MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


04/12/08
横溝正史「幽霊男」(角川文庫'74)

横溝正史とはいわず、日本が生み出した偉大な探偵の一人、金田一耕助を探偵役とする長編作品の一つ。戦後、'54年(昭和29年)に『講談倶楽部』誌に連載された作品であり、同年に映画化もされていた模様だ。

神田神保町に本拠を構える共栄美術倶楽部は、画家や素人写真家にヌードモデルを供給する仲介業者。この倶楽部を根城に”猟奇倶楽部”なるサークルを結成している三人の男たちがいた。外科医の加納、菊池という元大学教授、そして新聞記者の建部。彼らは豊富な遺産や親の資金をもとに猟奇な楽しみをこの倶楽部の女性たちと共に満たしていた。その加納の紹介で「佐川幽霊男」と名乗る怪しい風体の画家が倶楽部にやって来て、モデルの一人恵子と契約をした。西荻窪にあるというそのアトリエで恵子は「血が欲しい」という幽霊男に薬を嗅がされ気を失ってしまう。実は恵子には弟がおり、その弟が姉を心配して跡をつけてきていたが、その弟もまた眠らされてしまう。幽霊男はそこから駿河台の聚楽ホテルにトランクを一つ輸送しており、果たして聚楽ホテルにの浴槽には血まみれの恵子の遺体が残されていた。首都圏を震駭させたこの事件は続き、猟奇倶楽部に近しいモデルたちが、次々と幽霊男の毒牙にかかり無惨な死体をさらすことになるのだが……。その猟奇倶楽部のパーティにボーイとして忍び込んでいた金田一耕助だったが、その目前でまた死体が一つ現れる。

まさに「劇場型」の犯罪。妖奇・猟奇と現実の論理の狭間ぎりぎりに屹立する探偵小説の妙
 いきなり舞台がヌード・クラブ。そこに集う金持ちのアウトロー気取りの男たち。裸になるのを厭わない浮世離れした美女たち。いかにも怪しげな、しかも名前が幽霊男……とくると、どこか江戸川乱歩の通俗探偵小説をも思わせるような舞台である。現実よりも猟奇を愛する人々のあいだで発生する、芸術的ともいえる残酷な殺人劇。しかも、その舞台を跳梁跋扈するのが、謎の怪人とくれば共通性を感じないはずがない。当時の雑誌読者がこのようなものを好んだのか、作者である正史が乱歩を意識したのかは分からないが、犯人の自己顕示欲や、幕間に挟まれる犯人らしき人物の独白など、狂気に彩られた美学が世間を騒がす様は、やはり探偵小説のダークサイド(?)を思わせる。荒唐無稽といえばこれほど荒唐無稽な話もないが、相手が「怪人」であり、計画的に世間を騒がしていく様子はなかなかに興味深い。
当然、サスペンスが勝った展開となっており、猟奇的な描写も多い。とはいえそれなりに筋の通った解決がラストにあるところにちょっと驚かされた。ただ、真犯人に迫るにつれ、どうしてもちょっと唐突感のある人物を登場させざるを得なかった点はマイナス。それでも恐らく冒頭から存在していたであろう、真犯人の構想などはそれなりに論理的な裏付けがあるあたり「やはり正史」という印象。

金田一耕助という探偵が揶揄される通り、目の前で犯罪が起こりすぎのような気もするものの、それでも詰めはしっかりとなされているあたり、面白く読めた。とはいっても数々の正史の傑作群のなかで、特に目立つというものではなく、評価としては一応の水準作ということになるだろうか。


04/12/07
米澤穂信「春期限定いちごタルト事件」(創元推理文庫'04)

米澤氏は'01年、『氷菓』にて第5回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞してデビュー。一部からはミステリの書き手として注目されており、遂に'04年は東京創元社からミステリ・フロンティアの一冊として『さよなら妖精』が刊行され、一般向け叢書だったにも関わらずラノベ系読者からも厚い支持を受けている。もちろん一般ミステリファンでも注目する人は多い。本書は特別書き下ろし作品。

この春、進学校である公立船戸高校に合格した小鳩常悟朗。彼はあることに対して高校デビューを目指していた。彼は中学のときまで抱えていたある性癖があり、それを捨てて「健全たる小市民」とならんとしていたのだ。同じ目的で協調するのは中学の同級生・小左内ゆき。身体は小さく、いつも目立たないように小鳩の後ろに隠れるようにしている彼女にも、実は「小市民」を目指す理由があった。互いにメールをやり取りし、一緒にいることの多い二人は恋愛関係になく、互いに依存し合うでもない不思議な互恵関係を取り結んでいる。そんな彼らの前に立ちはだかる(?)のが、小鳩と小学校の同級生だった堂島健吾。押しの強い性格で身体も大きい彼は、自分の知る小鳩とイメージが異なる点を訝しく思う。とはいえ、小鳩と小左内の二人の前には、なぜかいつも謎がやって来る。学校中を探し回っても出てこないポシェット。美術部の先輩が残したという意図不明の稚拙な二枚の絵。シンクの中を濡らさずに作られた熱々の本格的ココア。そして、小左内さんの唯一の楽しみ・春期限定のいちごタルトが入った自転車が、目の前で泥棒に乗り去られた日から「小市民」を目指す二人に葛藤がおきはじめた――。

ラノベと青春ミステリ。どちらにも属し(属さず)、どちらの魅力も湛える不思議な物語
読後の感触がこの作品、どうもとらえどころがなく不思議なものである。というのは、文句なしに面白い――のだが、その面白さがライトノベルといったジャンルの面白さ、というと違うような微妙に違うような気がするし、でもってじゃあ、いわゆる青春ミステリかと訊かれると、それとも微妙に異なっているように思えるのだ。
いわゆる恋愛を扱うコメディ系統の小説か、というとやっぱり違う。二人は恋愛関係にないし、その入り口に立っているのかすらよく分からない。またミステリだ、と断じてしまうと「日常の謎」系統から発する個々のエピソードは、これまたちょっとぬるく感じられてしまう。とはいっても、その二つもあくまで米澤作品の面白さのなかの要素の一つではある。

ただ――作品全体としては十分に読ませるし、楽しい。そこで、少し考えてみた。どこが面白いのか。 ――結局のところは先を見せない物語そのもの、個別のエピソードでなく小鳩・小左内のコンビの動きと微妙な成長や変化というあたりがいちばん面白いというのが私の結論。つまり、物語全体の主題がこれまでの小説ではあまり見られないところに置いてあり、そのシチュエーションが醸し出すほのぼのとした雰囲気が実に特徴的なのではないか。小鳩、小左内が何から逃れ「小市民」を求めるようになったのか。その噴き出てくる衝動に堪えるのがいかに大変か。徐々にトラブルに巻き込まれていった結果、彼らはどうなってしまうのか。個々のエピソードを踏まえて、全体に大きな流れがあり、その流れが心地よく、そして魅力を持っているのである。
一方で既に三十くらいの大人の頭脳が十五歳の主人公たちに宿っているかのような言動・行動が目を引く。登場人物たちのもつ、この奇妙な冷静さ(そして十五歳ならではの行動とのギャップ)もまた特徴的。舞台も登場人物も基本的にはコメディでまとめられていて、その柄ではないにもかかわらず、芯となっている要素を取り出すと、どこかハードボイルドめいた印象すらある。(ま、こういう捉え方をする人は他にいないとは思うが)。彼らの独特の信念が物語を支え、紡いでいるというあたり。

ということで、現段階では不思議な魅力を持つ作品である、ということでお茶を濁しておく。学園もの小説ではあるのだが、この作家、このまま進めば「米澤穂信」というオンリージャンルを創り出せそうな予感。続きもありそうなので期待して次作を待ちたい。


04/12/06
綾辻行人「最後の記憶」(角川書店'02)

'95年の『鳴風荘事件』以来、七年ぶりに発表された、綾辻氏による本格ホラー長編作品。『KADOKAWAミステリ』誌の二〇〇〇年十一月号より、二〇〇二年五月号まで間欠的に発表されてきた同題の作品に加筆集成が加えられている。

母・千鶴の様子がおかしくなった。まだ五十になるかならないかの歳にして物忘れが極端にひどくなった彼女は早発性アルツハイマー症候群と診断され、入院。しかも担当医によれば、それはもっと特殊な病気〈簑浦=レマート症候群〉別名〈白髪痴呆〉と呼ばれるものではないかという疑いがあるのだという。その千鶴はバッタの飛ぶ羽音や黒い男、雷の光などに極度の怯えをみせる。「最後の記憶」に残されているものが彼女を恐怖させている。主人公・波多野森吾は大学から大学院と研究の道を進んでいたが、その痴呆が遺伝するのではないかと恐れ、結婚を考えていた恋人とも別れ、自分自身にもみえる「記憶」とその遺伝子が自分に伝わっている可能性があることに怯えながら暮らしていた。しかし、そんな彼を幼なじみの藍川唯が救う。彼女の叱咤のもと、森吾はその「記憶」を確かめに、母の実家のある地方へと向かう……。

綾辻行人の本格ホラー? いやこれは綾辻行人の「幻想小説」……。
ホラー小説において視点人物の一人称が採用される際には、二つのパターンがあるように思う。一つは視点人物が実にまっとうな常識人である場合。このケースでは、日常や周囲や常識が徐々に歪みを発生、その現象に徐々に恐怖を覚えていく様が演出される。一方、もう一つは既に視点人物の感覚がちょっと壊れている場合。本書の場合は明らかに後者にあたり、その歪んだ視点が醸し出す光景は、読者の恐怖を誘うというよりもむしろ眩瞑感みたいな感覚を喚起するように思う。そして、その眩瞑感覚は本書においても当てはまる。
過去の記憶に怯え、その記憶が徐々に具体化してゆく過程。自分が痴呆に向かっていくのではないかという恐怖。――とはいっても、実際読み進めていても、主人公の怯えほどには読者は同様の怯えを感じられない。むしろ物語の底流にある”混乱した記憶によって醸し出される世界”といった部分に何か不思議な手触りを覚えるのではないだろうか。主人公がさかんに引き入れられようとしている”あちら側”。このあたりで覚えるのは、ホラー小説の恐怖というよりも、幻想小説のような曖昧な感覚である。その意味では「囁き」シリーズや『人形館の殺人』にテイストとしては近い。
また、物語のうちの「理」に落ちる部分の扱いなど、綾辻行人らしい処理がされておりミステリとしての興趣もあるといえばある。(ただ――本格ミステリを指向していない以上、”読める”展開ではあるのだが)。

刊行当時に何となく読み逃していた時期遅れの読書。本書があまりに久々だったこともあって「本格ミステリ作家・綾辻行人の新刊」として読まれた方はお気の毒だと思う。とはいえ、先入観なしに綾辻行人の小説として取り組むのであれば、『眼球奇譚』をはじめとした、一連の綾辻ホラー作品の系譜としての、独自の幻想小説世界に浸れるものだとは思う。タイミングや著者のレッテルにより、本来の読者層が獲得しづらかったのではないかという、扱いの難しい作品ではある。


04/12/05
多岐川恭「ミステリーランドI 昼下りの殺人」(光風社'91)

'91年から翌年にかけて、全四冊にて唐突に? 刊行された多岐川恭の短編集成が、この「ミステリーランド」のシリーズになる。ただ、収録されている作品は過去の作品集未収録のものばかりであり、名作集というよりも拾遺集のイメージ。それでも読んでみると佳作揃いで驚かされるのが多岐川作品の奥深さである。

貿易会社に勤務する恋人と、船員の兄と三人で行ったバーで喧嘩沙汰を起こした男・二郎。二郎はなぜか恋人の貿易会社に勤務するようになり、時々デートする関係に。しかし彼には悪い噂が絶えない。 『私が拾った男』
私はお金を貢ぎ込んだデザイナーの恋人が年若い女性と肉体関係を結ぶのをある方法で部屋の隅からずっと見ていた。情事が終わった彼を殺害して、部屋を出た。警察はトリックを見破れず真相に到達しなかったが……。 『午後の密室』
お金持ちの奥様と偽装結婚をするために恋人と一時的な別れをする若い男。その恋人は別の男とも付き合っていて、奥様は夫の素行調査をしている探偵と浮気。夫は夫で愛人を囲っており……。 『だまし模様』
大学入学のため上京してアパート暮らしを始めた”ぼく”。隣人は長い髪の毛と髭、それに色メガネを付けた得体の知れない人物。しかしそいつは時々変身して美しい女性になるのだという。 『悪夢をくれたやつ』
二人の刑事が未解決事件の捜査で関係者の家を訪ねて回る。女たらしのサラリーマンが殺された事件で、その男と結婚の約束をしていた関係者がやっぱり怪しいのではないか、ということだったが……。 『昼下りの殺人』
恩師である大学教授の女性助手。彼女は教授とその弟子数人と別荘に宿泊した際に暴力的に犯されたのだという。教授の依頼で捜査を開始した私は、ひとりひとりから事情を聞く。 『けもの狩り』
義妹の親友・由起子の姉が殺された事件。由起子は発見者であるグラフィック・デザイナーが怪しいので調べて欲しいと私に頼む。私の友人に役立たずの探偵が一人いるからだ。 『嘘つきとブローチ』
車のセールスをする冴えない”おれ”。同僚で上手いことしている奴は金持ちの奥様の心をつかんでいる。そんなおれにも遂にチャンスがやって来た。上流家庭の奥様をたらし込むことに成功したのだ。 『何かうまいことが』
バーで知り合い深い関係になった一雄とミチ。ミチはまだ若いのに凄いテクニックの持ち主。彼女を支配するヤクザ者が散々に仕込んだから。一雄は妻を殺害し、その犯人をヤクザものに見せる計画を。 『みだらな葬送』
親友の油井が妻殺しの容疑で逮捕された。証言者は父親だが、油井はそんな事実はないという。弁護士も匙を投げた事件に対し、おれは関係者の証言を集めてある人物の嘘を洗い出した。 『目撃者』
東都セラミック社長宅で起きた不倫事件。家庭教師の男が妻と肉体関係を結び恐喝した……というものだった。妻は自殺未遂し、男は捕まった……が、久しぶりに関係者に会った刑事は不審を感じた。 『不貞計画』 以上十一作品所収。

奇妙な人間関係を描く話あり、人情譚あり、そしてバカミスありの変幻自在多岐川バリエーション
多岐川恭の作品集からは、大抵新鮮な驚きを毎回得ることができる。
桃源社ポピュラーブックスで大量に多岐川短編集が刊行されていた'60年代後半から'70年代前半であれば、作家として脂ののっていた時期であることもあり、驚きは嬉しいものの、作品集に驚きがあることそのものに対して意外性を感じることはあまりない。しかし、本書の位置づけは多少その時期の作品集とは異なっている。と、いうのも多岐川氏の執筆期間において、かなり後期にあたる90年代になってから編まれた作品集であることだ。しかも、傑作選ではなく、未刊行作品集成。落ち穂拾い的ニュアンスを含むものと独り決めしていたが、それがまた見事に裏切られた。嬉しい嬉しい。
初期作品から続く、多岐川テイストが横溢しているばかりでなく、本格ミステリあり、サスペンスあり、奇妙な味わいの作品ありのバリエーションの豊富さがまず特徴。そして、それぞれが持つ、着想や展開の奇想(全てが傑作とはさすがにいわないが)。時に鋭すぎるともみえる人間観察によってもたらされる、底冷えするような怖さ。マニアである私がいうのも何だが、多岐川作品における魅力が、この段階でもしっかり味わえるものばかりなのである。

個々の作品も一読心に残るものが多い。 徹底的に関係者を愛欲関係で数珠繋ぎにするコミカルな面白さを描きつつも、結末に何が起きるのか、最後に生き残って笑うのは誰なのかさっぱり分からない奇妙なサスペンスである『だまし模様』
捜査の途中から物語を滑り出させて読者の心をつかみ、事件の持つ異相を思わぬかたちであぶり出す表題作『昼下りの殺人』。こちらは最低中編クラスに使えるネタを、短編にすっきりまとめた手腕が垣間見える。
ヒモ志願の男が念願叶って上流家庭の奥様のヒモとなり、散々お金を引き出した挙げ句逃げ出した……。思いも寄らないその一連の情事の真相、そして結末の超絶の皮肉が凄い『何かうまいことが』
『午後の密室』あたりのバカミスぶりは強烈にして清々しい。デザイナーの部屋だから○○○○があるのは分かるが、恋人がエッチしているあいだずっと気付かれずにいるのは普通無理だろう、というか、気付けよ被害者。
その他、いくつかの作品に重なるモチーフなので気付いたが、わざと小さな事件を発覚させて社会的な制裁を受けることによって、その裏に隠された大きな事件を隠蔽するといった悪魔的計画と、その事件が収斂した後で、ちょっとした油断から第三者にその計画が見破られていく様子を描いた作品が結構多い。本格ミステリ特有のWhy done it? に加えて、どんでん返し、更にブラックな味わいと何重にも作品が楽しめるからか。ただ、大筋ではそうであってもワンパターンに陥るような愚を多岐川氏は犯しておらず、構図が明らかにされた後で「ああ、このパターンだったのか」と気付かされるだけ。なので結局どれをとっても面白い……ということになってしまう。私のなかでは、特に。

刊行年が比較的最近である割に、出版社が小さいことと恐らく刊行部数がそれほど出ていなかったのであろうか、古書としてもあまり見かけることのない作品集。ただ一冊に十一もの作品が入っていることを勘案すれば、古書価を出してもお得と思った。ミステリという枠組みを通じて描き出される人間観察の妙味、直木賞受賞者の看板は伊達ではないです。


04/12/04
五十嵐貴久「安政五年の大脱走」(幻冬舎'03)

'01年に『リカ』にて第2回ホラーサスペンス大賞を受賞した五十嵐氏。WOWOWにてドラマ化された『交渉人』に続く第三長編。この後、氏は書き下ろしを中心に『1985年の奇跡』『Fake(フェイク)』とスマッシュヒットを飛ばしている。

彦根藩主の十五男として生まれながら、兄が跡を継いだため養子に出ることになった井伊鉄之介。しかし養子の口すら無く、藩から冷遇される日々が続いていた。そんな折、長州の小藩・津和野の藩主が養女としている公家出身の美蝶に懸想するが、格の違いによって涙を飲む。それから年月が過ぎ、運命は巡って鉄之介は彦根藩主となり、いつしか幕府においても重鎮の大老職に就く。井伊直弼。それが現在の彼の名前であった。その井伊直弼、江戸の町で美蝶そっくりの女性を目にする。彼女は美蝶の息女・美雪姫であった。井伊は側室に彼女を望むが、美雪は尊皇派・長州藩と縁の深い津和野藩に籍を置いていた。佐幕派の井伊の申込は婉曲に断られる。しかし諦めきれない直弼は、腹心の長野主膳に命じ、謀反の疑いで江戸詰の津和野藩兵もろとも美雪姫を拉致、監禁することで姫の気持ちを曲げようという作戦を開始させる。美雪姫、そして津和野の藩士五十名は、とある山の山頂を利用して作られた脱出不可能の砦内部に閉じ込められる。津和野藩士・桜庭敬吾、鮫島宗十郎らは脱出を試みるのだが……。

大江戸版「大脱走」。ストーリーが先で設定が後付けと思われる構成に、分かっていてものせられる
読み終わって感じたのは、まず「大脱走」ありき、という点。恐らくフィクションであろう、あまりにも人工的な牢屋を設定、脱出が到底不可能な状況を創りつつ、いかにそこから脱出させるか、というスリルが物語の主眼。この牢屋の人工的な構造、物語の冒頭に図解があるのだが、時代考証として変というわけでもないながら、ちょっと凝りすぎたか度が過ぎてしまって現実性が薄くなり過ぎている感。まず普通の人間が登ることが叶わないような、岩山があって、その頂上が平らになっており、道以外は全て断崖、うち二方が海に囲まれている。そこに小屋が幾つか建てられ、竹矢来で区切られ、藩兵五十名と美雪姫が囚われ、監視の彦根藩の兵がまた数十名いる……という設定。そこに一ヶ月間蟄居って……ちょっと無理ありすぎ。
まぁ、その点に目をつむるとこの話自体はなかなか面白い。そこに至るまでの物語展開、特に不遇だった頃の恋の怨みを権力で取り替えそうという井伊直弼、彼を支える側用人・犬塚外記、職務に忠実で冷酷な長野主膳といった敵方の登場人物それぞれに厚みがあるし、主人公側の美雪姫をはじめ、桜庭敬吾、塩入清之進、鮫島宗十郎らの上士たち、商人ながら共に拉致された藤原宋達、そして黒鍬者なる特殊能力者も味があっていい。全く何もない状況から、奇想天外な脱出計画が練られ、いかに実行に移されるか……、この展開は素直に楽しめる。設定されたタイムリミット、次々と発生する危機。それをいかに乗り越えていくかというあたり、冒険小説としての妙味が溢れる。
物語の最後がどうなるかという点については、ある程度の約束事が設定から生じてしまうものだが、そこは意外性(というか、ひねくれたミステリ者としてはラストが読めたが)でカバー。ファンタジックな結末にて締めくくるあたりも、何か手慣れた印象を受けた。

題名からして時代小説ではあるが、真っ正面から構えずにあくまでエンターテインメントとして楽しむべき作品。歴史のことは何も知らずとも本書は読める。(逆に真っ当な歴史小説ファンにとっては、本書の荒唐無稽はちと辛いかも)。起承転結のしっかりしたエンタメの王道作品である。


04/12/03
芦辺 拓「切断都市」(実業之日本社'04)

長いキャリアを誇る本格ミステリ作家芦辺氏だが、月刊誌への長編連載は(たしか)この作品が初めて。月刊『Jーnovel』誌の04年1月号から10月号にかけて連載されたもので、新主人公及び探偵役として初登場する、大阪府警の準キャリア捜査官・梧桐(ごどう)警部が主人公を務める。

大阪府警に勤める準キャリア警部・梧桐渉(ごどう・わたる)は、学んできたゲーム理論や意志決定科学を活かすため、一般企業勤務を経て国家公務員II種試験を受け合格したという変わった経歴の持ち主。そんな彼が大阪・西天満のギャラリーにふらりと入った。「切断都市/河浪漂治個展」と題された展示は「浪速百景」と呼ばれる錦絵と、あまりにもリアルに作り込まれた人体が切断され、再度バラバラに繋げられたオブジェ「摂津国の悲劇」との二つに分かれている。展示に戸惑う梧桐の元に道頓堀に切断死体が浮いたとの連絡が。首と両手足が綺麗に断されたその死体は、新犯罪対策班として梧桐を事件に関わらせる。続いて、大阪南港の第三セクター内の事務所で冴木麻衣子という女性の生首が目撃され、そして消失するという事件が発生。現場には死体のものと同じ血痕があった。さらに胴体の肋骨骨折の痕跡より、死体は冴木麻衣子であると特定された。彼女はイベントプロデュースの個人事務所を運営しており、最近企画がスタートし頓挫した『街=舞台/全OSAKA演劇祭』に携わっていたことが判明。しかし、事件の続きは意外なところから発見された、今度は切断された右腕がビデオで監視される天王寺公園内でみつかったのだ……。

現代の「怪人」を演出することで、本格ミステリと社会派をさりげなく、そしてみごとに融合した傑作
小生が関西圏に生活していることもあるが、大阪市における、税金無駄遣いの結果としての慢性赤字体質、いい加減な計画に基づく公共事業、お手盛りの闇手当て、無責任なお役所体質……等々の新聞記事を苦々しい思いで眺める機会が最近非常に増えたように思う。本書は現代大阪市の暗部を断罪するものであり、その現実の溜飲を少しだけ(勿論本作はフィクションであり、現実が変化するものではないから)下げてくれる長編である。

作品内にさまざまな要素があって、どこからアプローチしたものか悩むところだが、まず現代の劇場型犯罪という点からスタートしたい。バラバラ死体遺棄事件からスタートする一連の猟奇的色調を帯びた事件。これの犯人と目されるのが、切断都市という個展を開催し、遺体切断に使用可能なウォータージェットを持ち、そしてその行動が奇妙な芸術家・河浪漂治である。エポックメイキングな死体遺棄事件と並行するように、重要参考人として警察がマーク。ホームページに正々堂々と一連の犯罪との関わりを匂わせ、ホームページの立ち上げ、さらにテレビカメラに追われるなど人々の注目を集める存在となる。しかし、決して犯罪との直接的な関わりを見せないため、警察は彼を捕縛・正式逮捕することがなかなかできない。このあたり、オウムの事件の時のことを思わせる。巧みなやり方をもってインターネットとマスコミを手玉に取る彼は、現代における「怪人」であるといっても過言ではないだろう。
そして、事件とは別に彼が「怪人」となる必然性が物語にある。それが社会派テーマの部分。一個人が声高に叫ぶだけでは誰も足を止めないが、それが全国の注目を集める人間であれば、また別の影響力が発生する。この結果、あやふやだった大阪市の暗部が次々と明らかにされ、世論もまた「怪人」の思惑どおりの展開をみせてゆく。この部分、実際の現実にも通じており、仮名称を用いている箇所もあるが、大阪人であればその対象となった施設・場所は明らかだ。あと、「摂津の国の悲劇」については本書で初めて知ったが、それよりも大阪文化に対するこだわりを『街=舞台/全OSAKA演劇祭』の突然の中止、というかたちで演出するのも、地元ですら忘れがちな要素を告発する意味合いがあって、この点も社会派的に興味深いところである。(もう一つ、蛇足覚悟でいえば、芦辺作品で時々鼻についた反権力指向は、警察側を主人公にすることによりかなり薄められている。この点も好印象に繋がっている)。

一方で、本格ミステリとしての興趣も忘れられてはいない。読者には窺い知れない”仮想線”を引かなければならないが、真実の意外性もまた抜群。「福島の人間がなぜ関西に居を構えているのか」という地元ならではの発想を真実へのヒントとして利用するあたり、さりげない説得力が(少なくとも小生に対しては)あった。先に述べた「怪人」によって、このミステリ部も構成されていることになるが、彼が「怪人」であるからこそ、奇妙なこの事件に、この事件ならではの説得力が浮上してくるあたり、実に巧い。 ちょっと後半部で解決に向けて急いでしまい、次々と新たな人間関係が浮上してくるような印象がある点だけはちょっとマイナスか。

とはいえ、わざと硬めの形容詞を多用する文体からして普段の芦辺作品(例えば森江春策もの)との違いを感じる。芦辺氏が一貫して(ただ、あとがきによれば本作で一区切りを付けるということなのだが)描いてきた「大阪という都市」を改めて作り直すにあたり、別の手法を持ち込んできたというようにも受け取れるし、梧桐警部ものという新シリーズに相応しい文体を作ったのかもしれない。関西圏以外、他の都市に住まれている方にとっては他人事かもしれないものの、実験的であり野心的な試みがなされたこの作品、個人的には都市テーマの一連の作品のなかでもっとも好みかもしれない。読者によって向き不向き(対関西への心情であるとかによる)があることも間違いないが、自分にとっては傑作として心に残る作品。


04/12/02
西澤保彦「生贄を抱く夜」(講談社ノベルス'04)

チョーモンインのシリーズの七冊目にして四冊目となる短編集。表題作をはじめ、収録作品のうち六作品は「小説現代増刊メフィスト」誌の二〇〇二年九月号から二〇〇四年九月号までに発表された作品で『情熱と無駄のあいだ』が書き下ろしとなる。

他人を騙す変装ができる超能力が観測された。現場では夫が妻との共通の知人女性を殺害した後飛び降り死を遂げたようにみえるのだが、超能力の使いどころが分からない。 『一本気心中』
予知夢をみる女性。夫が出張に出たのをいいことに別の男性と密会しようとするが、その男の様子がどうもおかしい。 『もつれて消える』
中学で陰湿ないじめの標的にされつつある少年がかつて巻き込まれた、小学校での原因不明の火事。その原因と噂された教師を彼は庇うが……。『殺し合い』
自分が不在の時に部屋のものが動くような気がする……。ストーカーに悩む波子は、昔から振り回されているお嬢様・真寿美の邸宅での婚約パーティに赴いた。が、他の招待客はまだ来ていないのだという。 『生贄を抱く夜』
念写能力を持つ男が、上階のひとり暮らしの女性と愛人との情交を念写。男の背中に奇妙なかたちの刺青があることに気付いた……。 『動く刺青』
高級レストランのなかで満席の店内のあちこちから悲鳴が。一人は青酸中毒死、一人は心臟が直接潰され、一人は銃撃されたような死に様だった。果たして原因は……? 『共喰い』
入念なリサーチの結果”復讐”を果たすべく、イタリア料理店にせっせと通い続けた香保里。そして遂に超能力を持つ彼女の大いなる野望がスタートするのであった。 『情熱と無駄のあいだ』 以上七作品。

あくまで確立したチョーモンイン世界を知ったうえで楽しむべき、ファン向けのボーナストラック集
超能力が前提となった世界で発生する犯罪を、神麻嗣子や能解匡緒、保科匡緒といった個性豊かなレギュラー・キャラクタが寄ってたかって議論して、その謎解きを行う――というのが本来のチョーモンインシリーズの基本形態だとするならば、本書ではそのラインから逸脱した作品ばかりが揃った。作者の西澤氏があとがきでも記しているが、もう一つの代表的なシリーズであるタックタカチの物語にしても、西澤氏は語り手を通常の主人公クラスとは全く別にしてしまう(レギュラーキャラクタのなかで入れ替えてみたり、全くのその物語のための第三者を登場させてみたり)ケースがしばしばみられる。その意味で本書はチョーモンインにおける別視点物語の集成である。
その結果、いわゆる本流での興味――この世界がどのように進むのか、登場人物はどういう運命を辿るのか――といったあたりはこの作品集では満たされない(もちろん、満たして欲しいと思ってますよ)。能解匡緒、保科匡緒らがほとんど登場しないことに加え、神麻嗣子ですらほとんど活躍の場を与えられていない。それでも、シリーズを知る人ならば十二分に面白みが分かるという構成になっている。
――というか、《視点人物》を別に設定することによって、キャラクタに隠れて埋もれてしまいがちだった、チョーモンイン短編それぞれの”テーマ”が鮮やかに浮き彫りとなっているといってもいい。個々の作品から受けるインパクトの種類がバラバラで、かつそれらが個々に強烈なのだ。特に『生贄を抱く夜』の犯人の犯行動機。この飛躍した発想と飛躍した行動をキャラクタの高飛車な態度で「さもありなん」と納得させてしまうテクニックも凄いし、また『殺し合い』の冷え冷えとした結末も印象的だ。『殺し合い』の場合、少年の心情の微妙な変化がさりげなくも実に巧みに演出されており、その短い時間に発生するあまりに強烈な落差が悲劇的で、実に深く印象に残る。意味合いは少々異なるが『情熱と無駄のあいだ』のユニークなキャラクタもまた素晴らしい。この作品が一番一般ウケしそうで、主人公の境遇と行動の落差が実に楽しく、素直な面白さを持つ内容となっている。

一冊でも二冊でも、チョーモンインを読んでいる方なら是非とも手にとって頂きたい作品集。西澤保彦氏の短編が実に豊饒であることを実感させてくれる。(単体であれば『パズラー』等もお勧めではあるのだが)。一見、ユニークな語り口の西澤短編が次々と、そして様々なかたちに変貌していく様が楽しめる作品集となっている。


04/12/01
吉村達也「最後の惨劇」(徳間文庫'96)

吉村氏の代表的名探偵の一人、朝比奈耕作ものの初期作品。『花咲村の惨劇』『鳥啼村の惨劇』『風吹村の惨劇』『月影村の惨劇』と続いてきたシリーズを締めくくる最終作品にあたり、「惨劇の村 五部作」として、トクマノベルズにて'92年に刊行されているものが元版。本文庫版も毎月順に刊行されている。そして2004年、遂に「新・惨劇の村 五部作」が開始されることになった。

花咲村の惨劇より一年。満開の桜、そして多くの観光客で賑わう京都・天竜寺。すらっと背が高く、背広をきちんと着こなし、鼈甲ぶちの眼鏡を掛けた老紳士が腹を押さえて苦痛に顔を歪めていた。駆け寄った老女に男はかすれ声で呟いた「こう……朝比奈君に伝えてくれ……」「決して……信じては……いけない……と」。惨劇の村の一連の事件において、遂にある事件において黒幕的存在として警察にクローズアップされていた尾車泰之教授はこうして息を引き取った。回想シーン。昭和三十五年、朝比奈耕作の父・耕之介は、尾車泰之と共に花咲村を訪れた。耕之介は親友の尾車に対し、自分がスポンサーとなるので朝比奈耕之介として民俗学の調査をして欲しいと依頼していた。そして鳥啼村でも。そのあいだに、二人の共通の思い人であった晴子と朝比奈耕之介は結婚。徐々に朝比奈と尾車の間柄にぎくしゃくしたものが漂い始める。そして、朝比奈耕作の誕生。朝比奈耕之介の真情は何だったのか。朝比奈耕之介の自殺における真相とは。朝比奈耕作は衝撃の事実に向かい合うことになる……。

これまでの惨劇の村事件とは別に、隠された大きな流れが明らかに。一冊目から明示されていた真実に衝撃
名探偵・朝比奈耕作の出生の秘密! という点に関していえば、実はそう意外性のあるものではない。確かに自分自身に降りかかるのは勘弁して欲しいような事柄ではあるのだが、いわゆるミステリ読みでなくとも、普通に本を読まれている方なら誰でも「ああ、こういうことだろうな」と想像する内容と、恐らくは一致するはずだ。本書のポイントはそこにはない。一つは回想で語られるどろどろとした人間関係、そしてもう一つは、過去の四冊であまりにもあからさまに明示されていながら、全く疑いを寄せ付けなかったあるポイントにある。冒頭で示され、惨劇の村を通じての事件ともいえる尾車泰之刺殺事件もあるが、観光地での白昼の刺殺事件→意外な証拠品というのは、それなりに盲点ではありアイデアではあるが驚愕とはいえまい。
人間関係については、吉村達也らしいたくみな描写が生きており、朝比奈耕之介と尾車泰之の二人の親友間にある葛藤、そして朝比奈耕之介の真実というあたり、演出の巧みさに唸らされる。特に、シリーズ最後ということもあってそれまでに引っ掛かっていた幾つかの点が、この人間関係によって理に落ちていくあたりが巧い。
そしてもう一点の方。これは小生がミステリ読みとしての読み方をしているせいで余計に衝撃があったかもしれない。朝比奈耕作が発見した朝比奈耕之介の死の場面。シリーズ通して繰りかえし語られる状況に隠された秘密。単に縦のものが横になるだけなのに。それに「見慣れた筆跡」。……詳しくは書けないもののこの二点、さりげなく、そして実に巧く事件の真相を説明することに使用されている。

いずれにせよ、単体で読まれることはまずない作品であり、あくまで五部作を締める作品という位置づけになるだろう。終盤のパワーダウンは惜しまれるが、それでもしっかりまとめきっているあたりはさすが。そして、きちんとこの最初の惨劇シリーズ五部作を踏まえたうえで「新・惨劇の村 五部作」が終結してくれんことを切望してやまない。