由来を持つ一族の末裔。身体の弱い美少年、謎めいた陰を持つ美青年が登場するのはちょっとだけお約束にしろ、恐らく篠田真由美さんの趣味が奔放なまでに込められた世界が創られている。
それでいてミステリとしてもかなりしっかりした構造となっており、謎解きそのものにも強い魅力がある。。因縁のある謎めいた館における連続殺人。主人公の目撃した死体は消失し、いないはずのルームメイトが館に現れる。関係者は限られているのに犯行の実行が誰にも不可能。不可能趣味が満載であり、繰り出される謎に魅力がある。主人公に降りかかるサスペンスや、ちょっとしたロマンス風の味わいもバランスが取れており、作品の味わいを壊さない。
ラストにおけるサプライズは、丹念に篠田さんが創りあげた世界を反転させる一方で、物語中の謎を次々と解き明かすことにより、読者から見えていた世界の角度をゆがめていくという二重の離れ業を実現。そしてその結末は読者を震わせる。(但し、本格という意味では少々弱いかもしれない)。少々序盤、固有名詞や背景に慣れるまでがちょっとごちゃごちゃしており、出だしがツライかもしれないが、読み終わる頃には独特の世界観に魅せられているはずだ。

現時点での篠田真由美さんのノン・シリーズ作品としては最高傑作に数えられる。その豪奢な装幀と物語が不思議な一致をみせており、篠田ファンであれば(そうでなくとも)愛蔵すべきだろう。