MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


05/01/10
馳 星周「長恨歌 不夜城完結編」(角川書店'04)

'97年、前年のデビュー作『不夜城』は、第18回吉川英治新人文学賞を獲得。そして続く『鎮魂歌 不夜城II』では第51回推理作家協会賞を受賞した。本書は同シリーズの三冊目にして完結編にあたるが、また何か勲章を獲得するのだろうか。本書は『野性時代』誌に二〇〇四年二月号から十月号にかけて連載された作品が改題されたもので、「長恨歌」を「ちょうごんか」と濁って読む。

武基裕を名乗る李基は生粋の中国人でありながら、祖父の尽力によって残留孤児二世として日本にやって来ていた。必死に日本語や文化を勉強し、日本人になりすまそうとする彼だったが、勤めていた会社が倒産し、黒社会へと否応なく足を踏み込むことになる。かつて惚れていた女性に関するある事件の結果、麻取の矢島という男にいいように使われる李基は、彼の指示によって、揺頭というドラッグを卸す韓豪という男のグループに入り込む。その韓豪とヤクザの取引を見張っていた李基は、謎の一団の襲撃によって韓豪とヤクザがまとめて殺害される現場を目にする。別のヤクザ・村上に縋った李基は、犯人探しを強制的に引き受けさせられるが、歌舞伎町にそれらしき勢力はない。八方ふさがりの李基に対し、中国人社会に詳しい情報屋の名を矢島が伝えてきた。劉健一。歌舞伎町のかつての大物、今や情報屋。李基はその底知れ無さに抵抗を覚えつつ、情報を頼りに錦糸町へと向かう。そこで李基は故郷に残してきた筈の妹分・藍小慈と再会するが……。

”恐怖”で世界を支配するとはこういうこと。張り巡らされた陰謀と暴力の海に投げ込まれる
外国人とヤクザとが利権を争う街、歌舞伎町。一旦は頂点に立った筈の、これまで主人公・劉健一はなかなか物語に浮かび上がらない。ようやく浮かび上がってきたかと思うと、その存在は”かつての大物”そして”情報屋”である。引退した好々爺を想起させる彼の現状は、この段階でかなりの意外性を持っている。ただ、その後主人公が窮地に陥るたびに姿を見せる劉健一の姿は、着実にその存在感を増してゆく。あの血みどろの抗争のあと、現在の劉健一が歌舞伎町においてどのような存在であるのか――という点は本書の眼目の一つであるので、敢えてここでは語らない。
むしろ、本書の物語の魅力は主人公・李基が巻き込まれる、現在の歌舞伎町内部(及び錦糸町界隈)で発生する混沌とした争いの方に少なくとも中盤までは存在している。数年前から一変してしまった勢力、力と力の仁義無き抗争。敵同士が手を組み対象を追い詰めていく権謀術数。ヤクザと中国人が殺害された一大事件によって歌舞伎町はその牙を剥く。そんななか、様々な悩みと弱みを抱えつつ小器用に生き延びようとする主人公なのだが、数々の偶然と必然によって事態は転がり始めてしまう――。
この物語展開のスピード感覚は抜群。駒とされる人物と、深くその背景までじっくり描かれる人物との両極端があり、内容の重さと読感の重さは比例しない。ばたばた人が死ぬ展開にも、裏にしっかりと意味があるあたりは、さすが馳星周と唸らされることしきり。
あと、一つ思うのはこの作品はヴァイオレンスに支配されているものの、恐らくは決して暗黒小説ではない……ということ。劉健一の周到な執念については確かに人間の暗黒面を感じさせるものの、その執念は内面から描かれない。一方の主人公の李基はといえば、その精神は安いヒロイズムと生存本能によって構成されており、感情移入しづらいタイプである。沢山の人が残酷で安い死を迎えるし、多くの人間が傷付くという、決して明るい物語ではないものの、その巧みなストーリー展開はやはりミステリーとエンターテインメントを馳流で融合した結果であると思うのだ。

ばたばたと、中途半端にすら思える残酷さをもって終了していく物語、そしてその救いの無さが、実は救いであるというアイロニー。劇的とは少し違う幕切れが実に印象に残る。他にも心に食い込む場面の多いこの作品、人気シリーズの終わりを締めくくるに相応しいといえるだろう。ごちそうさまでした。


05/01/09
原 ォ「天使たちの探偵」(早川書房'90)

'88年に『そして夜は甦る』を著し、翌年『私が殺した少女』にて第102回直木賞を受賞した著者による初(そして現段階では唯一の)短編作品集。全て沢崎シリーズの作品で、『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』の一九八八年四月号から九〇年一月号までに発表された作品に書き下ろし『選ばれる男』が加えられている。

ある女の人を守って欲しいとやってきた小学校五年生の少年。否応なく少年に雇われた沢崎は宝飾店勤務の女性の監視を開始するが、銀行強盗事件に巻き込まれてしまう。 『少年の見た男』
国際的な韓国人演奏家が、かつて日本留学の際に知り合った女性の子供らしき男から金を要求されているという。沢崎はその若い男との会見に立ち会い尾行する予定だったが、見失ってしまう。 『子供を失った男』
都内に十数軒の喫茶店を経営する男から頼まれた、彼の娘の行動調査。それは結果的に依頼人の浮気調査になった。彼女は依頼人を尾行していたからだった。しかしその依頼人が殺害され、沢崎も疑われる。  『二四〇号室の男』
渡辺探偵事務所に掛かってきた自殺を仄めかす少女からの電話。沢崎は間違い電話として切るが、翌日の新聞記事で実際にその十六歳の歌手が飛び降り自殺をしたという記事を目にする。 『イニシアル”M”の男』
沢崎のもとを訪ねてきた別の探偵事務所の女性探偵。彼女は沢崎のもとを訪ねてきたという女性の依頼を聞かないよう頼み込む。捜索対象の青年が兇悪な犯罪者であり、彼女の心臟に良くないというのだ。 『歩道橋の男』
不良少年が殺人犯と間違われそうだと言い残して姿を消す。その母親の依頼で少年のことを知る相談員のもとを訪ねる沢崎。しかしその相談員は選挙に打って出るところで多忙を極めていた。 『選ばれる男』 以上六編。

現代社会の暗部からのメッセージ。それでいて論理ベースのミステリ手法を踏襲した本格ミステリ作品集
改めて原ォの実力の高さを思い知る一冊
それほど分厚くもない一冊の本に六つの短編というのは、標準的な短編集が七編収録しているのに比べると一編が若干長めであるということにはなる。が、それにしても全ての作品の中身が濃い。キリッと締まった文章により、平凡な作家であれば長編のテーマにしてしまいそうな内容が、惜しげもなく注ぎ込まれている。その結果、六つの作品を読んだ後の印象は、まるで六冊の長編を読んだかのような深い読後感に包まれるという至高の短編集である。
私立探偵小説として、それぞれの事件の背景が濃い。少年犯罪や国際結婚の問題、身内が犯罪者ではないかと怯える家族、アイドルの自殺……といった様々な要素が、ワンパターンにならずに取り上げられる。社会派的なテーマを単純に断罪するのではないところもまた素晴らしい。実際にその渦中に登場人物がいたらどうなるか、そこに情愛や利害関係が絡むことによってどう対応するかといったところまで、きっちり踏み込んでおりその見せ方が巧い。
また、そういった事件を再構成することによって、本格ミステリとしかいいようのない展開で読者を引き込む。具体的に不可能犯罪が提示される訳ではないが、一見どこにでもある普通の事件がみせるちょっとした違和感を、巧みに裏返し、結果としてのどんでん返しが作品にある。少なくとも、それまで見えていた事件の様相がひっくり返される快感は、良くできた本格ミステリのそれと同じといっていいだろう。そして、それが微妙な伏線や事件構成の論理によって裏打ちされており、ごくごく自然なのだ。名探偵ものではなくとも、本格ミステリがこれほど見事に体現できるということを本書はさりげなくも示してくれている。

本書を最初に読んでから十年ぶりに再読してみて、改めてその完成度に舌を巻いた。このクオリティを味わってしまうと、その後作家が何年沈黙してしまおうと「待つしかない」という気持ちに確かになる。ここまで来れば手元の『愚か者死すべし』を読む前に『さらば長き眠り』もやっぱり再読しておこう、と思うのであった。


05/01/08
尾之江浩司(監修)「ホラーセレクション ゴースト・ハンターズ」(中央公論社C★NOVELS'04)

C★NOVELSにてスタートしたこのホラーセレクション、一歩先に『平成都市伝説』が刊行されていたが、無事に第二期刊行の二冊目として本書も刊行された。

女性の身体を男性の付喪神が乗っ取ることで出来上がった井奈波光子(こうし)は悪霊祓いを生業とする。その彼が金持ちの御曹司から落とした悪霊からは何か危険な匂いがした……。 山下定『デスメイト――死はわが友――』
ワトソン博士が遺したシャーロック・ホームズの知られざる事件。顔色の悪いホームズを慮り、ワトソンは彼にある奇妙な事件を伝えることを躊躇っていた。密室内部の生首が消えてしまうという事件である。 田中啓文『スマトラの大ネズミ事件』
宇宙から降り注いできた光。地球上の腐敗物に影響を与え、その側で暮らす人々に対し肉体構造を変化させてしまうのだ。日本のなかでも静かに、ゴミを漁って暮らす一部の人々を中心にその影響が出始めていた……。 友成純一『ゾンビ・デーモン』
西部劇の時代・アメリカ。荒れ地のなかにある”幽霊屋敷”では、住人や雇われ人たちが次々と家の内部で消失する事件が発生していた。その主人はこの現象を解決できる人間を大金を積んで呼び寄せるのだが……。 菊池秀行『「根無し草」(タンブル・ウィード)の伝説』 以上四編。

いわゆる「幽霊退治」という一筋縄では括れないクセ球揃い。新たなヒーローの誕生……か?
このアンソロジーのテーマが「ゴースト・ハンターズ」。つまり幽霊を狩る者である。そのまま受け止めれば、”狩る者”たるヒーロー、つまりハンターの方に物語の中心が置かれるように思われる。ただ、ハンターが生き生きと物語で活躍するためには、当たり前だがその踏み台、つまりはゴーストにあたる敵役が必要になってくるわけだ。ハンターの強さ・魅力を活かすことが出来るだけの、魅力的な敵役をこの中編程度の分量のなかでどう創り上げるか。作家の力量はこちらの方が問われるように思われる。
その敵役の生成という点、この四作、奇策も含めて成功しているといえるだろう。『デスメイト』では太古の謎の悪霊でかつ主人公の能力とも遠い過去に密接な関係のあった存在を創り上げているし、『スマトラ…』では、怪奇推理小説の文脈を用いて敵役の能力を”謎”の大きさによって盛り上げることに成功している。また『「根無し草」の伝説』では”幽霊屋敷”という存在が敵役の存在を隠し通しており、見えそうで見えないことによって敵役の強大さを簡単に図れないようにしてある。それぞれ、作家のセンスが感じられさりげない技巧ながら実にうまい。そして、もっともヘンなのは『ゾンビ・デーモン』である。これはハンターズがテーマでありながら、主人公はほとんどゾンビ側。実にポピュラーでチープな敵役ながら、ヒーローサイドの能力を矮小なものにすることによって、その典型的にB級なモンスターの魅力を十二分に醸し出している。
正統派の伝奇系のヒーロー小説である『デスメイト』、一風変わった設定に加え、主人公の凝った魅力を十二分に発揮した『「根無し草」の伝説』共々、ある意味では正統派のゴースト・ハンター・ストーリーであるのに対し、友成純一にしか書けない書かない臓物系ホラー世界をストレートに体現した『ゾンビ・デーモン』はアンソロジーのなかでは異質。異質ながら、友成フリークなら絶対に外せない魅力がある。そして、物語としては高い完成度を誇りつつもアンソロジーの内部での異質さは『スマトラの大ネズミ事件』の方が上かも。ホームズのパスティーシュとしての体裁をきちんと保ちつつ、猟奇殺人事件にきちんと本格ミステリの手法を用い、さらにそこに田中啓文らしいホラーの要素を加えているという三位一体が成立している。このアンソロジーだけに留まらず、ミステリファンにも目にして貰いたい作品である。

四つの中篇のバランスが取れており、アンソロジーならではの楽しみが味わえる好作品集となっている。そのテーマ性の方に惹かれて読まれる方が多いのだろうが、佳作揃いでもあり広く読まれたい。


05/01/07
樋口有介「船宿たき川捕物暦」(筑摩書房'04)

'88年『ぼくと、ぼくらの夏』でサントリーミステリー大賞読者賞を獲得し、青春ミステリ及び青春小説を中心に諸作を発表してきた著者、初の時代小説というのが本書。書き下ろし。筑摩書房のエンターテインメント系のハードカバーというのも珍しい。

長屋暮らしの独身男・真木倩一郎は二十五歳。父・倩右衛門に連れられ白河藩江戸に出て十年、今や神田の名門・小野派一刀流佐伯道場にて師範代を務め、同僚の「赤鬼」荒井七之助と共に「青鬼」と渾名される剣豪である。その倩一郎のもとに白河時代の幼なじみ・天野善次郎が訪ねてきた。白河松平の当主・定信が面談を希望しているのだという。倩一郎には白河家の隠し子であるという噂があるというが、それを倩一郎は一笑に付した。そんな倩一郎、日暮れ過ぎに若い女性の拐かしの現場に行き会い、下手人の男たちを剣で撃退する。その女性は思案橋の船宿たき川の一人娘・お葉。たき川の招きに応じた倩一郎は、その主人である米造が、江戸の目明かしの総元締めであることを知り、拐かしの下手人探しを手伝うことになる。再びお葉は誘拐され、必死の米造の捜索の結果、人里離れた村に監禁されていることが判り、倩一郎は乗り込んでゆく。しかし一連の事件の裏には、実は幕府をも揺るがす大きな陰謀が隠されていた……。

樋口有介の作品と思わせぬ時代小説として傑作。それでいて樋口有介らしさが喪われていないという意味でも傑作
どうやってこの本を絶賛してやろうか――と読み終えた瞬間に考えた。ツボである。すばらしい。
まず時代小説としての衣が素晴らしく、その時代ならではの会話を取り入れつつ絶妙なテンポにて進められる物語。加えて捕物帖、いわゆるミステリとしての構成も巧み、それでいて時代を踏まえた男女の恋愛における機微を静かに描いた作品としても強烈な印象が残るという、何拍子も揃った作品なのだ。冷静に考えれば、主人公の設定や物語の展開にちょいと都合の良いところがあるかもしれないとはいえ、それらを引っくるめて物語として手際よくまとめられているので文句はないはず。筑摩書房刊行のハードカバーということで、書店ではちょっと目立たない可能性もあるのだが、恋愛小説・ミステリ作家として固定ファンのいる樋口氏がさらに飛翔するきっかけになり得る作品で、本作こそはこれまで以上に色んな読者層に読んでみてもらいたいものと、かなり本気で考える次第(と小生がいって何の足しになるのかは判りませんが)。

時代小説という意味でまず驚かされる。キャリア十数年の現代小説作家初の時代小説と思えないほど、江戸になじんだ文章なのである。例えば時代背景であるとか江戸の街の描写であるとかは、資料を集めれば何とかなるとは思う。だが、この江戸の町民たちの言葉遣いや、会話のリズム、これまでが見事に再現されている。正直、この段階で「お?」と感じさせられた。
そして、登場人物。主人公の真木やヒロインのお葉だけに留まらず、目明かしの米造やその一派、幼なじみの善次郎や松平家当主、長屋の女房連、さらに田沼意知といった歴史上の人物に至るまでが、それぞれ実に活き活きと描かれ、さらにその書き分けがしっかりしている。女性に魅力を湛えるのは樋口作品の特徴であるが、本作は善悪かかわらず全ての登場人物に魅力があるのだ。
さらに、物語の構造がまた素晴らしい。行きがかり上主人公は事件に連なることになるのだが、小さな事件・大きな陰謀ともに時代背景や、設定にしっかりとマッチ。伏線もさりげなく、しかも的確に配置されている。特に目明かしの存在理由に繋げていくあたりの謎の展開に大きな魅力を感じた。剣と剣での対決に静かな迫力があると思えば、クライマックスには更に大きな緊張感を湛える場面を持ち込むなど、物語構成も凝っている。更に、誰もが望むハッピーエンドを素直にラストに構えるあたり、実に読んでいて気持ちが良かった。

一冊、しかも贅肉が削ぎ落とされた文章によって分量として決して大きくないながら、内容が詰まっており濃厚な物語となっており、読後の充実感がしっかり。一応の転結をみた物語ではあるが、個々の登場人物の魅力も大きいため、続編があって欲しいと切に願われる。いやホント、彼らをこの一冊に留めておくのは実に惜しい。……ということで、絶賛。読んでみて。


05/01/06
戸板康二「第三の演出者」(桃源社'61)

戸板康二のものにした探偵小説の代表的探偵は中村雅楽であるが、彼の活躍はほぼ短編に固まっており、長編は実に二作しかない。ひとつが新聞連載後に発表された『松風の記憶』であり、もう一つが桃源社の書下し推理小説全集の一冊として書き下ろされた本書である。

劇団ツバメ座を主宰していた加倉井誠という人物が病気で亡くなった。彼は矢内修という演出者に師事し、矢内の死後独立。市井から見出してきた南瑠璃子という女性をメインに幾つもの公演を行って好評を得、さらに二十以上年下の瑠璃子を加倉井は妻に娶り、友永という若い男性を助手にし、積極的に劇団を指導していたなかでの死である。その加倉井の死後、書斎から彼と親しかった竹野記者により遺作となる戯曲が発見され、残された劇団員たちはその戯曲を上演することに決める。その稽古の最中、あらたに発見された戯曲の演出メモに従って拳銃を使用した友永が、銃弾に倒れ亡くなるという事故が発生した。事故後、竹野記者は関係者による証言を集め、生前の加倉井の様子と事故前後の様子を記録。加倉井は妻・瑠璃子と友永の仲を怪しんでいたのか。加倉井の死後に発見された演出に関するメモ群はどういう役割を果たしていたのか。その記録を読んだ中村雅楽は、ある推理を披露する――。

複数証言から浮かび上がる事故の謎、そして真相。人間の心理の綾を解きほぐす手腕が見事
巧いなぁ――。
雅楽シリーズではお馴染みの語り手・竹野記者が複数の人物から、一人の人物とその後発生した事件についてヒアリングをしていく。対象となるのは、演出者である加倉井の妻・瑠璃子、竹野自身の手記、瑠璃子と共に加倉井家に入ったお手伝いのきさ、ベテラン主演男優の佐伯、同じくキャリアのある女優・黒木、同じく女優の湯浅はつ子。ただ、その導入部にあたる前段階では、読者には何が起きているかという情報は断片的にしか与えられず、加倉井誠という異彩を放つ演出者の生前の姿と、彼の死後発生した事件というのが何なのかをまず追わされることになる。 こういう手法自体が珍しいわけではない。だが、文章力というか構成力というのか、この段階で読者を確実に物語に引き付けてしまうあたりの上手さは抜群。
そうしてで浮かんでくるのが、加倉井という癇性を持った男の奇癖と、彼の死後に発見される戯曲及び演出メモによって発生した奇妙な事件。この事件の不可解さが何とも興味深い。 生前から予言めいたメモで人を操ることを趣味にしていた加倉井という人物像の奇妙さ。彼の周囲の人間たちの静かな確執。不幸な事故にしか見えない事件は、彼らの証言を経ることで読者にとっても謎を増す。ここまでの盛り上げ方、小出しにされる情報によって次々と肉付けされ、裏書きされていく事件といったあたりの進め方が絶妙。
読者のあたまのなかにどういう事件像が思い浮かんだか――というところまできちんと整えたうえで、雅楽は実に見事に種明かしをしていく。さすがに安楽椅子探偵ということもあって、確証には乏しいものの、特に加倉井の予言めいた行動に関する私的がいちいち的確なのが素晴らしい。最初に人間の見え方を一面的に描きつつ、その裏側を雅楽は見通すのだ。 事件や被害者のみならず、関係者の姿までが念入りに複数の視点を得ることによって、確実に実在化させられていく。明かされる真実そのものの意外性は、さすがに念入りに伏線が張られすぎている関係でちと薄いとはいえ、物語の構成による魅力がそういう小さな瑕疵を補ってあまりある出来映えといえよう。

本書は入手困難(現段階)です――、ととりあえずは言っておくが、雅楽シリーズは他の短編含め、再刊の企画が進みつつあるという噂も聞く。短編巧者・戸板康二のもっとも入手しづらい長編としてのみならず、内容的にもそうされるべき作品であると感じられた。


05/01/05
野崎六助「夕やけ探偵帖」(講談社'94)

'91年に第45回日本推理作家協会賞を受賞した『北米探偵小説論』など独特の評論活動を展開してきた著者がはじめて発表したミステリー長編が本書。この後、野崎氏は小説家としても活躍。幾つもの著書を発表している。

夜汽車に乗ってきて夕焼け町の停車場に降り立った権太とサニー。国民服ともんぺ姿の二人は、紹介状を持って「十銭食堂・夕焼け亭」にやってきた。彼らを待ち受けていたのはアレクサンドル・ボウを名乗る人物。二人は、その食堂で働くことになる。戦時中のこの時期、夕焼け町には戦時統制の結果、憲兵の監視がつくような変人たちが集っていた。工場を経営する町の実力者・咲山とその取り巻きである知花、神楽坂病院の風香博士とその助手・蘭丸、丘のてっぺんの教会のロレンゾ神父とその同居人の中年女ルーシーとスージーの双子。そして墓口団吾、大井墓介、墓田虚照、これにボウを加えた四人組……。そしてその町では事件が起きていた。教会の墓地に逆さ死体が突き刺さっていたのだ。知花の取り巻きであった曲淵が被害者。ここからこの町では人の失踪、死体の失踪、加えて失踪した死体が食堂のオーブンで焼かれるなど猟奇的な事件が相次いでいくことになる。お気楽な住人たちは、陰惨な事件の謎を解こうとして、ディスカッションを繰りかえすのであったが……。

ファンタジックなミステリ舞台に幾つものテーゼを仮託。評論筋ならではの奇想が詰まる本格ミステリ
独特の講談調ともいえそうな語り口、戦時中の銃後の世界、しかも思想的に(当時)危険と見なされたラジカルな人々が集う町。探偵小説(推理小説)が禁じられた時代のお伽話。
当初の印象では、いわゆる本格ミステリのための本格ミステリをやっている……と教養のない小生は考えた。教会裏の墓地に突き刺さった死体、移動する死体、オーブンで焼かれる死体、といった本格ミステリらしい諸要素に加えアリバイ的にも不可能犯罪といった事件がまずその考え方を裏付ける。そして、その事件に対して嬉々として議論を重ね、犯人探しに熱中する数多くの探偵役立候補者たち。幾つもの論理が浮かんでは消え、街中が事件に狂奔する……。本格ミステリを意識的にファンタジックな舞台において、その本質を際立てて描いただけ……、の作品だと当初思った。実際、単にストーリーを追うと同様の感想を覚える人も多いのではないか。
また、その推理合戦にしても、物語の描き方が過剰と不足を繰りかえすような独特の文章によるため、場面の状況が読者に伝わってきにくく、緊迫感よりもユーモア感覚の勝っている印象。――だが、法月綸太郎氏による限りなく評論に近い解説によれば、この時代と登場人物設定に意外な必然性があったということが判るのだ。一種ネタバレになるので控えるが、登場人物にしっかりとモデルがあり、そのモデルを想起することによって、本作の見え方は鮮やかに変化した。物語そのものでは見えなかった事実が、解説から浮かび上がるという感じといえば良いか。それだけ法月解説の力が凄まじい。……とはいっても、個人的な好みもあろうけれど、いろいろな文体を真似るという離れ業の結果、読者には読みづらいという根本的問題が消えるものではないのだが。

一種、マニアのためにマニアが描いた本格ミステリという印象。特に当時の文芸事情に詳しい人が読むことになるのであれば、非常に高い評価を得ることも可能であろう。ただ、表向きのストーリーを楽しむのみという一般ミステリファンにとっては、物語の展開や読みにくさという点で、少々受け入れにくいのではないかと思われる。非常に微妙なストライクゾーンを持つ作品。


05/01/04
吉村達也「青龍村の惨劇」(トクマノベルズ'04)

「新・惨劇の村」シリーズと銘打たれて刊行される探偵・朝比奈耕作の新シリーズにして完結編。五部作の第一作目が本書。副題に「朝比奈耕作最後の事件」とある通り、衝撃のスタートで幕を開ける。

プロローグ「輝ける陽光の下で」については省略。
四月十六日。朝比奈耕作のもとに港書房の編集者で朝比奈の担当であった高木洋介と、朝比奈の親友・平田均が揃って訪れた。高木に人事異動の内示が発令されたことにより、中途採用の平田が朝比奈担当を引き継ぐことになったのだ。しかも高木はデジタルコンテンツを扱う次の配属先が不満で、港書房自体を退職するつもりなのだという。そんな二人に対し、朝比奈も「もう推理小説は書けない」という。探偵としての役柄を続けてきた耕作自身、トリックや犯人といった存在に対し恐怖を感じるようになりつつあったのだ。取材旅行を提案する二人に対し、耕作は「花咲村」に行きたいという。舞鶴の事件で本筋と無関係に出会った女性から「花咲村は大変なことになっている」と告げられていたのだ。三人は豪雨のなか、花咲村行きを決行するのだが、確かに村は大変なことになっていた。一方、宝石商を営む曽我部という人物のもとに、二人の謎めいた男たちが訪れていた。桁外れのビジネスを提案する彼らが要求するのは、青龍・白虎・朱雀・玄武にまつわる宝石。そして彼らは「朝比奈耕之介」「尾車泰之」と名乗った。曽我部は一週間後、長野件の鬼無里村で両手両足を縛られた死体となって発見された。胸ポケットには「ティラノサウルスに殺される」という謎のメモが。しかし、曽我部殺害の容疑者は揃って東京にいた――。

三十作以上に登場する名探偵の突然の完結編。出だしは上々。いかに今後謎は膨らむのか?
本書を読んで、まず思ったのはこの「新・惨劇の村」に入るにあたっては、最低限「惨劇の村」五部作を読んでおく必要がある、という点。本書単体でも、本格ミステリ(この点に関しては紛うことなき、本格ミステリ)の一作品として読むことは可能。ただ、これはあくまで可能ということだけであって、やはり固有名詞が「惨劇の村」五部作を相当に重なっており、全体を通しての謎のニュアンスが単体では全く汲み取れないようになっている。(偶然、先の五部作を読み返していたので特にそう思わされるのかもしれないが)。
ただ、その「惨劇の村」五部作を知る人、そして朝比奈シリーズをある程度読まれている方にとっては見逃せない作品になりそうだ。何よりも冒頭からしてかなり衝撃的。何が衝撃的なのかは書かないし、迂闊に書けない。それらに加えて、先のシリーズにおいて重要な役割を担っていた花咲村の劇的な変貌、前作の開始前から死んでいた耕作の父・耕之介と、前作の途中で劇的な死を遂げた尾車泰之を騙る人物の存在と、先のシリーズを知る人間にとってはかなり意外な展開がこの一冊のなかで進められるのだ。
ただ「ティラノサウルスに殺される」というダイイングメッセージの是非はとにかく、本書内部で完結する本格ミステリとしてのトリックもかなり現代的で考えられたものである点は付け加えておきたい。長野県と東京都を結び、ある小道具を効果的に利用したトリックであるのだが、この小道具の利用の仕方が目新しい。解決編がページの都合が淡々となされてしまうきらいはあるものの、その弱点を含めてよく考えられている。また、厳密に考えた際に、実行のためにはどうしても共犯者が必要という点が難ではあるけれど。

願わくば、吉村氏の某シリーズ作品にあったような、強引に全てを流し去ってしまう(ダブルミーニング)ようなオチではなく、きっちりシリーズ全体の謎についても満足させて頂きたいもの。個人的にいろいろと思い入れのあるシリーズだけに半端で終わってほしくない。 ということで現在小生にできることといえば、刮目して次作を待つ。これのみ。


05/01/03
田中啓文「笑酔亭梅寿謎解噺」(集英社'04)

伝奇やSF・ホラー系統の作品が多い田中氏ではあるが、実は本格ミステリについてもかなりの腕前を持つ……というのは『UMAハンター馬子』や『私立伝奇学園シリーズ』等、一連の伝奇本格ミステリにて証明されてきたこと。本書はそれらとは系統は異なるものの、現時点での田中啓文のミステリの頂点といっても良い連作作品集。題名からも想像できる通り、テーマは落語、しかも上方落語である。

梅寿の演目「たちきり」の最中、お囃子の三味線の弦が三本とも千切れとぶアクシデントが。かつてのお囃子方の事故死が事件を招いたのか? 『たちぎり線香』
東京から来た無頼の落語家・吸血亭ブラッド。酔った彼が控え室で狼藉を働き別室で寝ている間に殺された。果たして出演者のなかに犯人が? 『らくだ』
ベテラン漫才師・いたし・まっせ。とぼけた味わいの彼らがテレビ出演を毛嫌いする真の理由とは? 『時うどん』
竜二の初舞台。縁もゆかりもないはずのコロッケ屋の親父が殴り込んできて舞台がめちゃくちゃに。なんでそんな錯誤が? 『平林』
梅寿師匠のもとをとびだし新作落語を熱心にかける笑酔亭梅毒。ヤクザ紛いの風貌の彼がパトロンの女性殺しで捕まった。無頼の落語家の顔の裏にあったものは? 『住吉駕籠』
梅寿の初孫が誘拐された? 梅毒の一件で破門にさせられ、自分の生き様について試行錯誤する竜二であったが……。 『子は鎹』
若手落語家たちのためのイベント「O−1」に参加することになった竜二。そのイベント会社の社長が大物映画監督のために準備したアレとは? 『千両みかん』 以上七編。

必読。笑いと情と青春、そして本格ミステリ。多様な要素を上方落語に込めた傑作短編集
一度も落語なぞ聞いたこともないという星祭竜二。二親を亡くしバイトで生計を立てながら、警察に何度もご厄介になっているというトサカ頭の不良。しかし、彼に意見できる数少ない豪の英語教師・古屋吉太郎は、落語家・笑酔亭梅寿に竜二を弟子入りさせようと、度を過ぎた梅寿の暴力に耐え、彼を入門させてしまった。その竜二、見かけに寄らず落語の才能があったのだ。そして、師匠の周囲で発生する数々の謎をもまた、竜二は控えめに、そして的確に解き明かしていく……。

基本的なストーリーは以上の通り。だが、田中啓文作品特有の”はちゃめちゃ度”が、なぜか芸人世界の厳しい上下関係やら無理難題を言い渡す師匠やらとがベストマッチ。上方落語の現況、関西人独特の気性、芸人の世界ならではのしきたりといったところをきっちり踏まえつつも、一編一編がきっちりと本格ミステリとしての要件を備えている点がまず素晴らしい。さらに連作短編集ながら、その設定や主人公をはじめとする登場人物がきっちりと一貫しており、笑いあり、謎あり、感動ありの一個のまとまった長編の物語として(しかも将来への期待を含ませつつも)充実した仕上がりとなっている。
一部の登場人物の造形には恐らく下敷きがあるのだろうが、浅学な小生には判じかねる。とはいっても、主人公の竜二や梅寿師匠をはじめとしたキャラクタが活き活きとしている点も良い。落語だけにこだわらず、他の「笑い」についても、作者の目を通した考察や信念といったところが含まれており、それが嫌味になっていないあたりも、さりげなく本作の良さに繋がっているとみる。
そして短編の本格ミステリとしての完成度も高い。一部、物語の方に重きが置かれて謎解きとしては小粒なものもあるとはいえ、『住吉駕籠』における大逆転や『子は鎹』の誘拐ミステリ、さらに一種の密室殺人を描いた『らくだ』など、本格ミステリのマニアをも唸らされるトリックが満ちている。また、他の作品におけるネタにしても、描かれている上方落語の世界との繋がり・必然性といったところが意識されており、意外感は少なくとも小綺麗にまとめてある。

この作品を読むことで、恐らく田中啓文という”ミステリ作家”に対して抱かれていたイメージは一新されるに違いない。世の中には他にも落語を主題にとった傑作本格ミステリは数多いが、この作品もそれらに負けていない。 そして、こういったテーマを扱えるのは(当たり前だが)国産ミステリの特権でもある。年末のベスト10のどこかに顔を出す可能性のある作品と、この段階で言っておきたい。


05/01/02
南條竹則「魔法探偵」(集英社'04)

先に創作・翻訳にてデビューしていた南條氏は'93年に『酒仙』で第5回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を獲得(この年の大賞が佐藤哲也氏で、恩田陸、小野不由美が受賞を逃すという激戦)して本格デビュー。その後も酒と料理を中心とした独特のファンタジー世界を紡ぎ上げている。また氏は翻訳家でもあり訳書も多い。本書は書き下ろしの長編作品。

吾輩の名は鈴木大切。詩人である。今でこそ魚肉ソーセージを懐に入れ、迷い猫を探し出す”猫探偵”ではあるが、それには深い理由がある。両親には早くに死に別れたものの、何不自由なく、寧ろ裕福な祖父祖母に甘やかされて育ってきた吾輩だった。本と音楽にしか興味を示さず、高校大学と卒業後にお義理に就職したものの、根が詩人、とても宮仕えは勤まらずすぐにクビ。無為徒食をしていたところ祖母が亡くなり、吾輩は市井の隠者になるべく全財産を投機に充てるが、ものの見事に失敗。家屋敷を借金のカタに取られたため、千住大橋の側のアパートを借りることになった。そこで元手の掛からない商売として思いついたのが――探偵業である。なぜか猫探しに才能があった吾輩はある日の仕事帰り、とある洋館に立ち寄った。「詩人の会」が行われているという。なかでは変わった年よりたちが喧々囂々と議論をしている。吾輩はなぜか彼らに気に入られ、失せ物を探す”魔法杖”を手に入れる。届けに来た妙齢の女性・雪乃も含め、何やら昨晩集まっていた人々は、この世の人ではなかったらしい……。

微妙な遊民感覚とノスタルジー、下町の居心地の良さととぼけたユーモアが融け合う、大人のファンタジー
”探偵”の二文字がどうしても気になって衝動買いした、なんでふ師(と一部で呼ばれているらしい)の新刊。探偵小説やミステリとしての妙味については残念ながら皆無といって良い内容であったが、独特のファンタジー空間を堪能させて頂いた。
主人公の設定がなんともとぼけている。もともとの感覚は甘やかされて育ったお坊ちゃま。食べるものと芸術の感覚こそは大人になっているが、社会認識といったあたりが、いわゆるツマラナイ社会常識に俗化されていないという希有なる存在。食べるものに困る場面が出てくる貧乏暮らしでありながら、信念と趣味に生きられる主人公だからこそこの空間が維持される。この主人公が醸し出す味わいがなんとも楽しい。登場する詩については、無粋なものでなんともコメントのしようがないのだが、その状況であるとか、主人公の悩みであるとかは、文学を真剣に志すものについての共通した悩みだといえるので、不思議な共感がある。さらに流石にファンタジー、”反魂法”が物語に途中から加わって、とっくに死んでいる人たちとの交わりが可笑しく楽しく描かれる。主人公自身が浮世離れした存在であるがゆえに、こういった荒唐無稽な状況であってもすんなり受け入れられるというあたりは作者の配慮か。
集められたエピソードもどちらかといえば散漫な方で、個々の話に厳密なまとまりやテーマは欠いている。ただ、全体としての独特のとぼけた雰囲気は維持されているので違和感は少ない。特に恋人から人捜しの依頼を受けた主人公が、部屋に閉じこもって氷屋から氷を取り寄せるのみ――という男性と出会う場面は抱腹絶倒。ある種のホラーでありながら、笑いが止まらない。
物語の仕上げは大阪万博。描かれ方からするとやはりこの時代に小学生だった作者の同年代向け――ということになるのだろうけれど、あの少年の一時期にイベントに向かってわくわくする気持ちは恐らく全世代共通のもの。小生に関しては同万博は全く記憶がないにもかかわらず、どこかわくわくした甘く懐かしい香りについては、気持ちよく感じ取らせて頂いた。

結論からすると、やはり現在四十代あたり、作者と同世代の大人向けのファンタジー小説ということになろうか。魔法の杖を持った主人公が、必要以上に欲をかくこともなく、この物語世界のなかでヒーローとなることもなく、ひたすら面白可笑しく楽しく生きる様を素直に眺めるような作品。


05/01/01
初野 晴「水の時計」(角川書店'02)

初野氏は一九七三年、静岡県生。本書により第22回横溝正史賞を受賞しデビュー。この作品の後'04年には第二作として『漆黒の王子』を刊行している。

優等生だった高村昴は、ある一連の事件の結果、通っていた定時制高校を中退し、暴走族「ルート・ゼロ」の幹部として収まっていた。昨晩に高級住宅に乗り込んで乱暴狼藉を働いた現場に戻ろうとした彼を、芥と名乗る謎の人物が引き留める。彼は、昴のことを調べ上げており、頼みを聞いてくれたら大金を支払う用意があるのだという。過去に巻き込まれた人生の結果、金が必要だった昴は芥に連れられ、一見廃墟としかみえない病院に赴き、そこで一人の若い女性と引き合わされる。脳死状態にある彼女・葉月はある奇跡によって特殊な条件下で、その意志を周囲に伝えることが出来、昴は彼女より自分の臓器を本当に必要としている人々に移植するための手伝いをして欲しいという。そして、誰にその臓器を与えるかについて、そしてその結果どうなったかについては昴自身に決め、そして葉月に伝えて欲しいというのが希望だった。決して警察に捕まらない謎の暴走族「ルート・ゼロ」の秘密装置を使い、葉月の術後、迅速な臓器運搬を請け負う……昴は、否応なくバイクを駆ることを決めた。

いつの間にか可能になっていたファンタジーと現実との符合。新鮮な角度から極上の物語へと紡ぎ直す
冒頭に引用もされている通り、モティーフとなっているのがオスカー・ワイルド『幸福の王子』。とある街の中央に建てられた、宝石が象嵌された王子の銅像が、ツバメに対し街の不幸な人々に自らの身体にある宝石を届けて欲しいと頼む……というお伽話。現代の「幸福の王子」は、脳死となったまま自らの意志で、臓器移植の臓器を提供しようという女性と、彼女の依頼によってその臓器をドナーの元に運ぶライダーのお話。
冒頭に一連のきっかけとなる事件が語られ、三話のオムニバスの形式にてその臓器提供のエピソードが語られる。一つは視力が極端に衰えた幼女への角膜の提供、一つは一生の人工透析が必要な女性への腎臓の提供、そして心臟に爆弾を抱える老年男性への心臟の提供。そのオムニバスそのものが、単に臓器を提供してはいオシマイ、ではなく、なぜそのような病状を抱えるに至ったか、その病気によってどれほどの窮状にあるのか……に加え、本格ミステリの要素を巧みに使い、その背景にある恐ろしいまでの「闇」が描き出されており、個々の中編としての読み応えがある。さらに、社会派的告発要素に加え、視点人物を変化させ、主人公・高村昴との微妙な繋がり、そして高村昴が巻き込まれてきた過去の事件・人生が徐々に透けてみえる構成になっているあたりも抜群に巧い。一見、連作中編とみえる構成が、しっかりと長編の個々の要素に巻き込まれていくあたりの展開も素晴らしく、実に読み応えある作品となっている。
確かに、終盤のまとめ方にちょっとどたばたした印象を残すし、細かいアラがいくつかみられるところはあるものの、序盤から中盤にかけての物語の吸引力はすさまじく、ページを捲る手を止められない。

やはり、事前の構想の勝利。 「幸福の王子」と臓器移植という異質とも思えるテーマを、実に巧みにまとめた作品だと感じた。小説としての巧みさに加え、いろいろなかたちで臓器移植というテーマそのものについても考えさせてくれるものがある。